コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

ユキノココロ【61】 ( No.167 )
日時: 2015/03/31 17:56
名前: ゴマ猫 ◆js8UTVrmmA (ID: RnkmdEze)

 先輩に監禁されて——と言うと聞こえが悪いが、事実、ここから動く事ができないのだ。
 さらに前回のような玩具と違って、今回はその気になれば壊すという事もできない。渚に申し訳ない気持ちでいっぱいになりながらも、我慢強く先輩の説得をするしか方法はない。ふぅっと溜め息をついてから耳を澄ますと、キッチンから小気味いい音が聞こえてきた。
 先輩が何かを作っているんだろう。そう言えば、最近は実家に居たからか、食糧問題についてあまり悩む事がなくなった。ひとり暮らしをしていた時は、なにかと出来合いの物を食べる事が多かったし、レパートリーにも悩んだものだ。結果、自分の好きな物ばかり食べるという偏食生活になった訳だが……それで、渚によく注意されたな。

「うーん、しかしコレ、ずっとこのままって事はないよな」

 呟きながら、俺は自らの手首に繋がった銀色の輪に目をやる。
 ——これ、トイレとか風呂の時は外してくれるよな? さすがに……なぁ。


 ***


「お待たせしました。清川くんのお口に合えば良いんですが……」

「おぉ、シチューですか。美味しそうです」

 先輩が作ってくれたのはシチューだった。
 先輩って料理もできるのか。なんと言うか、本当にハイスペックなお方だなと感心してしまう。この短時間で作ってしまうとは。
 パッと見ただけでも色鮮やかなそのシチューの匂いは食欲をそそる。ブロッコリー、人参、玉葱、他にも色々入ってそうだが、今見ただけでわかるのはこれくらいか。

「う、嬉しいです。バランスも考えて、お野菜を多めにしてみました」

 先輩は少し恥ずかしそうにそう言う。
 バランスだけではなく、量やメニューのチョイスもあまり重すぎず、かと言って軽食になり過ぎずと本当に考えてくれているんだなと思う。
 白米が欲しくなってしまうのは日本人の悲しい性なのか、それとも俺がただ空腹なだけなのかはわからないが、ありがたく頂く事にする。

「では——って、先輩。コレを外してくれませんか?」

 俺の利き手に繋がれた銀色の輪。どう考えても食事時に付けては食べられない。
 左手で食べられない事もないが、慣れない左手を使ってひっくり返したり零したりはしたくない。俺が外してくれとお願いすると、先輩は柔らかな笑みを浮かべた。

「大丈夫です。私が食べさせてあげますから」

「……はい?」

 理解ができない俺を置いてきぼりに、先輩は用意していたスプーンを使ってシチューをすくうと、俺の口元に向けてそれを差し出す。
 これって……あれか、あの恋人同士がやるっていう恥ずかしい儀式じゃないのか?
 ってか、何この展開? この手錠を外してくれれば万事解決な気がするんだが。もしかして、外した瞬間に逃げ出すとか思われてる? 俺ってそんなに信用ないんだろうか。

「あ、あーんして下さい」

「いや、そんな事をしなくても、外してくれれば自分で食べれますから」

 俺が冷静に返すと、先輩は拗ねたように頬を膨らませた。

「ダメです。せっかく作ったのに、あーんしてくれないなら無理にでも食べさせますから」

 先輩はそう言うと、熱々のシチューが乗ったスプーンを俺の口元に強引に押し付けてきた。

「熱いっ! 待って先輩、せめて少し冷ましてから——」

「あーんしてくれるなら考えます」

「します! しますから笑顔で押し付けないで下さい! マジで火傷しますから!」

 この後、シチューがなくなるまで『あーん』をさせられた。先輩はご満悦のようだったが、断れば熱々シチューを強引に、受け入れれば食事が終わるまで羞恥プレイ。おかげで美味しいはずのシチューもほとんど味がわからなかった。なんとなくではあるが、俺は『あーん』という行為が怖くなり、トラウマを植え付けられたような気がしたのだった。