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ユキと紗織【42】 ( No.108 )
日時: 2014/09/06 20:15
名前: ゴマ猫 ◆js8UTVrmmA (ID: woIwgEBx)

 防音設備も完璧であろう、このマンションからは周りの物音ひとつしない。それでもここまで静かなのは、マンションの構造のせいじゃない。きっと、今のこの状況のせいか、頭の中で知らず知らずのうちに無駄な音を遮断しているのかもしれない。
 ——俺は先輩に告白された。
 しかも、遠い記憶の底に押し込まれていた淡い思い出。初めて好きになった女の子が先輩だったっていうんだから、意外に世の中は狭いのかもしれない。それとも、運命的というのか。
 時計の針が天井に届く頃、静寂に包まれた空間の中で俺と先輩は見つめ合っていた。

「……き、清川くん。返事を、聞かせてほしいです」

 そう問いかける先輩は、今にも倒れそうなくらいに顔色が青白くなっている。唇は小刻みに震えていて、この告白が相当の勇気を振り絞ったものだと感じた。
 どうして、俺なんだろう? 先輩なら他にも男なんて星の数ほど居たはずだ。小さい時から想い続けられる程の何かをしたのだろうか。そんな疑問が最初に浮かんでしまうほど、俺には理解ができなかった。

「……すいません。返事は待っててもらっても大丈夫ですか?」

 我ながら嫌な奴だと思う。
 普通ならば、先輩に告白なんてされたら喜んで付き合う事だろう。でも、俺は少し変わっているのかもしれない。先輩と一緒に居てドキドキもするし、純粋に可愛いなとも感じる。だけど、付き合うかとなった時に俺は頭の中に疑問符が浮かぶ。自分では思わないが、感情に重大な欠陥があるのかもしれないな。

「わ、わかりました。私、いつまでも待ってます! ……待って、ますから」

 少しホッとしたような、がっかりしたような、そんな複雑な表情をしながら先輩はそう言った。

「すいません、先輩」

 俺にはもう一つ気になる事があった。
 それは、ユキの事。ユキが言った事が本当ならば、先輩はユキのお姉さんという事になる。
 ——けれども、この状況でそんな話を振るほど空気を読めない訳でもない。
 ここは、状況整理のためにもユキに話を聞いて色々と確認したい。そのためにはユキと話してても怪しまれない場所へ移動する必要がある。
 先ほどからユキは俺のコートをかぶったまま、ぼんやりと俺と先輩を見つめている。

「先輩、その、告白の事もありますし、今日は帰ります」

「……わかりました。さ、最後にいいですか」

 言うが早いか先輩は俺の腰に手を回し、まるで壊れ物でも扱うかのように優しく抱きしめてきた。
 そのまま俺の胸に顔をうずめて、自分の匂いをこすりつけるかのように、ぐりぐりと顔を押しつけている。ちょうど先輩の柔らかくて綺麗な髪が俺の鼻腔をくすぐる。香水の匂いのような、人工的な香りではない自然な甘い香り。
 そして、この温もり。12月の寒さで冷え切っていた心と体がじんわりと温まっていくような、そんな心地よさだった。