コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- 悪意と不思議な出来事【34】 ( No.96 )
- 日時: 2015/04/25 16:07
- 名前: ゴマ猫 ◆js8UTVrmmA (ID: RnkmdEze)
頬につたう冷たい感覚で意識が徐々に覚醒していく。体中が痛い。少し動かそうとするだけで、全身に激痛が走る。とくに右手と右足はひどい。体の内側からハンマーで勢いよく殴られるような痛みだ。
それにしても、不思議な夢を見た。父さんが出てきて、妙にリアルだった。だがきっと、俺が心の奥底で願っているがゆえに見た夢であろう。気にする必要はない……はずだ。
「……清……くん」
どこかで誰かの声が聞こえるが、今はそれどころではない。どれくらい眠ってしまってたのだろう? 早くバイトに行かなくてはまたマスターにどやされる。今日は誰が入ってたっけ? 忙しくなってなきゃいいけど。
「……清川くん!!」
「……せん、ぱい?」
自分の名前を呼ばれる声に反応して重たい瞼を開くと、そこには綾瀬先輩の姿があった。俺を見下ろすようにして、瞳には大粒の涙をためていて、その雫が落ちて俺の頬をつたう。
なんで先輩がこんな所に居るんだ? ————って! マズい!! さっきまで先輩を狙ってた奴らがいたわけで、こんな所に居たら!
「先輩! ここは危険ですから早く—— 」
「大丈夫ですよ。先ほどの方々は帰ってしまいましたから」
先輩はその綺麗な瞳に一杯涙をためながらも、優しい笑顔でそう言う。一体何があったんだ?
「それより、早く手当てをしましょう。清川くん、立てますか?」
「……すいません。ちょっと待って下さい」
自ら飛び込んでいって情けない話しだが、全身が悲鳴をあげて立ち上がるには少々気合いを入れなくては無理そうだ。飛び込んだ時より今の方が痛い。きっとさっきは必死だったからそれを感じる暇がなかったのだろう。
「あぁ! 無理しないで下さい!」
なんとか立ち上がるが、フラフラと体が右に左に揺れる。それを先輩が抱きかかえるように支えてくれた。
「……すいません」
「いいんです。清川くんは何も考えないで下さい」
***
とりあえず、応急手当てをという事で、そのまま先輩の指示に従いながらやってきたのは先輩の家だった。方向音痴な先輩のはずだが、先程の神社にはよく行くらしく、迷うことはなかった。
本当なら先輩に迷惑をかけたくなかったのだが、すでに夜遅く、病院が開いているわけもないのであそこから一番近くの先輩の家に行く事になったのだ。幸いにも骨に異常はないみたいなので、おそらく打撲と捻挫ぐらいと思われる。しかし、素人判断では危ないので明日あらためて病院に行く予定だ。
「こんな遅くに、ご家族が迷惑しませんか?」
高層マンションのエレベーターの中で先輩に問いかける。幼なじみで、相手の親にも面識がある渚ならともかく、見ず知らずの男が夜遅く訪ねてきたらさぞかし困惑する事だろう。
「私の家に両親は居ません」
「……それは……すいません。立ち入った事を聞いてしまいました」
俺が頭を下げると、先輩はゆっくりと首を横に振る。
「いいえ、両親は離れて暮らしているんです。私のワガママでここの部屋を借りさせてもらっているんだけで」
「そうですか」
俺の境遇と似ている。
俺の場合はほぼ飛び出してきたようなもので、『ワガママ』なんてかわいいものではないが。実を言うと、あそこの部屋を借りられたのには訳がある。あそこの大家さんは父さんの知り合いで、息子である俺が理由を話すと、快諾してくれた。そうでなければ、学生の俺に部屋など貸してくれるはずはない。
「……清川くん? 部屋散らかってますけど、あまり気にしないでくれると嬉しいです……」
「……はい、大丈夫ですよ」
先輩は、俯きながら恥ずかしそうにそんな事を言う。こんな時に不謹慎かとは思うが、清楚な外見と裏腹に、たまに子どもっぽい仕草もする先輩を見ると不覚にもドキッとしてしまう。
それはさておき、先輩に言われるまでもなく、あまり部屋をジロジロと見るのは失礼というものだろう。先輩としても本来なら俺を家にあげるのは不本意だろうしな。
「……清川くん?」
「あぁ、すいません。傷の手当てが済んだら出ていきますから安心して下さい」
「ダメです!」
不意に強い言葉で止められる。……先輩がこんなに強く言うなんて珍しい。一体どうしたというんだ?
俺が驚いた顔をすると、先輩は申し訳なさそうな表情になる。
「……す、すいません。で、でも! 清川くんは、今日はここに泊まって……いく……べ、べき……だと」
頬を赤くしながら最後の方になるにつれ、声がだんだんと小さくなっていく先輩。
——さすがにそれはマズい。確かにこの状態で動き回るのはしんどいが、これ以上先輩に迷惑をかける訳にはいかないだろう。
「いえ、これ以上先輩に迷惑をかける訳には——」
「迷惑じゃありません! ……そ、その、なんで清川くんが怪我をしたか、私知ってますから」
————へっ?
今の俺の顔はおそらく相当なマヌケ面をしている事だろう。疑問が次から次へと浮かんでくる。
「……お参り、しにいったんです。そ、そしたら、清川くんの声が聞こえてきて……そ、その、私の事、あ、ああ、愛してる……とか」
「…………」
————死にたい。
今すぐここで腹を切って切腹したい衝動に駆られる。相手の注意をひくためとはいえ……あんな、あんな恥ずかしいセリフを、しかも、よりによって本人に聞かれてたなんて!!
「……誤解がないように言っておきますが、あれは——」
「わかってます。清川くんが本気ではないことは 。……そ、それに、たとえ、嘘でも嬉しかったですから」
先輩はそう言うと、柔らかで優しい笑みを浮かべる。……そんな嬉しそうに言われたら、相手を勘違いさせてしまいますよ、先輩。そう言おうとして、言葉は口から出てこなかった。