コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- それぞれの想い【46】 ( No.118 )
- 日時: 2015/04/25 16:20
- 名前: ゴマ猫 ◆js8UTVrmmA (ID: RnkmdEze)
──ここには来たくなかったな。
学校を休んで、電車に乗ってやってきたのは隣町にある実家。最近は一日一日が色々あり過ぎて、時間の感覚がおかしい気がする。この半月だけで、もう一年は経ったんじゃないかと錯覚するくらいに。
ちなみに風見鶏にはマスターから休養を命じられている為、バイトもお休みだ。
「ふぅ、本当に随分と久しぶりだ」
俺は玄関の扉を目の前にして、インターホンを鳴らす事ができずにいる。本来なら来たくなかった。悲しみに暮れる母さんを見れば、心に重りがついたように胸が苦しくなる。
父さんが居なくなって辛いのは母さんだけじゃない。自分の悲しみの感情を殺してまで、母さんに優しくする事ができなかった。そんな罪の意識も俺を苦しめる。
「準くん、入らないの?」
「……今入るよ」
ユキが不思議そうに俺に問いかける。
ユキは家が火事になったあの日以来、朝になっても消える事はなく俺のそばにいる。家がなくなったのが原因なのか、先輩に会ったのが原因なのかはわからないが、いずれにしても何かが変わり始めている事は間違いなさそうだ。
──ピンポーン
意を決してインターホンを押すと、インターホン越しに、ひどく懐かしい声が聞こえてきた。
『はい、どちら様ですか?』
「……あの、清川、清川準一です」
「準くん、自分の家なのに変だよ」
妙な緊張からか、変な名乗り方をしてしまいユキにツッコミを入れられてしまった。自分でも変だと思ってたんだからスルーしてほしい。
『……じ、準一なの? すぐ開けるわ』
戸惑いを含んだ声音をしつつも、母さんは慌てたように会話を切り、まもなくして扉が開いた。
「……母さん」
「……じ、準一」
***
久しぶりの会話もそこそこに、部屋に通されてダイニングテーブルの椅子に腰を下ろす。母さんは、少しシワが増えたみたいだけど、以前より生気を帯びた顔に戻っている気はした。
「……帰ってきてくれたのね。嬉しいわ」
「ごめん、帰ってきた訳じゃないんだ。実は火事で借りてるアパートが焼けて、色々燃えちゃってさ。俺の服とか、まだあるかな?」
俺がそう言うと、母さんは驚きの表情に変わる。今まで家に一回も連絡しないで、いきなりそんな事言われたら驚くよな。
「火事って、体は大丈夫なの!? 住むところは? どうしてそんな大事な事言わないで──」
「体は大丈夫。住むとこも今は友達の家に泊まらせてもらってるし、自分で何とかするから心配しないで」
母さんの言葉を切るように、かぶせ気味に俺は答えた。そのすぐ隣りの席でユキは何かを言いたそうにしながらも、コートをかぶって黙っていた。
***
一応の着替えと、旅行パック(歯ブラシとかタオルなど)を持っていた鞄に詰め込んで足早に玄関に向かい、家を出ようとすると後ろから声が聞こえてきた。
「準一、あなたは私の息子なんだから。いつでも帰ってきていいのよ。……あの時はごめんね」
「…………」
振り向くと、申し訳なさと寂しさが入り混じった表情で母さんが立っていた。母さんが言っている『あの時』というのは、母さんが悲しみに暮れていた時期の事だろう。
「……母さんが悪い訳じゃないよ。それに俺、夢の中で父さんに会ったよ。母さんをあまり責めるなって、怒られた」
きっと頭で理解しても、心までは急に変えられない。俺がそうだったように、母さんもそうなのだろう。
「……準一」
「少しやりたい事があるんだ。それが終わったら戻ってくるよ。……本当にごめん」
俺はそう言うと扉を開けて、外へと出る。母さんは笑顔で「いってらっしゃい」と言ってくれていた。
「準くんは素直じゃないね」
外へ出ると、一部始終を見ていたユキがニヤニヤしながら話しかけてきた。仕方ないといえ、こういう場面を見られるのも恥ずかしい。
「……うるさい」
そう一言だけ返して、俺は駅へと歩いていった。