コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

ユキと渚【9】 ( No.36 )
日時: 2015/04/25 15:32
名前: ゴマ猫 (ID: RnkmdEze)

 窓から薄日が差し込んできて目が覚める。
 どうやら今日は雲が厚いらしい。いつもなら朝の太陽は降り注ぐくらいの光でまぶたを刺激するのに、今日は柔らかい光だ。

「——嫌な夢だ」

 俺はベッドから上半身だけ起こし、小さなため息をついた。——夢を見た。子供の頃の夢。父が居なくなってから長い月日が経った。父は『帰ってこない』のではなく『帰ってこれなくなった』のだ。
 理由はわからない。いや、正確には知っているけど、わかりたくない。それに、これだけ長い間帰ってこないとなるとそう考えるのが自然だろう。当時、自分の中で『俺が嫌いになったから帰ってこない』と結論づけた。我ながら子供じみた結論かもしれないが、そうでもしなければ納得がいかなかった。

「……っと、それよりあいつは」

 昔の夢なんて見たせいでつい感傷的になってしまった。自分の頭を強引に切り替えて、俺は謎の女の子『ユキ』の姿を捜す。
 ——昨日の夜、ユキが幽霊ではない事が証明された……と言っても、涼から借りたインチキくさい御札じゃ効果がなかったのかもしれないのだが。世間で言われている幽霊は実体がないゆえ触れられないとされている。つまりユキに触れられた時点でユキが幽霊であるという可能性は低くなったと俺なりに分析してみたのだ。
 もちろん不審な点はいくつかある。
なぜいつも決まった時間に突然あらわれるのか? そして服装、真冬の寒い中、春に着るようなあの格好で出歩いてるのは少しおかしい。
 ——そして

「やっぱり居ない」

 朝になるといつも忽然と姿を消している事。
 家の中をくまなく見てみるが、どこにも居ない。狐につままれたような感覚だ。スッキリしない気分のまま、俺は制服に着替えて学校に行く準備をした。


 ***


「効果がなかった?」

「あぁ、とりあえずそれはインチキ商品みたいだから早々に返品した方がいいぞ」

 まだ朝早い教室で、俺は涼から借りていた御札を鞄から出して返す。

「な、なにを言ってるんだ? これは由緒正しき……」

「あぁ〜、はいはい。あまり信じない方がいいぞ? そういうの大体嘘っぱちだからな」

 涼の説明が長くなりそうだったので俺は途中で制する。本当にいつか怪しいツボとか買いそうで怖い。そしてそれを俺にすすめてきそうな気がプンプンする。

「……その事については後でじっくり話すとして、準一、お前のフィアンセが来てるぞ」

 話しを変えるように涼が教室の入口を指差しながらそう言った。入口に視線をやると、そこには幼なじみの渚が立っていた。

「フィアンセじゃねぇ。幼なじみだ」

「ほとんど変わらないだろ?」

 俺が反論すると、涼は口元をぐっとあげてニヤリと笑いながらそう返す。渚がフィアンセなんて考えた事もない。どうしてもって言って例えるなら仲が良い親友みたいなもんだ。

「なんだよ?」

 教室の入口まで歩いていき、渚に何の用か尋ねてみる。ちなみに渚は隣りの教室なので別の教室に入るのは気が引けるのだろう。妙なところで気を遣うやつだ。

「あ、うん。今日のバイトなんだけど、お店臨時休業にするんだって」

「え? 何で?」

「設備点検だってさ。配管とか結構古いらしくて、今年中にそういうの終わらせときたいらしいよ」

「ふーん」

 多分連絡網で渚に連絡がいって、俺にも伝えておいてって感じか。休みは嬉しいが、給料が減るのは痛いな。

「……でさ、せっかく予定空いたんだし、今日はどっか遊びにいったりしない?」

「断る」

 俺は渚の誘いに間髪入れずに返事をする。

「もうちょっと考えようよ!!」

「いやだって、せっかく休みになったんだから早く帰って寝たいし」

「……めんどくさがり。わかった、じゃあ準一に夕飯作ってあげるって言ったら?」

「お願いします」

 俺はその言葉を聞いた瞬間、勢いよく腰を折り頭を下げる。最近は牛丼ばっかで飽きていたから久しぶりの手料理という誘惑には勝てなかった。