コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- 疑問【27】 ( No.85 )
- 日時: 2015/04/25 16:03
- 名前: ゴマ猫 ◆js8UTVrmmA (ID: RnkmdEze)
「……俺の今日のバイト代がなくなっちまったな」
店から追い出されて、冷静になった俺はすぐにマスターに謝罪をしにいったが取り合ってもらえず、次回までによく反省してくる事と言われて今日は帰る羽目になった。あの生意気なマスターの姪は、肩をいからせて風見鶏の二階にある居住スペースへと戻っていった。——まったく、とんだとばっちりだ。
そんな事を考えながら自宅へと帰ってきた俺は早めの風呂に入り適当な飯を済ませると、うつらうつらと意識を暗闇へと落としていった。
***
「ねぇ、起きてよ。一緒に遊ぼうよ」
ゆさゆさと揺れる体と俺を呼ぶ声にゆっくりと意識が覚醒していく。なぜ体が揺れる? この家には誰も居ないわけで、つまり俺が自発的に揺らしてないのだとすると、揺れるのは不自然だ。誰かが俺を呼んでいるのも不自然。だが、この不自然には覚えがある。少し前、真夜中に現れて俺の睡眠妨害をした謎の女の子。
「——ユキか!?」
「ひゃわ!?」
勢いよく起き上がると、ベットの側で跳ね上がって驚く女の子。——なんだか、久しぶりだ。
「……よう。最近は姿見せなかったからてっきり」
その先の喉の奥まででかかった言葉を寸前で飲み込む。ユキは、彼女は、やはり。
もうこの世界には存在していないのかもしれない。
俺は不思議な力がある訳ではない。だけど、他の人に見えないユキが俺には見える。今の今まで考えようとしなかったが、ユキが俺の所に現れるのはもしかしたら意味があるんじゃないだろうか? そう考えるのが自然で、むしろ今までこの状態を放置していたのがおかしかったのだろう。
「なぁ、少しは何かわかったのか?」
俺はユキに尋ねてみるが、俺の言葉が要領を得なかったせいかユキは小首を傾げる。
「……最近来なかったよな? 何かあったのか?」
質問を変えると、ユキは一面に花でも咲かせそうな笑顔になる。
「ユキね、最近すっごく幸せだったの。心の中が温かくなって空にも飛べそうだったの!!」
ユキは、何かを思い出すように両手を胸にあてて目を瞑りながらそう話した。一瞬だけ何があったのかを聞いてみようと思ったが、本人が幸せな事と言っているのだしそれはいい。それより気になるのは。
「そうか。なら今日はどうして来たんだ?」
「今日ね。嫌な事があったの」
そう言うと、一転してユキの表情は曇りだす。
「嫌な事?」
「うん。それでね胸の奥がね、ギューッて痛いの」
ユキの切なげな表情からは今にも大粒の涙が落ちてきそうだ。——どうしてだろう? ずっと昔にもこんな事があったような気がする。とても悲しくて、悲しくて。どうしようもない孤独感と虚無感に襲われて、世界中からひとり取り残されたような気持ち。
気がつくと俺は無意識に両手を伸ばし、ユキを包みこむように抱きしめていた。
「……えへへ。温かいね」
「…………」
こんな事をするのは俺らしくない。
けど、小さい頃父さんが居なくなった時、凄く悲しかった。大好きだった父さんが突然居なくなってしまった冬。あの優しい母さんが毎日毎日泣いていた。俺はその姿を見たくなくて、中学を卒業してから家を出た。思い出の地であるここに帰ってきたのは、ここに居ればまた父さんと会えるかもしれなかったからだ。ひとりぼっちで膝をかかえてたあの頃の俺をユキに重ねているのかもしれない。
どうしてこんな感傷的になっているのか自分でもわからない。心に積もった雪をいまだに溶かせない俺は、今もこうして割り切る事ができない。人は俺のこの気持ちを同情と呼ぶのだろうか? ユキに何があったかなんて聞いちゃいないし、聞く気もない。
ただ、いつもうるさいくらいに明るいユキがこんな表情をするんだ。勝手な予想だけど、相当な事だったのだろう。俺はユキの小さくて冷たい身体を抱きしめたまま、夜が明けるまでまどろんでいた。