コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

未来への帰り道〜ユキ編〜【14】 ( No.210 )
日時: 2016/04/10 01:29
名前: ゴマ猫 ◆js8UTVrmmA (ID: 9RGzBqtH)

「……私の、帰る場所」

「心配する事はない。目が覚めた時には君の全ての記憶、悲しみや憂いは消えているよ」

「……消える」

 私が過ごした時間、思い出すら全て消えてしまう。
 優しかったお姉ちゃんとの思い出、お母さんとお父さんの温もり、涼くんへの想いも全部。考えるだけで自然と涙が溢れてくる。私は何をしたんだろう? こんな仕打ちを受けるほど、私は悪い事をしたんだろうか? ……全然心当たりなんてないや。

「さぁ、長い夢から覚める時だ」

 差し出した男の手の平から真っ白な光が溢れる。広がっていく光は辺りを包んで、意識が徐々に薄れていく。それと同時に思考能力も無くなってきた。
 ただひとつ気になったのは、涼くん達は、お姉ちゃんはどうなるんだろう? という事。涼くんには清川くんや渚が付いてるからいいとしても、お姉ちゃんは心配性だから、凄く悲しんじゃうかもしれない。私が居なくても大丈夫かな? お母さんとお父さん、ごめんね。……こんな時だっていうのに、自分より人の心配しちゃうなんて、私はバカだね。
 そんな事を考えている途中で、私は意識を手放した。


 ***


「——あの? 大丈夫ですか?」

 暗闇の中で自らの肩を掴まれて、揺すれている。
 暗闇? 違う、目を瞑っているから暗闇なんだ。瞼に少しだけ光を感じて、そう思い直す。

「……ん、ここは?」

 瞼を開けると、周囲には見知らぬ景色が広がっていた。そして私の目の前には、さっきまで一緒に居て話していたはずなのに、懐かしさえ感じる顔が視界に飛び込んでくる。

「……あ、あぁ……」

「あの、本当に大丈夫ですか? 立ったまま気を失ってたみたいでしたけど……」

「……涼、くん?」

 妙に他人行儀な話し方に私は困惑する、
 全く状況を掴めず戸惑っていると、脳内に直接話しかけるような声音が聞こえてきた。

『綾瀬ユキ、君に最後の時間をあげよう。ここは君が居ない本来の世界、目の前に居るのは、君を助けた山部涼だ』

「——っ!」

 脳内で声が響くと、同時に頭に刺すような痛みが走った。

『山部涼には、絶対に口外しないようにと約束している。君が本当の事を話しても問題ない』

 男の声が脳内で話し終わると、私は今置かれてる現状を理解できた。
 ここは本来の私が居るべき世界——ううん、居るはずだった世界。そして私の目の前に居る涼くんは、あの時私を助けてくれた涼くん、なんだ。

「どうして俺の名前を? どこかで会いましたっけ?」

 知らされた事実に理解が追い付くと、込み上げてくる想いが涙となって溢れてくる。
 本当に最後の最後で会えたんだね。この世界には私が築き上げてきた関係性も、私という存在もありはしない。ここに居る涼くんは、唯一の繋がりと言っても過言じゃないんだ。
 急に泣き出した私を見て、涼くんはさらに困惑した表情へと変わる。

「す、すいません。すぐに思い出しますから! えーっと、俺に女の子の知り合いはそうは居ないから、新谷さんか準一関係の、いや——」

 涼くんは慌てふためきながら必死に思い出そうとしている。
 どうやら、私が忘れられていると思って泣き出したと勘違いしたみたい。……違うよ、涼くん。そんな事で私は泣いたりしないよ?
フラフラと、甘い蜜に吸い寄せられる蝶のように私は涼くんの胸に顔を埋めて、その大きな背中に手を回して抱き締める。

「——わっ、ち、ちょっと?」

「……やっと、会えたね。ずっと涼くんにお礼が言いたかった」

 その一言が言えた瞬間、全ての事が報われたような気がした。
 長い長い旅路の果てに、宝物を見つけたような感覚。私はずっと何かを求めていたのかもしれない。それは、涼くんにずっと言いたくて、言える事が出来なかった感謝。その感謝が憧れへと変化して、月日が経つにつれ、恋しいという気持ちになった。

「……ま、まさか、そんな……ユキ、ちゃんなの?」

 涼くんの瞳が揺れて、みるみるうちに驚きに満ちた顔に変化していく。
 私を覚えていてくれている。あの時の私とは容姿も変わっている。それでも、何も言わなくても気付いてくれた事が嬉しくて頬が緩んだ。

「……うん、涼くん」

 頷きながら短く返す。落ち着く匂い、まるで暖かな春の陽気にあてられながら木漏れ日の下で微睡んでるようで、その心地よさに身を委ねていると、私の背中にそっと手を回される。

「……本当に、良かった」

 密着した涼くんの身体から温かな鼓動が聞こえる。どくんどくんと、一定のリズムを刻みながら。

「涼くん、泣いてるの?」

不意に頬に冷たい感触が走って私は顔を上げる。

「ごめん……ずっと、気になってた。あの時、俺がした事は間違いだったのかな? って。俺が何もしなければ、ユキちゃんは苦しむ事はなかったのかなって。……俺、ずっとずっと……」

「……涼くん」

 涼くん目から大粒の涙が頬を伝い、苦しそうにそんな事を言う。
 本当に涼くんは優しいんだね。涼くんが私を救ってくれたんだよ? もし涼くんがあそこで助けてくれなかったら、私がどうなっていたかなんて想像するだけで怖い。
 結果的に私が許されない存在だとしても、私は涼くんに救われたんだ。楽しかった事も、悲しかった事も、全部あの時から涼くんが私に与えてくれた。だから、涼くんが苦しむ必要なんてない。

「——んっ……ん」

「——!?」

 涼くんのせいじゃないと答えるかわりに、触れるようなキスをした。私の想いが伝わるように。
 上手く出来ただろうか? 顔はおかしいくらい熱くなるし、頭の中は真っ白だ。必死で取り繕った表情は上手く隠せているだろうか? きっと、私の人生で最初で最後のキス。ほんの一瞬だけど、私の唇には確かな熱さと甘さを残した。

「涼くん、私、帰らなくちゃいけない場所があるんだ……せっかく再会できたんだけど、ね」

 困惑する涼くんを置いてきぼりにしたまま、私は強引に話を切り出す。
 さっきから胸はうるさいくらいに高鳴っている。本当ならもう少しだけこの甘い雰囲気に浸っていたい。——でも、私には時間がない。だから、ちゃんと伝えたいんだ。

「でもね、必ずまた涼くんに会いにくるから。その時まで、さようならは言わないね」

 周囲の音が聞こえなくなる。その瞬間だけは時が止まったように。

「だから————ね」

 そう、だから私は————

 (続く)

未来への帰り道〜ユキ編〜【エピローグ】 ( No.211 )
日時: 2016/04/10 01:35
名前: ゴマ猫 ◆js8UTVrmmA (ID: 9RGzBqtH)

「時間はギリギリだな」

 私は今ふわふわとした意識の中、空を飛んでいる。足元の浮遊感がなんとも落ち着かないけれど、藍色に染まった空の下、そこから見下ろす街の明かりは幻想的だ。
 色々な事があり過ぎて、キャパシティーの限界を超えたせいなのか、こんな状況なのに驚かずに妙に達観している自分がいる。

「……お姉ちゃんは大丈夫かな? お姉ちゃんには何も言えなかった」

「案ずるな。今君が行ったとしても、ややこしくなるだけだ」

「どういう意味ですか?」

「こちらにはこちらの都合がある、という事だ。それと、君が心配している事に関しては問題ない」

 私の問いにポツリとそう漏らす男の人は、横に付いて飛んでいる。男の人に導かれるように、私はさらに上空へと上がると、雲の中へと入る。すると先程まで見えていた周りの景色は見えなくなり、辺りはもやに包まれた。

「まったく意味が分かりません……でも、実はいい人だったんですね」

 最初に会った時は変質者の類かと思って疑わなかったけど、私に危害を加える様子もなく、ここに来るまでに私に色々な説明をしてくれた。
 私はこの世界では既に亡くなっている事、今の私を知っているのは涼くんだけという事、私が居た世界は無くなったという事、それにより今の私の存在は非常に不安定な存在という事、など。はじめは訳が分からなかったけど、それを聞いて腑に落ちた所が大きかった。
 あの時、脳内に流れ込んできた映像みたいなものは、この世界の私が見てきたものなのだろう。お姉ちゃんが泣いている姿を思い出して、胸がギュっと締め付けられる。

「……好きで君を困らせてる訳じゃない。私の仕事だ」

 この人も、私に危害を加えようとしたんじゃないんだと今なら理解できる。……そういえば、名前聞いてない。でも、もう聞く必要もない、のかな?

「また、涼くん達やお姉ちゃんに会えますか?」

「それは私の管轄外だ。……ひとつ言えるのは、綾瀬ユキとしては難しいかもしれないが、別の存在としてならあるいは——」

「そう、ですか」

「落胆したのか?」

「いいえ、安心したんです。どんな姿になったとしても、私は私ですし」

 もちろん、私がどうなるかなんて予想もつかない。この気持ちも記憶も無くなってしまうかもしれない。希望が少しでもあるなら、私はその希望に賭けてみたい。涼くんに、お姉ちゃんやお母さんお父さん、渚や清川くんや友達とも、もう一度会うために。

「君を見ていると、昔を思い出すな」

 そう言って、男の人は少し遠い目をした。

「昔って、前にもこんな事があったんですか?」

「少し話し過ぎたようだ。もう見えてきた」

 男の人は、私の問いに答える事なく顎をしゃくった。私は少し気になりながらも視線を前に戻す。雲海を抜けて、視界に飛び込んできたのは大きな建物だった。宮殿のような豪華さなのに、どこか静謐な空気を醸し出しているのが遠目からでも分かる。

「……わぁ、凄い」

「私が付き添ってやれるのはここまでだ。あとは綾瀬ユキ、君がひとりで行くんだ」

「……はい」

 私は頷いて会釈をしてからから、ゆっくりと建物へと近付く。徐々に男の人の姿が小さくなっていった。今更だけど、やっぱり名前を聞いておくべきだったかもしれない。
 あともう少しで、綾瀬ユキとしての人生は本当に終わる。胸の中に残ったのは、寂しさや恐怖じゃない。不思議と心は落ち着いている。さざ波すら立たない水面のように。

「……変だね、私」

 普通、自分の命が終わろうとしているのなら、こんなに冷静じゃいられないはず。現に数時間前の私はそうだった。怖くて、寂しくて、どうしようもないくらい不安で……。
 でも、今は違う。私の中に確信的なものがあるからだ。きっと、また皆に会えるって。根拠なんて何ひとつ無いけれど——

「きっと、また会えるよ」

 目を閉じてゆっくりと踏み出した一歩は、私の未来へと続く道。
 その先に、私の好きな人達が待っていると信じて、今はこの道を進む。

「だから——またね」

 そっと呟いた言葉は、風に乗って静かに消える。微かに残った残響が小さな光の粒子に変わって、雪のように地上へと落ちていった。

 〜END〜