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ユキノココロ【60】 ( No.166 )
日時: 2015/03/28 22:16
名前: ゴマ猫 ◆js8UTVrmmA (ID: KG6j5ysh)

「——先輩、俺は先輩の気持ちに応える事はできません」

 静かに伝えたその言葉は、ゆっくりと空間に染み込んでいく。言葉は口に出した瞬間、意味を持って歩き出す。たとえ、俺が思っていた意味でなくても受け取り手によって解釈は変わってしまう。俺はそれが怖い。
 先輩はどう思うのだろう? この決断をした事で、何を感じて、何を思ったのだろう?
 ユキが居なくなって、俺まで突き放すような形になってしまった。ひどい奴だと思われるのはいい。けれど、先輩を、先輩の心を傷付けたくない。きっと俺は都合のいい事を言っているのだろう。それでも、それが偽らざる俺の本心だった。

「……どうして、ですか?」

 先輩は抑揚のない声音でそう問いかける。吸い込まれそうなくらい綺麗な瞳。けれど、その奥に宿る悲しみの色を隠せない。その様子を見て、胸の奥がズキリと痛んだ。

「……俺は、新谷さん——渚の事が好きです。だから、先輩の気持ちには応えられません」

 本当ならもう少し上手い言い方があるのだろう。でも、中途半端に気持ちを伝えてしまったら余計に先輩を傷付ける可能性がある。それならば、まっすぐに伝えたい。
 俺の言葉を聞いて、先輩の頬を涙が伝う。ユキが居なくなって、さっきまで大泣きして時とは違い、その感情が消えたような先輩の顔がどこか異質にも見えた。

「……清川くんを失うくらいなら、私が、清川くんのその心を変えてみせます」

 そう言って、先輩は俺の手首を掴んだ。強引に掴まれた手首は少し痛いくらいに強い。
 そのまま俺の手を引き、部屋にあるベットのパイプに手首を押し付けられた。そして、いつか見たような光景が繰り返された。鈍く光る銀色の輪、ガチャリと音を立てて、俺の手首とベットのパイプが繋がる。

「こ、これは……」

「今度のはアルミ製です。軽くて頑丈ですから安心ですよ」

 困惑する俺をよそに、先輩は穏やかに笑いながらそんな事を言う。
 まるで、今までの事なんてなかったかのように。その笑みにさすがの俺もゾクリとした。
 なにが安心なのかも意味がわからないが、とりあえずこれは——

「……ここから出さない、という事ですか?」

「ち、違います。清川くんの心が私に向いてくれるまでの間、お互いの距離を縮めようとしているだけです」

 人はそれを監禁と言う。……どうやら、先輩は少し暴走しているみたいだ。
 前回の時もそうだったのだが、先輩は一つの事に囚われ過ぎて前が見えなくなる事がある。今回はユキの事もあったから、精神的にかなり不安定になっているのかもしれない。
 告白の返事はどうしようもないけど、落ち着くまでは傍に居た方がいいとは思う。けど、渚の事もあるから、渚に連絡はつけておきたい。……ダメだな、本当なら突き放す方が優しさなんだろうけど、俺にはできない。それに、ユキと約束もしたしな。

「じゃあ、せめて電話を掛けさせて下さい。渚を待たしてるんです」

「…………わかりました」

 渋々といった感じで先輩は頷く。
 ——その後、先輩の携帯を借りて俺は渚に事情を話した。嘘だけはつきたくなかったので、ありのままに。ユキの事だけは、以前から俺と面識があったと話し、その訃報を聞いて先輩の家に来たと伝えた。
 俺の予想通り渚は駅前で待っていたらしく、連絡遅くなったのと、行けなくてごめんと伝えると、逆に「連絡がきて安心した」と言われてしまった。
 ……文句の一つも言わず、そんな風に優しく言われると罪悪感が増してしまう。ちなみにまだ告白はしなかった。電話越しではなく、会って直接伝えたいからだ。
 電話口で真っ先に謝ったが、もう一度だけ「約束を破ってごめん」と渚に謝ってから通話を終了した。


 ***


 家にも連絡を入れて、今日は友達の家に泊まると伝えた。
 冬休みだし適当な理由をつけて誤魔化したが、本当に今日だけで解放してくれるとありがたいのだが……明日はバイトが休みだが、明後日からはまたバイトがあるし。
 そんな事を考えていると、俺のお腹がグゥゥと鳴り、空腹だと主張を始める。

「清川くん、お腹が空いたんですね。待ってて下さい、今何か作りますから」

「あっ、いや、もう遅いですし——って、聞いてないし」

 言うが早いか、先輩は部屋を出てキッチンへと姿を消す。
 ポツンと部屋に残された俺はする事がない。と言うか、ここから動けないと言った方が正しい。右手首にかけられた銀色の輪を見つめる。前から不思議に思っていたが、先輩はどこからこんな物を持ってくるのだろう? お父さんが刑事とか? それとも実は影で暗躍する組織のリーダーとかなのだろうか?

「……そんな訳ないか」

 厨二的な妄想を思考の外へと追い出し、先輩が戻るのを待つのだった。