コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

ちょっとオマケ劇場【〜あの日へ〜涼編】 ( No.184 )
日時: 2015/05/15 20:30
名前: ゴマ猫 ◆js8UTVrmmA (ID: Uj9lR0Ik)

 暗闇の中でポツンと佇む朽ち果てた家、郊外に建つこの家は有名な心霊スポットとしてネットでも話題になっている。普段は気にも留めない等間隔に並んだ街灯が、今日はやけに不気味に見えた。

「さすがに雰囲気あるな……」

 休日の深夜、日付が変わろうとする時間に、俺は前々から気になっていた心霊スポットに来ていた。最近の準一は付き合いが悪く、こういった誘いには乗ってこない。
 前にこの手の噂のスポットに来た時も「なぁ、これ何が楽しいんだ?」などと言っていたので、きっと興味がないのだろう。そういえば、前に話していた家に幽霊が出るとか言ってた件はどうなったのだろう? いつ頃からか、パッタリ聞かなくなった気がする。
 最初は寝ぼけたとか言っていたが、その事は気にはなっていた。それに準一が冗談でそんな事を言う奴じゃないのは知っているので、余計かもしれない。さておき——

「まっ、今日は趣味に没頭するか」


 ***


 こういった場所に来て、必須アイテムは塩に聖水、御札、銀の釘、全て深夜の通販で購入したのだが、これを使う事になるまで危険な目に遭った事はない。
 これだけ揃えれば、妖怪だろうと、ゴーストだろうと、ゾンビだろうと、ドラキュラだろうと敵なし。まぁ、そんなのが出てきたら世紀の大発見なんだけどな。

「お邪魔します」

 入る前に一礼、面白半分で来たと思われては良い気はしないだろうから、必ず礼をするようにしている。興味があるのは間違いないのだが、冒涜しにきた訳ではないので結構大事な事なのだ。そして荒れ果てた庭を通り、玄関らしき前までやってきた。

「玄関の扉がない。しかも随分と荒れてるな」

 そこにあるはずの物がなく、玄関は最近捨てられたと思われるゴミや、当時住んでいたであろう住人の持ち物で散乱している。奥へと続く、闇の空間は異界への入口——なんて事はないだろうけど、どこかこの周囲の空気が重く感じられるのは事実だ。
 残念な事に、俺には霊感が無い。けれどその俺が感じるという事は、これはもしかしたら……。

「これは、もしかして本当に」

 ここの噂は『異世界に迷い込む家』だ。
 噂を聞いて面白半分でやってきた人達が、その日を境にパッタリと姿を見せなくなるらしい。ネットでは神隠しだとか、秘密組織の仕業などと言われていたが、真相は分からない。けど——

「そんな高まる話、行かない訳にはいかないよな!」

 高揚する気持ちを抑えながら、歩を進める。
 玄関を過ぎて廊下に差し掛かったが、足の踏み場もないとはまさにこの事だ。玄関同様、辺り一面ゴミや住人の持ち物が散乱している。さらには土や泥で汚れていて、本当に廃屋という言葉がぴったりだ。家に土足で上がるのは気が引けるが、靴を脱いで上がっていたら変な物が刺さりそうで怖い。

「……ってか、何もないな」

 1階にある各部屋、トイレや風呂まで隈なく調べたが、特に何か変わった物がある訳でもなく、異変も起こらない。
 俺は少々肩を落としながらも、今にも崩れそうな階段を踏みしめ2階へと上がる事にした。


 ***


「……ここはまた、酷いな」

 2階に着くと、目に飛び込んできたのは倒壊したふすまや柱だった。
 下に居た時は気付かなかったけど、床に大きな穴が穿たれている。うっかり足でも滑らせて落ちたりしたら、怪我をしてしまう可能性がある。その穴を迂回するように歩き、しばらく探索した後、俺はこの場所で最後の部屋の扉を開ける事にした。

 (続く)

ちょっとオマケ劇場【〜あの日へ〜涼編】 ( No.185 )
日時: 2015/05/15 20:34
名前: ゴマ猫 ◆js8UTVrmmA (ID: Uj9lR0Ik)

 埃を被ったドアノブをゆっくり回して部屋の中へ入ると、そこはこれまでの部屋とは違う空間が広がっていた。物が散乱している訳でもなく、かといって綺麗な訳でもないが、ここだけ妙に片付いている。まるで、別の場所からこの部屋だけを切り取ってきたかのようだ。
 誰かが最近まで使っていたのだろうか? いや、それなら他の部屋に何らかの痕跡があってもおかしくないはずだ。

「……何だ、あれ?」

 思案する俺の目に入ったのは、部屋の隅に置かれた大きな姿見。そこからうっすらと青白い光が溢れていた。なんとなくではあるが、人工的な光ではない事は直感で分かった。
 いくらネットで話題になっているとはいえ、こんな場所にこんな仕掛けをわざわざ作るのはよっぽどの変人くらいだろう。まぁ、人の事は俺も言えないのだが。

「まさか、まさか……これは、これは本物のミステリースポットを発見しちゃったんじゃないか!」

 目の前に広がる光景に、俺のテンションが上がっていく。急上昇していく期待を胸に、その大きな姿見の前に駆け寄った。

「不思議な光だな……」

 その青白い光は、まるで『こっちに来い』と誘っているかのようで、見ているだけで吸い込まれそうになっていく。もちろん、ここまで来て触らないという選択肢はありえないので、俺はじっくり観察してから、その姿見に手を伸ばした。
 すると、鏡面に触れるか触れないかくらいの距離で、突然鏡から目が眩むほどの強い光が放たれた。その光に俺は思わず目を瞑る。すると、今度は足下の床がグニャリと沈みこんだ。
 奇妙な感覚に慌てて目を開けると、この空間自体が不自然な程に歪んでいた。底なし沼のように、下へ下へと沈み込んでいく床と回る景色に平衡感覚すら保てない。
 それは思いっきり目を回した時の感覚に似ていて、駆け上がってくる、何とも言えない不快感が襲ってくる。オカルト好きな俺が今日初めて思った、気持ち悪い、と。その感覚がどれくらい続いたのだろうか? 俺はいつの間にか意識を手放していた。


 ***


 瞼に穏やかな光の刺激を感じて、脳内が徐々に覚醒していく。
 ゆっくりと目を開けると、そこに居たのはひとりの少女。長く綺麗な黒髪を風になびかせながら、その大きな瞳で不思議そうな表情をして俺を上から見下ろすようにしていた。
 この容姿から察するに子供だな。何だか分からないが、そんなに見つめられたらどうにもこそばゆい。

「……こんにちは、どこから来たの?」

 とりあえず黙っているのもなんなので、話しかけてみる事にした。
 なるべく丁寧に優しく話しかけたつもりだったが、その途端、その子は怯えたような表情に変わる。そして、1秒もしない内に脱兎の如く逃げ出していってしまった。

「……うーん、俺何かしたのか?」

 と口に出してから気付いた。
 自分の視点がやけに低く、頭と身体がゴツゴツとした硬い物の上に寝ている感覚に。
 確か廃屋で不思議な鏡を見つけて触ろうとしたら、強い光に目が眩み、空間が歪んで、最後は意識が飛んだはずなのに、気が付けばどことも分からぬ路上で寝転がっている。これじゃあ、あの子も不審がる訳だよ。
 というか、俺は廃屋の中で倒れたはずなのに、何でこんな所に……しかも、深夜だったのに、いつのまにか明るくなってるし。

「……やっぱり——あの場所は俺が探し求めたミステリースポットじゃないか!」

 胸の奥から沸々と湧き上がる高揚感を抑えられず、叫びながら飛び起きる。その様子を遠くから見ていた近所の奥様方が、ひそひそと話し始めるが別に気にはならない。今の俺は空だって飛べるくらい最高の気分だから!
 だってマジで見つけたんだぜ? こんな不思議現象、体験できる事なんてそうそうない。

「それにしても、どうして俺はこんな所で寝ていたんだろう? あの廃屋の近くでもないし…………くっくくくっ、ふははっ」

 あまりの嬉しさにこぼれ出る笑い。
 謎が深まれば深まるほど、どうしようもないくらいに楽しくなってくる。
 この謎を解き明かすためには、準備が必要だ。そう考えた俺は、一度家に戻る事にした。


 ***


「…………俺の家が無い」

 自宅に着いたはずなのに、そこに俺の家は無かった。
 見慣れた自分の家の外観も、表札すら別人のものになっていて、狐に化かされているんじゃないかと、何度も自らの頬をつねるというベタな行為をやったほどだ。
 何かがおかしい……それは、俺自身なのか、それとも——

 (続く)

ちょっとオマケ劇場【〜あの日へ〜涼編】 ( No.186 )
日時: 2015/05/15 20:27
名前: ゴマ猫 ◆js8UTVrmmA (ID: Uj9lR0Ik)

『あそこの廃屋、マジでやばいらしい。もう何人も行方不明になってるみたいだ』
『それ、ガセじゃね? 大体、あんな所行ってどうすんの?』
『そりゃお前、怖いもの見たさっしょ? あんな所に好んで行く奴なんかいねーし』
『本当にお前らはわかっていない。そこにある不思議、自らの目で見てみたいと思うだろ!』
『あっ、何か変な奴来た』
『絶対居るよな、こういう奴』
『俺が今度そこに行く。行かなかった事を後で後悔するなよ?』
『しねーし。ってか、マジで行くのかよ? 暇だね』
『大好きだからな。俺が証明してやるから、楽しみにしておくといい』
『はいはい、勝手に行けよ。せいぜい行方不明になんないようにな、名無しさん』

 そんな会話をネット上の掲示板で話していたのはいつだっただろうか?
 誰も信じはしなかったけど、俺が思っていた通り、確かに不思議はそこにあった。
「やっぱり俺が言っていた通りになったろ?」と言いたいところだが、どうやらここは俺が住んでいる10年前の場所らしい。色々と散策してみた結果、既に無くなってしまった商店街、今使っている機器が出る前に使われていた物、当時流行っていたキャラクター。
 だがそんなものより、信憑性が高いのは日付だ。何度も目を疑ったが、それは変わらない事実として存在していた。

「さて、これからどうしようか」

 近所にある公園のベンチに腰を掛けて独り呟く。今もあるこの公園は昔も変わらない。
 平日の昼下がり、本当なら家に戻っていたはずだが、ここには俺の家はなかった。
 それもそのはず、俺は家族と一緒に、このもう少し後に引っ越してきたはずなので存在しないのは当然だ。それに、少し気になる事もある。
 この場合、俺が俺に出会ってしまったらどうなるのだろう? SF小説なんかを見ると、過去の自分に今の自分が会うという事は、タイムパラドックスが起きるという事だ。
 だが現実に時間旅行をしてきた人など居ない。それだけに、好奇心だけで動くとどんな事態が起きるのか全く想像がつかないという事だ。

「知的好奇心を取るか、身の安全を確保するか、それが問題だな」

 スマホはあまり役に立ちそうにないが、持ってきていたお金はこの時代でも使える。
 廃屋探索をする時、念のため少し多めに持ってきていたので、2〜3日ぐらいなら余裕があるので少し辺りを調べるのも良いかもしれない。
 ただ、帰りのルートを確保しておきたいので、まずは廃屋があった場所に戻り、実際に戻れるかどうかの確認しておかないといけないだろう。

「よし、まずは廃屋があった場所に戻るか」

 考えがまとまり、勢いよくベンチから立ち上がった俺の目の前に飛び込んできたのは、公園内で遊ぶ3人の子供達だった。
 公園内で先頭を走る少年に、少女が後を追う。少し遅れて追いかけている、もう一人の少女は、今朝俺の事を見て逃げ出した子だった。また会うなんて世間は狭いな。
 それにしても、あの男の子、どこかで会ったような気がするんだが……気のせいだろうか? 心に引っ掛かるものを残しながら、俺は公園を後にした。


 ***


「これは……」

 廃屋があった場所まで戻ってくると、そこにあったのは不気味な建物ではなく、白く綺麗な2階建ての家。外観と周りの景色で、何となくここで間違っていないのは分かるのだが、たかが10年くらいでこの綺麗な家が朽ち果てた家に変わってしまうとは……。

「という事は、この時代はまだ人が住んでいたんだな」

 立派な門の前に打ち込まれた、銀色のフレームに白文字で書かれた表札。
 名前は、綾瀬さんというのか。人が住んでいるという事は、簡単には中に入れないという事になる。理由を話したら入れてくれるだろうか? いや、いくらなんでもそれはない。
「お宅にある不思議な鏡で、現代に戻りたいので、家にお邪魔しても良いですか?」うん、こんな事を言ったら間違いなく通報されるな。俺は突きつけられた難題に思わず頭抱える。

「……あっ、あの」

「うん?」

 背後から掛けられた小さな声音に気付き振り向くと、そこには今日の朝、そしてつい先ほども見た少女が立っていた。

 (続く)

ちょっとオマケ劇場【〜あの日へ〜涼編】 ( No.187 )
日時: 2015/05/15 20:46
名前: ゴマ猫 ◆js8UTVrmmA (ID: Uj9lR0Ik)

「……わ、私の、い、家の前で……何をしているんですか?」

 恐る恐るといった感じで少女は俺に問いかける。
 ここはこの子の家だったのか。そりゃそうだよな、自分の家の前に見知らぬ男が立っていたら警戒するよな。しかも俺、今朝この子に怯えられた訳だし。

「別に、怪しい者じゃないんだ。道に迷っていてね、ここはどこかなって考えていただけなんだよ」

 この台詞が既に怪しいが仕方ない。迷っているのも間違いではないからな。今という時代に迷ってるとか言ったら、さらに怪しさが増すから言わないけど。
 そんな俺の言葉に、不審者を見るような目で見る女の子。いつでも逃げれるような体勢になっているのも微妙に傷つく。

「……ま、迷子なら……お、お巡りさんの所に行けばいいと思います……」

 うん、この子しっかりしてる。
 間違っても不審者について行くような子ではないな。けど、何か微妙に傷付くな。しかも、高校生にもなって迷子呼ばわりとか……お呼び出しとかされるような歳じゃないんだけど、それをこの子に言っても仕方ない。

「そうだね、じゃあ俺は行くよ」

 そう言うと、踵を返して来た道を引き返す。
 その途中、背後からあの子の声とは少し違う明るい声が聞こえてきたが、振り向く勇気はなかった。また不審な目で見られても困るからな。


 ***


 ホテル等に泊まっていては、すぐに資金が底をついてしまうので、駅前にあるネットカフェに俺は来ていた。今日の宿、いや当分はここが拠点になるかもしれない。
 と言うのも、廃屋だった場所が民家になって——いや、この場合は戻ったと言うべきだな。人が住んでいる場所においそれとは入れない。つまり、長期戦を覚悟しなければならなくなったという事だ。

「しっかし、この時代はこんなのが流行ってたんだな」

 特にする事もないので、やたらと大きい一人用ソファーに身体を預けながら、棚から適当に持ってきた雑誌を斜め読みしていく。
 10年前といえば、この時代の俺はまだ6歳か7歳ってところか。その時は何してたかな……確か、準一や新谷さんと俺はまだ出会ってないんだよな。
 準一と新谷さんは、ずっと幼なじみだと言っていたから、この頃も一緒に居たはずだよな。それなら、もしかして準一が住んでいた場所に行けば準一に会えるんじゃないか?
 もしかしたら、新谷さんとも会えるかも——

「……いやいや、会ってどうする」

 浮かんだ思考をすぐにかき消す。
 会った所で「俺は君の未来の友達だよ」と言える訳もない。頭のネジが2〜3本外れちゃった人の発言にしか聞こえないもんな。下手すりゃ、今日のあの子みたいに怪訝な目をされた挙句、本当にお巡りさんのお世話になってしまう。
 この現象に最初は心を躍らせていたけど、現実的な問題が山積み過ぎて、はしゃいでる場合でもなくなってきたな。もしかしたら、行方不明になった人達もこの時代に飛ばされてきたのかもしれない。

「……やっぱり、あそこに入るための方法だよな」

 今回のタイムトラベルの原因の鏡がある、あの家に入る方法、家の人と仲良くなれれば一発なんだけど、縁もゆかりも無い俺がそうなるには難易度が高い。
 可能性は限りなくゼロに近いけど、今日会ったあの子の家なんだから、あの子と仲良くなればいけるんじゃないだろうか? ……雲を掴むような話で、しかもハイリスクな事は間違いないけど。

「やってみるしかないか」

 結局、この日は朝まで一睡もする事ができなかった。

 (続く)

ちょっとオマケ劇場【〜あの日へ〜涼編】 ( No.188 )
日時: 2015/05/16 21:18
名前: ゴマ猫 ◆js8UTVrmmA (ID: Ft4.l7ID)

 昨日と同じ時間、同じ場所にやってきた俺は公園のベンチに腰を掛け、昨日の子を捜す。
 傍から見ると俺は危ない人なのかもしれないが、あの子は俺が元の時代に戻るための鍵なのだから仕方ない。いくら俺が不思議現象大好きでも、ここに骨を埋めるつもりはないのだから。それに、昨日徹夜して考えてきた作戦もある。

「……ふぅ、まぁそんなに上手くいく訳ないか」

 公園内に居るのは、鳩と日向で気持ち良さそうに眠る猫だけ。
 その様子を見続けていると、あまり動きのない光景と暖かな日差しに照らされたせいか、ベンチで意識が飛びそうになっていく。これは多分、昨日の寝てなかったのが原因なんだろうけど……瞼が重く……。


 ***


 頬に柔らかな感覚が走り、意識が徐々に覚醒していく。

「あっ、起きた。やっぱり寝てただけだね」

「……う……ん?」

 重たい瞼を無理矢理開けると、そこに居たのは俺が捜していた子だった。
 ベンチで寝転がっていた俺に、上からその大きな瞳で見つめてくる。なぜだかデジャブを感じるが、これは2度と来ないチャンスかもしれない。そう思い、俺は勢いよく飛び起きた。

「わっ、びっくりした。お兄ちゃん、こんな所で寝てると風邪引いちゃうよ?」

 屈託のない笑みを浮かべながら、女の子はそう言う。
 うん? なんだか昨日とは態度が違わないか? 昨日は俺の事を不審者を見るような目で見つめてきて、警戒心バリバリだったのに……いや、まぁ露骨に警戒されるよりは良いんだけどさ。どうにも違和感を感じてしまうな。

「ちょっと、悩んでいる事があってね。昨日は眠れなかったから、ついここで寝ちゃったんだよ……」

 少し芝居がかった演技をしながら、顔を伏せる。
 子供を騙すのは心苦しいけど、これは元の時代に戻るためだ。

「そうなの? お悩み聞いてあげようか?」

 横目でチラリと確認すると、女の子は心配そうな表情で俺を見つめていた。
 考えていた作戦通りの展開になり、少し安堵する。
 だけど、今からその理由を言わなければいけないかと思うと、憂鬱で憂鬱で仕方ない。

「ありがとう。実はね、俺は友達がいないんだ……それで本当に寂しくて寂しくて……」

 我ながら名演技をしつつ、寂しそうに呟いてみる。
 ってか、なーにが、友達がいないだよ! しかもこんな知らない子供相手に相談とか、自分で言ってて引くわ! もっと良い方法なかったのか、俺!?

「そっかぁ、お友達がいないと寂しくなっちゃうよね、ユキもお姉ちゃんと準くん居なかったら寂しいもん」

 身を切った効果はあったのか、女の子は俺に同情してくれたようだ。とりあえず、その可哀相な人を見る目はやめてほしい。俺だって友達くらい、いるんだからな? 準一とか、準一とか、準一とか。

「じゃあ、ユキがお兄ちゃんの友達になってあげる! そしたらお兄ちゃん寂しくない?」

「あぁ、けど本当に良いの?」

「うん、お母さんも困っている人が居たら親切にしてあげなさいって言ってたし」

 濁りのない純粋な眼差しに当てられて、俺の良心がズキズキと痛む。
 神様、嘘ついてごめんなさい。けど、いたいけな子供を騙し、しかもぼっち宣言をした俺もダメージが大きいんです。今すぐ誰も居ない海に行きたいくらいなんです。

「……ありがとう、本当に嬉しいよ」

「えへへ、どう致しまして」

 まるで太陽のようなその笑顔に、おもわず目を背けたくなる。俺の心は曇り空でも、見上げた空は青かった。
 さておき、多少の犠牲は払ったけれど、なんとかあの家の子と仲良くなる事に成功したのだった。

 (続く)

ちょっとオマケ劇場【〜あの日へ〜涼編】 ( No.189 )
日時: 2015/05/19 20:47
名前: ゴマ猫 ◆js8UTVrmmA (ID: a0p/ia.h)

 あの子と友達になり、数日が経った。
 拠点はネットカフェに、お風呂は近くにあるスーパー銭湯に、着替えは安めの服を数着買った。しかしそのままではジリ貧なので、日雇いのアルバイトも探し、肉体労働。
 この時代での俺は住所不定という怪しすぎる高校生なので、履歴書なしで働けるにはそれしかなかった。けれど、そのおかげで何とか今をしのげている。
 あの女の子、名前はユキちゃんと言うらしい。ユキちゃんとは、あの公園で何度か会って話す内に、大分仲良くなってきたと思う。家にはお父さんとお母さん、それとお姉さんの4人家族で、最近は近所に住む男の子が気になっているとかなんとか。

「…………」

 そして今日は部屋にお邪魔させてもらう事になったのだが——

「……だ、誰ですか?」

 玄関のチャイムを鳴らして、出てきたユキちゃんに思いっきり怪訝な目で見られた。
 昨日は凄くにこやかに「明日は楽しみにしてるね」とか言ってたのに、何この温度差?ツンデレ? デレツン? 普段はデレデレしてるのに、たまにツンツンする新しいジャンルなのだろうか。いや、別にデレデレしてほしい訳じゃなく、普通に会話をしたいだけなんだけどさ。

「……えっと、昨日約束したよね? 明日は家で遊ぼうってユキちゃん自身が言ってたと思うんだけど」

 恐る恐る確認してみると、怪訝な表情をしていたユキちゃんが少し強張っていた顔を緩めた。

「……私は、姉です。そういえば、友達が来ると言ってましたけど……ユキなら今公園に居ると思います」

「そ、そうなんだ。ありがとう」

 その間が気になる。ユキちゃんのお姉さんは「まさかこんな人が来るとは思ってなかった」とでも言いたげだ。
 けど、それはまったく同感で、俺も鏡の事がなければ、友達はおろか、話す事すらなかったと思う。
 それにしても良く似てる姉妹だな。見分けがつかない。もしかして、感じていた違和感の正体はこれかもしれない。ユキちゃんだと思って話したらお姉さんで、お姉さんだと思って話したらユキちゃんだったという事か。
 見た目はそっくりだけど、性格は違うみたいだな。ユキちゃんは明るく人見知りもしない性格で年相応みたいだけど、お姉さんの方は少し大人びた印象だな。
 しかし、約束をしておいてどこかに行くなんて……まぁ、待つのも間が持たないと思うから様子を見に行ってみるかな。

「……あ、あの! ほ、本当にユキのお友達、なんですよね?」

 公園に向かおうとした俺の背後から、遠慮がちながらも凛とした声音が聞こえてくる。振り向くと、ユキちゃんのお姉さんが心配そうな表情で俺を見つめていた。
 なるほど、得体の知れない男が訪ねてきたんだから心配だよな。うん、やっぱりこの子はしっかりしているな。

「うんそうだよ、嘘だったらお巡りさんでも何でも呼んで構わないから。……もし心配だったら、一緒に来る?」

 俺の問い掛けに、ユキちゃんのお姉さんは少しの間逡巡しながらも頷いた。


 ***


 俺達が公園に辿り着くと、既に帰ってしまったのか、ユキちゃんの姿は公園内に見当たらなかった。
 来る途中で入れ違いになってしまったんだろうか? だとしたら、家の前で待っていた方が良かったのかもしれない。ユキちゃんのお姉さんとは、道中も会話らしい会話はなかったし、気まずかったなんてものじゃない。多分、時間にすれば5分ぐらいの時間なんだろけど、それが何倍にも感じたほどだ。

「少しこの辺を捜してから、また戻ってくるよ」

「……わ、わかりました、私は家に戻ります。帰っているかもなので」

 ユキちゃんのお姉さんの言葉に俺は頷く。
 俺はユキちゃんのお姉さんを見送らずにそのまま公園から出た。太陽が薄い曇に隠れた昼下がり、アスファルトを踏みしめながらどこから捜すかと思案していると、目の前に捜していた本人、ユキちゃんが鼻歌を歌いながらご機嫌な様子で歩いていた。

「ユキちゃ——」

 そう呼びかけて、前方から猛スピードで突っ込んでくる車に気付いた。
 見れば運転手は居眠りをしているのか、車体が右に左にフラフラと揺れている。ここは車1台分が通れるか通れないかという狭い道路なので逃げ場がない。しかも悪い事にユキちゃんは気付いていないみたいだ。このままじゃ、ユキちゃんが危ない。そう思った瞬間、俺は無意識のうちに駆け出していた。

 (続く)

ちょっとオマケ劇場【〜あの日へ〜涼編】 ( No.190 )
日時: 2015/06/16 22:34
名前: ゴマ猫 ◆js8UTVrmmA (ID: Uj9lR0Ik)

「危ないっ!」

 俺は運動神経が良くて本当に良かったと思う。
 もし俺の足が遅かったら間に合わなかっただろうから。あとほんの数センチで衝突といったところで、ユキちゃんを抱え込みながら壁にピッタリと張り付き、車を回避。
 暴走していた車は、俺達を通り越して、そのまま少し先の壁にぶつかり、耳をつんざくほどの大きな衝撃音を辺りに響かせてから停止した。
 間一髪とはこの事だ。あと一秒でも遅かったら、ユキちゃんは車に撥ねられていたに違いない。

「……り……涼くん……」

「大丈夫、もう大丈夫だから」

 俺に腕の中で恐怖に震えるユキちゃんの抱きしめ、落ち着かせる。
 俺だってこんな経験はないし、心臓だってさっきからずっとバクバクとうるさい。俺ですらこんなにも恐怖を感じているのだから、小さなユキちゃんは余程怖かったに違いない。
 騒ぎを聞き付けた、近所の住民が電話をしている。
 あぁ、そうか。俺はパニックになって、そんな単純な事すら気付けなかった。
 あの車の中には人が居る。あれだけ派手にぶつかったのだから、すぐにでも救急車に連絡しなくちゃいけなかったんじゃないか。

「あんたは大丈夫なのか!?」

「……えぇ、俺は平気です」

 住民のおじさんの問いかけに、俺は平静を装いながらそう返す。
 問題はない、ユキちゃんも傷ひとつなさそうだ。けれど言葉とは裏腹に、遠くから聞こえてくるサイレンの音が近付くまで、俺の身体は硬直してしまい、この場を一歩も動く事ができなかった。


 ***


「ユキっ! ユキ!」

 市内にある大きな総合病院、特に外傷も見当たらなかった俺達だが、念のための検査をという事でここに来ていた。
 広いロビーの待合室で検査結果を待っていると、ユキちゃんのお母さん(多分間違いない)が凄い勢いで入り口から駆けてきた。そしてそのまま、ユキちゃんの無事を確かめるように抱き締める。

「お母さん……苦しいよ」

「ごめんね、でも、ユキが無事で本当に良かった……」

 そう言って、ユキちゃんのお母さんは瞳から涙をポロポロと零す。
 仕事を抜けて、直でここに来たユキちゃんのお母さんはスーツに身を包んでいて、その見た目はキャリアウーマンといった感じだ。ちなみにお父さんの方は、国内にいらっしゃらないとか。そんな話をユキちゃんから聞いた。

「……あの、すいません」

「あなたが、ユキを助けてくれた方ですね。本当にもう……なんてお礼を言っていいやら」

 俺がユキちゃんのお母さんに近付くと、立ち上がり深々と頭を下げた。
 大の大人にこんな風にお礼を言われると、なんだか恐縮してしまう。

「いえ、俺も無我夢中で……無事で良かったです」

「本当に、ありがとうございます」

 ユキちゃんのお母さんは、もう一度俺に向かって深く頭を下げた。
 慣れないお礼を言われたせいか、どうにも落ち着かない。そんな気持ちを誤魔化すように「飲み物を買ってきます」と言って、俺はその場を離れた。


 ***


「ふう……まさかこんな事になるとは」

 ロビーから少し離れた場所の自販機で買った、冷たいお茶を胃に流し込むように一口飲む。好奇心が招いた不可思議な現象、それは良い。それこそ俺が求めていたものだし、後悔はない。けど、もしかしたら俺は過去を変えてしまったんじゃないか? そうだとしたら、俺は大それた事をやってしまった事になる。だってそうだろう。あの時、もし俺があの場所に居なければ、確実にユキちゃんは——いや、そうとも限らないじゃないか。
 俺が助けなくても、ユキちゃんは助かったという可能性だってある。

「ところが、そうじゃない」

 背中から聞こえてくる、低い声音に俺は慌てて振り返る。

「…………」

 立っていたのは、全身黒色のスーツに身を包み、褐色の肌、ハリネズミのように逆立った髪、体格もガッシリとしている見た事すらない男だった。

「初めまして、この地区を担当している大垣竜という者です。以後、お見知りおきを」

 そう言って、大垣という男は自己紹介をしながら、まるで紳士のように胸に手を当てて大仰な挨拶をしてみせた。突然現れた怪しい男に、俺は何も言わずに距離を取る。

「おや? そんなに怖がらなくても平気だよ。君を取って食べたりしない」

「……何か用ですか?」

「用がなければ来たりしない。これでも私は忙しくてね、最近はアイツがさぼり気味のせいで、余計な仕事までまわってくる」

 溜め息混じりに、そんな事を言う大垣という男。
 最初に感じた威圧感のようなものは何だったのだろう? 今の台詞はとても人間っぽい。
 ——人間っぽい? 俺は何を考えているんだ。どこからどう見ても、この人は人間じゃないか。

「あぁ、君の考えている事は正しい。こんな格好をしてるけど、私は君とは違うからね」

「な、何で俺の考えている事を!?」

 無意識の内に口に出していたんだろうか?
 困惑した俺を見て、大垣という男は口角を上げて不敵な笑みを浮かべた。

「それくらいは造作もないよ。もっと色々できるけど、やってみせようか?」

 そう言って、おどけてみせる仕草すら恐怖でしかない。本当に何なんだこの人は。

「そう警戒しないでくれ。私は君を助けにきたのだから」

「……俺を、助けに?」

 (続く)

ちょっとオマケ劇場【〜あの日へ〜涼編】 ( No.191 )
日時: 2015/05/26 22:34
名前: ゴマ猫 ◆js8UTVrmmA (ID: 9AGFDH0G)

「そう、君を助けにきた。君は偶然にもこの時代へと来てしまい、過去を改変した」

「俺が、過去を改変?」

 そう反芻するように出した言葉は、少し震えてしまっていた。
 考えていた事が現実に、改変をしたとすればユキちゃんの事だろう。やはり、ユキちゃんは本来ならあそこで————いや、それの何が悪いというんだ? 人を助けて罪になるとでもいうのか?

「そう、罪になる」

「また俺の心を……!?」

「本来はあってはならない事、それだけに罪は重い」

 大垣は、先ほどまでの飄々とした態度とは打って変わり、真剣な顔つきで俺に問いかける。その瞳に見つめられるだけで、自分の意志とは関係なく、身体が勝手に震えだしてしまった。やっぱり、こいつは普通じゃない。それは確信できる。

「君が取るべき選択肢は2つ。私と一緒に元の時代に戻り、貝のように口を閉ざすか、このままここに残り、私に殺されるかだ」

「そ、そんな事! できるわけ——」

「できるよ。……ただ、私も正直そんな事はしたくない。だから、もう戻ってくれないか? 君の、君が居るべき場所へと」

 俺の言葉を遮って、そう言った大垣のどこか悲しげな表情を見ていると、それは本意ではないというのが伝わってきた。圧倒的な威圧感の中に、悲しみが同居したような表情をするこの男の言葉に、俺は首を縦に振る事しかできなかった。


 ***


 世界が歪む。
 来た時同様、空間があり得ないほどにグニャリと曲がり、目が眩むほどの眩い光があたり一面を包み込む。広がった光は徐々に集束していくと、視界を元に戻していく。そして、気付けば俺は見慣れた場所に立っていた。

「……ここは、地元の駅か」

 改札口を出てすぐの場所、外は夜の帳が落ち切っていて、空からは真っ白な雪が降っていた。今はいつなのだろう? 本当に俺は元の時代に帰ってきたのか? ポケットにつっこんでいたスマホを取り出して、恐る恐る日付を確認する。

「……12月25日」

 この日付が正しければ、俺が出発した時から少し過去に戻っている。
 大垣は元の時代と言った。それとも、この程度は誤差範囲という事なのだろうか?とりあえず、ここにずっと立っていても仕方がないので、俺は改札を出る事にした。

「……うん?」

 少し歩いたところで、人通りが少なくなった改札の出口に、見知った顔を見つけた。
 あれは、新谷さんか。俺が知っている新谷さんを見つけて、密かに安堵する。少しだけ過去だが、ここは確かに俺が知っている、生きている時代なんだ、と。

「新谷さん?」

「ひゃう! ……って、山部くん?」

 背後から声を掛けたせいか、新谷さんは飛び上がるようにして驚いた。
 うーん、もう少し考えて声を掛けるべきだったか。そういえば、俺は過去を変えてしまった訳だけど、ちゃんとこの時代でも新谷さんは準一と付き合えているだろうか? そんな不安がよぎる。

「あぁ、驚かせてごめん。新谷さん誰かと待ち合わせ?」

「う、うん。準一と待ち合わせしてて」

 少し俯き加減で、俺の問い掛けに答えた新谷さんは前に俺が見たものと変わらなかった。
 ……本当に良かった。新谷さんが幸せそうな顔をしているのが、俺にとっての幸せでもある。それは、単なる強がりでも、偽善でもない。心からの願いだ。

「そっか、新谷さんが楽しそうなら良かった」

「う、うん? あ、ありがとう」

「じゃあ、また学校で」

 少し不思議そうにする新谷さんを残して、俺はその場を離れた。
 俺が経験した不思議な出来事、きっと誰に言っても信じてはくれないだろう。それに、大垣もこの事は誰にも言うなと言っていた。あの子、ユキちゃんはあれからどうしただろう? あの時の事はなかった事になって、俺が助けなかったという、運命を辿ったのだろうか? けど——

「……どこかで笑っているといいな」

 呟いた言葉は、白く染まって空へと舞い上がる。明日からまた変わらない日々がやってきて、俺は何も知らないフリをして過ごすのだろう。
 そういえば、あの時公園で見た男の子、あれはもしかして準一だったのかもしれないな。だとしたら、ユキちゃんの事やお姉さんの事も覚えているかもしれない。

「……そうだとしても、聞けないんだけどな」

 俺は真っ白に染まった道を踏みしめながら、ゆっくりと帰路につくのだった。

 〜END〜