コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

〜彼奴と私〜芽生編【5】 ( No.218 )
日時: 2016/11/05 23:53
名前: ゴマ猫 ◆js8UTVrmmA (ID: KIugb2Tf)

 電車で2駅、そこから少し歩いた駅近の所に私の家はある。最近建てられた新興住宅の一角で、自慢ではないけど家の中も割と広かったりもする。
 渚や清川達とは通っている学校が違うので、普段は風見鶏以外で会う事はまずない。そのせいか、こうして清川とこの道を歩くのは違和感を覚える。いつもと違う道を歩いているような、いつもとは違う服を着ているような……そんな感じがする。

「へぇ、こっちは色々と店があるな」

 清川はキョロキョロと周りを見渡し、落ち着きがない。まるで初めてデパートへ買い物に来た子供みたいだ。

「キョロキョロしてないで、お土産を買いにいくから」

 窘めるように清川の腕を引っ張る。こんなのが彼氏じゃ渚の苦労が窺える。
 体は大きいくせに、中身は子供なの? 清川の事はよく知らないし、知ろうとも思わないけど、前よりよく笑うようになったと思う。それが良い事なのか、悪い事なのか。まぁ、店の中で辛気臭い顔されるよりはマシか。

「なぁ、土産ってなに買えばいいんだ?」
「そんなのきま————なに買えばいいんだろう」

 問われてふと考える、
 当然だけど、自分の親に彼氏を紹介するような経験はまだない。今回は演技とはいえ、彼氏役をさせるのだから、お土産選択の失敗は許されないだろう。きっとそこでどんな人物なのかという第一印象が決まってしまう気がする。人は第一印象が全てというくらい最初に会った人の印象が後々まで残ると言われているし。
 普通に考えたら、お菓子とかなんだろうけど。でも、それって普通過ぎる?
 やっぱり両親に紹介するくらいだから、結婚を前提ないしそれを多少なりとも意識した関係であるはず。となると、お土産というより何か2人の絆を証明できるような物を見せる方がいい? …………うーん、指輪とか?

「——つっ!? な、なんで、あんたに指輪なんて買ってもらわなくちゃいけないの!!」
「いたっ、いた! 意味が分かんねぇよ!」

 湧き出てきた想像に羞恥で顔が熱くなり、掴んでいた清川の腕を叩く。
 な、何でそんな発想になる! こいつに買ってもらった指輪なんてしたら呪われる!

「よ、よく分からないけど、お菓子でも買っていけばいいんじゃないか? 芽生のお母さんとかお父さんは、好きな食べ物とかないのか?」

「あ、あぁ、そうね」

 ……私はバカか。冷静に考えればあり得る訳がないのに、何で急にそんなぶっ飛んだ発想になった。
 大体、そういうのは好きな人とじゃないとダメに決まってる。渚には申し訳ないけど、よりにもよって清川なんて、お願いされたってお断りだ。
 ブンブンとかぶりを振り、清川を睨みつけた。すると、清川の眉尻がハの字になる。

「お父さんはお茶で、お母さんは和菓子が好き……かな?」
「何で疑問形なんだ?」
「う、うるさいな! とにかく、早くお土産買いに行かないと遅刻するでしょ!」


 ***


「ようこそ、いらっしゃい」
「お、お邪魔しますぅ」

 玄関の扉が開けると、出迎えてくれたのはお母さんだった。
 いつもより外向きの装いで、穏やかな雰囲気だけど油断はできない。清川は緊張しているのか、声のトーンが少しおかしい。あと口調も。

「……ちょっと。緊張するのは分かるけど、練習通りにやれば大丈夫なんだからもう少し落ち着きなさいよ」

 さすがに裏返った声を出されるとこちらまで不安になっていくので、お母さんに聞こえないくらいの声音で軽く釘を刺しておく。すると、清川は硬い表情でぎこちなく笑う。

「……きっ、緊張なんてこれっぽっちもしてないから平気だっ」

 やれやれ……。そんな強張った表情で強がられても説得力ゼロなんだけど。まぁ、逆の立場だったら私も緊張するだろうし仕方ないか。
 こんな状態の清川はあてにできそうにないけど、ここまで来たんだから後は流れに身を任せるしかない。


 ***


「やぁ、君が芽生の彼氏か。よく来たね、ささ、座って座って」

 リビングに入ると、お父さんがにこやかな表情で清川にそう言った。
 お母さんと違ってお父さんは穏やかな性格だけど、どうも私が想像していた展開じゃない。もっと重い空気になるかと予想していたはずなのに……意外にお父さんは歓迎ムードなんだろうか?

「清川準一と言います! し、失礼します!」

 清川が体育会系ばりの挨拶をしながら、座っていたお父さんに深々と一礼した。あぁ、何か見てて恥ずかしいし、ハラハラする。

「あはは、元気が良いねぇ〜。どうぞ、座って」

 お父さんにそう言われて、2人で来客用の大きなソファーに腰を下ろす。
 沈み込むクッションがふかふかで気持ちいい。これは風見鶏にはないものだ。あっちにもあったらソファーで寝そうだけど。

「あ、あの、これ、つまらない物ですが」

 相変わらず緊張しっぱなしの清川が、さっき買ったお土産を紙袋から取り出しお父さんに渡す。
 中身はお父さんが好きなお茶と、お母さんが好きなどら焼き。このどら焼きは1日10箱限定の人気商品で、運よく最後のひと箱を買えたのは幸運だった。

「つまらない物はいらないわよ?」
「母さん、せっかく気を遣って買ってきてくれたんだ。ありがたく頂こう」

 お父さんの隣に座っていたお母さんが、清川の言い方に不満に思ったのか切り捨てようとするが、お父さんがやんわりとそれを止めた。お父さんナイス!
 しかし、これだけ清川が緊張していると逆に私は冷静でいられる。それがいいのか悪いのかは分からないけど。

「おぉ! これは僕が好きな銘柄! いや〜、いい趣味してるね」

 お父さんは紙袋を開けると、ニコニコしながらお茶缶を手に取る。

「あら……これ、明光堂のどら焼き。いつも売り切れで買えないのよね」

 お母さんの反応も上々。お土産作戦は上手くいったようだ。内心でホッと胸を撫で下ろす。
 お母さんが「じゃあ、お茶を入れてくるわね」と言って席を離れると、清川も溜め込んでいた息を軽く吐いた。その様子を見ていたお父さんがクスリと笑う。

「そんなに緊張しなくて大丈夫だよ。僕も家庭内じゃ立場が弱くてね。若葉には小言をよく言われるんだ」
「そ、そうなんですか?」
「そうそう! やれ食器の位置が違うとか、冷蔵庫の物の入れ方が違うとか、もう色々ね」
「……お父さん。そんな事を言ってると、お母さんに怒られるよ?」

 お父さんは入り婿という理由もあってか、風見家における家庭内の立場は弱い。私もお母さんも、気は強い方だから余計にかもしれない。

「うっ、まぁいいじゃないか。今日は無礼講だよ。準一君も今日は夜まで大丈夫なんだろう? 良い日本酒があるんだ。夕食を食べながら一緒に呑もう」
「い、いえ、まだ未成年なので、お酒は……」
「お父さん、いけません。呑みたいのなら1人で呑んで下さい」

 お茶を淹れてリビングに戻ってきたお母さんに、ぴしゃりと釘を刺される。
 さっきまで楽しそうに清川に話していたのに、シュンとしてしまうお父さん。その様子を見て、少し可哀想だなと思った。今度からもう少しお父さんの味方をしてあげよう。
 その後は特に何事もなく、お土産のお茶を飲みながら、どら焼きを食べて終始和やかなムードで時間が過ぎていった。

 (続く)