コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

未来への帰り道〜ユキ編〜【6】 ( No.202 )
日時: 2016/02/02 22:33
名前: ゴマ猫 ◆js8UTVrmmA (ID: XM3a0L/1)

「遊びに行こう!」

 翌日の放課後。
 渚に誘われて、渚が働いてるというカフェ『風見鶏』に私は来ていた。
 渚は今日はシフトに入ってないという事で、窓際の席に座って2人で紅茶を飲んでいる。渚はジャスミンティーを飲んでいるけど、私はあの香りが少し苦手。ジャスミンとは違い、癖のないダージリンを一口飲んでから私は口を開いた。

「突然どうしたの?」

「ほら、私とユキって友達になった訳だし、遊びに行って親睦を深めようと思ってさ」

 私が問いかけると、渚は少し照れたようにそう言った。

「うん、別に良いよ」

 私としても渚とはせっかく仲良くなれたので、どこか一緒に行きたいとは思っていた。……けど、気になる事もある。それは、昨日の黒いスーツの男の事。あの男の人は涼くんの事を知っていた。身内しか知りえない情報で、私は誰にも言っていないし、唯一知っているお母さんは涼くんの事を忘れてしまっている。
 それに、お姉ちゃんにさえ涼くんの事は話していない。つまり、私が涼くんの事を捜しているのは、私しか知りえない事だ。
 けれど、あの男の人は言い当てた。面識すらないはずなのに、ピタリと。まるで私の心の中を覗かれているようで気味が悪い。こんな状態で遊びに行って楽しめるだろうかという一抹の不安が私の中にはある。

「ユキ?」

「あ、ごめん。それでどこに遊びに行くの?」

 渚に心配そうな表情で名前を呼ばれて我に返る。
 いけない。こんなんじゃ渚に心配されちゃう。何事もなかったかのように、私は笑顔でそう返した。家に心配性なお姉ちゃんが居るせいか、私の誤魔化し方は上手いものだと我ながら思う。

「今度の連休あるでしょ? その連休を利用して海にでも行きたいなって思ってて」

「海? まだ海開きじゃないし、行っても入れないよ」

 今はまだ春。大分暖かくなってきたとはいえ、海に入れるような気温じゃない。私が疑問に思いながらそう言うと、渚はクスッと小さく笑った。

「それで良いんだよ。夏の海なんて人ばっかりで疲れるだけだもん。誰も居ない海の方がゆっくりできるし」

「でも、海に入らないって事は眺めるだけなの? それじゃあんまり——」

「そこはほら、ユキの恋を応援するための企画だし」

「——っつ!? コホッ、コホッ!」

 唐突にそんな事を言われて、飲んでいた紅茶が喉に詰まってむせてしまう。私はハンカチで口を押えながら涙目になって渚を見る。

「あれ? もしかして気付いてないと思ってた? 準一は鈍感だから気付かないかもしれないけど、態度でバレバレだよ」

「……あ、あははは」

 それを聞いて、思わず乾いた笑いが零れる。
 私ってそんなに分かりやすい態度してたのかぁ……。渚とは会ったばかりなのに。もしかして涼くんにも感付かれてるんじゃ? いやいや、それはマズイよ。ただでさえ、変な女だと思われているかもしれないって言うのに。

「まぁ、山部くんは準一と違って、人の心の機微なんかには敏感な方だけど、この間の感じだとまだ気付いてないと思うから安心して良いと思う」

「——っ!」

 まるで私の心を読んだかのように、渚は先回りしてそんな事を言う。
 そっか、それなら一安心……って、まだ涼くんが私の思い出の涼くんと決まった訳じゃないから。今の段階では似てるってだけで、それを裏付ける証拠なんて何一つ無いし。そ、それに、いつの間に私が涼くんを好きって前提で話が進んでるの! 私は憧れの気持ちが強いだけで、好きとかそういう気持ちなんかじゃ……ない、はず。

「あっはは、ユキは分かりやすいなぁ〜。でも、そんなユキも好きだよ」

「か、からかわないでよ」

 カラカラと楽しそうに笑う渚に、私は抗議の意味も込めてそう言うが、渚は「分かってる、分かってるから」と、したり顔で頷く。もう……全然分かってないよ。

「お客様、店内ではお静かにお願いします」

 真横からの窘めるような物言いに視線を向けると、私たちの席の傍に清川くんが立っていた。
 風見鶏の制服である白いYシャツに腰に黒のサロンを巻いた清川くんは、この間見た時よりずっと大人っぽく見える。例えるなら、お洒落なバーとかに居そうな、かっこいいお兄さん。清川くんって、よく見ると容姿は整ってるなぁ。

「……うるさくしちゃって、ごめんね。清川くん」

 そう言って私が謝ると、清川くんは少し驚いた表情に変わる。

「いやいや、綾瀬さんは良いんだよ。渚の声が大きいだけだから」

「あぁ〜、何その態度? 準一、まさかユキを口説こうしてるんじゃないでしょうね?」

「バ、バカッ! そんな訳ないだろ! 渚と違って綾瀬さんはお淑やかだって事を言いたいだけで、そんな気持ちは一ミリもないぞ」

 渚にあらぬ疑いをかけられて、清川くんが焦ったように否定する。
 でも、その否定の仕方だと火に油を注ぐんじゃないかな……? 渚は私に分かりやすいって言ったけど、渚だって——

「ふーん。どうせ、私はユキみたいにお淑やかじゃないですよ。もう準一に夕飯なんて作ってあげないから。お淑やかなユキに作ってもらえば?」

 あぁ、やっぱり。案の定、渚は拗ねてしまった。
 渚は唇を尖らせて、清川くんから顔を逸らす。なんだか、私に飛び火してるし。それに、私はお淑やかという言葉とは無縁だと思う。お姉ちゃんなら、その言葉は似あいそうだけど……。

「おい、何でいきなり怒ってるんだよ?」

渚の態度の変化に、清川くんは意味が分らないというような、戸惑いの表情を浮かべていた。清川くんって、本当に女心に疎いんだね。そんな事を内心で思いつつ、私は渚の頭を撫でて、よしよしと宥める。

「準一、いつまでサボってんだ。暇なら明日の仕込み手伝え」

「は、はいっ!」

 厨房の奥から野太い男の人の声が飛んでくる。
 その声を聞くと、清川くんは背筋をピンと伸ばして厨房へと駆けていった。

「渚も人の事は言えないね」

「……そうみたい、だね」

 そう言って、2人して苦笑すると冷めた紅茶を一口飲む。
 結局この後、雑談で話は終わり、後日改めて計画を練る事になったのだった。

 (続く)

未来への帰り道〜ユキ編〜【7】 ( No.203 )
日時: 2016/02/14 02:34
名前: ゴマ猫 ◆js8UTVrmmA (ID: lU2b9h8R)

 穏やかな春の陽気にあてられながら、足早に流れていく景色を車窓から見つめる。4人が向かい合うようにして設けられた座席。窓側に私、その向かいに渚、隣りには涼くん、涼くんの向かい側に清川くんという配置だ。
 そう、今日は渚とかねてから計画していた4人で遊びに行く日。いつもより少しだけオシャレをして、チラリと横目で涼くんを見る。

「…………」

 白のVネックのシャツに、紺色のYシャツを重ね、下は黒のジーンズ。
 シンプルな服装なのに、それが涼くんに良く似合っていて、ジッと見つめていると体温が上昇していくのが分かる。どれだけ違うとは分かっていたって、私にとってはあの時の涼くんにしか見えないんだ。それが嫌という程に理解できてしまう。

「……何か俺の顔に付いてる?」

「う、ううん! 何でもない、何でもないの!」

 あまりに見つめていたせいか、怪訝な表情で涼くんに問い掛けられる。
うぅ、変な奴だと思われた。絶対、変な奴だと思われた。

「涼、少しは笑えよ。綾瀬さんが怖がってるだろ」

「準一に言われたくはないよ。準一の方こそ、普段は能面みたいに張り付いた顔で女子を怖がらせてるだろ? 唯一、話しかけられるのは新谷さんくらいだ」

「な、何を! 俺は普段通りの顔だっての!」

 清川くんが私のフォローに入ってくれて、涼くんが清川くんに冷静に返す。その状況を見かねた渚が仲裁に入ってきた。

「はいはい、やめやめ。せっかく遊びに来てるんだからケンカしない」

 溜め息混じりにそう言う渚。

「俺は別にケンカなんてしてねーよ。涼がこう、つまんなさそうで——いや、別に心配してた訳じゃないからなっ!」

「何それ? ツンデレ?」

「違うっ!」

 清川くんと渚が長年連れ添った夫婦のようなやり取りをしていると、隣りで涼くんが小さく笑った。初めて見たかも、涼くんが笑う顔。

「あぁ、ごめん。準一と新谷さんのやり取りを見てると、嬉しくてね」

 私が不思議そうに見ていたせいか、涼くんは2人に聞こえない程度の声音でそう言った。

「嬉しい?」

「あぁ、綾瀬さんより俺は長く2人を見てきたからね」

 涼くんはそう言って、2人を見つめて優しげな笑みを浮かべる。
 どうして嬉しいんだろう? けれど「どうして?」とも聞ける雰囲気ではない。それ以上は聞いちゃいけない感じがする。それになにより、私は涼くんとも仲が良い訳ではないから。その後しばらくの間、私は優しく微笑む涼くんの横顔を見つめていた。

 (続く)

未来への帰り道〜ユキ編〜【8】 ( No.204 )
日時: 2016/02/14 02:42
名前: ゴマ猫 ◆js8UTVrmmA (ID: lU2b9h8R)

「うーみー!」

 渚が両手を伸ばして、そんな事を叫ぶ。
 電車に揺られる事、数時間。眼前に広がるのは青の世界。やはり時期ではないため、人の気配はしない。テレビの映像でよく見る、夏特有のゴミゴミした光景は欠片もなく、唯一居たのは地元の方なのか、お爺さんがひとり犬を連れて砂浜を歩いていたくらいだ。

「さて、無事に着いたのはいいけど、これからどうするんだ?」

 清川くんは渚にそう問いかける。

「ふふっ、これこれ」

 そう言って、渚は含むように笑うと自分の鞄の中から折り畳まれたビニールのような何かを取り出した。

「何だそれ?」

「ビーチボールだよ。これに空気入れて、4人でビーチバレーやろう」

 胸を張って、そう得意気に語る渚だが、清川くんがげんなりしたような表情に変わる。

「お前なぁ〜、わざわざ海まで来てビーチバレーはないだろう」

「海に来てやらないと、ビーチバレーにならないじゃん。それに、ビニールだからケガもしない、安心安全だよ」

「俺が言いたいのはそういう事じゃなくて、せっかく遠出してきたんだから、別の遊びにしようという事だ」

「なーるほど、準一は下手だからやるの嫌なんだ」

 私と涼くんが見てるそばで、渚と清川くんの夫婦漫才のようなやり取りが続く。私はオロオロしながら、涼くんは電車内と同じように微笑んでいる。

「そんな訳ないだろ。ビーチバレーくらい余裕に決まってる」

「それならいいじゃない。準一が苦手じゃないって証明するためにも、勝負しようよ」

 話しが思わぬ方向に逸れ始めて、私は涼くんに小声で問い掛ける。

「ね、ねぇ、渚と清川くん揉めてるみたいだけど大丈夫かな?」

「ん? あぁ、問題ないよ。準一と新谷さんは、いつも通りだよ。むしろ、いつもより楽しそうだな」

 私の心配をよそに、特に気にした様子もなく涼くんはそう答える。
 そっか、涼くんがそう言うならそうなのかな。視線を戻すと、話はビーチバレーで勝負する事で落ち着いたらしい。何故か私と涼くんも巻き込まれて。


 ***


「よーし、準備はいい? ルールは簡単、先にボールを落とした人が負け。負けた人には、もれなく罰ゲームがあります」

 渚が元気な声でそう言うと、私たちは円になるように散らばる。
 4人で順番にトスをしていって、先にボールを地面に落とした方が負け。単純明快なルールだけに、持久力の勝負になりそう。私は履いていた靴を脱ぐと、砂を踏みしめる。ジャリジャリして少し痛いけど、今日はスニーカーじゃないし、こっちの方が動きやすい。

「綾瀬さん、マジじゃん」

「だ、だって、負けたくないし」

 清川くんが私を見ながら、少し驚いたような表情でそう言ったので、私は途端に恥ずかしくなる。やっぱりここは女の子らしく、動きより格好を優先した方が良かったかなぁ……。少し気になって、清川くんの隣りに居る涼くんに視線をやる。

「いいじゃないか。じゃあ、準一が負けたら今日1日の飯は準一の奢りって事で」

 涼くんは楽しそうに笑い、腕まくりをした。
 と、とりあえず、引かれてはいない……よね? 私はホッと胸を撫で下ろす。

「いいね〜、準一の奢りなら夕飯は豪華にいこうよ。この辺りは海鮮物がオススメらしいから、お寿司とかにしよう」

「おい、待て。お前ら既に勝った気満々だが、俺が勝ったらお前らの奢りだからな」

 清川くんのその言葉を聞いて、渚が軽くストレッチしながら不敵に笑う。

「ふふーん、私に勝てたらね」


 ***


「とりゃ!」

 難しいコースに飛んだボールを、渚は俊足を飛ばして難なく返す。
 渚って運動神経良いんだ。動きに無駄もない。清川くんはまさか返されるとは思ってなかったのか、慌てて対応。打ち上げたボールはフラフラと涼くんの所へ。

「はっ!」

 そのボールを涼くんはキレのある動きで簡単に返した。ボールはまたも清川くんの所へ。

「くっそー、砂に足を取られて、上手く動けない……っ!」

 清川くんが、かろうじて返したボールは、私のとこへ目掛けて高く舞い上がる。チャンスボールなんだけど、アタックは禁止だから私は両手で軽く返す。ビニール製のボールは軽くて風に煽られやすい。上空で微妙な変化を繰り返して、どこに行くのか予測がつかない。

「また俺かよっ!」

 右へ左へ、面白いように変化して、またも清川くんの所へ。先程からきわどいコースに飛びまくって、その度に全力で走る清川くんは、既に肩で息をしながらボールを拾う。

「準一はそろそろ限界かな? 帰宅部だから仕方ない、ね!」

 狙い撃ちという言葉がピッタリな渚のトスが絶妙なラインに飛ぶ。まるで、風の流れすら読んでいるような鮮やかな返しに、清川くんは右往左往している。

「お、お前も……帰宅部……だろう、が!」

 ヘロヘロになりながらも、清川くんは何とかボールを返す。今度は私の所へ。このまま清川くんを狙い続ければ勝てるけど、それはさすがに可哀相だよね。そろそろ別の人に回そう。私はくるりと身体を半回転させて、レシーブの要領でボールを涼くんに返す。

「おっ、と!」

 涼くんは不意を突かれたような表情をしながらも、冷静にボールを渚に。
 渚は即座にそのボールを清川くんに返す。

「またか! ……うわっ!」

 慣れない砂浜を何度も全力ダッシュさせられて、既に体力の限界に近付いていた清川くんは、砂に足を取られて転んでしまった。無情にも無人の砂浜にボールは落下。清川くんの負けが確定した瞬間だった。

「はぁ、はぁ……お、お前ら……き、汚いぞ……」

「準一、負けは負けだから。お寿司、期待してるね」

 砂浜にうつ伏せになった清川くんの肩をポンポンと軽く叩いて、とどめの一言。渚ってばこの前、清川くんに言われた事を根に持ってるのかなぁ。ちょっと可哀想になった私は、清川くんの所へ近づく。

「清川くん、私も出すから心配しないで」

「あ、綾瀬さん、なんて優しいんだ……昔からの付き合いの幼なじみと、友達は冷たいのに。もう、俺の心のオアシスは綾瀬さんだけだな……」

「わっ、清川くん、何も泣かなくても」

 涙目になった清川くんを宥めていると、横から湿った視線が突き刺さる。

「ふーん、なるほど。準一はユキが心のオアシスなんだぁ、へぇー」

「もう、渚、あんまり清川くんをいじめちゃダメだよ」

「べ、別にいじめてなんか……ないもん」

 私が渚に窘めるように言うと、渚はプイッっと視線を逸らした。ないもんって……清川くんも、もっと渚の気持ちに気付いてあげられたら良いんだけどなぁ。

「まっ、準一の負けは負けなんだから、とりあえず寿司は奢りだろ。なに、食べきれなかった分は持ち帰りにするから安心していいぞ」

「安心できねぇ!?」

「……あ、あははは」

 涼くんの冗談なのか本気なのか分からない追い討ちに、清川くんのツッコミが入ったとこで、私たちは昼食に行くのだった。

 (続く)

未来への帰り道〜ユキ編〜【9】 ( No.205 )
日時: 2016/03/14 21:25
名前: ゴマ猫 ◆js8UTVrmmA (ID: KG6j5ysh)

「いらっしゃい!」

 町で聞いたお寿司が美味しいと評判の店。年季の入った暖簾をくぐると、威勢の良い声が飛んでくる。清川くんと涼くんが先頭になって店内に入ると、ふわりと柔らかい笑みを浮かべ、鮮やかな花柄の和服を着た可愛い店員さんが応対してくれた。

「いらっしゃいませ〜、4名様ですね? こちらの席へどうぞ」

 店員さんに案内されて、私達は4人掛けのお座敷に座る。

「当店のご利用は初めてですか?」

「はい、初めてです」

 代表して清川くんが答えると、店員さんは目尻を下げて、惹き込まれるような笑顔浮かべた。入った時も思ったけど、この店員さん凄く可愛い。モデルさんみたいにスタイルもいいし。

「は〜い、じゃあ当店のシステムをご案内しますね。当店では、その日獲れた新鮮な魚をお店に直送。その為、その日によってお値段の方を決めさせて頂いてます」

「……おいおい、それって時価って事じゃ」

 店員さんの話を聞いて、清川くんの顔が強張る。
 それもそのはず、さっきのビーチバレーの罰ゲームで昼食は清川くんの奢りという事になっているのだ。私も出すと言ったんだけど、清川くんは「気持ちだけもらっておくよ」と言って、丁重に断られてしまった。さすがに、渚も涼くんも本気ではないと思うんだけど……。

「はい、その通りでございます。しかし、お味の方は保証致しますからご安心くださいませ」

「……全然、安心できない。俺の腹が満たされる前に、財布の方が空腹で餓死するぞ」

 俯き加減で、そう呟く清川くん。

「ふっふっふ、そちらもご安心くださいませ! お客様方は見た所、学生さんですよね?」

「そうですけど?」

「あぁ、やっぱり。実は当店、昼間は凄く忙しいのに人手が圧倒的に足りないのです」

 そんな事を言いつつ、妙に芝居がかった仕草で頭を抱える店員さん。
 それはまるで演劇でも観てるかのようで、店員さんの容姿も相まって惹き込まれていく。

「急に話の雲行きが怪しくなってきたな」

 涼くんは『世界のミステリースポット』という、ハードカバーの本に目を落としたままそう言う。興味は無さそうなんだけど、話自体はちゃんと聞いてるみたい。店員さんは、涼くんの呟きに反応する事なく話を続けた。

「そこで、よろしければ当店でアルバイ——」

 店員さんがそこまで言いかけたところで、ゴスッという鈍い音が店内に響いた。

「こらっ、茜! お前は、お客さんに何て事言いやがる!」

「あいたた……ほんの冗談じゃない。というか、お父さん! 娘の頭にグーパンはどうかと思うよ?」

 少し強面のおじさんが、店員さんの頭にげんこつを落とした。さっきまで流れるように話をしていた店員さんが、頭を押さえながら涙目で抗議する。清川くんをはじめ、私達は目の前の状況が分からず困惑気味だ。

「このバカ娘! お前がサボりたいからって、お客さんを利用しようとするんじゃねぇ!」

「だーかーら、ほんの冗談だって。それに、せっかくの連休だってのに、店の手伝いしろーなんてさ、私だって遊びに行きたいんだよ」

 どうやら、この店員さんは店長さんの娘で、自分が遊びに行きたいからあんな条件を出して、私達に代わりに仕事をやってもらう算段だったみたい。
 え、えーと、この場合、どうしたらいいんだろう? チラリと横目で確認すると、清川くんと渚は呆気にとられていて、茫然とこの状況を見てる。
 ……涼くんは——あ、目が合った。涼くんは眉尻を下げ、分厚い本を閉じると「ふぅ」と、ひとつ溜め息をついた。そして立ち上がって店員さん達に近付いていく。

「あの、大体の事情は察しましたが、俺達は結局ここで食事しても良いんですか? もし込み入っているようなら出直しますけど」

「あぁ、申し訳ねぇ。このバカ娘のせいで、とんだ迷惑をかけたようで。お詫びと言っちゃなんだが、サービスするから是非食べてってくれ! ほら、お前も謝らないか!」

「はーい、すいませんでしたー」

 強面な店長さん(お父さん)に促され、店員(娘さん)さんは、渋々といった感じで頭を下げた。
 と、とりあえず、一件落着かな? 私はホッと胸を撫で下ろす。せっかくの遊びに来てるんだから変なトラブルに巻き込まれたら嫌だものね。

「とりあえず、落ち着いたみたいだな。準一の不安はまだ拭えないだろうけど」

 涼くんは清川くんを見て、少し楽しそうに笑う。目の前の問題は解決したのだけど、私には気になってる事があった。無事に食べれられる事になったのは良かったんだけど、問題は値段だ。さっきの店員さんの説明だと、お寿司やお刺身なんかは時価みたいだし。当然、学生の私達がそんな大金を持っている訳がない。
 ましてや、清川くん1人に払わせるのだとしたら、手持ちが絶対足りないのじゃないかと心配しているのだ。

「ね、ねぇ、りょ——山部くん」

「別に好きに呼んでくれて構わないよ。あと、準一の奢りとは言ったけど、ちゃんと俺も払うから大丈夫。きっと、新谷さんもそうすると思うし」

「え、あ、う、うん」

 私の聞こうとしていた事を、全部先回りして答えられてしまった。涼くんって、私の心を読めるのかな? 瞬きをして不思議そうに涼くんを見つめていると、涼くんが破顔する。

「なんだか不思議そうな顔してるけど、綾瀬さんって顔に出やすいよ。浜辺に居た時から、ずっと準一の心配してたでしょ?」

「う、うん。よく分かったね。……分かりやすくて、ごめん」

「何で謝るの? 悪い事じゃないだろ。変に裏表がある奴より、俺はずっと良いと思うけど」

「そ、そうかな? あ、ありがとう」

 涼くんの言葉は、私の事を肯定してくれたような気がして少し嬉しくなる。『今のままで良い』って。そう思うと緊張していた心が軽くなり、少しだけ頬が緩んだ。

「綾瀬さん、そうやって笑ってた方が可愛いと思うよ」

「ふぇ!? な、ななな、何を急に言い出すんですか!?」

「ほら顔に出てる。別に言葉の通りで、そのままの意味だよ」

「そ、そのままの意味って……」

 分かってる、別に涼くんの言った言葉は深い意味なんてなくて、広い意味で、そう、一般的な意味で可愛いって言っただけで、別に私じゃなくても言ったんだ。
 頭の中でそう必死に言い聞かせてみるけど、動揺は止まらない。冷静になるなんて無理だ。段々と顔が熱くなっていくのが分かる。

「ははっ、綾瀬さんって面白い人だね」

「…………」

 そう言って、爽やかな笑顔を浮かべながら私を見る涼くん。「何か言わなくちゃ」と思うけど、言葉が出てこない。熱が急速に冷めて、今度は落ち込んでいく。
 ジェットコースターのように浮き沈みが激しく気持ちが移り変わって、思考が追い付かない。というか、面白い人ってどうなんだろう? 変な奴って思われたのかな? うぅ……それはちょっとへこむかも。
 この後、店長さんのオススメで、豪華なお刺身盛り合わせをサービスしてもらったのだけど、美味しいはずなのに緊張のせいか、味が全く分からなかったのだった。

 (続く)

未来への帰り道〜ユキ編〜【10】 ( No.206 )
日時: 2016/03/24 19:20
名前: ゴマ猫 ◆js8UTVrmmA (ID: Uj9lR0Ik)

「……うぅ、もう帰りたい」

「なに言ってんの。今日は夜まで居るんだからシャキッとしなさいな」

 新鮮なお刺身をサービスしてくれた『魚松』を後にして、私はがっくりと肩落としながら歩く。お刺身はとっても美味しかったし、値段も「サービスだ!」とか言って、かなり破格のお値段にしてくれた。
 新鮮なイカは白色ではなく透明なのだという事も初めて知って、満足……のはずだったんだけど。落ち込む私の背中を、渚がポンポンと優しく叩きながら励ましてくれるが、気分は晴れそうにない。

「だってさぁ、面白い人だねって言われたんだよ? 絶対変な奴だと思われたに違いないよ……」

「そんな訳ないって。それを言ったら、準一だって変な奴の部類に入ると思うけど」

「清川くんは男の子だし、別に変な人じゃないし」

「うーん、ユキも変なとこ気にするんだね。大丈夫だって。気にしない気にしない。というか、ユキってやっぱり山部くんの事——」

「わーっ、わーっ、わーっ!」

 渚がサラリと爆弾発言しようとしたので、大きく手を振り、大声を上げながら言わせないように妨害する。近くに涼くん達が居るのに、そんな誤解を招くような発言したらマズイよ。

「おぉ、綾瀬さん元気だな」

「……くす」

 はっ! 「くす」って笑われた! 「くす」って笑われた! 涼くんに「くす」って笑われた! 鼻で笑われたぁ……。やっぱり変な女だって思われてたんだ。もうダメ……お家帰る。

「…………」

「あっ、ちょっと、ユキ何処行くの? これから皆で——」

 その場から逃げ出したい衝動が脳内を支配して、私は別方向へと歩き出した。背後から渚の声が聞こえてくるけど、その声を振り切るように、少しだけ早足で。


 ***


 遥か先に見える水平線、海の青と、空の青が溶け合って、淡いグラデーションを演出している。目を閉じれば潮騒がそっと耳に響く。寄せては返す波の音が、さっきまで落ち込んでいた私の心を少しだけ癒してくれた。誰も居ない海、砂浜に座って私は考える。
 渚に何も言わないまま、ここまで来ちゃったから心配してるだろうなぁ。

「はぁ……お姉ちゃんなら上手くやるんだろうな」

 私は溜め息を吐きながら、お姉ちゃんの顔を思い浮かべる。
 何でもそつなくこなすお姉ちゃんなら、きっと私みたいに悩んだりしないはず。
 ……確か前にも思ったけど、お姉ちゃんのそういう話って聞いた事ないんだよね。あれだけモテるんだから、1つくらいあってもおかしくないのに。
 何だか余計な事まで色々と考えてしまって、私は再び溜め息を吐いた。

「こんな場所でひとりかい?」

 急に背後から低い声が聞こえてきて心臓が跳ねる。
 振り向けば、そこに立っていたのはこの間私に話しかけてきた変な人。
 この海辺に大柄で黒ずくめのスーツ姿のそれは似合わない。まるで体の中に異物が入り込んだかのような不快感さえ覚えた。ここに来る前に不安を感じてた人物に遭遇して、脳内が警鐘を鳴らす。私は身構えるようにして、立ち上がった。

「……あ、あなたは、この間の。私に何か用ですか?」

 私は、すぐにでも大声を出せるように身構えながらそう尋ねた。

「相変わらず君はつれないな。今日は君を迎えに来たんだよ。前にも話したけれど、もう時間がきてしまってね」

 男は苦笑しながらそう言った。
 私を迎えに? この人は何を言ってるの? やっぱり変質者だ。ここには人気ひとけがない。私の倍はあろうかという体躯、本気で私を襲おうとすれば簡単なはず。本能的に思考を切り替える。じりじりと後ろに下がりながら、警戒は緩めない。

「フフッ、君は賢い子だ。普通なら、その対応は間違ってないだろうね……けど」

 そう言って男が不敵に笑うと、私が瞬きをする間に消えてしまった。

「き……消えた?」

「ここだよ」

 つい先ほどまで目の前に居たのに、一瞬で私の後ろ数センチの所まで迫ってきていた。

「わぁぁっ!」

 慌てて飛び退くと、私はその場で尻餅をついてしまう。

「さてと、戯れはもういいかな? 生憎と私も忙しくてね」

 男はそう言うと、私を見下ろしながら、ゆっくりと手を伸ばす。
 逃げたいのに、腰が抜けてしまったのか、立つ事すらままならない。徐々に迫りくる恐怖で身体が小刻みに震え始める……嫌だ、嫌だよ。助けて……誰か、助けて!

 (続く)

未来への帰り道〜ユキ編〜【11】 ( No.207 )
日時: 2016/03/28 23:57
名前: ゴマ猫 ◆js8UTVrmmA (ID: rBo/LDwv)

「————このっ!」

「おっと」

 怖くて無意識に目を瞑った私に、怒声が聞こえてくる。
 恐る恐る目を開けると、涼くんが男に体当たりをする瞬間が視界に飛び込んできた。男は涼くんの体当たりを軽く躱すと、不機嫌そうに鼻を鳴らした。

「り、涼くん」

「綾瀬さん大丈夫? 今、新谷さんが警察を呼んでるから安心して」

 涼くんは、私を庇うようにして前に出る。

「君か。因果なものだな。一度は諦めた君が、今度は彼女を救う為に私の前に出るとはね」

「何の話か知らないが、お前とお喋りするつもりはない」

「なるほど、この世界の君は私と面識が無いのだったな。これは失礼した」

 そう言って男が恭しく頭を下げると同時に、またしても目の前から消えた。

「涼くん! 危ないっ!」

 私が声を掛ける前に、涼くんの目の前に姿を現した男は、人差し指で涼くんの額を軽く弾く。涼くんは、投げ捨てられた人形のようにバウンドしながら、後方へ飛ばされてしまった。
 勢いよく飛ばされたので、もうもうと辺りに細かい砂煙が舞う。

「涼くんっ!」

「……う、くっ!」

「おっと、これは申し訳ない。だが本当に時間が無いんだ。これ以上、余計な手間は掛けさせないでくれると助かる。これでも、なるべくなら手荒な真似はしたくないんだ」

 涼くんが額を押さえて蹲っている様子も気にせずに、男はそう言った。
 幸いにも下は砂だったから衝撃を吸収してくれたみたいだけど、これがアスファルトだったらと思うとゾッとしてしまう。
 すぐにでも駆けつけたいのに身体がいう事を利かない。這うようにして、なんとか涼くんの元へと私は近付いた。本当に何なの? この人絶対おかしいよ。

「——よっし、捕まえた! これでもう逃げられないぞ、変質者め!」

 私が涼くんの近くまで来ると大きな声が耳に響く。声の方向へと視線をやると、どこから出てきたのか、清川くんが男を後ろから羽交い絞めにしていた。

「……準一、遅いぞ」

「悪い、少し手間取った」

 涼くんがそう言うと、清川くんはアイコンタクトをしながら答える。

「隠れていたのか。だが、無駄な事だよ」

「へっ……? う、うわあぁぁ!」

 男は清川くんの両腕をガッシリと掴むと、背負い投げの要領で力任せに投げ飛ばした。
 投げ飛ばされた清川くんは、空中を舞って涼くんと同じ場所へと落下する。

「あいつつつ……なんて馬鹿力だよ」

「大丈夫か準一? ……一体なんなんだ、あいつは?」

 そう言って、涼くんは目を丸くして男を見つめている。
 投げ飛ばされてしまった清川くんも、大したケガは無いようでホッと胸を撫で下ろす。
 本当にそう思う。こんな事をできる人が世の中には居るの? でも、どうして? いくら人気が無いとはいえ、外でこんなに目立つ事をしてたら誰かに見つかる可能性だってあるはずなのに。そこまでして私を狙うメリットは無い気がする……。

「なるべくなら君たちに危害を加えたくはない。大人しくしててくれないか? 私の邪魔をしても、この世界の崩壊は始まってるんだ。そして、それはもう長くはない」

「あいつ、意味の分からない事を……頭のおかしい奴かよ。けど、あの馬鹿力じゃ旗色悪いな」

 清川くんは歯噛みしながらそう呟く。

「涼、俺が時間を稼ぐから、お前は綾瀬さんを連れて逃げろ」

「バカを言うな。準一ひとりじゃどうにもならないだろ」

「見た感じ、あいつの狙いは綾瀬さんだろ? じきに渚が呼んだ警察も来る。それまで辛抱すれば俺の勝ちだ」

「き、清川くん。そんな危ない真似——」

「なーに、逃げるのは得意だから平気さ。適当に挑発して注意を引いたら、俺もすぐ逃げるから」

 軽い調子で清川くんはそう言うけど、口調とは裏腹に表情は強張ってるようにも見えた。
 清川くんの提案に私と涼くんが逡巡していると、突如ドーンッという地響きにも似た轟音が海の向こうから聞こえてきた。

「こ、今度はなんだ!?」

「どうやら始まったようだ」

「な、何あれ……?」

 空が海へと落ちていく。まるで完成していたパズルのピースが、ボトボトと落ちて欠けていくように。欠けてしまった部分は歪な形になり、その部分だけ漆黒へと色を変えていた。

 (続く)

未来への帰り道〜ユキ編〜【12】 ( No.208 )
日時: 2016/03/27 23:56
名前: ゴマ猫 ◆js8UTVrmmA (ID: /48JlrDe)

「これ、夢じゃないよな?」

 清川くんが信じられないといった顔で、涼くんに問いかける。

「そうだといいんだけどな」

 涼くんは短くそう返すと、一度だけ深呼吸をして、欠けて色を失った空から私達に視線を移す。

「綾瀬さん、とりあえずここから逃げよう」

「う、うん。で、でもどうやって?」

「俺と準一であいつの隙を作るから、その間に逃げて。出来るだけ遠くに」

「そ、そんな事——!」

 私が言おうとした言葉は涼くんの手で軽く遮られる。

「大丈夫、後で絶対に追いつく。こっちには準一も居るし、新谷さんも、もうじき来るから安心して」

「そうそう、ここは任せてくれ」

 清川くんも、涼くんに同意するようにして自らの胸を叩く。

「それより走れる?」

 涼くんに言われて、身体をその場で少し動かしてみる。
 うん、大丈夫。抜けていた腰も元に戻ったし、これなら走れそう。私はゆっくり頷いた。

「よし、じゃあ合図したら俺達が突っ込むから、綾瀬さんは逆方向に走って逃げて」

「で、でも、本当に——」

「さて、もう良いかな? いつまでも付き合っていられないんだ」

 気だるげな表情で男がそう言うと、私達に緊張が走る。

「…………」

 さっきから無言のままの清川くんも緊張の色は隠せない。楽しかったはずの休日に、暗い影を落とす。どうしてこんな事になっちゃったんだろう? 私が何かいけない事でもしたんだろうか? ダメだ……色々考えるのは後にしなきゃ。今はここをどう乗り切るかだけ考えなくちゃ。唇を強く噛んで、次の瞬間に備える。
 一秒が永遠とも思える長さ、極限まで研ぎ澄まされた感覚で、周りの小さな息づかい、鼓動すら聞こえてくる。

「いち、にの……さん! 走れっ!」

 涼くんの合図で、私は全速力で駆け出した。


 ***


「はぁ、はぁ、はぁ……」

 海沿いを走る事数分。本当だったら、人の多い街へと向かえば良かったのだろう。
 でも、それは出来なかった。海辺で見た現象が至る所で起きていて、私は追い込まれるように海沿いを走るしかなかった。極度の緊張で消耗した体力はとっくに限界がきていて、数分走っただけなのに肩で息をしながら走る。

「……はぁ、はぁ……も、もうダメ」

 膝に手を付いて、私は足を止める。
 まるで鉛が入ったかのように体が重い。呼吸を整えながら今来た道を振り返ると、昼間だというのに、かたまって抜け落ちた景色の部分が不自然な闇に包まれていて、あの男が言ったように本当に世界の崩壊が始まってるようにも思える。

「——つっ!」

 大きくかぶりを振って、嫌なイメージを思考の外へと追い出す。
 涼くんと清川くんは無事だろうか? 渚は? そんな想いがぐるぐると脳内を駆け巡る。

「苦悩しているようだね」

「……っ!」

 背後からの声に背筋に悪寒が走る。ゆっくりと視線をやれば、そこに居たのは先程の男。
 こんな状況だというのに涼しい顔で、私を見ながら佇んでいた。男がここに居るという事は涼くんと清川くんはどうなったの? 急激に込み上げてくる焦燥感と不安感で胸が支配される。

「もう無理するのは止めた方がいい。これは不幸な事故だったのだ」

「あ、あなたはっ! よくもそんな事が言えますね! 涼くん達はどうしたんですか! もし、涼くん達に何かしたんだったら私はあなたを一生許さない!」

 相手の目をしっかりと見据え、例え虚勢でも抵抗する意思は見せる。
 私の大事な友達。まだ出会って間もないけど、私に優しくしてくれた。あんなに危険な状況なのに、本気で私を心配してくれた。だから、私だって。

「……それだ、その山部涼が全てを引き起こした」

 けれど、そんな私の意気込みとは裏腹に男は襲いかかってくる訳でもなく、目を細めてそう言った。

「な、何の話ですか?」

「私はあの土地を見守る存在。本来は君たちと関わる事すらない存在だった。けれど、あの日、異変が起きた。最初は小さかったその異変が、徐々に大事になっていく異変がね」

 (続く)

未来への帰り道〜ユキ編〜【13】 ( No.209 )
日時: 2016/03/28 23:15
名前: ゴマ猫 ◆js8UTVrmmA (ID: rBo/LDwv)

 男は思い返す様に話し出す。
 一体、何の話をしてるの? 脈絡の無い話をいきなりされて、私の頭の中に疑問符が浮かぶ。

「私が調べに行った時には、現在と過去を繋ぐ大きな穴が出来ていた。そして、その穴に取り込まれた人間が居た。……それが、山部涼だ」

 男は私の疑問などお構いなしに話を続ける。
 涼くんが居た? 話の意図が掴めない。現在? 過去? 本当に意味が分からない。

「私は山部涼を捜した。彼が過去に関わってしまう事で、本来なら起きえなかった事象を引き起こすかもしれないからだ。君はバタフライエフェクトという言葉を知っているかな?」

「……蝶の羽ばたきくらい些細な事でさえ、何か大きな影響を及ぼすきっかけになってしまうかもしれない、ですか?」

「もし彼が過去で何かをしてしまったら、それはもう蝶の羽ばたきどころの話ではない。現に、このありえない世界すらも創り出した」

 男がそう話している間にも、ゆっくりと空の欠片……正確には空だったものは轟音を辺りに響かせながら落ちていく。落ちた空の欠片は、いつの間にか地面に吸い込まれるように消えていった。上空に残った青と黒がチグハグに混ざり合って、何とも言えない気持ち悪さを覚える。

「この世界は君が存在していたらの世界。本来の世界とは違う、オリジナルではなくレプリカの世界。いわば紛い物だ」

「…………」

「未来というのは無数に分岐する。けれど、その1つ1つが別物であり、干渉を許さない。故にイレギュラーの事態とはいえ、間違った方向に進んだのなら、それは正さなければならない」

「……まるで神様ですね」

「その表現は言い得て妙かもしれないな。特定の地域に限定するのならば、私の能力は神にも匹敵するかもしれない。フフッ、あいつが聞いたら違うと言うのだろうがな」

 そう言って、男は何かを思い出したように微笑む。

「だが、私は神ではない。それだけに苦労したよ。彼に関わった全ての人物の記憶を消して、この紛い物の世界を崩す為に相当の年月を費やした。そして、今日やっとその日が来たのだ。私の最後の仕事は、綾瀬ユキ、君を本来の場所へと連れて行く事だ」

「おかしいです、仮にあなたの言ってる事が本当だとして、どうして私なんですかっ!」

 否定したくて声を荒げてしまう。自分でも驚くくらいに。
 男の言ってる事は嘘かもしれない。集団催眠にでも掛けられて、私は荒唐無稽な物語を見せられているのかもしれない。皆で私を驚かそうと思って大掛かりな仕掛けと演技をしているのかもしれない。
 でも、いくら言葉で否定したって、心のどこかで思い当たる節がある事を肯定している私がいる。あの時、お母さんを始め、不自然なくらいに涼くんの事を覚えてる人は居なかった。男の言っている言葉が真実だとしたら、今まで不思議に思ってきた事の全ての辻褄が合うかもしれないって。

「君は、本来なら10年前にあの場所で亡くなっていたんだ。偶然にも彼が過去へとやって来て、君を助けなければ、ね」

「……そ、そんなの!」

「事実だ。そして君の知ってる山部涼は、この世界にもう居ない。あの山部涼は似て非なる存在。彼であって彼でない。君と積み重ねた記憶も、彼の中には最初から存在していない。だから、君が話しかけた時も彼は何も言わなかっただろう?」

「う、そ……そんなのって、ないよ」

 じゃあ、本当なら10年前に事故に遭って……。涼くんが助けてくれたから、今日まで生きてこられたって事? 涼くんに会いたいって想ってた事も全てが無駄だったって事? 私は、どうしたらいいの……? 私は——

「綾瀬ユキ、私が案内しよう。君が本来帰るべき場所へ」

 (続く)