コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

Re: こちら藤沢家四兄妹 ( No.73 )
日時: 2013/08/18 17:52
名前: 和泉 (ID: EUGuRcEV)  


#29 「長男と神様とさいごのさようなら 2」


次に目をさましたときに見えたのは、白い天井だった。
窓の向こうに目をやると、そこにはただ青い青い海があった。


ここはきっと病院で、あの事故の日からきっと長い時間がたっていて。


考え出す頭のもっと奥の方で、俺は勝手に答えを出していた。


この世界には、もうお父さんとお母さんはいない。

どこを探したって、会えない。

だって、ふたりは。


「夏くん!?目が覚めたの!?」

俺の思考が止まる。
ばさりと何かが落ちる音がしてゆっくりとそちらを振り向くと、
そこにいたのは花束を落としたまだ若い男性と女性。


そう、その二人が涼子さんと要さんだった。


涼子さんと要さんは俺の両親の高校時代からの友人で、
物心ついたときにはもう俺のそばにいた。

よく我が家にも遊びに来ていた二人は、
両親を亡くした今、一番信頼できる大人だった。


「かなめさん、りょーこさん」

「夏くん!!夏くん、夏くん!!!」

涼子さんがぎゅっと俺を抱き締めてくれた。

「涼子さん、ナースコール。
目が覚めたなら医者に言わないと!」

あわてふためく要さんをよそ目に、涼子さんは俺を抱き締めたまま離さなかった。


そのあと、要さんが呼んだらしく医者が来て、いろんな話をした。

わかったのは、俺がもう少し入院しなくちゃいけないことと、
あの事故の日から、もう一週間が立っていること。
両親の葬式は、もうすんだということ。
事故は、物陰から飛び出してきた男の子を避けたせいで起きたこと。
男の子は無事だったと言うこと。


ふたりは死んだんだな、と。
空っぽの頭に氷を無理矢理詰め込まれたような、感覚がとまらなくて。

涙は乾いたみたいに出なかった。

『あとから必ずいくから。』

うそつき。

お母さんのうそつき。

俺は、今ひとりぼっちじゃないか。


違う。
あの日、俺の誕生日プレゼントを買いにいかなきゃよかったんだ。

お母さんの手を、離さなきゃよかったんだ。

俺が、悪かったのだ。



泣けないまま、時間は過ぎた。
気づいたらもう秋になっていて、
それでも涼子さんと要さん以外の大人が俺の見舞いに来ることはなかった。


後から知ったことだけれど、
そのとき父方の祖父母と母方の祖父母は、
俺を引き取るか引き取らないかでもめていたらしい。
見舞いにも来なかったのは、それがきっかけで引き取るはめになりたくないから。

息子と娘を亡くした辛さで、
生き残った孫に愛情を注ぐ余裕がなかったのかもしれない。

俺にはどうでもよかったけど。



俺のリハビリも続いた。
打ち込むものがなく、必死でやった結果少しずつ体は動くようになっていた。

リハビリの面倒を見てくれたのも、やっぱり涼子さんと要さんだった。


「ずいぶんしっかりと歩けるようになったね」

「……ありがとうございます」

「いいのいいの、そんなの。
退院も近いね、これは」


秋ももう半ばになっていただろうか。
涼子さんがふわりと笑った。

「先生も、夏くんにびっくりしてたよ。
治りが早いって。

神様が、きっと夏くんに味方してくれてるんだね」

そう言って、俺の頭をなでた涼子さん。
だけど俺は

「神様?」

その言葉が、なぜかひっかかった。


「…………いない」

「え?」

「神様なんていない!!!」


事故に遭って、二ヶ月がたとうとしていた。

俺は生まれてはじめて、涼子さんに八つ当たりをした。


神様なんていない。
神様なんて、いるわけない。
いたらお父さんは死ななかった。
お母さんは今ここにいた。
神様なんて。
両親を守ってくれなかった神様なんて。

「神様なんてだいっきらいだ!!」

叫んだ俺を、涼子さんは思いきり抱き締めた。

「神様はいるよ」

「いない、いないよ!!」

「いるの!!
いるから、夏くんは今ここにいるの!!
夏くんに生きろって、神様がいってるんだよ」

嘘だ、そんなの嘘だ。

いくらでも叫べた。
暴れることができた。

それをしなかったのは、涼子さんも震えていたからだ。

そして、そのとき初めて気がついた。


俺が両親を亡くした、ということは。
涼子さんたちにとっても、
高校時代からの大事な友人を亡くしたということなんだって。


俺と同じように、傷ついてないわけないんだって。


「ねえ、夏くん。
うちの子にならない?」

俺を抱き締めて、震える声で涼子さんが問うた。

「藤沢夏に、なりませんか」

あなたの祖父母の許可はとってあるの。
あとはあなたの意思だけよ。

そう繋げて、涼子さんは泣き笑いの顔で言った。


「夏くんが神様を信じられるようになるまで、
私が一緒にいてあげる」


信じられるわけないよ。

信じられるようになるよ。

小さな声で繰り返した。
その声はどんどんかすれていって。


俺はその日、事故から二ヶ月目にして初めて涙を流した。


そして、それと同じ日。

俺は藤沢夏になったのだ。


今でも誕生日は嫌いだ。
夏が嫌いだ。
神様が嫌いだ。

だけど、少しずつ時間を重ねて、リカに出会ってヒロとアヤを知った。

誕生日は俺にとって幸せな日にはきっと一生ならない。
どれだけ幸せだって、幸せじゃない記憶が付きまとうから。


それでも。


少しずつ進む勇気を持てたのは、きっと藤沢家のおかげなんだ。