コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

Re: 彼女の前世はシンデレラ【イラストあり】 ( No.82 )
日時: 2013/08/24 12:17
名前: 冬の雫 (ID: xrNhe4A.)

■六話■雨と小雨 ※長め


「あーーー」

ある日の授業中の廊下。

木ノ葉のそんなうなだれ声が、小さく響いていた。

「保健室…保健室ってどこだっけ……あーーーー」

お腹を抱えながらフラフラと廊下を歩く木ノ葉。
だるそうに声を上げながら、保健室を捜して歩き回っていた。

「あンのバカ姉貴……っ」

悔しそうに木ノ葉がお腹を抱える。

───バカ姉貴曰く、香月 佐倉(かづき さくら)。

大学一年生の佐倉はいつも、弟である木ノ葉をいじめて喜んでいた。

あるときは高校入学の試験のときに木ノ葉の筆箱から消しゴムを抜き取り、
あるときは木ノ葉のデザートのいちごをさりげなく食べる。

その結果、今日の木ノ葉の朝ごはんは水道水で作られた味噌汁だった。

これは故意的にではなく、ただの佐倉の間違いだったのだが。

『あ、木ノ葉ー それ水道水入ってた』
『えっ……』

そんなお茶目(?)な姉のせいで、木ノ葉はお腹をくだし保健室に行かなければならないハメになったのだった。


「保健室ー……あっ、あった!」

見つけた途端、保健室に駆け寄る。

今だけ、木ノ葉にとっては保健室が光っているように見えた。


「センセー!俺を助…け……て?」


木ノ葉が勢いよくドアを開ける。

───と、そこに居たのは、保健室の先生など神々しいものではなかった。


「……君、誰?」
「…うっ…うわぁあああぁぁっ」


木ノ葉が叫んで、せっかく開けたドアを勢いよく閉める。

①今見た光景は、自分の体調の悪さのあまりに幻覚を見てしまった。

②今のが保健室の先生だった。

③姉貴のせい。

④全ては姉貴のせい。

⑤姉貴、家帰ったらしばく。(逆に殺されるけど)

一度息を整えて、自分の幻覚だと信じて、もう一度───今度はそろりとドアを開けた。


「…………」
「Σ やっぱ幻覚じゃねぇえっっ」
「……君、何なの?バカなの?」


木ノ葉が驚く理由。
それは───


「なっ…なんで保健室に淵菜が居るんだよ!!」

「居て悪いの」


……めったに会うことがないと言われる、淵菜 雨がいたからだ。

まさか“シンデレラカップル”のひとりである雨に会うということは予想もしていなかったため、木ノ葉は驚いたのだ。


「……はぁ…」


唐突に雨はひとつ息をついて、座っていたベッドから立ち上がった。

そして、台に置いてあったポットを手に取る。

やっと落ち着き、雨の不可解な行動に首を傾げる木ノ葉に、雨が近付いた。


───次の瞬間。


「…………」
「…!? あっっちぃ!!なにすんだてめぇ!!」


雨が、そのポットのお湯を一気に木ノ葉にかけた。


「いや…なんかピーピー煩かったからさ。……逆効果だったみたいだね」
「当たり前だろ!…制服びしょ濡れになった…っ」
「ここ保健室なんだし、風邪ひけばいいじゃない」
「わーおマジサディスティック……」


木ノ葉は「これどうしてくれんだよ」と半ば投げやりになりながらびしょ濡れの制服を引っ張った。

雨は「………で?」とまたベッドの淵に座る。

「…は?」
「ココに何の用?」
「ああ」

やっと意味がわかって、木ノ葉は口を開けた。

「お腹痛かったんだけど…お前があんなことするから驚きで直ったわ」
「そう、よかった」
「雑な治療法だな…」

木ノ葉は息をついて、制服のシャツを脱いで近くにあった椅子に座った。

雨は…そんな木ノ葉を、じっと見続ける。

「……何?」

雨の視線が気になって、木ノ葉は力を使い果たしたように ベッドに座っている雨を見た。

雨は顔をしかめ、「もしかして君……」と首を傾げる。

「…?」
「……ねぇ、ひとつ質問なんだけどさ」
「うん」


「………君の前世、シンデレラの王子だったりする?」


雨は何もかも見透かした目をして、木ノ葉にそう言った。


……え、と木ノ葉の視界が揺らぐ。

木ノ葉は文字通りびっくりして、「…っは?」と間抜けな声を出した。

それもそのはず、雨が、自分の前世が何かを見破ったのだ。

「………なんで…」
「…やっぱり。君の前世、紅葉もみじでしょ」
「……え、もみじ…?」

聞いたことのない名前に、首を傾げた。
雨はそんな木ノ葉を一瞥しながら、口を開く。

「シンデレラに出てくる王子の名前だよ、紅葉っていうのは。

前世の自分の名前も知らなかったの?こういう類いの人種は、だいたい前世の記憶が残ってる筈なんだけど」

「いや…だって前世が王子ってことすら知らなかったから…。…そう言う淵菜は何なんだよ」

「僕?僕は…」

雨は一度言葉を止めて、嫌そうにしかめた。
整った顔立ちの雨が顔をしかめると、童顔のせいもあるのか、子供がスねたときのようにも見える。

木ノ葉はそんな雨を見ながら、次の言葉を待っていた。

「…僕の前世は…白雪姫の王子だよ。名前が、小雨こさめ。記憶によれば、とんでもないキス魔だったらしい」

「キス魔っ?」

「そうだよ。小雨の記憶は、ほとんどが白雪姫にキスを要求するシーンだった。
……思い出しただけで小雨を恨めるよ…」

雨は笑うことなく、ただただ不快そうに視線を窓のそとへ投げた。

───外は、木々が揺れ、まだ朝の微かな香りを残して風が吹いている。


「君の前世がシンデレラの王子となれば、話は別だね。名前は?」
「俺?香月 木ノ葉だけど…」
「そう。僕の名前は知ってるよね」
「ああ」

木ノ葉が頷く。
雨は窓のそとを見たまま、「……さっきから煩いんだけど」とまた顔をしかめた。

「え、何が?」
「聞こえないの?頭の中に」
「頭の中?」
「聞こえるようにしてあげるよ」


雨が不可解な言葉を言った、刹那。


『煩いとはつれねぇなぁ、雨くんよぉ』
「うるさいよ、小雨」
『オレの後世がこんな可愛くない奴だなんて未だに信じられないんだけど…。引き継いだのは顔だけ、ってか』


───そんな声が、一気に木ノ葉の頭に流れてきた。


「…えっ?え?」

当然のことに、戸惑う木ノ葉。
雨は「君は自分の前世の声が聞こえないの?」とやっと木ノ葉に焦点を合わせた。

「前世の…声?」

『おいおいそこのガキはなんだ?』

「前世が紅葉なんだってさ」

『紅葉!?……へぇ』

小雨、と思われる声が、低く呟く。
木ノ葉はなぜか寒気を感じて、逃げようと椅子から立ち上がった。


……すると、『逃げるのか?』と低い声が頭に直に響く。


「……えっ…、」


木ノ葉が後ろを向いた途端。

ぶわ、と一気に風が流れると同時に───そこに、雰囲気は全く違うが、雨とよく似た顔の、背の高い男性が現れた。

木ノ葉は自分の目を疑って、でもすぐに、この人が白雪姫の王子───小雨なんだと分かる。

ココにいられる筈のない前世の人間の小雨はにやりと笑って、木ノ葉に顔を近付けた。



『さぁて…聞こえるだろう?紅葉。このガキに隠れてないで、今すぐ出てきてもらおうか』