コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- 約束の時【59】 ( No.163 )
- 日時: 2015/03/10 22:51
- 名前: ゴマ猫 ◆js8UTVrmmA (ID: /48JlrDe)
——ユキが居なくなってしまってから、一体どれくらいの時間が経ったのだろうか。薄暗い部屋の中、俺は泣きじゃくる先輩の背中を摩っていた。俺にはこんな時なんて声をかけていいかわからない。と言うより、気休め程度の言葉なんて今の先輩にはかけられない。それくらいは俺にもわかる。そんな言葉をかけられても辛いだけだ。正直に言えば俺も辛いけど、この状態で俺が弱音を吐く訳にはいかないという気持ちが気丈にさせている。
あの後、先輩は少しだけユキとの事を途切れ途切れながらも話してくれた。
ユキは自分の妹で、幼い頃に事故で亡くなってしまった事。その頃からユキとの思い出が抜け落ちてしまっていた事。先日の俺との会話が気になり、先輩のお母さんと話した事でその当時の思いが流れ込むように思い出したそうだ。やはり俺の予想は間違ってなかったという事になる。けれど、俺がもう少し早く——いや、これ以上は言っても仕方ない事だ。それよりも、今は先輩の方が心配だ。このまま自棄になったりしないかと考えてしまう。
「先輩……今日はもう休んだ方がいいですよ。昨日からろくに寝てないんでしょう?」
多分、昨日は昨日で一晩中泣いていたのだろう。それに、食事も摂ってないみたいだし……このまま放置していると、先輩が衰弱していきそうだ。
そんな事はユキも望んではいないだろう。普通の人でもかなりキツイけど、思い立ったら一直線みたいな、こう、一途なところが先輩はあるから今回のユキの事は余計にダメージが大きい気がする。それも見越してユキは先輩には俺がついててほしいと思ったのかもしれない。
「……うっ……うっうぅ……」
ふるふると首を横に振って先輩は拒否の意思を示す。
眠れる精神状態じゃないのはわかるけど、やっぱり少しは寝た方がいいよな。
「じゃあ、どうしたら先輩は眠ってくれますか? 今日は先輩の言う事を何でも聞きますから」
俺の問いかけに先輩は俯いて黙考をする。
何でもは言い過ぎたかな? 物理的に無理なお願いは叶えられないし。それでも、出来る限りの事はしたい。それで先輩の辛い気持ちが少しでも和らぐのなら。
そんな事を考えていると思案が終わったのか、おずおずといった感じで先輩は問いかけてきた。
「……何でも、ですか?」
「俺ができる事でしたら」と答えると、先輩は再び考え込むようにしてから口を開いた。
「……で、でしたら、清川くんが、一緒に寝てくれるなら……眠れると思います」
「…………」
真面目なお願い、だよな。というか、それだと……今日は泊まりになるのでは?
——って、いけない! 色々あり過ぎて失念してしまっていたけど、今日は渚と約束していたんだよ! 慌てて壁掛け時計に目をやれば、約束の時間を既に1時間も過ぎてる。緊急事態だったといえ、最低過ぎるな……俺。
急いで携帯の着信履歴を確認をしてから、電話を掛けようとするが、ディスプレイは真っ暗なまま反応しない。タイミング悪く、電池がなくなり電源が切れていた。
「……電池切れとか、嘘だろ」
「……清川……くん?」
先輩はひとりで慌てる俺を不思議な様子で見ている。
落ち着け、俺。渚だったらどうする? 約束の時間になっても現れない俺。当然、携帯に連絡するが、繋がらない。風見鶏に行って確認するだろうか? いや、でも風見鶏に行ったとしてもとっくに閉まってる訳で……と、とにかく、携帯が繋がらない以上、直接待ち合わせ場所に行ってみるしかない。すっぽかされたと思って帰ってくれていればまだいいが、外は雪、それにこの寒さだ。もし待ってるなんて事があったら……。
「——っつ!」
想像してから焦燥感で胸がいっぱいになる。
今日約束した時の渚のあの笑顔、まだ駅前で待っているような気がしてならない。
「先輩、申し訳ないんですが、ちょっとだけ——」
そう言いかけたところで、柔らかな感触と甘く鼻腔をくすぐる香りが飛びこんでくる。
先輩は俺の胸に顔をうずめて、少し痛いくらいにきつく抱きしめてきた。その行動にはいつもと違い、絶対に行かないでほしいという悲壮感すら漂ってくる。
「……嫌です。今行かれたら、私はもう立ち直れません……」
「……まだ最後まで言ってないんですが……」
「言わなくても、清川くんの事はわかります。……新谷さん、ですよね」
先輩の問いかけに俺はゆっくり頷く。
ここで隠しても仕方ない。先輩に嘘はつきたくないし、先に渚と約束した以上は渚を優先するべきだと思う……と言っても、結局約束を破る形になっちゃったのは俺の落ち度だ。
これに関してはひたすら謝るしかない。許してもらえるかはわからないけど。
「今日、渚と待ち合わせしてたんです。俺の携帯、充電無くなってて、もしかしたらまだ待ってるかもしれないんです……行かせてもらえませんか?」
「……嫌です……嫌、嫌……絶対に嫌です!」
普段の先輩では考えられないくらいの激しい口調。
同時に抱きしめる力がさらに強くなる。今の先輩はユキが居なくなって精神的に不安定になっている。先輩の気持ちがわかるから、強く言えない。
今、無理に出て行ったら先輩は自棄になってしまう気がする。考え過ぎかもしれない。それでも、今だけはひとりにしてはいけない気がする。
「……私と、付き合って……ください。……清川くんが……ほしいです。清川くんが居れば、他に何も要りません。どこにも、行かないで……」
「…………」
そう言って、先輩の瞳は不安げに揺れる。先輩から2度目の告白。何も言えない、何も反応できない。石にでもされてしまったかのように。ただ一つ頭に浮かんだのは、ちゃんと答えを出そうという事。そう、伝えよう今の俺の気持ちを————