コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

約束の時【56】 ( No.158 )
日時: 2015/02/25 00:00
名前: ゴマ猫 ◆js8UTVrmmA (ID: mJV9X4jr)

  先輩に会いに行ったあの日、俺はユキと先輩が最後の瞬間まで傍に居られるようにユキを先輩の家に残してきた。例え先輩がユキの本当のお姉さんじゃなかったとしても、俺はユキの言った事を信じてあげたかった。そして今日——12月24日、世間では聖なる夜の前日という事で恋人達が愛を語らい、その特別な日を過ごす。本来のクリスマスの趣旨は違うが、日本ではその解釈でほぼ間違いはない。
 それと、クリスマス当日より前夜であるイブの方が盛り上がるらしい。涼がそんな事をチラッと言っていた。涼は渚を誘うのだろうか? そして渚はその誘いを受けるのだろうか? 俺はどうするのが正しいなんてわからないし、知らない。だから俺なりのやり方で答えを探して出すつもりだ。だが今日、明日はそれどころじゃない。なぜなら——
 冬休みに入り、カフェ風見鶏に復帰した俺は、復帰早々そのクリスマスという恩恵を受けた店で猛烈な忙しさに目を回していた。比喩ではなく、わりとマジで。

「いらっしゃいませ! 2名様ですね。お席にご案内します!」

「準一! 1番テーブルにスペシャルケーキの注文が入った。カット頼むぞ!」

「はいっ!」

「おいっ、遅刻魔! ドリンクはどうした!?」

「今日は遅刻してねぇ! ドリンクはできてるぞ!」

 渚、マスター、俺、ちびっ子……もとい、芽生。
 キッチンにマスターと俺、ホールには渚と芽生。風見鶏のフルメンバーで対応しても手が足りない。席数の少ない店舗だというのにてんやわんやで、まさに猫の手も借りたい状況とはこの事だろう。ほとんどはご予約のお客様で満席、席が空けば別のお客様をご案内している感じだ。嬉しい悲鳴ではあるが、おかげで息つく暇すらない。

「準一! スペシャルケーキ追加注文だよ!」

「了解——っと、マスター! まだ残りありますか?」

「あと、1ホールだ!」

 クリスマス限定のマスター特製スペシャルケーキは飛ぶように売れていく。恋人同士ではなくても、このケーキ目当てで来店するお客様も少なくない。俺も試食させてもらったが、あのケーキを食べてしまったら他のどのケーキも霞んでしまうくらいの美味しさだ。
 故に売り切れてしまえば、このピーク状態も少しは落ち着くはずだ、と思いたい。

「すいませーん、注文いいですか?」

「かしこまりました! 只今お伺い致します!」

 そうこうしてる間に別のお客様に呼ばれて渚が注文を取りに行く。
 芽生は芽生でドリンクを運んだりと小さい体で頑張っている。なんだかんだ言ってあいつが居なかったら結構ヤバかったかもな。今回ばかりは俺にいつもつっかかってくる芽生を頼もしく思ってしまう。

「おい、準一、ボーっとしてる暇ないぞ! 手を動かせ!」

「は、はいっ!」


 ***


「ありがとうございました!」

 最後のお客様を見送って、入り口のドアに掛けられたOPENの札を裏返しCLOSEにする。時刻は21時。基本的にはカフェなので夜遅くまでの営業はしていない。それに、22時を過ぎると俺達未成年は働けないという理由もある。別の店舗だと昼はカフェ、夜はバーになるなんて店もあるようだが、マスターは仕込みも基本的にひとりだし、純粋に飲み物とスイーツを楽しんでほしいという考えからそういった事はしていない。

「おぉ、雪……か。クリスマスに雪とかすげぇな」

 店内に居て気付かなかったが、いつの間にか空からは雪が降り出しており、地面がうっすらと白に染まっている。北国では珍しくもなんともないだろうが、都心ではレアなホワイトクリスマスを演出していた。なかなかある事はではないので、つい感嘆の声を上げてしまう。

「準一、クローズ作業やるよー」

「遅刻魔—、呑気に空を見上げてないで手伝え」

「おぅ、今行く。それと、今日は遅刻してねぇ」

 渚と芽生に促され、降りしきる雪をもう少し見ていたいという名残惜しさを感じながらも俺は店内へと戻った。


 ***


 明日は朝からのシフトという事で、俺も渚も芽生も今日は早めに解散。
 俺と渚は帰り道が途中まで一緒だ。芽生は「雪だし帰るのが面倒だ」と言い、風見鶏に泊まるらしい。しかし、ついこの間までは渚とお隣さんだったのだが、火事のせいで俺のアパートが焼け、俺は実家に帰るため駅まで行かないといけない。芽生じゃないけど、確かにこんな天気の時に家が遠いのは面倒だよなぁと思いつつ、アスファルトに積もった新雪を踏みしめながら、しんしんと降りしきる雪を見上げていた。

「なんか、前にもこうして準一と雪が降っている時に一緒に帰ったよね」

「あぁ、もう随分懐かしい気がするけど、そんな経ってないんだよな」

 渚が懐かしむように話しかけてくる。——始まりの思い出。あの日もバイト終わりに渚と他愛のない会話をして、その夜にひとりの少女と出会った。それから俺の周りにある全ての関係が動き始めた。先輩の家でユキは上手くやっているだろうか? 様子を見に行きたい気もするが、夜遅くに先輩の家に訪問というのはあまり常識的ではない。

「……ねぇ、準一。明日さ、バイト終わったら、その、どこか出かけない? ……二人で」

「明日か? 別に構わないけど、終わるころには店とか閉まってるんじゃないか?」

 明日も今日と同じ21時までバイトをやり、それからさらに閉店作業もあるから遅くなってしまう。そうすると、大抵の店は閉まる訳で。どこかに出かけようと言っても、遊びに行くならカラオケとかぐらいか。それに電車の俺としては遅くなると終電がなくなる。朝まで寒空の中ひとり天体観測は避けたいところだ。

「じ、じゃあ、私の……家……とか」

「…………」

 渚は耳まで真っ赤にしてそんな事を言う。
 渚の気持ちを知っている俺としては密室に行くというのは控えたい。それは今までのように気軽に渚の家に出入りできない理由にもなっている。先輩の家に行ってるのはどうなんだ? と問われれば、それはユキのためであり個人的な気持ちで行っている訳ではない。二人とはあくまで純粋な向き合い方をしたいと思うから。なので、できるだけ理性が保てる場所に居たい。最近先輩に迫られるようになってから、その辺は注意するようにしている自分がいる。

「……や、やっぱり、ダメ、かな?」

「……うっ、うぅ……」

 渚は恐る恐る俺にそう問いかけて、俯きがちに俺を見ながら瞳を潤ませる。普段は友達的な感覚でいるせいか、急に女の子っぽいところを見せられると弱い。というか、渚ってこんなに可愛かったっけ? 俺が知ってる渚はもっとこう…………さばさばして、その、あぁっ! 違う、そうじゃない。ちゃんと向き合うって決めたじゃないか。逃げるんじゃなくて、別の方法を考えるんだ。頭の中の余計な雑念を払い、渚をしっかりと見据える。

「……わかった。そのかわり外にしよう。大きいモールなら遅くまでやってるだろ」

「……う、うん!」

 俺がそう答えると渚は弾けるような笑顔で頷いた。
 この前までの渚とは違う雰囲気に俺は戸惑いながらも、渚の笑顔を見れて心の奥からじわじわと込み上げてくる温かい気持ちになっていた。