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悪意と不思議な出来事【33】 ( No.95 )
日時: 2014/10/05 22:23
名前: ゴマ猫 ◆js8UTVrmmA (ID: 2CRfeSIt)

「……準一」

 漆黒の闇に包まれた空間で、誰かの声が聞こえる。どこか懐かしく、この優しい声音は聞き覚えがある。

「……誰だ?」

 問いかけるが返事はない。
 そのかわり、ぼんやりと淡く白い光が黒の世界に現れる。光の粒子は、だんだんと一つの形になっていくそして一塊になった淡く白い光は、やがて人の形になった。————知っている。この人を忘れるはずはない。

「と……父さん」

「準一、久しぶりだね。本当に大きくなった」

 前髪をかきあげて、柔和な顔で微笑む父さんは、あの頃の俺の目の前から姿を消した当時のままだった。

「ど、どうして……父さんが」

「準一、お前には長らく寂しい思いをさせてしまったね……まずは謝らなくちゃいけないね。本当にすまなかった」

 困惑する俺をよそに、父さんは申し訳なさそうな顔しながら俺に向かって深々と腰を折った。どういう事だ? 正直、まだ理解が追いついていない。

「私は、お前との約束を果たす事ができなかった。その事をずっと悔いていた。お前達……母さんにも色々と辛い思いをさせた」

「ま、待って!! 父さんは、父さんは今どこにいるの!?」

 俺が聞きたかった言葉はそんな言葉じゃない。謝罪の言葉なんかじゃない。

「……私は、もうこの世界には存在していない。だが、ずっとお前達を見守ってきた。こうして話せているのは、この場所が特別な場所だからだろう」

 俺の胸の奥底に抱いていた希望は、まるで泡のようにはじけて消えた。わかっていたはずなのに、つきつけられた現実に言葉が出ない。涙も出ない。
 本当に悲しい時は涙が出ないんだろうか? それとも頭がまだ理解していないのか。

「準一。私の事はいい。だが、母さんの事は許してやってくれないか? 母さんも心の整理がついていなかっただけなんだ」

「…………」

 父さんがいなくなってからの悲しみに暮れる母さんの姿を見たくなくて俺はそこから逃げ出した。
 一人暮らしを始めたのも、土地の、父さんとの思い出がいっぱい詰まった場所を離れたくなかったからだ。母さんはそこには居たくないようだった。 ————だから俺は。

「……準一。それと、あまり無茶をするな。今回の事はケガでは済まなかったかもしれないぞ?」

「…………俺が一人で、なんとかするつもりだったから」

父さんに色々と咎められて、少し腹が立った。ふてくされるような大人気ない態度になってしまう。

「……そろそろ時間のようだ」

「ま、待って!! まだ!!」

「準一……私は、いつでもお前を見守っている……だから……」

 途切れ途切れの声だけを残して、父さんは光の塊に戻り、にじんで消えた。あとに残るのは暗闇の世界と、冷たい、とても冷たい感覚だけだった。