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すれ違う想い【渚編】 ( No.165 )
日時: 2015/04/19 22:55
名前: ゴマ猫 ◆js8UTVrmmA (ID: IqVXZA8s)

「……来ない」

 準一との待ち合わせ時間から、もう30分が過ぎようとしていた。
 駅は人通りも少なくなっていき、立って待ち合わせをしているような人は駅前に私ぐらいしか居ない。周りから見たらクリスマスだと言うのに、ひとり駅前で待ちぼうけする私はひどく滑稽なのかもしれない。

「……お店で何かあったのかな」

 一応、気になって準一の携帯に連絡も入れてみたが、返ってくるのは無機質な音声。『電波の届かない所か電源が入ってない』というガイダンスだけ。
 ……お店に連絡してみようか? でも、もし忙しいだけなら迷惑になってしまう。一番心配なのは、準一が来る途中で何かあったんじゃないかという事。それだけが心配だった。

「やっぱり、お店に行ってみようかな……」

 ここからお店までなら、そう時間はかからない。
 行って、確認して戻ってくるだけならすれ違いにもならないと思うし。うん、忙しいようだったら私が手伝えばいいんだし。そう思い、はやる気持ちを抑えて私は風見鶏へと向かった。


 ***


 風見鶏に着いた私がCLOSEのプレートが掛かる扉を開けて入ると、そこに準一の姿はなく、居たのはマスターだけだった。

「おっ、おぉ、渚か。どうした? こんな時間に」

「お疲れ様です、マスター。……あの、準一は更衣室ですか?」

「準一なら帰ったぞ? 何か、血相変えて飛び出していったな。——あぁ、そう言えば、前に何回か店に来た事ある綺麗な子と一緒だった気もしたが」

「えっ?」

 私が尋ねると、マスターが頭を掻きながらそう言う。
 嫌な予感がする。『綺麗な子』と言われて、想像できる人は1人しかいない。まず間違いなく、綾瀬先輩だと思う。どうして綾瀬先輩が風見鶏に来たかはわからない——ううん、多分きっと、準一を誘いに来たんだろう。
でも、どうして? 今日は私と約束してたはずなのに……緊急の用事、って訳じゃないよね。だとしたら、やっぱりそういう事なんだろうか。

「お、おい、渚!?」

 マスターの声も右から左へとすり抜けて、私は風見鶏を後にした。


 ***


 風見鶏を出て、戻ってきたのは待ち合わせをしていた駅前。
 時間を確認すると、既に約束の時間から1時間も過ぎている。駅前は閑散としていて、さっきまではまばらに居た行き交う人の姿も見られない。
 それもそうか。こんな大雪の中で、今からどこかへ出かけようという人も珍しいよね。

「……寒いなぁ」

 自分の両手を温めるように吹きかけた息が、白い煙のように夜空に上がって溶ける。
 しんしんと降り続く雪は街を深い白に染めていく。まるで、そこに見えていた今までの景色なんてなかったかのように。そう、今までの出来事は全て夢だったかのように。

「……やっぱり、そういう事、なのかな?」

 準一は最後の最後で、綾瀬先輩を選んだのかな。私じゃなくて、先輩を。
 でも、文句は言わない。——ううん、言えない。だって、私が望んだんだ。私がこうなる事もわかっていて、準一に告白した。準一に向き合いたいって言われて、理解もした。納得もした。覚悟もできていた。それでも、私の心の中の弱気な虫が騒ぎ出す。

「…………」

 ——もう帰ってしまえばいいのだろう。
 いくら待っても来ることのない人を待つくらいなら、家に戻って、ベットに潜り込んで泣きたい。全てを忘れるくらい思いっきり。そんな衝動に駆られる。
 それでも、足は動かない、動いてくれない。ほんのちょっとの希望を捨てきれずに、もしかしたらを考えてしまう。だって、準一は連絡もしないで待ち合わせをすっぽかすような人ではない。例えどんな事があっても、それだけは断言できる。

「……ふぅ、本当に仕方ないなぁ。せめて連絡が来るまでは待っててあげるから、感謝してよね」

 溢れ出る弱気な心を押し込めて、誰も居ない駅前で溜め息混じりに呟いてみる。最後まで準一を信じよう。そう思いながら、私は降り続く雪を見ていた。