コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- 大切な君のために今できる事【54】 ( No.144 )
- 日時: 2015/01/26 00:04
- 名前: ゴマ猫 ◆js8UTVrmmA (ID: xV3zxjLd)
渚に今現在の素直な気持ちを吐露してから、気分は少し晴れやかだった。風見鶏でのバイトも復帰したのもあって、すこぶる快調。実家から通学するにはやや遠い学校へ通うのも憂鬱ではない。と言っても、もうあと何日もなく冬休みに入ってしまうんだけれども、その前にやっておきたい事がある。そのやっておきたい事とは——
「ふぅ、いつ来ても緊張しちゃうんだよな……」
「準くん、無理そうなら帰ってもいいんだよ?」
放課後、バイトが休みなのを利用して俺は先輩が住んでいる高層マンションまで来ていた。その入り口で呼び出し番号を押す前に深呼吸をしていると、俺の表情が強張っているのを見てかユキが心配そうにそんな事を言ってくる。
「大丈夫だ。問題ない」
今日こそは先輩にユキの事を聞かなければならない。
前回お邪魔した時は先輩の告白もあってか、それどころではなくなってしまいユキの事はうやむやになってしまっていた。
前から思っていたのだけれど、先輩はどうも甘えたがりなのか、寂しがりやなのか、何かとくっ付いてくる事も多い。スキンシップが多いと言うか、積極的というか……前回は突然の事で頭が追い付かなかったけど、冷静になってまた家という閉鎖空間に行くのはマズイんじゃないだろうか? と思わなくもない。けれど、校内や外でユキの話をする訳にはいかないしな。
どちらにしても、ユキの願いを叶えるためにも先輩との話し合いは避けられない訳だ。
何ていうか、こう、うん。……よそう。とにかく、ユキのためにも、渚のためにも、いかなる状況でも理性ある男でいたい。
「……よしっ」
気合を入れ直し、先輩の部屋番号を押して呼び出す。すると、呼び鈴がなってしばらくしてから先輩が出た。
『はい』
「あっ、すいません。清川です。先輩、今日お時間ありますか? 良かったら——」
『き、き、き、清川くん!? ななな、何で家に!? す、すぐ行きます!』
インターホン越しに先輩の慌てふためいた声が聞こえてきて、すぐさま音声が途切れる。
きっと、突然来てしまったから準備が出来てないんだろう。いきなり来ても先輩にも色々予定とかあるだろうし、やはり先に連絡をした方が良いよな。反省。
そんな事を考えているとオートロックの自動ドアが開き、先輩が息を切らせながら走ってきた。
「わざわざ降りてきたんですか? ここさえ開けてくれたら部屋まで行くつもりだったんですが」
「……はぁ、はぁ、そ、そんな事出来ません。せ、せっかく、清川くんが尋ねてきたのに」
息が整わないうちに話すものだから、先輩は途中途中つっかえながら話す。
先輩の部屋からこの入り口までは結構距離があるため、本当に走ってきたんだろう。さすがにエレベーターの中では走れないけれど、それでも急いで来てくれたという気持ちは凄く伝わってきた。
「すいません、ありがとうございます。実は今日は聞きたい事がありまして……」
「聞きたい事……ですか?」
***
先輩の部屋に来るのは久しぶりのような気がする。あの日、告白された夜からそう経ってないんだけれども、あの日から色々な事があり過ぎてどうも時間の感覚がおかしい気がする。って、前にもこんな事を思った気もするな。
さておき、相変わらず先輩の部屋は広い。前に俺が住んでいたアパートの何倍だよ、と同じ疑問を抱いてしまうくらいに。隅々まで見た事はないし、先輩の部屋(ここで言う部屋はマンションの事ではなく家の中の部屋の事だ)は見た事はないので、正確にはわからないが、リビングだけで前の俺のアパートの広さをゆうに超える。
部屋に微かに香るアロマの甘い匂いが、とても心地良い。ふかふかのソファーに腰を下ろすと先輩が紅茶を淹れてきてくれて、シックな茶色のローテーブルに置いた。
「どうぞ。あっ、清川くん紅茶は大丈夫ですか?」
「えぇ、いただきます。先輩は紅茶が好きなんですか?」
「えぇ。味もですが、私は紅茶の香りがとても好きなんです。なんと言うか、落ち着くんです」
そう言って、優雅に紅茶を飲む先輩はまさにお嬢様だ。
紅茶とか……飲む習慣ないな。そういえば先輩は店に来た時も紅茶を飲んでいたよな。
俺は紅茶に関しては詳しくないが、これはダージリンだろうか。風見鶏にも色々な茶葉があってマスターがやたら詳しかったけど。うん、緑茶が良いと思ってしまう俺はやはり日本人なのかもしれない。いや、先輩も日本人なんだけどさ。
先輩が淹れてくれた紅茶に口をつけて和んでいると、横からコートを被ったユキが俺の脇腹をつんつんと突いてくる。
「準くん、準くん」
目だけで「何だ?」と問いかけると、ユキは先輩の方を見ながら指を差してきた。その指を辿るようにして紅茶に目がいっていた目線を先輩の方へと向けると、先輩が惚けたような表情で俺のティーカップを凝視していた。
「……あの、何かありましたか?」
「……い、いえ! じ、実はその、き、清川くんの方の紅茶は私とは違う種類でして、あ、味が気になってしまいまして」
少し節目がちにそんな事を言う先輩。
なるほど。どちらにしようか悩んで決めたけど、俺の紅茶の方も気になってしまったという訳だろうか。うん? でも、先輩の家なんだから後で淹れ直して飲めばいいのではないか? 俺にはわからないが、一日一杯的なルールでもあるんだろうか。
「えっと、俺ので良かったら飲みます?」
「……はい」
俺の提案に先輩は真っ赤になって頷いた。
うーん、意地汚いと思われたとかを気にしてしまったんだろうか? 真面目な先輩ならありえそうな話だ。ここは何も言わずにいるのが優しさか。
先輩が飲んでいる間、俺が居たら飲みにくいだろうと思うのでとくに用もないが、お手洗いでも行くという事にするか。そう思い、先輩に場所を聞いてから席を立った。