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Re: こちら藤沢家四兄妹 ( No.89 )
日時: 2013/08/23 17:48
名前: 和泉 (ID: L46wKPpg)  


♯34 「次女と次男とはじめてのおつかい」


「あっるっこー。あーるーこー、わたしはーげーんきー」

「あるくの、だいすきー。どんどんゆーこーおー」

「さかみっちー、さかみちー、さーかーみちー」

「ヒロ、坂道ばっかりじゃん。
さかみちー、とんねるー、なんとかかんとかー」

「アヤだって覚えてないじゃん」

「アヤはいいの!!」

「ずるい!!」

ヒロと手を繋いで、てくてくと歩く。
リカ姉の衣装が入った紙袋は私がもってる。
ヒロじゃふりまわしちゃうからあたりまえだ。

いつもリカ姉やナツ兄と歩く道を、今日はヒロとふたりきりで歩く。
ふたりきりで外を歩いたのは、本当に久しぶりだなぁなんて思った。

二年前の冬から、ふたりきりになることなんてほとんどなかったもの。

なんだか気持ちが乗ってきて、お歌でも歌おうかって話になったのはついさっきのこと。
幼稚園で教えてもらったばかりのお歌を二人で歌ってみたけれど、残念。
歌詞をちゃんと覚えてなかったよ。

「変な人、でてこないね」

ヒロが少し残念そうにナツ兄が持たせてくれたトトロの防犯ブザーをいじる。
鳴らしたかったんだね、それ。
でもナツ兄は鳴らさないですむことを必死で祈ってると思うよ。

ちょっとだけ苦笑いして、キレイな青空を眺めた。
もうだいぶかすれた記憶をたどる。


きらきらの星空。
白くなった息。
赤くなった手のひら。
「にげようよ」
泣きそうなヒロの声。
「もうふたりぼっちはやだよ」
泣き出した私の声。

「あたしといっしょだ」

あの日出会った、きれいな女の子。

「迷子の迷子の子猫さん。
帰り道がわからないなら私のおうちに来ませんか」

やさしい、やさしい声。


かすれた記憶の向こうがわ。
やさしい声が今も耳に響いてる。


「アヤ?」

突然黙った私を心配したのか、ヒロが私の手を揺らす。

「ねえ、ヒロ。
アヤたちは今は、もうふたりぼっちじゃないよねぇ?」

揺れた声でヒロに尋ねる。

「またふたりぼっちにはならないよね…?」


頭をよぎるのは、家で寝たきりのお母さん。
握った手が、アヤと同じくらい小さくて。
笑ったときにできる、顔のえくぼも消えていて。

お母さんがもしもいなくなってしまったら。

そしたら私たちは、またふたりぼっちになるんじゃないか。

そんなことを考えてしまったんだ。


「だいじょうぶだよ」

ヒロが私の手を握る。

「だいじょうぶだよ、アヤ。
もうふたりぼっちにはならないよ」

てくてく、てくてく。
歩く足は止めない。

リカ姉が待ってる。

私たちのヒーローが、待ってる。

てくてく、てくてく。

ヒロの手をぎゅっと握りしめた。
握り返してくれた手の暖かさに、ちょっとだけ泣きそうになった。


リカ姉の学校は、もう目の前に見えていた。