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大切な君のために今できる事【52】 ( No.140 )
日時: 2015/01/11 23:30
名前: ゴマ猫 ◆js8UTVrmmA (ID: mJV9X4jr)

 ——渚の告白から数日が経った。
 あの日以来、渚と顔を合わせる事もなく無為にすごしたまま冬休みに入ってしまいそうだ。もちろん、先輩とも顔を合わすのはおろか連絡を取ることもない。俺が唯一話しているのが涼なのだが、涼がこの間渚を好きだと言って、その渚が俺の事を好きだと言ったのだからその気まずさといったら半端ない。
 当然であるが、渚の気持ちが嫌だとか、迷惑とか思っている訳ではない。ましてや自惚れている訳でもない。訳ではないのだが、何も言わないまま涼と居るのはまるで嘘をついて騙しているのに、そのまま善人ぶって騙し続けている様な罪悪感がある。言ってしまえば楽になるのはわかっているが、渚の気持ちを考えれば言う事はできない。
 誰だって自分がした告白を人に言われたら良い気はしないだろう。なので、全てが終わった後に涼には伝えようと思う。……しかし、それを考えるだけで憂鬱だ。

「また溜め息ついてる。幸せ逃げちゃうよ?」

「ほっといてくれ。俺は今真剣に悩んでいるんだ」

 ベッドに座って項垂れる俺にユキが「仕方ないなぁ」と言いながら、ポンポンと俺の背中を優しく叩く。
 ユキにも心配をかけてしまって申し訳ないが、情けない事に今は自分の事で手一杯だ。
 ちなみに現在は一時的だが実家に戻ってきている。理由は言わずもがなだが、まとめてしまうとあてにできる人が居ないからだ。正確には居なくなってしまったと言うべきか。火事で住んでいたアパートが焼けて、渚の気持ちを知ってしまった今、涼に頼る訳にはいかない。
 大見得切って出て行ったのにすぐ戻ってくる羽目になるとは思ってもみなかったが、母さんは喜んでくれていた。

「ねぇ、準くんにお話しがあるんだけど、いいかな?」

「うん? なんだ?」

 やけに神妙な面持ちでそう言ったユキに俺は反射的に居住まいを正す。
 ユキの方から俺に話しってのも珍しいな。何かあったんだろうか? そういえば少し前までは消えたりして居ない事も多かったのだが、最近は一日中ユキが居るのですっかりそれが当たり前になってしまっていた。

「私ね、そろそろ帰らなくちゃいけないんだ」

「えっ? 帰るって……どこに?」

 自分でそう尋ねてから気付く。いや、思い出す。
 いつのまにか疑問を抱かなくなっていたけれど、ユキは不思議な存在で実体がない。そして、その存在を知っているのは俺だけ。正確に言えば先輩も知っているかもしれないが、前回先輩の家に行った時はそれどころではなくなってしまったため、あやふやになってしまった。……もし、もしもの話だが、先輩に妹が居て、小さい頃に何らかの事情で亡くなってしまったとしたら全ての辻褄が合うんじゃないだろうか? そのためにはやはり先輩に確認をしなくてはならないのだが。
 それと先輩と俺は小さい頃に会っている訳だし、俺が覚えててもおかしくないはずなんだが、そこの記憶だけはハッキリと思い出せない。

「遠いところ、かな? もう会えないかもしれない」

「…………」

 ユキの寂しげな表情を見ると胸が締め付けられる。
 あえて言葉を濁したのは俺に対する気遣いだろう。当初の目的である成仏(この表現が正しいのかはわからないが)できるのだから本当なら喜ぶべき事だろう。でも今は——

「……準くんにもいっぱいお世話になっちゃったね。本当にありがとう」

 そう言って泣き笑いのような表情に変わるユキ。この悲しそうな表情を少しでも笑顔に変えてやりたくて。俺は——

「ユキの今一番やりたい事はなんだ?」

 無意識の内にそう問いかけていた。


 ***


「おう、随分と久しぶりの気がするな。ちっとは怪我も良くなったのか?」

「ご無沙汰してます。もう大丈夫なので仕事復帰させていただけないかと思いまして」

 夕方、ユキを自宅に置いて来てマスターに挨拶も兼ねて仕事の復帰へのお願いをしに来ていた。久しぶりに来たカフェ風見鶏は変わった様子もなく、平日の午後という事もあってか店内は落ち着いた雰囲気に包まれている。変わった事とといえば俺の代わりにあのちびっ子……もとい、マスターの姪が(名前は忘れてしまったが)働いている事だろうか。
 確か前は忙しい時のヘルプ要員だったはずだが、今では正式にアルバイトとして採用されているみたいだ。
 遠くからその様子を見ていると、黒くて長めのツインテールが動くたびに揺れる。黙っていれば普通の子だとは思うのだが。
 そう言えば、あいつは出会った時から俺の事を目の敵にしていたが、何か原因でもあったんだろうか? まぁでも、こちらからあいつの煽りに乗らなければ問題はないだろう。多分。

「じゃあ明日からまた頼むぞ。そろそろクリスマスだろ? 正直、どうするかって考えてたところなんだよ」

 そう言ってマスターは頭をポリポリと軽く掻く。
 風見鶏は一年で一番の繁忙期はこのクリスマスだと言っても過言ではない。と言うのも、風見鶏のケーキは人気であり、イブとクリスマスの二日間に限りスペシャルケーキというものを提供している。黄金色のほのかな甘みがあとを引くふわふわのスポンジに、上品な生クリーム、色とりどりの新鮮なフルーツを散りばめたスペシャルケーキ。
 オーソドックスなケーキながらマスターの技術によってそれは特別な物に変わる。風見鶏はアップルパイが有名なのだが、このケーキを食べたら他のケーキは食べられないぐらい美味しいと評判なのだ。しかも二日間限定なものだから、よりレア度が高く、この日を目がけて来るお客様がたくさん居る。

「はい、よろしくお願いします」

 腰のあたりまで深々と頭を下げてマスターに感謝の意を伝える。
 本当に迷惑をかけっぱなしだが、こうしてまた働かせてくれるのだからマスターには感謝してもしきれない。それとは別に俺にはもう一つ大事な要件があった。

「……あっ……」

 その人物は俺と視線が合って気まずそうに視線を逸らす。
 そう、その人物とは渚だ。ユキのやりたい事を叶えるためにも渚とはきちんと話をしておきたかった。視線を向けたまま、渚の方へと歩いていく。

「渚、今日大事な話があるんだけど、空いているか?」

そんな俺の問いかけに、少し気まずそうにしながら渚は静かに首肯した。