コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- 揺れる心【綾瀬編】 ( No.71 )
- 日時: 2015/04/25 15:50
- 名前: ゴマ猫 ◆js8UTVrmmA (ID: RnkmdEze)
家に帰ってくると、全ての力が抜けたようにベッドに座り込んでしまった。何も言えなかった。
清川君……ううん、準一君に会うのはこの間が初めてじゃなかった。もっと昔、まだ私がこの街に来て間もない頃、私は準一君と出会った。
「……覚えて、いないんですね」
ベッドにうつ伏せになり、枕に顔をうずめながらひとりそんな事を呟く。ふと、昔の事を思い出す。
彼に会ったのは10年前、両親の仕事の都合で転勤が多く、なかなか一つの場所に居られなかった頃だった。そんな家庭環境だからか、私にはお友達も居なく、本に熱中する事が多かった。次第に外の世界に出るのが億劫になってきていたあの日。
お母さんにたまには外へ出てきなさいって言われて、しぶしぶ出かけた近所の公園。別に特別な物がある訳じゃない、隣町にある公園に比べたら本当に小さな公園。
「……私はそんな所にひとりで来た事がなくて、どうしたら良いかわからずベンチに座って空を眺めてたんですよね」
当時を思い出しながら再び呟いてみる。もちろん、誰も返事をしてくれる訳でもなく、静寂につつまれた部屋の中で私の声はむなしく響く。
その時でしたね。
快活そうな男の子が私に声をかけてくれたのは。
『良かったら一緒に遊ばない?』っと。そんな風に誘われた事すらなかった私は、急に声をかけられてどうしたらいいかわからず、オロオロしていると男の子は私の手を引いて少し強引に連れて行ってくれた。
今流行っている遊びとか、子供しか通れないような秘密のトンネルをくぐって色んな景色を見せてくれた。その頃から私の世界は色が生まれていて、外に出るのが楽しくなってきていた。
「……でも」
いつも別れはやって来るもの。今まで、ずっとそうだったから。わかっていたはずなのに、きっとそんな事も忘れてしまうくらいあの頃は楽しかったんだと思います。また両親の転勤のせいで、この楽しかった日々は終わってしまった。
「だから……でしょうか?」
私があんな事をしたのは。
もう一度会えるなんて思っていなかった。もちろん、会いたいとはずっと思っていた。会えて嬉しかった。
でも彼に会えてしまったから、今さらになって、まるで呪いのように私を苦しめる。これ以上近づいてはいけない。そう思いながらも、私は彼に近づいてしまっていた。
「あきらめが悪い……ですよね」
ゆっくりと起き上がって、窓のカーテンをそっと開けてみる。すると、先ほどまで晴れていた空が厚い雲に覆われていて、雲間からポツリ、ポツリと雨粒が落ちてきていた。
「明日、また会えますね。準一君」
時計の音しか聞こえないこの空間。私しか居ないこの空間。なんだか、今日は独り言ばかりです。誰も知らない、私だけの秘密をこの胸に隠して最後にそう呟いた。