コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- ユキと紗織【40】 ( No.106 )
- 日時: 2015/04/25 16:15
- 名前: ゴマ猫 ◆js8UTVrmmA (ID: RnkmdEze)
問題だ、とても大きな問題だ。
家がなくなった。それどころか、着るものも全て。幸いにも、財布だけは持っていたから無事だったものの、これからどうしたらいいもやら。途方に暮れていると、またしても背後から声がかかる。
「む〜、難しい顔してる?」
「当たり前だ。住む家がなくなったら難しい顔にもなる」
「ん〜、私はね、久しぶりに会えたから嬉しい」
——誰だよ? 自然に話しかけてくるなよ。空気読んでくれよ。
声がする方、俺の後ろへと振り返ると、そこには見覚えのある姿。 セミロングくらいの綺麗な黒髪に、吸い込まれるような透き通った瞳、幼い顔立ちで華奢な身体にフリルがついた花柄の白いワンピース、溢れんばかりの笑顔の謎の少女……ユキだ。
ちょっと前から自宅に現れては、真夜中にちょくちょく話しをしている。今ではすっかり慣れてしまったが、前は色々と驚かされたものだ。
「……お前、外でも出れんのかよ」
今のところ、ユキに外で遭遇した事はない。決まって出てくるのは俺の部屋だった。
「お家なくなっちゃったね。どうするの?」
ユキは、俺の気持ちなど関係ないように、のほほんとした表情と声で問いかけてくる。
「……仕方ないから、今日は涼の家にでも——って、先輩と約束してたんだった」
「……せん、ぱい?」
ほぼ独り言のような俺の呟きに、ユキが首を傾げる。ユキはさすがに連れていけないし、っていうか、今日は早くないか? まだ深夜って時間帯ではないぞ。それはさておき、黙って行くとついてくるだろうし、断っておかないとな。
「悪いんだけど、ちょっとここで待っててくれるか? 今から行かなくちゃいけない所があってさ」
俺がそう言うと、ユキは頬を膨らましてブンブンと勢いよく首を横に振る。
……まいったな。ユキを連れて行くと、また面倒な事になりそうだ。できれば、この間のような黒歴史を繰り返したくはない。だけど、ユキを納得させるのは至難の業な訳で。
「わかった。ぜっっったい、おとなしくしてろよ? お前は他の人に見えないんだから」
「うん! えへへ、大丈夫。おとなしくしてるよ」
ユキは、無邪気な笑みを浮かべて胸を張る。
やれやれ、問題はユキの服だけが見えてしまうというところか。少し思案したあと、自分のコートをユキに着せてやり、そのコートの肩のあたりを掴む。
うん、これで周りからはコートを持ってる人にしか見えない。寒いのに何で着ないんだろう? というツッコミは、俺の名誉の為にも全力でスルーさせていただく事で対応しよう。
***
もう少しで雲まで届くんじゃないか? というくらい高いマンションのオートロックをかいくぐり(正確にはインターホン鳴らして開けてもらっただけだけど)今、目の前に先輩の部屋の扉がある。
「いいか? 絶対騒ぐんじゃないぞ? 用が済んだらすぐ帰るから我慢してくれよ」
俺は念を押すように、ユキに言い聞かせるが、ユキは不満げな表情で俺の周りをクルクルと回っていて、既に不安がいっぱいだ。
「大丈夫だよ〜。ちゃんとわかってるもん」
「……不安だ」
そういえば、この間は随分不安定な様子だったけど、今日は普通だな。女心となんとやら、というものだろうか? まぁ、元気になったなら良かった。
若干不安ながらも、俺は意を決してインターホンを鳴らす。
——ピンポーン
インターホンを鳴らすと、すぐさま扉が開いた。
「き、清川くん。心配しました……もう戻ってきてくれないのかと」
先輩はそう言って、今にも泣きだしそうなくらい瞳に涙を溜めていた。よほど不安だったのだろう。いや、まぁなんとなくわかるけど、戻るって約束したしな。
「あの、先輩。申し訳ないんですが、今日は——」
「お姉ちゃん!!」
これで帰りますと言いかけて、俺の隣りで隠れるようにしていたユキが叫んだ。
お姉ちゃん? それって、つまり————綾瀬先輩は、ユキのお姉さん? 頭に浮かんだ疑問が俺の続けようとした言葉をかき消した。