コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- ユキノココロ【64】 ( No.174 )
- 日時: 2015/04/21 01:38
- 名前: ゴマ猫 ◆js8UTVrmmA (ID: /48JlrDe)
先輩の家から解放されて、一夜が明けた。
結局、先輩は納得してくれなかったけど、俺の拘束を解いて「本当にすいませんでした」と深々と頭を下げてくれた。
まだ時間はかかるかもしれないけど、先輩がいつか自分の気持ちに整理をつけて幸せになってくれたらと願う。それは、他でもないユキの願いでもあるのだから。
帰ってからまず俺がやったのは謝罪巡り。まず始めにバイト先である風見鶏のマスターに謝りに行くと、俺が予想してたよりもマスターは怒ってはなかった。と言うのも、俺の代わりに休みだった芽生が出てくれたらしく、営業に支障はなかったのだとか。理由についても渚からある程度聞いていたからか、理解もしてくれたらしいが、本当のところはわからない。ちなみに今日は渚は休みだ。
母さんはと言うと、意外にもあっけらかんとしていた。「私に構わず、お友達とゆっくりしてきても大丈夫だったのよ。準一ももう子供じゃないんだから」と。
そして今、俺は風見鶏にて芽生に謝罪している最中だったりする。
「本当にすまんっ!」
「もういい、お前に頭を下げられると身体が痒くなってくる」
俺は勢いよく頭を下げるが、俺の謝罪に芽生は若干面倒くさそうに対応する。
年の瀬も迫った風見鶏の店内。いつもなら混雑しているであろう店内も、お客様がほとんど居ない。年末年始の特別営業時間で店も夕方には閉めてしまうので、今は営業というよりは年末に向けた大掃除と言った感じだ。
「だけどな、今回は全面的に俺が悪いから——」
「だからもういいと言ってるだろ。……それに、お前には借りがあったしな」
「うん?」
「な、何でもない! それより、渚が凄く心配してたんだぞ。私の事なんかより渚のところへ早く行ってやれ!」
芽生は少し焦ったような態度で、シッシッと野良犬でも追い払うかのようなジェスチャーで俺に早く行けと促す。何だかわからないが、芽衣がもういいと言うならこれ以上謝っても迷惑なだけだろうな。
「ありがとう、芽生」
「——っつ! じ、じんましんが」
芽生はオーバーなリアクションで自らの身体を抱き締めながら後退る。
俺は素直にお礼を言ったのに、迷惑がられるとは芽生と打ち解けるには相当に困難な道のりなのかもしれない。
「マスター、本当にすいませんでした」
帰り際、カウンターに居るマスターにもう一度謝るとマスターは柔らかく微笑む。
「気にすんな、俺が準一くらいの歳の頃はもっとヤンチャしてたからな。それに比べたらかわいいもんだ」
若い頃のマスターは一体何をやったんだろう。あまり知りたくはないが、このちょっと厳つめな風体から察するに昔は不良とかだったんだろうか? 番長とかそんなイメージなのか。俺はマスターに感謝の気持ちを込めて、軽く頭を下げてから風見鶏を後にした。
***
風見鶏を出てやってきたのは、色々な思い出が詰まった公園。幾度となく訪れた何の変哲もない小さな公園。ずっと昔からここにあって、ずっと変わらない。少し錆びた遊具も、屋根のあるベンチも、狭い砂場も、昔と変わらないままだ。
昨日の夜、話があるからここで会いたいと渚にメールで伝えた。その話と言うのはもちろん俺の想いを伝える事だ。一般的な告白とは少し違うかもしれない。なぜなら俺は渚の気持ちを知ってしまっているから。それでも、もし渚の気持ちが変わっていたらと思うと、不安で一杯になる。
「……俺、こんなに不安になったの初めてかもしれないな」
呟きながら携帯のディスプレイに目をやる。
確認すると約束の時刻の10分前。あの日、クリスマスの夜は渚もこんな気持ちだったんだろうか? 寒空の中、待っていた姿を想像しただけで胸が苦しくなった。
「何で顔をしかめながら唸ってるの?」
「うわぁっ! ……な、渚、来てるなら来てると言えよ」
気が付けば、俺の目の前に渚の顔があった。
考え事をしていたせいか、こんな近くに来るまで全く気付かなかった。
「さすがに気付くかと思ったんですけどね。……と言うより、少しお久しぶりですね」
「……何で敬語なんだ?」
「いや、ほ、ほら、それは……なんとなく?」
渚は恥ずかしそうにしながらそんな事を言う。いや、俺に聞かれても困るんだが。
近付いていた距離が離れて、渚の全身が目に入る。上は紺色の薄手のコートに白のブラウス、下は動きやすそうな濃い茶色のキュロットスカート、普段、渚の服装は意識なんてしていなかったけど、いざ自分の気持ちに気付いてしまうとめちゃくちゃ可愛く見える。
……あっ、何だこれ? 心臓がヤバいな。
「そ、それでだな、今日は渚に話したい事があってだな」
「準一、声が裏返ってるよ?」
「はっ、そ、そんな事ある訳ないだろ」
指摘されて顔が急激に熱くなる。
わかってる、裏返ってたよ。緊張してたら変な声が出ちゃったんだよ。そう言いたいが、それを言ってしまうと、これからする告白が台無しになってしまうので、今は我慢だ。
落ち着いて、深呼吸だ。——よし、大丈夫。
「……クリスマスの日、待たせた挙句、行けなくてごめん! 約束したのに、破って本当に悪かった!」
これは会って直接言いたかった。
電話でも謝ったけど、渚の顔を見てもう一度言いたかった。腰を折り、深々と頭を下げる。今渚はどんな顔しているのだろう? 怒ってるだろうか? それとも悲しんでるだろうか? 頭を下げたこの状態では地面しか見えないが、精一杯の誠意を込めて「良いよ」と言われるまで頭は上げない。
「もういいよ、それに、この前謝ってもらったもん」
渚の言葉を聞いて、俺はゆっくりと頭を上げる。
「……怒ってないのか?」
俺がそう問いかけると、渚はふわりと優しく笑った。
「怒ってる……って言った方が準一は満足?」
「そういう訳じゃないけど……こう、ビンタの一発くらいしてもいいんだぞ」
電話の時もそうだったけど、優しくされればされるほど罪悪感が増してしまう。
自分勝手な言い分だけど、怒ってくれた方が気が楽なのは確かだ。
「そんな事しないよ。私は準一が好きだから、きっと、準一が何しても笑って許せる自信があるもん。しょうがないなぁって」
まるで慈しむように告げられたその言葉に俺の心臓が大きく跳ねる。
加速していく胸の高鳴りは今まで感じた事がないくらいに苦しい。自分が自分じゃないように心の奥から気持ちが溢れていき、コントロールができなくなっていく。やがて決壊したダムのように押し寄せる想いは、無意識という形で俺の身体を動かし、気が付いた時には渚を抱き締めていた。
「ひゃう! ……き、急にどうしたの? ち、ちょっと……苦しいよ」
突然の俺の行動に渚は困惑しながらそう言う。
本当はもっと落ち着いてちゃんと伝える予定だった。けれど、頭の中が真っ白で考えてた事をちゃんと言える自信なんてない。抑えきれない初めての気持ち、その心のままに言葉を紡ぐ。
「……悪い……でも、ダメだ。俺————渚の事好きだ。今頃気付くようなバカで悪い。でも、ちゃんと真剣に考えて出した答えなんだ」
「………………へっ? う、嘘」
白昼堂々、人目もはばからず公園で抱き合う俺達はきっと注目の的だろう。
でも今は、今だけはそんな事はどうでもよかった。それに、きっとどれだけ言葉を重ねても、どれだけ言葉を飾っても、俺の気持ちを全部伝える事なんてできやしないのだから。
でも、それでいい。不完全でも、拙くても、ゆっくりだっていい。
どうして渚の事が好きなのか、これから少しづつ伝えていこう。俺の、俺だけの言葉で。だから——
「——大好きです。俺と付き合って下さい」
静かに、ハッキリと紡いだ俺の言葉は風に乗って消えた。