コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: こちら藤沢家四兄妹 ( No.78 )
- 日時: 2013/08/19 21:51
- 名前: 和泉 (ID: Qz56zXDk)
♯31 「長男と神様とさいごのさようなら 4」
墓の前にたたずんだまま、長い時間が過ぎた。
ヒロとアヤは母さんと父さんとジュースを買いに行ったらしい。
すでに墓の前にはいなかった。
しゃがみこむ俺の隣には、リカがそっと立っている。
ボブカットの黒髪が、潮風に揺れていた。
「晴れたね。綺麗に」
「そうだな。綺麗な青だ」
空を見上げた。
雲ひとつない、夏空。
事故が起きた日もこんな夏空だった。
「なあ、リカ。
なんで今日、墓参りについていくなんていったんだ?」
今まで行くなんていったことなかったろ。
そう聞くと、リカは小さく笑った。
「ありがとうをね、言いに来たの」
「ありがとう?」
「ナツ兄を生んでくれて、ありがとうって言いに来たの」
それとね。
「ナツ兄に、生まれてきてくれてありがとうを伝えに来たのよ」
優しく笑うリカは、海の向こうをまっすぐに見つめていた。
「神様がもしもいるなら、意地悪ね」
「…………」
「ナツ兄は両親をなくして辛い思いをした。
だけど、両親をなくしていなかったらナツ兄はあたしたちのお兄ちゃんにもならなかった。
あたしたちはナツ兄がお兄ちゃんになってくれて嬉しい。
けど、素直に喜べないな」
神様なんていない、と。
泣き叫んだ幼い自分を思い出した。
神様はいるよ、と。
泣きながら笑った涼子さんも思い出した。
ああ、もしかしたら。
涼子さんはもしかしたらこういうことを言いたかったのかな。
「神様は、俺にチャンスをくれたのかな。」
「え?」
「親をなくして、自分の生きる力を失った俺に、
もう一回生きる力をつけるチャンスをくれたのかな。
きっと、神様がいたから。
俺は今、お前たちの兄ちゃんなのかもな」
そうつぶやくと、リカがきっとそうだよと微笑んだ。そして、俺に向き直る。
「ナツ兄、これ。
あたしからの誕生日プレゼント」
リカがそっと俺の前にピンク色の紙袋を差し出した。
開けてみて、とうながされて開けてみると、中には大きなアルバムが一冊入っていた。
「一緒にプレゼント選んでくれた友達の提案なの」
『ナツさんが料理するのって家族のためだよね。
結局、ナツさん藤沢家大好きだと思うんだ。
だったら藤沢家の思い出を残しておけるものにしたら?』
「だからね、アルバム。
一ページ目にだけ、あたしが勝手に写真入れた」
開いてみると、そこには。
六歳の俺が、藤沢家の家の前で
涼子さんと要さんに抱き締められている写真があった。
「ナツ兄の、スタート地点。でしょ?」
そう言って笑ったリカを見た瞬間、はらりと涙がこぼれた。
はらり、はらり。
涙が止まらない。
胸がぎゅっと、つかまれたみたいに痛かった。
「まっ……、すぐ、待って。うわ俺かっこわりい……」
妹の前で泣くとか。
自己嫌悪に陥りそうになった瞬間。
「なーっちゃん」
ぽん、と柔らかい手が頭に触れた。
顔をあげると、涼子さんと、要さんがいた。
「泣いていいよ、夏くん」
要さんも微笑む。
「ハンカチ、ハンカチ、あった!!
ナツ兄、はい」
「アヤずるい!!
ナツ兄、俺もハンカチ!!はい!!」
「二枚も要らないわよ、絶対。
それよりもその手にあるジュースを渡しなさい」
『あ』
くくっと笑い声がこぼれた。
笑いながら、俺は泣いた。
前略。天国にいるであろう父さんと母さん。
俺は今日で17才になりました。
妹がふたりもできました。
弟も一人います。
みんな心の奥の方に、傷を持って生きています。
決して浅くはない傷です。
一生、背負って生きていく傷です。
俺もその傷を背負って生きていくのでしょう。
だけど、ごめんなさい。
もう俺はあの日を思って後悔することをやめます。
今の俺は藤沢夏だから。
俺に生まれてきてくれてありがとうって、言ってくれる人がいるから。
海の青と炎の赤。
母さんの声と父さんの悲鳴。
体の痛みと胸の痛み。
ひとつも、忘れてなんかないけど。
俺はもう一度だけ、神様を信じてみようかと思います。
もう一度空を見上げた。
青い青い空は涙で滲んで溶けて流れた。
優しい、優しい空だった。