コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- エピローグ ( No.176 )
- 日時: 2015/04/21 19:59
- 名前: ゴマ猫 ◆js8UTVrmmA (ID: GlabL33E)
「先輩、卒業おめでとうございます」
「清川くん……ありがとうございます」
季節は変わり、出会いと別れの春。
この春で先輩は卒業する。最後の挨拶をしようと、記念写真を撮り終わる先輩を待っていたら、終わった後に講堂の出口前で繰り広げられる先輩への告白ラッシュ。まるで映画でも見ているのではないかと錯覚するくらいに、普段見る事ができない光景だった。
多分、全学年にアプローチされていたんではないんだろうか? これがラストチャンスとばかりに列をなして告白していく男子達、結果は全て玉砕だったが、あらためて俺は凄い人に告白されていたんだなと実感する。そして、最後のひとりが撃沈したところで、俺は先輩に声をかけていた。
「進路は決まっているんですか?」
「はい、卒業を期に実家に帰る事になりましたので、家から近い大学に行く事になりました。先生はもっと上を狙えと言ってくれてたんですが……」
そう言いながら先輩は少し寂しそうに笑う。
きっとその笑顔の裏には様々な感情が入り混じっているのだろう。そう思うと少し胸が痛い。
「そうですか、じゃあこれからは会わなくなりますね」
「何を言ってるんですか? 前にも言いましたけど、私はまだ清川くんの事を諦めていません。もっと魅力的になって、絶対に振り向かせてみせますから!」
「いや、その、大声でそんな事を言いながら近寄らないでください。周りからの刺すような視線が痛いですから」
さっきから周囲の刺すような視線——もとい、殺気が半端じゃない。
たださえ俺なんて知名度も何もない普通の男子なんだから、傍から見ればポッと出てきて先輩と話してる事自体おかしな光景なのだ。それと、もう一つ別の視線が痛い。
「気にしなくて平気です。それより…………」
先輩はそこで言葉を切る。そして——
「……さっきの本気です。絶対、振り向かせてみせますから」
耳元で囁くような声音。
蠱惑的にも思えるその囁きに背筋がゾクゾクと反応してしまう。
「せ、先輩っ! 何をしているんですか!」
俺の反応見ると、先輩は微笑みながら身体を離す。
「ふふっ、これ以上やると彼女さんに怒られてしまいますね。……清川くん、本当にありがとうございました。今度、ユキのお墓にも来てください。きっと喜びますから」
「……はい、絶対に行きます」
俺はそう言いながら頷く。
思い返すのはひとりの少女。不思議な奴で俺の人生に大きな影響を与えてくれた。
ユキは今何してるんだろうか? ちゃんと帰れたんだろうか? 泣いていないだろうか? 心の問い掛けも、ちょっと前まで傍に居たはずのユキにはもう届かない。
そんな俺の思考を遮るように遠くで声が聞こえてくる。声のする方へと視線をやれば、どうやら先輩のクラスメイトのようだ。
「はい、今行きます。——清川くん、行きますね」
「はい、先輩」
短い別れの挨拶を済ますと、先輩はクラスメイトが待つ場所へと駆けていった。
講堂の窓から射し込む、太陽の光を浴びた先輩の艶やかな黒髪が揺れて、周囲の視線を釘付けにしていく。その光景が幻想的とすら思わせてしまうほど先輩は綺麗だった。
「きーよーかーわーくーん! 一体、どういう事か説明してもらおうか?」
「なっ、何だよお前ら? 目が怖いぞ」
まるで夢から覚めたかのように、さっきまで先輩に見惚れていた男子達が殺気だった様子で俺を取り囲む。主に俺のクラスメイトが多いようだが、そんな事はどうでもいい。
生命の危機を感じた俺はある人物を捜す。
「涼っ! 助けてくれ! ——って、何で死んだ魚のような目をしてるんだ?」
「……準一、俺には失恋の痛手が心に深く残っているようだ。いくら親友と好きな人の幸せな恋が成就したとは言え、俺も人間だ。意味わかるか?」
いつになく沈んだ声のトーンで涼はそんな事言う。
まったく意味はわからんが、雰囲気からして涼は落ち込んでいるという事だろう。
昨日までそんな素振りなんてなかったのに、何でこのタイミングなんだ? しかもその事については一番に報告して、涼も喜んでくれてたじゃないか。
「つまりだ、幸せなんだし、それくらい良いじゃないかという事だな。うんうん」
「うんうん、じゃねぇよ! あぁっ、ヤバい!」
「さぁてと、俺は新しいミステリースポットでも探しに行くかな」
怒号を上げながら直前まで迫る男子達を後目に涼はクールに立ち去る。
我が親友ながら薄情な奴だ……いや、冗談だ。涼には本当に感謝している。俺が渚を好きだと言った時も文句一つ言わなかった。それどころか、新谷さんが幸せになるのが一番だと言って喜んでいた。本当に、俺にはもったいないくらいの親友だよ。
さておき、危機的状況は打開できず追い詰められてしまった訳だが……どうしようか。
「きーよーかーわー!」
「いいっ! お前らちょっと落ち着け!」
もうダメだと思った瞬間、誰かに力強く手を引かれる。
「準一、こっち!」
「うおっ!」
俺はややバランスを崩しながらも、手を引かれたまま凄いスピードで追手(?)を振り切るのだった。
***
「はぁ、はぁ……渚、お前、速過ぎ」
「はぁ、はぁ、文句言わないの。おかげで逃げ切れたでしょ?」
人気のない校舎裏まで来て、俺は膝に手を付いて呼吸を整える。
同じ速度で走ったはずなのに、渚は俺よりも息が乱れていない。別に運動部という訳でもないのに、この身体能力は何なんだ。
「そんな事より、さっきのアレは何だったの? その、綾瀬先輩が準一に顔近付けて、まるでその……キ、スしてるみたいだった!」
渚は顔を真っ赤にしながらそんな事を言う。
恥ずかしいなら言わなきゃいいのに。と言うか、あの別の痛い視線の正体はやっぱり渚だったのか。
「何もしてないよ。先輩がからかってきただけだ」
と、思いたい。
あの話も先輩の事だから有言実行しそうで不安ではあるのだが。俺の答えに不満だったのか、渚は訝しげな表情で俺を見つめる。
「……そりゃ、準一からはそんな事しないだろうけどさ、私としては不安だよ。彼女になったから余計に……それに私達まだ、その、キ、スもしてないんだし」
渚はもじもじという言葉がピッタリな態度をしながら口をどもらせる。
「恥ずかしいなら言うなよ。それよりHRどうする? 今から急げば間に合うと思うけど」
「あぁーっ、流した! 私に恥ずかしい台詞言わせて流したぁ! 大好きって言ったくせに、突然抱き締めたくせに——もがむ」
「バカッ、大きな声で恥ずかしい事言うな!」
慌てて渚の口を片手で塞ぐ。
そりゃ俺だって渚と色々したいさ。デートだってまだ2回しかしてないし、この間やっと手を繋いだくらいだしな。我ながら奥手だなと思うが、性格なんだから仕方ない。
これでも努力はしてるんだけど、人前だと素直になれないというか、なんというか。いや、人前じゃなくたって俺にとっては難易度高いんだけどさ。
「もっふぇ、じゅんふひふえはいはら」
「何を言ってるかわからん」
そう言ってから口を塞いでるせいだと気付き、塞いでいた手を離した。
「ぷはぁっ、だって、準一冷たいから。釣った魚に餌をやらないタイプなのかと」
「……だから、俺だってその、したいけど……時と場所ってものがあるだろ? 人前じゃちょっとな」
「この間、準一の家に行った時も時と場所が悪かったの?」
「ぐっ、それは、心のタイミングがだな——あっ」
そうこうしている間に本鈴のチャイムが鳴り響く。
たかがキス、されどキス。どうやら俺達が恋人としてのステップを踏むにはまだ少し時間がかかるみたいだ。
「ほ、ほらっ、急いで戻るぞ!」
「あぁーっ、今度は誤魔化した!」
拗ねる渚の手を引いて、俺は駆けだす。
見上げれば一点の曇りもない空。冷たい北風ではない、暖かな春風が頬を撫でていく。
なぁユキ。そっちはどうかな? ひとりで寂しくしていないか? ユキの姉さん、先輩はまだ少し時間がかかるかもだけど、俺も先輩もみんな前に向かって歩いているよ。
だから、ユキも安心して見ていてくれ。そしていつか、いつかまたユキに会えると俺は信じているから。
だから、さようならは言わない『またね』だ。
冬に起きた不思議な出来事、そこに確かに居た少女を想い、誰にも聞こえないくらいの声音で、俺はそっと空に呟いた。
〜END〜