コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

約束の時【57】 ( No.159 )
日時: 2015/02/25 22:51
名前: ゴマ猫 ◆js8UTVrmmA (ID: Uj9lR0Ik)

 翌日の25日も風見鶏は盛況で、予約のお客様だけで夕方過ぎにはスペシャルケーキは売り切れてしまい、これでまた来年のクリスマスを待つ事になった。これだけ売れるのだから定番メニューにしてしまえばいいのにとも思うが、マスター曰く『一年に一回しか食べられないからこそ、ありがたみがあるんだよ。桜だって、一年に一回しか咲かねぇからあんなに皆に愛されてんだ。年中咲いてたらそこまで気にしねぇだろ』との事。
 なるほどと思う反面、やはり定番にすれば少なくとも売り上げは伸びると思うのは俺だけなのだろうか。——さておき、スペシャルケーキがなくなったからなのか、クリスマス当日だからなのか、夕方以降は昨日より店内の忙しさも緩やかになっていた。

「準一、今日はもうあがってもいいぞ」

 マスターは厨房の奥から出てきて、ホールに居る俺に向かって顎をしゃくりながらそう言う。

「えっ、でもまだ営業終わってないですよ?」

 落ち着いてきたとは言え、今日はクリスマス当日。夜になればまた混み出す可能性がある。そうなった時に3人ではきついのではないだろうか? そんな心配をよそにマスターは渚にも同じように声をかけた。

「渚も、もうあがっていいぞ」

「へっ? 私もですか?」

 マスターにそう言われ、渚は目を丸くして驚いたように問いかける。
 2人も居なくなったらさらに大変じゃないか。一体何を考えているんだマスターは。

「あぁ、お前ら若いんだからこんな日くらい遊びに行ってこい。もうこれ以上は混まないだろうしな。それに、こいつも居るし」

 マスターは視線だけ動かして、ツインテールの毒舌ちびっ子少女、芽生を見た。その瞬間、芽生はギョッとしたような表情になる。まさか自分ひとりだけ仕事をやる羽目になるとは思わなかったんだろう。なんだか少し可哀相な気もする。

「ちょっ、ちょっと待て! 私ひとりだけ居残りなのか? それは横暴だぞ!」

 小さい体を怒らせてマスターに抗議するが、マスターは意に介さない。

「お前、昨日ここに泊まっていったろ? しかも自分の家に無断で。あの後、姉貴から俺んとこに電話がきてカンカンだったんだぞ。一応、俺が説明して謝っておいたけどな」

「……うぅっ、しまった。連絡するのをすっかり忘れてた」

 マスターに反撃されてバツが悪そうに顔を伏せる芽生。マスターが言う姉貴と言うのは芽生の母親の事だろう。
 うーん、普段俺には毒舌全開というか、嫌悪感全開で接するせいか気にもしてなかったけど、こいつはこいつで頑張っていたんだ。やはり芽生だけ仲間外れは可哀相だよな。どっちにしろ渚とは夜の約束だったんだし、俺が残っても問題ないだろ。

「マスター、やっぱり俺が残りますよ。その代り、渚と芽生をあがらせてあげてください」

「お前なぁ、俺がせっかく…………いや、まぁいい。じゃあ、準一が残りで渚と芽生はあがりだ。ほら、さっさと帰れ」

 マスターは呆れたような表情でそう言うと、再び厨房の奥へと入っていった。多分、マスターなりの俺達への気遣いだったんだろうが、やっぱりこれで良かったんだと思う。あの場で俺達だけが帰ったとしても気になって楽しめなかったとも思うし。だから決してこれは芽生のためなんかじゃない。自分のためだ。

「渚、駅前で待ち合わせしよう。終わったらすぐ行くから。それまでゆっくりしててくれ」

「うんっ! ……えへへ、待ってるね」

 渚にこの後の予定を伝えると、柔らかな笑みを浮かべてとても嬉しそうだ。俺はその笑顔に吸い込まれるように見惚れてしまう。渚の嬉しそうな表情を見ると俺の心が温かいもので満たされていく。もしかしたら俺は————

「おいっ、礼は言わないからな。お前が勝手にやったんだから」

 俺の思考を遮るように、芽生が俺と渚の間に割り込んできてそんな事を言う。礼を言うつもりがないのなら、わざわざそんな事を言わなくてもいいのにな。きっとコイツの事だから俺に借りを作りたくないとか思ったんだろう。相変わらず毛嫌いされているな。

「あぁ、別にいらねぇよ。お前が言うように俺が勝手にやったんだからな」

「——くっ、なんなんだ今日のお前! そんな素直に認めるな!」

 ……じゃあ、一体どうしろと言うんだ? 言えば言うで何かしら言ってきたはずだし、言わなきゃ言わないで不満なのか。難儀な性格だな。とりあえず、これ以上の言い合いは不毛なので「はいはい」と適当にあしらって仕事に戻る事にした。芽生のやつはかなり不満気に口を尖らせていたが、時間が経てば機嫌も直るだろう。それに後は渚が上手くフォローしてくれるはずだしな。


 ***


 結局、マスターの予想通り緩やかなペースのまま閉店時間を迎えた。
 俺は外に出て、入り口のOPENの札を裏返しCLOSEにする。昨日も雪が降っていたが、今日も静かに降り続いている。降り続いた雪は見慣れた街を一面の白に染めて、見渡すかぎりの白銀の世界へと変えていた。自分の口から吐き出される白い息は夜空に上がって溶け込むように消える。かじかむ手を擦り温めながら店に戻ろうとすると、どこからか擦れた様な声が聞こえてきた。

「……き、清川……くん」

「ん? 誰だ? …………って、せ、先輩?」

 声のする方へと視線を向けると、店の入り口のドアの横近くに寄り掛かるようにして先輩が座っていた。いつからそこに居たのだろうか? 出てきた時は気配すら感じなかった。よく見ると雪が降るぐらい寒いというのに上はブラウスに薄いカーディガンを羽織っただけという、かなりの薄着だ。そのせいか、先輩の唇は青ざめており身体は小刻みに震えている。

「何してるんですか!? そんな恰好で外に出たら風邪引きますよ!」

「き、清川くん……わ、私、私……うっ、うぅぅっ」

 俺が声をかけた瞬間、ボロボロと大粒の涙を流して先輩はその場で泣き崩れた。