コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

Re: 秘密 ( No.151 )
日時: 2016/05/10 17:35
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

〜・17章 Member・〜
あれからリンは少し気まずそうだが少しずつは融け込み始めているようだ。

「結局リンの名前は?」

「生徒会長の名前くらい覚えておいてほしいもんだな。」

「雪白 凛生徒会長、ですわよね?」

普通知っているものなのだろうか…?

「にしても1年で生徒会長って…」

そんなことを言うと凛の顔が少し変な風にゆがんだ。

「ここでは1年でも生徒会長になれる。」

まだどうやら生徒会長しか就任していないらしい。

もう5月だというのに…

「私達も生徒会入っちゃう?」

「アリス達はMemberとか軽音部があるだろう。忙しいのは俺1人で十分。
それに後期は生徒会になる予定はないし。」

どうやらこの高校は任期が1年ではなく約半年らしい。

1人では無く沢山の人になってもらいたいがその理由らしい。

そういった少し独特な校則を持つ。

「それより俺はMemberって名前の方が気になるんだが?」

「Memberって何かの構成員とかそういうのを指すじゃない?仲間とか。
語呂も良いしいいかなって。それに全員のイニシャルが入ってる。」

ケイのE、マリーのM、凛とアリスのR。

本名でも無理があるが一応出来る。

「気付いたのは今だけど。」

てへっと笑うと凛は困った顔をしながらしかし笑った。

「あっ、そうだ。これやっと出来たんだ。」

バックの中から小さな袋に分けられた用意してきたプレゼントを手渡す。

「また集まったっていう印が欲しかったの。」

と笑って彼女は弁明した。

取り出すとそこには綺麗な雪の結晶のマークのちょっと凝ったストラップだった。

「これ手作り?」

見れば分かるように手作りだ。

細かく細工されている。

それぞれにイニシャルが付いている。

「本当女子ってお揃いとか好きだな…」

「私だって普段はあんまりしないよ。皆とだからしたかったの。」

おかげで昨日は少し寝不足だった。

自分の自信作を見て再びうんと彼女は1人頷いた。

「アリスは女子と言ってもおしゃれとか全然しませんからね。」

ずっと歌ってきた。

あまりそう言ったものを見たことが無かったのだ。

何かにすがりつく様にただ歌ってきた。

もうすがりつく必要はない。

でもすがりつく、つかないの前に私は歌が大好きだった。

これからも歌って行ける。

皆と一緒に。

Re: 秘密 ( No.152 )
日時: 2016/07/25 00:54
名前: 雪 (ID: Ga5FD7ZE)

Memberはケイも見つかった直後、駅前で歌っている時にスカウトされた。

リンを見つけるため迷わず同意した。

Memberは基本的に顔は非公開だ。

駅前のライブでごちゃごちゃ言われる高校だ。

ばれない様に髪型を変えてマスクをして、歌うときのみマスクを外して歌っている。

メイクさんの腕か意外に気付かれない。

Memberという名前を変えようと思っていたのになかなか思いつかない。

「アリス」

「…マリー」

考え事をしていたらいつの間にか後ろにマリーが立っていることに気付かなかった。

「今日は買い物に行きませんか?」

「なんで?」

今までそんなことしたことなかった。

「アリスもせっかく可愛いんですからお洒落してください。」

「お洒落ねえ…」

あまり興味を持ったことがなかった。

服なんていつも適当に選んで着るだけで、こだわりなど特にない。

「私、イヤリングが欲しかったんです。」

聞いてない。

「男子共も強制参加です。」

遠くで男子達の声が聞こえる。

「「はっ!?」」

こうして何故かMemberで買い物に行くことになった。

Re: 秘密 ( No.153 )
日時: 2013/12/07 16:48
名前: 雪 (ID: HTJq2wSo)

「じゃあ好きなイヤリング選んでください。」

と言って連れて来られた店はアリスには全く縁のない店。

アリスがケイに恋をしているのは薄々気付いている。

本人は気付いていないようだが。

結局リンは来れなかったがケイがいるなら問題はない。

「仕方ありませんね…」

ぐいとケイの背中を押す。

「ケイ、アリスのイヤリング選んであげてください。」

「えっ!?なんで僕が…」

ぐちゃぐちゃ言うケイの耳元に静かに囁く。

「アリスが好きなんでしょう。ヘタレて無いでガツンとぶつかってください。」

ホイッとアリスに投げやる。

「ケイ、顔赤いけどどうしたの?」

「…なんでもないよ。」



「ごゆっくり〜」

何故かマリーがのりのりな気がするのは…何故だろう?

「宜しくね、ケイ。」

再びケイは顔を赤らめた。

「これとか…」

可愛いというより綺麗と言った印象のイヤリングを指した。

アリスはむしろこう言うの方が好きそうだ。

「ケイが選んだものなら何でもいいよ。」

それが一番困るんだけど…

「でも…これ綺麗。」

銀色の透かしパーツにちょっとしたピンクで装飾されている。

「じゃあ、これにする。」

頬が少し熱い。

でもその熱が少し心地いい。

アリスはこの熱の正体をまだ知らない。

パシッ

不意にレジに持っていこうとしたその手をケイに掴まれた。

「ケイ?」

「これください。」

財布を出してお金を取り出そうとするケイを慌てて止める。

「いいよ、別に!!」

・・・ヘタレて無いでガツンとぶつかってください・・・

マリーの言葉が頭をよぎる。

「別にいいって。ストラップのお礼。」

あっ…

ポケットからはみ出した携帯にアリスがつくったストラップがちゃんと付いている。

「はい。」

店の袋を受け取ると頬の熱が上がったような気がした。

「ありがとう…大事にする。」

揃って頬を赤らめた2人をマリーは遠くから静かに眺めていた。

Re: 秘密 ( No.154 )
日時: 2013/12/07 17:14
名前: 雪 (ID: HTJq2wSo)

♪-♪-

「やけに機嫌いいですね。」

イヤリングをケイに貰ってから何故だか機嫌が良い。

あれからリンと合流して基地で遊んでいる。

♪-♪-

「って聞こえてませんわね…」

イヤリング。

初めてのイヤリングだけど毎日しよう。

「結局Memberの名前、変えんの?」

「それが迷ってて…〜♪」

リンの質問に答えるが最後は鼻歌交じりになっている。

♪-♪-

「アリス、そんなにイヤリング欲しかったの?」

ケイと話すたびに現れるこの動悸。

この熱。

出来ることならずっと感じていたくなる不思議な気持ち。

この名前を私はまだ知らない。

「イヤリング…そうかもね。私にも分かんないや。」

♪-♪-

ストラップ…イヤリング…

「ストラップやイヤリング、まとめるとどうなる?」

考えて考えた末重々しくケイが口を開く。

「アイテム…?」

「それだ!!」

いっせいに皆の視線を浴びる。

「MemberからItemMemberに改名に賛成の人は!?」

突然の決であったが誰もが微笑み手を挙げた。

Member→ItemMemberへ改名し、私達は再び前へ進む。

もう仲間を探すためでなく、自分達のためだけに。

Re: 秘密 ( No.155 )
日時: 2013/12/09 15:04
名前: 雪 (ID: E0t3qTZk)

〜・18章 看病・〜
私達ItemMemberは新メンバー、リンを加えて活動を始める。

メンバーの名前はすべて私達が使っているあだ名をまんま使用した。

その方が慣れ親しんで使いやすいからだ。

むしろ本名の方が慣れていない。

だから皆にとって私はアリスだし、皆はマリーとケイとリンなのだ。

昔嫌っていたアリスと言う名前だが今なら好きになれそうだ。

不思議な感じがする。

あんまり覚えてないのに秘密基地もItemMemberも心地いい場所なのだ。

不思議と優しくて温かい気持ちになる。

「…やっぱりいいな、ここ。」

こうして私達は共に同じ1日を過ごしていく。

Re: 秘密 ( No.156 )
日時: 2014/11/15 16:26
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

家に着くとインスタントラーメンの袋を開けてお湯を沸かす。

買い置きの塩ラーメンだ。

カップとは違い洗ってかさばるゴミを捨てに行く必要もなく、作りやすく便利だがお湯を沸かすのがめんどくさい。

だが早起きが苦手なアリスには例え1度でも捨て忘れてもかさばらないので楽、
と思っていたが早起きが苦手なら夜の内に捨ててしまえばよいと気付いた時にはすでに癖が付いていた。

お湯を沸かす片手間で、スティックタイプのカフェオレを淹れる。

苦いのは苦手なのでお湯で粉を溶かした後は、なみなみとミルクを入れ、温めた後に更に砂糖を加える。

出来ると同時くらいにラーメンも出来あがるので卵を入れ、かきたまにして完成だ。

いつもこのようにインスタントラーメンや麻婆豆腐の素など、素が付いている物を買い置きする。

料理は嫌いではないが、いちいち材料を買うのは疲れるし時間もかかる。

疲れやすいアリスに野菜なんかは、沢山買うのは大変なのだ。

「いただきます。」

手を合わせ1人小さく合掌する。

箸に手を伸ばすと、近くに置いてある携帯が震える。

食事する時は、机の上に置く癖を付けていた。

「もしもし。」

着信相手はマネージャーだ。

「悪いが、明日のは集まりは無しだ。」

開口1口、そう告げられた。

「了解しました。」

簡潔に答えを返すと電話を切り、いつもと同じ味気ないラーメンを啜る。

どうして集まりがなくなったのか、理由は次の日にすぐ分かった。

Re: 秘密 ( No.157 )
日時: 2013/12/09 16:19
名前: 雪 (ID: E0t3qTZk)

いつものように秘密基地で歌った後学校に向かう。

「おはようですの、アリス。」

「おはよ、マリー。リンは今日生徒会だっけ?」

大体いつもこの時間帯に学校に向かえば皆に会える、が確かリンは今日は生徒会で朝早くから学校に行っているらしい。

「ケイは?」

「さあ…?私も道中で見かけておりませんが…」

教室に行けば会えるだろうと勝手に推測し歩を緩めることなく教室に向かう。

だが教室に向かったところでケイはいなかった。

睦月先生に問い詰めたが、連絡は来ていないときた。

放課後ケイの家に訪れてようやくケイが風邪を引いていたことに気付いた。

Re: 秘密 ( No.158 )
日時: 2014/11/15 16:29
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「39度!?」

告げられた体温は予想よりはるかに上回っていて、もう微熱と言うレベルではない。

理由はおそらく上着をアリスに貸したこと。

普通に考えたら熱を出すのはアリスの方だが、何故か上着を貸したケイが風邪を引いている。

その理由にもアリスは心当たりがある。

実は少し前、ちょっとした風邪気味だった。

一応マスクはしていたが、歌う時はマスクは外す。

かなり体はだるかったが熱も出なかったし、おもわず学校へと、基地へと足を運んだ。

それがどうやら仇となったらしい。

こんなことになるなら、大人しく寝ていればよかった。

ゴホッゴホッ…

体温計を消毒して、棚に戻すと再びケイが咳こむ。

「この熱じゃ、明日も学校来るのは無理ですわね…」

今日中に熱は下がらないだろう。

今日1日でさえも、学校に連絡は寄越していない。

「さて…とりあえず…」

部屋を見渡し、考える。

マリーはケイの額におしぼりを変えている。

顔色はまだあまりよくない。

ケイの許可も取らず、台所に入ると棚や冷蔵庫を漁った。

「意外に結構ちゃんとしたもの食べてるのね…」

アリスの家より、きっと綺麗だ。

腰に手を当てわざとらしく、はぁと大きく溜め息をつくと手首に着けているゴムで髪を束ねる。

とりあえず消化に良さそうなもの…

「米は無いのか…」

そうつぶやくと器を取り出し、テキパキと米を研ぎ炊飯器にセットする。

それが終わると、ワカメや卵を入れた中華風スープを作る。

その片手間で氷を砕き、簡易氷嚢をつくる。

炊きたての米をスープでほぐし、冷蔵庫を漁ると中から出てきたすれすれの辛子明太子を付けてお粥の出来上がりだ。

Re: 秘密 ( No.159 )
日時: 2013/12/12 19:53
名前: 雪 (ID: s92qBU7.)

「はい、お粥できたよ。」

「お粥と言うよりスープ飯ですわね。スープの中にご飯を入れるところが。」

これが本当にお粥なのか自信がなかったのは事実だ。

かといってお粥とスープ飯の違いもまたよく分からなかった。

テーブルの上を片づけながらお粥を並べながら曖昧に笑った。

「お粥は作ったこと無いから…卵も入れといたから。」

アリスの手が赤い。

氷嚢を作った時か、それとも火傷をしたのか全然腫れが引く気配はない。

「では…申し訳ありませんが私は帰ります。」

「マリー?」

声をかけるが作業の手を止める気配はない。

「こんな時に申し訳ないのですが野暮用がありまして…後のことは宜しくお願いします。」

マリーの背中越しに返答が来た。

そのまま振り返ることなく玄関まで進むとようやく振り返り微笑み返した。

「今日は台風が来るそうなので出来るだけ早く家に帰ってくださいね。ケイのこと…宜しくお願いします。」

そういうとマリーはドアをくぐって出て行った。

空を見上げると確かに薄黒く曇っていた。

Re: 秘密 ( No.160 )
日時: 2013/12/13 20:34
名前: 雪 (ID: Byb50NrS)

〜・19章 名前・〜
風邪で食べることすら難しいケイにお粥を食べさせると残りはラップをして冷蔵庫に仕舞った。

「ケイ、私帰るけどちゃんとご飯食べてね。」

コップを出して丁寧に薬をちゃんと飲むところを見届け、コップを洗って片付けるとタオルで手をきちんと拭いて身支度する。

「…うん」

「薬も飲んでね。」

ケイは無言でコクンと頷く。

「じゃあねケイ、また来る。家にある風邪に凄く効く薬、持って来てあげる。」

実に有り難い。

だがそんなケイの気持ちに気付かずアリスは外に出て行った。

家についてもまだ8時前を指していた。

宿題も終わったしItemMemberの活動もケイの熱のため新曲も出来ない。

暇だったし、なにより先ほどからケイの容体が気になる。

気付くと薬を持ってケイの家に向かっていた。

空は黒く立ち込めていることにアリスは気付かなかった。

Re: 秘密 ( No.161 )
日時: 2014/11/15 16:31
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

ピンポーン

軽やかな音が辺りに響く。

しばらくするとノロノロとインターホンから声が聞こえた。

「はい…八神です…」

声からまだ熱はひいていないようだ。

「夜分申し訳ありません。宅配便で〜す!!」

ワザと声音を変え、姿を潜めるとキシシと笑う。

出てきたケイを脅かすと本題に入る。

「なにしに来たの…アリス…」

いつもの口調だが風邪のせいか、弱弱しい。

「熱はまだ下がってないみたいね。」

額に手を当てるが、相変わらずの高熱だ。

「薬持ってきた。それにしてもなんでケイなんだろうね…風邪なら私がひけばよかったのに。」

あの時びしょびしょになったアリスに上着を貸したり、風邪気味だったアリスの傍にいたから今こうして高熱を出している。

そのことを根に持っている。

我ながら女々しいと思う。

女々しいことは嫌いだった。

でも…どうすれば詫びになるかは分からなかった。

「いっそケイの風邪、私がもらえたらいいのに。」

ボッとケイが顔を赤くする。

男女で風邪をもらうと言うと…

鈍いアリスも気付いたのか顔を真っ赤に染める。

…キスのことだ。

自意識過剰すぎるだろうか。

ケイから視線を反らし、必死に誤魔化そうとするが言葉も出ない。

髪を後ろにたくしあげる。

「く、薬届けたし…帰るね…っじゃ!」

ケイの顔が見れない。

だが扉を開けると、外では大きく激しい嵐が居座っていた。

Re: 秘密 ( No.162 )
日時: 2014/01/14 21:13
名前: 雪 (ID: PvE9VyUX)

嵐のため、家に帰れず仕方なくケイの家に泊ることが決定した。

一応リベンジはしてみたが服はビチョビチョ、傘は壊れるし髪はぼさぼさになるという大惨事が起きたので結局戻ってきてしまった。

嵐がやむのは明日。

もし早めに止んでも夜遅くに外を歩くのはあまり気が進まない。

仕方ないが明日までここにいるしかない。

幸い明日は学校が休みだ。

「…とりあえず…シャワー貸してくれない?」

服はビチョビチョで早く着替えてしまいたい。

まさかこの短期間で2回もビチョビチョになるとは…

と言う訳でシャワーを済ましてケイのジャージを着る。

少し大きいのはやはり男子だからだろうか。

「風邪なのに迷惑かけてごめんね。」

ケイの顔色は以前回復が見られない。

申し訳ない気分になる。

「横になってて。」

服を干しながらケイに声をかける。

室内だが明日にはきっと乾くだろう。

横になったケイの枕もとに腰を下ろし、頭の氷嚢を変える。

「別に氷嚢…変えなくても…それよりアリスこそ…風邪引かないで…よ…」

なんだか嬉しくなる。

こんなときでも私の心配をしてくれることが。

耳元ではきらりとイヤリングが光った。

Re: 秘密 ( No.163 )
日時: 2013/12/16 21:59
名前: 雪 (ID: ewPwHyR8)

「…ん?」

自分の声で目が覚めた。

気付かぬ間に寝ていたようだ。

なかなか寝付けなかったがやはり熱には勝てなかったようだ。

それもこれもアリスが寝る前にあんな話をしたからだ。

          ・・・数時間前・・・
他愛もない話をしていたところ話はItemMemberの話へと進んでいった。

「先週発売のCD、完売だって仁科が言ってた。」

仁科とはマネージャーのことだ。

とてもスパルタでアリスやケイ達に厳しいレッスンを組んでくれる。

怒らせると恐ろしいが意外と空気も読めるし気遣いも出来るマネージャーで初デビューの時には応援の言葉で救われた。

仁科の指導により、自信を持ってデビューで来た。

「それで…」

まだまだ話は続くがふと話題が変わった。

「そういえば…仁科が外であだ名の使用はやめろって。」

顔を少し歪めているところから相当こってり絞られたようだ。

「でももうアリスで定着しちゃったし…」

「三田村こよみ。」

ケイの言葉をさえぎるように声をかぶせる。

「私の名前。」

ドキリと心臓が跳ねる。

「こよみだよ、圭。」

詠みは同じだがすぐに違いに分かった。

圭って名前で呼ばれている。

「おやすみ。」

そう言って一方的に挨拶すると毛布をかけてケイに背を向けた。

          ・・・現在・・・
また寝てる間に氷嚢を変えたのかケイの布団に突っ伏して寝ている。

「全く…」

アリスと呼ぶ直前で手と同時に言葉を引っ込める。

再び伸ばすと抱きかかえるようにアリスの頭に手をまわして周りに誰もいないのに他の誰にも聞こえないようにと小さく呟いた。

「…こよみ」

呟いた瞬間こよみの顔がほころんだ。

再びドキリと心臓が跳ねた。

こよみから顔をそむけるが顔の紅潮はいまだに消えない。

「…ったく…また寝れないじゃん…」

ケイは小さく呟いた。

Re: 秘密 ( No.164 )
日時: 2013/12/20 22:12
名前: 雪 (ID: uw5W6LzU)

〜・20章 変・〜
友達以上の関係になった人なんていなかった。

友達すらも…

ずっと歌ってきた。

沢山の人に笑われたり、頭がおかしいと言われてきた。

何度もやめようとした。

でもやめられなかった。

でも…私は歌ってきたことを後悔しない。

だって…

「ん…?」

起きて一瞬ここが何処だか分からなくなった。

ああ…圭の家…いつの間にか圭の布団で寝ていた。

頭が徐々に冷めて現状を理解し始める。

「おはよう、アリス。」

圭がいないと思うと台所から声をかけられた。

「風邪はもう大丈夫?」

後ろを振り返るとはらりと何かが肩から落ちる。

毛布…?

「もうだいぶ下がった。朝ご飯、コンビニのサンドイッチで良いなら食べて。」

近くにコンビニの袋がある。

中にはサンドイッチの他におにぎり、冷凍食品やカップめんなどジャンルに囚われず色々入っていた。

遠慮なくサンドイッチに手を伸ばすと台所から圭がグレープフルーツジュースを持って出てきた。

「ジュース買い忘れて…ちょうどグレープフルーツたくさん送られてきたから。」

1口飲むと甘みと酸味で頭が冴えて来る。

「病み上がりなんだから一応薬は飲んでね。」

注意をするとはいはい、と言いながら圭も横に座る。

「それよりアリスの方が大丈夫?体弱いんだから無理しないで。」

アリス…

昔嫌いだったこのあだ名も今では好きだ。

でも…やっぱりこよみと呼んでくれたのは夢だったのだろうか…

ちまちまとサンドイッチの包装紙をとりながら他愛もない話をした。

「…私」

圭の話を遮るように続ける。

「もう泣かないよ。」

知っている。

私が泣くことで胸を痛める人がいることを。

「…圭と再会した時も…リンに楽譜捨てられた時も…」

気付いている。

あの時涙を抑え込もうとしていた。

でも溢れてしまった。

必死に隠そうとしていたけど圭がその涙に気付いたことを気付いていたよ。

自分がなんの力になれなくて苦しんでいる顔をしていた。

私もそんな顔をしていたのだろうか。

「圭が止めてくれた涙だから、私はもう流さないよ。」

圭の顔を見てはっきりと頷いた。

Re: 秘密 ( No.165 )
日時: 2016/05/10 18:56
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

そのまんまで良いって言ってくれたから…私は救われた。

あの言葉は一生忘れない。

「そう言えばそろそろ夏休みだね。」

「まだ1ヶ月くらい先でしょ…」

まだ6月後半。

…圭と再会して初めての夏。

考えると圭と再会してまだ1ヶ月ほど。

でもその1ヶ月で私の中の世界は変わった。

「全く…無茶苦茶なのは圭だよ。」

リンもマリーも大好き。

ずっと一緒にいたい。

じゃあ圭は…?

圭のは何か違うの?

「アリス。」

でも…それを知るには少し早い。

圭に会ってから不思議なことばかりが起きる。

でも不思議だけど嫌ではなかった。

正体を知るにはまだ早い。

今はまだこうしていたい。

Re: 秘密 ( No.166 )
日時: 2013/12/20 21:08
名前: 雪 (ID: uw5W6LzU)

「ねぇ、マリー」

あれから日が経って今は基地にいる。

リンは生徒会で圭はたまった宿題を学校に残って消化している。

「最近…変なの…」

ポツリポツリと口からこぼれる。

「何がですか?」

「圭といると…変なの…」

何処となく上の空だ。

それを聞いた瞬間にマリーがピクンッ!と反応した。

「不思議なんだ…私はマリーやリン達が隣にいると落ち着く。どこかほっとする。
でも…圭は…圭が笑うと私は安心する。」

ほっとすると安心するは何か違うのだろうか?

「他には?」

他に…

「圭の手…凄く…気持ちいい…」

ポツリポツリととめどなくあふれる。

「私はアリスってあだ名が嫌い。でも…圭にアリスって呼べれるのが好き…圭のお陰で…このあだ名好きになれた。
でも…時々こよみ、って呼ばれたくなる…」

言い出すときりがない。

この気持ちは一体なんていうんだろう。

「圭と会ってから私の世界は変わって…なにもかもが楽しいの。
あっ、勿論マリー達といて楽しかったよ。でも…そう言うのじゃなくて…」

斬新なの…とアリスは続ける。

こんなアリス、見たこと無い。

「分からないの…マリーとなにが違うのか…私と圭の距離はどうなってるんだろうかって…」

顔を赤くしていることにアリスは気付いているだろうか。

見てる側としてはそれがどういう現象か分かる。

だって私も…

「私に偉そうなことを言えるほど経験に富んでいる訳ではありません…でも…」

とマリーは続ける。

「それは圭に名前で呼ばれたら、きっと分かります。
私も万里花って呼ばれると…なんか変になった…飛び上がるくらい嬉しくて…泣きそうになった。」

きっと…

「きっとアリスも私と同じ病にかかっているのかもしれませんね。」

そういってにっこりと笑った。

私がリンに恋をしている様に…

きっとアリスも…恋をしているんだろう。

Re: 秘密 ( No.167 )
日時: 2013/12/22 01:36
名前: 雪 (ID: xIyfMsXL)

名前…私達の距離…分からない。

友達と一体なにが違うのだろうか。

名前…変になる…病…

何も分からない。

学校で圭をよく見かける。

「あっ…」

声をかけようとする直前に女生徒が走って圭に駆け寄る。

親しそうに顔を近づけ、仲陸奥ましそうに話をする。

チク

胸がチクチクと痛みだす。

やがて圭はアリスに気付いたか話を切り上げ、ゆっくり近寄ってくる。

「アリス、どうしたの?」

しばらく遅れてえっ…とアリスの声が響く。

「変な顔をしてたよ。怒ってるような…泣きそうな…顔。」

自分でも気付かなかった。

泣かないと決めたばかりなのに泣きそうになっていたとは…

「さっきのは…」

「えっ?あっ、ご近所さん。風邪引いた時差し入れを持って来てくれたの。」

お隣、さん…

「っで、アリスはどうしたの?」

「うん…ちょっと…胸が痛んで…」

胸が?と問い返す。

「保健室!!」

圭は即座に私の腕を引き、走りだした。

「あっ…ちょっ…」

いきなり走らされ足をもつれさせながら圭の横顔を見る。

何故か少し嬉しい。

保健室に行くほどのものではないこんなものでも本気で私を心配してくれる。

でもきっと誰にでもその優しさはふり撒くのだろう。

私だけには向けられない。

あれ…?

何考えているんだろう…

圭の優しさが私だけに向けてはいけない。

人のために一生懸命になれて人の幸せを自分も一緒に喜べる。

その優しさが好きだった。

そっか…私は圭が…好きなんだ…

でも…友達として?それ以上先には…何がある?

「あのさ…圭」

けじめを付ける。

「今日だけで良い。今だけでもいい。こよみって呼んで。」

真に迫るアリスの顔に不覚にも顔を赤くする。

だがそんな圭を気に止めず更に顔を近づける。

アリスはいつも圭に顔を近づけられると自分が嫌になる。

でも…今は自分を嫌いになってでも確かめたかった。

「お願い…!」

何をしたら…呼んでくれる…?

と小さく呟く。

それからうん、と小さく頷く。

「次のテスト、私が圭に勝ったら私をこよみって呼ぶ。同じく私も代償を支払おう。」

そうだな…と小さく呟き、小さく笑う。

「例えば…ItemMemberを抜ける、とか…」

圭の呼吸が一瞬止まった。

Re: 秘密 ( No.168 )
日時: 2013/12/22 01:47
名前: 雪 (ID: xIyfMsXL)

ふっと小さく笑った。

「冗談だよ…何が良い?」

小さく意地悪く笑う。

時々アリスは性格が変わる。

「あっ…無しは無しだ。」

一応忠告しておく。

しばらくの沈黙があったがその間でもアリスは微笑みを絶やさなかった。

「…アリスと…1日…」

「なんだ?」

言葉遣いまで変わった。

「アリスと2人きりで1日遊ぶ約束を取り付けて…欲しい…かも…」

小さく消え入りそうな声ではあったが、アリスには最後まで聞こえた。

「なんだ、そんなことで良いのか?」

むしろこちらから誘いたいところだったので丁度が良い…とは言わずにおこう。

「ではこれで賭けは成立だな。私の私情にまきこんで申し訳ない。」

だが…と小さく続ける。

「どうしても…確かめたいことがあるんだ…」

Re: 秘密 ( No.169 )
日時: 2014/11/15 16:47
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

〜・21章 賭け・〜
それから猛勉強を始めた。

テストは1週後である。

言っておくがアリスは勉学の面では成績はあまり良くない。

記憶力は気が向けば偉大な力を発揮できるが、勉学に関してはあまり関心が向かないため常に赤点をとっている。

だがそれをあまり気に止めてはいなかった。

補習は面倒だったが、そこまで嫌いではなかった。

だが今回ばかりは本気を出させてもらう。

授業そっちのけで勉強ばかりしていた。

「三田村。」

「えっ?」

ようやく顔を挙げると先生に指名されていた。

「堂々と内職をするな。」

「ですが、授業を聞くよりずっと有意義です。」

なっ…と教員が小さく声を挙げる。

「やはりここではだめだ…」

と小さく呟くと教科書を片付け鞄に仕舞い、席から立ち上がる。

「早退します。」

「三田村!!」

怒鳴るがそんな声も聞かず扉へと近づく。

「先生、急用が出来ましたのでテストまで休みます。」

そういうとピシャリと扉を閉めた。

向かうは基地だ。

基地の方が落ち着いて勉強できる気がする。

後での説教なんて別に構わない。

だがどうしても負ける訳にはいかない。

圭が休みなのはとてもラッキーだと思った。

圭がいたらまた集中できない。

「どうしたものか…圭がいてははかどらないが…あの教員の声も耳障りだ。」

のんびりと基地への階段を上る。

ようやくたどり着いた基地の扉を開けるとそこには圭がいた。

「圭…」

「アリス!?学校は?」

「早退だ。あの教員の声は耳触りで勉強できん。そういった圭は…作曲中か?」

圭の手元には書きかけの楽譜があった。

「うん。家じゃ落ち着かなくて…今は親戚が来てるんだ。」

詳しい理由は知らないが、圭が1人暮らしであることは知っていた。

「それは邪魔したな。悪いが私もここで勉強させてもらう。…学校では落ち着かない。」

不思議と今ここにいるのも、少し落ち着かない。

「賭けに負ける訳にはいかないのでな。」

シャーペンを持つが、相変わらず格闘する。

記憶力があったところで、数学などは覚えればいいだけのものではない。

「僕も勉強するよ。」

圭も楽譜をテーブルの隅にやり、アリスの教科書へと顔を近づける。

「構わんよ。作曲中だったのだろう?」

「良いよ。アリスが勉強してる所で作曲って言うのは何か悪い気がするし…僕も負けたくないから。」

これでは、せっかくここに来た意味がない。

「数学は得意だし。」

と小さく付け加え小さく笑う。

「メテラウスの定理だよ。こことここを分数でかけて…」

内容なんて頭に入るはずもない。

でも…

「聞いてる?アリス。」

凄く心地いい。

圭の声が気持ちいい。

例えこのかけで負けてこよみって呼ばれなくても…きっと私は満足だろう。

アリスって呼ばれるのも悪くない。

Re: 秘密 ( No.170 )
日時: 2014/11/15 16:58
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

圭に授業してもらうところから、分かるだろうが圭は頭が良い。

作曲ばかりと思っていたが、実際成績もまったく申し分ない。

圭は昔は成績ばかり重要視され、音楽をやってはいけない、とされていたらしい。

昔のことをポツリポツリと話す。

「成績ばかりの日々などつまらない。私は昔のことは覚えていないが、私も勉強ばかりの日々が嫌いだよ。」

昔のこと…

今は1人暮らしだ。

人に嫌われるのはもう慣れた。

養ってもらってはいる。

学費を払う代わりに成績は常に上位をとることが条件だ。

しかし意地でも赤点をとるアリスは嫌われて仕方ないと思うが、あの人達には無理に好かれたくはない。

「素晴らしい成績を修めてご機嫌取りなどしたくない。」

アリスはこう言うところは無駄に意固地だ。

だがそれにはきっと強く、そう決める理由があるのだろう。

「珍しいね…アリスが自分のことを話すなんて。」

アリスは少し考えるそぶりを見せた。

「どうだろうか…」

確かにこんな話…他の人にはできないし、したくない。

「やめよう。お互いしたくない話だろう。」

だが圭は首を横に振る。

「ううん。僕はアリスに聞いてほしかった。」

「…不思議。私も圭に聞いてほしかった。」

圭になら何でも話せると思った。

♪-♪-

「争いと偽りの中で♪心を枯らすなら♪どんな絶望の中もあなたと進みたい♪」

突然歌い出したアリスに圭が少し驚いたがすぐに聞き入った。

「歌詞…思い付いた…」

恥ずかしそうに顔を赤らめる。

いつもと違って静かな曲。

「…この曲も内緒だぞ…?」

賭けは刻々と続く。

だがその間にも2人の距離は変わっていく。

Re: 秘密 ( No.171 )
日時: 2013/12/22 22:10
名前: 雪 (ID: bUg9QOGg)

「荒れ狂う心とともに♪あなたと嵐を越えたい♪」

アリス…と小さく困った様に圭が呟く。

「勉強はしなくていいの?」

「それ言っていいの?言わない方が圭には有利だったんじゃない?」

うっと言葉を詰まらせる様子を見ながら小さく笑う。

「もう覚えたから大丈夫。やっぱり勉強より音楽の方が私は好きだ。」

そう言って彼女は笑うのだった。

「賭けは負けても構わないかなって…思っちゃった。」

心地いいこの場所はなくしたくない。

その先に何があろうと今はここにいたい。

「それに圭にも勉強させる気はないから。」

意地悪く笑う。

圭と会ってから自分で驚くほど笑う様になった。

アリスは人に嫌われるのは慣れたと言った。

でも圭達には嫌われたくないと思った。

♪-♪-

そうやってテストまでは2人は歌い続けた。

Re: 秘密 ( No.172 )
日時: 2013/12/22 22:37
名前: 雪 (ID: bUg9QOGg)

テスト当日。

お互いまったく勉強はしていない。

条件は五分五分。

テストが無事に終わると胸がドキドキと高鳴る。

だが圭に勝てるはずはないと思った。

恐る恐るマリーと結果を見に行くと案の定見事に負けていた。

でも不思議と悲しくはなかった。

それどころか彼女の顔は微笑んでいた。

「不思議だな…負けたのに全然悲しくない。
それどころかずっと今までで一番嬉しいかもしれないってくらい機嫌が良いよ。」

負けることは分かっていた。

なぜならそう彼女自身が仕込んだからだ。

「わざと…手を抜きましたね、アリス。」

マリーが耳元で小さく囁く。

「ああ。だが今までで最高点を修めた。」

「常に鮮やかに勝ち誇るアリスがわざと手を抜くなんて…見物ですわね。」

ふっと小さく笑う。

「意地の悪い冗談だな。私も…随分変わったと思うよ。わざと負ける、なんて卑怯なことは。」

総合点、圭との差は歴然としてあった。

が、名前さえ書けば圭を余裕で越えた。

「名前の書き忘れで補習を免れられたことは運が良いとしか言いようは無いな。」

さてっ、と髪を払いながら軽やかに歩き出す。

「マリー、買い物に付き合ってはくれないか?」

彼女は敗者だがその表情は勝者のものだった。

Re: 秘密 ( No.173 )
日時: 2013/12/23 22:11
名前: 雪 (ID: N9MWUzkA)

〜・22章 デート・〜
それからメールや電話のやりとりで日曜日に遊びに行くことになった。

待ち合わせ場所に行くと既に圭が待っていた。

「お待たせ、圭。」

お互い私服は珍しい。

「似合ってるね、アリス。」

なぜだろうその言葉だけで途轍もなく嬉しい。

いつもと違ってスカートも短めだからひどく寒い。

ブラウスに短いチェックのスカートとニーソと言う長い靴下だ。

スカートに見えるが実はズボンなのだが…

腿まで見えているのでかなり恥ずかしいがマリーがこれは絶対!と譲ってくれなかった。

ヒールも慣れていないので足元もひどくおぼつかない。

場所はデートの定番、遊園地である。

「マニアックな場所だな。」

と素直な感想を述べる。

あくまでアリスにとっては遊びとしか考えていないようで何故2人きりなのかの真意にはたどり着いていないようだ。

開演前から来るとなると4時半くらいには起きた。

おかげで少しばかり寝不足だ。

「とりあえずあのジェットコースター乗ろう。」

朝起きてまだ気分は乗らないだが消化も速そうだし、その方が効率的と見たか特に反対はしなかった。

しかし乗った後アリスはひどくげっそりしていた。

「まさか…苦手だった…?」

そう言うとアリスにキッと睨まれた。

「起きたてだったからちょっと目が回っただけ…」

確かにアリスは絶叫系は苦手だが今まで乗っていたのと実感が違う。

想像で膨らまし過ぎたようだ。

「まだ乗るからね!!」

案の定他のジェットコースターはずっとマシでバーにつかまって流れに身を任せればそこまで辛くないことに気付いた。

「ポップコーン食べる?」

「有難う。」

食べる?と誘っておきながら既に買われている。

つまむと少ししょっぱい塩バターの味がした。

毎度圭は私の好みをよく知っていると思う。

「次は何に乗る?」

指差したその場所はこの遊園地の名所で上がったり下がったりする絶叫系の中でもトップを陣取る究極至高アルティメットエレベーター。

Re: 秘密 ( No.174 )
日時: 2013/12/24 11:11
名前: 雪 (ID: 0bGerSqz)

待っている間の恐怖はとんでもなく後になってひどくみっともないと思うが、乗ってしまうと案外楽だ。

少し目が回ったため、休憩をする。

軽い頭痛がする。

猫のかぶり物をお互いかぶり、遊びまわっていたがおかげで髪はグチャグチャ、湿ってという大惨事だ。

外し小さくふぅ、と息を吐く。

風を通すことで湿っていた髪を風になびかせる。

ズキズキと頭痛がひどくなる。

「ご飯食べる?」

「…うん。食べる…」

ハンバーガーショップに並んで食べるが食欲がわかない。

この感覚…知っている…

うっ、と小さく呻く。

「アリス?」

口元を咄嗟に手で覆う。

「…なんでもない…」

うっ…と再びうめくとその瞳から1筋の涙が零れた。

「アリス!?」

また…昔の記憶。

また…泣くことしかできない。

ふらふらになりながら席から立つ。

「あっ…」

ガタンと近くの椅子や机をなぎ倒しながら必死に外に出る。

奥で圭が謝りながら元に戻している。

外に出てベンチにもたれかかるとドッと疲れとともに涙があふれ出してきた。

「う…うぁ…うああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ——————————」

嗚咽が叫びに変わる。

「うぁ…あ…あ…ああ…」

何が悲しくて…何を求めて…私は泣いているのだろう…

分からない。

しかし私は涙を流し続ける。

Re: 秘密 ( No.175 )
日時: 2013/12/24 11:45
名前: 雪 (ID: 0bGerSqz)

「う…う…」

膝を抱え涙を流す。

何で涙を流しているかも分からないのに…私は圭との約束を破った。

圭が止めてくれた涙。

でも…私はそれを壊した。

「アリス…」

生温かい涙がふと止まった。

ファサッと何かが被さる。

…温かい…

♪-♪-

耳元で流れる…圭の歌…

すごく…温かい…

不器用な手…不器用な歌…不器用な…

震える手…震える声…震える…

心。

「約束なんて…守らなくていい…」

声が震えている…

「流したい涙を…涙を…殺す必要なんてない…!」

その時確かに感じた。

不器用な自分の心が震えるのを。

Re: 秘密 ( No.176 )
日時: 2013/12/24 12:13
名前: 雪 (ID: 0bGerSqz)

止めたはずの涙。

でも今はそれが流れている。

不思議だ…

「…こよみ」

圭の声。

ビクンッと体がその声に反応する。

「わざと手を抜いたんでしょ。名前さえ書けば僕の負け。だから…その…」

言い淀むがその間も顔を上げられない…

「…ご褒美だよ。」

圭の顔が…見れない…

「ちょっとなんか言ってよ。」

圭がこよみの顔を覗き込む。

こよみは顔を赤くしながら目に沢山の涙をためていた。

「そんなに嫌だった!?ごめん、アリス!!」

嫌なんかじゃない…なんだか…嬉しくて…

でも言葉にならず涙があふれる。

流していて気持ちいい涙。

マリーの言う通り確かに飛び上がるほど嬉しくて…変になった…

それだけで薄々気付いていたその気持ちに名前をつけられる。

あたふたとする圭を見る。

こんなにも愛しい気分になったことがあるだろうか。

「別に嫌なんかじゃないよ、圭。」

わずかに目元に残った涙をぬぐい、笑いかける。

「そう?」

ほっと肩の荷が下りた様に笑った。

「良かった…てっきり名前で呼ばれるの嫌なのかと思って…アリスってほんと分からないところがあるから…」

「失敬ね!」

ぷぅと顔を膨らませる。

「お土産見て行く?」

「うん、リンとマリーに買って帰らなきゃ。」

頬を染めながら圭の横に並んで歩く。

何時までもこうして隣にいたい。

私は圭に———————————恋をしたんだ。

Re: 秘密 ( No.177 )
日時: 2013/12/24 18:02
名前: 雪 (ID: 8IG6/R5B)

〜・23章 ItemMemberの活動・〜
分からなくなった圭との距離。

そっか、私はずっと圭との距離を縮めたかったんだ。

「ありがと、圭。」

きっと聞こえていない。

何時から恋をしていたのだろう。

きっと初めて会った時から…なんてことは言えない。

恐らくあの言葉に救われた時から。

そのまんまで良いって言ったあの時から。

私もここにいていいんだって思って嬉しかった。

好きだって思ったその瞬間に顔が熱くなった。

でもその熱がとても心地いい。

♪-♪-

小さく口づさんだその歌は恋の歌。

学校ではテストも終わり夏休み直前と来た。

また…圭と出かけたいな。

圭に伝えたいことが沢山ある。

でも伝えるのは今日じゃなくても良いかなって思う。

まだ明日も明後日もずっと一緒なのだから。

Re: 秘密 ( No.178 )
日時: 2019/08/21 23:20
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「夏休みからItemMemberの活動再開するぞ〜!!」

そう言ってマネージャーである仁科は私達を収集した。

「ケイ、新曲は?」

「とりあえずCDが出せるように13曲ほど作ったけど?」

ケイから渡された新曲の楽譜を見る。

どれも見おぼえがある。

「え〜なになに…『クラスメート』『いつもの距離』『Friend』…」

名前を読み上げるがそれも皆で決めた名前なので当然知っている。

「早速今晩からな。」

「相変わらず話が急だな。」

仁科は突然1時間後とか無茶を言ってくるので収集されるときは出番があるという覚悟こみで行かなければいけない。

「何時言っても変わらないだろ。ちゃんと準備しとけよ。」

新曲と言っても何時も歌っているので練習も特に必要ない。

「夏休みどうする?」

アリスが疑問を投げかける。

「渓流下りに…海に…山なんてどうでしょう?」

マリーが賛同する。

「でも予算も馬鹿にならないし…」

「別荘に行けばいいじゃないか?」

別荘?

「マリーなら融通も利くのでは?」

「なんでマリーが?」

聞き返すと当然のようにリンが即答する。

「マリーがお金持ちの娘だからだ。灘グループって聞いたことないか?」

灘グループ…どこかで聞いたことはあったがそれよりそれが内緒だったことの方が気になっていた。

気まずそうな顔をしていたマリーが作り笑いをした。

「言い忘れていましたわ。では夏休みは全部行きましょう。」

そういって夏休みの予定は決まった。

「ItemMember、出番だ!とっとと服を着替えておけ。」

「はーい!!」

服はゴスロリ…とでも言うかよく分からないが黒や赤を用いる。

もちろん木苺やら鮮やかな紫を用いることもあるが基本フリルがたくさんついたドレスだ。

その他にボンネットなんかを付けたり着けなかったり。

帽子も時々変える。

それにマスクをして終わりだ。

化粧で顔はばれない。

ベースやらギターもマスクをするため顔は分からないようになっているのだ。

昔の姫のようにもっさりとしていて動きずらい。

時々フリルケープを付けたりもする。

「またこの重苦しい服か…」

そうつぶやくがまんざら嫌でもないらしい。

「よっし!出番だ!!」

仁科の合図通り勢いよく飛び出すと司会の声が耳をつんざいた。

Re: 秘密 ( No.179 )
日時: 2014/03/17 18:34
名前: 雪 (ID: jSrGYrPF)

私達は喋らない。

声からばれたりするのが怖いからだ。

だが歌は別だ。

歌なら声でも分かりづらい。

それにエフェクトもかけられている。

「今人気沸騰中のItemMember。以前は3人でメンバーとして活躍していたが新たにリンを加えた際ItemMemberと改名をしました。
元は路上でストリートライブをしていたItemMemberですが見事デビューを果たしました。
最近の都市伝説ではItemMemberのライブ現場に行くと歌が上手くなる、幸運が訪れると言われています。
う〜ん、私も行ってみたいですね〜!」

テンションが上がり少しハメを外しかかっている司会者を横目にふっと思わず笑った。

今ではそんな都市伝説もあるのか…

「失礼、では早速聞かせてもらいましょう!ItemMemberの新曲『ミラ』」

やっと出番だ。

マリーの音。リンの音。圭の音。

ちゃんと聞こえる。

♪-♪-

綺麗な音色。

大好きな音。大好きな仲間。

出会えた奇跡。

出会えた不思議。

そう言ったものを歌った。

——気持ちいい…

本当に不思議。

私達がこうやって歌ってることも…本当なら会う事すらなかった。

そう思うと本当に不思議な話だ。

気付かぬ間に頬が緩んでいた。

もしここで会う事が偶然だというなら…それはきっととても素敵な偶然、奇跡とでもいうのだろうか。

皆と会ってからいいことしかない。

いいことと言うのも変かもしれない。

これ以上は無いと思える仲間に会えたのだから。

今度の新曲。

次はどんな歌詞にしようかな。

Re: 秘密 ( No.180 )
日時: 2014/11/15 17:10
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

♪-♪-

曲が終わるといつものように歓声がわき上がる。

もう日常茶飯事と言った光景だ。

「『ミラ』、それはくじら座の色の変わる不思議な星のこと。
この曲は仲間達を引き合わせた不思議な縁について歌ったものだそうです。
いや〜相変わらず痺れました!!あのサビなんて…CD絶対買います!
『ミラ』が収録されたCDアルバム『ミラ』の発売日は明日!!皆さんもぜひお買い求めください!!
以上、ItemMemberでした!!」

再び拍手とともにスタジオから退場する。

これで控室に入り、化粧を落とすまで気が抜けない。

何時誰に見られるか分からないのだから。

毎度ItemMemberが登場すると、テレビ局前に人混みが出来て警備員が忙しそうにしている。

実に申し訳ないことをしたと思う。

私達もよく聞かれることがあるが、その際には関係者ではないとシラをきり通す。

あくまで仁科の親戚、という顔をする。

ここまで手間をかけるのは仁科の指示と、そしてアリスが納得する様に作られているからだ。

「あ〜気持ちよかった!!」

歌うと気分がすっきりする。

気持ちよくなれる。

悩んだ時、困った時、悲しい時、嬉しい時。

歌を歌えばよかった。

ただそれだけで何事も満たされた。

私は知っていた。

自分を喜ばす方法も、怒りを抑える方法も、知っていた。

どんな時も歌を歌うだけで何事も解決した。

歌えば何もかも丸く収まった。

人から変な目で見られても、歌があれば何も問題がなかった。

歌がなければきっと今の私はいない。

私を私たらしめるもの。

紛れもなくそれは歌としか、言いようがなかった。

まるで歌で出来ているようだ、と我ながら思う。

友達もいなかったし教員も性格のため反感ばかり買っていた。

知らない親戚の嫌な態度も嫌がらせも。

でも歌があったから。

生活費を忘れたふりして、振り込まれなかった時も。

困りはしなかったが、とても悲しかったっけ。

6年前の歌を歌ってばかりの私には遊ぶ金もいらなければ、楽譜を買う金もいらなかった。

だから困らなかった。

あれも経験だと今なら思える。

困った時助けてくれた人なんていなかった。

皆が薄情って訳じゃない。

周りの空気やそう言ったものが、自然とそうした環境を作り出しているのだと納得したものだ。

あの時期を思い出すと、まだ昨日のことのようだ。

歌さえあればどんな辛い環境も。

いや、違うか。

圭達に会えると思ったから歌えたのか。

どんな辛い環境も今じゃなんてことない。

私は圭達と一緒にいるのだから。

Re: 秘密 ( No.181 )
日時: 2013/12/25 12:32
名前: 雪 (ID: iCfJImSu)

〜・24章 夏休みその1・〜
夏休み初日。

早速渓流下りに行くことになった。

「えっと…上流の方で釣りで下の方で泳いでね〜!!」

川と言ってもあまり大きくはない。

カヌーも一応出来るようになっている。

アリスとリンは釣り、圭とマリーは泳ぐことになっていた。

そちらの方が有り難い。

恋をしてから…少し一緒に居づらい…

目を合わせるのが…怖い…

あの時自分の気持ちも気付かれたみたいで恥ずかしくて…

怖いって思えるのも恥ずかしいって思えるのも圭に会ってからなんだ。

初めて怖いと思った。

その時ずっと私の傍にいて親身になってくれた。

暴走した時も圭はずっとそばにいた。

リンと話をしながら圭は手を握らせてくれた。

私はその時初めて男の子の手を握った。

あんなに大きくてとても安心した。

気付けばずっと私はあの圭の手を求めていた。

傍にいたい。

手を繋ぎたい。

やっぱり好きだなぁ…圭。

「傍にいたい。」

と小さく呟く。

その小さな声は誰にも聞こえず静かに川の流れとともに流れて行った。

Re: 秘密 ( No.182 )
日時: 2014/11/15 17:12
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「餌、1通り揃えました。お好きに選んでください。」

見るとイクラ、アサリ、イワシ、アジ、エビなどがある。

一瞬魚の餌と言うので気色悪い生き餌でも準備されているかと思ったらマリーの趣味でそう言ったものは集めていないらしい。

少し意外だったがむしろ腑に落ちた。

「アジ…美味しそう…」

ぼんやり見つめて釣り針に引っ掛ける。

リンは安価なアサリを選んだ。

その値段を追求するところが相変わらずだ。

「全然釣れないな…」

泳ぐ気は全くなく服装は長ズボンとシャツとパーカーだ。

それからマリーの昼食の声が掛かるまで魚は2,3匹しか釣れなかった。

魚釣りに必要なのは忍耐だということを思い知らされた。

「定番、カレーを作りましょう。飯盒もきちんと準備してありますわよ。」

ニッコリと微笑むマリーは相当泳ぐのが上手いらしい。

今はパーカーをはおっているが水着もとても可愛らしかった。

「火、これでいい?万里花…マリー」

圭…

マリーのことも大好きなのに…

圭が名前を呼ぶのは私だけじゃなかった。

なんだろう…胸が痛い…

マリーも圭も大好きなのに…どうしてこんな気持ちになるんだろう…

気付かぬ間にうずくまっていた。

どうしたらこのズキズキが収まるんだろう…

「危ない!!」

えっ…?

誰かが叫んだその声で漸く我に帰る。

私は川に落ちたのだ。

Re: 秘密 ( No.183 )
日時: 2013/12/26 16:35
名前: 雪 (ID: 8qWxDU4Y)

誰かが川に飛び込んだ。

幸い浅かったので大事には至らないがそれでも色々ぶつけたりで少しあざが出来た。

誰かに救いあげられる。

そこでようやく顔を認識する。

…リン?

ゲホッゲホッ

水を吸い込んだのか咳こむ。

「あっ…」

私を救ってくれるのは…圭だけじゃない。

何時もなら考えもしない非効率なこと。

きっとあの時リンがあの場所に立っていたら別の方法で私を救ってくれたかもしれない。

でも初めて私を救ってくれた圭のこと…少しは特別に思っているつもりだ。

リンならきっとあの時違う立場だったら救ってくれただろう。

でも実際私を救ったのは圭で…私にとっても特別なのは圭なのだから。

胸が苦しくなるのも…話しづらくなるのも…

自分の中で何かが変わった。

変わるのが少し怖かった。

でもそれをもう認めてしまえば楽になる。

再び実感する。

私にとって…圭は特別だ。

Re: 秘密 ( No.184 )
日時: 2013/12/26 18:35
名前: 雪 (ID: 8qWxDU4Y)

初めて私にそんな言葉をかけてくれたから特別なのだろうか。

初めてだから特別なのだろうか?

もし…他の誰かが声をかけたら…圭に想いを寄せることもなかったのだろうか。

そんなことを考えていたらきりがないが。

少女漫画だってヒロインより先にヒロインの役割を演じるわき役がいたら主人公はそっちに惚れる。

世界はそう回ってる。

初めてそんな言葉をかけてくれた人を特別だと思う。

そんなこと、当たり前だったんだ。

悩むまでもない。

「あ〜、珍しく頭使ったから疲れた〜!!」

びしょびしょの服。

マリーが貸してくれたタオルを肩からはおる。

「有難う、リン。リンまでびしょびしょになっちゃったね…」

マリーから渡されたタオルをリンの頭の上から落とす。

タオルはそのまま軽やかにリンの頭に落ちた。

「迷惑をかけたな。」

ゴシゴシとタオルで髪を乱す。

「借りを返しただけだ。」

「借り?」

思い当たるのはあのリンとの歌。

spring concertのことだ。

「うん…そうね。借り、確かに返済してもらいました。」

ふんっ!と小さく鼻を鳴らす。

ゴシゴシと髪を乱しながら笑う。

「っじゃ、私はカレー準備してくる。
あの2人に任せるのは少し心配だし。リンは休んでて。」

タオルを選択物入れに投げ入れるとまだ髪は濡れていたが台所に向かった。

その様子を圭とマリーが見ていたことにアリスもリンも気付かなかった。

Re: 秘密 ( No.185 )
日時: 2014/11/15 17:18
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

不思議。

何時もなら気にならない視線も少し気になる。

マリーが圭を見ることも、アリスがリンを見ることも。

嫉妬とは不思議なものだ。

持ってきたパーカーに着替えてカレーを作る。

「野菜は…じゃがいも3つに人参1本…玉ねぎ3玉…ですか?」

ルーの裏を見ながら材料を読み上げる。

「玉ねぎは1玉で十分。」

玉ねぎを切り刻みながら目がシパシパする。

涙が溢れそうになる。

圭が遠くで薪を入れているのを確認すると、小さな声で何気ない様にマリーに話す。

「私…気付いたよ…名前呼んでもらって…」

思い出す。

あの時こよみって呼ばれた時感じたあの動悸。

「私…圭に…恋をしたんだ。」

相変わらず玉ねぎに苦戦しながら、さりげなく言ってみたが何気に恥ずかしい。

「そう…ですか…まぁ確かにケイは良い人ですもの!良いと思いますよ…」

声が落ち込んでた気がしたが、マリーの顔が見えない。

それはリンを思ってなのか…それとも…

なんて、バカなことを考えたものだ。

マリーが圭のこと好きかもなんて。

馬鹿らしくて、思わず笑った。

「?」

不思議そうな顔をするマリーに向かって、笑いながら答えた。

「ううん…なんでもない。」

私は初恋なんて信じない。

初恋の人が運命の人といのはなんて、不確かなものなのだろう。

ファーストキスが運命の人なんて限らない。

そう言ったところで私は少女漫画が嫌いだ。

まるで決まっている様に、主人公とヒロインはくっつく。

そんな簡単に想いが通じるなら…どれほど良かったか。

でも現実は上手く行くことの方が、少ないことを私は知っている。

「私、どこまでも圭が大好きなんだなって思っただけ。…それって自惚れすぎかな。」

マリーは優しく微笑んだ。

「恋って言うのは、儚くてずるくて自分勝手で…それでいて自分変えるチャンスでもあるんですよ。」

確かにそうかもね、と思うとまるで見計らったようにカレーが出来た。

当たり前のようにカレーは美味しくて、渓流下りはお開きとなった。

その夜は何事もなく終わり、お泊まり会は終わった。

Re: 秘密 ( No.186 )
日時: 2016/05/10 20:43
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

〜・25章 夏休みその2・〜
「っで…どうして渓流下りをしてすぐ海でお泊まり?」

渓流下りは泊りでカレーを食べた後も予定通りマリーの別荘で時間を潰した。

とても広い別荘だった。

リンが小さいと言ったことや他の別荘は父が使っていて…と言った2人の台詞に驚いた。

2人ともどうやらお金持ちらしい。

「それは使いの人を何回も呼ぶよりもそのまま行った方がよろしいでしょう?」

「驚いたな、お前に人を気遣う心があるとは。」

リンがふざけ半分で言った。

「失礼な。」

と言いながら頬を桃色に染めていた。

どうやら使用人は車で寝泊まりしているらしい。

そう思うと少し気の毒だ。

「着いたよ。」

そこに圭の声が重なる。

いつもと変わらない光景。

車の窓から綺麗な海が見えていた。

「わぁ!!」

思わず歓声が漏れる。

「アリス、子供っぽい「ですわ」」

マリーとリンの声が重なる。

あっ…と声を挙げると俯いた。

やっぱり傍から見てもお似合いだ。

2人ともおしとやかな雰囲気を持って…物静かで秀才という感じがする。

実際頭は良いのだが…

早く告白すればいいのに…と思わなくもないがそう簡単なものでもないのだろう。

断られたらもう一生姿を見ることも叶わない。

恥ずかしくて自分のことを嫌になりそうだ。

圭と置き換えるとかなり恥ずかしい。

想いを告げずに終えるつもりはない。

今は出来る限りの努力をして距離を縮めてからだ。

今のままでは断られるのは目に見えている。

恋は初めてだし良く分からない。

「今日はちゃんと泳いでくださいね、アリス。せっかく水着を買ったのに着ないなんてもったいないですわ。」

「「水着!?」」

「わ、分かってる…」

キッと男子陣を睨む。

今更言えない…泳げないなんて…

車を降りると女子は別荘、男子は車の中で着替えた。

「お待たせ…」

大きなパーカーを着た。

いつも愛用していて少しだぶだぶなのが丁度いい。

「ほらほら!!」

マリーにせかされ仕方なく脱ぐが恥ずかしくてすぐパーカーを着た。

水色と白のボーダーと言うシンプルなデザインだ。

だがお腹を出すのは恥ずかし過ぎる。

「見るな…!」

と思わず反射的に叫んでしまった。

マリーはなだめるように、リンはやれやれと言った様に、そして圭は…

「なに!?」

「い、いや…似合ってるな…と…」

顔を赤くしながらパクパクと何も言えず口を動かすとやがて唇をかみそっぽを向いてその場を離れた。

パラソルが置いてある私達の本拠地に腰を下ろす。

とても嬉しかった。

手を頬や口に当て顔を覆い隠そうとする。

どうしてかこう言うところでは顔を覆い隠したくなる。

きっと私は今顔が真っ赤なのだろう。

でも何故か顔がにやけてる気がするのはきっと苦笑い以外の何もないのだろう。

でもとっても心地いい熱。

水着を買って良かった、と思いながら嫌々何を言っているのだろうと頭をブンブン振った。

これが恋なんだな…

面倒だけど…この熱が、この気持ちがとっても気持ちいい。

ずっと感じていたいって思う。

「あ〜あ…」

ブルーシートの上に横になる。

「恋って…大変なことしちゃったな。」

でも楽しい。

こんな気持ち、自分の中にあったのかって思う。

沢山の自分の知らない気持ち、そう言ったものに出会えるのがなんだか楽しい。

ふふ、と小さく笑う。

こうやって葛藤したり、恥ずかしくなったり、自己嫌悪したりもするけど。

ほっとするような気持ちになる。

これ以上ないくらい安心する。

私が求めていた。

皆と再会するのが夢だった。

でも今は…ずっと圭の隣にいたい。

皆と一緒にいたいという夢と同じくらい大事な夢。

ずっと求めている。

安心を。

誰かに愛されようなんて思ったことはなかった。

だってそのための努力など何の価値もないから。

他人に好かれることに価値など無いから。

でも…皆に必要にされて好かれると私はそんなこと忘れてしまう。

安心する。

それがこんなにも有り難くて温かいものだと圭に恋するまで知り得なかった。

「なんだ、結構楽しいじゃない。」

宙に伸ばした手で空を掴みながらぼんやりと呟いた。

Re: 秘密 ( No.187 )
日時: 2013/12/27 11:53
名前: 雪 (ID: iAb5StCI)

「アリス。」

目を閉じて気持ちよく眠りかけていると圭の声が振りかかった。

「わっ!?」

今一番会いたくない相手だったし、急に声をかけられたので驚いた。

「向こうに海の家があるけど行く?」

「驚かすなよ。心臓に悪い。」

「悪い。それで行く?」

「行く。」

どうせ泳がないので退屈していた。

海の家まで行くと貝や貝を使った飾りが置いてあった。

貝のネックレスを1つと焼きそばとかき氷を買うと焼きそばをもった圭が待っていた。

「待たせたな。」

ふと目に留まったのは貝の腕輪。

圭がつけていた。

「綺麗…」

先程は気付かなかったがそんな腕輪もあったのか。

ブルーシートにつくと圭が腕輪を外した。

「これ、あげる。」

「へっ?ベ、別にいらない!!」

でもそんなことお構いなしに差し出してきた。

渋々受け取る。

腕にはめると満足したように笑う。

「ありがと、圭。」

ネックレスを外して圭に渡す。

「これあげる。貰っといて渡さないのは心地悪いから。」

圭は笑いながら受け取った。

「ありがと、アリス。」

カァッと顔が赤くなった気がする。

「べ、別に!借りは作りぱなっしにするのが性に合わないだけ。」

また宝物が増えた…

圭との思い出。

圭から貰ったイヤリング。

圭と交換した腕輪。

「…一生の宝物だよ。」

そう言ってギュッと腕輪を抱きしめた。

Re: 秘密 ( No.188 )
日時: 2013/12/30 13:44
名前: 雪 (ID: 9RGzBqtH)

ブルーシートの上でのびのびと焼きそばを食べ、かき氷も残りそろそろというところまで食べたところマリーにお誘いの声がかかった。

「アリス、一緒に泳ぎませんか?」

「やだ。」

即答する。

「塩水を浴びるあの感じ、好きじゃないんだ。」

「では、潮干狩りだけでも。それなら濡れませんし、パーカーを脱ぐ必要もありませんわ。」

やはりマリーだ。

ちゃんと問題点を見抜いている。

塩水を浴びるのも嫌いだがパーカーを脱ぐほうがもっと嫌だった。

「…それなら…行く。」

渋々立ち上がり、サンダルをはき海辺へ歩く。

「ここら辺がアサリがとれる絶好スポットなんですよ。」

圭から貰ったイヤリングを外してパーカーのポケットに仕舞う。

波打ち際を砂を軽く熊手でかきながら砂を柔らかくするつもりで移動。

しばらくして波がきたら、砂より軽いアサリが浮いてくるので、大きいのだけを拾って歩く。

アサリの取り方は心得ている。

時々お腹がすいた時海が近い家に引き取られた時はよくご飯を抜かれたのでその関係で無理やりだが覚えた。

おかげで多少の断食は出来るので少しは感謝している。

「取れたらこのバケツに。」

「はーい。」

軽く返事をするとマリーはそのまま海に入っていった。

海…か…

それからアサリがバケツ一杯分取れた。

「あ〜あ…つまんない…」

もうすっかり馴染んで違和感がない。

でも今でも少し怖い。

また皆が突然いなくなるかもって。

そんなことを考えても仕方ないことは知っているが何度も思い返してしまい、すごく怖くなる。

「もう…あがろ。」

バケツを持ち上げ、イヤリングを探す。

「…あれ?」

イヤリングが片方足りない。

多分しゃがんでアサリをとっている間に落ちて波に…

ドクンッと心臓が跳ねる。

慌ててパーカーを脱ぎ捨て海に飛び込み手探りで探す。

とても小さいイヤリングだ。

もう遠くに流されているかも…

でも…圭から貰った大事なイヤリング…!!

海水が目に入る。

「———————っ!!」

涙が少しだけ流れる。

泣いてなんていられない。

探さなきゃ…

「—————————————っ!!!」

足がつった。

頑張って踏ん張るが気付かぬ間に足の届かないところまで来ていたようだ。

「あっ…」

ドボンッと体が海に沈む。

いつもなら大人しくして浮かぶのを待つところだ。

だが今は動揺しまくっていた。

バタバタ暴れるほど沈んでいく。

「————っ」

声もあげられず沈んでいく。

Re: 秘密 ( No.189 )
日時: 2013/12/31 10:51
名前: 雪 (ID: BnjQrs2U)

息が…出来ない…

気付くといつの間にか足掻く手の動きものんびりとしてきている。

少しずつ浮かんでくる。

段々はっきりする頭。

ああ…大人しくしていなければいけないのだっけ。

その時海の底で光るものを見た。

あっ、と声に出したつもりだが声の代わりに泡が吐き出される。

浮かびかけた体を海の底に向ける。

泳ぎは実はあまり得意ではない。

だがあのイヤリングだけは手放せない。

手を伸ばす。

だが憎らしいことに手が届かない。

あと…少し…

後5㎝…4㎝…

息が…!

後…少し…!!

ガバッと水をかく音が辺り一面に響く。

「ゲホッゲホッ…!!」

酸素を求めていた体が酸素を得て息を精一杯する。

気付かぬ間に結構潜っていたようだ。

息が荒い。

「2日で2度もおぼれるなんて君、天才。」

その声は誰よりも1番に聞きたくて…

今までもこれからも求め続ける声。

「別におぼれてたわけじゃないよ、圭。」

見上げると私を軽々と持ち上げる圭の姿。

凄く頼もしくてカッコいい。

「なにしてたの?」

「探し物。大事なもの落としちゃって。」

ニコリと笑う。

こんなことになるのならイヤリングを落としたのも正解かもしれない。

高校に入ってから馬鹿なことを考えるようになったな。

「見つかった?」

「勿論。」

手のひらを開くとそこには圭に救いあげられる前に掴んだ大事な圭のイヤリング。

きらきら光っている。

「綺麗…」

可愛らしい笑顔を向けられ圭が赤面をする。

だがアリスはイヤリングに夢中で気付かない。

「何?見せて。」

「内緒。」

再び圭が赤面した。

するりと圭の腕から逃れると圭と一緒に沖まで歩く。

パーカーを拾い上げるとすぐに羽織った。

そういえば水着のままだった。

思わず赤面する。

「でも驚いたよ。浮かんだと思ったらまた自分から飛び込んだから。
よっぽど大事なものだったんだね。落し物。」

「うん、とっても。…でも助けてくれて有難う。嬉しかったよ。」

真っすぐなアリスの視線。

いつもと変わらない。

「でもアリス…もうちょっと太った方が良いんじゃない?身長もちょっと低い様な気もしなくないし…」

それは当然といえば当然なような気がする。

親戚たちからの仕打ちの数々。

それはアリスを痛めつけると同時に鍛え上げていた。

体重が増える訳もなく、身長も飛びきり高くのびる訳でもない。

でもそれでも平均並みの身長ではある。

「圭が高いんだよ。」

といっても圭とは身長の差は5㎝あるかないか程度だが。

「そう?」

背を比べる。

頭に少しふれただけの圭の掌。

頬が熱を持つ。

「赤いよ?体冷やしたから風邪引いたんじゃない?」

「ち、違う!それに冷やしてすぐ風邪は引かないでしょう。」

「ほんとに?」

「大丈夫だって!!」

ブルーシートに戻るとマリー達はすでに戻っていた。

「あら、海に潜ったんですか?」

「まぁ…成り行きで…」

思わず苦笑いしてしまう。

「アリス、これを向こうで洗ってきてくださいな。」

アリスが遠ざかるのを確認するとマリーは圭に聞き返していた。

「カナヅチではありませんでしたか?ケイ。」

圭の視線はもう遠いアリスの背中に釘付けだ。

確かにケイはカナヅチだった。

むかしから水泳の時間を最も嫌い、見学を貫き通してきた。

「今日、克服した。」

圭は小さく呟いた。

アリスがおぼれているのに助けられずにはいられなかった。

泳げないとかそういうの関係なかった。

なにより…泳いだ先にあの笑顔があったから。

だから悔いはない。

「そう…ですか…」

全てを見透かしたようなマリーの冷たい声が小さく響いた。

Re: 秘密 ( No.190 )
日時: 2014/01/06 13:38
名前: 雪 (ID: f48TOEiV)

〜・26章 夏休みその3・〜
海に行った後1度ItemMemberの活動のため、テレビ局に向かうと再び出発した。

「次は何処行くんだっけ?」

「もう忘れたんですか?私の別荘ですわ。テニスコート、プールに温泉 なんでも揃ってすべて無料です。
近くには山も海も観光スポットありますわ。」

その台詞に少し違和感を感じた。

「…ん?観光地なの?」

「?ええ。」

ふぅん、と小さく答える。

観光地、か…

嫌なことを思い出したな。

「観光地がどうかしたのか?」

リンの声が耳に届く。

窓の外に目をやりながら答える。

「ちょっとね…。昔の知り合いに観光地巡りが好きな奴がいてね。
…ちょっと…少しだけ思い出しただけ。」

知り合いではなく親戚。

昔小さい時に引き取ってくれて週末や休みごとに出かけていた。

連れていってもらったことはないが。

小さい時のことは覚えていない。

気付いたら日本にいてマリー達と会って、高校になった。

小学校上がる前の記憶が全くない。

親の顔も名前も知らない。

小学校低学年の頃だったかな。

あの親戚はともかく私を嫌っていて散々な嫌がらせをされた。

あの親戚の名前…何と言ったかな。

「着きましたわ。まずは各々で散策しましょう。」

各々、か…

観光地と言ってもたくさんある。

まさかこんな所で会う事もないだろう。

「分かった。」

「柳さん、あれが欲しいの?」

目の前のお土産屋で見た目小学生くらいに見える童顔の持ち主である女の子が両親と友達と一緒に買い物をしていた。

友達は高校生のように見える。

あまりにも不釣り合いな集団だと思う。

だがその童顔の持ち主も実は高校生であることをアリスは知っている。

その童顔な女の子が私を見てあっ、と小さく声を挙げた。

「どうしたの?柳さん。」

「ううん、先に行ってて。」

数人のお友達が先に行くとこちらに声をかけてきた。

「久しぶりね、あんた。」

女の子、花がこちらに向き直り真っすぐにらみ合った。

「お久しぶりです、柳さん。昔はお世話になりました。」

深々と頭を下げ、お辞儀をする。

「お買いもの?」

「ええ。」

頭はあげない。

昔と変わらずガキ大将をやっているようだ。

「良い御身分ね。昔とは大違い♪」

「あの頃は色々ご迷惑をかけました。」

繰り返す。

めんどくさい相手だが根に持っているのかもしれない。

あの時の恐怖を。

私より1つ年上で私より立場が上な花には抵抗できなかったあの頃。

グリグリと頭をかき乱される。

何時もなら遠慮なく払いのける手を抵抗できなかった。

「お久しぶりです、柳おばさん。」

「でもぉ、根っこの方は相変わらず薄汚いネズミ。両親の顔も名前も知らない、小さくて汚いドブネズミ♪」

グリグリと頭をかき乱される。

マリー達だけには見せたくない姿だ。

くっ、と小さく歯ぎしりをした。

その時パシンッと小さな音が響く。

おばさんの手を払いのけた手。

マリーとリンの手だった。

後ろから肩を掴まれ、下げていた頭が上がる。

圭だった。

「…圭…マリー…リン…」

「こんな輩に頭を下げる必要なんてありませんわ。」

マリー…

「アリスは今まで通り顔を上げて」

リン…

「前を向いていればいい。」

圭…

「「「それでこそアリスだから!!」」」

Re: 秘密 ( No.191 )
日時: 2014/01/06 13:38
名前: 雪 (ID: f48TOEiV)

「…皆」

思い出される暗くて冷たくて狭いあの場所。

そこから唐突に開いた狭い扉。

溢れる光。

もうあそこじゃない。

外へ皆が連れ出してくれた。

温かい…

もう…寒くない。

皆が…圭が…連れ出して見せてくれた希望。

あの光を失わない様に…

ぎちぎちと私を締め付ける窮屈な鎖が断ち切られた様な。

振り返ればいつも傍にいた。

もう私は囚われていない。

あの狭い部屋に。

顔をあげていい。

もう自由なのだから。

ふっ、と笑う。

顔を上げるとビクッと花達が震える。

「みっともないところをお見せして申し訳ありません。
ですがもし次に私の世界を壊す様な時は容赦いたしませんので、そのおつもりで。」

パシンッと大きな音がした。

頬が鈍い痛みが走る。

だが笑みは絶えない。

もう俯く必要はない。

「花さん、親の権力なんかに頼らず自分の力で本当の友達を見つけてた方がよろしいですわ。
今のあなたを見ると吐き気がしますわ。世の中そこまで甘くありませんの。」

ニッコリと威厳のある笑みを絶やさない。

「親も親ですわ。もっと辛いことも味あわさせるべきですわ。
子どもは親の所有物では決してないのですから。甘やかすだけが親の仕事ではありませんわ。
親の権力をふりかざす餓鬼は親子揃っていいカモになるだけですわ。」

「っ———————」

再びパシンッと再ほどよりも大きな音が響く。

やはり親子だ。

真っ赤にはれあがる頬を物ともせず笑みは絶やさない。

まるで何も起きていない様にその表情には何の変化もなかった。

「今まで大変お世話になりました。先ほど私がお話になったことお忘れなきよう。」

最後までに笑みを浮かべながらすっと2人の隣をすりぬけた。

「行こう、皆。」

振り返った柳親子は見た。

あまりにも鮮やかに輝くこよみの後ろ姿を。

今でも脳裏に焼きつくあの笑み。

反論も何も受け付けない。

氷のように凍りついていて畏れを抱かせる笑み。

あの時には見せなかった表情。

あの時自分達がしたことであの表情を作らせた。

あの時の経験を足蹴に強くなっている。

あれは軽蔑とかそういった次元を軽く超えている。

「っ!」

今でも冷汗は止まらない。

「この…化け物!!!!」

Re: 秘密 ( No.192 )
日時: 2014/01/06 14:00
名前: 雪 (ID: f48TOEiV)

「化け物!!!!」

柳おばさんの声が後ろから聞こえる。

「助けてくれて、ありがと。」

化け物と呼ばれるのは慣れている。

「あの時、顔を上げさせてくれなかったらきっとあのまま何も変わらなかった。」

友達に裏切られるのなんて慣れっこだ。

あの2人が化け物と呼んだ私と一緒にいてくれるとは思わなかった。

だからお礼だけでも今の内に言っておきたい。

「当然ですわ。」

えっ?

「当たり前のことを言うな。」

「それに2人に物ともせずカッコ良かった。」

「それにしてもあのしゃべり方、真似しないでいただきたいです。
あまりにも不似合いですわ。」

杞憂だった。

何も変わらない。

「どうかしたか?」

化け物と呼ばれても傍にいてくれる。

“化け物”

その言葉を聞くと傍には誰もいなかったあの時を思い出す。

あの冷たくて寒い場所。

「ううん!やっぱり4人で散策しない?」

「良いけど…アリスはまず頬を冷やしたら?痛くない?両方とも真っ赤。」

鏡を覗き込むとバランスよく両方が赤くなっている。

「全然。」

痛みなんて感じないくらい嬉しい。

ここまで傍にいて、光を見せてくれた。

温もりも光も知らないまるで心がないとまで言われた私に心をくれたようだ。

無くしたくない。

「ほいっ!」

ピチャッと両頬に濡れたハンカチが押し付けられた。

片方はマリーで片方は圭だ。

「お似合いですわ。」

「もぅっ!絶対面白がってるでしょう!!」

「救急セット持ってるけど使うか?」

「ちょっ、早く言ってよ!」

こんな風に会話を心おきなく弾ませられる相手もいなかった。

無くしたくない。

絶対に。

皆は私が初めて見た————————希望の光だから。

Re: 秘密 ( No.193 )
日時: 2014/01/06 18:32
名前: 雪 (ID: f48TOEiV)

「ずっとああだったの?」

アリスはとまどった顔をした後言葉を選ぶように考える仕草をした。

「…柳さん達のこと?」

「うん…聞くかどうかは迷っていたところだけど…どうしても気になって…」

今は土産屋。

声をかけてきたのは圭だった。

「ごめん…今の無し。」

「ううん…聞かれたことないから…ちょっと…」

迷っただけ…と彼女は小さく続けた。

それからよしっ、と小さく頷いた。

「昔の私なら…話すのを拒絶したと思う…でも…今の私なら…」

今の…光を知った私なら…

躊躇う事くらいなら出来る。

「どうかしましたか?」

会計を済ませたマリーとリンが様子がおかしいことに気付いたのか声をかけてきた。

「ううん…せっかくだからマリー達にも聞いてて欲しい。
でも今は…まだ心の準備が…着かないから…ごめん…まだ…話せない…」

とぎれとぎれ続けるその姿は暴走する直前の様だった。

ごめん…ごめん…と何度もうわごとのように続けた。

「こよみ、もうういいですわ。今は大人しく休んで下さい。」

マリーに無理やりベンチに座らされると颯爽とリンの手を掴んで走っていった。

「飲み物買ってきますわ。後のことは宜しくお願いします、圭!」

そういって圭だけを置いていった。

「あの…その…」

まどろまどろと躊躇う様に声をかけた。

「ごめんね…」

「もういいよ。その…立ち入ったこと聞いて…ごめん…」

「ううん…大丈夫。大丈夫だから…」

冷たくて硬くて誰もいないあの冷たい所…

…あそこは何処だ?

なんで…私だけ…

「っ———————————————!!」

助けて…

暴走だ。

「アリス!!っ————!?」

♪-♪-

!?

歌…

私の…私と圭の…歌…

涙が頬を伝う。

今…圭の…腕の中にいる———

はぁはぁと荒い圭の息遣いが耳元で聞こえた。

「…大丈夫だよ…こよみ…」

私の頬を伝った涙は圭の肩に落ちた。

「…ありがと…ケ…イ…」

そのままガクッと膝が折れておっ、と圭が受け止めた。

力なく立つことすらも出来なくなったアリスから安らかな寝息が聞こえた。

「全く…無防備だな…」

あまりにも軽いアリスの体を背負う。

「あら…まさかそこまでやるとは…ケイは大胆ですね♪」

いつの間にか戻ってきたマリーがからかう様に笑う。

「…からかわないでよ…」

「手伝おうか?」

「その必要はないよ。」

圭の顔は笑っていた。

背中越しに相変わらず定期的な寝息が聞こえた。

こんな可愛いアリス、他の男に見せたくないし、背負わせるなんてもってのほかだ。

そんな笑顔を浮かべながら別荘まで足を運んだ。

背中には安らかに笑顔を浮かべながら眠るアリスがいた。

Re: 秘密 ( No.194 )
日時: 2014/01/06 23:10
名前: 雪 (ID: f48TOEiV)

〜・27章 アリスの秘密・〜
目が覚めた時にはもう全員寝室に集まっていた。

「話させる準備は万端ってわけか…」

小さく呟く。

「そうかたまらないで。いつもと同じようにしていて欲しいの。」

気丈そうにいつもと同じ調子で話すがその声は震えている。

「アリス…言い出しておきながらなんだけど…止めておく?」

「ううん…話す…話すから…」

冷や汗がどんどんと額からこぼれおちて布団に落ちて行く。

ふぅっ、と深く息を吐くとよしっ、と小さく呟いた。

「私は…」

それでようやくアリスは重い口を開いた。

「私は…親を知らない。まぁそれ事態は問題ないんだけど。」

本当に何ともなさそうな声音で続けた。

「なにより私が気にしてたのは小学校以前の記憶がないんだよ。
何処で何をしていたかすら誰も知らない。幼稚園に行った記録も何処にもない。
誰も幼稚園以降に私が何をしていたか知っている人がいないんだ。」

はっと息をのむ声が聞こえた。

Re: 秘密 ( No.195 )
日時: 2014/01/07 15:40
名前: 雪 (ID: cakHq5Qm)

「母親も知らない、昔の記憶もない私は今思うとよっぽどいいカモだったのね。いじめ終わったらすぐ他の親戚に回す。
学校行かなくても一応食費とかはかかるからね。いじめきったら価値が無いんでしょう。」

だから今までずっとたらいまわしにされてきた。

「ほんの少しだけ私と仲良くしようとした子もいた。
でもいい噂を聞かない私と仲良くして周りの噂がよっぽど怖かったのね。すぐにダメになったりもした。」

施設でも悪い噂ばかり聞く私に引き取り手が見つかるどころか周りの子からも遠巻きにされた。

ゾッとした。

今まであった子たちはそんな表情をしていた。

「母親を知らないのも昔の記憶が無いのも仕方ないこととしか私は受け止めてる。」

理由があるなら仕方ない。

アリスがそう考えるのは知っている。

誰かが遅れても理由があれば何時間でも待つ。

例えその理由が他の友達と遊んでいるとかそう言ったものでも。

人付き合いは大事だもんね、と何時間でも待つ。

もっともそれ以降全員そろって行くと決めた日は誰も予定は入れなかった。

「無いって言ってもどうにかなるものじゃないでしょう。」

強くなければ生きていけない世界。

そのおかげで鍛えられた。

気分が悪いとすぐ子供を殴る大人、ご飯を抜く親、受験のストレスを発散する兄弟、自分より劣る同級生をいじめる子どもたち。

そう言ったものがいるのはよく知っている。

私に普通に実の子のように接してくれたおばさんがいた。

だがその人の夫は変に独占欲がねじ曲がっていて私を階段から突き落とそうとしたり、風呂に沈めようとした。

やがてそのおばさんは私を仕方なく施設にいれた。

親戚というが実際血は繋がっていない。

何処の誰とも知らないおばさん達だ。

だが感覚的には親戚だった。

「楽しくはなかった。けど有意義だとは思った。
勝手に引き取っていじめて勝手に捨てられる。そう言ったことは私だけに起きてる訳じゃない。
行動理由なんて知らない。でも仕方ないとして私は受け止める。」

やがてアリスは遠くを見るような目をした。

その眼には何も映っていなかった。

ガラス玉のように。

心が無い様に。

「仕方ないんだ。世界は理不尽なことだらけ。
悪いことをしてはしてないのに疎まれることもある。
私が悪いんだよ。きっと…————」

何がアリスに仕方ないと言わせているのだろう。

理不尽なことを認めてはいけない。

でも何処までも冷たくガラスの様な眼を見ると…———不思議となにも言えなかった。

そんな言葉ではアリスの闇は消えない。

そんな言葉ではアリスは救えない。

アリスは十分理不尽な世界に足掻き続けた。

そんな世界でも自分は生きると足掻き続けた。

そしてやっと抜け出した理不尽な世界を仕方ないと、受け止めさせてしまった。

何処までも弱い。

アリスを助けることも、もう大丈夫だと未来を開くことも出来ない。

でも何時かきっと…————この世界は光に満ちていることを教えられればいいな。

「約束するよ、アリス。
僕たちはずっとアリスの傍にいる。アリスが困ったり悲しい時は迷わず連絡して良いからね。
アリスが泣いたら何処へでも駈けつけるから。」

アリスは微かに微笑んだ。

でも…どうしてそこまでアリスは生きることにこだわったのだろうか。

いくら今アリスが強くても幼少期は弱かったはず。

希望を見つける前に心を折り、絶望を抱く子ども側に入るのでは?  

なにかアリスを突き動かす大きな何か…

まっ、そんなことを考えても仕方がない。

生きていてくれなければアリスと出会う事もなかったのだ。

あまり変なことは考えてはいけない。

でもそうだとすれば今ここにいることは奇跡なのかもしれない。

「…お母さん?」

アリスが小さく呟いた言葉をケイは聞き逃さなかった。

今日、圭はアリスの闇はとても深いということに気付いた。

Re: 秘密 ( No.196 )
日時: 2014/02/09 16:07
名前: 雪 (ID: 8ru7RWNK)

「…話してくれて有難う、アリス。」

最初に言葉を発したのはマリーだった。

顔には優しい微笑みが浮かんでいた。

「ううん。聞いてくれて有難う。」

「今日は疲れただろう。席を外すからゆっくり休んでおけ。」

そう言ってぞろぞろと寝室から席を外した。

「夕食は後で部屋の外に置いておきますわ。」

皆ぞろぞろと部屋から出る中部屋を出ようとした圭が振りかえった。

「あの…アリス…!」

「圭。どうせ大方母親のことだろう。」

じろりと冷たい視線で圭を見返す。

「いいよ、話すよ。」

そう言うとゴクリと顔を引き締めた。

扉を閉め、圭がベットに腰掛けるのを見るとアリスは話し出した。

「私は…もうどれほど前か覚えていない。
小さな狭くて冷たくて誰もいない部屋にいた。部屋…なのかな?とにかく閉じ込められていたんだ。
そこは小さな窓1つしか付いていなくて…そこから外が見えるんだ。
私はそこで裸足で…ロクなものも着させてもらえずそこにいた。」

何時も思い出すあの場所。

今までいたところで一番恐ろしい。

虐待などは全くなかった。

ただ誰もいなかった。

1日に1回あるかないかくらいで食事が来てそこで過ごしていた。

「そんな時だった。」

少しだけ顔が嬉しそうにほころんだ。

「母にあったのは。窓から手を差し伸べて私に話しかけてくれた。
顔が似ているのですぐに分かった。母だと。本当にそっくりだった。
小さくて狭い窓。私は出ることは出来なかったけれどその時はとても嬉しかった。」

彼女は小さなかすれそうな声で…でも愛しそうな声で私に言葉をかけてくれた。

「私の母…彼女は…私に確かに告げた。愛していると。何時も傍にいると。強く生きろと!」

段々声が大きくなるのに気付いてハッとボリュームを下げた。

だから先程の圭の言葉にとても心打たれた。

忘れかけていた思い出を思い出せた。

「だから…」

小さく圭が呟いたがその声はアリスには届いていない。

「私は…もう1度で良い。母に会いたい。」

その時が初めてだった。

誰かが私の名を呼ぶのは。

何と呼んだかはもう覚えていないが…

「なら探せばいい。今のアリスは1人じゃないんだから。
マリーもリンも僕もいる。アリスにそっくりならすぐ分かるよ!
アリスみたいに…可愛い顔は目立つよ!」

呆気をとられた。

それからすぐに笑った。

「と、とにかく!!絶対見つけるから!だからアリスも諦めないでよ!!」

「誰に言ってるんだか…私が諦める訳ないじゃない。馬鹿言わないでよ。
だって私は母の名前すら聞いていないのだから。諦めてたまるもんですか。」

笑って滲んだ涙を手で拭う。

「ありがとね、圭。」

ピンッ

いい音が部屋に響く。

「当たり前のこと言わないでくれる?それと無防備にそう言う顔をしない。」

圭に指で弾かれた額を手で押さえながら再びアリスは笑った。

Re: 秘密 ( No.197 )
日時: 2014/01/11 17:02
名前: 雪 (ID: 8vQb.n8e)

「あのね…圭。」

振り返った圭の顔が今までよりもずっと愛しい。

「私ね、アリスって呼ばれるの嫌いだった。
今の今までその理由が分からなかった。でも多分理由は…母が私にくれた名前で呼んで欲しかったから。」

こよみ。

母が呼んだ私の名前。

「でも…圭達が付けてくれたアリスって名前、私嫌いじゃないよ。」

不思議といつの間にかアリスと呼ばれるのに慣れていた。

大好きに…なっていたのかもしれない。

「だから…ありがとね。私をアリスにしてくれて。」

圭達とはいろんな話をしてきた。

今まで誰にも話せなかったことも。

私はそれで救われた。

前よりも今の方がずっとずっと好きになっているような気がした。

「…どういたしまして」

もう決定的だ。

圭の笑顔を見て気付いた。

今までと比べ物にならないほど好きになっている。

もう…認めよう。

もう…楽になろう。

「…好きだよ…圭…」

思い切って言葉にすると急に恥ずかしくなった。

「えっ?」

でもその言葉は圭には届かなかった。

「…ううん…なんでもない…」

まさか…届いてないよね?

「っじゃ、これでね。大人しく寝ててね。」

バタンッと扉を閉めた。

アリスは布団の上に倒れ込み、圭は扉にもたれかかった。

「「まさか、ね…」」

Re: 秘密 ( No.198 )
日時: 2014/01/11 23:33
名前: 雪 (ID: FgxEpiy6)

〜・28章 夏休みその4・〜
圭に告白もどきをしてしまいかけた次の日、体調は驚くほど回復していた。

「もう大丈夫ですか?」

「ピンピン!!話したら逆にすっきりした。」

というかもともと気にしたことはあまりなかった。

それが仕方ない。

それが世の中だと早いうちから痛感出来たから。

それが普通だと思っていた。

他の子が私とは違う、恵まれた生活を送っていても“仕方ない、だって私はこの家の子ではないから”と納得することが出来た。

誰でも自分が可愛い。

他の誰が生んだかも分からない子より断然自分の子の方が可愛い。

それが分かっていたから何も不思議ではなかった。

でも…圭に話した、あの母と会った冷たい場所。

あそこは何処だろうと時々思う。

母にあったことすら覚えていなかった。

うすらうすらで顔までは認識できなかった。

でも、圭の言葉を聞いたら鮮明に思い出せた。

母が言った言葉も。

「おはよ。」

突然後ろから声をかけられ飛び上がる。

「お、おはよう、圭。」

「どうかしたの?それより昨日あの後大丈夫だった?」

変わってない。

いつもとなにも。

良かった。

「うん。ありがとね。」

届いてない。

届いてなくて…嬉しいはずなのに…少しだけがっかりしたような…そんな気持ちになった。

「今日は?」

「えっと…山までゴンドラで行って景色を見ながら散策です。
夜はお祭りがあるみたいなので浴衣を着て町まで降りる、でどうですか?」

誰も反対しなかった。

「丁度いいや。昨日町見れなかったから。」

だが柳親子にあったあの場所に再び赴く気もなかった。

化け物!!————————

思い出す。

昨日の柳親子の言葉。

化け物と言われることは少なからずある。

どうやら私は他の人には無い何かがあるらしい。

そしてそれは柳親子に化け物と呼ばせる。

恐ろしいとは思わない。

いい気味だとすら思った。

あの親子は世の中を知らない。

私が生きてきた世界に比べると甘すぎるほどの世界に暮らしている。

金に恵まれ、力をふるい、無理矢理クラスメートを従順させる。

それの何が楽しいかは知らない。

だがそれでもつめが甘いと時折思う。

人の上に立つにも出来が悪すぎる。

私はここにいる。

もうあそことは違う。

と、思ってもふと時々考えてしまう。

でも私は柳親子と違う世界を生きている。

Re: 秘密 ( No.199 )
日時: 2014/01/12 17:42
名前: 雪 (ID: FMSqraAH)

身分なんて関係ないって、他人事でなら言える。

でもいざ自分のことになるとかなり危うい。

私は1人で生きてきた。

世間知らずで皆に疎まれ何で生まれたかすらわからなくて、そして…———化け物だ。

時々皆といて肩身が狭くなる。

母は私を愛していると言った。

でもそれはもう何年も昔の話。

今はもう私のことを嫌いになったかもしれない。

皆は私より世界を知っていて…皆に好かれて…親に愛されて生まれた。

それはどうしようもないことで。

取り返しのつくことでも無くて。

仕方ないって思っていた。

誰からの目も気にしたことのない私だが胸が時々痛む。

「いこ。」

圭に声を掛けられても時々返事がしづらくなる。

でも出来るだけ…頑張ってみよう。

「…うん!」

皆の背中に追いつきたい。

もう随分先へと進んでいるけどきっと追いつく。

何時か私も世界を知って皆に好かれ、生きている意味を知ることが出来るように。

大丈夫。

きっと何時か追いつく。

不思議とそんな気分になる。

Re: 秘密 ( No.200 )
日時: 2014/11/15 17:32
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

ゴトッと重い音をたててゴンドラが動きはじめる。

各々が歓声を上げる。

だが1人だけ大きな声で騒いでいる。

「動いてる!動いてる!!」

何時も表情の乏しいアリスの顔が熱を持ち、目はこれでもか、というほど開かれていた。

「落ち着け。」

「そうですわ。少し落ち着いてはいかが?それにゴンドラの中では立ってはいけませんわ。」

はっ、と我に帰ると恥ずかしそうに眼を伏せ席に着く。

「もしかして…初めて?」

まだほのかに赤い顔でコクリと小さく頷く。

「こんなに高い所を動くなんて…凄いな…」

外を眺めながら科学の技術に驚く。

「…そういえば…遊園地でも観覧車乗ってないんだっけ?っていうかジェットコースターでも結構驚いてたね。」

思い出したように圭が呟いた言葉にリンが反応する。

「遊園地?」

リンがマリーに事情を話している間に再び視線を外に向ける。

「私はこう言ったところで遊んだことが無いのだよ。高い所なんてエレベーターと階段くらいだ。
だが実際こう言ったものに乗ってみると楽しいものだな。」

修学旅行では予定にゴンドラがあったが、費用を出してもらえなかったため乗ったことなかった。

遊園地だって圭と行ったのが初めてだ。

嬉々としながら目は相変わらずらんらんと輝いている。

そう言ったアリスを見ると何故か少し不思議だが珍しいと思った。

アリスを見ていると自分は恵まれていると、思うと同時に何時か助けたいと思いたくなる。

「アリスって今1人暮らしだっけ?」

「…?うん。」

圭も1人暮らし。

マリーは広い屋敷の別宅で1人住んでいる。

なんでも使用人は邪魔で窮屈らしい。

だが食事の際だけは親と一緒に食べるらしい。

リンは寮暮らし。

そしてアリスはItemMemberのお金で生活費を賄っているとしか聞いたことない。

家がどのようなところかも、聞いたことない。

「狭くて汚いところだよ。ItemMemberのお金は親戚の家に送ってる。」

膨大なお金だが昔お世話になった家に世話になったお金を請求されているため、毎月ItemMemberのお金はほとんどそれに使われる。

食費、学費、電気代、ガス代…その他諸々ぼちぼち返済しているところだった。

「えっ?」

だが圭には初耳だった。

「世話になったからね。お金は返さないと。」

「でもおかしくない?だって…」

そんなにいい扱いを受けた訳でもないのに…

そう続けようと思っていたところを、アリスの声が被さる。

「仕方ないんだよ。あいつらによって生かされてきたのは事実だから。」

その声は反論を一切認めないほど、冷たかった。

あいつらがいなければ、今生きてすらいなかったかもしれない。

それは紛れもない事実だ。

だがItemMemberのことは一応内密にしている。

ばれるともっと揺すられそうだ。

「ぼったくられる程間抜けではないよ。お金はちゃんと餓鬼の頃から勘定してきたから。
全部計算して返済し終わったところには、それ以上のお金は返して無いよ。」

家も知られない様に住所は偽って送る。

間違ったら色々面倒だ。

やっと見つけた激安アパートを追い出されるかもしれない。

食事も最近はかなり節制している。

幼少期から鍛えられているから1日1食あれば満足する。

高校の学費も今はほとんど自分払っている。

バイトにバイトを重ねて何万も稼いでいる。

テレビなどにも出演するためお金は入ってくる。

公立だから私立に比べて学費も安い。

「夏休みだからね、バイトは休んでる。」

包み隠さず圭には話せる。

外から視線を戻すと気付けば全員が聞き入っていた。

「何?」

「アリス…」

バチンッと大きな音が響き渡る。

それでもアリスの表情に変わりはない。

「何?マリー。」

マリーを見上げる。

マリーは顔を真っ赤にしながら半ば睨んでいた。

「もっと…自分を大事にして下さい…」

意味が。

分からなかった。

「は?」

言葉が出なくなったマリーをリンが落ち着かせた。

「アリスがそんなことする必要ない。」

さっきから呆気をとられて言葉が出ない。

「また…食事抜いてるでしょう…アリス。」

やっぱ…気付いていたか…

「アリスが下に立つ必要はないんだよ。アリスはまっすぐ前を向いてればいいって…いったじゃん。」

「…アリスが…そこまで切り詰める必要は…ありません。」

「もっと自分を大事にするべきだ。」

「仕方なくなんてない…そんなことをする必要はないんだよ。
理不尽なことは仕方ないことなんかじゃない。理不尽なことをは認めちゃいけないんだ。」

意味が…

分からない…

「「「アリスはもうアリスのためだけに生きてる訳じゃないんだから。」」」

Re: 秘密 ( No.201 )
日時: 2014/01/12 21:00
名前: 雪 (ID: FMSqraAH)

理不尽なことは仕方ない。

だってそもそも平等な相手ではないのだから。

「本心を言うと…言ってる…意味が分からない…でも」

目を伏せる。

「心打たれたのも本音だ。」

皆が心配してくれたのは本当に嬉しかった。

私は私のためだけに生きてる訳ではない。

マリーや、リン、圭、そして母のために生きている。

それを思い知らされた。

「分かった。私も自分を大事にする。確かに少し根をつめたかもしれない。
でもお金を返すのも筋だと思う。だって本当のことだもの。」

こんなに切り詰めるのにも訳がある。

早めに弱みを無くしておきたい。

「そう言われちゃ…仕方ない。」

でもそれで皆に心配をかけるのは本末転倒だな。

ゴトッと再び重い音がしてゴンドラが止まる。

「迷惑をかけて申し訳ない。これからは気をつける。」

気まずいままゴンドラから下りる。

でも相変わらず私は仕方ないとしか思わない。

だって世の中って言うものはそう言うものだから。

アリスの意思は変わらない。

Re: 秘密 ( No.202 )
日時: 2014/01/13 14:59
名前: 雪 (ID: OK7TThtZ)

ゴンドラを下りると涼しい風が頬を撫でる。

マリーに叩かれた頬がひりひりと痛む。

「私の意見は曲げないよ。」

小さくポツリと呟く。

近くで聞いているのは圭だけだ。

圭にだけなら話せる。

「だって、仕方ないことじゃない。それで皆を心配させたのは申し訳ないけど…でも仕方ないとしか思えない。」

それでも…

「でも…私は私のためだけに生きている訳じゃないって分かって…嬉しかったのも事実だよ。」

相変わらず仕方ないとしか思わない。

それが分かって良かった。

少しは根を詰めるのは辞めよう。

「心配させない程度に…またお金は返すよ。」

早くに弱みを消しておきたかった。

残しておいて後々マリー達に手が回るのを防ぎたかった。

ああいう連中は何をするのか分からないからな。

「忠告有難う。」

「うん…それでいいと思う…」

あの時。

正直自分が情けなかった。

マリーの声に賛同する様に声を上げた。

マリーが上げなかったらきっと声もあげられず自分に嫌気がさすばかり。

「圭といる時が一番ほっとするみたい。」

その言葉に不用意に頬に朱が染まる。

だが全然嬉しくなんかなかった。

僕にはなにも出来ていない。

アリスの心を救う事も…傷をいやすことも…出来ない。

その言葉はむしろ圭の心を傷つけた。

何もできないのに自分に掛けられたその感謝の言葉が…とても重い…

アリスには分かっていた。

自分にはなにも出来ないと思っている圭の気持ちが。

そう言った優しさが好きだ。

目をつぶって…何も知らないふりをすればそれで終わりなのに。

感謝の言葉で救われないのは分かっている。

自分の問題を圭に話して重荷をかけてはいけないのだ。

「圭はちゃんと私のためになってるよ。」

ポツリポツリとゆっくりと圭の体にその言葉が沁み込むように。

「本当に申し訳ないと思っているんだよ。私のことに勝手に巻き込んで。
でも…今まで私には話を聞いてくれる人すらいなかったんだよ?
だから…とっても助かったんだ。」

でも…それが重荷になると分かって話したことには今でも罪悪感を抱く。

重荷を背負う必要のない人間に背負わせてしまった。

酷い奴だ。

分かっていてもついつい頼ってしまう。

話を出来る相手は初めてだから。

それがいかに無責任なことだったか。

「無責任なことって思ったでしょう。」

表情が固まる。

「でもそれってさ…僕がアリスを救えないって思ってるからそういう結論になる訳でしょう。」

じゃあさ…と圭は続ける。

いつもは圭の心を見透かすように次の言葉を当てられるアリスも言葉が詰まった。

先の言葉が予想できない。

「待ってて。何時か僕がアリスを闇から救うから。
待ってて。いつかアリスを助けるから。だからそれまで…待ってて。」

大きく目が見開く。

!?

意味が分からない。

救う?

何を言っている?

どういう意味…

言葉の意味が理解できない。

皆自分のために生きる。

自分のことが可愛くて…自分のために生きる。

他人とは助けるものではない。

利用するためだと思っていた。

私も圭達は私の寂しさやそう言ったものを埋めるために利用していると思っている。

「人は…人を利用するために…私だって…ずっと…」

救うと言った圭の言葉が理解できない。

「アリスの場合は利用じゃなくて必要なのかもしれないね。僕はアリスを必要としているけどな。」

必要…

人は皆寂しさや愛しさを紛らわすために他人を利用する。

でも…必要としているとは思ったことがなかった。

「…うん。…確かにそうかもね。」

そう言って彼女は優しく微笑んだ。

随分と表情が和らいでいる。

再会してから彼女の表情は和らぎ、彩られ続けた。

遠くからマリーが私の名を呼ぶ声が聞こえた。

「行こ。」

Re: 秘密 ( No.203 )
日時: 2014/01/13 15:52
名前: 雪 (ID: OK7TThtZ)

〜・29章 夏休みその5・〜
ゴンドラを下りると一旦別荘に立ち寄り、夜まで待った。

それまで浴衣に着替えたり、おやつを食べて時間を潰した。

必要としている。

その言葉は凄く心地よかった。

時間になると町へ下り、浴衣を見せびらかしに祭に出た。

「似合っているよ、アリス。」

「有難う。」

嬉しそうに笑う。

アリスは圭と。

マリーはリンと。

祭を回ることになった。

お互いの利害が一致してわざと人ごみではぐれた様に装った。

「あのね、圭。私ずっと考えたんだ…圭に言われたこと。」

さりげなく圭と手を繋いだ。

圭はその手を振りほどくことなく優しく包み込んだ。

「そしたらね…」

温かくて…心地いい。

圭と出会って私になにかがもたらされた。

そしてそれは私は1人ぼっちではなく優しくやわらかなものになれたのだ。

それが何かは今は分からない。

でもこれから知ればいい。

「…私は幸せだと思った。」

静かに柔らかな表情をした。

Re: 秘密 ( No.204 )
日時: 2016/07/27 23:35
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

一方マリーは…

「アリス…大丈夫でしょうか…?」

「心配か?」

「ええ…でも…あれで救われればいいのですが…」

そのはずもないと、マリーは分かっていた。

「後はしばらく時間をおくしかない。」

無愛想でぶっきらぼう。

それでいて笑うと可愛くて本当は優しい。

そして…私を救ってくれた救世主。

でも…

「アリスが心配ですか?」

ッ!?

驚いたその顔にはいつもには見られない恥ずかしそうな顔をした。

そう…———リンはアリスが好きなのだ。

そんなこと…とっくに分かっていたのに…今でも胸が痛む。

「…リンは相変わらずアリスばかりを見ていますのね…」

圭はいつもリンの少し先を歩いている。

それはスポーツでも。

勉学でも。

そして…今では恋にしても。

それは幼少期からのくせだった。

病院を経営している家に養子として迎えられたリンは欲しいものは手に入るし、成績もすこぶる良かった。

だが体は少し弱かった。

最初はいつも自分を追い抜く圭に対抗してきた。

頭も運動神経も割と良い圭。

リンは病院の跡取りとして、病弱な養子という引け目を払拭しようと。

あるいは、立場をなくした1人の少年として。

張り合っていた。

今からすれば、子供の様な見栄だったと軽く思うほど幼い感情だった。

けれど当時は本気だった。

ひたすら、がむしゃらに努力して、圭より優れた成績を修めた。

負けるわけにはいかなかったよ。

圭とは背負っているものが違うから。

だが根本的にかなわないと思った。

成績など、形にばかりこだわっている自分がとても恥ずかしくなった。

圭はもっと先を歩いているの。

家や成績や負い目を気にしてばかりの自分が、恥ずかしかった。

それ以降自分の力で生きて行こうと決めた。

病弱がなんだ、負い目がなんだ、養子?だからなんだと言う。

自分のまま、今の両親に恩を返そう。

恥じる事のない様、努力しよう。

周りの為ではなく、自分の為に。

そして圭と争うのをやめて、自分の為に努力した。

今では成績もスポーツも、圭より優秀だ。

根本的に、勝てないと幼いあの日に悟ったから。

それでもアリスだけは譲れなかった。

Re: 秘密 ( No.205 )
日時: 2014/01/13 22:40
名前: 雪 (ID: OK7TThtZ)

何処までもアリスしか見ていない。

目の端にちょこっと写るだけのものかもしれない。

それほどの価値しかないのかもしれない。

でもそれでもアリスは怨めない。

何故ならアリスも大好きだから。

しかし…それでも時々無性にアリスを疎ましく思う。

その度自分が嫌になる。

「マリー。」

「アリス…」

考えていたことが考えていたことなのでどうも顔を合わせ遣い。

「そっちは楽しかったか?」

「ええ。」

良く見ると手を繋いでいる。

リンの表情が陰るのが分かった。

「マリー、私は何があってもマリーを嫌いになったりしないよ。」

「えっ?」

突然の突拍子もない質問に思わず声が出る。

「思いつめた顔をしてた。」

「…良く分かりましたね。」

流石に驚く。

「私に分からないことなどない…って言えたらいいのだが。」

人の心は分からない。

何がいけないのか。

私の何が人とは違うのかなんて私には分からない。

「何を思っているかなんてわからないけど…嫌いになんかならないから。
って、的外れかもしれないけど。」

不思議だった。

その時なぜかアリスの横顔が陰った気がした。

「しばらく…ItemMember、行けないかもしれないけど…心配しなくていいから。」

「えっ?」

だがそれっきりアリスからは何の返事も聞こえなかった。

人混みがアリスへの元へ行かせまいとしているようだった。

何かあると思ったのにその声は人ごみにかき消された。

Re: 秘密 ( No.206 )
日時: 2014/01/13 23:00
名前: 雪 (ID: OK7TThtZ)

花火が上がった。

大きな音とまばゆい光が辺り一帯を覆う。

「しばらく…ItemMember、行けないかもしれないけど…心配しなくていいから。」

アリスの声は五月蠅い花火の音の中でも鮮明に聞こえた。

「マリー、何に悩んでいるか私には分からないけど…私はいつもマリーの味方だから。
自分に自信を無くしても自分を信じて。きっと大丈夫。私を信じて。」

その視線は相変わらず花火に向いている。

「リン、いつも相談乗ってくれて有難う。
リンはいつでも私をしっかりとサポートしてくれたこと、覚えてる。
いつか私もリンをサポートできるように頑張るから。私を信じて。」

花火に向いていた視線がほんの少しだけ圭の方に向く。

「圭。私、気付いた。私は皆を利用してるんじゃない。必要としているんだ。
圭と同じように私も圭を必要とする。皆を必要とする。必要不可欠。」

そして再び花火を見つめ頬を緩めた。

「皆なら…私を見つけて救ってくれるって信じてる。だからずっと待ってる。」

皆の方にハッキリと顔を向けると笑った。

その瞬間狙ったかのように花火が上がった。

その音は喋りかけたアリスの声をかき消したがその口の動きは確かに告げていた。

「少しの間だけ、さようなら。」

そしてその言葉通り、彼女は祭の後から姿を消した。

Re: 秘密 ( No.207 )
日時: 2014/01/14 21:09
名前: 雪 (ID: PvE9VyUX)

〜・30章 アリスの消失・〜
あれからアリスがいなくなって早1週間がたち、学校も明けた。

担任にも詳しい事情は話していないらしくパッとした答えは得られない。

ただ一身上の都合、という理由で休んでいると告げられた。

そもそも夏休みの遊びはItemMemberの活動や宿題があったためかなり夏休みの後半だった。

あのさよならという言葉を残しあれきり連絡は途絶えた。

少しの間だけ、と彼女は言った。

絶対に帰ってくるという意味で彼女はそう告げたのだろう。

しかしこう1週間も帰って来ないとなるとやはり心配してしまうのであった。

「携帯…相変わらず出ませんわね…」

「アリス元々通話代を節約するために一応買ってはいたもののほとんど電源切ってたからね。」

祭で見せたあの笑顔。

花火が上がり終わると人ごみにまぎれてどこかへ消えてしまった。

あの時、追いかければよかった。

気付かない間にまた手の内からすり抜けてしまった。

6年前とは逆の立場。

あの時…アリスはこんなにも辛かったのか。

自分勝手な気持ちで皆アリスから離れた。

例えそれが自分の意思ではないとしても別れを言う時間はいくらでもあった。

それでも自分の事情でアリスと顔を合わせづらいからって突然姿を消した。

そして6年もの間姿を現さなかった。

しかも会ってもまだ子どものように駄々をこね続け、その度に傷つけた。

そう言ったことを思い返すとこんなものまだ序の口だと思った。

まだ1週間しかたっていない。

アリスはこの何十倍も何百倍も傷付いた。

この程度で一体なにをと思う。

だが理屈では分かっていても会いたい。

本心ではとてつもなく会いたい。

会いたくてたまらない。

今までずっとそばにいた。

当たり前の様に傍にいてまた明日、と笑いあってきた。

それが突然目の前から消えた。

掴んでおけばよかった。

無くしてから後悔しても遅い。

手からこぼれおちてしまったものはもう元には戻らない。

アリスは今までずっと虐げられてきた。

あの時もああまたか…とまたいつもの様に納得させていたのかもしれない。

でもそんなの納得できる訳がない。

何処に行ったのかも何をしに行ったのかも何時帰ってくるかも分からない。

無駄に事故にあったのでは…怪我でも…また暴走したのでは。

と無駄に考えてしまう。

今すぐ会いたい。

会って声を聞いてまたいつの様に笑っていて欲しい。

近くに温もりを感じたい。

こういった時自分がどれほどアリスが好きだったのか実感する。

会いたい。

ずっと隣でいつものように声を聞きたい。

笑っていて欲しい。

温もりを感じていたい。

自分勝手なのは重々承知だ。

どれだけ傷つけたのか今になってようやく少しは分かった。

だから…——————今すぐにでも会いたい。

Re: 秘密 ( No.208 )
日時: 2014/01/14 21:28
名前: 雪 (ID: PvE9VyUX)

会いたい。

と思っていたのは圭だけではなかった。

リンもマリーも同じくらいアリスに会いたがっていた。

何時も傍にいた人がいないというのは実に変な気分だ。

朝を迎える度にまだかまだかと携帯を覗き込む。

だが1回たりとも連絡は来ていなかった。

きっと電波の届かないところにいると思い込んでも今度は何をしに1人でそこに行ったのだろう、と逆に不安になる。

不安は日に日に積もる一方だ。

軽音部は相変わらず活動はするものの活気はなかった。

ボーカル不在で活動も進まない。

せめて…と思い作曲だけは辞めなかった。

何時か帰ってきた時のために。

でも本当に帰ってくるのだろうか?

そう思うとまた嫌な方へ物事を考えてしまう。

たった。

1人の人間。

誰だって1度は友達が転校なんてことはあっただろう。

だがそれとは比べ物にならない。

たった1人の同じ人間。

それがいなくなった。

それだけなのに。

どうしてこんなにも傷付くのだろう。

どうしてこんなに心配になるのだろうか。

彼女は自分の身の上話を話した。

悲しむどころかむしろ少し笑っていたくらいだ。

いつも笑って。

また何時かいなくなるかもしれないと時々不安そうな顔にはなるけれど。

乏しい表情に段々笑顔が増えてきていた。

だからもう大丈夫だと思っていた。

だがそんな彼女には計り知れない程の闇を抱えていた。

彼女はそれから真正面に立ち向かい理不尽な世界は仕方ないと受け止めていた。

それが強さと言えるのかは分からない。

それでも自分たちに比べると随分強いと思った。

もし逆だったら耐えられないと。

逆だったらきっと自分は生きていないと。

ほんの少しの話の間に垣間見えた闇がそこまで思わせた。

自分に何が出来るかは分からない。

それでも一緒に闇を受け止めたいと思った。

彼女のいつもリン、と自分を呼ぶ声が脳裏によみがえる。

その度にどうしようもなく胸が痛んだ。

Re: 秘密 ( No.209 )
日時: 2014/01/15 20:24
名前: 雪 (ID: teK4XYo.)

アリスがいなくてホッとする自分がいる。

アリスがいなくなったところでリンの心が変わる訳でもないと、分かっているのに。

アリスさえいなくなれば、と思った。

でも…本当にいなくなるとは思わなかった。

いなくなったらリンとか関係ない。

関係なく私はアリスがいなくなったことを心配した。

それで気付かされた。

私はリンが好きだ。

でもそれと同じくらいにアリスが好きだという事に。

アリスがいなくなったらリンは私を選ぶと思った。

しかしアリスがいなくなってもリンは私を選ばない。

それどころかアリスがいなくなって日に日に圭もリンも鬱になっていくばかり。

そして自分自身もアリスを求めた。

駄目だ。

どうせリンが私を選んだとしてもアリスがいなければ意味がない。

もし私とリンが結ばれるなんて幸せなことがあったなら…まずはアリスに祝ってもらいたい。

何故だろう。

6年前とは既に変わった。

同じなはずがない。

あの時私はリンをとられまい、必死になった。

でも何をしても何もなかった。

リンは私に目を向けることはなかった。

そして何もかも捨てた私は体調を崩し、田舎へ療養に行った。

そう…———あの圭と同じ町。

似たもの同士だった私達は互いに傷口を広げないようにそのことには触れず、言葉も交わさず中学時代を過ごした。

高校になって元の町に戻った。

でもその時ふっとアリスに会いたいと思った。

忘れようにも忘れられなかったアリスとリンのこと。

高校に1足早く行くことになった時に初めて圭が話しかけた。

「向こうに行っても…基地には寄らない方が良い。」

そう彼は告げた。

だがどうしても気になった。

入学するとすぐにアリスとすれ違った。

その時私は忘れていたことを思い出した。

やっぱりアリスに会いたいと。

声を聞くことすらなかった6年間。

そして気付かぬ間にふらふらと基地に行ってしまった。

そこでもまだ彼女は歌っていた。

思わず声をかけた。

振り返った時に見たアリスの顔は今でも脳裏に焼き付いている。

あの時の彼女は変わらず歌を歌いわずかに笑った。

あの顔を私は忘れられない。

いなくなったことを責めながらも帰ってきたことを喜んでいるような複雑な表情をしていた。

また帰ってくる。

たとえ帰って来た後いかに罵倒されようとも最低だと言われても構わない。

アリスがいなくてもリンが私のものにならないのなら…

アリスを失う事でリンと自分自身の心に傷を負うだけなのだとしたら…

傍にいてほしい。

変わってはいなかった。

例え記憶が無くても。

6年前と何も変わらない笑顔を見せてくれた。

一瞬だけ責める目をしたアリス。

でもそれでもアリスは笑った。

例えそれが作り笑いだとしても。

彼女は私の為に笑おうと試みた。

ガチガチに凍った彼女の表情がぎこちなく笑った。

そして彼女は優しく私を抱きしめた。

あの温もりを感じて…私はリンと同じくらいにアリスが好きなのに気付いた。

忘れかけていた好きという気持ちが再び私の中で芽生えた。

それから何度も嫌な気持ちになった。

何度もアリスに嫉妬した。

でもやっぱりあの頃と変わらず私はアリスもリンも好きなのだった。

Re: 秘密 ( No.210 )
日時: 2014/03/28 08:52
名前: 雪 (ID: mhiP6sLm)

そんな3人が心配する中アリスは車で移動していた。

もうゆかた姿ではなくちゃんとした服装をしていた。

動きづらそうにちゃんとした正装で踵もとても高い。

ちゃんとした服なのにその服はとても動きづらくてまるで囚人服の様だ。

罪人が逃げないようにきつく締めつけている。

車も何時まで経っても目的地に着かず、本当に着くか疑わしくなりながらもずっとアリスはゆられていた。

運転手は何を話しかけても返事が無い。

まるで生きていないようだ。

携帯も没収され暇を持て余していた。

「あ〜あ!!」

靴を脱ぎ車の座席に横になる。

無駄に広い車。

しかしそこにはアリス以外の声はなく、ただただエンジン音が静かに空しく響いていた。

皆に会いたいな…

私は自分の意思でここに来た。

それで一体なにを…と自分でも突っ込みたくなる。

でもどうしても来たかった。

だがまさかこんなに長引くとは思わなかった。

ごろごろしてもちっとも眠れそうにない。

それも当然だ。

先程死ぬほど寝たのだから。

体を起こし今度は窓から外も見る。

相変わらず何処を走っているか分からない。

何故なら窓には変なシートが貼ってあって外が見えないように加工されているのだ。

窓は開かない。

つまらない。

♪-♪-

鼻歌を口ずさみながら思い出すのは6年前のこと。

私はあの時確かに皆がいなくなって怨んだ。

でもまたいつものように仕方ない、と自分を納得させて…それでも忘れられなくて未練がましく歌ってきた。

そして実際に皆に再会して思った。

ああ…——————寂しかったのって私だけじゃないんだ…

皆が皆3人と別れを告げていた。

皆は別々に散った。

理由はまだ知らないが結局は皆は誰にも合わずひっそりと姿を消した。

仲間と別れたのは私だけじゃない。

圭やマリーは中学が同じだと聞いたがあの感じだと会話も大して交わしていないのだろう。

むしろそっちの方がつらいのかもしれない。

会える距離にいるのに…言葉は交わせない。

交わせない理由は思い当たるのは罪悪感。

やはり皆は私から離れたくてあの時突然消えたのだろう。

覚えていないから何とも言えない。

でも嫌われることでもしたのか…何をしたのか…見当はつかないが…

私がきっかけで皆は別れたんだ。

私の中の何かが悪かったのだろう。

今更何が悪かったか聞いても答えるとも思えない。

私だけをのけ者にして3人で遊ぶ…何て選択肢もあったはずだ。

それを選ばなかったのはせめてもの優しさなのだろうか…?

私が代償を払うのに自分たちだけ一緒にいるのが許せなかったのか…

今となっては分からない。

歴史は闇の中、とでも言っては大げさすぎるな。

「くだらないこと考えたら余計退屈になってしまった…」

くだらない…

今更何を言っても意味がない。

価値の無いものに私は執着しない。

そうでもなければ生きていけないから。

この厳しい世界で。

はぁ…とまた大きく溜め息を吐く。

「皆に会いたいな…」

そう言って彼女はもう1度溜め息を吐いた。

Re: 秘密 ( No.211 )
日時: 2014/01/17 18:37
名前: 雪 (ID: Q6eb8iXq)

〜・31章 おかえりを言うために・〜
あれから1ヶ月はたった。

それでもアリスは帰って来なかった。

ItemMemberの話も詰まり、仕事は見事に無くなった。

3人は必死になってアリスを探しまわった。

病院、寮、学校、裏道1つ1つも調べまわった。

だが何処にもアリスはいなかった。

「マリー、見つけた?」

「父のコネで色々調べまわっているのですが…」

そういって小さく溜め息を吐いた。

その時スカートのポケットから微かなバイブ音が響いた。

「もしもし!?」

アリスがいなくなってから携帯の反応に鋭敏になり、ちょっとした振動すらもすぐに気付く様になった。

「…はい。はい…了解しました。引き続き捜索に。では。」

しかしアリスから1度もかかってきたことが無い。

電話を切るともう1度小さく溜め息を吐いた。

再び電話がかかってきたのか俊敏に反応する。

「もしもし!?」

「ああ…マリー…?」

「アリス!!?」

えっ、と2人の表情がパッと変わる。

すぐに電話を周りにも聞こえるようにスピーカーボタンを押した。

「あっ…今…ちょっ…野暮用で……らく帰れそうに…な…い…」

電波が悪い様で所々聞こえない。

「アリス!!?」

「…心配…しな…て…いい…か…ら…」

「アリス!?今どこにいますの!?」

思わず大声になって叫ぶ。

いけない。

動揺しすぎだ。

「…ちょ…とね……お父…様……のと…ろに…」

「お父様?」

聞き慣れない単語だった。

少なくともアリスにそう言ったものがいるとは知らなかった。

「…しば…く…帰れそう…にな…から…よろ…しく…」

「「「アリス!!?」」」

それだけ言うと彼女は電話を一方的に切った。

最後の3人の声が聞こえたかは分からない。

だが最後に着る前に彼女がふっと笑った気がした。

それ以降何度彼女の電話にかけても彼女は出なかった。

Re: 秘密 ( No.212 )
日時: 2014/01/18 16:42
名前: 雪 (ID: iaPQLZzN)

あれっきりアリスは再び連絡を絶ち、消息が付かなくなった。

まるで何も起きなかったのように毎日静かに過ぎて行った。

相変わらず3人はアリスを探し回っていた。

アリスに父親がいるとは知らなかった。

いるにしてもコンタクトをとれるほどの相手なら…

何故アリスが泣き叫んだ時に助けに行かなかったのだろう。

何故アリスが悲しみ、苦しんでいた時に近くにいなかったのだろう。

悪いイメージしか思い浮かばない。

いけない。

あったこともなければ話すらも聞いたことのないそんなアリスの父親をとやかく言う資格等ない。

だがあれから1曲も作れず、1回もテレビに出ていない。

3人とも手が付かなかった。

仁科はやれやれと言った顔をしていたがボーカルがいなければ活動は出来ない。

そうして抜け殻のような生活は続いた。

「曲、作る。」

ある時唐突にケイがそう宣言した。

「ケイ?」

アリスは心配するなと言った。

でも今のままじゃアリスが帰ってきたところを逆に心配させてしまう。

「今までの抜け殻みたいな日々は卒業するべきだ。」

「…さすが片思い歴6年。」

小さく呟いたマリーの声は聞かないふりをしよう。

「ええ。そうですわね。」

ずっと気付いていた。

何時までもこのままじゃいけないと。

「いい加減こんな生活にも飽きたしな。」

ケイはいつでも先を歩く。

例え容姿だろうと成績だろうとスポーツまでもが例えケイに勝てたとしても。

根本的なところではかなわないと思った。

「始めましょう。私達の活動を。」

マリーの声を引き金に止まっていた心が動き出す。

Re: 秘密 ( No.213 )
日時: 2016/05/11 02:02
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

それからケイとリンはひたすら曲を作り続けた。

マリーはひたすら楽器に触れ続けた。

アリスは楽譜と音を聞けば1回で曲を覚えられる。

持っている才能の賜物だろう。

アリス探しも欠かさず、だが抜け殻だった時間の全て作曲につぎ込んだ。

歌詞いつもはアリスが決めていた。

だがこれを機に少し3人で考えようと思った。

皆そう言ったものに縁はなかったが、もしアリスに再会できた時伝えたいことを伝えられるように。

「ふぅ…」

疲れたように小さく息を吐く。

あれからもう何曲作っただろうか。

だがその1つ1つはアリスに伝えたい言葉の数だと思うとまだ少なすぎる様な気がした。

そういって次々と曲を作り続けた。

いつか帰ってきたアリスにおかえりなさい、というために。

Re: 秘密 ( No.214 )
日時: 2014/11/15 17:41
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

そんな中アリスは眠っていた。

きつく締められた服ではなく、真っ白で簡単な和服だった。

病衣と言われる服を着ていた。

アリスは真っ白な固くて冷たいベットの中で寝ていた。

アルコールのにおいが鼻を刺激する。

嫌いなにおいだ。

昔入院させられた時に入った病院のにおい。

夜は怖くて心細くて眠れなくなったあの病室。

だが誰も来ないということに気付いたのはすぐだった。

人気配がしない。

ここは…どこ…?

どうして…私は…

それとほぼ同時刻、マリーの携帯が震えた。

「もしもし!?」

相変わらずすぐに出る。

「ああ…万里花ちゃん?」

その声はアリス探しの協力を頼んだ病院の先生の声。

「どうしましたか?」

「万里花ちゃんの言う三田村こよみちゃんらしき人が秘密裏に入院してきた。」

その知らせは今までの報告の中で1番の大ニュースだった。

スピーカーにしたのか携帯からわずかな物音が所々聞こえてきた。

「本当ですか!!?」

そして大声を出した後考えた。

「秘密裏…?」

「ああ…不思議なのはそこなんだよね。
厳ついスーツを着た男たちが連れてきて名前や素性は非公開に預かってくれって。
三田村こよみちゃん…長い茶髪に色白の肌。添付されてたプリクラの写真と瓜二つだ。」

添付したプリクラとはケイとアリスが写っている2人で最初に撮ったプリクラである。

それ以外に写真は残されていなかった。

「非公開にしてくれ…と頼まれていたのに何故…?」

「退院はさせてもいいと言われていたんだ。他にもよく分からないことを言っていたがこの町からは出すなとか。
後…退院させたら後悔するかもしれないけど…とか言っていた。
とりあえず会いにおいで。20分後にロビーで待っているから。」

そういうとマリーは震える手で電話を切った。

聞いていた2人もすぐに反応した。

3人はすぐに基地から飛び出した。

助けて…と言ったアリスの声が聞こえるようだった。

会ったらきっと伝える。

おかえりなさい、と。

Re: 秘密 ( No.215 )
日時: 2014/01/22 19:36
名前: 雪 (ID: dBmUCHou)

〜・32章 お帰りなさいを言いたくて・〜
慌てて飛び込んだ病院ではまだ先生はいなくて。

受付にアリスの名前を告げても不思議そうな顔をされ、先生の名を告げてもしばらくお待ちくださいの一点張りだった。

そしてやっと現れた時は電話で告げた通り電話から20分たったところだった。

現れた瞬間に掴みかかるように3人で詰め寄った。

「アリスは!?」

「おいおい…落ち着きなさい。彼女は少し怪我は負っているが問題はないよ。
少し頭が朦朧としているから会っても話は出来ないと思うよ。」

「頭が朦朧と…?」

苦い顔で先生は頷いた。

その顔が事態がいかに深刻かを測らせた。

「彼女は薬の影響で体に負担をかけているんだ。
何をしたかは知らないが薬の飲み過ぎのせいか、意識がもうろうとしていて会話どころか目を開けることすらできないよ。」

体に衝撃が走った。

なんで…

「薬…?」

「何の薬かは詳しくは分からないが…おそらく感覚を鋭敏にさせる薬だろう。
まだ検査の途中だが…それにしてもすごい量が検出されている。そこまでして彼女は一体なにを…」

感覚を…鋭敏に…?

彼女の父親は…彼女に…なにを…させようと…

頭が真っ白になった。

体が動かない。

何か陰に大きくて恐ろしいものが隠されているような…

関わったら…きっとただじゃ済まない。

そう思わせた。

それでも…アリスは見殺しにできない。

「先生、彼女に会わせてください。」

Re: 秘密 ( No.216 )
日時: 2014/02/06 18:22
名前: 雪 (ID: vMqsnMSf)

声をかけられたのはずっと前だった。

夏休みに入る前だった。

家には電話が無かった。

ある時携帯に電話がかかってきたが着信拒否する度胸もなく、電源を切った。

そしてしばらくするとお父様は使いを出した。

連行しなければ圭達に危害を加えると言った。

圭達には危害をくわえさせないと約束させ、私はお父様のもとに向かった。

しかしそこで待っていたのは地獄の日々だった。

ロクな扱いをされないとは思っていた。

正装をさせられ、長く車に乗って着いたそこでお父様に会う事も出来ず連れて行かれた部屋は牢獄だった。

お父様は私を閉じ込めるように命令するとそれきり姿を現さなかった。

私は粗末な服に着替えさせられ、大きくてボロボロで薄っぺらい布で夜を過ごした。

食事の度に頭がクラクラとして意識が遠のく。

分かっていた。

薬が入れられているくらい。

それでも守りたかった。

ようやく手に入れた今の場所を。

Re: 秘密 ( No.217 )
日時: 2014/02/06 18:22
名前: 雪 (ID: vMqsnMSf)

最初は食事をとらなかった。

断食については幼少期から鍛え上げられていたし、窓からひそかに捨てた。

薬が入っているなんて言うまでもなく分かっていた。

断眠の世界記録として認められているのは264時間12分らしい。

言いかえると11日ちょっと。

しかし最後には幻覚を見はじめたりするらしい。

断食の世界記録としては、49日間らしい。

水とお湯だけで49日間は生きられるらしい。

その気になればその記録に打ち勝てずともその近くまで到達させることが出来ただろうか。

だがここでは水すらも飲めなかった。

水にすら薬が入れられていることを知っていたから。

無味無臭だとしてもこんな牢獄に入れる時点で容易に想像できる。

皆に危害が加わるならここで餓死したって構わないとまで思った。

だが数日で折れた。

というより折られた。

飯をとらねば仲間を殺すと使い越しに言われた。

体内に直接薬を注射されると意識がもうろうとなり、少しずつ食事をとるようになった。

何度もわが身を呪った。

私がいなくなったことで誰かが悲しむのかな?

そう思った。

急にいなくなってごめんね。

これからItemMemberを頼んだよ。

そう言って彼女は笑った。

しかしすぐに響いた皆の声。

頭の中でガンガンと鳴りやまない。

私は…会えない。

皆に会う事が出来ない存在だ。

会えば危害が加わる。

圭ならきっと…自分から巻き込まれに行くだろう。

でも最後に私の我が儘の1つや2つ、聞いても良いじゃない?

私は危害を加えられたくないんだ。

でもそのために私という存在が死ななければいけないというのなら死なせたって構わないじゃない。

でも…心のどこかで思っていた。

きっと私が死んでも救われない。

そもそもお父様は死なせてなどくれないだろう。

ストレートに殺さず生かす理由は分からない。

それでもわざわざここに連れ戻し、食事に薬を入れるなんて汚い真似をする程私は生かされる価値がある。

何度も何度も考えた。

それでも何時まで経っても鳴りやまないんだ。

あいつの…あいつ等の声が…

何時までも頭の中でガンガンとあいつ等の声がこだまする。

どうやったらこの雑音は…この声が…消えるんだ…

再会してまだ4ヶ月。

しかしその4ヶ月の間でもこんなにも…いろんな想いが私の中にある。

・・・どうした?アリス・・・

・・・どうかしましたか?アリス・・・

・・・どうしたの?アリス・・・

やめろ…

やめてくれ…

やめて…!!

どうしたら…

携帯電話。

もしもの時の為に身ぐるみをはがされる前にくすねておいた。

私は携帯は1つしか持っていないと周りに思わせていたが実は2つ持っているのだ。

そして持っている服全てに隠しポケットを作った。

そして隙を見て盗み取った。

もしもの時ように高性能の最新式。

いつあの場所を捨てるか分からないし、何時お父様に連行させられるか分からない。

そう思って常に持ち歩き、何時も充電もちゃんとしてあった。

最近では乾電池で充電できるように出来ている。

充電器も忍ばせていた。

そして皆の番号は頭の中に入っている。

マリーは心配性だからな…きっと探し回っているだろう。

リンは基本的放任主義だけどいざという時は頼り甲斐があってリーダー質。
生徒会長なのもうなずける。

圭は…

考えてふっと笑った。

監視の時間帯は分かる。

皆私を気味悪がって柵の外にびくびくしながら立っているだけ。

「おい…」

声をかけられた相手が自分だと知るとビクッと肩を震わせた。

「書物を持ってこい。私は退屈だ。」

「…お、大人しくしろ!!」

最初は皆偉そうにしていて私に声をかける度にふんぞり返っていた。

だが私が色々とそいつらの素性を当てると気味悪がった。

相手の顔には化け物と書いてある。

「また勤務時間中に酒を飲んだだろう。規則に違反するとお父様が怖いぞ。
お前には家族がいるんじゃないのか?しかも遠くに。
違反したことが知れたら家族もただじゃ済まないだろう?」

「…っな!?」

何故?と顔には書いてある。

「いつもと違ってミントの香りがする。そこまでして隠したい匂い、煙草、または酒。
さらにお前からは微かに酒の匂いがする。しかも新しい。もっと気をつけるべきだな。」

ハッと口に手を当てた。

その顔には驚きが滲み出ていた。

「そして胸ポケットから手紙が覗いている。手紙を出すほどなら遠くに住んでいるのだろう。
そしてこんな闇企業に手を染めるくらいなら知り合いもいないだろう。だから家族と推測した訳だ。
分かったらとっとと書物をとりに行け!!」

怒鳴るとスタコラと階段を駆け降りた。

ここは館で小さな塔の最上階の石で出来た牢獄。

沢山の人をここに招いているがここなら間違っても誰も来ない。

誰でも良かったがなんでも話せるマリーを選んだ。

電話をかけた。

呼び出し音が1回も鳴ったか鳴らないかくらいでマリーは出た。

「もしもし!?」

「ああ…マリー…?」

懐かしい声でつい微笑んでしまう。

「アリス!!?」

「あっ…今ちょっと野暮用でしばらく帰れそうにない…」

声は小さく落ち込んでいたが顔は微笑んでいた。

嘘をつけ。

きっともう帰れない。

「アリス!!?」

「…心配しなくていいから…」

何時までも私になんてとらわれずに。

心配なんてせずに。

今まで通り生きて行けばいい。

「アリス!?今どこにいますの!?」

焦ったマリーの声。

それがなんだか可笑しくて笑ってしまう。

はっ、と手に口を当てるマリーが想像できた。

「…ちょっとねお父様のところに…」

「お父様?」

お父様を思い出すと知らぬ間に声が落ち込んでいた。

行けない。

最後になるかもしれない電話。

もっと明るく。

相応しく締めたい。

「…しばらく…帰れそうにないから…よろしくね…」

学校のことも。

軽音部のことも。

ItemMemberのことも。

最初と最後の電話。

涙がキラリと落ちた。

さようなら。

大好きで儚かった…私の最初で最後の親友たちよ。

Re: 秘密 ( No.218 )
日時: 2016/05/11 02:09
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「「「アリス!!?」」」

3人の声が電話を切る直前に聞こえた様な気がした。

馬鹿だなぁ。

そんなに慌てちゃって。

電源を切ってぼろきれ同然の服の中に隠した。

「…だっ、誰と話していた!?」

「1人言だ。小さいことを気にする奴は心まで小さくなるらしいぞ。」

本を受け取ろうと柵越しに手を伸ばす。

牢獄の中にはすでに何冊も本が積み重なっていた。

まるで図書館の様だ。

毎日のように本を持って来させ、それをよんで暇をつぶした。

しかし食事の後では文字もろくに読めない。

それでも彼女は本をめくり続けた。

まるで何かを忘れるように。

内容が頭に入っているかなんてわからない。

それでも彼女は何かに没頭する様にページを操った。

周りには彼女が涙を流さぬように必死に耐えているように。

ただただ何かを忘れようと。

必死にめくっているようにしか見えなかった。

食事を再び取らなくなったのもその頃だ。

彼女は食事も睡眠も削り、ただただ本を操った。

「どうにでもしろ。」

そして役に立たない私はここに連れて来られた時と同じく唐突だった。

どうせまたお父様の気まぐれなのは分かっていた。

「また…私は帰るのか…人の世に。」

しゃがみ込み本に没頭している私は柵の外側に立つお父様がとても大きく見えた。

とても恐ろしくておぞましい男だった。

どうやらお父様の部下のご慈悲もあってかまたここから出ることになったらしい。

その頃には牢獄には本で埋め付かさんばかりだった。

彼女の周りには本しかなかった。

高く積まれた本は天井に届かんばかりだった。

パチンッと指を鳴らす。

すると本をとり上げられた。

手を伸ばすと素早く注射器を腕に挿した。

するとすぐにうっ、と呻いて気を失った。

そして気付いたら私は病院にいた。

精神病院だ。

お父様の声が辛うじて聞こえた。

「では先生、宜しく頼みましたよ。私にはこの化け物が生きていられても困るがかと言っても死なれても困るのでな。」

「…化け物?そんなの関係ないよ。
僕の仕事は病人の心のケアをすることだよ。それが誰であろうと僕の患者であることに変わりはない。」

「世にはモノ好きもいるものだな。」

お父様のふっとせせら笑う様な声が聞こえた。

「退院させても構わんが、後悔はするなよ。
化け物は我々人間にとってはとても危険なのだから。」

その言葉の直後、自動ドアの開く音がした。

再び自動ドアがしまる音がしたら先生らしき人の声が続いた。

「それにしても…16年くらい前に連れてきたあの子と瓜2つだね。」

そこだけまでを辛うじて聞き取ったら意識が途絶えた。

手に温もりを感じる。

もう二度と感じることのないと思っていた温もり。

それがこの手にある。

重い瞼を上げて目をうっすらあけるともう二度と会えないと思っていた顔触れが目に入った。

すぐに視界がぼやけた。

彼らは私の手を掴むと声をそろえて告げた。

「「「お帰りなさい!!」」」

Re: 秘密 ( No.219 )
日時: 2014/01/22 20:11
名前: 雪 (ID: dBmUCHou)

〜・33章 これから・〜
体が動かない。

声は出ない。

視界も定まらない。

自分の体すらも思い通りに動かせない。

今動かせるのは精々瞼と眼球くらいだ。

声すらも届かない。

マリー達はすでに話を聞いていたのか何も問わずにただ手を握っていた。

冷たいあの牢獄ではなかった温もり。

また…あそこから出られたんだ。

何時また連れ戻されるか分からない。

けれど…外に出られたんだ。

またこいつらと会って、歌って、笑って…

そんなことを思うと嬉しくて涙が出そう。

「…あ…」

小さくて細い声。

「…あ…り…がと…」

それ以上は続かなかった。

それでももう満足だ。

ここには温もりがある。

ここには皆がいる。

ここには幸せがある。

それだけで十分だ。

1筋の涙が流れたような気がした。

彼女は安心しきった様に安らかな寝息をたてはじめた。

Re: 秘密 ( No.220 )
日時: 2014/02/02 18:53
名前: 雪 (ID: 2N56ztaO)

寝息を立てるのを確認するとそっと手を離した。

「ふざけんなよっ!!」

真っ先に声を荒げたのはリンだった。

「リン…お気持ちは分かりますがアリスを起こしてしまいます…」

「なんでっ…何でアリスだけが…!?」

声が出ない。

こんなのおかしい。

そんなの分かっている。

それでも体がすくんで声が出ない。

可笑しいな…

アリスはあんなにも自分に微笑みかけた。

何度もその笑顔に救われた。

それなのにアリスが大変な時には何もできなかった。

「アリスが一体なにをしたって言うんだよ…何で自分の体を動かすことも!
目を開けることも!!声を出すことすら…出来なくならなきゃいけないんだよ…」

いつもは近くで静かにたたずんでいるリンがまるで別人のようだった。

涙まで流して。

その眼には憎しみが宿っていた。

「何だよ…お父様って…」

そんなリンの声は少し荒っぽくて悔しげで…悲しい声音をしていた。

Re: 秘密 ( No.221 )
日時: 2014/11/15 17:52
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「…万里花ちゃんの言う通りだよ。場所を変えよう。ついてきなさい。」

そういって静かに諭されたリンは大人しく先生の後について言った。

ついて言ったその先は先生の診察室らしく真っ白でしわ1つないベットやシンプルな机が置かれていた。

「座りなさい。」

3人がベットに座るのを確認すると先生は静かに重々しく口を開いた。

「彼女はもともと体が弱かったのかい?」

今までの話とほとんど脈絡のない話。

何の話かよく分からない。

確か…彼女は基地に行く時はいつも息切れするし、すぐ疲れるし、立ち眩みもするし、授業中もいつも寝ている。

「…ええ」

「病名は?」

病名…知らない。

そもそも病気だったのかも定かではない。

「いいえ…知りませんわ…それがなにか?」

「いや…」

そう言って先生は近くの看護婦を呼ぶと何かを耳打ちした。

看護婦は軽く会釈するとそのままどこかへと去っていた。

「どうかしましたか?」

「これはあくまで推測だが…検査を重ねなければ断定はできないが…」

おそらく…

と医者は続けた。

「彼女は盛られた薬によって体を意図的に弱められている。」

意図的…?

なんのために?

「彼女はそもそもはとても健康のはずだったんだ。それが薬によって少しずつ体を弱めているようだ。
まだ検査の結果が出ない限りは何とも言えないがね。」

お父様…が…?

なんでそこまでアリスに…

どうしてアリスだけが…

普通の女子高生だったはず。

普通に皆と言葉を交わし、弁当を食べて、部活動をする。

そんな当たり前の生活すらアリスには程遠い。

何時も体が弱くて自由に動き回れず、また何時連れて行かれるか分からない。

そんな不安定で何時壊れるか分からない高校生活。

不安でいっぱいだっただろう。

そんなことに気付けなかった。

そんな生活が奪われ、壊されるまで気付けなかった。

手から既に零れ落ちて粉々に壊れた。

それでもまだ救えるはずだ。

奪われても奪い返せばいい。

壊れたなら治せばいい。

「結果が出たよ。」

いつの間にか先生の後ろにはさっきの看護婦が立っていた。

「予想通りだった…」

その言葉はとても深く心に食い込んだ。

「彼女はいつも薬を使い、体を弱めていたんだ。理由は知らないけどね。」

一体いつ?

朝ご飯?

昼のお弁当?

夜ごはん?

一体彼女はいつ薬を盛られた?

考えると彼女の家すらも知らない。

食事で何を食べているのかも知らない。

「先生、退院は何時頃になるでしょう?」

カルテを見比べながら先生は難しい顔をした。

「う〜ん…この後のリハビリ次第だけど…とりあえずは3ヶ月。」

「断言しましょう。アリスなら1ヶ月未満で退院しますわ。
彼女は誰よりも意地っ張りで負け嫌いですから。」

即答だった。

「ほらほら、そこの男2人も黙っていないで!アリスがこんな理不尽な仕打ち受けて大丈夫だとでも思っているんですか!?」

2人の胸倉を掴んだマリーの顔はすっかり赤くなり湯気でも出んばかり真っ赤だった。

「「…良いわけないだろう…」」

小さくてか細い2人の声。

「「何が何でも助けだす!!!誰になんて言われようともそれだけは曲げられない!!」」

パッとマリーが2人の胸倉を掴んでいた手を離した。

「その意気です。」

3人は再び拳を交えた。

私達の…

目印。

活動開始の合図。

何故だかアリスは1ヶ月もかからずに退院する様な気がした。

Re: 秘密 ( No.222 )
日時: 2016/05/17 05:25
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「アリス?」

クゥクゥと可愛い寝息を立てるアリス。

そこに忍び寄った影は圭だった。

さっきから何も声を出せない。

そのまま帰るには何故か罪悪感が残っていた。

かといって何を話せばいいかも検討は付かない。

今日から1人ずつローテーションで病院に残ろうと話あったうえで決まった。

皆で残ろうと言った考えもあったが気をまわしたのかマリーが今日は圭が残ることを薦めた。

しかし会話もない。

何を話せばいいかも分からない。

「アリス…」

それでも何か言わなければいけないと思った。

「…アリスが今まで…どんな問題を抱えてきたかなんてわからない…それでも…僕はアリスの傍にいたい。」

何を話しているか分からない。

それがいったい何の慰めにもならないことくらい分かっている。

それでも思ったことをまんま伝えたかった。

「…僕だけじゃない…マリーも…リンも…居る。
皆で笑っている…そんな世界があるなら…それを掴み取って見せる。
それが僕の夢だから。」

そのためには…アリスを救って見せる。

「待ってて。僕がいつかアリスを救って見せるから。」

何をすればいいのかも分からない。

それでも分かっていることはある。

アリスだけは守らないと。

それは立場とかそう言ったものじゃない。

たとえどんな相手でもアリスを守りたい。

それは仲間だからとかそういうのじゃない。

男として。

アリスに恋した馬鹿で無鉄砲な1人の男として。

アリスを守るために立ちあがりたかった。

「待っててね、アリス。
例え地球の裏側だろうが、見つけてみせる。救い出して見せるから。」

自分の口から出た恥ずかしいセリフに思わず顔が赤くなる。

「約束だぞ。」

唐突に開いたアリスの視線に思わずドキリと頬を赤らめた。

Re: 秘密 ( No.223 )
日時: 2016/05/17 05:27
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

圭の言葉。

嬉しかった。

とてもとても。

ゴンドラを下りて、風に当たりながら告げた圭の言葉。

・・・待ってて。何時か僕がアリスを闇から救うから。
待ってて。いつかアリスを助けるから。だからそれまで…待ってて・・・

その言葉にどれほど救われたか。

その言葉にどれほど安堵したか。

きっと想像もつかないだろうね。

だからそんな自信無し気な顔を下げて、お見舞いに来たんだろう。

「アリス…」

ほら、声が震えている。

「…アリスが今まで…どんな問題を抱えてきたかなんてわからない…それでも…僕はアリスの傍にいたい。」

そんな顔しないでよ。

そんな声で話さないでよ。

そんな情けないこと言わないでよ。

「…僕だけじゃない…マリーも…リンも…居る。
皆で笑っている…そんな世界があるなら…それを掴み取って見せる。それが僕の夢だから。」

うん。

分かってる。

私もそんな世界を掴み取りたい。

私も頑張るよ。

圭の夢を守れるように。

「待ってて。僕がいつかアリスを救って見せるから。」

うん。

分かってる。

やっぱり大好き。

大好きだよ、圭。

「待っててね、アリス。
例え地球の裏側だろうが、見つけてみせる。救い出して見せるから。」

うん。

待ってる。

私を見つけられるって。

救ってくれるって。

信じてる。

「約束だぞ。」

信じてるから。

何処にいても私を見つけてくれるって。

闇の中から私を救ってくれるって。

誰もが笑っている様なそんな世界を掴み取ってくれるって。

信じるから。

何時までも。

Re: 秘密 ( No.224 )
日時: 2014/03/30 12:41
名前: 雪 (ID: DNCcZWoc)

〜・行間 伝えたいこと・〜
「お、おおおお…起きてたの!?」

「うん…流石にあれだけ寝れば目も醒めるよ。」

恥ずかしいセリフを散々並べ立てて真っ赤な圭。

…少しだけ可愛い。

よいしょ、とベットに手を突きのんびり体を起こす。

だいぶ回復しているようだ。

「何?あんなに恥ずかしい言葉はもしかして嘘だった?社交辞令だったの?」

「…違う…けど…」

「何?聞こえない。」

意地悪なアリス。

何処までも笑みを絶やさない。

「嘘じゃないよ!絶対に助けて見せる!!掴み取って見せる!!」

大声を出してからハッと口に手を当て、恥ずかしそうに顔を赤らめた。

ふっ、と笑う様なアリスの小さな声が聞こえた。

「…その意気だよ。」

ポンッと圭の肩に頭を預ける。

温かい。

「もっと自信持っていいんだよ?私…信じてるから。」

それからグリンと圭の方に顔を向ける。

相変わらずの笑顔がそこには合った。

「何処にいても見つけて、助けてくれるって…信じてるから。
圭はこの三田村こよみさんを救ってくれた恩人なんだから。胸を張りなさい。」

安らかに目を閉じた。

薬の影響なのか少しだけ荒いアリスの息遣いが肩越しに伝わる。

ゆっくりと圭の背中に手を這わせる。

久しぶりすぎて。

愛しすぎて。

涙が零れそうになる。

「…会いたかった…圭…」

泣きそうな声。

そぉっと…アリスを抱きしめる。

気付かぬ間にまた痩せた。

2人抱きしめあった。

そのままどのくらいの時間が経ったのだろう。

お互いそれっきり動かず、時間が止まったように感じられた。

2人だけの。

今だけの。

特別な距離。

特別な時間が過ぎていった。

やがてしばらくすると再びアリスの寝息が聞こえた。

くぅくぅ…

アリスをベットに戻す。

また軽くなった。

頬もこけた。

それでも青白かった頬に少しだけ人間味が戻ってきた。

「…全く…」

静かに圭は呟いた。

「無防備にそんな顔しないでって言ったのに…」

何時か自分にコントロールが効かなくなるかもしれない。

いつもどれほどアリスに触れるのに覚悟がいるのか分かっているのだろうか?

それをやすやすと…

思わず呆れる。

いや…

さすがアリス…と言うべきなのかな?

アリスのお願いだもんね。

・・・何処にいても見つけて、助けてくれるって…信じてるから・・・

・・・圭はこの三田村こよみさんを救ってくれた恩人なんだから。胸を張りなさい・・・

そう言われたら…

助けるしかないじゃない。

「…あたりまえだよ。」

助けて見せる。

掴み取って見せる。

アリスに恋をした1人の男として。

アリスを全力で救って見せる。

Re: 秘密 ( No.225 )
日時: 2014/01/26 18:16
名前: 雪 (ID: sZ1hvljX)

〜・34章 リハビリ・〜
それからアリスは着々とリハビリを始めた。

毎度行くたびに圭達がお土産を持ってくるのでこけていた頬も段々元に戻り始めた。

「また今日もリハビリお疲れです。」

「うん!やっぱりマリー達のお土産の方がずっと美味しいや!!
やっぱり病院食って味気なくて…」

ガツガツと持って来られた果物に噛り付き、貪り食った。

「意地汚いですわ…アリス。」

「頬に果汁が付いているぞ。」

頬に手を伸ばしぬぐおうとしているリンの手より早くアリスは自ら頬の果汁をぬぐった。

「んっ、サンキュ!」

リハビリを初めて1週間もたたず、もうだいぶ回復していた。

むしろ先生にリハビリを少し休むように言われていた。

「退院は相変わらず3ヶ月が目安だけどね。」

ガツガツと手は止めない。

相変わらず体はなまって動かないが喋ることには問題はないし、ても問題はないし、座ったり横になっている分は問題ない。

しかし歩く、走るときたらまだまだだ。

1週間とすると相当頑張った。

ゴクンッと林檎を飲み込むとハァ〜ッと大きく息を吐いた。

「早く外に出たいなぁ…外に出て歌って…学校に行って…ItemMemberにも早く参加したい。」

気付けばもう10月。

会ってから半年。

失踪から1ヶ月ちょっと。

それがまさか入院1週間で元に戻るとは…

少し食べ過ぎの気があるな。

歌にはすべて目を通し、覚えている。

しかし病室であるため歌えてはいないのだ。

「また屋上行きたい!連れてって!!」

看護婦や医者には内緒だ。

見つかってしまうと文句を言われるかもしれない。

足がおぼつかないため、肩を借りて行ったり車椅子を失敬する。

だが足が良くなってからはほとんど車椅子を借りることは無くなった。

肩を借りながら屋上にたどり着くと3人を振り切り、自分の足で走り出す。

♪-♪-

歌いながら走ってべしゃっと転ぶ。

「ちょっ…!?焦り過ぎ…だって…」

えへへ、と笑う。

1ヶ月前とは全然違う生活。

裏と表。

真逆で。

でもそれがアリスの居る世界で。

表での顔。

裏の顔。

あまりにも違って。

それが不思議で。

何故か魅入ってしまう。

Re: 秘密 ( No.226 )
日時: 2014/01/26 21:33
名前: 雪 (ID: sZ1hvljX)

歌って歌って歌う。

気が済むまで歌う———というよりリハビリの時間だという事をマリー達が知らせなければ終わらない。

「アリス…リハビリの時間ですよ!!」

♪-♪-

振り向くがまだ歌うのを止めない。

その顔にはあと少しと描かれていた。

リハビリについて先生に聞いてみてもとても過酷でハードなものを受けている割に彼女は何も言わず淡々とこなしているらしい。

無理をするなといくら忠告しても彼女は笑って断った。

むしろもっと増やしてくれとせがまれたくらいだ、と笑っていた。

このままでは本当に1ヶ月以内に退院出来るかもねと苦笑いしていた。

♪-♪-

歌い終わると再び肩を借りて下りて行った。

ちゃんと周りに人がいないかマリーに調べてもらう。

本当なら無理はダメだからと杖は貸し出されなかった。

もしこんなところ見られたら出入り禁止になってしまう。

病室に戻ると病衣から検査衣に着替え、検査を受けに向かう。

するとなんと固定歩行器なるものを使う様にと勧められた。

その後リハビリで手すりにつかまりながら歩く、と言った軽いリハビリを2時間ほどすると早速固定歩行器を使って病室に戻る。

夜にもまだ3時間ほどリハビリを入れている。

することも無くて暇を持て余す入院生活から抜け出すためにリハビリに打ち込んでいる。

入院生活で一番いいことはマリー達と会えることが特別だって実感すること。

一番いやなのは先生のお説教。

それも目安3カ月とは面倒な…1週間で終わることは1週間でやるべきだ。

そう言ってまた小さく溜め息を吐いた。

Re: 秘密 ( No.227 )
日時: 2014/01/27 19:09
名前: 雪 (ID: p0V5n12H)

1週間で終わるなら1週間でやるべきだ。

休みも大事だと言うが私にはその言葉の意味を理解しかねた。

早いに越したことは無い。

「先生、退院は何時頃になります?」

毎度リハビリの後に聞く。

「う〜ん…今のところ1ヶ月と言ったところかな…」

聞く度に着々と短くなる。

「1週間。」

「君ねぇ…いつも言ってるけど1週間なんて無理だから…」

毎度言うたびに呆れられる。

「まだ固定歩行器使ってようやく歩けるくらいでしょう?」

そもそもこんなに身体が不調を訴えるのは薬の使い過ぎもあるがそもそものあの牢獄に長く囚われたからだ。

ずっと座って本を読むだけ。

それで走るなんてもってのほかで歩くことも出来ずただただ座っていた。

「君が歩けないのは精神的ショックのせいでもあってそれは時間をかけて療養するものなんだよ…」

といっても…彼女にはそう言った症状はほとんど見られなかった。

「ただでさえ出席日数が崖っぷちだって言うのに…」

テストの時の様に休むことは稀だがこんなに何ヶ月も空けて…

夏休みの宿題を終えたことだけが唯一の救いだ。

マリーのことで悩んでいた時も何日か学校を休んだ。

はぁ…と小さく息を吐いた。

「分かったよ…君の熱心さに負けたよ…」

歩けたら退院しても良いよ、と先生は笑った。

もう固定歩行器なんだ。

「あと1週間もいらない。5日もあれば十分。」

しかし3日後にはアリスは退院した。

Re: 秘密 ( No.228 )
日時: 2014/01/28 20:11
名前: 雪 (ID: nrzyoCaD)

一応松葉杖は持っているものの使わずに軽やかな足取りでアリスは病院を後にした。

マリー達がサプライズでクラッカーを鳴らし、車でお出迎え。

入院する前と退院した後でここまで世界は色が違った。

クラッカーを鳴らした影響か多少周囲は火薬臭い。

「「「退院おめでとう!!」」」

そう言った3人の声が今でも頭に響いている。

そのまま一度仁科に会いに行くと説教を喰らった。

その後やれやれと言った顔で

「3日後の19時から。」

と仕事の日程を告げて解散となった。

それからわざわざ見送ってくれると言い出した3人を連れてアパートへ向かった。

久しぶりに帰ってきた部屋には埃が積もり、汚い部屋がさらに薄汚くなっていた。

「あちゃ…窓だけでも開けておくべきだった…」

しかし3人が驚いたのは部屋の汚さだけではない。

とても狭かったのだ。

台所とトイレは付いているものの部屋そのものは三畳あるかないかレベルだった。

とても狭く布団はたたんではあるものの押し入れも無いためそのまま放置され、埃を被っている。

辺り一面には楽譜やCDが積み重なられていて部屋を陣取っていた。

服も畳んでじかに床に置かれ積み重なっていた。

制服のシャツすらも床に置かれていた。

よく見るとハンガーが1つもない。

布団も薄い毛布だし、敷布団と言っても体育館のマットのように固かった。

「ありがと、また明日学校で!」

松葉杖を放り出して片付けに勤しむ。

こんな部屋。

あんな生活。

気付かれたくなかった。

圭にだけは。

私には人として足りないものが多過ぎる。

それでも皆に会ってから半年。

たったそれだけで自分にはこんなにもいろんな感情が芽生えた。

マリーと再会し、嬉しくて涙を流した。

マリーと一緒に2人を探した。

圭と再会して駆け出したね。

2人で一緒にピアノを引いたね。

リンに認めてもらうために歌を歌った。

リンと喧嘩もした。

マリーと恋バナをして。

リンと語り合って。

圭に恋をして。

どれもこれもが私のしたことのないことばかりだった。

「アリス…私の家に来ます?」

「マリー…」

何時かは言うと思っていた。

お父様のところにいて先生から話を聞いてから3人の行動は推測できる。

薬を盛られているかもしれないその中で誰かの家にかくまった方が良いと思われるだろう。

そして止まるなら普通に考えてご令嬢であり、女の子であるマリーの家。

「…大丈夫。片付ければ使える。」

「そうです、か…」

あからさまに落胆している。

はぁ、と小さく溜め息を吐きかけてやめた。

「…でもお泊まり会くらいならいいよ。」

ニッコリ笑う。

「ちょっと待ってて。今準備するから。」

荷物を準備しようと手を伸ばしたその矢先だった。

パリンッ

窓ガラスが割れた。

破片は宙を舞いアリスの頬を掠り、傷から血が流れた。

CDの上に何かが落ちたようでパリンッと小さな音がした。

正体は石だった。

「なっ…!?」

ちっ、と小さく舌打ちする。

私を遠巻きにし、嫌がらせをした人は数知れずだ。

大方父の部下だろう。

見張りを言いつけられているのだろう。

そして何のつもりか石を投げてきた。

全くくだらない。

向かいの建物に人影が見える。

父の使いの分際で拳銃じゃないだけまだましなのかな?

ちっ、と再び舌打ちをする。

「どこかの子の悪戯みたい。全く困ったものだな。」

そう言ってそろそろと立ち上がった。

3人に無理やり帽子をかぶせ、近くにあったもので適当に顔を隠すと胸倉をつかみ引き寄せた。

「…いいか?ここを出たら誰にもつけられないように家に戻れ。くれぐれも顔を見せるな。
いざという時は基地が集合場所だ。」

そう告げると手を離した。

何か質問しようとそれをねじ伏せ大声で叫んだ。

「逃げろ!!」

3人は一斉に飛び出した。

私も腰を上げるとお金を大家のポストに余分に入れておき、アパートを後にした。

Re: 秘密 ( No.229 )
日時: 2016/07/29 19:26
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

〜・35章 マリーの家・〜
あれから特に何の変哲もない日々が過ぎた。

頬の傷も少しずつ癒え、何事もなかったように時間だけが流れた。

しかしそれ以降行く場所がなくなった私は保存していた寝袋でスタジオの床で寝た。

貴重な荷物は普段から別に管理し、楽譜やCDも隠してある。

制服も荷物の中に入れておいたのは実に正解だった。

念のためというのは侮れないものだという事を痛感した。

マリー達の家もとりあえずは何も起きていないようだ。

それはまだあいつらが動き出していないのか、3人とも撒くのが上手かったのか…定かではない。

あれから学校には行っても行かなくても変わらないと思い登校はしていた。

文化祭が11月初頭に行われる。

そのため学校も賑わっており、夏休みの前と後では随分様子が違った。

軽音部は舞台でステージをすることが決まっていた。

出店は私のクラスはスムージーだ。

面倒であったことは事実だが、その裏腹に初めての文化祭に心躍っていたのも事実だった。

しかしあんなことがあってからは、私は果たして文化祭に出ていいものか考えた。

あいつ等の腕なら狙いは外さないだろう。

しかし私が世話になった高校だ。

私を殺しはしないが、誰か被害者が出るのも気が引ける。

世話になった高校に恩を仇で返す様なことが、やすやすと出来るほど神経は丈夫ではない。

父は私を必要としている。

それと同時に恐れている。

父は権力を握った裏稼業の人間。

そのお偉い方。

何が狙いかは知らないが、そのためなら誰を殺しても構わないとは父らしい。

私になんの価値があるかなんて、知らないし知りたくもない。

それでも裏稼業に生きる限り欠かせないものらしい。

今は物騒な時代だからな。

どんなものでも絶対の保証は無い。

何時手から抜け落ちるか、なんてわからない。

だからこそ守っていたい。

なのになんで、こんなに迷惑をかけてしまうのだろう。

あいつらなら笑ってくれる。

それでも私が私を許せない。

私があんな父のもとに生まれなければ…

あんな呪われた世界に生きていなければ…

普通の女の子だったら…

誰にも迷惑をかけずに皆の隣にいれた。

でも私はこうして。

三田村こよみとして生まれた。

だから私は全うする。

母がくれた愛。

友情。

今まで受けてきた悪意も善意も。

私は全部私の胸だけに仕舞って生きて行く。

たとえ皆の隣にいれなくても。

そんな覚悟はとっくの前に出来ていたはずだ。

それがたとえいくら揺らいでも。

いざという時は。

絶対に受け入れなければいけない。

だから…

せめて今だけは。

皆の隣にいたい。

例えいつか別れる時があっても。

・・・アリスが何処に行っても見つけ出して見せる。救い出して見せるから・・・

圭の言葉が脳裏に浮かぶ。

その言葉を聞いた時から。

思い出すだけで。

胸が満たされる。

温かい気持ちになる。

信じてる。

何処へ行ってもきっと見つけて救い出してくれるって。

Re: 秘密 ( No.230 )
日時: 2014/11/15 18:13
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「アリス…やはり私の家に来て下さい。」

「なんで?」

「今日、学校が来る途中で見ました。
アリスの住んでいたアパートが家事になっていたところを。」

今まではあまりなかった。

とりあえずの脅しだろう。

逃げないように。

暫くは何もないはずだ。

おそらく、だが。

私の居場所をどんどん奪い、残された狭い牢獄に追い込みそこから1歩も外に出させないようにしたいのだろう。

あのアパートの部屋で見つけた手紙。

あれも燃えてしまったか。

災いが起きる。

これから。

父の使いが来る。

でもここには皆がいる。

「ああ…」

マリーは了承した。

そうしてアリスはマリーの家に住むことにはなったが、学校にはきちんと登校した。

成績はともあれ、軽音部は放っておけなかった。

Re: 秘密 ( No.231 )
日時: 2014/01/30 17:47
名前: 雪 (ID: tX.rU3qv)

大きなあくびを吐くと今どこにいるか分からなくなった。

数秒経ってからようやく思い出す。

「マリーの家か…」

あまりにもなれないベット。

来るのは2回目であったが相変わらずのお金持ちっぷりで随分驚かされた。

ここに住んでいるのはマリーだけだが食事だけは家族ととっているらしい。

しかしマリーは何故か使用人をわざわざ呼びつけ、私の部屋に食事を運ばせた。

マリーは私と両親と顔を合わせたくは無いらしい。

しかし今日に限っては間違えて食堂へと足を運んだ。

「おはよ、マリー。」

「アリス…!?」

強張った顔を見て来てはいけなかったと気付かされる。

「どちら様…?万里花。」

テーブルには万里花の父らしき人が座っていた。

「どうも、初めまして。灘万里花さんのクラスメートの三田村こよみと申します。」

なんだかとげとげしい感じがする人だった。

「それはそれは…ご丁寧に。しかし…何故この家に?」

「あっ…その…私の家が火事に合ってしまい…灘さんに助けて頂いたのです。」

自然に私は笑えただろうか?

顔を上げようとしてそこで空気が震えた。

「万里花!!!」

えっ…?

「またクラスメートなんぞをこの家に招いて…灘家の娘の自覚があるのか?
クラスメートと親しくするなんてもってのほか!!
全くお前は昔から恋やら何やらうつつを抜かして…お前はもう16なのだぞ!!いい加減自覚を持てといつも言っているだろう!!
人と付き合うならもっとちゃんとした血筋の奴らにしろと言っているだろう!!」

意味が分からない。

クラスメートと親しくすることの何が悪いのだろう。

恋をすることの何が悪いのだろう。

どんな名家の娘でもマリーは1人の女の子だ。

パシンッと大きな音が響いた。

嫌な音だった。

柳親子のことの様な…そんな嫌な音だった。

「今でも楽器なんかにうつつぬかしおって…痛い目見なければ分からないのか!!
高校なんて行って位の低いクラスメートと戯れるなど…恥を知れ!!
全く…どうして抗うのやら…既に決まっているのに。」

ギロリッと今度はこちらを睨む。

先程から呆気をとられている私をキッと睨んだ。

その顔は先ほどとはずいぶん形相が変わり、真っ赤になっていた。

「客人殿もお引き取り願おう。二度と私の娘に近づくな!!私の娘はお前なんかとは違うんだ!!!」

「ふざけんな—————!!!」

胸倉をつかむ。

「血筋なんて関係ないだろう!!どうやって生きるかなんてその子の自由だろう!!子どもは親の所有物じゃない!!
親に縛られるなきゃいけないなんて間違っている!!!」

間違ってる。

私は自分の母は知らないし、父は裏稼業の人間だ。

親に縛られる気持ちが私なら分かる。

牢獄に閉じ込められ、外界とは関わりを持っていなかった。

「楽器だって…マリーの腕も知らずに良くもぬけぬけとそんなことが言えるな!!」

マリーの音はとても綺麗でどんな楽譜だってすぐに弾ける。

ItemMemberの要の1つでもある。

「下らない。あいつには既に生きるべき道が記されている。
だから無駄な人間関係や下らない趣味に打ち込む暇などない。」

「大方息子が欲しかったのだろう…それなのに生まれたのはマリーだった。
だからせめてその名でちゃんとした家に嫁がせたい…そんなところだろう。」

金持ちの親の思考なんてたかが知れてる。

「勝負をしませんか?マリーのお父様。」

そういって不敵に笑った。

Re: 秘密 ( No.232 )
日時: 2015/07/04 17:07
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「勝負?」

「私達がマリーの腕を認めさせられたら私の勝ち。
認めさせられなかったらもう私はマリーとは言葉を交わしません。
それでいかが?」

「下らない!今日はもう帰らせてもらう!私は忙しいのでな。
夕餉の時間までにはきちんと反省しておけ。」

「あらあら意気地がないのですね。
あれだけの口を叩いておいて勝負もせずに逃げるのですか。見た目通り器の小さい男なんですね。」

ずっとそばにいたからなのか…

分かる。

何を言いたいかなんて。

「悪いが私は忙しいのでな。お前らの戯言に付き合っている暇などないんだ。」

今日はそれで終わった。

アリスは授業中はどこかに行ったのか姿を現さず、家に戻ってもアリスはいなかった。

出て行ったのか、と一瞬思った。

再び夕餉の時間になり、お父様がやってきた。

「反省したか?」

「…」

頷こうとした。

しかしそこをアリスの声が遮った。

「再び、勝負を申し込みに来ました。」

気が付くと食堂の入り口付近でアリスが息切れしながら何かの書類の様なもの持ち、佇んでいた。

「下らないと言ったのを忘れたか?」

「では何故…Spring Concertの会場の手配をして下さったのですか?」

その瞬間強張った。

「今日1日の時間を使って灘家の行ってきた契約、大方洗っておきました。すると分かったんです。
お父様がいかに軽音部に力添えしてきたか、分かったのです。」

父の顔に驚きが広がる。

目に見えて分かるほどに。

「生憎私の父も多少名の知れた人でしてね。私は父を大層憎んでおりますがこんな時には役に立つのです。
名前を伏せて、顔を出さずとも何をしていたか分かりますよ。
ちなみに私の父とも契約を交わした跡があります。」

彼女は相変わらず肩で息をしていた。

けれど顔には不敵な笑みを浮かべていた。

「それでこんな話をしてまでお願いしたかったのですが、勝負受けて頂けますか?」

しばらくの沈黙が続いた。

何をしようとしているかちっともわからなかった。

「…分かった。」

やがて重々しく口を開き、しわがれた声で告げた。

「有難うございます。
それで勝負の内容は仰ったように。文化祭のステージで。」

そうやってニッコリと笑った。

そのまま食堂を出て行こうとしたがぴたりと足をとめた。

「それと…勝負の時まではお暇させて頂きます。
もし私が勝ったら灘家が所有するいくつかの別邸。この町の中にある別邸の1つに住まわせて頂きます。」

娘さんに危害が加わるといけませんから、と彼女は小さく呟いた。

「それでは御機嫌よう。」

Re: 秘密 ( No.233 )
日時: 2014/02/02 11:30
名前: 雪 (ID: 2N56ztaO)

事情はマリーの了承を得て、皆に話すとすぐさま準備に始めた。

軽音部の活動を後押しとしているという事は今までの実力を知っている可能性がある。

だがまだまだ成長の由はある。

アリスは常に何か言いたげだ。

皆の弱点、要点などをすぐに見抜くことが出来る。

「そこ!Bパート!もっと丁寧に。」

しかしそこが黙る皆ではない。

そんなただアリスにうんうん、というだけならここまで親睦は深められない。

「違う!!Bパートはもっとこう…遊び心を持ってないと!!」

あーだ、こーだと交わした口論はとても激しく、とても体力消耗をしたが口論も皆以外としたことが無かった。

楽しいだけではなかった。

それでも不思議と気分は悪くなかった。

言った言葉が返ってくる。

そんな当たり前のこと。

今までは当たり前じゃなかった。

それが辺り前に変わりつつある。

それが不思議で。

それが嬉しくて。

気付けば傍にいて。

語り合って。

歌いあって。

笑い合うのが。

嬉しくて。

ただ羨んできた会話。

でも。

少しだけ怖かった。

そんなことが当たり前に成りつつあることが。

いつか。

壊れてしまうかもしれない当たり前。

でも歌ったんだ。

2人の距離が当たり前すぎて♪忘れてしまいそうになる日常の儚さに♪

最初に着けた歌詞。

あの時から2人とは圭と私のことを考えていたのかな。

あの歌の最後は。

2人で共に歩いて行くと、締められる。

ハッピーエンドの様に締めくくられる。

だがその結末は今となってはそんな奇跡起きたらいいな、と思う。

好きな人に告白して。

両想いに成るなんて夢の様だ。

私もマリーも同じだ。

同じように恋患いをし。

同じように父に苦しめられ。

同じようにずっとそばにいたいと願い合う。

私もずっとこのままなら良いって思うよ、マリー。

でもそれはきっと無理。

時間は少しずつ流れて行く。

皆年をとり、変わっていく。

恋をし、失恋をし、就職し、結婚する。

皆大好き。

皆大事。

でも誰だっていつか皆以上に好きになる人が出て来る。

私が圭を好きでいる様に。

変わっていく。

皆より早く命を絶つ者もきっといる。

でもそんなの分からない。

歩む人生は誰もが違う。

でもその中で私たちの人生が。

交わり合い。

出会った。

私は皆とは違う世界に生きている。

きっと誰も踏み込めないような世界。

きっと。

もしかすると私はマリーを救えるかもしれない。

でも。

きっと私を救ってくれる人はいない。

・・・待ってて。何時か僕がアリスを闇から救うから。
待ってて。いつかアリスを助けるから。だからそれまで…待ってて・・・

でも…

待っててあげる。

信じてあげる。

きっと救ってくれるって。

圭に言われてからも自分が闇に囚われているのは気付いていたが、救ってくれる、なんて言葉は聞いたことが無かった。

それは私にとっての愛と同じ。

聞いたことが無い。

それが何か知らない。

だからこそ心打たれたのかもしれない。

愛、か…

・・・お前は愛を知らない…!・・・

随分昔。

記憶の奥底のあいつの言葉が甦った。

もう随分会っていないな。

あれから私は変わらない。

相変わらず愛を知らない。

でも何時か知ればいい。

そもそも急いで知るようなものでもないだろう。

きっと。

何時か誰かとの間に愛を見つけられるといいな。

愛を知ったところで何になるか。

それは分からない。

けれど気になったことは追及する。

それは私の性分だ。

Re: 秘密 ( No.234 )
日時: 2014/03/21 20:55
名前: 雪 (ID: CpeA18.A)

〜・36章 勝負開始・〜
「これより第52回、涼風高校文化祭を開始します!!」

放送により開始式が行われるとすぐさま準備が始まった。

「氷持ってきました!!」

最初はスムージー作り。

1時間近く販売員をやるとすぐに軽音部の方に向かう。

「先に行ってるね。」

残りの部員はまだ1時間ほど当番なのだ。

私は体が弱いので突然倒れられても困るので当番は短めなのだ。

「気をつけてくださいね。」

心配しているのだろうか…

それは体調のことか、それとも…

「アリスはどんくさいからな。」

「失礼ね!!」

暫くここにいようにも学級長権限で居ると邪魔だから向こうに行けと言われた。

仕方なしに部室に向かう。

ステージでは既に合唱部やら弦楽部が発表をしている最中のはずだ。

準備が整ったら是非見て行こう。

音楽は好きだ。

聞くのも。

歌うのも。

最近はちょっとした嫌がらせもなくて普通に暮らしている。

父は監視役には私の知っている奴を手配すると言っていた。

なんとなく想像はつく。

お父様、なんて馬鹿みたいだ。

昔無理やりそう呼ばされてつい今でも癖で呼んでしまう。

前までは嫌みたっぷり込めてお父様と呼ぶ。

「久しぶりだな、我が妹よ。」

丁度考えていたので少しだけ驚いた。

「久しぶりだな…アレキウス。」

私の兄よ…と小さく呟いた。

Re: 秘密 ( No.235 )
日時: 2014/02/02 18:38
名前: 雪 (ID: 2N56ztaO)

振り向くと容姿、服装、立ち居振る舞いなど、どれも見事な貴族の好青年を思わせる程のかなりの美青年だった。

とても立派な質のいいスーツを着ている。

「日本では三田村統也だ。」

アレキウスは口を開いた。

「人の上に立つ…という意味でか?ふんっ、お前が三田村を名乗るなど反吐が出る。」

2人揃えばとても絵になる。

道行く人が振り返ってみ取れる。

「大方お父様にお目付け役を命じられたのだろう。ご苦労なことだな、アレキウス。」

アレキウス。

本名はアレクシス。

外国人の血が混じっているため見事な金髪だ。

「私はこれから部室に行く。ついてきたければ来るがいい。」

なびくような長い髪を払い、後ろも見ずに上履きの音を廊下に響かせながら歩いた。

とても長く。

とても美しい。

髪を。

「お前が集団活動とは随分まるくなったものだな。」

「黙れ。」

あいつらは…

「あいつらは…違うのだよ。」

ふんっ、と後ろで鼻を鳴らした音が聞こえた。

「相変わらずだな。」

無視してドアノブに手をかけると軽音部のいつもの部室が見える。

「睦月先生、おはようございます。」

いつも通り挨拶を交わす。

「おはよ。今日は本番だから喉を休めておけ。あり?そちらの方は?」

「統也。私の一応…知り合いだ。知り合いたくはなかったがね。」

私の兄…と言ったことは睦月には伏せておこう。

だが後で皆には話しておくか。

「おはようございます。」

さわやかな笑顔で笑う。

「気色悪い。」

単刀直入に感想を口にする。

何時までも付いてくるアレキウスを横目で確認する。

先程から私の傍を離れないのはそう命じられているからだろう。

「付いてこなくていいぞ。貴様は私が嫌いだろう。言われなくても逃げやしない。」

今日が終わり、勝負に勝てたら私は灘家の別邸に住まう。

言いつけどおりに私は学校には行かず、スタジオと部活動にしか出ない。

その他はずっと別邸で過ごす。

その予定だ。

「そうでもなければあいつ等の身の安全は確保されないだろう。
その代わりに、あいつらには指1本触れるな。」

テーブルの上からチケットを1枚取る。

優待券だ。

「これを見てから帰りたまえ。…私の力をな。」

そこで初めて笑った。

それはいつもの笑顔だった。

そしてアレキウスには初めて見た笑顔だった。

無意識のうちに受け取っていた。

「ではな。」

それからもうこよみは見向きもしなかった。

「先生、灘のお父様は?」

「まだお見えじゃない。少し備品をステージに持って行く。ここで待機を。」

「後1時間…来るかな?」

ステージは13時間から。

今はまだ12時前。

「そろそろ皆が来る時間だね。」

その言葉の直後だ。

ドアが開いた。

「食事持ってぞ〜!!!」

空いたドアから次々と食べ物が溢れかえってくる。

「うわっ!?」

「それから…」

持っていた紙袋からこれでもか、と食べ物が溢れだした。

「どれだけ買ってきたんだよ!!?」

「睦月先生がお金を出してくれたの。1万円くらい。」

あの人…

大方競馬でも当てたのか…?

それからようやく気が付いたのか統也の方に目を向ける。

「アレクシス・ロスコー。私の兄だ。」

それから想像通り驚いて絶句した。

「この超かっこいい人が!?」

「アリス、お兄さんなんていたの!?」

ふんっ、と偉そうな統也の声が聞こえて皆の言葉が中断される。

「どんな奴らかと思えば…そんな奴らか。アリスとは…大層な名前だな、我が妹よ。失礼する。」

「ステージ、見にきたまえよ。」

出て行く統也に再び声をかける。

「精々頑張ることだな。」

そういってチケットをひらひらとゆらして見せた。

バタンッと扉が閉まると一瞬の静寂があった。

「あの人がアリスのお兄さん!?」

「兄と言っても…腹違いではあるがな。」

再び静寂が訪れた。

「私の母は妾であいつは正規のお坊ちゃんだ。当然身分なんて違う。」

あいつはお屋敷育ちで。

私は屋敷の塔で軟禁生活。

雲泥の差だ。

私は母にとても似ている。

母がどんな人だったか分からない。

でもあまりにも似ている私は不吉なことの象徴の様に思われたのだろう。

「いただきます!!」

それから何も起きなかったようにご飯を食べた。

「そろそろスタンバイしろ!!」

睦月の声が聞こえると急いでご飯を掻き込んだ。

Re: 秘密 ( No.236 )
日時: 2014/02/02 20:00
名前: 雪 (ID: 2N56ztaO)

時間通りに始まる。

始まる少し前にステージから覗いてみた。

マリーの父親の姿は確かにあった。

「しかし人気がうなぎ上り中の新設・軽音部!!十八番はItemMemberの曲ですが、今回は何を歌うのですか?」

「今回はいつもと1味違いますのでこうご期待!!まずは…『クラスメート』!!」

♪-♪-

朝、寝ぼけた頭を抱えて♪くぐった教室の扉の向こう♪

霞んで見えるクラスメートの中♪何故か君だけ鮮やかに目に映って♪

世界では私達なんて♪小さな力で儚い存在なのに♪

それなのに私の中で♪君はこんなにも温かくて大きい存在なのに♪

世界ではこんなにちっちゃい存在♪それでも私の中では大きな変化♪

君の隣にいられる様に変わりたくて♪でも何も分からなくて♪

そんな時に肩を叩いてくれた皆が♪自分の世界がもう明るくて何もかも輝いた♪

毎日毎日明るくて♪毎日毎日楽しくて♪

変われたよ♪何もかも新しく♪明るくなったんだよ♪

何もせずに座って本を読んでいた私に声をかけてくれた君が♪

君の優しさが好きで♪気付いたら目で追っていて♪

それは恋だよ、と教えてくれた皆♪

私の姿が変わって♪想いよ届けと頑張って皆が♪

後押ししたその恋を実らせるために♪

頑張って伝えた気持ち♪何時も何時も有り難うって♪

その優しさが大好きだよ、って♪

君が私の俯いた顔を挙げてくれて♪俺もだよって頷いて♪

嬉しくって♪嬉しくって♪思わず抱きついた後赤面して♪

皆がおめでとうって泣いていて♪私も思わず涙出て♪

また扉をくぐると♪もう世界は霞んでいなくて♪

何時も以上に明るくて♪もう皆が鮮やかに見えるよ♪

全然未熟で出来の悪い歌。

納得できなかった。

それでも皆は。

素敵だよ、って。

もったいないって。

それで歌にした。

曲を決めて歌詞をつけた頃にはまだ圭に恋していなかった。

だから今はこんなことある訳ないって思った。

手直しに手直しを加えた。

それでも納得できないまま仁科に提出した。

そして今歌ってみると分かる。

未熟でもいいって。

未熟なちょっとした初々しさでさえ力になる。

声や歌唱力、ギターの音。

皆がカバーできる。

そして何よりカバーしなくてもその初々しい感じがまたいいって。

今ではこの曲も私は大好きだ。

自分の歌に自信を持てる。

それから次々と歌った。

「以上、有り難うございまし…」

しかしアンコールの声は鳴りやまない。

マリーのお父様はつまらなさそうな顔をしていた。

「はーい!せっかくの文化祭ですし、アンコールにお応えしてもう1曲歌っちゃおうかな!!
では、これで本当に最後の最後!」

君の全てを知ったから♪きっともう君から離れられなくなる♪

高鳴る鼓動♪それはきっとこの命尽きるまで止まりはしない♪

君は弱くて儚い夢を信じ♪それを叶えようと歩いてきた君に♪

色んな道を確かめては♪不安に囚われていたね♪

どんなにつらい道も♪笑って歩く♪そんな君の隣にいたい♪

強く生きた、足掻き続けた君が♪君が愛しい♪

心のどこかで探していた♪鍵のありかを♪

たった1本の鍵を♪絶対に見つけたくて♪

逃げる時を♪囚われた闇の底を♪光で照らすまで—————♪

君の闇光照らすまで————♪何度でも足掻き続ける♪

君の心の檻を解き放ち、光照らすから————♪

何度でも足掻き続ける———————♪

歌いながら視線だけでやり取りを交わし、無言の喧嘩をした。

それで争いながら、歌った。

楽しかった。

これはマリーのためだけに作った歌ではない。

マリーの為。

リンの為。

圭の為。

そして私の為。

この歌詞を付けた。

どうしたら心揺さぶられたか、分かるか。

大丈夫。

目を見ればすぐ分かる。

マリーのお父様の目を見据えた。

ほら、分かった。

Re: 秘密 ( No.237 )
日時: 2014/02/03 10:41
名前: 雪 (ID: MikjvI8h)

「以上、軽音部でした!!」

して—時から退場すると5分ほどの休憩が入る。

「マリー、お父様と話してきなさい。」

「えっ…」

一目でうろたえていることが分かる。

「大丈夫、きっと分かってくれる。」

あの目を見れば、分かる。

「一足先に部室行ってるね。」

部室に行く間も荷物などが正直しんどかった。

マリーの荷物を手伝うと不用意に行ってしまったことを後悔した。

いつもマリーはこんなに重い荷物を持っていたのか。

部室につくと先に先客がいた。

「どうだった?アレキウス」

「…まだまだだな。」

目を見れば分かる。

「お前の仕事は用済みだろう。帰れ。」

アレキウス、お前は知らなかっただろう。

当然だ。

牢に閉じ込められていた私は歌ったことが無いのだから。

外に出てからつかんだ。

私だけの歌。

私達だけの。

牢にいた私は歌うどころか泣くことすら許されなかった。

泣くことも叫ぶことも出来ず…

「じゃあな。」

「…我が妹よ、手を出せ。」

素直に手を出すとジャラリと重い音がした。

ペンダント?

「これを渡しておこう。」

コインの形をしていて写真が入るロケットになっているようだ。

「なんだ…これは…?」

だがそれに答えず統也はとっとと部室からいなくなっていた。

全くとことん扱いづらい奴だ。

これは何だ?

これは…

「これ…アリス?」

「…違う。これは…母だ…!」

何かを慈しむようにそっとなぞる。

思い出した…

これは母が私に渡してくれたペンダントだ…

これを持っていればすぐに助けに来てくれるって。

でも…いつの間にか忘れて…

いつの間にか…

そうだ。

受け取ってすぐに没収され、その後は父の管理の下にあったと聞く。

それを気まぐれな同情で返してくれたのだ。

ぎゅっ、とペンダントを抱きしめる。

これが私達母子の絆の印。

大事な大事な印。

「ただいま。」

「マリー?どうだった…?」

あれからマリーは無事に父親と話を済ませたらしい。

私にも別邸を貸してくれると言ったそうだ。

地図まで渡してきた。

流石お金持ち。

表も裏もあるちゃんとしたお金持ち。

表だけで生きていける訳がない。

這い上がるには多少の裏稼業との関わりも必要なのだ。

「マリー、いいこと教えてあげる。」

耳元で小さく囁く。

「—————————」

「えっ?」

マリーのお父さんがそんなことをしていたなんて最初私も驚いた。

最初から勝負なんて成立していないんだ。

だって最初から白旗を上げていたんだ。

最初からマリーのこと、認めていた。

「なになに?」

「内緒!」

調べたら分かったんだ。

マリーのお父さんがItemMemberの活動にも力添えしていた。

最初からItemMemberのことも知っていたんだ。

認めていたんだ。

———マリーのお父さん、ItemMemberのコンサート見に来てたんだよ。それも毎回。

マリーのお父さんもItemMemberのファンだったのだ。

「あら、素敵なペンダントですね。」

「…有り難う!」

そういって再びギュッとペンダントを握りしめた。

「実はこれね…」

Re: 秘密 ( No.238 )
日時: 2014/02/04 12:02
名前: 雪 (ID: 1l.7ltSh)

〜・37章 文化祭の恋愛相談・〜
「さてっと…軽音部のステージも終わったし、何しようかな?」

3人はスムージーを売りに行った。

シフトが相当入っているようで、かといって私も参加しようとすると全力で止められた。

こうやって久しぶりに1人になると何もない。

3人以外で仲のいい人も特にいない。

とりあえず色々回るが昼ごはんは沢山食べてしまったので特にすることもない。

吹奏楽部の演奏を見に行ったが中々面白かった。

「ん?」

遠方の席を見るとアレクシスが座っていた。

私の兄…昔の記憶がおぼろげな私には何とも実感もわかない。

でも毎日私の閉じ込められている牢を訪れてはじっと見つめていた。

特に何か話すでもなく、ただ見つめているだけ。

あいつ…まだ帰って無かったんだな。

あんな別れ方をしたのでてっきり帰っているのかと思った。

一応私にも外国の血が入っている。

だが性格はかなり違う。

「おや、こんなところに小さな怪物が。」

怪物。

もう慣れた。

怪物。

化け物。

何故か皆は私をそう呼ぶ。

それでもケイは私のことを可愛いと言ってくれた。

「何の用だ?」

「父上から聞いたのだがお前、記憶があいまいの様だな。」

「…それがどうした?」

記憶を無くした理由は分からない。

何かのショックからか…

それとも薬のせいか。

「いや、滑稽だなと思っただけだ。」

「アナとなにかあったのか?」

「なっ!?」

顔色がパッと変わった。

険しく、眉間にしわが寄っている。

「お前はアナのことで機嫌を損ねるといつも私に当たるな。」

「お前に何が分かる!?」

「分からんよ。外の世界にはほとんど出られないのでな。」

私はアレクシスの様な思いをしたことは無かった。

外に出られなかったから。

「お前は良いよ…自由だ。誰を傷つける心配もなく、接していられる。安定した世界だ。」

私には無い。

何時この世界が壊れるか分からない、そんな世界。

アレクシスは何時でも外に出られて、金も身分もある。

羨ましい。

金や位なんて悪趣味なものはいらない。

ただ自由が欲しい。

Re: 秘密 ( No.239 )
日時: 2015/07/04 17:15
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「言いつけどおり私は灘家の別邸に住まう事にする。ほら、住所だ。」

紙切れ1枚ひらひらと渡す。

「アナとのこと、何をしたが知らんがちゃんと態度を改めろよ。
せめて懸想している女の前くらいでは。」

「お前は知らないだろうが…アナは結婚したんだ…」

知っていた。

「お前が胸元に花飾りなんて珍しいな。式場の名も記載されている。結婚式場で貰ったのか?
それにその落胆ぶり、振られた程のへこみよう。それにその花飾り。大方想像はつく。
結婚式が終わってすぐこちらに出向くとは、災難だったな。」

だが、アナはお前のこと好きだったと思うが。

身分と言ったのも大変だな。

大方政略結婚なのだろう。

「それでも、今までどおり接してやれ。」

もし私が圭以外と結婚しても圭に冷たい態度をとられるのは嫌だ。

「結婚だけではない。結婚相手が…」

「アナを大事にするとは思えない…か?」

ハァとため息を吐く。

面倒だな。

人の恋路を聞くのはとてもつもなく面倒だ。

「アナ本人は?結局幸せっていうのは人の尺度だ。他人が口出しすることじゃない。」

ぐちぐちと面倒な奴だ。

辛気臭い顔をしたまま、黙りこくった。

「お前なら父の身分で結婚を破婚させることも出来たはずだ。何故しなかった?」

アナの幸せを願っていたから、か?

アレクシスは確かにお金持ちと言っても向こうで俳優なんかやっていてそれなりいにお金も稼いでいるはず。

父親としては政治家にならなかったことを文句言っただろうが。

父は裏稼業の人間と言ったがその実態は貴族のお金持ち、政治家でもあるのだ。

恐ろしく小さい国の、だが。

全く面倒なものを集結させた並みに面倒だな。

「…分かったよ。代償は高くつくぞ。」

私から父に連絡すればすぐに解決するだろう。

そのきっかけを掴めばいい。

例えばそっちの方がこの家に利益がある、などと。

そう1言、言えさえすればすぐさま破婚に追い込まさせるだろう。

「文化祭終わったら楽しみにしていろ。」

そんなこんなの話をしているとステージが始まった。

次は合唱部だ。

Re: 秘密 ( No.240 )
日時: 2014/02/04 17:29
名前: 雪 (ID: iAb5StCI)

「いいか、アレクシス。私がやれるのはあくまでお父様の説得だ。
本人には自分で想いを告げろ。お前にはその権利がある。」

合唱部の歌声でほとんど聞こえない。

けれどもこちらの声は届いたようで驚いた顔をしていた。

「懐かしいな、昔お前が泣きついてきた時とは大違いだ。
あの時のお前はいつも私を恐れていた。なのに何故私に助けを求めるか、不思議に思ったものだ。」

アナを愛しているから…————

愛という言葉を知らない私では何が何だか分からなかった。

アナを助けたいと…泣きついてきた。

「今でもあまり変わっていないようだな。だが…泣かなくなったのは喜ばしいことだ。」

真っすぐと私の目を見据えることが出来る。

「その記憶能力は恐るべきものだからな。」

その1言で分かった。

父が私を求めている理由が。

「この記憶能力か…」

私は1度やったことはほとんど忘れない。

「ありがとう、アレクシス。おかげで分かったよ。」

その記憶力が狙いか。

1度覚えれば忘れられない。

それなら何度でも反芻することが出来て、問題を解決に導ける。

それが狙いだったのか。

といっても薬などを使っていささか曖昧な部分もあるが。

完全記憶能力、といった言葉を聞いたことがある。

私はそれの成りそこないと言ったところか。

「文化祭が終わったら…私は学校に通うのをやめる。そしたらお前はアナの、私は父のもとに向かう。」

外国なんて初めてな気がする。

言葉は多分通じるだろうな。

父は外国人。

おかげで会話くらいなら多少は出来る。

そもそも父は外国の貴族なのだ。

最近では日本に少し影響を与えているらしいが…

どうせただの暇つぶし。

そんなおぞましい男だ。

「父には話を通しておけ。私よりかお前の方が話がスムーズに済むだろう。
そうだな…小さな怪物が父上に有利な話があるといっていた、とでも言っておけばいい。」

嘘だという事はすぐばれるだろう。

しかし父親は酔狂な男だ。

それだけで十分だろう。

さて、次はいよいよ外国か。

私の向かう先は。

Re: 秘密 ( No.241 )
日時: 2015/07/04 17:16
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

人助けとは…私も丸くなったものだ。

今までは自分のことでいっぱいいっぱいだった。

例え兄貴といえど昔から泣きついてきていたあの兄貴ももう年を食い、真っすぐと目を見て頼むようになった。

頼むところはまだまだといえるが。

昔から何かと言われてきた。

最初に頼まれてたのはアナを助けてほしいと言われた。

愛しているから…

アナはよく言うととても明るい。

悪く言うととても騒がしい。

アナが犯罪者の疑いをかけられた。

それを私が記憶し、整理して考えた。

その結果を伝えたところで無実が証明された。

偶然による事件だと暴かれた。

助けてほしい。

彼はあの時怯えながら、泣きながら私に必死に頼んできた。

心ゆすぶられはしなかった。

だが何かを感じた。

そこまで必死だったから。

何故か気が向いた。

暇つぶし。

誰とも言葉を交わしたことのない私は気が向いて兄に声をかけた。

この能力を使った。

それが初めての人助けだった。

だが代償として…

私は何を求めたのだろう。

もう覚えていない。

「父上から許可が下りた。」

決定的な言葉が下された。

「アナの家と私達の家の歴史。両方とも洗い出して私によこせ。
飛行機の中で整理して、父上を説得させてやる。」

だから…

「だからお前は安心してガツンっと自分の想いを告げろ。」

Re: 秘密 ( No.242 )
日時: 2014/05/06 13:58
名前: 雪 (ID: GjHPlWkU)

〜・38章 兄孝行・〜
そして文化祭のステージも無事に終わり、そのまま空港に向かった。

キョロキョロと首が疲れるくらい周りを見渡した。

「おいっ、ウロウロするな…!!」

「…空港は初めてだったのでな。」

「そんな訳ないだろう。昔お前は…」

気まずそうに黙って口をつぐんだ。

「牢獄から移送された…か?
悪いがいくら記憶力が良くても、幼少期のことは覚えていないのだよ。父のせいでな。」

薬を使わなければ素晴らしい能力のはずだ。

「だが…忘れてはいない。全ては私の頭の内に完璧に記憶されている。
…ただ忘れただけだ。」

何時かはちゃんと思い出せる。

そう信じている。

「それよりあいつらに知らせなくて良かったのか?」

「…余計な御世話だ。アレクシスの分際で。」

アレクシスも色々苦労しているのだろう。

父は私ばかり気にかけているが、一応正規のお坊ちゃん。

それなのにそんな大事な役割を担うアレクシスは私のお目付け役。

本家の大事な跡取りも今や若手俳優。

本来は家に縛られなければいけない。

だが…理由は何であれ自由だ。

あんなアレクシスも愛を見つけられた。

…叶いはしなかったようだが。

だがアナがアレクシスに好意を寄せているかは…知らない。

会ったことは無いのだ。

愛も恋も。

何が違うか分からない。

でも。

片方だけが思っていては成り立たない。

奇跡の様だ。

この家の嫡男様。

私と違って何もかも反対な立場。

それでも兄弟の縁かな。

私はようやく恋を知った。

何もかも違う立場。

でもその生い立ちにより私達は苦しめられている。

母を知らず、恐れられてきた私。

妹のせいで放っておかれた兄。

ようやく恋を知った私。

愛を知ってはいたものの破れてしまった兄。

何もかも違う。

しかし。

どこか似ていた。

Re: 秘密 ( No.243 )
日時: 2014/02/06 23:02
名前: 雪 (ID: GFUC6Nj9)

「シートベルトを外してください。お荷物、お忘れ物ない様にお気を付け下さい。」

何の変哲もないアナウンス。

荷物をアレクシスに持たせ、飛行機から降りると日本とは全く違う匂いがした。

「本当に…来たのだな。」

ここは私が生まれた国。

私の母が育った国。

それから大きい荷物を受け取ると外に向かう。

外に出迎えに来たと思われる人が溢れかえっていた。

そしてそれぞれが各々の知り合いを見つけては声をかけていた。

「アレクシス…お前は聞いたな。3人を置いてきていいのかと。」

離れたくなどなかった。

出来ることならずっと向こうに留まってまたいつもの様に…——————

しかしそれは私には遠い日常。

圭には悪いけど…私は圭には救えると思わない。

とても嬉しかった。

何処にいても見つけてくれると。

何時か救って見せると言った言葉も。

意味を理解することは出来なかったがとても嬉しかった。

だからこそ私も3人を守りたい。

何時も守られ、引っ張ってくれた3人を。

下手に手を出してけがなんてされたくない。

この闇はとても深い。

圭、私は闇に住む住人なのだよ。

「3人がいないからこそ…ここに立てるのだよ。あいつらがいたら…みすみすこんな所…!」

ギュッと首元のペンダントを握る。

母は望まぬ子を産まされた。

それでも私を愛していると。

そう確かに告げた。

何年も前のことだけれど…

再びペンダントを服の内に仕舞う。

「このあと、父上と面会の時間をやる。それからは…」

「牢獄だろう。分かっている。こんな外国でみすみす外に出す訳がない。」

とくに抑揚もなく、興味もなさそうにぼそりと口にする。

「…その通りだ。」

相変わらず窓の外から目を外さない。

「お前の存在は基本的に外に露出してはいけない。それ故に秘密裏に屋敷の牢へ連れて行く。」

父としても私を記憶兵器として使いたかったのだろう。

伏せておいた方がいざというとき便利だ。

「着いたぞ。」

ようやく窓から目を外す。

車から出ると大きな屋敷がそびえたっていた。

「アレクシス、私に出来るのは父の承認を得ることだけだ。後はお前自身だ。」

車を降りる直前にアレクシスの耳元でハッキリと囁いた。

「ふんっ…連れて行くがいい。父の元へ。」

案内されるままに連れて行かれた部屋に父の姿は無かった。

気付けばドアは閉められ、アレクシスの姿は無かった。

ポツンと置かれていたテーブルとイス。

その上に置かれている電話。

椅子に座りかけると電話が鳴りだす。

「…もしもし」

不機嫌な、老婆の様な声。

不機嫌になると声がしわがれるのは昔からのくせだった。

「久しぶりだな、ロスコー伯爵。わざわざ電話越しとは御挨拶だな。」

「何の用だ?わざわざ遠い異国から会いに来るとは…」

相変わらず癪に障る声だ。

ふんっ、と嘲笑う様に笑う。

「分かっているだろう。」

「あの餓鬼どもか?」

「それと今回はアナ・エマールの話をしに来た。」

ぴくりっと反応したのが電話越しに伝わってくる。

「驚いたか?私も丸くなったものだと…思ったものだよ。
エマール家は政治的関与できるほどの家だ。先日結婚したアバック家はそれに比べて何だ?
ロスコーとエマールが手を結べばそれなりの権力が加わると思うが?加えてアナとアレクシスは幼馴染と来たではないか。」

「…偉く饒舌だな。」

驚いた様な声が聞こえる。

だが微かに嫌な笑みが顔に浮かんでいることまでもが推測された。

「だから言っただろう…私も丸くなったと。」

「狙いはなんだ?」

小説でしか無いセリフだと思っていた。

現実で口にする人がいるとは思わなかった。

「教えてほしいか?ならばこの話を承認しろ。」

「…ふんっ、好きにしろ。アレクシスのことなど所詮…」

背もたれにゆったりと背中を預ける。

「それとあの3人を解放しろ。私が逃げないように足枷のつもりだろう。
3人は何も関係が無い。一般人にまで手を出してまで私に価値があるのか?」

そんなの聞かなくても分かる。

分かってしまう。

価値があるのだよ。

私もロスコー家の闇の歴史の欠片の1つ。

最終兵器。

外に出ることなど出来ない。

「貴様は聞いたな、何が狙いかと。」

優雅に。

余裕を持って。

笑った。

「なぁに、ただの兄孝行だよ。」

Re: 秘密 ( No.244 )
日時: 2015/07/04 17:18
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「父上。」

軽やかに椅子から立ち上がる。

部屋を出る前に最後に電話機に向かって声をかけた。

「承認するだけでいい。あとはアレクシスがどうにかする。
ただ…もしアバック家との破婚が難しそうだったら…貴様の権力でどうにかしたまえ。」

そのまま扉の向こうへと私は出て行った。

あれは父の力ではない。

ただのお遊び。

あの男はアレクシスのことなど所詮、と言った。

アレクシスはロスコー家の嫡男様であったが彼もまた悲しい憐れな男の子だ。

だが父は元々なのだよ。

人を愛せはしない。

ただ独占欲がとても強い、おぞましい男だ。

「…後はお前次第だ。アレクシス。」

目をつぶって扉に寄りかかる。

人の気配がする。

「何処にでも連れて行くがいい。」

ポケットから不意に棒付きキャンディーを取り出す。

文化祭の軽音部の打ち上げで貰ったお菓子だ。

口にくわえる。

牢についたが今回は着替えさせられることもなく、ただ所持品チェックがあった。

隠しポッケに入れている私にはそんなもの意味は無かったが。

ロスコー家の屋敷の奥深く。

ここは生憎のプライベート用の屋敷らしく昔私が閉じ込められていたろうとは違った。

棒付きキャンディーを舐めながら書物を読んでいると扉の向こうからアレクシスの顔がのぞいた。

「どうだった?」

「———————」

その後私は兄に笑って見せた。

ほんの、時々なら…————————兄孝行も悪くない。

Re: 秘密 ( No.245 )
日時: 2014/02/11 17:53
名前: 雪 (ID: Omr4T4uD)

アレクシスの恋もみのり、退屈な日々が続いた。

父は名前だけだしてアナの破婚を後押しした。

あれは賭け。

ただの暇つぶしの道具。

「ふぁ〜…」

気だるい欠伸の声が牢の中を小さくこだまする。

前と違ってとらえる理由が無いのか食事に薬は盛られていなかった。

それどころかお菓子などが牢の中にあまりにも不釣り合いに置かれていた。

退屈を紛らわす様に棒付きキャンディーを舐めた。

コツッ。コツッ。

牢の廊下で足音が静寂を破るように響いた。

「なんだ…息子の方か。」

吐き捨てるように話す。

「靴の鳴らし方から匂いまで父親そっくりになってきたな。」

父の方かと思った。

「貴様が来たという事は…帰るのか…」

冷たい声で続ける。

ここにいると体だけでなく心まで凍りつくように冷たくなる様な気がしてならない。

母はここで私を生んだと聞いた。

こんな岩室で…

そして私もここに囚われている。

「…皮肉なものだな。」

ペロリッと再び飴を舐める。

甘い果実の味がした。

「その…アナのことだが…感謝する…」

「分からんな。」

冷めた目でアレクシスを見つめる。

その目は何もかも写していながらもなにも見ていない様な…そんな目をしていた。

「これはただの暇つぶしだ。」

今回は結果が結果なだけ私はアレクシスを救った様に見えるだろう。

だが私はアナを知らない。

もしかするとアバック家で上手く行っていたかもしれない。

幸せだったのかもしれない。

アバック氏を愛していたのかもしれない。

そうすればアレクシスのやることなど平凡で幸福に満ちた2人の生活に亀裂を入れかねない。

はた迷惑な行動なのだ。

「確率は五分五分…むしろそれ以下だな。
それでお前が上手く行くか見て楽しんでいたのだよ。」

むしろ私はそんな勝つ可能性の少ない賭けにアレクシスの背を突き飛ばしただけだ。

「だから礼を言われる覚えが無い。」

上手く行ったところで私の監視がある。

そのために結局2人は離れ離れなのだ。

アナを同伴させるというのも…アレクシスの頭では思いつきもしないだろう。

結局どちらに転がろうと何ら変わらなかった。

「…行くぞ。」

そういって重い腰を挙げた。

夜はまだこれからだ。

Re: 秘密 ( No.246 )
日時: 2014/03/01 11:05
名前: 雪 (ID: F/Vr8HVJ)

〜・39章 帰国・〜
再び飛行機を降りるといつもと変わらぬ懐かしい匂いが鼻を刺激する。

貼られている広告も季節が変わってもう冬景色。

考えると12月だ。

あれから1ヶ月近く経つ。

荷物を受け取り、ゲートに向かうと懐かしい顔触れがそこにあった。

「マリー!!」

どうしてここに3人がいるのかは…なんとなく分かった。

でもそれでも自分勝手な私を心配してくれたのは3人が初めてだった。

「アリス?」

「どうしたんだ?その髪。」

アリスの何時も流れるような美しい長い髪が…金髪になっていた。

あれはアレクシスが恋が実ったと得意満面な顔を下げて私に会いに来た時だ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「代償を…払ってもらうぞアレクシス。」

牢から立ち上がると牢越しにアレクシスの前に立つ。

「アナをちゃんと愛せ…何ていうのはとっくの昔から出来ているだろうからな。わざわざ頼まんよ。」

そう前置きしておいた。

「私の髪を元の色に戻したい。」

はっ?という間抜けな声が聞こえた。

私はもともと金髪だった。

それを薬の副作用の為、今の様に茶髪になっているのだ。

「私は母から譲り受けた髪を守りたい。それが私が母の娘だという印になる。」

時間がかかるかもしれない。

それは分かっていた。

父の知り合いで髪をもとに戻す薬の開発をする人がいたのでその薬を譲り受けた。

実験で一応安全とされているが発売されるまでには至らない。

そう言った少し危ない代物だ。

だがどうしても髪を元の色にしたかった。

そして時間がかかり、牢から出る時には流れるような美しい金髪に戻った。

ただ季節はすっかり移り変わってしまった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

アリスの金髪はとても似合っていた。

今まで見慣れた茶髪の髪よりよっぽど美しく輝いていた。

よっぽど似合っていた。

人形や妖精に見紛う程だった。

整った顔が金髪によって引きたっていた。

金髪というと不良の様な…そんなイメージが付くがアリスに関してはむしろしっくりきた。

金色の流れるような髪。

妖しく煌めく瞳。

髪の色が変わるだけでもかなり印象が変わる。

その日はそのまま灘家の別宅へ帰った。

誰もなにも。

追及してこなかったのがとても有り難かった。

また話したら悲しそうな顔をするから。

そんな顔。

もう見たくないから。

Re: 秘密 ( No.247 )
日時: 2014/02/11 15:02
名前: 雪 (ID: 2CRfeSIt)

それから本当に灘家の別宅に引きこもった。

場所は基地にとても近い。

基地には公園の様な所があり、そこから先に展望台のように開けた場所がある。

海が見える展望台。

その横に設置されている階段を下りるとそこもまた広く展望台の様になっている。

階段を下りても下りなくても眺めは最高だ。

その降りた下の展望台のさらに下に階段で下りたところだ。

そこに大きくドンッと立っていた。

そっちの方が安心する。

またいつもと同じくらい長い階段を登らなければいけない。

それが少しだけ落ち着く。

長い金髪。

母がくれた髪。

毎日見る度に嬉しくなる。

学校も休んだが軽音部の活動には時折顔を出した。

ItemMemberの活動も1ヶ月ぶりと再開された。

アレクシスも新婚早々のくせに毎日私の監視のために1度は顔を出した。

こっちでも俳優として活躍することにしたらしい。

なんでもコンビニの前でスカウトされたとか…といっても元々俳優だったのでスカウトとは言わないかもだが。

以前と比べて狭くなった世界。

だが不満ではなかった。

結果的に3人には会えるし、むしろきつい学校生活に縛られることもない。

そもそも人付き合いは苦手なのだ。

苦手というか…人見知りなのだ。

幼少期は牢でその後は親戚にたらい回し。

結果的には化け物と呼ばれたりもするが…私は相当な人見知りとリンに言われたことがある。

だからこそ知らない人のいないここはとても居心地が良い。

ここだけで十分だ。

牢とは違う。

ここには退屈しない。

書物と有り余る時間しかない。

そんな屋敷の塔の中ではない。

ここでいい。

ここで十分だ。

Re: 秘密 ( No.248 )
日時: 2014/03/30 14:43
名前: 雪 (ID: DNCcZWoc)

ごろごろと転がっていると辺りはすっかりと明るくなった。

昼下がりの陽気。

時計を見ると1時を過ぎている。

ムクリと起き上がってペタペタと裸足の足で音を奏でる。

テーブルの上に果物やお菓子が沢山置かれていたので適当に籠に入れると再び本の元に行った。

床に本が積み重なっている。

学校を休んでも本なんて1回読んだら大方覚えてしまうのでいくら読んでも満足できないのだ。

学校には文化祭以降全く行かなかった。

と言っても単位を落とす訳にはいかないので3学期はちゃんと出席しなければヤバい。

そもそも2学期もそろそろ終わる。

流石灘家の別宅。

私は今その植物園の様になっている温室で毎日本を読んでいる。

普通な服は大方家事で燃えてしまったし、着替えも制服と正装、ItemMemberの服しか入れていない。

という訳でここでは部屋着としてItemMemberの服を着ている。

制服はいざという時の為に使わないとなるとItemMemberの服しかない。

マリーからいくらか服を譲り受けたがなんとなく申し訳なくて着ていない。

慣れて見ると結構着やすい。

「なーにしてんの?アリス。」

「圭か…」

ムクリと再び起き上がる。

「今日は修了式だっけ?それにしては遅いな…」

「お土産。」

あれから3人は訪れる度になにかお土産を持ってくる。

紙袋を受け取り空けると中にはマカロンやら飴玉やらクッキーが入っていた。

「2人は?」

ふぁ〜…と小さく欠伸をする。

「2人ともまだお土産思案中。」

「毎度思うんだがね、私だって外に出られない訳じゃあるまいにわざわざお土産を持って来なくても…」

「今までたんまりとお菓子貰っておきながらいうの?」

「…ふんっ!」

このお菓子たちにより、私は外に出ずとも食料に困ることは無かった訳だが…

パクリとマカロンに食い付いた。

ムシャムシャッと小さくて可愛い音をたてながら食べる。

圭は毎日のようにお菓子を、マリーは暇つぶしの書物、リンは果物を持ってくる。

誰一人主食を持って来ないのが不思議だ。

…不満ではないが。

「それよりこっち戻ってきてから本当に外に出ないね、アリス。」

「出る必要が無いからな。」

最近は基地に行く前に皆がこっちにくるのであまり向かわなくなった。

タイミング悪くアレクシスが来て私がいないことが知られると色々面倒だから。

と言っても何時も来るのは昼ごろ。

丁度この時間帯なのだ。

時々サボるがそれは私が特に逃げる兆候も見られないからだろうか。

「今日はItemMemberの日だよ。気付かなかった?」

「勿論憶えている。」

アレクシスにはちゃんとItemMemberのことは話してある。

書き置きでもすればいいだろう。

マカロンを食べ終えるとペロリッと指についた粉砂糖を舐める。

そして棒付きキャンディーを舐め、立ち上がると同時くらいに2人がやってきた。

「あら、アリスが立っているなんて珍しいですわね。」

「…馬鹿にしてるの?」

確かに私も3人といる時は大体横になっているか座っているか…

「どこいくんだ?」

「今日はItemMemberの日だろ。」

と言っても時間はあるが…

「ん?アリス背、縮んだか?」

「えっ?」

マリーが頭の上に手を乗っけて自分の背と比べる。

確かに少し視線が低くなった様な気もしなくない。

薬の影響か…

思わず舌打ちしようとしたところをぐっと抑える。

平均並みにようやく届いていた私の背が少しばかり縮んだようだ。

「それよりそろそろ行くか。」

Re: 秘密 ( No.249 )
日時: 2014/02/15 16:38
名前: 雪 (ID: L2AVnGiq)

することもないので基地に向かうと意気投合したため、基地に向かう階段を上る。

ひたすら長くて嫌気がさすほど長い。

それでもその長さがなんとなく落ち着く。

服は着替えたがまた痩せたのか少し大きかった。

半袖の赤と白のチェックのブラウス。

それに黒ネクタイ。

白のミニスカートにニーハイ。

赤のベレー帽。

それにコートを羽織っただけ。

似合っている。

むしろ服の方が無理矢理着せている感がある。

金髪のせいだろうか。

何を着ても着せてる感はぬぐえないだろう。

「統也さん…でしたっけ?大丈夫なんですか?」

「書き置き1つあれば安心する。元々逃げないと分かったうえでの監視だからな。」

逃げたらどんなことになるか…

アレクシスも私も分かっている。

私は逃げない。

きっと逃げたら母の娘として皆に顔向けできない。

そう思ってる。

母は望まずに生まされた私を愛してくれた。

例え今はどうであろうと。

愛してくれたのだ。

私は逃げずにここで幸せを掴みたかった。

マリーと再会して。

圭に恋をして。

リンと色んなことを相談して。

そんな当たり前が嬉しくて。

きっと私が望んでいたのってこういう事かなって思えた。

リンに圭のことを相談したり。

そんなこともあったからかな。

金髪に戻したくなったのは。

圭の初恋の話を聞いたから。

・・・圭の初恋って…10年くらい前に会った金髪の女の子だろ?・・・

リンから聞いた時は一瞬心臓が止まったと思った。

でもそれ以上は何を聞いても知らないと言われた。

聞いたのすら6年近く前なんだから、と…

圭には好きな人がいた。

今ではどうか知らない。

それでもなんとなくそんな圭の初恋の人の影を求めて。

母のくれた金髪に戻したかった。

馬鹿な理由だ。

そんなことで圭の初恋の人になれる訳でもないのに。

でも母がくれた金髪だから捨てたりしない。

そんなことを考えていたらようやく基地が見えてきた。

私達の基地。

どうでもいいことを考えるのはとっくに癖になっていた。

実に面倒な癖だ。

人間分析。

そのために身につけられたスキルだった。

今までの相手の行動を省みて相手の善悪を図る。

自分の敵か、味方か。

そうやって定めてきた。

でもこいつらだけには使いたくないスキルだ。

疑いたくない。

でも信じるってことはなんだか少しだけ。

私には難しいことだった。

Re: 秘密 ( No.250 )
日時: 2016/05/12 03:03
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

〜・40章 圭の言葉・〜
「クリスマス?なにそれ?」

一瞬時が止まったかのごとく静寂が流れた。

「えっ?私何か変なこと言った?」

「…クリスマスを知らないのか…?」

リンは驚いた顔をして私に質問した。

「えっ?だってクリスマスって別に祝日でもないのに…何でみんな浮かれているの?」

再び時が止まった様に静寂が訪れた。

「まぁ…どうせ24日は午前中はItemMemberだし!」

ItemMember…

ItemMemberのマネージャーの仁科が私の金髪を見ると案の定驚いた。

でもそれが染めた訳ではないと言うと、これからどうするか悩んでいた。

いつものように黒のウイッグを被るのはもったいないと思ったようだ。

それでボーカルが金髪になったところでウィッグを変えたくらいにしか思われないだろう、というところに落ち着いた。

ItemMember・金髪のボーカル・アリス

そう雑誌に載せるらしい。

「やぁ、御機嫌よう!」

この声は…

「…アレクシスか」

「あっ、こんにちは。」

「御機嫌よう、お邪魔しています。」

3人に挨拶されてそれなりご機嫌の様だ。

「お茶を淹れてきますね。」

マリーに席を薦められ、珍しく席に着いた。

「仕事柄とは言え変な色目を使うな、気色悪い。」

「…なっ!?」

「レモネードでよろしいですか?」

さすがお嬢様。

給仕も完ぺきだ。

「…あ、ああ…」

「スコーンもどうぞ。ジャムとクリームもお付けしました。」

「有り難う。」

ぺこりとお辞儀をするとマリーは席に戻った。

確かにマリーは美人だ。

美しい栗色の長い髪。

整った顔。

おしとやかで大和撫子。

勉学もスポーツも家事も給仕もできる。

時々強引だが友達思い。

一途で健気。

放課後男子に呼び出されることも度々あるが全て断っている。

歌もうまいし、楽器も全てそつなくこなす。

時折吹奏楽部に助っ人に呼ばれたりもするらしい。

しかし軽音部とItemMemberを重視している。

実にもったいない。

軽音部なんかに埋もれさせるなんて持ったないほどの才能だ。

だが、軽音部は今やかなり人気な部活だ。

来年も入部希望者が絶えないであろうことも想定される。

4人が談笑している。

少しぎこちなくだがアレクシスも会話に混じっている。

これが今の私の場所だ。

何時かは失われる。

今の居場所だ。

私はあそこにはいない。

いなくなる。

遠く離れて4人の会話を眺める。

私がいなくても…

いなくなる。

分かっている。

「どうしたの?アリス。」

でも…

それでも私は信じたい。

「…ううん、なんでもない…」

「変なの!」

笑いが湧きあがる。

きっと見つけてくれると。

Re: 秘密 ( No.251 )
日時: 2014/02/19 19:45
名前: 雪 (ID: lMBNWpUb)

「統也さん、今度映画に出るそうですね。」

「ああっ!どぅ〜してもと言われてね。」

イラッ

それでもマリーはにこやかに微笑み凄い凄いと手を叩いた。

「気色悪い。ここはテレビ局じゃない、弁えろ。」

アレクシスは俗物だからな。

「っな!?」

「まぁまぁ、アリス。私、統也さんのお話を聞くの楽しいですから。」

相変わらずにこやかな笑顔を崩さない。

流石はお嬢様。

「マリーは本当に凄いな。」

アレクシスの様な俗人の扱い方を知っている。

「それより腹が減った。何か食いものないのか?」

「リンは食いしん坊だな。インスタントの焼きそばならあるが。」

席を立つ。

台所には他にも色々高級そうなお菓子はあったがもう昼時だ。

ちょっとは重いものを食べたい。

「こんな豪邸でインスタントの焼きそばかよ。」

「だってご飯作るのめんどくさい。」

包丁やらまな板を準備して、片づけだってある。

それに比べてインスタントはお湯だけで出来るし、容器を洗えばそれで終わりだ。

「でも家庭的な女の子って悪くないと思うけど?」

「圭まで…」

圭と言葉を交わすのも何気に久しぶりな気がする。

ずっと牢に囚われていただろうか。

「軽いものなら…」

「どうせお前のことなんだから料理なんて作ったことないんだろ?」

ブチッ

私の中で何かが切れた。

「言ってくれるなアレクシスの分際で。」

Re: 秘密 ( No.252 )
日時: 2014/03/30 14:55
名前: 雪 (ID: DNCcZWoc)

それから誰も台所に入れるなと釘を刺しておくと、アリスは台所に籠った。

それから台所からボールが落ちる音や悲鳴が聞こえてきた。

・・・キャ————!!火が!!!・・・

時折聞こえるアリスの奇声を聞く度にクスクスと笑った。

アリスは食堂で食事の準備をするから呼ぶまでは決して来るな、と念を押した。

「しかし…アリスがご飯を作るなんて初めてではありませんか?」

「確かに…想像つかないな。」

いつも3人が準備するご飯を食している。

それもお菓子や果物。

ちゃんとした食事という食事をとっていない。

食生活自体危うい。

「ちょっとカフェオレのお代わりしてくる。」

そう言ったはいいものの気になるモード全開だった。

アリスのココアのカップもついでに持って行く。

アリスはココア。

圭はカフェオレ。

リンは珈琲。

マリーは紅茶。

皆飲んでいる物が違う。

台所に入ると思っていたより美味しそうな香りが充満していた。

思わず夢心地な気分になる。

「圭…?」

その声でようやく我に帰る。

「どうしたの?」

「あっ…」

カフェオレの御代りに…と言う前にアリスはああ、と納得いったような顔をした。

「コップ持って来てくれたのか。有り難う。」

「えっ、あっ…うん…」

思わず返事してからブンブンと首を振る。

そんな圭を不思議そうにアリスはみていた。

「…手伝いに来た…」

「えっ?」

聞き取れなかったらしくもう1度聴き返す。

「別にアリスの為じゃないよ!アリスだけじゃ心配だからね!!」

頭の上に?マークがついてもおかしくない様な顔をしていたがふっと笑った。

「料理できなさそうな顔してるくせに…」

「顔、関係ないよ!!」

楽しそうな笑い声が台所に響いた。

Re: 秘密 ( No.253 )
日時: 2014/02/22 00:20
名前: 雪 (ID: OMeZPkdt)

久しぶりにアリスと2人きりで言葉を交わした。

以前と変わらない…どころか今回はアリスの兄の為に自分から危険を顧みずに出向いたという。

以前と表情に何も変わりは無い。

少し安心した。

また無茶をしたんじゃないかと。

時々アリスを見ていられなくなる。

そこまで自分を削って人を助けようとする姿が。

別にアリスには自分のことなんて気にも留めていないだろう。

自分の為にしていると笑って言える様なそんな人だ。

だが、時々度が過ぎているとも思う。

そこまで自分を危険にさらしてまで何かを必死に守ろうとする。

それはきっともう何も失いたくないと主張しているようだった。

それってなんだか…

ふと目を止めるとアリスの服の袖から包帯が覗いていた。

しかも今にも取れそうな感じだった。

恐らく家事で水などに触れてふやけたのだろう。

「アリス…怪我?」

そう言いつつ手を伸ばし巻きなおそうとした。

しかし触れたとほぼ同時に彼女は手を払った。

それは。

拒絶。

「…これは…なんでもない…から…」

観ようと伸ばした手が包帯を引っ掛けてほんの一瞬だけ見えた。

濃くて痛々しい痣の痕。

そしてその痣は…

気のせいだろうか?

鎖の形をしているように見えた。

「アリス!!」

「…なんでもないって…」

アリスは拒絶を続けた。

「なんでもない訳ないだろ!何で相談しない!?」

詭弁だ。

こんなことを言ったって何も変わらない。

こんな言葉で救えるなら苦労はしない。

「…当然のことなんだ。相談するまでもない。」

相も変わらず拒絶を続ける。

「何でアリスが…」

「…大したことじゃない。」

「アリス!!」

もうシカトを決め込んだようでうんともすんとも言わなかった。

「…アリスのこと、もっと知りたいんだ…」

好きだから。

大好きだから。

「…アリスはいつも何も話さない。それを僕がどう思ってるかくらい考えてよ…」

それでも反応は無かった。

次の言葉を発しようとした時微かにアリスの声が聞こえた。

「…心配…したの…?」

いつものアリスらしくない。

小さな声。

「…うん。したよ…夜も眠れないくらい…死ぬほどした!!」

静寂が2人の間に舞い降りた。

窓が開いていたのかハタハタとアリスの髪が舞う。

「そっちに行くね…窓を閉めるだけだから…」

そうして2人が交差した時アリスが耳元で囁いた。

「…私の母は妾だった。」

ハッとしてアリスを見る。

けれどその目はこちらには向いていなかった。

その冷たい声に圭はアリスの横に立ちつくしたまま静止した。

「私の父は…母の特殊技能を求めた。そして私が生まれた…」

特殊技能?

「母は…望まぬ子を産まされ…屋敷からも居場所が失われ…精神病院に入れられた。」

父の部下の気まぐれな同情によって…

彼女は小さく呟いた。

「…特殊技能を持つ母の血と貴族で権力者の父の血。
その両方を兼ねそろえた私は無駄な人間関係を作らせないように牢に隔離されて育った。」

…本当ならここにいなかったはずの存在…————

その冷たい声は小さな声だったが心にまで響いた。

「けれど1度だけ…母が私に会いに来た…これはその時のペンダントだ。」

ジャラッと重い音がした。

横目で見るとアリスがギュッときつくペンダントを握りしめていた。

「やがて私はこの国に送られた…母の追跡を撒くために…
…無駄な人間関係など作れないと踏んでいたのだろう。私は化け物だからな。」

アリスはフッと自嘲気味に笑った。

「…父の思い通りに私にはロクな人間関係は作れなかった。ただ…圭達を除いて…——————」

ジトリとアリスの視線が圭の目をとらえる。

思わずビクリッと体が反応する。

「…私は満足だ。お前たちに出会えて…友を知り、恋を知れた…—————」

それだけで満足だ、と彼女は柔らかに微笑んだ。

Re: 秘密 ( No.254 )
日時: 2014/02/21 19:21
名前: 雪 (ID: LQ38T2Vh)

食堂にマリー達を呼ぶと圭が入って来た時と同じように夢心地な顔をした。

「おいしい!!」

「テリーヌにオムライス…ドリア!?」

「どうしてこんなレシピ知ってんだよ!!?」

「えっと…マリーの部屋に合った本を読んだだけ。材料が無駄にたくさんあるから。」

ここにはなんでも揃っている。

冷蔵庫を開けるだけで高級食材が沢山並んでいた。

食事が一段落すると食器を片づける。

アリスの意外な特技だった。

皿を洗い終わると談笑する4人から離れてテラスに出る。

夜風は冷たい。

「ありがと、圭。」

暫く2人の間に何も会話は無かった。

けれど動こうとしない圭を見てようやく口を開いた。

「さっきの話…誰にも話したことなかったけど…話したら少し気が楽になった。ありがとう。」

違う。

お礼が欲しかった訳じゃない。

でもそんな言葉も無に消えて行った。

「…アリスが…自分の話をしてくれたから…嬉しかった…」

アリスは横目で圭を確認するとふっと笑った。

「分かってたんだ…最初から圭達と同じ立ち位置には立てないって。
それでも…例えいつか消える夢だとしても…偶然でも…一緒にいられて楽しかった。」

悲しい言葉だった。

ずっと一緒にいたいっていうアリスの本心が見え隠れした。

「私は何時かここからいなくなる。それが明日か来月か何年も先か…分からないけど。
私は父の道具。そう言う風に生まれてきた。それがたとえ何を指していても…それ以外に私が生まれてきた意味なんてない。」

ここにいるアリスを完ぺきに否定する。

言葉だった。

・・・それ以外に生まれてきた意味なんてない・・・

「そんなことない!!」

えっ、とアリスの小さな口から驚きの言葉が零れた。

「アリスは他の誰のものでもない。アリスだけのものだ!!」

ただ感情的になっていた。

それでもアリスの力になりたかった。

アリスの傍にいたかった。

「大人はみんな勝手なことを言う。でも僕たちだって生きて…考えてるんだ!
アリスが生まれてきた意味なんて知らない。生まれてきた意味なんて…後で考えればいい。」

息が荒い。

アリスはどんな顔をしているだろう?

ここからじゃ顔も見えない。

「でもこれだけは言える。アリスは決してお父さんのためだけに生まれたんじゃない!!」

たとえ生まれが違おうとも。

アリスと出会える自信があった。

「この出会いは運命だから。たとえ生まれが違っても…絶対にアリスを見つける。」

例え何度アリスが目の前から姿を消そうとも…

地球の反対側に行ったとしても。

必ず見つけ出す。

「僕はその声を見失わない。何度だって見つけ出してやる!!なんどでも!!」

ハァハァ、と荒い圭の吐息だけが響く。

つい感情的になって怒鳴ってしまった。

顔を上げようとしたその時。

温かい何かが覆いかぶさってきた。

「…アリス…?」

おそるおそるアリスの背中に手を伸ばす。

そっと抱きしめ返す。

手のひらにアリスの美しい金髪の感触と温かい体温が伝わってきた。

「…ありがと…圭…」

肩にアリスの涙が落ちる。

また痩せた。

背も低くなった。

これ以上何を求めるという。

これ以上アリスからなにを奪うという。

しばらく圭を抱きしめていたらやがてそっとアリスの方から離れた。

「…やっぱり私には圭の言う事は分からない…」

そう静かに彼女は告げた。

驚きはしなかった。

「…でも…見つけてくれるって言った時、本当に嬉しかった。
前に言われた時もそうだったけど。やっぱり…改めて言われると凄くうれしい!」

瞳にはまだうっすらと涙の膜が張られている。

それでも彼女は笑った。

まだまだ危なっかしい。

これからもきっと沢山の危険がアリスを襲うだろう。

それからすべて守れるって言えるほど傲慢ではない。

それでも何か出来ることならやりたい。

一緒にいれば少しでも危険から救えるかもしれない。

というよりか一緒にいたい。

例えリンに恋をしてるとしても。

だから。

何をしても。

どんなに時間をかけても。

アリスの友達になりたい。

どうせ。

叶わない恋だから。

アリスの近くで。

この想いを隠しながら。

友達になりたい。

Re: 秘密 ( No.255 )
日時: 2014/02/21 19:46
名前: 雪 (ID: LQ38T2Vh)

〜・41章 アリスの誕生日・〜
台所で圭に話したことをよく考えた。

圭の気持ちはとても嬉しかった。

話を聞いてくれたし、話させてくれた。

圭には不思議と話を話しやすい。

好きだから…かな…?

顔に熱気が集まって思わずほおに手を添える。

好きだからこそ話せないこともある。

だから自分の事情を話せなかった。

でもアリスのことを知りたいって言われて…

不思議とスラスラ話してしまった。

そしてまた私は救われた。

圭とは不思議な人だ。

きっと私が今まで出会った人の中で一番。

不思議…————

でも私は圭のことを何も知らない。

家族構成も。

血液型も。

誕生日も。

といっても私も話してはいないが。

「誕生日、か…」

ふっと顔の血の気が引いた。

食後のやりとりを思い出す。

Re: 秘密 ( No.256 )
日時: 2014/02/21 22:46
名前: 雪 (ID: OMeZPkdt)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「ありがと、圭。」

暫く2人の間に何も会話は無かった。

けれど動こうとしない圭を見てようやく口を開いた。

「さっきの話…誰にも話したことなかったけど…話したら少し気が楽になった。ありがとう。」

言葉に偽りはなかった。

不思議。

圭と話すと何故か気が楽になる。

「…アリスが…自分の話をしてくれたから…嬉しかった…」

横目で圭を確認するとふっと笑った。

声が不思議と小さくなる。

「分かってたんだ…最初から圭達と同じ立ち位置には立てないって。
それでも…例えいつか消える夢だとしても…偶然でも…一緒にいられて楽しかった。」

偶然でも。

夢でも。

ずっと一緒にいたかった…

でも私は一緒にはいられないって分かっている。

それでも…!

「私は何時かここからいなくなる。それが明日か来月か何年も先か…分からないけど。
私は父の道具。そう言う風に生まれてきた。それがたとえ何を指していても…それ以外に私が生まれてきた意味なんてない。」

生まれてきた意味。

母にも置いていかれ、父の仕事の都合の為だけに今まで生きてきた。

そうでなければ牢に閉じ込められてきた意味が無い。

勿論父の生き方には賛成できない。

でもそのために生まれてきたと思っていた。

だから死ぬことも恐れていなかった。

死んだところで誰も悲しむことは無い。

「そんなことない!!」

えっ、と無意識のうちに驚きの言葉が零れた。

「アリスは他の誰のものでもない。アリスだけのものだ!!」

私だけの…

私だけの…私。

私の生き方。

私だけの人生…

「大人はみんな勝手なことを言う。でも僕たちだって生きて…考えてるんだ!
アリスが生まれてきた意味なんて知らない。生まれてきた意味なんて…後で考えればいい。」

息が荒い。

圭の息遣いがここまで聞こえる。

それだけ必死だと分かった。

私の為に…

こんなにも必死に…

私の…生まれた意味…

「でもこれだけは言える。アリスは決してお父さんのためだけに生まれたんじゃない!!」

たとえ私が父の子では無かったら…

普通に圭に恋をして…

一緒にいられたかな…

父の為ではなく。

自分の為に。

生きられたかな。

「この出会いは運命だから。たとえ生まれが違っても…絶対にアリスを見つける。」

例え私が地球の反対側に行ったとしても。

必ず見つけ出す。

そんな意志が読めた。

言葉は出ない。

不思議と圭なら私が何処に行っても見つけてくれる様な気がした。

「僕はその声を見失なったりしない。何度だって見つけ出してやる!!なんどでも!!」

ハァハァ、と荒い圭の吐息だけが響いた。

私の声…

何度でも…

私を見つける…?

暫く体が動かなかった。

突然のことで体が付いてこなかった。

やがて徐々に理解し始めた私は何故だか…胸のあたりが温かくなった。

そして…気付かぬうちに圭を抱きしめていた。

「…ありがと…圭…」

無意識のうちに口から紡がれる言葉。

気付けば涙まで流していた。

この胸の温かさは何だろう。

でもそれはとても心地よかった。

私が求めていたものだった。

また…圭に救われたのだった。

Re: 秘密 ( No.257 )
日時: 2015/07/04 16:59
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

やがて静かに圭から離れると私は素直な感想を告げた。

「…やっぱり私には圭の言う事は分からない…」

しかし圭の顔に驚きの色はなかった。

それが少し意外に思った。

「…でも…見つけてくれるって言った時、本当に嬉しかった。
前に言われた時もそうだったけど。やっぱり…改めて言われると凄くうれしい!」

先程とは全く違う。

声も明るく、表情にも色が付いた。

それでも涙が零れるのを必死でこらえた。

これ以上泣いて圭を困らせたくは無い。

それでもほんの1筋だけ涙が流れた。

しかしそれっきりもう私の瞳から涙が零れることは無かった。

圭は笑っていた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「考え事か?」

振り向かなくても誰かくらい分かる。

「…ちょっとね。リンは?」

「涼みに来ただけだ。」

相変わらずそっけない答え。

でも本当は優しいことを知っているからあまり気にならない。

まだ瞳が少し痛い。

泣いたからだろうか。

あんなに涙を流すなんて…昔の私じゃ考えられなかった。

「リン…圭の誕生日っていつ?」

「…俺といて圭の誕生日を聞くのかよ。」

「じゃあリンの教えてよ。」

「…ついで感半端ないな。」

愚痴愚痴と文句を言いながら答えた。

「…6月1日。ケイのは自分で聞け。」

「…どういう意味だ?」

リンに負けないようにぶっきらぼうに質問する。

「ケイのことをケイ以外に聞いてどうするんだよ。」

ふっ、と鼻で笑った。

「アハハ…!!」

突然笑い出した私をリンは変な目で見た。

「…やっぱりリンは面白いな。アハハ…」

お腹を抱えながら笑う。

「ぶっきらぼうに物を言うくせに面白いなんて、不思議な奴だな。」

何時までもケラケラと笑っていると少しだけ怒った様に少し声を張り上げた。

「おいっ!」

「…悪い悪い!可笑しくって…ふふ…!!あ〜面白かった!!」

1息つくと再び同じような調子でリンと言葉を交わす。

「それもそうだな。自分で聞くよ。有り難う。
リンと話すと調子狂わされちゃうな。やっぱりリンみたいな話し方は私には似合わんようだ。」

「そんな笑われるような話し方はした覚えは無いっ!!」

ふふっ、と小さく笑う。

怒っていたリンの声がやんだ。

「まぁ、そう怒るなよ。悪かったって。」

「分かってないだろ!もういい、俺は戻る!!」

夜だ。

夕飯を食べてからもうかなりの時間が経つ。

はぁ、と息を吐くと白く染まった息が空へと向かって消えた。

「…アリスは誕生日いつなんだ?」

出て行く前にリンが振りかえった。

「…さぁね。知らないんだ、誕生日。」

表情が固まった。

テラスの手すりにつかまったまま上半身だけ仰け反って逆さまのリンを見る。

ふざけるように笑った。

表情が固まるなんて…圭みたいだな。

無自覚にそう思っていることに少し驚いた。

「私、誕生日知らないんだ。誰にも話したことないけどね。
お前らだからだよ、話せるのは。」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

お前らと言った。

圭と一緒にいる時は圭だからと思っていたのに。

リンとだとお前らになる。

そう言った些細なことで圭への想いを実感する。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

よいしょっと、とブランブランしてた上半身を起こして手すりに寄りかかる。

にやりと笑う。

「ほら、そろそろ門限じゃないか?」

あまり遅くに帰ると寮監にとっちめられるぞ、と笑った。

浮かぬ顔をしたまま帰ろうとしたリンを今度は私が呼びとめた。

「リン、頑張れよ。」

マリーと。

本人は気付いていないようだが。

頑張れ、マリー。

「じゃあな。」

そういうとリンはテラスから出て行った。

暫くして玄関のドアがバタンッと閉まる音がした。

Re: 秘密 ( No.258 )
日時: 2015/07/04 18:15
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

暫くテラスで涼んでいた。

中にはいる気はあまりなかった。

まだほのかに赤い目元を他の奴らに見られたくなかったのだろうか。

…圭を抱きしめたことを思い出すと今でも顔が赤らむ。

暫くは頭を覚ましておきたい。

圭はもう自宅に戻っただろうか。

リンは寮。

マリーはお屋敷。

圭は自宅。

私は別宅。

皆見事に住んでいるところが違う。

その後マリーとも言葉を交わし、誕生日が3月3日であることを知った。

その時私の誕生日のことも告げた。

圭はまた後日に聞こう。

もしまだ帰っていなくてもさっきの今じゃ聞くに聞けない。

「アリス、帰るよ。」

ほんと…

何時も私を驚かすのはお前たちだ。

その中でも圭はずば抜けている。

「…うん、分かった。また今度ね。今度はショートケーキが良いな。」

顔は決して圭に見せない。

まだ目元が少し赤い。

「アリスって誕生日いつ?」

さっきの2人に聞いたのだろうか。

「…知らないんだ。誕生日。」

簡潔に答える。

あまり言葉を交わしたい気分ではなかった。

それはもちろん交わして喜んでいる自分がいる。

内心万歳だ。

でもこの顔はみられたくなかった。

散々目の前で泣いておいて何を言ってるんだろう。

「…圭は?」

「9月2日。」

6月1日に9月2日に3月3日。

見事に分かれている。

「3月、6月、9月。このノリじゃ私の誕生日は12月になりそうね。」

クスリ、と笑う。

「…アリス」

私は圭の言葉を遮った。

今日はいろんなことがありすぎた。

顔が合わせられない。

「そろそろ帰らないと…警官に補導されちゃうよ?」

「アリス…」

「もうこんな時間。明日も朝早いでしょう。」

無理矢理そう言うと諦めたのか圭は出て行った。

それとは入れ違いにアレクシスが入ってきた。

今日はやけにいろんな奴が訪ねてくるな。

「…いいのか?」

「…余計な御世話だ。」

それ以降アレクシスは追及しなかった。

「あの3人…いい奴だな。」

「…当然だ。親友だと、この私が認めたのだから。」

親友。

その言葉を聞く度、見かける度馬鹿にしてきた。

けれどあいつらこそが親友だと私はいつしか気付いた。

「俺は驚いた。お前にあんな友が出来るとは思わなかったからだ。」

「…私も驚いた。」

6年前、私達はどうやって出会ったのだろう。

歌って遊んでいるのは覚えている。

けれど出会いと別れについてはどうも記憶があいまいだ。

反応がいまいちな私を尻目にアレクシスは時計を確認した。

わざとらしくブランド物の時計だ。

「…私も帰るとしよう。」

「そうしろ。というかとっとと帰れ。」

考えるとこんなに長居したのは初めてだった。

それほど時間が経っていた。

「言われなくてもだ。」

冷めきった兄弟だ。

「…大事にしろ。」

出て行き際にアレクシスはそう囁くように告げた。

直後、テラスの扉はしまった。

私は1人で静かに呟いた。

「言われなくても…分かっている…!」

その声は小さかったけれどハッキリとした意思が込められていた。

私の言葉は静かに闇夜へ消えた。

Re: 秘密 ( No.259 )
日時: 2014/02/27 19:33
名前: 雪 (ID: LAVz8bty)

〜・42章 クリスマス前の失踪・〜
休みが始まり、クリスマスまであと数日という時だった。

アレクシスがいつものように私の別宅に訪れた。

だがその顔はいつもと違って辛気臭い顔だった。

「…また…行くのか…」

事情を話さなくても想像はつく。

「今度は何処へ行くのだ?」

「…父の別宅の1つ。そこに招待状をもつ者だけが入れるパーティーを行う。」

…表向きでは私のことを公表していない。

となると…

「私を餌にするのか…」

自分の為に使いたいのなら前もって使っておけばいいんだ。

連れて行ったりするとそこで見つかるリスクもある。

そんなリスクを冒してまで…捕まえたいもの…

それは…

「…私の母、か…」

私の母はきっと父の秘密を持っているのだろう。

その秘密はきっと父の立場を覆してしまうだろう。

だからこそ必死に母を捕まえようとしているのだろう。

しかし何故今となって…?

「情報が盗まれたのは何時だ…?」

アレクシスは苦虫を潰した様な苦い顔をした。

「…さぁな。発覚は最近だ。」

それほど奪われた情報は貴重だという事だ。

何時も貴重な書類や品々は金庫に入れる。

しかし本当に貴重なものは椅子の中に隠していたり…そう言った知恵を働かせる。

だからこそ奪われたのかもしれない。

けれど無くなると気付くはず。

しかし普段は気付かないように。

ばれないように。

しまい込んでるからこそ気付かなかったのだろうか?

毎日確認すると却ってばれる可能性が高まる。

何時取ったのか分からない。

きっと母は…私の為に奪ったのだろう。

けれどそれはもう…昔のことかもしれない。

何時取られたのか分からない…

つまりもう昔のことかもしれない。

「行くぞ。」

アレクシスが急かす。

クリスマスまで1週間を切っているというのに…

クリスマスは…あいつらと一緒に過ごしたかった。

初めてのクリスマス。

何かはよく知らないけれど本でだけなら読んだことがある。

何故か祝うらしい。

キリスト教徒でもないのに何故祝うのだろう…?と少し不思議だった。

「…分かった。」

出て行く前に少し今まで暮らしてきたこの屋敷を一瞥した。

床には果物やお菓子、本がまだ散らかったままだった。

いつの間にかここに親しみがわいていた。

今までどの家でも出て行く時に未練は無かった。

だが今は名残惜しかった。

皆と一緒に過ごした思い出が鮮明に脳裏に浮かぶ。

「…行くぞ。」

「…ああ。」

パタンっ、と静かに扉を閉じた。

Re: 秘密 ( No.260 )
日時: 2014/02/27 19:56
名前: 雪 (ID: LAVz8bty)

着いてから私はまたいつもの様にみすぼらしい服に着替えさせられ、父の別宅…もとい屋敷の奥底に囚われた。

何時もよりきつく鎖が締め付けられた。

足枷も何時もより重く感じる。

12月のため、切り裂く様な冷たい空気が肌を傷つける。

もうここに来て3日近く経っただろうか。

ここにいると時間の感覚が良く分からなくなる。

読んだ小説の中に秒単位で体内時計が正しい人がいた。

しかしここにいるとそう言ったスキルが羨ましい。

…もっとも時間が分かったところで何も変わらないが。

パーティーは今日の夕方に行われる。

もし母が来るのなら…それは今日だ。

今日来なかったのなら…きっと…母は…

ガチャリッと扉を開ける音が冷たい牢に響く。

「…大丈夫か…?」

遠慮がち。

しかし冷たい声だった。

「…今日は何日だ…?」

ここに来てから食事も本も取っていない。

我ながらかなり衰弱していると思った。

「24日だ。」

パーティーの話は今日だと知っていたがしかしそのパーティーがクリスマス・イブだとは知らなかった。

「クリスマス…」

やはりぬぐえない。

残念な気持ちが。

ガッカリした気持ちが。

「そろそろパーティーが始まるから…俺は戻る。」

圭達は来ない。

期待しても無駄だ。

「…そうか」

今日できっと私はまたあの別宅に戻るだろう。

きっと母は来ない…

きつくペンダントを握りしめる。

その様子を横目で眺めていたアレクシスはそのまま扉から出て行った。

クリスマス…

こんなところで過ごすのがもったいないと思った私を変わったなと私自身思った。

Re: 秘密 ( No.261 )
日時: 2014/02/27 20:15
名前: 雪 (ID: LAVz8bty)

宙を眺める。

ここに来てからというもの以前よりもっと圭達が恋しくなった。

圭達と培ってきた思い出がより鮮明に。

より愛しく。

脳裏を駈けめぐる。

もう…パーティーは始めっているだろうか。

大丈夫。

圭達はここにいない。

今のまま大人しくしていれば危害を加えられることもない。

万事解決。

分かっていたはずだ。

私は圭達とは違うって。

一緒に足並みをそろえることは出来ない。

同じ立場で世界を見渡すことは出来ない。

分かっていたはずだ。

でも…少しだけ覗いた…圭達の世界。

それはあまりにも眩しくて…かけがえのないものだった。

甘い毒の様にそれは私の体の中をめぐり、私の中の常識を覆す。

私はそんな世界に生きてはいけない。

・・・アリスは他の誰のものでもない。アリスだけのものだ!!・・・

圭の声が甦る。

有り難う。

凄くうれしかった。

私だけの…世界。

私だけの…生き方。

そんなものを掴む権利が私にあるのだろうか…

けれどそれでもいいと圭は言った。

今すぐには圭達と同じ世界にいられない。

少しずつ…圭達の世界に立って行きたい。

けれど圭達と同じくらいに母のことも好きなのだ。

私が悲鳴を上げることで母が危険に陥るのなら…

そう思って私は鳴かなかった。

でも…母の方は違うかもしれないけど…

「…圭」

そうつぶやいた時だ。

ソォ〜ッと扉が開く音がした。

懐かしい香り。

私がここに来てからずっと求めていたもの…

「…圭?」

Re: 秘密 ( No.262 )
日時: 2014/03/04 19:38
名前: 雪 (ID: 0Yhb0D44)

「アリス!!」

圭の声。

ずっと聞きたかった。

ここに来てから…ずっと…求めていた…

思わず覆う様に鎖を隠す。

だがそんな私に気も止めず圭は私を抱きしめた。

「…どうしてここが…?」

アレクシスか…?

「えっ…だってアリスが言ったんじゃないか。ここにいるって。」

やがて2人の体は離れた。

「私が…?」

思い当たる節は無い。

「私はずっとここにいた。だからそれは私ではない。」

「…でもあの金髪にあの顔…アリスのはずなんだけどなぁ…」

金髪に…私そっくりの顔…

思い当たる人物が1人だけいる。

「ママ…!」

私がまだ小さい頃。

牢に閉じ込められていた。

その窓から始めて母の顔を見た。

窓から手を差し伸べて私に話しかけてくれた。

顔が似ているのですぐに分かった。母だと。

本当にそっくりだった。

小さくて狭い窓。私は出ることは出来なかったけれどその時はとても嬉しかった。

私は確かケイにそう告げた。

ママは…まだ…私のことを…覚えていた…!

私はこの間まで忘れていたのに。

圭に話してようやく思い出した。

「ママ…」

来ないと思っていた。

来たら父に捕らえられてしまうから。

でもそれって…

・・・でもそれってさ…僕がアリスを救えないって思ってるからそういう結論になる訳でしょう・・・

ギュッとペンダントを握りしめる。

ママ…!

「あっ…そうそう、それとね。」



首をかしげていると圭はハンカチに包まれたあるものを渡した。

「君のお母さんから。誕生日プレゼント。」

そっとハンカチをめくって表れたのは…

紫色の宝石が付いた指輪だった。

「あの子に渡してくれって言われた時はよく意味が分からなかったけど…そう言う事だったんだね。」

「ママ…!!」

ギュッと指輪を握りしめた。

無意識に頬に涙が伝った。

聖なる夜の。

これ以上は無い。

素敵なプレゼント。

Re: 秘密 ( No.263 )
日時: 2014/03/06 13:42
名前: 雪 (ID: zyz/JhZx)

〜・43章 聖なる夜・〜
あれから圭は事の顛末をアリスに話した。

「まず、アリスがいなくなって凄く心配して探しまわっていたんだ。
いつもの様に町中探し回って。路地裏とか学校とか病院とか。」

そう言ったことを聞かされると少しだけ申し訳なく思うが仕方がないことだったのであえて返事はしない。

「それで見つからないから一旦基地にいったん戻った。
そしたら基地の近くの展望台に立っていたんだ。後ろ姿がアリスそっくりだったから声をかけた。」

長い金髪。

着ている服はまるでパーティーに参加しようとでもしているようなきれいなドレスだった。

「ついて来い。」

そう静かに告げると先導して歩き始めた。

「リン達は良いの?」

それを無視して彼女は歩を緩めなかった。

仕方なく彼女の後についていった。

「何処行くの?」

しかし彼女は再び無視した。

とりあえずメールで2人には知らせておこうと携帯を取り出すと素早く奪い取られた。

「ちょっ…!」

「携帯など不要だ。身なりは…制服で構わないか。」

反論を一切認めない強い口調でピシャリと言うと素早く番号を押し、どこかに電話をかけた。

何やらぶつぶつと呟くと彼女が呼び寄せたらしい車が目の前で止まった。

「行くぞ、八神圭。」

その時初めてフルネームで呼ばれた。

思えばそこで気付くべきだった。

Re: 秘密 ( No.264 )
日時: 2015/07/04 18:30
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

乗りこんだ車がビュンビュンッとスピードを上げる。

「…何処行くの?」

「…あの子のところだ。もっとも私は入口までだが。」

それっきり再び彼女は黙り込んだ。

「あの子…?」

それっきり2人の間に会話は無かった。

やがて自然に車が止まった。

「ありがとう、少しの間席を外してくれ。」

運転手にそう告げると彼女はどこからか紙袋を取り出して押し付けた。

「これをあの子に。」

品の良いハンカチに丁寧に包まれた物を渡してきた。

「…聖なる夜に。今日であの子が生まれて丁度16年。」

ハンカチを開くとそこには綺麗な指輪が入っていた。

アリスによく似合いそうだった。

少し古めかしいような感じがした。

「私は…あの子のことを…愛している。今も変わらずに。
けれどあの子の父であるテオドール・ロスコーはおぞましい男だ。」

テオドール…?

「私はあの子の傍にはいられない。」

「あの子って…?」

さっきからなにを言っているか全く分からない。

「あの子にはこれからも多くの困難が振りかかるだろう。守ってくれ。」

それからクルリと180度回転すると丁度車が戻って来て止まった。

「あの子は従業員立ち入り禁止区域の奥にいる。」

車に乗り込むとバタンッと扉を閉めた。

「私はもうあの子に会えないだろう。命を狙われる身の上だ。
一緒にいるだけであの子も火の粉を浴びるだろう。」

そう言って彼女は悲しそうな顔をした。

「だがあの子を産んで良かった。あの子だけが私の人生の唯一の便だ。
じゃあな、小僧。心して向かえ。」

そして圭はここまで来た。

話はそう言う事だった。

「ママ…ママ…」

アリスも思うところがあるのだろう。

うわ言のようにママ…ママ…と呟いていた。

Re: 秘密 ( No.265 )
日時: 2014/03/06 18:22
名前: 雪 (ID: XgYduqEk)

壁にかけてある鍵を手に取り、アリスの足枷を解いた。

「後は手だけだね。ちょっと見せて。」

「ママは…」

声のトーンが変わった。

もしかして…

「ママは…私さえいなければ命を狙われることもなく普通に暮らせるはずだったんだ!!
私さえいなければ…私なんかに構わなければ…」

アリスの顔を覗き込むと涙が頬を次々とつたっていた。

私が…いなければ…

悲しい言葉。

「私さえ生まれなければ普通に恋をして!普通に結婚して!!普通に子どもを産んで!!!そんな普通で幸せな生活があったはずなんだ!!
化け物なんて!生まされるはずじゃなかったんだ!!!私さえ…いなければ…」

化け物。

そんな訳ない。

アリスは普通の人間だ。

歌が大好きで。

ちょっと変わったところもあるけど決めたら真っすぐで。

頭が良くて。

偉そうで。

笑うと可愛い。

普通の女の子だ。

「アリス!!」

聞こえてない。

「私さえいなければ…!」

「アリス!!!」

「うああああぁぁぁぁぁぁぁぁ———————!!」

アリスの。

暴走。

無意識にアリスの手首を掴んでいた。

無意識にアリスと唇を重ねていた。

Re: 秘密 ( No.266 )
日時: 2014/03/06 20:04
名前: 雪 (ID: XgYduqEk)

今の現状は何だろう。

私が暴走して…

それなのになぜ私は圭と唇を重ねているのだろう。

「…圭…?」

ようやくの思いで口を開き、圭に問いかける。

すると圭はビクリッと体を震わせ、顔を朱に染めた。

耳まだ真っ赤になっていた。

お互いへたり込み、お互い現状の理解が難しそうだった。

「…なんで…?」

頬が熱を持っている。

私もきっと顔が赤いのだろう。

無理もない。

キスなんてものに経験も縁すらもなかった。

キス。

その単語が頭に浮かびあがって更に熱が上がった様な気がした。

「…どういう意味…?」

ほろりと1筋の涙が零れた。

嬉しい。

嬉しいはずなのに…心が寒い。

「…ごめん」

圭はそう1言呟くと手枷を外した。

へたり、と腕が力なく床に就いた。

「…ごめん、圭…私…圭の想いには応えられない…!」

好きなのに。

大好きなのに。

私は圭を拒んだ。

父のこと。

母のこと。

私自身のこと。

そう言ったものを考えたら圭と一緒にはいられない。

凄く嬉しかった。

でも私は…圭と一緒にいられない…!

一緒にいたら被害が及んでしまう。

好きだからこそ。

私のことに巻き込みたくない。

ここで圭の想いに応えたらまた…今度は圭にまで…

辛い想いをさせてしまう。

「冗談だよ!冗談!!本当にアリスはつれないな〜!!」

えっ?

「僕がアリスのこと、好きだとでも思ってるの?僕たち友達でしょう。」

「…どういう事…?」

理解が出来なかった。

じゃあさっきのキスは…?

「だから〜なんか暴走止めようとして咄嗟に?ああしちゃっただけ。
だから理由は何であれごめん!!」

安堵した私がいた。

暴走を止めようとしただけで私が好きな訳じゃない。

それが分かってほっとした。

「…良かった…」

曇っていた表情が少しだけ晴れた気がした。

圭が私のこと…好きじゃなくて良かった。

私は心の底から安心した。

やっぱり今のままが良いんだ。

圭は好きだけど。

だからこそ圭を守りたい。

だから今のままで。

これで。

良かったんだ。

そう何度も良い聞かせ続けた。

Re: 秘密 ( No.267 )
日時: 2016/04/09 00:27
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

〜・44章 クリスマス・〜
「これ、渡されてた袋。」

中を覗き込むととても立派なドレスが入っていた。

逃げ出すための手段か。

便利に着替えるための簡易更衣室的なものが入っていた。

最初はフラフープに布が付いてるだけだと思っていたがどうやら更衣室代わりらしい。

着替えてドレスに着替えると中に入っていたバレエシューズを履いた。

久々に立って歩くのにはなかなか困難を極めたが何とか圭の助けを借りずに歩けた。

母が用意してくれたぺたんこ靴のお陰だろうか。

圭の助けを借りたくは無かった。

好意は無くともキスはキスだ。

動揺だってする。

「行こう、まだ客がいるはずだ。」

客に紛れて帰らせるように招待状もちゃんと入っていた。

牢を抜け出して何度も右、左、と曲がり扉を開けるとパーティー会場につながっている。

扉を開けると何故か慌ただしく従業員が右往左往としていて私達に気を止めてもいなかった。

それから周りに十分に注意を払って堂々と入口から出ていった。

「…しかしさすがアリスのお母さん。一体どうやって…」

「自動販売機だ。」

視界の端で見た程度だが。

「自動販売機?」

「1度コンセントを抜いた後コンセントを再び指すと防犯機能が作動する。母はそれを利用したのだ。推測でしかないが。」

こんなパーティー会場に自動販売機など不釣り合いだが、ここの自販機は飲み薬等を売っているのだからあっても不思議ではない。

外に出るとビュウッと風が吹いた。

「…本当に…私のこと好きじゃないの…?」

「だから!何度も言ってるじゃん!!友達だって!勢い余ってしちゃったけど。
何度も言ってて恥ずかしくないの?自分で私のこと好きかって、聞いて。」

少し無理しているように聞こえたが気のせいだと納得させた。

「…良かった。」

ようやく顔がほころんだ。

やっと笑えた。

期待はしない方が良い。

後が辛くなるだけだから。

「そうだ、アリス。」



「お誕生日おめでとう。」

背後で12時を知らせる時計の鮮やかなメロディが鳴った。

あはっ、と笑った。

「…有り難う。」

その時2人の前に鮮やかで儚い雪が降った。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

それから少し歩いてタクシーを拾って何度か乗り替えて別宅にたどり着いた。

車の中でアレクシスに電話をかけた。

お取り込み中なのか電話に出なかった。

仕方なく留守電を残しておいた。

「もう夜も更けちゃたね。」

「…うん。でもせっかくのクリスマスだし。これもまた一興だよ。」

少し肌寒かった。

皆何故ドレスで歩き回って寒くないのだろうか?

「あっ、それと明日はItemMemberは無いから。アリスがいなくなったから活動も停止中。歌わせるのも忍びないし。
仁科に連絡を入れたら26日からいいって。明日から急になんて無理だろうし。」

「…うん。」

まだ唇にさっきの感触が残っている。

クリスマスには最高過ぎるプレゼント。

「後、明日は家にいるよね。」

「そりゃこの状態じゃ外に出られないし…」

何を当然なことを…

「明日、撮影があるから。あの別宅で。クリスマス特集組むって。
あそこ、外観も内装も写真撮影にうってつけだからって仁科が。」

「そうか?」

住んでこそいるが、書斎からほとんど出ない。

家の作りだって分からない。

しかし…

「…嘘が下手だな、圭は…」

「ん?何か言った?」

「…ううん。じゃあ待ってる。楽しみにして。」

そう言って彼女は微笑んだ。

何時もと変わらぬ可愛らしい笑顔だった。

彼女はすべてを見透かした顔をしていた。

Re: 秘密 ( No.269 )
日時: 2016/04/09 00:29
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

彼女にキスした時。

あの時ただアリスを救いたかった。

その想いだけだった。

でもその結果…

彼女は1筋だけ涙を流した。

嗚咽も漏らさず。

ただ。

1筋だけの涙を。

彼女は笑わなかった。

元々笑う訳は無かった。

でもその涙を見て想いを告げることがアリスにとってはいいことではないと思い知らされた。

だから咄嗟に嘘を吐いた。

全く好きではないと。

友達だと。

アリスを救うにはあまりにも非力だという事を思い知らされた。

咄嗟に行動に出た結果は、アリスを傷つけただけだった。

だから嘘を吐いた。

好きではないと分かってようやく彼女は笑った。

好きじゃないって言った。

あの時。

彼女は確かに笑った。

好きとかそう言った前にアリスの笑顔を守りたかった。

自分が好きじゃないという事が。

一生友達でいることが。

自分の想いを告げないことが。

彼女の笑顔につながるなら。

それでいいと思った。

きっとこの気持ちに諦めは一生つかない。

6年たっても驚くほど気持ちが変わらなかったのだから。

でも笑わないアリスの隣なんていらない。

僕は笑うアリスの隣が欲しいんだ。

その為なら、一生友達として。

一緒に笑うんだ。

いつまでも。

Re: 秘密 ( No.270 )
日時: 2014/03/11 18:54
名前: 雪 (ID: vMaG66qM)

圭にキスされた時。

私は現状についての理解が出来なかった。

徐々に分かってきた現実。

でも私はそれを拒否した。

友達…

自分で拒んでおきながらそんな言葉に引っかかるなんて。

でも友達で良い。

圭を傷つけるくらいなら。

つまらない。

これからまた退屈な日々を過ごすことになっても。

一生友達でも。

…例え傍にいられなくなったとしても。

それでも。

傷つけるよりかずっといい。

マリー達は言った。

・・・アリスはもうアリスのためだけに生きてる訳じゃないんだから・・・

あの3人はそう言った。

ならなんのために生きているのだろう。

私は私の為だけに生きていない。

だから3人の為に生きる。

3人を守るために。

友達の先に。

好きって初めて思った。

初めての恋。

儚かったな…私の恋。

でもそれでも。

私が圭達といられるならそれでいいや。

傷つけるぐらいなら。

こんな恋。

自分からぶち壊してやる。

さようなら。

もう二度と会わないことを祈る。

私の恋。

Re: 秘密 ( No.271 )
日時: 2014/03/11 19:57
名前: 雪 (ID: vMaG66qM)

〜・45章 クリスマスパーティー・〜
ピンポーン

軽やかなチャイムの音が屋敷の中に響く。

もぞもぞとしばらく居留守を使うが何時までもチャイムは鳴り響く。

ええい、と起き上がって大きな欠伸をした。

昔なら寝不足なんてことは無かったのに…平和ボケでもしたのだろうか?

寝巻のまま玄関に出向く。

朝だと思っていたが外を見るとすでに日は傾きかけていた。

それだけ寝たのに未だに眠気が拭いきれないとは…年をとった様なそんな気分になった。

玄関の扉の前で立ち止まると一瞬立ち止まる。

だがのぞき穴を見るまでもない。

誰かなんて想像を通り過ぎて確信すらつく。

カチャリッと鍵を開けるとノロノロとドアを開けた。

パパパーンと愉快な音が響いた。

それと同時火薬のにおいが鼻を刺激する。

「1日遅れですが…メリークリスマス!!」

「…鳴らす前に言えよ、お前ら。」

火薬のにおいを払う様に手を振りながら挨拶代わりの文句を叩きつける。

「まぁいいや、勝手に上がれば?私は着替えて来るから。」

ペタペタと裸足の軽快な音を響かせながら屋敷の奥に引っ込む。

クローゼットの前でしばし考え込むと鮮やかな紫に少し近い桃色のドレスを手に取った。

「待たせたな。」

金髪になってからドレスを着る機会が増えた。

だがドレスの方がまだ金髪に似つかわしい。

「ケーキに…プレゼント…クリスマスパーティーとやらか?
私はこう言った催しは初めてなので足手まといになるかもしれないが、
是非ともお前たちで楽しませてくれ。」

一瞬だんまりした空気が流れた。

「…どうした?」

「い、いえ…アリスらしくないなと…何かありました?」

なかなかに確信を付いている。

「何も。」

「…そうですか?」

浮かない顔ながらマリーはそれ以降踏み込んでは来なかった。

そそくさとテーブルに広げられてくる御馳走の数々に思わず目移りしてしまう。

「では。アリス、乾杯の音頭を。」

「…えっ?」

突然の提案。

でもそう言った不意打ちはむしろマリーらしい。

「では…」

コホンッと小さく咳払いすると私なりに言葉にしてみた。

「再会して最初のクリスマスパーティー、皆で精一杯楽しみましょう!!」

「小学生か…」

「うっさい!!」

ついついリンの些細なからかいに乗せられてしまった。

改めまして…

「これより、ItemMember主催のクリスマスパーティーを開催いたします!!乾杯!!」

そうして私達は天高く掲げたグラスをカチンッと綺麗な音を響かせた。

これよりクリスマスパーティーが始まる。

Re: 秘密 ( No.272 )
日時: 2014/03/12 17:02
名前: 雪 (ID: DNzgYQrN)

「クリスマスってテレビつまんないな…」

ザッピング?というのだろうか。

適当にテレビのチャンネルを変えるがそこまで面白いものもない。

「まぁ、クリスマスの番組なんて1人でクリスマスを過ごす悲しい人の為にあるのですから。」

「ちょい、チキンとって。」

「ほい。」

クリスマスパーティーと言ってもゲーム1つなければただの飲み食いだ。

「飲み物取ってくる。」

冷蔵庫を開けると想像に反して全く飲み物が入っていなかった。

「ちっ…」

外に買いに出かけるにも…一度着替えなければいけない。

ドレスのまま外に出るのは気が引ける。

「どうかしたか?」

台所の入口から聞きなれた声が飛び込んだ。

「飲み物が足りなくて…買いに行こうかなっ、なんて思っただけ。」

「俺も行く。」

断る理由もないので軽く着替えて一緒に行くことになった。

半袖のカジュアルワンピースに白いカーディガンを羽織った。

耳元にはいつもと同じようにイヤリングが光っていた。

それを見る度にリンが心傷つけることなんて当然アリスは知らない。

「飲み物と…一応お菓子も買った方が良いよね。」

よいしょ、と腰を挙げた瞬間にぐらりと視界が揺れた。

トスッと軽いものが着地した音がした。

「やはり、昨日の今日じゃまだ慣れないか…一応バレエシューズはいてきたのに…」

その靴は昨日母が渡したものだった。

「迷惑かけたな、行くぞ。」

立ち上がるとまだまだふらふらとした足取りで会計に向かっている。

「うわっ!」

再び視界が揺れた。

流石にもう歩くのはダメだろう。

「座っていろ。会計は俺が済ませる。」

「かたじけないな。」

リンの言葉に甘えてコンビニを出ると近くのベンチに腰を下ろす。

買い出しと言っても基地の階段を下りて少し歩くだけなのでそう言った感覚は無いが。

屋敷とは反対側なので少し離れている。

だがそこまで遠くは無い。

リンに抱きとめられた時…全くと言っても良いほど何も感じなかった。

圭に抱きとめられると、何時も鼓動が速くなる。

でもリンにはそう言ったことが無かった。

何時までも女々しいな。

圭から貰ったイヤリングなんていつまでもつけて。

「…全く。」

諦めると決めたのに。

今まで決めたら揺らぐことを知らなかった。

決めたらそれに向かって一直線に進んだ。

けれども私はこんなにも揺らいでいる。

何回も何回も。

でも諦めると決めたのだから。

何時までも囚われてはいけない。

油断は大敵。

優柔不断なんて縁のない生き方をしていた。

だからこんなにも揺らぐ自分に少し驚いた。

でもそれも自分の一面なんだと思い知らされた。

Re: 秘密 ( No.273 )
日時: 2014/03/16 11:44
名前: 雪 (ID: UOrUatGX)

「待たせたな。」

気付かぬ間にリンが店から出て私の目の前に立っていた。

手には少し大きめなビニール袋がぶら下がっていた。

「じゃあ、行くか…あっ…」

よいしょ、と腰を上げると再び視界が揺らいだ。

再びベンチに着地する。

3人が訪ねてきたので気丈に振る舞っていたが昨日の今日で流石にすぐ普通に歩けるようにはならない。

昨日はバレエシューズを履いていたからこそ歩けたが、それでも足取りはおぼつかなかった。

今日となって昨日の疲れがぶり返してきたようだ。

「その調子では普通に歩けても階段上るのはきついだろ。ほら。」

そう言ってリンは私の前にしゃがみこんだ。

最初は少し意味が分かりかねたが少しずつその意味を理解して頬に熱が蓄積されていった。

「ちょっ…!?」

「いいから。」

「…う…うん…」

最初は遠慮していたが覚悟を決めて恐る恐るリンの背中に身を預ける。

誰だって男子におんぶされたら遠慮してしまう。

「軽いな。」

「…世辞は良い…」

ゆさゆさとリンの背中が揺れる度に金色に輝く長い髪が揺れた。

「そんなひらひらしたの着るなんて…なんか懐かしいな…」

知られてはいけない。

6年前のこと…覚えていないだなんて…

「ひらひらした服って言うのは昔から苦手なんだよ…でもマリーが…」

マリーはとても服にうるさくてズボンも全部没収された。

恋する女にズボンは不要だそうだ…

そんな心の声を察したのか少し気の毒そうな目で私を見ていた。

「お前も大変だな…時に1つ聞いていいか?」

なんでもない調子で聞いたのでなにげに聞き返した。

「なんだ?」

「…何かあったのか?」

一瞬。

時間が止まった様な気がした。

「…やっぱり私はそんなに顔に出やすいのか?」

「まぁな。…やっぱり昨日のことか?」

その口ぶりでは…

圭はもう昨日のことを話したのだろう。

キスのことは伏せているだろうけど…

突然頭によぎる昨日の記憶。

そうか…あれってまだ昨日のことなのか…

無意識のうちにギクシャクしているだろう。

「私って…まだ圭のこと好きなのかな…」

背中越しにリンの背中がビクリと震えた。

諦めたつもりだった。

でも諦め切れていないかもしれない。

「…ああ…まだそう見える…」

リンにしては珍しい。

震える声。

気丈に振る舞っているが何かに耐えているようにも見えた。

でもその原因は私にはわからない。

「やっぱり…そうかな…」

私もそう思っていた。

圭のことを諦められていない様に私自身薄々思っていた。

「そう言ったものは諦められるものじゃないだろう。」

私は諦めたかった。

圭と一緒にいることで私の何かが変わるのが怖かった。

変わったら…普通の女の子みたいになったら…今まで積み重ねてきた何かが壊れる気がした。

それがなくなったら母と会う前に精神から折れると思っていた。

母に会うために。

私は色んな事に耐えてきた。

でも圭と会って…恋をして…普通の女の子になるのが怖かった。

そう言った守るべき対象。

それが増えるとそれだけ私の心は揺れる。

母に会う為だけに。

自分の為だけに。

生きてきた。

だから守る対象が増えることは望ましくなかった。

私は私の為だけに生きてきたからこそ今ここにいれる。

守る対象が増えることで。

周りを傷つけることが。

自分が生きづらくなるのが。

人を信じるのが怖くて。

そう言ったものをいつも考えてしまう。

だから友達になるのが怖かった。

ましてや友達の先になんて。

行くのが怖かった。

「…少し楽になった。」

いつの間にか別宅についていた。

ピョンッ、とリンの背中から飛び降りる。

「ありがと、リン!」

「…どういたしまして。」



凛の顔が暗闇の中でも鮮明に分かるほど真っ赤に染まっていた。

「リン、顔赤いよ?どうかしたの?」

「…なんでもないよ。」

不可解なままだったがそれきりその話は終わった。

Re: 秘密 ( No.274 )
日時: 2014/03/30 15:10
名前: 雪 (ID: DNCcZWoc)

「リンの言う通りかもしれない。」

彼女は言った。

「諦めるなんて…できることじゃないかもしれない。」

痛いほどに伝わってくる。

アリスがいかに圭を好きなのか。

どれだけ自分の気持ちを抑え込んでいるか。

圭を好きにならない。

きっとそれがアリスの中で出された結論。

きっとそれはアリスの為にじゃない。

圭の為に。

彼女はそう言ったのだろう。

「叶う訳の無い恋…でも私は圭が好きだって認める。その上で私は圭との恋を諦める。」

…一緒にいると危険な目に合わせるから。

声には出していないのに聞こえたアリスの声。

圭が好き。

好きだからこそ諦めなくてはいけない恋。

彼女は踏ん切りをつけようとしている。

圭と。

圭を好きな自分自身に。

こう言った時。

どうすればいいか分からない。

そこが圭との違いだろうか。

圭ならきっと声を荒げてアリスを叱るだろう。

もっと自分を大事にしろとか、何時か必ず助けるから、とか。

世迷言だと思える様なそんな歯の浮く様な台詞。

でもそんな言葉でもアリスに語りかけ、実際には救ってきた。

何も言わないより、ずっとマシだ。

何もしないより、救われないのを分かってでも言葉をかけることのできる。

そんな圭と。

自分との違いはこう言ったところにあるのだと思った。

叶わない、と思った。

圭との恋を諦めても…勿論自分に目を向ける訳が無い。

それでも…

アリスを好きになった1人の男として。

少しでもアリスの力になりたい。

そう思うのに何のためらいもなかった。

アリスが好きだからアリスの好きな男に近づきたがるのは。

アリスの好きな男を越えたいと思うのは可笑しいことじゃない。

絶対に自分に振り向かないと分かって。

それでもせめて振り向かせる努力をしても罰は当たらない。

「今の俺にはアリスを助けることは出来ない。」

でも…

「それでもアリスのことが大事だって思うのは俺だけじゃない。
…それがアリスの出した答えなら俺は止めない。でもそのことは忘れないでほしい。」

何言っているんだろう。

何を言えばいいか分からないからって変にも程があるだろう。

それでも彼女はゆっくりと微笑み、笑った。

「ありがと、リン。」

なんだか少しだけ圭とならべた気がして嬉しかった。

Re: 秘密 ( No.275 )
日時: 2014/03/16 11:56
名前: 雪 (ID: UOrUatGX)

〜・46章 プレゼント交換・〜
リンとの買い出しの後、別宅に戻った。

2人で何かを計画したのか顔はにやけていた。

「そろそろプレゼント交換しません?」

「…プレゼント交換?」

「プレゼントを交換するんだ。」

そんなの聞いていない。

勿論プレゼントなど準備していない。

「聞いてないよ!」

「伝えませんでしたっけ?」

もし伝えられているなら私は絶対に忘れない。

だから伝えられていないのだ。

まぁ…文化祭の後、アレクシスの恋を叶えたりなんだの話す機会は目に見えて減っていた。

聞いていなくても不思議ではない。

「プレゼント交換って言うか…交換ではなく各々にプレゼントを渡す形式にしますが。」

という事は…

「つまり…1人3人分のプレゼントを各々準備する…ってことか?」

「ええ!それぞれ欲しいものや送りたいものが違うと思いますので。」

「それって交換じゃないんじゃ…」

「まぁまぁ!!」

そんなこんなでプレゼント交換もといプレゼント渡しが始まった。

Re: 秘密 ( No.276 )
日時: 2014/11/15 18:46
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「ところで皆は帰省しないの?」

プレゼントの包みに苦戦しながらふとちょっとした疑問を投げかける。

「知っての通り私は父と同居してますわ。ほとんど帰って来ないのですが。」

「俺はしない。」

「僕もしないかな。」

皆案外するものだと思っていたので少し拍子抜けだ。

「じゃあ年越しも皆で過ごしましょう。年越しまでは…ItemMemberが立て込んでますね…」

そう言って遠い目をした。

責めている訳ではないのに少しだけ負い目を感じる。

活動が出来ないのはボーカルの私がいないこと。

「年越しでなんで集まるの?」

年越しというものは1人で過ごすものだ。

1人で除夜の鐘が鳴るのを聞くのが毎年の楽しみだった。

誰かが隣にいる年越し等やったことが無いのでそう言ったものが良く分からない。

「年越しながら初詣!」

初詣?

「初詣、この近くの涼風神社でも出店を出すそうでそこで飲み食いしながら初日の出!!」

初日の出は見たことが無い。

元旦でもなんでも関係なく規則正しい生活を送った。

といっても何時もは乱れまくっているので、冬休みの内に体内時計を調整する。

「大げさな…」

「私、初詣は毎年しているのですが…日の出は見たことが無くて…」

灘家というと…

「毎年涼風神社に新年の挨拶?してるんだっけ?」

「ええ…でもどうしてそれを…?」

前に灘家の歴史を洗いだした時に目に映ったのを覚えていただけだ。

「まぁ…色々…」

ようやく開いたプレゼントの中には、可愛らしい布の様なものがはいっていた。

だが何かは大方分かった。

「あのさぁ…マリー…服を靴下から帽子まで1式揃えなくても…」

取り出すとそこには靴下、靴、ニーハイ、ワンピース、帽子、マフラー諸々の服がはいっていた。

流石金持ち。

「アリスは私が服を準備しないといつも同じ服ばっかり着るじゃない!
パーカーとか短パンとか地味なものばかり…」

「そっちの方が動きやすいんだからいいじゃない!それに今はマリーの準備した服しか着てないし…」

そのおかげでいつも恥ずかしい想いをして、スカートをはいている。

しかしマリーは微笑んだ。

「そっちの方がお似合いです。」

もぅ…といいながら結局は貰ってしまうのだった。

Re: 秘密 ( No.277 )
日時: 2014/03/17 17:06
名前: 雪 (ID: jSrGYrPF)

「有り難う…貰っておくよ…」

マリーはスカートとかワンピースばかり着る。

けれど趣味は悪くない。

一旦箱の蓋を閉じると次の包みを開け始める。

でもマリーがこうやって女の子らしい服を着るようになったのはここ最近だと私は認識している。

以前は男物のシャツばかり着ていた覚えがある。

時々スカートなどを履いていたが彼女はそれをひどく嫌がっていた覚えがあった。

私もパーカーに短パンという出で立ちで全然女の子らしくないと言った話をしていた。

今でもリンの前なのか華やかな服だが、リンがいなかった頃はまた味気に服を着ていた。

ストリートライブにも何時も男物のシャツにジーパンといったいでたちだった。

何故いつもそのような格好なのか私にも分からない。

ただリンの前では何時も女の子らしい格好をしていた。

それになんの意図があるかは知らない。

おおよその想像はついているが。

「これ…もしかしてリン…?」

中に入っていたのは予定帳だった。

リンらしく黒一色だ。

「…ああ。」

予定帳などなくてもその日に合った出来事は鮮明に覚えられる。

何日に何をするかなんて完璧に覚えている。

「だが…記念としてもらっておこう。」

ItemMemberを活動する度に私達は写真をとる。

それを加工すればシールにもなる。

それを張ればここにいた物が形になる。

ここにいたという痕跡をここに残せる。

「…ありがと。」

この記憶能力のことはまだ3人にも話していない。

この能力のことを知ったらさらに危険が増す気がする。

リンは親の話を聞いたことが無い。

そこらへんも大方想像がつく。

リンは今も昔もやけにきっちりしていた。

聞いたことのないリンの親の話。

そして何時もきっちりしている服。

呼ばれたことのないリンの実家。

そこからはじき出される答え。

皆それぞれ闇を抱えている。

だからこそ共感できるところがあるのかもしれない。

再びふたを閉めると最後の包みに手を伸ばした。

Re: 秘密 ( No.278 )
日時: 2016/04/09 00:41
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

残るのは圭のプレゼント。

けれどそれを開ける時、一瞬だけ迷いが生まれた。

圭は親にも恵まれ、特に影らしい影を見たことが無い。

私と違って。

普通なのに。

でも。

私のことを理解しようとしてくれる。

「これ…」

ぬいぐるみ。

小さくて真っ白なウサギのぬいぐるみ。

首には赤くて細いリボンが結ばれ、鈴が付いている。

「…こどもっぽい…」

「全く!これだから乙女心の分からない殿方は嫌なんですよ。」

「ちょっ…君たちに言われたくないよ!」



3人の声を聞きながらじっと見つめていた。

表情も読めないが可愛らしい。

それを3人が見ていたのに気付き慌てて手を離した。

「アリスってこう見えて子供っぽいもの好きだからね…」

「あらあら…」

「餓鬼…」

「ちょっ…!?」

何故だろう。

教えたこともないのに。

私のことを知っている。

辛いことがあると何時も傍にいる。

下手な同情をする訳でもなく。

慰める訳でもなく。

傍にいてくれる。

「…ありがと、お前達。」

小さな感謝の声。

それを聞いて3人がにやりと笑った。

それに気付いて否定する。

下らないことで。

笑ったり。

泣いたり。

喜びあったりすることが出来る。

そういった関係がとても尊い。

それを常々実感する日々。

だからこそ怖い。

この儚い日常が壊れることが。

皆と出会って。

私は恐れを知った。

それが父の道具として生きるには不便なことこの上ない。

不要なものである。

だが…1人の人間としては。

儚くて希少なものである。

さてはて私はどちらに傾くのだろう。

道具か、人間か。

ポケットの中で携帯が震えた。

Re: 秘密 ( No.279 )
日時: 2014/03/17 18:46
名前: 雪 (ID: jSrGYrPF)

〜・47章 前兆・〜
表示される名前はアレクシスの名。

逃亡して1日たってからようやく電話をかけるなんて…やることが遅いな。

3人から少し離れて電話に出る。

「よう、アレクシス。連絡が遅いからどうしたかと思ったよ。」

「貴様…っ!?」

「母を誘き出そうとしてしたようだがね。どの道は母は来ないよ…結局当たり前の様にあいつらが助けてくれた。」

圭だけじゃない。

あいつらだって私の闇を祓った。

傍にいて傷をいやした。

「…」

「…なんだよ。言い返さないなんてお前らしくないな。結婚して平和ボケにでもなったか?」

「なっ…!?」

「私は今の居場所を大事にするよ。何時か失われると分かっていても…未来の私を作り出すのは今の私だから。
きっと今ここにいることが。そのことだけが。未来の私の糧になる。」

ここにいることが。

ここにいて。

皆と一緒にいる。

互いが互いの支えになる。

そんな生活が。

それが何時か私が向き合わなければならない闇の中で。

唯一の光。

唯一の希望になるから。

「私は足掻き続けるよ。」

あいつらを守るためなら。

「私はもう私の為だけに生きてる訳じゃない。」

「…怪物のくせに…!」

憎らしげな兄の声。

でもそれでも私の声は無意識に楽しそうに弾んでいた。

「…ああ、確かに私は怪物だ。怪物だからこそ皆を守れる。」

父の道具として買われた力。

それが父から皆を守れる力になる。

「…変わっ…な…」

「…?何か言ったか?」

「なんでもない。」

「…そうか。」

聞こえていたよ。

流石は私の兄だ。

「1つ…忠告しておこう。」



「貴様が逃げたことにより、父上は考えを改めた。優秀な頭脳。それの対になるパートナーを枷としてそちらに派遣することになった。
こちらに閉じ込めても逃げるなら、絶対に逃げられない枷があるその町に共に放りこんでおこうという魂胆だ。」

私と対になる…パートナー…?

まさか…!?

「近日中にそちらにエリスが向かう。」

「エリス…!?」

私の声が中にも響いたのか3人が怪訝そうな顔をしているのにようやく気が付き、慌てて声を抑える。

「…そうか…エリスが来るのか…」

ふぅ、と小さく溜め息を吐く。

「…分かった。」

それからついでと言った感じで話しかける。

「…それと貴様は年明けこちらに来ないか?」

「は?」

「マリーが言っていたのだよ。年越しも皆で過ごしましょう、と。
あいつらが言う皆には私だけでなくだからお前も含まれている。だから仕方なく呼んでやろうと言っている。」

気まずい沈黙がつかの間流れる。

「万里花嬢のお誘いなら断れないな。…分かった、行こう。」

「ヘタレ兄貴め。」

「なっ…!?」

ピッと電話のボタンをきる。

部屋に戻ると3人は相変わらず騒いでいる様に…装っていた。

「じゃあ、これ無くさないように大事にするね!お手洗いに行ってくる。」

壁を伝いながら有無を言わせぬ様に強い口調で部屋を出ると屋敷の廊下を右、左へと曲がった。

辿り着いたその扉にはパソコン室という札がかかっていた。

Re: 秘密 ( No.280 )
日時: 2014/03/17 19:49
名前: 雪 (ID: jSrGYrPF)

素早くパソコンを起動させると、カタカタとキーボードを打つ。

エリスは私と対と呼ばれるほどで私とは逆の存在だった。

私は出生さえ伏せられ、牢に囚われていた。

けれど彼女は表向きのパーティーなどに出席し、屋敷に暮らし、私に情報をもたらす。

エリス=ベクレルと検索すると、輝かしき経歴が表示される。

名前も聞いたことのない様な賞状。

けれどこれらはたいてい偽造されている。

彼女は表向きに情報を収集し、時には相手を追い詰める。

それがエリス=ベクレル。

私と対と呼ばれるのもうなずける。

何もかも。

私とは正反対。

それでも根っこの部分には少し似ているところがある。

どちらも父の道具として認識されている。

Re: 秘密 ( No.281 )
日時: 2014/03/17 21:27
名前: 雪 (ID: jSrGYrPF)

監視カメラの履歴と照合するがエリスの姿はヒットはしない。

それはそうだ。

近々と言っただけで別に今日来る訳ではない。

このハッキング機能を呪ってきたが今の今ではある意味で感謝している。

こうして身を守ることが出来るのだから。

彼女は表向きの顔と切れる頭で私とは違う考え方で答えを導き出す。

そして私はその優れた記憶能力とそれを整理して答えを導き出す。

人間観察のスキル。

いくらたらい回しといえど、どこもかしもも恵まれない家庭環境というのは偶然が過ぎる。

強い精神と、そう言ったスキルを身につけるためにも私はこの国に送られた。

父は私が折れないと、はなから分かっていたから。

だから母の追跡を断つという名目でこの国に送った。

だがそこで圭達に会うのは流石に予想外だった。

私がそこで微かな光を。

希望を見てしまった。

けれど所詮闇から抜け出せないと踏んでいた。

私も正直言うとそんな気がした。

それでも何もせず死ぬのと、何かを守って死ねるなら。

後者の方が断然いい。

今ならそう思える。

私が生きた証を。

この場所に深く刻んでおきたい。

とりあえずそれらの情報を私の携帯に送る。

エリスの姿がヒットしたらすぐに携帯に連動する様に。

少し杞憂だったか。

そう思いながらパソコンの履歴も素早く削除するとそのまま電源を落とし、部屋を後にした。

Re: 秘密 ( No.282 )
日時: 2014/03/18 11:52
名前: 雪 (ID: rbsc59dQ)

広間に戻ると先程と変わらぬ調子で声をかけた。

エリスのことは、まだ知られたくない。

それからマリーの発案でビンゴをすることになった。

ビンゴも初めてでやり方もなんとなくでやってみたがなかなか揃わない。

屋敷中が笑い声に包まれた。

そうして夜は暮れていって…

私はここが好き。

でもここにいつまでも居られるなんて思っていない。

今までのことを思い出にしてそれを胸に抱えて歩いていく。

暗闇の中を。

そう心に何度も言い聞かせた。

でも…時々思うんだ。

それが本当に自分の本心なのか、どうか。

どの道本心でなくともここを去るのは明白。

本心であるかどうかなんて問題ではない。

それでも…こいつ等を見ていると…素直になってしまう。

何時もは私の中でくすぶっていた感情がこいつ等の前では露わになる。

心地いいんだ。

その心地よさの中でこの気持ちだけが異質なものに見える。

本当にこれでいいのか…という疑問が何度も甦って来る。

ループしている。

何時もなら気にしないのに…

何時もなら決めたことに向かうだけ。

何かが胸に引っかかるならすぐさま排除して前に進んでいた。

もう思考が止まっている。

もう何も分かんない。

とりあえず歩こう。

迷ったらまたその時考えればいい。

でも何処に向かって歩けばいいのだろう…?

Re: 秘密 ( No.283 )
日時: 2015/07/04 20:13
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

〜・48章 年越し前のItemMember・〜
♪-♪-

「はい、カット!!」

CDとか発売日とっくに過ぎてるいるのに全く収録をしていないのでただいま収録中。

現在発売のCDは既に配信されているものをCD化にしているだけである。

暫くテレビにも出ていないのに人気は相変わらず継続中。

「そこからもう1回!!」

♪-♪-

「カット!あ〜もう!!1度休憩とって来い!!」

今日は没を喰らってばっかりだな…

それでも歌ったので少し疲れた。

重いドレスが身につけているので疲れた。

「はぁ…」

あれから頭がグチャグチャになるくらい。

考えて。

考えて。

疲れ切った。

「ほいっ。」

目を開くと真っ先にチョコレートの包みが見えた。

「有り難う。」

「…やけにお疲れだな。」

「考え事をしていたんだ…」

私がここからいなくなるって分かってるなら。

こんな思い出…作らなかった方が良かったかもしれない。

残れば残るほど辛くなる。

そう思っていた。

でも…その思い出を胸に抱いて歩けば父の道具としてだけじゃなく普通の女の子として…生きていける気がしてた。

でも…思い出が沢山あればあるほど辛い。

傷は浅いうちに済ませておきたい。

ずっと一緒にいたい。

「何時かさ…私がここからいなくなったら…どうする?」

圭の答えはいつか見つけ出すから。

リンの答えは何だろう?

「…何をもってそう言ってるか知らないが…いなくならない様に尽く「す」「します」!」

突然被さった声の主に覚えはある。

「マリー…聞いてたならそう言えよ…」

「っで、何でそのようなことを聞いたのですか?」

「…ん〜!なんとなくね!!」

大きく伸びをすると笑った。

「それより2人は相変わらず息ぴったりね!!」

いなくなることを前提としていた。

ここにいるわけない、って諦めきっていたからな…

もしいなくなって…ってことばっかり考えていた。

ここにいるって言う可能性を捨て切っていた。

いずれ必ずいなくなる。

けれどここに残る可能性も捨て切らない。

「それはまぁ…幼馴染ですから!」

幼馴染…?

「一応な。」

「幼馴染ってあの小さい頃からずっと一緒にいる的な意味の?」

私の中にある幼馴染の知識を引き摺りだす。

「ええ。幼稚園からの付き合いですもの。」

幼稚園ってことは…10年近くの付き合い…?

「えっ…でも中学は…」

マリーは圭と同じ寂れた町にうつったはずだ。

マリーは体の療養に。

圭はおばあちゃんの家に移ったのだ。

自分で口にしておきながら少しだけ胸が痛んだ。

「俺もその町にいたんだよ。」

「えっ…?」

圭は言っていた。

・・・3人とも入院してて病室が一緒だったんだ・・・

つまり…リンも…

「俺も療養してたんだよ、あの町で。」

意外な事実だった。

「そっか…やっぱりお似合いだな!お前ら2人!!」

マリーが恥ずかしそうにそっと目を伏せた。

Re: 秘密 ( No.284 )
日時: 2014/03/21 11:33
名前: 雪 (ID: jl644VQ0)

「そろそろ始めるぞ〜!!」

集合をかける仁科の声。

「戻りますわよ、アリス。」

「ごめん…ちょっとお手洗い…」

だが2人ともお手洗いではないことに薄々気付いていた様だ。

「…いってらっしゃい。」

2人とも病気の気配は無い。

そもそもどんな病気なのか知らない。

重いものか。

軽いものかすら知らない。

「圭…休憩終了の合図がかかった。行かなくていいの?」

「アリスこそ…」

ベンチで1人、佇む圭。

2人きりで話すのはあの夜以来。

「あのね…圭…私、いつかここからいなくなるの…」

何時か。

必ず。

「父は世界地図にすら載らないほど小さな国の貴族なの。そして政治の重要な人物。」

私が自分のことをこんなに話すのは初めてだ。

でも圭だから話せる。

今でも聞いてもらいたい。

「あの国を支配するために必ず私は呼びもどされる。」

あんな小さな国。

大嫌いだ。

「何年か後。父はあの国を牛耳る。それがすんだら私は用済み。」

元々そのためだけの道具。

「私の頭にはあの国の機密情報が頭に入っている。
誰にも奪えない、私の頭の中に。あの国の闇の歴史が記載されている。」

何時かは消える命。

そう言った運命。

「でもね、今までならそんな圧倒的な力に抗おうなんて思わなかった。
圭に会って。やっと私は抗おうって思えた。自分だけの生き方って言うのを手に入れたいと思った。」

死を当たり前と受け入れてきた。

でも…そうじゃない。

それ以外にも沢山の生き方が。

私の前にはある。

「だから…私はいずれここからいなくなる。でも…それは死ぬためにじゃない。抗う為に。生きるために。」

その為にはここから姿を消さなくちゃいけない。

戻って来れるかもわからない。

ヘタしたら一生戻って来れないくらいの大きな賭け。

それでも…

「っていっても、何年先か…分かんないけど。」

それまではずっとここにいる。

ここで圭達と一緒に…

「生きてれば、ママにもまた…会えるかもしれないじゃない!
だから…あの夜…暴走を止めてくれて…ありがと…」

小さな声。

でも圭には伝わったみたい。

目を見れば分かる。

キスは初めてだったけど…

嫌ではなかった…

「ありがと、圭。」

手を差し出す。

握手を求める手。

「こちらこそ、アリス。」

圭は私が伸ばした手を優しく握り返した。

「悲劇のヒロインなんてものはアリスには似合わないよ。」

その言葉に私も同意した。

Re: 秘密 ( No.285 )
日時: 2014/03/19 20:58
名前: 雪 (ID: VHURwkNj)

仲直り(?)もし終わったので気分はスッキリしている。

けれど少しだけまだ抵抗があった。

あんな話、他人にしたことは無かった。

全ては私の憶測の話。

そして何時かの私の話。

言ってしまったらきっともう戻れない。

今まで通りの日常に。

知らなければ巻き込まれずに済む話も、私が話しては意味が無い。

もしかしたら私との関係を洗い出し、3人とも闇に葬ろうとするかもしれない。

だから話して来なかった。

話したところで得るものもない。

だから内密にしていた。

あの3人なら間違いなく心配して止めて、知恵を働かせどうにかしようと試みるだろう。

けれど所詮はただの高校生。

私の大事な親友たちだが、それもまた事実。

だから父の手によって危害を加えられたくなかった。

でも…私と関わる時点でそれはもう危うい。

私は外にいてはいけない。

関わる人が増えれば増えるだけ。

流れる血も増える。

一緒にいたいと。

ここまで来ても思ってしまう。

一緒にいたい。

色んなこと、まだまだ沢山言いたいことがある。

何時までも隣にいたい。

でもその何時まで持って言うものは絶対に存在しない、

ここにいても。

いなくても。

何かがずれて。

何かが変わっていく。

私は変わりたい。

弱くて。

父の道具としてではなく。

強くて。

皆を守る力を持つ者に。

なりたかった。

話したからには絶対に守りきる。

傍にいたいと思ったからには守りきる。

それ以外に方法は無い。

その為に、例え私自身の命を盾としても。

私は3人に生きていて欲しい。

Re: 秘密 ( No.286 )
日時: 2016/04/09 00:50
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

アリスが自分のことを話した。

今まで話さなかったのに理由はあるはずだ。

きっとそれを知ったら巻き込んでしまう…とかだろう。

もう巻き込まれる準備は出来ているというのに。

それは確かに違う世界で行動の1つ1つが命を落としかねなくなるほど危険だという事も分かっている。

だけど。

だからといってアリスは見殺しに出来ない。

普通の女の子として生まれてきたアリス。

けど血筋によって彼女はずっと監視下に置かれていた。

普通の女の子の様に過ごすことを許されずに生きてきた。

そんな扱いをされているのを知っておきながら目をつぶるなんてできない。

そう言った闇を拭い去らなければ、彼女が心から笑う事は無いだろう。

自分の眼にはただ1人の女の子が自由も、笑顔すらも奪われているようにしか見えない。

6年前、アリスにも言われたことがあった。

・・・お前は優しいし…良い奴だな!・・・

でも自分自身にすれば優しくなんてない。

いい奴なんかじゃない。

まったくもって違う。

もし本当に僕が優しくていい奴ならアリスをそんな目に会わせはしない。

現に自分は1人の女の子すら助けられていない。

不当の扱いを受けているのにリンの様に声を荒げることも出来ずにいた。

アリスはよく自分のことを話す様になった。

でも話すたびに彼女は少しだけ清々しい顔をするが、やはりどこか思いつめている。

話させることに少し胸が痛んだこともあった。

でも話さなければ何も分からない。

そう思ってきた。

けれど聞いたところで何もしてあげられていない。

まるで自分の興味本位で聞いているだけだ。

でも誰にもすがらない。

・・・ヒーローなんて頼るよりも自分がこうしたいって思う事やったら?・・・

6年前のアリスの言葉。

今思えば小学生らしからぬ言葉だ。

彼女は神やヒーローなんて非現実的なものにすがらない。

まだヒーローなんてものに憧れていた様な年頃だった自分にはその言葉の意味は分かりかねた。

…アリスを助けたい…!

その気持ちだけは。

不思議とずっと変わらなかった。

♪-♪-

アリスの歌声。

最初にその歌声を聞いた時。

心を奪われたというのはまさにこう言う事なのだろうと実感した。

「オッケー!今日はこれで終了!!」

「どうした、圭?」

歌ったせいか少しだけ疲れた顔をしていたが彼女の顔に笑顔はあった。

でも心からじゃない。

彼女は再会したばかりの頃は表情をほとんど持たなかった。

それがぎこちなく笑うようになり…次第に心を開いていった。

けれど違う。

まだ彼女の笑顔には霧の様なものがかかっている。

何をするにも他の3人のことを考えている。

一緒にいない方が良いとか、そう言ったことばかり考えているのだろう。

でもそうしなかったのは少しだけ褒められたものだった。

自分の気持ちを尊重する様になったのだから。

今まで自分の気持ちを捻じ曲げ、押し込んできたアリスが。

一緒にいたいという自分の気持ちによってまだぎこちないが。

それでも今も一緒にいる。

彼女の顔がそれを語っていた。

ずっと一緒にいたいと。

…それは僕もだよ、アリス…

この感情がアリスにとってマイナスにしかならない。

一緒にいるためなら。

一生アリスの友達で良い。

でもアリスの友達として。

一緒にいるためには。

やらなければならないことがある。

それは…

彼女を。

闇から救う事。

アリスの為にだけ…なんて嘘はつかない。

リンの為。

マリーの為。

そして自分の為。

ずっと一緒にいられる様に。

彼女の笑顔を曇らせない様に。

絶対に。

彼女を闇から助ける。

Re: 秘密 ( No.287 )
日時: 2014/11/15 18:51
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

〜・49章 新年・〜
大晦日まで毎日の様にItemMemberの仕事に埋もれる様に仕事を片付けた。

睡眠時間もあり得なく減ったし、テレビ出演もあり得なく増えた。

今までの分と言わんばかりにぎゅうぎゅうと詰めている。

大晦日になってようやく仕事から解放された。

「年明けは2日からな!」

それってほぼ休みなしじゃ…

「9日からスキースクールでしたわね…楽しみですわ!」

スキースクール…?

「ああ…そう言えばそんなのあったね…」

8日が始業式で9日から2泊3日でスキーを習いに行く。

3学期からは真面目に授業でないと出席日数的にかなり危うい。

というか出てもかなり危うい…

条件は授業の2/3以上出席することと定期テストで赤点を3つ以上取らないこと。

テストの方なら良いとしても授業は崖っぷちだ。

主に夏休み後からは目も当てられないくらい学校を休んでいる。

夏休みの後から急にめまぐるしくなった…

いや…マリー達に再会してからか…

止まっていた時間が、動き出した様なそんな感覚が私を襲った。

Re: 秘密 ( No.288 )
日時: 2014/03/21 10:34
名前: 雪 (ID: jl644VQ0)

「年越しって何するの?」

という質問を吹っ掛けたところ

「俺は普通。あえて言うなら年越しカップ麺食べるくらい。」

「僕はちょっと奮発して焼き肉。」

「私は…何時もとそこまで…変わらないけどあえて言うなら蟹を食べますね。普段はそれでもあまり食べないのですが。」

という答えが得られたため、全てを食べることになったのだ。

各々がそれぞれ食材を調達…といっては金額的に差がありすぎるという意見が上がった。

圭&リン&アリスー→カップ麺

マリー&アレクシス→蟹&肉

という風にくじ引きで決めたのは良いのだが…

まさかのItemMemberの仕事が思った以上にあり、大晦日にやっと仕事から解放された。

と思ったところ、まさかの人込みで全然買い物ができる状態ではなかった。

結局マリーの家の使用人が材料をわざわざ屋敷まで持って来てくれた。

アレクシスも立つ瀬がないと思ったのか、金額は全額負担してくれた。

ItemMemberは次は2日からときたし、休む暇もない。

圭がここにいる間に書きためた曲を歌っては歌うという歌続きな日々が続いていた。

それでも苦しいとは思わなかった。

歌っていれば楽しかった。

生きている、と実感した。

あの牢の中とは違う。

じゅうっと肉の焼ける音。

誰かの話し声。

飛び交う冗談。

戻ってきた。

温かい。

この場所に。

Re: 秘密 ( No.289 )
日時: 2014/03/21 20:17
名前: 雪 (ID: CpeA18.A)

「私達はこれ、でないのね。」

大晦日の歌番組。

今年、大人気の歌手たちが出ている。

「紅白ってそうそう出れるもんじゃないんじゃ…」

「でも確かに歌的には圭の方が断然うまいですわ。」

まぁ…活動回数としては少なかったしな…

けれどそれでも絶大な支持は衰えることを知らない。

「来年は…出れるといいな。」

それから他愛もない話をして、食べて飲んで、お互いのことを語りあった。

学校のこと。

ItemMemberのこと。

アレクシスの自慢話。

文系か理系か。

ジャンルを問わずいろんな話をした。

紅白が終わる少し前、屋敷を出て初詣に向かった。

足元を見ると母から貰ったというバレエシューズを着用していた。

最近はいつもこれを履いている。

やがて時計は0時を指す。

除夜の鐘が聞こえた。

空には綺麗な星たちが見えていた。

「オリオン座…」

星座などはあまり詳しくない。

けれどなぜか冬の星座に関しては覚えている。

他の季節に比べて空気が冷え切って星がきれいに映るからだろうか。

何故か冬の星座だけは辛うじて知識がある。

人混みをかき分けてようやく本殿につく。

参拝の小銭の5円玉を投げ込むとチャリンッといい音がした。

2礼2拍手1礼…だったかな?

今年の抱負…

来年…私は果たしてここにいるのかな。

まっ、未来のことは分からない。

精々ここにいれる様に努力するのみだ。

蟹と言ったものを初めて食べた。

こんな豪勢なご飯、皆に会うまで食べたことなかった。

クリスマスも年越しも初めて人と過ごした。

来年もこの先ずっと過ごしたい。

私に悲劇のヒロインなんて似合わない。

私は強くなりたい。

弱くて誰かに守ってもらわなくては自分の身も守れない様な。

そんな自分とはサヨナラ出来ますように。

…だが私は神を信じていない。

Re: 秘密 ( No.290 )
日時: 2016/05/12 22:47
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「私、神社の本殿の方に新年の挨拶をしてきますが、皆様方どうします?」

「暇だし…ついてく。」

人も多くてくじも出来ないし、絵馬も出来ない。

することもないので仕方なしに神社に向かう。

「思ったけどここってあの公園と結構離れたところにあるよね。」

あの秘密基地の公園の名前…涼風公園。

そして今いるここは涼風神社。

屋敷から歩いて10分ほど。

けれど基地からなら15分はかかる。

「涼風という場所が広いのか…それとも…」

少し首をひねって考える。

この辺の地理、天気。

昔は落雷が多かったらしい。

けれど山を切り崩してからはほとんど無くなったらしいが…

学校は涼風という名前。

それに合わせて場所も涼風というところ。

けれどここは地図上かろうじて涼風だ。

しかし涼風は数年前に拡大されている。

「あそこは度々台風などに見舞われ、社が破壊されていた。
それを見兼ねた人々は再建しようと思い立った。しかし近くには家や学校が既に立っていた。
故にこんなに離れたところに出来た、ってところかな?」

「そうなの?」

ただの憶測だが。

「根拠は特に無い。」

こう言った理屈を考えるのは趣味だ。

そう言った癖などから答えを導き出した。

「どうやら…その通りの様だが…」

リンが涼風神社の歴史を記した看板を見てそうつぶやく。

「マリーの持って来てくれた本のお陰だよ。それよりか、もう入るからシャキッとしろよ。」

大方当たる。

私の知識と参照すれば大抵のことは当たる。

「夜分、失礼いたします。」

戸を開けると中には沢山の人達が右往左往していた。

「灘万里花と申します。今夜は灘家の看板を背負って新年のご挨拶に参りました。」

ああ…灘さんのところの…と納得すると私達を中に招いた。

広間につくとマリーは深々と頭を下げた。

「今年も何とぞよろしくお願いします。これ、つまらないものですが。」

「毎年お疲れです。こちらこそ…何卒よろしくお願いします。」

「では、あまり長いしてはご迷惑になるでしょう。そろそろお引き取りいたします。これからも涼風神社様の繁盛を祈っております。」

「あっ…そうです!皆さまもうくじは引かれましたか?」

それから色々くどくどと言ったが結局はくじと絵馬を無料でやっていかないかと言ったことだ。

引くだけ引いて書くだけ書いた。

「大事なものを失わない様に。」

それが私のお願い。

くじを見ると凶と大きく描かれていた。

「新年早々めでたくないな…」

と、アレクシスに大きく溜め息を吐かれた。

はぁ…と小さく溜め息をつく。

ふとその瞬間に背筋に震えが走った。

振り返ると懐かしくも危ない残り香がした様な気がした。

「…気のせいか…?」

けれどその寒気は収まらなかった。

そんなアリスの姿を意地悪く笑いながら見つめている女がいた。

彼女の名前はエリス=ベクレル。

ふっ、と微笑むとその金色に輝く髪を残して人ごみに紛れて…消えた—————————

Re: 秘密 ( No.291 )
日時: 2016/04/10 03:59
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

〜・50章 エリス=ベクレル・〜
展望台から初日の出を眺めると何故かそのままマリーが準備したと言っていたおせちやお雑煮を食べた。

こういった季節の行事には、育ちが出ると言うことを痛感した。

9時前になると、各々が自宅に戻っていった。

私は糸が切れた様に眠った。

明日から早速ItemMemberの活動がある。

それまでに寝てしっかり体力を付けなければ…

マリーはまだ親戚に挨拶など色々仕事があるらしい。

ほとんど寝れないんじゃ…、と少し心配になった。

目が覚めるともう夕方を過ぎていた。

携帯を見るとチカチカ光っていた。

メールが1通届いていた。

圭からこれから会わないか、と言ったメールだ。

メールが届いてしばらくたっているがすぐ行く、と返信した。

何時も通りバレエシューズを履いて、質素なワンピースにコートを羽織った。

何時もの金髪が何時ものように軽くうねっている。

髪を払ってコートの外に出す。

その時私は何も疑わなかった。

そのメールが、罠だって言う事に。

Re: 秘密 ( No.292 )
日時: 2016/04/10 04:02
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

呼び出されたのはジャンクフードのチェーン店。

そう言ったところには、ほとんど足を運んだことは無い。

その時私は少しおかしいと思った。

あまり行かないことを知っておきながら、そんな場所を指定する訳は無い。

それに徹夜したそんな日にわざわざ呼び出すなんておかしい。

「あっ、アリス!先に来てたんだ!!」

圭…

「っで、何の用?」

やっぱり…

ポケットの中でブブッとバイブが鳴った。

そのバイブは監視カメラの会社にハッキングした時に仕掛けたもの。

…エリスの姿をとらえた時に携帯に連動する様に。

シュッという空気を切る音がした。

「伏せろ!!」

背中を強く打つ。

再び蹴りが来る気配がする。

横に数回回転するとピョンッと立ち上がり、体勢を整えると近くにあるプラスチックのナイフを掴んで相手の首元に当てる。

「大層な御挨拶だな、久しぶりの再会だというのに…」

その人物をきっと強く睨みつける。

「なぁ…エリス=ベクレル」

「プラスチックのナイフじゃ、人は切れないぞ。」

そこには白い肌、美しい金髪。

何処に行っても人目を引くほど美しい顔立ち。

流石は表の顔。

運動神経も悪くない。

私と違って表向きの顔。

「だが、プラスチックでも尖らせればスルリと人を斬れるレベルに達する。」

ふっと笑うとナイフを下ろす。

私とは真逆の存在。

「大丈夫?八神君♪」

パチンッ

床に押し倒された圭に延ばしたエリスの手を払う。

「お前ごときが触れていい人じゃない。」

エリスは呆気の取られた様な顔をほんの一瞬したがすぐに笑みに変わった。

「流石♪それがあなたのお気に入りって本当だったのね♪」

「黙れ。」

やはり…近づき過ぎたのだろうか…

エリスの手がここまで来た。

「アドレスも偽って送ってきただろう。まぁ、圭があんなメール送ってくる訳ないからな。」

エリスの手を払い退けておきながら結局はアリスも手を差し伸べなかったため、圭は自力で起き上がった。

「もう少し、考えるべきだったな。」

「別に。どうせ見破ったところで私だと気付けば来るでしょう。
現に今の様に。だからどっちでも良かった。」

ふんっと再び鼻を鳴らした。

Re: 秘密 ( No.293 )
日時: 2014/03/22 18:44
名前: 雪 (ID: FuKHJlgI)

アリスはあの時手を差し伸べなかった。

エリスと同じく汚れている世界の自分達と触れさせまいとさせているようだ。

しかし…何故今一緒にハンバーガーにかぶりついているのだろうか…

2人の金髪の美人が並んで座っているせいか視線が痛い。

「しかし金髪に戻ったって本当だったんだ。」

感心したようなエリスの声。

「ああ…今思い返すと幼少期は金髪だった気がした。ここに来た際に髪は茶髪になったのだが。金髪は目立つからな。」

それをつまらなそうに返すアリス。

「でも髪の色って1度染めたら完璧には元に戻らないんじゃ…」

「あの国はいろんなことを研究してるからな。特に脳に関してはこの国より何十年も技術に差がある。」

普通に会話が成立している。

やがて脳がだんだん状況についていけるようになった。

「あの国ってどうして名前で呼ばないの?」

それを聞いた時2人揃って変な顔をした。

例えるならまだいたの?という顔だ。

呼び出したのはそっちなのに…

「いや…深い意味は無い。」

闇に浸っている2人の間に成立する会話。

「聞いたことは無いと思うけどね、アニエスっていうの。
なんか人名みたいだけど…れっきとした国。創立した奴が王女のこと溺愛しててそんな名前になったらしいけど。」

エリスがぺらぺらと話した。

「そうなんだ…」

さっきまで何かよく分からない喧嘩(?)をしていた2人だが仲は悪くないらしい。

「エリスは相変わらずアレクシスの助手してるのか?」

また何事もないかのように会話が続く。

「まさか!そんな趣味の悪いことする訳ない。でもこれであんたも仲間入りね。」



「仲間?」

「ああ、後で話す。」

アリスの適当な返答。

もう諦めたように自分のバーガーを食べる。

「エリス、こっちではどこに住まうんだ?
って…同じ檻の中ってアレクシスは言っていたからお前も灘宅に?」

「ああ、一応そう言う事になってるかな♪」

エリスは癖なのか人のことを馬鹿にしている様に話す。

だがそれは彼女の今までの生き方のせいかもしれない。

ずっと苦しんでいたからこそ、幸せに生きる人々のことを上から見下しているような気がしなくもない。

「じゃっ、エリスちゃんは先に行ってるね〜!後はごゆっくり〜!!」

消えていくエリスの背中を眺め、完全に見えなくなるとアリスは立ち上がった。

Re: 秘密 ( No.294 )
日時: 2014/03/22 20:03
名前: 雪 (ID: FuKHJlgI)

「エリスは私のことが嫌いだった。」

「えっ?」

ジャンクフード店からの帰り道。

静寂に包まれていたその時ふと口を開いた。

「約束だからな…エリスは私とは真逆の存在。
表で情報を収集し、私の判断を仰いで攪乱させた。身体能力と格闘技術はかなり高い。」

真逆。

私と違って外の世界に立っている。

けれど…

だからこそ…

「彼女は決まりきった生き方を呪い、精一杯あがいていた。ずっと何時かは父を裏切る気でいた。
私とは裏腹に自分だけの生き方を求めていた。それは広い世界を見ていたせいかもしれない。」

でも私はずっと牢の中にいた。

外の世界の眩しさも。

温かさも。

知る訳が無かった。

でもそれをもどかしく思ったのだろうか。

やることは逆でも境遇は似ている者として。

死のうとしている私を嫌っていた。

「だから私のことを殺したいほど嫌っていた。
そこには似ている私を自分と認識していたのかもしれない。」

でも私にとって。

エリスの考え方に全く賛成は出来なかった。

パーティーやそう言ったものに出場して。

色んな人を見て。

色んな生き方を見た。

エリスと違って。

牢の中で。

退屈と、苦痛と、書物に埋もれる日々。

世界への憧れも持たず、何もせず。

生きているのに、死んでいるような日々。

「だから私は最初エリスを危険人物として見ていた。
けれど今の彼女は私を仲間とみなした、それだけだよ。」

仲間とみなすくせに監視カメラに細工するなんて…と思う。

「今の私は生きようと共に足掻く仲間、そう言った認識なのだろう。」

似てるけど。

似てない。

そんな私達がようやく同じ立場に立った。

Re: 秘密 ( No.295 )
日時: 2014/03/23 19:26
名前: 雪 (ID: 5oA1mSSW)

〜・51章 エリスとのルームシェア・〜
あれから何も会話を交わさずにそのまま屋敷に向かった。

少しばかり恥をさらすようで恥ずかしかった。

けれど今は生きようとしているという事を伝えておきたかった。

こんな形でしか伝えられない自分を呪いたくもなる。

「エリス?」

リビングに顔を出してもエリスの姿が見当たらない。

「参ったな…」

住んでいる私すら把握していないほど広い。

というか散策したことないので基本的分からない。

それでも散策しなければ把握することも出来ないほど広い。

「…その必要もないか…」

真っすぐ寝室へと向かう。

ドアを開けると可愛らしい内装が目に入る。

「何これ!?超ふっかふか!!」

高級であろうベットをまるでトランポリンの様に飛び回っていた。

見た目と違って意外と餓鬼っぽいな。

軽くウェーブがかかっている私の髪と違ってエリスの髪はストレートだ。

真っ白な肌に宝石の様な大人びた青い瞳。

腰辺りまで伸びた美しい金髪。

整った顔立ち。

年も私とそこまで変わらない。

表向きに生きてきたとはいえ、基本自由の身ではない。

監視下で。

遊んだことも。

ふかふかのベットで寝たこともないのだろう。

「仕方ないな…」

布団に特別な意味がある訳でもない。

もうしばらく遊ばせてやるか。

Re: 秘密 ( No.297 )
日時: 2014/03/23 20:00
名前: 雪 (ID: 5oA1mSSW)

やがて飽きたのか布団から出るとエリスに引かれ、屋敷の中を引き摺り回された。

それから軽く食事をとるとテラスで他愛もない話をした。

似た境遇。

お互いがお互いの理解者。

「エリス、いつから涼風高校に転入する予定?」

「年明けすぐ。スキースクールにも同伴するぜ☆
アレクシスの馬鹿が外出許可出したくせについていけないってんで仕方なく♪」

それでも嬉しそうだった。

スキーをしたことが無いのだろう。

それどころか学校すら行ったことあるかは危ういところだった。

私は小学校の高学年から行ったり、行かなかったり。

だがスキーは私もやったことが無い。

「私もスキーは初めてだ。」

私がそう言うとそれに便乗したように嬉しそうに微笑みペラペラと話した。

「スキーって言うとやっぱり二枚板だよな…スケボって言うのをやってみたい!」

これをマシンガントークというのだろうか?

「スケボって…スキーより難しいし危険らしいから多分ないだろう…」

「え〜!でもせっかく日本にいるんだからスノボの1つくらいやっておきたいものだぜ☆」

ふざけた口調。

舌でも出せばお似合いであろう。

アニエスに戻ればもうスキーも学校生活もつかの間の自由も。

全てなくなってしまう。

何時か消える幻。

何時か消える自由。

それでもせめて今だけは。

自由に羽を伸ばさせてあげたい。

「そうだな…先生に頼んでみるか!!」

多分無理だ。

それでも。

出来る限り。

やってあげられることはやってあげたい。

Re: 秘密 ( No.298 )
日時: 2014/03/26 15:17
名前: 雪 (ID: W3aU.Uy/)

それで休日に先生に問い合わせをしたが勿論ダメだった。

「スケボは危険だから無理だって…というか行った先のスキー場、スケボは学生使用禁止だそうだ…」

「ちぇっ!」

「悪いな…力になれなくて。」

元々OKが出る確証はほぼ0。

けれどスノボくらいやらせてあげたかった。

「別に〜☆またいくらでもできる訳だし♪」

その言葉に少しの違和感を持った。

「いくら…でも…?」

「変な顔してる!言っただろ、私は足掻くって。
何時か自由になってスケボなんて飽きるくらいやってやる!!」

まずは一瞬呆気をとられた。

次に笑った。

笑わずにはいられない。

けれどその笑いは馬鹿にした笑いなどではなく…

ただただ溢れんばかりに…笑った。

流石と思った。

「…流石エリス。めげないね。」

「あったり前じゃん!諦めてたまるもんですか!!
例え1%…ううん、それ以下の可能性でも!!足掻き続けるって決めたんだ〜い!」

ふざけた調子。

大人っぽい容姿とは裏腹に子供っぽい口調。

世の中の全てを馬鹿にした様な口調。

それだけ今いる世界が下らなく思えるのだろう。

「こんな世界でもまだまだ楽しいことい〜っぱいある!!
スキーもスノボもまだまだやったことないことをやらずには終わらせらんないよ!!」

何を終わらせるか…

大方想像はつく。

そうだよな…

私は世界の何も知らない。

圭達の立つ世界を知らない。

知りたい。

そう思ったのは他でもない。

私だ。

「…そうだな!私も沢山やりたいことがあるぞ!!」

Re: 秘密 ( No.299 )
日時: 2014/07/31 17:38
名前: 雪 (ID: eOElfXbg)

「次に転入生の紹介で〜す…喜べ野郎ども、女子だ。」

始業式。

年が明けたにも拘らず睦月の気だるそうな声。

「初めまして、エリス=ベクレルです!この通り外国人ですが、日本語はバッチリなのできさくに接してくださいね!!
明日からのスキースクールも参加しますので色々よろしくお願いします!!」

にっこりと笑う。

これだけを見ると本当に可愛いただの女の子だ。

私も珍しく学校に参加したが髪の色が金髪になっていることでエリスと共にその日は注目の的となった。

「染めたの?」

「地毛だ。今までは薬で脱色していただけだ。」

「体が弱いの?」

「まぁ、そんなところだ。」

いくら金髪になったところで…

マリーには敵わない。

おしとやかで可愛いし、しれっと気遣い屋。

ものすごい美貌の持ち主。

金髪になっても元が元だから敵わない。

瞬く間にエリスは金髪の美人、茶髪の美人はマリーと定着した。

「明日の班は何処?」

「3班だ。メンバーはいつもと同じだな。
雪白凛、八神圭、灘万里花、三田村こよみ、エリス=ベクレル、あと…月宮沙織?」

「うちの班だけやけに見目が良いねぇ〜!」

エリスの言葉にふと班員を見渡す。

マリーとエリスはそうだとして確かにリンも圭も見目は良い。

エリスは金髪の長い髪に碧眼の瞳、人形のような容姿を持っていて時折子供っぽい。

マリーは栗色の長い髪に大きな瞳、THE・お嬢様でとても優しい。

リンも顔立ちは整っているし、リーダー質で性格は神経質でやや陰気。

圭は…顔立ちも整っていて誰隔てなく会話をすることが出来て、優しく思いやりがある。

「月宮…沙織…?」

「私です。」

あっ、と思わず声を挙げた。

確かに見かけたことがあるし、男子陣が噂していたような気もしなくない。

まっすぐで肩までかかる黒髪。

大人しそうで、儚げだ。

「…宜しくお願いします。」

「こちらこそ宜しく〜☆」

さてはてこれはまた何かが起こる予感がする。

明日から…スキースクールが始まる。

Re: 秘密 ( No.300 )
日時: 2016/05/13 03:44
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

〜・52章 スキースクール開始・〜
スキースクールとは…3泊4日で行われ、そのうち2日はスキーの講習を受ける。

私とエリスは初心者向けコースなのでマリー達とは別々だ。

圭は中級だが、マリーとリンはスキーを幼い頃からやっていたらしく上級だ。

学校に着くと点呼をとり、そのままバスに向かう。

今まで一緒に登校していたマリー達にエリスが加わったが、その明るい喋り口調のせいかすぐに馴染めたようだ。

「それよか、アリスって大層な名前だね〜!なっ、アリス!!」

「なんでアリスが大層な名前なんですか?エリスさん。」

「エリスで良いよぉ!マリー!!それはね…」

馴染むというよりか…ノリが良いだけか?

「古代の高地ドイツ語”Adalheidis”が起源とされていて、”adal-”は高貴な、という意味で、後半の”-heit”は性質・状態という意味。
そこからノルマンフランス語”Aliz”へ、中世英語”Aylse”へと変化していったっていう説があるの。 」

思わず口を挟む。

「小さい頃は、国では違う名前で呼ばれてたもんね〜!!
アレクシスもAlexisという男性名から来ており、この名前はギリシャ語で、help/helper、を意味する単語が語源になっているんだよ〜!
ちなみにアレクシスの愛称はアレキウス。どっちも使うね。」

父らしからぬ名付け方だ。

名付け親はきっとアレクシスの母。

「向こうで、アリスってなんて呼ばれてたの?三田村?」

ちっ、ちっ、ちっ、ともったいぶるエリスはあからさまに楽しんでいる。

「三田村はこっちで使うために用意された名前。深い意味は無いの。
向こうではね…アリサって呼ばれてたの。ヘブライ語の「楽しみ」、ドイツ語で「高貴な」の意味。
いまはもうアリスで統一しちゃって、ほとんど呼ばないけど。
子供の頃のあだ名みたいなもの。
ちなみに、こよみって名前はアリスのお母さんがつけました〜!」

私の記憶が正しくば、牢ではこよみと呼ばれた。

母がどういう意味でつけたかは分からないけど。

特別な名前なのだ。

「アリス、呼び名はアリサ。」

そう言われてやっと合点がいった。

何でアリスと呼ばれているのか。

他の3人と違って名前に基づいていないのは私だけ。

少し不思議に思っていた。

「幼い頃、私はお前たちにアリスと名乗ったのか!」

ポンっと手を叩く。

ポスッと軽い音がした。

「やっと分かった!」

やっと気にかかっていた謎を解けた。

やがてバスが出発する音がした。

それからはもう私の話ではなく、本当にたわいのない話を楽しんだ。

Re: 秘密 ( No.301 )
日時: 2016/05/13 03:48
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「こよみ…」

なんとなく、母がつけた名前をつぶやく。

アリスもアリサも、父がつけた名前だった。

だから、あまり特別に思えなかった。

「アリス!入浴時間ですよ!!」

でも、彼らにアリスと呼ばれるのは結構気にいっている。

どの道、国では名前は呼ばれない。

バスは目的の宿に着き、預けていた荷物を受け取ると各々の部屋に散りばめられる。

宿の中はジャージでなければいけないと言うのでジャージに着替えるが、この後の入浴で再びジャージを着ることとなる。

「私は体調悪いからシャワーにするよ。」

エリスも事情を知っているからか私に賛成した。

「あっ、私も、私も!!」

エリスがさりげなくウインクした。

その目は任せろ、と記してあった。

「…そう…ですか…」

あからさまにしょんぼりしている。

思うにその癖は治した方が良いと思うのだが…

「ほら、国独特の文化って奴?人と一緒にお風呂に入るのは…ちょっとねぇ…」

それで納得したのかはっ!と顔に書かれていた。

「分かりました。トランプとか置いておくので勝手に使っていいですよ。」

置いておくって…

「トランプ!?知識はあるけどポーカーしかやったことねーな!やろーぜ、アリス!!庶民ゲームって奴!!」

なんだよ庶民ゲームって…

「アリスって軽々しく呼ぶな!!」

エリスの腕が首を絞めつける。

「じゃっ、アリサ——!!」

「やーめーろー!!」

ガラリッと障子が空く。

「…何で2人きり?」

怪訝そうな顔をして顔をのぞきこませたのは隣の部屋のリンと圭だ。

「助けて!リン、圭!!」

えっ…なに…?と小さく呟き、状況を理解すると

「じゃっ…失礼します…」

と、無情にも私を切り捨てた。

そして何の拷問か夕食までの数時間、エリスの庶民トランプゲームをやらされることとなった。

エリスに人数が多い方が楽しいと事実を告げ、首根っこを掴まれた圭とリンが舞い戻ってきたのはせめてもの救いだった。

それから何時もの3人とエリスでトランプをした。

「そういえば月宮さんは?」

宿に着いてからもずっと言葉をあまり交わさずにいた。

「入浴の時はいましたよ?」

出てきた後ふらりとどこかに行ったらしい。

「他の部屋かもしれないな。」

仲のいい友達がいるなら部屋にいなくて当然だ。

私もそこまで積極的な方ではない。

むしろかなり人見知りの部類だ。

あまり性格や何やらにそぐわないと思われがちだが、勝負事はいざ知らず、生活面では全くだ。

それは確かに経験的には嫌みとかにも慣れている。

けれど慣れているだけであってやはり何時味わっても嫌なものでしかない。

慣れてはいる。

でも勝負事でもないのに体を張ることが出来るほど、勇敢でもない。

結局は憶病なのだ。

同い年くらいの子と顔を合わせる機会はあった。

けれど馴染んだことは1度もなかった。

何時もいじめの対象。

くだらないと一蹴出来たが、いざ仲良くなろうとすると緊張してしまう。

同級生は敵。

そう言った認識だったからか無意識のうちに警戒してしまう。

エリスなら社交辞令としてだが扱うのは得意だと思った。

けれど入浴中にトランプをしながら聞いてみると同い年のことは話すのは難しい、と言った。

あのふざけた喋り方もエリスなりの親しもうとしようとしていただけなのだ、と恥ずかしそうに言った。

くだらない世界と思わないことは無い。

けれど素晴らしい世界でもあると思う、と朗らかに彼女は話した。

私もそれには同意だ。

くだらなくもあるが…素晴らしい世界。

幸せだけでも不幸だけでもない。

そんな不思議な世界。

裏もあるけど面もある。

不思議な世界。

「夕飯のじかんですよ、行きましょう!」

Re: 秘密 ( No.302 )
日時: 2014/04/02 13:23
名前: 雪 (ID: XyK12djH)

食堂に集まるとすでに月宮さんがいた。

けれど友達と戯れる様子もなく1人でぽつんと立っていると言った印象だ。

けれど遠慮しがちな笑顔を顔に張り付けていた。

「月宮さん!来てたんですか?」

「ご、ごめんなさい…」

謝りながらも相変わらず遠慮がちな笑顔を顔に浮かべていた。

本当に儚げで綺麗な女の子だ。

何時も笑顔を顔に浮かべているがその表情はいつも遠慮がちだ。

「あなたは何を遠慮しているの?」

口にしてからハッと我に返った。

こう言ったことは本人の問題なのであまり他人げ口出しすることじゃない。

「べ、別に…遠慮なんて…」

どんな時でも笑っていられる。

それは素晴らしいし、美徳だと思う。

けれどそれは涙を流さないように必死に耐えているようにも見えた。

「なら…その表情は辞めた方が良い。」

「そうだよ!水臭いな〜サリー!!」

そう言ってガバッと抱きしめた。

その姿を横目で見ながらふっ、と小さく笑った。

「手は大事にした方が良い。」

班員の確認をすると食堂に歩を進める。

「手を大事にしろって…どういうことですか?」

小声でささやくマリーにならって私も小声で返した。

「あの子、プロだよ。ピアニスト、月宮沙織って聞いたことない?
まぁ、バイオニストとしても名前は馳せているけど。全国大会でも結構名前を見掛けるし。」

各席にミニカセットで各々の席でミニ鍋が置かれている。

それ以外にも漬物や焼き魚が置いてあった。

どこかの班がみそ汁とご飯を配っている。

「これがジャパニーズ旅館飯か〜!!」

エリスがはいってくるだけで男子の視線は限定される。

少し羨ましいと思わないこともない。

けれど圭以外の視線を集めることに意味は無い。

しかしあの時私は圭を拒絶した。

好きだという事を自覚しながら私は圭との恋を諦めた。

何時かはここから消えるって分かってる。

それでもエリスみたいに真っすぐに生きられたら…と思った。

今となっては皆友達だ。

一線を越えればもう後戻りできない。

クリスマスのこと。

今でも意識してないとは言えない。

けれど一生懸命元に戻ろうとした圭を見て私も変わらなければ、と思った。

私の都合で、迷惑をかけたくない。

エリスもその点は承知している様で誰とも一線を越えようとはしない。

誰とでもわけ隔てなく接するから、だからこそ誰も傷つかない。

特定の大事な人間がいる訳ではないから、誰も危険には及ばない。

でも私はエリスとは違う。

クラスメートとは距離を置いてしまう。

人とろくに付き合ったことのない私にはクラスメートとの他愛無い話など荷が重い。

「アリス、ジャージも似合ってるね。」

だからそう言った言葉が嬉しくて。

体が震えるのが分かる。

そんなこと言ってほしくなかった。

諦められなくなる。

「それって…世辞なのか?」

どうせ社交辞令。

お世辞だ。

気にすることは無い。

「お世辞にしては出来が悪くないか?」

「2人の方がジャージは似合ってるよ。世辞とは言えないけどね。」

リンの隣はマリーと定位置だとして順番に圭、リン、マリー。

その向かいにサリー、エリス、私と座った。

その後、生徒会長であるリンの挨拶を行ってから色々話してお開きになった。

初めてのスキースクールでの食事はぼちぼちだった。

Re: 秘密 ( No.303 )
日時: 2016/07/30 21:35
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

部屋に戻るとシャワーしてマリーセレクトの寝間着に着換える。

今日はもう予定は無い。

明日のスキーを控えてあえて何も入っていないのだ。

部屋の風呂を浴びて障子を開けると、マリーに髪を乾かせと叫ばれた。

長い髪を乾かしきると、エリスが部屋に飛び込んできた。

「これから急遽、カラオケ大会するって!」

どうやらエリスがやってみたかったみたいでどうにかねじ込んだらしい。

ItemMemberのことを知っていたせいでもあるとは思う。

クラス1人ずつ歌を聞いていると段々眠気が襲ってきた。

上手ければ他人の歌を聞くことに退屈を感じることは無い。

けれどこう何時間も、しかも知らない曲を歌われると少し眠い。

エリスは慣れているのか全く眠そうなそぶりを見せなかった。

流石プロ。

「あと歌ってないのは…三田村さん!!」

眠い頭にその声は鮮明に聞こえた。

「…えっ!?」

面白そう、と言った視線が私を突きさす。

「…お、お断りします!!」

断るだけでも体力を使う。

人に慣れていないことに私は心底憎んだ。

けれど一笑された。

「じゃあ、他の人と一緒でもいいですよ!」

実際に司会に悪意はないだろうけど、その顔に私は悪意しか感じなかった。

「そ、それでも…その…遠慮しておきます!!」

精一杯頑張って断った私の努力を全否定する様にマリーが私の腕を掴んだ。

「行きますよ、アリス。」

「ちょっ、マリー!?」

軽音部メンバーにエリスもサリーを引っ張って前に出てきた。

前に引きずり出されてから、パジャマできたことを後悔した。

「マイクは1本で良いです。」

何故かピアノもあるし、簡易ドラムセットも設置されていた。

「サリー、ItemMemberの曲弾ける?」

「弾けます。」

個人的にItemMemberが好きらしい。

「ItemMemberのメドレーでいいですか?」

私は頷いてないのに何時に間にか始まっていた。

人前でステージとかやったことはあるがこう言う風にやったことは無い。

♪-♪-

歌は相変わらず好きだ。

歌うと何もかも忘れられる。

歌があったから、皆に会えた。

でももし歌っていなければ。

あの場所に留まらず、もう3人のことを忘れて父の元に戻っていた。

そっちの方がある意味で幸せだったかもしれない。

でも私は会いたかった。

1目でもと、私は願った。

初めてだったから。

特別な存在だったから。

だから会いたかった。

お別れなんてしたくない。

何時かは来る別れ。

その時3人はきっと引き止める。

そんなのが無駄だってことも分かっている。

でも今度は…ちゃんとお別れを言えたらいいな。

♪-♪-

歌い終えると大きな拍手が包み込んだ。

この拍手も…あと何度聴けるのだろうか。

愛しくなる。

拍手は好きだ。

認めてもらった様だし、歓迎されているような気がするから。

誰かと関わろうとすると何時も別れのことばかり考えてしまう。

ある日突然いなくなるって覚悟しといたほうがずっとマシだ。

気を抜いてしまうと忘れてしまいそうだ。

何時までも一緒にいられるって思ってしまう。

眠い…

ガッと腕を掴まれ体を支えられる。

「…エリス?」

「こいつ、こう言うの慣れてないものだから!もう疲れちゃったみたいで、失礼しま〜す…」

引きずられる様に客席まで戻される。

積み上がっていた座布団を枕にして横になる。

「全く…クリスマスの件まで後引いてるのに無茶し過ぎ。」

「あれから体に不調は無かったんだけど…」

時々急に来ることがある。

それに外にも慣れていないので遠出に疲れたのも事実だ。

遠出しただけでこんなに疲れるなんて…

やっぱり圭達と同じ世界に立つのはまだ先になりそうだ。

「でもスキーが楽しみだって言うのも本当なんだ…」

薬で体はボロボロになっている。

きっと色んなところでガタが来ている。

「こっちの世界に来るには…お互いまだ先になりそうだね…」

エリスも連れ回されているんだ。

睡眠時間だって多くは無いだろうし、激務だ。

逃げないように色々薬漬けではあるのだろう。

体が弱い方が役立つ時もある。

相手に付け入る時に体が弱いふりをしたりするためだ。

なんでこんな風に生きなきゃいけないんだろう…

そう思ったのは…圭達に会ってからだった。

Re: 秘密 ( No.304 )
日時: 2014/07/10 22:06
名前: 雪 (ID: qWu1bQD1)

〜・53章 スキースクール2日目・〜
あれからそのまま眠ってしまったようで目を覚ますと部屋の布団の上だった。

「アリス、そろそろ起きてください!」

「思っていたのですが…何でアリスなんですか?」

「私の本名がアリスなの。アリス=ベクレル。」

エリスはロスコーの名前では生きていない。

ロスコーと名乗れば警戒される。

良い噂のあまり聞かない男だから。

私もベクレルの名前で生きている。

そもそも出生すら明かされていないのだから。

「エリスの従兄弟なの。」

エリスの出生は知らない。

それから朝食をとるとスキー用の服に着替えた。

ストッキングにスキー用の靴下。

それに長袖のシャツを着てその上にスキー用のウェアを着こむ。

ニット帽にゴーグルをつけると部屋を出る。

動きづらい。

熱い。

そう言った感想を述べるとマリーがスキー場ではこのくらいじゃないと寒いですよ、と言われた。

開会式という面倒なことを済ませるとまずスキー板の履き方から止まり方、坂の上り方、転び方まで指導してくれた。

その後いよいよ滑った。

思わず力んで足や肩が痛む。

午前中2時間半、午後2時間半の計5時間。

それが2日間行われる。

転んでばっかりのスキーを2時間半済ますと昼食を食べに戻った。

戻ると昼食はカレーだった。

スキー靴を脱いで帽子をとるとすっきりした。

「どうだった?」

「私は全然。転んでばっかり、っていうか立ち上がるのが大変。」

起き上がり方も教えてもらったが腕にいくら力を入れても1回も立ち上がれなかった。

止まる時も怖くなってなかなか上手く出来ない。

「何回滑った?」

「私ですか?上級コースは11回!!」

初心者コースはたったの5回だ。

「午後は6回は行けるって聞いた!」

自慢にもならない自慢をして、昼食のカレーを食べた。

本来昼食は班ごとで食べるのだが私は馴染めずにいたため、偶然となりの席にいたマリー達に話を吹っ掛けた。

隣の席が圭じゃなくて良かった。

「疲れた…」

これでようやく4分の1…

これが後3倍もあると思うと疲れて死にそうだ。

「お風呂入りたい…」

昼食を終えると部屋に戻って駄弁りながらトランプをしながら呟く。

「ああ…この休みが一生終わらなければ…」

でもそんなことある訳なくて再び地獄のゲレンデに向かわされる。

Re: 秘密 ( No.305 )
日時: 2014/04/02 16:06
名前: 雪 (ID: XyK12djH)

スキー靴をはいてゲレンデに出る。

集合時間より少し早かった為、エリスに強制的に雪合戦に参加させられた。

時間になると準備運動をしてリフトに乗る。

リフトに乗るときだけは少しだけ楽しい。

滑らなくていいし、風が気持ちいい。

「あれ?あの前のリフト、大きな縫いぐるみが載ってる!」

そのぬいぐるみは有名なとあるテーマパークのマスコットキャラだ。

「客寄せのためのぬいぐるみだろう…きっと限定ものだな。」

雨風に直撃するとは可哀想な…

まぁ、さすがに雪が降ったらしまうだろう。

インストラクターに聞くとあのぬいぐるみは飴を持っていて運が良い人にしかもらえないらしい。

それからひたすら初心者コースを滑った。

体力的に限界を迎えようとしたそんな時にようやく今日のスキーが終わった。

結局そのリフトには1回も乗れなかった。

Re: 秘密 ( No.306 )
日時: 2014/04/04 14:10
名前: 雪 (ID: Um7bp1Xg)

「…はぁ」

ニット帽を脱ぐと汗で湿った髪が露わになる。

「今日もお疲れだね、アリス。」

今日は確か太鼓鑑賞があるはず。

正直でるのは億劫だ。

気が進まない。

やけに眠い。

クラクラする。

やる気も出ない。

疲れた。

「アリス?」

「…ん?どうした?」

「やけにだるそうだけど…そんなに疲れた?」

スキー…か…

確かに疲れたし、足も肩も力んだ所為かとても痛む。

なんだかこの感じ…屋敷に囚われている時の様に…

…まるで抜け殻…

何にもやる気が起きない。

何をしても無気力だ。

何かをやろうにもイライラして上手くいかない。

周りのノイズが鬱陶しい。

そんな感じになるのだ。

その感じに…少し近い。

1語1句。

吐く言葉が乱暴になる。

「夕飯前にシャワー浴びて来る…」

眠い…

誰かに暴言を吐いてしまう前に離れておきたい。

圭の声を後におぼつかぬ足で部屋に戻った。

Re: 秘密 ( No.307 )
日時: 2014/04/04 15:45
名前: 雪 (ID: Um7bp1Xg)

結局眠いのに頭でシャワーに入るのも危ないし、なによりめんどくさかったから結局顔を洗うだけに止めておいた。

夕食前に少し眠った。

なかなか寝付けなくて気色悪い汗をかいて、結局シャワーを浴びた。

髪を乾かすことも何時もより億劫で、何時もなら勝ち続けでつまらないトランプでも負けてばかりだ。

頭がボォ〜ッとしている。

気のせいか視界が少しずつぼやけている気がする。

「アリサ!!」

聞き慣れない名前が耳に届く。

アニエスでは名前は呼ばれなかった。

アリサ、とエリスは言っていたが実際呼ばれたことは無かった。

私は恐れられ、化け物だった。

「…エリス?」

「林檎が7つあります。それを3人に分けるにはどうしたらいいでしょうか?」

ぼんやりしている頭にその問題場違いに聞こえた。

「2個ずつ渡し、残り1つを3等分…と私なら答える。」

だがエリスは違う。

「林檎ジュースにして分ける、がエリスの答え。」

「囚人が4人います。その4人は黒と白の帽子をかぶっています。仮に4人をA,B,C,Dとしておこう。」

なんの意図があってこんな問題を出しているのか分からない。

が、とりあえず大人しく聞いていることにした。

「Aから順に階段に立たせる。壁を隔てたところにDを置く。
その4人は自分の被っている帽子の色は各々知らない。
ただ、前の人の帽子の色を見ることはでき、黒と白の帽子をかぶっているのが2人ずつという事も知らされている。
暫くの沈黙があった。
この中で1人だけ自分の帽子の色を当てた囚人がいた。さてそれは誰でしょう?」

上からA,B,Cに並んでいる…

児戯だな。

「B。暫くの沈黙があったという事は誰も帽子の色は分からなかった。
つまり一番上にいたAが分からなかったという事だ。
故にBとCの帽子の色は違うということ。故にB。」

つらつらと私が導いた答えを述べる。

「それで…何?」

「頭はまだ大丈夫みたいね。」

「確かに…ほんの少しは楽になった。」

今も湿っている私の髪が畳の上にうねっている。

まだ何かを話そうとするエリスを制止した。

「夕食は…いらない。寝てる。」

眠れるわけがない。

けれど段々体も動かなくなっていった。

畳の上にじかに寝ころぶ。

マリーが布団を敷いてくれたが布団まで移動できない。

エリスも保険医を呼んだが熱もない。

原因不明だ。

その気だるさは就寝時間になっても寝つけずに、体も動かせずにいた。

こうして私のスキースクール2日目は終わった。

Re: 秘密 ( No.308 )
日時: 2014/04/04 17:32
名前: 雪 (ID: Um7bp1Xg)

〜・54章 永遠に忘れられない夜空・〜
結局体調は回復しなかった。

むしろ悪化した。

起き上がることもままならず横たえているしかなった。

朝食のおにぎりをマリーが持ってきたが、1口も食べられなかった。

午後には何とかしなければ…

頑張って体を起こし、柱にもたれかかる。

私のバックに手を伸ばし、アレクシスの番号に電話をかける。

本来携帯は使用禁止という事だがそんなこと言ってる場合ではない。

何度かの発信音があったのち、アレクシスの声がした。

「アレクシス…貴様…何をした…!?」

今ならマリー達もいない。

安心して聞くことが出来る。

この症状。

多少の想像はつく。

大方父によって薬を盛られたのだろう。

察しているようでアレクシスも声のトーンを落としただけだった。

ハァハァ、と息遣いが荒くなる。

気持ちの悪い汗がつたる。

携帯を持つ手すらおぼつかない。

「…父の意向だ。薬を服用しない限りその症状はおさまらない。
お前を裏切らせないための布石だ。薬を飲まなければ死に至らしめかねる代物だ。」

そんなところだと思った。

「やはり…」

圭やリンなどの足枷も、あの町という足枷よりも確かなもの。

そのための手段だ。

手では体を支えることは出来ない。

畳に倒れこむ。

「…潜伏期間もある程度あるし、独自に作りだされたウイルスだからこの薬を飲まない限り治せない。」

「薬をよこせ…!!」

生温い吐息。

気持ち悪い汗。

力のはいらない体。

食欲もわかない。

抜け殻の様で体が締め付けられるような感じ。

「私はまだ…死にたくない…!!」

アレクシスの少しだけ驚いた声。

死にたくない。

私自身もその言葉に驚いた。

「…カバンの底に…ある程度は入っている。毎日摂取しないと発熱する。」

手を伸ばしてバックの底に手を入れる。

ゴソゴソと漁るとしばらくするとようやく底に手が付いた。

カプセル状の薬がいくらか入っていた。

口に含んで頑張って飲み込む。

すると少しずつ汗が治まり、息遣いも穏やかになった。

「…これを飲み続ければいいんだな。」

ふぅ、と大きく息を吐くと確認する様に聞く。

「…ああ…それでも協力を拒んだ場合は…あの3人にも同じことをする。」

プチンッと何かが切れた。

「ふざけるな!!あいつ等は何も関係ないだろう!!」

私が勝手に…

私が…

「あいつ等の生き方はあいつらだけのものだ!!お前らが左右することじゃない!!!」

あいつらだけの…平凡な生き方…

「普通に恋をして普通に笑って…そんな権利があいつらにはあるはずだ!!」

そんな権利が…

「私が勝手に友に仕立てただけだ!!こちらの世界には何も関係が無い!!」

私が勝手に仕立てて…

私が勝手に…

「私が勝手に…恋をしただけ…」

沈黙が訪れた。

「…なら…その薬を飲み続けることだ。」

ブツンッと電話が切れた。

Re: 秘密 ( No.309 )
日時: 2014/04/04 17:21
名前: 雪 (ID: Um7bp1Xg)

「っで、何でお前らいるんだ?」

さっきから部屋の入り口から気配がしていた。

外を覗くと4人が聞き耳を立てていた。

「…聞いてたのか?」

「少しだけ…っていってもほとんどアリスの怒声だけでしたが…」

良かった…薬のことは聞かれていなさそうだ。

「…なんのお話でした?」

「…ううん!なんでもない!!あっ、もうお昼の時間!食べに行こう!!」

あからさま感がある。

でも早くこの話題をすり変えたい。

「そうだな、アリス!飯行くか!!」

エリスはすべてを知っている顔をしている。

もしかすると知っていたのかもしれない。

だが薬を飲んでいるのを見たことが無い。

想像がつく。

エリスは替えがきく。

でも私は替えられない。

だからこんな手段を使う。

エリスは替えがきくからその分死には近いが、その分私より自由な世界に近い。

「ん〜!!」

大きく伸びをする。

まだ少し体が訛っている。

流石に飲んですぐって程じゃないか。

「午後のスキーもお預けか。」

スキーをするには危ない。

まだ顔に熱もあるし、息も多少荒い。

久しぶりの食事でお腹はぺこぺこだ。

「牛丼!?紅生姜苦手なんだけど…」

マリーに女の子が好き嫌いはいけません!と怒られ、渋々紅生姜を食べた。

この場所が愛しい。

スキーだって初めてだし、まだまだ知らないことも沢山ある。

ずっとここにいたい。

でもそれは叶わない。

でもあいつ等は見落としているところがある。

私が死ぬことだ。

私が死ねばもう圭達に何の価値もなくなる。

そんなことを悟られれば阻止される。

けれどいつかは消える命だ。

1つの命で皆の命が守れるなら…それは素晴らしいことだ。

その為にこの命を使えるなら。

でも生きていたいって願ってしまった。

だから…あと少しだけで良いから…一緒にいたい。

Re: 秘密 ( No.310 )
日時: 2014/04/04 17:58
名前: 雪 (ID: Um7bp1Xg)

スキーは結局サボって夕飯を食べると部屋に戻った。

月宮さんはピアノの練習に、マリーは室長会議に行った。

残ったのはエリスと私だけだ。

「もし…あいつ等の為に消えようって思うなら…」

唐突に切りだされた会話に少し追いつかなかった。

だがすぐに頭は追いついた。

「そのことをちゃんと掲示しなさい。じゃなきゃ反則よ。」

「反則?」

「ちゃんとした条件を全て提示してから本人に選択させる。
そうじゃなきゃフェアじゃないでしょう?」



思わず唇をかむ。

「アリスは自分1つの居場所を投げうってあいつ等の笑顔を守ろうとした。
確かにいい奴らだよ。少しの間しか一緒にいなかったけど全てを投げ打つアリスの気持ちも分かる。」

でもね…とエリスには珍しくもったいぶらせる口調だ。

「そんなアリスだからこそ失いたくないって思う人もいるんだよ。
私にとってもさ、アリスは唯一の理解者だから。いくら代償を支払っても失いたくないものなんだよ。」

失いたくない…

「きちんと条件を提示して平穏な生活を取り戻すために三田村こよみという1人の人間の犠牲が必要だと分かれば…」

何時もの様に。

ふざけた様に。

笑った。

「誰もがその条件を呑む訳じゃない。
2つの秤にに乗せて何時までも悩み抜く奴もいれば、その平和をつっ返す奴もいるかもしれない。
『あなたは幸せなんだからこれ以上何も考えなくていいのです。』ってことじゃ、フェアじゃないでしょう?」

そしてとっておきの何かを出す様にその1言を口にした。

「だからさ、あいつらにちゃんと話しな。」

Re: 秘密 ( No.311 )
日時: 2014/04/04 22:16
名前: 雪 (ID: Um7bp1Xg)

就寝時間を過ぎるとマリーは律義に明かりを消した。

エリスにああは言われたものの一体どうやって話そうか思案していた。

エリスの言う通り話していいのかも分からない。

分からない。

頭がぐるぐるする。

「…アリス…アリス…!」

目を開けるとエリスの顔が飛び込んだ。

「星空、見ようぜ!」

という謎の言葉をかけられ、あいつ等を連れて窓から引きずり出された。

流石、身のこなしは完璧だ。

「先生に見つかるぞ。」

「先生たちは最終日だから打ち上げ!それに見回りの時間は分かってるし!!」

ここ2日間で先生の見回りスケジュールは頭に入れたらしい。

寝巻で町をはいずり回され、別邸にたどり着くと屋根まで私1人強制的に登らされると何故か部屋に先に帰った。

1人では帰れないのをいいことに…

スキースクールとは言うが実際は隣町…と言ってもかなり近い。

別邸まで30分はあればいけるのだ。

バスをいちいち使用するがそれは宿が多少入り組んだ山道にあるからだ。

エリスなりに気を使ったのだろう。

「…アリス?」

私に続いて登ってきたのはマリーだ。

屋根の上からいつの間にか雪が下ろされているが、きっとエリスが下ろしたのだろう。

「マリー!?」

上って来た人物の顔を見て思わず声を荒げてからハッと口に手を当てる。

ここなら先生から見られないし、旅館の人にも気付かれない。

けれど良心が咎める。

「アリスが話あるって!!」

それだけ言い残すとエリスは窓に吸い込まれる様に戻っていった。

「…えっと…」

何から言い出せばいいのか分からない。

「今日のお電話の件ですね…?」

何を言い出しても受け止める準備は万端だと言わんばかりに笑っていた。

流石マリー…敵わないなぁ…

「…私は今薬によって生きている。」

そう切り出すとポツリ、ポツリ、と言葉を紡いでいった。

事実を知ったマリーはやっぱり驚いた顔をした。

「本当ならこんなことマリーに言う様なことじゃないって分かってる…でもエリスがそうじゃないとフェアじゃないって言うから…」

「ええ、確かにフェアじゃありません。」

今まで何も言わずに黙って聞いていたマリーが強く私の声を断じた。

何時も私を引っ張っている時の様に。

何も変わらず。

その目には強い意志が宿っていた。

「私はアリスがいなくなるなんて嫌です。断固拒否します。」

「…何で?だって私がいればマリーの生活も脅かされるんだよ!?可笑しいと思うでしょ!?」

「ええ、確かにおかしいです。」

マリーは否定はしなかった。

私が関わっているだけで命の危機に直面することを。

「でも、それならアリスの生活が脅かされるのもおかしいです!」

それに、とマリーは続けた。

「それに…それを言うなら私を助けてくれたアリスだって。お父様の行いは大きな善悪で問えばよい行いなんです。
当たり前のことなんですよ、貴族には。よくある話でしょう?」

友人も作ることが出来ない。

それが当たり前の様に受け止めていた。

「でもアリスはそれが許せなかったから私を救ってくれた。
なら、アリスだって救われてしかるべきなんですよ。」

何も言えなかった。

マリーのその強い言葉に。

胸が打たれた。

「例えアリス1人の我が儘だとしてもそのわがままに付き合う人が少しくらいいても良いでしょう?」

そう言ってマリーは笑った。

エリスは話が終わるのを見るとマリーを連れて部屋に戻した。

他の2人ともキチンと話してくださいね、とマリーは笑った。

Re: 秘密 ( No.312 )
日時: 2014/04/04 18:59
名前: 雪 (ID: Um7bp1Xg)

「アリス、次連れて来たぜ☆」

次にマリーに引っ張られて哀れな犠牲者はリンだった。

寝るのにもジャージ。

流石は男子だ。

「ごゆっくり〜☆」

エリスの姿が消えると、マリーの時と同じようにリンに現状を語った。

私がどうしようとしているかも、エリスの話も…

「リンの驚く顔…珍しっ!」

場違いにも少し笑い声が漏れた。

でも笑ってしまうほどリンの驚く顔は見たことが無かった。

「っで、どう思う?」

「おかしいと思う。」

即答。

マリーもリンも。

良く似ていてすぐに答える。

自分の意見を疑うことなく。

当たり前の様に。

口にする。

「マリーの件、覚えているか?」

覚えている。

忘れる訳ない。

コクンっと頷いた。

「アリスは理不尽な生活を送っていたマリーに救いの手を差し伸べた。それは何故だ?」

単純な質問。

2人に負けじと私も答えた。

「別に挑みたくて挑んだ訳じゃない。ただ涙を堪えていたから。
別に泣いたって誰も文句を言わないのにつらい目に合っているのに涙を堪えているのが許せなかった。」

マリーは涙を流さず、それでも辛そうな顔をして耐えていた。

父の重圧を。

「なら、それはアリスにも当てはまるんじゃないのか?」

呆気ない調子でリンは言った。

「もし涙を堪えて理不尽に耐える人に手を差し伸べるのが正しいというのならそれはアリスにだって当てはまる。
独りよがりだろうと何だろうとそもそも人の命と自分の命って言うのは天秤にかけられるものじゃないだろう?」

自分の命と人の命。

実感はわかない。

私は化け物として育った。

だからどうしても自分の命が大事とか思ったことが無いんだ。

「…理屈の通じる相手じゃない。それに結局は私の我が儘だ。一緒にいたいって言うのは。」

「なら、そのわがままに付き合う。そんな人間がいたっていいだろ?」

思わず笑ってしまう。

まるで示し合わせたようだ。

「やっぱりマリーとお似合いだよ、リンって!」

言ってから我に返ったがリンは気付いていないようだ。

頭の上で?マークがふよふよしていてもおかしくない顔をしていてまた笑った。

「…それに…その笑顔はくもらせたくない。」

「えっ?ごめん…よく聞こえなかった。」

「なんでもねーよっと!」

ポコンッと頭を軽くたたくとエリスに連れられ、下へ降りていった。

後は…圭1人。

Re: 秘密 ( No.313 )
日時: 2014/04/04 19:59
名前: 雪 (ID: Um7bp1Xg)

「エリス…次は…圭だよね…」

「そうだよ。」

…話したくない。

知られたくない。

顔を見て察したのかエリスは静かに話しかけてきた。

「幸せな世界があるっていえばきっとみんなそれにしがみ付く。
でもそのために三田村こよみという明確な生け贄があったら?彼らはその事実を受け止めて受け止められる?
何事もなかったかのように一片の曇りもない笑顔で毎日を送れる?」

言葉が出ない。

そんな訳は無い。

だってみんなは優しいから。

「きっとあいつ等は苦しむよ。今ある幸せがなんの罪もない1人の女の子の上に成り立っていると知れば。
当たり前のことだよ。アリスだってそうやって生きて来たでしょう?」

アナの件も。

マリーの件も。

嫌々結婚されていたり、嫌なことを強いられていて涙を堪えていた。

「自分は受け入れられないことを人に押し付けるの?」

そう言い残すとエリスは圭を連れてきた。

去り際にエリスが見せた目には逃げるなよ、と書かれていた。

・・・自分が受け入れられないことを人に押し付けるの?・・・

その言葉はやけに胸に突き刺さった。

「…私…死のうとしてる。」

口に出して何を言っているのだろうとちょっとした自己嫌悪に陥った。

「私は今、薬を飲まなければ生きていけない体なの。そう言う風になったの。」

薬のデータはハッキングしようと思えばできる。

でももしそれで3人に危害が加わったら…

「父はあの町という足枷だけでなくもっと確かな枷を付けた。
薬を飲まなければ死んでしまう。そう言う体に組み替えられた。」

生きようと心に決めた矢先だった。

今回のことは。

「もし協力を拒んだ場合の布石の1つ。そしてその布石の中にはお前たちもいる。」

3人の命と引き換え。

そう言われたら協力せざるを得ない。

「エリスに言われたんだ…条件を提示したうえで選ばせないとフェアじゃないって。」

こんな私を失って困る人もいると…

「うん、アリスがいないと嫌だよ。」

その言葉にまずは驚いた。

率直で簡潔に自分の気持ちを伝えてくれた。

社交辞令なんかじゃない。

圭はいつだって本気でそう言っている。

…だから好きだ。

「でも…私1人さえいなければ皆救われる!私1人の命で圭以外にも…アニエスの皆だって救える!!
それは素晴らしいことでしょう?1人の命で平和な世界ってのが出来るのなら。」

圭達だけじゃない。

私が死ねばアニエスの国民達も暴君から解放される。

そう言うスケールの話。

「それじゃアリスが救われない。
それに例え世界中の誰もが笑っていたとしても、アリスの存在を知っている僕たちにとってはそれはただの悲劇なんだよ。」

自分という1つの小さな存在。

「アリスが笑っていなければそれは僕たちにとって悲劇でしかないんだ。例え周りの、僕たち以外の誰もが笑っていたとしても。」

ゆっくりしみ込ませるように。

圭は続ける。

「それでも…今の親友たちの…アニエスの…命を天秤にかける様な世界は間違ってる。」

はぁ、と今まで並べてきた私の言葉を否定する様に大きく溜め息を吐いた。

「人の命、なんて重たいものを関わってるから意固地になってんのかな?じゃあ、単純な質問をするよ?」

挑むように。

圭が真剣なまなざしを向けてきた。

下手すれば唇がくっついてしまいかねない距離でその言葉を口にした。

「アリス自身は、それでいいと思ってるの?
テオドール・ロスコーって言うたった1人の暴君によって今までの全てを奪われても。」

簡単な質問だった。

とても。

とても簡単な質問だった。

何も言えなかった。

固まっていた。

やがてゆっくりと答えた。

凍った涙腺から涙をこぼす様に。

「…いやだよ」

そこから段々涙があふれるのにつられる様に言葉が吐き出される。

「嫌に決まってるよ!別に何もしてないのに…大金が欲しいとか王国を作りたいとかそういう事を願った訳じゃない!!
そんなのいらないよ!!ただ毎日変わらない様な生活が欲しかった!!!
学校行って勉強して、部室に顔出して、基地に集まって遊んだり、ItemMemberで歌ったり!!そんな当たり前の生活を望んだだけなのに…何で私1人の肩にそんなに大きな命を天秤にかけなきゃいけないの!!
私はそんなにいけないことをした!?ただ当たり前のいつもの日常を取り戻したかっただけのに!!」

何時からだろう。

そんな当たり前の生活が当たり前じゃなくなったのは。

明日も続くと思っていた。

でもそんな当たり前が当たり前じゃなくなった。

「ちょっと、ほっとした。」

圭が頭に手をのせ優しくなでている。

まるで小さな子どもをあやすかのように。

「自分の意見を吐き出せて。これでもまだ意見を曲げなかったらどうしようって、思ってた。」

それから呆れたように言った。

「じゃあさ、これまた簡単な質問。」

圭は不敵に笑っていた。

「そもそも何で何時も他人優先なの?」

意味が。

分からない。

「自分自身を優先させたっていいじゃん。
例えそれで誰に憎まれようとその憎悪の糸を1つ1つ解けばいいじゃん。手伝うよ。」

親指を使って涙をぬぐった。

「アリスがいなければ悲しむ人もいるんだから。1回くらい自分優先にしたっていいんだよ。」

静かに告げた。

止めの様に。

やがて

「…独りよがりでもいい…当たり前の生活に…」

戻りたい、と私は確かに口にした。

よしよし、と何時もと変わらない手で私の頭を撫でた。

「お取り込み中失礼しま〜す☆」

「エ、エリス!?」

反射で涙が止まった。

「ほら、2人も連れてきたんだから。」

いつの間にかマリーもリンもいた。

どうやら最初から聞かれていた様だ。

思わずほおに熱がさす。

「ほら、綺麗な星!!」

誰かがそう言った。

涙でぼやけていない。

綺麗な星が見えた。

Re: 秘密 ( No.314 )
日時: 2014/04/15 18:36
名前: 雪 (ID: /8RPd6Ii)

〜・55章 スキースクール最終日・〜
あれから星を眺めていると時間が過ぎるのが早く感じた。

行きはまだ比較的に楽だったが、宿に戻るまでが大変だった。

身代りにクッションを詰めておいてよかった。

男の教師もいるのでわざわざ寝顔を確認することもない。

頃合いを見て帰ったら見事にバレなかった。

こんなにうまく行くものか、と思ったがエリスはそう言ったことは得意分野だった。

ひと1人連れてでも軽々と旅館の屋根を上るとは…

ダクトなどを使って器用に登っていた。

何時かそのテクニックを教えてもらおうと思う。

役に立つ時が来るかもしれない。

「アリスったら子供みたいに泣いて…」

真っ赤に少し腫れた瞼。

「それは無し!!」

悲しくはない。

今までには無い程の笑顔を浮かべられた。

「エリス、ありがとね。エリスの言葉が無かったら私本当に死んでいた。」

生きようと決めた心を捻じ曲げて死のうとした。

でも考えればいつものことだ。

治療薬を作ればいい。

そう言う体になったのなら治せばいい。

私はあいつ等の選択の意思すらも奪いかけた。

「どーいたしまして☆死なれちゃ困るの、理解者として♪」

「…そうだな。そんな理解者に出会えて私は幸せだ!!」

その言葉に偽りはない。

「やけに素直だねぇ〜」

「う、うるさい!!!」

「アリス、月宮さんが起きてしまいますよ!シッ!!」

「私が悪いの!?」

「怒られてやんの〜!!」

「エリス!!」

「アリス、シッ!!」

やがて3人ともパタリと眠りについた。

昨日とは大違いだった。

当たり前だ。

人は前に進んで、変わるのだから。

Re: 秘密 ( No.315 )
日時: 2016/09/20 11:15
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「おはようございます。」

朝起きるとマリーに叱られて顔を洗い、髪梳かした。

マリーはいろいろうるさい。

女の子なんだから、身だしなみは丁寧にしないと、と毎日毎日口うるさく言ってくる。

放っておいても良いのに。

流石はお嬢様。

エリスに助けを求めてもむしろマリーに加勢した。

考えるとエリスもパーティーなどに参加する、そう言った種族だ。

身だしなみはマリーに劣らず凄い。

夜会用のドレスを着ればばそのまま出れるような、そんな身だしなみを保っている。

エリスの服も全てマリーの支払いだし、マリーは相変わらず凄い財力だ。

一介の女子高生とは思えない。

マリーに髪を梳かされると、マリーチョイスの帰りの私服を着る。

朝食を済ませ、荷物をバスに詰め込むとそのまま目的地へと出発した。

次に向かうのはかなり遠回りではあるけれど名のある博物館とその近くにあるこれまた名のある神社だった。

昨日の夜夜更かしをしたせいか、バスが出発するとすぐに眠りに落ちた。

Re: 秘密 ( No.316 )
日時: 2014/04/07 15:42
名前: 雪 (ID: m8MaC.Dk)

博物館の方はハッキリ言うとそこまで面白くなかった。

元々博物館はそこまで好きじゃない。

昔の楽器や、虫の標本。

何が楽しくてそんなものを見てまわっているのか分からない。

そのくせ1時間も見てまわるとは…嫌がらせの様にしか思えない。

しかも教員たちとすれ違う時のあの視線。

あれは昔のことのせいか、それとも金髪のせいか。

私は教員というものが大っ嫌いだ。

1対1では話などしたくもない。

そのくらいだ。

職員室が学校で一番嫌いだ。

「よく退屈しないな。」

「いや〜つまんないの!って思っても顔に出さない様に訓練されているんだよ。」

「今さらっと本音が出たな。」

眠い。

だが、噂によれば次に行く神社では散策できるらしい。

「ほら、話しかけなよ!」

「ちょっ…ちょっと!!」

ん?

騒がしいと思って後ろを振り返ると確か同じクラスであったであろう女子たちが立っていた。

「何か御用ですか?」

ニッコリとエリスが微笑みかける。

流石にかわいらしいな。

作り笑いを作り笑いと思わせないところも流石だ。

「あの…軽音部の大ファンでして…その…頑張ってください!!」

そう言うとキャーと言って走っていった。

「…なにあれ?」

ファンという事は喜んでいいのかな…?

部活でファンとかあるのか?

「有り難うございます。」

よくよく見るとマリーとリンが先ほどの女子たちに声をかけていた。

「これからも軽音部をよろしくお願いします。」

握手をし終えるとこちらに歩いてきた。

リンはただ後ろで眺めていただけだが実にお似合いだ。

「ファンのご希望を叶えるのはアイドルの役目ですよ。」

アイドルって…

「私も軽音部に入ろうかな♪」

「そうした方が宜しいですよ。宜しくお願いしますね、エリス=ベクレルさん!」

部長はマリーだ。

創設者は私とマリーだったが、私は部長なんて柄じゃない。

そういうのはマリーの方が正直お似合いだ。

「軽音部はエリス=ベクレルを歓迎する。」

軽音部に入部。

確かにエリスは楽器使いも上手かったし、歌もうまかったはず。

何の申し分もない。

「もう、博物館見学も終わりだな。」

Re: 秘密 ( No.317 )
日時: 2014/04/07 16:05
名前: 雪 (ID: m8MaC.Dk)

神社は大きくて巡るのは楽しかった。

けれどなによりの醍醐味はその周りにあるお店だ。

参拝客を目当てとする店がわんさか並んでいて、ソフトクリームやお煎餅、お土産センターまであった。

正直言うとホテルよりお土産の品ぞろえはものすごくいい。

昨日見てまわった、ホテルのお土産コーナーではロクなものがなくてあったのは耳かきやお漬物というご老人向けのものばかりだった。

もっともこいつら差し置いてプレゼントを挙げる人などいないのだが。

季節外れのソフトクリームをエリスにせがまれて、奢ると次から次へとひっかきまわされた。

どうやら財布を持っていないらしく、何を買うにも支払いはすべて私だった。

考えると私も世に放たれた時は何1つ荷物は持っていなかった。

お金だってバイトを重ねて、ItemMemberをやって、ようやく貯めて来れた。

別宅に移ってからは全部やめた。

全く仕事に出ないバイトを雇うのも大変だろうし、上司は皆肩をなでおろした。

親戚たちにお金は相変わらず返し続けている。

だが家賃を払わなくなったし、学費も休学届を出している分は払わなくていいのでかなり楽だ。

進級の為に3分の2は出席する様にしているが、1学期分の学費が浮くだけでも凄い楽になる。

後は別宅でごろごろダラダラ日がな毎日を過ごしている。

ご飯も3人が持ってくるから基本外には出ない。

「エリスもItemMemberに入るか?」

「入るに決まってる☆」

即答だった。

その早さには圧倒されつつもなんだかあの3人に被って少し胸が温まった。

「稼ぎたいのもそうなんだけどー歌って嫌いじゃないしー、楽しそーだし☆」

この町に来たとは言え、彼女も結局は囚われの身。

彼女も外出許可がいるかは知らないが、私は必要なのだ。

お土産センターではこの土地の名産物であろうものが所狭しと並んでいた。

ストラップも豊富だし、お菓子も沢山ある。

その1つ1つを値踏みする様に見ているとあるぬいぐるみが目にとまった。

「これ…」

圭が私に買ってくれたウサギと瓜二つ。

というか全く同じものだ。

きっとどこにでも売っている何の変哲のないウサギだろうが私にとってそれは特別に映った。

やがて集合時間となり、エリスとともに膨大のお土産を持ってバスに乗り込む。

楽しみにしていたスキースクールもいよいよ幕を下ろした。

Re: 秘密 ( No.318 )
日時: 2014/04/08 20:21
名前: 雪 (ID: gIPC2ITq)

〜・56章 スキースクール休暇・〜
スキースクールは土曜日に終わった。

故に日曜日は休みだし、月曜日も祝日の為休みだ。

これをいわゆるスキースクール休暇と言った。

今までなら1人静かに本を読んだりだらだろと過ごし、リン達が訪れたら言葉を交わし、帰ると再び本に没頭する。

それ以外に特にこれと言ってすることが無いのだ。

学校が明けてすぐのスキースクール。

冬休みの課題もスキースクール休暇明けに出さなければならないのだが、生憎課題はとっくに終わっている。

けれど退屈かどうかというとそうでもない。

エリスがいるからだ。

まず寝ていることも本を読むことも許さない。

四六時中飽きずに私を引っ張り回す。

そして私にも向かうところがあった。

病院だ。

以前1度入院したことのある涼風病院だ。

あの先生は名のある先生らしく、いろんな分野で頭角を現しているらしい。

今回は私の体の検査と薬の分析を頼んだ。

結果どちらとも何とも言えなかったが、薬は先生のもとに残し、解析を続けてくれると約束してくれた。

見たこともない成分だと言った。

独自のウイルスだから当然だ。

材料がなにかを解析するのも大変だし、それと同じものを作るとなると更に難解だと言った。

元々覚悟はしていた。

先生には何度もお礼を言って、病院を後にした。

病院に行けばもう他に私に用件は無い。

別宅に戻ればエリスに振り回されることは分かっていたけれど、別にそれも良いかと思い、少しだけ歩を速めた。

Re: 秘密 ( No.319 )
日時: 2014/04/11 18:56
名前: 雪 (ID: /HSQ8CwV)

戻ると3人も訪れていて、スタジオに向かう事にした。

今日は活動日ではなかったが、エリスの加入の件で話がある。

想像通り仁科は苦い顔をしたがエリスの実力をみると加入を認めた。

その後、仁科は忙しそうに机に向かった。

大方書類の作成だろう。

それで帰れる、と思ったらどうやら仁科はスキースクールの日程を覚え違えていたようで逃がしてはもらえなかった。

写真撮影からCDのレコーディング、衣装の合わせ、その他色々終えるとようやく解放された。

そして予定されていた明日は無しとなった。

新メンバーの宣伝もさることながら、明日の分の仕事が終わってしまったのだ。

「あれがいわゆるアイドルって奴か〜!!痛々しいポーズでもすんのかと思ったぜ☆」

完全に楽しんでいるな…

「顔も非公開だし、声もエフェクトかけてるんだから。アイドルではないだろう。
それにしても急に時間が空いたな。明日は何しようかな。」

でしたら…とずっと抑え込んでいたのかマリーがジャジャーンとチケットの様なものを取り出した。

「そんなアリスに映画でもいかが?」

Re: 秘密 ( No.320 )
日時: 2014/04/11 20:02
名前: 雪 (ID: /HSQ8CwV)

用事もないのでマリーの話に便乗した。

彼女は時間と場所だけを指定すると用事があるので、と先に帰って行った。

そして言われた通りの時間に私とエリスは待ち合わせより少し早くに行き、映画館の階下にあるゲームセンターで遊びまわった。

分からない道具ばかりではあったが何度かやればすぐにその使い方は習得できた。

映画を前に大荷物を持ってマリーも目を丸くした。

「どうしたんです?大方想像はつきますけど…映画を前にそんなに…」

「ゲーセンってやつ☆ゲーセンって悪への第1歩らしいぞ。荷物はコインロッカーにでも入れておけばいいでしょう!」

コインロッカーに手土産を突っ込むと再び映画館に戻る。

「ちなみに何を見るの?」

そのタイトルを聞くと今人気沸騰中の映画だった。

特にその映画の劇中歌が人気でサウンドトラックの発売も予約でいっぱいらしい。

ポップコーン、ホットドック、アイスクリーム。

ジャンクフードをたんまり買い込んだ。

「エリス…お金を持っていない割に随分お食べになるのね…人の金で。」

「あっはは〜☆細かいことは気にしな〜い!!」

今日はリンや圭達はいない。

マリー曰く所謂女子会をやってみたかったからと言っていた。

少し腑に落ちない。

が、映画は面白かったので良しとする。

Re: 秘密 ( No.321 )
日時: 2014/09/26 20:25
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「あの劇中歌、良かったな〜!!
外国の曲ってあんまり聞いたことないのもあるけど…聞いてて気持ちよかったな〜!
歌ったらもっと楽しそう!!」

ペラペラと映画の歌についての評価を語るアリス。

映画館を出ると彼女はちょっとお手洗い、と言って姿を消した。

「エリスさん…」

「さんづけは辞めてっての☆」

アリスはお手洗いに行っている時のことだ。

「アリスのことです。あの子がどうしてアニエス…に狙われているんでしょうか?」

「あれっ?結局あの子、大事なことに話していないの〜?」

まっ、いっか、と少し迷った様ではあるがすぐに話す決意を固めたらしい。

「あの子は天才なの。完全記憶能力って知ってる?」

聞いたことはある。

1度でも見たもの全てを覚える能力。

「1度でも見たものは絶対に一生忘れない、それが完全記憶能力。
彼女はね、それなの。
アリスの頭にはアニエスの闇の歴史や機密情報が入っているの。」

えっ…と思わず小さく声が漏れた。

執拗にまでアリスを苦しめてきたアリスの父。

そこにはそんな事情があったのだ。

囚われてしまうのは当然だ。

彼女の存在が国の情勢を覆しかねないのだから。

「パソコンにウイルスってのは珍しくない時代じゃない?だから人間の脳記憶させる。
アリスは一生頭の中に爆弾を抱えることになる。」

以前彼女の母親の話を…圭から聞いたことがあった。

その特殊な能力として聞いていなかった。

「でもね、完全記憶能力たって何時でも覚えてる訳じゃない。
見たことはあるけどなんだっけっー?ってこともよくあるのよ。」

よく悲しいことも忘れられなくて可哀想というがそう言う訳でもないのだ、とエリスは言いたかったのだろう。

「でもそれならなぜ彼女は母のことや…私達のことを…」

私達?と少し不思議そうな顔をしたが追及はしてこなかった。

そして指を4本立てた。

「エピソード記憶、手続記憶、意味記憶。記憶の種類だけでもざっとこれだけはある。そしてそれ以上はある。」

知っている。

エピソード記憶は時間や場所、そのときの感情が含まれる。

手続記憶はいわゆる慣れ。

意味記憶はこれは簡単にいえば知識。

「エピソード記憶、いわゆる思い出とかいう楽しいことを記憶する部位。」

そして決定的なことを告げた。

「アニエスではそれだけを消すことが出来る。記憶を限定して抹消することが出来る。」

Re: 秘密 ( No.322 )
日時: 2014/04/12 12:45
名前: 雪 (ID: 5b2hjtdK)

「だからあの子には母親の記憶も…あなた達の記憶すらも…とても危ういんだ。
限定して抹消できるって言ってもまだ実用にまでは少し届かないんだ☆」

でもほとんどは完成に近い、という意味になる。

「だから私も親のこと、良く覚えてないんだ〜☆」

もしかするとアリスの親戚かもね〜☆、とふざけながらエリスは言った。

「笑い事じゃないですよっ!」

「じゃっ、どうすればいいの?」

…言葉が出なかった。

覚えてない。

それは不可抗力だ。

エリス自身にはどうすることも出来ない。

笑い飛ばすしか…

「…ごめんなさい…」

「なんでマリーが謝ってんの?」

て〜いといいながら頭のど真ん中にチョップが降りかかってきた。

「アリスにも言ったが別に諦めた訳じゃない。まだスキーだって1回しかしてないし☆
親って言っても所詮は赤の他人だし、親がいなくてもちゃんと育つもんは育つんだよ☆それはアリスと私が証明してる。」

アリスもエリスも親のもとで愛を受けて育っていない。

それでもこのように今目の前に立っている。

…でも少し無理して明るく振る舞っているようにも見える。

けれど結局は私の力ではどうしようもない。

もう昔のことを追及してもどうしようもない。

昔より今を幸せに過ごす方が大事だ。

今日はエリスとアリスだけを集めてアリス達のことを聞きたかった。

アリスには結局聞けなかった。

楽しそうに振る舞っていたのもそうなのだがアリスの言葉を聞くのが怖かった。

彼女は淡々と恐ろしいことを言う。

それは彼女が体験してきた経験である。

笑っている顔を曇らせてまで聞きたくなかった。

エリスはアリスよりも外の事情に詳しく、どんなに聞いても笑顔は崩れないと知っていた。

エリスだけを呼びだせばアリスは不思議がる。

だから女子会と称して2人を呼んだ。

話したがらない訳だ。

話すと私達の笑顔が曇るのが分かっているから。

だから彼女達は何時でも笑っているんだ。

「お待たせ!…どしたの?マリー?」

アリスはいつでも笑っているんだ。

「なんでもありませんっ!帰りにプリクラでも取りに行きます?」

だから私も笑っておきたい。

せっかくアリス達が私達の為に笑ってくれているのだから。

だから私も笑う。

Re: 秘密 ( No.323 )
日時: 2014/08/01 13:24
名前: 雪 (ID: IIKIwyJA)

〜・57章 スキースクール休暇その2・〜
「じゃっ、私ちょっと用事があるから!ここら辺でお暇するね〜!!」

プリクラを撮り終わり、取り出し口から出来あがったプリクラをを受け取る。

初めて撮ったものだが中々きれいに映っていると思う。

「用事?」

くいつくと思った。

「ちょっとね。私って表向きというかそういう仕事だからさ。
今度テオドール・ロスコー氏のパーティーに出ることになってるんだ。
だからアレキウスちゃんとその打ち合わせがあるんだよ。来る?」

少し前から言い訳を考えていた。

我ながらうまくできたと思う。

「誰が好き好んでアレクシスに会いに行かなきゃいけないんだ。」

「そう言うと思った。っじゃ、そゆことで〜!!」

「夜飯は適当に作っとくね〜!!」

アリスはマリー立ち会いの上でよく夕飯を作るようになった。

八神圭とはそこまで特別な人間なのだろうか。

何処にでもいそうな男子高校生だと思うのだが…

まぁ、アリスにはアリスなりのこだわりとか好みとかあるのだろう。

あまり深くは言及しない。

けれど昔とは大違いだ。

私の対になるという事で案内された屋敷の塔の中で会った時。

彼女は目が覚めるほどの美人だった。

けれど氷の様な眼をしていた。

塔の中で沢山の書物に埋もれるように読んでいて、私には目もくれなかった。

人形と何も変わらない。

感情を何1つ持っていなかった。

昔のことを思い出していると気付けば目的地についていた。

そこで待っていたのはリンと呼ばれる少年だった。

「この面子で話をするのは初めてだな、リン。」

リンの向かい側の席に着く。

ここはいわゆる喫茶店だ。

「バニラ・ラテ1つと野菜たっぷりサンドイッチ1皿。お代はこいつ持ちで。」

ウエイトレスが引っ込むと本題に入った。

「っで、何の用って聞くまでもないよな…アリスのことでしょう。」

少し羨ましい。

彼女は私よりたくさんのものを持っている。

私の方がずっと外の世界に触れていたのに。

私の求めていたそれがずっと塔の中にいたアリスには合って私には無い。

マリーの時と同じ様に記憶の話を1通りする。

リンは頭は良いらしくすぐに呑みこんだ。

勿論驚いてはいたが。

「でもこんなにアリスの話をするとさ…思い出しちゃうもんだよな。」

リンの表情が少し変わった。

珈琲を1口飲むとリンは問いかけてきた。

「そういえば、お前たちの出会いって何だったんだ?」

Re: 秘密 ( No.324 )
日時: 2014/04/12 17:58
名前: 雪 (ID: ChJEPbqh)

「それ、マリーにも同じこと言われた。ここに来る途中、電話がかかってきてね。」

思い出してみると色々思い出してしまう。

なんだかそれって面白い。

「そうだね…思えばあの時かな。初めて会ったのはもう10年くらい前になるかな…」

アリスは今こそは人見知りではあるがそれは会話をかわそうと試みるからそうなったのである。

あの時は人そのものに興味が無い様にただただ本を読んでいた。

「こいつが、アリス=ベクレルだ。お前の対となる…いわばパートナーだ。」

そう言う大人すらもそんな小さな子どもに怯えているようでなんだか不思議な気分だった。

何時もは偉そうに怒鳴っているのにこんな子供が怖いのかって思った。

私も最初見た時は驚いた。

まるで人形みたいだって。

整った顔立ち、美しくて長い金髪。

着ている服だってお姫様みたいだった。

今でも覚えている。

黒のカチューシャに黒のワンピース。

足元には黒いバレエシューズ。

黒ずくめだった。

けれど鮮やかな金髪とその黒はアリスにとても似合っていた。

高貴な感じがしていて、恐れすらも抱かせる。

声をかけるのも少し躊躇してしまった。

「わ、私エリス!!あなたのパートナーよ!!あなたは!?」

バカみたいな大きな声で聞いたの。

彼女は眼を丸くしていた。

けれど表情はほとんど無のまま変わっていなかった。

「…私はアリス。」

それが私とアリスのファーストコンタクトだった。

Re: 秘密 ( No.325 )
日時: 2014/04/14 20:02
名前: 雪 (ID: sZ1hvljX)

驚いた。

人形の様なその容姿から実際に声が出たことに。

本当に生きているのだと、実感した。

けれどそれきり彼女は何も話さなかった。

私はその日から毎日塔に向かった。

大人たちは何度も私を止めたが、初めて会ったあの時以来私はアリスのことが少し気にかかっていた。

不思議だった。

今まであった誰よりもきれいなのに人形の様に心が無い。

それは幼少期の私の興味を掻きたてるには十分過ぎた。

年もさほど変わらない女の子ではあったがそんな子が私にはこの世のものではない、妖精とかだと思った。

毎日毎日通った。

けれど彼女は全く気にも留めなかった。

何を言ってもなにも答えない。

あの時自分の名前を名乗ったあのアリスが幻じゃないかって思うくらい。

彼女は知識を蓄えるために生まれたのかな、と幼い私は幼稚にもそんなことを考えた。

あながちそれは間違っていなかった。

彼女が何者で何のために生まれ、牢に監禁されているのか大人たちに聞いたことがあった。

誰も答えなかった。

知る必要などないと、笑っていた。

そこで屋敷に使える気の弱そうな1人の老婆を捕まえて問いただしてみた。

老婆はあの子はこの国を守るために汚れ役を一身に背負っているんだよ、と言った。

この国を守るために生まれて、この国を守るために本を読み、この国を守るために彼女は牢屋にいるのだと。

なんだかそれって生け贄みたいだなと思った。

アニエスを守るために1人の少女を犠牲にしているように思えた。

国を守るために自由も意思すらも奪われた1人の女の子。

生まれた時からそうすることを強いられていた。

今でもアニエスの民と自分の命を天秤に掛けさせられる。

けれど違うのは…アリスは国の為ではなく国の暴君の為に生きている。

ただその暴君は他国からアニエスを守る。

その為に絶大な支持を得ていて、政治的な立場を揺るがすことも難しい。

私も同じ立場にいるから分かった。

彼女ほど不憫な思いをしたこと訳じゃない。

けれど国の為に決められたルートを歩む者として…分からなくもなかった。

そう思った時に私は彼女の言葉が聞きたくなった。

彼女はその人生をどう思っているのか。

Re: 秘密 ( No.326 )
日時: 2014/04/15 18:30
名前: 雪 (ID: /8RPd6Ii)

アリスはいつもと同じ無表情だった。

それで勇気を出して声をかけたんだ。

「あのさ、アリス…聞きたいことがあるんだけど…」

私がアリスに向かって声をかけるのはここを訪れたその日以来であった。

彼女は相変わらず本から顔を挙げなかった。

「アリスに言ったかな。私はあなたとパートナー!私は表向きに活躍してあなた裏で真実をはじき出す。
パートナーとして、あなたに聞きたいことがあるの。」

何時もならズバッとものが言えるのに…今は無駄に遠まわりしている。

「あなたは…自分の生き方についてどう思ってる?」

言いきってからは少し落ち着いた。

「他の子と違ってずっとこんな塔にいるし、本ばかり読んでいて存在すらも世間に隠されている。
アニエスの為の道具として汚れ役を背負わされたそんな人生をあなたはどう思っているの?」

彼女はいつも通り興味を示さず、黙り込んだままだった。

でもそれだけは確かめておきたかった。

私と同じ、パートナーであるアリスが自分の人生をどう思っているか。

日が沈んでも私は粘り続けた。

それを気味悪く思ったのかようやく彼女は口を聞いた。

「…興味が無い。」

決定的だった。

彼女は自分の人生に何の疑問も抱かず、死を当然のことと受け入れていた。

頭が良い彼女のことだ。

自分がどうしてここにいるのかなど察しはついているのだろう。

けれど彼女はそうか、と納得して毎日牢から1歩も出ずに本を読んでいるのだ。

なんだかそれが私に重なったのだろう。

「そうか…お前は確かに優秀かもしれないが人間として大事な何かを失っている。」

キッと睨みつけても彼女は全く顔色を変えなかった。

それっきり私は彼女のことが嫌いになった。

彼女が牢から出て来れた時も彼女は何も変わっていなかった。

表情もなく、自分の運命に抗いもせず淡々と受け入れていた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「まぁ、だから彼女に技を教えると称して技をかけまくったり…馬鹿なことをしたものだよ。」

ふぅ、と小さく息を吐く。

「っで、マリー達はいつまで聞いているのかい?」

すぐ後ろの席に座っている女性客の肩が震えた。

圭もマリーから事情を聞いたんだな。

「だからこっちに来てとても驚いた。守るべきものを見つけ、表情もまるで別人の様に変わっていた。
なにより彼女は生きようとあがいていた。だから私は驚いた。」

どうやらそれにはお前ら3人が関係あると思ったのだが…スキースクールの様子を見るとその通りの様だ。

あのアリスが笑うところすら想像できなかったのに彼女の想いを引きだした。

彼女があんなに子どもの様に泣く姿を10年前の私には想像できなかった。

けれど引き出しただけ終わらないように祈るだけだ。

Re: 秘密 ( No.327 )
日時: 2014/04/15 19:02
名前: 雪 (ID: /8RPd6Ii)

〜・58章 スキースクール休暇その3・〜
「お話は済んだ?」

おわっ!?と3人の声を背中越しに聞く。

「いや〜自分の話を聞いてみると結構恥ずかしいもんだよな。」

全く。

エリスとは10年も前のそんなことも覚えていたのか。

毎日毎日見に来ててとても気味が悪かった。

初日に会ってからずっと毎日ただ見に来るだけ。

「何時からいたの?」

「最初っからって言えば気が済むのか?」

マリーにだって異変が気付けたくらいだ。

私が気付かない訳ない。

「6年前のことは、覚えてないけどね。」

マリー達と会ったことは覚えていない。

けれど彼らといると心が安らぐんだ。

エピソード記憶を消されていることも知っている。

でもそれだけじゃない。

何故ならこの国に来てから記憶には何ら手を加えられていないからだ。

恐らくだが。

精神を鍛えるためにこの国に送りこんだ。

記憶を消しては意味が無い。

といっても記憶を消しても精神力は残るかもしれないが。

そこは何とも言えない。

「だから小学校以前の記憶はほとんど残っていない。エリスたちの記憶は覚えているが。」

必要なこと以外を全て記憶から消す。

消しても消さなくても何も変わらない。

人間の脳はそもそも140年分の記憶を蓄積することが出来る。

たとえいくらたくさんのことを覚えていても140年分は蓄積できる。

だから消しても消さなくても変わらない。

「蓄積された記憶も楽しいものばかりじゃない。でもそれでも私の中に残っている。」

そして消すつもりもない。

例えこの先何があっても。

「さてっと、そろそろ帰るか。」

席を立つ。

そして思ったことを告げた。

「せっかくだし、皆泊っていかないか?」

少し人恋しくなっちゃった、と冗談めかしながら、けれども少しさびしそうに笑った。

Re: 秘密 ( No.328 )
日時: 2014/10/12 16:46
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「泊りと言っても何時もみたいにぺちゃくちゃ喋るだけ。星見たりご飯食べたり。
部屋は2人1部屋にする?1人1部屋の方が良いかな?洗面道具は家にあるから気にしなくていいぞ。」

誰も断りはしなかった。

今の話を聞いて断ろうにも断れないことまで想定していた。

本当に懐かしい。

10年も前…この世の全てがどうでもよかった。

本だけをよんできて時々大人たちが私に質問をし、それを答えるだけだ。

大人たちが何で自分を必要とするかも大体分かっていた。

エリスが訪れた理由も分かっていた。

エリスも年が近いというだけでそれ以外は大人達と何も変わらなかった。

けれど彼女は大人たちと違って毎日塔まで足を運んだ。

ただの子供の好奇心だと、私は思っていた。

私は出会った人ならだれでも忘れない。

でも彼女達も何時か段々と忘れていく。

それは仕方がないことだし、私だって忘れてしまう。

でも…なんだかそれって少し寂しい。

だから忘れた時のことは考えない。

母は楽しいことすべてを振り払ってまでクリスマスの夜助けてくれた。

私も大事な人達を守るためなら楽しいこと全部失っても良い。

Re: 秘密 ( No.329 )
日時: 2014/04/18 19:41
名前: 雪 (ID: laaGvqHD)

「男子達はこっち側の部屋使ってね。」

「アリス、聞いてもいいかい?…どうして合宿なんて開いたのか。」

ふっ、と小さく笑った。

「この世のすべての行動に理由がある訳じゃない。私は父によく似て気まぐれなんだ。自分の気持ちのままに行動する。」

ちらりと目をやると圭のポケットからストラップが覗いていた。

私が圭達に渡したストラップ。

「ストラップ、使ってくれて有難う。」

「気にいってるんだ。…アリスは何処に付けてるの?」

私はつけていない。

付けることに意味もない。

「夕飯は…各々で取ってくれ。そう2人にも伝えてくれ。」

「でも…」

圭の言葉を遮る。

「頼む…」

言いたくない。

言ったら本当のことになってしまう。

「うん…分かった。」

そう言って圭は私を抱きしめてきた。

振りほどくことは出来なかった。

やがてそっと離れると圭は反対方向へと歩を進めた。

ごめん。

ごめんね、圭。

言いたくないんだ。

昔、お泊まり会なるものを…圭達とした。

夜に怖い夢を見て怯えていると。

圭は抱きしめてくれた。

あの時と同じ手で抱きしめてくれた。

だから私は止まらずにいられる。

「…ありがとう。」

私は圭と反対方向に歩を進める。

平常を装う。

辛いのは最初だけ。

「あ〜らら、あんなに冷たい態度とっちゃっても良いの?」

エリスか…

「…知ってしまったんだ。」

知りたくなどなかった。

一緒にいられるのが…あと半年…もっても1年はいられない、と。

「エリスも覚悟しておけ。あと半年もすれば私達は…ここから消える。」

Re: 秘密 ( No.330 )
日時: 2014/04/18 20:07
名前: 雪 (ID: laaGvqHD)

ならなおさらだよ、とエリスは言った。

「なおさら、彼らには気付かれないようにしないといけない。
大丈夫、また会える。生きていればなんだって出来るのだから。」

前はフェアじゃないと言っていたエリスが…

けれど言ってしまえば本当に命の危機に瀕してしまう。

だから私は口を閉ざす。

その気持ちも少しはエリスは察しているのだろう。

「…そうだな。」

いいや。

会えたとしてももう彼らは…

でもその言葉を口にするにはまだ早い。

「動揺してしまったようだ、全く私らしくもない。」

知らなかった方がずっといい。

「あいつらに、詫びの1つでもしておこう。」

「そうしとけ。」

消えるとは最初から分かっていたんだ。

もう迷わない。

「私はもう迷わない。」

過去の思い出ばかり抱え込んで前に進めない。

そんなのは私じゃない。

「明日から…学校か。」

その夜全ての部屋に謝罪して回った。

3人は笑っていた。

私が黙っていれば皆は笑う。

だから私も笑おう。

最後のその時まで。

Re: 秘密 ( No.331 )
日時: 2014/04/18 20:53
名前: 雪 (ID: laaGvqHD)

〜・59章 スキースクール休暇明け・〜
次の日からは大人しく学校に行った。

進級できないのは困るからだ。

だから3学期も残りはちゃんと出なければいけない。

2年生になったらまた学校を休む予定だ。

「三田村…三田村さん…」

ん?

眠っていたか。

もともとだが体が弱いうえに薬の副作用なのか眠気が治まらない。

「…はい…なんでしょう…」

「合唱コンクールの曲は2学期の内に決まりましたので、今はパートリーダを決めているのです。」

合唱コンクール?

ああ…クラスごとに課題曲を選曲して歌って競う奴か。

興味はない。

私は合唱には驚くほど興味が無い。

集団行動と言ったものが苦手なのだ。

4人とかならまだ我慢は出来る。

だがそれが何十人と膨れ上がるとその分めんどくささが比例して嫌なのだ。

期末試験を終えると授業は終わり、合唱コンクールの為だけに学校に登校させられる。

その期間は進級には関係ない。

だから私は別宅で遊んで暮らす予定なのだ。

年が近い子どもたちは少し苦手だ。

「ソプラノは三田村さんが良いと思いま〜す!!」

「断る。」

全くエリスとはこういうところが嫌だ。

「私は家の都合上合唱コンクール直前は忙しいので。」

適当にでっちあげとけばそれで良い。

「三田村さんって、1人暮らしじゃないですか?」

「では正直に言って私に集団行動なんて無理です。そもそもやる気のない人達なんてまとめたくない。
そしてやる気のない人にまとめられたくないでしょう?やる気ない様な奴をリーダーに据えるところで既にやる気はないとみなします。」

反感を買う言い方ではあるが、これも仕方がない。

心は痛むがパートリーダーなんてものを下手に引きうけては面倒なことになりそうだ。

「じゃあ、時々学校に来てちょっとアドバイスするだけでいい。それを了承してくれたら私がパートリーダーをやるよ。」

何を言っても無駄そうだったので仕方なく頷いた。

今日も学校は平和だ。

Re: 秘密 ( No.332 )
日時: 2016/07/31 00:01
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

ノリで引き受けてしまったが、行かなければこっちのものだ。

それから校外模試を受けたり、ItemMemberの活動にいそしんだり、休んでいる間にたまっていたプリントを片づけるのに大忙し。

気付けば2月に差し掛かっていた。

♪-♪-

今日もItemMemberの活動日。

「やっぱ声質といい、発声も出来てるし…意外にボイトレ結構やってるんだね。」

「意外とは何だ。」

別宅では暇を持て余してばかりだから歌っているだけだ。

最近はマリーにギターを習っている。

ギターコードを見るがちんぷんかんぷん。

エリスはもともと心得があったのか今ではリンと合わせることができるほどの腕だ。

私以外はそれなりに楽器の心得はあるようだった。

ギター、ベース、ドラム、ピアノ。

マリーに至ってはフルートやバイオリンまでこなす怖いもの知らずだ。

彼女に以前どんな楽器が使えるのか聞いたところ、吹奏楽で必要な楽器はすべて扱えると笑って答えた。

「ホルンやオーボエも?」

ホルンは世界一難しい金管楽器、オーボエは世界一難しい木管楽器と言われるほど扱いが難しい。

「?ええ…もちろんできますよ。」

と笑って答えていた。

私もマリーのスパルタ教育のお陰でItemMemberの曲ならば多少は弾けるようになった。

コードも見れば覚えられるが、実際にやるのとは別物だ。

見れば大体何でもこなすことはできたが、ギターは難しい。

マリーは本当にすごい、と思い知らされる。

Re: 秘密 ( No.333 )
日時: 2014/04/21 10:27
名前: 雪 (ID: 064ZHG0B)

♪-♪-

「サビは弾けるようになってますね。元々物覚えは悪くない様ですし…」

「私は褒められて伸びるタイプなんだよ。」

「それを本人が言うのはなんですかね。それよりBメロの練習してください。」

本当にスパルタだな…

♪-♪-

やっぱり私は歌う方が好きだ。

♪-♪-

ここ最近は暴走もめっきり減った。

幸せだからかな。

母のことで私はまだ私を許せない。

けれど私は前に向かって歩く。

母が自分の人生を棒に振ってまで守ろうとした私を。

私は母が守ってくれた人生を全うする。

♪-♪-

なにより皆が私を泣かせてくれたから。

だからきっとこうやって笑えるんだ。

♪-♪-…

ふぅ、と大きく息を吐く。

パチパチと控えめな拍手が後ろから届いた。

「ノーミスですわ、アリス。」

「えっ?」

歌うのに気を取られていたのか全く気付かなかった。

私は歌いながらギターを弾いていたらしい。

「歌いながらならギターが出来るってことですか。じゃあ次は歌わないで弾いてみてください。」

歌わなければどうやって弾いたか思い出せない。

♪-♪-

「歌わない!!」

マリーの外見には似合わない怒声に思わず顔をしかめる。

今日もスパルタだなぁ…

「最初っから!!」

練習の賜物か、3日後私はギターを弾けるようになった。

マリーのおかげだった。

Re: 秘密 ( No.334 )
日時: 2014/04/22 22:31
名前: 雪 (ID: HTruCSoB)

♪-♪-

ジャジャーンとギターを鳴らすと控え目な拍手が私を迎えた。

「お疲れです、アリス。ようやく弾けるようになりましたか。」

「ご生憎、マリーの様に幼少期から楽器をやっている訳ではないので。」

♪-♪-

歌うのは気持ちいいし、好きだ。

6年間歌い続けてきた意味がある。

♪-♪-

「『ベストフレンズ』…ですわね。」

♪-♪-…

「全く…よく毎日歌えますね。」

「あら、マリーはそうじゃなくて?」

6年間も歌ってきた。

歌うためだけに生きてきた。

あいつ等の隣に並ぶ為に。

ようやく肩をならべられたんだ。

「エリスの方はどうだ?」

「順調ですわ。」

マリーの視線の先にはスタジオで1人ドラムと格闘するエリス。

「素人とは思えないくらいです。」

「そうか。」

あいつ自身も楽しんでいる様でよかった。

「…あいつはさ、親を知らないんだ。」

兄弟も親友もいない。

子供っぽい口調から垣間見る大人っぽさはそうでなければ生き抜けなかったから。

強く賢く大人たちと肩を並べなければ…

「だから似た境遇の私を憎んだり、共感したりってさ。姉妹…みたいに思ってるんだと思う。
私はあんな生意気な姉も妹もいらないけど。」

それでも裏の世界で肩を並べられるのはきっとエリスだけ。

2人で闇から抜け出すと決めたのだ。

「…いいですね、そういう気のおけない相手が傍にいるって言うのは。」

優しく微笑みながらマリーは少し悲しそうに見えた。

影が…差した様に見えた。

「あっ、そういえば…」

影が消えた。

けれど気のせいではない。

マリーには家族の話も兄弟の話もあまりしてはいけない。

以前、マリーの父ともめた。

あれで少しは緩和されたのだろうが、今では兄弟といった類のワードに敏感に反応する。

…想像はつく。

けれど私に何が出来るというのだろうか。

彼女は1人っ子だ。

…今は。

「今日、女子だけで集めたのには理由がありまして…2月に差し掛かったこの季節!!
女子に待ち受けるビックイベント!1年に1度女子が勇気を出すことが許される日!それは…」

嫌な予感がする。

もったいぶるように数秒ためると大きな声で宣言した。

「バレンタインです!!」

Re: 秘密 ( No.335 )
日時: 2014/04/23 19:18
名前: 雪 (ID: wC2fYVxY)

〜・60章 初めてのバレンタイン・〜
「バレンタインって?」

エリスがキョトンとしている。

パーティーには沢山出ているらしいが、そう言ったことには疎いらしい。

「バレンタインは、世界各地で男女の愛の誓いの日だよ。
もともと、269年にローマ皇帝の迫害下で殉教した聖ウァレンティヌス(テルニのバレンタイン)に由来する記念日だと伝えられていた。
国によってはバラを送ったり男が女に送ったりと国によって違うけど日本では女が男にチョコレートを送って求愛する。
今は友チョコや義理チョコや本命などと種類が増えているんだよ。」

なんでマリーが言ったか…想像はつくが。

「さっすが詳しいね…だてに本を読んでる訳じゃないんだね。」

「そりゃどうも…」

本を読んでるのが特別に美徳という訳じゃない。

私は確かに読むのは好きだけど好きで読んでいた訳じゃない。

小さい頃から読まされていたせいか暇があれば本を読むことで紛らわしてきた。

歌に出会うまでは。

歌と本で出来ている、と言われたこともある。

でもそれは必ずしもいい意味じゃない。

無理に植え付けられている。

「そうです。という訳で!明日、別宅で集合で!!材料は準備しておきますから。」

そう言って一方的に決めつけた。

Re: 秘密 ( No.336 )
日時: 2014/04/25 19:01
名前: 雪 (ID: qMMWUDMY)

そんな訳で何時もなら寝ているはずの早朝にマリーからのモーニングコールで起こされた。

「今からそっちに向かいますね。エプロンは準備してあるので汚れても良い服に着替えて待っていてくださいね。」

それだけ言うとプツリと切れた。

仕方なくエリスを起こし、マリーの来訪を待った。

「手作りチョコってなんか響きが良いよね〜!私料理ってはじめて♪」

朝起きたばかりというのにやけにテンションが高い。

キンキンと頭に響く。

「…薬は飲んだか?」

ふぁ、と大きく欠伸をする。

「一応呑んではいるんだけど…副作用なのか元々なのか眠気が酷くってね。それに飲んだと言っても痛みがすべて消える訳じゃない。」

薬を飲む時の副作用か体もひどく傷むし、故意なのか完全に治る訳じゃない。

半日ほど症状を抑えるだけ。

スキースクール以降アレクシスは1度も顔を出さなかった。

あいつは憶病だから罪悪感…なんてものを曲がりなりにも感じているのだろう。

哀れな奴だと思う。

ピンポーンともう耳に馴染んだ音が鳴る。

「お邪魔します。」

「いらっしゃい。ふぁ〜…ご苦労だな。」

少しだけ湿った目をこする。

「また寝不足だったんですか?」

「こんな早朝から起きてる方がおかしいんだよ。」

時計はまだ6時を少し回っただけ。

学校行くにしても起きるのはもっと後だ。

「材料は?」

目をやるとマリーは何の荷物も持って居なかった。

今日はお付きの人も珍しくいない。

「ああ…材料が無駄になるのは心苦しいので、まずは何を作るか決めようと思いまして。」

バックの中から雑誌を取り出した。

表紙には“彼のハートを射止めるチョコレートの作り方♪”と痛々しく表記されていた。

「…それ…マリーが買ってきたの?」

「つべこべ言わないでください!父の契約会社の方からいただいたんです!!
見た目はこんなのですが中身は私が知るなかで一番素晴らしい出来なんです!!」

確かに中身は表紙とは打って変わってかなり本格的なチョコの名前が記されている。

「ヘーゼルナッツのジョコンドとショコラムース…ノワゼット…」

聞いたことのない品ばかりだ。

「じゃあ、相談と行きますか。」

Re: 秘密 ( No.337 )
日時: 2014/04/26 17:02
名前: 雪 (ID: cy/gk7lh)

色々と講義の上、私は生チョコでエリスはトリュフ。

マリーは流石と言うべきか難易度の高いガトーショコラ。

材料を買うと早速キッチンに並ぶ。

ここに立つのも久しぶりだ。

「2人分で…味見も含めて5人分くらい作りますか。」

チョコを湯煎で溶かす。

チョコ作るのって初めてだな。

買えば済むのに何でわざわざ溶かして形を変えるのだろう。

「気持ちをちゃんとこめてくださいね、アリス。」

気持ち…?

ぎゅう〜っとチョコを溶かしたボウルを抱きしめてみたがよく分からなかったのでやめた。

2人が温かそうな視線を送っているような気がしたが…気のせいだろう。

「前から思うんだけど…」

ボウルに既に図っておいた材料を追加する。

ん?

と反応だけはしてゴムべらを手に取る。

「アリスって圭のこと好きなの?」

「好きだよ。」

何を当たり前なことを。

「あいつは私を救ってくれたし、変えてくれた。あいつがいなかったら今の私はいない。
私を変えたのはマリーであり、リンであり、なによりケイなんだ。」

マリーもリンも大好きだ。

どんなときにも必死に走って来てくれた。

だけどね、圭じゃなきゃだめなんだって思える時がある。

圭は誰よりも私の傍にいて、初めて助けるって私に言ってくれたんだ。

皆がそう思っていたのは知っている。

でも言葉にして言われたのは初めてで…

成績も良くて、時々ちょっと人を小馬鹿にするところがあって、意地悪だし…

でも何時も傍にいてくれた。

いてほしいって思う時に。

本当は優しくて…圭が笑うと安心する。

でもそんな大事な存在だからこそ。

私の傍にいればいるほど危ない。

「でも、まだ告白する勇気はないから!義理だよ義理!それとも友チョコって言うのかな?」

この先どんなことがあっても。

私は圭以外の人を好きにはならない。

きっと圭以外の人を好きになった私はもう私じゃない。

薬漬けになって記憶が飛んでも。

例え私が圭のことを忘れても。

圭は私のことを覚えていてくれる。

きっとずっと。

だから私は自分の気持ちを伝えない。

伝えたらきっと今の関係が壊れてしまう。

圭に向かって笑えなくなってしまう。

圭達には…笑ってお別れをしたいから。

笑って再会の約束をして。

笑って圭達の記憶に残りたい。

だから今のまま。

Re: 秘密 ( No.338 )
日時: 2014/05/01 18:13
名前: 雪 (ID: JuK4DjxF)

「では、お疲れ様です!明日は寝坊せずにちゃんとチョコを渡してくださいね♪」

早朝から始めたくせにもう夜もかなり更けた。

1日中チョコを食べていたのでもう暫くはチョコを食べたくないくらいだ。

「チョコ…ね。」

友チョコだ。

圭はもう関係ない。

あいつにはあいつの生きるべき場所がある。

「友チョコって初めてなんだ!」

「私もだよ、アリス。」

「アリスって呼ぶのやめろって言ってるだろ。」

私はアリスの名を背負うのにはふさわしくない。

「い〜や!アリスはアリスだよ。他の誰でもない。」

もぉ、と小さく呟く。

「少なくともあいつ等にとってのアリスって言うのは何があってもあんたなんだよ。」

ぴたり、と足を止める。

やっぱり露骨すぎるな、私は。

「…記憶を失っても離れ離れになっても。」



にんまりと口角が上がる。

「流石エリス。」

でしょ!とふざけた様なエリスの返事。

本当にエリスと私はよく似ている。

考えることも感じることも。

でも彼女はそれでも世界に希望を持って生きている。

そこが決定的に私と違う。

私は確かにこの世界の眩しさを感じた。

そこに立ちたいと思ったのもまた事実だ。

けれど違うんだ。

決定的に。

「明日、どうやって渡そうかな〜!!」

私の笑い声がむなしく響いた。

明日はバレンタイン。

Re: 秘密 ( No.339 )
日時: 2014/05/06 10:17
名前: 雪 (ID: yHU/Lp9/)

〜・61章 大きな一歩・〜
まだ人も全然いない時間。

回りはまだ少し暗めでまだ誰も来ていない。

そんな時間帯だ。

「おはよ、リン。」

ポンっと肩を叩かれたと思って振り返ると声の主であるアリスが立っていた。

彼女にしては珍しく早めでマリーを連れていた。

何時も連れているエリスの姿は見えなかった。

「おはようございます、リン。」

「おはよ。」

「今日はバレンタインですね。」

挑発する様ににっこりと笑った。

バレンタインは苦手だ。

好きじゃないって言う事が見せつけられる。

だから苦手だ。

「エリスなら後から来るって。私は用があるから先行くね。っじゃ!」

そういうとアリスはスタスタと昇降口に吸い込まれるように消えていった。

「言っておきますけど、アリスはちゃんとバレンタインの存在を認識していますよ。」

一緒にチョコも作りましたしね、と意地悪くマリーは笑った。

「今年は義理しか作っていないのでどの道もらえますね、リン。」

…マリーのこう言ったところが少し憎い。

何も分からないくせに。

「マリー。」

ん?

と言った顔で彼女は自分の顔を見る。

「俺、お前のそう言ったところ大っ嫌いだ。」

えっ?と笑みが顔に張り付いている。

フリーズしている。

「何も知らないくせにっ…」

吐き捨てるように告げた。

マリーとはずっと一緒にいた。

けれど小さい頃からマリーのそう言ったところが苦手だった。

やつ当たりだって言うのも分かってる。

けれど吐き出さずにはいられない。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ずっとリンが好きだった。

こっちを見てくれなくてもそれでも好きでいようって決めた。

アリスのこともリンのこともいくら頑張っても嫌いにはなれなかった。

笑って応援しようって決めた。

「馬鹿っ!!!!」

空気を切り裂くような声。

それが自分から発されていることに驚いた。

思えばこんな大声を出すのは初めてかもしれない。

「私だって…今までどんな気持ちで笑ってると思っているんですか!!!」

どんな気持ちで。

ケイのことが好きなアリスを好きなリンを応援してきたと思ってる。

ずっとずっと好きだった。

決してこっちを振り向くことが無いって分かってた。

「お前何言って…」

「私が今までどんな気持ちでリンを見ていたか分かってるんですか!!!
叶わないって分かってますよ!!でもそれでも好きでい続けるって!アリスとのことも応援するって決めたんです!!
確かに私は心から応援しきれてないかもしれません!でもそれでも笑おうって決めたんです!!
私がどれだけの覚悟で笑ってると思ってるんですか!!
何で何も知らないって決めつけるんですか!!アリスのこともリンのことも全部分かって笑ってるんですよ!!
これでも諦められないなんて女々しいって分かっていますよ!!それでも諦められないんです!私はずっと本気で想っていました!!ずっと6年間ずっと!!」

溢れ出る様に言葉を吐き出す。

ぽつぽつと登校し出す生徒たちが変な目で2人を見守りつつ立ち止っている。

「おいっ…」

肩を掴まれて力いっぱい振り払った。

涙が地面へと零れていく。

「ずっと…好きだったのに…」

何でアリスが…と小さく呟いた。

ずっと好きだった。

振り向かないって分かってそれでも笑い続けた。

叶わない恋だと知っても私は笑った。

そう言うところが嫌いって…私がどういう気持ちで笑ってきたか。

「ごめんなさい…」

やがてポツリとつぶやいた。

「取り乱してしまって…お先に行かせて頂きます。」

「おいっ…」

振り向いてきっぱりと告げた。

「お願いします…今は1人にさせてください。」

上手くは笑えなかった。

それでももうリンの顔なんて見られない。

いてもたっても居られず私はその場から逃げた。

Re: 秘密 ( No.340 )
日時: 2014/05/05 20:29
名前: 雪 (ID: 4tgQeMR/)

マリーが何を言っているか…よく分からなかった。

でもきっと自分が彼女を傷つけてきたのだという事だけは分かった。

小さい頃からずっとそばにいた。

だから何時から彼女は自分を見ていたのだろう。

そして自分はそんな気持ちに気付かずどれだけ傷つけてきたか。

教室に向かってもマリーの姿は見えなかった。

「マリー、どうしたんだろう?」

ケイもアリスも心配していた。

2人が一緒にいるのを見てもいつもと同じように胸は痛んだ。

けれどマリーが隣にいないのは出会ってから初めてだった。

だから2人よりかマリーばかり気になっていた。

「今日も1日お疲れ様、明日も頑張る様に、以上!」

授業も終わったけれどマリーは結局姿を見せなかった。

雪も段々と強まってきた。

生徒会室に向かったら雪の関係で中止になっている旨を顧問から聞いた。

廊下を歩く。

マリーがいない日など1日たりともなかった。

そのマリーを恋愛対象としてみたことなどなかった。

何時から見ていたのだろう。

ピタリッと足を止める。

そこには屋上に続く階段がある。

「っ——!」

思わず駆け出した。

階段を何段も飛ばし、駈け上る。

バンッと大きな音を響かせ、扉を開けるとそこには1つの人影があった。

「万里…」

万里花と呼びかけた。

けれどそこにいたのは万里花じゃなかった。

「リン…」

そこにいたのはアリスだった。

「これ、マリーには敵わないがチョコだ。受け取ってくれ。」

ここに来ることを…見越していたのか…

「私のチョコ程度ではお前の心を埋めるのには足りないだろう。」

1歩1歩噛み締める様に近付いてチョコを差し出した。

無意識のうちに受け取っていた。

違う…

言うな…言うな…

「何時も相談に乗ってくれて有難う。私は圭のことは好きになれないが、お前の相談は実に嬉しかった。」

「それで良いのか?」

思わず言葉が口から飛び出す。

「良いんだよ。…もうケイのことは好きじゃない…」

アリスはくしゃっと泣きそうな顔をした。

「じゃあ、もし俺がアリスのことが好きだって言ったらどうする?」

アリスの驚く顔。

そして少し悲しそうにゆがんだ。

1度だけ抱きしめるとふっ、と小さく笑った。

叶わないと分かっていた。

これでいいんだ。

「悪い…嘘だ。」

ここまでだ。

自分に出来るのはここまで。

これが精一杯だ。

Re: 秘密 ( No.341 )
日時: 2014/10/31 18:41
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

彼女は頬を染めていた。

抱きしめられたものとしては、当然の反応だ。

けれども笑っていた。

まるで最初からすべてを知っていたように。

「やっぱり…そうだと思った。」

彼女は意地悪く笑った。

その笑顔がマリーに重なった。

アリスはそっと手を伸ばし、手を握ってきた。

引っ張る様に、励ますように。

「マリーのところに行ってきな。」

今日1日。

マリーがいなかっただけ。

朝の言葉のせいかとも思った。

でもたった半日で頭の中はマリーでいっぱいだ。

深々と降り積もる雪が段々肩にたまっていく。

その中でアリスは1言1言身に沁みるように語りかける。

「ここから先は私が言うべきことじゃない。きっと言っちゃいけないんだ。でも本当は気付いてるんでしょ?」

雪の様に深々とマリーで埋まっていく。

声も。

笑った顔も。

何時もと何もかも景色が違う。

万里花が傍にいない。

「行ってきな。」

「お前、ケイに似てきたな。」

「そうかも。」

くすりっと笑う。

以前ならきっとその表情だけで心が奪われていただろう。

でも今はもう違う。

「ありがと、アリス。」

だっと駆け出した。

手からアリスから貰ったチョコが零れた。

けれど構ってはいられなかった。

そのまま1度も振り向かず屋上から走り去った。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「頑張れ、リン。」

雪の上に落ちたチョコを拾う。

雪で少し濡れてゆがんでいる。

「これはもうお前には必要ないものだ。」

リンが私に好意を抱いているのは薄々気付いていた。

けれど私は自分で振るのが怖かった。

自分の手で誰かを傷つけるのが怖かった。

それがマリーをも傷つけていることも知っていた。

私は誰かを傷つけることしかできない。

守るなんてことは出来ないんだ。

圭に似てきたな…か。

私もそう言われて少し腑に落ちた。

「頑張れ、マリー。」

そう言って柵から校庭を見下ろした。

さて、帰るか。

くるりと振り向くと振り返らずに屋上を出ていった。

昇降口にたどり着く前にリンへのチョコをゴミ箱へ捨てた。

リンには結局こんなものいらなかったんだ。

・・・あんな堅物でも、傍にいたいんです。どうしても・・・

2人が上手く行きますように。

雪はずっと降り続けていた。

Re: 秘密 ( No.342 )
日時: 2014/05/11 12:35
名前: 雪 (ID: A/2FXMdY)

校舎中を駆け回った。

けれどマリーは何処にもいなかった。

でも靴箱にはまだ外履きが残っていた。

校舎の中にいるはずだ。

「っ——!」

窓の外。

深々と降り積もる雪の中で傘も持たず、鞄も地面に落ちている。

植木のてっぺんを見つめる様に。

空を見上げている。

けれどパッと見彼女が泣いている様に見えた。

何も考えず駆け出した。

上履きも脱がず、何も考えず、走った。

「万里花!!」

ハッとする様に驚きの色が表情ににじみ出た。

「…リン」

「少し、話をしてもいいか?」

絞り出すように…頑張って笑った。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

万里花は何も言わずについてきた。

屋上は雪が降っているし、保健室は担当の出張の関係で空いていなかった。

仕方なく教室に向かった。

教室には雪のせいかひと1人いなかった。

勝手に暖房を付ける。

「お見苦しいところを…見せてしまいましたね。」

机の上に腰をかける。

その隣の机に同じく腰をかける。

万里花はそっぽを向いていた。

でもやっと気付いた気持ちだ。

アリスに押してもらった背中。

想いの丈を伝える。

どんなに不格好でも。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「俺、アリスに振られた。」

唐突に切り出された話題に驚いた。

「屋上でな、好きだって言ったんだけどすぐに嘘だって言っちゃった。」

彼にしては珍しくふざけた口調だった。

「でもこれできっと良かったんだ。」

バッと振り返る。

リンの顔は珍しく悲しそうにゆがんでいた。

思わず腕を伸ばし、リンを抱き寄せた。

少しだけ、震えている。

「大好きです、リン…」

そうだ。

いくら頑張って、気丈に振る舞ってもたった1人の16歳の男の子だ。

小さな存在だ。

リンは幼い頃に虐待とも呼べる扱いを受け、苦しんでいた。

何をしても構ってくれない。

食事すらもろくに与えられてこなかった。

私はリンと遊びながら色々なお菓子やご飯を食べさせた。

だがやがてリンの親は姿を眩ませ、今はこの町一番の病院の養子となっている。

彼は傷付くのを恐れている。

1人になるのを恐れている。

彼の親はそう言った感情を彼に植え付けている。

・・・大丈夫、私はずっとリンの傍にいるから・・・

最初はただの同情だった。

けれど気丈に振る舞っているリンがとてもか弱い存在であると知った。

それでも年相応の男の子の様な表情やしぐさ。

そう言ったものに段々惹かれていた。

きっと彼は誰よりも脆くて危うい。

それでもこの世界を強く生きようと頑張っていた。

それは私に必要なものだった。

誰にも必要とせず産み落とされた私。

母は私が女であることを憎んだ。

憎んだまま息を引き取った。

必要とされていない、そんなことを分かったうえでの日常はなんだかとても息苦しかった。

同じ境遇のリンと出会った。

彼はいくら辛い目に会っても生きようとあがいていた。

私に道を示してくれた。

彼の強さも脆さも危うさも。

全てに惹かれていた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「…好きって言われるのって…初めてだ。」

こんなにも嬉しいことだとは思わなかった。

万里花の手がとても温かい。

彼女は自分によく似ていた。

親に生まれてきたことを憎まれ、育った。

・・・大丈夫、私はずっとリンの傍にいます・・・

その言葉をかけられた時から。

この気持ちはきっと芽生えていた。

でもあまりにも近過ぎてその気持ちに気付くのにこんなにも時間がかかってしまった。

自分の存在はただ母を傷つけることしかできなかった。

母は自分を殴る度に涙を流した。

それはもう幼い記憶。

何時しか母は自分を殴ることはなくなった。

その代わり、自分に対して何もしなくなった。

冷蔵庫が空っぽになっても何も買ってこなかった。

自分がいるだけで辛そうだった。

傷つけることしかできないと思った。

自分も母の様に人を傷つけることしかできないと思った。

その母すらも自分は傷つけてきたと思った。

母はやがて姿を晦ました。

新しい再婚相手に出会い、幸せになったと風の噂で聞いた。

誰かを傷つけることしかできない自分でも万里花はずっとそばにいると言った。

その言葉が嬉しくてずっと甘えていた。

彼女の存在は周りから取れば憎しみの象徴だった。

彼女は周りから憎まれながらも笑い、自分を助けた。

強い女だと思った。

でも知っていた。

気丈に振る舞う彼女が1人で泣いていること。

やっぱり小さな女の子であること。

けれど自分にとっては誰よりも…大事な存在だということ。

そのことに…何年もたってようやく気付いた。

出会ってから10年はたっていた。

随分遠まわりをした。

「俺も…万里花が好きだ。」

きっともう覚えてないくらいずっと前から。

「やっと気付いたんだ。今日1日万里花がいないだけで頭がおかしくなりそうだった!
10年間ずっとそばにいたからずっと大事な気持ちに気付かなかった!!」

吐き出すように言葉を連ねる。

「でも…分かったんだ…やっと…」

ずっとそばで笑ってくれていた。

「今日1日で今まで少しずつ積み重ねてきた全てが無駄に見えた!…万里花がいなかったから…
やっと気付いたんだ!万里花が誰よりも大事だって!!
気付いたらまた失うのが怖くなった!!万里花が傍にいなかったらこの世界の全てが意味が無かった!!
やっと見つけたんだ…もう絶対に手放したくない…!
何に代えても絶対に手放したくない!!何もかも捨てても構わない!!」

吐きだしても吐き出してもまだまだ足りない。

ずっと抱えていた想い。

そっと万里花の手が頬に触れた。

気付けば涙を流していた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

気付かなかった。

ずっと。

私はこんなにもリンに想われていた。

これは私が悪かった。

リンの涙をぬぐう様に頬を撫でる。

彼の涙を見たのは…何時振りだろう。

ずっと背を伸ばして大人になろうと頑張っていた。

でももう頑張らなくても良い。

「ごめんね、凛。」

私も凛という存在を失いたくなかった。

それがいなかったらこの世界の全て、意味が無い様に思えた。

「私も…凛が好きです。大好きです。」

噛み締めるように反芻する。

「私も凛がいなかったらこの世界の全てが意味を持たなくなる。
凛がいてこそ私の世界は輝いているんです。この気持ちに気付いてから私はずっと凛だけを見てきました。
大丈夫、私は何処にも行きません。ずっと凛の傍にいます。」

これから先ずっと隣にいたい。

「これからも凛の傍にいさせてください。」

顔を合わせてくすりっと笑った。

10年たって、やっと大きな一歩を踏み出せた。

Re: 秘密 ( No.343 )
日時: 2014/05/06 15:32
名前: 雪 (ID: GjHPlWkU)

〜・62章 この気持ち・〜
「思ったのですが、何時から私のこと好きになりましたか?」

くすりっと意地悪する様に笑った。

少し憎らしいが憎めない。

小さいときから変わらない。

憎まれながらも笑って人を救える。

「きっと…覚えてないくらいずっと前から…」

思わず俯く。

歯の浮くような言葉だと自分でも分かっている。

「私もです。」

静かに悟る様なマリーの返事。

そうだ。

もうずっとそばにいる。

「私も、覚えてないくらいずっと前から好きでした。」

にっこりとほほ笑む。

多分出会って10年で一番距離が近い気がする。

じゃあ、と続けた。

「何時からアリスが好きだったのですか?」

少しだけ気まずさそうに俯いた。

「そ、それは…その…多分最初から好きじゃなかったんだと思う…」

今だから思う、と凛は続けた。

「多分…ケイに負けたくないだけなのかもって。」

小さい頃から何もかも恵まれているケイ。

ケイと出会ったのはもうすでに養子になった後だった。

だからアリスの心を射止めたのも…勉強で自分の上に行くのもただ悔しかった。

万里花の心すらも射止めたように思えた。

・・・そんなにケイばっかり見てたらケイにばれるぞ・・・

・・・えっ?私そんなに分かりやすいですか?・・・

そんなやり取りがあった。

きっとその時ケイのことが好きだと思い込んだ。

それで対抗しようとアリスを好きになろうとした…気もする。

だから思ったんだ。

何時から自分を見ていたか。

「万里花は何時から…ケイが好きだったんだ?」

「何言ってるんですか?」

事の顛末を話すとああ、と覚えていたのかすぐに納得したような表情をした。

「あれ、ケイの誕生日プレゼントが思いつかなくて好きなものないかなぁ〜って見ていただけですよ!」

開いた口がふさがらなかった。

呆気を取られたとはこういう事を言うのかと初めて実感した。

ははっ、と小さく笑った。

「なんだ、そう言う事か…」

つまりは対抗してアリスを好きになろうと思い込んでいただけだ。

思えば屋上でアリスに想いを告げかけた時、心はすでにアリスには囚われていなかった。

もう万里花でいっぱいだった。

あの告白もどきは自分の中でのけじめを付けたかっただけなのかもしれない。

あの屋上で…いやその前からきっともうアリスのことなどどうでもよくなっていた。

「何を考えていますか?」

にこりっと笑いながら自分の顔を覗き込む。

「いや…なんでもない。」

ふふっ、と笑う。

「どうせ私とアリスのことを考えているのでしょう?」

図星だ。

「リンは圭以上に分かりやすいですから。」

くすくすと笑う。

何時も笑っているが、今日もよく笑う。

これからずっと隣で笑っていてくれる。

Re: 秘密 ( No.344 )
日時: 2014/05/06 21:11
名前: 雪 (ID: GjHPlWkU)

「結局ついさっきまでどこにいたんだ?」

今日は移動授業もそれなりに会ったし、あんなに目立つ場所にいたら教師に見つかっている。

「それは…その…」

はぁ、と小さく溜め息を吐くと覚悟したように話し始めた。

「朝のあれがあった後…リンと顔が合しづらくて…」

頬が染まっている。

よっぽど恥ずかしかったらしい。

10年間であんなに大声を出すマリーは初めてかもしれない。

「それで保健室に向かったのですが…保険の先生が出張で仕方なく…屋上でやり過ごそうと…」

今日は1日中雪だ。

コートを着ていても骨まで沁みるような寒さだった。

段々頬が染まっていく。

その仕草がなんとなくかわいらしかった。

「今日は雪ですので生徒会も中止になってリンが帰るまでやり過ごそうと思っていました…」

アリスもそう推理したのか。

生徒会室からの道筋で屋上へと続く階段がある。

「でも…アリスが来たんです…」

Re: 秘密 ( No.345 )
日時: 2014/05/11 12:56
名前: 雪 (ID: A/2FXMdY)

ガチャッと扉の開く音がして思わず身構えた。

リンだと思っていたから。

自意識過剰とはこのことだろう。

「…アリス」

でも立っていた人影はリンよりも背が低く、金髪で整った顔立ちだった。

「やっぱり、ここにいたんだ。」

分かっていたような口ぶりだった。

アリスはゆっくりと近づいてきて手すりから校庭を見下ろしていた。

「リン、心配してたよ。」

触れたくない話題であった。

「…リンに会いに行きな、マリー。」

何時までも逃げられるとは思ってはいない。

でも今日だけでも顔を合わせたくない。

「リンはマリーを探している。話さなくていい。せめて無事だってことくらい伝えておけ。」

アリスなりの気遣いなのだろう。

返事は出来なかった。

「はい。」

差し出されたのは見覚えがある。

昨日アリスが選んでいたチョコの包装紙だ。

故に中身も簡単に想像が出来る。

「自分でラッピングしたから形は少し悪いが…味は変わらないだろう。」

朝から何も食べていない。

お腹がすいているので、食べてみた。

やけに甘く感じた。

「…昨日作った時より甘くなっていませんか…?」

リンもケイも特に甘いのが好きという訳じゃない。

だから程良い甘さにしておいたのだが、これは相当甘い。

「万里花用だから。甘めにしてみた。」

ニヤリと笑ったアリスの顔を見て思わずふふっと笑ってしまった。

「リンならきっとマリーを見つけるよ。」

本題に入った途端。

自分でも表情が固まったのを感じた。

「…今日1日かかっても見つけられなかったのに?」

「それでも見つけられる。だってリンだもの。」

そっと手を伸ばして手首を掴んだ。

引っ張る様に。

励ますように。

「私達4人には絶対に欠かせない、大事な仲間だもの。でも…今はその言葉より有効な言葉があるね。」

わざと区切りを付ける。

そしてその言葉を口にした。

「マリーが好きになったリンだもの。世界でたった1人、マリーが好きになったリンだもの。
そんなリンがマリーを見つけられないと思ってる?」

私が好きな…リン…

誤解されやすいが別に冷たくもなんともない。

よく冷血だとか冷酷とか言われがちだけど、そんなのうわべだけだ。

冷静でリーダーシップが合って、ちょっと生意気で、でも本当は優しくて強く生きている。

感情をそこまで露骨に表さないだけ。

優しくて…私に生きる道を示してくれた。

「行ってきな、マリー。」

そう告げられて駆け出して屋上を後にした。

探し回った。

けれど見つからなくて…丁度タイミングが悪かったのだろう。

それで外に出た。

あの木の下で休憩程度で立ち止まった。

見上げて雪を浴びていると今までのリンの記憶がよみがえった。

何時だって私の手を引いてくれた。

アリスと再会してから1日たりとも離れたことのなかった。

自分のつまらない意地のせいでリンを傷つけた。

そのことが辛かった。

そしてあんなにやさしくて強いリンの傍に入れないことが悲しかった。

そんな時だった。

リンの声が聞こえたのは。

「万里花!!」

その時私の中でアリスの声がした。

・・・リンならきっと見つけてくれる・・・

叶わないな、と思った。

Re: 秘密 ( No.346 )
日時: 2016/05/15 21:37
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

昔話に思わず少しだけ胃を痛めた。

まるで自分ののろけを聞かされているようで、かなり恥ずかしい。

「まぁ…そう言う訳で今に至っているのです。」

「あ、ああ…」

くすくすと笑う万里花の顔を見る限り、相当顔が赤いのだろう。

帰り道、2人並んで帰るのはずっとの習慣だった。

生徒会で遅れて帰ることになっても待っていてくれる。

今日だて帰るまでずっと待っていた。

お屋敷の前につく。

何時もと同じ。

お屋敷の前まで万里花を送る。

でも気持ちが通じ合っていると分かっているだけでこんなにも景色が違う。

「じゃあな。」

これで終わりだと思うと少し寂しい。

思えば毎日少し心細く思っていた。

もっと語りたい、そう思わされる。

でも別に気にしない。

明日も明後日も1年後だって、万里花は隣にいる。

「凛!!!」

背を向けた後で万里花が声をかけるのは珍しい。

記憶の中でもそう何度もあることじゃない。

思わず振り返った。

振り返るといつも以上に幸せそうに笑う万里花の顔。

「不思議ですけど…出会った時より、離れたくないという思いが強くなっている気がするんです。」

ニヤリ、と笑う。

その表情がアリスに似てきた。

自信満々で失敗するなんて夢にも思わない。

賭けをする時のアリスの表情に似ていた。

「俺も。」

満面の笑みを浮かべ、顔を赤らめながら近づいてきた。

その時は何の警戒心も抱かなかった。

チュッ

小さな音がした。

頬に優しくて温かい感触がした。

キス。

そう理解するのには数秒用いた。

「私はこれからも凛だけを見ていきます。」

そういって何時もの様に微笑んだ。

本当に…万里花には敵わないと思った。

Re: 秘密 ( No.347 )
日時: 2014/05/11 21:21
名前: 雪 (ID: x0V3O7oL)

〜・63章 ホワイト・バレンタイン・〜
リンとマリーは上手く行っているかな…

いや、上手く行くと信じよう。

屋上に未だ1人佇んでいる。

雪足が段々早まっていく。

来年のバレンタインも…ここで…

ふぅ、と息を吐く。

白く曇って空へと消えた。

「よしっ、帰るか。」

白い息を吐きながら小さく呟いた。

結局、ケイにはチョコは渡せないまま…か。

でもその方が良いかもしれない。

別宅につくとさっさと着替えて何時も過ごす、図書館に向かう。

何冊か本を見繕っとくと何時も過ごすテラスに向かう。

この別宅の最上階にあり、全面ガラス張りで外の景色を見回せる。

大きなテレビや電話も設置されている。

ここはいつも私が本を読んでいるところ。

何時も4人が集まる場所。

床にはお菓子や本がちりばめられている。

♪〜♪〜

鼻歌を口ずさむ。

電話を見ると留守番電話のマーク。

着信履歴は…

見たくない名前だ。

表示された名前はアレキシス。

「再生しないの?」

「用件は分かっている。」

そう返答してからバッと後ろを振り向くとやはりケイが立っていた。

「ケイ…」

彼らには勝手に入れるように鍵は渡してある。

ケイ、リン、マリー、エリス、アレキシス。

その5人しか渡していない。

「お菓子、持ってきた。」

ケイが下げていた紙袋には私の好きなお菓子屋の名前が印刷されていた。

「この雪の中、買ってきたのか?」

「うん。」

見れば見るほど制服が濡れている。

かなり時間をかけてきたのだろう。

「有り難う。」

かなりの量のお菓子が入っているらしく受け取るとずっしりと重かった。

「今日の様に雪の降っているバレンタインのことをホワイト・バレンタインというらしいな。」

くだらないいつもの会話。

「そうらしいね。この時期に雪ってのは結構珍しいよね。」

ケイの返事を聞きながら袋の中を確認する。

牛乳瓶に入ったプリンやマカロン、シュークリームまでなんでもありだ。

会話を返そうとケイの方に目をやった。

気付かぬ間にケイが留守番電話を再生させるリモコンを手の中で弄んでいた。

「ちょっ!」

止めようと声をかけようとしたがケイは手を止めなかった。

ピッとリモコンを押すと留守番電話が再生された。

「2月14日、16時09分のメッセージです。」

ピーという機会音から音に懐かしいアレクシスの声が響いてきた。

「今日、アニエスは他国と同盟を結んだ。それもお前の力を利用したものだ。これから世界の情勢は一気に変わる。
…一応、報告だ。」

そう言うとブチッと切れた。

「メッセージを削除する場合は1を…」

機械的な案内が終わった。

「どういうこと?」

ケイの問いに私は小さく笑った。

「ケイ…知ってたな。アレクシスから聞いたか…それとも留守電を聞いていたか…どちらでもいい。」

自嘲気味に笑った。

こっから先は踏み込ませてはいけない。

でも…もう私だけには抱えきれない。

「聞いて後悔するなよ。」

そう言い置く。

Re: 秘密 ( No.348 )
日時: 2015/07/10 19:30
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「あのさー、その話始めたら一体いつ終わるんだ?」

後ろから突然聞こえた声。

けれどアリスの表情に焦りはない。

知っていた様なふるまいだ。

「トールか。」

「お別れなら早くしろって。」

金髪の少年。

だが少し少女的にも思えるその相手には何かアリスと似た雰囲気を感じた。

「…もう済んだ。行くぞ。」

アリスはためらいもせずに背を向けた。

渡した紙袋が地面に捨てられる。

「アリス!!」

グイッと腕を掴んだ。

けれど彼女はこちらの顔を見ない。

「行くな!!」

自分勝手わがままで欲望にまみれているのも承知で叫ぶ。

彼女は行くことを望んでいるかもしれない。

でも嫌だ。

また病院の床に伏して…またなにも出来なかったって後悔するのは…

「嫌なんだ!!」

ガッと頭に衝撃が走る。

意識が飛びそうになるのを辛うじて抑え込む。

「っ———!」

どうやら先ほどアリスにトールと呼ばれていた男に蹴られたらしいと気付くのに数秒かかった。

「…トール、1つ言っておくがケイに手を出すな。」

特に抑揚なく彼女は告げた。

あらかじめ知っていたかのように彼女の表情に変わりはない。

アリスはそっと近づくと抱きしめてきた。

小さな手で。

「…ごめん」

その手からなにかが滑り落ちるのが辛うじて見えた。

けれどそれに特に注意を払わなかった。

それが間違っていた。

落ちたのは小瓶だった。

パリンッと小さな音がすると中から煙の様なものが現れた。

それが何かしらの薬物だと気付いた時には既に遅かった。

意識が途絶えた。

最悪のホワイト・バレンタインだった。

Re: 秘密 ( No.349 )
日時: 2014/05/12 19:51
名前: 雪 (ID: VxYVWOca)

目を覚ますと彼女は消えていた。

変わらず冷たい床に転がっていた。

起きて思わず身震いする。

まだ2月だ。

毛布も掛けずに床に寝ていたら寒いのは当然だ。

また…止められなかった。

アリスはいつも行く前には何も言わない。

けれどこんなに強引な方法は初めてだった。

薬を使うなんてアリスらしくない。

言葉でねじ伏せるような人だった。

あのトールとか言う青年も…どういう人なのだろう。

きっとアリスによく似ているのだろう。

立場も環境も。

けれど彼は随分好戦的だった。

何も言わず頭をけり飛ばす辺りが…

ガンッと大きな音がした。

床に拳を殴りつけた音だ。

ジンジンと拳が痛む。

けれどそれ以上に胸が痛んだ。

何時だってアリスが突然消えるのは父親の仕事の関係上だ。

他国と同盟を結んでいる。

その言葉に彼女の表情が凍りついた。

けれどその真意は…この回転の遅い頭じゃ理解できない。

今までは無事、と言わなくても帰って来れた。

でも今回はそうとは限らない。

何時だって帰ってくる保証はない。

そんな現場に居合わせていたのに…止められなかった。

もう1回ガンッという大きな音が響いた。

Re: 秘密 ( No.350 )
日時: 2014/05/16 19:27
名前: 雪 (ID: rJoPNE9J)

いい加減慣れてきた車に再び腰を下ろす。

広過ぎて、シートも固くどうにも落ち着かない。

隣に腰かけているの、少し少女的な印象を受ける少年。

名前はトール。

1言で言えば父のもとに仕えている奴だ。

腰まで伸びた金髪に少女の様な華奢な体。

けれど戦闘能力も身体能力も並はずれている。

金色の髪と相まってきっちりした黒のジーンズに黒のストールを着用している。

趣味は戦い。

なんでも自己鍛錬だけでは限界があるらしく、戦う事によって経験や力を得るらしい。

といっても全てを流血沙汰で終わらせるほどひねくれてもいない。

お化け屋敷も苦手らしい。

だが力を得るためなら自ら争いを起こす。

父のもとに仕えている、といっても彼自身は別に忠誠心なんてものはない。

敵対勢力の多い父の下に着くことで力を得ようと考えているのだ。

実力的に言えば父のもとについてる中で1番だ。

強過ぎる力を持っていてロクに戦える相手がいないことを日々嘆いている。

戦闘が目的と言うが敵以外の殺生は好んでいないらしく、救える人は救える主義らしい。

そう言った旨の話をずっと隣で話していたが、反応が薄くて退屈したのか運転手に矛先を向けた。

「思ったんだけど、アリスちゃんって乙女だよね。」

なんだか本人を隣に随分失礼なことを聞いている。

「トール。」

「ん?」

すっとぼけたような表情をしている。

こんな奴がかなり武闘派だと言われても笑い飛ばせそうだ。

警戒心と言ったものが持てない。

けれど私にはなんだかそう言った空気が感じられるのだ。

「父は…何時まで私を振り回すんだろう…」

窓の外を眺める。

見たこともない町だ。

「しらねぇよ、んなこと。」

一蹴だった。

「って言うか話のチョイスそれだけ?退屈すぎるんだけど。
というか何でこのトール様直々にお迎えにいかなきゃならんのか!マジ意味分かんねー」

私に言われても…

この男に関しちゃ関わると色々危ない。

あの時ケイが気絶したのはある意味正しい。

あのまま起きているのはまずい。

「エリスは?」

「も〜先行ってる。」

年相応の少年の顔。

今は好きでこの世界に浸っている。

きっと抜ける気はないだろう。

父がいなくなってもきっと彼はどこかで戦いを続けるのだろう。

それもいい。

「お前は…何時まで父のもとにいる?」

「さぁーな。ただテオドールの傍にいると強い奴に出会えるし、救える奴は救える。」

力を手に入れる。

それと同時に救える人は救う。

「…お前は良い奴だな。」

「まったまた〜!」

トールはまたまたそれを笑い飛ばした。

案外本気で言ったんだがな。

この世界に染まりつつも人を助けるなんてそんな奴は決して多くない。

「ただ…あの3人のことだけど…あまりエリスの前で話、しない方が良いぞ。」



キキッと車が止まる音にかき消されてほとんど聞こえなかった。

「だってあいつ…」

何を言ったか聞き取れなかった。

ガチャッと扉が開いた。

「ついたぞ。」

結局それについては有耶無耶のまま私は車から降りた。

Re: 秘密 ( No.351 )
日時: 2016/05/17 05:22
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

〜・64章 トレーニング・〜
アリスがいなくなった。

これまでもたびたびあった。

でもその度に死ぬほど心配して死ぬほど探した。

見つかったためしはないけれど。

でも今回はいつもと違った。

祭の時とも違う。

文化祭の様に突然いなくなる訳じゃない。

ただ知っていた様に。

それでいて自分がどうなるかも知っていたそぶりだった。

気絶させる、なんて遠まわりな手を使うくらいだ。

何時もより事態が切迫しているように思えた。

けれど彼女はいつもの様に携帯の電源を切っていて、消息がつかめない。

エリスもアレクシスも屋敷には訪れなかった。

アリスとの接点はその程度か、と自分を恥じた。

地球の裏側に行ったって見つけられる、そんな言葉をアリスは本気で信じていた。

それを嬉しそうに笑った。

けれどその笑顔を自分で壊した様な気がして、酷く胸が痛んだ。

屋敷に向かっていつもと同じ様にアリスの座っていた椅子の上に座る。

古風で品のある椅子。

アンティーク、と言うのだろうか?

他の部屋に会ったのをアリスがわざわざこ別宅の最上階の全面ガラス張りのテラスに持って来たらしい。

ガタッという小さな音を聞いた気がした。

「アリス!?」

ガタガタっと何かが崩れるような音が響く。

位置的には…アリスの部屋!!

「アリス!!」

バンッと大きく扉を開いた。

誰かがそこで積み立てられていた本を倒していた。

でもそれはアリスじゃなかった。

「…アレクシス…さん…?」

そこに立っていたのはアリスの兄のアレクシスだった。

Re: 秘密 ( No.352 )
日時: 2014/08/01 17:47
名前: 雪 (ID: IIKIwyJA)

「…アレクシス…さん…?」

アリスの腹違いの兄。

アレクシス。

アレクシスは大きく溜め息を吐くとやれやれと言った様に頭をかいた。

「見られてしまったか…」

初めてアリスの部屋に入った。

けれど思っていたよりも本で埋まっていて、少し散らかっていた。

枕もとに置かれたクリスマスプレゼントの予定表と服とぬいぐるみだけが綺麗に置かれていた。

それが散らかった部屋の中でかなりの異彩を放った。

アレクシスは大きなトランクを持っていた。

そして手にはアリスの本。

「なんで…」

まるでそれはアリスの荷物を撤去させようとしている様に見えた。

「…父のお達しだ。」

グイッと気付かぬ間にアレクシスの胸倉を掴んでいた。

ガンッと彼の頭が壁にぶつかる音が響く。

「あんたらそれしかねぇのかよ!お父様にばっかり縛られやがって!!
てめぇら、自分ってもんがねぇのかよ!」

自分の声とは思えないほどどすの利いた声。

その声音には怒りがありありとあふれていた。

「アリスはあんたの妹なんだろ!だったら守ってやれよ!!だったら救ってやれよ!!」

本来それは兄であるアレクシスの仕事だ。

周りにいるお前らが止めるべき何だ。

アリスに常につき従ってきたアレクシスやエリスが。

でもエリスは囚われの身。

「でもアレクシスは違うだろう!!あんたは自由に生きてるんだろ!恋をして結婚してアリス達には手に入れられない生き方をしているんだろ!!」

自由の身でいて、アリスの傍にいる。

アレクシスが。

アリスを助けて守らなければいけないんだ。

本来僕が支える必要なんてない。

本来助けなくちゃいけないのはアレクシス達の方なんだ。

「あんただって自由じゃないのかもしれない!こちとら頭悪いんだよ!!そんなこと言われなきゃ分かんねーよ!!
でももしあんたがアリスと同じ囚われの身って言うなら…」

アレクシスだって妻を人質に取られているかもしれない。

いつまでも父親のいいなりだ。

「あんたがそのお父様ってのに言われて動けないなら…俺に言えばいいだろ!!
そしたらこっちが全力で助けてやる!!あんたもアリスもひっくるめて救ってやる!!
助けてって言えばいいだろ!たったそれだけのことじゃねぇか!!」

助けも求めず、抗いもしない。

たった1言。

助けてっ、といえばすぐにでも駆け付けた。

でもアリスは黙り込んだまま1人で背負い、1人で消えた。

残された人達がどんな気持ちになるかも知らずに。

この言葉は誰よりもアリスに告げたかった。

「答えろ、アレクシス。アリスは今どこにいる?」

乱暴に胸倉を掴んでいた手を離した。

「…君のその情熱には負けたよ。」

そういって彼はメモにさらりと住所を書いた。

呆気なさすぎる。

でも、自分の言葉に心ゆすぶられる何かがあった。

そんな顔をしている。

アリスにもこんな顔をさせたい。

助けを求めることも、抗う事も出来るように。

Re: 秘密 ( No.353 )
日時: 2015/07/10 19:37
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

記されていた住所には見おぼえがあった。

クリスマスパーティーの会場だ。

あの、初めてアリスにキスした場所。

「今回は身体補強のための収集でもある。」

隣に座っているアレクシスが答える。

今はアレクシスの車でその会場に向かっている。

「身体強化?」

アリスには縁が無い単語だ。

「あいつは体が弱い。だからエリスやその他の人の手に寄って体力や身体能力を身につける。狙われやすい体質だしな。」

アリスの頭に入っているのは国の機密情報。

公には出来ない国の裏場面。

血生臭くて見ただけでうっと言いたくなるほどおぞましいものまで入っている。

完全記憶能力。

1度見たものを死ぬまで忘れない体質。

逆に言うと忘れたくても忘れられない。

だから1度でもその書類の束に目を通せば忘れない。

誰でも簡単に取り出すことのできないその書類の存在をアリスは頭の中に所有している。

わざわざ危ない目に会ってまで書類を盗むよりアリスを盗んだ方が手っ取り早い。

でもそれじゃアニエスとしては不利だ。

かといって何時までも牢に幽閉していては彼女の母親に目を付けられかねる。

だから普通の女子高生としてこの国に連れて来られた。

誰もこんな小さな女の子が国の機密情報を握っているとは思わない。

それでも誘拐されるリスクは高い。

いくらその存在を隠しても何の拍子でばれるか分からない。

だから耐性がある程度できるように牢に囚われていた。

手足が腐敗しないようにわざと貧血状態を作り出そうと呼吸を調整したり、などだ。

とアレクシスは簡潔に言った。

暗示などもそれ相応扱えるらしい。

「だが、暗示だけでは無理がある。精神面以外でも肉体的に無理がある。
何時もはエリスが教えているのだが、せっかくなのでトールと言う家の武闘派の中で1番の実力を誇っている奴にトレーニングさせようと、そう言う話なのだ。」

トール…

その名前には覚えがあった。

「トレーニングと言ってもトール自身には人に教えることに興味が無いため、エリスとアリスの身体強化の監督をするだけらしいが…」

危険なことをしている訳ではなさそうだ。

けれどなぜ突然消えたのか、それは謎だ。

「ここだ。」

車から降ろされるとそこには見おぼえがある屋敷が立っていた。

「私はここまでだ。後は頑張ってくれ、少年。」

収集でもある。

でもある。

そう言った言葉に少し引っかかりを感じた。

身体強化以外のなにか…危険なことを…と言う嫌なイメージばかり頭に浮かぶ。

「本当に…身体強化だけなんだろうな…牢に閉じ込めたり、してないよな!!」

イライラした様な声音が自然と口から洩れる。

車からアレクシスは小さくぼそりっと呟いた。

「…いや、基本的あいつの外出には牢に囚われていなければいけない。
その存在を知られてはいけない為、屋敷の中を出歩くことすらできない。」

その言葉を聞いた時何かがブチリッと切れる音がした。

だっと駆け出した。

木を上り、空いている窓からヒョイッと体を滑らせて屋敷の中に潜り込む。

タッと足が地面に着くとその部屋には既に先客がいた。

長い金髪に白い肌。

華奢な体にその体とは対照的なふっくらしたドレス。

「…ケイ?」

小さな口から自分の名前が呼ばれる。

「っ!」

気付けば抱きしめていた。

懐かしいアリス。

少しやせた様で力を込めれば折れてしまいそうなほど細い。

誰かが守ってやらなければ死んでしまいそうなほど華奢な体に対照的なガラスの様な瞳。

それが今は驚きの色がにじみ出ている。

それが愛おしい。

「…ほら、言った通りちゃんと見つけただろ?」

・・・この出会いは運命だから。たとえ生まれが違っても…絶対にアリスを見つける・・・

・・・僕はその声を見失わない。何度だって見つけ出してやる!!なんどでも!!・・・

ギュッと彼女から弱弱しく抱きしめてきた。

こんなか弱い女の子が化け物じゃない。

小さくてか弱い世界でたった1人だけのアリス。

小さくて儚い存在だ。

化け物なんかじゃない。

Re: 秘密 ( No.354 )
日時: 2014/05/23 17:44
名前: 雪 (ID: O.IpBlJV)

監禁状態で部屋から抜け出すトレーニングの最中だった。

窓から突然聞こえてきた足音。

そこに目をやれば圭がいた。

今一番会いたくて。

一番会いたくない相手。

圭は私を優しく抱きしめた。

温かくて懐かしい感触だ。

「…ほら、言った通りちゃんと見つけただろ?」

・・・この出会いは運命だから。たとえ生まれが違っても…絶対にアリスを見つける・・・

・・・僕はその声を見失わない。何度だって見つけ出してやる!!なんどでも!!・・・

覚えていた…それが嬉しかった。

見つけてくれた。

信じるって決めていた言葉。

でもそれを自分から疑った。

そんな自分を馬鹿だとも思った。

圭が嘘を言う訳が無い。

あいつは何時だって本気で人を助ける。

何時だって約束を見つけてくれる。

ギュッと圭を抱きしめた。

温かい。

懐かしい。

愛おしい。

こんな気持ちに出会えたのは紛れもなく圭のお陰だ。

その感情がこの後吉と出るか凶と出るか、私にだってわからない。

でも圭がいれば大丈夫だって思った。

それがあいつにとっての重荷になると分かって。

それでもなお思ってしまった。

圭ならきっと私を救ってくれる。

でもそれが本当に正しいか、私にはわからない。

けれど。

今はまだ別れたくない。

ずっと一緒にいたい。

「っで、君は何故ここに来たのか?」

圭の手をほどき、問い詰める。

「えっ…だってそりゃ…その…」

突然態度は一変してオロオロし出した。

こいつ、案外私より女子だな。

「いい、大方アレクシスに唆されたのだろう。」

唆された?と圭は続けた。

「私はただたんトレーニングに来ただけだ。今は密室から抜け出す練習中。
この頭に機密情報を抱えている身としてはそういった耐性が不本意ながら必要になる。
エリスもトールも私の手助けをしているだけだ。」

「密室からの抜け出し?」

足元にはロープも転がっている。

ついさっきまで縛られていたのだ。

頭に付けているカチューシャに隠しているピンでドアを開ける。

ガチャリッと気持ちいい音がした。

ほらな、と目で促す。

扉を開けると廊下につながっている。

「少し、この部屋に隠れていろ。トールと話をしてくる。」

そう言い捨てると有無を言わさず、部屋から飛び出した。

Re: 秘密 ( No.355 )
日時: 2014/05/23 18:58
名前: 雪 (ID: O.IpBlJV)

〜・65章 大好きです・〜
アリスが帰ってくるとそのまま裏口から2人揃って歩いている。

なんだか穏やか過ぎて。

少し拍子抜けした。

けれど彼女の笑顔を曇らせたくはなかった。

だからあえて口にはしなかった。

「また、心配をかけたな。」

歩いて帰ることになった。

アリスはお金を持っていないし、アレクシスに突然連れて来られたため、金はそこまで持っていない。

だがアリスと一緒に帰るのは不思議と心地よかった。

そういえば…

脳裏に浮かぶのは屋敷に出る前に久しぶりに会ったエリスの声。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「丁度良かった。トールもアニエスに戻ることになってたから、トレーニングも今日で終わりなんだよー」

そう言って笑ってた。

「でもやっぱりあんたは不思議だね。」

そう言ってくすくすと笑っていた。

「アリスにとってあんたは特別なんだから、死なないでよ。」

特別?

「アリスったらあんたのこと、とっても楽しそうに話すの。
きっと、あんたのことも特別に思っているのでしょう。」

そう言ったエリスの言葉が本音か冗談かよく分からない。

「…そんなことないよ」

救えてない。

何もしてはあげられない。

特別でもなんでもない。

「でもね、あの子には沢山の重圧が掛かってる。肩にアニエスの人々の命をかけている。
あの子は人の輪に混ざることも対等に言葉を交わすことも、笑顔を見せることすらできなかった。」

そうアリスと同じ立場に立っているエリスによって。

言葉になっていることでより深く心に突き刺さってくる。

「でもね、あんたらの隣。特にあんたの話ばっかりするアリスは紛れもなくただの女の子になりつつある。
それが良いことか悪いことか分からない。でもね、確実に変わってるし、確実にあんたは特別な存在になりつつある。」

トンッと胸を吐く。

「頑張ってねー☆」

そう言ってまたふざけた様に笑うと彼女は屋敷の中に消えていった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「圭?」

気付かぬ間に顔を覗きこまれていてびっくりした。

エリスの言葉のせいか無駄に意識している。

「どうかした?」

「…なんでもない。」

そう?と彼女は少し不思議そうな顔をして結局それ以上追及してこなかった。

バクバクと心臓が痛いほど鳴り響く。

怖いほど汗をかいている。

落ち着け。

落ち着け。

と自分に言い聞かせた。

エリスの言葉はどこまで本当か分からない。

けれど結局は救えてなどいない。

気付かぬ間に別宅についていた。

テラスまで送る。

「じゃっ…」

と遠慮気味に言葉をかけて去ろうとした。

後ろにいたアリスがぼそりと呟いた。

「…圭は…私のこと…どう思っていますか…?」

えっ、という自分の声を聞いた。

Re: 秘密 ( No.356 )
日時: 2014/05/23 21:29
名前: 雪 (ID: oWbfUqQX)

いつも通り。

何もなかった様な平穏な帰り道。

圭の隣は誰よりも心地よかった。

どんな場所より。

自分の身分も立場も全て忘れられる様な。

心地よくて。

事情を話してからきっと圭はいつも通りには接してくれなくなる。

そう思っていた。

憐みの目、軽蔑の眼、色んな物が私の脳裏に思い浮かんだ。

でも圭はどの視線も私にはぶつけることはなかった。

いつもと変わらず普通に接してくれた。

それが堪らなく嬉しかった。

「マリー達にも報告しとくか。」

そう言って携帯を開いてカチャカチャといじる。

…相変わらずだな。

人が困っていると知ると。

誰だろうと構わずに手を差し伸べて、助け出す。

誰にも等しく救いの手を差し伸べる。

人を救って。

救って良かった。

皆が笑えてよかった、と心から笑える。

そう言う優しい奴だった。

傍にいてほしい時には傍にいてくれる。

「…着いたか。」

相当歩いた。

けれどあっという間に別宅についた。

中にまで入ったが埃はたまっていなかった。

ちゃんと掃除されているようだ。

懐かしい匂いに包まれて頬がほころぶ。

「じゃっ…」

圭はテラスまで送ってくれた。

本がいつもと変わらず床に散らばっていた。

その配置が行く前とほとんど変わっていない。

その絶妙な本の配置が心地いい。

圭には何時も迷惑をかけている。

そんな圭は私のことをどう思っているのだろう。

異性としてなのか。

友としてなのか。

どちらにしても私には嬉しいことだ。

救ってくれる、なんてことを言ってくれたのも。

あいつが初めてなのだから。

Re: 秘密 ( No.357 )
日時: 2014/05/24 17:48
名前: 雪 (ID: 0n70nVys)

…圭は…私のこと…どう思っていますか…?

心に浮かんだ言葉。

けれど顔を真っ赤にしている圭を見る限り、どうやら私は口に出してしまったらしい。

「えっ…?」

顔が真っ赤になる圭に影響されたのか頬に熱が段々と蓄積されている。

私は圭に告白もどきをしたのだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

聞き間違い?

いやいや、確かにアリスは口にした。

でもアリスのことだし案外大して深い意味はなかったんじゃ…

そんな余計なことに頭の大部分は使われた。

先程から何故アリスは何も言わないのだろう。

アリスの方に目をやると彼女は恥ずかしそうに顔を伏せていた。

冗談じゃない…?

「私は…」

アリスの恥ずかしそうな小さな声。

不覚にもドキッとしてしまう。

「圭のことが好きだ。大好きです。」

僕も…と続けようとした。

「でも…分かっている。」

諦めたように。

それでも恥ずかしそうに顔を真っ赤にしながら。

笑った。

「私は圭の住む世界とは違う世界の住人だから。傷つけたくない。」

傷つけたくない。

傍にいればいるほど圭の身も危うい。

そう思っていることがありありと分かっていた。

「だから…もうとっくの前に諦めたんだ。迷惑だってことは分かってる、それでも…言わせてくれて有難う。」

笑った。

悲しそうに。

遠慮そうに。

彼女はよく笑う様になった。

でも浮かぶ笑顔はまだ悲しそうな笑顔ばかり。

心から笑う事など…きっとできてないのだろう。

はぁ、と大きく溜め息を吐いた。

「ばっかじゃないの?」

えっ?と時間が止まった様に彼女の動作が止まった。

「アリスは知ってんでしょ?大切な誰かが目の前で傷付く…でも自分には何もできなくて…どうしようもないっていう苦しみを知ってるんだろう!」

僕も知っている。

アリスが傷ついてるのに助けられない。

そんな少しもどかしくて。

とても苦しい気持ち。

「辛くて、苦しくて、怖くもなったはずだ!
だからこそそんなに重たい衝撃は、誰かに押し付けちゃいけないものなんだ!
押し付けられた方がどんなに辛いのか、アリスだって知っているはずだ!」

もしマリー達が傷ついたら。

きっとアリスは苦しむ。

「アリス、苦しかったなら手を伸ばせばいい。僕が何度でも救ってやる!
話して欲しいんだ。アリス1人で抱え込まれたほうがずっと辛いんだ。」

話してアリスが救えるとは思わない。

けれど。

「何も知らないまま、また救えなかったともう2度と嘆きたくないんだ!!」

何も知らないままアリスが傷つくのなんて見ていられない。

話したくないならそれでもいい。

話すのが辛いことだってある。

僕だってアリスに話せてないことが沢山ある。

でも涙も流さずに苦しんでる姿は見たくない。

その為なら。

例え地獄の底からだろうと。

救い出してやるしかない。

完全記憶能力。

たったそれだけ。

それだけで人生がくるわされる。

間違ってるって自分でも分かる。

救わなきゃって思った。

「…どうして」

「理由なんてないよ!!でもそれはおかしいって!悔しいって!!足掻きたいって思ってるんだろ!!なら足掻けよ!!」

はっ、と息をのむような音が空気を振動して伝わってくる。

「アリスの力で今までどれほどの人を傷つけたのか知らない。
これからもアリスが悪で居続けなきゃいけない理由なんてどこにもない!
そもそもアリス何もしていないじゃないか!!
だから…自分のことで誰かを傷つけることを恐れないで。」

アリスのことで傷付くならその傷は必要なんだ。

アリスが誰かを傷つけまいと頑張れば頑張るほど辛い。

そっちの方がずっと辛い。

傷つけても良い。

1人で抱え込まないで。

誰かを守ろうとして傷付くアリスを見ている方が。

ずっと辛い。

例え自分が傷を負おうともアリスが傷を負うのを見ているだけなんて無理だ。

それなら傷付いた方がずっといい。

そう思う事がアリスにとっても辛いのかもしれない。

「大丈夫、僕はどんなことがあってもアリスの傍を離れないから。
傷つけても良いんだ。その程度で僕は傷付かない。その程度で僕は離れていかない。」

ホロリッと彼女の瞳から大粒の涙が零れた。

Re: 秘密 ( No.358 )
日時: 2014/05/24 18:33
名前: 雪 (ID: 0n70nVys)

涙が流れている。

傷つけるのが怖かった。

でもそれより怖かったのは…圭達が離れていくこと。

・・・大丈夫、僕はどんなことがあってもアリスの傍を離れないから。
傷つけても良いんだ。その程度で僕は傷付かない。その程度で僕は離れていかない・・・

その言葉に自然と涙が流れた。

圭はふっと笑った。

人差指で涙をぬぐった。

「アリス」

恭しく跪いた。

「アリスのことが好きです。大好きです。」

はっ、と息が止まった。

ずっと願っていたはずのことだった。

想いが通じ合うのを。

まだ傷つけるのが少し怖い。

気持ちの整理が付かない。

あっという間にことが進み過ぎている。

圭の差し伸べた手に手を伸ばす。

けれど途中で手を止める。

「…ありがとう」

圭が顔を挙げる。

私は首を横に振った。

まだ眼の端にはまだ涙が溜まっていた。

「…気持ちの整理をさせてください。」

きっと顔が真っ赤なのだろう。

精一杯言葉を紡ぐ。

「圭のこと、よく考える。考えるから…少し…時間をください。」

圭は笑った。

笑ってただ1度だけ頷いた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

何時から好きだったのだろう。

私の何に惹かれたのだろう。

と、色々馬鹿な質問が頭を巡る。

嘘だ。

嘘だ。

圭が私を好きだなんて…

そんなの…

そんなの、嬉しいに決まっている。

枕に顔を突っ伏したままゴロゴロと布団の上をのたうちまわる。

「っ〜!」

声にならない叫びが口からほとばしる。

嬉しい。

その気持ちとは裏腹に

怖い。

友達より先に言ってしまう事はきっと圭を傷つける。

本当に圭の言葉に甘えてしまっても良いのだろうか。

私にはまだ人を信じるなんて高尚なことはできない。

だから余計に考えてしまうのだ。

明日は平日。

結論がどんなふうになろうと。

結論が出ようと出まいと。

圭と顔を合わせなければいけない。

それが苦しくも待ち遠しい。

Re: 秘密 ( No.359 )
日時: 2014/05/25 13:20
名前: 雪 (ID: GgxfwrUK)

〜・66章 転入生・〜
「おはようございます。」

声する方を見ればマリーとリンが立っていた。

圭がいないのがまだ救いだ。

今は少し顔を合わせづらい。

「アリスに1番に報告したかったことがあるんですけど…」

恥ずかしそうに俯く。

気付けばリンまで顔が少し赤い。

グイッとリンの腕を引く。

マリーはリンを引き寄せると嬉しそうに、恥ずかしそうに笑った。

「付き合う事になりました!!」

「なっ!万里花…!!」

あっ…

名前呼び…

「何を恥ずかしがってるんですか?もうキスも済ませたというのに!」

キ、ス…?

「なっ!あれは…無理矢理…」

ふふっと思わず笑ってしまった。

「おめでとう、マリー!あんなにリンが好きだって悩んでたもんね!!」

あんなに悩んで。

あんなに苦しんでいた。

諦められないその苦しさ。

私も知っているから良く分かる。

「ちょっ、それは無しです!!」

再び頬が赤くなる。

「そういうアリスは圭とはどう何ですか?」

圭…

私は歩きながら昨日のことを簡潔に話した。

「へぇ〜!じゃあ今圭は宙ぶらりん状態ってことか。」

宙ぶらりん。

まぁ…そう言えなくもない。

「まぁ、でもアリスがこんなに一生懸命考えてるならたとえどんな答えになろうともきっと大丈夫ですよ!」

そうだといいのだが…

歩くうちに教室にたどり着いた。

「…このクラスにくるのもあとほんのちょっとなんだな…」

私は休んでばかりだったのでそこまで懐かしいと言った感覚はない。

けれど来年は違う教室になると言うと少し寂しいものがある。

今は合唱コンの練習期間中。

そう言えば指導役するとか何とか言った様な気がする。

教室に入ると何時来たのか圭とエリスがいた。

「おはよう、アリス。」

いつもと変わらない挨拶。

「…おはよう、圭。」

少し安心したようながっかりしたような…変な気分になった。

「は〜い、着席!!」

久しぶりの睦月の声。

「三田村は後で職員室に来るように。来なかったら進級できないと思え〜」

大方出席日数の話だろう。

流石に留年はしたくない。

知っている人の1人もいないクラスでもう1度1年生なんて御免だ。

せめて成績だけは学年トップを貫いた。

仕方なくHRが終わった後、職員室に向かう。

「成績は文句が無いけど…出席日数が相当にピンチだ。それと休むならせめて連絡をよこせ。
とりあえず、ここに各教科の先生の愛のた〜っぷり籠ったプリントがある。
これを消化して残りの日を毎日出席すればまだ進級の余地がある。」

連絡なんて寄越せるものなら苦労はしない。

「睦月先生、プリントです。」

やってきた生徒。

どこか見覚えがある様でない様な立ち姿。

「お〜サンキュ、朝霧。」

朝霧…

「あれっ?三田村?」



見たことはあるが名前までははっきりと思い出せなかった。

「ん?あっ、そーか三田村は知らないんだったな。転入生の朝霧だ。」

転入生…

思い出した。

たしか…

「…朝霧…連?」

小学校の時、一緒だった。

そしてこいつは私をいじめていた。

いじめの首謀者だった。

にっ、と朝霧が笑った。

Re: 秘密 ( No.360 )
日時: 2014/05/25 14:07
名前: 雪 (ID: GgxfwrUK)

「失礼しました。」

礼をするといつもと変わらぬスピードで教室に戻る。

「久しぶりだな。」

「そうですね。」

ただでさえ人見知りだ。

隣を並んで歩くのには抵抗がある。

かといって先に走って教室に戻るのは疲れるから嫌だ。

考えているうちに相手の方が隣に並んできた。

「覚えてるか?」

「覚えてなければフルネーム当てられる訳ないだろ。」

いじめ。

言葉にするとあれだが、私は別に今こいつを恐れている訳じゃない。

蹴ったり殴ったりが当たり前で。

学級崩壊だってしていた。

私をいじめることで自分の身が守れるなら誰だってそうする。

彼らだって心を痛めなかった程ねじ曲がってなどいない。

首謀者であるこいつについても。

単なるお遊びの感覚だ。

別に私は閉じ込められて泣き叫ぶようなこともなかった。

密室からの脱出はその頃から慣れていたから。

学校の鍵など作りも簡単だし。

私はこいつに興味などなかった。

だから何をされてもさほど気にはしなかった。

バカバカしかった。

教室に着くとカタンッと朝霧は席に着いた。

その席の横を私が通り抜けようとした。

その方が席に近いからだ。

カクンッとつんのめった。

朝霧が足を引っ掛けたのだ。

やることは小学校の頃と何も変わっていない。

綺麗に身をこなし、転ぶことなく席に戻った。

ずっしりと重いプリントの山を机の上に乗っける。

「そのプリント、どうしたの〜?」

「進級するためにやれってさ。いいな、エリスは。
お前も私と同じぐらい休んでるじゃないか。不公平だ。」

「私は転入生だから〜☆」

エリスは成績も良いし、出席日数以外に問題はない。

私もないのだが…

ぶつくさ言っても仕方がない。

とりあえず1番上のプリントから取り掛かった。

後ろからその姿を悔しそうに歯ぎしりした連がいた。

Re: 秘密 ( No.361 )
日時: 2016/04/15 04:24
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

合唱コンの練習。

私が休んでいる間にいつの間にか選曲も指揮者も決まったらしい。

けれど監督としての役職からは逃げられない。

引き受けてしまったから。

「ストップ。」

私は耳は良い。

「1番後ろの列の右は時から順に…OK、もっと声を出す、高い声を出す、歌う途中にあくびをしない、音程おかしい、OK、OK、もっと声出す。」

1人1人の声を明確に聞き分けられる。

「3人1組になってこっちに集合。」

面倒くさいが帰るとまた睦月がうるさそうだ。

進級できないとかなんとか。

「臍のあたりを押さえて…あーって、ほらやってみ。OK!1回全員で合わせるよ。」

ある意味で今までで一番人と関わった様な気がする。

心の底から優勝を目指す奴なんてそうそういないだろう。

だが、やるには徹底的にやるのが私の趣味だ。

「ストップ。朝霧、やる気が無いなら帰ってもらって結構だ。」

朝霧は性格をまんま反映させたように制服ははだけている。

ちゃらちゃらとしているようなイメージが拭いきれない。

「私も優勝!なんて暑苦しいことは嫌いだが、やると決まった以上はやる。優勝を目指す奴がいるから私はここにいる。
目指す気が無いなら私は帰る。
連帯責任、という言葉は嫌いでね。お前1人の為に皆まで叱られる理由はない。続けるぞ。」

♪-♪-

朝霧が抜ければ優勝だって狙える程の歌声だ。

朝霧はそもそも歌おうとしない。

それどころか近くの奴に声をかけて引きずりこむ。

だから迷惑なのだ。

まともに歌えば悪くはないと思うのだが。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

歌の練習が終わるといつの間にか日は傾いている。

何故か私は転入生の朝霧とともに廊下を歩いている。

2人の間に会話は無く、早く終わらせたいと言う思いだけが漂っていた。

彼は転入してまだ数週間の割に、遠慮ない日ごろの行いによってクラスメイトから疎遠だったらしい。

そう思うと憎む気もなくなる。

「睦月の奴…」

思わず歯ぎしりしてしまう。

なんでわざわざ技術室まで新しい備品を運ぶにしてもなぜ私が…

言われたからには…仕方がない。

圭に言われたことを考えている暇もない。

机の上に荷物を置いて外に出ようと扉に足を向ける。

その途端。

ガチャリッと扉のしまる音がした。

またか。

涼風高校の鍵は外側も内側も鍵でなくては開けられない。

だから出られないと思ったのだろう。

朝霧の姿はすぐに見えなくなった。

技術室には道具が沢山ある。

あっさりと鍵は開いた。

「…全く」

ようやく1人になれた。

圭のことを考えられる。

そう思った。

けれどそれから毎日の様に彼からの嫌がらせは止まることを知らなかった。

Re: 秘密 ( No.362 )
日時: 2014/05/30 19:27
名前: 雪 (ID: aS9uLd49)

毎日の様に上履きを隠され、毎日の様に机の上に落書きされた。

時には宿題のプリントを破られたりもした。

けれど上履きが無いならスリッパを履けばいい。

落書きをされたのなら消せばいい。

プリントも睦月にあらかじめコピーをもらっているので問題ない。

大概は別宅や通学時間中に解く。

プリントが減っていくのを見ると少し清々しい。

3月6日。

合唱コンまであと1週間。

合唱コンのこともあって全くもって圭の方に頭がいかない。

「ん?」

「どうかしましたか?アリス。」

手紙が入っている。

どうやらテストの裏面らしい。

0と大きく書かれている。

「0点って初めて見ました…」

「…私もだ。」

全く呆れる。

氏名欄には朝霧連と書かれている。

見た目は悪くはない。

性格面などの矯正すれば容姿的には問題が無い。

成績だって昔は悪くなかったと記憶に残っている。

そのまま解答用紙を折りたたみ粉々になるまで破くと近くのゴミ箱に捨てた。

「読まないんですか?」

「読まなくても内容は分かっている。」

上履きを下駄箱に仕舞うとバタンッと音を立てて閉めた。

「ちょっとしたラブレター♪」

Re: 秘密 ( No.363 )
日時: 2014/08/02 16:06
名前: 雪 (ID: gIPC2ITq)

〜・67章 呼び出し・〜
手紙を開くと放課後、という字と微かながら理と言う字が見えた。

放課後、理科室で決闘的な意味合いの言葉だろう。

面倒だが仕方がない。

「来たぞ。」

朝霧は制服こそ着こなしてはいた。

そう教師に強制されたらしい。

見た目だけなら優等生そのものだ。

「随分落ちぶれたものだな…あの時のお前は人の中心に立ち、頭もよく、スポーツも出来ていた。」

けれど何時の日からか彼はいじめグループの中心人物となった。

そこにどんな意図があったかは定かではない。

圭たちならきっと事情を聞いてどうにかしようとあの手この手を使うだろう。

けれど。

私は聖人君主じゃない。

聞いて通じなければ、後は力ずくしかない。

「何故こんなことをする?」

「話す理由が無い。」

そりゃ、まともに答える訳ないか。

「1つだけ…お前に関しての噂を聞いたことがある。」

そういうところでは、エリスも偉大だ。

エリスは私と真逆。

情報収集を頼んだらあっという間に集めてきた。

「いじめに関してのレポートでこう言ったものがある。
いじめられる子の要因、身体が小さい、動作が機敏でない、友だちが少ない、おとなしい、口達者でませているなどだ。 
逆に言うといじめっ子の要因は思い通りに支配したい、憂さ晴らしをしたい、自分の劣等感から人を妬んで落としいれたい。 
他人からの脅迫、性格上の問題や家庭の問題など…そして」

そう言ったレポートにさして興味が無い。

けれど読んだ本の中にそう言ったものがあった。

「過去にいじめられた経験がある」

わざと語尾を強める。

「私はそう言ったレポートを特に好んでいる訳ではないし、信じてもいない。
そう言ったものは意味が無いからだ。自分より劣っている奴を見て笑うのは酷く人間的な行動だ。
そう言ったものもあるから、人は強くなれるのだよ。」

ねたみ、簡潔に述べるなら嫉妬。

そう言ったもので人は成長する。

何時までも今いる場所に落ち着いていたら強くなどなれない。

自分より能力を持っているものに嫉妬しなければ新たなる技術など生まれない。

テストと同じだ。

上がいるから勉強をがんばる。

下を見ていても意味などない。

それをまだ理解できない餓鬼がやるのがいじめ。

ストレス発散も八つ当たりも別の手段があると社会人になれば分かる。

けれどそれがまだ分からないから人を貶めようとする。

「他人を貶めることで自分の成長を自ら阻害しているのだ。
そして…それに心砕かれるものもまた、自身の成長を阻害をしているのだ。」

私も最近、圭によって思い知らされた。

誰でも自由に生きられる。

未来の可能性なんて無限大だ。

「お前の妹がいじめで引きこもりになっている。」

私はいじめ程度で心は折れない。

けれど誰しも私の様に生きられる訳じゃない。

心の弱い者もいる。

エリスの情報網なら噂、と言ったレベルを越えてもうほぼ事実だ。

「朝霧がある日いじめグループからの勧誘を断った。
その代わりにお前の妹がいじめの対象となった。そしてお前はいじめグループに入った。
けれど、お前の妹は既に時遅し、心に傷を負ったお前の妹は引きこもってしまった。」

エリスが何処からそんな情報を手に入れてきたか知らない。

けれどエリスの情報的に事実であろう。

「だが、お前は今何をしている!!」

Re: 秘密 ( No.364 )
日時: 2014/06/01 15:10
名前: 雪 (ID: /B3FYnni)

「だが、お前は今何をしている!!」

その言葉が空気が切り裂く。

今の自分を否定されたようだ。

「お前の妹はお前のせいで傷付いた!だがそれがどうした!!」

もう昔のことだ。

気に入らなかった。

あの目が。

何もかも見透かして、どれだけいじめても表情1つ変えなかった。

「妹が苦しんでいるのはいじめに対するトラウマなんかじゃない!お前の弱さのせいだ!」

いじめに苦しんでるんじゃない。

いじめに心許し、そのリーダーまで上り詰めたふがいない兄の弱さのせい。

そう彼女は訴えていた。

「私はお前の妹を知らないから偉そうなことは言えない。
あんたの妹の気持ちなんてものは分からないし、きっと理解だって出来ない。」

分かる訳が無い。

会ったことどころか話をしたこともないのだから。

「でも、あんたが間違ってることは言える!!間違ってるって止められる!!」

違う。

違う。

「当たりたければ私に当たればいい!だが、そのままじゃ一生お前の妹は救われない!!」

違う。

違う。

「違う!!」

近くに置かれていた椅子を手に取った。

椅子を握る手が痛い。

嫌な汗が顔をつたる。

彼女は笑った。

「なんだ…ちゃんと声に出して言えるじゃない…」

彼女に向かって口を聞くはこれが初めてだった。

椅子を握る手が小刻みに震える。

震えた手で思い切り振り下ろす。

なにも。

考えられなかった。

最後まで。

彼女の顔から余裕の笑みは消えなかった。

大きな音がした。

椅子がただの木屑に変わる。

宙を椅子の欠片が舞った。

Re: 秘密 ( No.365 )
日時: 2016/04/15 04:33
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

椅子を振り下ろす。

彼女は小さく何か呟いた。

小さく笑って。

「エリス——」

そうつぶやいた気がした。

椅子が砕ける大きな音がした。

「なっ——!」

ふわりっとカーテンが躍った。

彼女の前に鉄パイプを持った女が立っていた。

まるで彼女を庇う様に。

鉄パイプで砕かれた椅子の欠片が頭上に降る。

「さすがだ、エリス」

「な〜にが、さすがよ。」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

彼女は私と正反対。

アレキシスは私に枷を付けると言った。

けれどエリスはそうそう枷にはならない。

私が逃げればエリスは責められる。

その為、私は逃げたくても逃げられないしエリスは私を逃がす訳にはいかない。

私がエリスを見捨てられない事を見越した上で、下した判断だ。

だが、エリスはどうだろう。

エリスは逃げようと思えば逃げるだけの体力はある。

エリスは確かに換えが効く存在ではあるが、やはりアニエスの機密情報を握っている。

エリスには人質か何かの枷が付いているのだろう。

だからエリスは私が逃げないように私の枷をし、そして私の護衛もする。

人質にとられている誰かの為に、父の命令を律儀に守り続けるのだろう。

私が死んでも、逃げてもエリスにとってはマイナスにしかならないから。

「流石なもんは流石でしょ。」

室内なら警戒されているかもしれない。

けれど窓の外までは、流石に気が向かないのでは?

窓を開け放ち、カーテンで視界を遮った間に鉄パイプで木の椅子を粉々に砕く。

それをやってのけたところは流石以外に言う事が無い。

「助かったよ。私もトレーニングで鍛えているといえど、男の腕力は馬鹿には出来ないからな。」

「私も女なんだけどー?」

エリスの腕力や身体能力は男にも負けない。

そう言う風に鍛えられたのだ。

「もう帰っていいぞ。もう戦意は喪失しただろうし、残りは私でも出来る。」

無視かよ、といじけた様に口にすると頭に手をやる。

「へーいへい、了解っすよ。」

スルリっと綺麗に体を翻し窓から出ていった。

横目で見たところ綺麗に地面に着地している。

「まだやるというなら受けて立とう。でも結果は変わらない。私がお前の妹を救ってやる。」

朝霧の妹。

クルリっと背を向ける。

なにかが振り下ろされる音がした。

ここら辺にあるもの。

大方木屑だろう。

尖っているので多少は殺傷能力がある。

はぁ、と小さく溜め息を吐いた。

くるり、と振り返ろうとすると足が滑った。

やばっ…

薬の影響か体の調子が悪い。

力が入らなくてカクンッと膝が折れた。

朝霧の手は止まらない。

グシャリッと、肉が裂ける音がした。

Re: 秘密 ( No.366 )
日時: 2014/06/09 19:25
名前: 雪 (ID: bAREWVSY)

振り下ろされる直前。

ドンッと押し倒された。

冷たい床に体を強打する。

「っ——!」

声にならないうめき声が口から洩れる。

それからハッとした。

今、私を突き飛ばした人はどうなった?

振り返ると1人の男子生徒が倒れていた。

「…ケイ?」

倒れた男子生徒の背中に、随分見覚えがあった。

手を伸ばす。

ぬめっとしたものが手に絡め付く。

血だ。

「ケイ、ケイ!!」

落ち着け。

落ち着け。

こう言う時にはどうすればいい?

考えろ。

何のための頭だ。

けれど思考がうまく働かない。

「…てこい」

「えっ?」

「救急箱をとって来いと言ったんだ!!とっとといけ!!誰のせいだと思っている!?」

ひっ、と小さな悲鳴を上げて理科室から出ていった。

「ケイ…」

ギュッと抱きしめる。

愛しい。

何時もなら触れられない。

何時もならあり得ない距離。

涙が1筋だけ流れた。

顔を埋めたがすぐに顔をあげた。

傷口を確認しておかないと…

けれど傷口は腕に刺さった欠片だけ。

大きな動脈も切れていない。

変なところを打った感じもしない。

「…ケイ、タヌキ寝入りはいい加減にしろ。」

「ばれちゃった?」

全く…

心配した私が馬鹿だった。

「朝霧、救急箱を置いて外で待っていろ。」

ケイを起こすと、救急箱を開ける。

消毒薬と包帯を手に取る。

「手当てくらいはするよ。」

消毒をするとクルクルと包帯を腕に巻きつける。

「どうせ、話は聞いていたんだろう。」

「まぁね。」

朝霧は室内には気を配ると想像していたが、ケイがいるという事は注意を怠ったな。

私は圭に救われた。

私も誰かを救いたい。

「私、救って見せるよ。」

うん、と頷いた圭の言葉がとても心強かった。

それだけで何もかもうまくいく様な気がした。

Re: 秘密 ( No.367 )
日時: 2014/06/09 19:48
名前: 雪 (ID: bAREWVSY)

〜・68章 朝霧の妹・〜
「案内しろ、朝霧。私がお前の妹を救ってやる。」

「…断る。」

「今のままではお前の妹は一生救われない!
私にお前の妹が救えるか分からないけど、絶対に救って見せる!!」

気まずい沈黙が下りる。

「…本当に…救われるのかな…」

朝霧らしからぬ小さな声。

今まで、色々ため込んで強がっていた。

でもやっぱりただの高校生なんだ。

「私が救う!!」

手を差し伸べる。

朝霧は俯いた顔をあげなかったけれど、小さな声で告げた。

「…ついて来い。」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

連れていかれた家は意外にまともな一軒家で、朝霧の自宅らしい。

「お邪魔します…」

来る道の途中で朝霧は色々話してくれた。

今この家に住んでいるのは、朝霧とその妹だけ。

父は単身赴任で母は入院中らしい。

妹はいじめに合った後、ほとんど外に出なくなった。

コンコンッ

ドアプレートも付いていない、飾り気のないドアの前に立ち止まると朝霧は数回ノックした。

同じ家に住んでいても妹とはそうそう顔を合わせないらしい。

「入るぞ。」

ガチャリッと開かれた扉の先には、ベットの上でうずくまる1人の少女。

髪も服もぐちゃぐちゃで外に出ないせいか、顔色は悪い。

ガリガリにやせていて、骨と皮で出来ているんじゃないかと思うほど弱っていた。

大きな部屋の隅に小さく縮こまっていた。

目には悲しみや怯えの色がにじみ出ていた。

その瞳に。

覚えがある。

まるで。

まるで…幼少期のエリスだった。

「こいつが俺の妹の…遥。」

昔のエリスを…眺めているようだ。

絶対に救って見せる。

「初めまして、私は三田村こよみ。」

安心させるように。

にっこりと笑った。

「私とお友達になってください。」

Re: 秘密 ( No.368 )
日時: 2014/06/21 18:09
名前: 雪 (ID: KBFVK1Mo)

私は遥を救いたい。

圭が私を救った様に。

マリーが私を救った様に。

リンが私を救った様に。

エリスが私を救った様に。

私も遥を救いたい。

ひっ、と小さな悲鳴が聞こえた。

「私は別に貴方に外に出てほしいとか、学校行って欲しいとか言わない。
ましてやダメ兄貴の為に立ち上がってくれとか、そんな熱血教師みたいなことは言わない。
正直こいつはかなり痛い目に合わないとダメみたいだから。」

くすりっと笑った。

まずは歩み寄り。

「私はカウンセラーでもなんでもない。正直一生引きこもってても気にしない。
こいつから貴方の話を聞いて、身分でもお金でもなんでもなく朝霧遥という1人の女の子と友達になりたいと思った。」

兄のせいでいじめられ、引きこもりになった少女。

それでも兄を許すことができた所は…凄いと思う。

「昔のことなんて関係ない。私と友達になってください。」

ぺこりっと頭を下げる。

断られた時のことは考えない。

今の私でぶつかる。

「…お引き取り…く…ださ…い…」

ふるえる声。

けれど彼女は立ち上がってちゃんと私の目を見据えていた。

それだけでもちゃんとした進歩だ。

人慣れはしていないようだけど人嫌いって訳じゃない。

特定の人物…朝霧あたりなら問題はないってことか。

「また明日来ます。」

にっこりと笑った。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「遥の部屋、灯りを付けていないから分かりづらいが綺麗に整っていた。埃もたまっていないようだし。
靴はしまい込まれていたから本当に使っていなさそうだったが。
女の子が外に出ずに何年も引きこもるのはまず無理だ。協力者がいなければ…
だからあんたとは仲が良いんだろう。」

人といる時はわざわざ灯りを消して部屋の隅にうずくまる。

そうすることで人と距離を置いている。

実際怯えているようだったし。

「考えてみればおかしいよね。あんたのせいであの子は引きこもったと言った。でも何であなたはあの子と仲が良いの?
もう二度と顔も見たくないだろうし、引きこもる意味もない。
単身赴任の父親のもとにでも行けばいいだろう。父と仲が悪いとしても他に道はあったはずだ。」

もう顔も見たくないくらいに。

引きこもることで兄を苦しめるというのなら甘過ぎる。

そんな小賢しい性格にも見えない。

きっと気が弱い。

「故に…原因はお前じゃない。」

Re: 秘密 ( No.369 )
日時: 2014/06/22 13:48
名前: 雪 (ID: teK4XYo.)

その日から毎日遥の部屋の前に足を運んでは、門前払いされた。

でも諦められるものか。

毎日の様に扉越しに遥に語りかける。

「私には好きな人がいるんだ。」

圭。

最初は拒絶されていた。

私が圭を傷つけたと思うともう会ってはいけないと思った。

汚い歌。

大好きだった圭の歌。

汚いなんて言えない。

皆の為に作った歌。

何があったのか知らない。

でも汚くないことだけは分かっている。

汚くない。

そう思って私は圭の歌を口ずさんだ。

そしたら圭は…笑ってくれたんだ。

それからずっと隣にいた。

私が苦しい時も。

嬉しい時も。

泣いていた時も。

ずっとそばにいた。

「…いつだって、人の為に心から頑張ることが出来る人なんだ。
人の為に立ちあがって、人の為に一生懸命悩んで、人の為に笑顔を向けられる。」

話していると。

不思議なことに。

色んな事を思い出す。

2人きりで遊園地にも行った。

文化祭も一緒に歌ったし。

リンを振り向かせるために、一緒に立ちあがってくれた。

クリスマスの夜も…一生懸命探して、見つけてくれた。

ママからのプレゼントを持って来てくれた。

…ファーストキスも奪われちゃったけど。

どんなときだって。

傍にいた。

沢山の思い出がある。

光を見せてくれた。

希望を見せてくれた。

「…三田村さんは…」

「うん。」

初めて。

話に乗っかってくれた。

「その人のことが…好き…なの…?」

好き。

「うん。」

きっと今の私は圭がいるから今ここにいられる。

圭がいなければ人の為に立ち上がろうともしなかっただろう。

マリーやリンとも知り合う事もなかった。

こんなにたくさんの感情とも出会えなかった。

きっと、圭がいなければ私は心も持たない道具だ。

圭がいなければ…

「大好き。」

温もりも。

優しさも。

感情も。

心も。

思い出も。

希望も。

全て圭がもたらしてくれた。

それを両手いっぱいに抱えて。

私も圭みたいになりたい。

圭に釣り合う人になりたい。

圭の隣にいたい。

エリスもアレキシスも。

皆含めてずっと笑っていたい。

ずっと手を繋いでいたい。

そんなたくさんの気持ちを私にくれた。

でも…私は何時だって圭に救われてばかり。

圭が泣いているのを…一度も見たことが無い。

圭には圭なりに辛いことだって。

きっと沢山あったはず。

私は圭の為に何もしたことが無い。

なのにどうして…圭は私のことを好きと言ってくれたのだろう。

Re: 秘密 ( No.370 )
日時: 2014/06/22 15:24
名前: 雪 (ID: teK4XYo.)

「それでね…」

ガチャリッと扉が開いた。

背中に扉の感触が伝わってくる。

「クッキー、焼いたけど食べる?」

「…たべ…ます…」

うん、と小さく頷くと居間まで向かう。

「お兄ちゃんは…?」

「出掛けてる。夕飯の買い出しだって。勝手に小麦粉とか使っちゃったけど、別にいっか!」

遥が部屋から出てきたのは初めてだった。

やっぱり朝霧の妹だ。

髪をとかさなくても相当な美人だ。

「事情…きかないん…ですか…?」

ぼそぼそと続ける。

「聞いたらこたえてくれるの?」

ビクンッと遥の体が震える。

わざと目を合わせる。

「…話してくれるまで待つ。それに私はそう言った昔のことに興味はない。私はあくまであなたが変わるきっかけを作ることしかできない。」

人には自分を変えられない。

「あなたを変えられるのはあなただけだから。」

圭の一生懸命な気持ち。

圭の隣にいたいって思えたから。

私はこうなった。

そう思わせてくれたのは圭だから。

だからまぁ、ケイに変えられたって言っても過言ではないんだけど。

「…話、聞いてもらっても…良いですか?」

うん、と小さく笑って頷いた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「私が…兄の同級生に…いじめられていたのは…知っていますよね…?」

うん、と三田村さんは頷いた。

不思議な人。

引きこもってても構わない、なんて。

単純に私、朝霧遥として見ていた。

何も答えなくても、楽しそうに自分の話をした。

扉の外に出たいって思わせてくれる。

「…でもね、正直そんなこと…どうでも…よかったんです…」

私を変えるきっかけを、諦めずにチャンスをくれる。

毎日の様に。

変われるようにと、言葉をかけてくれる。

「…兄には…あの人達と一緒に…なってほしくなかった…」

優しくて、頭もよくて、頼りがいのある自慢できる兄だった。

だからこそ妬みの標的にもなった。

「…兄は…自分もいじめられていたのに…屈しなかった…でも…」

私がいじめられたせいで、と小さく続ける。

それが全ての引き金だった。

「…それから兄は…いじめグループに入りました…そんなの…見ていたくなかった…」

私は平気だよ、って言いたかった。

自慢のお兄ちゃんでいてよ、って言いたかった。

そんなのに負けないでよ、って言いたかった。

でも負い目が私にあるから、そんな言葉を飲み込んでしまった。

「…兄に合わせる顔が…なくなったのは…私の方…」

顔を合わせたくないと、思っていた。

でもやっぱり好きなんだ。

大好きなお兄ちゃんなんだ。

「家に引きこもったのは…いじめのせいじゃなくて、自分のせいで朝霧が間違った道に進むのを止めたかったから?」

コクリ、と頷く。

「いじめられてからも…しばらくは…学校に行っていました…」

大好きな兄を止めるためなら、いじめなんてどうってことなかった。

「…兄が誰かを傷つける…のは…見ていたくなかった…いじめグループの…リーダーも…いざという時は私を盾に使う…
私がいなければ…守るべき対象が無ければ…もう…誰も傷つけずにいてくれると…思った…」

でも、違った。

引きこもっても兄は変わらなかった。

私のせいで。

その言葉で埋め尽くされそうになった。

「…私は…全てのことから…逃げたんです…目をそむけて…自分だけ笑って…陰でどんなに兄が傷ついているかなんて…考えなかった…」

人を傷つけて胸を痛める。

そんな当たり前のことが当たり前の様にできる人だったのに。

私のせいで、人を傷つけても胸を痛められなくなっていく。

やめて、って言葉を出せなくなっていく。

外にも出られなくなった。

出ればまた、兄の足手まといになってしまう。

兄が傷ついてしまう。

そう言った気持ちがブレーキをかける。

「朝霧が…」

ようやく三田村さんは口を開いた。

「朝霧が何で今でもいじめグループの…首謀者になっているか、聞いたんだ。」

三田村さんは笑っていた。

「自分がいじめの首謀者になれば、もう誰も引きこまない。
もう誰かが泣くこともなくなるって、そう言ったんだ。」

兄らしい。

まずそう思った。

自分がいじめグループのリーダーになれば、もう誰も傷つけない。

汚れ役を買ってまで誰かの涙を止めようとする。

「もう遥みたいな子を、作りたくないからって。
でも間違ってるよ。誰かを助けるために他の誰かを犠牲にしていい訳が無い。」

バッと三田村さんは立ち上がると私の手を引いた。

立ち上がらせるように。

強く。

「兄を変えたいって思うならそれをちゃんと言葉にして、ぶつけなきゃ。やめてって、大丈夫だよ、って。」

真剣な…表情を初めて見た。

ずっと笑っていた三田村さんが。

強く引っ張ってくれた。

「逃げずに真っすぐと。今の朝霧をちゃんと見て。ちゃんと言葉にしなきゃ。」

分かっている。

本当はただ自分のことしか考えていなかった。

自分のせいで兄が傷ついているのを、見て見ぬふりをしていた。

伝えるのが怖かった。

そっちの方がもっと兄を傷つけるってことも知っておきながら。

「聞いていたな、朝霧。」

えっと、振り返ると何時からか兄が立っていた。

「変えたいのなら、伝えたい言葉を、ちゃんと伝えな。」

トンッと背中を押された。

伝えたかった言葉。

「…遥」

もう…そんな顔しないで。

私は平気だって。

自分の中で終わらせないで。

ちゃんと伝えなきゃ。

元の自慢のお兄ちゃんに戻って。

伝えたい言葉は。

沢山あった。

せきをきって溢れだしそうになる。

「…私は平気だよ」

ずっと、言いたかった言葉。

「…ずっと自慢のお兄ちゃんでいてよ。」

兄を変えたい。

だったら、言葉にしてぶつかるしかない。

「だから…そんなのに負けないで。」

Re: 秘密 ( No.371 )
日時: 2014/06/22 15:35
名前: 雪 (ID: teK4XYo.)

ガチャリッと扉が開く。

色々あったが、和解はできたらしい。

「ありがとう、三田村さん。」

遥の初めてしっかりとした声を出すのを聞いた。

もう大丈夫。

「どういたしまして。」

圭、私もやっと。

1人の人間を救えたよ。

圭に比べればちっぽけだけど。

それでも1人の小さな世界を救えたよ。

「…これからいじめグループの収集を付けないとな。」

「そっちはこちらで片しておいた。」

エリスに連絡してメンバーも構成人数も把握した。

エリスに頼んだら、任せておけと力強い返事が来た。

矯正するのにも手慣れている。

心配はいらないだろう。

「今から君はただの男子高校生。これから道は踏み外すなよ。それと明日の合唱コンは遅刻するなよ。」

にしても…アレクシスとは大違いだ。

あいつもこのくらい度胸があればいいのだがな。

「また、来てくださいね!!」

振り返らずに手をひらひらと振った。

これでやっと圭と顔向けが出来る。

やっと…

告白の返事が出来る。

Re: 秘密 ( No.372 )
日時: 2014/06/24 18:52
名前: 雪 (ID: A6MC5OIM)

〜・69章 合唱コンクール・〜
ピッ、ピッ、と携帯を弄り圭の番号にかける。

「…あっ、圭?」

言葉の節目節目に力がこもる。

遥を助けて。

自分を見直して。

傷つける、と思った。

でも圭はそれでも構わないと言った。

私の為につく傷が圭には必要だと。

傷付くのを見ているだけのは嫌だって。

もし…圭が傷つくことがあるなら。

私だって力になりたいと思う。

「私、決めたよ。」

少しだけ俯く。

頬が赤く染まる。

「…でも、条件があるの。」

やっぱり気持ちを伝えるのは怖い。

だから今日と言う日が終わってから。

ゆっくり話そう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「っで、出した条件が合唱コン優勝できたら?」

コクリ、と頷く。

ずっと疎かにしていた。

学校休んでまで遥のところに通っていた間、指揮はすべて圭達に一任していた。

はぁ、やれやれとマリーが大げさに溜め息をついて少しだけ肩をしぼめた。

「まっ、いいですけど。どうせ優勝しますよ?」

それは分かっている。

マリーたちの手腕で優勝しない訳が無い。

「ケイ、言ってましたから。男としてじゃなくて、才能でも振り返らせたいって。」

圭は何時から私を見ていたのだろう。

私はいつから圭を見ていたんだろう。

「流石、圭だ。」

ふんっ、と笑った。

Re: 秘密 ( No.373 )
日時: 2014/06/28 20:03
名前: 雪 (ID: ObYAgmLo)

ふっ、と指揮が上がってピアノの音が鳴り響く。

それでようやくはっ、と現状に気付かされる。

私は座席に深く腰掛け、ステージの音楽を聞いていた。

正装が無い関係でステージに立てないのだ。

1人だけ服装が違うと審査員の反応が落ちる。

違うクラスの知り合いもいないし、病院に寄る機会にもなったから病院に寄らせてもらった。

着いた時は丁度いい感じに私のクラスが発表だった。

指揮は圭でピアノはマリーだ。

♪-♪-

ピアノが音を奏でる。

溢れだす。

思わずあっ、と言葉が漏れる。

笑っている。

マリーも。

リンも。

圭も。

朝霧も。

楽しそうに音弾んでる。

なんにも縛られずに自由に跳ねまわっている。

ストレートに心を揺さぶる。

ニヤリ、と口元が笑っていた。

やっぱり、あいつ等は。

「最高…っ!」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

演奏が終わると、汗がびしょっと溢れだした。

ぐっしょりと濡れたシャツが肌にまとわりついている。

でもやりきった。

優勝狙って。

クラスの全員と力合わせて。

アリスに想いを伝えたいって思って。

一生懸命頑張った。

席に戻るとアリスがぱちぱちと小さく拍手した。

「見事だったぞ。」

アリスの隣をマリーに強制的に座らされた。

その隣をマリーとリンが座り、マリーが一方的に手を繋いだ。

それを見たリンが嬉しそうに微笑み、指をからませる。

見ているこっちが恥ずかしくなる。

手に温かいものが被さる。

アリスの手だ。

ギュッと強く手を握ってきた。

いわゆる恋人繋ぎだ。

うん、と小さく頷く。

アリスの手は小さくて。

でも温かかった。

昔とは違う。

今は心をもって。

優しくて。

人を思いやれる。

でもまだ少し不安定だ。

自分の為に笑って。

自分の為に泣ける。

でも、まだ人の為に無茶をする。

これからもずっと。

アリスを支えていきたい。

結果は見事、金賞だった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

圭が後片付けに収集され、私はエリスと一緒に先に別宅に戻った。

「ケイの為に救われたアリスが、ケイ達の為に優しくなる。これってなんだか仕方ないと思わない?」

エリスは唐突にこう言ったことを切り出す。

でも、否定はしない。

「圭に救われたから、圭を救いたい。マリーに救われたから、マリーを救いたい。リンに救われたからリンを救いたい。」

そう思う事に何もおかしいことなんてない。

救われたのに放っておくことなんてできない。

それは幼い子供ならだれでも思う。

優しくされた思い出が少しでもあるから。

どっぷりと暗い世界に浸かっても。

光を知ってしまったから。

もう…忘れられない。

ピッ、ピッと携帯をいじる。

それとほぼ同時刻。

ケイの携帯にメールが届いた。

そこには簡潔に用件が記載されていた。

・・・まってる・・・

Re: 秘密 ( No.374 )
日時: 2014/07/05 14:56
名前: 雪 (ID: 3Ae2Cr1s)

この後、圭になにかあったら私が守る。

絶対に。

私が言う事を聞けば、圭に危害を加えられることは絶対にない。

私には圭達に手出しさせないほど。

今の私には価値がある。

世界中に条約を結んだ。

その条約を結ぶ際に機密情報扱いの私の存在を露呈している。

重要な要となる。

もし私が裏切れば、条約はすべて崩れる。

せっかく結んだ条約なのにその要となる私がいないとなれば怒り狂った大国がその名の通り世界中を敵に回す。

絶対に外れない枷だ。

でも、枷を付けながらも。

守れるものがある。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「アリスから?」

いったんアリスを送ってから片付けに向かってきたエリスが携帯を覗き込んできた。

エリスは人と関わるのに慣れている。

それはアリスと真逆と言っていたくらい出し、人慣れはしているだろう。

だがそれとは別にこう言った当たり前の様な高校生活は斬新らしい。

楽しそうに雑用をこなしている。

「私が話すよりか、アリスが話した方が良いんだろうけどさー
私、そう言った気遣い出来ないからうっかり口が滑っちゃうかも知らないから☆
君が勝手に聞いてても責任は負わないからー☆」

エリスはいつもわざとらしくそう言った事情をもたらす。

アリスはそう言ったことを全く話さない。

話したがらない。

それは確かに話して楽しいことではないだろうけど…

エリスからの話は有り難いが。

知らなければ助けられない。

「アリスの父親、テオドールは世界中に条約を結んでるんだ。」

それはバレンタインの留守電でも聞いた。

だが意味を理解できるほど頭はよくない。

「内容は…アリスを使って国の治安を正す、的なものだ。うま過ぎる条約だが、そこら辺はいろいろ細工しているようだ。
まずは近くの小国から。やがてはニュースで見る様な大国までのみ込んでいく。」

そして…と区切るように続けた。

「アリスに最大の枷を付ける。」

世界中に結んだ条約がアリスを縛る枷になる。

もしアリスが逃げだせば。

その名の通り、世界中を敵に回す。

「まっ、逆に言うともうアリスに危害は加えられないってことでもあるんだけど☆」

アリスが死んでは本末転倒だ。

危害が加えられないと…誰が言えるだろう?

牢に一生閉じ込めれられても。

それでも問題はない訳だ。

一体なにが出来るんだろうか…

世界。

あまりにも大きな言葉で。

どうやって立ち向かえばいいか、分からない。

一高校生にどうにかできるとは思えない。

でも…

何もせずにはいられない。

けれど、何をすればいいか分からない。

「笑って、いつも通りに接してやれ。」

それがきっと。

アリスが一番望んでいること。

「…でも」

それで本当にいいのか?

それが本当にアリスの望むことか?

「ケイ」

エリスにしては真面目な声音だった。

「行きな。」

ドンッと背中を押された様な気がした。

「ありがと」

勢いよく飛び出した。

早くいかないと。

アリスは今も待ってる。

ずっと。

Re: 秘密 ( No.375 )
日時: 2014/10/31 19:41
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「アリス!!」

とっくに見慣れた秘密基地の。

開けた展望台。

金色。

金色の眩しい髪が一瞬視界を遮る。

視界が晴れると現れたのは。

控え目に笑った。

いつもと変わらないアリスだ。

綺麗な長い髪。

そしてそれにしっくりと合ったワンピース。

何時もと同じ。

いつもと変わらない。

「…おまたせ」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「じゃあ…返事を…聞かせてもらっても良いかな…?」

コクリっ、と頷く。

「私は…」

ずっと伝えたかった。

振り返ると今までたくさんのことがあった。

10年前、ケイと出会った。

6年前、圭と別れた。

1年前、再会した。

リンを連れ戻すためにSpring Concertでマリーと一緒にリンを呼んだ。

4人でItemMemberを創った。

遊園地にも行ったし、夏には海にも行った。

祭の帰りにいなくなった私の心配をしてくれた。

病院のベットで動くこともままならなかった私に助ける、と言ってくれた。

文化祭ではマリーの為に歌わせてくれた。

アレクシスが来た。

事情を知っても離れたりなんかしなかった。

クリスマスは私を迎えに来てくれた。

…初めてキスをした。

大晦日も年明けも一緒に過ごした。

笑いながらパーティーをやった。

エリスが来た。

バレンタインにはマリーとリンが付き合う事になった。

トールが迎えに来た。

…また迎えに来てくれた。

圭から告白された。

長かった、と思う。

彼に出会い。

彼に圧倒され。

彼に惹かれ。

彼に救われ。

彼に恋をした。

この気持ちも痛みも。

全て圭がくれたもの。

「…私も」

辛くても。

捨てたくはない。

全部抱えきれなくても。

今は。

圭となら。

前に歩ける気がするから。

例え。

血塗られた未来しかなくても。

「圭が、好きです。」

自分の内にある気持ちを浮き彫りにして。

言葉にする。

私も変わったな、と思った。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

アリスの穏やかな笑顔。

これから先、何があるか分からない。

でも。

どんな壁が2人を切り裂いたとしても。

必ず。

会いに行くから。

アリスが苦しめられているなら。

助け出すから。

それでアリスが笑えるなら。

その先にこの笑顔があるなら。

どんなものにだって挑める。

「僕も…」

ヒョイッとアリスを抱えあげる。

小さい子供に高い高いという様に。

軽い。

抱え上がられ、驚いたアリスの顔は次第に恥ずかしそうな笑顔に変わった。

「アリスが好き。」

アリスには。

もっと広い世界を見てほしい。

世界にはまだ希望があるって。

伝えたい。

「僕と、付き合ってください。」

アリスはもう覚えていないだろう。

出会った時、何気なくかけた言葉を。

その言葉で1人の少年が救われたことを。

そしてその少年が10年もずっと、アリスに片思いしていたことを。

「喜んで。」

その言葉の後。

2人は優しく唇を重ねた。

何かがカチッとはまる。

音がした。

2人の想いは。

今日、ようやく交わった。

Re: 秘密 ( No.376 )
日時: 2014/08/02 16:22
名前: 雪 (ID: gIPC2ITq)

〜・70章 変わったこと・〜
圭と付き合ってから暫くはその事実を認識するのに時間がかかった。

でも夢じゃない。

特にこれと言って変わったことはない。

いつもと同じように学校に行き、授業を受けて、部活に出てItemMemberにも参加する。

何時もと何も変わらない。

でも、確かに違う。

想いが通じ合っている、と感じることが出来る。

何時もの日常。

何も変わっていない。

特別なことがあった訳でもない。

それなのに世界が鮮やかに、美しく見える。

これが…恋なんだな、と思った。

彼氏彼女だからと言って特別なことをする訳じゃない。

何時もの日常が変わって見える。

それだけ。

「アリス」

圭の声を聞いただけで体が飛び上がるように気持ちが高まる。

でも、それを抑え込む必要はもうない。

圭もにっこりとほほ笑んだ。

「何か用か?圭」

ちゃんと圭と恋人同士に見えるだろうか?

デートの1回もしていない。

でも、それでも構わなかった。

自分自身でもかなり気付いていた。

浮かれている。

「今日、リンが生徒会でマリーもリンを待つって。だから帰り、どっか行こ。」

初めての誘いだった。

放課後にどこかに寄るのは珍しくない。

でも2人きりと言うのは久しぶりだ。

「ああ!」

Re: 秘密 ( No.377 )
日時: 2014/07/10 20:00
名前: 雪 (ID: W6Xv/rWP)

喫茶店。

インテリで椅子の1つ1つまで精巧に細工されている。

木でできた室内。

匂いだけでも癒しになる。

木のにおい。

自然のにおい。

「ココア1つ、カファオレ1つ。」

3月とは言えまだ少し寒い。

温かいものが欲しい時期だ。

ふふっ、と小さく笑う。

「付き合ってからこうやって出掛けるのは初めてだな。」

付き合うってよく分からない。

でも傍にいられるって言うのが、いかに有り難いかはよく知っている。

Re: 秘密 ( No.378 )
日時: 2014/07/20 11:31
名前: 雪 (ID: kHKhLZQC)

「そろそろ1年…か…」

圭達と再会して、2度目の春を迎えようとしている。

もう3月も下旬。

そろそろ進級する時期となった。

「ここまで…とても長く感じた…」

「でもそれと同じくらい、あっという間にも感じた。」

その通りだ。

振り返ると1年なんてあっという間だった。

春が来て、夏が来て、秋が来て、冬が来た。

そしてまた春が来る。

巡り巡ってまた、春が。

沢山のことがあった。

どんなときだって誰も私を見捨てなどしなかった。

目を閉じて、知らないふりをすれば元の日常に戻れるのに、だ。

馬鹿な奴らだ。

でもそのバカみたいな笑顔が好きだった。

何時だって傍にいてよりそってくれる。

ずっと1人だった。

でも今はもう1人じゃない。

あっという間なその時間がなんだか名残惜しくて。

また同じように次の1年を過ごして。

また来年も同じように笑えたらな。

それがどれだけ素晴らしいことか。

でもきっともう1年も…一緒に過ごせないんだろうな。

だからせめてその思い出だけでも胸の内に刻みたい。

圭達がくれたたくさんの気持ち。

それを抱えて生きていきたい。

例え来年じゃなくても、何時かは直面する問題。

長引けば長引くほど。

思い出が沢山あればあるほど。

きっと別れがつらい。

でもその痛みすらも4人がくれたものだから。

痛みも悲しみも全て抱えて。

立ち向かいたい。

私の抱えるものすべて消して。

まっさらな状態でまたこいつらと友達になりたい。

圭と恋人になりたい。

キンっとコップをはじく。

「飲もっか。」

でもきっと今はまだ、それを言う時じゃない。

まだ暫くはこいつ等の笑顔をみたい。

Re: 秘密 ( No.379 )
日時: 2014/07/20 15:06
名前: 雪 (ID: vdS42JZF)

温かい…

店でちゃんとしたココアで飲むのは初めてな気がする。

なかなかの味だ。

「…」

はぁっ…と小さく吐息を吐く。

「アリス」

ん?と小さな声とともに顔を挙げた。

チュッ

唇に温かい感触がする。

キス。

「ちょっ!」

慌てて飛び退く。

ガタッと立ち上がった。

付き合っているのだからキスくらいはしているが、突然だった。

心の準備もなにも出来ていなかった。

圭は悪戯をしたようにニヤリっと笑う。

「付き合ってるんだからキスくらいしたっておかしくないでしょ?」

いけしゃあしゃあと言って退けた。

その笑顔が憎くもあるが愛しくもある。

「人目を考えろ!…それに突然過ぎるぞ!」

「だってアリス、落ち込んでるみたいだから。」

開いた口がふさがらないとはこのことだと実感した。

けれどくすっと笑ってしまった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

アリスが落ち込んでいる訳はしっている。

けれどせっかく今はアリスが何も知らない自分の隣で羽を伸ばしたがっている。

知っている、と白状してしまえばもうアリスはいつも通りの笑顔を見せないかもしれない。

そう思ったからまだ暫くは知らないふりをする。

キスをした後、アリスは恥ずかしそうに自分の席に戻った。

「でるぞ。」

店を出ると並んで歩いた。

「圭」

襟をぐいと掴まれ、引き寄せられる。

そしてそのまま唇を重ねた。

いわゆるキス。

離すと彼女は顔を真っ赤にしながら拗ねたように告げた。

「…仕返し」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

こちらからキスするのは…初めて…なのかな?

付き合って最初のキスはどちらからしたか分からないし…

「…仕返し」

ギュッと抱きしめられる。

圭のそのぬくもりにふと安堵する。

そのままもう1度キスをした。

恥ずかしくてこそばゆい気持ちが体を駈けめぐる。

「け〜い!!」

二人だけの世界に突然割りこまれたその声。

少しだけ茶髪がかった髪。

髪の長さは圭より少し長いくらい。

顔は圭にそっくりなのに少し大人びていて、女性的だった。

「…姉貴」

えっ、と小さく声が出た。

「初めまして、圭の姉の秋月香です!」

Re: 秘密 ( No.380 )
日時: 2014/07/28 17:49
名前: 雪 (ID: J8OhyeKI)

〜・71章 圭の姉・〜
「秋月…?」

圭の腕から抜けるとまずそう質問した。

ん?、と自然に返された。

「もしかして圭…あんたまだ八神姓をつかってるの?」

くっ、と後ろで小さく唇をかむ音が聞こえた。

八神姓…?

というと旧姓…?

「姉貴には…関係ないだろ…っ!」

聞いてはいけないと思った。

今私はここにいてはいけないと思った。

兄弟同士の会話に私はいてはいけないと思った。

そう感じてしまった。

そこにはきっと圭の深い事情があるのが垣間見える。

今まで話さなかったという事は…

きっと知られたくないことなんだろう。

「行くよ、アリス」

グイッと肩を掴まれる。

「あっ…」

少し足をもたつかせながらその場を離れる。

後ろから圭の姉の声が追いかけてきた。

けれど圭はそれでも歩を止めはしなかった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

圭と別れた後で私は先ほどの圭の姉がいるところに向かった。

やっぱり気になる。

圭が救ってくれたこともある。

でもやっぱり私は圭が好きだ。

どんな過去があろうと。

嫌いになりはしない。

「あっ、彼女ちゃんだ。」

急いで走ったため少し息が乱れた。

それに引き換え、圭の姉は明らかに待っていたであろう佇まいだ。

先程会った場所のすぐそばの電柱の傍で膝を抱えていた。

悲しむ様な、楽しそうな、よく分からない笑顔を浮かべていた。

すっ、と立ち上がると身長は少し私より高かった。

すらりとしたスタイルに不敵に笑うその笑顔。

可愛らしいとかそう言った言葉より凛としている、と言った表現が良く似合う女性だった。

「ふ〜ん…」

立ち上がるとじろじろと値踏みをする様に見られた。

値踏みされようが構わない。

「…良い子みたいじゃん」

暫くすると小さく笑った。

安心したような優しい笑顔。

マリーがリンと一緒にいる時浮かべる笑顔ともまた違う。

きっとこれは、家族を思ってこそできる表情なんだ。

きっと兄弟とか、親だけに向けられる笑顔なんだ。

私は6年前に比べれば表情も感情も増えたと、自分で認識している。

でもそんな私にも。

私が浮かべられる笑顔とも違う。

きっとその表情は今の私には到底できない表情だ。

恋人とか、友人としてではない笑顔。

私の母が今でも私に向けてくれることを切に願ってしまう笑顔。

「アリス…って言ったっけ?圭の彼女だよね?単刀直入に聞くけどさ…」

思わず身構えた。

「アリスは、圭のどんなところを好きになったの?」

Re: 秘密 ( No.381 )
日時: 2014/07/29 16:28
名前: 雪 (ID: hTgX0rwQ)

「全て好きだ。」

迷うことなき1言。

不思議な奴だった。

優しくて誰にでも平等に接する。

見た目とか。

身分とか関係なく。

助けなきゃ。

そんな些細な人の中に眠る善意に。

思うがままに行動できる。

人として扱われなかった私にも。

同じように微笑みかけてくれた。

ボロボロになるまで人の為に立ち向かって。

傷を負ってもなお、笑っていられる。

どれだけボロボロになっても。

良かった、と笑える人。

その傷が人の心を痛めるとも知らずに。

けれどそうして救われた人がいる。

「でも…ピンポイントで答えるとなると…分からない…」

好きになる理由は沢山ある。

好きになる要素は沢山ある。

でもいざ問われると分からない。

「でも…圭が隣にいないと思ったら心が引き裂かれそうだった。」

じっと秋月の目を見据える。

「圭の傍にいられるのなら、私は化け物でも構わない。赤の他人でも構わない。」

「…圭がどんな秘密を抱えていても?」

コクリっ、と頷く。

この程度で私は揺らがない。

「例え圭がどんな過去を抱えていても、確かにあの時あの場所で私を助けてくれた。
そんな時代が確かにあったんだ。どんな極悪人でもそれが圭の全てじゃない。」

私に心をくれた圭は確かにあの時いたんだ。

赤の他人でも、化け物と呼ばれようとも。

圭の隣は心地よかった。

秋月は小さく笑った。

「やっぱり…圭にお似合いの彼女ちゃんじゃん…」

「だろ。」

おっ、と突然肩に重みが掛かった。

圭が後ろから肩に手を回し、体重を軽く預けていたからだ。

「…圭」

思わず口角が上がるのが分かる。

圭のにおい。

思わず圭の腕に顔を埋める。

「…盗み聞きとは…趣味が悪いな…」

そう言いながらも顔は微笑んだままだった。

Re: 秘密 ( No.382 )
日時: 2014/07/29 23:05
名前: 雪 (ID: fTO0suYI)

さっ、と小さく圭が呟く。

「今度こそ帰るよ、アリス」

手をギュッと握られた。

そう気付いた時には既に圭に手を引かれていた。

…不思議だな。

リンとか朝霧では絶対にこうはならない。

でも圭だと…調子が狂う。

「アリスちゃん」

振り返ると手を繋いでいる圭もピタリと足を止めて振り返った。

「圭のこと、知りたくない?」

圭のこと…

圭の…抱える秘密…

秋月は人をそそのかすような意地悪い笑顔を浮かべていた。

「お断りします。」

きっぱりと断った。

「私は圭が話したくなるまで待ちたいです。それまでは追及しないと決めたんです。」

圭のことは。

圭の言葉で。

圭から。

聞きたい。

…かつて圭がそうしたように。

「そっか…」

人をそそのかすような笑顔が少しだけ優しくほころんだ。

「圭」

立ち去ろうとする圭を再び呼びとめる。

「その子、大事にしなよ。」

圭は再び足をとめた。

じっ、と秋月の目を見据えると圭はシンプルに答えた。

「とっくにしてるよ。」

恥ずかしい。

そしてその気持ちに勝るほどわき上がる感情。

嬉しい。

大事にされる。

必要にされる。

その喜びが。

私にもやっと分かった気がした。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

とっくにしてるよ、か…

あの圭が随分成長したものだ。

ずっと自分の後ろで泣くことしかできなかった。

数年前、やっとの思いで再会した時。

彼は泣きもせず、笑いもしなかった。

それが、ね…

今は立派な可愛らしい彼女まで作っていた。

試しに色々聞いてみたがちゃんと芯が合って自分がある。

圭のこともちゃんと考えている。

だからこそ圭も心を許せたのだろう。

圭の行動原理にもなっているであろう。

いや…圭の行動原理になっているだけじゃない。

「アリスちゃん」

きっとこの子も何かを抱えている。

きっとこの子の行動原理は圭なのだ。

普通の高校生には無いきっぱりしたものいい。

強く持っている自分。

そして今の幸せにまだ馴染めていない。

誰もが当たり前と受け入れることにすら当たり前ではない。

時折見せる人形の様な顔。

私の笑顔に驚くくらいに。

家族に向ける笑顔に。

…勘のいい子だ。

きっとこの子も圭と一緒…もしかすると圭以上の何かを抱えているのかもしれない。

でも2人は支え合っている。

人形の様な美しい容姿。

何も見ていない様なガラス玉の様な眼。

それらが圭の前では綺麗に色づき、人間らしい表情を見せた。

数年前まで心を閉ざしていた圭が。

笑ったり、顔を真っ赤にできるくらいに人間らしく。

「圭のこと…任せても良い?」

きっとこの子なら圭を救えるかもしれない。

私には救えなかった圭を。

心を閉ざした圭の心を開かせたのだから。

彼女が圭に救われ、圭は彼女に救われている。

彼女は圭に手を引かれたまま天真爛漫に笑った。

「任せてください。」

Re: 秘密 ( No.383 )
日時: 2014/07/30 15:28
名前: 雪 (ID: w62UqG.W)

「…圭?別宅はあっちだが…」

手を引かれたまま寄り添う様に圭の後についていった。

そう告げても圭は止まらなかった。

その意味をなんとなく理解した。

こっちの道を辿った先には…圭の家。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

とりあえず家に呼んだのはよかった。

けれどいざ目の前にすると何とは無しに怖い。

人にこう言った話はしたことが無かった。

「…大丈夫だよ」

温かい。

長い手で。

小さい体で。

抱きしめてきた。

1人じゃないよ、と言わんばかりに。

きっと…アリスもこんなに怖かったんだ。

それでも彼女は勇気を振り絞って話したんだ。

「ありがと…」

ふふっ、と彼女は小さく笑った。

「10年前…」

ゆっくりと口を開く。

初めて話す。

でも、アリスだから。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

初めて圭の昔話を聞く。

きっと暗くて深くてドロドロの話なのだろう。

でも何故だか少し嬉しい。

圭が初めて自分のことを話してくれるのだから。

少し不謹慎かな。

「10年前…アリスと出会った時、正直救われたんだ。」

救われた…

「悪い…覚えてない…」

もう10年前のことなんて覚えてない。

圭達と出会った時のことは…もう覚えていない。

へへっ、と笑った。

圭も少し笑っていた。

「…知ってるよ」

ずっと思いだしたかった。

でも思いだすことが出来なかった。

「…聞かせてくれ。」

私は知りたい。

どうやって出会ったのか。

過去に圭に何があったのか。

圭はうん、と小さく頷いた。

Re: 秘密 ( No.384 )
日時: 2014/07/30 16:44
名前: 雪 (ID: w62UqG.W)

〜・72章 昔話・〜
・・・ちょっと連れていきたい所があるんだ・・・

そう言って連れて行かれたところは古くて大きなお屋敷だった。

年季が入っていて植物の蔦が屋敷の外壁に巻きついていた。

秘密基地の近くにこんな場所があるとは思わなかった。

秘密基地の近くには開けた展望台がある。

その展望台から続く下り階段を下りるとどこかの路地裏に続いていた。

その路地裏を抜けると続いていたのだ。

「ここで僕とアリスは出会ったんだ。」

ここで…

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

小さい頃、気付けば母親しかいなかった。

父親が何処にいるかもよく分からなかった。

そもそもいるのかすら知らなかった。

母親は…いわゆる情緒不安定と言うのであろうか。

機嫌が悪いとすぐに人を殴り、時には殺しかけるような人だった。

そしてその後決まって泣くような人だった。

そんな母は昼間まで寝ていてその間によく外に出ていた。

家にいてもご飯を食べれる訳でもない。

外にいると窮屈な家から抜け出せる気がする。

自由だという気がした。

勿論お金などもないし、子どもの足では限度がある。

だから実際言うほど自由でもなかった。

夜には強制的に家に帰らなければいけなかった。

母を憎んではいたけれど、頼れる宛てもなかった。

そんな時だった。

ふらふら歩いて辿り着いた。

この屋敷に。

食べ物を求めてさまよっていた。

これだけ大きな屋敷なら食べ物だってきっとある。

濠を越え、忍び込むと丁度1つだけ窓が空いている部屋があった。

これだけ大きな屋敷なら人だってきっと沢山いる。

大人は敵、という認識だった。

だから表から入ることはできない。

運よく誰もいない部屋に潜り込めれば食べ物だってきっとくすねられる。

窓から入ったその部屋にいたのは…

金髪の少女だった。

人形の様な容姿に綺麗で長い金髪。

それが、アリスだった。

Re: 秘密 ( No.385 )
日時: 2014/07/30 17:07
名前: 雪 (ID: w62UqG.W)

「…っていってもマリーもリンも似たような境遇なんだけど。」

2人とも母親に殺されかけている。

「うん…知ってる…」

エリスに調べてもらった。

3人とも孤児院育ちと言うことしか教えてはくれなかったがそれだけで大体想像がついた。

「私たちが出会ったのは病室なんかじゃない。孤児院だった。」

きっと2人の為に圭が嘘を吐いたのだろう。

マリーやリンも話したくないことだった。

だからそれを庇って昔のことを覚えていない私に嘘を吐いた。

孤児院と言ったら必ず私が深く追求すると分かっていたから。

そしてリンは今の親の元に。

マリーは元の親のところに。

圭は親戚に引き取られた。

けれど3人とも引き取られた先でそりが合わず、1人暮らしを始めた。

頑張ってるよ、3人とも。

父のことを理解しようとしたり。

病院の跡継ぎをやろうとしたり。

意地の悪い親戚に負けないように頑張って1人暮らししてることも。

過去のトラウマを乗り越えようとしているところも。

「それでさ、アリスに出会ったんだよ。」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

彼女は慌てて本の陰に隠れた。

人に怯えているようだった。

図書館の様なたくさんの本が彼女の周りには塔の様に積み上がっていた。

「君…名前は?」

彼女は不思議そうな顔をしていた。

生まれてこのかた人と言うものに関わったことが無いかのように。

「…アリス」

弱弱しくだけど彼女はハッキリとそう答えた。

なんか可愛らしくて思わず笑ってしまった。

それから毎日の様にそこに通った。

最初は怯えていた様なアリスもやがて少しずつ慣れてきて、もう本の陰に隠れることもなくなった。

部屋に置いてあるパンやお菓子を分けてくれたりした。

そうやって食べているのを見て、少しずつ微笑むようになってきた。

怯えや警戒の色が次第に顔から抜けていった。

最初は人形の様だ、と思ったけれど次第に彼女の表情は柔らかくなり、人間に近づいたようだった。

彼女につられるように自分も笑顔が増えていった。

母は相変わらずだったけれど、アリスと出会ったことで人間らしくなった様な気がした。

アリスは1日に1回ほど見回りが来るらしい。

複雑な事情があるらしい。

それに自分が見つかることをひどく怯えていた。

見張りにアリスが交友関係を築いていると知られたくなかったようだった。

・・・知られたらきっと、なくなっちゃうから・・・

彼女は無表情のままにそう告げた。

人形の様な顔に戻った。

それが嫌で、そんな顔をさせたくないなと思ってもどうすればいいか分からなかった。

そんな時だった。

母が自分を殺しかけたのは。

Re: 秘密 ( No.386 )
日時: 2014/07/31 17:42
名前: 雪 (ID: eOElfXbg)

今となってはもうほとんど覚えていない。

家に帰った途端。

あっ、という声もあげる間もなかった。

どうして首を絞められているか分からなかった。

でもとても苦しかったことはハッキリと覚えている。

冷たいフローリングの床に転がって上に母が覆いかぶさってきた。

朦朧とする意識。

あっという間に意識が刈り取られた。

最後に覚えているのは…母の泣き顔だった気がする。

気が付くと母はいなくなっていた。

どのくらい気を失っていたかは知らない。

それから近隣の住民からの通報で警察が来て、孤児院に預けられた。

数週間すると、警察からの連絡を受けた親戚の家に連れていかれた。

親戚の家とはそりが合わなかったけれど、幸い涼風の内だった。

だから毎日アリスにも会いに行けた。

彼女は勘も頭もとてもよかったし、多分気付いていたと思う。

でも彼女はいつもと同じように接した。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

その孤児院でリンとマリーに出会った。

同じ部屋で、本当に短い時間だったけれど気さくに接してくれるいい奴だった。

2人はいわゆる幼馴染と言う奴らしくて幼いころから一緒にいるらしい。

2人とも母に苦しめられていて、リンはとても痩せていたしマリーの体も痣だらけだった。

自分にも首に痣があったし、2人もこっちの事情を分かってはいたようだった。

マリーとリンはいつも秘密基地、と呼んでいるところで落ち合っていた様だ。

2人だけの秘密の場所らしいが、何時かここを出たら一緒に行こうと約束した。

短い時間だったけど親友、と呼ぶに値するほどの仲になっていた。

けれど思ったより早く自分1人が孤児院を抜けてしまったため約束はなくなったと思った。

しかし意外なところで再会した。

小学校だ。

マリーもリンも約束を覚えていて、人を連れていくのは初めてだと言っていた。

それを聞いた途端、アリスのことを思い出して少し申し訳なくなった。

アリスのことはまだ2人も黙っていて、今思えば自分だけが知っているという優越感に浸っていたのかもしれない。

「あのさ…連れて来たい子がいるんだけど…」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

小学校に上がった途端、懸念していた親戚たちは更に自分のことを忌み嫌う様になった。

親戚には自分と同じくらいの子供がいた。

お金もかかるし、自分の子供を親がいない可哀想な子とひとくくりされたくなかったんだろう。

同じ家に住んでいるというだけでその子も随分からかわれていた。

そうして再び孤児院に戻されたのだ。

正直ほっとした。

嫌な親戚の為に常時作り笑いするよりかずっと。

「ヒーローってかっこいいんだよ!」

何時もの冗談の様にTVの話をした。

アリスはTVなど見たこともない様だが、ヒーローが何たるかは理解していたらしい。

「ヒーローなんて頼るよりも自分がこうしたいって思う事やったら?」

その時はその言葉の意味が分からなかった。

でも今ならなんとなく分かる。

小学生だからって世界に立ち向かってはいけない訳ではないという事だったのだろう。

…やっぱり小学生らしくない答えだよな。

リンやマリーのことはアリスには話していた。

「これから秘密基地に行くんだけど、アリスも来る?」

彼女は曖昧に笑った。

ここから出てはいけないことを誰よりも理解していたのだろう。

「じゃあさ、また夜、ここに来るから。見張りがいなくなったらいいでしょう?」

相変わらずの苦笑いだったけれど、頷いた。

そうやって初めて屋敷を抜け出した。

Re: 秘密 ( No.387 )
日時: 2014/10/31 19:50
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「…そう言う訳でこっちが雪白凛でこっちが灘万里花。」

屋敷を初めて抜け出したアリスは初めて会った時以上にびくびくしていた。

屋敷を出たのは初めてらしい。

特別な事情らしい。

けれど自身もアリスに隠していることがあるから深く追求はしない。

「っで、こっちがアリス。」

びくびくしているアリスは再び背の後ろに隠れた。

けれど背中にいた彼女は空を見上げていた。

星を見ていた。

まるで初めて星を見たようだ。

表情は相変わらず乏しいままだったけど、きっとその表情は目をキラキラさせているというのだろう。

けれどその時は表情は相変わらず乏しかったため、その時は全然意味が分からなかった。

気付けば彼女は背中から出て星を見上げていた。

「…綺麗ですね」

最初はビクリッと震えたが小さく微笑んだ。

笑っているというよりか苦笑い、と言った感じだ。

でもいつの間にか緊張が解けたのか軽く微笑んだ。

この頃はまだ微笑むことしかできていなかったが、それがアリスなりの精一杯の笑顔だったのだろう。

「…あ、ああ」

「行こ、アリス」

手を引いて展望台まで連れていく。

そうやって4人で星を眺めた。

アリスは本をたくさん読んでいた。

1つ1つの星の名前をためらいがちながら教えてくれた。

ポラリス、ミラ、聞いたことない星ばかりだった。

今となっては分かるがポラリスとは北極星のことだ。

「アリスって名前カッコいいですよね…私も…万里花というなら…マリーとか?」

「良いんじゃないか?」

リンがそう言うとマリーは嬉しそうに微笑んだ。

この頃から好きだったのかな。

「リン、とケイ!…気に入りました♪」

こうやって今のあだ名が定着したのだ。

それから少しずつよく会う様になった。

音楽で意気投合して作曲を始めた。

アリスの声は綺麗だったし、歌もうまかった。

そうこうしているうちに何年もたってアリスも自然に打ち解けてきた。

乏しかったはずの表情も段々と増えていき、屋敷にいる時間もどんどん少なくなってきた。

嬉しかった。

ずっと笑わせたかった。

その想いが、きっとずっと自分を支えてくれていた。

不思議な女の子だった。

何時もたわいのない話をしてその度いろんな言葉で助けてくれた。

支えてくれていた。

ずっと家で泣いている母と2人きりだった。

外に出てアリスと一緒にいるときだけ沢山の表情を身につけた。

アリスの傍はとても心地良かった。

彼女は人の出生とか全然興味が無いからとても気が楽だった。

何時だって頭に浮かぶのはアリスの顔だった。

とても心地よかったし、ありのままの姿でいられた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「ここのこと…2人は知らないのか?」

ケイは首を縦に小さく振った。

キィッと錆ついた門を開けると変な音がした。

「前…マリーが言っていたんだ。付き合う前から。私がこの気持ちに気付く前から。
まるで恋人みたいだったり、恋人通り越して夫婦みたいだって。」

少し恥ずかしい。

「普通の仲のいい男女を通り越してるって。」

私がケイに向ける感情の根底はそもそも感謝や恩返しとか言う感じに近い。

恋とか友達とかそういう気持ではないはずだった。

一番最優先されている気持ちはケイを傷つけたくないだったと思う。

だけどそれから色んな気持ちが混ざって好きになった。

「…全く…一体何時から好きになったのかな…」

中に入ると蜘蛛の巣や埃が積もっていた。

「どうかしたか?」

「ちょっと…気になることがあって…」

牢越しにこよみと呼んでくれた。

けれどこよみの名前を使い始めたのはこの国に来てから。

じゃあ、この国に来てから会ったんじゃないのか?と思った。

つまりここで母とあったのではないだろうか、という事だ。

「ここが…牢か…」

アレクシスのせめてもの良心が痛んだのだろう。

使った覚えはない。

人の記憶とは空いたところを適当な記憶で埋める。

アニエスの牢で母に会ったときと記憶がごちゃ混ぜになった、と言う可能性もある。

「位置的にはここら辺かな…アリスと出会ったのは。」

近辺の部屋に入る。

あっ、と思わず声を挙げた。

並べられた本。

上まで吹き抜けになっていて階段がらせん状に渦巻いている。

床にも足場が無いくらいたくさんの本が合って何冊かは開かれたまま放置されている。

「…忘れていた。どうして忘れていたんだろう…」

ずっとずっと大事な記憶。

どうして…忘れていたんだろう。

こんなに沢山のことが合ったのに。

ケイと出会ったり…母とあったりしたのに…

首からロケットを外す。

コインの形をしていて中に母の写真が入っているものを。

「…ケイ。少しの間…ここにいてくれないか…?」

「どうするの…?」

「母にこれを返す。…もしかすると母だってきっとここに来るかもしれない。」

ゆっくりと階段を上る。

高鳴る鼓動を抑え込み。

深く息を吸って、一段一段階段を上る。

最上階は天井がガラス張りになっていて、夜だから今は星が良く見える。

窓もあり、その外には広大なテラスが広がっていた。

「…ママ」

小さく呟くとロケットを置いて再び階段を下りた。

大丈夫。

私には指輪がある。

これが私に…力をくれる。

ケイの過去も知った。

それにおける推論もたった。

今度はこっちの番だ。

今度は私が圭を助ける番だ。

Re: 秘密 ( No.388 )
日時: 2016/05/04 01:04
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

〜・73章 救いたい・〜

「…そして数年前、姉と出会った。姉の存在を初めて知った。」

姉の存在をそもそも知らなかった。

どうやら姉は母が父と別れる際、父方の方に引き取られたらしい。

姉と過ごした日のことは、あまり覚えていない。

本当に幼い頃しか一緒にはいなかったのだから、当たり前といえば、当たり前だ。

父はすでに再婚を済ませていて、新しい家庭が出来ていた。

新しい家庭に割り込みたくないという母なりの気遣いがあったのかもしれない。

ある程度成長した姉はともかく、まだ幼くて何もわからない自分を連れての再婚は厳しいと思ったのだろう。

久々に会った姉は確かに自分にとてもよく似ていた。

姉だと直感で分かった。

でも

「…でもすぐ仲たがいして別れたよ。」

恵まれて育った姉。

身分の差。

経験の差。

そう言ったものが2人の間には確実にあった。

本能的にも多分姉を避けていたところもあった。

…母親そっくりなのだ。

言動が。

仕草が。

性格が。

傍にいるとどうしても思い出してしまう。

首を絞められて苦しかったことが。

あの時のことが頭にフラッシュバックする。

どうしようもないことだと分かっている。

仕方ないことだと思う。

…そして姉も自身を避けていた。

理由は知らない。

避けあっている2人が上手く暮らせる訳もなかった。

そして1人暮らしを始めた。

…祖母の家とアリスには嘘を吐いた。

あそこは元姉の家だ。

姉も大学に入ってから1人暮らしを初めた。

その際、新しい家族と住んでいた家を貸し出してくれた。

「アリスのところからいなくなったのはさ、3人とも孤児院を移籍になったんだ。たらい回しって奴かな。」

知られたくなかった。

だから黙っていなくなった。

それがアリスを傷つけると知っていながら。

「…お互い避けあっていがみ合っているのに…どうして姉貴は俺の前に来たんだろう…」

Re: 秘密 ( No.389 )
日時: 2014/08/02 19:52
名前: 雪 (ID: qBE5tMSs)

結局…それっきり話を聞くことはできなかった。

屋敷を出て、別宅まで送ってくれると圭はそのまま帰ってしまった。

…嫌なことを聞いてしまっただろうか。

助けたい。

でも圭の中に植え付けられた母親への恐怖はきっととても根強い。

それもそうだ。

殺されかけているのだから。

ここは下手な詮索をしない方が良いのかもしれない。

でも…せっかく圭は話してくれた。

姉の顔を見るだけでもつらそうだったのに、そのうえ身の上話まで話してくれた。

…恵まれた家庭で育ったのだろう。

圭が祖母の家と嘘を付いていたあの家はとても広かった。

孤児院内でのたらい回し。

引き取り手のつかない3人はあの町の孤児院へと連れて行かれた。

そして…そこにいた姉の家に引き取られるものの上手くいかず。

姉は一人暮らしを始め、圭も高校に入って独り暮らしを始めた。

…なら圭の父や新しい母親は?

判断材料が少ない。

ここから先に踏み込むには圭の姉、秋月香からも情報を引きださなければいけない。

秋月…きっと姉の元に引き取られた際、名字が変わったのだ。

けれど圭は今はまだ秋月と言った名字を使いたがっていない。

…そう言う事だろうか?

あくまで推論の域を超えていない。

「エリス」

後ろのベットで何処から手に入れたのか、ファッション雑誌をペラペラと捲っているエリスに声をかける。

彼女は小さく鼻歌を歌っていたがそのまま続けて用件を口にする。

「秋月香の連絡先を調べて来い。」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

エリスはあっという間に情報を集め、携帯番号とメールアドレス、住所まで突き止めた。

早速電話をかけると寝ぼけているのか少し眠そうな声でもしもし、と返ってきた。

「秋月香さん、お話があります。」

声だけで誰だか理解できたのか相変わらず気だるそうな声で分かった、と答えた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「お待たせしました。」

待ち合わせた喫茶店。

柱時計を見ると待ち合わせた時間より5分ほど針が進んでいた。

「いいよ、私も今来たばかりだし。」

しかし言葉とは裏腹に彼女の手元に置いてある珈琲は既に冷めているようだった。

席に着くとそうそうに彼女は話を切り出してきた。

「…聞きたいことって?」

勝手に会っていると圭に知れたらきっと怒られる。

もしかすると傷つけるかもしれない。

でも、圭の問題から目を逸らしたくない。

何もできないとしても、どうにかしようとすることは辞めたくない。

そのためにはこの、秋月香の話が必須だ。

「…圭のことです。」

それから言い直す。

「あなたを育てた圭の父と…新しいお母さんの話を聞かせてください。」

きっとこれが全ての鍵になる。

Re: 秘密 ( No.390 )
日時: 2014/08/04 17:16
名前: 雪 (ID: 4SHNUdMD)

「そこまで辿り着くとはね…」

圭には姉を避ける訳がある。

でも姉である秋月には圭を避ける訳が無い。

身分の違いなどを気にする人だとは思えない。

そもそも気にしているのなら一緒に暮らそうと試みる訳ない。

暮らすまでの過程に何度か会っているはずだ。

それでも暮らすまでにこぎつけたんだ。

先に出ていって一人暮らししたということは姉には圭を避ける理由があった。

「あなたには圭を避ける明確な理由があった。」

「…本当にそうかな?」

「分からない。単なる推測だ。」

私はあくまで推論をたてることしかできない。

後は実際に言葉を交わして予測する。

「けれど、確かにあなたの中の何かが変わったはずだ。」

そうじゃなければ急に家を出る訳が無い。

…圭の話を聞くだけだと。

「私は圭を救いたい。」

どうしても。

知らなければならないことがある。

「…お願いします。」

あっ、と小さな声が聞こえた。

頭を下げるのはきっと初めてだ。

絶対に知らなければいけないことだ。

「…失いたくない。圭は私にとってとっても大事な人なんだ。」

分かんなければいけない。

「知らなければいけない。だから私は知りたい。…そのためにあなたの話を聞かせてください。」

お願いします、ともう1度繰り返した。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

こんなにプライドが高そうな子…

圭の為に頭を下げている。

それくらい大事に想っている。

想って。

想われている。

「…圭のこと、大事に想ってるんだね」

「…ええ。」

圭とこの子の間に何があったかは知らない。

でも何かが確実にあったんだ。

お互いがお互いを想い合える。

なんだか羨ましい。

…私はそんな相手に、出会ったことが無いって言うのに。

「…話さないなんていってないよ。」

何時かは話さなければいけないことだと、分かっていたから。

「可愛い女の子が軽々しく頭を下げるもんじゃないよ、アリスちゃん。」

Re: 秘密 ( No.391 )
日時: 2014/08/05 16:38
名前: 雪 (ID: Dn4Rc0M6)

「…私の実の父親って奴はさ、昔は優しい人だったらしいんだけどね。
少なくとも再婚してからは暴力をふるう様になったんだよ。」

秋月は本当に事情を話しだした。

そう口にしてからちょっとだけ口をつぐんだ。

「圭と私の両親、2人はまぁ…大恋愛って言うのをして。」

大…恋愛…

圭の話からは信じられない話だった。

けれど確かに一度は夫婦になったのだから別におかしい話ではないのかもしれない。

「でもまぁ、色々あって2人は別れたんだ。ここら辺は誰も話したがらないから良く分からないんだけど。」

秋月の顔は少しだけ悲しげに歪んだ。

「別れても未練があったのかな。母は再婚もせずに圭に暴力をふるっていた。
そして父もすぐに私を想ってか再婚した。…元々相手がいたのかもしれないけど」

秋月は自虐的に笑った。

彼女は彼女で悲しい人生を歩んできたのだろう。

「再婚のせいかもしれないけど父が暴力をふるう様になった。
新しい母はとても優しい人だった…けれど父が本当に自分を愛しているのか、疑問に思った。」

当たり前だ。

結婚してから酒癖が悪くなって暴力をふるう。

きっと…圭の母を忘れられなかったんだ。

「そう思って苦しんでいた。父の酒癖はどんどん悪くなっていった。
やがて母は病に倒れ、亡くなった。」

目を伏せた。

泣きそうな悲しそうなおかしな顔。

でも、少しだけ彼女は笑っていた。

悲しそうだけど。

笑っていた。

「私は元の母も新しい母も好きだった。父だって好きだった。圭だって好きだった。」

でも、と彼女は続けた。

「…父を憎んだこともあった。もし、父と母が離婚しなければ。
圭と離れることもなく笑いあって暮らせていたんじゃないか、って。
母を無くすこともなく、普通に暮らせたんじゃないかって。」

…その気持ちも分かる。

もし再婚しなければ。

新しい母と出会う事もなく。

失う苦しみも味わわずに済む。

彼女はずっと虐げられてきた。

「圭に会った。数年ぶりに会った圭は感情を失っていた。
…圭も辛い目にあってるのは知らなかった。」

…分かった。

「…分かったぞ。お前は…」

秋月が。

どうして圭を避けたのか。

「お前は…圭を守りたかったんだ。」

心に傷を負った圭に。

これ以上傷を負わせたくなくて…

でもまた来たという事は…

「…父が死んだのか?」

コクリっと笑った。

穏やかな笑顔だった。

「圭を憎んでいたのも事実だよ。圭は愛されていたから。」

…愛されていた?

そのようなことを言っているのだろう。

「…どうして2人は別れたのだろう。」

確かに今まで一番の疑問だ。

「…知りたいか?」

えっ、と小さな声が漏れる。

頬杖を付いて少し身を乗り出す。

挑むように。

「私ならそれを調べられる。」

間が大事だ。

絶妙なタイミングで。

切り出す。

「代わりに圭に話して欲しい。圭は今もそのことに苦しんでいる。
…あなたから、話して欲しい。」

「どうして…?」

くすりっと笑う。

不敵に。

圭が救ってくれた時の様に。

「放っておけないんだよ。圭のこともそうだけどさ…」

ニヤリっと笑った。

「あなたと私は似ているんだよ、香さん。」

Re: 秘密 ( No.392 )
日時: 2016/05/24 23:56
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

〜・74章 愛の証・〜
実は言うともう2人の両親については調べが付いている。

けれどそれをまんま話しては事態は今のまま停滞してしまう。

つまり圭の父と母は離婚した。

そして香を引き取った父は再婚して新しい母を迎え入れた。

けれど別れたはずの父と母は共に暴力をふるう様になった。

そのため新しい母親は病に倒れた。

圭と暮らそうと言った話も持ち上がったが、圭の身を案じた香はそれを断った。

香は母に似た自分が傍にいて、母を思い出させたくなかったのだろう。

引き取るという話は、おそらく施設の方から持ち掛けられた。

父か、香か、どちらが承諾したかはわからない。

圭はそのまま父が再婚後暮らした家に転がり込んだ。

新しい母が存命だったかは、今の時点では分からない。

父は…入院か、単身赴任でもしていたのだろう。

2人の話から父が出てこないから。

おそらく、姉と2人で暮らしていたのだ。

でも、母を思い出させることを恐れて香は1人暮らしを始めた。

離れて暮らしていたが、ここ最近となって父も死んだ。

そういうことになる。

天涯孤独の身の上になった香は圭のもとに来た。

そう言う事になる。

血の通った兄弟が恋しくなったのか、なんなのかは分からないけれど。

…2人には仲良くやってほしい。

でもどうして突然いなくなったと思ったら、孤児院のたらい回しだったか…

それは言える訳ないだろう。

きっと恋のねじれもあったのだろうけれど、それもあって別れを告げられなかったのだ。

今となってはもう全て憶測にすぎない。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そして学校が終わると私は圭と待ち合わせた。

同じカフェに集い、同じように言葉を交わした。

確かに一緒にいられるのは嬉しかったし、楽しい。

言葉を交わすだけでも気持ちが舞いあがっている。

「…でも、やっぱり駄目だよ。」

トラウマを乗り越えろ、とかそんなきれいごとは言わない。

嫌なことは忘れてしまっていいんだ。

けれど。

知りたいと言った気持ちが少しでも自分の中に残っているのなら。

忘れる必要はないんだ。

自分にまで嘘を吐く必要はないんだ。

圭を見ていると、別に香さんと暮らすことに異存があるとは思えない。

母を思い出して避けてしまう自分についても嫌気がさしている様にも見える。

2人の価値観の所為だと思っている。

…でも私がたてられるのは何時だって推測。

それ以上のことはできない。

圭は何時だって優しいから。

私はずっとそれに甘えていた。

圭の心に寄り添う事も。

圭の傷を癒すことも。

私にはできない。

「…圭」

私は圭の心を理解することが出来ない。

推測をすることしかできない。

「香さんと話して欲しい。」

私には圭の心は分からない。

心、なんてものは私にはまだ理解できない。

「今の私には圭の気持ちも、心も分からないし、傷を癒すことも出来ない。」

だから。

だから。

今は。

「でも、傷を癒す手伝い、気持ちを理解する努力はしていたい。」

素直にそれを伝えて。

でも。

私は。

圭と出会ったからこそ。

「私は今まで人と関わったことがほとんどない。だから私は人の気持ちとかよく分からない。
でも圭を救いたい、と思えたのも圭達と出会ったからだ。
昔の私なら自身のことも気に止めず、手を差し伸べることはしなかっただろう。」

でも。

出会ったから。

沢山のものを貰ったから。

「だから圭の為に考えて。いっぱい、いっぱい考えた。
だから…頼むから私なりの手助けをさせてくれ。」

圭は少し恥ずかしそうに笑うと小さく頷いた。

圭は何時だって優しい。

その優しいところが…

大好き。

Re: 秘密 ( No.393 )
日時: 2014/08/07 17:41
名前: 雪 (ID: jSrGYrPF)

ずっとアリスを笑わせたかった。

あれが恋だったのか、それともたんなる同情か。

でもその気持ちが。

今の自分を作っている。

あそこでアリスに出会えたから。

どうでもいいこの世界がようやく光出した。

アリスはずっと表情が乏しかった。

けれど隣にいて退屈をしたことなどなかった。

笑わせようといつだって必死になれた。

そして彼女は沢山の言葉で支えてくれた、救ってくれた。

何時からかこれが恋になった。

別にみかえりが欲しかった訳じゃない。

いつも助けてくれるアリスを笑わせたかった。

だから今目の前で笑っているアリスが。

有り難う、と言ってくれるアリスが。

恥ずかしくて、愛おしくて、とても嬉しいんだ。

「…圭は香とどうなりたい?」

ズバリと聞く。

姉貴と…どうなりたいか…

考えたこともなかった。

一緒に暮らそう、と言われた時どう思ったのだろう。

勝手に1人家を出ていった時、どう思ったのだろう。

「…やっぱり特別な相手だとは思う…けど…いきなり一緒に暮らすのは…」

「そうか。」

彼女は笑った。

特別な相手、ではある。

けれどやっぱり少し苦手である。

「…それでいい。」

笑う様になったアリス。

それがなんだか嬉しくて。

彼女を笑わせるために生まれてきた、という歯が浮く様な台詞を心から信じられる。

ぎゅっと小さな肩を抱き寄せる。

小さな吐息。

唇を重ねようとするがアリスの小さな指がそれを遮る。

「…人前でするなって言っただろ、馬鹿…」

それから小さく笑う。

意地悪をする様な恥ずかしそうな顔。

「キスは嫌いじゃないが、いささかやりすぎだ。…お楽しみは後に取っておくものだよ。」

顔が熱くなる。

確かに付き合ってから…というか付き合う前からキスばかりだ。

逆に手を繋ぐ、肩を組むといった行為を疎かにしてきた。

「急くことはない。また今度…映画でも行こう。」

にかっと笑った。

アリスが次第に普通の女の子の様に笑っている。

「…そう言うデートのお誘いは…普通男からするもんだよ…」

腕の中のアリスがもぞもぞと動く。

「…は、離せ…っ!」

照れながら腕からすり抜ける。

彼女は恥ずかしそうだけど可愛い笑顔をしていた。

「時間は沢山あるんだ。ちゃんと話してくるがいい。」

最後に彼女は拗ねたように。

恥ずかしそうに。

小さく付けたした。

「…全部が終わったら、映画に行こう。」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

人前でのキス。

あれは結構恥ずかしい。

もっと普通のカップルの様に手を繋いだり、肩を組んだりしたい。

デートとか。

一緒に買い物とか。

色んなことを経験したい。

そうやって歩いているとふと、道の陰に見知った顔があった。

つい先日と同じように。

けれどその表情は少しだけ心細そうな色が合って。

それでいてちゃんとした意思の様なものが現れている。

「…香さん」

「圭…話があるの…」

私は2人に目くばせするとその場を静かに離れた。

Re: 秘密 ( No.394 )
日時: 2014/08/11 23:37
名前: 雪 (ID: WDXckvnh)

彼女と別れた後、圭を連れてある場所に連れていった。

歩きながら話す。

圭は大人しく聞いていた。

やがて目的地に着く。

「ここだ。」

圭と並んで墓の前にいる。

父と…新しい母が埋葬されている墓。

話すのが。

ずっと。

怖かった。

圭は笑った。

「そっか…父さん…死んだんだ…」

ははっ、と自虐的に笑った。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

あれだけ母を苦しめてきた。

それなのに呆気なくいなくなってしまう。

結局最後までいい加減な男だったんだ。

「母さんは…ぼやいていたよ…父さんは悪くないって…憎むなら母を憎めって…」

でも。

でも。

「…父さんのせいで母さんは壊れたんだから…それはもう父さんのせいじゃないの!?」

それなのに、再婚先でも散々暴力をふるって…

「あんた、一体なにがしたかったんだよ!!」

もうすでにいなくなっている人。

二度とみることも、言葉を交わすことも許されない人。

「…でも、母さんは圭のことも父さんのことも。…愛していたんだよ。一人息子に、父親の名前を付けるくらいに。」

墓に彫られている名前。

姉はそれを指差した。

秋月 美里

秋月 圭一

圭一…初めて父の名前を知った。

どれだけ辛い目にあっても…母は父を愛していた。

「馬鹿だな…やっぱり馬鹿だよ…!」

自分を捨てた男のこと。

それくらいに愛していたのに。

息子の名前につける、なんて馬鹿なことをしたくせに。

「仕方がなかったんだ。」

コツンコツンと足音が近づく。

「…アリス」

きっと姉以上にこっちの事情を知っているであろう人物。

それを知ってそれでもその痛みを組もうとしている。

「圭のお母様もお父様も人を疑うことしかできなかったんだ。
帰りが少し遅い、昼ずっと家にいる、それだけの…当たり前な日々を行う上で彼らは人を疑うことしかできなかった。」

そしてアリスは口にする。

決定的な言葉を。

「彼らは人格障害だった。…人を疑わずにはすまない、そういった病に。」

かかっていたんだ、とアリスは小さく続けた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「そんな…病が…?」

「あるんだよ。恋人はもちろん、友人も、家族すらも信じられなくなる病が。」

彼女に連れられ、ある場所に連れられていく。

その場所が…病院。

「圭のお母様は今危篤状態にある。…多分もう数時間も持たないほどに。」

そう彼女が告げたのが先程だった。

それから病院に向かい、母に会おうと思った。

もう名前も覚えていない母。

「ここだ。」

着いた場所。

そこに記されていた名前は…


八神 香織


「あなたの名前を付けたのはお父様だったね。」

母の名前すら覚えていなかった。

どうしてこんな名前なのかと、不思議にさえ思った。

母の名前を一文字とって香。

「…彼もまた、お母様を愛していたのだよ。」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ガラリッと病室の扉をスライドさせる。

一人部屋の様で1つしかないベットの上には50くらいの女性が横たわっていた。

「あなた達は?」

「八神香織の家族です。」

傍に立っている医者は深刻そうな顔をしていた。

女性は口にポンプを付けて辛そうに息をしていた。

「お母さん…」

会うのはもう十何年振りだというのに、確かに母だと感じられた。

目を開けるのもつらそうで、みていられない。

「…け、い…?」

小さくて。

気を抜けば聞こえなくなる様な小さな声。

気を使ったのか医者は外に出ていった。

医者と一緒に出ていこうとしたアリスの手を掴む。

「…アリスにも…一緒にいてほしい…」

そういうとアリスはもう出ていこうとはしなかった。

大人しく腕を掴まれたまま彼女は傍に寄り添うように立っていた。

「お母さん…私のこと…分かる?」

母の顔の上に顔が見えるように屈みこむ。

「…こ、う…?」

ポツリ、と涙が落ちているのが少し離れていても見える。

「あの人に…そっくり…」

耳をなぞる様に触る。

その先に愛おしい夫を見るように。

「…私と…あの人の…愛しい…娘…」

っ…!、と小さな音が口から洩れる。

覚えて…いたんだ…

私は母の名前すら覚えていなかったのに…

ずっと…こうして…名前をよんでもらいたかった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「…け…い、は…?」

「…ここだよ」

ゆっくりと歩み寄る。

顔を見せるように屈むと姉は後ろに下がった。

ずっと憎かった母。

その母と接したら自分がどうなるか、想像も出来なかった。

でも実際目の前にすると、憎しみとかそう言ったもの全てが消えた。

「…殴ったりして…ごめんね…」

「…別に…もういいよ…」

「ぶっきらぼうな態度…あの人にそっくり…」

小さく微笑んだ。

幸せそうに。

愛する人を見ている様に。

「なんでだよ…!何でそんな風に笑えるんだよ!」

あれだけ辛い目にあって。

今にも死にそうだって言うのに。

どうして…

「…私は…あの人といて…幸せだったよ…」

友人。

家族。

ずっと人を信じることが出来なくて。

それでもやっと人を愛することを知れた。

それが。

それなのに。

ふふっ、と小さく笑うと頬に手を伸ばし、そっと触れる。

「…別れてしまったけれど…今でもずっと…愛しています…」

撫でるように。

涙をぬぐう様に。

そんなもの。

ある訳が無いのに。

「…あの人は…元気にしている…?」

答えに迷った。

真実を話すべきか。

嘘を吐くべきなのか。

「…死んだよ」

…嘘なんて付けなかった。

今にも死にかけている母を前に。

嘘はつけなかった。

「…そっか」

小さく笑う。

笑う。

なんで笑えるのか、分からない。

「…こう…けい…こんな馬鹿な母で…ごめんね…」

いつの間にか隣で姉が控えていた。

瞳から涙が零れていた。

「…しあわせに…なってね…」

彼女は笑った。

隣で姉が母の手を握って泣いている。

「幸せだ!」

アリスを引っ張る。

隣に引き寄せる。

「俺も愛する人を見つけた!姉さんとだって上手くやってる!!」

笑っていた母が初めて驚いた表情を見せた。

涙を流し続けている姉すらも驚いた顔を見せた。

「…良かった…私たちの…愛おしい子…」

あっ…

伸ばしていた手が次第に力を失っていく。

駄目だ。

駄目だ。

あの手を下ろさせてはいけない。

直感でそう思った。

掴もうと思った母の手はするりと滑り落ちた。

最後に小さく母は呟いた様な気がした。

・・・これでやっと…あの人に会える・・・

Re: 秘密 ( No.395 )
日時: 2014/08/13 13:04
名前: 雪 (ID: WDXckvnh)

その後、母は息を引き取った。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

近くの椅子に座り医者たちと話している圭達を待っていた。

人の死、と言うものに初めて直面した。

あの時、圭は前髪に隠して泣いていた様に見えた。

なんだかそう遠くない未来の私を見ているような気分だった。

もう少し早く見つけられれば。

2人はもっと言葉を交わせただろう。

もう少し早く調べれば。

もっと早く会わせることも出来ただろう。

私がちゃんとケイに向き合っていたら。

圭の闇に気付いていれば。

圭のことを見ていれば。

彼らには描けなかった幸せな未来が描けたんじゃないか。

「…連れてきてくれて、ありがとね。」

香さん…

見上げると泣いた後のせいか目元が赤い。

違う。

私は感謝される様なことはしていない。

「帰ろっか、アリス」

「…違う」

恨みごとの様に口から言葉が溢れだす。

「私がもっと早く調べていれば!もっと圭と向き合っていたら!
圭のことを見て、気付いていたら!!きっともっと会えて、きっともっと言葉を交わせた!!」

3人で仲良く暮らす。

そんな未来だってあったのかもしれない。

「良いんだ…最後に会えただけで。それだけで満足だ。」

「でもっ…!」

「良いんだよ。これは僕ら2人の罪だ。親と向き合う事を忘れた馬鹿な姉弟の罪だ。」

圭は笑っていた。

静かに。

泣いている子どもをあやすように。

「自分の罪からは逃げたくない。アリスが背負わなきゃいけない罪なんてどこにもない。」

チュッ

小さな音とともに反論しようとした口が塞がる。

「目は覚めた?」

「っ———!」

顔が熱い。

涙すらも驚いて引っ込んでしまった。

「確か全部終わったら映画に行くんだったよね?」

圭はキスになれるのが早すぎだ。

こっちはキス1つで夜も眠れなくなるというのに。

「今度の日曜日、一緒に映画に行こう。」

跪いた圭の手をとる。

体温が上昇した顔で小さく微笑む。

「喜んで。」

Re: 秘密 ( No.396 )
日時: 2014/08/13 14:43
名前: 雪 (ID: WDXckvnh)

〜・75章 映画・〜
少し時間より早い。

待っている時間も悪くはない。

こんなに愛しく思う気持ちも。

圭を大事に想う気持ちも嘘じゃない。

だからこそ辛い。

そんな圭を傷つけることしかできないことが。

圭に守られることしかできない自分がいることが。

とても痛い。

でも…圭はそれでも救われた、と言ってくれた。

私に、救われたと…

それを聞いて嬉しくなってしまった。

私の手でも誰かを救う事が出来るなんて。

自分の手を見つめる。

真っ赤な血に染まったこの手でも。

…父との問題ももう後には引けない。

今はまだこうしていられるけれど、何時かは直面する問題だ。

だから。

ぎゅっと手のひらを握る。

いくら傷付いてもいい。

どれだけの犠牲を払っても。

一緒に生きていきたい。

でも…傷つかずに得られるものはない。

背に腹は代えられない。

圭だってきっとそのことには気付いているだろう。

だからこそ、思い出作りに必死になっているのかもしれない。

きっと不安なのだ。

この気持ちが、不安。

そんな当たり前の様なことがどうしても当たり前じゃなくて。

不安に想うことすらできなかった。

でも今は、不安を知って恐れを知った。

もし出会わなければこんなに苦しい想いもしなかっただろう。

でも、圭に出会う前の私は単なる機械。

今思い出すだけでもぞっとする。

冷たい機械の様で、怖い。

こんなに生きていることを実感できる、この感覚を。

人を好きになるってことも。

知らない方が良かったなんて、絶対に思わない。

友も恋人も。

きちんと胸に秘めている。

もう昔の私じゃない。

「おまたせ、待った?」

圭。

口の中で呟いた恋人の名前。

穏やかで温かい気持ちになる。

これが、恋。

「ううん、勝手に早く来たのはこっちだ。」

それに…

「待っている時間も悪くない。」

Re: 秘密 ( No.397 )
日時: 2014/08/15 13:43
名前: 雪 (ID: WDXckvnh)

付き合ってからと言うものアリスは笑顔だった。

完璧な笑顔。

だからこそその裏側が見えた気がした。

時折見せるガラス玉の様な目。

それを見る度にズキズキと胸が痛んだ。

まだ、アリスは心から笑えていない。

きっと彼女が思っているのは父親のことだろう。

幼い頃からアリスを幽閉し、虐げてきた。

バレンタインの電話。

それにエリスからの話。

隣で何事もなかったように笑う。

そうしていつもどおり接してきた。

それで彼女も笑ってくれた。

でも、あの目が。

どうしても頭を離れない。

その目は自分のことすら映っていないように見えて。

それが何だか痛くて。

どうしようもない自分に辟易していた。

彼女の態度や表情は。

何時かはここからいなくなる。

そう予兆しているように思えた。

だから今の内に…

そう語っている気がした。

だから。

いなくなるのが怖くないくらい。

また会えるって希望を見れるくらい。

沢山の思い出を抱えさせたい。

きっといくら頑張っても、彼女は今いる場所を守ろうと。

今いる場所にいる仲間や恋人を守ろうと。

自らこの場を去るだろう。

それが一時的なものか、永遠のものかは分からない。

でも再び今いる場所に戻りたいと思うくらい。

不安じゃなくなるくらい。

抱きしめて。

キスして。

一緒にいたい。

勿論みすみすアリスを渡す気はない。

アリスの為に拳を握って、立ち向かう覚悟だってある。

けれど…

それすらもアリスは見越している気がした。

見越して、そうなる前に姿を消すであろうと。

だが諦められるものか。

どんなに離れたって必ず迎えに行く。

どんなに傷付こうと必ず迎えに行く。

そうしてまた一緒に日向を歩いていく。

そう言う戦いなのだ。

アリスが何と言おうとも。

自分の為に。

アリスの希望を踏みにじる覚悟もある。

アリスにとってはきっと3人を守りたい、と思うだろう。

そう言う優しくて芯がある女の子だ。

いかに自分が傷つこうとも。

人の為に笑って。

人の為に手を差し伸べられる。

それなのにアリスは1度たりとも助けて、とは言わなかった。

誰も巻き込むまいと。

それでも誰かを救おうと。

Re: 秘密 ( No.398 )
日時: 2014/08/20 15:58
名前: 雪 (ID: WDXckvnh)

「楽しかったな。」

デートと言うのは何時も喫茶店だ。

こう言う風に出掛けるのは珍しい。

でも楽しい。

「そうだね。」

母は死んだ。

けれど思った以上にあっさりしている。

母が死んだらほっとするか、それとも悲しむのか。

ずっと考えていた。

でも…

実際。

何も感じなかった。

そんなに簡単に人は死んでしまう。

それが目の前で起きて。

呆気をとられた。

人は呆気なく死んでしまう。

あまりにも突然で。

話したいことも話せないまま。

でも。

最後に会えてよかった、と思う心がある。

それで十分だ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

再びいつもの喫茶店に向かう。

もう少しすれば4月になる。

2年生になる。

進級は危うかったけれど、一応出来る。

模試の成績は頑張ったので良かった。

模試でいい成績を出せば、流石に進級せざるを得ないだろう。

「聞きたいことがあるんだ…アリスがこれからどうしたいのかを。」

口を開いた圭はやけに神妙な顔をしていた。

「なんだ?」

ココアを飲む。

なんとなく想像はつく。

エリスにでも話を聞いたのだろう。

「知ってるよ。」

一応聞き返す。

「…なにが?」

「アリスのこと、知ってるよ。」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

アリスは知っているようでさほど驚いた素振りは見せなかった。

「…言いたいことは分かっている。」

声を発そうと思ったら先にアリスの声で遮られた。

「私は死ぬつもりはない、と言ったはずだ。」

顔はあげない。

手元にある本ペラペラと捲りながら既に用意していたかのような答えを語る。

「今は圭達がいるから。みすみす死にたくない。」

さすがアリスだ。

頭が良くて。

何を発しようとしているか直ぐに分かってしまう。

「私はちゃんと向き合ってくるよ。父とも…この腐り果てた世界とも。」

彼女の中では既に答えは決まっていた。

それを改めて聞き返すなんてばからしい。

それでも、少し安心した。

「…そっか」

Re: 秘密 ( No.399 )
日時: 2014/08/20 16:13
名前: 雪 (ID: WDXckvnh)

圭は優しい。

私は既に自分の中で答えを決めている。

私の生き方だ。

絶対に譲れないものがある。

リンも。

マリーも。

圭も。

大好きな人達。

失いたくない。

その為になら世界でも刃向かおうと決めた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「圭、いよいよ明日から春休みだな」

春休みが終われば、2年生となる。

アリスはかなり危うかったらしいが進級は出来るようだ。

「沢山のことをしよう。」

微笑みながら告げた。

「去年出来なかったこと、たくさんやっていっぱい遊ぼう。」

顔は笑っている。

絶対に譲れない、といった意気を感じさせる。

「…うん」

それは何時かここからいなくなってしまう事を惜しんでいる様に見えた。

ここにいたい、と言っている様に見えた。

「好きなだけ…沢山遊ぼう。」

不安を感じさせないように笑った。

少しでもここにいられる様に。

アリスを引きとめておきたい。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私は人を傷つけてしまう側の人間だ。

でもそんな私を。

圭達は受け入れてくれた。

彼らと出会えて私は変われた様な気がした。

それからは春休みの予定を沢山立てた。

触れること。

そんな単純なことなのに。

どうしてそんなに安堵できるのだろう。

それはきっと、心があるから。

大事に想う気持ちが伝わってきて。

ほっとしてしまう。

「圭」

頬に手をのせ、おでこに小さくて短いキスをする。

不安がなくなるくらいに。

キスをしておきたかった。

「大好き」

Re: 秘密 ( No.400 )
日時: 2014/08/29 18:03
名前: 雪 (ID: .KVwyjA1)

〜・76章 母からの手紙・〜
アリスと圭が付き合う様になった。

しんどいものかと思ったが、思ったよりあっさりしている。

全員があるべきところにようやく納まったと言わんばかりに何もない。

少し拍子抜けをした。

「凛」

きっと万里花が好きだとういう事にやっと気付いたから。

だからしんどくないんだ。

あのバレンタインの時、アリスを置いて万里香の元に走っていった。

きっとずっと前からこの気持ちは芽生えていたんだろう。

万里花はずっと気付いていた。

「行くか」

「はい!」

今日から春休み。

休みが明けるととうとう2年生になる。

部活の勧誘、ItemMemberの新曲。

そう言ったものを置いて今日はたんに遊びに行くのだ。

「あっ…行く前に少し郵便受けを見てもいいか?」

「ええ」

付き合うと言っても特別なことはそれと言ってしなかった。

何時も隣にいる、と言う事を改めて思い知らされたようだ。

「手紙か…」

郵便受けには1つだけ手紙が入っている。

誰からだろう?


白雪 詩織


ドクンッと心臓が跳ねた。

手から汗が吹き出し、息苦しい。

「…凛?」

手紙の宛名を見るとすぐに想像がついたのか何も聞かなかった。

「…凛も…なんですね…」

辛そうな顔で。

しんどそうな顔。

そんな顔で小さく呟いた。

「…も?」

万里香の母は昔から彼女を虐げてきた。

今はすでに離婚しているが。

その存在はまだ彼女に強く根付いている。

彼女は鞄から携帯を取り出すと画面を見せた。

メールの様だ。

そこにはただ一言。


会いたい


と記されていた。

「先日…届いたんです…」

震える手を抑え込みながら手紙を開ける。

そこにも似たようなことが書かれていた。


あなたにとても会いたいです


、と。

Re: 秘密 ( No.401 )
日時: 2014/09/01 19:38
名前: 雪 (ID: .KVwyjA1)

2014年夏☆小説大会 コメディ・ライト板金賞を受賞しました!
どれもこれも皆様のお陰です!!
常にロックされていて意見を仕入れることもなかったのでとても驚きました!
何時も私の作品、秘密を読んでくださってありがとうございます!

以前、何かと問題を起こしてしまっていてそれ以降はロックをしながら書いていたのですが、
今度ロック解除について真剣に検討してみます!

これからも何とぞよろしくお願いします!!

Re: 秘密 ( No.402 )
日時: 2014/10/23 20:35
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

震えが止まらなかった。

母はいつも自分が存在しない空気のごとく振る舞っていた。

いても暴力をふるったり、ずっと無視したりするだけだった。

ある日、母は帰って来なかった。

けれどその方が安心できた。

殴られることも無視されることもない。

母は段々と家に戻らなくなった。

それに引き換え、窓から外に出て色んなところに行った。

母から遠くに。

ずっと遠くに。

けれど。

やっぱり戻ってしまう。

傍にいなくても。

恐怖としてずっと根付いている。

走って走ってたどり着いた先が秘密基地だった。

ひとけがなくて。

なんだか落ち着く。

母は相変わらずほとんど帰って来なかった。

時々帰ってきて食べ物をもって帰るだけだった。

けれど。

やはり母のことを考えてしまう。

自分勝手で。

どうしようもない母。

それでいて。

何処まで遠くに離れても。

忘れることが出来ない存在。

「…君もここにはよく来るの?」

ふと隣を見上げれば見知らぬ。

年もさほど変わらないであろう女の子が経っていた。

「…靴、あなたも家に忘れちゃったの?」

みれば女の子は裸足だった。

自分も靴など履かずに来た。

「君も…?」

彼女は何のためらいもなく隣に座った。

「うん。私もよくここに逃げてきちゃうんだ。」

照れ笑いの様な。

少し控え目な笑みを見せた。

みれば服はどれも高そうなのに引き換え、裸足で寒空の下コートすら着ていなかった。

ぎゅるる〜と場違いにも腹の虫が鳴った。

ははっ、と小さく笑うと女の子は持っていた箱を差し出した。

「家から持ってきたの。一緒に食べよう。」

弁当箱の様で開けると自分で詰めたのかぐちゃぐちゃになった米が入っていた。

鮭の切り身らしきものや昆布らしき物の残骸があった。

ぐちゃぐちゃながらお握りらしい。

既に冷えているのか米の匂いはそこまでしなかった。

けれどもう随分ご飯を食べていない。

冷蔵庫の人参やじゃが芋を生で齧ったこともあった。

けれど次第に減っていった食料。

どのくらいの時間が経ったのだろう。

母は帰って来なかった。

女の子に促されるまま米をかきこんだ。

冷たくて。

固くて。

味気なかったけれど。

今までで一番おいしいご飯だった。

彼女は隣で笑っていた。

食べ終わると礼とともに謝罪をした。

すると彼女は笑って答えた。

「人といっしょに食べるのはひさしぶりで楽しかった!それにいつもよりご飯がおいしく感じられた!!」

同じだ。

家に居場所が無くて。

ずっと外に居場所を求めていた。

「また…たくさん練習するから…!…また食べてくれる…?」

そうやって2人は出会って。

次第に集う様になった。

それが後の4人の秘密基地になることも。

2人が恋人になることも。

2人はまだ知らなかった。

Re: 秘密 ( No.403 )
日時: 2016/04/20 01:19
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

母はいつも暴力をふるっていた。

父はいつもいなくて。

いるはずなのに。

まるでいないみたいで。

仕事が忙しいらしい、と言う事は幼い私にも理解ができた。

しごと、と言うのは嫌だな。

お母さんが泣くのは見たくないな。

そんなことを想っていた時もあったかもしれない。

でも今思い返せば。

辛くて。

苦しい。

地獄の様な日々だった。

私の命は母の心1つだった。

母はほとんど家から出なかった。

人に会いたくないらしい。

けれどそんな私にも安らぐ場所があった。

長い階段を上りきった先。

小さな小屋があった。

誰も使っている様子がなかった。

しかもその近くには小さいながら公園があった。

母の目を盗んではそこに行き、家で詰めてきた冷たくてまずいご飯をほおばっていた。

けれど行くと時々1人の少年が先にいた時があった。

何度も見かけるようになった。

声まではかけはしなかった。

とても人見知りだったのだ。

けれど彼はとても痩せきっていて、まるで骨と皮でしかできていないようで。

持っていた弁当を差し出したいと何度も思った。

ある日、野良猫と戯れていると少年が現れた。

慌てて小屋の中に隠れた。

幸い少年は気付かなかったみたいだ。

少年は公園のベンチに腰掛けると野良猫を手招きした。

膝の上に飛び乗った猫を抱いて彼は笑った。

表情がないと思っていた彼の表情が優しくなった。

愛しそうに。

猫を抱きしめていた。

そんな表情も出来るんだ。

やせ細った体。

寒々しい足。

何時も寂しそうにしていた彼の表情が和らいだ。

その表情は無邪気で、少年らしさを含んでいた。

結局その日は声をかけることはできなかった。

でも、次に会ったらきっと…

声をかけよう。

「…君もここにはよく来るの?」

きっとあの笑顔を見た時から。

きっと既に凛に救われていたんだ。

凛は私に笑いかけてくれた。

私のお弁当を食べてくれた。

大好きって気持ちを教えてくれた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

母は家を出ていき、私は孤児院と連れて行かれた。

他の男と結婚したらしい、と風の噂で聞いた。

何度も私を殺しかけたのに。

あっという間にいなくなった。

父、と言うものは何の前触れもなく私孤児院に連れていった。

育てられない、と。

見捨てられた、と思った。

何もしてはくれなかった。

どんなに虐げられようと。

傷めつけられようとも。

見て見ぬふりをした。

母がずっと私に向けた、火のつくような激しい憎しみに満ちた眼差し。

私はそれに一人耐え続けた。

孤児院に連れていかれてケイに出会った。

ケイは優しくて思いやりが出来る少年だった。

色々と気があって彼なら基地に連れて行ってもいい、と思った。

ケイは何処からかアリスを連れてきた。

4人の基地となった。

けれど私はアリスが嫌いだった。

凛はアリスだけを見ていたから。

アリスは圭だけを見ていて。

圭はアリスだけを見ていた。

私なんて誰も見ていなかった。

でもやっぱり。

アリスのことも好きだった。

嫌いにはなれなかった。

しかし6年前3人は揃って遠く離れた町の孤児院へと移送された。

大人の事情、と言うものらしい。

今言うなら単なるたらい回しだった。

厄介な過去をもつ子供を誰も引き取りたがらなかった。

孤児院のことを隠していた私たち3人は何も言わず、アリスの前から消えた。

正式には、言えなかったのだ。

帰ると荷物がまとめられていて、そのまま連れて行かれた。

再会してからケイはアリスに嘘を吐いた。

初めて会った場所は病院ではない。

病弱であの町に行った訳でもない。

ただ、そんな昔の話を知られたくなかった。

孤児院で育ったと言えば、必ず事情話や話さなければならないから。

それは嫌だったから。

着いた嘘に嘘が被さった。

知られたくなかった。

けれどアリスがいなくなって少しだけ。

ほっとしてしまった。

それがずっと許せなくて。

そんなことをほんの少しでも思ってしまったことが恥ずかしくて。

・・・恋をしたら皆卑怯で汚くなるよ・・・

凛に打ち明けると彼はそう答えた。

その顔は笑っていた。

その言葉にまた、救われた。

どうやらその頃の凛は私がずっとケイを好きだったと思っていたらしい。

何処までも鈍感な奴だ。

でもそんなところも好きだと思ってしまうのだから、恋はすごい。

中学に上がるとようやく父は迎えに来た。

おぼろげにしか覚えていない、父という存在は母が死んだ事を告げた。

不思議と、嘘だと思った。

あの人が死ぬなんてあり得ない。

けれど、本当だったら。

私の事を憎みながら、怨みながら、死んだに違い無い。

孤児院から連れ出すと礼儀や作法を叩きこまれた。

ケイもお姉さん、と言う人が迎えに来て家に戻った。

けれど凛だけは。

誰も迎えに来なかった。

やがてリンも病院の院長のところの養子となり、3人で涼風に再び戻ってきた。

それからは長かったようで短かった。

アリスに救われ。

凛に救われ。

3人に救われ。

父と向かい合えた。

父は私を救うために母と別れたのだと、今更の様に気付かされた。

全てが上手くいっていた。

楽しかった。

春も。

夏も。

秋も。

冬も。

4人でいられたことが。

それなのに。

突然メールが来た。

会いたい、と。

どうして母は、私の希望を。

私の大切なものを。

ことごとく奪ってしまうのだろう。

Re: 秘密 ( No.404 )
日時: 2014/09/04 00:29
名前: 雪 (ID: .KVwyjA1)

遅い。

リンとマリーが約束の時間を30分も回っているのに来ない。

あの気まじめな2人が遅刻とは珍しい。

30分前に来ていてもおかしくないというのに。

「…お待たせしました。」

遅い、と一言文句を言おうとした。

けれどマリーの表情を見てやめた。

紙の様な顔で笑っていたから。

ケイも同じことを想ったのか何も言わなかった。

「えっと今日は確か…場所決めからだっけ?」

リンもいつもと違って声のトーンが少し上がっている。

空元気、という単語を連想させた。

いらつく。

けれど以前の私もきっとこんな感じだったのだと思うと怒るに怒れない。

パチンッと指を鳴らす。

「予定は変更だ。」

こんな状態で遊んでも仕方がない。

楽しめないなら単なる金の無駄だ。

「圭、そっちは任せる。私はこっちをやる。」

「了解。」

流石。

分かっている。

「えっと…その…」

マリーの手を掴む。

「そんな顔で笑うな。笑えない時は笑わなくていい。」

マリーの手を引くととりあえずその場を離れた。

リンに関しては圭に任せて大丈夫だろう。

マリー達の力になりたい。

かつてマリーも同じように手を引いてくれた。

だから今度は私の番だ。

今度は私がマリーの手を引いてやる。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

連れて来られたのは喫茶店だった。

訳が分からないまま連れて来られたので状況の整理が出来ない。

・・・そんな顔で笑うな。笑えない時は笑わなくていい。・・・

なんだかアリスらしい言葉だった。

私の手を引いたアリスの手には迷いとかそう言ったものはみじんも感じられなかった。

アリスにだって不安や迷いだってあるはずなのに。

私のことに関して全くない。

助けたい、その一心しかないのだろう。

そう言ったところが羨ましい。

「アリスは…凄いですね…」

「何が?」

ティーカップを口元に運びながらさらり、と答える。

「…私はそんなに簡単に全てをかなぐり捨てて人を助けることなんてできません。」

「怖いよ。」

何事もなかったように言って退けた。

聞き逃しかねないほど何気なく。

「私は何も持ってなかった。」

ことりっとティーカップをソーサーの上に戻す。

「きっと昔の私なら人を救う事に興味などなかっただろうし、失うものがないから何も怖くなかった。」

本当に何気なく。

穏やかに笑って。

アリスは答えた。

「けど、圭達と出会って初めて失う事が怖いって思ったんだ。」

私も。

リンと出会うまでは。

きっとなにも大事になど出来なかっただろう。

「だけどその怖いって思えるのも、3人のお陰だから。」

凛に貰ったもの。

ケイに貰ったもの。

アリスに貰ったもの。

「失う事にビクビクするより胸を張っていたいから。そう思えるのも3人のお陰だから。」

だから、とアリスは続けた。

「今度は私が皆に返したい。胸を張って誇れるように。」

やっぱり。

アリスには敵わない。

そう思わざるを得なかった。

だって私はアリスに何もしてない。

凛の視線を集めようと憎んだことだってあった。

「私も万里花みたいに。人の為に何かをしたいから。」

…けどやっぱり嫌いにはなれなかった。

やっぱりアリスも好きなんだ。

「…当然です。」

ずっと4人で笑っていたい。

それなのに私だけぐじぐじしていたらせっかくのアリスの想いが台無しだ。

「じゃあ聞いてもらいましょうかね…私と凛の昔話を。」

Re: 秘密 ( No.405 )
日時: 2014/09/06 17:43
名前: 雪 (ID: .KVwyjA1)

〜・77章 わたしにできること・〜
話した。

何年も前の。

凛と私の話を。

アリスは黙って聞いていた。

アリスの表情を読むのは難しい。

時々何を考えているか分からない顔をする。

それでも。

色んな事を話して。

友の話。

恋の話。

そんなものを交わして。

些細な表情の変化は分かる様になった。

そんな私でも。

私の知らないアリスの顔がある。

「あんなに殺しかけたのに。…どうして母は私に会いたいんでしょう…?」

分からない。

自分の手で直接人を殺めたことも。

憎まれたこともないから。

敵意を浴びたこともないから。

「私は…マリーのお母さんを知らないから良く分からない。」

アリスは特別な事情があって。

少し変わっている。

だから。

分かるのかもしれない。

私には分からなくても。

アリスには。

「でも…万里花は…どうしたい…?」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

敵意を浴びたことも。

憎まれたことも。

人を殺めたこともある。

どれもこれも心は痛まなかった。

心がなかったのだから。

でも今は違う。

今人を傷つければ私の心は痛む。

もうだれも殺めたくない。

そう思える。

でも。

マリーとリンの話を聞いて。

過去は清算されないと、思い知らされた。

私が傷つけた分だけ。

その人の奥深くまでその恐怖は根付き、離れることはない。

それはまるで2人の母親の様だった。

2人の恐れや憎みは。

彼らの母とともに。

私に向けられているような気がした。

「…私は…まだ…会いたくないです…」

それもそうだ。

会っては今の生活を崩されてしまう。

「そりゃそうだ。」

チリンとティーカップの端を指で弾く。

「…でも、心構えだけはしておきなよ。」

会いたい、と言うのだ。

いつ来ても大丈夫なようにしておかないと。

今この瞬間でも。

現れても可笑しくないのだから。

Re: 秘密 ( No.406 )
日時: 2014/09/13 18:03
名前: 雪 (ID: .KVwyjA1)

リンは昔から口数が少なくて。

自分のことを話したがらない。

表情が組めないところ。

物静かで。

聡明な所。

なんだか少しだけアリスに似ていた。

唯一親友、と言うべき相手だった。

相棒、と言ってもおかしくはない。

性格は違うけれど。

隣にいて、とても心地いい相手だった。

会ったのは偶然、孤児院で同室になったからだった。

体中に痣があったけれどそれについては何も言わなかった。

同室のマリーにも同様の痣が合った。

そして自分の首にも合った。

だからあえて何も聞かなかった。

嫌なことを思い出させたくなかった。

いや、自分のことについて触れられたくなかったからかもしれない。

ともあれ、事情はさほど詳しくない。

けれど。

雨の日を嫌う傾向。

アリスのお母さんの話をした時の顔。

マリーの父と対面した時の態度。

雨の日に、母親に関する何かがあったんだ。

そしてリンの父は何もしなかったんだ。

そう直感的に思った。

同じ。

3人は似た者同士だった。

一緒に過ごしていた。

3人を気味悪がって遠ざける大人たち。

けれど3人だからべつに怖くなどなかった。

そう思っていたような気もした。

アリスに出会った時も何時も1人だったから。

孤独を共感し合える相手だった。

3人が4人になった。

けれど毎日楽しくやっていた。

今思い返すと懐かしい、と思えるくらいに。

ずっとあの頃のままだったら、と思えるくらいに。

突然施設を変えることになったのだ。

帰ると既に部屋はなく、荷物だけが玄関先に捨てるように置かれていた。

アリスに別れを告げることも出来なかった。

再び3人に戻った。

元に戻っただけ。

けれど1人欠けた。

元々表立ってはいなかったが恋愛関係のギクシャクはあった。

それが丁度良かった、と思う一方やはりどこか寂しかった。

そこまでいたはずの奴がいない。

そんなことをきっと。

2人だって思っていたと思う。

それからは元の様に過ごした。

何かが欠けている。

それでも平穏を装って。

元の様になれる。

きっと。

だってもう誰も欠けない。

欠けた相手はもう二度と欠けないのだから。

それなのに。

差は明確に生まれてしまった。

ある日、姉と名乗る女性が迎えに来たのだ。

そしてマリーも同様に父から迎えが来た。

リンだけは。

誰も迎えに来なかった。

結局引き取られた先でも上手くはいかなかった。

マリーは父親に虐げられ。

自分も姉とそりが合わなかった。

けれどリンの前でその話をすると決まって寂しそうな笑みを浮かべる。

いつしか互いにその話題を出さなくなった。

中学校も同じ学校に進学したが、話す回数も次第に減っていった。

マリーとリンが付きあったというのにさほど驚きはない。

2人は何時だって一緒にいた。

同じ苦しみを受け。

それでも傍にいて、2人を支えあった。

アリスもアリスでリン達と正面から向き合った。

アリスに釣り合う相手になりたい。

そう願っていたはずだ。

「もう、逃げない。」

アリスの傷も。

マリーの傷も。

リンの傷も。

全てを知って。

苦しまないように支える。

それが簡単なことではないことは分かっている。

けど。

アリスはそういう事をさらっとやってしまう人だから。

隣に並びたいから。

「聞かせてくれ。」

10年たっての。

大きな一歩。

10年前に出会い。

6年前に別れた。

心と心。

迷わないで。

一歩を踏み出すよ。

Re: 秘密 ( No.407 )
日時: 2014/09/14 14:08
名前: 雪 (ID: .KVwyjA1)

私に出来ることはないだろうか。

そう思った。

これは本人たちの問題、と言いきってしまえば早い。

けれどその問題に苦しんでいるのなら。

私を助けてくれた彼らが困っているのなら。

助けたい。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

リンの話に驚きと同時に納得をした。

今まで心に引っかかっていた疑問が解けた。

似たような境遇。

でも。

リンにはもう血のつながりがない。

母親は知らぬが、心通じ合う家族がいない。

助けたいな。

けれどどうすればいいか分からない。

幸い母には理由もあった。

けれど。

許せるか、と言われると良く分かられない。

きっとそう言ったものは簡単には決められないのだろう。

でも。

リンの母親がそう言ったものかは知らない。

それでも。

「飯、食いに行くか。」

母に怯えている姿はまるで昔の自分の様に映った。

自分はアリスに救われた。

ただ暴力と恐怖の化身だった。

そんな母も。

一人の母だった。

何もせずに死んでいくことを選んだ。

そんな最低な女だった。

でも。

振り返れば優しく。

恋をする一人の女だった。

「ラーメンでも奢ってやるよ」

とりあえず今は怯えないように。

傍にいてやることしかできない。

ははっ、と小さく。

珍しく笑った。

良く笑う様になった。

…マリーのお陰だな。

きっと母も。

父も。

こんな風に恋をする男女だったのだろう。

「…俺的にはたこ焼きが良いな」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「んぐ?」

アツアツのたこ焼きをほおばる。

「マリーがたこ焼きなんて…珍しいね。」

歯に海苔が付く、とか色々言いそうだ。

「だからこそですよ。リンがいるところでなんか食べられませんからね。」

「…けどそのリンはそこにいるぞ。」

指を指す方にはケイとリンの姿がある。

丁度マリーの後ろだったので見えなかったのだろう。

振り返って2人の姿に気付くと慌てて食べかけのたこ焼きを食べる。

「…凛!」

そして何事もなかったように凛に笑いかけた。

2人の心は今不安に襲われている。

それなのに。

互いに支え合っている。

そんな関係は羨ましい。

でも。

「アリス」

今の私には圭がいる。

どんな不安に襲われても。

互いを支えあえる。

そんな仲。

そんな相手が。

私にもいる。

Re: 秘密 ( No.408 )
日時: 2014/09/19 16:36
名前: 雪 (ID: .KVwyjA1)

「今日は、家で夕食でも食べていかないか?」

不安定なまま家に帰すのには少し気が引けた。

だからきっとそんな提案したんだろう。

何時もの別宅に連れて行く。

沢山の部屋が合って、その割にどの部屋も片付いていた。

生活では雑な所もあるのに、こう言った面では几帳面だ。

ご飯を食べるとテラスに出る。

何故だかテラスを出ると落ち着く。

それはアリスも思っているようで、何時も行くと先にいる。

それとも無意識のうちにアリスを追っているのだろうか。

「…少し抜けないか?」

その声に導かれ、連れていかれたのはアリスと出会ったあの屋敷。

アリスはそこを思い出の屋敷、と呼んでいた。

幼い頃の思い出の欠片が。

節々に見え隠れしているから、と少し照れたように笑った。

ぎぃっと重たい音をさせながら開いた扉は相変わらず少し硬かった。

けれどアリスは直す気はないらしい。

お金とか時間とかそういう問題ではなく、あの時のままにさせておきたいという趣向らしい。

けれど手入れだけは少しずつしているようで。

本は相変わらず散らばっているので実感はわきづらいが。

アリスを連れて来た時に比べれば少し空気が綺麗な気がした。

塗装もとりあえずはこのままにしておきたい、何時かはここの本も全て読みたいなど。

たわいのない話を。

実に楽しそうに話していた。

ここで全てが始まった。

アリスはここで母親との初めての対面をした。

そういった。

特別な場所。

階段を上って最上階。

大きなテラスを出ると夜の風が吹いた。

温かくて少しじめっとして。

少しだけ春の匂いがした。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

開け放ったテラス。

そこへ足をいれると圭も後についてきた。

圭は嘘吐きだ。

圭を迎えに行ったあの家も祖母の家ではなく姉の家。

病院育ちでなく、孤児院育ち。

病弱ではなくただのたらい回し。

何時もなら見破れるであろう事実も。

過去のことなら記憶があいまいだ。

実際、3人がいなくなった日のことを覚えていない。

でも圭が付いた嘘って言うのはどれもあの2人を守るためのもの。

姉の話に触れれば、自然とリンもマリーも昔のことを思い出すから。

孤児院育ちもたらい回しも。

隠していたのはすべて2人が昔のことを思い出さないようにだ。

そう圭の口から聞いた時。

嘘吐きだ、と思ったと同時に。

優しい奴だとも思った。

「圭」

背後に立っている圭にもたれかかる。

それを圭は何も言わずに静かに抱きとめた。

圭は私に。

安らぎと安心を与えてくれる。

優しくて。

人の為になにかをすることが出来る。

何かをしたいと自然に思える人。

「絶対に…2人を助けよう」

うん、と小さく頷く圭の声。

愛しくて。

温かくて。

私に力をくれる。

「…不思議だな」

あんなに何も感じなかった世界が。

輝いて見える。

あの圭達が見せてくれた光の為なら。

どんな闇にだって立ち向かえる。

そんな気がした。

「昔は…星が…こんなに輝いてるなんて…思えなかったな。」

今だから。

きっと。

星は輝いて見えるのだろうな。

指輪をそっと撫でる。

母がくれた。

指輪。

それに圭のぬくもりがある。

「これからもっと輝くよ。」

そう答えた圭に。

うん、と小さく返した。

Re: 秘密 ( No.409 )
日時: 2014/09/26 19:33
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

〜・78章 凛・〜

雪白凛。

その名前は今の引き取り先の名字。

白雪は彼の母親の名字。

彼は学校では雪白を使っているようだが、時々白雪と言う名字を使う。

そこには彼が昔のことを忘れないように。

戒めとして名乗っているような気がした。

そんな凛に恋をした。

そのことに後悔はしなかった。

私も似たような境遇だった。

それに何時も強がっているけれど、本当は寂しがりやで自分に自信がない、人間らしい一面も持っている。

何もかもを1人で出来るけど。

時折見せる人間らしい弱さや儚さ、そしてそれでも持っている強さや優しさに惹かれた。

凛に見合う人になりたいと一生懸命足掻いた。

凛が私と恋人になれて良かった、と思わせたかった。

何時も傍にいて。

その声が聞こえる場所にいて。

凛と一緒に生きていたかった。

それが叶わないことが辛いことはとっくの昔から知っている。

凛の為に何かをしたい。

私は凛の恋人として。

でも…

私がやってはいけないのだろう。

私は凛の背を押すだけ。

そうでなければまた何度でも繰り返してしまう。

私は凛の恩人になりたい訳じゃない。

凛を救いたい。

だから背を押すだけにとどめる。

それ以上のことをしてはいけない。

けど、どうやって解決すれば良いかの検討もつかない。

どんな時にどんなふうに背を押せばいいのか。

私には分からない。

そんな自分に嫌気がさした。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

母親の身元を割り出すのは難しくない。

けれどわざわざ呼び出して、それで何をしようと言う。

理由があるにしても、それを知って本当にリンの傷は癒えるだろうか。

けれど放っておく訳にも行かない。

忘れかけていた過去を揺さぶられ、不安定だ。

金色の髪をいじりながら、ポツリとこぼす。

「…詰まったな」

こう言う話はとても危うい。

きっと完璧な正解などない。

だからこそ難しい。

実力行使…というのも無茶だ。

腐っても母親だ。

独断専行でそこまでやるほど人の心の機微に疎い訳ではない。

リンは母とどうなりたいか。

それが最も優先すべき基準点だ。

殺したい、などと言われると単純だが。

そうきっぱりと答えられはしないだろう。

人の心と言うのは面倒なものだ。

外野として見ている分にはもどかしくて鬱陶しい代物だ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

アリスは人の機微に鋭そうな感じをもっているが実はそうでもない。

まだ感情も心も知って1年だ。

朝霧の件の様にいじめグループを壊滅に追いやっても、何も抱かない。

きっとリンが母を殺したい程憎んでいると知っていれば。

きっと殺してしまう。

それほどに不確かで危ういものなのだ。

Re: 秘密 ( No.410 )
日時: 2014/10/31 20:11
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

考えて考えて考えた。

でもやはりよく分からない。

過去のトラウマとか。

母による虐待とか。

そう言ったものを考えても。

その気持ちを私は理解できない。

私はもう昔のことを覚えていないからかな。

圭達にはアニエスの技術で過去のことを忘れていると思われているだろう。

けれど違う。

朝霧のことを覚えていて、圭達のことを覚えていない。

つまり3人と一緒にいた時に、忘れるにたる記憶があるという事だ。

圭達のことは資料で目を通し、覚えた。

エリスは4人で遊んでいたことを知っていたようだった。

だからこそわざわざ資料を集めてきたらしい。

だけど会った時。

不思議と懐かしい気持ちに襲われた。

その気持ちに従って傍にいると。

次第に惹かれていった。

だからこそ力になりたいと思った。

分からないことを理解しようと。

知らぬことを知ろうと。

頑張ってきた。

でも。

やっぱり知ろうとするだけで。

完璧に知ることはできない。

もっと知りたい。

知って。

何の変哲もない女子高生になりたい。

凛と万里花の友で圭の恋人。

ただそれだけの存在に。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

またなにか悩んでいる。

アリスはよく考える。

今の場所にいようと、頑張っているのだろう。

必死に考えて。

必死に悩んでいるのだろう。

「アリス」

ん?と小さな声を挙げながら顔を挙げる。

「…ああ、圭か」

「考え事?」

ん〜、と伸びをしながらアリスは答えた。

「まあな。」

何を考えているかなんて決まっている。

口を出来る限りださないように、と思っていた。

出来ることがあったら言ってね、と声をかけようと思った。

「圭…文理選択どうする?」

「へっ?」

文理選択。

文系か、理系。

「えっとね…文系かな。得意科目とか好きな教科を考えて。」

「私も文系にした。」

へぇ、と思わず声を漏らしてしまった。

知っている限りアリスはどの教科にも単元としてしか興味は示さなかった。

どの科目が好きだとか、そう言ったのは聞いたことがなかった。

「将来、心理学について学ぼうと思ってる。」

心理学に興味があるなんてこれっぽっちも知らなかった。

そして。

アリスが将来の話をするのも。

初めてだった。

「将来…か…」

考えたこともなかった。

文理選択も得意な科目、苦手な科目を踏まえて決めただけ。

「ゆっくり考えればいい。今の内に悩めるものは悩んでおいたほうが良い。」

なりたいものなんて特にない。

卒業しても普通に就職して普通に働けると思っていた。

やりたいこと…か…

「いざとなったら私がお嫁さんになって養ってあげる、ってのもありだね♪」

ボッと体温が跳ね上がる。

「ちょっ…!」

「耳まで赤くなって…冗談だよ。半分。」

半分は本気ってことじゃん。

全く…

くすくすと笑いながら平然と言ってのける。

こちらがどんな気持ちになるのかも知らずに…

将来。

アリスはちゃんと隣で笑っていてくれる。

そう思わせてくれる。

アリスの将来はまだ分からないのに。

明るい様に想わせてくれる。

「まっ、考えて悪いことはない。」

アリスがどれほどの覚悟で将来のことを口にするか。

何も深く考えていないのかもしれない。

考えたうえで口にしたのかもしれない。

訪れないかもしれない未来を。

アリスが未来とちゃんと向き合うなら。

逃げる訳にはいかない。

ちゃんと向き合おう。

「リン達はきっと…理系だろうね」

確かに。

リンは医者のせがれだし、マリーも金銭をいじるなら理系の方が都合が良いだろう。

でも今のままじゃ…

「あの2人も…こんな風に未来について語り合ったのかな。」

きっと語り合っただろう。

2人は何時だって一緒にいた。

きっとアリスと交わした言葉の何倍も語っただろう。

「ちゃんと向き合わないとな…」

「一緒に頑張ろう、アリス」

1人じゃない。

1人で頑張る必要なんてない。

「…ああ!」

2人の未来の為に。

4人の未来の為に。

Re: 秘密 ( No.411 )
日時: 2016/04/20 01:36
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「万里花」

自分の名を呼ぶのは己の恋人。

軽く見上げた位置に顔がある。

いつもと同じような。

でも。

何時もより暗い顔で。

口にした。

「連いてきてほしいところがあるんだ。」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

情けない、と思った。

手紙1つで。

ここまで周りに心配をかけてしまう事が。

「ここだ」

因縁深い。

何度も悪夢の様に頭にこびり付いた。

全てが始まった場所。

「ここは…」

うん、と小さく頷く。

「母と暮らしていたアパートだ」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

もう蔦がアパートの壁のあちこちに張り巡らされている。

もう随分放置されているのか窓も使えないくらい蔦が這っている。

今はもう誰も住んでいないらしい。

近くに民家もない。

今にも崩壊すれすれって感じがする。

ここで…

ギシギシと嫌な音がする階段を上り、一番隅の部屋の前に凛は立ち止った。

「…ここだ」

ここからじゃ凛の顔まで見えない。

でも声は。

少しだけ。

震えていた。

ドアノブを掴む。

その手も。

震えている様に見えた。

いや。

震えようとしているのを我慢しているような。

そんな風に。

私の眼に映った。

そっと手を添える。

大丈夫。

傍にいる。

今の凛には私がいる。

どんな凛にだって付き添い続ける。

例え凛に。

どんな過去があっても。

どんな辛い目に遭っていたとしても。

「私は凛の傍にいると…決めたのです。」

どんなことがあっても。

隣で。

「凛と…一生を寄り添って行きたいと…思った時から。」

幼い。

あの頃から。

ずっと。

「そしてそれは、今も変わりません。」

ドアノブが回り。

何年も開けられなかったであろうドアが。

開いた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ドアを開け放った。

そこには。

何もなかった。

拍子抜けするくらいに。

何も思わなかった。

一歩部屋に入る。

分厚く積もったほこり。

敷かれているボロボロのカーペット。

それらは。

記憶の中にあったものと符合する。

けれど。

何も感じなかった。

ここにいた。

そうはっきりと思えた。

ここで死にかけて。

ここで死んだ。

少なくとも。

精神的に、は。

「あは、は…」

不気味な笑いが己の口から洩れる。

「なにもなかったんだ」

もう、ここには…

なにもなかった。

人も。

物も。

想いさえも。

なにもなく。

空っぽだ。

「…全く」

唇の端を歪ませて。

醜く笑った。

「相応しい死に場所だよ。」

Re: 秘密 ( No.412 )
日時: 2014/10/12 16:56
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「…凛?」

「ありがと…万里花」

悲しげな色が瞳の中で揺らめいた。

悲しげで。

危なげな。

そんな雰囲気がした。

「凛?」

抱きしめられていた。

あんなに小さかったはずの。

凛はいつの間にか背を追い越して。

もう見上げないと見えないくらいで。

比べることも出来ないくらいだ。

でも。

まだどこか小さく震えていて。

あの時と一緒で。

大きくなったはずなのに。

どこか小さい。

どこか震えていて。

何処か弱弱しい。

凛の頬に手を添え、静かに額をくっつける。

気持ちが伝わる様に。

「大丈夫」

静かに唇を重ねた。

「ここは、もうなにもない。」

凛の不安が吹き飛ぶように。

凛の支えになれるように。

「…こんな小さな世界を出よう」

ずっと。

ずっと。

凛の隣に立ちたかった。

凛の隣で笑っていたかった。

「外には凛の積み上げてきたものが沢山あります。」

凛の中に。

私がいればよかったと思った。

少しでも。

ほんの少しでも。

凛の中にいたかった。

ようやくその夢の場所にたてたと思った。

ようやくリンの中に少しいられると思った。

だから。

今度は私が。

凛を導きたい。

「大好きです。」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

小さくて。

怖がりで。

泣き虫で。

それでも強がっている女の子がいた。

周りの人からは常に冷たい視線で睨まれていて。

その中でも泣かないように。

涙に耐えている女の子がいた。

でも。

彼女は大きくなって。

昔とはすっかり変わって。

よく笑い。

とても強くなっていた。

そうなれたのは、凛のお陰だと笑っていた。

買い被りすぎだ。

それを聞く度にそう思った。

そんなに大したものじゃない。

何もしていない。

それでも彼女は笑った。

凛にとっては単なる気まぐれでも、私にとっては救いだったと。

笑っていた。

冗談じゃない。

その彼女が。

今は自分の支えになっていること。

今は救いになっていること。

全く知らずに。

そういうのだから。

部屋の中央まで歩み寄る。

埃まみれで。

なにも残っていない。

抜け殻の様な。

過去の自分の死に場所に。

懐からマッチを取り出す。

シュッとこすると火が付いた。

「もう…振り向かない。」

覚悟を決めた。

じっと揺らめく炎を見つめる。

マッチ棒は手から離れ、床に落ちた。

ボッと火が付く。

「もう、戻らない。」

振り返らない。

外の世界に。

「ここがなくなったら…もう戻らなくてもいいんだ」

なんてな、と小さく笑う。

そんな訳ないのに。

ここがなくなっても。

きっと忘れることはできない。

火があっという間に回って。

もう囲まれている。

酸素が奪われ。

息がだんだん苦しくなる。

ガッと小さな手が掴む。

「一緒に行きましょう!」

小さな手。

それに導かれて。

外の世界に飛び込んだ。

Re: 秘密 ( No.413 )
日時: 2014/10/20 21:10
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

焼け落ちていく。

かつて凛がいた。

そして今も。

凛を苦しめていた。

あの部屋が。

「なんだか…ドキドキしますね…」

廃墟で。

近くに民家がないとはいえ。

アパート1つ燃やしてきたのだ。

ドキドキせざるを得ない。

「でも…お陰でスッキリした」

凛の長い腕が伸びて来る。

「…それなら良かった」

そっと抱きしめられていた。

でも。

その腕はもう震えていなかった。

「凛の力になりたいと…ずっと願っていたんです。」

私はずっと。

凛の存在に救われていたから。

「救われていたのは…俺の方だよ」

唇を重ねた。

優しい。

キスだった。

「じゃあ、これでおあいこですね。」

ずっと憧れていた。

「互いが互いを支え合える関係に。ずっとなりたかったんです。」

きっとそれが恋人ってことだろう。

ずっと。

凛の恋人になりたかった。

互いに恥ずかしそうに笑うともう1度唇を重ねた。

Re: 秘密 ( No.414 )
日時: 2014/12/06 22:08
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

〜・79章 白雪詩織・〜
あの子は元気かな。

女は何の悩みもなさそうにスキップしながら歩いていた。

高そうなコートをはためかせ。

大きなキャリーケースを引きながら。

高いハイヒールを鳴らしながら。

季節外れの大きなサングラスをして。

歩いていた。

その様子に迷いはない。

決まった道を辿っている様にも見える。

サングラスの下からは整った顔立ちが覗く。

大学生、と言っても通りそうなほど若そうな外見。

服装も今時の大学生が来ているような服だ。

けれどその実年齢は30を過ぎている。

しかも高校生の息子もいる。

けれど外見と仕草からはとてもそうは見えない。

彼女の名前は白雪詩織。

白雪凛の。

母である。

「今迎えに行くよ、凛ちゃん♪」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

帰り道。

手を繋いだ。

指をからませて。

いわゆる恋人繋ぎだ。

今日のこと。

忘れることはきっとできない。

母のことも。

でもそれを胸に。

前に歩いていきたい。

何時までも後ろを向いていられるものか。

今、自分が生きているのは。

過去でも。

未来でもなく。

今なんだ。

きゅっと手を握る。

すると恥ずかしそうに飛び上がった。

恥ずかしいのはこっちの方だ。

けれど万里香は振り払う事はなく。

恥ずかしそうに俯いて。

そのまま大人しく握られた。

本当にもったいないくらいに。

良い彼女だな。

そんな万里花がいるから。

これからも前を向いて歩いていける。

そう思った。

「凛ちゃん!」

嫌な。

音がした。

大事なものが。

崩れる様な。

大事なものが。

失われた様な。

恐る恐る振り返る。

嫌な汗をかいているのが分かる。

「久しぶり、お母さんだよ!」

Re: 秘密 ( No.415 )
日時: 2014/12/06 22:09
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

隣にいる圭を見上げる。

少し身長高くて。

しっかりとした体つき。

髪は長くて少しぼさぼさだ。

「圭…」

ん?と此方を振り返る圭。

愛しい顔。

「あの…」

口にすべき言葉を。

どうしても口に出来ない。

静かに言葉を飲み込んだ。

「…なんでもない」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「わぁ…大きくなって…」

何の躊躇いもなさそうに。

真っすぐこっちに手を伸ばし。

頬に手を添えた。

愛おしそうに。

「…っ」

声が。

でない。

ひるむことなんて。

何もないのに。

「あら?凛ちゃんのガールフレンド?」

母の視線が万里花に移る。

その言葉を聞いて。

ようやく。

我に返った。

「…帰れ」

「…何か言った?」

キョトンとなにを言われたか分からないようにこちらに顔を向けた。

嫌いだ。

分かってるくせに。

こうやって馬鹿な振りをする。

「帰れって言ったんだよ!!」

何かに媚びて。

媚びることしかできなくて。

そのくせ家では。

放っておいて。

あんなに。

餓死する寸前まで。

放っておいたくせに。

「…何時の間にこんな子になっちゃって」

小さくそうつぶやいた。

手を引っ込めると笑う。

天真爛漫で。

それでいて。

なにを考えているか分からない。

笑顔で。

「今日は話をしに来ただけ。
雪白さん家とはもう離れているって…連絡先も分からなかった。
ここまで来るのはとっても大変だったんだから。ねぇ、凛ちゃん。」

口が。

嫌な風に動く。

言ってはいけない。

そう思った。

「一緒に暮らそう?」

Re: 秘密 ( No.416 )
日時: 2014/11/15 14:59
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「また昔の様に一緒に暮らそう?凛ちゃん」

この人は何を言っているんだろう。

分からない。

凛を散々傷つけたはずだ。

なのに。

どうして。

やすやすとそんなことを口に出来るのだろう。

「一緒に帰ろう?」

凛との距離を次第に縮めている。

どうやら手を取ろうとしているらしい。

「…ごめんなさい」

2人の間に割って入った。

「凛とはこの後急用があるので、失礼します。」

用事なんて何もない。

でもここから離れなきゃ。

そう直感で感じた。

「…あら?引き止めてしまってごめんなさい。」

口元から笑みは消えない。

その笑みが。

不気味だ。

「また来るね、凛ちゃんが来るまで…何度でも」

なんだろう。

笑っているのに。

こっちを見ていない様な。

どこか不気味な笑顔。

「凛ちゃんのこと…宜しくね?」

掴まれた手首。

塗りたくったネイル。

伸ばされた爪が。

食い込む。

思わず顔をしかめる。

さりげなく嫌がらせをするところが…とても性質が悪い。

「母さん」

凛は。

自らの母の手首を掴んだ。

するとあの人は笑って手を離した。

肌には赤く、くっきりと爪の痕が残っていた。

「俺に用があるなら俺に言えよ。」

こんな凛。

見たことない。

肌に。

ひしひしと気迫の様なものを感じられた。

怒り。

幼い頃から凛とともにいた。

けれど。

こんな凛。

見たことなかった。

「万里花に手を…出すな!」

Re: 秘密 ( No.417 )
日時: 2014/11/15 14:59
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

そういうと乱暴に自らの母の腕を振り払った。

「強くなったね…凛」

その人は愛おしそうにそう呟いた。

不思議な人だ。

あれだけ怖い笑顔を浮かべたのに。

まるで別人の様に優しい笑顔に変わった。

先程の笑顔。

それはまるで。

威嚇の様にも見えた。

「行くぞ」

「えっ…あっ、はい」

結局私は、その人の笑顔の真意に気付く前に。

その場を離れた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「待って…待ってください、凛!」

我ながら動揺している。

暫くは万里花の手を引いたまま歩いた。

少しでも遠くに離れるように。

ちっとも変わっていない。

なにを考えているか。

ちっともわからない。

立ち止り、振り返る。

万里花。

ずっと辛い想いをしていたのに。

強く生きていた万里花に惹かれたのだ。

どんな時だって傍にいて。

ずっと傷つけたというのに。

彼女は変わらぬ笑顔を向けてくれた。

今思えば気の迷い、としか言えないアリスへの片思い。

圭に対する当て付けだったのだろう。

勘違いではあるが、アリスに続いて万里花まで奪われた。

そう思っての逃走だった。

最初から。

決まっていたんだ。

万里花が好きだって。

でも、それに気付かなかった時。

アドバイスをこまめにくれた、万里花の心情は一体どんなものだっただろう。

辛かった、だけでは済まなかっただろう。

「傷、見せてみろ。」

だから。

これ以上傷つけないと、誓った。

散々傷付き、傷つけてきた。

そんな万里花を。

今度こそ守ると、誓ったのだ。

Re: 秘密 ( No.418 )
日時: 2014/11/05 17:49
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

〜・80章 そんな凛だから・〜

「傷、見せてみろ」

ぶっきらぼうな言葉とは、裏腹に凛の手つきはとても優しかった。

なんだか、こそばゆい気分だ。

恥ずかしくて。

でも、少し嬉しい。

不思議な気持ち。

私は1人だった。

母は幼い頃家を出て行った。

父もいながらにして、いない様なものだった。

血は繋がっているのに。

私は凛とケイと共に。

施設で育った。

けれど、中学にあがると突然私を呼びもどした。

あらゆる礼儀作法を叩きこまれた。

それらは割とどうでもよかった。

父は相変わらず、私と言葉を交わそうとはしなかった。

でもそんなこと、もうとっくに慣れていた。

ケイも姉と上手くいっていなかった。

リンに関しては誰も迎えにさえこなかった。

そう思えば、我が儘を言える立場でもない。

父など、名義上。

書類上だけの関わりだった。

文化祭でのアリスの計らいは有り難かった。

けれど。

多少事態は好転はしたが、やはり以前とさほど変わりはしなかった。

部活。

親友。

恋人。

ItemMember

それらの活動を許可しただけだ。

時折、食事をするが口の1つも聞いてはくれない。

それでも、確かにあの時。

父に自分の意見を言えたのは。

後悔はしていない。

ケイは結局1人暮らしをし、涼風に戻った。

私も父に呼び戻されて、涼風に戻った。

凛は涼風病院の院長の養子となり、涼風に戻った。

アリスと再会して。

ケイは姉と打ち解け。

私も本当に少しだけれど、父と打ち解けた。

凛だけは。

新しい家に馴染むことができず。

涼風に戻っても1人暮らしを余儀なくされた。

それでも。

必死に頑張っていた。

ずっと。

ずっと。

人としての強さ。

人としての脆さ。

人としての危うさ。

人としての優しさ。

そう言ったものをもち合わせ。

私に示してくれた。

だからこそ。

私は凛を好きになった。

女。

女に生まれただけで。

私は1人だった。

身の上話をした際、凛は自分のことの様に怒った。

何時だって手を引いて。

傍にいてくれた。

自分の様に怒り、喜ぶことが出来る。

そんな相手だ。

だからこそ。

私は凛に惚れたのだ。

「大した怪我じゃないよ」

所詮、爪が食い込んだだけ。

絆創膏さえ出る幕がないほどの怪我だ。

「それより、何時まで手を掴んでいるの?」

くすりっ、と笑う。

凛は今更気が付いた様にバッと手を離した。

顔は真っ赤だ。

「私、凛の力になりたいです。」

凛の為に。

何かをしたい。

「その為なら私は、どんなものにだって立ち向かえます。」

Re: 秘密 ( No.419 )
日時: 2014/11/07 21:09
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「…やめろ」

凛?

凛の手が肩に触れる。

なだめる様な。

この場に縫い止める様な。

「頼むから…やめてくれ」

…凛?

「頼むから…!もう傷つかないでくれ!!」

その言葉の意味を。

きっと私は。

半分も理解してはいないだろう。

けれど。

それでも。

私がこうすることで。

凛を傷つけているのだと。

凛を守りたかった。

冷たい大人たちから。

彼のトラウマから。

でも。

今は私のせいで。

凛の手は。

こんなに震えているのだと。

今まで。

凛は沢山傷付いてきた。

だから。

私は凛を救いたかった。

けれど。

そうすることで。

私が傷つけば。

凛は心から胸を痛めることが出来る。

そんな優しい。

凛だから。

私は…

Re: 秘密 ( No.420 )
日時: 2016/05/05 22:38
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「…分かりました」

静かにそう呟く。

誰よりも守りたい。

凛の為に。

「…でも、放ってはおけません。凛が傷つくと…私も痛いんです…」

凛が傷つけられたと思うと。

胸が。

心が痛み。

苦しくなる。

苦しんでいる凛を。

助けられないことを。

なにも出来ない。

自分に。

最後に凛は。

ごめん、と小さく呟くと。

肩から手を離し、背を向けて。

何も言わずに。

寂しそうな背中を残して。

暗闇の中に消えていった。

凛が家まで送ってくれなかったのは。

この日が初めてだった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

なにか、悪いこと言っちゃったかな…

分からない。

私だって。

凛を傷つけたくない。

でも。

凛の為に。

何かをしたい。

けれどそうすることで。

凛は傷付く。

凛を守ろうとすれば。

するほど。

凛は心配して。

傷付く。

だったら。

一体どうやったら。

凛を救えるんだろう。

Re: 秘密 ( No.421 )
日時: 2014/11/15 19:10
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

動けない。

凛の為に何かをしたい。

でも。

そうすることで凛を傷つける。

なら。

私は…

一体どうすればいいのだろう…

そんなことを思って。

立ちつくしていた。

少し暖かい。

夜風が。

鬱陶しい。

その風を。

不意に遮るものがあった。

「マリー」

目の前に。

立っていたのは。

「…アリス」

背が低く。

長い金髪を垂れ流していた。

アリスだった。

「冷えるよ」

季節外れの。

マフラーを首にそっと回した。

「これ…」

にかっ、と笑った。

「圭に作ろうとした奴…失敗しまくってようやく出来たんだ。もう、季節外れだけど」

アリスがクリスマスのちょっと前。

編み物の作り方を聞きに来た。

圭に内緒で。

作ってあげたいからって。

わざわざ頼みに来た。

マフラーの柄は。

女の子らしい雪の結晶。

ショールかマフラーか分からないほど。

薄くて。

軽く透けている。

凝っていることが分かる。

「…温かい」

でしょ、とアリスが笑った。

アリスは変わった。

出逢った時は。

無表情で。

「でも、まだまだだね。ほらっ。」

裾の方が毛糸が解れている。

引っ張り続ければ、解れつくしてしまう。

それに模様も綺麗に統率されている様に見えて。

かなりまばらだ。

「へへっ」

狙ってやったのか。

疑いたくなる笑顔だ。

失敗作のマフラー。

でも。

とっても温かい。

「…っ」

涙が。

溢れだす。

痛い。

とっても痛い。

凛の為に。

なにも出来ないことが。

凛の為に。

「…話、聞いて…くれませんか…?」

しゃくりをあげて。

上手く呂律が回らない。

けど。

ちゃんと。

伝わった。

小さく背伸びをして。

アリスの手が、頭にポンッとおかれた。

「勿論」

Re: 秘密 ( No.422 )
日時: 2014/11/19 23:10
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

〜・81章 私がどうしたいか・〜

「…思ったんだけどさ」

アリスは私の話を相槌を打ちながら聞いていた。

「結局、マリーはどうしたいの?」

「えっ…」

突然の突拍子もない言葉に思わず。

戸惑う。

簡単な質問。

それ故に。

直球で。

予想外で。

何も答えられない。

「リンを守りたいの?リンの傍にいたいの?どうしたいの?」

畳みかける様にアリスは問いかける。

「…それは」

私は…

どうしたいのだろう。

アリスから問いかけられた質問を。

自分に問いかける。

どうしたいか。

それすらも。

見えていない。

こんな単純な質問に。

考えなければ。

答えられないくらいに。

「って、突然言われても分からないか」

分からないと…いけないのに…

でも強いて言うなら…

「…凛を…守りたいです」

傷付くことも。

自分の気持ちを殺すことも。

昔からやっている。

いまさら…

「それはマリーの答えじゃないね。」

ビシッと切り捨てられた。

人が出した答えを。

いともあっさりと。

「どうやって、その答えを出した?もとい、どうやって選んだ?」

どうやってって…

傍にいても傷付いていれば意味がない。

今までずっと。

傷付く凛を見てきた。

もう二度と見たくない。

「それは…本当に大事な方を…」

「違うでしょ!どちらとも手に入れるのが灘万里花でしょ!!」

私は…

その時。

呼吸が止まった。

「凛の傍も!凛を守りたいのも!!本当に大事なものを選ぶんじゃない!
両方を手に入れるのがマリーでしょ!!」

一体何時から。

私は。

こんなに弱気になっているのだろう。

「なにがなんでも欲しいものは手に入れる!言葉巧みに!使える者全部使って、手に入れる!
それが灘万里花でしょ!!私の感じた灘万里花は買い被りだったのか?」

アリスの中の私。

私はどうして。

知らず知らずのうちに。

片方の選択肢を潰していたのだろう。

ずっと憎まれていた。

そのせいか私は。

負けず嫌いの。

欲張りな性格だった。

睨みつけられる様な視線から逃れる様に。

私は自分を強く持とうとした。

決して屈しない様に。

自分の意見は曲げなかった。

でも。

どうして今。

私はこんなに。

迷い。迷っているのだろう。

「もう1回聞くね。マリーはリンの傍にいたい?それともリンを守りたい?」

もう迷いたくない。

迷わない。

もう。

迷う必要もない。

「私は…!」

Re: 秘密 ( No.423 )
日時: 2014/11/19 23:15
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

万里花に少し。

きついことを言った気がする。

けれど。

万里花を傷つけたくない。

守りたい。

でも。

きっと今。

とても万里花を傷つけている。

どうすればいいか、分からない。

ケイやアリスならきっと。

即答で、答えられる。

でも。

ずっとそばにいたせいで。

万里花が欠けるまで。

この気持ちにすら気付かなかった。

そんな出来の悪い男だ。

はなから、ケイの様になれる器ではないのだろう。

万里花は優しくて、強い自分を好きになったと言った。

でも今の自分は。

優しくもなければ強くもない。

ただの。

意気地無しだ。

「よっす、リン」

あー

まるで見計らった様に来るな。

たまにわざとやっているんじゃないか、って思うくらい。

「…相談、乗ろうか?」

Re: 秘密 ( No.424 )
日時: 2016/05/05 22:46
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

ケイと2人きりで話したことなど。

それほど数が多い訳ではない。

母親の話をする時に何度かした。

けれど。

思いこみとはいえ。

一時期はアリスに惚れていたのだ。

今でこそ丸く収まっているが。

なんだか。

少しだけ話しづらいものがある。

「どうせ、母親関係だろ。」

カフェオレを啜りながら。

さりげなく本質を吐いてきた。

近々、ケイがアリスに似てきた気がする。

そしてアリスはケイに似てきた。

互いが互いを支え合っている。

「…羨ましいよ」

万里花の力になれず。

それなのに万里花に負担ばかりかけている。

「こっちこそ、羨ましいよ」

ケイは意外な言葉を返してきた。

「だって、沢山の話をして。それでいて何年もずっと隣にいるんだろ?
そしてこれからも隣にいられるんだろう。羨ましい限りだよ、全く。」

確かに何年も隣にいた。

気にする気にしないより前に。

あの家を出て。

万里花に出逢ったからこそ。

人生が変わったのだ。

今では随分まるくなったものだと思う。

触れるもの全てを傷つけていた。

あのころに比べて。

毒気は抜かれて、丸くなった。

万里花が優しく抱きしめ続けてくれたから。

万里花は優しくて強い自分が好きだと言った。

もし本当にそうなら。

それは。

万里花のお陰だ。

ずっとそばにいて。

抱きしめて。

触れて。

支えて。

想ってくれたから。

けど。

今は。

「先のことなんて、分かるかよ。」

「…アリスとのことだってそうだよ。先のことなんて分からない。」

分かる訳がない。

そんなこと。

当たり前のことだ。

「幼い頃から、傍で沢山話してきたんだろ?アリスとの付き合いの何十倍も。
互いのこと知り合って、それで想い合えるんだ。未来は分からないけど。
俺にはまだ語ることが出来なかったことを。とっくの昔に話せているんだから。」

ケイとアリスは。

なかなか難しい恋愛をしていると思う。

安否も保障されていないのに。

互いの問題に向き合いながら。

関係を深めている。

どんな障害も乗り越えている。

そんな印象を与える。

未来のことは分からない。

けど。

「経験を信じろ。」

経験…

沢山話してきた。

互いの好みも。

趣味も。

癖も。

沢山のことを知っている。

互いの想いに気付かずとも。

互いを想いあって生きてきた。

自覚がなくても。

万里花がいて。

万里花を想って。

万里花が支えていたから。

今の自分がいる。

そんな関係。

ケイはそれが…

羨ましいんだ。

「…アリスな、また面倒なことになっているらしい。」

ケイの目は遠いどこかを見つめていた。

その目には。

なにを映しているのか。

「また父親の事情で。相談とかしてくれないけど、ちゃんと前を向いているみたい。」

子どもの成長を見守る親の様な。

眼差しだった。

「未来のことは分からないから、今を精一杯生きて行こうとしているんだと思う。
アリスのことだから、尚更。そういう事結構、気にするから。」

未来のことなんて。

分からない。

なにがどうなっても。

それは絶対に。

覆らない。

だからこそ。

今を。

「お前らには、後悔して欲しくないから。」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

誰が決めた答えじゃない。

自分で。

考えて。

とっくの昔に出したはずの答えだ。

それなのに。

見失っていた。

思い出したよ、アリス。

私はずっと昔に。

決めたじゃないか。

どうやって生きていくかを。

「私は凛を守って、凛の傍にいたいです!!」

たとえどれだけ傷つこうとも。

私は。

凛だけは、誰にも譲らないって。

傍にいたいし。

何かしたい。

凛の為に。

なにより自分の為に。

例え、凛自身を傷つけたとしても。

その先で、彼の痛みが和らぐなら。

彼が笑えるなら。

その隣に私がいるなら。

「それを聞いて…安心したよ」

アリスは静かに笑った。

こうなることを。

見越していた様に。

「マリー達には後悔して欲しくないから。」

Re: 秘密 ( No.425 )
日時: 2014/11/22 21:05
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「「未来のことを考えると、とっても怖いよ」」

違う場所にいながら。

2人は同じ言葉を紡いでいた。

「「だってさ、もう手を握ることも。隣にいることも。2度とできないもの。」」

ケイと。

アリス。

2人は変わった。

ケイに。

アリスに。

出逢って。

「「だからこそ、希望を胸に前を歩きたいんだ。たった少しの光でも。見失わない様に。」」

2人の未来は。

きっと今以上に混沌として。

暗いものだろう。

だけど。

それでも2人は。

同じ言葉を紡ぐ。

示し合わせたように。

希望の言葉を。

「「ケイに」「アリスに」恋をすることが出来たから。後悔はしないし、したくない」」

Re: 秘密 ( No.426 )
日時: 2014/11/24 14:24
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

〜・82章 本望・〜
「気まずい、とか思っていただろ。アリスに惚れてたから。」

ニカッ、と笑う。

図星だ。

「…惚れて何かねーよ、バーカ」

寄り道もたくさんしたけど。

結局はこれが一番。

万里花のとなりが一番落ち着く。

ケイは良き親友だと思うし。

アリスもいい奴だな、と思う。

万里花は大事だし。

守る物も沢山ある。

何もなかったあのころと比べて。

数え切れないほどに。

沢山の歌を作った。

沢山のことを話した。

長い時を共に過ごし。

共に時間を刻んできた。

それらが糧になっているのだ。

「たまには助けて貰えよ、ちゃんと。」

万里花を守りたい。

そう。

何よりも強く願ったはずだ。

「支え合って、傷つけあえよ。お互い気遣ってるんじゃ、救えるものも救えないぜ?」

それなのに。

今の自分が。

なによりも万里花を傷つけている。

顔をあげて。

ちゃんと向き合わないと。

母の問題を全て抱え込んで。

それが一番だと信じていた。

その陰で。

ずっと万里花は泣いていたのに。

「…重荷を背負わせて…いいのだろうか…」

万里花ならきっと答えは決まっている。

迷わずに。

答えを出す。

「答えなんて本人にしか分からない。だから、本人に聞けよ。」

万里花の答えを。

万里花以外に聞いてどうする。

「ありがとな、…圭!」

向き合う事を。

忘れていた。

何時だって。

肝心なところは何時も1人で抱え込んで。

それが。

万里花を傷つけていることも。

分かっていたのに。

「凛」

振り返ると。

笑みが浮かんだ圭がいた。

「困ったら、俺らにも頼れよ。マリーの答えは分からないけど。俺ならこう答えるよ。」

口が動く。

いつも。

同じところで躓いていた。

間違いを反省もせず。

自分が正しいと思い込んで。

「凛に頼ってもらえるなら、本望だって」

なんだって1人でやっていた。

今のまま突き進んでも。

なにも変わらないのに。

「マリーもちゃんと救ってやれよ」

「…当たり前だ、バーカ」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「…凛ちゃん」

愛しい我が子の名を呟く。

10年前。

私は凛ちゃんが大好きだった。

忘れることなんてできない。

今までずっと顔向けできなかった。

けど。

心の底ではずっと想っていた。

もう会わせる顔は無い。

弱かった自分が悪かった。

それでも。

今からでもやり直したいと思った。

でも。

「…もう、手遅れね」

あんなに怒らせてしまった。

凛の傍にいた子…

万里花ちゃん…だっけ?

あの子が今。

凛ちゃんが大事にしている子。

それを傷つけてしまった時。

ああ、もう私がいなくてもよかったんだ。

そう思った。

あの子はもう。

自分の足で歩いていける。

自分で生きていける。

いまさら。

私なんていらないだろう。

「…白雪詩織さん!」

ハァハァ、と乱れる息。

この子…

「…万里花ちゃんだっけ?どうしてここが?」

「…あなたに話があるんです!」

そっか。

私を問い詰めに来たのか。

そっかそっか。

予想できなくはなかったよ。

「…逃げられない、か」

分かってはいた。

私が過去にしたことは。

消えない。

問い詰めに来ることなんていくらでも。

想像できただろうに。

「なにが聞きたい?」

Re: 秘密 ( No.427 )
日時: 2014/11/27 21:00
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

アリスとの会話を思い出した。

私と凛は沢山の時間。

同じ時を過ごした。

でも不器用だ。

互いに不器用過ぎた。

愛を知らない。

愛に飢えた子どもたちだ。

不器用で。

互いに想い合い。

互いに傷つけあった。

でも。

もう子供じゃない。

私達は。

沢山の時間を共にして。

お互いを支え合い。

お互い。

もう。

愛に飢えることもない。

今なら。

どんなことが合っても。

凛の手を掴める。

傍にいて。

守りたい。

「白雪詩織さん」

アリスからメモを貰った時。

彼女の過去を知って。

驚いた。

彼女はずっと。

暴力の化身の様に思っていたから。

だから。

アリスに彼女の過去を知らされた時。

優しい人だったのだと、思った。

アリスはもともと凛の親の話が出たあたりで。

エリスに白雪詩織の調査を依頼していたらしい。

褒められることではないだろう。

むしろ、もうエリスたちに関わるな。

そう思いさえする。

でも、それは。

アリスなりの気遣いで。

アリスなりの想いやりなのだ。

不器用だ。

何処までも。

でも。

そのおかげで真実を知れたのだ。

エリスだっていい奴だ。

エリスにもアリスにも罪はない。

それによって私は助かれていた。

だから、まあ。

結局は感謝だ。

「風野正弘」

アリスの様に。

私は交渉の術はない。

けれど。

その真似事は出来る。

私の言葉で。

伝えることはできる。

「覚えているはずです。あなたの人生を苦しめ続けた男の名前。」

白雪詩織さんの表情が。

固まる。

「あなたの父親の名前。」

Re: 秘密 ( No.428 )
日時: 2014/11/28 22:41
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「そして…連続殺人犯の名前です。」

アリスからの報告書には目を通した。

凛に伝えるかどうかは…正直迷っている。

知らせても。

戸惑うだけかもしれないと。

そう思って。

まだ答えは出ない。

「あなたの父親は殺人犯だった。
あなた達、残された家族はその身分を必死に隠して生きていた。」

話したくない。

こんな汚れ役を。

アリスは何時も買って出ていたのかな。

そう思うと。

やっぱりアリスは。

強い。

「でも。いくら隠しても噂はあなた達にまとわりついた。
風評被害は酷く、学校でも職場でもあなた達は居場所を失った。」

「それでも、私のことを想ってくれる人を見つけた。」

私の声に。

被さる声。

その声は少し凛に似ていて。

話し方も。

控え目で。

それでも。

自分の芯がある様な。

そんなことを想わせる。

話し方だ。

「聞きたいことって、どうせ私のことだと思っていたけれど。
まさか、そこまで私のことを知っていたなんて。凛ちゃんも隅におけないな〜」

でも。

違う。

凛みたいに優しいけど。

この世の中そのものを馬鹿にするような。

嫌な所を茶化す様に話す所。

そう言ったところに。

少しエリスみたいなところがある。

「続きを聞かせて。答え合わせをしてあげる。」

エリスも。

この人も。

凛も。

強い。

「白雪詩織さんは…」

「詩織でいいよ」

私も。

この人の傍にいたい。

「詩織さんにも、恋人が出来た。きっと。とっても大事な人が。」

私にとっての凛の様な。

ケイにとってアリスの様な。

そんな人だったんだ。

きっと。

愛おしそうな素振りで分かる。

分かっちゃう。

「リンを身籠り、幸せの絶頂だった。貴方はずっと…疎まれていたから。」

うんうん、と小さく。

頷く顔にも笑みを張りつかせている。

話したくない。

実際、体験していなくても。

話すだけでも。

こんなにも。

「でもそんな時に、あなたの母は死んだ。」

辛いけど。

本人の方が。

もっと辛い。

そう思っても。

やはり気分の良い話ではない。

読みあげるだけでも。

胸が痛む。

「あなたは拠り所を失った。天涯孤独の身の上となったんです。
…あなたの心境は…推測しかできないけれど…私なら自らの父を憎んだと思います…」

そうでしか。

怒りのやり場を。

無くしてしまう。

幼い頃から、顔もろくに覚えていない父に。

全てを奪われた。

そんな気持ちなど分からない。

風評被害。

学校でも居場所がなく。

就職も難しかっただろう。

想い人を見つけても。

声をかけることだって。

きっと躊躇ってしまう。

「母の遺影を前にして…あなたは…」

暗い。

暗い。

深い。

悲しい話。

声が喉でつっかえ。

呂律も回らない。

「父が死んでいてくれたら、と願った。その呪いの言葉を口にした。」

詩織さんの口が動く。

「父さんなんて…死んでしまえばいいのに、って」

Re: 秘密 ( No.429 )
日時: 2014/12/03 14:00
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「元々結婚は反対されていたんだ。」

楽しそうに笑った。

どこか冷たい笑顔を。

顔に張り付かせていた。

「連続殺人犯の娘だなんて。誰だって自分の息子にそんな女との結婚を認めたくないでしょう。」

意味は。

少し。

理解できる。

でも。

酷い話だと思った。

その程度のことで。

余生を踏みつぶされたのだ。

「その呪いの言葉を口にして。あの人は私を捨てたよ。」

呪いの言葉。

自らの父の死を願う言葉。

その言葉に。

彼は詩織さんを捨てたのだ。

おぞましい。

恐ろしい。

そんな言葉を残して。

そんなことを。

笑いながら話した。

「それでも。その言葉を後悔はしたけれど。そう確かに思ったんだよ。
顔もろくに覚えていない父親のせいで。色んな物が犠牲になった。親しい友達もいなかった。
母だって死んでしまったし、恋人だって彼が初めてで…最後だった。」

頼れる相手などいなかった。

世間は何時だって冷たい。

「身ごもった凛ちゃんを産んで。でも私にはまだ現実を直視できる状態じゃなかった。
あの人に捨てられてから、凛ちゃんを身籠ったまま。生活費を稼ぐのが精一杯だった。」

おかしいとは思っていた。

凛に関しては暴力の気はあった。

けどそれよりも強いのは。

無視だ。

「凛ちゃんはあの人によく似ている。向き合うのが怖かったのかな。
今思えば、愚かしいことだったけれど。ああしたことで、確かに凛ちゃんを傷つけたのだから。」

笑みを浮かべている。

けれど。

暗くて。

底が見えない穴を覗き込んでいるような。

そんな錯覚がする。

そんな。

何と表現すればいいか分からない顔をしていた。

「守ることなんてできなかった。傷つけることばっかりだった。」

Re: 秘密 ( No.430 )
日時: 2016/05/06 17:35
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

〜・83章 不器用母・〜

凛のお母さん。

思っていたのと違う。

自由奔放で子どものことをアクセサリーの様に扱う女。

そんなイメージだった。

けれど。

今目の前にいる女性は。

自由奔放でも。

自らの息子をアクセサリーの様に扱ってもいない。

むしろ逆。

様々なものに縛られ。

息子を何よりの宝物としている。

「なら…どうして…凛のもとに…?」

まだ笑っていた。

「最後に顔を見ておきたかった。もう二度とこの町には来ない。
二度と。凛ちゃんにも会わない。」

笑っている。

それなのに。

手元のコップが。

カタカタと。

小さく震えていた。

片手でそれを隠そうと庇っているが。

バレバレだ。

「もう会わない。一緒に暮らそうなんて、叶う訳がないんだ。
育児放棄をした母に、犯罪者の祖父。そんなものに生まれてしまった凛ちゃんには悪いと思っている。
でも。きっとこれが一番いいんだよ。」

でも?

「詩織さんは…凛と暮らしたかったんですか?」

その質問は。

反則だと思った。

聞いてはいけないと思った。

でも。

いつの間にかその言葉が口を突いて出てきた。

「…出来ることなら、やり直したかった」

悲しげに。

儚げに。

笑う詩織さんから紡がれた言葉。

それはきっと。

隠し続けた本音で。

初対面の印象とはだいぶ違う。

不器用なんだ。

私や。

凛みたいに。

「…嫌われてるって言うのは知っていたよ。」

知っていた。

分かっている。

「私は…母に疎まれていました」

小さい頃の私だって分かっていたのだ。

大人で。

1人の母である詩織さんだって。

きっと私以上に分かっている。

「…お母さん?」

「私の家はそこそこの資産家なんですけどね、母は幼い頃から男の子を生むように言われていたんです。
でも生まれたのは、私だった。母は最後の最後まで私を憎んでいました。
…父だって何もしてはくれなかった。ずっと1人だった。でも凛がいたので。」

私には。

ずっと支えてくれる人がいた。

でも詩織さんにはいなかったのだ。

凛が。

凛の御父さんの様に。

私の目の前からいなくなる。

そんな日を想い浮かべただけでも。

とても辛い。

凛がいないと。

なにも出来なくなってしまうのかな。

「凛は優しくていい人です。ずっと私の傍にいてくれたんです。
凛がいなくなる日のことなんて思い浮かべるだけでも。胸が…とっても痛いです。」

心臓が。

バクバクと。

締め付けられる様に。

痛い。

「私にはずっと凛がいました。唯一無二の存在が。傷つけることも沢山あったけれど。
でも今なら、そんな喧嘩もしてよかったって思えるんです。ぶつかって、傷つけあって。
だからこそお互いのことを知ることが出来て。汚いことも理解して。それでもっと好きになりました。」

なにが言いたいか。

分からない。

アリスならきっともっとうまくやれるだろう。

でも。

凛のことだから。

凛のご家族のことだから。

「私は白雪凛が大好きです。」

凛のことを考えるだけで。

名前を口にするだけで。

こんなにも気持ちが温かくなる。

「…だから詩織さんも。ぶつかってあげてください。」

凛は幼い頃から。

私とアリスとケイくらいしか知らなかった。

「凛にとことん関わって、気にしてあげてください。とことん心配して。とことん愛してあげてください。」

そんな凛に。

一番必要なのは。

「…お願いします。」

頭を垂れる。

私の。

一生のお願い。

「傷付いても、それでも凛を呼び掛けて。抱きしめてあげて。温めてあげてください。」

どのくらい頭を下げていただろうか。

私じゃ癒せない。

癒すことのできない。

傷がある。

悔しいけど。

「駄目だよ、万里花ちゃん。」

やっと。

口にしたのは。

優しい。

拒絶の言葉。

「私が悪役じゃないと、凛ちゃんが笑えないでしょう?」

Re: 秘密 ( No.431 )
日時: 2014/12/05 16:55
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「凛ちゃんはとても危うい所がある。そう思ったことはない?」

人付き合いは比較的疎か。

成績の向上だけを考えていて。

その結果が生徒会長だ。

人の上に立つことだけを考えて。

それだけを突きつめているような。

張りつめた糸の様な。

でも。

それは。

昔の話。

そう思うと同時にその言葉に確かに納得した。

今でも。

時々壊れてしまいそうになる。

養子になった家への恩返しだろうか。

けど。

馴染めずに1人暮らしをしている。

それでも凛は。

家の為に勉強をしている。

愛しても。

触れてもくれない家の為に。

優しいから。

「あの子は私を憎むことによって自我を保っている。そうじゃないと…立ち上がれないんだよ。
それほど私はあの子を傷つけたんだ。今私に出来るのは、凛の前から消えるだけ。」

凛は。

母によって傷つけられ。

憎んだ。

でも。

その傷を癒せるのは彼女だけだ。

「…雨」

ポツリ、と小さくもらした。

その言葉につられる様に窓の外を見ると。

小さく。

ポツリポツリと雨が降っていた。

「あの子…雨が嫌いでしょう」

目を伏せる。

その通りだ。

私も凛も。

雨の日が大っ嫌いだった。

雨の日に全てが始まった。

「…私が家に凛を置いていったのも、雨の日だった。」

凛にとっては一生忘れられない日。

雨。

「じゃあね、万里花ちゃん。凛ちゃんに…宜しくね」

その雨にかき消されてしまいそうな。

小さな声。

でも。

一瞬だけど。

世界の音が消えた。

チリンチリン、と音がした後。

扉が閉まった。

後には。

雨の音だけが残っていた。

Re: 秘密 ( No.432 )
日時: 2014/12/05 22:13
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

彼女をこのまま帰していいのだろうか。

いけない。

過去の過ちのせいで。

一生大事な息子から手を離すなんて。

でも。

雨の音は。

大っ嫌い。

冷たくて。

無情で。

体が動かなくなる。

まだ。

鼓膜にこびり付いている。

あの日の雨の音。

乗り越えないと。

雨ごときに縛られて。

過去に縛られて。

でも結局それって。

凛を救えなかった口実にしかなりはしない。

皆が腕を引っ張ってくれた。

あの温かい。

温もりに。

連れて行ってくれた。

それで。

それに応えないと。

私が廃る。

凛の隣にいる価値もなくなっちゃうくらい。

凛と釣り合わないくらい。

また。

凛だけが先に行っちゃう。

1人で。

私も追いつかないと。

凛は10年前に。

私の手を引いてくれた。

10年後の私が。

まだ凛の手を引けないの?

「もう、俺が引っ張らなくてもいけるだろ?」

愛しい声。

ねえ、凛。

今なら。

少しは追いついたかな。

何時だって。

傍にいて。

今だって。

気付けばそこにいた。

今も昔も。

変わらない。

私の大好きな。

凛の隣に。

「…聞いてたんですね」

すっ、と手が差し出される。

大きくて。

ずっと欲しかった。

凛の温かい手。

私を引っ張り、勇気づけ、守ってくれる。

「ついてきてほしい。あの馬鹿親を連れ戻すのにさ。」

「…はい」

穏やかな気分だ。

自然に顔がほころぶ。

不思議だね。

どんなときだって。

凛は私を笑わせる力をもっている。

凛の手をとり、店を飛び出す。

まだ雨は降っている。

けど。

そんな冷たい雨の中でも。

凛の手は温かい。

そっと静かに指をからませた。

もう。

1人じゃなくなるんだ。

Re: 秘密 ( No.433 )
日時: 2014/12/11 22:58
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

あの子…万里花、と言ったな。

強い子だ。

彼女は自分の身の上話を軽く打ち明けた。

遺伝によって受け継がれる呪い。

誰かの娘。

誰かの息子。

そんなことで。

生まれた時から差が出来ている。

・・・白雪凛が大好きです!・・・

強い子だ。

白雪、といった。

凛ちゃんの今の名字は雪白。

私の息子だと。

それを提示しようとしていたのだろうか。

分からない。

もうこの町には来ない。

最後の最後に。

凛ちゃんに精一杯嫌われて。

それを礎に凛ちゃんが強くなればいい。

一緒に暮らそう。

そんな夢。

叶う訳ないって。

知ってた。

でも。

ほんの1%の可能性でも。

凛が笑顔を向けてくれたなら。

凛が頷いたら。

そんな甘い夢を。

今だ捨てられない。

そんな凛ちゃんにも大事な子が出来た。

母に逆らってまで守りたい。

私にとってのあの人の様な。

温かくて。

優しくて。

いい子。

私にわざわざ連絡を入れて。

頭を下げるなんて、予想外だった。

出来過ぎている。

それにあの子の昔話は少し気になる点がある。

でも。

似た傷をもつからこそ。

あの子の傍にいれるのかな。

支え合えるのかな。

最後の最後に顔が見れて嬉しかった。

ちゃんと大きくなって。

万里花ちゃんとも上手くやってて。

ほっと胸をなでおろせた。

気になることを。

気にしていたことを。

杞憂だと。

分かったから。

さよなら、凛ちゃん

愛しい

あの人と私の子

Re: 秘密 ( No.434 )
日時: 2014/12/13 18:23
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

〜・84章 不器用親子・〜
「話してどうするんですか?」

歩きが。

早歩きに。

早歩きが。

走りに。

それでも手はまだ繋いだまま。

昔から。

手を繋げば。

皆伝わる。

痛みも。

苦しみも。

恐れも。

緊張も。

愛しさも。

その時感じた気持ち。

「分かんない!わかんねぇよ!!」

口調が。

変わった。

でも。

溌剌とした。

表情だ。

年相応の。

男の子の様な口調。

走って息は乱れている。

それなのに。

楽しそうに笑っている。

「よく分かんねーけど!今ならなんだってできる気分だよ!!」

その笑顔は。

何時もの様な控え目な笑みでも。

少し捻くれた笑みでも。

感情が消えた冷たい笑みでも。

どの笑みとも違う。

屈託のない。

晴れ晴れとした笑顔だった。

どうしてそんな顔が出来るのか。

完璧には理解できない。

本人にだって分からないのかもしれない。

でも。

繋いだ凛の手からは。

温かい温もりと一緒に。

温かい気持ちが流れ込んできた。

そんな気がした。

不思議だよ。

凛が笑うと。

私も温かい気持ちになるの。

Re: 秘密 ( No.435 )
日時: 2014/12/13 18:45
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

もう少しで駅だ。

それでここから遠い町へと旅立つ。

もう2度とここへは来ない。

その決意を胸に。

ここに来た。

はなから凛と暮らせるとも。

やり直せるとも。

思ってはいない。

最後の最後に。

私の生きた証を。

見て行きたかった。

凛ちゃんがいたから。

頑張れた。

何時かあの子と一緒に暮らすことを夢見て。

仕事に励み。

会いたい気持ちを抑え込んで。

必死に生きてきた。

私には出来なかった。

友も。

伴侶も。

全ては凛ちゃんが叶えてくれた。

思っていた以上にいい子だった。

こんな母のもとに生まれなければ。

幸せになれたはずなのに。

私の子にしてはいい子過ぎた。

凛ちゃんがもっと悪い子だったら。

あとくされもなく生きて行けたのに。

からりっ、と引いていたトランクが止まる。

私の足も。

止まっていた。

嫌。

たとえどんな子であろうと。

私はきっと凛ちゃんを愛していただろう。

理由もなく。

馬鹿みたいに。

抱きしめて。

生まれ何て関係ない。

育ちなんて関係ない。

1人の母として。

私は凛ちゃんを想う。

どれだけ悪い子でも。

私は凛ちゃんを憎めない。

悪いのは何時だって私だ。

この道を選んだ私だ。

「母さん!!」

はっ、と振り返る。

押さえていた気持ち。

どれだけの拒絶をされても。

体が。

勝手に。

あの子の声に。

反応する。

そんな資格は。

もう何処にもないのに。

私の罪だ。

私が。

凛ちゃんを拒絶することで。

凛ちゃんを守っていたつもりだった。

ひたむきに遠ざけ。

最後の最後でも。

わざと凛ちゃんを傷つける真似をした。

ああ…

やっぱり私は。

馬鹿だ。

何処までいっても。

間違えてばっかりだ。

「凛ちゃん!!」

振り返って。

凛ちゃんを目の前にして。

言葉が出なくて。

目頭が熱くて。

「…ごめん…なさ…い…」

みっともなく。

泣いてしまった。

Re: 秘密 ( No.436 )
日時: 2014/12/13 19:57
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

自分の存在は母に疎まれていた。

そう信じてやまなかった。

けれど。

実際。

こんなにも。

大事に思われていた

捨てられた、と。

泣いた夜があった。

「あなたを1人にして…ごめんなさい…ごめんな…さい…許されないって…分かってる…でも…」

けれど。

そうじゃない。

そう分かっただけで。

気持ちがずっと楽だ。

「母さん」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

それは。

凛が私を呼んだ声だった。

あの人そっくりの笑顔で。

私を。

母、と…

視界がぼやけた。

いつからか涙が零れていた。

「俺はもう弱くない。万里花だって母さんだって。全部抱きしめて歩いていけるよ。」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

過去のトラウマも。

昔の母さんも。

昔の万里花も。

今の万里花も。

今の母さんも。

全部抱きしめられる。

全部愛おしく思える。

全部を抱えて歩くことだって。

出来るよ。

もう。

怖くなんてない。

母さんを思い出して。

指が震えることも。

息苦しくなることも。

「…凛…ちゃん…!」

小さな手で。

しわくちゃになった手で。

小さく背伸びをして抱きしめられた。

ふわりっ、と懐かしい匂いがした。

ホロッと涙が。

零れた。

駄目だ。

絶対に泣かないって決めたのに。

もう。

泣かないって。

幼いあの日に決めたのに。

Re: 秘密 ( No.437 )
日時: 2014/12/13 20:19
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

延々と泣いたあと。

ふいに涙をぬぐった。

目の前には。

真っ赤に目を腫れさせた。

あの人そっくりの顔。

ううん。

あの人じゃない。

私の息子。

白雪凛だ。

「もう行くよ。」

見上げるほど。

大きくなったね。

「お母さん、遠い町に行くんだ。凛ちゃんと一緒に暮らそうと、静かな町にしたんだ。
静かでなじみのある町に。…でもまさか、涼風に戻ってきていたとは思わなかった。」

「母さん、俺…」

すっと凛の頬に手を添える。

静かに言葉を断じる。

「無理に答えなくていいよ。」

気持ちの整理なんて。

直ぐにはつかないだろう。

「ここにいたいなら、いるといい。母さん、頑張るから。」

これから先も。

ずっと。

凛ちゃんがいれば。

それだけで。

私の力になる。

「凛ちゃんは今を。精一杯生きて。」

失った時間は。

二度と戻らない。

それを私は何よりも痛感している。

「私には手に入れられなかったもの。味わえなかったもの。沢山感じて。大事にしてあげて。」

それは友であったり。

部活動であったり。

恋であったり。

考えて。

迷って。

色んな道を模索して。

大事なものを見つけて。

守って。

「やりたいことをちゃんと見つけて。私はそれを遠くから見守ってる。」

もっとも。

「大事なものは見つけたみたいだけれど。」

くすりっ、と小さく笑う。

先程からずっと傍らで。

凛に寄り添う様に立っていた。

「ありがとうね、万里花ちゃん。凛の傍にいてくれて。手、ごめんね。」

流石に少しやりすぎたと思う。

今だ痛々しく絆創膏が貼られていた。

「構いません。凛を想ってのことでしょう。」

…やっぱり

万里花ちゃんは気付いていたか。

凛がきちんと私を憎めるように。

わざと傷つけたことに。

「憎くはない?」

「いいえ。」

即答。

質問を発し終わると同時。

迷いがない。

「だって、詩織さんがなにより傷付いているでしょう?」

「っ———!」

…やっぱり

凛ちゃんが選んだだけある。

——ちゃんと大事にしなよ、凛ちゃん

「じゃあね、万里花ちゃん。また会おう。」

電車に乗り込む。

ガランガランの車両。

発車のベルが鳴り響いている。

「凛ちゃん、遠くにいてもずっと想っているから。忘れないで。」

そういって電車に飛び乗る。

くるりっ、と凛の方を向くと。

愛しい気持ちがこみ上げた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

扉が閉まる。

その一瞬手前。

凛の顔が。

笑みが。

少しだけ寂しそうにゆがんだ。

「————」

閉まった扉にコツンっと額を付け。

愛おしそうに笑いながら。

何かを呟いた。

ハッキリとは聞き取れなかった。

でも。

大事な言葉。

なにを言ったか。

分かった気がした。

—————愛してる

Re: 秘密 ( No.438 )
日時: 2014/12/17 21:57
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

〜・85章 嵐はまだ終わらない・〜

「一件落着、ですかね」

結局。

詩織さんは優しい人だった。

優し過ぎた。

背負う必要のないことを背負い。

背負う事のない罪に自らを苦しめていた。

そこまで。

凛は愛しい人に似ていたのだろうか。

そっくりな凛を見れば見るほど辛いのに。

それでも。

凛を愛せる。

優しい人だ。

ただ、それだけだ。

「不思議なんだ。あれだけ憎くて辛かったのに。もう辛くない。」

「…そうですか」

私も。

そんな風に思えるだろうか。

あの場に都合よく凛がいたのは。

きっと。

アリスのお陰だろう。

アリス達の助言と。

凛の温もりが合ったから。

ここまで。

来れた。

「次は俺の番だな。」

心成しか。

表情が晴れ晴れとしている気がする。

「次は俺が万里花を救う番だ。」

見たことのない。

脆く、弱く、優しいだけじゃない。

強く、勇ましく。

恐れを知らない様な。

嘘偽りなく正直に生きているような。

なにに例えればいいのか分からない。

けれど。

真っすぐと。

真っすぐと前を向いている目。

今までの凛は。

前を向いていても、何かに怯えているような。

そんな素振りが合った。

誰かに守られ、守られなければ生きていけない様な。

危うさをもっていた。

でも今の凛は。

なんにでも立ち向かって、守ってくれそうなほど。

危うさも脆さも。

どこかへいってしまった様な。

何故だか。

心強くて、ドキドキする。

まるで。

違う男の子のようで。

それなのにちゃんと凛だと分かる。

優しくて、温かい凛だと。

携帯のメールボックスには。

いまだに。

母からのメールが残っていた。

Re: 秘密 ( No.439 )
日時: 2014/12/21 18:56
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「母は亡くなったと聞かされていました。幼い頃、家を出た後。不慮の事故で。」

詩織さんが帰ってから数日。

私は凛に日を改めることを提案した。

凛が感じた嬉しい想いを。

ぶち壊したくなかった。

幼い頃から父に何度も話を聞いた。

母は父が家を空けることを苦に思い。

家を捨てた。

立場を失った私は。

全てに憎まれながら育った。

父は何も庇ってはくれなかった。

母は私を憎んでいた。

「母は…男の子が欲しかったそうです。ずっと男を産むように言われてきた。
それなのに…生まれたのは私だった。父から受け取った寂しさを。私への暴力で発散した。」

愛すことは。

決してなかった。

何度か凛とも話をしたことがある。

凛はもう。

前だけを見ている。

未来を。

私は何度も立ち止まって。

何度も後ろへ振り返っている。

母のことも。

父のことも。

忘れようとして。

何事もなかった様な顔をして。

何度も来た道を振り返っているだけ。

「分からなくはないんです。でも、どうして…どうして、今更…」

いまさら。

全てをぶち壊すのか。

会いたくない。

でも。

向き合う事までも忘れてはいけない。

「父と…話をしなければいけないようです」

父。

仕事人間で。

私のことも、母のことも放置していた父。

仕事が忙しいと、私を孤児院に預けた父。

でも。

それなら私だって同罪だ。

父のことも。

母のことも。

全てに背を向けていた。

何時か誰かが。

全て解決して、なかったことに出来る。

そんな叶うはずもない空想を追いかけ続けて。

責任を誰かに押し付け続けていた私だ。

いい加減。

向き合う時間だ。

「ついて来てくれますか?凛」

大丈夫。

恐れがない訳ではない。

けど。

「どこまでもお供しますよ、姫」

凛の手の温もりがあるなら。

今は。

何処へだっていけそうな気がする。

私の隣に。

凛の笑顔があるなら。

Re: 秘密 ( No.440 )
日時: 2014/12/22 17:07
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「…お話があります、お父様」

アリスに話をした。

思っていた以上にすんなりと、父との会う事が出来た。

文化祭の時は仕事の都合を潰し。

軽い脅迫の言葉を囁いていたのは知っていた。

———マリーのお父さん、ItemMemberのコンサート見に来てたんだよ。それも毎回。

アリスの。

その言葉に。

気持ちはとても楽になった。

でも。

前に進めたのに。

それはほんの一時だけだった。

文化祭が終わると父はまた、食事さえも取ることもなくなった。

「…なんだ?」

背中は既に沢山押してもらっている。

いい加減。

自分で歩きださなければ。

「お付き合いをしている、白雪凛君です。」

本格的に父に凛のことを紹介するのは初めてだ。

「知っているでしょう。涼風病院の副院長の息子。」

アリスが何時もかかっている先生の。

補助に当たる先生だ。

気難しくて、凛のことも跡取りの代わりにしか思っていない。

それでも凛は必死に恩を返そうと。

医学の勉強を始めた。

1人暮らしを初めて、社会勉強をする傍ら勉学にいそしんでいる。

「今日はお父様に聞きたいことが合って、お時間を作って頂きました。」

私も。

負けていられない。

席につく。

凛も続いて隣に座る。

机の下でそっと指を絡ませた。

凛の体温。

凛の温もり。

それが私に力をくれる。

「お母様のことです。」

何かある。

私が知らない何かが。

知らなかればいけないことがある。

「お母様が亡くなっているというのは、嘘ですね。」

「…なんのことだ」

ようやく帰ってきた。

不機嫌そうな声ではある。

それでも。

ようやく答えた。

「お母様から連絡が来たのです。」

わざと間を空ける。

アリスの真似だ。

経験して分かったが。

かなり効果は期待できる。

「私は自分の為にもこの問題に蹴りを付けたいです。だから、知っていることを教えてください。」

「知らん」

まだしらばっくれるのか。

絶対になにかあったのだ。

母は父にはなにも伝えていないのかもしれない。

それでも。

分かるはずだ。

そうでなければ。

ずっと音信不通の母が。

私の連絡先を知る訳がない。

その手掛かりが向こうにあったはずだ。

「嘘をおっしゃい!私、知っているんですよ。お父様がお母様をずっと探していたことくらい!」

こそこそと。

私を遠ざけていても。

気付かない訳がない。

強情で気難しい、仕事人間の父が。

人目を忍んではずっと母を想っていたこと。

口にはしなくても。

分からない訳がない。

母は寂しさに耐えかねて家を飛び出したと、使用人に聞いた。

ならば。

母も父も。

お互いのことを嫌いになった訳ではないのだ。

母は私を憎んでいたけど。

母は父を憎んではいないのだ。

「嘘をつかないで、正直に!私の目を真っ直ぐ見て答えなさい!!」

ずっと。

声を荒げることを。

楯突くことを。

恐れていた。

でももう私に怖いものはない。

温もりも。

優しさも。

ちゃんと私は知っているから。

「…知ろうとすれば知る手段はあります。それでも私はあんたの口から答えを聞きたい!」

いくらでも声を荒げられる。

いくらでも楯突ける。

「私は痛みに向きあったぞ!あんたは何時までそうやって逃げている!!」

いくらでも。

いくらでも。

痛みに。

「逃げるならもう十分に逃げただろう!!いい加減向き合う時間だ!」

苦しみに。

トラウマに。

向き合える。

「私は耐えたぞ。10年以上ずっと耐え続けてきたぞ!!」

立ち上がる。

隣には凛の。

少し強気の笑顔が合った。

凛の口だけが動く。

———のしたれ

「君がこれをくだらないというのなら、それでもいい。笑いたければ笑えばいい。」

手を伸ばし。

ネクタイを掴み、乱暴に引き寄せる。

挑むように。

挑戦する様に。

喧嘩をするように。

「だが、これは私の意思だ。例え何と言おうと私は曲げない。」

押しつぶし。

虐げ続けた。

でも絶対に曲げられない。

これだけは譲れない。

私が初めて反抗してまで。

押し通させてもらう。

「君が私を虐げ続けた落とし前は、つけてもらうぞ。」

Re: 秘密 ( No.441 )
日時: 2014/12/24 13:52
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「はしたないところを見せてしまいましたね…」

照れくさそうに笑って見せた。

さっきの。

威嚇した時の。

目つき。

表情。

それらが。

今まで見た。

どんな表情よりも。

人間らしい表情をしていた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「大した話ではない」

「——っ!」

これでも答えないのか。

何か怒鳴りつけようとした。

けれど。

最終的に私は言葉を飲み込んだ。

「それで構わないなら…聞けばいい。」

あいも変わらず。

ぶっきらぼうな言葉だった。

けれど。

ちゃんと私の意思をくんでいた。

尊重していた。

ネクタイから手を離し、静かに席をついた。

「単刀直入に答える。」

ゴクリっ、と唾を飲む。

再び凛の手に触れる。

「お前の母は生きている」

私の中で。

何かが壊れる音がした。

視界が大きくぶれた。

その時。

凛の手が強く私の手を握った。

その手で我に返った。

昔の話だ。

「…ありがとう…ございます」

「いい加減、敬語やめろよ」

優しくて。

温かくて。

強くて。

傍にいると。

離れがたく思ってしまう。

そんな凛だから。

きっと私は好きになった。

小さく微笑むと視線を父に戻した。

「…どうして、隠していたんですか?」

「昔の話だ。勝手に家を出て行って…」

「それはどうでもいい。本題を。」

そんなお膳立てはいらない。

本心でもないことをペラペラと喋られても。

もう何の価値もない。

「…幼い頃1度家に戻ってきていたのだ。」

少しばつが悪そうな顔をして。

話を続けた。

「戻って…いた…?」

「話してはいなかったがね。男とは別れた。だから娘と一緒に暮させてくれ、と言いに来たのだ。」

母が…

何時ものあの態度からは。

想像も出来なかった。

「今まで自分が間違っていた、心を改める、だから…とな。」

もし。

今の私が。

昔に戻ってやり直せたとしても。

答えは出なかっただろう。

「俺はそれは突っ返した。冗談じゃない、ふざけるな…と。」

父にも悪意があった訳じゃない。

私を想っての善意だったのだろう。

先程の私の言葉を否定しなかった。

まだ母を…愛しているのだろう。

「あいつの中には俺なんて映っていなかった。」

家を出て。

娘も夫も置いていって。

新しい環境。

新しい生活。

そんなものを営んでいた母の目に留まったのは。

父ではなかった。

ああ。

そっか。

だから父は私が嫌いだったのか。

私は父を無自覚に傷つけていたのか。

私が母を奪ったのか。

父から。

愛する人を。

Re: 秘密 ( No.442 )
日時: 2016/04/20 03:44
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

〜・86章 そのままの君が・〜

「…母に…会いに行ってきます」

ふらり、と立ち上がると唐突にそう告げた。

立ち姿には何時もの覇気が無く、操り人形の様に危うげだ。

「…失礼しました」

万里花のポケットから携帯が転がり落ちた。

けれど、そんなものを気にも留めずに出て行った。

軽く会釈してから、万里花の後を追う。

ふらふらと。

足元もおぼついていない。

万里花の肩を支えながら。

暫くふらふらと歩いていた。

日が傾いた道端に。

途端に座り込んだ。

ペタンっと地面にへたりこんだ。

「…私は父が…仕事人間だったのが…全ての元凶だと思っていました」

こんなに弱って。

動揺している万里花を。

初めて見た。

「性格だから仕方ない…仕事だから仕方ない…そんな風に思っていました…」

灘万里花と言うものを支えていた何かが。

壊れた様な。

そんな。

危ない感じがする。

「でも…私が元凶だったんですね」

元凶。

全ての源。

事の発端。

「私が…傍にいるだけで…父を…傷つけていたのですね…」

全然気付かなかった、と万里花は虚ろな目で呟いた。

出逢ったばかりの頃の万里花に戻ったみたい。

でもそんなときでも。

目が虚ろになるのはほんの一瞬だけだった。

こんなに長く。

感情が消えさったのは、初めてだ。

もしこのまま放置していたら。

このままもう目に光が戻ることはない様な気がした。

今まで積み上げてきたもの。

目の前にいる自分さえ。

その目には映していなかった。

「もし…私がいなかったら…もし…私が男だったら…こんなこと…なかったんでしょうか…?」

「そんなことない。」

万里花に目線を合わせる様にしゃがむ。

涙に濡れた。

大きな目。

華奢な肩や、細い腰が、女の子である事を主張していた。

「もし万里花がいなかったら、万里花の母さんはもっと寂しい想いをしていた!
もし万里花が男だったら、俺は万里花と出会う事も、好きになることもなかった!!」

万里花がいなかったら。

万里花が男だったら、みんなが幸せになれたかもしれなくても。

万里花が女の子でなければ。

確実に自分はここにいない。

だから。

だから。

「万里花を好きになることのない世界を絶対に認めない!そんなの耐えられない!それこそふざけんなよ!
万里花が間違ってるなんて言う奴がいたら、誰であろうと俺がぶん殴ってやる!!」

だから。

だから。

「万里花はそのままでいい。そのままの万里花が。」

そのままでいい。

なにも変わる必要なんてない。

「———大好きなんだ」

Re: 秘密 ( No.443 )
日時: 2014/12/24 14:22
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

足に力が入らなかった。

怖かった。

私がもし母が望む男であったら。

殴られることもなければ、母を悲しませることもなかったのでは?

もし私がいなければ。

父は愛する人を誰にも奪われなかったのでは?

そんな嫌な考えが頭にこびり付いて離れなくなった。

でも。

凛はそのままでいいと言った。

その言葉が。

大好きだと言った。

「…でも」

「不謹慎かもしれないけど、万里花が男だったら確かに愛されていたかもしれない。
でもそうだったら、あの基地には来なかった。俺は万里花に出会えなかった。
生まれなかったら、そもそも出会えなかった!母さんと和解することもなかった!!」

私が女であることに。

だからこそ出会えたと。

だからこそ救われたと。

「でも…私は…父を傷つけた…」

「万里花が傷つけた訳じゃない。
そもそも愛情を奪うとか奪われるとか言うものじゃないだろう。」

そっと優しく抱き寄せられた。

私は女であることが。

小さい頃からずっと許せなかった。

「…勝手に罪を背負うなよ。背負われた側の気持ち、考えてみな」

それなのに。

凛に抱きしめられて。

女で良かった、と。

思ってしまった。

凛の存在に。

私はずっと救われていた。

傍にいるだけで。

私の存在を受け入れてくれた。

こんな私でも。

受け入れてくれた。

きっと凛の。

そういうところが好きになったのかな。

「そのままでいいんだって、言ったろ?」

ずるい。

凛の言葉を聞いてまずそう思った。

「凛はずるいです…」

私が凛を救うのに沢山の時間をかけたのに。

あんなに転んで。

遠まわりして。

沢山助けられて。

ようやく。

助けられたのに。

「凛はいとも簡単に…私を救ってしまうのだから…」

凛の手を借りて、立ち上がる。

凛がいるから。

私は立ち上がれた。

「私も…凛が、大好きです」

Re: 秘密 ( No.444 )
日時: 2014/12/24 16:13
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

万里花は。

今まで1度も声を張り上げたことのない子だった。

言われたことは淡々と守り。

悪さも全くしたことが無かった。

こんな馬鹿な父と母のもとに生まれながら。

あの子はいつも笑っていた。

憎まれながらも。

疎まれながらも。

必死に。

だから知らず知らずのうちに無下にしていたところもあっただろう。

隠し方が上手だったから。

どう思っているかなんて気付かなかった。

高校に入って。

初めて自分の意思で部活動に参加して。

自分の意思で楽器を演奏していた。

そして、今日初めて声を上げられた。

あいつのお陰か…

10年前からずっと支えていて。

高校に入学してから。

様々なことを自分の意思でやりのけた。

正直言うと。

今はまだ。

愛せる自信がない。

もうあの女に気はない。

すっぱりと諦めた。

もう忘れた。

でも。

過去に万里花を傷つけたこと。

それが今でも。

傷として疼く。

誰よりも向き合わないといけないのは。

こちらだった。

過去のこと。

償わないといけないこと。

やらなければならないこと。

課題は山積みだ。

床に落ちていた携帯を拾う。

万里花が先ほど落としていったものだ。

「少し、仕事をするか」

Re: 秘密 ( No.445 )
日時: 2014/12/24 14:56
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「落とし前、なんて冗談だろう?」

日が傾く道を。

凛と並んで歩いていた。

やっぱり…

凛にはお見通しなんだな。

「確かに憎んでいた時期もありました…でも今は…そんなことありません」

性格の問題だから、ってずっと諦めてきた。

それのせいかもしれない。

いまさら、憎むに憎めない。

父がいない日常が。

私にはあまりにも馴染み過ぎた。

だから今更憎めない。

どんなことも。

誰のせいにも出来ない。

ずっと憎まれていた。

使用人でさえ、ひそひそと影であることないこと吹聴していた。

凛。

凛は知らない。

私は凛が。

ずっと。

大好きだったんだ。

憎まれて。

受けいられなかった私を。

凛だけは認めて。

受け入れてくれた。

凛に認められること。

凛を好きでいること。

それが。

私にとっての。

救いだった。

私はもう。

十分に救われている。

「行こう、母との待ち合わせに遅れる。」

次は。

私が母を救う。

凛なら。

絶対にそうしただろうし。

Re: 秘密 ( No.446 )
日時: 2014/12/24 23:03
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

〜・87章 ずっと想ってる・〜

本当に母との待ち合わせがあった。

ずっと凛のことを救えないか考えていた。

母が示した待ち合わせの日まで刻々とタイムリミットは迫っていたのに。

と言っても、幼い頃に会ってから。

1度も顔を合わせていない。

けれど。

店に着くと。

自然と誰だか分かった。

同じ茶色の髪。

昔は長かったような気がした。

切ったのだろうか。

肩のところでバッサリと切られていた。

瞳の色も同じ。

パッチリとした二重。

そっくりだ。

けれど纏っている雰囲気など。

やはり違う。

「万里花!」

抱きしめられた。

その指先は。

とても。

冷え切っていた。

「…会いたかった」

何処までもそっくりだ。

それに若い。

外見だけなら姉と言われても信じられる。

「出て行って、すぐ分かったの。息子とか娘とか。どうでもいいって。
幼い頃から、ずっと言われてきた。でも…!一番大事なことを忘れてた…私の子だもの!」

嬉しい。

涙が零れそうになるくらい。

嬉しくてたまらない。

ずっと。

ずっとずっと。

こうやって抱きしめてもらいたかったんだって。

ハッキリと。

実感した。

「綺麗な髪飾りね」

母と会ったら。

きっと母は詩織さんの様な。

威嚇する様な。

笑みを浮かべるかと思った。

でも。

実際目の前にあるのは。

よく似た笑顔。

「大好きな人が…くれたの」

Re: 秘密 ( No.447 )
日時: 2014/12/24 23:12
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「そっか、万里花には好きな人が出来たんだ。良かった。」

抱きしめていた手を肩に置くと、嬉しそうに笑った。

どうしてだろう。

私はこんなに想われていたのに。

どうしてそれに気付けなかったんだろう。

「一緒に暮さない?」

詩織さんと。

同じ問い。

「…答えはもう出ています」

不思議と母と詩織さんはそっくりだ。

似たような問いをする、だけじゃない。

示し合わせたように。

同じことをする。

それについてアリスが面白いことを教えてくれた。

「詩織さんからも、同じようなことを切り出されました。」

2人は。

「…大親友、だったそうですね」

家を出る前。

出逢って。

同じ日に凛と私を置いて出て行き。

同じ時期に手紙とメールが届き。

似た様なことを切り出した。

きっと2人で計画したものだったのだろう。

2人は共犯者なのだ。

1人では生活が難しくても、2人でなら家を出る決心も付いただろう。

「詩織…へぇ…知ってたんだ…」

意外そうに言ってはいるが。

表情は少し曇っていた。

「ごめんなさい。」

頭を下げる。

母のこと。

許せない訳じゃない。

でも今ここで。

やらなければいけないことがある。

「私はあなたと一緒にはいけません」

Re: 秘密 ( No.448 )
日時: 2014/12/25 16:04
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「あなたは10年前、私を捨てました。」

冷たくて。

残酷な言葉だ。

「そのことに関しては、もう怨んでもいません。いえ、正直に言うと少しは怨んでいました。
でも、もう過ぎた話です。私にも大好きな人が出来て。友も出来て。幸せに暮らしています。」

アリス。

ケイ。

凛。

「あなたがいなければ、彼らに出逢う事はありませんでした。」

基地に行かなければ。

あの時孤児院に行かなければ。

誰とも出会う事はなかった。

「だから、ちゃんとこの地で恩を返していきたいんです。それが私の理由です。」

また。

母を1人にする。

その気持ち。

痛いほどに分かる。

「だから、私もあなたを想っています。あなたがずっとそうしてくれていた様に。」

だから。

ずっと遠くで。

母を想う。

母がそうしてくれていた様に。

「…そっか」

「ごめんなさい…」

少し悲しそうに歪んだ顔を見て。

何故だか謝ってしまった。

「…大きくなったね」

ポンッと頭に手を置くと優しく撫でた。

まだ少し冷たい手で。

それでも。

優しい手つきで。

「…あなたがまだ小さい頃、お父さんと話したことがあるの。
その時私は…あなたと暮らしたいって言ったけど…門前払いされちゃった」

そして何気なくこう続けた。

「…もうあの人の隣にいることは叶わないんだって、そう思っちゃった」

Re: 秘密 ( No.449 )
日時: 2014/12/25 16:16
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「当たり前よね、男と一緒に娘を置いて出て行った私が。
おいそれと戻れる訳ないもの。考えれば最初から分かっていたはずなのに…」

待って。

待って。

だって父は。

もう母の目には自分が写っていなかったって。

最初から。

すれ違っていたの?

「違う!父さんはずっとあなたを探して…!」

「えっ?」

「あなたが大事で大事でしょうがないの!」

私と暮らしたいじゃない。

私と一緒に暮らしたい。

そういっていたのではないか?

はなから父のこと。

嫌いになってなどいなかったのだ。

「父さんは…!」

ピロロロロッ

突然机の上の携帯が大きな音を立てた。

「あっ…ごめんなさい」

携帯を見る。

発信者は…

「私?」

万里花、と記されていた。

母の、送ったの?と言った視線に私は首を振った。

携帯は確かここにくる際に、落とした。

父と食事をしていたテーブルに。

・・・18時 涼風公園 噴水横・・・

書かれていたのはそれだけだった。

けれどそれを見た母は。

突然駆け出した。

なにがなんだか分からなかった。

けど。

私は母の後を追いかけた。

Re: 秘密 ( No.450 )
日時: 2014/12/27 09:37
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

〜・88章 2度目のプロポーズ・〜

無我夢中で走った。

18時 涼風公園 噴水横

あの人だ。

あの人以外。

知り得ることのない。

忘れもしない。

その場所は…

「建人!」

そこには。

私が。

今も昔も。

愛し続けていた人がいた。

ここは。

私が。

建人にプロポーズされた場所。

ここで。

指輪を貰ったの。

大事で。

大事すぎる場所。

「美玲」

ああ。

愛しい声。

昔のことなど全て忘れて。

素直に笑ってしまう。

すっと指に指輪を通す。

綺麗で。

高そうな。

銀色の指輪。

「俺と結婚してください」

もう1度。

出来ることなら。

やり直したかった。

間違えてしまった。

私の。

私達の。

10年間を。

「…よろこんで」

Re: 秘密 ( No.451 )
日時: 2014/12/27 09:42
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

やっと追いついた。

状況は少し良く分からない。

けれど、2人が幸せなのは分かる。

母の指には先程まで付いていなかった指輪が。

そして父が跪いている。

それだけを見ればなんとなく想像はつく。

「…良かった」

2人で。

壊れてしまった時間を。

ちゃんと直すことが出来た。

「やるじゃん、あの頑固おやじ。」

父の。

あんな姿は初めて見た。

何時だって傍観するばっかりで。

自分からは何もしない様な人だった。

その父が。

自分から行動するのを。

初めて見た。

…全く

相当な馬鹿だ。

なのに。

憎めない。

「愛すべき…馬鹿ですよ。」

Re: 秘密 ( No.452 )
日時: 2014/12/27 09:55
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「最終的に、2人は復縁なさるようです。」

父の一世一代のプロポーズ。

それを見届けると2人は寄り添う様に歩いた。

母は父のいる屋敷へと身を寄せる決意をしたらしい。

私はやりたいことがあるのでこの町に留まることを、今度はちゃんと父にも伝えた。

貰ったもの。

たくさんあった。

それを少しずつでも。

返していきたいと思っている。

そんな気遣いは不要だとか、言われそうだけど。

あくまでこれは。

自分勝手の偽善だ。

結局は彼らの傍にいたいだけ。

「…大事な人か」

そっと頭についている花の飾りを撫でる。

慈しむように。

そっと。

昔。

凛がくれたのだ。

初めて女の子扱いしてくれた証。

毎日付けてもうクタクタになっているけど。

私にとっては最高のプレゼントだ。

宝物だ。

凛。

覚えていないでしょう。

でも。

あの言葉から私はずっと。

凛が大好きだったんだよ。

初めて私が身の上話をした時。

・・・もったいないな、せっかくかわいいのに・・・

・・・じゃあ、これから俺がすきなだけ女の子扱いしてやるよ!・・・

凛。

大好き。

Re: 秘密 ( No.453 )
日時: 2014/12/27 10:00
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「思ったより、呆気なかったな。」

「まっ、母親は強いってことね」

出逢った時の万里花は。

足は裸足で寒そうなのに。

その上に高そうなコートと言うとても変わった風貌だった。

しかも、大人の男物のシャツだけを身につけていた。

何度か会うようになって。

身の上話を聞いて。

ようやくその訳が分かった。

万里花は。

自分が女であることをなによりも憎んでいた。

自分が男であったのなら。

そう思っていた。

でもそれを聞く度に。

そんなのおかしい、と思った。

だから。

言った。

今思うと恥ずかしい台詞だった。

「それでも…女であること、後悔はしていません。」

それでも本心だった。

今でも。

嘘偽りないと胸を張れる。

すっと、指をからませて意地悪く笑う。

昔の自分には。

決して出来ない表情だった。

「女の子扱いするって言っただろ?」

Re: 秘密 ( No.454 )
日時: 2016/04/22 03:39
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

〜・89章 春休みも残り少し・〜

母親騒動も一件落着。

落ち着いてきた。

遊びと仕事の予定でいっぱいだった春休みも。

残りわずかとなっていた。

微力ながら私も3人の力に慣れたようでなによりだ。

2年生になるまで。

後1週間は切った。

そして私はずっと悩んでいた。

現状について。

私と圭は恋人になり。

凛と万里花も恋人になった。

家族との仲も修復され。

何事も万事順調だ。

けれど。

私だけがなにも変わっていない。

恋仲になった。

そうすれば何か変わるのかと思った。

確かに変わった。

私が圭を愛おしく思っていることにも変わりはない。

圭も私を大事にしてくれる。

想いが通じ合う事を実感し、身に沁みるほど幸せだと思える。

それなのに。

私は圭を傷つけてばかりだ。

私は現状を変えようと試みすらしなかった。

圭の言葉に甘え続けているだけ。

エリスもアレクシスも。

私自身のことも。

結局は何も。

解決などしていない。

地球の裏側に行っても私を助けると言ったあの言葉に。

ずっと甘え続けている。

圭が私を許せても。

私は自分を許せない。

圭と恋仲になるという事は。

それだけ圭に迷惑をかけること。

危害を加えること。

そんな事は分かっていた。

でも、最近はこうも思うようになった。

圭がいることで。

私の行動も何もかも制限されてしまう。

圭の前では。

何時だって。

笑っていたい。

だからこそ。

圭といると。

アニエスの問題も片付かない。

汚れていない自分を見せようとして。

圭がいると。

私はだんだん弱くなる。

本当に圭と一緒にいたいのなら。

私のいるべき場所は、この場所では無い。

私はずっと悩んでいた。

圭と。

この関係を解消するかどうかを。

平たく言えば。

別れるか、どうかということを。

Re: 秘密 ( No.455 )
日時: 2015/01/02 17:53
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

残された春休みをいかに有効に過ごすか。

4人で討論した結果。

各々のカップルで好きな所に行く。

そしてデートが終わった後、何時もの喫茶店で合流することにした。

万里花達がどこに向かったかは知らない。

が、私達は散策をすることとした。

ネットにあった散策マップ。

住んでいるはずなのに以外に知らない抜け道もあった。

待ち合わせまでには時間が合った。

だから喫茶店に寄る前に。

基地に寄ろうと、圭に声をかけた。

圭は笑ってそれに応じた。

圭は何時だって優しい。

私はそれに何時だって甘えている。

甘えることが悪いことか。

私には分からない。

でもその甘えが。

今はとても邪魔だ。

心地よいのに。

鬱陶しい。

「リンのお母さんとマリーのお母さんは共犯者だった。」

つい先日起こった2人のお母さん騒動。

2人でそれを乗り越えて。

また距離を縮めたようだ。

「きっと似たような境遇で息が合ったんだ。自分のせいで子どもを傷つけることに互いが苦しんでいた。
だから2人は考えたんだ。手を離そう、それが一番の方法だって。」

馬鹿だな。

でも。

手を離すのが一番の方法の時だって。

きっとある。

「2人は家を離れてから互いが互いを支えあった。きっとマリーのお母さんのコネか…そこらへんかな。
マリーのお母さんに恋人は確かにいたのかもしれない。でも、リンのお母さんと暮らす際には手を切っていただろう。」

彼女らには共犯者がいた。

1人では結構出来ない様な計画も。

2人でなら実行できる。

1人では怖くても。

2人でなら怖くないことだってある。

「それで2人はこの町に訪れた。最後のつもりで。その前に子どもたちを見て行きたかったんだ。」

最後の最後に触れてみたかったのだ。

自分の愛したもの。

愛せたかもしれないもの。

「これが私の推論だ。」

Re: 秘密 ( No.456 )
日時: 2015/01/02 18:47
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「親って言うのは馬鹿だな。」

愛すれば愛するほど。

距離を置いてしまう。

愛すればこそ。

優しさで手を離してしまう。

「…確かにね。」

圭も己の母を思い出したのか、どこか遠くを見つめていた。

「でも、愚かしいとは思わない。」

圭は力強くそう答えた。

私はずっと考えていた。

手を離すことは、どんな感じだろうと。

私自身は苦しいに決まってる。

きっとそれは3人の母親の様に。

愛する人から手を離す。

残された彼らだって、とっても辛い。

そのことを私は分かっている。

そこが3人の母と私の違いだ。

私は手を離した後どうなるか、ちゃんと知っている。

彼女らの失敗を私は知っている。

それでも私は手を離せるか。

彼らを傷つけると知って。

「圭」

それでもなお。

私は私の自分勝手な優しさを。

発揮することが出来るだろうか。

「別れよう」

風が吹いた。

少し冷たくて。

少し強い風。

そんな風が。

何故だかとても鬱陶しかった。

「君との未来を。私はもう思い浮かべられない。」

私はこの道を選ぶ。

彼を傷つけることが分かっていても。

圭との未来を想い浮かべる為には。

それを現実にするためには。

こうするしかない。

Re: 秘密 ( No.457 )
日時: 2015/01/05 16:09
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「圭」

温かな風が吹いた。

春の風。

「別れよう」

その言葉を聞いた途端。

温かったはずの春の風が。

冷たくて容赦のない。

嫌な風に変わった。

「君との未来を。私はもう思い浮かべられない。」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

頭の理解が追いつかなかった。

何故。

その言葉が口から出そうになるけど。

いざとなって口から出ない。

分からない。

そんな素振り。

全く気付かなかった。

あまりにも突拍子のない話だった。

「アリスは…僕のこと…嫌いになった?」

アリスの表情は無表情だった。

けれど目だけは。

覚悟を決めているような。

揺らがない光を宿していた。

「大好きだった。なによりも。なにを引き換えにしても失いたくなかった。」

言葉は強く、全て過去形だった。

「でも、私達は恩人の気持ちを恋と勘違いしている様に思う。」

救われたから。

だから救いたい。

そんな気持ちを。

恋と錯覚していた…?

「これから何十年も。負い目を感じながら過ごすのなんてまっぴらだ。
救ったとか救われたとか。そう言ったことを考えて一緒に生きて行きたい訳じゃない。」

アリスに救われたから。

アリスを救いたい…?

そんな風に。

無意識のうちに思っていたのだろうか。

もし。

そんなことを無意識に思っていたなら。

そんな無意識の気持ちに。

アリスが気が付いたとすれば…?

「君との未来をもう思い浮かべられない。だったら、ここで別れた方が良いと思うんだ。」

これ以上時間の無駄はしたくないから、と彼女は小さく呟いた。

もしも。

もし。

これ以上この関係を続けることが。

アリスの未来の邪魔をするなら。

アリスの可能性を邪魔するなら。

これ以上しがみついていてはいけないのではないだろうか…?

「急でごめん。今日中に電話でもメールでもいいから返事を聞かせて。」

淡々と事が進んでいく。

アリスの中ではもう。

答えが出ているような。

それほどに呆気なかった。

「リン達には上手くいっておくから。のんびり考えて。」

アリスが立ち去った後。

ほんのかすかに。

花の匂いがした。

Re: 秘密 ( No.458 )
日時: 2015/01/05 16:16
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

上手く。

演じられたかな。

…この気持ち、バレなかったかな。

別れたくなんてない。

でも、弱くなるのはもっと嫌だ。

弱くなって圭を守れなくなるのはもっと嫌だ。

ずっと考えていた。

圭のこと。

例えこの恩人の気持ちが本当に恋愛感情だとしても。

もしこの気持ちに気付かなくても。

気付かなかった方が。

良かったのではないかと。

付きあわずに、ただ好きでいるだけ。

一生の片思いをして。

何時もの様に過ごすのが一番良かったのではないだろうか。

何時もの様に話して。

何時もの様に笑っていれば。

それで良かったんじゃないか。

そう思ってやまないのに…

なんで、私は泣きそうなんだろう

「っ———!」

無駄だった。

圭を想ってお洒落したことも。

圭を想って泣いた夜も。

圭を想ったことも。

何もかも。

最初から私には必要がないって。

ずっと。

分かっていたくせに。

ごめん

ごめん、圭

あんなに辛そうな顔をさせてしまった。

いつだって。

圭を苦しめるのは私だ。

携帯を取り出す。

こんな状態じゃ、万里花達とも落ちあえそうにないや。

「ごめん、マリー」

つながった電話の先で私は謝った。

「ちょっと、急用が出来ちゃった。だから2人だけで喫茶店に行って。」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「アリス、風邪でしょうか?」

喫茶店で凛と2人を待っていた万里花はそう呟いた。

アリスからの電話を切った直後のことだった。

「どうして?」

「何故だかひどく鼻声だった。」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「おいで」

手を差し伸べた先には黒猫が1匹。

何時も通りすがる度に餌を与えている猫だ。

ぶらぶらと街を歩いていたら、いつの間にか夜になった。

ピリリっ

「痛っ…!」

突然の携帯の音に驚かれ、引っかかれた。

携帯は切っておくべきだった。

けど。

圭からまだ返事は聞いていない。

案の定、表示されていた名前は圭だった。

「もしもし」

元々持っていなかった感情。

感情をもつことは無意味だとは言わない。

でも、必ずしもないことが悪いとは私は思わない。

『アリス、答え決めたよ』

「…そっか」

うん、と携帯越しで小さく頷く声がした。

『別れよう』

Re: 秘密 ( No.459 )
日時: 2015/01/05 16:33
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

『別れよう』

その言葉に私は安堵するとともに、胸に鋭い痛みが走った。

圭とはもう。

話すことはできても。

触れることはできない。

キスすることも。

抱きしめることも。

出来ない。

「ありがとう…今までたくさん救ってくれて。好きになってくれて。私も。大好きだった。」

私は。

圭と一緒にいることに。

甘え過ぎていた。

私が本来あった強さを失って。

危険な目に合わせてまで。

やるべきことじゃなかった。

『最後に…会いに行ってもいい?』

「えっ…?」

『アリスの恋人として最後に。もう1回だけ会えないかな』

会いたい。

でも。

会ったらきっと。

みっともなく泣いてしまう。

「…良いよ」

泣き顔はもう。

絶対に見せない。

『今、そっちにいく』

後ろからグイッと肩を掴まれる。

向き合った顔は間違いなく圭だった。

そして、いきなり唇を押し付けた。

「…アリス」

もうこうやってキスすることも。

後ろから抱き締められることも。

もう二度とない。

「大好き」

こういうとこ。

こう言うところが嫌いだ。

人が諦めようっていうのに。

ズカズカ私の中に入ってくる。

私の中にまだ。

圭って言う存在が消えないんだ。

「…っ!私も…」

そうやって何時だって影をちらつかせて。

淡い期待を抱かせる。

首元にしがみ付く様に抱きついて。

そっと、唇を重ねた。

「大好きだった」

でもその期待を。

私は全力で振り払う。

Re: 秘密 ( No.460 )
日時: 2015/01/07 17:24
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

〜・90章 エリスの想像するアリスの未来・〜
アリスと別れたその日は。

1睡たりとも眠れなかった。

そろそろ春休みも終わりだって言うのに。

もう2日しかない。

このまんま別れて、会う事もなく。

進級するのかもしれない、と本気で思った。

アリスには幸せになってほしい。

何時だって笑顔でいてほしい。

こうして、見えないところにいても。

笑っているような。

そんなことを。

ずっと望んでいた。

傍にいてもアリスの目は時々どこか遠くを眺めていた。

確かに付き合う前からそう言ったことはかなりあった。

頻度は減ったけれど、それでも遠くを眺めている彼女は。

とても辛そうだった。

傍にいれば。

いやがおうにもアリスは守ろうとする。

巻き込ませることにアリスは何よりも負い目を感じる。

別にアリスの為なら巻き込まれても構わない。

きっとそう思われることだって嫌なんだろうな。

自分の為に誰かを傷つけること。

そのことをずっと嫌っていた。

考えても。

分からない。

彼女は何時か自らの父の呪縛から抜ける為に足掻いていたはずだ。

そう生きると決めてたはずだ。

それを望んでいたはずだ。

「あー…もうっ!」

アリスが別れるなんて言うのは。

嫌いになったか、呪縛から逃れるための作戦で邪魔に感じたか。

なら、構わない。

彼女の未来がそれで照らし出されるなら。

嫌いなら、彼女はもう気を使わなくていいし。

逃れるためなら、その先には明るい未来がある。

アリスの為なら。

一生片想いでも構わない。

真実を聞くことはきっと、難しい。

でも、それに近い推測を聞くことはできる。

同じ境遇の。

彼女になら。

『はーい、こちらエリス=ベクレルのお電話でーす』

相変わらずふざけた言葉遣いだ。

アリスが以前に世界全体を馬鹿にした様な喋り口調だと言っていた。

平和すぎるこの世界があまりにも馬鹿らしいと、きっとそう思っているんじゃないかと。

「聞きたいことがある。」

Re: 秘密 ( No.461 )
日時: 2016/04/22 20:22
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

『ずるいね』

きっとなにをするか大方想像はついていたのだろう。

即答だった。

『本人に聞けないからって私に聞くのやめて下さる?』

「アリスには今会いたくない…」

顔を合わせづらいって言うのもあったけれど。

自分の気持ちの整理の為にも

『あんた…確かアリスを助けたいって想いが、幼い頃の自分の支えになったとか言ってたっけ?』

確かに言った。

エリスの耳にまで届いているとは、想定外だった。

「言ったけど…」

『男って言うのはこうも鈍感な生き物なのかしらねー。ちょっぴり信じらんないわ』

「それがどうしたんだよ!」

『それ、言われてごらん?単なる哀れみみたいじゃない?』

あっ…

哀れみ。

だから、アリスは言ったのか。

恩人と言う気持ちと錯覚しているようだ、と。

『アリスが弱い、ってことを前提として見ている様に、私は思うんだけど』

返事もろくに出来ない。

自分でも無意識だった。

エリスの言葉は止まらない。

『アリスは誰よりも強く生きようとしている。それなのに、そんな風に見られたら溜まったもんじゃないよ。
少なくとも私なら、そう思うね。アリスと私は考え方が酷似しているからね。大方同じようなこと考えていると思うよ?』

アリスは強い。

朝霧のこと。

香のこと。

万里花と凛、2人の親とも。

ちゃんと向き合い救ってきた。

頭だっていいし、バレンタインを思い出せば騙し打ちもできる。

でも、人として不器用だ。

そう思っていた。

でも、みるみるアリスは人を助けていった。

自分のことを気にとめないところは多々あるけど。

けど、今のアリスは。

自分だけの未来の為に。

今もなお抗い続けている。

それを自分は…哀れんでいた?

アリスを守るとか、そんな言葉で。

アリスを傷つけていた?

アリスには自分自身も守れない。

そんな風に思われていると思わせていた?

『まっ、アリスが無茶してるって言うのには同感だけどさ。
頑張っている奴に無茶するなってのも、頑張るなってのも、そいつに失礼でしょ?』

確信を突いている。

自分ならアリスを救えると、どこか自惚れていた。

アリスはか弱い女の子だから…そんなことを思っていた。

『それに、アリスが言う恩人と言う気持ちの錯覚って言うのもあると思う。
これに関しては確かに一理ある気もするけどそこはアリスの納得の問題でもあるからね。
本当にアリスのことを好きかどうかの再確認には…時間はどうしても必要だよ』

エリスの発言は的を射ていた。

自分の気持ちを確かめるには時間がかかる。

今までアリスが好き、といった前提を全て取っ払う必要がある。

『ほんと、ずるいよ』

「ああ、俺はずるいよ。本人が答えてくれないからってエリスにわざわざ聞く様な卑怯者だ。」

ずるいのなんて分かってる。

卑怯だってことも分かってる。

「それでも、知りたいと思うんだ!分かりたいって思うんだ!支えたいって…」

最後の言葉は呑みこんだ。

その気持ちさえも。

単なる思い込みかもしれないから。

『…それはもう、答えだと。私は思うよ。』

「えっ…?」

『時に、聞きたいことって何?恋の秘訣?なら私は力になれないよー』

聞き返す前に、無理矢理話題を変えられた。

「それは自分でどうにかする。アリスの考えてる、お父さんに抗う方法のことだけど…」

『ああ、そんなこと?』

意外そうに答えた。

そんなこと?

『私の口から言っていいものか…まっ、アリスに内緒にしてねー』

Re: 秘密 ( No.462 )
日時: 2016/05/07 21:48
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

『1つ言っておくけどね、あの子も何も考えずに別れたいと言っている訳じゃない。
考えて考えて。血塗られた未来を覆す方法をずっと探していた。
唯一見つけられた道は。圭達と手を切ることだった。』

少しの間が。

とても長く感じた。

『記憶を消すことだよ。跡形もなく。』

そしてその言葉は。

エリスはどんな気持ちで口にしているのか。

少し分からなかった。

『アニエスに関する機密事項を全て頭から消してしまえば。もう、アリスが囚われる理由はない。
でも頭の問題はデリケートでね。後遺症や副作用は計り知れない。
少し、アリスの持つ能力について話してみようか。』

アリスの能力。

見たものを覚えて、一生忘れない能力。

完全記憶能力。

能力とは言ったものの本質は体質である。

『アリスがもつ完全記憶能力とは別に瞬間記憶能力や映像記憶も含まれる。
そこまで能力が重なって、頭が切れるとなるとアリスの貴重度はぐんと跳ね上がる。
基本映像記憶能力は通常は思春期以前に消失する。
だがこの「消失」とは、その能力自体の消失か、それともなくなった様に思えても潜在的には存在しているのか、正確にはわかってない。
成人後も、映像記憶能力を保ち続ける者がわずかではあるが存在する。
消失の兆しがここまで見えないとなると、アリスもその例に該当するみたいなんだよね。』

それは。

アリスがこの後もその能力を保持するという事だ。

覚えたくないものも。

本人の意思もなにも。

関係なく覚えてしまう。

『変わったよ、アリスは。だからこそ。今度は別の意味で』

エリスの言葉には重みがある。

『君たちと手を切りたいんだ。』

なによりもアリスに近い境遇にいる。

真逆の環境。

外と内。

表と裏。

『まっ、これはあくまで憶測だ。真実のところは私も知らない。でも、そういう方法もあるってことだ。』

Re: 秘密 ( No.463 )
日時: 2015/01/11 21:44
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「そんな…っ!そんなのって…!」

『じゃあ、君は言えるのかい?アリスに。テオドールを殺せって。』

「っ——!」

言えない。

言えるわけがない。

『それが一番手っ取り早い手段だよ。今までのアリスなら躊躇わずにその手段を選んだ。』

エリスは正しい。

でも。

本当にそれ以外に道はないのだろうか?

『それを躊躇わせるのは、君たちを想ってなんだ。』

自分の存在はアリスを弱くしていたのだろうか。

でも。

誰を傷つけても顔色一つ変えないことを。

強さだと言えるのだろううか?

『君たちの為に、人殺しと言う業を背負いたくない。
そんな業を背負った自分で。君たちと接して居たくないんだよ。』

そんなもの。

こっちだってアリスに背負わせたくない。

なにも。

なに1つ。

言い返せない。

それ以外に方法が見つからない。

こうするしかないんだ。

でも。

そんなこと。

アリスが一番したくないと思っているはずだ。

『私が言えることはここまで。』

アリスのこと。

なにも。

分かっていなかった。

アリスがどんな思いで。

どんな決意のもとで。

『アリスのこと、もうちょっと分かってやろうぜ』

どれだけの犠牲のもとで。

立っているのか。

『それと、私が今どこにいるか、分かる?』

えっ?

「えっと…車か?」

屋内の様でいて、多少騒がしい。

車の通りすぎる様な音がする。

『正解。空港に向かってる途中』

空港?

またアニエス関係の何かだろうか。

『私はそこそこ折り合いを付けてるからね。中々楽しくやっているよ。
自分の存在価値って言うのも、ここならよく分かるし。私はさながら義賊の様なもんだよ。』

言葉に不安が混じっていたのだろうか。

聞いてもいないのに、答えを先に答えた。

何か言いたいけど。

本人が望むことに口を出すことが出来ない。

「っで、エリスが今どこにいるのかが関係あるのか?」

『関係があるから聞いてんの』

関係…

アニエス関係の知り合い。

アレクシス

エリス

いや…

「アリス…」

『久々にお呼び出しが掛かったんだ。危害は加えられないだろうけど。』

訂正をしなかった。

つまりは、間違ってはいない。

『どうする?』

電話越しなのに試す様に笑っていることがなんとなく分かった。

答えなんて決まっている。

例えこの気持ちが錯覚でも。

今はまだ。

アリスを助けたいと願っている。

「迎えに行くに決まってる!」

未来のことは分からない。

けれど、今はまだ。

アリスに恋をしたままだ。

Re: 秘密 ( No.464 )
日時: 2017/02/04 02:01
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

〜・91章 空港・〜

アリスに電話をしても全然通じない。

エリスの言う通り、もう空港に向かっているのだろうか。

けれどもう車の中だという。

普通に考えれば間に合わない。

電車?

タクシー?

駄目だ。

どれも遅い。

ピリリっ

携帯の着信音。

「もしもし!?」

『水臭いですね』

『事情はエリスから聞いた』

街中で走り回っていた。

うろうろ立ち往生をしていた。

そんな時だった。

見計らった様なタイミングの電話だった。

「マリー…リン…?」

『後10秒で着きます!1歩後ろに下がっててください!!』

「えっ…?」

ピーポーピーポー

五月蠅い。

救急車のサイレンが。

騒いでいる。

あからさまにスピードオーバーしている救急車が突っ走ってきた。

キキッ

「うおっ!?」

息が止まるかと思った。

後1歩前だったら、絶対に轢かれていた。

ガラッと扉を開けると、見知った顔が現れた。

「1歩下がっててって、言ったじゃないですか!!」

鬼の形相とは、まさにこのことだと思った。

今まで知っていたマリーとはかけ離れた姿だった。

「ああ、もうそんなことどうでもいい!早く乗ってください!!」

「えっ…はっ…?」

「早くしろっ!!」

怖っ!

「ここは大人しく従った方が良いぞ…」

リンの助言に基づいて救急車に乗り込む。

言う事を聞かないと殺されかねない勢いだ。

バタンッと扉が強く閉まる。

「空港まで最速で!!」

サイレンを鳴り響かせながら、救急車は進んだ。

「アリスに伝えたいんでしょう?」

口調は静かで何時もと同じようだ。

けれど、気迫とでもいうのだろうか。

そう言ったものをひしひしと感じた。

「2人の親友として、全力で手助けします!」

Re: 秘密 ( No.465 )
日時: 2015/01/14 18:32
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

救急車のサイレンで車が道をあける。

確かに救急車なら普通の車より早く着く。

考えたな。

「後、どのくらいですか?」

言葉は優しいのに、口調はとげとげしい。

「15分くらいです」

運転手はマリーの問いに簡潔に答えた。

「10分で着くようにしなさい!」

感じる。

アリスに近づいていくのが。

「っで、昨日アリスとなにかあったのか?」

事情を知っているかと思った。

が、エリスから聞いたという事なら空港にいるという事しか聞いていないのかもしれない。

「振られた。っで、別れた。」

「「はっ!?」」

やっぱり。

そう言った反応だよな。

別れ話を告げられた時も、きっと同じような反応をした。

「恩人と言う気持ちを恋だと錯覚しているんじゃないかって…何も言い返せなかった」

確かにその通りかもしれない、と。

その時思ってしまったのだ。

だんだん分からなくなった。

好きも。

恋も。

なにをもってアリスのことを好きと言っていたのか。

「馬鹿ですか?」

「なっ…!」

「女々しいですね!私は凛に助けられました。恩人です!
でも、だからこそ凛に惹かれて、傍にいたい、触れたいって、ずっとずっと思ってます!
胸が苦しくなるくらい…痛くなって、切なくなって、頭がグチャグチャになって!
それが恋じゃなくて、なんだって言うんですか!?」

そう言われて。

少し迷った。

アリスを助けたいと言った想い。

それはただの哀れみ。

そして、そう思われることを嫌がっていた。

そういった想いを別にして。

アリスを単体で見たら。

容姿も立場もはぎ取って。

アリス本人で見たら。

自分は。

アリスを好きになれていただろうか…?

「…強制はしません。答えを出すのはケイ自身です。」

頭が。

真っ白だった。

「でも、アリスに会えたら。ちゃんと答えてあげてください。
アリスのケイに対する想いは…偽りがないと、思っていますから」

アリスだって迷っていると思いますから、と消え入りそうな声で呟いた。

今日は、らしくないマリーばかりを見た。

これもアリスがもたらした変化なのかもしれない。

空港へ向かう道中。

ふと、そんなことを思った。

Re: 秘密 ( No.466 )
日時: 2015/01/17 23:06
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

空港に着くと慌てて救急車を飛び降りた。

何処に行くかも分からない。

けれど、分からないからと言って諦められない。

「アリス!!」

喉が枯れるまで叫んだ。

周りに奇異な目で見られたって、気にするものか。

再び目の届かない所へ行くのが怖い。

もう二度と。

あの笑顔を遠くにやりたくない。

その気持ちの答えは…

「君!やめなさい!!」

警備員が現れ、腕を掴まれる。

「離せ、離せぇぇ———!!」

力いっぱい振りほどこうと暴れる。

けれど、そもそも体力に自信はない。

押さえつけられそうになる足を、頑張って立たせるのが精一杯だ。

「アリス!アリス!!」

行かせたくない。

出来ることならずっとここに引きとめていたい。

答えはもう出ている。

「アリス————!!」

「…圭?」

それは。

とても小さな声だった。

人混みの中、人だかりの中にもみ消されそうなほどに。

けど。

それで十分だった。

聞き違える訳はない。

間違いない。

アリスの金色の髪がちらりっ、と視界を掠った。

気付けば、腕を振り払って必死に走っていた。

無我夢中で。

後ろに追いかけて来る警備員の声も聞こえないほどに。

そうして。

アリスを力いっぱい、抱きしめた。

Re: 秘密 ( No.467 )
日時: 2015/01/20 20:47
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「好きだ!」

なにを話すか全く考えていなかった。

考えていたとしても、きっと頭が真っ白になっていただろう。

ただ、思っている言葉を口にした。

「ここにいろ!俺の傍にいろ!!何処にも行くな!何処にも行くな!!」

言葉の節節で強く抱きしめながら、何度も何度も繰り返す。

「圭…くるし…」

「助けたい、って言う思いがあったのは認める!
でも…それ以上にもっと抱きしめて、キスしたいって思うんだ!」

更に力を込めて、抱きしめてアリスの言葉を封じた。

「きっと初めは同情だった!
でも、今では…っ!心臓が壊れそうなくらい!どうしようもないくらい!!一緒にいたいんだ!!」

アリス。

細くて、力を込めたら折れそうなくらい危うい。

「…好きなんだ」

それでも。

アリスは強い。

人を変える力をもっている。

どんな時でも人を気遣ってしまう強さも。

その裏返しの弱さも。

髪も肌も。

全部。

支えていたいと思う。

離れがたいと思う。

どうしようもないくらい。

胸が痛くなって。

潰れそうなくらい痛くて。

傍にいればほっとする。

どうしようもない独占欲。

もう止められない。

歯止めが聞かない。

これから先もずっと。

アリスの手は僕だけのものだ。

アリスの隣は僕だけの居場所だ。

遠くに行くだけで、気が狂いそうになる。

もっと触れたい。

もっとそばにいたい。

一緒に生きて行きたい。

これを自分は。

恋、と名付けよう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「…私は何処にも行かない」

腕の中で苦しそうに答えた。

圭には実に驚かされっ放しだ。

「えっ!!?」

驚いたはずみで抱きしめていた腕が解けた。

やっと息が出来る。

「エリスを見送りに来ただけだ。ついでにアレクシスも。」

呆気を取られた顔をしていた。

分かりやすい。

そんなところにも、私は惹かれていたのだろう。

「大方エリスにからかわれたな」

エリスたちはもう見送った後だったから本人はいないが。

馬鹿だな。

大馬鹿の。

たわけ者だ。

けど…

どうして、こんなにも嬉しいのだろう。

ここまで必死に走ってきた圭を見て。

体が震えるほど。

嬉しいと思った。

「返事は…保留だ」

答えなんか出せない。

「アリスの事情は分かってる。少なくとも少しは。」

にかっと笑う。

そんな笑顔に。

私も口角が上がりそうになった。

「圭の気持ちは分かった…これは、私の気持ちの問題だ」

どうして、こう。

私が決めたことを。

決意したこと。

諦めようとしたこと。

それらを。

覆してしまいそうな強さが。

圭にはある。

「良いよ。これから、アリスが我慢できなくなるまで惚れさせるから。」

その言葉にボッと私の体温は上がった。

私の決意は。

そうそうに鈍りそうな予感がした。

「…馬鹿」

Re: 秘密 ( No.468 )
日時: 2015/01/23 21:47
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

〜・92章 2度目の春・〜

アニエス行きの飛行機に乗っていた少女はうっすらと笑っていた。

宝石の様な青い瞳に。

流れるような金色の髪。

西洋人形の様な容姿。

けれど、その容姿には釣り合わないほどに。

彼女の顔は不気味な笑みを浮かべていた。

まさか直前になって飛行機を断るとは…

アリスも随分まるくなったものだ。

以前なら何が何でもアニエスに戻った。

彼らの手を振りほどいてでも。

今日はそもそも、呼び出されてはいない。

けれど、アリスは直前になって我が儘を言う様な子じゃない。

いかなる事情でも組もうとするから。

どんなことにだって、理由がある。

それが持論だった。

手元に開かれているパソコンにはメールが一通届いている。

ケイからだった。

てっきり怒られるのかと思ったが、そうではなかった。

メールに一通り目を通すと再び頬が緩んだ。

んー、と凝りに凝りまくった肩を鳴らす。

座席が広いのは本当に助かる。

「面白いこと言うじゃん」

日本では丁度今日は入学式。

これから彼女を取り巻く環境はどう変わるのか。

見物だ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

春休みを終え、再び桜の季節がやってきた。

私達が再会をした春。

入学式の翌日にはマリーとの再会を果たしていた。

クラス分けではリンとマリーは同じクラスに。

私は圭と朝霧と同じクラスになった。

文理選択でマリー達とは別れることが分かっていた。

けれど、まさか圭と同じクラスとまでは思わなかった。

「アリス、今年もよろしく」

「…宜しく」

何故か圭が隣。

少しだけ悪意を感じる。

空港で告白されてからまだ日もさほど経っていない。

正直気まずい。

圭のこと…私は多分好きだ。

けど…

「アリス、今日の帰り暇?何時ものカフェに行かない?」

「悪いが、今日は用事があるのでな。」

言ってはみたものの、用事なんて何もない。

圭たち以外に人脈と言ったものは皆無に近い。

「今日は朝霧の家に邪魔する予定があるのだ!」

近くを通り過ぎた朝霧の裾を掴む。

途端に男子2人に驚いた顔をされた。

「遥と会う予定が合ってな。そういう訳で、圭とは別行動だ。」

無理矢理だが、これ以外に言い訳も出来なさそうだ。

丁度誰かに相談したい所だったし、相談相手としては遥は最適だろう。

放課後の予定が早々に決まってしまった。

Re: 秘密 ( No.469 )
日時: 2015/01/23 21:59
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「巻き込んで済まないな、朝霧」

予定も聞かずに無理矢理言いきってしまった。

「別に…いいけど…」

「圭と少し話しづらくて…思い付いたのが、朝霧の家だけだったのだ…」

言い訳の様に何度も繰り返す。

実際、いい訳だしな。

「遥は元気か?」

「まぁ、な。最近は学校にも行くようになったし、今日も入学式に行った。」

朝霧から時々もたらされる情報では、遥は学校での友達づくりも良好らしい。

時々は男の話も上がるらしく、話している朝霧のヤキモキした顔が面白かった。

昔とは本当に変わった。

「ただいまー」

朝霧が遥と和解をしてからは、ほとんど来なかった家。

今日上がったのは久々なことだった。

「やっぱりまだ帰ってきてないな。」

朝霧は鞄を床に置き、台所で珈琲を沸かし始めた。

元々手先は器用なのだろう。

動きに迷いがなかった。

「っで、どうかしたのか?」

私の目の前に珈琲を置くと、さりげなく切り出した。

「家に来たい、なんて突然言い出すなんておかしいだろう。
さっきも、八神と気まずくなったとか言っていたし。遥の代わりにはならないが、協力できることがあったら言ってくれ。」

意外と目ざとい…というか私が分かりやす過ぎるだけか。

珈琲を口にすると、あまりの苦さに直ぐに飲むのをやめた。

ブラックだ。

朝霧も同じものを平然と飲んでいたから、油断した。

「誰にも言わないから、言うだけ言ってみろ。」

どの道、遥が来るまで時間はあった。

クラスメートに話すのは気が引けたが、もう耐えられそうには無かった。

気付けば私は自分の身に起きたことを、つらつらと朝霧に語り聞かせていた。

圭とは昔からの付き合いで、6年前音信不通になったこと。

それから、去年再会したこと。

それから何時からか彼に好意を寄せていたこと。

一緒に夏祭りに出たり、私が行方不明になった時は一生懸命探してくれていたこと。

…クリスマスに彼にキスをされたことは、2人だけの秘密として伏せた。

年越しも一緒に過ごし、バレンタインにはチョコを貰ったこと。

ホワイトデーに告白されたこと。

合唱コンクールの後、告白の返事をして付き合う事になったこと。

彼のお姉さんに会って、彼の家庭の事情に口を出したこと。

そうして彼が笑ってくれたこと。

やがては自分が彼に害をなすことに気付き、別れ話を持ち出したこと。

アニエスのことは伏せて、簡潔に告げた。

簡潔、と言った割には実際に口にすると。

それは思っていたよりも長く。

言葉にすることによって、更に胸に沁みた。

「私はきっとまだ彼が好きだ。けど、私は別れなきゃいけないの。」

いずれ父の呪縛から逃れられても。

その時には私は彼の傍にはいられない。

記憶を失ってまで、彼の傍には居たくない。

「彼が本当に私を好きか、分からない。好きだと言ったのは嘘ではないのかもしれないけど。」

何時か自由になった時。

その時彼が隣にいたら、なんてそんな夢を私は抱かない。

だって、それはもう私ではない。

「何時だって。今だってそう、圭は何時だって私の中に昔の私を見ている。」

私は昔のことを覚えていない。

圭が好きになったのは、別の私だ。

圭が昔話をもちだすたびに、圭が好きになったのは昔の私だと思い知らされる。

「昔の私を好きになってもらっても…嬉しくない…!」

今の私を見て。

昔でも、未来でもなく。

今の私を見て、圭は私を見ているの?

それがずっと知りたかった。

「…どのみち、もう遅いけれど」

圭の隣を失ってまで、記憶を消したくは無い。

けど、圭の気持ちが偽りなら。

圭への思いを断ち切れれば。

私はやっと自由になれる。

「…羨ましいよ」

ぼそり、と朝霧がそう呟いたのを。

私は聞き逃さなかった。

Re: 秘密 ( No.470 )
日時: 2015/01/26 18:00
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

話を聞いた。

時々不可解なことも合ったけれど、大方のことは分かった。

「朝霧?」

「…羨ましいよ」

振り返ってもらえて。

こちらの想い人は。

一生こっちを振り向きはしない。

それをなによりも分かっていた。

ソファの背もたれに手をのせる。

三田村が座っているソファ。

不思議そうな顔でこちらを見上げている。

八神のことを悲しそうに話す三田村を見ていたら。

自然と触れたくなった。

ずっと蓋をしていた気持ちが。

溢れだしそうになった。

三田村の方に顔を寄せる。

驚いた顔をしながら、避け様とする。

もう片手で、逃げ道を封じた。

鼻と鼻があと数センチでくっつきそうになる。

彼女の吐息が。

とてもくすぐったい。

「…こよ」

ガチャッ

玄関からしたその音に、体が反射的に離れた。

今。

一体なにをしようとしていた…!?

自分で自分の行動が信じられなかった。

カァッと顔を真っ赤に染めている彼女を見ていたら、自分の頬まで熱くなった。

「か、帰る…!」

勢いをつけて立ち上がった彼女は、真っ赤な顔でお辞儀をすると玄関に向かった。

「遥ちゃん…!また来るね!!」

玄関先から少し上ずった声が聞こえた。

あ〜

一体なにをしているんだ。

話を聞いていて分かっただろう。

一生叶わない。

それなのに。

燻っている気持ちを押さえられなかった。

あんな、視線1つで。

クラスメートなんだぞ。

「これから一体どういう顔をすればいいんだよ…」

明日からも普通に学校がある。

明日からどんな顔をすればいいんだ。

「連兄?」

「…ああ、遥か。お帰り」

「どうかしたの?連兄顔真っ赤」

鏡を覗き込んだ自分は確かに顔を真っ赤にしていた。

Re: 秘密 ( No.471 )
日時: 2015/02/01 15:27
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

帰り道、必死に顔を隠していた。

まさか、まさかな。

朝霧が、そんな…

気のせいだ、気のせい

何度も自分を落ち着かせようと思ったが、暴れる心臓は収まる気配を一向に見せない。

さっきの朝霧はまるで。

まるで。

「アリス?」

「…圭!?」

今一番会いたくない。

「顔真っ赤。なにを話してたの?」

やはり、顔が赤くなっていたか。

自覚は確かに合った。

「いや…なんでもない…」

圭は変な所で鋭いから、それが嘘だとすぐに分かっただろう。

それでも何も言わずに手を繋いでいてくれたことは、確かに嬉しかった。

圭の手は大きくて、固くて、温かかった。

「…言っておくけど、絶対に惚れたりなんかしないから!」

絶対に絶対に。

惚れたりなんかしない。

圭にも。

朝霧にも。

「今の内だよ、そんなこと言えるのも。」

そういってさらに強く握ってきた圭に。

不覚にもときめいてしまった自分が情けなかった。

まだ心臓は。

暴れたまま。

Re: 秘密 ( No.472 )
日時: 2015/02/02 17:27
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

〜・93章 何時も通りに・〜

考えていても仕方がない。

深呼吸を1つして、再び学校に向かった。

休む理由もないし、ここで休んだら余計に変なことを思われてしまいそうだ。

会ったら昨日のことを謝る。

いや、謝ったら意識していたことを認めてしまう。

ここはあえて放置しておく。

普段だって別に何か話をする訳じゃない。

何時も通りスルーだ。

聞かれたことだけ答えればいい。

こちらからは話しかけない。

「おはよう」

いじめグループを抜けてから、クラスメートとはそれなりに折り合いを付けてきた。

挨拶をするだけでいくらか返事が返ってくるくらいには。

「おはよう、朝霧」

すると、まさかの意外な返事がきた。

声の主には覚えが合った。

「昨日は世話になったな」

三田村こよみ。

せっかく心落ち着けてきたというのに、昨日のことを早々に口に出された。

「あ、ああ…昨日は遥も喜んでたよ!また来てくれと…言って…」

失敗した。

早々にまた家に来るように頼むなんて。

昨日のことが合ったばかりなのに。

「…いた気もするかな」

昨日のこと、気にしてはいなさそうだけど。

キ、…スしようとしていたのに。

「そうか、じゃあまた近々お邪魔しよう」

あっけからん、と笑っていった。

何時もと同じ笑顔だった。

「あ、ああ…宜しく頼む。何時も悪いな。」

「なにを言う。こちらが世話になっているところだよ。」

何時も通りの少し男勝りな喋り方。

何時もと何も変わらない。

むしろ、何時も以上に話している。

何時もは時々遥の様子を聞いてくるだけだったのに。

ヘタに身構え過ぎただろうか。

それとも、もう忘れてしまっただろうか。

「じゃあ、またな」

馬鹿みたいだ。

こっちばかりが意識をしている。

いつだって。

Re: 秘密 ( No.473 )
日時: 2015/02/03 17:19
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

朝霧と話した。

何時も通りに接せられただろうか。

不自然ではなかっただろうか。

頬が少し熱い。

いけない。

また昨日のことを意識し出している。

何時も通りに演じろ。

自分の気持ちを偽るのは専売特許のはずだ。

私は普通の高校生になんて。

なれっこない。

自分の特技を。

今発揮しなくてどうするんだ。

思考を止めるな。

考えろ。

それだけが唯一のとりえだろう。

気持ちを落ちつけろ。

何時も通りに接しろ。

どうせもう、誰も好きにはなりはしない。

圭だけで、懲り懲りだ。

私に恋なんて似合わない。

惚れる価値もない。

「三田村っ!」

何時もと違った朝霧の声に振り返る。

「来月…遥の誕生日なんだけど、良かったら…祝いに来ないか!?
と、いうか…サプライズの企画っ!一緒に…考えないか?」

大丈夫。

私は同じ失敗を繰り返さない。

圭の二の舞はごめんだ。

もう、恋はしない。

昔の傷が疼くから。

「行く」

Re: 秘密 ( No.474 )
日時: 2015/02/10 15:52
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

それから数日間、帰りに並んで歩くのが朝霧だった。

何時も圭がいた立ち位置に。

朝霧がいることが何だか不思議だった。

「サプライズって言っても…何が好きなんだ?」

「好きなもの…甘いものとかは結構好きだったはずだ」

「ああ、だからか。」

朝霧の家には市販のお菓子が沢山ため込まれていた。

それに、お菓子作りの器具はたくさん備え付けられていた。

きちんと手入れされていた辺りは朝霧兄弟らしい。

来月、と言った割には準備がやたら早い。

けれど、遥はまるで妹のように思っていたから。

少し、嬉しい。

「甘味の店なら私は沢山知っているぞ。」

甘いものが好きなのだ。

マリーとよく行ったし、時折4人でも行った。

「でも好みが分からないな…」

一度クッキーを焼いたら喜んでいた。

彼女にお菓子を作ったのはあれっきりだ。

クッキーだけじゃ好みは分からない。

「じゃあ、日曜日に一緒に行かないか?」

えっ…

折角のお誘いは嬉しいが…圭のことがチラつく。

もう忘れるって決めたのに…

「…分かった」

絶対に。

忘れる。

私には護身術があるし、エリスもいる。

私を止めるブレーキはある。

「学校からすぐ近くの〈ハンプティ・ダンプティ〉でいいか。
色んな種類のケーキやタルトを揃えてて、美味しいぞ。」

つい食べ過ぎてしまうから禁じていたが、事情があれば仕方がない。

「日曜10時、校門のところで。くれぐれも遥に気付かれるなよ。」

昨日のことも合ったし…

でも、圭を忘れる口実にはなる。

それなら、まだいいか。

Re: 秘密 ( No.475 )
日時: 2015/02/11 09:09
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

日曜日、10時少し前に学校へ向かった。

朝霧の私服を見たのは初めてだった。

そもそも顔立ちが整っていたせいか、よく似合っていた。

「行くか」

並んで歩く。

以外に背が高かった。

圭よりも高いのではないだろうか。

「っで、どういったお菓子が好きなんだ?」

「酒を使う菓子は嫌いだったな…後は抹茶とかも嫌いだし…」

私は今、なにをしているのだろう。

圭の隣はとても心地よかった。

朝霧の隣だって悪くはない。

話してみて分かるが、割と話が続く相手だ。

本等は読まないが、私が知らないこともかなり知っている。

考え方も多少似ているところもある。

「私と同じだな」

私もアルコールが使われたお菓子は好まない。

一度ウイスキーボンボンを誤って食べた時、酷い有り様だった。

私はあまり覚えていないが、圭曰くいつもより甘えるらしい。

それに積極的になるらしく、圭は酔っぱらっている時の甘えが嬉しいらしい。

後、酔っぱらっていると何時もと違った可愛いさがあるらしい。

覚えてないことでそんなこと言われても、恥ずかしいだけだったが。

その時、早くお酒を飲めるようになりたいと思った。

何時も圭に甘えられればいいのに。

何時も圭に甘えることが出来ればいいのに。

私は自分の気持ちが分からなかった。

本当に圭に恋をしていたのか。

圭に抱きしめられてから、その答えは私の中にずっと疼きっぱなしだ。

「三田村?」

「あっ…」

また無意識のうちに考えていた。

どの道恋をしてもしなくても、私はここからいなくなる。

幸せになることをとっくに諦めた。

記憶を消す、あるいは…

「ああ、チョコは好きだったな」

どちらにしろ私に未来はない。

生きるために具体的な案を考えても思い付くのはこれだけだった。

私に人は殺せない。

殺したとしても、その後あいつ等に顔を合わせられない。

どの道を選んでも、あいつらの傍にいられない。

絶対に安全な方法は1つだけ。

決行は多分1年以内。

今の内に縁を切るべきだ。

「三田村?」

でも、私は上手くない。

もっとうまく別れるべきだった。

そして、私は下手だった。

怪しまれないためには、むしろ黙っているべきだった。

でも、私が耐えられなかった。

傍にいられないことが頭にチラついた。

傍にいることに耐えられなくなったのは私だった。

「三田村?」

「ああ、ここだ」

<ハンプティ・ダンプティ>

綺麗な装飾の、少しメルヘンチックな店だ。

男1人では入りづらそうだ。

傍にいたい。

でも、傍にいることには耐えられない。

傍にいられないくらいなら、離れた方が楽。

そう、思っていたのに…

Re: 秘密 ( No.476 )
日時: 2015/02/11 13:37
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

〜・94章 Happy Birthday・〜
テーブルの上には沢山の皿。

気に入ったものを探すために、ケーキを分けて食べた。

<ハンプティ・ダンプティ>は種類の多いことで有名な店らしい。

分けて食べても、胃がきつい。

抹茶やアルコールを含んだものを避け、チョコ系統のものを選んだ。

そう言ったところで遥と私は好みが合いそうだな、と彼女は言った。

彼女もチョコが好きらしい。

最初に彼女の言うお気に入りを全て食し、次第に新メニューや名前も知らないジャンルにまで手を伸ばした。

最終的に、店を出る時には腹はいっぱいだった。

苦労あってか、大方の見当はついただけまだマシだ。

夕方に店を出たが、その後は何故か家にあがっていった。

遥に食事に招待されていたらしい。

「何時も私が食べている即席物と違って栄養のしっかりした食事だ。」

それだけ食事が乱れているのだろうか。

最も、今日は遥が張り切って何時もより豪勢だ。

それほどに彼女の来訪が嬉しかったのだろう。

正直あまり食欲はなかったが。

「学校はどうだ?」

「う〜ん…新しいクラスにはまだ慣れないけど、割と順調かな。」

2人はかなり打ち解けているようで、見ていて微笑ましかった。

姉妹の様、とまではいかなくても、友達くらいには見えただろう。

彼女はここまでフレンドリーだっただろうか?

昔の彼女とはだいぶ印象が違う。

角が丸くなっているような…そんな気がした。

これも、八神のせいだろうか。

…いや、考えるな。

気にすることない。

けど、彼女がいる食卓は何時もより華やかだった。

「ふ〜、お腹一杯。美味しかったよ、遥」

テーブルの上に置かれていた、大きなチキンや山盛りに盛られたサラダ。

何時もに比べて豪華すぎる。

あからさまに食べきれないので、半分近くはサランラップに包まれることになった。

「そうですか?まだまだ練習中です!」

遥がここまではしゃぐのも珍しい。

数か月前までは部屋の隅にうずくまっていたとは思えない。

あの毎日部屋の前にご飯を置いていく習慣は、何時しかなくなっていた。

「栄養も取れてるし、見栄えも悪くない。遥は料理上手だね」

「また来てくださいね、こよみさん!」

いつの間にか名前で呼び合っていた。

羨ましくなど断じてないが、本当に変わったものだ。

昔の彼女は無口で、無表情で、いくら嫌がらせをしても顔色1つ変えなかった。

絵と運動は苦手だったが。

美術の時の惨憺たる粘土や画用紙、鋏を持たせても真っすぐ切れない。

芸術的センスと言ったものが決定的に欠けていた。

よく昼休みに美術室で黙々と課題に取り組んでいた。

体育もドッジボールも徒競走もからっきしだった。

とにかく直ぐばてるし、少し走っただけで息があがった。

昔のことを思い出すと、不思議と忘れていた事まで思いだした。

Re: 秘密 ( No.477 )
日時: 2015/02/14 17:21
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

ヒュンッ

そんな小さな音の後、灯りが一斉に消えた。

ブレーカーが落ちたのだと、数秒後理解した。

「大丈夫か?」

暗闇の中呼びかけるが返答はない。

手探りでブレーカーの元まで行く。

灯りが付けば否応なしに居場所が分かる。

パチッ

消えた時とは対照的に一斉に灯りが付いた。

しかし、何故そんなに突然ブレーカーが落ちたのだろう。

そこまで急激に使った覚えはない。

台所で遥が何かを作っていたのだろうか。

リビングに戻ると再び灯りが消えた。

けれど、部屋の中には灯りが合った。

その灯りは小さく、けれど揺らめいていた。

「お誕生日おめでとう「連兄」「朝霧」」

思えば不思議だった。

どうして、ここまで夕食が豪華なのか。

いくら彼女がきたとは言えど、3人分にしては豪勢過ぎる。

そう、まるで…

祝い事でもあるような勢いだった。

すっかり忘れていた。

もう何年も誕生日を祝っていなかったから。

「おめでとう、朝霧…いや、連」

彼女は静かにもう1度言った。

「お誕生日おめでとう、連」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

揺らめいていた灯りは蝋燭だった。

「どうして分かったんだ?」

「遥に教えて貰った。」

まあ、それしかないが…

学校の奴だって恐らく知らない。

「話は後だ、蝋が溶ける。いっちょ派手に消してくれ」

言われるがままふーっと消してみると、温かい拍手が迎えた。

「今まで迷惑をかけてごめんなさい、連兄」

パチッと灯りが付くと、直ぐその言葉が聞こえた。

「こんなもんじゃまだ全然恩返ししきれないけど…せめて今日だけは祝わせてよ」

目の前にいる自分の妹が。

ひどく大きな存在に見えた。

「ということだ、朝霧。有り難くいただけよ。」

灯りを付けると遥の手にはとても大きなケーキが掲げられていた。

しかも、大好物のチョコレートケーキだ。

ケーキの好みを遥が知っていたとは思えない。

それほどにケーキなど食さなかった。

となると、主犯は彼女だろう。

「ん?どうかしたか?そうかそうか、感動して言葉も出ないか」

遥を更生させるは、人の家に勝手に馴染むは、勝手に距離を縮めるは。

人の家にあがってサプライズまで目論むとは…

蝋燭も手作りの様で、少しいびつな形をしていた。

表面にはホワイトチョコとストロベリーチョコでデコレーションまでされていた。

”Happy BirthDay to Ren”

小さな似顔絵まで付いていた。

3人の、似顔絵。

髪が長い女の子みたいなのと、髪が少し短めな女の子と、生意気そうな目つきをした男の子。

絵が相変わらずの歪で、相変わらず芸術的なセンスが欠片ほどもない、不器用な絵。

すぐさま誰が書いたか分かった。

「…じゃあ、有り難く頂くよ」

そのチョコレートケーキはとっても甘くて、どこか懐かしい味がした。

Re: 秘密 ( No.478 )
日時: 2015/02/18 20:11
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「じゃあ、そろそろお暇するよ。兄弟水入らずゆっくり話しておきなよ。」

「えーっ!もう帰っちゃうんですか?」

時計を見ると確かに遅い。

夜9時を回りかけている。

早い時間ではない。

「あっ、そうだ!泊まっていきませんか?部屋なら余っていますし!」

突然の無茶ぶりに、彼女は困った様に笑った。

「ごめん、やらなきゃいけないことがあるから。泊りは今度ね。」

やらなければいけないこと。

それで何故八神の顔が浮かぶのだろう。

「そうか、悪いな。引き止めて。」

このまま泊まりじゃ流石に気まずすぎる。

断ってくれて正直助かった。

「じゃあ、連兄送ってきなよ。私は後片付けがあるし。」

「っ!?」

遥の発言に目を疑った。

素で言ってるのか、それとも狙ったか分からないが困った提案だ。

「流石に悪いよ。」

「夜に女の子が一人歩きする方が悪いよ。」

理由を聞くと納得してしまった。

常識的に言っても夜9時過ぎに1人で歩かせるのは悪い気がしてきた。

「わかった、送ってくる。」

「連まで…!」

いつの間にか名前呼びになっている。

迂闊にも頬が緩みそうになった。

「良いから、とっとと行こうぜ。これ以上押し問答していても時間が遅くなるだけだ。」

彼女の手を引いて、無理やり連れ出す。

やばい。

今、2人っきりは少しきつい。

それでも、掴んだ手を離したくないと思ってしまう自分に。

少しだけ嫌気がさした。

Re: 秘密 ( No.479 )
日時: 2015/02/20 01:24
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「っで、今回のパーティー、立案者はお前だろ。」

なんとなく手を離すタイミングを失ったので、いまだ繋ぎっぱなし。

流石に気まずいので話題を振った。

「遥に教えてもらったんだよ。それでケーキの好みを調べてサプライズを企画したんだ。」

「それで、ブレーカーか。」

彼女の横顔はとても楽しそうに笑っている。

「そう。こう言ったことを計画するのは好きなんだ、というより頭を使うのが好きなんだ。」

彼女曰く頭を使って凝ったことをするのが好きらしい。

「…今回は、人の為になるしな」

あっ

彼女は時々切なそうな顔をする。

どこか遠くを、眺めている。

何処を見ているか分からない。

今彼女は、なにを想っているだろうか。

「…今日は楽しかった。プレゼントは残念ながら準備する暇がなかった。だから、今度にしてくれ。」

「別に…わざわざいいよ。」

「だーめっ!プレゼント、なにが良い?」

なにも意図せず笑っている。

こっちがどんな気持ちになるか、考えてもらいたい。

人の前で悲しそうな顔をして、不用心に笑ったり、はしゃいだり。

「連には世話になっているからな。…何故だろう、連の隣はほっとする」

全く…

不用心にも程がある。

肩をガッと抱き寄せると、小さくて華奢な彼女はすっぽりと腕の中に治まった。

「…じっとして」

自分らしくない。

そんなことは十分わかっている。

けど、離れがたいと思ってしまう。

「…ちょっとだけ…このままでいて」

どれくらい抱きしめていただろう。

離れたのは、彼女の小さな声からだった。

「…連っ」

その声にハッと我に返った。

バッと解くと、頬を染めた彼女がいた。

「…」

暫くの間沈黙が流れた。

「ぷ、プレゼントの件だけど…とっとく、ってあり?」

やっと絞り出せたのはその言葉だった。

「…あり、で…良い」

頬を染めながら、そう答えた。

意外だった。

てっきり拒否されると思っていた。

「もう家、すぐそこだから…っ!もう…いいっ!」

頬が真っ赤だ。

耳まで真っ赤になっている。

「三田村」

先に歩きだす彼女の背中に声を掛ける。

謝罪をしなければ、と思ったのだ。

「…こよみでいい」

振り返らずに彼女はぼそりっ、と答えた。

「…こ、よみ」

なんて言おうと思っていたのだろう。

けれど、口は思わぬ言葉を口にした。

「…好きだ」

Re: 秘密 ( No.480 )
日時: 2015/03/05 15:54
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

〜・95章 歪んだ気持ち・〜
聞き違いとも思えるほどの小さな声。

でも、その言葉は確かに私の耳に届いていた。

錯覚ではない、とどこかで感じていた。

「…私はもう、誰も好きにはならない。」

だから、嘘はつかなかった。

はぐらさなかった。

いや、出来なかった。

耳まで真っ赤に染めていた朝霧を見ていたら。

そんなことをしたら、不誠実だと思った。

こんなに顔を赤らめられるくらい、人間性にあふれていただろうか。

そう思うと、確かに変わった。

それは朝霧に起きた変化。

…良かった

ここまできて、まだこんなことを考えている。

彼がそこまで真剣な話をしているのに、私は頭の中で全く違う事を考えている。

もう、彼の気持ちと向き合っていない。

こんなときでも、圭の顔が思い浮かぶ。

「…言われるとは思わなかったよ。薄々気付いていたけれど。」

「…やっぱりか」

彼も気付いていただろう。

私の気持ちに。

そしてそれが、揺らがないって言う事が。

「残念だ。朝霧は…話していてとても心地いい相手だった」

私は世界のことを何も知らない。

この町の裏情報を、私にもたらしてくれる。

その情報がなんだかとても斬新で、面白くも合った。

足を洗ったとはいえ、やはりそう言った変化には敏感の様だ。

エリスの集める情報とも違う。

自分の経験を織り交ぜていて、分かりやすかった。

本の貸し借りだってしていて、心地よかった。

似た様なことを同じように考えた。

でも、圭との方が楽しかった。

圭ほど同じもので心ふるわせ、近くには感じなかった。

私は全然圭を忘れられていない。

私が圭と別れたのは、それが圭であったから。

愛おし過ぎたから。

だから、ちょっとした歪みでも私の心に不安が巣食った。

そして、あまりにも私の近くにいたから。

危害が加えられるのも、加えるのも嫌だったから。

それが朝霧に変わっても、きっとまた傷つけてしまう。

「私はお前を傷つけたくない。」

少なからず、良く思っているのだ。

誰でも、1人でも傷付くなんて許せない。

そんなこと、想像するだけで体が震える。

「…ごめん」

私は憶病だ。

自分の苦しみを先延ばしにするために、圭の気持ちまで踏みにじった。

だからこそ、いくらでも汚れることが出来る。

それはもう、誇れるほどに。

今、手を離した方がある意味いいのかもしれない。

遠い未来のことでも、今からもう頭からこびりついて離れない。

今でも発狂してしまいたい。

当たり前の様に未来を描けない。

そんなこと、とっくに分かっていたはずなのに

「身勝手な理由で済まない。ちゃんと、誕生日は祝うから。」

今まで通りでいられるか、それすら分からない。

私は自分勝手な理由で如何に傷つけているかも…分かっているつもりだ。

「…でも、嬉しくなくも、無かったよ」

Re: 秘密 ( No.481 )
日時: 2015/03/14 10:35
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

分かっていた。

彼女の事情とやらも、いまだ捨てきれない想いを抱えていることも。

「今まで通り、友達に戻るって言うのはありか?」

勝手に口が動く。

見苦しい。

でも、せめてもの悪あがき。

引き際をわきまえる、いい子なんて今はしていられない。

「…あり。朝霧みたいな奴、手離すのは惜しいからな」

何時も通り平常の声。

でも、少しだけ照れていた様な気がした。

まあ、気のせいかもしれないが。

「じゃあな」

彼女は背中を見せたまま、家路に急いだ。

これ以上付いていくのは…流石にやめておこう。

こっちの心臓も持ちそうにない。

彼女はどうして最後に嘘を吐かなかったのだろう。

嬉しくなくもない、なんて遠回しな言葉を使ってまで。

嘘なら、最後まで付き通して欲しかった。

そんな言葉を聞いたら、おずおずと食い下がれない。

欲が出る。

心拍数があがっている。

心臓に悪い。

気のせいか、彼女の耳が赤い様な気がした。

Re: 秘密 ( No.482 )
日時: 2015/03/18 15:23
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

帰り道。

1人で歩んでいる。

以前、圭が待っていたことを思い出した。

そのことを思い出して、胸が痛くなるなんてどうかしている。

突破口は…ない訳じゃない。

けれど、もし実行するとなると…

また誰かを傷つける、か。

私は何をしても誰かを傷つける宿命らしい。

「…け、い」

言葉にしてから軽い後悔に襲われた。

会いたくてたまらなくなった。

分かっている。

私は圭に…

どうしようもないくらい圭に…

「アリス」

偶然にしては出来過ぎなくらい、絶妙なタイミングで。

「…タイミングっ、良すぎだよ」

ずっと聞きたかった声で。

圭は言った。

「一緒に帰ろう」

その言葉に、私は素直に頷いた。

Re: 秘密 ( No.483 )
日時: 2016/05/07 00:36
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「圭」

この気持ちに名前を付けたのは、何時だっただろう。

最初は何ともなかった。

でも、抱きしめられその言葉を聞く度に。

彼の傍にいたい、と願った。

そして無自覚に自分の未来を描いていた。

それが楽しく、嬉しかった分。

私の心は締め付けられていった。

「…話があるんだ。」

「なに?」

「内緒。心の準備ができたら、ちゃんと話すから。」

もっとそばにいたい。

そう想ってしまった。

彼の隣でこの先も笑っていたい。

残された時間が短いのなら、その時間をずっと笑っていたい。

私は卑怯で、汚い。

強欲で人の想いなど簡単に踏みにじる。

「…待っていてくれるか?」

自分の為なら。

自分の欲の為に、私はまた誰かを傷つける。

振りほどいたはずの手を、私は諦めきれずにいる。

だから、私は求める。

強欲に人間らしく。

振りほどいたはずのその手を。

どんな手段をもってしても。

いけないと分かっていても。

葛藤しながら、求めてしまうのだろうな。

「待たないよ」

…少し驚いた。

けれど確かに都合が良すぎる話ではあった。

「その前に、惚れさせるから。1ヶ月もいらない。」

クスッ、と小さな笑い声が私の口から洩れた。

温かい気持ち。

私はきっと今、微笑んでいるのだろう。

「…敵わないな、圭には。」

Re: 秘密 ( No.484 )
日時: 2015/03/22 17:31
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

〜・96章 早すぎる別れ準備・〜
私がその考えに囚われて、抜け出せないというのなら。

その考えそのものを忘れてしまえばいい。

アニエスの技術をもってすれば、その程度のこと出来る。

脳内の水分調整で、特定の思考の抹消くらい。

けれど、1人覚えていなければならない人がいる。

圭たちと過ごしているうちに私はまたその答えにたどり着くだろう。

けれど、絶対的な手綱が必要だ。

私の最大の理解者。

それがエリスだった。

エリスには記憶抹消の機会を操ってもらわなければならない。

とても繊細で危険な作業。

失敗すれば変に記憶が飛んだり、自我を失ったり、廃人になったり、下手すれば死だ。

けれど、エリスになら任せられる。

例えばエリスに手紙を託す、自分である程度その思考に誘導させる。

その手順をちゃんと踏めば。

一時的でも、この苦痛は先延ばしに出来る。

何時か分からない未来に怯えることなく。

今を生きることが出来る。

別れ準備には、些か早い。

私には長い間それを隠し通せるほどの演技力がない。

残念ながら。

その分、エリスの負担は大きい。

真実を知っている分。

あと1年も、圭の傍に今まで通りの顔をしていけない。

かといって、傍にいないととても不安で怖くなる。

圭に依存している自分が嫌で。

大嫌いだ。

それなのに、圭たちのことを忘れたくない。

我が儘にも程がある。

私は自分の未来の為に。

エリスを礎にしようとしている。

圭の傍に。

美しい姿だけ、見せたいから。

血に汚れた姿なんか見てほしくないから。

ただ、それだけの為に。

これだけ大仰なことをする。

圭は私に欲がないと、良く言うけれど。

私ほど強欲な人間も珍しいだろう。

誰かを傷つけてまで、普段の日常を守りたいと思っているのだから。

Re: 秘密 ( No.485 )
日時: 2015/03/22 17:37
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

決意を新たにした私は、直ぐにエリスに連絡をした。

揺らいでしまう前に。

エリスはすべて分かった様な声音で、それを了承した。

私には、しつこい執念がある。

それに人を騙す表情の扱い方、弓、ナイフの使い方。

それらをエリス直々に教わった。

裏世界の為に必要な技術、全てを私は叩きこまれた。

体力はないが、大体のことはできる。

そういう風に作られた、道具だから。

その私が、人の心をしった。

見よう見まねでそれを真似た。

そうして、今には私の周りに人が溢れている。

「連」

私は人のまねをして生きる、化け物だけど。

化け物だからこそ、私は何をするにも躊躇わない。

「今日、一緒に帰ろう」

傷つけたくないと、感じるその想いも。

人だからこそ感じられる思いだ。

私はそんなこと、思わない。

知ったことないと、鼻で笑うだけ。

圭のお陰で人に近付けたのだ。

圭から離れたら、私は。

人間でいられる、自信がない。

Re: 秘密 ( No.486 )
日時: 2015/03/24 14:02
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

優柔不断で気まぐれ。

何時だって圭たちに迷惑をかけてきた。

私は傷つけたくない、って言っておきながら。

やっぱり、逆らうのが怖くて。

どうせ助からないと決めつけて。

自ら父のもとに向かう。

そうすることで守れるって、心の底から信じて。

傷つけない様に、平凡な世界で暮らせるように。

私は大人しくいいなりになる。

そうすることで、私は彼らを守っていた。

私と深く干渉させない様に。

私の気持ちさえ殺せば、後はもう待っているのは日常だ。

私がつまらない願いを思い描かなければ。

それですべては解決だ。

答えは出てる。

それなのに、何時までも圭にしがみ付いている。

少しでも長く。

傍にいられる様に、と。

1秒でも、長く。

触れていられると。

私にはこんな幸せなんていらない。

私の生きる場所は戦場だ。

私の能力は、そこでのみ発揮される。

日常に未練など抱かない。

感情といったものが、なくなればいいのに。

私はよくそう思う。

こんなに締め付けられるような思いも。

喉がきゅっ、とする様な気持ちも。

いらない。

いらない。

でも、捨てられない。

苦しいのに。

辛いのに。

それでも、捨てられない。

何気ない言葉が。

友として。

当たり前の様に接してくれた。

小さな言葉が。

私を普通の人間にしてくれた。

それでも、圭たちは自分から火種の中に飛び込んでくる。

ボロボロになって。

そんな圭たちの隣にいるべきには。

私も戦わないと。

私も覚悟を決める。

全てを捨てる覚悟。

そして、全てを受け止める覚悟を。

Re: 秘密 ( No.487 )
日時: 2015/04/03 14:27
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

教室にはもう人はいない。

一緒に帰ろ、と誘われたものの委員会の集まりが合った。

そのことを話したら待っている、と満面の笑みで答えた。

話したいことがあるから、と。

思ったより遅く終わった。

彼女はフワリ、と笑った。

笑っているのに、どこか寂しそうな笑み。

「誕生日プレゼントとして、今日は言う事5つ聞いてあげる。」

教室に戻ると開口1口彼女はそう言った。

鞄を持って、歩きだす。

「あのね、連。私は優しくない人間だから。
私は今から君に酷いことをする。きっと、とてもひどいこと。」

教室を出て、廊下を歩くその後姿を追う。

彼女の背中だけだと、彼女の表情は見えない。

だから、その代わりに。

彼女はそう言った。

「願い、聞いてあげるよ。」

彼女の視線の先には、きっと自分は写っていない。

色んな表情が出来る様になった。

「手、繋ぎたい」

悲しそうな顔も、嬉しそうな顔も、愛おしそうな顔も。

その眼差しの先にはきっと、自分は写っていない。

こちらを向くことはない。

何時だってあいつは人目を憚らず、手を繋いでいた。

彼女は何の躊躇いもなく、手を差し出した。

想った以上に彼女の手は小さく、冷たかった。

気まずくなって、近くの公園に寄った。

思っていた以上にダメージが大きい。

「となり、座って」

飲み物を買いに、その場を去った。

思った以上に、辛い。

気持ちがこちらに向いていない分。

彼女がこちらを気にも留めていないことを知っているから。

それでも何の躊躇いもなく、手を差し伸べたり隣に座ったする。

もう少し、危機感を抱いてほしい。

もっと、自覚してほしい。

自らの肉を切り捨てる様な。

自らを省みない行動。

「…目、閉じて」

手を使って彼女の視界をふさぐ。

分かってる。

痛いほどに。

でも、それでも…

「目、閉じたよ。終わったら、良いって言って。」

辛そうな表情をしながら。

まだ心の片隅であいつのことを想っている。

無理矢理な笑みを浮かべて。

彼女の頬に触れると、ハッとした。

震えている。

カタカタと、小刻みに。

そんなにつらいなら、もう俺を選べよ。

そう言いたい。

でも、分かってる。

彼女はどれだけ辛くても、逃げない。

そんなに震えるくらいなら、断ればいいのに。

小さく笑う。

そっと、頬に手を添えたまま顔を寄せる。

彼女の吐息が鼻に掛かる。

あと数センチ動けば唇が重なる。

それくらい近い。

「…連?」

「黙って」

俺は、違う。

俺はあいつじゃない。

俺が近づけるのは、ここまで。

あと少し。

でも、そのあと少しが俺には足りない。

敵わない想いだってのは知っていた。

彼女の相談にはよく乗ったし、事情も聞いていた。

それでも…

「…もういいよ」

頬から手を離す。

それと同時に近付けた顔も一緒に離す。

「連」

まだ触れていたい、と思う。

抱きしめたいと思う。

本気で好きなんだ。

でも、俺じゃだめなんだ。

あいつじゃないと、彼女の心の穴は埋められない。

俺にはふがいないくらい力がない。

これが、精一杯の頑張りだ。

「君が私の返事を聞いて、顔を悲しげに歪めただろう。
その時、私はそんな顔をしないで、と思ったんだ。君が悲しい顔をするのが、私は好きじゃない。」

確かにそれは酷いことだったのかもしれない。

答えられない想いなのに、まだ期待させる様なことを言う。

「私には捨てられない想いがある。人を傷つける存在。
でも、君に好きだと言われた時…不思議と、———————」

最後の言葉は聞こえなかった。

声にはならなかった。

その言葉。

聞き違いかも知れない。

でも、確かに聞こえた気がした。

『…嬉しかったんだ』

口の動きは、そう示していた気がした。

「私はもう逃げないよ。連の話を聞いて、決心した。」

そうか。

それなら、良かった。

それなら、やっと手を離せる。

未練がない、と言う訳じゃない。

やっぱり名残惜しいし、手を離したくないと今でも願う。

でも、これでいい。

そう思った。

「私は圭が好き。大好き。」

「…そうか」

よかったな、と笑った自分の顔はどんな顔をしているだろう。

「私はこう言った時、どうすればいいのか、知識はない。
これで合っているか?私は正しいことを出来ただろうか…?」

きっと頼りない、みっともない顔なんだろう。

とても情けない顔だと思う。

「十分過ぎるくらい…出来てるよ」

でも、誇れる。

「それでも、私は連の傍にいても良いか?」

「…それは難しいかな。少しは、時間が欲しい。」

もう彼女を迷わせない様に。

自分が迷わない様に。

「暫くは…ちょっと困るかな。」

決心を揺らがせない様に。

悲しそうに、ちょっとだけ潤む彼女の瞳を見ていると。

また迷ってしまいそうだから。

「お願い、まだ2つあったな。ちゃんと遥は祝ってやってくれ。凄い、喜ぶと思うから。」

喜ぶ遥の顔が思い浮かぶ。

迷惑をかけっぱなしだから、たまには恩を返したい。

「分かってるよ。遥は私の大事な友達だ。…最後の1つは?」

もう思い残すことはない。

後は、彼女の背中を押すだけ。

「最後の1つは…三田村が描く幸せな未来を掴み取って。命令だから。」

自分に出来るのはここまで。

ここから先は、彼女が歩んでいく道だ。

「…きっと守るよ」

くるり、と背を向けた。

彼女は今、なにを思っているだろう。

Re: 秘密 ( No.488 )
日時: 2015/03/25 16:33
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

〜・97章 想い・〜
「何時の日にか、また話すことが出来たなら。その時は、またいっぱい話をしよう。」

私にとって連は、クラスメート。

でも、ただのクラスメートじゃない。

勿論、恋愛感情なんてものはない。

大事な友達だ。

それでも手離したくないと願うんだ。

凛の時。

私の感情はまだ覚束なかった。

悲しい、なんて思いも。

私の中には無かった。

こんなにも涙が零れそうになるのは。

ずっと圭の傍にいたから。

「呼び出して悪かったな。私は圭を待つよ。折角の忠告だもの。」

昔なら流せなかった。

誰がいなくなっても。

凛の時は逃げるのが精いっぱいだった。

でも、逃げずに立ち向かって。

その結果、傍にいられなくなると私はこんなにも泣きそうになる。

圭はとっくに帰った。

「…そっか」

公園には人気はない。

学校にだって、もう圭は残っていない。

「三田村」

出て行こうとした足音がふいに止まった。

「ありがとな」

私は圭がスキ。

その想いは揺らがない。

でも、連のことも大事に思っている。

そんな相手を自らつき離すのは。

つき離されるのが。

こんなにも辛いことだとは思わなかった。

連ですらこうなってしまう。

圭の場合はきっとこうじゃ済まない。

そんなことを思ってしまう自分は、やっぱり人とはズレている気がした。

Re: 秘密 ( No.489 )
日時: 2015/03/25 16:40
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

体が震えた。

立てなくなり、膝をつく。

「うわああぁぁぁぁ——————」

とめどない程の涙を流したかった。

けど、不思議なくらい涙はこぼれなかった。

初めて人をつき離した。

それがこんなにも辛いことだった。

でも、不思議と涙が流れなかった。

「もう…泣くことも出来ないってか…?」

私は人間になった。

圭たちと出会って。

でも、私は彼らを守るために人を捨てようとしている。

そうすれば、涙すらも出なくなる。

私はただ、嗚咽とも泣き声とも違う。

「アリス!?」

どれだけ声を上げ続けただろう。

喉を痛めるとか、全く考えずに叫び続けていた。

悲しい。

悲しいのに。

不思議なほど涙が出ない。

「…リン?」

Re: 秘密 ( No.490 )
日時: 2015/03/26 00:17
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「…リン?」

なんで…と思ってすぐに合点がいった。

「そう言えば…生徒会、だったな。」

すっかり忘れていた。

けれど、彼らの通学路から外れた所に連を連れてきた。

「大丈夫か?」

涙が流れない。

もう、流せない。

「大丈夫」

「…圭を呼ぼうか?」

優しい、気遣い。

私は彼らを絶対に傷つけたくない。

盾になんかしたくない。

犠牲にしたくない。

私はいつか国に帰る。

戻って、国と共に死ぬ。

「…俺じゃ、アリスを抱きしめられないよ」

「…この、っ…女たらし…っ」

涙は出ていないのに不思議と声は突っかかった。

「そんなこと言ったらマリーに怒られるぞ、馬鹿」

「だな」

ほんと…馬鹿だ。

馬鹿ばかりだ。

「可笑しいんだ…っ!抱きしめられて、嬉しかったんだ…!」

圭以外の男の子に。

「アリス」

マリー…?

あー…なるほど

ここは2人のデートスポットってことね。

「それ、普通ですよ。誰にだって誰かに抱きしめられれば嬉しいですよ。
例え、それが向こうの一方通行な思いでも。誰かに好かれたり、受け入れられるのは嬉しいことですもの。」

そういうものなんですよ、と答えた。

「嬉しいです。アリスが段々女の子になっているようで。」

マリーは静かに笑った。

「私はとても嬉しいです。」

Re: 秘密 ( No.491 )
日時: 2015/03/26 15:23
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「…マリーは一途だね。」

「私は凛だけを見てきました。」

私も、圭だけを見てきた。

でも、それと同時に彼といる未来を描いた。

「その気持ちを、恩人のものだと錯覚しなかったか?」

その未来には、私はいなかった。

私がいる未来を、どうしても思い描けなかった。

「…少し、しましたね。でもやっぱり凛が好きなんです。」

「…強いな」

私はそんな風にきっぱりと言い切れない。

「強いのは、アリスですよ。」

…私が?

「私は人を愛せなかった。今でこそ凛を想い、慕っています。
でも、昔は全然そんなことはなかった。私は母の様に狂ってやまない恋が怖かった。」

マリーの母は、想い人が出来て家を捨てた。

最も、家を出てすぐに別れたらしい。

それを知ったのはつい最近だが。

「でも、アリスを見ていたら。ただ一途に圭を想い続ける、アリスを見ていたから。」

意外な話だ。

やはり憶測だけで、世界は分からない。

「…私?」

「アリスは私よりも大きいものを背負っている。それでも、圭を想っていた。
叶わなくても。隣にいられなくても。その想いを諦めようとしても。
捨てようとしても。それは全部圭の為。結局は圭を想っている。」

「それは…」

私には圭しかいなかったから。

圭が救ってくれた。

きっと恩人的な意味合いだってあった。

「マリーだってそうだろ。」

「…ありがとう」

私は誰かを想うのが初めてだから。

想い続けていたい、と思ったから。

Re: 秘密 ( No.492 )
日時: 2015/03/27 14:56
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

〜・98章 私のしたこと・〜
圭と出会ってからの私は。

私は未来に怯えて生きてきた。

ずっと。

大事な宝物を、奪われない様に。

私には宝物を守る力が、ないから。

自らの身を切り捨てるしか、彼らを守る方法がなかったから。

でも、そんなやり方には限界がある。

圭たちの前から消えても、危険は残る。

強くならないと。

私の様な人に守られるほど、圭たちは弱くない。

身勝手なのかもしれないけど、それでも守りたかった。

「守る…」

なんて勝手で、我が儘な言葉なのだろう。

守る、と言われればそれでもう何も言えなくなる。

それを分かっていて私はこの言葉を多用する。

彼らの気持ちを踏みにじって。

それでも、私は彼らを危険の渦に巻き込みたくなかった。

こうしていても、圭は私よりも先の未来を見据えているのだろう。

彼らは私が思うほど、弱くない。

彼らの持つ強さは、比類なく、私も救われた。

その強さに惹かれていた。

どうして、彼らにここまで心許せたのか。

彼らは、私よりもずっと。

ずっと、強い。

きっと私は…幸せになることを、望んではいない。

幸せになるための対価。

それを選ぶより、自分の身を切り捨てる方が楽だから。

だから、それにずっと甘んじている。

私は、本当に彼らにとって。

最善のことをしているのだろうか?

私は、ただ。

彼らを守っている気になっているだけなのではないだろうか?

Re: 秘密 ( No.493 )
日時: 2015/03/27 14:55
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「アリスは強い。」

リンの声が降りかかってくる。

「…君らの方がずっと強い。」

「誰でも1人は弱い。」

彼らには、私に無いものが沢山ある。

それが、私と彼らの違いだと思っていた。

でも、違うのかもしれない。

彼らは大事な人が隣にいるから、強いのかもしれない。

思えば、彼らには幸せな過去など持っていない。

そう言った所では私と同じなのかもしれない。

「守りたい人がいるから、強くいられる。
ただ守るだけじゃなく。幸せな2人の未来を思い描いて、それを現実にするため。」

敵わない。

全く違った考え方をする彼らには、私はきっと敵わない。

自己犠牲じゃなく、共に戦わせる覚悟。

何もかも、私には足りない。

「自らを犠牲にする方法じゃない。互いが互いを守る。
アリスが俺らを強いと思うのなら、きっとそれが秘訣だよ。」

私には、圭たちを守りたいというその代償を受け止める覚悟が。

彼らを戦わせる覚悟を。

彼らとともにいる、覚悟が。

恨めしい。

こんなことで、愚痴愚痴迷ってしまう自分が。

どうしようもなく、憎い。

Re: 秘密 ( No.494 )
日時: 2015/03/27 15:12
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

リンからの電話の後、一目散に公園に向かった。

入れ違いになる様にリンは公園を出ていった。

すれ違いざまにポンッと肩に体重を掛けられた。

小さく、囁く様に。

「これで、借りは返したからな」

ありがとう。

アリスはペタンっ、と床に座り込んでいた。

顔は俯いていて、表情は見えない。

綺麗な金色な髪が地について、渦を作っていた。

「初めて…人の告白を断ったんだ…」

彼女は唐突に話出した。

「いい奴だった、いい奴だったよ。でも断った。
…もう傍にいられないって言われて、それが不思議と悲しかった。
初めて人を…つき離した…っ!傷つけたくないはずなのに…、傍にいられないと思ったらちょっぴり辛かった。」

変わった。

人が傍にいないのが、当たり前だったのだから仕方ないのかもしれない。

それでも、何時もの4人組以外のメンバーと別れて。

悲しむ程の人間性が合った。

否、芽生えていた。

彼女の世界は小さかった。

何時もの4人組で完結していた。

「アリス」

彼女は顔をあげない。

「それ、普通」

「…普通?」

ようやくこちらの言葉に反応した。

ぴくりっ、と小さな頭が動いた。

「むしろ安心したよ。今のアリスは、人間らしくなってるから。」

「人間…らしい…?」

「人が離れて行って悲しいのは当たり前。
人を傷つけて悲しむのは、アリスが人間だからだよ。誰でもそう。」

アリスはおびえ過ぎ。

その程度で、離れたりしないのに。

「アリスがいなくなるのも、同じくらいに悲しい。」

床に座り込んでいる彼女の手がそろりそろりと上がった。

一瞬ためらう様に手をひっこめたが、結局は自分の手に手を重ねた。

「…うん」

彼女は人間らしい。

「アリスは、化け物なんかじゃない。」

「優しくて。何時だって人を庇おうと必死で。人を傷つければ悲しめる人。
それに、もし化け物だとしてもそれがどうした?
化け物で何が悪い。どんな化け物でも、それでもアリスのことが好きだよ。」

アリスは人一倍に傷付きやすい。

それなのに、自分が傷つく道を進もうとする。

危なっかしくて、時々見ていられなくなる。

…傷付いたことなんか、1度だってないのに

アリスが傷ついたら、こっちだって傷付くのに。

Re: 秘密 ( No.495 )
日時: 2015/03/27 15:25
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「そろそろ惚れた?」

まだ言うか。

「…そうだな。少し、惚れ直したかな」

私だって自力で立てる。

「なんだよ…っ、調子が狂う…」

なんだ。

何時も調子を狂わせるのは、圭なのに。

顔が真っ赤だ。

「…ちょっとした意趣返し。」

こっちまで恥ずかしくなる。

圭は、強い。

彼の生い立ちも関係あるのだろう。

きっと私を守ることで、また強くあろうとしているのだろう。

守ってやらなきゃ、と思うことで。

私に弱みを見せまいとしている。

強くあろうとしている。

それは別にとがめられることじゃない。

圭がいれば、私も強くいられる。

傍にいられることで、強くなれるなんて。

私が憧れる関係だ。

「帰るか」

「ちょっとだけ、寄り道しても良いか?」

Re: 秘密 ( No.496 )
日時: 2015/03/27 15:35
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

〜・99章 アニエスと父・〜
彼女が連れていったのは思い出の屋敷、と呼んでいる出逢いの場所。

「私は弱い。」

埃をかぶった書斎。

分厚い本が本が散らばっている。

開きっぱなしのものも珍しくない。

彼女曰く、同時に何冊も読んでいたんだろうとのこと。

昔の面影を残すために、あえて手を加えていないらしい。

「人に助けを求められないくらいに、ね」

「そうかもな」

小さく笑った。

彼女も多少の自覚をしているのだろう。

「私は優柔不断。物事を決める前にも、あとにも迷ってばかりだ。」

「悪いことじゃない。」

螺旋階段を上りだす彼女の後を追う。

天井が一面ガラス張りで、ちょっとした展望台になる。

日が暮れはじめ、もう月が顔をのぞかせ始めている。

「私は君たちの手を掴めなかった。」

「違う。アリスは幸せになるのを怖がっているだけだ。」

下から見えた彼女の顔から表情が消えた。

次に現れたのは驚きだった。

そしてそのままの顔で告げた。

「…バレていたか」

そして、表情はまた苦笑いに戻った。

「…自分でも多少の自覚はあったんだ。」

と言うことは、多少は無自覚だった。

しばらくするうちに、彼女との距離は結構開いていた。

「…どうして自分で幸せになるのが、許せないのか分からなかった。」

彼女の声が、反響して大きく聞こえる。

本人の声の、何倍も。

「そして気付いたんだ。私にはまだ、やるべきことがあるって。」

Re: 秘密 ( No.497 )
日時: 2015/05/04 15:44
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「やるべきこと?」

急いで階段を駆け上がる。

気付かぬ間に、彼女は頂上についている。

「…私は父の為に生まれてきた。人を傷つけ、そして…守るために。」

「守るため?」

やっていることはその逆だ。

「君はアニエスがどのような国か、知識はあるか?」

ない。

アリスのことがあって、初めてその名を知った。

本棚の隙間から大きなボロボロの紙を抜き取る。

かなり年季が入っているようだ。

「地図にだって載ってないほどの、小さな国だ。集落、と言っても差し支えない。」

アニエスの地図らしい。

それを備え付けのテーブルに広げる。

でこぼこで、周りの国とは一線を引いている。

「周囲を囲んでいるのは崖だ。他国からの侵入を防ぐ。」

ほとんどは円形だ。

地名がいくつか書き込まれている。

小さく感じるのは、実際の大きさのせいもあるし、周りの国が大きいからなのかもしれない。

「自らが国、と名乗っていても近くを大国が囲んでいる。滅びなかったのも、奇跡に等しい。」

テーブルに手を吐くと、興味をなくした様にベランダに向かった。

「けれど、こんなのその場しのぎだ。何時までも続かない。」

何時かは大国に呑みこまれる。

誰も知らない様な国。

小さな村、と言っても可笑しくないほどの小ささ。

お世辞にも、大丈夫とは言い難い。

「それで、私と言う武器を作った。その場しのぎを、少しでも長引かせるために。」

彼女が生まれてきた意味。

それを彼女は初めて語った気がした。

生まれてきた意味を決めるのには、まだ早いというのに。

Re: 秘密 ( No.498 )
日時: 2015/03/31 10:53
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)


「私は父を許せない。母を虐げた父を、私は許さない。
父に刃を向けるのは私しかいないとさえ、思っているよ。」

ベランダの柵に背を預け、星を仰ぐ。

彼女は小さな微笑みと共に、淡々と恐ろしいことを口走っている。

「父は私を愛してはくれなかった。けれど、彼は自分の国民を誰よりも。
自分の娘よりも愛していた。自らの娘を兵器に仕立てでも、守りたかったんだ。」

想像もつかなかった。

でも、アリスが口にするくらいだ。

きっと真実なのだ。

彼女は、裏付けの取れたことでないとここまできっぱりと言わない。

アリスは、どんな心境だろう。

自らを虐げ続けた父の本心を知って。

体を動かせなくなり、声も発せなくなった。

自由もなかった。

友もいなかった。

何時だって血にまみれた世界に放り出した。

そんな父が。

ちゃんと、人を愛することが出来る人間だと知って。

「ここからは、エリスに内緒だ。」

そこから先の話は、確かにエリスには聞かせられない話だった。

話しているアリスだって、辛いだろう。

優しさだけじゃない。

辛くて、苦しい話だった。

Re: 秘密 ( No.499 )
日時: 2015/05/04 15:46
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「私には覚悟が足りなかった。父の道具になりきる覚悟も。圭の傍に居続ける覚悟も。
救いの手を伸ばすことが、どういうことか。幸せになるのが、どういうことか。」

許せない、と思った。

憎い、と思った。

それでも、私は人を殺す覚悟が出来なかった。

幸せになる覚悟も。

圭の想いに応える覚悟さえも。

「私は幸せになるのが、どうしようもなく怖い。」

圭たちを巻き込んで、嫌われるのが一番怖い。

誰かがいなくなるのが、一番怖い。

幸せとは、こんなにも難しいものなのか。

私はもう充分に、幸せだ。

これ以上、なにも望まない。

その先のことなど、諦めればいい。

私はいつだって、諦めてきたじゃないか。

圭たちと出会うまで。

何もかもを。

生きることさえ、おざなりにしてきたじゃないか。

「…強情だな」

拗ねたように呟いた。

「茶化すな」

何気に恥ずかしいことを言うから。

そう言う所は圭の悪い癖だ。

「皆何かを犠牲にした。」

「アリスだって犠牲にした。たくさんのものを。」

「幸せな世界に、私は生きられるだろうか?」

「アリスの手、絶対に離さないから。
アリスが光ある世界へ、連れて来てくれた。今度はこっちの番だ。」

がっつりと私の手を掴んだ圭の手は、温かかった。

離さない様に、と。

「アリスが好きだよ。」

私も覚悟を決めないと。

揺らぐかもしれない。

怖気づくかもしれない。

逃げ出すかも知れない。

でも、圭の手を掴んでいれば。

いまは、圭を信じてみたい。

「私は、…」

何を、言おうとしたのだろう。

私はまた口をつぐんだ。

自分の手が、酷く汚れた物の様に見えた。

血に染まっている。

洗っても洗っても、落ちない。

圭には知られたくない。

私のおぞましい昔話を。

善悪の存在しない幼子だった頃。

私がいかにひどいことをしたか。

救いなんてない。

私は絶対に、救われない。

私が今、最も恐れているのは。

圭の傍にいられなくなること。

…私は一体なにをしたのだろう。

私の心の大部分は、圭に依存している。

だからこそ、知られたくない。

徹底的なまでに隠してきた。

「私は強情で、圭の手を掴むのが今でも怖い。
巻き込むのも、嫌われるのも怖い。でも、圭が離れていくのも怖いんだ。」

まだ、触れるのが少し怖い。

手を取るのが、怖い。

私の過去を知れば、離れていくのかもしれない。

覚悟を決めることなんて、できないかもしれない。

圭の手を離さない様に、しっかりと繋ぐ。

「でも、繋げるうちにつないでおきたい。」

圭がまだ、私の手についた血に気付かないうちに。

私の世界は圭のいる世界とは違う。

それでも、圭の手を掴んでいられるうちは。

圭の世界を見ていられるから。

少しだけ。

本当に少しだけ。

眺めていたい。

眩しくて、広くて、明るくて、自由で、温かい。

だから。

必要ない。

圭が知る必要はない。

話す必要も、ない。

Re: 秘密 ( No.500 )
日時: 2015/04/03 14:49
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

〜・100章 新たな脅威・〜
早朝、通学路で圭とバッタリ会った。

昨日の夜の、帰り道のやりとりを思いだした。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「まだ、付き合うことはできない。もう少し待っていては…くれないだろうか?」

とても生意気に聞こえるのかもしれない。

けれど、まだ答えることはできない。

「アリスはいつも待たせるね。」

子どもの様な、屈託のない笑顔。

私はこの笑顔に、何度救われていただろう?

「でも、良いよ。待ってる。もう、惚れ直してるみたいだし」

恥ずかしいことを言っていた。

よくもまあ、平然とそんなことを口に出来るか。

それが不思議だった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「軽音部はどうだ?新入生は?」

最近は圭と顔を合わせづらいこともあってか、部活動にも参加していない。

連のことも合ったし。

「1人入った。」

新入生歓迎の手伝いは何1つしていないのを、密かに気がかりだった。

結局、問題は何も解決などしていない。

自分の問題を再認識できた分、気持ちは楽だった。

圭の傍にいることはできない。

いずれ、決別すべき日が来る。

それでも、圭の隣は心地よかった。

「名前は?」

「それがね…」

楽しそうだ。

とっておきの秘密を話す様な顔だ。

圭はいろんな顔をする。

それが、私には羨ましい。

「有栖川幽っていうんだ!有栖川って凄いよね!!」

「…有栖川幽?」

その名前には聞き覚えが合った。

人違いかもしれない。

でも、そんな名前の少女が何人もいるとは思えない。

「あっ、丁度そこにいるみたい!」

嫌な予感が止まらない。

エリスが訪れた時の様な。

冷や汗が止まらない。

父は、国民を救うために。

今度は何を始める?

何を犠牲にする?

「おはようございます、三田村先輩。」

昇降口に立っていた少女はこちらを向くと、きっぱりとそう告げた。

Re: 秘密 ( No.501 )
日時: 2015/04/03 16:03
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

その子は黒い髪を肩上でバッサリと揃えていた。

赤いリボンが特徴だった。

青白い肌。

どこか影がある端正な顔が、一種の人間離れした魅力を醸し出している。

「あれ?名前教えたっけ?」

彼女はにっこりと笑った。

「いいえ?でも、有名人ですから。」

物静かで、大人しい。

そんな印象を与える。

私は1度も。

名乗ってなどいない。

嫌な予感は…どうやら的中の様だ。

「どうか、親しみを持ってアリスと呼んでください。」

こちらの手をガッと掴むと、思い切り距離を詰めてきた。

「一度、お話してみたかったんです!」

雰囲気が一気に変わった。

どこか明るい、人懐っこい顔だ。

「三田村先輩には色んな逸話があって、すっごい気になってたんです!」

一瞬。

ほんの一瞬で、周りの空気まで変わった。

「去年の新入生歓迎会で1年生で出場したとか、色々。
ずっと、お会いするのを楽しみにしてたんですよ!凄い美人だって言う噂ですし!!」

「…そんなことはない」

ぶっきらぼうに答えたつもりだった。

けれど、彼女は物ともせずに話を続けた。

「あっ、もしかして八神先輩と付き合ってる人って三田村先輩ですか?」

「…違う。付き合ってはいない」

やりづらい。

ここまでぐっと距離を詰められると、無下にもしづらい。

「じゃあ、立候補しても良いです?」

えっ?

「八神先輩の隣、立候補しても良いですか?」

あまりの事態の急転ぶりに、私は追いつけなくなった。

Re: 秘密 ( No.502 )
日時: 2015/04/03 16:50
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

それから彼女は圭の傍に立ちまわる様になった。

第一印象である、影のある少女と言った面影は残っていなかった。

「もしよろしければ、今度町を案内していただけないでしょうか?
実は、あまりこの町に詳しくなくて…」

圭もやんわりと断っているものの、少女は物ともしない。

羨ましいくらいの真っすぐさだ。

私は今すぐにでも彼女を引きはがして、問い詰めたい。

けれど、今の私にはその資格なんてない。

圭の傍にいる、と言うのが厄介だ。

圭には知られたくない話。

「三田村先輩っ!」

突如、少女の顔が目の前に現れる。

わっ、と声をあげて後ろへ下がった。

「思っていたより、表情豊かになりましたね。」

どこか棘がある、冷たい響きだった。

一気に周りの温度を下げる様な。

どこかつかめない。

突然明るくなったり、突然冷たくなったり。

「三田村先輩にすっごいすっごいお話をしたかったんです!
宜しければ、屋上でお話をしながら昼食にしません?」

私はそれに応じた。

Re: 秘密 ( No.503 )
日時: 2015/06/12 17:58
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

授業が終わり、屋上に行く。

少女は既に弁当箱を開け、ゆっくりと箸を進めていた。

「こんにちは、三田村先輩」

こうして見ると、本当に綺麗な顔だ。

どこかの絵画から抜け出してきた様だ。

化粧を施している様子もない。

所謂「すっぴん美人」と言う奴だろうか。

それなのに、絹糸の様な滑らかな肌をしている。

「こんにちは、アリスちゃん」

「有栖川幽」

箸を止め、こちらを見てにっこりとほほ笑む。

大人しく、それでいて鋭利な刃の様な雰囲気を持ち合わせている。

今の彼女は、さながら鷹とでも例えるのだろうか。

「これを聞いて、直ぐに分かりましたよね?」

————私の正体

彼女はそう告げた。

分かっている。

「有栖川幽。有栖川は名のもじり。幽はゴースト。」

様々な表情や雰囲気を使い分け、本名すら誰も知らない。

彼女の本質を、誰も知らない。

父はいろんな国にいって、捨て子や何かしら事情のある子を拾ってくる。

そして、それを自らの武器にする。

そう言った建前で、養っているのだ。

「あなたの通り名、だろ?」

その仕事ぶりは手際よく、存在を隠し通している。

それを称して、ゴースト。

「今度の仕事は、私の見張りか?」

彼女、有栖川幽。

「アリス=エイベル」

彼女の本質は、誰も知らない。

だからこそ、恐ろしい。

彼女の口がにやりと不気味にゆがんだ。

Re: 秘密 ( No.504 )
日時: 2015/04/07 17:07
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

〜・101章 宣戦布告・〜
「私はあなた、なんて台詞は少し気障かな?でも、本質的にはそう。」

少し楽しそうに言葉を弾ませる。

弁当はいつの間にか完食したようで、風呂敷に包んでいた。

弁当箱を置いて、立ち上がった彼女は楽しそうに笑った。

「私はあなたの代わりに作られた。」

彼女は静かに笑った。

なにかを軽蔑する様な、侮蔑するような表情。

まるで別人だ。

「あなたはもう、用済みってこと」

分かってはいた。

何時か、こんな日が来るんじゃないかって。

完全記憶能力、といったものはあくまで体質である。

確かに珍しい。

けれど、皆無という訳ではない。

その気になって探せば、見つかる。

それが小国でも国家単位であるなら、尚更。

使い方によっては、人を傷つけることも出来る。

知識といったものを、一語一句間違えずに覚える。

吸収し、絶対に忘れない。

それで、様々な国家情報までもを頭に仕舞いこむ。

非道の限りを教え込まれ、それを常に頭の中に入れている。

合法、非合法の様々な知恵がある。

空き家に暮らす方法、他人の印鑑を写す方法。

監視カメラに映らない方法、指先のコーティングの仕方。

様々なことを教え込まれる。

知識を頭に詰め込んでいる。

全ての知識を使えば、なんだってできる。

そんな頭に爆弾を抱えた存在、それがアリスだ。

ただの体質だが、使い方1つでどうとでもなる。

「これは単なる宣戦布告。覚悟しなさい。」

アリスは、決して1人じゃない。

場合によっては2人にも3人にも成りえる。

「あんたの居場所、私が奪い尽くしてやる。」

Re: 秘密 ( No.505 )
日時: 2015/04/08 17:16
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「気付いているんでしょ?もう、時間がないって。」

沈黙は、答えだった。

本当に、人間味豊かになったものだ。

胸に疼く気持ち。

きっと、嫉妬。

「それとも、壊してあげましょうか?」

じとり、と間合いを詰める。

小さく後ずさるが、それよりも距離を詰める。

人間っぽい、弱さ。

「先輩の望みであるのなら、それも吝かではありません。」

本物のアリス、と言うからどんな大層な奴か。

淡い期待をしている。

でも、みたところ普通の少女っぽい。

こんなものは、こいつの本性ではないと信じている。

こいつの代わりに私は作られた。

なら、こいつは私よりも強いはずだ。

強く、ぶっ飛んでいるはず。

でも、私が感じるこいつの印象は少女そのもの。

「近々、またお呼びがかかります。覚悟しといてください、先輩」

本性を見せてみろ。

化けの皮を剥いでやる。

Re: 秘密 ( No.506 )
日時: 2015/04/08 17:27
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「次の呼び出しまで少しあります。精々、今の居場所を大事にして下さい。」

散々言ってきたが、要は威嚇だ。

「…もう戻れないかもしれないんですから」

分かっている。

近々呼ばれることも。

その呼び出しが今までとは違うことも。

「あっ、それと」

屋上から立ち去ろうとしていた少女は、最後にこちらを振り返った。

一端顔からすべての表情を消した後、力を込めていった。

「八神先輩のこと、冗談のつもりだったんですけど。興味が出ました。
何時か、本心にすり替わる日も来るかも知れませんね。」

不敵に笑った後、静かに笑ってこちらに一礼した。

上げた頭には、先程までの強さは見えなかった。

第一印象の様に、大人しそうなただの少女に戻っていた。

Re: 秘密 ( No.507 )
日時: 2015/04/11 17:52
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)


何時もの日常。

日常。

自分の世界を見回して。

考えた。

圭がいて。

リンがいて。

マリーがいて。

エリスがいて。

アレクシスもいて。

連もいて。

遥もいて。

アリスもいる。

帰り道、圭がふざけた冗談を飛ばす。

それに対してマリーが便乗し、リンがなだめる。

誰かがこちらの意見を仰いでくる。

私はそれに、控え目な笑みで答える。

益々会話に火が付く。

エリスがいれば、火種にもっと油をかける。

楽しかった。

心地よかった。

どうでもいいことでも言い合ったり、笑いあったり。

そう言ったものには縁がなかった。

くだらない話も、寄り道も。

ほど遠かった。

普通の暮らしとは一線を引いて生きていた。

今いる様な居場所は、どこか別の世界のことの様に思っていた。

幽も、私と本当に同じならば。

同じ景色を見させてあげたい。

もっと広く、自由な世界を与えてあげたい。

アリスは1人で十分だ。

Re: 秘密 ( No.508 )
日時: 2015/04/11 18:49
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

〜・102章 優しさ以外・〜
何時もなら、マリー達と4人で帰る。

生徒会がある時は、圭と2人きりで帰る。

4人で帰る時、途中の道でマリーとリンとで別れる。

そうすると圭と2人きりとなる。

最近は蓮のこともあってか、3人とは距離を取っていた。

こうして帰るのも久しぶりだ。

もっとも、今日は特別に何時もと違うメンバーがいた。

偶然、同じ時間帯にバッタリと会ったので成り行きにより幽だ。

「幽ちゃんは、もう学校生活慣れた?」

「アリスって呼んでください。」

もう昼間の様子はすっかりと成りを潜めている。

恥ずかしそうに反論をしている。

無口で大人しい、文学少女の様な雰囲気を醸し出している。

活気、と言ったものが感じられない。

「でも、アリスだとややこしいから。」

「三田村先輩って、どうしてアリスなんですか?」

平然とした顔でそれを問うてきた。

答えなんて知っているくせに。

でも、不思議と演技っぽいなどと思えない。

そう思わされてる時点で、彼女の手の内だと分かっていても。

「子どもの頃からのあだ名でね。不思議の国のアリスが大好きだったの。」

適当にでっちあげた理由だ。

けれど、割とまともなことを言えた気がする。

「そうなんですか。」

「幽はもう学校には馴染めた?」

遠慮なく呼び捨てにさせてもらう。

アリス、と言った呼び方は昔はあまり好きではなかった。

けれど、彼らになら嬉しい。

「人付き合いとは、難しいものだと痛感しています。
でも、親しくしてる人ならいますよ?そこは大丈夫です。」

あっさりとするほど、引き下がった。

「三田村、なんて仰々しく呼ばなくていいから。
実際、私年の差って気にしてないから。堅苦しいのは苦手だし。」

驚くほど会話に溶け込んでいる。

それが恐ろしいところだが…

それに対して普通に返事が出るのも凄い。

これも彼女の演技力がなせる技か。

まるで、本当にただの後輩の様だ。

こう言った帰り道も悪くない。

そんなこと思ってしまう自分は、とことん平和ボケしていると思う。

Re: 秘密 ( No.509 )
日時: 2015/04/11 19:07
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「いい子でしょ?」

「…そうだな」

どこか浮かない顔をしている。

初めて会った時も、変な顔をしていた。

アリスに依存している箇所があるのも分かっている。

傍にいて心地いいと思うし、一緒にいて楽しいと思う。

彼女の言葉がずっと頭の中で繰り返されている。

この気持ちが、本当に恋なのか?

恩人と言った気持ちと勘違いしてはいないか?

そう言われて、確かにと思ったのも事実だ。

惚れさせる、なんて口では言っているが実際のところ分からない。

「どこか、アリスに似てるね」

目の前を歩く少女は、2人の先輩に囲まれて幸せそうに笑っている。

リンとマリーも楽しそうに先輩風を吹かしている。

「…そうか」

彼女の表情は分かりやすい、とよく言ったっけ。

興味がないものには見向きもせず。

買い食いをすれば嬉しそうに顔がほころぶ。

顔を真っ赤にしながら、てれてないと怒るし。

悔しい時は露骨にそれが顔に出た。

けれど、彼女の表情は使い方を知らなかっただけ。

きっと、使い方が分かってしまえば。

何時かは分からなくなってしまうほど、上手く使ってしまうんだろう。

そんな予感がする。

そうなったら、アリスはこちらを見てくれるだろうか?

恩人。

恋。

アリスを追っかけてきたから、今ここにいられる。

それを恩人といえば恩人なのかもしれない。

好きって言う気持ちは難しい。

彼女はなんでも顔に出る。

何時か彼女の気持ちも表情も分からなくなる。

彼女の気持ちが分からなくなる。

そうなったら、彼女がどこか遠くに行ってしまいそうで。

彼女がいれば、安心出来た。

彼女の笑顔を見れば、それだけで満たされた。

彼女の役に立てるなら。

彼女を救えるのなら。

救った先に一緒に笑い合う未来があるなら。

その為には、いかに傷付いても関係ない。

どれだけ傷付いても、進んでいける。

Re: 秘密 ( No.510 )
日時: 2015/04/14 19:10
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

圭はまだ私が好きか?

そう問えば、まず間違いなく好きだと彼は返す。

けれど、それが本当だとは思えない。

いや、少し違う。

彼の気持ちは恋かどうか私には分からない。

でも、彼は息を吸う様に人を助ける。

それが当たり前とでも言わんばかりに。

その強さに、私は惹かれた。

目を閉じれば顔が思い浮かび、出掛ける前には服を漁る。

別れの言葉を口にしても、次に会う時のことを想ってしまう。

けれど、私は彼のことを何も知らない。

彼の過去を知ったのも成り行きだ。

あの一連の出来事がなければ、彼はいつ私に話していたのだろう?

彼は誰にでも平等に優しくする。

それは彼の強さだ。

そこに不平不満はない。

問題は、彼が私を選んだ理由だ。

もしかして、私が弱いからか?

支えを必要としている少女に、自然と支えようとする少年。

確かにお似合いかもしれない。

でも、そうすることで得られるものはない。

そう言うのを無しに、彼は私を見ているか?

「圭の優しさが、私は好きだ。」

けれど、私は彼の優しさしか見ていない。

人間らしい怒りも、悲しみも。

見てはいない。

病院で自らの母の死を目の当たりにしても、彼は直ぐに泣きやんだ。

むしろ、私のことばかり気遣っていた。

気にかけていたのは私ばかりだった。

「…でも、私は圭の優しさ以外も見ていたい。」

優しさ以外に目をつぶりたくない。

どんな圭も見て、受け入れていきたい。

それが、きっと相手を想うってことだから。

「私達のしていることって、本当に恋愛なのかな?」

彼は私を好きって言うよりか、私自身にこだわっているみたい。

私のことを慮ること自体に。

意味があるみたい。

私と言った人間を、結局は見ていない。

「それが分からないから、だから私は…」

だから、圭と決別することを選んだ。

このまま恋愛ごっこを続ければ。

何時かは本心が分からなくなる。

互いの時間を消耗していくだけ。

どの道何時かはぶつかる問題だ。

私だって圭を、幸せにしたい。

痛いのも、苦しいのも。

知りたい。

Re: 秘密 ( No.511 )
日時: 2015/04/14 19:28
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

彼らは弱い。

私も弱い。

でも、互いに支え合って強くあろうとしている。

圭は私を変えたの。

私は皆のいろんな顔を見たい。

帰り道、彼らはいつだって笑顔だ。

私のことを心配してくれるのも嬉しい。

でも、彼らを笑顔で縛りつけたくない。

私が望むのは、圭達が幸せでいること。

・・・待ってて。何時か僕がアリスを闇から救うから。
待ってて。いつかアリスを助けるから。だからそれまで…待ってて・・・

そんな、昔の言葉が甦った。

違うよ、圭。

私は救いなんて求めていない。

例え、父がいなくなっても。

私はあの国から離れる訳にはいかない。

今、闇に沈んでいるのは。

————圭の方だ。

優しさ以外を決して見せない。

互いを信じる。

それは今の私にもできない高尚なこと。

圭と離れて、気付いた。

彼が私の傍にいるのは、昔の約束を守るためなのではないか?

振り返っても、誰もいない。

違和感の正体は、圭だった。

圭の強さに魅せられ、惹かれ、依存した。

そして、私も何時しか強くなった。

今はまだ無理だけど、何時かは圭を追い越すくらいに。

強くなってしまうのだろうか。

圭は私を気遣って、ろくに涙を流さなくなった。

自らの母の死に対しても、私の為に。

私の為に、色んなものを失った。

涙を流さず、自ら危険に飛び込む。

彼は私と違って人間なのに。

ちゃんとした、人間なのに。

私の為、といって全てを投げ打とうとしている。

そうして私を不安にさせない様に、笑って過ごしている。

笑うことを強いられている。

私との約束を守ろうとして、闇に引きずり込まれている。

何時かは、人間ではなくなってしまうんじゃないかって。

思うくらいに。

そんなこと、絶対にさせない。

時々、自分のしたいことが分からなくなる。

大きな力に引きずりこまれ、呑みこまれそうになる。

だがな、お前はそっちには行かせない。

私に出来ることはない。

私が触れれば触れるほど、また気丈に振る舞おうとする。

振る舞って、気付かぬ間に人間味を捨てていく。

不安にさせまいと。

涙を流さなくなって、その次は何を捨てる?

彼の悪い癖。

笑顔以外、見せない所。

人の為に、なんでも捨てられる所。

なんでも捨てて、それでも救った後の関係を心地いいと思ってしまう所。

その関係を保つためなら、どんな無茶でも仕出かす所。

必死になって誰かを救おうとする。

まるで、そうすることで誰かに許しを乞う様な。

そうしなければ、息をしていられない様な。

そんな危うさがある。

私は一旦手を引く。

当事者である私には手が出せない。

出せばまた、傷を隠すから。

だから、残りはもう1人のアリスに託すとしよう。

彼女なら、私とは違う切り口で圭を救えるはずだから。

Re: 秘密 ( No.512 )
日時: 2015/04/15 19:12
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

〜・103章 静かな帰省・〜
その夜、アリスは荷物を片づけて空港に向かった。

誰も気付かなかった。

圭すらも。

ひっそりと姿を消す。

寿命が尽きる前の猫の様に。

それが、もしかするとアリスの本質なのかもしれない。

Re: 秘密 ( No.513 )
日時: 2015/04/18 15:23
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

アリスに言われて、なにも返せなかった。

彼女の言っている言葉の意味が分からなかった。

彼女がくれた強さだ。

彼女と出会って、支えてもらって。

そうして得た強さだった。

1人だった。

ずっと1人だった。

そこに、温もりを与えてくれたのはアリスだった。

彼女の手もひどく冷たかった。

けれど、繋いでいれば冷たかったはずの手には温もりが生まれた。

家に帰ってからもずっと考えていた。

明日、なんて言おう。

惚れさせる、なんて自惚れにも程がある。

結局、彼女のことを見ていなかったのか?

彼女の何を知っている。

一度だって助けたこともなかった。

いなくなっても、必死に探しまわるだけ。

実際に彼女を想っているのなら、もっと他に出来ることが合ったはず。

彼女の為に何かできていただろうか?

彼女を想う気持ちは嘘だったのか?

優しさ以外の自分。

そんなことを言われても分からなかった。

彼女は変わった。

そして変えたのは恐らく自分。

彼女が何を想っているか、全然分からなかった。

優しさ以外の気持ちを、どうやって見せたらいいのか。

そもそもそんな気持ちが、自分に存在するのか。

分からなくなった。

空っぽだ。

何もない。

彼女のことは、エリスから聞いた。

記憶を消すかも、と言った辺りまで。

笑って過ごした。

それが彼女の望みだと思って。

でも、その判断は正しかったか?

明日、ちゃんと話をしよう。

お互いのこと、話せるように。

でも、彼女との明日は来なかった。

その夜、アリスは再びアニエスへと舞い戻っていたから。

そのことを知らずにただ、浮かぬ顔で天井を仰いでいた。

答えもずっと、出ないまま。

Re: 秘密 ( No.514 )
日時: 2015/06/17 21:24
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

父が国王に即位したのは随分前だった。

私は王女、とでも言った立ち位置になるのだろうか?

そんなくだらないことを頭の片隅に思い浮かべた。

「テオドールが、そろそろなんだよね。」

そろそろ、その言葉の意味を私は理解している。

隣に並んで歩いているのは、エリスだ。

賑やかな市場では、見たことのない食べ物や飲み物で溢れている。

祭でもあるかのように賑やかで、温かい。

こうやってアニエスの市場を出歩くのは、初めてかもしれない。

「そろそろ後継者が必要なんだ。普通に考えればアレクシスだ。」

でも、それなら私は呼ばれない。

後継者選びの今、外には見張りが付けば出歩ける。

父は常にアレクシスを隣に置いて私を操っていた。

けれど、私が日本に留まれるのは父の手腕が合ってだ。

アレクシスはまだ若い。

良心も常識も携えられているアレクシス。

私はアニエスにいた方が良いだろう。

アレクシスが温情をかけない様に。

それだけで、済めばいいのだが…

クシャッと小さな音が聞こえてきた。

ポケットの中にはクシャクシャになった封筒がある。

味気ない、茶封筒。

私の家に投函されていた。

アニエスに飛び立つ前に、既に目は通してある。

内容は、実に簡潔だった。

ポケットの中で、手紙握りしめる。

差出人は、大体誰か分かる。

手紙なんて遠回しな、そんな方法で私に連絡を取った。

顔くらい、見せてくれたっていいのに。

そんな簡単なことではないけど。

私は一世一代の賭けに出る。

Re: 秘密 ( No.515 )
日時: 2015/04/18 17:54
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「それにしても、アリス=エイベルって子のこと。
情けない限りだけど、私はあんまり知らないんだ。エリスは知ってる?」

「ああ、そっか。そっちのアリス、もうそっちに行ったんだっけ?」

どこか楽しそうに笑った。

くすくすと笑うエリスの笑みは、面白くてたまらないといった様子だ。

「あの子は、アリス。第二のアリス、とでも言うのかな。」

「想像はつく。父の性格を、良くも悪くも私は知っているからな。」

生まれてからずっと、父の指示を聞いてきた。

父が私に教育を施した。

小さな揚げまんじゅうを口に放り込む。

うん、美味しい。

それによって、私は少なからず、父の傾向を掴んでいる。

そういう考え方をするように指導したのは。

父自身だ。

「あの子も、完全記憶能力を保有してるんだよ。」

Re: 秘密 ( No.516 )
日時: 2015/04/24 17:36
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

〜・104章 代わりなんていらない・〜
アリス=エイベルと言った少女の一生。

最初は、闇。

彼女は自分の名前を知らなかった。

母は生まれてすぐに自害した。

己の腹から呪い子が生まれたと、嘆いて。

少女は何も知らなかった。

ただ、周りから忌み嫌われていたことは分かっていた。

負の感情を背負って生まれたことを、知っていた。

小さな集落に生まれた彼女に。

1人だけ付き添い、世話を焼く人がいた。

その人は少女と同じ能力を持っていたらしい。

名もなく、外に出ることもままならない。

けれど、その人は傍にいてくれた。

優しく、厳しく人だった。

でも、少女が4歳の時。

命を落とした。

そこから、彼女は路頭にさまよった。

今度こそ、誰も味方がいない。

のたれ死ぬのも、時間も問題だった。

ある日、村で騒ぎが合った。

どこかの高貴な人が来ているらしい。

少女には心底どうでもよかった。

高そうなコートをまとった男は少女に向かって言った。

深々と降り積もる雪の中。

差し伸べられた手は酷く骨ばっていた。

「お前はアリスだ。」

そう言ってくれたのが、テオドール・ロスコー

アニエスの、その時はまだ王には即位していなかったが権力者だった。

好きなだけ本を読ませてやる。

温かい居場所を与えてやる。

男はそう告げた。

手を取る気はなかった。

誰であろうと、憎まれいなくなることを分かっていた。

その時には、少女は自分の持つ能力について薄々気付いていた。

大事だったあの人がいなくなった瞬間を。

些細な、どうでもいい様なことも。

ずっと覚えている。

昨日のことの様に思いだせる。

5歳になるかならないかの少女が生き残ったのも、彼女のなせる技。

彼女は生きるための知恵を、ひそかに身につけていた。

瞬時に覚え、それを留め、利用する。

どんなことも忘れられないし、頭も必要以上に切れてしまう。

化け物と罵られた。

「私の前では、力を隠さなくていい」

手を掴むか迷った。

この男は私のことを知っている。

私の力を利用としている…?

直ぐにそんな考えが頭をよぎった。

「一緒に行こう」

感情のない様な、痩せ細った男。

その言葉が。

きっかけだった。

利用する?

それでもいい。

この男の手を掴もうと伸ばした手が。

止まらなかった。

手を掴むことを、誰も止めなかった。

清々した、といわんばかりに村人は彼女を見送りさえしなかった。

良いんだ。

彼らは私には。

必要のない存在なんだ。

それから、ずっとテオドールの下についていた。

アリスと言う、名前を授けられた。

初めての、名前だった。

初めは、本に囲まれた。

ひたすら知識を詰め込んで、時間を潰した。

やがては剣術、弓、武術を習得し始めた。

様々な表情を使い分け、人を騙す。

なにより、その才に彼女は秀でていた。

忌み嫌われていたからかもしれない。

人の本心を見抜き、それに合わせて色んな表情を浮かべた。

自分の持つ能力の恐ろしさを、彼女は何も知らなかった。

体を鍛え、知識を身につけ、それを存分に行使する機会を待った。

初めての任務は9歳の時だった。

そこで彼女は、己が能力を存分に振るった。

誰もが目を見張った。

まだ二桁にも行かない少女が、いとも容易く人を殺めた。

それも、楽しそうに。

知識を、技術を、使って人を殺めるのが。

楽しくて仕方ない、と言わんばかりに彼女は笑った。

それを決定づける様に。

彼女は小さく呟いた。

「愉しかった」

闇の中で生まれた少女は。

いまだ、闇の中に生きている。

Re: 秘密 ( No.517 )
日時: 2015/04/29 17:01
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「なるほど…ね」

やけに多彩な表情を浮かべると思った。

エリスの常に笑顔と少し似ている。

世界そのものを笑っているような。

平和な世界を嘲笑する様な。

どこか大人びている。

彼女は私を憎んでいるのだろうか。

私の代わりに。

アリスと言った名を名乗らされ。

父にとっては。

彼女はただの代用品でしかない。

代用品を準備する準備周到さは、実に父らしい。

けど。

アリスは1人でいい。

私の代わりなんていらない。

私は瞬間記憶能力と、完全記憶能力を兼ね備えている。

そしてこれは、後天的な学習は出来ない。

どちらにしろ生まれ持った能力だからだ。

彼女には私の持っていないものを持っている。

そう言った点では私の方が劣っている。

けれど、直ぐに奪ってやる。

どんなものでも、見ただけで奪える。

それは私の長所だ。

ただ、覚えるだけじゃない。

見た物の要点をすぐに抑え、それの実行を早める。

勿論出来ないことだってある。

でも、頭の中で反芻し続ければ。

常人より早く習得できる。

実際に出来なくても、知識として吸収して弱点を見破る。

それだけの圧倒的な経験がある。

覚えるだけでは絶対に出来ない。

この頭の回転の速さは母譲りだろうか。

これから、父と話す機会が増える。

元の生活には、もう戻れないだろう。

解散すべきなのかもしれない。

部活も、ItemMemberも。

学校すらも、退学した方がいいかもしれない。

日常に、戻れるかさえ。

私には分からない。

「私には、やるべきことがある。」

何度も、言い聞かせるように繰り返す。

今、投げ出すわけにはいかない。

色恋に囚われている暇はない。

「私の日常なんてどうでもいい。」

何時もの様な。

迷い等含まない。

純粋な気持ち。

どうしても、知りたいことがある。

それなら、圭たちとの日常がどうでもいい。

そう思えるんだ。

「…圭達も」

否、…少し違うか

圭たちとの未来を考えるために、どうしても知りたいんだ。

決別するか、一緒にいるか。

私はいつもそこで迷う。

そこで圭の弱さにつけ上がってしまう。

自分の弱さに挫けてしまう。

初めての気持ちだったから。

私には簡単には答えも出せなかった。

恋愛感情なんて、私はまだ早かったのだろうか。

化け物だってことを、圭の前では忘れていた。

今の圭とは距離を置きたい。

もう迷わないために。

「なにもかも」

私はもともと、真っすぐだ。

圭たちと出会う前は、何の覚悟もなく。

ただ、言われるがままに行動した。

人を傷つけ、ただ淡々と殺めた。

でも、いざ好きに考えていいと言われると。

何をしていいか分からない。

何がしたくて。

何が好きで。

何のために生きるのか。

分からなかった。

なにも出来なかった。

今はただ、知りたいことがある。

これからやりたいことを見つけるために。

前は、自分の世界を守るだけで必死だった。

圭たちだけしか目に映っていなかった。

「…どうでもいいって思えるんだ」

でも、今はそれ以外にも目に映る。

遥や朝霧はそのいい例えだろう。

今は、父やアニエスも視野に入る。

私の世界がいかに小さいか、思い出させる。

圭たちだけの世界。

なら、もし圭がいなくなったら…?

死だけじゃない。

ただ、圭が私への想いが無くなったら。

途絶えたら。

私は、なにも無くなってしまう。

以前は必死に守ろうとしていた。

でも、他にも守らなければならないものがある。

やらなくちゃいけないことが、私にはまだある。

私は圭に向き合った。

でも、圭はまだ本当の意味で私と向き合ってはいない。

なにがあっても。

圭達への想いは消えない。

彼らは弱くない。

私がいないくらいで崩れるほど、脆くはない。

「これって進歩?それとも退化かな?」

だから、なんだって犠牲に出来る。

あれだけ嫌だったアニエスへの帰省も。

軽く、許容できるし。

圭たちを置き去りにしたことも、全く気にも止まらない。

これだけ離れても、私は彼らの無事を祈れるほど強くなった。

瞼を閉じれば、すぐに脳裏に浮かぶ。

彼らを置き去りにしたことに、何の罪悪感もない。

探し回って、心配しているだろう。

携帯だって着信が入っているだろう。

でも、これで彼らを傷つけてでも。

彼らが壊れないと分かっているから。

だからこそ、私は彼らを傷つけられる。

彼らは優しいから。

私がいなくなったら、きっと悲しむ。

彼らは人間すぎるほど人間らしい。

「…どうだろ」

進歩であろうと、退化であろうと。

私はもう戻れない。

優柔不断は私の欠点だ。

世間知らずで初めての気持ちにあっちこっち、曲がってばかりだ。

けど、もう迷わない。

突き進むよ。

父に刃を向けるのは、私しかいないのだから。

Re: 秘密 ( No.518 )
日時: 2016/05/08 06:34
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

その頃、涼風では。

何時もと何かが違う。

違和感がある。

校門を過ぎたくらいから、そんな違和感を感じていた。

ポンッと肩に手を置かれる。

何時も通りアリスだと思って振り返った。

けれど…

「おはようございます、圭先輩」

「幽ちゃんか…」

軽音部の後輩。

赤いリボンが印象的で、とても見目麗しい少女だ。

足も腕もスラリっとしているし、綺麗に整えられている。

マリーやアリスに並ぶほどの、美貌だ。

マリーは洗練された物腰、綺麗に長く伸ばされた栗色の髪。

道を歩けば誰もが振りむく、華やかさと明るさを持った少女。

アリスも髪をちゃんと梳かせば、もっと綺麗になると思う。

金髪が目を引く、氷のようなスッキリした綺麗な顔立ち。

幽は黒髪の、大和撫子といった感じだ。

人見知りをしそうな、穏やかな雰囲気を纏う少女だ。

「幽でいいですよ!…2人きりの時はアリスでもいいですよ?」

小さく背伸びをして、囁いてくる。

行動の1つ1つが危なっかしい。

「大丈夫だよ、アリスはアリスしかいないから」

ムスッと表情を曇らせる。

アリスも、これほど人間味が溢れていたらいいな。

いや、溢れさせてみせる。

「ご一緒しても構いませんか?」

幽は自分に気があると言ったが、何処まで本当か。

答える前に、もうすでに隣に並び始めている。

そう言った強引さは軽音部の女子特有のものなのだろうか?

「アリス先輩は?」

「それが、まだ来てないみたいで…寝坊かな?」

電話をかけるが、コール音ばかりが帰ってくる。

念の為にもう1度掛けて見るが、結果は一緒だ。

「…変だな」

「忌引きでしょうか?」

そんなはずはないと思うのだが…

事情を知らない幽にすれば、そう考えるしかできない。

けれど、アリスを知っている人間なら。

誰もが1つの発想を抱く。

嫌な考えの1つでも、思い出させる。

「…どうかしましたか?」

眼前に幽の顔が現れる。

覗きこんでいる様だ。

肩のところで切り揃えられている黒髪が、揺れた。

「ちょっと、家に行ってくる」

また、家に火を付けられた?

それともアニエスに向かった?

エリスの姿も見えない。

アレクシスも、最近は姿を現していない。

アリスが薬によって命を繋ぎとめていることを、知っている。

定期的に薬を飲み続けないと死んでしまう。

そう言う体に改造されていることは、スキースクールの時から分かっていた。

アリスの重要性を考えれば、殺しはしないとアリスは言った。

けれど、薬がなにかの間違いで切らしてしまったら?

今、動けないまま倒れ伏しているかもしれない。

「えっ…」

鬱陶しい。

鞄をその場に置いて、走り出す。

彼女とは今、恋人でもなんでもない。

けれど、その名前を聞けば体が動く。

「待ってください、圭先輩!」

前に即座に回り込んで、通せんぼをした。

急いで足を止めた。

見かけによらず、足はかなり早い様だ。

自分でも少し早い自信はあったのだが。

「…私が確認をしておきます。だから、圭先輩は教室に向かってください。」

「…けど」

事情を知らない彼女を巻き込むことには抵抗がある。

けれど、彼女は先の答えを封じる様に口早に答えた。

「圭先輩はアリス先輩の恋人ではないのでしょう?
もし寝坊だったとしたら男の人が突然家に行ったら、驚いてしまいます。」

恋人ではない。

その言葉がグサッと胸に刺さる。

彼女としては無意識だったのだろう。

「…だから、同性である私が行きます。」

「それでも…!」

やっぱり巻き込みたくないという思いはある。

初めてできた後輩だ。

こっち側に踏み込ませたくない。

アリスが抱いている想いって言うのは、こういうものだったのかな。

ふと、そんなことを思った。

「差し出がましい様ですが!!」

大きな声が、幽の口から投げ出された。

予想外の声に思わず、黙ってしまう。

「…すいません」

と小さく答えた。

「今から、礼を欠く様なことを言います。でも、本音です」

どうにも読めない少女だ。

普段は大人しく、名前の通りに幽霊の様に無口だ。

話をしていても、声は落ち着いている。

大声を張り上げる様な少女だとは思えない。

聞き上手と言うのだろうか。

誰かの好みに合わせるのが上手なようだ。

「…圭先輩、おかしいですよ」

そういうと有無を言わせない様に、校門を出ていった。

何も言えなかった。

けれど、少なからず少女は核心を突いていた。

おかしい。

昨日アリスが言っていたことを思い出した。

・・・圭の優しさ以外も見てみたい・・・

優しさ以外?

彼女は、どんな思いでその言葉を口にしたのだろう。

優しさ、以外。

そんなもの、出す必要がなかった。

けど、幽が言っている様に。

きっとこれは、おかしいことなのだ。

アリスの気持ちを知りたい。

どうしてそう思ったのか。

どうして、それに気付かなかったんだ。

・・・私達のしていることって、本当に恋愛なのかな?・・・

分かんないよ。

分からない。

どうしてアリスに惹かれたのだろう。

アリスは温もりを分けてくれた。

彼女の為なら何でもしたいと思う。

そう思うこと自体が、何か歪んでいるのだろう。

難しい。

恋愛って言うものをするには。

僕たちは。

俺たちは。

あまりにも特殊な状況にいた。

あまりに無知だった。

人と温もりを分け合う方法。

苦しみを分かち合う術。

なにも。

知らなかった。

Re: 秘密 ( No.519 )
日時: 2015/05/04 15:51
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「圭先輩。」

教室に訪れたのは昼休みが始まってすぐだった。

「…幽」

何をそんなに疲れ切った顔をしているんだか。

いなくなってたったの1日じゃないか。

苛々する。

「朝は失礼なことを言ってすいません。
少し、お話をしたいのですが…何時も通り屋上でお食事をしましょう。」

何時も、彼らが屋上で食事をしていることを知っている。

何度かその食事の席に、呼ばれたこともある。

だから、知っていてもおかしくはない。

屋上に呼び寄せたはいいものだが、どうやって切り出そう。

まっ、本題から行くのが一番良さそうだ。

「…心配しないでください。アリス先輩は無事ですよ。
ただ、少し悪性の風邪を引いてしまった様で病院に向かうようです。」

「…そっか」

どこか変化がない。

安心したようでも、疑っている訳でもなさそうだ。

「朝のことは本当に申し訳なく思っているのです。」

「…気にしなくていいよ。図星かな、って思ったし。」

私は表情を作ることを得意としている。

本物のアリスは大抵のことには優れているが、人間味に欠ける。

運動も出来ず、自ら得た知識を。

エリスに授けている。

アリスの知識はあくまで知識どまりだ。

いくら頭が切れて、応用性があっても。

例えピッキングの知識があっても。

それをエリスにやらせている。

私は実地でも知識でも得ている。

そこは、本物のアリスには無い。

「…聞きたいことがあるんだ。」

アリスは得た知識を人に授け、間接的に殺めた。

エリスはその知識で人を殺めた。

私は自ら知識を得、そして自ら磨いた技術で殺めた。

私はアリスとエリスを重ね合わせた様な。

エリスを体力や力があり。

アリスは知識がある。

私は体力も力も知識も、人間味だってある。

オールマイティ、というのだろうか。

「…なんでしょう?」

私は彼女より優れている。

なのに、何故彼女ばかりが優遇されている。

私は代理品だ。

それでも構わない。

そう言った覚悟で、テオドールの下についた。

ただ、腑に落ちない。

「…俺の、なにがおかしかった?」

そう言う話か。

「変だな、とは思っていたんだ。でも具体的には分からないんだ。」

どう答えるべきかな。

素直に答えるべきか、はぐらかすか。

「圭先輩とアリス先輩はお付き合いをされていたそうですね。」

風の噂で聞きました、と小さく微笑む。

「今の圭先輩の方が、私は好きですよ。人間らしいです。」

何かこう思い悩んでいる様な顔の方が、人間らしい。

こいつの生い立ちは知っている。

「アリス先輩の考えが分かるというほど、私は自惚れてはいません。」

卵焼きが甘い。

味付けに失敗しただろうか。

「ですから、あくまで私の見解です。そこのところをお忘れなく。」

少し大人びた喋り方に過ぎたな。

高校生って言うのは難しいな。

学校と言ったものには、何度か潜入したことがある。

同世代と話をするのは確かに初めてな気がする。

キャラクターがつかめない。

「そうですね…圭先輩は優し過ぎます」

Re: 秘密 ( No.520 )
日時: 2015/05/22 19:21
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

〜・105章 人間としての強さ・〜
「優しい…?」

「どんな時でも、笑っている。誰かを気遣ってばかりいる。
私がアリス先輩でしたら、笑ってばかりの良い所だけは見たくありません。」

アリスもそんなことを言った。

でも、アリスの様に苦しそうな顔をする必要はない。

アリスが泣いたり叫んだりできないのに。

自分が泣くなんておこがましい。

アリスほどのものを、背負ってはいない。

「どうせ圭のことですから、誰かを気遣ってばかりでしょう?
物わかりのいい顔をして。私と先輩は知りあったばかりですけれど。」

気遣って…?

「悲しい時くらい、泣いてください。怒りは押さえずに怒ってください。
圭は、ちゃんとした人間なんですから。誰かを気遣う必要なんてないです。」

その言葉を。

聞いたことがある。

「人間でいられることを、誇ってください。圭までも、人間であることをやめないで。」

幽の声で読み上げられている言葉が。

「醜く、薄汚く、傷つけ、傷つけられることもある。
けれど、憎まれても、人を愛し、慈しむことが出来る優しさを。
どんなに、たとえ心を砕かれても、涙を流した後には前を向けるその強さを」

自分の頭には、別の人間の声に聞こえた。

今ここにはいないけれど。

今、頭の片隅で想い浮かべている。

金髪の少し小柄な少女。

意地っ張りで、こどもっぽくって、でも時々寂しげな顔をして

妙に放っておけなくて、賭けをするときにはゾクッとする様な笑みを浮かべて

日常では、花の様に微笑んでいる。

優しくて、どこか危うい、大好きな少女の鈴の様な声。

「そんな人間としての強さを、精一杯誇ってください。
それは私には決して手に入れられない強さなのですから。」

きっと、これが最初の言葉。

いつの間にか、幽の手には手紙が握られていた。

真っ白で、無機質な便箋。

「どうか君が君であることを、誇ってください。」

途中で気付くべきだった。

先輩、ではなく圭と呼んでいたことに。

そこには見慣れた字で、「圭へ」と記されている。

「アリスこと、三田村こよみより」

10年前。

その言葉を聞いた時。

それは。

アリスに恋に落ちた瞬間だった。

Re: 秘密 ( No.521 )
日時: 2015/06/02 18:44
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「三田村先輩からの伝言です。」

全く、律義な奴だ。

家にわざわざ手紙を残しておくなんて。

自分じゃ伝えられないからって、人に頼むなよ。

「…後はお2人で話してください。これは、差し上げます。」

手紙を残して、代わりに伝えてくれ、なんて。

私は恋のキューピッドじゃないっての。

「失礼します」

しかし…

不思議な顔をしている。

泣きそうな。

怒りそうな。

梅干を食べたみたいな。

変な顔。

「続きもありますけど、でもきっと私が代弁すべきものではないと思うので。」

変な顔。

「ここからは私の意見です。圭先輩はもっと強くなってください。
今のあなたはとても危うい。アリス先輩を失っただけで崩れ落ちそうなくらいに。」

表情を作るからには、表情についての勉強もしている。

敵意や悪意なら、たとえどんな些細な変化でも分かる。

でも、それ以外の感情は。

純粋な気持ちは。

時々読めない。

「人間としての強さっていうのは、きっとそう言うことなんじゃないんですか?」

まっ、私には分からないけど。

人間としての強さとか。

だって私は生まれ持っての化け物だもの。

人の気持ちなんて知る訳がない。

上っ面だけの演技で生きてきた。

きっとこれかれからも。

テオドールの下にいられるうちは、まだ良い。

彼は恩人だ。

どれだけ極悪非道とささやかれていても。

私を救ってくれた。

でも、何時までそれが続くか。

アニエスに私が必要とされる以上、消えはしない。

アレクシスあたりがテオドールの跡を継ぐ。

けれど、その時にはもうテオドールはいないのだ。

「…前に進む、強さ」

楽しさも、悲しみも。

私には分からない。

それが人間固有のものだとすれば。

確かに私は人間じゃないのかもしれない。

私を動かすのは、テオドールへの報い。

テオドールだけが私を動かせた。

彼だけが、私を受け入れてくれた。

私の本質を知って、それでいて必要としてくれた。

例えただの使い捨ての駒だとしても。

それでも構わなかった。

けど、テオドールがいなくなれば。

私は前に進めない。

進む必要もない。

私には人の心は分からない。

だからこそ、私は人のまねが誰よりもうまい。

出て行こうとした私の手首をパシッと掴まれた。

「幽ちゃん、答えて」

ああ、これはもう知ってしまった顔だな。

私は直感的にそう思った。

「アリスは何処?」

Re: 秘密 ( No.522 )
日時: 2016/05/08 06:51
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「…私も知りません。ご自宅にはいらっしゃいませんでした」

気付かれたのは何時振りだろうか。

少なくともここ何年もいなかった。

いや、まだ気付かれたとは決まった訳ではない。

とりあえずの言い訳をする。

「嘘」

テオドール以外に気付く奴がいたとはな。

「…どうしてそんなことを考えたんですか?」

確かに投げやりで、適当な演技だったかもしれない。

演じていても、その気持ちが全くと言っても良いほど分からない。

そう。

分からない。

だからこそ、誰よりも演技は上手くなれるのだ。

人の気持ちが分かる奴に、人の表情を完ぺきに真似ることなんてできない。

「アリスの自宅を知っていた。」

「以前、見かけたことがあるんです。先輩の家、結構近いんです」

実際あながち嘘ではないし、思いっきり不機嫌そうに口をとがらせる。

訪ねたことはないし、そんな間柄でもない。

けれど見かけたこともあるし、住所も当然ながら知らされていた。

「それでも、不自然だよ」

「そうですか?」

そこは少しの自覚はあった。

けれど、健気な後輩としては別に可笑しくないと思うのだが。

多少は目をつぶってくれればいいのに…

「それに、エリスやアレクシスと同じ感じがする」

それを言われると…ちょっと面白いな。

普通の高校生活をちょっとでも充実させようと思ったんだけどな。

学校生活なんて縁がなかったから。

ちょっぴり楽しみにしていたのに。

まっ、良いや。

本来の職務とは少し脱線するけど。

それはそれで面白そう。

とりあえずは、そう思い込むことにしよう。

「…お察しの通り、アニエスですよ」

ちょっと意地悪く笑っている、ふりをする。

ニヤニヤと楽しそうに。

「ああ、勘違いしないでください。危害は加えられませんから。」

あからさまに驚いた顔をする。

想像できていただろうに。

「…どういうこと?」

「お聞きしたいことがあります。アリスとあって、なにを話すんですか?」

「連れ戻す。」

即答。

それだけ慣れているってことなのかね。

アリスも罪な女だな。

「今回はアリスが自分の意思で赴きました。
収集もかけていなければ、脅迫すらしていません。」

これは半分事実、半分は嘘だ。

確かに収集もかけていなければ脅迫もしていない。

けれど決して自分の意思だけではないのだ。

間接的には関係はあるのだ。

言葉にしてはいないけれど、無言の圧力というやつだろうか。

「それなのに圭先輩たちに言わなかったのは…言いたくない理由があったのでは?
先輩たちの中の何かが、自然と、そうさせている…みたいな?
心当たりは…1つや2つやいくつかあるのではないですか?無いとは言わせません。」

私には人の気持ちも、心って奴も分からない。

どうして悲しいのか。

どうして楽しいのか。

さっぱり、これっぽちも分からない。

「私は圭の優しさ以外もみたい」

だからどんな非道も、私は歩んでいける。

「私、耳は悪くないんですよ?」

前で凛や万里花達と話していても、後ろの2人の声も聞こえるのだ。

そういう訓練を積んできたのだから。

遠く離れていても、特定の会話を聞き取れるように。

誰と話していても、ターゲットの会話は逃さない様に。

「アリス先輩は確かに強くなりました。それはあなた達のおかげでしょう。
あなた達だけでなく、アニエスを救いたいと自ら動けるほどに。」

そう。

それがアリスが今回アニエスに戻った理由。

「距離を置いたのもその一環。」

とんだ変わり者だよ。

テオドールがいなければ、後はご自慢の頭で。

自由の身になることだって簡単なことのはずなのに。

自ら舞い戻ってくるなんて。

「今回わざわざ舞い戻ったのは、彼女のある思惑からです。」

遠く離れた異国の地。

そこでも1人の少女が同じことを想っていた。

「アリス先輩は…」

「私は…」

2人の少女は。

全く違う場所に居ながら。

同じ言葉を紡ぎ出した。

「「アニエスの王となる。「私は」「彼女は」その為に戻ってきた。」」

Re: 秘密 ( No.523 )
日時: 2016/04/23 18:59
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「テオドールはもう年だ。遅からず引退するだろう。
後継者は当然血のつながった正式な息子であるアレクシスだ。」

アリスの存在は伏せられている。

そう、彼女は自身のことを語っていた。

「テオドールは…王になったのか?」

そこそこの権力者だということは聞いていた。

けれど、まさか国王にまで上り詰めているとは思わなかった。

「アニエスに今血筋を気にする余裕はない。
求めているのは誰よりも早く、国を立て直してくれる奴。
テオドール程頭を回る奴も、あそこまで悪に徹せられる奴も他にはいない。」

知らなかった。

なにも。

「既にテオドールは少しずつ政治から手を引いている。
アレクシスが国王になるにあたって、アリスの存在は必要不可欠だ。」

彼女の能力の凄さにはずっと実感が湧かなかった。

でも、物を覚え頭が回るということは。

それだけでも価値があるのだ。

少なくとも、アニエスにとっては。

「アリスは自ら望んでアニエスに向かった。国を救おうと。
以前なら考えられなかった。テオドールがいなくなれば、彼女は自由なのに。」

以前の彼女は。

生きることを諦めていた。

自らの命を粗末に扱い、ただ自分たちを守ろうとしていた。

それから頑なに、少しは自分のことも視界に入れ始めた。

テオドールから、逃げようとあがこうとして。

…そう思っていた

ただ、何時だって人のことを考えていた。

「そうさせたのは、君たちだ。」

想像以上だ。

彼女は気付かぬ間に、自らを追い詰めたアニエスを。

アニエスすらも救おうと、距離を置いたのだ。

何時もの3人だけじゃなく。

国そのものを救おうとした。

分からなかった。

いつか予感していた。

彼女が表情を知り、上手く使いこなして。

彼女の心が分からなくなったら。

もう彼女は、元のアリスではなくなるのではないかと。

「…普段は裏手に動く私がこの国に呼ばれたのもそのためなのだよ。」

その為…?

「アリスが国に戻った。けど、国家レベルの機密情報を手中に収めたまま。
私は最後の最後のアリスが逃げない為の手綱。君たちの、監視役だよ。」

ペロッと小さく舌を出した。

彼女の表情は底知れない。

コロコロと変わるが、楽しそうには見えない。

「監視役…?」

「自ら戻ってきたと、油断させたと思って裏切られると困るからね。
最も、彼女は今は君たちにかまけている時間は無い様だけど。」

アニエスが抱える闇。

彼女はずっとその闇を見つめ、その中で生きてきた。

アリスも、幽も。

エリスもアレクシスも。

皆。

「それでも、アニエスに行きたいと望む?」

なにも、分かっていなかったのか…?

彼女に恋をしていたと思っていた。

彼女が自分の世界を変えた。

でも、彼女の何も見えていなかった…?

彼女の何を知っていただろう。

「知りたい?」

見計らったかのように、彼女が声をかける。

闇を抱えて生きる彼女の裏側を。

覗きこんでもいいのだろうか。

だってそれは、きっと彼女がずっと話したくないであろうことなのに。

ずっと隠してきたことなのに。

それを勝手に暴いても良いのだろうか。

ゆっくりと

緩慢な動きで頷いた。

「はい、決定〜!」

片手で、手を握ってくる。

猫を被っていたのか?

酷い変貌ぶりに、おもわず戸惑ってしまう。

アリス以外の手を掴んだことはない。

幽の手は小さいのに、力強かった。

アリスみたいに…冷たい手。

残るもう片方の手で、懐から取り出した携帯を弄った。

少し古い、二つ折りのタイプの携帯だ。

「アレクシスー、今からそっちに行くねー♪客人も1人いるからねー」

それだけ言うとすぐさま、携帯を閉じた。

「平穏で安全な、生温かい世界で暮らしてきた君達に。誰の心も分かりはしない。
あなた達が抱えた闇なんて、如何ほどに淡いか。思い知ればいい。」

Re: 秘密 ( No.524 )
日時: 2015/06/27 17:41
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

〜・106章 執着・〜
飛行機に乗る前に、彼女に電話をした。

とんとん拍子に話が進み、気付けば空港にいた。

コール音がひたすら続いていた。

想像した通りだけど、やっぱり出ないか。

留守番電話に自動的につながった。

「…もしもし」

返事がある訳はない。

「アリスの言っていたこと、ちょっとだけ分かったような気がしたよ」

結局、アリスにばっかり依存して。

それに甘んじていた。

アリスはいつだって笑っていた。

だから、いつでも笑っていたかった。

アリスの隣に並べる様に。

彼女を救うのにふさわしい存在になりたかった。

でも、背伸びしていたのかな。

アリスを救える存在になれているというなら、それは嬉しいことだ。

アリスの存在に近付けているなら。

それはもっと嬉しい。

アリスみたいに。

自らを犠牲にしてまでも、アリスを助けたかった。

でも、そうすることがアリスには辛かったんだろうな。

いつだって自分の為に笑っているって、思いつめていたのかな。

気付けなかった。

背伸びしている様に見えたのかな。

無理をしていたかな。

「…無理をしていたのかもしれない。でも、アリスに近付けたなら。
もしそうなら、すっごく嬉しい。アリスにずっと憧れていたから。」

無理をしている訳じゃない。

嬉しいんだ。

「人間だよ、ちゃんと。アリスだって。」

絶対に。

もうそっち側には連れていかない。

嫌がっても、こっちに引っ張り上げる。

「人間にさせてみせる。」

Re: 秘密 ( No.525 )
日時: 2015/07/02 18:45
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)


今回は何時も見慣れた牢ではなかった。

もう、閉じ込められることもないだろう。

私にとって、最も有効な枷をアリスが見張っているのだから。

同じ名前だと、色々やりづらいな。

意図があって同じ名前にしたんだろうけど。

呼ぶ側とすると、結構不便だ。

対照的、と言っても良いほど広くて豪華な部屋だった。

人は追い払われているのか、人気はなかった。

食事はエリスが持ってくる。

ここに来てから、父には一度も会ってはいない。

次は、まだ駄目だ。

警戒心を解く必要がある。

父は手ごわい。

けれど、だからって私は負けられない。

部屋に備え付けられたパソコンを繋ぐ。

いくつか自分のサイトを持っている。

これで、日本であろうと何処の国の情報も回ってくる。

幾つもの言語を操って、様々なサイトを掛け持つ。

部屋にいても外の情報を入手することが出来る。

「ネットが使えるとは、知らなかったな。」

元々私はパソコンはからっきしだ。

「…マリーに教えてもらった」

吸収が早いのは、私の利点だ。

まだまだ、疎いけれど。

いずれ慣れるだろう。

「知識の吸収は、大事だからね。」

呼び戻されたと思いきや、いきなり部屋に監禁とは。

父親らしくないにも程がある。

「携帯、光ってるみたいだけど?」

「…誰かは大体分かってる。」

少し目を伏せる。

大丈夫。

私はもう逃げないと決めているから。

色んな感情を知った私は。

圭に抱くこの気持ちが本当に恋なのか。

変な違和感が付きまとっている。

パソコンを打つ指は止めない。

暫くすると諦めた様にエリスは部屋を出ていった。

様々な国の言葉に目を走らせながら、小さく呟く。

「…圭はずるい」

おかしい。

私は圭のことを好きなのだと信じて疑わなかった。

彼は私にとっての恩人だ。

彼の言葉にいくらか肩の荷が下りた様な気さえした。

けれど彼は、私に恋をしているというより私自身にこだわっている様だ。

彼の気持ちは恋ではない。

ただの執着だ。

そう考えてしまうと、私の気持ちまで分からなくなる。

私も、圭にこだわっているだけなのではないか。

そんな考えが常にまとわりつく。

彼が救ってくれたから。

彼がいなくなったら、また1人になるから。

それに怯えて、だから必死に圭を引きとめようとしているのか。

分からなくなった。

もしそうだったなら、それは圭の時間までをも奪ってしまう。

これ以上彼の時間を無駄には出来ない。

私の時間だって残されていない。

私としても、私に想いを寄せてはいない男を傍に置くのも忍びない。

彼のは欠点と言うより。

もう病気の様なもの。

自分よりも人を助けようとするなんて。

そのおかげで確かに私は救われた。

でも、彼には自分のことを考えてもらいたい。

私のことばかりでなく。

誰かを救うことばかりではなく。

自分のことで、動いてほしい。

私は彼に救われた。

重荷を一緒に背負ってくれた。

だから。

だからこそ。

彼には彼自身も救ってほしいのだ。

互いの気持ちが分からない。

想いを確かめることができない。

でも。

今はどうだか分からないけど。

私は本当に彼を想っていたと思う。

きっと、そうだったらいいな。

Re: 秘密 ( No.526 )
日時: 2015/07/07 18:54
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

母も、こんな風に私を想っていてくれるだろうか。

母がクリスマスの時に渡してくれた立派なドレス。

ぺたんこ靴。

圭が初めてキスしたあの牢で。

母から圭に、圭から私に手渡されたドレスと靴。

今でも大事で。

着るのがもったいなくて、時々出しては眺めていた。

母にとってはなんてことないドレスかもしれない。

適当に選んだ服かもしれない。

でも、私にとっては母からの初めての贈り物だ。

いや…初めてはあのネックレスかな。

母に貰った指輪も、今もまだ大事に持っている。

誕生日だって知ることも出来た。

最高過ぎるクリスマスプレゼント。

本当に、幸せだった。

贈り物なら…他にも合った。

圭からのファーストキス。

唇を重ねたあの瞬間。

私はきっと、圭の想いに少しずつ気付き始めたんだ。

その唇で圭にだって沢山嘘をついてきた。

…本分を忘れるな。

私は、確かめたいことが合って。

わざわざ戻ってきたんだ。

圭のことはあとでもいい。

私は圭のことを大事にも思っているけど。

それと同じくらいに母のことも。

愛おしく思っている。

そしてきっと、彼のことも…

脳裏に浮かぶのは。

幼い頃から私を虐げてきた、1人の男。

Re: 秘密 ( No.527 )
日時: 2015/07/09 18:01
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

ぴかぴか光る携帯を押すと、自動的に留守電が再生される。

「…もしもし」

少し控え目な圭の声。

分かっていた。

圭がかけてきていたことくらい。

「アリスの言っていたこと、ちょっとだけ分かったような気がしたよ」

私の言っていたこと。

と言うことは、手紙は彼の手に渡ったのか。

もう1人のアリスは、ちゃんと仕事をしてくれたのか。

置き手紙、なんてもの初めてだった。

彼になにかのメッセージを残したのも。

「…無理をしていたのかもしれない。でも、アリスに近付けたなら。
もしそうなら、すっごく嬉しい。アリスにずっと憧れていたから。」

嬉しそうな声。

ちがう。

違うよ。

私は圭が憧れるような人間じゃない。

圭は何も分かってない。

私が言いたいのは、そう言うことじゃない。

「人間だよ、ちゃんと。アリスだって。」

…私が人間

今、圭自身が人間離れしているって言うのに。

よく言えたものだ。

「人間にさせてみせる。」

ピーと電子音が鳴った。

「消去する場合は…」

圭の声を伝えるだけ伝えると、役目を終えたかのように。

決まり切った文章を読み上げ始めた。

「…人間、ね」

指で携帯をはじくと、再びパソコンに向き直った。

もう、ちらりとも携帯の方を見なかった。

Re: 秘密 ( No.528 )
日時: 2015/07/13 18:41
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

〜・107章 父の言葉・〜
留守電を再生した後、暫くパソコンを弄ってから席を立ち窓に寄った。

センサーが仕掛けられようと、部屋にはカメラが付いていようと。

この部屋から出ることはできない訳じゃない。

私が死んで困るのならば、不用心に追いかけては来ないだろう。

小さく頷くと、窓を開け放つ。

具体的に何メートルか分からないけど、落ちれば間違いなく即死だ。

私達に残された時間は短い。

急がないと。

私にはきっと人は殺められない。

傷つけられない。

けれど、何時もの日常を捨てればそのくらい。

私はそんな覚悟を抱いた。

足が滑らない様に、靴下を脱ぎ棄てる。

窓枠に手を掛け、身を乗り出す。

黙って死のうなんて許さない。

思っていたより強い風に、体が振り落とされそうになる。

運動神経はもともと、良い方ではない。

むしろ悪い方だ。

飛び箱も、鉄棒も、球技も、どれもこれも駄目だ。

こっちに戻ってからは、色々トレーニングを重ねてはいる。

けれど、体力の無さは昔からだ。

まだ、運動音痴のまま。

パイプや、となりの部屋のベランダ、僅かな足場を踏み外さない様に。

慎重に歩きながら、振り下ろされない様にしっかりと掴まる。

何時もより気を張っている分、肩に力が入る。

後で筋肉痛になることは確定だな、と言う考えが頭によぎった。

ここまで来たら、もう後には引けない。

長い因縁に、決着を付ける時が来た。

16年もの間、ずっとずっと待ち続けていた。

この時を。

もう、迷わない。

Re: 秘密 ( No.529 )
日時: 2015/07/18 18:14
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

丁度…この辺りの位置だ。

父の部屋につくと、窓から中を覗き込む。

こちらには背を向け、机に向かっている。

部屋には父以外誰もいなかった。

勢いよく窓を開け、父の首を絞めに掛かる。

「お話があります、父上。黙って聞いていてください。」

私は今、なにを求めているのだろう。

圭たちを捨て、日常を捨て、…何が残るのだろう?

震えそうな言葉を。

真っ白になりそうな頭を。

抑え込んで、気取られない様に言葉を紡ぐ。

「私にはあなたを憎む理由は…ないといえば嘘になります。
圭たちのこと、母のこと。やっぱり許せないと、思う。
でも、今はそんなことどうでもいいんです。」

生まれてから、ずっと。

父はこちらを見もしなかった。

そのことについては、責められることじゃないし責める気もない。

父は、誰にも成し遂げられないことをしたのだから。

「でも、総合的には色々と許容できるんだ。常識なんて関係なく。
私は自分の為にここに来た。自分の答えを、確かめるために。」

どんな極悪の状況であろうと。

どんな闇の中でも。

そこで育った私にとって、闇は心地よくはなくても不快でもない。

光ある居場所は確かに尊い。

でも、光ある場所だと実感できるのは私が闇で生きてきたからだ。

圭のことも母のことも。

勿論憎いと思う。

闇を知っているから、私は彼らを大事に。

誰よりも、愛おしく思える。

闇を知っていたから、光が神々しく見えた。

このまま、光の中で生きていきたいと思った。

でも、父の裏側を知ったら…

闇の裏側を見てしまってから。

私に迷いが生じた。

私は父がいなくなれば、もう普通に光の中で生きていけると思った。

闇に怯えることもなく、連れ戻されることにも怯えず。

いつまでも、彼らの傍にいられると。

私にとって、一番大事で温かい場所に。

ずっと居続けることが出来ると。

けど、知ってしまってから。

ずっと考えていた。

本当に、私はこのままと光の中で生きていけるだろうか。

闇で生まれて、そこで16年間居続けて、そこで育った。

いまさら、光の中で生きていけるだろうかなんてことは。

言ったらきっと、圭たちに怒られてしまう。

それでも、きっと私は闇を切り離すことが出来ない。

光の中だけで生きて行くこと。

それは私の16年を否定するもの。

あれだけのことをして、のうのうと光の中では暮らせない。

ナイフを首元に当てる。

怖いくらいに無反応だ。

それでも、首を絞める手を緩めない。

だから、私は闇にちゃんと向き合わないといけない。

「…父上がいなければ、私は普通の生活を送っていた。
牢獄ではなく、私がずっと望んでいた明るく光りある場所を。」

こんなもので、何かが変わるなんて思っていない。

こんなもので、私が生きてきた世界は変わらない。

このまま腕を折られるのも、覚悟の内だ。

「私は自分の覚悟の為に聞く。」

こんなもので、世界は変わらない。

父の答えが、どんなものであろうと。

きっと、彼のしてきたことは変わらない。

「お前は、自分の行いを正しいと思うか?」

それでも、私の中のこの気持ちが。

少しでも軽くなるかもしれない。

「君は家族を犠牲にして、その代償に民を救った。
それを君は正しいと思うか?家族より民を愛したこの道を悔いたことはあったか?」

宙ぶらりんになっていた気持ちを。

地につけることが出来るかもしれない。

「君は今、家族と民のどちらを愛している?」

Re: 秘密 ( No.530 )
日時: 2015/07/26 13:40
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「…決まっている」

何時もの父の声。

けれど、何時もの饒舌な口調とは違う。

何処までも静かで、落ち着いている。

「…民だ」

骸骨の様な、痩せこけている。

サングラス越しでも分かる程の綺麗な顔。

かつては整っていたのだろう。

どこか哀愁を漂わせる雰囲気を纏いながら。

少しだけ口元を緩めた。

「それが間違いの訳がない。」

嬉しそうに、誇らしそうに、そして少しだけ悲しそうに。

けれど、今は人では無い様だ。

痩せ細り、頬がこけ、周りを敵に回した。

身内も、味方も。

彼は、沢山のものを捨てた。

それを彼は一切の後悔もしていない。

だってそれは。

より多くのものを、救うために行ったことだから。

「それが…、君の答えか。」

犠牲も合った。

とても、多くの。

でも、救いも確かに合ったのだ。

父は、自分の歩んだ道を否定しなかった。

父はその救いを否定しようとはしなかった。

否定してしまえば、救われた人をも否定してしまう。

それなら。

それなら、…?

Re: 秘密 ( No.531 )
日時: 2015/08/01 12:45
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

その時。

バタンッ、と大きく扉が開いた。

「テオドール」

腰まである長い金髪と相まって、どこか少女的な印象を受ける少年。

アニエスでも指折りの実力者。

何時もと同じ黄色と黒を基調としたぴったりとした上着とズボン。

肩には何時もと同じストールを纏っている。

トール。

会うのは随分と久しい。

いつだって力を求め、争いごとには積極的に首を突っ込んだ。

狂った感性をしている訳ではない。

ただ「戦いたい」、「人を救いたい」と言う願いの為に。

人を救うための力を手に入れる手段として、戦って経験を積んでいるだけなのだ。

「人を救いたい」

だから、彼はテオドールの元にいる。

トールはこちらを一瞥すると、迷うことなく足を振り上げた。

パシンッとトールの足が私の手に直撃し、ナイフを落とす。

トンッと。

ナイフはそのまま机に刺さった。

絶妙な角度で、父を傷つけないように気遣った蹴り方だった。

首元に当てていたナイフが、見事に父の肌に傷1つ付けていない。

ナイフを落とされて、素直に両手をあげる。

降参のポーズ。

「…父上は無事だ。まだ何もしてはいない。」

どうしてだろう。

少し、穏やかな気分だ。

怒りが無いといえば嘘になる。

やっぱり許せないという気持ちもある。

けれど、それよりもどこか温かい気持ちが。

私の心を埋めた。

「寿命が縮むぞ。」

ついっ、と部屋を出ていった。

分からない。

彼は、間違っている訳じゃない。

勿論正しい訳でもない。

誰かを救うために、誰かを犠牲にするのは間違っている。

間違ってる。

でも、それと同じくらいに正しいと思うんだ。

Re: 秘密 ( No.532 )
日時: 2015/08/04 15:38
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

〜・108章 父が創った国・〜
部屋を出た後、トールは私が持っていたナイフを手で弄びながら後ろをついてきた。

部屋まで送り届けるつもりなのだろう。

私は何も知らなかった。

ただ父を悪だと決めつけて、向き合うことを忘れていた。

…私には、やらなければならないことがある。

けれどその為には、私はこの国を知らなさすぎる。

「トール、少し外に出ないか?」

例外的な強さをその身に秘め、父の片腕として長年付き添ってきた。

父と同じくらいにこの国のことを詳しいだろう。

私は知識ばかりで、実際は何も知らない。

アニエスの機密情報、父の隠してきた過去。

それらを調べ知ることが出来ても、アニエスの現状までは分からない。

書面として覚えていても、実物を目に焼き付けてはいない。

考えることはできても、目にすることはできない。

なんて無力。

知らない、なんて愚かな響き。

私は変わりたい。

母がくれたこの頭と瞳で。

圭がくれた心で。

父が納め、作りあげてきたこの国を。

自分の目で確かめたい。

Re: 秘密 ( No.533 )
日時: 2016/04/23 20:00
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「いいのか?私を外に出して。」

いまだに人の声が途絶えない。

アニエスの中心都市である市場では人の声が飛び交っている。

目を閉じ、聞こえてくる音に耳を澄ませる。

心地いい音だ。

瞼をあげると、笑顔の人々が目に映った。

「…素晴らしい国だな」

人は皆笑顔で、笑い声が絶えない。

周囲の国から隔離された、山の中の小さな村の様な国。

けれど、貧しさも不幸も感じさせない。

「別に、テオドールに仕えている訳じゃない。」

途中、市場のおばさんが小さな饅頭をくれた。

トールはよくこの市場に、身分を伏せてきているようだった。

すれ違う何人もの相手に挨拶をし、物を勧められたり食べ物を振る舞われていた。

時折立ち止まっては軽い冗談や世間話を交えながら、楽しそうに話していた。

何人もの相手に茶化されながら、市場を通り過ぎた。

賑やかな市場を抜けると、途端に人気がなくなり森に出た。

風の音や鳥の鳴き声が耳を癒し、緑と木々の隙間から零れる木漏れ日が目を楽しませた。

綺麗な空気だ。

「トールは何時から力を欲する様になったんだ?」

今までずっと、外を眺める窓すらもない牢にいたから。

森があることは知っていたが、ここまで美しいとは思いもしなかった。

思えば父のもとから勝手に抜け出したのは、これが初めてだ。

新鮮な空気に、ほっと息を吐く。

「覚えてないね、そんなもん。」

『力を手に入れる』『人を救う』

それがトールの掲げる行動原理だ。

トールは何時からそれを掲げ始めたのか。

どれくらいの時、それを追い続けたのか。

「人を救うために力を手に入れたのか、手に入れたから救うのか。
当初の目的なんて、とっくの昔に忘れたよ。ただ、テオドール程面白い奴は珍しい。」

何事もない様に話す。

目的を忘れ、ただ力を求めながら人を救う。

いまやトールに釣り合う奴もいない。

彼の才能は群を抜き、統率者となった。

輪の中心に立つことはできても、輪に混じることはできない存在。

「周囲を巻き込むのは、後味悪いからな。」

それだけの相手がいても、周りを巻き込むことを嫌う。

そんなトールは、自由に羽を伸ばせない。

戦えば、必ず誰かが巻き込まれるから。

だから彼は1人で、皆を導く道を選んだのだ。

そう言った情報も、私は知っている。

本人の行動や、言葉から知っている。

今まではずっと、知識としてしか扱ってこなかったけれど。

今なら、1人1人の人間として見ていける。

「体、無理してるんだろう?」

トールは、戦う為に色々なものを捨てた。

強くなるために体も、沢山改造している。

トールには特別な力等ない。

ごくごく普通の人間だ。

だからこそ、無茶をすれば反動で肉体にも強烈な負荷が生じる。

「俺の場合は手を伸ばせば、強くなれた。いっそ届かなければ、諦められたのにな。
もっとも、これはこれで楽しいから気にしてはいないけどな。」

森を抜けると、静かな草原が広がっている。

静かで、自然が溢れている。

外界とを隔てる崖の少し手前。

兵士が沢山立っている。

「よっ」

小さく手をあげながら通り過ぎて行く。

兵士たちはトールが通り過ぎる傍から敬礼をしている。

軍を率いているだけあってか、人望はかなりのものだ。

身軽で、誰とでも打ち解けられる奴だと。

ここに来る道中で思い知った。

私はアニエスを、もうずっと歩いていない。

生まれてから大抵の時間をこの地で過ごしたのに。

私は来たことはなかった。

涼風で過ごした時間など圭たちに出逢った6年前。

彼らが失踪するまでの短期間と、ここ数年だけ。

それ以外は、私はずっとこの国にいた。

けれど、思い出はあの場所に置いて来てしまった。

「あっちは、訓練場。それと、向こうは宿舎。こっちは療養所」

療養所では怪我をした兵士や、病人の介護をしているらしい。

訓練場では、兵士たちが弓や剣を使い武術の向上を。

そして、孤児たちを兵士に仕立てるための場所でもある。

エリスも、昔はあの中にいたのだ。

親に捨てられ、路頭に迷った子どもたち。

背も低く、腕も細く、力のない子供。

私の中に、圭との会話が甦った。

エリスの生い立ち。

そして、それに対して父がとった処置。

父はエリスを救おうとしていたのだ。

闇の世界で戦わせることで、生かそうとしていたのだ。

Re: 秘密 ( No.534 )
日時: 2015/08/13 17:50
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

・・・思い出の屋敷にて、圭との会話・・・

「エリス達は飢え苦しむ子供達だった。
当時のアニエスは財力が無く、孤児を育てることを出来なかった。
それで苦しまぎれに考えだされたのが、子供たちを兵士として育てること。」

アニエスは元々人が少ない。

それでも、エリスたちの様な捨て子は稀に出る。

けれど、それを賄えるほどの資金がなかった。

身寄りのない子は、死ぬしかなかった。

「兵士不足の解消と、孤児の有効活用」

エリスの、ふざけた顔が思い浮かぶ。

世界の全てを馬鹿にするような、表情。

ただ一身に、兄弟を守ろうとした少女。

「当時のエリスも幼かったのだから、兄弟はきっと赤ん坊だったんだ。
戦力にならないからと言って、見捨てることも出来なかった。
だから人質と言った名目を掲げ、兵士に育てたのだ。」

これを聞いたら、エリスはどう思うだろう。

エリスは今の生活をそこそこ気に入っているようだった。

それでも、やっぱり心中穏やかでいられるだろうか?

「…どこで…その情報を?」

「調べた。私だってエリスだけを頼りにしてる訳じゃない。
私には私なりの情報網がある。エリスには調べさせられないこともあるからな。」

私だってエリスに劣らない。

牢に蹲っていたって、知識の吸収はしていたのだ。

外に出てからは、人脈も充分に広げた。

「孤児院を作ろうとして計画自体が頓挫した形跡があった。
国王に上り詰めたのも、国民を慮ってだ。金を動かすなら王の方がやりやすいからな。
実際王になってからは金銭的な問題はかなり改善された。」

圭の視線が変な所に向いている。

視線の先を辿ってみると、それは私の手元だった。

無意識に。

小刻みに震えていた。

私は、この事実に何を感じているのだろう。

怒り?

悲しみ?

…よく分からない。

「…全ては民の為、だ。全く、素晴らしい王様だよ。」

ふざけた様に、吐き捨てる。

きっと、自虐的に見えているんだろうな。

「エリスには、言わないでやってくれ。」

最後の最後に私はそう圭に口止めをした。

Re: 秘密 ( No.535 )
日時: 2015/08/17 18:52
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

思い出の屋敷で圭に話したことを思い出した。

エリスは立派な兵士として育ち、手練手管の手段を用いてお金を集めた。

今では孤児院を建てられるくらいに。

エリスはよく孤児院を出入りし、子どもたちの世話をしているらしい。

孤児はある一定の年齢に達すると、兵士になるための訓練を施される。

決まった道を歩くことになるが、生きていられるだけでもこの国では儲けものだ。

エリスが歩いてきた道は、決して楽な道ではなかっただろう。

エリスは知らない。

孤児達を兵士にするのは、そうすることでしか生かせないからであることに。

私も。

なにも、知らない。

知らずに、ずっと憎み続けていた。

全て父がやっていたのだ。

父が国王になってからは、都は栄え人は増え、孤児も増えた。

孤児たちを1人でも生かすために兵士にして。

そしてその兵士たちを使って金を集めた。

もう二度と、飢えて死んでしまう孤児が出ない様に。

私にとって父は絶対だった。

成長するにつれ、私は自分の生い立ちの歪さに気付いた。

父が悪の権化の様に。

そんな風に思い始めた。

父は母を虐げ続けた。

私のことも、軽んじ続けた。

エリスの兄弟達も人質にされている。

嫡男だというのに、放っておかれたアレクシス。

トールだって、父に出逢わなければ生まれながらの体を弄ることもなかっただろう。

だって。

だって。

…でも、私は父の何も見てはいなかった。

何もかも捨て、家族も、仲間も、自らの身さえも切り捨てた。

さっきまで、半信半疑だったけれど。

私の質問に、迷いもなく民と答えた。

それで、やっと分かった。

ああ、これはきっと本当なんだと。

私は一体なにを見てきたのだろう。

私は一体なにをこの目に写してきただろう。

どうして、気付けなかったんだろう。

チャンスは、いくらでもあったというのに。

今度こそ、父の本質を。

私は見れているだろうか————?

Re: 秘密 ( No.536 )
日時: 2015/08/23 15:36
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

〜・109章 温もりと邂逅・〜
「よっ、元気にしてるか餓鬼ども」

孤児院の中に屈託のない笑顔で割り込んだ。

手には先程市場で貰ったお菓子や果物を抱えている。

「差し入れ持ってきたぞー」

わあ、と言って子供が駆け寄ってくる。

少しやせ気味ではあるが、健康そうだ。

…多い

「アニエスみたいな小さな国から出て行こうとする大人が多いんだよ。
見知らぬ土地に行く時、子供は邪魔なんだろう。」

理由は…聞かなくても分かる。

「後がないからさ。」

よっ、と小さく近くの子供を抱き上げる。

嬉しそうにきゃっ、きゃっと笑い声をあげる。

「…捨てられた方はたまったもんじゃないのにな」

…知らない

知らなかった。

孤児がいることは分かっていた。

でも、あんなに賑やかな市場。

あんなに人がいたのに。

その陰で。

こんなにたくさんの子供たちが、捨てられていたなんて。

「おー、よしよしっ!重くなったな〜!!」

トールは慣れきった手つきで子供をあやし、1人1人にお土産を渡している。

渡すたびに名前を呼びながら、頭を撫でて。

彼はもう何十回もここに来ているのだろう。

私は知らなかった。

トンッと背中に何か柔らかいものがぶつかった感触がした。

振り返ると、小さな女の子。

着ている服はボロボロで、髪も肩くらいに短くバッサリと切られている。

鋏で切ったのか、長さはバラバラだった。

女の子は、頭を抱えてうずくまった。

「えっ…と…」

小さい子とは、目線を合わせた方がいいと聞いたことがある。

その場でしゃがみ、目を合わせる。

つぶらな瞳には僅かに怯えが混じっている。

わざわざ蹲ったのは、自己防衛だったのか。

「私はアリスよ。そこのお兄ちゃんと一緒に来たの。あなたは?」

子供の扱いと言うのは良く分からない。

けれど、遥の件も合った。

あのような感じで良いのだろうか…?

「そいつはアリア。ちょっと前に来たばっかりなんだよ。」

「…そうか」

ここにいる子どもたちは。

皆捨てられた存在。

この子たちも、将来はエリスの様に。

兵士になることが決まっている。

けれど、そうやるしか生きることも、生かすことが出来ないのだ。

バラバラの髪も、本当に鋏で乱雑に切ったものだろう。

さらっと髪をなでると腰に手を回し、グイッと持ち上げる。

意外に重くて、足元がおぼつかない。

「…っと、ととと…と」

子供ってこんなに重いものなのか。

「…わっ」

とうとう支えられなくなり、そのまま後ろに倒れ込んでしまった。

背中に鈍い痛みが走る。

幸い後ろには誰もいなかったようで、被害者はいない。

「…何やってんだか」

呆れ切った表情を向けながら、トールはまた違う子を抱っこし始めた。

一体どんな体力をしてるのか。

…それとも、私が非力なのか?

「アリア、…大丈夫?」

アリアは小さく頷いた。

頭を庇っていた手は、今はきゅっと毛先を掴んでいる。

「…良かった」

温かい。

命の温もり。

命の重さ。

それを一身に浴びている。

アリアの小さな体が。

私は彼女を捨てた親を思った。

アリアはこんなに、小さくて、温かいのに…。

Re: 秘密 ( No.537 )
日時: 2015/08/27 18:57
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「そろそろ戻るぞ。」

肩車をしていた子供を降ろすと、こちらに言葉を投げた。

「じゃあな、また来るからな」

トールは馴染んでいるようで、子どもたちが惜しんでいた。

砕けた口調で、荒っぽく頭をなでる。

力強くて、それでも子供たちは嫌がるそぶりはない。

子供たちにとって近所の御兄さん、と言った感じなのだろう。

そんな想像が安易に出来るほど、子どもたちがトールを見つめる視線には。

親しみや親愛が伺えて、警戒心がこれっぽちも無かった。

「お姉ちゃんもまた来るから。」

体力的なもので抱っこはまだ難しくて。

絵本も無かったようなので、口頭で物語を語り薀蓄を垂れた。

自分がかなり説明が下手なのには自覚が合った。

要所要所を摘まんで話すのが苦手だ。

ここも良い、ここも外せないと、ともかく話が長くなってしまうのだ。

「今度はもっと本を持ってくるし、絵本も持ってくるね。」

しかも子供にも分かるように説明をするのが、意外に難しい。

けれど、子どもたちも文句を言いながらも楽しんでくれた。

自分の培ってきた経験も織り交ぜながら話すと、笑ってくれた。

子供とは接する機会もなく、難しい言葉を使わない様に選ぶのにも苦労した。

「アリア」

再びアリアの髪をなでる。

「今度、髪を切ろうね。お姉ちゃんが切ってあげる。」

鋏のジェスチャーをする。

口数が少ないアリアにはジェスチャーを交えた方がいいと、今日の経験。

「折角綺麗な髪なんだから、綺麗に揃えよう?」

アリアは少しだけ頬を赤らめてコクン、と頷いた。

アリアは顔立ちは普通に整っている。

髪型を整え、笑う様になればもう普通の子と変わらない。

ぬいぐるみとかも欲しいな。

…作れるだろうか?

色んな子どもと遊び、心身ともに疲労しながら。

私とトールは帰路についた。

名残惜しそうな子供たちに手を振ると、嬉しそうに笑顔を返してくれた。

子供とは、あんなに重いのか。

あんなに笑うのか。

全然、知らなかった。

…あれが、父の守りたかったものか。

トールの来訪を嬉しそうに笑って。

髪を切ってあげると言ったら、恥ずかしそうに頷いたアリア。

そう思うと、無下にも出来ない。

こうやって町を歩いていると、今までには見えなかったものが見えて来る。

私は何も知らなさすぎた。

答えはいつだって、目の前にあったのに。

私は、気付こうとしていなかった。

「父は…何時くらいになりそうだ…?」

「長くても、今年いっぱい」

…想像は、ついていた。

もう長くないことは。

「…そうか」

そっか。

…そっか。

私は、この先の道を。

どの方角へと進んでいくべきなのだろう。

この国に留まるべきか。

それとも、光ある場所に行くか。

でも、この国を捨てて光のある場所に行けるだろうか。

あの場所は確かに心地よくて、温かな光で満ちている。

「そういえば…テオドールに手をあげたのは、初めてだな」

思い出した様に、トールが問いかける。

こいつと並んで歩く機会も、増えて行くのだろうか。

こいつの目にはこの国を私よりも沢山見ている。

こいつも父の代わりに私を隣にして歩く日が増えるだろう。

「…そうだな。覚悟を確かめたかった。殺す気はなかった。
けど、もしかすると…傷つけていたかもしれない。」

思い出す。

父の首を締め上げた、感触。

首筋に当てた、冷たいナイフ。

何処までも平坦な声。

変わらない表情が、少しだけ緩んだ瞬間。

民だと答えた、瞬間。

「傷つけることは…出来なかったと思う。」

きっとあの父を傷つけることは、もうできない。

母の仇。

私の仇。

「どうか父を、守ってやってくれ。」

何処までも民の為に生き続けた男。

父のやってきた行いの痕跡を、私なりに1つ1つ辿ってみた。

何時だって、突き放すような態度で接してきた。

それも、訳合ってのことだったのではないか。

「父に刃を向けるのは私だけだ。」

それだけは絶対に忘れない。

父の一面や真実を知ってしまった。

それで殺意が鈍ってしまった。

私が父を殺せるようになるまで。

誰にも殺させない。

私を守ろうとしてくれた母としての温かさが。

私にとっても、とても愛おしいものだから。

父を生かすことはその想いをを否定することになるから。

「やだね」

「どうして?」

「テオドールを殺すのは、俺だからだ。」

テオドールの傍にいると面白い。

使えている訳じゃない。

彼は確かにそう言っていた。

「殺すのは、俺しかいない。」

ふっと笑う。

それだけで、ある程度のことは想像がつく。

「それはどうかな。」

Re: 秘密 ( No.538 )
日時: 2016/04/23 21:28
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

城門から堂々と歩いて入るなんて、初めての体験だった。

城と言ってもみすぼらしい。

大きく、荘厳だが、私用の部屋はボロボロで風がビュービュー吹き抜けて肌寒い。

屋敷仕えの人も少なく、使っていない部屋には蜘蛛の巣だって張っている。

綺麗になっているのは客人用のところだけ。

父は自分の身を削り、この国を作りあげた。

大国に囲まれながらも。

領地をここまで狭められても。

国を保っている。

例え、知る人が僅かだとしても。

それは父の手腕だからこそ、行えたのだ。

ここはまだ王都。

外界とを隔てるあの崖の先にも、少しアニエスの領土が広がっている。

けれど、あの崖を越えたら見える世界が違うらしい。

基本的には貧しい人達が暮らしている。

けれど一部では医者が足りずに病が流行っている地域があり、移動する力がない女や子供、老人がいるらしい。

そこから必死に介護をしても、命を落とす人が多いらしい。

「幽がそろそろ帰ってくるらしいぜ」

アニエスの地図に目を通しながら、着替えをする。

ついたての向こうから、トールの声が聞こえた。

王都は崖で囲まれ、簡単には入れない。

崖を越えた所にもアニエスがあり、そこを再び崖が囲っている。

つまりは、王都は二重の崖に囲まれているのだ。

アニエスと言う国自体、崖で外と分断されていて。

王都とそれ以外の町との間にも崖が存在する。

国外に出るのも、王都に来るのも大変だ。

「幽…?」

当分アニエスに戻ってくる予定があるとは聞いてない。

涼風に待機し、圭たちと学校生活を送るはずだ。

私がいざという時逃げない様。

何時でも圭たちに危害を加えられるよう。

「…職務放棄じゃないのか?」

呆れたように、呟く。

丁度着替えも終わった。

黒いドレスに、マント。

真っ黒な三角帽には赤いレースの刺繍されている。

魔女を連想させる格好だ。

少し踵のあるハイヒールも黒い。

演説用の試着だ。

私の独断で勝手に製作した。

「いや、職務はちゃんと全うしている。」

…?

疑問が頭をよぎったその時。

眼下の閉じられたはずの城門が、再び開く。

「じゃっじゃじゃーん!ようこそ王城へ!!」

聞き慣れた声。

その声を先導に足音が聞こえた。

「…圭」

何時だって、地球の裏側に行っても追いかけて来る。

そんなことを、約束した。

あの、真夜中の病室で。

それから彼は本当に追いかけて来てくれた。

それが嬉しくて。

でも、近づけさせたくなくて必死だった。

圭の口が、小さく動いた。

聞こえないけど、名を呼ばれた様な気がした。

それだけで、全身に熱が走る。

「1人の予定なんだけど、2人増えちゃった♪」

Re: 秘密 ( No.539 )
日時: 2015/09/13 23:24
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「マリー!?リン!?」

圭の後ろについて来た、2人の姿に目を疑った。

圭だけなら分か…らなくもないが、2人を連れて来られたのは初めてだ。

控え目どころかズカズカと、と言うほど遠慮がなく歩いていた。

「アリス!」

渦を巻くように伸びている階段を、まず先にマリーが駈け上る。

今私がいる所は高さ的には2階。

直ぐ追いついて、首に腕を伸ばししがみついてきた。

「心配、しました…!圭から話を聞いて…勝手にいなくならないで下さい…!」

声が泣きじゃくっているみたいに、震えている。

いつもいつも、心配ばかりさせていた。

自覚はあった。

でも、仕方ないことだと思っていた。

私はここから離れられないし、今回は留まるつもりで来た。

「…ごめんね、マリー」

何時も相談に乗ってくれて、背中をバンバン叩いてくれる。

真っすぐで、一途なマリー。

1人の人をずっと好き続ける。

10年もの間。

好きな人が、別の女の子を見ていても。

それを笑顔で隠し、想い続けた。

そんな強かな女の子。

大好きだった。

「ここでやらなきゃいけないことを見つけちゃったの。
私にしかできない。…ううん、私がやらなきゃいけない仕事。」

マリーの細い腰に手をまわして、抱きしめ返す。

どんなときだって、こうやって無条件に抱きしめて。

涙をこぼしては心配してくれる。

そんなマリーを強くて、人間みたいだと思った。

いつも羨ましいと思っていた。

ずっと、尊敬していた。

「…アリス?」

「こうやって抱きしめられたりすると…迷ってしまうから。」

腰にまわしていた手を緩ませる。

マリーはリンと付き合ってからは、本当に幸せそう。

大人びた…というのだろうか。

もともとの容姿もあるけれど、なんというか雰囲気が変わった。

リンも。

更に強く、たくましく、大人っぽくなった。

相手を想い、想われることを受け止めて。

どこか人としても成長をしてるみたいだった。

「ようこそ、マリー」

いつからか後ろにいたリンに向き合う。

「久しぶりだね、リン」

「…唐突過ぎるんだよ」

リンの背中に手を回す。

クリスマスに私をおんぶした時よりも、背中が大きく感じた。

皆、変わっているんだ。

本当に自分を必要としてくれる存在を胸に抱いて。

そうやって強くなっている。

リンを見て、私も強くなりたいと思えた。

2人みたいな恋をしたいと、心の底から思えた。

「ごめんごめん、今度からは少し気を付けてみるよ。」

リンから離れた後、圭と向き合う。

圭の頬がこけていて、少し痩せていたようだった。

…想像には、固くない

「手紙、読んでくれた?」

幽に伝えておいてと頼んだ手紙。

誰かに当てて手紙を書くなんて初めてだったけれど。

「読んだよ。」

幽は…ちゃんと渡してくれたんだね。

なにを考えているか分かりづらくて、苦労している。

完全記憶能力と…それ以外の特異点。

私の代用品。

私の真似ばっかりだ。

そして私も、きっとそれを強制した。

「…そっか」

それだけを言うと、圭の背中に手をまわした。

弱弱しく、やっぱり痩せたなと実感した。

「人間であることを、誇って。」

圭と離れる時、にっこりとほほ笑んだ。

圭も微笑み返してくれた。

そうして、3人と向き合って私はまずこう告げた。

こう告げるべきだと、分かっていた。

「ようこそ、アニエスへ。」

Re: 秘密 ( No.540 )
日時: 2015/09/16 15:36
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

〜・110章 友人たちの滞在・〜
「とりあえず、諸々の事情で暫く日本まで飛行機を飛ばせない。」

トールも私も幽もエリスもアレクシスも、残念ながら予定がある。

そうそう飛行機を飛ばすことはできない。

財政難もアニエスの抱える問題の1つだ。

「と言う訳で、暫く王城に留まってもらう。」

まあ、どの道飛行機が合っても彼らはきっと帰らない。

そのことも分かっていたから、今回は割と早く決断できた。

アニエスに3人を留まらせるなんて。

昔はもっと迷っていたと思うけれど。

「衣食住の心配は無しとして…」

部屋はボロイが、余っている。

見た目だけはちゃんとしておかないと、なめられるから。

彼らに私がここにいることに納得させるには…

現状を見てくれれば一番手っ取り早いのだろうけど…

気はそこまで進まない。

アニエスの現状を見せるのは、見ていてつらいものがある。

…でも、判断をするのは彼らだ。

「とりあえず、客人用のパンフレットは渡すから好きに見学して。」

父はこのことをずっと前から知っていて、もう了承済みらしい。

顔も合わせず、トールから言伝を聞いた。

あれ以降、父とは顔を合わせていない。

「私はもう見飽きたから。」

それは嘘。

城の中等なかなか出歩かないから、ハッキリ言うと良く分からない。

けど、もう歩いて覚えた。

「この部屋にいるから、好きにみて。
万が一、誰かに聞かれたら幽の招待といえば大丈夫だから。」

私は彼らを置いて部屋に戻って、パソコンを起動させる。

一通り書類に目を通す。

今の私には特別な仕事は無い。

王になると、決めてはいたが父にはまだそのことを言っていない。

書類に目を通して、それで仕事は終わりだ。

けれど、個人的な用事はまだある。

アリア達にあげるぬいぐるみや絵本を作りたいのだ。

画力の問題はともあれ、話のあらすじだけは大まかに決めておきたい。

やはり一般的に童話とか…?

国境に囚われず、なおかつハッピーエンドのものが良い。

ぬいぐるみも何の動物が良いだろう?

狼などの凶暴なものも可愛い顔にすれば大丈夫のはず。

アリアの為の髪飾りとかもあると良い。

綺麗な髪なのだから、短くても使えそうなものが良い。

パズルとかも頭の回転を速めてくれそうだ。

段ボールとかを使えば、お金もそこまでかからない。

廃材とかで積み木も良いな。

角を少し丸めて小さくしておけば、小さい子でも遊べる。

凝ったものじゃなくても、手作りって響きは良いな。

私には味わうことが出来なかったものを、与えておきたい。

手作りのおもちゃも、散髪もしてもらったことはないけど。

私は今でも母のことを愛おしく思っている。

けど、もっとたくさんの私を色んな事をしてもらいたかった。

色んな事を教えてほしかった。

私の成長を、近くで見てもらいたかった。

そんな想いが無い、なんてとてもじゃないけど言いきれない。

あの子たちには、同じ思いをしてほしくない。

お菓子とかの差し入れも良いけど、食べすぎは良くないから。

虫歯予防に、今度はお茶にしよう。



子供は嫌いだと、思っていた。

無鉄砲で、デリカシーがないし、直ぐに懐くし、慣れ慣れしいし。

目を離すとなにをしでかすか分からない。

失礼だし、不作法だし、悪戯するし。

子供は…嫌いだ…

嫌い…

そう思っているうちに…案外、私は子供好きだったのかもしれないと思った。

悪戯っぽい彼らに振り回されながら、思い返すとやっぱり笑顔が浮かんでしまう。

もっと笑って欲しい。

喧嘩も沢山して、その分沢山仲直りをしてほしい。

生きている世界は辛いかもしれない。

けど、辛いだけじゃない。

少しでもそう想っていて欲しいから。

私が圭に出逢うまで気付けなかったこと。

美しいとも、優しいとも、思えないけど。

それでも、と思えることがある。

だから、小さいうちにこういう思い出をたくさん作ってあげたい。

Re: 秘密 ( No.541 )
日時: 2015/09/22 15:29
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「不思議です。アリスの故郷で、裁縫をする日が来るなんて。」

布は真っすぐ切れない、絵本の絵も上手く描けない。

そんな訳でマリーに裁縫を教わっているのだ。

縫いぐるみなんて縁がなくて、どういうものが良いのか分からなかった。

マリーはその辺りは分かっていた。

流石は縫いぐるみに囲まれて育ったご令嬢だ。

可愛い図案まで綺麗な線で書いてくれた。

私は編み棒を使って、編み物の練習をしている。

マリーは縫いぐるみを縫いながら、たまにこちらの様子をうかがってくれた。

「私も思わなかった。」

リンと圭は物語の内容を考えて、それを絵にしようとしていた。

子供向けの話、と言うのは難しい。

一般的な童話のタイトルをあげて、それについてアレンジをいれつつ直している。

マリーはそれに助言までいれている。

私も童話は門外漢なので、圭たちが読みあげる物語に耳を傾けていた。

不可解で意味が分からないものもある。

現実的じゃない。

「…そのかちかち山って、また凄い話だね」

殆んど聞いたこともない話。

強引で、不可解で、無理矢理なハッピーエンド。

突拍子もない話ばかり。

私には聞いたことのない話ばかり。

「最近は描写を控えているものも多いそうですが。
タヌキとウサギとおじいさんが和解しているラストらしいですよ」

それって物語を逸脱してないか?

ラストまで変わってしまうとは。

童話や絵本と言うのは酷く無理矢理なハッピーエンドだ。

世の中、そんなに甘くはない。

「最近は学校の窓をあかないようにしたり、ジャングルジムなどを危ないと非難している。
そうやって、公園や学校から遊具を減らしたりもしているらしいですよ。」

「大人気ないな…」

リンの感想に同意だ。

「小さいうちに転び方を知らないとね。」

言って聞かせるよりも感覚で理解させないと。

転んだら痛いって言うよりも、体感した方が分かる。

それと一緒。

「モンスターペアレンツとか、バカバカしい。
子どもを弱くして、ちょっとした逆境に負ける人間にするだけ。」

よくニュースや本で見かける。

給食を食べさせるだけで虐待と罵られるなんて間違ってる。

教師も大変だ。

好き嫌いをしないように、苦手なものも食べられる様にいておかないと。

大人になって残すのは、マナー的にもよくない。

「私は少し辛いことがあるくらいが、子供としては丁度いいと思う。」

あっ、今の編み方これであっていたかな…?

ちょっとひやり、とする。

マリーはスパルタだから…間違えると後が怖い。

「親はずっと傍にはいてくれない。逆境も苦しみも、人生に必要なものだよ。」

結局は自分の力で生きていくのだ。

この独り立ちを阻害する親など、実にバカバカしい。

…私は誰かの親になったことないけど。

優しい、甘いだけの人生なんてつまらない。

苦しみや逆境があるからこそ。

日常を幸せだと感じられるのだ。

「可愛い子には旅をさせよ、だね」

Re: 秘密 ( No.542 )
日時: 2015/09/25 17:39
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

トントン

定期的なノックの音で、作業の手を止める。

「ごめん、用事が出来ちゃった。」

作業の途中の編み棒をマリーに託す。

顔を出さないようにしたのは、あいつらしい。

人の気持ちには、見た目に寄らず聡い。

部屋を出て行こうとした時、3人が心配そうな目を向けた。

「大丈夫。もう前みたいなことにはならないよ。安心して。」

父の所に行って、入院沙汰になったのだ。

そこで心配する気遣いは、実に彼ららしい。

「あの…アリス…っ!」

呼び止めたのは圭だ。

はあ、とわざとらしく溜め息をつく。

「なに?」

「行かない…で、欲しい…」

違う。

間違ってる。

これは、私が好きな圭じゃない。

私は圭の全てが好きだ。

いまさら、嫌いになれないということを私はどこかで気付いている。

でも、違う。

このままだと圭は…

私の意思のままにしか動かなくなる、操り人形だ。

「圭、少し来て。話したいことがある。」

部屋から連れ出すと、ひとけがない所まで連れてきた。

部屋を出る時に扉の前には誰もいなかったことから、きっとノックをしてすぐに立ち去ったのだろう。

私が直ぐ行くことが分かっていたから。

刃向かわないことを、分かっていたから。

「私は今圭の恋人ではない。ここには私がすべきこと、出来ることがある。」

「やっぱり心配…っ!」

圭の言葉を黙らせるように、口に人差し指を添える。

圭は驚きに満ちた視線を向けた。

…分かりやすい

そんな圭も、好きだよ。

「私がやらなくてはいけないことを、見つけたの。」

この国に、留まる理由を見つけた。

誰かの意思ではなく、自分の意思で。

この国を変えたいと、願った。

「そして、それはここでしかできないこと。だから私はここに来たの。」

この地を守っていくこと。

アリアの様な子どもたちを、守っていくこと。

「私が好きになった圭は、温かくて優しくて、人間らしい弱さと強さを持っていた。」

圭の当たり前すぎる人間らしさに、圧倒されて、惹かれていった。

何処に行っても。

何時だって迎えに来てくれたし、そのことに救われもした。

圭が掛けた言葉に、胸の内が穏やかで温かい気持ちで満たされた。

大好きだった。

その気持ちも、伴う痛みも、圭が教えてくれた。

私の言葉に救われたって、言ってくれたことは本当にうれしかった。

私にも人を救えるんだって、飛び上がりそうなくらい嬉しかったんだよ。

でも、私はいつまでも弱いままじゃない。

圭に会って、人としても成長した。

圭を好きになって、変わったんだ。

「私はもう弱くない。圭にはもう沢山救ってもらった。だから、もう心配しなくていいんだよ?」

圭の中の私はまだ弱いまま。

そして、弱い私に恋をして、依存している。

私はもう、父のことを恐れていない。

アニエスに戻ることに怯えてもいない。

圭たちと離れ離れになっても、また会うことができると信じられる。

「圭、自分のやりたいことを見つけて。私だけを糧にしないで。」

Re: 秘密 ( No.543 )
日時: 2015/11/19 17:45
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

アリスを救いたい、救わないと。

そんな小さな世界に圭を閉じ込めるのは、あまりにも勿体ない。

圭は強くて、カッコ良くて、忍耐力もあって。

悲しいことが合っても、人の為に笑う様な性格で。

損な性格をしているのに、それを恥じずに貫いている。

それが凄く心配だけど、なによりの武器でもある。

誰にも平等に、分け隔てなく接することが出来て。

何より、優しくて温かい。

誰よりも素敵な人。

だから。

私を守ることだけを誇りにしないで。

圭は世界の広さや希望を見せたいと言ってくれた。

圭も、もっと広い世界を見て。

私がアニエスのことを向き合った様に。

圭も、自分の未来と向き合って。

このままじゃいけない。

一生圭の手を握っていたかった。

その気になれば、きっとそれは実現できたかもしれない。

けれど、そうすることは圭の為にはならないと気付いたのだ。

圭と一緒にいる喜びよりも、圭に輝かしい未来を与えたい。

私がいることに安堵し、自分の力で歩きだすことを拒絶してしまう。

私といることで、彼の未来を閉ざす。

それに気付いてしまった。

圭の涙を拭っているだけでは、圭は弱くなる。

大丈夫。

「もう、沢山の希望を見せてくれた。」

圭のことを、きっと私はまだ好きだ。

やっぱり愛おしい。

「私は私のところでやることを見つけた。圭も、圭の場所で頑張って。」

もう弱くない。

圭のことを思えば、傍にいられなくても強くいられる。

私は圭のことが好き。大好き。

でも、圭は違う。

圭は、私の強くて綺麗な所ばかり見ている。

「圭は、私の意思を尊重してくれる。私の為に色々なことをしてくれる。
でも、自分の為には何もしない。それが私は嫌。」

目の前に映っている圭の世界が、私だけみたい。

以前の私ならそれを、微笑ましく嬉しくすら感じただろう。

もう、何処にも行かないと喜んでいたかもしれない。

私はもう1人で歩ける。

その強さを、くれたのは圭。

圭の両頬に手を添えて、目を真っ直ぐと見据える。

「圭、もっと私を見て。私はもう弱くない。強い。
それに、私の美しい所だけを見ないで。勝手に美化しないで。醜い所も見て。」

しっかりと私を見て。

圭に見せる面だけで判断しないで。

「それを受け入れて。そうなって初めて圭は私を好きになってるんだよ。」

綺麗な所だけ見て、好きなんて都合が良すぎる。

私が抱える問題を、もっと見て。

「それを踏まえて自分の為に何か行動をして。
それが、圭の好きの証になるはずだから。今の圭はそうじゃない。」

ぱっ、と手を離す。

「私達は、付きあうのに早計過ぎた。」

強い自分も、醜い自分も、見せて来なかった私も。

やっぱりどこか幼かったのだろう。

圭が離れていくことに、怯えていた。

「自分の気持ちと向き合って。ちゃんと相手をよく見て。そして自分の為に行動して。」

醜い部分を見せて、圭が離れて行っても。

私は、圭を好きになれて良かったと笑いたい。

思い出をくれてありがとう、と。

圭は私を救ってくれたのに、救えなくてごめんねと。

「私は私の場所で頑張れることを見つけた。圭も、自分の場所でやりたいことをやって。」

そう言う恋をしたんだ。

だからこそ、多少辛辣なことを言ってでも。

圭を変えたいと願うの。

「…だから、今の圭は…あんまり好きじゃない。」

Re: 秘密 ( No.544 )
日時: 2015/10/11 16:10
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

〜・111章 エリスの叫び・〜
私達は、どこか相手ばかりを想っていた恋をしていた。

圭を危険な目に合わせたくない。

アリスを守りたい。

そんな思いばかりを交わしていた。

お互いの本質を、見ることを忘れてまで。

互いが美化し合い、醜さや相手の気持ちを無視してきた。

私はもう助けはいらない。

「…ごめんね」

圭が見せてくれた世界は、キラキラしていた。

世界が光り輝いていて、些細なことでも心が躍った。

誰かと一緒の帰り道や、心配されることが嬉しいことだと初めて知った。

「私は圭が、大好きだったよ。けど私の気持ちよりも、自身の気持ちを尊重して。
私は自分の意思でここにいたいの。ここにいる未来を描きたいの。」

圭がくれたものは、眩しくて私の胸をいっぱいにしてくれた。

その光を、この場所で。

誰かと分かち合いたい。

「…圭のすべきことは、私を追うことじゃないよ」

私は圭の背中を見つめて、追いつきたいと願っていた。

でも、なにも圭と同じ道を歩く必要はないのだ。

別々の道を歩いても、道は何時か交わるのだから。

「夕食には戻るね」

どんなに暗い道でも。

これが私の選んだ道。

こんな道でも。

圭と道が交わることを、夢見ることが出来る。

Re: 秘密 ( No.545 )
日時: 2015/10/16 16:50
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「…不快?」

圭と別れた後、私は来た道を引き返した。

角をまがった所には、腕を組みながら壁にもたれかかったエリスが待っていた。

エリスのことも、調べた。

昔の私なら何も思わなかった。

今の私は違う。

「…別に」

軽く唇をかむ様な仕草。

これはエリスの稀に垣間見える癖だ。

そして、昔絶った筈の癖。

「…私には、関係ないことだしね」

エリスは…辛いことを経験してきた。

この国にいる人は皆そう。

アレクシスも、トールも、エリスも…父も、アリアも…

崖の先には病が流行り、そこをまた崖によって隔離されている。

こんな狭い国で、それだけで生きていくのは大変なことだ。

城を出て、エリスと隣を並びながら歩く。

「橋がそろそろ下りる時間だよ。」

崖を越えるには、一番楽に行く手口は橋を下ろすことだ。

それが一番手っ取り早い。

「私は、のぼるから。気にしてない。」

崖をのぼって出ていくことも出来る。

決して、楽な道筋ではないけど。

それが一番、アニエスからの脱出に使われる手段だ。

エリスはトレーニングの為に、といって崖をのぼって行くのはもう何時ものこと。

崖の先では、病人と貧しい人しかいない。

誰かが餓えていたり、寝込んでいたり、道端に倒れている。

それが、日常。

「今日は、美味しいご飯を持ってきたぞ。」

数日に何回か、食事を持って来て体を洗ったりしている。

病を隔離するために王都には近づかせることはできないけど。

心苦しいが毎日は無理なので、数日に1度の食事。

死んでほしい訳ではないのだ。

「今日は日本名物、天麩羅だよー☆」

崖をのぼってきたくせに、エリスの息には乱れがない。

普段からやっていて、慣れているのだ。

「それに、お浸しにみそ漬け、味噌汁、お握り!山菜のフルコース!!」

山菜は意外にそこらに生えている。

分別や、川の汚れなどに注意を払わないといけない。

けれど、その気になれば歩いてでも取りに行ける。

初心者は無闇に取ってはいけないけど、その点は心配ない。

魚や海藻も分別が出来る。

ちゃんとした野菜や肉を食べさせられないのは、心苦しい。

けれど、食べられるだけマシだ。

「やっぱり、人出は多いに限るね。」

人数が多いので、食料を配り体を拭いたり、薬草を配布したり。

何時も少人数で立ちまわるから、1人増えただけでも助かるのだ。

病人を担いだりすることはできないけど、自分の知識で人を救える。

「知っていますか?空が青いのは…」

診察や食事を配布しながら、薀蓄をこぼす。

そうすることで、少しでも意識を痛みから逸らせるように。

輪になっている真ん中に立ち、様々な話題を振る。

「何か聞きたいことはありますか?」

毎回真ん中に立つと、周りに質問を仰ぐ。

分からなければ、次回までの宿題。

何も質問がなければ、知っている本を読みあげる。

「『牛肉なんて久しぶりだな。豪勢だ。』『いや、残り物で済まないな』」

話のジャンルはバラバラ。

ファンタジーも恋愛ものも、友情ものも、バトルものも。

正確に読みあげる。

1冊も読み切るのには時間が掛かる。

大抵は1章辺りで切り上げて、次回への持ち越しとする。

こう言う時、この記憶能力を持っていて良かったと思う。

物語は好きだけど。

それを余すところなく、存分に振る舞うことが出来る。

「撤収、終わったよ」

「ん、後13分くらいで終わるよ。薬草でも集めてて。」

時間配分も正確に済ませられる。

この能力のお陰だ。

私の力で、存分に人を笑わせられる。

「南に暫く行った所にまだ沢山ある。少し残しつつ、採集して。」

お金がなくても、知恵と工夫と乗り越える。

土地が乾き、作物を作りづらい。

けれど、それでも育つ植物は育つのだ。

食料を節約した分、国事に回す。

飢え死にする、と言うほどでもないが食料は大事にしないといけない。

贅沢をすることはできないのだ。

「では、明後日。また聞きたい話、考えておいてください。」

お年寄りも割と多い。

色々な話を聞いたりするのも、為になる。

お祖母ちゃんやお祖父ちゃんってこんなかんじなのかな、と思う。

色んな話を聞かせてくれて、それがとても斬新だ。

「また、話を聞かせてください!」

毎回こうやって、手を振りながら橋を戻って行く。

初めは侮蔑の表情もあったそうだが、食べ物の配布をすることで少しは信頼関係を得られてきた。

私が今まで怠ってきたこと。

見ることを忘れたこと。

少しでも、追いつきたい。

私の理想に少しでも近づきたい。

トールやエリスは、もうとっくの前に打ち融け合っている。

彼らは、何時も誰とでも仲良くなれる。

それは決して、良いことばかりではないといのに。

それが本当に、彼らの意思でやっているのだろうか。

本当に、楽しくて笑っているのだろうか。

Re: 秘密 ( No.546 )
日時: 2015/10/21 17:15
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

夕食を嗜んだ後、部屋にも戻らずにふらふらと歩きまわった。

圭とは顔を合わせたくない。

リンやマリー達がここにいることは、少し居心地が悪い。

少しずつ頼ろうと思っていたけど、いざそのチャンスが回ると。

声をあげて、逃げたしたくなる。

もっとも。

私は今ここでは仕事がない。

正式に王を継ぐ訳でもなく、帰れない。

父とは早くその話をしないといけないのに、まだ顔を合わせてはいない。

いつ部屋に行っても、いないのだ。

考え事をしながら、歩いていると廊下の真ん中にエリスが立っていた。

どこかに出かけるのか、何時もより着飾っていた。

「アリス、なにが必要だと思う?」

廊下の隅に置かれていた、植木鉢を指差した。

廊下には色々な種類の植木鉢がぎっしりと並べられている。

花の道を連想させる。

葉だけのものがあれば、花が咲いているものもあれば、実を付けているものもある。

名前を書いていないから、何がどの種類か分からないようにしてある。

「…アデニウムかな。」

少し離れた植木鉢を指差す。

艶やかで美しい花を指差す。

毒を含む花で、呼吸系の機能を麻痺させる。

煮詰めて武器に塗れば、使える。

「煮詰めておくよ。そろそろ無くなりそうだっただろう。
まだいくらか在庫はあったと思う。出掛けるなら、そっちを持っていけ。」

台所で、水や鍋を借りないとな。

仕事がないのだから、こう言う所では役に立ちたい。

いくつか花を摘み、腕に抱え込む。

台所へと歩を進めると、途中で見慣れた髪飾りを見掛けた。

貸した寝巻のワンピースに身を包み、ルームシューズを履いていた。

長い髪が綺麗で、出逢った時から付けている花の飾りが髪を彩っている。

植木鉢に触れようとしたマリーの手を抑える。

「これは…ミクラフギ。綺麗だけど、毒があるよ。」

ヘタに触れて、何かの拍子に口にしてしまっては取り返しがつかない。

「正体はケルベリンというアルカロイドの配糖体で、食べるとすぐに作用する。
胃が少し痛むなと思った後、静かに昏睡し、心臓は動きを停める。それ全て含めて3時間以内。」

城内にはこう言った有毒植物を育てている。

何時でも使えるように、ちゃんと手入れもされてある。

「ここにあるものには下手に触れない方が良いよ。」

山菜やお茶になる葉もあるが、圧倒的に毒が多い。

その他にも、薬草を植えている。

自然の力は偉大だ。

「食用、薬用、暗殺用、毒殺用、拷問用、その他もろもろあるからね♪」

エリスの口からさらり、と物騒な単語が零れてきた。

こう言う所では、オブラートには包まない。

「殺っ…」

「エリス」

声に圧をかけて、放つ。

マリーの前で、そんな話をしてほしくない。

冗談にしても質が悪い。

悪質だ。

「この程度のこと、隠してどうするの?そんなんだから、アリスは弱いんだよ。」

「何が言いたいの?」

エリスの視線がいつもと違い、鋭くこちらを真っ直ぐと見つめていた。

いつもなら、こちらを見ているようで見ていない。

そんな目をしていたのに。

「言葉の通り。大事なものを作るのはご立派だけど、過保護すぎ。
あんたが犠牲になるのではなく、彼らも成長すべきでしょ。」

「分かってるよ。」

苛々する。

私だって、何時までも自分を犠牲にしたくはない。

自己犠牲しか知らなかったあのころとは違って。

私だって、少しは彼らを頼ることを知った。

「なら、この現状は何?今でも彼らだけ安全な場所にいるのに?」

「彼らにはまだ早い。でも、少しずつは彼らにも…!」

元々日常にいたのだ。

それをいきなり、こちらの世界に引きずり込むのは危ない。

それでも、少しずつ…

重荷を分け与えようと、アニエスにも滞在させている。

「少しずつじゃだめなんだよ!あんたには時間がないの!!
これ以上のんびりしている暇は一秒たりともないんだよ!!」

突然発せられた、大声。

それに私は一瞬思考回路が途絶える。

私の中にいるエリスとは、あまりにも違うから。

「分かってんの?あんたはこのまま、あいつ等と同じ末路を辿りたいの!?
あんたに残された時間は決して長くないの!!」

その言葉を聞いた瞬間。

プチン、と私の中の何かが切れた。

「エリス!!!!!!」

腕に抱え込んでいた花が、バラバラと滑り落ちて床に転がる。

鮮やかで美しくて可憐な花。

でも、その内面には毒を抱えている。

歌っている時でも、こんなに大きな声を出したことがない。

喉の調子を慮らない、叫び方。

「…それは言わない約束でしょ」

胃に残っていた全ての酸素を吐きだしたような。

息が出来なくて、それでも精一杯声を絞り出した。

彼らのことを、そんな風に引き合いに出して欲しくなかった。

どんなに愚かと罵られようと、彼らを侮辱するのは許さない。

エリスにとって、大事な人達だから。

トール、アレクシス、私よりもずっと。

ずっとエリスの中では大きい存在だ。

「…ごめん」

ふう、と息を吐く。

自分の気持ちを落ち着くように、と。

「…私こそ、大声出してごめん。」

気付けば、圭とリンもいる。

大声を出したから、聞こえてしまったのだろう。

何処から聞いていたのだろう。

「…煮詰めておくから、…早く、行け」

ああ、気分が悪い。

それはきっと彼らに、聞こえてしまったから。

やっぱり、こちら側のことは知られたくない。

そう、思ってしまったことに。

これ以上一緒にいたら、何をしでかすか分からない。

「…話は今度だ。」

Re: 秘密 ( No.547 )
日時: 2015/10/24 19:31
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

どうして怒鳴ってしまったのだろう。

いつもなら、笑ってかわす所だったのに。

彼女と…アリスといると…彼らを見ると…あいつ等を思い出す。

私がこちらの世界に関わってからできた、初めての友人達。

気さくで、話しやすく、良く笑っていた。

喧嘩もしたし、その分仲直りもした。

自分と彼らが違うことは、気付いていた。

出逢った時は、距離を置く様に作り笑いを浮かべた。

けれど、いつの間にか親友と呼べるほどの仲になった。

出逢ったばかりの時には思いもつかないほど、親しくなった。

その頃には夜会なんかにもちょこちょこ顔を出していた。

沢山の人の、沢山の表情を知っていた。

嘘を突こうが、騙そうが、大抵は表情を見ていれば分かった。

だから、心から一緒にいることで楽しめる相手などいなかった。

人の気持ちが分かることは、安心感と同時に嫌悪感を呼び寄せた。

それが当然のことだと思っていた。

けれど、彼らは本当に何の偽りもない様な笑顔を向けてきた。

遊んだことのないことや、聞いたこともない様な場所へ連れて来てくれた。

ずっと大人たちの中で生きてきた。

金持ちの習性や、癖は分かっていても。

同年代の子との関わりはなかった。

それはきっと、私が他の子と違うことに羨望を覚えることを控えるためだろう。

けど、その頃は羨望ではなく疎外感を覚えていた。

疎外感、とも少し違うかもしれない。

ともかく、自分が他人と違うということはよく分かっていた。

だからこそ、実感できるのだ。

私が出逢ったのが彼らで良かった、と。

能天気で、好奇心旺盛で、いつもどこかちょこまかしてて、人をからかってばかり。

なのにさりげなく気遣い屋で、自由で、優しかった。

彼らといた時に感じた想いを、私はもう感じない。

彼らを言い表す言葉は、1つでは収まらない。

でも、唯一言えるのは。

彼らは死ぬべきじゃなかった。

死ぬはずじゃなかった。

「…なんで、死んじゃったかな」

聞こえるはずがないのに、ボソリと呟いた。

彼らがいなくなってから、ずっと薄れることのない痛みが身体中をめぐっている。

でも…

アリスが彼らを見つけた時。

彼らに会った時。

彼らと話している時。

稀に。

ごく稀に。

彼らと話しているかのような感覚に襲われた。

だからこそ。

今度こそ。

間違えてほしくはないのだ。

同じ道を辿ろうとしている彼らを。

そして、私の対となるパートナーのアリスを。

好意を抱いたことがある。

けれど、嫌悪感だって何度も抱いてきた。

まるで人形の様に、自己主張がない子だったから。

自己犠牲だけで、全てを解決しようとするから。

自分を写した鏡を覗き込んだみたいだった。

とても似ているのに。

左右が逆転しているみたいに、相容れない。

けど、やっぱり根本は一緒。

アリスは、私と同じ道を歩こうとしている。

守ろうと、大事にし過ぎている。

「私はあんたに…同じ道を歩いてほしくないんだよ」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「見苦しいところを見せちゃったね。」

3人に向き合う。

「…大丈夫ですか?」

「なにがあった?」

こう言う時、躊躇わずに声をかけてくれる彼らが好きだ。

リンやマリーらしい強みだ。

本当なら真っ先に声をかけてくれる圭は、口をつぐんでいる。

私が外出前に行ったことを気にしているのだろう。

「怪我…してない?」

ようやく躊躇いがちに訪ねてきた。

「大丈夫だよ。ありがとね。」

さっき怒鳴った時に落ちた花を拾う。

あれだけ落ちない様に気を付けていたのに。

結局は全部落としてしまった。

失態だ。

花を拾うと、今度こそ落とさない様に抱え込んだ。

台所で煮詰めておかないと。

「…初めての、喧嘩だ」

エリスが私に対して大声を張ったのも。

それに対して私が怒鳴り返したのも。

思えば、マリー達とも喧嘩なんてしたことなかった。

それは、私の本質を彼らに隠しているから…?

幼い頃から、私の全てを見てきた。

生い立ちも、私の性格も、よく知っている。

万里花達には、結局私は何時も隠し事ばかりしている。

「ちょっと、台所に行ってくる。」

どうして…

どうして、怒鳴ってしまったのだろう。

知らず知らずのうちに、2人は同じことを想っていた。

無意識のうちに。

結局は、似た者同士。

Re: 秘密 ( No.548 )
日時: 2015/10/30 17:12
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

〜・112章 アリアの散髪・〜
窓を開け、鍋に花を入れた。

水を加えて、ぐつぐつと煮出す。

匂いを吸いこまない様に、布巾で口を覆う。

花には毒がある。

紫陽花やオシロイバナ、水仙、鈴蘭、チューリップ、ホオズキ。

スイートピー、アネモネ、それ以外にも挙げればきりがない。

よく見かける彼岸花も、花・葉・茎・根全てに毒がある。

彼岸花にあるリコリンという物質の致死量は10g。

球根1つに15mgしか含まれていないので、大量摂取しなければ大丈夫。

食べなければ害はないので、よくネズミ避けに使われる。

彼岸花は、形が好きだ。

彼岸花は毒としてよりも、食用として使う。

水に晒せば、毒は抜ける。

勿論食べられる花…エディブルフラワーというものもある。

バラやホウセンカ、ペチュニア、パンジー、マリーゴールド、タンポポ。

城では色んな物を育てている。

だから廊下にはずらり、と鉢が並んでいる。

毎日ちゃんと手入れし、頃合いを見て摘む。

けれど、ちゃんと数は残す様にしている。

薬草園もちゃんと別に設備されている。

自然の毒の力を、余すところなく使える。

トリカブト、なんて有名だ。

あれは解毒剤もないのに、そこらに生えている。

花言葉も『あなたは私に死を与えた』

何度かかき混ぜ、丁度いい具合になると容器に移し替える。

棚には似た様な瓶が沢山置かれている。

ラベルの1つもない。

それぞれの瓶の位置や柄を覚えて、他人に不用意に使わせないため。

何の薬か分からないものを使いたがる人はいないだろう。

基本的に目につく所にある棚に入っているのは、人に害をなさないものだ。

毒薬は床下やパッと見では分からない様な所に仕舞っている。

「アリス」

布巾の下で、クスリと微笑む。

「何か用?」

女の様に細い顎。

茶髪がかった髪が少し伸びていて。

中性的な顔立ち。

圭だ。

もう普通に言葉を交わせる。

「アリス、今度王都を出る時一緒に行く。」

覚悟を決めた、顔だ。

Re: 秘密 ( No.549 )
日時: 2015/10/31 19:17
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「アリスのことを知りたい。だから、ここでアリスが何をするのか知りたい。」

目を伏せる。

圭も変わろうとしている。

「…良いよ」

変わった後の圭は。

また、私に恋をしてくれるかな?

誰かを救いたい、というばかりで将来のことも考えず私のことばかり。

私はもうなににも囚われていない。

彼が恋をしたのは、弱くて美しい私。

強くて醜い私を見てはいない。

それも私の一部だというのに。

圭に見せていない私を見せる機会かもしれない。

千年の恋も冷めてしまうかもしれない。

けど、もしかするとそんな私も好きになってくれるかもしれない。

このまま私に依存していると、圭は私がいればいいと思ってしまう。

そうやって、歩きだすのをやめてしまう。

けど、私はそんな圭も愛しいと思ったこともある。

でも、やっぱりそんなことはできない。

もっと圭を知りたい。

もっと圭を見ていたい。

私もちゃんと圭の醜い所も、綺麗なところも、強い所も、弱い所も。

抱きしめた恋をしたいから。

そっと、口の横に温かいものが触れた。

布巾越しではあったけれど、それは圭の口付けだった。

迂闊だった。

突然のことで反応できなかった。

「…こう言うことやると、後で好きじゃないと気付いた時。後悔しか残らないぞ。」

好きか分からないのに、キスなんて軽々しくするものじゃない。

そうやって錯覚して、どんどん泥沼にはまって行く。

「それでもいい。好きじゃなかったとしても、後悔はしない。」

…ずるい奴。

そっと、圭の唇を指で押さえる。

「でも、駄目。私は圭にそういう風に好きになってもらいたい訳じゃない。」

こんな生い立ちだから、軽い気持ちで恋をさせたくない。

火傷を負うのは、何時だって相手の方だから。

「やすっぽいラブシーンをやってるね」

突然後ろから掛けられた声。

帰ってきたのだろう。

少し、疲れた様で何時ものツッコミもキレがない。

「まだ言う?甘すぎだって。」

冗談っぽく笑って誤魔化す。

エリスは近くの椅子を引きだすと、ドスンっと座り込んだ。

足を投げ出して、億劫そうに答えた。

「いんや、別にいい。
そこのお坊ちゃんも少しはこっちに加わる気になったみたいだしね。」

先程のやりとりを聞いていたのだろう。

一体何時から立っていたのか。

「早かったね。茶でも飲む?今ならリラックスできる香も焚けるけど。」

「…水だけでいい。飲んだらシャワー浴びて寝る。」

答えながら、化粧を慣れきった手付きで落とし始めた。

私は化粧をしないので、きっと同じことはできないだろう。

「いつも迷惑をかけるな。」

私自身のことも、父のことも。

エリスはいつも着飾って、化粧を施して出かける。

顔には笑みを浮かべるけど、決して楽しそうではない。

「なに、もう慣れた。」

心底どうでもよさそうに答えた。

私には人の気持ちなんてもの、エリスほど敏感ではない。

けど、それは本当の気がした。

「圭、席を外してくれ。」

ここからは一対一の話し合いがしたい。

Re: 秘密 ( No.550 )
日時: 2015/11/04 23:59
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

話を終えて部屋を出ると、彼らのもとを訪れた。

「6月の初めには、涼風に返せると思うんだ。」

今は5月上旬。

けれど、高校2年生が4月中旬から1ヶ月近くも休んでいる。

成績面でも、将来的にもこれ以上休むのは良くない。

「アリスは?」

リンは鋭いね。

会話の些細な違和感を見抜いている。

「私はここに残る。高校には一応籍は置いておくけど、戻る予定はない。」

私は彼らと別の道を歩く。

その為の第一歩。

彼らからの自立。

「ここで、私はすべきことを見つけたんだ。」

にっこり、微笑んで見せる。

「出来る限り、電話もメールもする。私はもう大丈夫。」

その強さは、彼らから貰ったもの。

だから、私はもうここに残る。

まだすべきことがあるから。

「…本当に大丈夫ですか?」

やっぱり。

心配してくれる。

それはマリーの優しさで、想いやりで、強さなのだ。

沢山の非難の目を押しのけ、自分を貫き通した灘万里花という1人の少女。

そんな彼女みたいになりたくて。

マリーに分けてもらった気持ちや、温もり。

好きな人を一途に想い続ける強さを持ち合わせて。

それを人に分けられるような存在に。

「問題ない。マリーやリン、圭から貰ったものを。
もっとたくさんの人に、たくさんの子どもたちに、分けたいんだ。」

にこり、とほほ笑むと堂々と宣言する。

「今日は疲れたから、もう寝よっか。続きは明日。」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

翌日、圭とマリーとリンを連れて孤児院に向かった。

圭に連れて行って欲しいと言われていたが、元々全員を連れて行くつもりだった。

「この子がアリア。ここにいるのは、そのほとんどが孤児なんだ。
アニエスの財政難を嘆いて、祖国を捨てるために子どもを捨てるんだ。」

私も聞きかじったばかりのことだけど。

トールに連れて来られてから、毎日。

通って、子どもたちの笑顔を見た。

「今日こそ髪を切ろっか。お姉ちゃん、勉強してきた!」

次に来たときに切る、と言ったはものの髪など切ったことはない。

だから少し待ってくれ、と毎日の様に引き延ばしてきた。

「マリーは、髪の切り方知ってる?結んだりするのは出来るよね」

髪を結ぶのは相変わらず苦手。

アリアの髪を整えたら、少し髪を弄ってほしいのだ。

「こうした方が良いってアドバイスがあったら、言ってほしいんだ。」

なにせ、人の髪を切るのは初めてだ。

失敗したら、申し訳ない。

アリアに玩具を手渡す。

「遊んでれば、直ぐ終わるよ。」

無闇に首や顔を動かさない様に、玩具で気を引く。

布を首周りに羽織らせる。

「参ります」

ジャキンッと想像以上に大きな音がした。

髪を梳きながら、整える。

本を見て、それを真似ているだけだけど。

この能力には、そう言う使い方もある。

それを、示したい。

「…どう?」

しばらく髪を切り、鏡で確認する。

髪に城から持ってきた花を挿す。

元々あった可愛らしい顔がなかなか映えている。

バラバラだった髪が綺麗にまとまっている。

前よりもこっちの方が断然いい。

「アリア、終わったよ。」

鏡を渡すと、ニカッと笑った。

アリアは相変わらず無口で、喋らない。

けれど、表情は少しずつ変わりつつある。

いつの日か、楽しそうに言葉を語る日が来るのだろうか。

それを、見届けられたら…きっと…

「アリスにしては…上出来です」

とても、幸せだろうな。

Re: 秘密 ( No.551 )
日時: 2015/11/08 18:47
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「ここにいるのは、孤児だ。規定年齢を越すと、兵士になる準備をする。」

アリアの頭をなでると、圭たちに向き合う。

子どもたちはその場にいるが、構わず話す。

幼くてまだ分からない、と言う意味ではない。

隠しても仕方がないのだ。

アリア達には、幸せと一緒に残酷な世界も見せていかなければいけない。

残酷なんだよ。

そう言う世界にいるんだよ、と幼いうちから伝えておきたい。

「銃を持ち、ナイフを手にする。人の裏側を知る術を知り、人を騙すことを覚える。」

辛く、残酷なものである。

だからこそ、光を見つけた時、その希望から手を離してはいけない。

絶対に諦めてはいけない。

「…私は暗闇の中で、光を放ち導きたい。」

何処までも暗く、底がない世界でも。

少しでもその闇を淡くする努力は辞めたくない。

「だから私はここで、王になって少しでもこの国をよくしたいんだ。」

そうやって、少しでも…

「父の…意思を継ぎたいんだ。」

誰よりもこの国を愛していた父。

憎まれても、虐げられても、傷つけられても。

身を斬る様な痛みを伴いながら、犠牲を払い…僅かにアニエスに光を灯した。

周りに理解されずとも、それでも豊かな国を作りあげた。

父を許すことはできない。

今でも、憎い。

私にとっての母も、同じくらい大事だったから。

圭たちと引き離されて、涙にくれた日もあった。

けど…だからこそ、私は強くなれた。

圭たちだけの世界から、出ることが出来た。

「…だから、私は涼風には帰らない。ここで、私のすべきことをする。」

進路とか全然決まってない。

自分から何かしたい、何かになりたい、なんて思ったことなかった。

私が初めてなりたい、と思った。

父の様に。

憎まれても、人を愛せる様な人になりたい。

心の底から蔑まれても、誰かの為に泥をかぶれる人。

不思議。

私も父のことを憎んでいるのに、父の様になりたい。

「大好きだよ、マリー、リン、圭」

名前を呼ぶ度、愛しさがこみあげてくる。

胸が温かな気持ちで包まれる。

「自分の道を歩こう。」

Re: 秘密 ( No.552 )
日時: 2015/11/13 20:13
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

〜・113章 エリスの追憶・〜
「…やっぱり、分かってないね」

…エリス

遠目から見ていたであろう、エリスが突っかかってくるくらい分かっていた。

想像がついていた。

「私は、彼らと一緒に夢を見たい。一緒の夢を叶えたい。」

「叶えたいなら、王になんてなるな。軽い気持ちで上に立たれる身にもなって。」

…分かっている。

エリスやトールやアレクシスの上に立つ。

傷を抱える彼らをまとめあげ、少しでもアニエス存続に貢献する。

分かっている。

「王になることも諦めない。父の跡を継ぐのは私しかいない。」

父の血を継ぎ、父の意思を理解する努力を続けて、父の様になりたい。

それにエリスが反対することも分かっていた。

エリスたちの傷はそれだけ深く、痛いものなのだ。

「そんな思いあがり、してんじゃねえよっ!」

ガッと胸倉をつかみ、持ち上げられる。

周りで彼らの私を心配する声が聞こえる。

華奢な体の、一体どこにそんな力があるのか。

足が地面につかない。

首が締め付けられ、呼吸が出来ない。

「私は…そんな奴の為に懸ける命はないっ!」

けど。

私よりもずっと。

エリスの方が辛そうな顔をしている。

苦しそうな顔を、している。

Re: 秘密 ( No.553 )
日時: 2015/11/19 17:49
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「…私は、大好きなんだ。」

エリスの手を包み込む。

絶対に、目を逸らさない。

彼らの上に立つって言うことは、彼らから目を逸らさないこと。

きちんと真正面から向き合うこと。

「圭やマリーや、リンだけじゃない。」

私が好きなのは、彼らだけじゃない。

それ以外の朝霧も、遥も、母も。

「父や、アレクシス、トール、アリアみたいな子どもたち。…エリスだって」

この国にいる人も皆。

みんな、みんな。

「大好きなんだよ…っ!」

自分の世界を、広げて。

彼らを見つめて、ずっと募らせてた想い。

「だから…守りたいんだよ…っ!」

私が今まで狭い世界に閉じこもり、その被害をエリスたちが被っていた。

私が本を読み、涼風で安寧を貪っていた間。

エリスたちはアニエスの為に行動を続けていた。

命を掛けて、何度も死線をくぐりぬけてきた。

何もせず、何もできない私が恥ずかしい。

何が完全記憶能力だ。

それが一体なんの役に立った。

恥ずかしい。

「王になり、知識と知恵を絞るしかっ!私には出来ることがないから…!」

ふるふる、とエリスの手が震えている。

でも、ここでエリスから逃げたら。

私のみんなに対する想いからも逃げることになる。

皆、なんて言葉私は嫌いだった。

でも、今はそれ以外の該当する言葉が見当たらない。

大事なものが、多すぎるから。

「…誠意を、見せて」

手を下す。

胸倉を掴んでいた手を離し、地面に乱暴にたたき落とされる。

深く息を吸い込む。

絞められていた首が少し痛い。

けれど、構わない。

エリスたちはこれの何倍も苦しんだ。

人を傷つけることは、楽なものではない。

私は幸せな日々を謳歌しているために、見ない様にしていた。

父のせいだと、必死に理由を探していた。

逃げていた。

こんな痛みは、父の何万分の一にもならないだろう。

全ては、目をそむけ続けた私のせいだ。

エリスが親指で、くいっと圭たちを指す。

「こいつらにそれなりの覚悟があるって、私に示して。」

それがなにを示すか…大体何か分かった。

私が辿る道が…エリスとは違うこと。

それを、示す方法。

それはきっと、私が一番よく知っている。

Re: 秘密 ( No.554 )
日時: 2015/11/21 17:54
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「ついて来て欲しい」

そう言うと、圭たちは戸惑った表情を浮かべながらついて来てくれた。

これから…何が起こるか想像もつかないのだろう。

城に戻ると、適当に空いている部屋に入る。

いつの間にか、廊下に1輪の赤い彼岸花が活けられていた。

「エリスの名前の由来はね…女神からなんだ。不和と争いの女神。
ギリシャ神話とかに出て来るんだけど、聞いたことくらいはあるんじゃないかな?」

「テオドールはそう言った名前の付け方が好きでね。」

エリスが補足する。

「災いの母。女神テティスとペーレウスの結婚式に招かれなかった腹いせに、
「最も美しい女神に」と記した黄金の林檎を宴の場に投げ入れた。
そして、ヘーラー、アテーナー、アプロディーテー3女神の争いを惹起し、
パリスによる裁定、パリスの審判を仰ぐことになり、トロイア戦争の遠因を作った。
余談だが、娘に混沌と争いの女神デュスノミアーがいるらしい。」

流石エリス。

自分の名前の由来くらいは、すらすら言える。

そもそも勉強だって出来る方だ。

「眠れる森の美女は、エリスの行動がヒントに描かれているんだ。
そう考えると、少しは分かりやすいでしょ?」

私はただ覚えるだけ。

それを使う術を、これから身につけていく。

「私には、身分を隠して付き合っていた友達がいてね。
簡潔に言うと…今のあんたらみたいな関係だったんだよ。」

夢を見ている様に、宙を仰ぎ目を閉じる。

エリスの少し芝居がかった、仕草。

そうやって、少しでも彼らのことをぬぐい去りたいのだろう。

私には…想像するしかできないけど。

「御察しの通り。もう会っていない。兄弟とも、彼らとも。」

けれど昔と違い、痛みを覚える。

エリスの傷を想像するだけで、痛みが膨らんでいく。

それはきっと、圭たちのお陰でもあり。

エリスのお陰でもある。

Re: 秘密 ( No.555 )
日時: 2015/11/26 18:24
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

初めて人の温もりを感じたのは、生まれたばかりの兄弟を腕に抱いた時。

私は、人が温かいものだと知った。

母や父は早々に他界した。

愛された思い出も、憎まれた思い出も残ってはいない。

実際、両親が私のことをどのように想っていたか分からない。

路頭で身を寄せ合い、雨風をしのいだ。

日に日にぼんやりし、動かなくなる自分の体。

次第に泣き声をあげることもなくなり、小さな手が細くなった。

ああ…これが死か。

胃壁をガリガリと引っ掛かれるような痛み。

焼けつく様な喉。

胃がよじれるような感覚。

朦朧とする意識。

ふわふわと浮かんでは消える幻覚。

浮かぶ顔は…誰の顔だったろう…?

死ねば、この痛みが消えるのだろうか。

そんなことをぼんやりと考えた。

盗みを働く気力はもうない。

そんな食べ物もない。

ただ、死ぬのを待っていた。

死んだら、父や母に会える。

愛されても、憎まれても、会うことが出来る。

恋しい、という気持ちより。

知りたい、という好奇心だった。

…せめて、兄弟だけでも生きていて欲しいな。

体は大きくならない。

腕は細いし、笑うこともない。

泣きもしない。

何人もいた兄弟の…全員の笑う顔を見てみたい。

子どもの様に笑い、手足を忙しなくバタバタと動かす。

そんな赤ん坊を、私はいつも地べたから眺めていた。

買い物をする女の腕の中にいる赤ん坊は皆幸せそうで。

抱いている女も嬉しそうで。

それが私には信じられなくて。

でも。

この子たちも…そんな風にいつか笑い成長する日が来ればいいのに。

それはなんというか…不思議な気持ちだった。

痛みが全身を苛む中、私は兄弟たちのことを思った。

名前もついていない、子どもたち。

「…笑え、兄弟」

何時からか降り始めていた雨が冷たい。

…眠い。

このまま…泥の様に眠りたい。

もう、目を開けたくない。

腕に、もう温かくない兄弟の重みを感じながら。

眠った。

Re: 秘密 ( No.556 )
日時: 2015/12/04 22:25
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

〜・114章 授かった名前と数奇な出会い・〜
けれど、私は死ぬことはできなかった。

何かが私の頭に触れた。

きっとそれは、人の手だと思った。

確信が持てなかったのは、それがあまりにも冷たかったから。

温もりを失い、少し硬く、大きい。

ごつごつしている。

なにかが横たわっている私に掛かっている。

布…?

目を閉じたまま、状況を把握しようと鈍い頭を働かせた。

私の頭を何度も撫でていた、それは。

撫でる手を止め、足音が遠ざかっていく音がした。

扉が閉まる音、出て行ったのか…

…もう少し、撫でていて欲しかったな。

ふいに香ったのは。

鼻を刺激する、香ばしい食べ物の匂い。

それは停止していた私の臓器を動かすには充分だった。

既に懐かしいものになっていた、空腹と言う感覚。

耐えきれず、目を開けると御馳走が飛び込んできた。

部屋は質素で、机が1つと二段ベットとカーテンくらいしか物がない。

どうやら私は二段ベットの下の段に眠っていたらしい。

掛かっていた物は想像と違わず、布に近い毛布だった。

部屋には私の他に、1人だけ男がいた。

幼い、男の子と呼ぶのが丁度いいくらいの年だ。

それがアレクシスだった。

匂いの元は並べられているパンとスープ。

今からすると、そこまで美味しいご飯じゃなかった。

けれど、その時はとてもこの世のものとは思えないほど美味しく感じた。

「…兄弟は?」

腕に抱いていたはずの、兄弟たちがいない。

心地が付いた時、ふと疑問に駆られた。

何故気付かなかったのだろう。

傍にいた男の子に問いかける。

「…生きてはいるって、父さんが言ってた」

年もさほど変わらなさそうな男の子。

「父さん…?」

再び扉が開く。

「目が覚めたか。」

誰…?

どこか人ではない様な不思議な雰囲気を漂わせる男だった。

顔は整っているのに、痩せすぎている。

人としての体温を持たない様に、精気が欠けている。

「名前は?」

コツ、コツと定期的な足音。

機械みたいだ、と直感的に思った。

「兄弟は…?」

「名前を、聞いている」

妙な威圧感があった。

体が硬直した。

「…ない。」

「兄弟…とはあの赤子達か。会わせる訳にはいかない。」

体が動かない。

鋭い眼光と、書類を読み上げる様などこまでも淡々とした口調。

兼ね備えている、雰囲気からして…捩じ伏せられているような錯覚を起こす。

「ただ…」

と、男は続けた。

「1つだけ、お前と兄弟を生かす方法がある。」

静かで、落ち着いている。

なのに…獣に抑えつけられているような…圧がある。

「私に従え」

静かだけど、獰猛な狼みたい。

群れを好まず、1人でいる野獣みたい。

ひっそりと獲物を狙うような、鋭い視線。

「そうすれば、兄弟もお前も、生かしてやる。」

Re: 秘密 ( No.557 )
日時: 2015/12/12 14:06
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「訓練場に連れていけ。まずは、才を見てからだ。」

近くにいた少年に、声を投げかける。

少年は先ほどよりももっと身を強張らせているようだった。

「はい…父上…」

呼び方まで、変わっていた。

少年にとって、きっとこの男は…畏怖の対象なのだろう。

絶対に逆らうことのできない相手。

父親と言うのは、そんな生き物なのだろうか。

覚えていない。

それから訓練場に行くと、同じくらいの年の子どもが沢山いた。

狙撃やナイフによる攻撃、様々なものを試した。

幸い、私は視力は良かったしバランス感覚も悪くはなかった。

耳も悪くなかったし、盗みもやっていた。

訓練すれば伸びると言われ、殺人者としての才が合った。

人の表情を窺うことも、偽ることも、盗みを働くうちに覚えた。

訓練場に顔を出した男に、少年は怯えながらも結果を淡々と告げた。

男はそれを聞くと、何故か少し顔をゆがめた。

けれど、こちらを向いて頭に手をのせた。

「良くやった、エリス」

にこり、とも笑いはしなかった。

でも、この手だと分かった。

冷たくて、ごつごつして、骨張っているけど、大きい手。

「お前の名前、エリスだ。不和と争いの女神から取った。」

私が眠っていた時、優しく撫でていた手。

人ではないみたいな無機質な手。

けれど、冷たくて気持ちの良い手。

何故だかほっと…落ち着く手。

私を嫌悪するのでも、卑下する訳でもない。

必要としてくれた。

その時は、その感情に名前に名前が付けられなかった。

今でも、つけられるかどうかは甚だ疑問だ。

ただ、その時の私はこの人についていきたいと思った。

兄弟たちを匿い、私を必要としてくれた、初めての人だから。

「…良い名前」

Re: 秘密 ( No.558 )
日時: 2015/12/16 18:02
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

当時の私は幼かったけれど、危ない仕事をしている自覚は合った。

特に人を騙す才に長けていた私は、普通の子供とは違うことが分かっていた。

幼い頃から、知識と大人らしさを兼ね備えることを強制させられていた。

もうあまり覚えていない兄弟たちの為。

稽古を受け、そのことで守れると聞いていた。

けれど。

仕事をこなせばこなすほど、兄弟たちの顔を思い出すことも無くなって行った。

幼く、言葉も使えない兄弟。

彼らは、私に人の温もりを教えてくれた。

テオドールには温もりはなかった。

優しくもなければ、私自体には興味がなさそうだった。

けれど、必要としてくれた。

私に名を与え、仕事を与えてくれた。

投げかけた言葉の全てには答えてはくれない。

けれど、それでも私はテオドールのことを尊敬していた。

厳しく、無情で、冷血で、私自身に興味がない。

でも、私のことを見てくれた。

この頃はまだ、テオドールに憎しみなんて覚えていなかった。

もう忘れかけていた兄弟とは関係なく、自分の意思でテオドールの下にいた。

育ての親の様に、近くにはいないけど。

けど、何故だか傍にいる様に感じられる人だった。

少年・アレクシスともまるで弟の様に接して育った。

成長するにつれ、可愛げはなくなっていったが。

最近は生意気で偉そうになってしまった。

血は繋がらず、歪な関係だったけれど。

本当の家族みたいだった。

私より2,3年上のトールも、色々なことを教えてくれた。

武術の基礎は、彼に叩きこまれた。

そんなトールを兄の様に慕っていた。

まるで父の様なテオドール、兄弟の様なトールとアレクシス。

アリスとも牢越しに顔を合わせる様になった。

テオドールの様にもの凄く人間離れしていた。

人形のように美しく、機械の様に感情も温もりもない。

動かなければ、人間だとも思えなかっただろう。

使用人はアリスのことに関しては口を閉ざしていた。

1人、城に仕えていた老婆をつかまえて問いただした。

気になったことは、とことん突き詰める。

それは私の性分だった。

“あの子はこの国を守るために汚れ役を一身に背負っているんだよ”

生け贄の様だと思った。

アリス自身に自分の人生について問うた。

沈黙を続けた彼女。

けれど、私は牢の前で粘り続けた。

“…興味がない”

くだらなそうに、そう吐き捨てたアリス。

自分の人生に何の疑問も抱かず、死を受け入れていた。

私はアリスの返事を聞いて、何と答えたのだったかな。

アリスに聞けば、きっと教えてくれる。

でもきっと…

「そうか…お前は確かに優秀かもしれないけど人間として大切な何かを失っている。」

とでも言ったのかな。

きっとそれで睨みつけて、それでもきっと彼女は顔色を変えなかった気がする。

牢から出ても、彼女は変わらなかった。

変化に軽やかに順応し、どこまでも淡々と飄々と過ごしていた。

塔での会話がきっかけで、私はアリスのことが嫌いになった。

自分の対となるパートナー。

大事なものの1つもなく、ただ言われるがままに動く。

私はそんな風にはなりたくない。

日常の笑顔は、偽りの笑顔。

大切な存在であった兄弟たちのことも、もう思い出せない。

テオドールやトールも、大事とは少し違う。

このままだと、アリスの様になってしまいそうで。

大切なものも、大事なものもない、人形になってしまいそうで。

自分と言う存在が薄れてしまいそうで。

アリスに生き方を聞いてから、私は武術の訓練に励んだ。

見目をよくするために、パッと見に現れるほど体を鍛える訳にはいかない。

傷を作る訳にも行かないから、細心の注意を払った。

やがて私も成長して、夜会に出る様になった。

仕事の幅も広がった。

ドレスと化粧で自らを彩り、様々な情報収集に勤しんだ。

夜会は疲れるが、外に出るいい機会だった。

アレクシスと出ることも多かったが、監視の目は格段に減った。

パーティーで相手の気を引いている間に、トール達が忍び込むこともよくあった。

彼らと出逢ったのも、そんな時だった。

Re: 秘密 ( No.559 )
日時: 2015/12/23 17:49
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

その日は。

夜会が終わり、暫くの間時間つぶしをしていた。

1人で仕事をこなす様になり、迎えを待っていた。

城はとても窮屈だから。

穏やかな風を感じたくて、近くの草原まで足を運んだのだ。

夜風が心地よく、星も綺麗だった。

城に戻れば、また訓練。

別に嫌いではないが、好きと言う訳でもない。

何年も続けてきた習慣の様なものだ。

この先ずっと続けても、得られるものは果たしてあるのだろうか。

テオドールが私を必要としてくれた。

牢に幽閉しているテオドールの娘・アリスはどうやら切り札らしい。

いつか、私もアリスの手ごまとなるのだろう。

それがテオドールの望みなら、逆らいはしない。

でも、単純な人生だ。

夜会の為、勉強もしている。

本も読むし、マナーも習うし、器用にナイフも使いこなせる。

大人になったら、私は自分の様な子どもに同じようなことをするのだろう。

訓練は辛いけど、知識が実践で役に立ったら嬉しい。

偽りの笑顔で人を騙し、情報が得られたら嬉しい。

でも、私の嬉しいことはそれしかなかった。

それ以外に、何もなかった。

「痛っ!」

何気なく歩いていると、地面から悲鳴が聞こえた。

足元に目を落とすと、何か柔らかいものを踏みつけてしまった。

尖ってはいないとはいえ、踵のある靴だ。

踏まれたら痛い。

しかも、見事に顔面を踏みつけたらしい。

相手は手で顔を覆いながら、呻いていた。

「っ…!」

「も、申し訳ない。まさかこんなところで人が眠っているとはつゆ知らず…」

傍に屈みこみ、怪我を確認しようと顔を覗き込む。

「全く…気を付けろよな、おば…さん?」

顔を抑えつけていた手をはがすと、まだ幼さの残る少年の顔が覗いた。

それが…彼、ルークだった。

ルークは光を運ぶもの。

ミーナは愛。

アイザック、彼は笑う。

彼らの名に、そんな意味が込められているとはその頃はまだ知らなかった。

でも確かに。

その名の通り、彼らは私に光と愛と笑顔を。

胸一杯になるほど、与えてくれた。

Re: 秘密 ( No.560 )
日時: 2015/12/23 20:17
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

〜・115章 初めての友達と想い人・〜
顔を踏んづけた少年の元に屈んで、顔を覗き込もうとした。

思いっきり顔の真ん中を踏んだ。

目を踏んでいたら、かなりの重症だ。

「いたっ!こんなところで何をしてるの、ルーク!」

可愛らしく着飾っていた、少女。

頭にはリボンの飾りを付けた、大人しそうな少女。

着ている服は質素だけど、趣味の良さをうかがわせる服だ。

「あれっ?先客?」

「あっ…私はアイリス。」

偽名だ。

エリス、という名前は外では使わない。

自然と偽名が出て来る癖ができていた。

エリス、と言う名前が城の中だけの特別な呼び方だとも思っていた。

「私はミーナ。綺麗なドレスね。あーっ!ルーク、顔に足跡が付いてる!」

「ごめんなさいっ!私がいるの気付かなくてうっかり…!」

うっすらとだけど、足跡らしきものが窺える。

力を込めていないとはいえ、やはり人の体重は侮れない。

軽い方だとは思っていたのに。

「あ、良いの良いの!どうせその辺にねっ転がってたんでしょ?」

「ミーナ…走るの…早すぎ…!」

そこに息を切らせながら、眼鏡をかけた少年がやってきた。

前髪が少し伸びているが、異様に肌が白い。

「アイザックが遅いのよ!」

どうやらミーナと言う少女は、淑やかそうに見えて意外とハッキリと物を言う性格らしい。

歯に物着せぬ言い草で、はきはきと男子2人物おじせずに話す。

「えっと…誰…?」

「ルークがまた寝てたのよ!こんなところで!あっ…この子はアイリス。」

ブブッとポケットの中で小さく電話がなる。

バイブが2回で切れた。

撤収の合図だ。

「ごめんなさい、お父さんが呼んでて…顔、踏みつけてごめんなさい!」

この時、1回別れた。

これっきりだと思っていたのに。

割と時間を置かずに、再会した。

Re: 秘密 ( No.561 )
日時: 2015/12/24 21:37
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「あれ?アイリスちゃん?」

夜会に出た後、再び同じ所で彼女に会った。

綺麗な色のワンピースを着ている少女。

「えっと…」

人の顔と名前を一致させるのは大事な仕事だ。

名前を思い出すと同時に、少女が答えを口にした。

「ミーナよ。忘れてたの?ひっどーい」

分かりやすく頬を膨らませる。

つい、可愛らしいと思ってしまう。

「忘れたわけじゃないよ。でも、良く私の名前を覚えていたね。」

一度しか顔は合わせていない。

「私、一度会った人のことは忘れないの!」

素直に驚いた。

「えっと…ルークだっけ?怪我は大丈夫だった?」

「ああ、あいつは馬鹿だからね。大したことなかったし。
あっ、今日もルークとアイザックもいるよ。すぐくるよ。」

話を交えて見ると、3人はいつも私が夜会を行っている所の近くで遊んでいるらしい。

それからも何度も会った。

3人とも両親はいないので、貧しながらも3人とも同じ家に暮らしているらしい。

彼らが来ている服も、全部お手製らしい。

3人とも…特にミーナがそもそも物を作るのが好きらしい。

それは自給自足の生活を営んでいるうちについた習慣で。

ある意味自然の流れだった。

明るい口調で、何時もと同じように話す。

きっと、本当にどうとも思っていないのだろう。

それが当たり前の所に、暮らしているのだろう。

それに同情は覚えたが、気の毒だとは思わなかった。

「…私も、昔は似たようなことが合ったよ。」

今はもう、違うけど。

両親を亡くし、盗みを覚え、そうして最後は死にかけていた。

「父さんも母さんも覚えてはいないけど。今となっては兄弟のことも覚えてないけど。」

顔も言葉も温もりも、なにも覚えてはいないけれど。

テオドールも決して温かくはないけど。

必要としてくれる。

「今の生活は…そこそこ気に入ってる。」

何度も何度も夜会の度に会うようになって。

次第に親しくなっていった。

お嬢様みたいな雰囲気なのに、天真爛漫なミーナ。

思慮深くて口数も少ないけど、場を和ませてくれるアイザック。

少し意地悪で偉そうだけど、仲間思いなルーク。

夜会はいつも決まったところで行われ、会うたび3人はいつも外の話を聞きたがった。

彼らも、私の知らない様なことをたくさん知っていて話が尽きることは無かった。

知らない遊び。

知らない食べ物。

なにより、彼らの日常があまりにも楽しそうで。

幸せそうだった。

遠出した、夕食を一緒に食べた、手作りの帽子を編みあった。

彼らからもたらされる些細な喧嘩話すら、とても心地よかった。

花冠の作り方、秘密の場所、彼らにとって大事なものを教えてくれた。

彼らの中だけに存在していた心地よい関係に私も混ぜてくれた。

良く一緒に踊ったり、歌ったり、花冠をかぶせあった。

お金がなくても、彼らの世界は心地よかった。

彼らといた時。

私が光をみられた、唯一の時間。

素で笑うことが出来た、唯一の時間。

兄弟のことも忘れ、ただ言われるがまま仕事をする。

そんな日々を忘れることが出来た。

見失いかけていた自分を思い出せそうだった。

普通の世界と接することで、初めて希望や憧れを抱いた。

人を安心させるために身につけた偽りの笑顔が、本物の笑顔に。

馬鹿なことをやったり、はしゃいだり、感じたことない気持ちばかり。

私はずっと身につけたものを人を騙したり、傷つけるために使った。

人と自然に触れ合うこと。

自然に笑顔で接してくれること。

どれもがとても尊いものだった。

一方で、恐れてもいた。

大事に想われれば想われるほど。

私の裏の顔を見られたくなかった。

彼らは私とは違う世界にいる。

私のことを知られてしまったら、もう今まで通り接することが出来なくなる。

そのくらい、幼い私でも分かっていた。

城にいる時は、毎日訓練を受けて牢にいるアリスを眺めていた。

怒りも、笑いもしない、人形の様なアリス。

機械の様に、ただ淡々と本のページをめくり続ける。

彼らとは大違い。

アリスのことを国を救うための生け贄の様に思っていたけど。

私はあんな風にはなりたくないな、と思った。

私は光を失いたくない。

今は闇の中に生きても、何時か必ず。

テオドールの元を離れて、彼らと一緒にいる日を夢見る。

この頃から、私はテオドールの歪さを感じる様になった。

夜会が行われる、と聞かれる度に嬉しくなった。

彼らに会える、と。

夜会の主催者に作り笑いで取り入り、いざという時融通がきく様に。

その夜会に出席するのは人脈を広げるのが目的だった。

夜会を定期的に行うのもそのためだった。

夜会がある。

ただそれだけで嬉しかった。

機密情報を聞き出すだけの任務だったら。

完遂させてしまったら。

もう、彼らには会えないから。

私の話は決して本当のことばかりじゃない。

嘘だって混ぜたし、私が何をしてきたか気付かれない様に笑いながら騙した。

彼らの表情に曇りはなく、馬鹿みたいに笑っていた。

まさに、今のアリスと彼らの様な関係。

まだ、アリスの生い立ちを彼らが知らなかった時みたいに。

無邪気に笑って、騙して、それでも守ろうとしていた。

Re: 秘密 ( No.562 )
日時: 2015/12/31 02:03
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「エリス、最近良いことあった?」

なんの曇りもない顔で問いかけてきたのは、2,3年上の師匠のトール。

「なんですか。藪から棒に」

咄嗟のことだけど、つい癖で笑顔で隠す。

訓練の結果だ。

「いや…夜会がある度に嬉しそうだからさ。」

トールの顔から笑みは消えない。

まだ、疑っている。

「嬉しそうにしないと、主催者に取り込めないでしょう。
アニエスの為に人脈を広げる必要があるから私は尽力を尽くしてますよ、師匠。」

でも、トールが笑顔で問いかけて来るってことは。

決定的な証拠を握られていても可笑しくない。

さて、どう切り抜けるべきか。

何時も会うたびにかなり注意を払っているが…詰めが甘かったか。

「いや、別に気にしなくていいんだ。でも、気を付けろよ。
任務に支障が出るようなら、テオドールも腰をあげて動き出すからな」

「肝に銘じておきます。」

トールは北欧神話からとられた名前。

一般的にトールは雷の神と言われている。

けれどそもそものトール神とは、農耕・製造・気象・季節・天候・災害などあらゆる全てを司った『全能』の神である。

戦闘だけに秀でている様に見えて、あらゆる分野に優れている。

それからは少しだけ頻度を下げたが、やはり彼らに会いに行った。

アリスで例えると

ルークが圭、アイザックが凛、ミーナが万里花みたいな感じ。

それほどに彼らは善人で、綺麗で、憧れずにはいられない様な人達。

私の中を彼らが満たしていく。

欠けた心を埋めていく。

私は幸せでいっぱいだった。

Re: 秘密 ( No.563 )
日時: 2016/05/08 17:15
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

やがて私は好意を寄せる様になった。

彼らのことを愛しく想う様になった。

彼らのことを、とても大切に想う様になった。

今からすると、まるでアリスと同じような道を歩いていた。

圭がルーク。

凛がアイザック。

万里花がミーナとするならば。

私はアリスと1つだけ違う所が合った。

私が好きになったのは、圭では無く凛だったのだ。

物静かで、知らない人とはハキハキと喋ることなんてできない。

でも、さりげない優しさ。

少し不器用なところも、大好きになっていた。

綺麗な顔立ちで、何にもとらわれない様にどこか自由で。

黒い髪も相まって、猫みたい。

どうしようもなく、惹かれて恋をしていた。

私には仕事用の携帯しか持たされていなかったし、城で手紙のやりとりをする訳にも行かなかった。

だから、彼らとは廃屋のポストに手紙をいれてやりとりをしていた。

この頃のアニエスは今よりまだ少し領土が広くて、夜会の会場もアニエスの領土だった。

今みたいに周りが崖で囲われるような狭い所にアニエスの領地を定めたのは。

他国からの侵入を阻むため、テオドールが狭めたもの。

彼らがいなくなってから、私は孤児を養う施設を作る為に。

尽力し続けた。

話を戻そう。

私は偶に寝る前や訓練の休憩時間に会いに行きたかった。

リスクが高いことも分かっていた。

だから、いつも寝る前に彼らの顔を思い浮かべて必死に眠りについた。

会えない時間が長引くほど、恋しさは増していった。

異性を好きになるなんて、初めてだった。

好きになればなるほど、私は自分のことを隠した。

嘘をつくのも次第に苦しくなった。

いっそ、今の立場のなにもかも無くなってしまえばいいのに。

アニエスと言う存在全てが消えてしまえばいいのに。

そう、思いもした。

でも、辛うじて今の私を作っているのはアニエスの環境だ。

作り笑いも、衣食住も、兄弟も。

全てアニエスにいたから得られたものだ。

私が今生きていけるのは、全てテオドールに与えられた技術。

トールが咲かせてくれた才能だ。

アニエスを失った場合、私には何も残らない。

お金もないし、生きていくすべもない。

テオドールはきっとその辺りも心得ていたのだろう。

彼らなら、きっと話したら受け入れてくれる。

そんなこと分かっている。

でも、以前と同じようには接してはくれない。

些細な言動の端々から、彼らの気遣いや優しさを感じ取ってしまう。

テオドールが伸ばした私の才能。

人の気持ちが分かってしまうことは、残酷なことだ。

偽ることすら、出来ない。

感じたくないこと、気付きたくないこと。

全てを一身に浴びてしまう。

だから、知られたくない。

嘘をついて、重ねて、暴かれないか怯えながら。

彼に恋をしていた。

Re: 秘密 ( No.564 )
日時: 2016/01/11 23:07
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

〜・116章 彼らがくれた日・〜
当時、私の気持ちを知っていたのはミーナ一人。

彼女は私がアイザックに抱いていた想いに気付いた。

そしてその答えを教えてくれた。

それから、私が緊張しながらアイザックと話す時。

ミーナはずっと微笑みながら眺めていた。

ミーナは何時も全身を使って、感情を周りに示していた。

楽しい時も、怒っている時も、悔しい時も、愛しい時も。

余すところなくそれを表現していた。

そして自分にも他人にも嘘をつくのが嫌いだった。

ミーナと会ったばかりの時。

私はよくミーナがルークに求愛しているのを見かけた。

初めは冗談かと思った。

4人でいる時も、何の躊躇いもなく飛びかかったり抱きついていた。

けれど、そのことについて話題に触れた時。

ミーナは頬を赤らめ、俯いた。

本当に慕っていた。

ルークもミーナのことを悪しからず想っているようで。

何時も二人のやりとりを微笑ましく思っていた。

ルークは優しくて、想ったこと感じたことは4人の間では包み隠さず話した。

変なところで気を使ったり、誰かを庇って矢面に立ったり。

軽薄そうに見えて、真摯だし。

きっと、私の気持ちにも気付いていて黙っていたのだろう。

変なところで気を使う。

アイザックは猫みたいで、気持ちを隠すことが苦手な人だった。

分かりやすくて、嘘をついていないことが一目瞭然。

そんな彼と一緒にいる時は、とてつもない安心感があった。

人と話すのが苦手で、でも彼らと一緒にいる時は大声を張り上げたりする。

私と話してくれるのは、彼らといるからなのだろう。

そう思うと、少し辛くもあった。

でも、どの道私の立場では隠し通すのが精一杯。

話すことも、伝えることも、彼らを傷つける。

週に一度、テオドールが城を空ける日は。

何度でも会いに行った。

会えない日は彼らのことを想った。

寝る前には彼らの顔を想い浮かべた。

カメラなんてものはないから、写真の一枚も持っていない。

けれど、お互いが描いた似顔絵がある。

特にルークは絵がとても上手で、色を付ければ動き出してしまいそうなほど上手に描けている。

その絵も、今もクッキーの箱にしまってある。

彼らの絵は、それだけだから。

夜会に出る時のドレスを着ていても、彼らは私と対等に接してくれる。

たまに、夜会の御馳走をちょっぴり持ち出して一緒に食べたりもした。

大好き。

そんな言葉で身体中埋め尽くされた。

彼らと出会う前には、想像もつかないほど。

私は満たされている。

そう、実感している。

彼らは決して裕福な家庭ではない。

飢えに苦しむこともある。

身分も何もかもが釣り合わない。

釣り合っていないのは…私だ。

彼らはなんでも些細なことは包み隠さずにぶつけ合っていた。

本当の家族の様に接していた。

喧嘩もするし、一緒にはしゃぎもするし、泣いているとそっと慰めてくれる相手がいる。

私はもう、何年も泣いてない。

テオドールに仕え始めた時は、兄弟のことを思い出した。

トールもアレクシスも、家族みたいだった。

でも、本音もぶつけられない。

喧嘩もしない。

家族と言うよりかは仕事仲間に近い。

ミーナやルーク、アイザックと一緒にいる時はそういうのとは違う。

温かい気持ちで満たされる。

Re: 秘密 ( No.565 )
日時: 2016/01/11 23:08
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

彼らと過ごした日々を、少しでも忘れない様に毎日日記に記すようになった。

私にはアリスの様な能力はないから。

そういう所は、アリスが羨ましい。

愛しい、大好きな人との思い出を一瞬たりとも忘れることない。

そういう使い方も、出来る。

私にはそんな頭はないから。

だから、大人になっても忘れない様に。

ずーっとずーっと覚えていられる様に。

少しでも記録に残しておきたい。

会った日は、手が痛くなるくらい日記に書いた。

開かなくても、その日のことを鮮明に思いだせるように。

Re: 秘密 ( No.566 )
日時: 2016/01/11 23:09
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

私がアイザックからもたらされた物は、沢山ある。

愛しい気持ちも、恥ずかしくなったりした思い出も。

アイザックの隣が、一番心地よく安心出来た。

心地いい空間。

温かい気持ち。

食事しながら挟む会話の楽しさ。

忘れたくない。

ずっと一緒にいられることが、叶うのなら。

それ以上に願うことはなかった。

でも、思い出以外に彼らからもたらされた物は今となってはあまりない。

形となるものはあまり残ってはいない。

でも、それ以上に価値あるものを貰っているから。

けれど彼らから貰ったもので。

今でもずっと、身につけている物がある。

それぞれから貰ったもの。

誕生日のお祝いだった。

どんな高級なプレゼントよりも、価値がある贈り物。

「じゃーん!」

何時も通り、テオドールがいない日。

私は城を抜け出した。

テオドールがいない日はトールもいない。

だから、とても身軽になれるのだ。

何時もの場所に向かったら、途端に目の前が真っ暗になった。

匂いからして、袋の様なものをかぶせられているのが分かる。

「えっ、ちょっ…」

突然視界を奪われると、急に足元がぐらぐらしているような錯覚に襲われる。

慣れている場所なのに途端に戸惑う。

「良いから良いから!」

うわっ、と足を滑らせて尻餅をついた。

腰に鈍い痛みが走る。

「あ〜、もう服汚れちゃうよ!」

突然視界が晴れると、鮮やかな夕焼けと彼らの笑顔が目に飛び込んできた。

「「じゃーん、「「「お誕生日おめでとう!」」」

吃驚して…

呆気をとられている私の頭に素早く何かをかぶせた。

「3人で作った花冠!やっぱりすっごい似合ってる!」

誕生日を祝われるなんて、初めてで。

そもそも誕生日がなかった。

でも、彼らはそんなことが当たり前の様に受け入れてくれた。

「出逢って1周年記念!!だから、今日をアイリスの誕生日にしよ!」

もう、1年も経ったんだ。

私はまだ、自分の本名すら告げていない。

でも、そんな私でも彼らは…

つーっ、と頬を温かい何かが流れた。

目が熱くなって、胸がいっぱいになった。

「わわっ…!」

「嫌だった…?ごめんね、アイリス!」

「…違う」

これが、涙と言うもの。

「…夕日が…眩しくて…っ!」

両手を使って、拭う。

こう言う時、どうすればいいのか分からない。

…嬉しい。

嬉しい。

嬉しい!

嬉しい!!

こんな日がずっと…続けばいいのに…!

「アイリス」

アイザックの声が、耳元で聞こえる。

手をそっと掴んで、引き寄せられた。

アイザックの、手の温もり。

熱が私にも感染しているみたい。

私の手も、どんどん温かく…熱くなっていく。

「出逢ってくれて、ありがとう」

彼らは、家族の様に暮らしていた。

それに、私を混ぜてくれた。

彼らの中にある尊いつながりに私を加えてくれた。

嬉しくて、堪らない。

恥ずかしいとかそういうのも含めて、とっても愛おしい。

「妙に派手な服より、そっちの方がずっと良いよ。」

綺麗な青。

海の欠片みたいに綺麗な石。

宝石みたい。

少し青みがかって見えるアイザックの瞳みたい。

腕にブレスレットが光っていた。

「アイリスの目と、おんなじ色」

悪戯っ子の様に、笑う。

何時もはおどおどしているのに、そういう顔も出来る。

内弁慶で…見知った相手としか会話を交わさない。

誰かが傷ついても、何もできない。

だからこそ、必死に傍にいようとしていた。

それで不慣れなことをしたり、頑張ったりするような奴。

そういうアイザックを見つめてきた。

そんなアイザックだからこそ。

私は…彼のことを…

好き。

大好き。

Re: 秘密 ( No.567 )
日時: 2016/01/11 23:09
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

それから、私は彼らに貰ったものをお気に入りのクッキーの箱に仕舞いこんだ。

箱はいつも自分の部屋に置いて、寝る前は必ず眺めていた。

彼らからもたらされた物は全てそこに仕舞うことにしていた。

貝殻で作ったネックレス、四つ葉のクローバーなど花の栞、そして蒼い宝石みたいなブレスレット。

とても、綺麗で温かい。

手作りで、想いをこめて作られていることが分かる。

どれも手間暇かかるものばかり。

とても凝っている。

彼らからのプレゼントを包み込むように、花冠もしまっている。

少しでも、長持ちさせようと水やりも頑張った。

でも。

少しずつだけど、衰弱していっている。

萎れていっている。

まるで、これからの彼らの関係を暗示させるように。

Re: 秘密 ( No.568 )
日時: 2016/01/16 17:06
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

〜・117章 花贈りの日・〜
季節は巡り、春が近づいてくる。

アニエスにはバレンタインに似た行事がある。

求愛をする日で、チョコレートの代わりに花を贈る。

バレンタインほど派手ではないけど、ささやかに祝われる感じが好きだ。

…否、好きになった。

彼らと出逢うまでは、こんな地味な日は気にも留めたことがなかった。

『花贈りの日』

素敵な名前。

だから花贈りの日が近づくと男女共にそわそわしだす。

色々な花を探し出し、それを見つけようと躍起になる。

私は外で色々な仕事をする関係で、色んな花や種を手に入れることが出来る。

そうして、彼らの背中を押した。

彼らから頼まれた花の種を城中から集め、種を渡した。

私に出来るせめてものこと。

今まで花になど興味はなかった。

けれど一から自分で育てるのも、感慨深いものがある。

花贈りの日は慕っている異性以外にも、親しい友にも家族にも贈れる。

そういうオールマイティーな日なのだ。

「ルーク」

そして、やってきた花贈りの日。

ずっとずっと待ち遠しく、この日の為に準備してきた。

「これ、あげる」

花には花言葉がある。

それはとても曖昧で、幸福と復讐など真逆な意味を兼ね備えていることもある。

けれど、とても美しい。

その日のミーナの服装は、真っ白なワンピース。

頭には何時ものリボンと共に、ひまわりの花が飾られていた。

残念ながら、季節的に押し花だ。

けれどそれでも彼女の可憐さは薄れない。

ひまわりの花言葉は…『あなたしか見えない』

ミーナらしい、明るく美しい、情熱的な花だ。

手にはパンジーが握られていて、顔は真っ赤に茹っていた。

パンジーの花言葉は…『私を想ってください』

ミーナらしい大胆さと、女の子らしさが覗く告白だった。

この場にはルークの他にも私やアイザックもいるのに。

顔を真っ赤にさせながらも、不敵に笑っている。

ルークもつられた様に顔を赤く染めている。

突然のことで驚いているのかもしれない。

ミーナの分かりやすいほどの求愛に気付いていないわけがない。

けれど、もしかして私とアイザックがいる場で渡されるとは思わなかったのだろう。

何時もは饒舌で、冗談を言ってばかりのルークが照れ隠しの様に落ち着きがなくなった。

「その…ありがとう…」

ルークは何時も笑ってばかりで、軽薄にも見えがちだけど違う。

面倒見はいいし、冗談で場を和ませてくれる。

真面目で、行動力は折り紙つき。

でも、腹を決めると何処までも真っすぐ。

ミーナの気持ち、なんとなくだけど分かる。

ルークも、ミーナも、アイザックも。

好きにならずにはいられない様な奴らだった。

「俺も…お前に渡すものが…ある」

ルークが差し出したの、定番中の定番かもしれない。

でも、ミーナにとっては何にも変わらない大事な宝物になるだろう。

真っ赤な薔薇が一輪。

薔薇は色や本数に寄って意味が変わる。

花言葉には疎いルークが、必死に私に教えを乞うていた。

だから薄々ルークの気持ちにも気付いていた。

「…幸せに、なれよ」

隣をちらりと見やると、いつの間にかアイザックが顔を真っ赤にしている。

…アイザックらしい。

「好き…ってこと…?」

「違うだろ。」

照れくさそうに、花を渡すと人差指で頬を掻く。

「俺にはお前しかいないってこと。」

赤い薔薇一輪の意味は『一目惚れ』と『私にはあなたしかいない』

花贈りの日に備えて、ずっとミーナとルークの両方に相談を持ちかけられていた。

だから、二人の気持ちにも気付いていた。

アイザックにも花を育ててもらうことで手伝ってもらったし、二人のことも知っている筈。

けれどこうも顔を真っ赤にさせている所から、まさかここまでとは思わなかったのだろう。

…それは私もだけれど。

二人の告白はそれだけ初々しく、熱く、大胆で、彼らの想いが伝わってくる。

互いを、本気で想い合っている。

熱が空気を通じて、私達にも伝わってきているようだった。

見ているこっちの方が恥ずかしくなる。

「おめでとう、二人とも。」

こうなることは分かっていた。

だから、二人に渡す花も決めていた。

「アイザックと私からの選別。」

デンファレ。

花言葉は『お似合いの二人』

本当に、良かった。

Re: 秘密 ( No.569 )
日時: 2016/01/18 16:56
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「じゃあ、邪魔者は退散するね。ほとぼりが冷めたら来てね」

ここでアイザックと一緒に二人から離れることも決めていた。

ミーナの顔は幸せでいっぱいで、輝いていた。

私もアイザックに渡したい花がある。

想いを告げることを、諦めている。

でも、今日だけは。

…ミーナの大胆さが移ったのかな。

なんだか、今なら何でもできそう。

そっと、背中から彼に渡そうと思っていた花を出そうとした。

「アイリス」

何時も四人の時は物おじせず、なんでもずばずば言う性格のアイザック。

でも、今はさっきの影響を引き摺っているのかまだ顔が火照っている。

「…これ、同じ名前の花…見つけたから…」

アイザックの手には、綺麗なアクセサリーが輝いていた。

透明な…なんだろう?

雫の形をしたおはじきみたいな、ビー玉みたいな物体の中に。

その中に花が閉じ込められている。

フックが付いていて、色々なものにひっかけられるらしい。

「これ…なに?」

「…樹脂だって。型に押し花をいれて樹脂で固めた。」

「それって…」

お金が掛かるはず。

樹脂も型もそうそう手に入らない。

手間も少なくともネックレスや押し花の栞とは比にならない。

「簡単だよ。道具さえあれば誰でもできる。」

「でも、道具って…!」

彼らは貧しく、蓄えもさほどある訳じゃない。

食事には困らないと言っても、無駄遣いできるほどの余裕はない。

アイリスの花をアイザックに頼まれてはいない。

だから、これはアイザック自身で調達したものだ。

こんな立派な花。

そこらに生えているとも思えない。

「別に、値切ってもらったし…楽しかったから…気にしないで」

顔が、真っ赤だ。

でも…残念なことに、アイリスの花言葉は知らない。

「…ありがとう」

そこまで有名な花ではないから。

自分の偽名に、思い入れなんてなかったから。

花言葉も、聞きかじっただけの知識だ。

でも…彼らといる時はアイリスで良かったと思える。

争いと不和の女神の名前で何か、呼ばれたくない。

「私も渡したいものがあるんだ。」

そっと、さっき背中に隠した花を差し出す。

「その樹脂の奴。今度、私にも作らせて。」

ブルー・スター。

5枚の花びらが青い星のように見えることにちなんでいる。

夏の花だけど、城で適温で育てられるために今でも手に入る。

花言葉は『信じあう心』

…そして、『幸福な愛』

Re: 秘密 ( No.570 )
日時: 2016/01/21 19:57
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

アイリスと言う名前はとても綺麗。

アイザックから貰った飾りは透明で、綺麗。

シンプルだけど、温かいもので胸が満たされる。

花言葉、調べておけばよかった。

「あのさ…アイリスの…花言葉って知ってる…?」

黒い髪も相まって、アイザックは黒猫みたい。

気ままで、めんどくさがりやで、彼らの為なら矢面にだって立つ。

なにより、自分の悪い所を自分の口で言える所が凄い。

「アイザックこそ…私があげた花の名前分かるの?」

「…知らない」

素直な人。

嘘をつかないし、なんでもきっぱり言う。

勿論、何時ものメンバーの前でだけだけど。

知らない人とはあまり話さない。

内弁慶で、だからこそ彼らのことを心から大事に想っている。

アイザックはこちらに顔を向けると、何時もの様に笑った。

やっぱり、アイザックの笑顔は安心する。

纏う空気も。

意外に大きい手も。

温もりも。

隣にいる気配だけでも。

とても。

とても、とても。

愛おしい。

「私は…」

あ、れ…?

私…一体…なにを…言おうとして…

想いは伝えない。

そう、決めていたのに。

伝えても、何にもならないから。

伝えても、彼らを苦しめるだけだって。

分かっているのに。

ミーナの告白を見たせいだろうか。

ルークの変化を見たからだろうか。

アイザックの…穏やかな笑顔を見たからだろうか。

「私は…ずっと…」

…止めろ

止めろ

止めろっ!

言うな、言うな、言うな、言うな!!

言ったら、戻れなくなる。

今の関係に。

この心地いい関係のままではいられなくなる。

それなのに、口は私の意思を裏切って勝手に動く。

伝えたくて、堪らないと言わんばかりに。

けれど。

絶対に、アイザックに教えてはいけない。

私が彼の傍に…ずっと居るために…っ!

「アイザックのことが————」

Re: 秘密 ( No.571 )
日時: 2016/01/26 21:54
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「はい、そこまで」

突然割り込んできた聞き慣れた声に。

私の顔から瞬時に熱が消え去った様な錯覚を起こす。

声のした方角には、金色の長い髪。

黒い服と金色のコントラストがよく映える少女の様な顔立ち。

「…トー、ル」

トールは何の遠慮も無しにズカズカと近づいてきた。

「お楽しみを邪魔してごめんね。色々許容してきたけど…もうこれ以上はダメってさ。」

トールの視線が、私の隣のアイザックに向けられる。

「やめてっ!!」

知られた

知られたっ!

絶対に気付かれない様に、ずっと細心の注意を払っていたのに。

大事だからこそ、恋しい夜も枕を抱えて耐えたのにっ!

一緒に歌ったり、踊ったり、花を贈り合ったこの日が。

途絶えてしまう。

「なんでも言うことを聞く!だから、手を出さないで!!傷つけないで!!」

彼らの傍には、もういられない。

でも、それよりもずっと。

彼らに危害を加えられる方がずっとずっと怖い。

「何言ってんの?」

冗談を言うみたいに。

何時ものように無邪気に笑って。

大袈裟に肩をすくめた。

「傷つけたり、傷つけられるのは当たり前だろ?」

それからは、地獄だった。

パチンッと鳴らしたトールの指。

訝しげにアイリス、と問いかけるアイザックの声。

取り押さえる大柄な男たち。

私の悲鳴。

遠いところで聞こえた、ミーナの声。

ルークの怒声。

頬をボロボロと伝う、涙。

彼らに向かって痛いくらい伸ばした、私の手。

そして、遠くに小さく見えるテオドールの姿。

それが、あの時私が見た全て。

Re: 秘密 ( No.572 )
日時: 2016/02/05 19:25
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

〜・118章 彼らの未来に光があれば・〜
「お願いです!これからどんな仕事でもする!逆らったりしないし、抜け出したりもしない!
だから、あいつらだけは!あいつ等は何も悪くない!私が…勝手に…」

勝手に憧れて。

勝手に慕って。

勝手に傍にいて。

勝手に恋をしただけ。

奪われて初めて。

彼らが与えてくれたものがどれほど大きかったか分かった。

想像していたよりもずっと大きくて。

失った途端に心臓をえぐられたみたいに痛む。

これが悲しみと言うものなの?

「お願いします!もう会わない!もう夢は見ない!だから…!!」

城に戻ってから、テオドールの前で叫び続けた。

言うことを聞く、逆らわない、一生アニエスの為に尽力する

沢山のことを叫んだ。

彼らが救われるなら、なんだってした。

でも、聞く耳を持たれなかった。

私は直ぐに自室に連れていかれ、待機を命じられた。

世界が目の前で崩れたみたい。

部屋に鍵を掛けられても、私は必死に叫んだ。

届かなくても。

そうでもしなければ、痛みに挫けてしまいそうだった。

「ミーナ…ルーク…アイザック…」

愛しい彼らの名前も何度も呼んだ。

もう会えない。

そう思い知らされる度に、また深く抉るような悲しみが襲ってきた。

無邪気に人を騙し、傷つけていた時には知らなかった痛み。

心臓が潰れたみたいな痛み。

人の体とは不思議なもので。

あれだけ泣いて叫んで、悲しくても。

時間がたてば空腹を知らせる腹の音が鳴り。

疲労で意識が朦朧とする。

けれど、意識が途絶えたらもう彼らに会えない気がして。

そう思うと、胸が痛くて。

眠ることすらままならなかった。

Re: 秘密 ( No.573 )
日時: 2016/02/09 14:47
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

暫く立つと、徐々に靄が晴れる様に気持ちが落ち着いてきた。

もう、会えない。

それで、もう良いじゃないか。

どの道私は…

ここから離れられないんだから。

元々彼らとは世界が違った。

現状で、彼らに危害を加えられることはないだろう。

もし、かすり傷でも負わせてたなら。

テオドールを裏切る要因になりかねない。

私はまだまだ技術を身につけてなどいないけれど。

兄弟はもう私の足枷としては機能するかどうか分からない。

それくらい分かっているだろう。

ずっとドアにもたれかかりながら、涙を流しながら彼らの名前を呼んだ。

時間がたち涙を拭うと、お気に入りのクッキーの箱を出した。

日記と、彼らから贈られたものを仕舞っていた。

花、貝殻、栞、ブレスレット、小さな日記帳。

今にしてはもう、懐かしい日々。

今日貰ったアクセサリーも箱に仕舞う。

それを包み込むように仕舞われていた花冠を手に取る。

そっと触れただけなのに、くしゃっという変な音がした。

私の心臓ごと握りつぶされた様な音。

バラバラと花弁が床に落ち、残りの命が短いことを示していた。

「あっ…あ…」

枯れないで。

まだ生きて。

彼らが死んでしまったら、私の心にもう二度と光は灯らない。

だから。

唯一私が光を見られたあの時を。

彼らが見せてくれた光が薄れない様に、何度も思い返して。

思い出で、一秒でも長く光をともせるように。

ずっとずっと、覚えているから。

だから、彼らの命が消えたら。

光源が絶たれてしまったら。

私の世界は真っ暗になってしまう。

想いを遂げられなくても良い。

もう言葉を交わすことが出来なくても良い。

二度と会えなくても良い。

彼らの未来に。

光さえあれば。

それで私は生きていく。

Re: 秘密 ( No.574 )
日時: 2016/10/14 23:37
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

のんびりしている暇はない。

この部屋の近くの足の運びは分かっている。

この頃は鍵の開け方をまだ教わってはいない。

けれど、何度も見たことがある。

部屋にある針金を二本手に持って、鍵を弄る。

簡単には開かないだろう。

それでもやめる訳にはいかない。

ガチャッ

何度も何度も試しながらも、暫くするとやっと開いた。

アイザックに貰ったアクセサリーを胸元のリボンにひっかける。

最後だから、記念にね。

何時もなら、地下牢に連れていかれているはず。

忍び込むように地下牢に向かい、様子をうかがう。

今こうしている間にも、私はテオドールに逆らっている。

これでこそアリスと真逆なのじゃないか。

私はアリスを嫌った。

アリスの様にはなりたくないと思った。

でも、私がアリスを嫌った理由は不条理を涼しい顔で受け止めていたから。

自身の命を尊く想うことさえなかったから。

大事なものの1つもなく、ただ言われるがままに動く。

そんなアリスになるのが嫌いで。

けれど。

やっと私にも大事なものが出来た。

テオドールの言うことに逆らった。

これこそ、私がなりたかったものじゃないのか。

大事なものを作り、それを自分の意思で守りたい。

そういう人に私はずっとなりたかったんだ。

「アイザック…!」

幸い牢の周りには人がいなかった。

もう真夜中だし、人が少ないので何時までも見張りを付ける訳にも行かない。

「アイリス…?」

「ミーナとルークもいるね。」

知られてしまった。

少し接しづらさがないといえば嘘になる。

けれど…今は彼らの命に掛かっている。

「アイリス!」

しーっ、と人差指を口元に寄せる。

「気付かれちゃうよ。」

牢の鍵も、先程と同じ要領で開ける。

割と簡単な鍵だ。

もう少し厳重な牢もあるのだが…

それほど取るに足らないと思われていたのだろうか。

「巻き込んで、ごめんね。大丈夫、ちゃんと帰すから。」

手錠も簡易的なものっぽい。

これなら多分、外せる。

「文句なら、後でいくらでも聞くから。今は黙って助けさせて。」

なにか言いたげな彼らの言葉を封じる様に、先手を打っておく。

静かにしておくに越したことはない。

「…ごめんね、ミーナ」

ルークとやっと幸せになれたと思ったのに。

こんなことに巻き込んでしまって。

「…ごめんね、ルーク」

やっと素直になれて、ミーナの想いを受け入れられた。

あの告白は、私に勇気をくれた。

「きっと、二人の未来は輝いているよ。」

彼らの未来が。

幸せで満ちている様に。

何時でも傍にいて、支え合って、想い合って…幸せになる。

「…ごめんね、アイザック」

こうやってアイザックに触れられるのも、後本当に少し何だ。

もう沢山の気持ちや温もりを貰った。

温かい光を見つけた。

「悪い夢だよ。直ぐ覚める。」

今、ここで起きていることは全て夢。

外の世界で、彼らは生きていくべきだ。

Re: 秘密 ( No.575 )
日時: 2016/10/14 23:38
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

気付かれない様に、急いで外にでた。

何時もと同じ、草原までくるとやっと息をほっと吐いた。

「もう、ここに来ちゃダメだよ。走ったら振り向かずにまっすぐ帰って。」

これでもう、彼らは幸せになる。

「…もう、会えない?」

私がただのご令嬢じゃないことは、きっと彼らにも分かっていただろう。

それでも、それを問い詰めることもなく。

もう会えないことを心配している。

彼ららしかった。

「今を幸せだとは思わない。きっと、思っちゃいけないんだ。」

銃やナイフを使いこなし、夜会で人の顔色をうかがう。

時に人を傷つけては、傷つけられ。

常に死ぬ覚悟を決める今を、幸せになんてきっと一生思えない。

それを幸せ、なんて思うのはきっと彼らへの侮辱だ。

「でも、私はこれで満足だよ。」

Re: 秘密 ( No.576 )
日時: 2016/02/20 17:09
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

〜・119章 一生分の幸せ・〜
「でも、私はこれで満足だよ。」

彼らと出逢えた。

それだけで、暗く淀んだ私の世界が。

鮮やかに彩られた。

彼らといる間だけは、本当に素で笑うことが出来た。

その経験は、きっとこの先も私を強くしてくれる。

「これ…持ってけよ」

ルークがその辺りで咲いていた花を摘んで差し出してくれた。

百合?

白くて、気高くて、清らかで、綺麗。

「…ありがとう」

こんなところに、咲いているのに。

ちゃんと成長し、花を咲かせた。

とても、強く生きている。

「やっぱりルークはカッコいいね。」

ミーナが好きになるだけある。

義理堅く、強くて、優しくて、温かい。

ルーク。

光を運ぶもの。

本当に、ルークは強烈なくらい輝いている光を私に運んで来てくれた。

あの時、ルークの顔をふんづけた時から。

彼らとの縁が結ばれた。

「…これ、あげる。」

どんな時もミーナの髪を彩っていたリボンを、外す。

「昔、ルークに貰ったの。私はもう幸せだから、アイリスにあげる。」

私は知ってる。

ミーナにとって、これがどれだけ大事なものか。

ミーナが幼い頃からずっと付けていて。

ルークを想っている証。

きゅっ、とルークが渡してくれた百合にリボンを結び付ける。

鮮やかな赤色が、良く映えていた。

「少しでも悪いって思うなら、ちゃんと帰しに来なさいよ」

最後まで、鮮やかに笑う。

良く笑って、ただひたすらにルークを想い続けた。

ルークと一緒に色々なところを連れ回してくれた。

さらっと気遣いやで、どこまでも真っすぐで。

相談にも乗ってくれたし、不安な時は肩を叩いてくれた。

そんな何処までも一途で、好きと伝えられるミーナを羨ましく思っていた。

「ミーナはやっぱり強いね。お幸せに。」

ミーナ。

愛。

彼女は誰よりも人を愛し、慈しむことが出来た。

私にもその感情を分けてくれた。

彼らを愛おしいと想う気持ちを与えてくれた。

「巻き込んでごめんね…アイザック」

アイザックを愛しく想う気持ちは、まだ私の中にある。

Re: 秘密 ( No.577 )
日時: 2016/02/24 00:07
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「アイザックからは、もう大事なものを貰ったね」

私の胸元で、いまだにアイリスのアクセサリーが揺れている。

腕には誕生日に貰ったブレスレットが。

アイザックはいまだに俯いている。

そんな顔をしないで。

「巻き込んで…、ごめんね」

もう会えない。

それはやっぱり寂しい。

離れたくない。

そういう想いが、まだ私の中にある。

それは否定できない。

「…それ、二回目」

きっと、彼らがいなくなった後。

また泣いてしまうのだろう。

だから、今は精一杯笑う。

心の底から。

「君達と会った日は、毎日とても楽しかったよ。」

ありがとう、と小さくお礼を言う。

想いは伝えない。

伝えられない。

彼の仕草や笑顔、行動にいちいち目がいって。

「手を振って別れる時は、何時も次に会う時のことを考えていた。」

花や星を見ると、アイザックのことを思い出した。

城にいる時でも、アイザックのことを想うと景色全てが優しく映った。

「誕生日もくれた」

誕生日が分からない私に。

彼らと出逢った日を誕生日として授けてくれた。

「…ずっと、傍にいたかった」

大好きだった。

会える日は嬉しくて、贈り物されたら飛び上がりそうだった。

触れられる度に体温は上がった。

愛しい気持ちに戸惑いながらも、楽しかった。

「とても、楽しかった。」

少し私より身長が高いアイザックを見上げる。

人見知りで、臆病なのに。

四人でいる時は、ものをはっきり喋って。

自分の力の無さを理解し、恥じ、強くなろうとしていた。

誰かが傷ついていると、何もできないことに苦しみながら傍にいた。

だからこそ、必死に傍にいようとしていた。

それで不慣れなことをしたり、頑張ったりするような奴。

そんな不器用で、強くて、温かいアイザックのことが。

大好きだった。

「傍にいられて、幸せだったよ」

今ならハッキリ明言できる。

これが幸せだと。

私が出来る、最高の笑顔で。

アイザックの顔を見上げる。

「傍で幸せをくれて、ありがとう」

ブルー・スターの花言葉は。

『幸福な愛』

Re: 秘密 ( No.578 )
日時: 2016/06/13 23:25
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

最後の最後に、言葉を交わすことが出来て良かった。

彼らの前では、最後までアイリスでいたい。

出来ることなら。

アイザックの穏やかで静かな笑顔を。

最後にもう一度見たかった。

それが例えこんな状況になろうとも。

何時追手が来るかも分からない、今みたいな状態でも。

彼らに最後の別れを告げたかった。

…きっともう、会えないから。

感謝の気持ちを、伝えたかった。

伝えきれるものでは到底ないけれど、それでも。

「傍で幸せをくれて、ありがとう」

精一杯の想いをこめて伝えられた。

途端にアイザックに抱き寄せられ、温かい唇を重ねていた。

突然のことで、とても驚いた。

涙を流したのは、私なのか彼なのか。

少ししょっぱい味がした。

けれど、同時に胸の中から温かな気持ちが芽生えた。

芽生えた気持は、瞬く間に胸を満たしてくれた。

幸せだ。

そんな気持ちが、言葉が、すとんと胸の中に落ちていった。

元あるべきところに戻った様に、綺麗に嵌まった。

私の欠けていたものを、彼らが埋めてくれた。

その実感があった。

私は、彼らが大好きだ。

彼らには抱えきれないほどの幸せを受け取った。

今、私の胸はとても穏やかだ。

先程までの焦りも、不安も、恐怖も、どこかにいってしまった。

この胸を満たす、思い出と、幸福感と、好きと言う気持ちが。

今は私を温めてくれる。

このキスが、アイザックのどんな気持ちから派生したものか分からない。

好意だったかもしれないし、同情かもしれない。

けれど。

大事な思い出、大事な気持ち、最後にはキスまでしてくれた。

何度も会うことが出来たし、何度も横顔を見つめることが出来た。

私はなんて恵まれているのだろう。

アニエスにいる、誰だって。

こんな幸せな想いはしたことないだろう。

唇を離した後、暫く見つめあった。

アイザックの頬は赤く染まっていて。

きっと、私の頬も赤かった。

「またね」

アイザックは、最後に笑った。

私が大好きな、何時もの笑顔で。

「またね」

私はこの時、確かに一生分の幸せを貰ったんだ。

Re: 秘密 ( No.579 )
日時: 2016/02/29 23:45
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

リボンで束ねられた百合を抱え、唇の感触と笑顔を反芻する。

彼らとは真逆の、来た道を引き返す。

これで、もう心配はいらない。

私は大人しく城に戻り、もう彼らに会わない。

それでいい。

抱えきれないほどの幸せを貰った。

彼らがくれた贈り物が、これから先も私を励ましてくれる。

私が“アイリス”であったことを証明し続けてくれる。

幸福な時間があったことを、思い出させてくれる。

だから、もう良い。

今までの日のこと。

私が忘れない限り、何時までも美しいまま心にとどめておける。

彼らには彼らの人生を歩んでほしい。

彼らはもう、自由だ。

そんなことを少しでも思ったのが、間違いだった。

Re: 秘密 ( No.580 )
日時: 2016/03/09 20:17
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

〜・120章 一生分の哀しみ・〜
パンッパンッパンッ

突然発せられた三発の銃声。

遠くで、彼らが倒れるのが見えた。

拳銃を構えているテオドール。

悲鳴すら、聞こえなかった。

ただ人が倒れる音と、銃声だけが私の耳に届いた。

彼らが贈ってくれた花。

私が抱えていた百合が、ぼとりと足元に落ちる。

白いダイヤモンドリリーの花言葉は。

『また会える日を、楽しみに。』

Re: 秘密 ( No.581 )
日時: 2016/03/16 18:33
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「…で、今に至る。」

足を組み、膝の上で頬杖をつきながら懐かしそうに話をした。

表情には愛しさがにじんでいて、彼らが本当に大切な存在だったことがうかがえる。

「今でもよく思うんだ。彼らと出逢わなければ…とは思えない。
でも、私の立場や身の上を話しておけばよかったって偶に思うんだ。」

はあ、と小さく溜め息をつく。

「結局、私は彼らを心の底からは信じられなかった。
いなくなってしまうんじゃないかって…怯えてばかりいた。」

エリスは遠く、宙を眺めながら呟く様に告げた。

その目は虚ろで、蒼い瞳がただのガラス玉の様に見えた。

「でもどこかで…離れていかないことが分かっていたから、怖かった。」

どんなことを知っても。

離れていかない。

そういう相手。

エリスが出逢ったのは、そういう相手だったんだね。

「…意外だった。」

「何が?話したこと?」

からかう様に、こちらを見てきた。

見ている、筈なのに。

やっぱりエリスの目は私を通り過ごした何かを見ていた。

「包み隠さず話すんだとは思ったけど…違う。
そんなことがあったなら、もうテオドールの所にいる必要がないのに。」

私なら。

彼らが消える瞬間を目の当たりにしたら。

…きっと許せない。

昔は外で生きていくすべがなかったかもしれない。

でも、今ならアニエスから逃れる術もあるはずだ。

「一応は恩人だよ。いなかったら、私は彼らに出逢うこともなく道端で死んでた。
勿論だからって、許せる訳じゃないけど。でも、殺したくもないんだ。兄弟のこともあったしね。」

兄弟。

名前もついていない、エリスの兄弟たち。

そんな兄弟の為に、命を張れるものなの?

「それに、全部は話してない。
アイザックに私が惚れるのにもちゃんとしたプロセスがあるんだよ。
それは誰にも話さない。私だけの胸に一生抱えていくって決めてるんだ。」

ああ…

楽しそうに笑う。

あの時とは、大違い。

アイザックを好きになった…きっかけ。

いなくなっても、忘れることが出来ない。

もう、傍にいられなくても愛しいと想える存在。

エリスの中でそんな存在になった、きっかけ。

「覚えていないかもだけど、アリスには本当に助かったんだ。」

私は昔のことはあまり覚えていない。

人の思い出、と呼ばれる『エピソード記憶』をつかさどる場所を。

人間関係を経つという目的で消してしまっている。

だから、私は幼い頃のことは断片的にしか覚えていない。

圭たちと出逢ったきっかけすら、私は覚えていない。

「彼らがいなくなってからしばらくのことは、少ししか覚えてない。
苦しんでたのは知ってるけど…助けた覚えがない。」

彼らがいなくなってからのエリスは、あまりにも痛々しかった。

その頃は、牢をでてトレーニングを受ける時間があった。

その時に、エリスにわざと強く技を掛けられたりした。

「枯れそうなってた花冠とか、百合を生かす方法を教えてくれた。」

…やっぱり覚えてない。

「レジン液っていう…アイザックがいっていた樹脂。
あれ、市販されている物なんだけどそれを直接花に塗ればいいって。」

ああ、とその方法には直ぐ思い当った。

「花の質感や繊細な色合いをそのまま残す方法だね。花の形をそのままに留める方法。」

「そう、それ。おかげで助かったよ。結局アイザックに教えてもらう前にいなくなったから。」

大事な人を失ったエリス。

彼らが残した花や贈り物が、唯一の心の支えだったのだろう。

それほど、大事に想えるような存在だったから。

「あいつ等がいないけど、その分私は生きていこうって。
あいつ等の分まで、外の世界を見て、自由に生きようって決めたんだ。」

勝気で大胆で、何処までも真っすぐなミーナ。

冗談ばかり言って、何時も3人を引っ張っていたルーク。

不器用だけど、仲間思いでズバズバ物を言うアイザック。

「だから、何時も笑っているのか?」

珍しくリンが口を挟んだ。

そして、鋭い。

「私はあの日自分に約束したんだ。この先も笑って行こうって。」

Re: 秘密 ( No.582 )
日時: 2016/03/21 22:27
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

世界そのものを侮蔑する様に、ふざけた砕けた喋り口調。

その顔には、何時も笑みが貼りついていた。

どんな時も、思い出すエリスの顔は笑っていた。

それが、エリスの約束。

強い。

エリスは、強い。

「一生分の幸せを貰ったんだ。だから、私はずっと幸せなの。」

そして、美しい。

胸が轟き、膝が震えた。

「彼から、最高のプレゼントをもらってから。私はずっとこの世の誰よりも幸せなの。」

そうやって笑ったエリスの顔は、どこまでも晴れ晴れとしていた。

いなくなって、もう二度と会えなくても。

思い出を胸に抱えて、笑って生きていくことを自らに誓った。

それがどれほどの重責か。

「エリスは…アイリスの、花ことばを知ってる?」

どれだけ願っても会えない。

言葉を交わせない。

過去の記憶だけを辿り、それだけを抱えて生きている。

「…アイリスの花言葉だけは、まだ知りたくないの。知らないままでいたいの。」

そして。

生きていて辛いことが合う度に、彼らにはもう会えないと思い知らされる。

「それでも、私は幸せだから。」

それでも生きて、笑っている。

会えなくても。

「…彼らは名前すら、知らなかったけれど」

想うだけで、幸せだとハッキリと断言する様に。

清々しい笑顔。

覚悟をもった、笑顔。

Re: 秘密 ( No.583 )
日時: 2016/10/14 23:53
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「いつか…他に人を好きになることがあるかもしれない。こんな私を受け入れてくれる人がいるかもしれない。
でも、今はまだアイザックのことを想っていたいの。あいつの笑顔を胸に留めておきたいの。」

いつか。

私もそんなことを断言できる日が来るだろうか。

マリーやリン、圭と会えなくなっても。

二度と会えないことに耐え、笑って行けるだろうか。

「例え傷付いても、一緒にいられることを選べたら良かったのに。
それが私の後悔。こちら側の世界で生きていけば、傷つけたり傷つけられることが合っても。
ずっと一緒に生きることが出来たかもしれない、今ならそう思うの。」

ようやく。

エリスの伝えたいことが分かった。

「私は今、誰よりも幸せだと思っている。それは揺るがない。
でも、あいつ等の傍にいる以上の幸せではないの。欲張りかもしれないけど。
ただの未練かもしれないけど。アイリスでいた時間が、私にとっての幸せの全て。」

エリスが彼らを失って、どれだけ苦しんでいたか。

私は覚えている。

どれだけ幸せだったのかも。

「遠く離れているだけなら、まだ幸せ。」

それでも、エリスは笑って。

例え作り笑いでも常に笑顔を浮かべている。

彼女が心から笑える日が、何時か来ると良いな。

今は無理でも。

何時か。

もう一度。

アイリスと言う名前を、名乗れる様になる日を。

幸せの証である名前を。

「でも、いなくなるのは駄目。そんなに苦しいことはないの。」

そんな相手に会えれば。

次は、エリスという名前も好きになってほしい。

争いと不和の神から取った名前じゃない。

アニエスの為に尽力した、1人の優しい女の子の名前を。

アニエスのことも、ひっくるめて。

真実を話せる相手に。

出会えるといい。

「あの時、私は一生分の幸せと一緒に…一生分の哀しみも貰ったの」

何時もは強気なエリスの笑顔が。

その時は酷く儚げに映った。

Re: 秘密 ( No.584 )
日時: 2016/04/04 22:38
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

〜・121章 エリスが見たもの、守るもの・〜
例え傷つけ、傷つけられ様とも。

それでも、いなくなってしまうよりかはずっといい。

エリスの後悔が、痛いほどに伝わってくる。

対となるパートナーとして。

同じような立場である私に対して。

同じ経験をしてほしくないのだ。

「だから、アリス。絶対に手離しちゃダメだよ。
ずっと幼い頃から私を見てきたアリスなら、分かるでしょ?」

分かる。

いかにおぼろげとはいえ、忘れるわけがない。

「アリス、時間はもう残っていないんだよ。だから、大事にしな。」

手を伸ばし、頭の上にポンッと乗っける。

くしゃくしゃ、と笑いながら頭をくしゃくしゃにした。

優しい…笑顔。

これはエリスが彼らに出逢ったからこそ、得られた表情。

「…私が王になったら、それでもついて来てくれるか?」

少し照れたように、笑った。

何時もの嘘っぽい笑顔とは、違う。

「聞かれるまでもなく…決まってるじゃん。私とあんたはパートナーなんだからさ。」

圭たちに会うまでエリスのことは、ずっと尊敬していた。

自分の意思で、行動していたから。

私はただ言われるままに行動するだけだったから。

「話したらすっきりした。後は、アリスが決めな。
言っておくけど、テオドールの部下は曲者揃いだよ。」

エリスが、どれだけのものを抱えていたか、私は知っている。

エリスが彼らを失った後、どれだけ苦しんでいたかも。

エリスの生き様も。

エリスの闇も。

私は見てきた。

それでもエリスはアニエスと言う地から、逃げようとはしなかった。

外の世界で自由に暮らしたいと思う日も、あっただろう。

でも、恩人であるテオドールに恩を返すまで。

憎いけれど、自分と兄弟を生かしてくれたテオドールのために。

彼らはもういないけれど。

その分、生きなければいけないと。

「私を誰だと思ってるの?」

精一杯不敵に笑って見せる。

これから先の道は、厳しくて痛くて、辛いだろう。

エリスの様な過去を抱えている人が、アニエスには沢山いる。

トールやアレクシス、幽、子どもたち。

テオドールの部下は、そういう人たちが集まっている。

泣きだしてしまうかもしれない。

涙すら、枯れてしまうかもしれない。

でも、そこで引き下がるのは私じゃない。

「そうこなくっちゃ。」

姉っていうのは…こんな感じなのかな。

ふと、そんな感じがした。

エリスがいっていたみたい。

トールやアレクシスは仕事上の繋がりだったけれど。

まるで家族みたいだと。

彼らに出逢って、本当の家族と言うものを教えられたと。

彼らを殺めたテオドールのことは、憎くてたまらなかっただろう。

けれど、テオドールのことを父の様にも感じていたから。

許せないとは思えても、殺したいとは思えなかったのだろう。

「後は、あんた達次第だよ。」

そう言ってエリスは圭たちに目をやった。

Re: 秘密 ( No.585 )
日時: 2016/04/09 21:43
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

アリスは、変わった。

もしくは、ずっとアリスの本質が見えていなかっただけなのかもしれない。

アリスは孤児院でアリアと言う少女の髪を切った。

笑顔で。

アリスが子供好きだとは知らなかった。

けれど、なんだか割りきった様な。

覚悟を決めた様な強い芯が、アリスを動かしているみたいに。

少女の髪を切った時。

ジャキンっという音はまるで、昔のアリスと決別する音に聞こえた。

アリスはエリスの昔話を少し驚いたような表情で聞いていた。

まるで、初めて聞いた様に。

アリスの記憶が欠落していることは知っていた。

高校にあがって、アリスと再会した時。

アリスはまるで自分たちとはほとんど初対面の状態だったらしい。

それでも、それを悟らせないのはアリスの演技力。

アニエスで培われてきた能力だ。

エリスが、彼らの話を終えてからは苦しそうな顔をしていた。

それは単なる感情移入かもしれない。

もしかすると、その辺りの事情は少し覚えていたのかもしれない。

知らないアリスを、沢山知った。

アリスは変わった。

目的を見つけ、まっすぐそこに向かっている。

立ち振る舞いからは迷いを感じさせない。

急に、自分が恥ずかしくなった。

アリスは自分のすべきことを見つけ、それを命がけでこなそうとしている。

自分のしようとしていることは。

それを止めようとすることは。

彼女の命懸けの選択を、留まらせること。

アリスの決意を鈍らせること。

アリスが真っすぐ前を向こうとしているのに、横にいる自分がそれを邪魔している。

それは彼女への冒涜になるのではないか。

彼女の傍にいたい、それをずっと願っていた。

アリスが危険から程遠い普通の日常で、一緒に生きていきたいと。

けれど、それはアリスの意思を殺してしまう。

アリスは無責任に言っている訳ではない。

王になるのがなにを示すのか、しっかりと見定めてその上で答えを出した。

自分のすべきことは、アリスが必死に出した答えを否定することなんだろうか。

自分も、アリスの横に並べる様に努力すべきではないのか。

アリスに行かないで、としがみつくのではなく。

必死に追いつこうと、自分で立ち上がり走り出すことじゃないのか。

Re: 秘密 ( No.586 )
日時: 2016/04/24 17:14
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

アデニウムを台所で煮詰めていた、昨夜。

圭が席を外した後、エリスと話をした。

私のこれからについて。

結局、話しあいは上手く行かなかった。

けれど互いの本音をぶつけ合えたと思う。

私はアニエスを継ぐこと。

エリスは、それは無理だということ。

今にしてみるとエリスは、私を圭たちの傍にいさせようとしたのではないか。

そして、この国に連れて来るのを了承し孤児院にまで連れていったのは。

圭たちにアニエスのことを知ってもらいたかったのもあったのかもしれない。

それはエリスの心に今も刺さったままの、後悔。

でも、本当は。

彼らに嘘をつかず、傷つけず、それでも傍にいられる方法を探しているのではないだろうか。

それを、自分とよく似た私に。

自分では出せなかった答えを、出してくれるのではないかと。

淡い期待だって、きっと抱いていた。

エリスの期待に、絶対に応えられるとは言わない。

けれど、エリスと違う道を歩かなければいけないと思った。

私とエリスは似ている。

けれど、対となるのなら歩む道は違う。

片方が、既に間違った道を示してくれたから。

私はそれを踏まえて行動しなければならない。

自身の為にも。

王になることに、迷いはない。

彼らと会えないのは、とても寂しいけれど。

それはちょうど良い気がする。

彼らも。

私も。

私達は互いに依存し過ぎている。

長い人生、一人で歩く時間も必要だ。

彼らと歩む道は、きっと温かくて幸せな道だろう。

一人で歩く道はきっと、暗くて辛いだろう。

けれど、一人で歩かねば分からない景色もある。

辛くて、涙を堪える日もあるかもしれない。

それでも。

涙を堪えた分、それは自信になる。

それは私の糧になる。

Re: 秘密 ( No.587 )
日時: 2016/04/24 23:44
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「遠出で疲れたよね。明日は橋の向こうまで行くから、ゆっくり休んでね。」

にこり、と笑った。

気付けば、もう夜も遅い。

かなりの時間がたっていたらしい。

「そそ、ゆっくり休め。若人よ。」

エリスは、また作った様な笑い方をしている。

エリスにとって、アイザック達だけが絶対なのだろう。

優しくて、温かくて、儚かった彼ら。

笑い合ったあの日が、永遠なのかもしれない。

それはもしかすると、一生揺らぐことがないかもしれない。

狭い世界。

でも、それがエリスの全て。

決して帰って来ない、過去に囚われている。

それが悪い、なんて私には断じられない。

彼らがいた日々は、それだけ素晴らしいものだったのだ。

それ以外の全てが、どうでもいいと思えるくらいに。

そんなことを彼らは望んでいない。

そんな月並みの言葉を、掛けることはきっと彼らに対する侮辱だ。

彼らはもう何も語らない。

彼らの意思を知るすべは、もう存在していない。

それを代弁することは、きっと誰であろうと彼らへの冒涜になる。

彼らはエリスの中に、ずっと存在し続ける。

もう、いなくても。

心には彼らと紡いだ物語がある。

だから、願う。

いつかエリスに、アイザックと同じくらいに大事に想える人が出来ることを。

アイザックを忘れる訳じゃない。

彼らのことを知って、それを受け入れてくれる人を。

それでもエリスを想っていてくれる人を。

人生って言うのは、長いんだ。

今日とは違う明日が、必ずやってくる。

苦しくても、辛くても。

生きていれば、必ず変化は訪れる。

だから今の私に。

エリスに掛けられる言葉は、ない。

「エリス、生きろよ。」

エリスが、いつか本当に笑えたら。

無理矢理でも、作ったものでもない。

本当の笑顔を。

「…死ぬわけには、いかないじゃん」

私はただ。

それを、願うだけ。

エリスがアイザックから貰ったアイリスの花に込められた意味を。

守ってくれることを、祈るだけ。

Re: 秘密 ( No.588 )
日時: 2016/04/26 23:52
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

〜・122章 狭い世界と敵・〜
「圭、夕食を食べたら私の部屋に来て。勿論1人で。」

そう声を掛けられたのは、エリスとアリスが部屋を出ようとした時だった。

ふと、思い立ったように振り返って告げてきた。

笑ってはいたけれど、少し寂しそうだった。

「…分かった。」

空腹だったはずなのに、夕食は酷く味気なく感じた。

エリスの話を聞いたからだろうか。

アリスの呼び出しが胸に引っ掛かったからだろうか。

それとも、これから先のことを案じたからだろうか。

アリスは本気で言っている。

それを阻害することに対して、迷いが生まれたからだろうか。

なんとなく食べていると、夕食は終わった。

各々が与えられた部屋に戻った。

「…アリス?」

アリスの部屋に入ると、直ぐに何かを踏みつけた感触がした。

部屋は暗い。

出掛けているのだろうか。

廊下の灯りを頼りに、足元に落ちていた物を拾い上げた。

何かの資料だ。

グラフや難しい漢字がびっしりと並んでいる。

『アニエスの財政 その5』

アリスのことだ。

きっと、毎晩資料を読み耽っているのだろう。

他にも孤児院に持って行こうとしているのか、布や綿も散らばっていた。

失敗作であろう、歪なライオンのぬいぐるみも転がっている。

灯りを付けると、部屋の全貌が曝け出される。

とても散らかっている。

「夜這い?」

「ちょっ…!?」

背中越しに顔をのぞかせたのは、勿論アリスだ。

楽しそうに笑っている。

「冗談冗談。でも、こんなに早く食事が終わるとは思わなかった。」

いつの間にか着替えたのか、寝巻であろうワンピースに身を包んでいる。

「アリス…食事は…?」

「後で食べる。今はあんまり食欲なくて。」

笑顔は崩さない。

アリスとは、長いことずっと傍にいた。

けれど、何時からだろう。

アリスが作り笑いを浮かべる様になったのは。

「それで、呼んだ用件なんだけどね。」

そっと、アリスは自らの耳に触れた。

そこにはずっと前にアリスに贈ったイヤリングが輝いていた。

プレゼントした日から、アリスはずっと律義に付けていた。

毎日。

1日も欠かさずに。

それを、目の前で外した。

「これ、返したくて。」

手のひらにきゅっと握らせてきた。

このイヤリングは、2人だけの思い出の結晶の様なものだと思っていた。

アリスを想っている、印の様なものだと。

それを、アリスは今自分の掌に置いた。

「それと、これもかな。」

アリスが重ねて手のひらに乗せてきた。

夏休みに、海の家で互いに交換し合ったブレスレット。

まだ、アリスのことを全然知らなかった頃に贈ったもの。

「クリスマスプレゼントのぬいぐるみは…ごめん、今は持ってないや。」

「なん、で…?」

目の前で起こっていることを、理解できなかった。

アリスが自ら、2人の思い出となるものを掌に置いてきた。

「…持っていても、辛いから。」

アリスの瞳が、こちらをじっと見つめてきた。

少しだけ、潤んでいる。

「前の私は、なにをするにも躊躇いはなかった。」

再会したばかり…否、出逢ったばかりのアリスは。

楽しそうに笑っていても、どこか遠くを見つめているようだった。

どこか浮かない様な顔をした。

それが不思議で。

アニエスのことを知ってから、合点が行った。

アリスは誰であろうと売られた喧嘩は買った。

柳親子であれ、マリーの父親であれ、朝霧であれ。

喧嘩や賭けをすることに、何のためらいもなかった。

相手が危害を加えるなら躊躇しなかった。

「だから、大切な気持ちをくれた圭を大事だと想っているし、感謝だってしてる。」

何もしていない。

アリスは、自分に出逢ったことで救われたと思っている。

でも、それは自分にとってもそれで救われていたから。

アリスの隣が心地よかったから。

「でも、今は何をするにも痛みを覚える。出逢う前には覚えなかった痛みが。」

だから、辛い。

そう訴える様に、アリスは言葉に力を込めている。

「…圭には、自分の道を歩いていて欲しい。私は、圭が歩む道を阻害する。」

勿論私の道も、と小さく困った様に笑った。

アリスは、揺らがない。

それほどの意思と覚悟を持っている。

そんなこと…ずっと前から分かっていたのに。

「アニエスと言う存在は私を圭たちだけの世界から出してくれた。」

それから、ずっと目を逸らしてきた。

「圭は恩人だ。でも、私に痛みを与える敵でもあるんだ。」

キッパリと、断じる様に。

これが私の答えだ、と言わんばかりに。

「だから、もうそれはいらない。」

まるで、今まで積み重ねてきた思い出までも。

掌にいらないと、置いた。

目の前では、今までに見たことないアリスの笑顔が合った。

「互いの為にも、別れよう。」

Re: 秘密 ( No.589 )
日時: 2016/04/27 22:49
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「呼び出してごめん。用件はそれだけ。じゃあねっ、圭。」

キッパリと言えた。

言ってやった。

「恩人で敵でも、これからも友達として付き合ってくれると嬉しいな」

イヤリングをしていた耳が、軽い。

思い出を1つ1つ剥いで捨てていったみたい。

痛いけど、身がとても軽い。

私は上手く笑えたか。

上手に切り捨てられたか。

「明日は、橋を越えるから。体調を整えとかないとね。」

きっと大丈夫。

私は変わった。

知ることは、変わるきっかけになった。

アニエスのことも、父のことも、知って良かったと思える。

なら、きっと大丈夫。

Re: 秘密 ( No.590 )
日時: 2016/05/02 23:41
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)


「今日はカレー?朝から重たそう。」

でも、香ばしい匂い。

恐らくレトルトであろうが、レトルト文化は偉大だ。

「今日は珍しいですね。朝食を一緒にとるなんて。私は嬉しいですけど。」

3食きちんととる様に、と何時も万里花は言っていたからね。

席についたアリスがただ食事をするだけで、とても嬉しそうに笑っていた。

「いつもなら、そんなにお腹空かないんだけどね。橋の向こう行く時は食べる様にしてる。
それでも基本部屋に運んでもらうんだけどね。今日は特別。」

アリスは今日は楽しそうだ。

少なくとも、見ただけならそんな感じがする。

いつもは別々に食事をするのに、そこにアリスがいるだけで不思議な気分になる。

「たまに外で食べるのも悪くないですよね。」

万里花が言う通り、食事は基本何時も城でしている。

アリス曰く孤児院や橋の向こうでは、貧しい人がいて食べづらいんだそうだ。

確かに以前訪れた孤児院の子供たちは痩せていて、申し訳ない気分になる。

こんなレトルト食品でも、城にいるからこそ食べられるのだろう。

来客などが無ければ、基本的に食事はいつも質素で簡単なものらしい。

「それは言えてる。」

黙々と食べていた凛が同意する。

確かに、日中ずっと城にいる。

城で孤児院の子供向けのおもちゃや防寒具、絵本を作って過ごしている。

その作業自体は慣れてくれば、面白くなってくるし退屈はあまりしない。

エリスやアレクシスも出払っていたり、仕事をすることが多い。

どの道3人だけでは、外に出ても右も左も分からない。

「じゃあ、今日は遠征が終わったら外でお弁当食べよっか。
孤児院や橋の向こうは無理でも、王都や孤児院の手前の森でなら大丈夫。
王都からの声が聞こえて少し賑やかだけど、それはそれで美味しいと思うよ?」

朝食を食べると、アリスはいくつかの薬を飲んだ。

1月上旬のスキースクールから、アリスは薬を常備する様になった。

定期的に呑まないと、直ぐに体調を崩し最悪命を落とす可能性すらある。

そう言う体なのだ、と以前話していた。

副作用で眠くなったり、身体の節々が痛んだりすることもあるらしいが…

アリスはその素振りすら見せない。

1時間後、大きな弁当箱を持ったアリスと一緒に城を出た。

橋は孤児院の少し先の崖にある。

城から離れれば離れるほど、貧しくなっていく。

橋を越えれば景色が変わる、と聞いていた。

孤児院と訓練場にいる子供と遊んでいると、橋の準備が整ったと声が掛かった。

重い音を立てて、降りた橋を渡ると確かに景色が変わった。

ボロボロの家。

道端で倒れこむ人。

異臭が鼻を刺激し、王都に引き戻したい衝動に駆られる。

とても静かで、賑やかな王都とはまるで違う。

土地が全体的に乾いているのだろう。

植物があまり生えていない。

殺風景だ。

「水を引いて、畑を作ってる。あと少しで完成なの。」

エリス達が持っている大きな鍋や皿で、沢山の人に食事を配っている。

手慣れている様だ。

全体的に枯れた土地だと思っていたが、歩き周っていると少し離れた所に森もあるようだった。

「あの森には有毒植物も多いから。お腹が空いても食べちゃダメだよ。」

視線に気付いたのか、アリスが声を掛ける。

空腹で、有毒植物を口にした人がいたのだろうか。

有毒植物は、城に持ち帰り繁殖させようとしているらしい。

森で有毒植物は見かける度に、摘んでいるが流石に撲滅とまではいかない。

全部、アリスが事前情報として話してくれた。

けれど、実際に目にしてみると立ちすくんでしまう。

それでもエリスたちは躊躇うことなく、仕事に取り掛かる。

アリスとエリスで配膳、男手達は畑仕事。

配り終わると、エリスとアリスでそれぞれ町の人に話しかけた。

話は他愛もないことも多いが、話している人も楽しそう。

エリスはお手玉を4つも使って芸を見せていた。

アリスは知識を使って楽しそうに話していた。

2人と話しているおばあちゃんやおじいちゃんも、表情が柔らかい。

子供をあまり見かけないのは、子供たちは孤児院に移しているのでいないらしい。

ここにいるのは病人と、老人。

王都で暮らす財が無い人もいるが、この国を出ていく人も、少なくない。

兵になれば衣食住は保障されるが、こんな危うい国に残る人はいないだろう。

「『ケイタ…?』けれど、なにか違う。違和感が拭えない」

やがて、小説の一節だろうか。

なにかを読み上げ始めた。

アリスが読み上げ始めると、エリスはその場を他の人に任せて離れた。

「おーい、手が止まってるぞ少年」

長い金髪、中性的な顔立ち、細い体。

トールだ。

「…すいません」

バレンタイン以来の顔合わせだ。

後頭部にいきなり蹴りを食らったのは、今でも記憶に新しい。

「まあ、慣れないよな。でも、そろそろ出来そうなんだよ。
この種類の穀物は水が少なくても出来るし、保存もきくから。植えちまえばこっちのもんだよ」

けれど、それを異にも返さず躊躇いもなく話し掛けてきた。

苦手意識はあるが、人と話すのに躊躇いがない様でもあった。

トールの言った通り。

確かに、畑らしくなっている。

今なら、普通の野菜とかも育てられそうだ。

「仕事が不定期だし、来れるうちにやった方が良いじゃん?」

偶然にも今は人出が多くて、畑作りが想像以上に捗っているらしい。

普段はもっと少人数で、頻度も少ないらしい。

「畑が出来れば、もう大丈夫だ。何年も掛かったけど、やっとひと段落つく。」

畑と同時進行で水を畑まで引こうとしているらしい。

それももうそろそろ終わりだ。

「やっとこれで橋を降ろせるんだ。」

王都とここを隔てているのは、崖。

故に橋を使うしか出入りは出来ない。

飛行機などを使うか、橋を使い崖を越えなければアニエスからは出られない。

しかし、崖以上に貧困と病が橋を渡ることを憚らせる。

けれどもう大丈夫だ。

熱心な看病や、畑づくり、食料の配布。

何年も絶えず続けてきたからこそ。

やっと、橋を下ろすことが出来るのだろう。

彼らの手には肉刺が出来ている。

何度もつぶれた跡がある。

エリスは見た目が大事な仕事が多いので、パッと見怪我は無さそうだ。

けれど夜会や外征の後は決まってぐったりしている。

それでも笑っているのが、彼ららしい。

たかが数週間。

1月も経っていない。

けれど。

それでも彼らを知るには充分な時間だった。

彼らも、優しく微笑むことを知った。

決して楽に生きていける場所じゃない。

けれど、それでも毎日を精一杯生きている。

じゃあ、自分は?

トールも、アレクシスも、エリスも、アリスも。

ここで精一杯生きているのに。

覚悟を持って、生きているというのに。

Re: 秘密 ( No.591 )
日時: 2016/05/03 00:29
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

城に戻ると、ドッと疲れが押し寄せてきた。

久々に外で食事をしたが、やはり外で食べるご飯は格別だ。

食事中はエリスやトールや幽も含めて、なかなかに面白かった。

彼らのする話には、聞いたこともない様な面白さと驚きが備わっていた。

見ている世界が違うのだと、痛いほどに痛感した。

アリスはアニエスに来てからはずっと部屋に籠っていた。

ここでしか読めない資料があるらしい。

早く、今までの分を取り返せるように毎日夜遅くまで起きている。

「よっ、八神圭くん」

廊下ですれ違った時、アリスは笑いながらそう挨拶した。

また何か作るのだろう。

赤い彼岸花を抱えていた。

避けられている。

あからさまに。

それほどに。

気付かぬ間に、それだけアリスを傷つけていたのか。

“痛みを覚える”“敵”

アリスは自分を憎んでいたのか。

アリスはアニエスと言う国も、父親も、もう憎んではいない。

逆に、祖国や父親の為に生きようとしている。

それを自分と言う存在が阻害している。

みるみる膨らむ、焦りと罪悪感。

アリスに問い質されてから、ずっと迷っていた。

アリスが自分にとって、どのような存在であるか。

恩人と言う気持ちを、錯覚しているのではないかと。

アリス以外に、拠り所になるものがない。

だから必死にしがみついていただけなのではないのか。

そう思うと、分からなくなった。

アリスに対する好き、は。

ただの依存だったのか。

アリスに自分の理想ばかりを重ねていたのか。

そしてもしかすると、その理想が彼女を苦しめたのか。

自分の理想が、アリスをありもしない少女に仕立てていたのだろうか。

10年前、なにも持っていなかった自分に。

人間らしさと言う、誇れるものがあることを教えてくれた。

あの頃から、ずっとアリスは特別な存在。

歌っているアリスは、とても生き生きしていた。

アニエスのことに迷い、苦しみながらも前を向いていた。

その姿があまりにも強烈で、目を閉じても鮮やかに浮かび上がってくる。

辛くても、必死に前に進もうと足掻く姿に魅せられた。

泣くこともあったけれど、すぐに涙を拭いて立ち上がる様な子だった。

そんなか弱く、それでも強くあろうとした姿に惹かれた。

今のアリスとは、違う。

ここでのアリスは、自分の役職を全うしようとしていた。

苦しみしか見いだせなかったものに、やっと光を見つけた様な。

アニエスから逃げて光ある平凡な世界で暮らすことだけを考え、生きていたのに。

今はまるで真逆。

アリスはもう、過酷な運命に翻弄されたか弱い少女ではない。

自分の意思で未来を決め、その為の道を迷わず突き進む。

嵐の様に強く激しい少女だった。

きっかけは、恐らく彼女の父だ。

アリスが、父の優しさに気付いたのは何時だったのだろうか。

父が、自分を苦しめた末に何を得ようとしたのか。

それを知ったのは。

そこから、アリスは祖国の為に生きる準備をしていた。

父の、不器用で残酷な優しさに。

アリスは何時頃から、気付いていたのだろうか。

Re: 秘密 ( No.592 )
日時: 2016/05/05 16:09
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

〜・123章 狂おしいほど・〜
何時から、アニエスの為に生きようと決めていたのだろう。

兵士にすることで孤児を生かし、自らの身を削りながら国を作りあげたことに。

一体何時、知ったのだろう?

「…あれ?」

アリスが父親のしたことを知るには、アニエスのことにも向き合ったはずだ。

エリスたちの中でのテオドールは。

冷酷無慈悲、容赦がなく、勝つためなら孤児を兵士にしてでも勝つ。

そうして、アリスと言う存在を作り王にまで上り詰めた。

まるでテオドールの手が汚れきっているかのような物言いだった。

そう信じて疑っていない。

孤児院を作ったのも、兵士として育てられる様に。

テオドールがまるで人間ではない様な、そんな印象ばかりが植えこまれている。

牢で育ち、アニエスの知識や歴史をひたすら頭に詰め込まれたと言っていた。

パソコンよりも確実で、決して忘れられないアリスの頭に。

様々な生活の知恵を身につけ、非合法なことまでも。

それを聞いていたから、テオドールが悪人だと信じて疑わなかった。

アニエスの歴史や知識を、詰め込んだ。

ならば、アリスの父がしたことを知ったとしてもおかしくない。

そうして憎んでいた自分が、間違っていたことに気付いたのかもしれない。

けれど、もし自分がアリスの父だとしたら。

自分の都合の悪いことはアリスに教えたりしない。

アニエスの発展に役立てようと紙面にしていても、アリスに見せる必要はない。

自分がいなくなるまで、伏せていても何ら問題はなかったはずだ。

孤児を兵士として育てる訳を、エリスが知らない程だ。

エリスですら知らなかったのだ。

都合の悪い情報は、伏せることが出来たのではないか。

アニエスという小国を、上手くまとめあげられる程の頭が合ったはずだ。

そう簡単に気付かれるものなのだろうか。

アリスの父親は悪役に徹した。

それはきっと、憎んでいてもらった方が都合が良いからだろう。

現に、アリスはずっとテオドールのことをずっと憎んでいた。

けれど、ならばアリスに自分のしてきたことを話す理由がない。

してきたことを、覚えさせる必要もない。

教えてしまえば、アリスは父を許してしまうかもしれないのに。

テオドールは許されることなんて望んでいない筈だ。

許されたら、それこそ救われない。

Re: 秘密 ( No.593 )
日時: 2016/05/08 17:50
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

アリスが身につけた非合法な知恵。

それは人を騙すためのものだ。

植物は毒性を、非合法な知恵は警備をかいくぐる為に利用できるからだ。

崖によって王都とそれ以外を隔離した。

それは他国からの侵入に二重の崖という壁が便利だから。

橋の向こうでは、そろそろ畑を作る。

そうすれば王都並みとは言わずとも、今までよりはずっと暮らしやすくなる。

そうしてまた兵士を沢山作れるから。

橋向こうの開拓していた事実を、そもそもアリスは認識していなかった。

人を騙すため、人を傷つけるため、勝利の為。

それが嘘だとアリスが気付いたのは何時だ。

テオドールがアリスに気付かせるほど迂闊だとは思えない。

気付かれたら、直ぐに知れてしまう。

積み上げてきた憎しみが台無しだ。

それなのに、アリスがテオドールをおかしいと思ったのは何故だ。

決定的なきっかけは何だ。

アリスが違和感を覚える情報、それを直ぐ信じられるようなもの。

もともとアリスは、テオドールともろくに連絡をとっていない。

知るきっかけなどあったのだろうか…?

そこまで考えてようやく、我に返った。

アリスの全てを知っている訳じゃない。

だから、知らない所で何かやりとりが合ったのかもしれない。

変なことを考えたな。

…それでも、アリスと関わることがほとんどないテオドールが。

テオドールの善行を、アリスが知ることなどあるのだろうか。

部屋に入って、扉を閉めた途端。

先程廊下ですれ違ったアリスの声を思い出した。

“八神圭”

“よっ、八神圭くん”

「…まさか」

Re: 秘密 ( No.594 )
日時: 2016/05/14 01:59
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「父上」

「…なにしに来た?」

不機嫌な男の声。

しわがれていて、少し低い。

男はベットに腰掛け、キーボードでなにかの書類を作成しているらしい。

明らかに、就寝の準備をしている。

キーボードの上を滑っている指が、骨張っていた。

骨格標本に薄皮一枚かぶせた様に、人間離れしている。

男はこちらに背を向けている。

「私が王になります。父上の跡を継ぎ、この国を治めます。」

「何を言っている?」

剥き出しの敵意と、嫌悪が男の口から発せられる。

昔から、変わらない。

ピリピリしてばかりいる。

雰囲気そのものが、どこか刺々しい。

「父上に認められなくても、何度でも言います。」

投げかけた言葉はかえってこない。

それでも、何度でも話し掛け続ける。

「私は、あなたが守ったこの国を守ります。」

いつか。

男の胸に、届くまで。

「憎くて憎くて仕方なかったあなたの国を、私が救います。」

届くと、信じて。

「何をしに来た、エマ・ベクレル」

男がそう呟いたと同時に、手に持っていたナイフを思い切り振り下ろした。

Re: 秘密 ( No.595 )
日時: 2016/05/17 04:50
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

ヒュンッと風をきる音がした。

金属がぶつかる音が耳をつんざく。

私が振り下ろしたナイフを、袖口に隠していたナイフで弾いた。

彼がナイフを仕込んでいることを、私は知っている。

けれど、わずかに態勢を崩した男はベットの縁から上体のバランスを失った。

男の手を引き、床に叩きつけるとすかさず男の上に馬乗りになった。

その衝撃で男のすぐそばで花瓶が落ちる。

破片がピッと彼の頬を切りつけた。

「腕が落ちたね、テオドール」

男の袖からナイフを抜き取り、遠くに飛ばす。

ナイフを胸元につきつける。

「昔のあなたはこんなものじゃなかった。」

無駄のない動きに、完璧と言うまでに正確に相手の急所を狙っていた。

足元を救われたことなど、なかったはずなのに。

「わざわざ娘の服をくすねて、声真似までしたって言うのに。」

娘・アリス=ベクレルは私の生き映しの様に生まれて来てくれた。

「でも、娘と区別できるほどには私のことを忘れてはいない様ね。」

なによりも傍に置き、武器に仕立てあげた娘。

それを、通して私のことを想起させずにはいられなかっただろう。

彼はどんな気持ちで娘と接していただろう。

自分が傷つけた女によく似た娘を、どんな気持ちで傍に置いたのだろう。

安らぐことなど、出来はしなかっただろう。

それほどに、アリスと私は良く似ている。

「会いたかったぞ、テオドール。」

私の娘だと1目で分かる。

けれど、あの子には分からない様な気持ちを。

私は知っている。

「17年もの間、狂おしいほどお前が憎かった。」

Re: 秘密 ( No.596 )
日時: 2016/06/15 18:07
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

〜・124章 母の意思・〜
「憎かった。」

口にすることで、改めて実感する。

私はこの男が、憎くて憎くてたまらなかった。

傷つけて、傷つけて、ナイフを胸に突き刺してしまいたい。

彼が目の前で息をしているだけで、怖気がはしる。

「私を虐げ、挙句の果てにはここを追いだした。居場所もなにもかも奪った。」

好きでもない男の子供。

それでも、私にとってはたった1人の宝物だった。

「愛しい娘に、触れることもなく。私は泥水を啜りながらここまで来た。」

一目見ようと、何度も城に近づいた。

けれど、娘は牢に閉じ込められていて簡単には会うことはできなかった。

会ったのは、17年で1度だけ。

「途中でお前が娘を涼風にやったと知り、娘が色んな家庭で虐げられていることを知った。」

私の追跡の手を拒むためと、娘の人間関係を絶つために。

そして娘自身に世の中の不条理を身をもって知らせるために。

「私は身を潜めるしかなかった。一度救うだけじゃ、意味がないからだ。」

たらい回しも、何もかも全てもアニエスの滅亡を防ぐため。

アニエスに暮らす人々の為だ。

その為には、娘をちゃんと育てる必要が合った。

心が挫ける様な子になっていては、アニエスと言う重荷を背負えないから。

感情に流される様な子では、アニエスと言う重荷を背負えないからだ。

「娘を役立てる日は必ず来る。その日を待って、ずっと息を潜めていた。」

Re: 秘密 ( No.597 )
日時: 2016/06/26 12:53
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「アリス!?」

慌てて扉を開けると、アリスは驚いた様にぽかんとした表情を浮かべた。

「なに?」

さっきすれ違ったアリスは寝巻用の白いワンピースを身に包んでいた。

けれど、今のアリスは違う服を着ている。

「さっき、廊下ですれ違った?」

ますます分からなさそうに、首をかしげた。

「?私はずっとここにいた。」

…やっぱり

「やっぱりあれは、アリスのお母さんだったんだ。」

「母に会ったのか。」

アリスは薄い笑みを浮かべながら、宙を仰いだ。

「やっぱりあの人は身軽だな。部屋から私が着ている寝巻を持ち出すなんて。」

知らなかったというには、あまりにも落ち着いている。

「…アリスは、知ってたの?」

「知ってたよ。母から手紙を貰っていたし、ここでも合図を受け取っていた。」

さらり、と何と言うこともなさそうに認めた。

そんなこと、聞いてない。

頭に浮かんだのはそんな言葉だった。

それほどにまで、自分がとるに足らない相手になり下がったのだろう。

それとも、はなからアリスと釣り合ってなんかいなくて…

「…合図?」

「エリスの話をした時にも合っただろう。部屋に、赤い彼岸花が。
どうしてあれが調理もされずにただ活けられていたのか…考えれば分かる。
あれは観賞用にしては縁起が悪い。」

アリスの母親はここを追いだされていたはずだ。

戻ってくるということは、如何ほどのリスクを背負うことか分かっているはずだ。

けれど、アリスの口調に変化はない。

「母は自分の意思で戻ってきた。何らかの想いを抱いて。
それは殺意かもしれないし、憎しみかもしれない。それでも戻ってきた。」

ふいっ、とこちらを見る。

「命懸けで戻ってきた母を邪魔するのは、母の意思を殺しているんじゃないかな?」

冷めた目。

自分の気持ちや情を完璧に無視して、ただ淡々としていた。

「だから、会わない。会う時は何もかもが終わってからにしたいんだ。」

Re: 秘密 ( No.598 )
日時: 2016/07/01 13:41
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「私はあなたのことがずっと憎かった。殺したいほどに。」

宝物を奪い、人生を狂わせ、挙句の果てには呆気なく捨てられた。

生きることすら辞めたくなるような絶望を植え付けた。

「どこにいてもなにをしても、あなたのことばかり考えていた。」

ぴくり、と人離れした男の眉が動く。

まるで人間の様に。

「憎かったけれど、愛してなんかいなかったけれど…
なんて不器用なんだ、ってその愚かしさや残虐さを愛しいと想った日もあった。」

殺したいほどに憎んでいた。

でも、それと同時に同じくらい大きな愛しさに包まれていた。

「きっとこれは、呪い。私の気持ちじゃない。私はあなたが憎い。
殺したいくらい。でも、あなたがいなかったら私はここにはいない。」

これを愛と呼ぶには、憎しみに満ちすぎている。

けれど愛と呼ばずに、何と呼ぼう。

これほど強烈にあなたを想う気持ちを、他に何と呼べばいい。

「憎しみって言うのは…愛に似ているのね。」

憎いと思う気持ちに、偽りはない。

生きていたのは娘の為と、この男への憎しみだけだった。

その為だけに生き続けてきた。

私はあの男に執着している。

その自覚はあった。

けれどそれが愛しさだとも、ましてや愛だとも思いはしなかった。

だって、憎む要素しかない。

私の宝を奪い、私の人生を奪い、捨てた。

一生残る様な傷を、私の胸に刻んだ。

生きるために、衣食住を整えても。

仕事に打ち込んでも。

何時だって頭に浮かぶのはあの男の顔だった。

息を潜めて、傷が少しでも薄れる様に時間が過ぎるのを待った。

何年も経った。

仕事も落ち着いた。

少し落ち着いたけれど、それでもあの男の顔はチラついた。

眠る前のふっとした時間に。

鏡を見ながら身支度を整えている時。

仕事中の僅かな時間も。

気を抜けば浮かんできた。

娘の姿を一目見れば、少しは自分の気持ちに整理がつくのかもしれない。

そんな考えがよぎった。

宝物である私の娘は…元気だろうか。

ある時、仕事場から休みをもらった。

働き詰めであった私を考慮したものだった。

今思えば、魔が差したとしか言いようがない。

私は自分の娘に会いに行った。

Re: 秘密 ( No.599 )
日時: 2016/07/07 01:17
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

元々、彼は仕事詰めで城にいる時は書斎から出ることはほとんどなかった。

私が娘を身籠っていた時でさえも。

「…また、ここか」

けれど城中を探し回っても、娘を見つけることが出来なかった。

諦めて帰ろうとした時、私はふと牢獄を思い出した。

私が城にいた時に過ごした牢獄。

少しだけ、覗くつもりで向かった。

ダメもとだった。

いないと分かっていての、行動だった。

けれど、そこに私の娘はいた。

ボロボロの布切れを身にまとい、本に埋もれながら、冷たい床にぺたんと座っていた。

顔に血の気は無く、生気もない。

まるで決められた動作しかできない、人形の様。

私と同じ顔。

けれど、耳の形があの男に少し似ていた。

悲鳴を上げることも、泣くことすらも、知らないまま。

娘は牢に閉じ込められていた。

手を伸ばすと、能面の様な感情が空っぽな顔で不思議そうに手を伸ばしてきた。

「…こよみ」

愛しい娘の名前を呼んだ。

こよみは、日のこと。

過ぎる日も過ぎる日も、幸せに生きられる様に。

その幸せな思い出を決して忘れることがないように。

毎日、笑って生きていける様に。

そういう意味を込めて、私が付けた。

アリス、と言う名前は男が勝手につけてしまったから。

私も何か名前を付けたかった。

温もりに満ちた名前を。

「…愛してる」

あまりにも当たり前に、その言葉が口から零れでた。

その時、私は久方ぶりに胸が温かくなったのを感じた。

Re: 秘密 ( No.600 )
日時: 2016/07/09 01:08
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

〜・125章 憎しみと愛しさ・〜
僅かに交わした言葉が、愛おしい。

娘はなにも発することはできなかったけれど。

まるで言葉以外の何かが、私達の間にあったかの様に。

僅かな触れ合いで、沢山の想いを感じた。

その日を境に、私は決意を固めた。

金も、誇りも、命さえも。

全てを投げ捨ててでも、彼らの為に生きようと。

あの男に復讐し、娘を守る為に。

その為だけに生きようと。

それからは身軽さを利用し、様々なところを出入りした。

生まれつきの記憶力を活用させ、頭を使った。

この身が次第に陽の当らない所に沈んでいく実感が合った。

でも、沈んだその先にはあの男と娘がいる。

そう思えば、まだ頑張ることが出来た。

それに役目を見つけたことで、身がとても軽くなった様な気さえした。

彼と娘を失って、私は死んだように暮らしていた。

娘と会い、私は生きている実感をようやく感じられた。

生きる理由を、見つけたのだ。

娘の身柄が涼風に移され、そこで酷い家族の所をたらい回しにされていたのも知っていた。

でも、私にはなにも出来ない。

私にはまだ娘を救えるほどの力を付けてはいない。

あの男に対する憎しみは、薄れることはなかった。

私から昼を奪い、夜の世界に閉じ込めた。

憎くて憎くて、堪らなかった。

けれど、彼がいないと。

今ここにいる私は、存在しない。

私の中を占めるあの男の存在が消えたら。

私は何も残らない。

何処にいたって、あの灰色の牢に戻ってしまう。

冷たくて、心ごと凍えそうな冷たい床の感触が甦ってくる。

憎むことだけで、繋ぎとめられていた気持ち。

何時しか、その気持ちの中に少しの愛しさが生まれた。

彼のしようとしていること、していること。

それらを知ったその瞬間から。

Re: 秘密 ( No.601 )
日時: 2016/07/12 00:37
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

とある伝手で、私は書類を手に入れた。

書類や情報を形に残さないため。

それを理由に産み落とされた娘であったが、そんな娘にもまだ見せていない物があるはずだ。

そう思って、ずっと形になっている物を探し回った。

薄っぺらく、強く握ったら崩れてしまいそうなほど古い紙。

それは、テオドールの隠してきた優しさが書き連ねられていた。

彼が犠牲にしたもの、救ったもの。

彼の後悔と、絶望と、慟哭。

彼の一番脆く、柔らかい所が赤裸々に記されていた。

長く分厚資料を読み終えると、私は小さく息を吐いた。

彼の愚かしさや不器用さに、思わず笑みが零れた。

涙が零れた。

こんなものの為に、彼は私の未来と…娘の未来すらも奪った。

全体的に見れば彼は悪と断じられる人間だ。

如何なる理由があろうとも、彼は人を傷つけ、殺してきた。

それは覆らない。

彼が奪った私や娘の時間、他の多くの命も…決して戻って来ない。

けれど…彼には彼なりに守ろうとしたものが合ったのだ。

誰に理解されずとも。

彼の信じる理想を実現にしようと。

辛くて、誰もついて来ない様な。

一人でそんな棘の茂る道を歩いてきた。

その結果、何人もの犠牲を出しても。

一人でずっと暗闇の中、足掻き続けた。

傷つけ、殺め、切り捨て、手離してきた。

それはあまりにも、…痛々しい。

私の中には、あの男がいる。

娘がいる。

それだけで、私は一人ではない。

あの男も一緒だ。

書類を失ったことで、彼はクリスマスに娘を監禁した。

私をおびき出し、彼の歴史を綴る紙を取り返そうとしたのだろう。

そんなことをしても彼に私は捕らえられない。

私は娘の友人の八神圭を連れ、着替えと指輪を渡して送りだした。

指輪は、彼が私を捨ててから初めて自分の金で買ったもの。

ささやかな願掛けをしてある。

彼も一人ではないことを、気付かせたい。

その為に、思いっきり頬をぶん殴ってやる。

私の心をここまで陣取っておいて。

このまま一人でいられると想うなよ。

私もあいつの中を陣取って。

一生忘れられない様に、彼の胸に楔を打ち込んでやる。

Re: 秘密 ( No.602 )
日時: 2016/07/12 23:11
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「私は沢山のものを捨てた。娘と、復讐心以外の全てを捨てた。」

そうやって過ごしているうちに、私はそれらなしでは生きていけなくなった。

何をしていても、どこにいても。

心はあの牢に戻ってしまう。

彼の傍にいて、ようやく私は生きている心地がする。

そこでなければ、私は死んだのと変わらない。

何も食べた心地がしない。

眠った心地もしない。

痛みも、安らぎも、全てが鈍くなる。

全てが、まるで夢の様に。

何も感じられない。

全てが、灰色のまま。

「あなたの隣でだけ…私は生きていられるの」

彼の傍にいて、初めて世界が彩られ。

痛みや安らぎに安堵することが出来る。

「あなたが私をこんな風にした。」

憎くて、たまらない。

だからきっと、この私の気持ちはなにかの呪い。

少しでも。

彼のことを愛しいと想う、なんて。

彼に残された時間が少ないのなら。

その最後の一瞬まで、彼の中を私でいっぱいにしてやる。

絶対に忘れられない様に、心に杭を打ち込んでやる。

「忘れさせてたまるか。私が、あなたの中でいかに小さな存在であろうと。」

絶対に、絶対に、忘れさせてたまるか。

吐かれる言葉は憎しみに満ちているのに。

私の中には、それでは同じくらいの愛しさが溢れてる。

でも、それは絶対口にしない。

彼の命が消えるまで。

彼は救われることを望んでいない。

苦しむことを、幸せとしている。

許されることを、望んでいない。

だから、私は彼の傍にいる。

「だから、私はお前を殺さない。」

部屋の隅にナイフを投げ捨てる。

私にも、彼にも、届かない様に。

死んで楽になんてさせない。

彼の最大の理解者として、彼の傍に留まる。

死んでしまったら、もう何も伝えることも。

私のことを覚えていることも出来ない。

そんなの、許さない。

「生きて生きて、私の存在を刻みつけろ。」

花瓶の破片が、私の腕を傷つける。

小さな傷から、血が流れる。

それでも構わず、彼の頭を抱き寄せる。

どうしようもないほど、愛に近い憎しみを。

私は彼に抱いている。

Re: 秘密 ( No.603 )
日時: 2016/07/14 23:51
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

バタンッと扉を叩きつける様に開けられた。

部屋には、両手を広げて倒れているテオドールと。

そこに馬乗りになっているアリスそっくりの女のひと。

長い金髪が絨毯の上に広がる。

少し艶めかしくも見える、その光景だが。

けれど、2人の間に漂う濃密な空気は他を寄せ付けなかった。

たった2人だけの世界で完結している様に。

閉ざされた歪な世界を。

垣間見た気がした。

Re: 秘密 ( No.604 )
日時: 2016/07/17 23:46
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

〜・126章 残された時間、傍にいる為に・〜
「…トールか」

調べていたので、知っている。

テオドールの、右腕ともいえる存在だ。

鉄砲玉というよりもなんでもこなす汎用武器の様な存在で重宝されている。

やがてバタバタと足音が続き、小柄な女の子が飛び込んできた。

アリス=エイベル

娘のアリス=ベクレルの代用品として作り出された化け物。

娘と、同じ。

完全記憶能力と、人を騙すことに長けている。

その能力はエリスにも引けを取らない。

知ってる。

知ってる。

彼の傍にいる為に、調べた。

「幽ちゃん」

ゴーストと言う通り名から幽、という日本語名を与えられている。

トールと並んで、どちらもテオドールとは切っても切れない存在だ。

知っている。

テオドールが彼らに何をしたのか。

彼らがなにを抱えていたのか。

全て、あの脆い戒めの紙に記されていた。

知らずに、彼の傍にはいられない。

傍にいる為なら、そのくらい当然。

入手するために苦労したが、この先一緒にいられるなら。

安すぎる代償だ。

「テオドールを殺しはしない。」

馬乗りになっていた所を、立ち上がる。

続くように緩慢な動きで、テオドールも体を起こす。

トール達に向き合うと、私は吐き捨てる様に告げた。

「テオドールに残った時間、全て私が貰い受けた。」

彼らの過去も今も知っている。

大変だし、苦労しただろうし、今も苦しんでいるだろう。

同情だってしてやりたいくらいだ。

正常だったら、助け出したいとか思っただろうな。

でも、もう心が麻痺して痛まない。

私が人として当たり前の様に心痛めるには。

テオドールの存在が不可欠だ。

Re: 秘密 ( No.605 )
日時: 2016/07/19 00:50
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

テオドールの抱えるものを知っている。

知らずに傍に、いられない。

「テオドールの残された時間は、全て私が貰おう。」

残された時間、彼の傍に留まる。

私のことを忘れられない様に。

「必要ならば、仕事の補佐もする。介護も介抱もしてやろう。
どの道、こんな容体じゃ使えないだろう。私の娘を使え。」

トールが足を振り上げる。

早さは凄まじいが、それを少しずらして受け流す。

流れる様な動きでトールは次の攻撃に移る。

それを腕を使って攻撃を逸らす。

生粋の汎用武器であり、武道派であるトールと勝負などはなから成立しない。

真向に勝負できなくても、それでも避けるだけならできる。

軌道を逸らせるくらいなら、できる。

出来る様に、訓練した。

テオドールは私が馬乗りになっても、抵抗しなかった。

否、抵抗することが出来なかったんだ。

それほど衰弱しているのに、いつも通りの激務をこなしたのは素直に感心する。

だが、いつまでも長続きするものでもない。

放置しておけば、もっと状態は酷くなるだろう。

「後継者に仕事を教えるのも、仕事のうちだ。勿論休むのもな。」

人離れしたこの男の。

人間らしい一面を一番傍で見つめてやる。

覚えていてやる。

世界中の誰一人知らない優しさを、弱さを、温かさを。

私だけは、覚えていてやる。

それが男にとって苦痛でしかなくても。

この我が儘だけは、貫き通そう。

「私の娘は、君達が思うよりずっと。有能で、強かだ。」

トールからの追撃に対応しながら、答える。

その場しのぎの避けなど、長続きしない。

経験に関しては、彼には敵わない。

彼の体力切れを狙うのも、難しい。

先に、こちらの方が限界に達してしまう。

力があるうちに、向かいうつしかない。

「文句は誰にも言わせない。」

後ろに、勢いよく跳躍する。

そうして距離を稼ぐ。

先程投げ捨てたナイフを再び握りしめる。

私の取り柄は身軽さにある。

ナイフを持つというのは、重荷を背負うのと同じ。

けれど、ナイフが使えない訳じゃない。

蹴りを正直に受けていては負荷が大きい。

幽はあまり戦闘訓練を受けていないと聞く。

あくまで人並だと。

娘の代用品としてなら、確かに護身術くらいしか覚えていなくても不思議ではない。

けれど、警戒は怠らない。

ナイフを構え、トールに向かって突っ込む。

刺さらなくていい。

ただ、一瞬防御の体勢に入るはずだ。

そしてそれだけで十分だ。

気が一瞬このナイフに向かうだけで。

「ストップ」

そこに鶴の一声がかかった。

Re: 秘密 ( No.606 )
日時: 2016/07/26 16:58
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「ストップ」

見ていれば、おおむね状況は分かった。

というか、この部屋に仕込んだ盗聴器でずっと様子は確認していた。

実際に部屋を見回すと、思っていたより部屋は騒然としていた。

床には花瓶の破片が散らばり、幽は能面の様な顔で戦況を見ていた。

テオドールは緩慢な動きで、衣服を整えている。

ナイフを構えたトールと向き合っているのは、私の服を身にまとっている女。

見れば見るほど、私によく似ている。

否、私が彼女に似たのだ。

母の手にもナイフが握られ、腕からは血がいくつかの筋と成り絶えず流れている。

絨毯は母の血を吸いこんで赤くなっている箇所がある。

「状況は把握しました。」

Re: 秘密 ( No.607 )
日時: 2016/07/30 11:55
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「トール、ナイフを仕舞え。母上も。」

母は仕方ない、と言った調子でナイフをゴミ箱に投げ入れる。

それでもトールはナイフを仕舞わない。

それならそれでもいい。

「テオドール、母の言った通りだ。」

母の言葉は、憎しみで満ちていた。

けれどどこか、告白の様でもあった。

「私はこの国を継ぐよ。もう逃げない。」

もう、充分なほどの幸せを貰った。

「逃げて来たばかりの私が、上に立てるか分からないけど。
そこで弱気になるのは、あなたの娘じゃないよね。やるのが私だよ。」

これ以上の幸せを、私はもう受け取れない。

幸せを受け取った分、人に伝えたい。

じゃないと、もう抱えきれないよ。

「同情なんてしてない。私がただ、やりたくなったの。」

父が頷いてくれることも、認めてくれることも、無い。

そんなこと、分かってる。

だから、実力行使させてもらう。

「憎くてたまらない父上への、親孝行代わりの復讐だよ。」

愛されるよりも、優しくされるよりも。

憎まれたり、復讐される方が。

「そっちの方が我が家らしいでしょ?」

父は私と母を傷つけた。

母は父を憎み、そうすることで愛を示そうとした。

だから私も憎しみで示す。

父への優しさを。

父は…人の優しさを痛む人だから。

Re: 秘密 ( No.608 )
日時: 2016/08/01 17:47
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

〜・127章 邪魔はさせない・〜
「私は父上の秘密を、母から知らされています。」

涼風にいた時、私に届いた茶封筒。

差出人も、宛名もない。

けれど、母だと直感した。

「父上のしてきたこと、全てを。墓場まで持って行こうとした秘密を。」

「…知らせたければ、そうすれば良い。」

「憎しみが解ければ、お前の元には誰も留まらない。」

母がぱしり、と口を挟む。

助け舟、と言えるかもしれない。

「もう延命は望めないんだろう?なら、することは独裁じゃない。」

父に残された時間は少ない。

しばらく前から、浮上している話だ。

「お前が死んだら、この国は本当に終わりだ。それがお前の望みか?」

だから、私は何度もこの国に呼び戻された。

正式に国を支えるのは、嫡子であるアレクシスになる。

けど、私はそんな重荷をアレクシスに背負わせたくない。

私が適任だと思うし、妥当だとも思う。

正式に王と成れば、間違いなく泥をかぶることになる。

泥をかぶり、非難され、いわれのないことで責められもするだろう。

幸せになど到底なれない。

一番この国の闇を吸い込み、その為に育てられた私なら。

泥をかぶっても問題はない。

アレクシスはアニエスの外で芸能関係の仕事をしているし、所帯持ちだ。

なにかあれば、被害をこうむるのはアレクシスだけに留まらない。

私は直視などずっとしてこなかったけれど。

現状を知らされて、やっと気付いた。

ずっと手がかりも、ヒントも私の中にあったのに。

もうこんな後悔はしたくない。

私一人が幸せな生活を営んでいる間。

この国では一体何人の人が死んだのだろう。

私の力でも、もしかすると1人くらいは救えたかもしれないのに。

「私はこの国を終わらせたくない。どんな手を使ってでも。」

贖罪でも、罪滅ぼしでも、罪悪感でもいい。

どんな手を使ってでも、この国を笑顔で満たしたい。

エリスもトールも、誰も汚い仕事をせずに笑える様に。

幽もアレクシスも普通の生活を送れる様に。

「その為なら、例え父上であろうと。邪魔はさせない。」

Re: 秘密 ( No.609 )
日時: 2016/08/08 14:04
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)


「私はアリスに賛成だよ♪」

アリスは、私と対になる存在。

私は彼女には無いものを補う様に、教育された。

アリスには無い体力や体術を身につけ、社交の場に顔を出した。

まるで鏡映しみたいに。

根っこの所は良く似ていて。

幼い頃は似すぎていることが、とても嫌だった。

私の未来を暗示させるところが、嫌いだった。

こんな風にアニエスに囚われて、生きていくのかと。

牢に閉じ込められ、人形の様に、機械の様に生きているのかと思うと。

ゾッとした。

怖くて、嫌で、でも私にはアニエス以外のものがなかった。

アリスみたいになるのは、時間の問題だと思っていた。

けれど私は彼らに出逢った。

ルークとミーナ、アイザック。

どれも愛しくて、眩しくて、憧れずにはいられない様な。

そんな素敵な人だった。

恋慕という感情を抱き、世界には輝きに溢れている様に思えた。

彼らを失った痛みは、今でも癒えることはない。

彼らを失ってから、私は人が消えることの恐ろしさを知った。

当たり前の様に今まで自分が奪ってきた者。

それを、奪われて初めて痛みを知った。

誰かが視界の端から消えてしまうことすら怖くなった。

“…頼む、目に届く所にいて”“いなく…ならないで…っ!”

その言葉を、アリスはもう忘れてしまっただろう。

アリスは何も言わず、ずっと隣にいてくれた。

テオドールの様に無機質で、冷たい、機械みたいな人。

私はずっと、自分によく似たアリスが嫌いだった。

テオドールがいなくなった後、アリスに仕えるのかと思うと嫌気がさした。

でも、この時初めて。

アリスと一緒に働くのも悪くない、と思った。

「アリスの持つ強さを、私は信頼してる。」

そして数年ぶりにアリスに会いに涼風に行った。

アリスは彼らの様な人と、温かな関係を築いていた。

幼少期の頃の記憶はないはずなのに、彼らはまたアリスと一緒にいる。

それをみて、本当に何処までも似ているのだと思った。

私と同じ道を歩ませたくなくて、3人にアリスのことを話させたりもした。

アニエスから必死に逃げようと足掻いたり、彼らと手を切ろうともした。

アリスが彼らと再会して1年で。

アリスは随分人間らしくなった。

私はそれがとても嬉しかった。

「パートナーとして、理解者として、断言します。」

私によく似ているからこそ、彼女の成長が嬉しかった。

私の気持ちをくんで、違う道を選ぼうとしようとしてくれていること。

アニエスのことをよく見て、現状を共に悲しんでくれたこと。

そして今は自分のすべきことを見つけ、現状を打破しようと足掻きだしたこと。

彼女は私の想像以上の存在になってくれた。

テオドールには、本当に感謝している。

けれど、恩人を死にまで追い込みたくはない。

本人の意思も勿論尊重したい。

アリスはその気持ちまで、理解してくれた。

「次について行く人はアリスしかいない。」

次に一緒に戦うパートナーは、アリスしかいない。

そう、確信した。

Re: 秘密 ( No.610 )
日時: 2016/08/17 17:19
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「ありがとう、エリス」

エリスがここまで信頼してくれるとは、嬉しい限りだ。

エリスは私の人生における先輩だ。

私は彼女の様な深い悲しみを経験したことはない。

彼女の様な壮絶な生い立ちもないし、強さもない。

だけど何時だって助言をして、時には叱ってくれた。

私はエリスの闇を、まだほんの少し垣間見ただけ。

全てはきっと把握できない。

それでもエリスは、私を支持してくれた。

「エリス、母上の手当てと明日からのテオドールの仕事の書類を私の部屋に。」

だから、私もエリスに応えたい。

バレンタインにトールがいっていた。

“あまりエリスの前であいつ等の話をするなよ”

“あいつは、大事な人達にいなくなられたことがあるからな”

その時はまだ、なにを言っているか分からなかった。

けれど、調べてみると直ぐに分かった。

私は幼い頃のことを曖昧にしか覚えていない。

けれど、それでもずっと消えずに残っていたものが合った。

大事な人達にいなくなられた、エリスの抉られるような痛みを。

私は目の当たりにしたことがあった。

彼女は再び立ち上がることはできたが、今度は笑ってばかりいる様になった。

ともかく何時も楽しそうに振る舞い、作り笑いだろうと何だろうと笑顔が絶えなくなった。

今まで通り仕事もやり始めた。

人がいなくなる痛みを知ってもなお、アニエスの為に。

常に笑いながら。

「あいさ、了解」

母の手をとって、エリスが部屋から出ていく。

それが彼らを想ってのことでも、構わない。

生きてくれるなら、例え作り笑いでもいい。

何時か、本心から楽しそうに笑うことが出来る様になればいい。

それまで私はエリスの隣にいようと。

そう思ったんだ。

「さて、これからやることが山積みだ。」

Re: 秘密 ( No.611 )
日時: 2016/08/22 00:08
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

アニエスのことを知れば知るほど、難解だ。

まず知らなければ始まらないと思って始めたことだけれど。

資料の量は勿論膨大だし、それを頭の中で整理するのも大変だ。

幼い私の頭に詰め込まれたアニエスの知識など、100分の1にも満たなかった。

それに頭の中に詰め込まれている知識も、埃を被ってしまっている。

知識を余すところなく使うには、一から勉強することが不可欠だった。

問題は叩いても叩いても湧いてくる。

いたちごっこだ。

難しくて理解できない所は、エリスかアレクシスに聞いた。

テオドールは教えてくれないし、トールも私を信頼などしていないから。

信頼を得るには時間が掛かる。

分かっていることとはいえ、自分の不甲斐なさに腹が立った。

今まで何もしてこなかった私が、王になる等言いだしても。

はいそうですか、となるはずがない。

知識は覚えるだけでなく、反復しながら身体に沁み込ませる必要がある。

付け焼刃では通用しない。

必要ならば城外に行くことも憚らない。

現場の空気を見知っておくことで、より一層沁み渡っていく。

王になることにためらいは少しはあった。

けれど、私はもうアニエスを切り捨てられないと悟った時。

逃げることをやめた。

王になれない、と突き返されても大丈夫だった。

ここまで国を想ってきた父が、後継者のことを育てていないわけがない。

そんな確信が合った。

アレクシスが王になっても、私は知識を供給するために傍に置かれるだろう。

けれどそれじゃだめだ。

テオドールは家族よりも国を優先した。

家族よりも、国を愛した。

嬉しそうに、誇らしそうに、そして少しだけ悲しそうに。

民を愛したこの道が間違いな筈がないと断言したテオドール。

それはテオドールの家族にとっては何より残酷で。

そのことで母もアレクシスも苦しんだ。

そんな2人に国を背負えなど、口を裂けても言わせたくない。

テオドールなら口が裂けても言ってしまいそうだから恐ろしいのだけど。

もしかするとアレクシスはそれを光栄に思うかもしれない。

信頼されている証だと思うかもしれない。

けれどそんな過酷なものを、背負うのは私だけで十分だ。

アレクシスには、俳優と言う職もあり、愛すべき家族もいる。

私なら構わない。

テオドールの寵愛を受けずとも、優しさを与えてくれた人がいる。

そして、アニエスを救うためなら彼らとの別れも惜しまない。

それほどの強さと、揺るがない優しさを貰った。

だから構わない。

どうせ、もう彼らの傍にはいられない。

あれだけ大好きで愛おしい圭の傍に、私はもういられない。

Re: 秘密 ( No.612 )
日時: 2016/08/22 20:56
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

〜・128章 奮い立つ準備・〜
「トール、幽。」

部屋にいる2人に声を掛ける。

「お前らの中で絶対的な存在はこの先ずっとテオドールただ1人かもしれない。
けど、テオドールみたいになれなくても、私は努力は惜しまない。」

彼らにとっては、拾ってくれたテオドールの存在が絶対で。

それは時間がたっても揺るがない事実かもしれない。

人を救いたい、その為に父のもとにいるトール。

父に存在を肯定された、幽。

この2人の中の父をどうやっても私は越せないかもしれない。

それでも、私はこの国の勉強をやめない。

少なくとも、この国の未来に光をともすまで。

アリアの様な子どもたち。

それを私は1人でも救いたい。

「テオドールの寿命は、もう残り少ない。
腕の利く医者に見せるが、それでもさほど延命はできないだろう。」

私はこの国に戻ってくるのが大嫌いだった。

国の為に何かしよう、と思っても圧し掛かってくる重圧に逃げ出したくもなるだろうな、と。

人の命。

だから最初は何度も何度も口にして、逃げ場を自分で塞ぐ。

やるしかない、そんな状況を作り出そうと。

そう思っていたし、その準備もしていた。

でも、アリアやテオドールの元にいる人達の過去を知れば。

自然と湧きだしてきた。

「私もこの国が大好きだ。それに人の為に何かしたい。」

勿論そんな善意だけで突き動かされるほど、私は純な人間ではない。

恐怖も不安もあれば、義務感や罪悪感だってある。

きっと始めてしまえば、もう誰も逃げることを許してはくれないだろう。

でも、それでいい。

逃げ道なんていらない。

覚悟を持って、この道を進むんだ。

「だから、逃げられないくらいがちょうどいい。」

私は臆病ものだから。

今まで幸せだった分、目をそむけたくなるかもしれない。

でも、そんな私に彼らが付いてくるほど頼もしいことはない。

「臆病な私の為に、働いてくれると助かるな。」

彼らがいることが、私の支えになる。

逃げたくない、と思っていても。

きっと私を待つ未来は、そんな気持ちを吹き飛ばすほどおぞましいだろう。

そんな小さな不安を吹き飛ばしてくれるような、彼らが私は欲しい。

「テオドールが頼りにした君達だから、私は頼むんだよ」

この先、私が歩む道に。

彼らは必要だ。

「お願いします。私と一緒に、この国を助けてください。」

彼らに向かって、頭を下げる。

「私は王になるとはいえ、君達よりずっと劣っている。」

対等なんて、到底思えない。

彼らを従わせるような人望なんて私には無い。

即戦力にはなりえないし、彼らには私には無い経験がある。

そんな彼らが付いてくるなんて、虫の良すぎる話だ。

「テオドールが一番で構わない。」

父が積み上げてきたことに、そんなに簡単に追いつくことはない。

彼らに認められるような努力も、今のままじゃ不十分かもしれない。

「私に、力を貸してください。」

それでも、私は諦めたくない。

Re: 秘密 ( No.613 )
日時: 2016/08/24 16:12
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「俺は、別にテオドールに仕えてる訳じゃない。
ただ、俺の望みを叶えるのに手っ取り早そうだから傍にいるだけだ。」

まず口を開いたのはトールだ。

めんどくさそうに頭を掻きながら、これまためんどうくさそうに口を開く。

「だからっていきなりテオドールからアリスに乗り換えるほど、薄情な人間でもない。情なんて、この世界には不要だとしても。
ぽっと出のお嬢様に身をゆだねるほど、落ちぶれてもいない」

耳が痛い。

けど、反論は出来ないや。

どれも真っ当なくらい、正論だ。

「信用も信頼もこの世界じゃ役に立ちはしない。けど、これがなくては成立もしない。」

不確かで不明瞭。

されど、確かに存在する。

手を組むには、そこには信用や信頼が必ず存在する。

それはどれも純なものではなく、騙し騙されの歪な形かもしれないけど。

それでも、必要なのだ。

「今は手を組むと言ったら、信頼よりも利害の一致の方が一般的だ。
利害の為に利用し合うって言うのもあるけど。
互いを利用し合うにしても、あんたにそれほどの価値があるとも思えない。」

仰る通り。

隙がない反論だ。

私にはそんな価値はない。

努力をしたって結果が出せないと意味がない世界だ。

「テオドールには手を組んだ価値もあれば、面白味もあった。
でも、それがあんたにあるとは俺は思わない。俺を満足させるものがあるとは思わない。」

確かに、私と組んで得られるもの等ない。

彼の望むものを与えることはできないかもしれない。

「私は揺るぎません。テオドール一筋です!」

明るい声で、頭上から幽の声が聞こえる。

頭を下げているから見えないけれど、きっと笑っているのだろう。

「…テオドールは私を受け入れてくれた。」

今度は平坦な抑揚のない声が返ってきた。

やっぱり、思い通りにはいかない。

まあ、あっさりついてくる様な人を信頼も信用も出来ないけれど。

今の私はこの2人を使えない。

「って訳だ。出直してこい。」

下げた頭をあげて、にっこり笑って見せる。

「はい、出直して来ます。」

私は諦めない。

この国の王になると決めた。

アリアの様な子どもを助けたいと思った。

橋の向こうに何度も行くうちに、老人や病人が溢れていることを知った。

そんな彼らも、笑って行ける国を作りたいと思った。

くだらない正義感、くだらない罪悪感。

そう切り捨てられても、文句は言えない。

私のしてきたことは、そういうことだから。

だからって。

ここで逃げ出したら、今までの自分に嘘をついたことになる。

国を背負うと決めた覚悟、アリアの様な子どもを無くしたいという願い。

圭たちと決別しようと涙を拭いた日も、全て否定することになる。

それは嫌。

私はあの時確かに、願ったんだ。

例えどんな夢物語であろうと、成し遂げたいと。

中途半端な気持ちではなく、本当に馬鹿みたいに心から思えたんだ。

けれど私は弱く、小さいから。

逃げ出したくもなるし、足が震えて止まらない時もある。

そんな自分が私は何より嫌い。

アニエスにいる人は皆、もっと怖い想いをしているのに。

それを胸に仕舞って、誇り高く笑っているのに。

なにも出来ない自分を、私はもう許せない。

だから支えてくれる彼らが、どうしても欲しい。

「また明日も来ます。」

私を強く奮い立たせてくれる、彼らが欲しい。

Re: 秘密 ( No.614 )
日時: 2016/08/30 23:29
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

部屋を出る時、圭とすれ違った。

話を一体どこから聞いていたのだろう。

少し弱気な顔をしていた。

私の言葉で色々揺れている所があるのかもしれない。

それでこの追い打ちだ。

けれど私はにっこり微笑んで見せた。

ここで甘やかしてはいけない。

「おやすみ、圭」

いっぱい悩んで、苦しんで、答えを出して欲しいんだ。

そうやって圭の横をついっ、と通り過ぎた。

Re: 秘密 ( No.615 )
日時: 2016/09/02 20:22
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「おやすみ、圭」

アリスの顔はとても笑っていた。

けれど笑い声はとても乾いていた。

アリスは本気なんだ。

分かってはいた。

けれど改めて認識させられた。

アリスは本当に、アニエスの王になるつもりなんだ。

誰のせいでもない、自分の意思で。

その為の行動を、既に始めている。

自分はここで動けない。

動けず、通り過ぎていくアリスを止めることも出来ない。

アリスは未来を見ている。

父やトール達の前で自分の意思を話していた。

必要とする力を手に入れるために、頭を下げることも厭わない。

アリスのこと、ずっと好きで力になりたいと思っていた。

その為に彼女の父親と対峙する覚悟もしてきた。

彼女が昔授けてくれた言葉が、まだ胸の中にある。

けれどそれを恋と勘違いしてるんじゃないか。

“私は圭の道を阻害する”

“痛みを与える敵でもある”

アリスの言葉が、胸を抉る。

“だから、それはもういらない”

にっこりとほほ笑みながら、イヤリングとブレスレットをつっ返してきた。

“圭には自分の道を歩いてほしい”

“今は何をするにも痛みを覚える、圭と出会う前には覚えなかった痛みを”

“アニエスと言う存在は私を圭たちだけの世界から出してくれた”

何を言っているんだろう、ってずっと思っていた。

アニエスの存在がずっとアリスを苦しめているものだと思っていた。

けれど…

あの時のアリスの言葉は、まったくの真逆の言葉。

恩人と言う気持ちと恋慕の感情を、間違えているんじゃないか。

アリスはそう言っていた。

アリスが口にした言葉が、こんなにも自分を動揺させる。

好きだと信じて疑わなかった。

それを根本から揺らされた。

アリスのことを見ていて、自分は何時まで経っても同じ場所。

やりたいことも、したいことも、なにもない。

アリスはするべきことを見つけて、それにまっすぐ進んでいる。

気付かぬうちに、どんどん置いていかれそうで。

まるでそれを好きという言葉で、必死にしがみついているみたいだ。

不覚にも、そう思ってしまった。

アリスは本気だ。

アリスの進む道に、自分と言う存在はあまり必要とはしていない。

アリスを失った場合、自分がどうなるのか。

想像なんてできない。

“…でも、私は圭の優しさ以外も見てみたい”

“私達のしてることって、本当に恋愛なのかな?”

いつかの帰り道に、アリスがそんなことを言っていた。

だから、しがみついているのかもしれない。

でも、そろそろ手を離すべき時が来たんだ。

分かっている。

未来に進むにあたって、こんな執着はただの枷にしかならない。

でも…!

それでも彼女に向けた想いが、ただの執着だけだと思いたくない。

本当はやめろって言いたい。

傍にいてほしいって、泣いてでも止めたい。

でも、それをアリスは望んでいない。

アリスがいなかったら…

どんな日々も無意味だ。

「どうしたんですか?」

気付かぬ間に下を向いていたらしい。

上から降りかかってきた声に、顔をあげる。

「先輩」

学校の後輩、有栖川幽だった。

Re: 秘密 ( No.616 )
日時: 2016/09/04 23:40
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

〜・129章 普通と言う素晴らしい才能・〜

幽…アリス・エイベルはアリスの代用品として育てられた。

テオドールは彼女にとっての恩人で。

テオドールがいなければ、きっと彼女はここには存在しなかった。

彼女は自分の異常性を誰よりも理解していた。

何時まで経っても頭にこびり付いて剥がれない記憶。

そしてもう1つ、欠陥を抱えていた。

人として過ごすには、かなり大きな、致命的ともいえる欠陥が。

けれどそれらをすべて分かったうえで、孤児である彼女をテオドールは救い傍に置いている。

彼女は両親のことを覚えていない。

彼女の母は、彼女を産み落としたことに絶望し自害した。

幼い自分を育ててくれた大事な人がいたが、それもすぐにいなくなった。

いなくなった瞬間を、今でも覚えている。

あの人は、化け物である自分のせいで死んだのだと彼女は理解している。

生きるための知恵を密かに身につけ、わずか5歳前後でそれを無意識に行っていた。

テオドールに出逢ってからはひたすら知識を詰め込んだ。

武術も軽く習い、なにより人を騙す才能に恵まれていた。

初めての任務は9歳。

得た知識で人を殺めて妖しく笑った。

その仕事の様から、通り名はゴースト。

それがアリス・エイベルという少女だった。

Re: 秘密 ( No.617 )
日時: 2016/09/19 12:39
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

そんな自分の後輩の正体を知らずに、圭は言われるがまま別室に移った。

圭が知っている幽の情報は、とても乏しい。

アリスの代用品で人を騙すのにたけている、くらいの認識だ。

「私はアリスの気持ちも、先輩の気持ちも、分かりません。理解できません。」

椅子を勧めた後、開口一番切り捨てる様にそう告げた。

「それでも客観的に見ると、2人は確かに依存しすぎているような気がします。
それ故にアリスは決断をしたんだと思います。互いの為に。」

それから諭す様に、静かに淡々と告げる。

後輩と思っていた少女から諭される、と言うのもなんだか変な気分だ。

「私には考えて、想像して、答えを出すしかできないから。」

ぼそり、と呟く。

幽は休みになったアリスの家に行こうとした行動を異常と言った。

異常。

アリスに向けるこの気持ちは、異常なのだろうか。

アリスになにかあれば直ぐに助けたい。

多分、自分のことをそっちのけにしても。

でも…

きっとアリスはそれが嫌なんだよな。

自分の為に誰かが傷つくことを、嫌がる子だから。

迷惑を掛けたがらなくて、アニエスのこともずっと黙っていた。

アリスは進む道を決めて、その道には自分を必要としていない。

今までずっと一緒にいたのに、いきなり突き放すのはとても勝手だ。

でも、そうさせるに足る原因があるのだろう。

そう思えるくらい、アリスのことは知っているつもりだ。

「先輩は勿体ないと思うんです。頭だって悪くないし、運動も出来る。
作曲の才能は長けてるし、その癖美術もそこそこできる。
努力家だし、一途だし、忍耐強いか…は知りませんけど…
礼儀正しいし、思慮は少し浅いけれど狭量ではない。凄いと思います。」

なんだかこそばゆい様な、変な気分だ。

面と向かって、褒められ称えられるというのは。

照れる、恥ずかしい、と言うよりかは戸惑うに近い。

最後は若干、貶されているような気もするけれど。

「アニエスに暮らす者として、私も当然武術の心得もあれば頭の回転も速いです。
でも、普通の世界に暮らしていながらそこまでの才能があるのは凄いです。」

それから少し苦笑いを浮かべた。

「私の場合は、求められたからあるだけです。」

それは確かに、事実なのだろう。

必要とされたから、普通の生活を捨てて。

この世界に入ったのだろうと、そのくらいは分かる。

俊敏さも、賢さも、狡さも、射撃の腕も、格闘の技術も。

必要だから身につけたにすぎない。

「幼い頃の、あなたの生い立ちは知っています。
母の虐待に対して耐え、生きながらえたのも正直に凄いと思います。
その後アリスの補助があるにしても和解を成し遂げたのも、素晴らしいことだと思います。」

和解…というのはそうなのだろうけど…

結局アリスがいなければ、真実を知ることなく母の最後に立ちあうことも出来なかった。

自分は何もしてはいない。

アリスがいなければ、向き合うことにいまだって逃げていただろう。

「普通なら、周りに流されてしまったり触れようとしない過去にも立ち向かって見せた。
高校で過ごしても思いました。同級生は自主性、と言うものが欠けている気がします。」


「ほんと、日常の尊さが分かっていない。それが心底イラつきます。」


周りの空気を読んだりすることは…あった。

けれど、今はただ単純に読む必要がない空間にいるから。

アリスやマリーやリンの傍は。

そういう煩わしいものがない。

自主性がない、というのは案外的を射ているのかもしれない。

温かい陽だまりの中で、ただ幸せに過ごしていた。

何も考えず。

「自主性はいきなり見つけることは出来ない代物です。
私もそれを探すのに、酷く戸惑っています。
少しずつ見出して…他人とは違うことを探していくしかないんだと思います。」

目の前の少女が俯いて、表情に暗い影を差した。

幽のことは…少しだけ聞いている。

アリスと同じ完全記憶能力の保有者だと。

全てを記憶し、頭を使い、生き伸び、国を救うために育てられたアリス。

そのアリスのスペアとして、幽はいるのだと。

幽はアリスの影だった。

テオドールに拾われ。

アリスと同じ名前を付けられた。

それを聞いた時。

例え恩が合っても、自分自身が消えてしまうことを内心恐れていたのではないか。

そう思うと、途端になんと声を掛ければいいのか分からなくなった。

大丈夫だよ?

幽は消えたりしない?

そんな言葉に…何の重みもありはしない。

自分は幽の事を何も知らない。

くすり、と笑って幽は明るい声で笑って見せた。

けどね、と楽しそうに話した。

「誰かの真似をして、誰にも私だと分からなくなっても。
私さえ分かっていれば、それで良いんです。性格が似るなんて、当たり前です。
人は親の背中を見て、親の性格に似るんです。だから、なにもおかしくないんです。」

まあ私の話はさておき、と照れたように笑い返した。

何も言えない。

けれど、彼女が生きてきた中で見出してきた。

あまりに達観した価値観に、おもわずぽかんとしてしまった。

「自分でも分からなくなるほど誰かと同化してしまうなら…悩む必要もないですしね。
自分にすら分からないなら“自分”なんて必要ないでしょう?
人は自分って言う、危うくて不確かなものに依存し過ぎなんですよ。」

幼く見える後輩の、見た目にそぐわぬほど饒舌。

幽は表情を使って巧みに人を騙すのに長けていると聞いている。

自分が見ていた後輩は…全て彼女が望んだ、虚像だったのか。

「でも、先輩が凄い才能があることはきっと私よりアリスの方が知ってます。
それを封じ込めるのが、とても勿体ないことも。その為にアリス自身が妨げになっていることも。」

「才能…とか言われても…」

普通の高校生だ。

何の変哲もない。

作曲も趣味の一環の様なものだし…特になにか秀でているわけでもない。

野球で素晴らしい成績を出した、とかそう言う訳じゃない。

成績だって中の中くらいだ。

「普通の高校生をやること。それは私達にとっては望んでも得られるものじゃない。
普通に暮らす、なんて素晴らしい才能だよ。私達にとってはそっちの方が価値がある。
大勢の中で自分を失わずにいるのは大変でも…そういう苦しみすら羨ましい。」

アリスや幽、エリスにとっては。

アニエスの為に動くのが当たり前で。

涼風で普通の高校生を送るなんていうのは、まるで夢の様な日々だったのだろうか。

「勿論これは私の主観で、普通の人からすると日常なんて退屈かもしれない。
でも、安全で退屈な時間にいても色々想像することも決して無駄じゃないと思うの。
思考錯誤する時間は、とても幸福で温かな時間だと思うんです。
義務かもしれなくても、その日々の中で楽しさを見出すなんて遣り甲斐がありそうじゃない。」

ふっと、顔を伏せながら幽は続ける。

顔には弱弱しい笑みが貼りつき、それでも言葉を紡ぐ。

「どんな日々だって、続けば退屈です。
危険を孕んだ私達の様な生活でも何時かは単なる日常になります。
結局は、自分で行動に移し変化を及ぼすしかないんですよ。」

結局、と言葉を続ける。

「日常も、こちら側も。結局はなにも変わらないんですよ。」

Re: 秘密 ( No.618 )
日時: 2016/09/23 15:57
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「脱線しましたね」

幽は照れたように、控え目に笑って見せた。

「先輩は…アリスへの気持ちが、偽りであることに怯えているのですか?」

ドキリ、とした。

心臓を掴まれる、というのはこの様なことなのかと実感させられた。

「それは…アリスが特別な存在だからですか?
不幸な境遇にいるアリスに対して抱いた気持ちは恋慕では無く同情だったとでも?」

「…アリスを好きなのは…慕っているのは…昔から好きだと信じてた。
こんな気持ちは、恋慕以外にないと思っていたから。疑ったことがなかった。」

幼い頃、家が窮屈で。

逃げ出した先で、アリスと出会った。

アリスと話すのが楽しくて。

彼女の為に力になりたくて。

傍にいたくて。

ずっとそばにいられたら、って何時も願っていた。

その気持ちを恩と誤解している、私達がしていることは恋愛なのかと。

彼女が問いかける度に、不気味に心が揺れた。

「アリスの道に…いらないのは、僕の方だ。」

この気持ちを、ただの執着だと認めたくない。

大事だと思ったことも。

傍にいたいと思ったことも。

全部ただの執着だったのだと、思いたくない。

けど、恋慕なのかと言われると…ハッキリ断言できない。

でも今自分がやっていることは、アリスに縋るだけで。

アリスに恩だと思わせている。

客観的にも、大事に思っていた当人にも。

やっていることはそう映っているんだ。

気付けば頭を垂れる様に、両手で抱え込んでいた。

「アリスだって、気持ちに揺れていましたよ。」

揺れる?

アリスが?

「アリスだって、答えを迷いながら傷付きながら出したんです。
アリスだけが特別な訳ではないです。自分だけが被害者面しないで下さい。」

すっ、と幽が目の前で立ち上がった。

そしてまるで別人の様に、ひやりと冷たい声を発した。

「先輩を連れてくれば、少しは変わると思っていたのに興ざめです。」

つまらなそうに、感情が抜け落ちた顔で、吐き捨てた。

「先輩もアリスを見て、答えを出してください。」

そしてそのまま、静かに部屋を出ていった。

Re: 秘密 ( No.619 )
日時: 2016/09/26 15:37
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

アリスが別れよう、と切り出した時。

ブレスレットやイヤリングを、掌につっ返してきた時。

ただただ、信じられなくて。

自分の何が悪かったのかとか。

またアニエスのことで苦しんでいるのか、と思っていた。

アリスは傷つけることに慣れていなくて。

何度も距離を置かれた。

拒絶すれば、傷つけることを知っていたから。

本当の意味で拒絶をしなかったけれど。

本当に、何度も。

どれだけ言葉を掛けても、しばらくすると距離を置こうとした。

アリスにとってはアニエスは長年ついて回った、切り捨てられないものだった。

だからそれを失うことが、不安に繋がることも仕方ないと思っていた。

なによりもアリスに自由に生きていて欲しかったから。

アリスを苦しめるものを、排除しなければならないと信じつづけていたから。

けれど、アリス自身の気持ちを。

気付いたら見落としていた。

恥ずかしい。

自分のことばかり考えていた。

それが、死ぬほど恥ずかしい。

アリスは自分のことを考えて…何処までも他人の事を考えていたのに。

アリスはあの時、なにを想って別れを決断したのだろう。

それを知らないといけない。

Re: 秘密 ( No.620 )
日時: 2016/10/02 10:22
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

〜・130章 アリスを知るために独自調査・〜
再会して暫く、アリスには昔のことを覚えていないことが分かった。

アリスはお母さんの目を逃れるために、この町に来た。

そこで出逢った。

アリスと過ごした日は夢のようだったけれど、アリスはそのことを覚えていない。

誰ひとりいなくなった基地で、泣いていたことしか覚えていないらしい。

本人がそう言っていた。

6年越しの再会で、アリスはちっとも変わっていなかった。

あの頃はアリスと会うのを恐れていたけれど、それがとても嬉しくて。

些細な行動の端々に幼い頃のアリスの面影を見つけては、胸が熱くなった。

けど、アリスからするとどうだろう。

アリスは幼い頃のことは覚えてなどいない。

話を聞いたことがあるとはいえ…

それでも、初対面の様な人と会うのは怖かっただろう。

覚えていないのなら…何故、基地で歌っていたのだろう。

幼い頃は、とても仲が良かった。

アリスは自分の家までやってきて、歌いながら泣いていた。

歌うことは、基地に楽譜があるから出来ただろう。

それでも見ず知らずの少年の為に泣くことが、どれだけ大変なことだろう。

それ以外にも、自分に合わせる為にどれ程気を付けたのだろう。

それなのに自分は記憶が欠落していることしか、見抜くことが出来なかった。

アリスは当たり前の様に、笑いながら接していたから。

けれど、その笑顔の奥でアリスはどれほどの不安を隠してきたのだろうか。

本当は、何時も一緒だった3人のことを覚えていないなんて。

夢にも見なかったのだ。

じゃあ…

幼い頃のアリスにかけられた言葉がきっかけで…アリスを好きになった。

その言葉を、アリスはどんなふうに思っただろう。

覚えてもいない自分をきっかけに、好きだと言われても。

嬉しさなんてこみ上げてこないだろう。

ただただ、嫌なだけだ。

どうして今更、そのことに気付いたのだろう。

ずっと前からそのことを知っていたのに。

Re: 秘密 ( No.621 )
日時: 2016/10/10 19:12
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

椅子に深くもたれかかり、少し伸びてきた前髪を弄る。

少しずつ、アリスと出会ってからを思い出して。

そこを自分の視点ではなく、アリスの気持ちで思い返してみる。

すると、今まで見えて来なかった物が見えて来るような気がした。

アリスはアニエスのことを、知られてどう思ったのだろう。

嫌だと思ったのだろうか。

知られて、態度が変わることを恐れただろうか。

それとも…演技をしなくて済んだことに、ほっとしただろうか。

アニエスのことを隠して、笑っていることは辛かっただろうか。

それとも隠して普通の高校生活を送ることを、アリスはどう思っていただろう。

アニエスと言う存在を知らない、普通の高校生活は…楽しいものだったのだろうか。

ただ辛いだけのものではないと、思いたい。

でもそれは…自分の希望的観測だ。

事実を歪みかねない。

もっと。

思い出して、考えろ。

そうすればきっと、何か分かるはずだ。

アリスの気持ちに、少しでも近付くために。

Re: 秘密 ( No.622 )
日時: 2016/10/15 07:09
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

アリスはアニエスにいた時、電話をしてきた。

つまり自分たちのことを、悪く想っていないはずだ。

お別れを告げたい、くらいには大事に想っていたと思う。

連絡を取る理由がないからだ。

アリスとしては、どちらでも構わないからだ。

連絡が取れなかったら取れなかったで、誰もなにも疑わなかっただろう。

アリスは自分たちと別れた後、高校に入るまで色んな家をたらい回しされていたらしい。

アリスはそれを自虐的に、アニエスの未来の為だと言っていた。

本心ではどう思っていたのだろう。

日常的に殴られたり、辱められたり。

そのせいでアリスは強くなったのかもしれないけど。

決して楽な道ではなかっただろう。

アリスからその話を聞いた時は、とても辛くて。

より一層、親身にならないといけないと思った。

アリスにとっての何十分の一でも、気持ちは少しだけ分かる様な気がしたから。

気持の通じ合わない家で過ごす、肩身の狭さくらいなら分かっていたから。

厳しい仕打ちに耐え、笑っていられる姿に、一種の憧れを抱いたのかも知れない。

アリスの強さに、魅せられていたのかもしれない。

誰に対しても、容赦がない。

周りの目なんか気にしない。

それでいて、いつも他人優先なところがあった。

けれど…

アリスの本質は、一体何だったのだろう。

アリスの父が冷酷非道で残虐な人だと思っていた。

けれど彼の本質は、どこまでも民を守ろうとした優しく不器用な男だった。

何よりも彼自身が傷つく茨の道だった。

必死に周りに憎まれようとしていた。

それなら。

アリスの本質は何だろう。

きっとまだそれをハッキリとは見ていない。

優しくて、強い、女の子だけじゃない。

それ以外のアリス。

彼女は自分たちと一緒にいて、どう思っていたのだろうか。

嬉しかった?

楽しかった?

愛しかった?

それだけではないはずだ。

きっと、辛くも苦しくもあったはずだ。

分からない。

そうは思いたくない気持ちもある。

けれどそれ以上に、彼女が心中でなにを想っていたか知りたい。

思い返せば何時だって、嬉しそうに笑っていた。

時に、悲しそうに泣いていた。

怒ることも、稀にあった。

でも、嫉妬とか憎しみとかそういった類の。

醜い感情は、見たことが無い。

アリスの見えていない一面を見る為には。

きっとアリスがアニエスでなにをしていたかも知る必要がある。

Re: 秘密 ( No.623 )
日時: 2016/10/23 16:06
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

部屋を出た後、アリスのことを知ろうと関係者を探した。

「統也さん」

最初に会ったのはアレクシスだった。

部屋から出たばかりの所の様で、扉を閉めていた。

アリスとは腹違いの兄で、涼風では三田村統也という偽名を使用している。

アリスはアレクシス、と呼び捨てにしているけれど。

なんとなく偽名で呼んだ方が、アリスの兄らしく感じられた。

最近は見掛けていなかったのは、ずっとアニエスにいたかららしい。

血筋的には正当な次期王になるはずだ。

そう思えば、忙しいに決まっている。

「アリスの昔のことを知りたいんです。知らなくてはいけない気がするんです。」

そう言われると、顔に驚きが広がった。

この人は、一体どう思っただろう。

自分の代わりに王になると言い出した自分の妹のことを。

アニエスと言う枷から解放されて嬉しく想っただろうか。

それとも、悔しく想っただろうか。

「あ〜…圭、と言ったかな。個人的な感想を言うなら知らない方がいいと思う。」

そう言われる気は、なんとなくしていた。

アリス自身が思い出すことを拒んでいた。

それにこの人も、何気に妹想いな所がある。

「妹は確かに、知られたくなくて故意に隠してる。関係が変化することに恐れている。
それでも言えるのは、知らないことが癒す傷もあるということだよ。」

そういうと、少し困った様に笑いながら歩いていってしまった。

Re: 秘密 ( No.624 )
日時: 2016/10/25 13:24
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

〜・131章 “しいたげられた国”・〜
その後、エリスや幽に当たってもよい答えは得られなかった。

アリスに口止めされていると、それだけを言って遠ざかっていった。

アリスの手際は見事だった。

知っているであろう関係者各位に口止めをし、それに纏わる資料も全て破棄されていた。

アリスの存在は秘密裏であった為、そもそも名前が記されていない。

それでもなにかあると思っていたが、確認できる範囲ではさっぱりだ。

かなり昔と言うこともあり、情報はなかなか集まらない。

アリスと出会う以前の話だから、10年以上前の話になるはずだ。

城にある図書室にアニエスの歴史にまつわる本が細々と置かれていた。

けれど10年近く前のことは、あまり残されていない。

小さくとも国として成り立つのだから、本になっていてもおかしくないのに。

アニエスの歴史関係の本棚は、がらんとしている。

王城なのだから、少しはあるはずなのに。

もしかすると、アリスが借りていったのかもしれない。

仕方なく、近くにあったアニエスの童話集を手に取った。

童話などなら、少しは歴史に則って記されていることもあるだろう。

けれど予想に外れて、書かれているのは夢見がちな物語ばかりだ。

当たり前だが聞いたこともない様な話ばかりだけれど、ありふれた様な話だ。

その中に1つ、気になる童話が合った。

その題名は“しいたげられた国”

Re: 秘密 ( No.625 )
日時: 2016/10/27 20:42
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

『むかしむかし、あるところに小さな国がありました。』

出だしは、いたって普通だ。

普通の童話や昔話と変わらない、典型的な書き出しだ。

『ゆうふくではなかったけれど、やさしいひとがくらしていました。』

子供向けなのかひらがなばかりで、少し懐かしい。

『まわりには大きな国がたくさんあって、やさしい小さな国のひとたちはたくさんのいやがらせをうけていました。』



子供向けの童話なのに、なんだかシビアだ。

『小さな国のひとたちは、いやがらせをうけながらも、強く笑いながらくらしていました。
けれど、いやがらせはだんだんひどくなっていきました。』

お金を巻き上げる役人らしき人と泣く国民、暴力をふるわれている絵。

見ていて痛々しくなる様な挿絵が描かれていた。

『あるとき、大きな国のひとたちが小さな国のひとをころしました。』

突然飛び込んできた、文字。

胸を弓で貫かれた人の絵、首を剣で切り落とされた人の絵。

『小さな国のひとたちは、あたまが良かったけれどたくさんの人がしにました。
むかしからなんどもまわりの国にしいたげられ、ころされてきました。
小さな国のひとたちはなんども知恵をつかって、おいかえしました。』

けれど、ある時小さな国は大きな国に吸収されてしまった。

頭が良く、優しい人の暮らしていた小さい国の国民達。

彼らは国を追い出され、大きな国に奴隷として連れていかれた。

彼らは語るのもおぞましい程、残虐な目に合った。

たくさんいたはずの国民は、みるみる数が減っていった。

残ったのはたったの5人。

その5人は、大きな国を出て小さな国に戻る決意をした。

それから生死をさまよいながら、逃げ出して小さな国に戻った。

そして外界を繋ぐ橋を全て落とした。

例え飢えて死のうとも、絶対に許さないと心の底から憎みながら。

『そして、小さな国のひとびとはぜったいに大きな国のひとびとをゆるさないときめました。
ぜったいに、ぜったいに、大きな国のひとびとのいいなりにならないことをきめました。』

ラストにはこう締めくくられている。

『いまも、小さな国のひとたちはたたかいつづけているのです。』

続きがあると思っていたのに、これで終わりらしい。

魔法の道具も出て来なければ、救いもない。

小さな国は、間違いなくアニエスのことを示唆している。

アニエスが小さいながら、今だ国と言う形を保っているのは。

迫害される過去があったからなのか…?

“たくさんの人がしにました”

過去に、アニエスの人が沢山死んだことがあるのだろうか。

それも…何度も。

子供向けに記されているはずの童話が、酷く残酷で。

それでも…これはきっと事実なのだ。

今では外の世界との繋がりもある。

それでも追い込まれても国として保ち、大国に屈していない。

トールやエリス、幽はいまだに裏稼業をしている。

それでも決して服従しないと決めている。

どんな汚い手を使おうとも。

周りの大国達の機密情報を握って、脅しながらも国と言う形を保とうとしてる。

それを、小さな子どもたちにも伝えようと本にされている。

本を閉じると、それを静かに棚に戻した。

Re: 秘密 ( No.626 )
日時: 2016/10/30 10:55
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

それからアリスを見掛ける度、忙しそうに走り回っていた。

城にいる時間はぐっと減り、食事の場にも顔を出さなくなった。

城にいても部屋に籠って書類を読みこんでいるか、トール達に頭を下げるか。

さもなくば、疲れきって眠っているかだ。

彼女はまだ父親の仕事を譲られた訳ではない。

それでもアリスの母の口添えもあってか、少しずつ手助けをしているらしい。

アリスは折角母に会えたというのに、二人の時間はさほどとっていないらしい。

アリスは増えた仕事に東奔西走していたし、アリスの母もテオドールにつきっきりだったからだ。

けれど双方とも、あまりそれを気にしている節はなかった。

テオドールの寿命が残り少しと言うのなら。

せめて夫婦水入らずの時間を少しでも増やしておきたいのかもしれない。

夫婦と呼んでいいものか、分からないけれど。

それでも互いに、思う所はあるのだろう。

自分も日々子供たちの為の玩具を作ったり、孤児院で子供の世話を見ている。

涼風に戻る日時も正式に決まった。

アリスはアニエスに留まる意思を固めた。

涼風に戻ったら、もう毎日の様に会うことが出来ないくなる。

アリスと話す時間も持てないまま、期限が刻一刻と近づいてくる。

アリスは決断してしまった。

だから、自分も行動に移さなければならない。

Re: 秘密 ( No.627 )
日時: 2016/10/31 22:32
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「こよみ」

書類を読んでいると、軽いノックの音が3回響いた。

「…母上」

もっと砕けた呼び方で構わない、と艶やかに笑ってこちらに歩んできた。

見た目は、生き写しの様にそっくりだ。

けれど母には私とは別種の聡明さと、大人っぽい艶やかな雰囲気がある。

母の周りに流れる時間は酷く穏やかそうで、静かだった。

私は急いて、迷って、行き詰まってばかりいるのに。

そう言った所に母の方が長く生きているのだと、感じさせるモノが存在する。

「…なんて呼べばいいのか、分かりません」

「好きに呼べばいいよ。親子なんだし。」

あれだけずっと想っていたのに。

会ってみるととても呆気なくて、感動の涙も出なかった。

私の存在が母の人生を狂わせたことに、あれだけ苦しんで泣いたのに。

そういえば…

圭と初めて初めてキスをした時…母のことで泣いていた気がするな。

「最近…良く思うんですよ。」

アニエスで生まれてから、色々酷い目にも合った。

幸せなことだってあった。

「些細な思い違いや、偶然が重なって…人は不幸になる。
ただの純粋な悪意なんてなくて…通り雨みたいに突然、不条理な目に合うことがある。
そうやって、救いがない道を歩くこともある。」

「そうね。」

窓の外に目をやりながら、ひとり言のように呟く。

「苦しまないと出せない答えだってあると思うんだ。
私はもう幸せに出逢ってしまったけれど…幸せになる前に、やらないといけないこともあるんだよ」

「そうかもしれない。別に逃げても、責められはしないだろうけど。」

きっと母は、分かって後の言葉を付け加えたのだろう。

傍にいる時間は少なくても、なんとなく分かった。

「それもそうなんだけどさ…きっと、幸せを掴むために必要なことなんだと思うんだ。
2人のままでいたら、どの道駄目になってしまうと思うんだ。私も…相手も…」

「そうね。」

「互いの存在感に安心を覚えて、そこで止まってしまう。
でも、今の私達には傍に居ながら成長する術を持ち合わせていないと思うんだ。
傍にいるだけで、それだけで良いとそこで止まってしまう。それほどに脆くて、弱いんだ。」

それはきっと、圭と私の偏った生い立ちも関係あると思う。

傷付いた過去があるから、それ故におかしいくらいの依存をしている。

傍にいればいい、お互いを守れればそれでいい。

それでいい、ばっかりだ。

「もっと…互いに広い世界を見て…依存ではなく、恋愛をしたいの。
色んな人を見て、その上で私を選んでほしいの。
アニエスのことを片づけたら…そうやって真っ白になってから、選びたいの。
多分、そんな思いも…どこかにあったと思う。」

そうでないと、色んな色に塗りつぶされて。

自分と言う意思が分からなくなる。

私が好きになってほしい私は、アニエスと言う殻に閉じこもっている私じゃない。

同様に、私は依存し合う圭を好きじゃない。

このままだと今の場所に甘え、彼は自立しなくなる。

「つき離さなくても私はアニエスに残るから、自然と距離は出来るだろうけどね。
会いに来たら、意味が無くなっちゃうし。
その時に圭も涼風でただ私の帰りを待っている様だと駄目だから。」

私には、時間がない。

アニエスのことを片づけるのだって、数年なんてものじゃ済まないだろう。

たくさん、待たせると思う。

けど、今は私が圭の逃げ場になって未来を封じている。

甘えてしまって、辛いことが合っても逃げてしまう。

この先、一人で泣く夜もあるだろう。

でもそんな日が私達を強くしてくれる。

だから、逃げちゃダメだ。

「圭に、ちゃんとそのことを伝えないといけないのに。」

きっと会ったら、迷ってしまうから。

彼が今のままで傍にいてくれたら、それで良いんじゃないかって。

そう思ってしまうから。

けど、未来は何があるか分からない。

1人で歩ける様な力を、いい加減付けるべきなんだ。

それに、たがいに寄り掛かったままだと。

私も、彼も。

前に進めない。

だから、ここらへんでもう。

私達は別々の道を歩いた方が良いと思った。

Re: 秘密 ( No.628 )
日時: 2016/11/02 18:08
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

〜・132章 忘れられない過去と、忘れてしまった思い出・〜
「若いって良いわね。」

「…私はそうは思いません。」

「何もせず蹲って時間が経つのを待っていても味気なく、つまらないわ。
愚かであろうと間違っていようと、自分が生きた証なら少しは愛おしく想えるものよ。
若い頃はなんでもできるし、迷うことも間違えることもとても大事なことよ。」

母の言ってることは、正論かもしれない。

けど。

「私は昔のことなど、思い出したくありません。」

圭と出会う前のことなど、思い出したくない。

絶対に。

あれほど無知で、愚かで、間違ってばかりの、最低なこと。

「私もそうだった。丁度今のあなたくらいの年よ。あなたを身籠ったのは。」

それは…知っている。

母の見た目は30代にしては若々しいが、纏う雰囲気はそれ以上だ。

母にとっての悪夢の始まりは、今の私と同じ頃。

「過去から逃げても、絶対に逃げられないわ。だってそれは今の私を作っている物だもの。」

違う。

違う、違う。

血だまりの中で、無機質に立っている。

そんなの、私じゃない!

「私の始まりは、圭と出会った時からですっ!その前の私は人ではありません!」

私の人生は圭と出会う高校まで…私は昔あった優しいケイのことを想ってきた。

覚えていない、エリスから聞いたことのある少年。

会った時、すぐに圭だって分かった。

圭を好きになってから…私の全ては始まった。

圭に会う前のこと、全部忘れたかった。

自分のしたことの重みが、圭といるほど辛いものへと変わっていく。

なのに…絶対に私は絶対に忘れられない。

完全記憶能力なんて、こんなときばかり私を苦しめる。

「…違わない。人でなくても、それはあなたよ。」

同じ顔をしていることが、余計に苛立ちを助長させていく。

鏡に映っているみたいで。

未来の自分に、諭されているみたい。

「私はテオドールのことも、あなたのことも。憎くて、疎ましくて。
忘れようと仕事に打ち込んだり、娘のことを気にしたり、迷ってばかりだった。」

母の、見つめている視線に映っているのは。

どのような過去なのだろう。

私が知らない様な苦しみも、辱めも、痛みも。

たくさんあっただろう。

「疎ましく思ったり、苦々しく思ったこともたくさんあった。
苦しんで、布団をかきむしって眠れない日も何日も…何年もあった。」

それでも、母は娘と父を想って。

ここまで歩いてきた。

「それでも私は戻ることはできなかった。触れることはできなかった。」

父が、母を遠ざけたからだ。

私が生まれて、用無しになったから。

…もしかすると父は、母の全てを見とおすような聡明さを恐れていたのかもしれない。

自分の本質を見透かされることを。

そうして理解されることを、恐れていたのかもしれない。

その恐れや怯えから、母を遠ざけたのかもしれない。

不思議と、そんな気がした。

「あれだけ憎かったものが、今では何より愛おしい。」

母の中でくすぶっていた憎しみは。

彼の本質を知り、愛しさに変わった。

変わった…とは少し違うかもしれない。

母の中には、まだ父を憎む気持ちもあるのだから。

憎しみと愛は似ている、とどこかで聞いたことがある。

そう考えると憎しみから生まれる愛だって、べつにおかしくはないのかもしれない。

憎んでいるから、愛することが出来て。

愛しているから、憎むことが出来るのかもしれない。

「彼のしたことは許せない。今でも、憎んでもいる。私の人生を台無しにしたんだから。」

それでも、と誇らしげに笑って見せた。

そっと頬に手を寄せ、優しく撫でた。

「こんな娘を得られたのなら、きっと私は幸せ者ね。」

Re: 秘密 ( No.629 )
日時: 2016/11/03 13:17
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「あなたはまだ、手の届く所にいる。
私は彼の死期が迫るまで、触れることはできなかった。けれど、あなたは違う。」

私は…そんなに綺麗で潤な娘ではない。

圭にずっと嘘をついて、騙して、捨てようとしている。

アニエスのことだって…今の今まで目を逸らして逃げてきた。

「せめて残された時間は、彼と過ごしたいの。」

母の手は、借りれない。

母は今は何よりも、父の温もりを必要としている。

この先逃したら…母は一生父の傍にいられなくなる。

そんな大事な時期、私は母の邪魔をしてはいけない。

「痛みばかりの彼の人生、最後の最後くらい…幸せになってほしい。
幸せが彼にとって痛みにしかならないとしても、この我が儘だけはつき通すよ」

母は…父を愛しているのだな。

私を見つめる瞳にも、父の面影を探している。

私を救おうとしてくれたのも。

父を愛した証を、守ろうとしたのだ。

歪んで、憎しみに満ち溢れていても…それでも狂おしいほどに、愛している。

私にはそんな気持ちは分からない。

私の圭への気持ちは、幼い子供みたいに未熟だ。

母の様に達観していなければ、きっと覚悟だってない。

圭のことは大事で、愛おしくて、傍にいたいと願っている。

…でも、それは傍にいられたら幸せだろうなと思っているだけで。

夢の様に現実味を帯びていない、ただ理想に過ぎない。

理想を現実に近付けるのも大事だと思うけど。

やっぱり、現実も見ないといけないと思うんだ。

私は命がけで生きなければならなかったけど。

圭はそうじゃない。

もっと広くて自由に、生きていて欲しいの。

Re: 秘密 ( No.630 )
日時: 2016/11/03 14:07
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「私は…圭に隠していることがあります。
私は圭が好きな…私でいることに、私は…耐えられません…っ!」

私は圭に会ってから、初めて人間になれた。

幼い頃、圭と会ったことは正直あまり覚えていない。

けれど、エリスからずっと話を聞いていて。

そんなに優しい人に出逢えたら、変われるんじゃないかって思っていた。

一度は、私を変えてくれたのだから。

その頃は、色々な家にたらい回しにされていて。

毎日が苦痛で堪らなかった。

母にも愛されていないと信じ切っていて。

強くあり続けるしかなかったから。

だから、たまにエリスと会う機会があれば。

何時も彼らの話を聞いていた。

そんなに安らぐことが出来る場所が、私にあったなんて信じられなくて。

でもそんなことがあったら、どんなに素敵だろうと思って。

まるで別世界の様で信じられなかったけれど。

痛みも責任も、立場も何もかもないような。

そんな場所が出来たら、どんな気持ちだろうとよく想像していた。

何度も基地に足を運びながら、彼らに会う日を楽しみにしていた。

基地の中にある楽譜を読んで、素敵な歌だと思いながら歌うのが日課だった。

それが、覚えてはいない彼らにつながっていられる気がして。

高校になっても、その日課を続けていた。

そこで、マリーに会った。

覚えてはいないけれど、エリスの話す特徴そっくりの3人。

直ぐに分かって、涙が零れた。

ガラにもなく人を抱きしめた。

Re: 秘密 ( No.631 )
日時: 2016/11/03 19:00
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

彼らは初め、私と距離をとっていたけれど。

昔私を変えてくれたように、また私を変えてくれるのではないかと。

そう言う思いが私を突き動かし、彼らは私の元に留まってくれた。

エリスの言っていたことは本当なんだって、身に沁みるほど実感した。

彼らはあまりにも私に優しくて。

私の中に変化をもたらしてくれた。

私は彼らのことを覚えていないことを、気付かれない様に尽力した。

もっともそんなことは無理な話なので、彼らは薄々気付いていたらしいけれど。

彼らはそれでも自分たちのせいで私の記憶が欠落したと、気にしていたけれど。

それからたくさんのことが合った。

アニエスにだって何度も連れ戻されたし、アニエスからも何人も来た。

想いを伝えて、伝えられたりもしたし。

彼らの家族に会って、たくさんの愛の形を見て。

彼の手を取ったり、離したり、迷ってばかりだった。

けれど…どんな時も身につけていたイヤリングを彼に返した時。

私は彼を切り捨てたのだ。

彼の根本にある私への想いは、幼い子供の頃の気持ち。

私は覚えてなんかいないんだよ。

私はずっと彼らを騙してきた。

好きとか言われても…もう、喜べない。

「馬鹿だなぁ…」

馬鹿なのは彼だろうか。

それとも…

Re: 秘密 ( No.632 )
日時: 2016/11/03 19:07
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

〜・133章 電話越しの叫び・〜

圭たちが涼風に戻るまで、あと数日。

携帯からはもう圭の連絡先を消去してしまった。

覚えているので、あまり意味はないけれど。

彼らが涼風に戻ってからは、連絡は取るつもりはない。

まだ雑用の雑用の雑用くらいしかさせてもらっていないけれど。

これからはもっと、仕事は増える一方だろう。

知ることをたくさん知って、やることをやらないといけない。

圭と言葉を伝えられるのは…あと少しだけなんだな。

母と別れた後、廊下でぶらぶらと歩いていた。

仕事に取り掛かろうと思ったけど、今日の分は終わってしまった。

それでもやることは多いけど、小休憩に余った茶菓子を取りに居間に行った。

クッキーを食べていても、甘くて嫌気がさしてきた。

胸になにかが突っかかっているみたい。

圭。

私は大好きだよ。

何時だって、頭に浮かんで胸が温かな気持ちで満たされる。

頭で分かってても、彼を求めてしまう。

けど、それだけでは駄目だと思ったから。

本当に好きだからこそ、離れて歩かないといけないと思ったんだ。

懐から、携帯電話を出す。

消去してしまったけれど、頭に残った番号を指で丁寧に押していく。

耳に当てると、不気味なくらい冷たかった。

「…圭」

Re: 秘密 ( No.633 )
日時: 2016/11/06 20:14
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

部屋で眠っていた。

滞在するのも残り数日と言う所で、アリスのことを調べるのに忙しかった。

焦って、空回りして疲れてしまったのだろう。

携帯が控え目な音をたてていて、目が覚めた。

眠ったことにすら、気付かなかった。

アリスはこれ以上のことをこなしていると思うと、少し情けなくなった。

表示されていたアリスの名前に目を見張った。

最近はアリスとは距離が出来ていて、もう話すこともないと思っていたから。

『…圭』

電話越しに聞くアリスの声が、酷く懐かしい様な気がした。

本当は数日しか経っていないというのに。

「…アリス?」

『直接会うと…迷いそうだから…』

迷う。

その単語はいつものアリスにはあまり似合わなくて。

『でも、今伝えないと…もう話せない気がして…』

アリスも、迷ったりしているんだ。

そう思うと、少しアリスを身近に感じた。

やっぱり普通の女の子なんだと、再確認できたみたいで。

『圭とさ、出会えてとても嬉しかったんだ。それは嘘じゃないの。
エリスからずっと話は聞いていて、会えるのを楽しみにしていたんだよ。』

アリスはこちらの返事を待たず、言葉を続ける。

言葉にすることで自分自身に確認しているような。

噛み締める様に、ゆっくりと話す。

『圭に会えて…初めて私は変わることができた。優しくなれた気がするんだ。
圭を好きになって、良かったって心から思っている。でも…』

息を止め、吐き出すように告げた。

『やっぱり、私は圭の傍にはいられないよ。』

Re: 秘密 ( No.634 )
日時: 2016/11/09 21:18
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「圭が大事だからこそ、私は圭に自分の汚い所や醜い所を隠していたい。
…いや、隠していたんだよ。気付かれたらどうしようってびくびくしながら。」

気付かれたら、傍にはいられない。

傍から離れていくのを、ずっと恐れていた。

距離をとることはあっても、それは心のどこかで彼らは私を見捨てないと信じていたから。

「私には圭しかいなかった。マリーやリンしか…3人しかいなかった。
3人が離れていくのは…本当に嫌だったんだよ。」

安らぎや癒しをくれた。

アニエスで生きていく息苦しさが、彼らの傍では何時も和らいだ。

「圭はさ…私にとって、創造主みたいなものなんだよ。
3人がいなかったら、私は今も…ううん、今なんて存在してなかった。
今の私は、間違いなく圭がいなければ存在していない。」

圭たちと出会う前は…本当に辛くて。

生きているのが、辛くてたまらなくて。

何処にいっても憎まれて。

蔑まれ、痛めつけられ、傷つけられた。

心を閉ざし、基地に逃げ、誰もいない所で。

覚えていない思い出を抱いて、歌った。

それでも耐えられない時何度も死のうとした。

生きる意味も理由もなかった。

そんな私にとって。

これから先1人になっても。

圭達と過ごした、何気ない日々は。

私に力をくれる。

「1人にならないためなら、例え圭が見ているのが昔の私でも構わないと思った。
それくらい、必死だったんだ。全身全霊と言っても良い。」

でも、次第にそれは苦しくなっていった。

段々それは私じゃない!と叫び出したくて堪らなくなった。

「圭が見ているのが…今の、醜い私じゃなくて良かった。」

圭の目には、神々しい女の子に映っていた。

慈愛に満ち、どこか危うげで投げやりながら、必死に誰かを守ろうとしていた。

そんな私はどこにもいないのに!

それでも…あの場所を失いたくなくて、必死で。

圭の傍にいられるだけで幸せだと、思いこもうとしていた。

「私は…アニエスで生きる上で、恋は命がけなんだよ。
命を掛けても相手を守ろう、愛そうって覚悟が必要なんだ。…エリスや、母みたいに」

母のように、一途に人を愛せるのが羨ましい。

相手のどんな過去や、どんなことをしっても…傍にいつづけて。

愛しつづけている。

「そうじゃないと、相手に危害が加わるから。生半可な覚悟では人は好きにならないの。
好きになっても、その想いを隠し続けて…伝えてからも、どちらだって命懸けだよ」

私が圭の傍を何度も離れようとしたのも、そういうことだ。

傷つけるのが、怖かったから。

「でも、圭にその覚悟を強制したくない。好きになったのは私なんだから。」

圭はまだ高校生だ。

私と違って、輝かしい未来がある。

可能性が無限大だ。

昔の私にばかり縛られて、今を見失ってほしくない。

そんなの、私も圭も救われない。

「こんなことに、命を懸けるなんて馬鹿げている。
圭の人生は長くて、まだまだ色んな事がある。私に付き合わせたくないんだ。
懸ける命は、私のだけで良い。圭と付き合って…気付いたんだ。
私は…、自分を偽って…苦しい想いをしてまで、圭の人生を狂わせたくない…っ!」

今の、ありのままの私を見せていないのに。

そんな私の為に人生を棒に振ってはいけない。

それほど無駄なことはない。

愚かで、無価値で、救われないことなど、ない。

「1人になるのが怖かったんだ。今まで付き合わせて、ごめんね。」

1人に戻るのが、怖くて。

でも、圭に隠しているのも辛くて。

八方ふさがりで。

それでアニエスに逃げた。

アニエスの為に生きたい、と思ったのも事実だったから。

丁度良かった。

『迷惑じゃ…なかったよ。アリスのこと、大好きだった。』

…圭達に去られるのが、どうしようもなく怖くて。

沢山嘘をついて、傍にひきとめてきた。

自分に嘘をつかせる圭のことを嫌いにもなったし、やはり愛しくもあった。

「圭と別れようって思ったのもさ、やっぱり甘えちゃうからだと思ったんだ。
何時だって欲しい言葉、優しい気持ちを分けてくれるから。」

私自身も気付かなかったような。

欲しい言葉も、気持ちも、温もりも。

全て分け与えてくれたから。

圭を想って、人を想うことの幸せさを身に沁みる様に感じた。

「本気で圭と一緒にいるなら、やっぱりアニエスから目を背けてはいけないと思ったんだ。
アニエスのことを本気で取り組むには、逃げようが向かい合おうが。
圭がいるのは、あまりにも不都合だった。」

初めは、記憶を消そうと思った。

アニエスの機密情報を宿した記憶を、私の中から消し去ったら。

私はもうアニエスにいる理由が無くなる。

そうでなくても、父が死んだらきっと逃げだせた。

けれど圭に別れを告げた後、家に投函されていた茶封筒。

その中には母からの手紙が入っていた。

手紙と言っても、まるで報告書の様な味気ない内容で。

父の辿ってきた足跡が、ただ淡々と綴られているだけだった。

それを読んでから、私は記憶を消して逃げ出す道を諦めた。

「父のことを知って、逃げてはいけないと思ったんだ。
アニエスにいる人は、みんないろんなものを切り捨てたり傷ついたりしながら。
それでも、本当に大事なものを失わない様にひたむきに頑張る優しい人ばかりだった。
私にはできることがある、私にしかできないことがある。」

それが、分かったから。

私が生きてきて、幸せを受け取り、悩み、苦しんだことが。

なにか意味を帯びてきた様な。

やっと使えるのだと、この為に使いたいと思えることに出逢えたから。

「1つ…聞きたいの。」

私にとって、とても大事なこと。

「圭にとって…圭が描く…私ってどんな女の子?」

Re: 秘密 ( No.635 )
日時: 2016/11/14 20:01
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

『圭にとって…圭が描く…私ってどんな女の子?』

アリスはずっと、1人になるのが怖くて。

その為に全力で傍に引き留めようとしたことを詫びていた。

3人の存在が、どれほど大事だったか。

アリスの言葉からひしひしと伝わってくる。

そんなアリスを責める気など起きず、むしろ感謝することばかりだった。

それほどに大事に想ってくれる相手など、早々出会えない。

アリスの様な子に、二度と出会えない。

声が少し涙で湿っているような気がした。

「どこまでも他人思いで…優しくて…ちょっと意地悪で…
人見知りなところもあって、努力家で、いつも笑顔にしてくれる。
なにかあれば引っ張ってくれて、強気で、いつも一生懸命で…きりがないよ。」

『…私はそんなに立派な人間じゃない』

「えっ?」

ドスの利いたあまりにも低い声に、一瞬怯んでしまった。

『自分勝手だし、弱いし、他人を僻んでばっかりだし…そんなに立派な人間じゃないっ!』

突然発せられた大声に、耳を疑った。

あまりにも、いつものアリスと違ったから。

『圭には…私はそんな風に見えているんだ…』

そんな風に…?

『違うんだよ…私はそんなに凄い人間じゃないんだよっ!
私はもっと弱くて、醜くて、自分のことばっかり考えてて、周りを笑顔になんかできない!
もう頑張れない…頑張りたくない…もう私は…っ、笑えないんだよっ!』

あまりにも、痛々しい声。

辛くて、痛くて、我慢できないほど隠して、それでようやく吐きだした様な。

そんな声。

「…そんなことないよ。」

『そうなんだよっ!もうこれ以上隠していくのが、私は苦しいんだよっ!!』

吐きだされるアリスの言葉に、飲みこまれそうになる。

濁流の様に、もう止まらない。

今までずっとせきとめていた思いが、溢れだしていた。

『私は酷いこと、たくさんしてきたっ!それでも圭たちに嫌われたくなくて…
圭達の前では、圭たちが望む、強くて優しくて温かい…そんな私でいなければならなかったっ!
3人に嫌われるのだけは…それだけは嫌だったからっ!!』

アリスが必死に隠していたこと。

アリスと出会う前のこと。

それだけだと思っていた。

けど…アリスが隠さなければいけないことは、他にも合った。

そんなこと、思いもしなかった。

『スキースクールで…薬を飲み続けないと死ぬって告げられて…
私はそう言う体になったんだって、絶望したよ。でも、笑って誤魔化した。
圭は優しい言葉を…たくさん掛けてくれたよね…よく、覚えてる』

スキースクールの夜、屋根の上でアリスはそんなことを確かに話していた。

アリスはそれで良いの?と声を掛けると。

ボロボロと涙をこぼしながら、普通の生活に戻りたいと泣いていた。

『けど、いつ死ぬか分からない体になるのなんて怖くてたまらなかったっ!
薬を飲む度、死んじゃったらどうしようって…それでも、圭の前では笑って見せたっ!
圭の言葉は…本当に、嬉しかったし助かったよ…少し、軽くなったよ、確かにね。
けど、救われた後は何時だって笑っていなければいけなかったっ!!
何時だって何回も乗り越えられるほど、私は強くないっ!!』

アリスを助けたこと。

それを悔いたことはない。

アリスを救えなかったことを悔いたことは何度もあったけど。

『初めはまだ…耐えられた。圭たちがいれば、本当に救われたような気分になってた…
でも、どんどんエスカレートしていって…次第に駄目になった…
当たり前の様に立ち上がれるものだと思われて…でも、今更言い出せなかったっ!』

言葉を掛けて、傍にいて、支えればアリスは笑ってくれた。

それだけで、やって良かったと心から思えた。

けど、どこかでアリスのことを軽んじてはいなかっただろうか。

アリスなら、直ぐに乗り越えられる。

そういう強い女の子だとどこかで軽んじていなかったと、本当に言えるか?

『皆本当の私なんて見えていない…それでも、特に圭の傍にいるのは辛かった。』

急に、静かな口調になった。

吐きだす思いを吐きだし、半ばもう諦めたような…

疲れ切った口調だった。

『他の2人より…大事に想ってて…でもその分、嫌われたくないって想いが強かった…
圭はいつだって私のことを気にして…大事に想っててくれたから…
まだ辛い、これ以上助けて、なんて口が裂けても言えなかったっ!!』

血を吐く様な、痛々しい…

アリスの叫び。

『圭はよくやってくれた…私を救ってくれた…これ以上私の為に力を裂いてもらいたくなかった。
嫌いになって…もらいたくなかったから。圭が好きな私は、そんな私じゃなかった。』

そう言われて…なにも答えられない。

自分の中のアリスは…アニエスに縛られている弱い救わなければいけない、普通の女の子。

でも、なによりそこから足掻こうとする強い女の子。

きっと、なによりもそこに惹かれたのではないか?

『圭は…本当に凄い人だから…私が憧れる、強さと弱さを持っている人だから…
人の痛みに、どこまでも寄り添える人で…弱い所すら、愛おしかった…
私と一緒にいるだけで…楽しそうに笑って…それだけで幸せって顔をしてくれて…嬉しかった…』

だからこそ、アリスは抗いつづけなければいけなかった。

無理をしてまで、絞り出す様に、頑張り続けなければいけなかった。

癒しをくれる、大事な場所が…いつの間にか、苦しみを与える場所になっていた。

『黙って…から回って…逆恨み、こんな醜い自分を…隠しておきたかった…
でも、私はもうこれ以上頑張れないんだよ…私にはもう、なにもないんだよ…
これ以上、私からなにを奪っていくの…?そんなこと、言わせないで…っ!』

アリスは何時も頑張っている女の子だと思っていた。

自身が苦しんでも、他人が苦しんでいたら。

迷わず飛び込む様な。

その様子がとても危うげで時折心配になるけれど。

人の為に頑張れる子だった。

でも、その『頑張り』はアリスにとっては心を削る様な…痛みを伴っていたんだ。

『もう、本当の私なんて分からないっ!ただ、苦しくて辛くて…痛いだけっ!!
救いも安らぎも、どこにもないっ!!何が癒しなのかすら…私にはもう…っ!』

ずっと気付かなかった。

自分がアリスを想っていたのは。

アリスにとっては苦行でしかなかった。

『…ごめん、もうこれ以上言っても…嫌になるだけだから…もう、切るね』

大きく息を吸うと、震えた声でそう吐きだした。

返事を聞く前に、アリスはブツリッと電話を切った。

最後の最後まで…何も言い返せなかった。

Re: 秘密 ( No.636 )
日時: 2016/11/23 21:12
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

〜・134章 今まで通りにはいられない・〜

電話を切った後も、ずっとアリスの声がリフレクションしていた。

アリスが放った言葉や、叫び。

それが時間が経つほど、胸の内で次第に膨らんでいった。

アリスは憎んでいたのだろうか。

気付かぬ間に理想ばかりを追い求め、押しつけ続けていた自分を。

それでも隠し続けなければいけなくて、黙って、痛みに耐え続けてきたのだろうか。

アリスは自分の本質を見てくれたのに。

母のことを調べ、母の最後に付き添ってくれた。

母と向き合うのが怖い自分に。

アリスは、弱くて迷って逃げてばかりいる自分を知っている。

だから、アリスには嘘はつけない。

アリスがいるだけで幸せそうな顔をしているって言うのは、本当だ。

どうしようもない安心感と、幸福感に満たされた。

でもそれと引き換えに…アリスは痛みや妬みが身体を蝕んでいった。

これから…アリスとどうやって接していけばいいのだろう。

傍にいても、傷つけるだけなのかもしれない。

そう思うと…やっぱり、今まで通りには笑えないのだろう。

知ったら、もう今まで通りに笑えない。

そのことも分かっていたから、アリスはずっと隠してきたのだろう。

だから、あんなに詫びていたのだろう。

1人になりたくない、そんな我が儘に付き合わせてしまったと。

別にそんなこと気にしないのに。

アリスが1人が恐ろしいというのなら、いくらでも傍にいるのに。

でも…それではきっと駄目なんだろうな。

傷つけあうことしかできないほど、自分たちは未熟だ。

好きになってもらわないと、息が出来ないから。

そんな想いが…いつだって、いつもアリスを追い詰めていた。

でも、これ以上アリスを縛り続けてはいけない。

そう少しでも思うのならば、もう…

コンコンッ

ノックの音が響き、返事を待たずにドアが開いた。

「なにしてるんですか?」

朝食を載せたであろう盆を持った、マリーだった。

活発さと、静かさを持ち合わせた女の子。

「…ちょっと…考え事」

「どうせアリスのことでしょう。ケイの頭は何時もそればかりですから。」

食事の席には、呼ばれて何度も行った。

けれど、食欲が湧かず結局残してしまった。

子供たちの為の玩具作りにも参加できなかった。

部屋に戻っても、眠気すら訪れなかった。

疲れ果てて、気付けば眠り、目が覚めて、数口だけの食事をし、また部屋に戻る。

そんな日が…もう何日続いただろう。

「そう…かもね」

でも、アリスのことは…なにも…見えていなかったな…

幸せだったのは、こちら側だけだったんだな。

アリスには、なにも与えられていないんだ。

「まあ、恋愛に迷いや衝突は避けられないですからね」

衝突、なんてものじゃない。

一方的に、吹っ飛んだようなものだ。

アリスが心をすり減らし、もう無理だというほど追いつめていた。

「でも、アニエスにいるのも残り少しですから。
アリスはここに残るそうですから、言いたいことはちゃんと話してくださいね。」

そう。

ようやく暇を得たアレクシスが同伴で、飛行機を飛ばしてもらえるのだ。

出席日数もあるし、自分たちが留まるべき場所に戻らなければならない。

アリスは自分の居場所を確認し、それは涼風ではないと決断したのだ。

早く…答えを出さなければいけない。

どこまでも幸せで…アニエスのことを片づけたら。

今度こそ幸せに生きていけるのだろうと信じて疑わなかった。

でも、アリスを苦しめていたのはアニエスではなく自分。

自分が強い女の子であるアリスに、憧れを抱いたから。

そんなアリスに惹かれたから。

アリスは頑張り続け、心をすり減らし、自分自身を嫌い、ぼろぼろになった。

1人にならない為に、アリスはどれだけの犠牲を払ったのだろう。

アニエスを除けば、アリスには3人いるあの場所しかなかったから。

その場所にしがみ続けるしかなかった。

アリスは、幼い頃はずっと牢で1人で育っていたという。

1人でいる辛さは、誰よりも知っていたのだろう。

「食欲はなくても、ご飯は食べてくださいね。思考力も、衰えますよ。」

パンッ、と目の前で掌を打ち合わせた。

その音に、一旦思考を途絶えさせられる。

「私にはきっと言えることはないから、せめて精一杯悩んでください。
応えてくれないことは…とても、辛いことですから。それは知ってますから。」

マリーは…長年、リンへ片想いをしていた。

それでも、想い続けとうとう実らせたのだから末恐ろしい。

リンがアリスを見つめている時も、傷付く覚悟で傍にいつづけた。

だからこそ、今があるのだと思う。

そういうマリーだからこそ、想っても想い返してもらえない辛さを知っているのだろう。

「後で、リンが食器を下げに来ますから。それまでに食べないと、口に突っ込みますよ。」

何時だってそうだな。

迷ってばかりいると、何時だって他の3人が励ましてくれる。

だから、ここはこんなにも居心地いいのだろうか。

でもそれは、とても美しいけれど、とても歪なようにも見える。

何時も他人がいて、困った時には支え合っている。

だから、なにかあると直ぐに弱ってしまうのだろうか。

1人で解決する力を、失ってしまうのだろうか。

Re: 秘密 ( No.637 )
日時: 2016/11/23 10:01
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

もそもそと、口に食事を詰め込んでいく。

舌は機能をやめ、ただ口に含み飲みこんでいく作業をのんびり続ける。

ただただ不快でしかない。

弱い自分が嫌になる。

こんなことで、こんな風になにも出来なくなってしまう。

アリスも、こんなことが合ったのだろうか。

味のしないご飯を飲みこみ、眠れないほど悩んだのだろうか。

それでもアリスは、笑顔を振りまき、それを周りに悟らせなかった。

そうして、今。

どうすればいいか分からなくなって、ぼろぼろの身体を引き摺っている。

立ち上がる力も失い、それでも気丈に振る舞おうとしている。

だから、ここで止まる訳にはいかない。

味がしなくても、不快でしかなくても、食べなければいけない。

アリスの言葉を知ったのだから。

アリスの想いを知ったのだから。

それは、ただの贖罪かもしれない。

それでも、ここでなにもせずうじうじしているのは。

単なる甘えだ。

引きこもって3日目で、ようやくその行動に移せた。

何度もむせ返り、せき込み、苦労しながら飲みこむ。

水で流しこみ、スプーンでよそったご飯を口にする度猛烈な吐き気が襲う。

感じやすいな…全く。

こんなに弱くて、脆いから、アリスは心配を掛けまいと無理をしたのかもしれない。

なにかあれば、直ぐに喉を通らなくなり、眠れなくなる。

「お疲れ様。完食おめでとう。」

いつの間にか、リンが部屋に入ってきていたらしい。

最後の1口を飲みこみ、やっと息がつけた。

リンはきっと途中から見ていたのだろう。

完食したはいいものの、気持ち悪くて暫く返事が出来なかった。

「俺、医者を継ぐのはやめようと思うんだ。」

唐突に発せられた、リンの言葉に耳を疑った。

「はっ!?」

リンの今の家は、医者だ。

跡継ぎがいない医者が、成績優秀なリンを見越して養子になったのだ。

だから引き取られてはずっと勉強ばかりして、医者になろうと励んでいた。

何年もずっとそうしていた。

「人が傷つくのを見るのは嫌だからさ。正直血も苦手だし、足の引っ張り合いも嫌いだ。」

「えっ…でも…」

そんなことになったら。

「衝突は免れないだろうけど、やりたいことが出来たんだ。」

衝突することも、見込んでいる。

今まで言葉にしなかったのは、きっと本人も迷っていたからだろう。

「万里花にも、ちゃんとプロポーズする。それで母さんとも一緒に暮らす。」

…母さん

愛しい人の影を求めて、傷つけることを恐れてリンを置いていった。

リンの母親。

けれど和解を済ませ、今は離れて暮らしているが連絡は取り合っているらしい。

「…万里花の家を継ぐのか?」

「それも考えたけど…経済とか金銭のやり取りは嫌いではないけど…
それを仕事にする気は、特にないかな。必要とあれば、やるけどさ。」

それよりやりたいことが出来たんだ、と満足そうに笑った。

リンは母との問題を終えてから、子供の様に笑うことが増えた。

今までの様な、落ち着いた大人の様な微笑みは影を潜めてしまった。

色々我慢することが多い環境だったから、屈託なく笑うことをやめていたのだろう。

万里花を得、友を得、母を得たリンは。

限りなく満たされ、気持ちを表現する術を遅ればせながら身につけたのだろう。

冷酷で、人との関わりもほとんどなく、クラスメートからも一線引かれていたリン。

でも今のリンはどこから見ても、ただの少年だった。

「上手く行くかは分からないけど。どうしてもやってみたいんだ。
言うのはまだ恥ずかしいから、言わないけどな。」

子供らしさを残しながら、もともと整っていた顔立ちはどこか大人っぽくなった。

変わったんだ。

苦しんで足掻いたリンの姿を知っている。

そこからリンは、抜け出して変わったんだ。

そんなリンを見ていると、どこか焦り始めた自分がいた。

Re: 秘密 ( No.638 )
日時: 2016/12/04 23:40
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「恋愛感情じゃないけどさ、俺はアリスのことも好きなんだぜ。」

万里花程じゃないけどさ、と顔をくしゃくしゃにしながら笑って見せた。

どことなく不敵な笑い方で、どこかアリスと似ている。

もともと口数の少なさや、そのくせ動作に感情が現れるところや。

優しさに不器用な所、少しずつ笑う様になっていたところ。

昔のアリスに似ているような気がしていた。

勿論アリスと違って勤勉だったり、几帳面だったりする所は似ても似つかないけれど。

纏う雰囲気はどこか少し似ていた。

リンと話していると、出逢ったばかりのアリスを想起せずにはいられなかった。

けれど、なにかを振り切ったリンは。

今のアリスに少しずつ近づいているような気がした。

やるべきこと、やりたいことを見つけ。

楽しそうで、どこか子供みたいに無邪気で、それでいて大人びて見えた。

自分の生きる意味を見出し、それに向かって没頭できることが嬉しくて仕方ないと言わんばかりに。

2人とも変わった。

嫌、変わったというなら万里花もだろう。

皆前に進んでいる。

駄々をこねているのは、自分だけだ。

アリスがいない生活が考えられなくて、ずっとこのままでいられると思って。

自分で歩きだすのを止めた。

アリスを傷つけたことを知り、それでもまだアリスにしがみつくことしかできない。

「だから、アリスが本気で決めたことなら。口出しする気はない。」

アリスが、本気で決めたこと。

そんなこと、分かっている。

アリスが生半可な覚悟ではないことも、ちゃんと分かっている。

アリスは自分の恩人で、大事な、尊い存在で。

だからこそ、いなくなるのが怖い。

アリスがいなくなった先、生きていく自分を想像できない。

「俺はアリスのことが好きだよ。人として、友達として。
俺には俺で頑張るべき場所がある。それはアニエスじゃない。」

それでも、自分のやりたいことがあるから。

それに向かって突き進むんだ。

自分には、突き進んでまで手に入れたいものはない。

アリスくらいしかいない。

辛い時、哀しい時、楽しい時、なんでもない時。

傍にいてほしいと願うのは、他の誰でもないアリスなんだ。

ずっと隣にいて、笑って、そんな日が続くことを夢見ていた。

でも、時間は流れていく。

決断すべき時は必ずやってくる。

今のままなんて幻想だ。

「それにさ、ちゃんとこれから先もずっと万里花と一緒に暮らしていくならさ。
傍にいたいなら、ずっとこのままなんて言ってられないよ。」

そこでリンは再び口端をめいいっぱい釣り上げて、笑って見せた。

「だって、もっともっと幸せにしたい。俺だって幸せになりたい。
だから今のままなんて、ふざけんなってんだよ。俺たちはもっと幸せになってやる!」

堂々と胸を張って、誇らしげに笑うリン。

高々と宣言した言葉に、微塵の嘘も躊躇も存在しない。

…羨ましい

自分も変わりたい。

例えアリスと一時的に離れることになろうと、幸せになる為に尽力できることを。

見つけたい。

アリスを都合のいい相手にするのではなく。

裏表を全て知って、それでも互いに支え合える相手に。

なりたい。

Re: 秘密 ( No.639 )
日時: 2016/12/11 11:55
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

酷いことを言った。

きっとじゃない。

絶対、圭のことたくさん傷つけた。

食事の席に出ていないと、エリスが毎日の様にこぼしていた。

部屋に引きこもり、部屋を出入りするマリーやリンの疲れた姿しか目に出来ないらしい。

それだけで大体現状がどうなっているか、分かる。

マリーやリンの手にする食事は、いつも殆んど口が付けられていない。

それでエリスはかなりご立腹だ。

足りない訳ではないが食事は節制したいと、勿体ないと愚痴ていた。

お金はエリスやアレクシスの稼ぎがあるから、困りはしない。

けれど大国と付き合うために、お金はかかる。

だから貧民層も存在するのだ。

電話してから数日、殆んど食事を口にしていない。

私は慣れていても、圭は違う。

きっとやつれている。

最低だ。

確かに圭に言ったことは少なからず真実だ。

圭が見ている私はあまりにも神々しくて、天使みたい子だった。

私はそんな理想と違うことが苦しかったし、作り笑いだって何度もした。

でも、圭の傍が唯一の安らぎであるのも事実なんだ。

その安らぎを失いたくなくて勝手に無茶して、から回ったのは私なんだ。

圭が私の本心に気付かなかったのは。

なにより私がそれを望んだからだ。

だから圭はなにも悪くない。

なのに。

圭は私に文句の1つも言わない。

どうして。

どうして圭はそんなに優しいのだろうか。

圭の優しさは憎らしいけど、私を救ってくれもした。

憎いけど、それが愛しくもある。

まるで母が父に向ける気持ちみたいだ。

でも私は母とは違う。

母は父の意志を尊重し、父の死に際まで彼の陰に徹していた。

父の傍にい、父を想い続け、父を見返すために生きてきた。

父の中に、少しでも存在し続けようとした。

それが母の意志で、母が決めたことだ。

私は圭を追いかけてアニエスから逃げ出しもしなければ。

圭が私を追いかけて闇に沈むのも嫌だ。

互いに、好きなように生きればいい。

圭が例え私を想っていなくても。

私が圭を想えていればいい。

圭の中に私がいなくても、私の中には圭がいる。

それで充分。

それが私の意志。

私は圭を追いかけない。

そうすればいつか、絶対に後悔する。

元気に生きていれば、それで良い。

私ばかりにしがみついて、生きていて欲しくない。

私も、これからどういう顔で圭の傍にいればいいか分からない。

圭が帰国するまでの数日。

私は圭の部屋には近づかなかった。

Re: 秘密 ( No.640 )
日時: 2016/12/18 13:17
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

〜・135章 幸せの代償・〜
「アリス」

圭とは会いたくない。

会ってもどんな顔をすればいいか分からない。

私が散々迷い、決めた答えを。

圭はあっさりと覆した。

そうだ。

確かに圭はそういう人だった。

いつも私の考えや予想を覆し、私を驚かせる。

なのに、圭らしいと思わせる。

人が必死に考えた答えを台無しにする。

けれど、私には考え付かない答えに辿り着ける。

「なあに?」

微笑み返しながら、ゆっくりと振り向く。

部屋には近づかないと決めたのに、圭は自分で会いに来た。

私の考えを覆す圭は、もしかすると私よりずっと強いのかもしれない。

「廊下じゃなんだし。場所、変えよっか。」

周りのことをよく見、気持ちを組み、それで考え、行動できる。

なかなか答えが出せなかったり、行動に出せなかったりもするけど。

どこまでも人間らしく、優しく、温かい。

流されることが合っても、苦しんで答えを出せる。

逃げ出しても、いつか答えを出せる。

そんな圭は、きっと私よりずっと強い。

Re: 秘密 ( No.641 )
日時: 2016/12/19 02:43
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

アリスに連れられ、屋上の淵に並んで腰かける。

後から座ったアリスは少し距離を置いた。

下から吹き上げる風や、連なる建物を見ると少し怖くなる。

アリスはそんなことを全く気にしない素振りで、あしをぷらんぷらんと揺らしていた。

街並みを静かに見降ろし、こちらの言葉を待っている様にも見えた。

「僕はアリスの一面しか見ることが出来なかった。」

今更気付いて、それが死ぬほど恥ずかしい。

アリスのことを助けたいって豪語して。

それなのに、アリスのこと何も分かっていなかった。

「アリスが笑顔で苦しみを隠していたことに。気付くことが出来なかった。」

ここに来て、アリスの知らない一面を知って。

涼風にいたアリスは、笑顔で必死に隠していたんだと気付かされた。

そうすることでしか、アリスは居場所を確保できなかった。

居場所を失うことだけは、アリスは絶対に嫌だったから。

今になってやっと、分かった。

色々なことを調べて、真正面から向き合って、泥を被りに行く。

母親や身内の問題はそれに筆頭する。

マリーやリン、そして自分も。

トラウマを解決し、前へと向かって歩いていけるようになった。

それはアリスの善意だけではなく。

元々同じ立場ではないのだから泥をかぶっても大丈夫、と自分を軽んじてもいた。

それだけだと思っていた。

でも、アリスにとっては居場所を失いたくないという願いもこめられていた。

「…愛しいという気持ちは、あったよ。」

だから苦しいの、と彼女は言った。

想像はいくらでもできたはずだ。

アリスを見て、接していれば、見えて来るものがあったはずだ。

アリスは正体を暴かれるのを恐れながら。

苦しみながら。

気付かれたくない、そんなことを想っていた。

電話での暴露は、延々と続く苦しみを一刻も早く終わらせようとしていた。

激情に駆られ、色んな事を口走り、最後は疲れた様に電話を切った。

「アリスが昔のこと、覚えてないの。気付いてたのに。」

「…そうだね。隠すな、泣きたい時は泣けって。言っていたっけ。」

よく覚えているね、と呟くと。

忘れられないんだよ、ともっと小さな声で返した。

アリスはどんな一字一句も忘れない。

色んな感情や気持ちを、ずっと忘れることも出来ずに抱えている。

それもそうだね、と静かに返した。

忘れられないというのは、一体どんな気持ちなのだろう。

「昔のことを話に出される度、怯えていた。
出さない様に、気を使ってはくれていたみたいだけど。
やっぱり人を繋ぐのは、過去なんだから出すなて言うのも無茶だよね。」

昔のことを忘れてしまったアリス。

向けられる優しさは、全部過去の自分に向けられている。

分からない。

知らない。

怖い。

それだけじゃ足りない気持ちが、いつもひしめいていたと思う。

そんなことに、ずっと気付かなかった。

分かっていたはずなのに。

Re: 秘密 ( No.642 )
日時: 2016/12/24 21:36
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「やっぱり、自然とアリスを昔のアリスと重ねていたと思う。
切り離しては考えられなかった。…昔のアリスも、特別な存在だから。」

大切な言葉を掛けてくれた大事な存在。

あの頃の唯一の生きがいだった。

アリスがいなかったら、確実に生きてはいなかった。

事情が合って、小学校高学年の頃散り散りに別れてしまったけれど。

それでもアリスのことを考えない日はなかった。

勝手に黙っていなくなって、謝り倒しても気が済まないと思っていた。

会いたくて、でも会えない。

そのことを申し訳なく想いつつも、やはりどこか安心していた。

あの頃の自分は、アリスはリンに惚れているものだとばかり思っていた。

真相はもう分からないけれど、だからって黙って消えることはなかった。

施設の都合でいきなり追い出されたにしても。

一度くらい会いに行けたはずだ。

それでも会いに行かなかったのは、多分怖かったからだ。

アリスがいなくなるまで、自分のしたことの本当の意味に気付かなかった。

Re: 秘密 ( No.643 )
日時: 2016/12/24 21:53
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「圭たちのことは、昔からエリスに聞いていた。
エリスはアイザックのことも、圭たちのこともお伽噺の様に話してくれた。」

初めは、意地悪ばかりをしていたけれど。

アイザックを失ったエリスに寄りそい、圭たちと出会った私の傍に。

次第に優しく、時に厳しく。

寄り添うようになっていった。

「あの頃は、色んな家をたらい回しにされて。
人の悪意に歯を食いしばって耐えていなければいけなかった。
色んなものに疲れて、そんな時は圭たちの話が支えだった。」

エリスの行動は、とても嬉しかった。

母の目をくらます、という理由でアニエスを出た。

圭に出逢って、別れて、それからは色んな家をまわっていた。

どの家も、問題がある家ばかりだった。

母曰く、人の悪意や生きていく厳しさを身につかせるためだと。

その為に父はわざわざ、そう言う家を選んだのだと。

話してくれた、母は少し呆れた様な寂しそうな笑顔を浮かべていた。

今なら、その意味が分かる。

「私にもそんなことがあったんだって、嬉しかった。」

エリスは私の支えだった。

会うたび、彼らの話をねだっていた。

お腹が空いていても、生傷が絶えなくても、生乾きのボロボロの服を着せられていても。

エリスに会うと、痛みを忘れて聞きいっていた。

支給されている携帯は壊されることもしばしばで。

だから、エリスは大抵帰り道にふっと現れることが多かった。

携帯隠しときなよ、って笑いながら携帯を渡してくれた。

それがあの頃の日常だった。

家に帰りたくないのもあって、エリスと会うとついつい長話になった。

「…懐かしいな」

エリスから話を聞くのが、本当に好きで。

彼らと私の最も強いつながりは歌であった、と聞いて。

基地に足を運んでは、放置された楽譜を読みこみ。

歌うことで繋がっていられた気がした。

「歌っていれば…本当に、会える気がしてた。」

あのころとは、もう違う。

辛い事ばかりで、だから圭たちに会った時は嬉しかった。

お伽噺の中に入り込んだみたいに、夢の様だった。

「でも、やっぱりお伽噺は見ている頃が一番幸せだったのかもしれない。」

圭に会ったことは幸せだった。

私の人生において、間違いなく転機だった。

幸せの始まりだった。

「…幸せになっても、やっぱり痛みってあるんだね。」

考えてみれば当たり前だった。

代償なしに得られる訳なんてないんだ。

私がしてきたことを、考えれば。

もしかすると幸せになること自体が、痛みなのかもしれない。

「アリスは幸せになることに、不慣れなんだよ。不器用なんだ。
でもね、慣れてからも…それでも傷付くこともあると思ってるよ。」

ふふっ、と小さく微笑み返す。

やっぱり圭は変わらない。

「でもやっぱりさ、傷付かずにはいられないよね。
人生において痛みや、悲しみは絶対になくてはならない。不可欠だもん。」

傷付いて、ぼろぼろになって。

だからこそ当たり前の日々が、こんなにも愛おしい。

そんなこと、ずっと前から分かっていた。

知っていた。

「圭たちと過ごした時間は、本当に夢を見ているみたいに幸せだったよ。
傷付くことや罪悪感に苛まれることもあったけど。本当に、満ち足りていた。」

生きているんだって、実感できた。

例え圭の視線の先にいるのが昔の私でも。

それでも良いって、確かに想っていたんだ。

Re: 秘密 ( No.644 )
日時: 2016/12/30 22:34
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

〜・136章 残酷な我が儘・〜
「圭のこと、本当に大事だったんだ。」

アリスは何度も繰り返す。

幸せだった。

大事だった。

夢を見ているようだった。

満ち足りていた。

そんな言葉を、何度も何度も噛み締めるように。

「その気持ちに、嘘はないんだよ。」

それでも、と小さく続けた。

その先の言葉は、なんとなく想像がついた。

“圭のこと、ちゃんと見れていなかった”、と。

哀しそうに。

寂しそうに。

ぽつりと零した。

「圭みたいになりたいって、理想ばっかりで。
救ってくれるのが当たり前で、笑ってくれるのが当たり前で。
それがどれだけ大変なことなのか、ちっともわかってなかった。」

Re: 秘密 ( No.645 )
日時: 2016/12/30 22:40
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

アニエスのことは、色んなきっかけを生み出した。

「アニエスのこと知られたくなかったけど。
事実、私は心身共にまいっていた。救われたのは事実だよ。」

何度もいなくなったり、心配を掛けるのが嫌で。

いつか、手に負えないって捨てられたらどうしようって。

不安が胸を巣食った。

「でも、圭たちが優しくて。本当に、馬鹿みたいに優しくて。
それなのに、不安は拭えなくて。って、当たり前だけど。」

私のしてきたことを考えれば。

そんなの当たり前。

「見捨てられない様にって、精一杯努力した。
してもしても、したりなかった。餓えは増すばかりで、満たされなかった。」

見捨てられたら、それこそ死んでしまう。

嘘をつくことを躊躇わなくなり、作り笑いも板についた。

日に日に自分が暗い所に沈んでいく感触があった。

それでも、不安は消えなかった。

「でも。ある時を境に、私は絶対に見捨てられたりしないって気付いたんだ。」

信じられなくて。

疑ったり、仕方ないって諦めたり、色々なことをした。

でも、いつだって圭は来てくれた。

嫌われない努力も、諦めも、猜疑心も。

その瞬間にどうでもよくなってしまった。

「付き合ってからは、決定的かな。」

圭も私を好いていて、私も圭のことが好き。

それがまるで奇跡みたいなことで。

付き合い始めたばかりの頃。

気持ちが通じ合っていると分かるだけで。

毎日が、幸福だった。

そんな時に。

「圭の弱い所…お姉さんや家のことを…初めて知った。」

圭はずっと満たされた幸福な子供だと信じていたから。

そんな一面があることに驚いた。

「きっと、その頃から私のなにかは変わっていった。」

戸惑う圭や弱った圭。

気丈に振る舞おうとする圭、迷う圭、ぼろぼろになった圭。

色んな圭を見た。

憧れであった圭が、少しずつ変わっていった。

圭に散々助けてもらって、でも結局どこか信じられなくて。

いなくなろうとしたり、自ら傷付く道を選んで、進んだり。

ちっとも圭のことを考えず、軽率なことをした。

そんな自身がしてきたことに対する後悔と一緒に、ある気持ちが芽生えてきた。

圭と一緒にいられればいい。

それまで、ずっとそう考え続けていたのに。

「私のせいだ、って思っちゃったんだよね。」

圭は普通の男の子だった。

何の変哲もない、ちょっと家族関係で複雑な事情を持つ。

それだけの男の子だった。

でも、過去に私が授けた言葉によって変わってしまった。

圭は私を好きになり、圭の世界の中心は私になった。

それだけなら、良かった。

高校生になって、再会してからが問題だった。

夢は夢であれば良かったのに。

それは日常に変わってしまった。

「助けに来ることも、迎えに来ることも、全然楽じゃない。
凄く大変なことなのに、それが当たり前になった。」

ずっと話にしか聞いて来なかった圭と会って。

嬉しくて。

しかもそんな男の子が私を救ってくれて。

好きになって。

ずっと傍にいたいと願った。

絶対に失いたくないって。

「アニエスのことがあって、余計に圭は私の傍にいてくれるようになった。」

最初は誰よりも隠しておきたいことで。

絶対に知られたくなくて。

知られた時には、凄く後悔した。

それでも、時間が経つにつれ。

思ってはいけないことが、頭の中に渦巻いていた。

「アニエスのことがあれば、圭は絶対に私を捨てたりしないって。」

Re: 秘密 ( No.646 )
日時: 2017/01/15 22:45
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「それに気付いた時、愕然としたよ。
圭のこと苦しめたくなくて、力になりたかった。傍にいて、支えたかった。
そんな気持ちが、確かにあったはずなのに。」

いつからか、私自身が圭のことを苦しめ始めた。

アニエスを口実に。

なによりも忌まわしいはずだったのに。

「圭の世界の中心は、間違いなく私になっていた。
アニエスのことは、なによりも強い楔だった。私はそれを利用した。」

気付いたと同時に。

手を離さなければと思った。

このままじゃいけない。

弱く、脆さを持った圭が。

私の為に壊れていく様が見えた。

「おかしいよね。圭の傍にいたくて、酷いことも汚いこともした。
それに躊躇いなんて感じたことなかった。
アニエスのことも、自分の性格も気持ちも、好かれる為ならなんだってやった。」

圭の理想であり続けたことも。

その為に無茶して、こんなの私じゃないって叫びたくなっても。

アニエスに呼び戻されたりして、監禁されたって。

そんなこと、お構いなしだった。

傍にいられるなら、好かれるなら、安い代償だって。

笑い飛ばせた。

自分はそういう人間だった。

「圭の弱さを見て、やっと分かった。普通の人なんだって。
優しくて、強くて…それでもやっぱり弱いんだって。
今は大丈夫でも、いつか壊れるって。そう思っちゃったんだよ。」

それでも。

圭の弱さを見て、やっぱり普通の人なんだって分かった。

それが、壊れていく。

「そしてそれは、紛れもなく私のせいだ。」

Re: 秘密 ( No.647 )
日時: 2017/02/01 14:21
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「馬鹿みたいだ。」

長く続いた話が、佳境に差し掛かった。

溜め息をつくように、呆れたように。

小さくこぼす。

「私が必死にやってきたことは、自分の首を絞め続けるだけだった。」

周りを傷つけ。

自分も傷つき。

やっと手に入ったと思ったものは。

残酷な現実だった。

「私はもう充分だよ。」

精一杯頑張れた。

圭の世界の中心にいられた。

同じ場所で笑いあえた。

苦しくても。

確かに、私がやってのけたことなんだ。

「リンやマリーのお母さんたちを見て、手放そうって決心したんだ。
残酷な優しさを発揮して、例え圭が傷ついても構わないって。」

あー…

最後の最後まで、私はどこまでも自分勝手で救いようがない。

「我が儘に付き合わせて、ごめんね。」

Re: 秘密 ( No.648 )
日時: 2017/02/14 23:06
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

〜・137章 違う道を歩いて・〜
「それを言うなら…僕だって充分我が儘を言ったよ。」

アリスの傍にいたいって。

傍にいて、気付かぬうちに傷つけていたんだから。

アリスにとっては、自分と一緒にいることは辛いことだったのかもしれない。

どう見ても違う価値観。

世界そのものの見方が違う。

一緒にいると、アリスが自身のことを嫌いになってしまうんじゃないかって。

それくらいのことは、考えたことがある。

だからこそ。

「アリスが自分のこと、好きになっても良いんだって。
そう思えるくらい、アリスの分までアリスを好きでいようって思ったんだ。」

いつだってアリスのことを考えて。

それはとても贅沢なほど、至福な時間で。

アリスさえいればって、何度も思った。

「でもね、アリスのこと。
10年前にかけられた言葉だけで、好きになった訳じゃないんだよ。」

・・・人間らしさを誇って・・・

その言葉だけじゃない。

10年前の言葉だけじゃない。

「…そうだよね。
圭は昔の私だけじゃなくて、今の私もずっと見ててくれてたもんね。」

小さくアリスも言葉を返す。

へへっ、と照れたように笑った。

「でも、不安にさせたのは僕の過失だから。
無茶させたのも、諦めたのも、疑わせたのも、全部。」

ううん、ってアリスは隣で首を横に振る。

金色の髪が、小さく揺れた。

「きっと圭がどれだけ想ってくれていても、変わらない。
もし不安にもならず、無茶せず、諦めず、疑わずにいられたら。
今よりずっと弱くなってたと思うし、そんな万能な圭を好きにはならなかったと思う。」

ああ。

確かにそうかもしれない。

不思議だ。

まるで懺悔する様に、お互いの過ちを吐露しているのに。

気持ちはひどく、穏やかだ。

お互いの気持ちを曝け出して、傷つけたことにも気付けたのに。

気分は良い。

「そんな万能な圭だったら、きっと恐れ多かったよ。」

アリスも軽口を返した。

彼女の顔も、笑っていた。

穏やかに、幸せそうに。

「圭のこと好きになったのは、きっと不完全な所もあったからだよ。
色々あったけどさ。圭のこと好きで大事だったってところも、忘れないでね。」

気分は穏やかだ。

彼女を傷つけ、傷つけられた。

なのに。

「だから、もう良いよね。」

うん、と静かに返す。

その先の言葉は、なんとなく分かった。

「違う道を歩こう。」

Re: 秘密 ( No.649 )
日時: 2017/02/19 17:30
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

圭のことが、好きだった。

エリスから聞いていた話でも、一番多く出てきた名前で。

始まりの男の子、なんてふざけて言っていたっけ。

圭と出会ってから私は変わったと。

初めてエリスが、圭の話をした時。

それは私が膝を抱えながら、公園で時間が過ぎるのを待っていた時だった。

隣に腰掛ける人がいて、ふっと視線をやるとエリスが艶やかに笑っていた。

小学校高学年の頃だったかな。

普段は静かに笑いながら、用件だけを告げに来ていた。

最後の最後に、体には気を付けろよとだけ言っていたのを覚えている。

それがこの時は、用件を切り出すこともなくただ隣に座っていた。

家に帰るのが嫌で、外でただ歩いたり、疲れたら座ったり。

気ままに、それなりに気晴らしになった。

でも、外でいかに楽しく過ごしても。

いつかは家に帰らなくてはいけない。

それが辛くて、少しでも家にいる時間を減らそうと仮眠も外でとった。

幾つの時からだったろう。

気付いたら、そんな生活だった。

丁度その日は、前日の夜に家の人に酷い八つ当たりをされて。

ただ帰りたくないと、死にたいと、心の底から呪っていた。

だから、用件を告げないエリスを不審に思いながら。

死ぬことも許されないのかと、思ったことを覚えている。

エリスがいれば、私は死ねない。

「…去年のことなんだけどね。アリス、覚えてる?」

出だしはそんなものだったと思う。

私はその頃は幼い頃のことしか覚えていなくて。

アニエスでのことは覚えていたけど。

圭たちのことだけがすっぽり抜けている状態だった。

気付いたら、10だか11歳になっていた。

戸惑いはしたけど、知識の点で困らなかったし。

そういうものだと思っていた。

「…覚えてないよ。知ってるでしょ。」

気付いたらアニエスからここに来ていて、学校に行っている。

辛いことが多かったけど、それでも人と感覚が違ったのか。

仕方ないことだ、と冷めた目で見ていた。

食事を抜かれるのは慣れていたし、基本は家の外で過ごしていたから。

家の中で殴られたり、無理矢理酒を飲まされなければ良い方だった。

「あのね、いいこと教えてあげる。あんたには好きな人がいたんだよ。
しかも4、5歳の時からずっと。すっごい一途で初々しかった。」

「…なにそれ、意味分かんない。」

本をたくさん読んで、でも私には共感できないことが多かった。

感情というものを表現する術を身につけるタイミングを逸したのだ。

痛い、辛い、嫌だ、とは思っても。

人が持つような温かな気持ちは分からなかったし。

自分が持つことはないと思っていた。

私の心は穏やかで、いつも何かを諦めていて。

いつ死んでも構わないと言わんばかりに、どこか投げやりだった。

「ほんとなんだよね〜、これが。
私も目を疑っちゃったし。でも、すっごい幸せそうだった。」

そんな自分を、想像できない。

エリスの性質の悪い冗談だと思った。

「出逢ったのは、4年前かな。4年間ずーっと一緒にいたんだ。
会ったのはお屋敷で…相手の男の子が窓から飛び込んできた所から。」

「…窓から?」

「すっごいお転婆さんでしょ?
今のあんたみたいにお腹をすかせてて、食べ物を探していたの。」

その男の子と遊ぶようになった、という所まで話すと。

エリスは席を立って、からかう様な笑みを浮かべて帰っていった。

続きはまた今度ね、と後から電話で告げられた。

それからエリスは来る度に、少しだけ“ケイ”と言う男の子の話をした。

エリスが来るのは大抵私の携帯が壊れた時だった。

アニエスから支給された携帯で、家に帰る前と出た後。

電話する様に言われていた。

単なる生存確認で、涼風に来てからずっと続く習慣だった。

でも、家人は乱暴な人が多かったので壊されることもよくあった。

だからエリスは月に1度か2度。

多ければ週に2回。

携帯を新調しに来ていたのだ。

会うたびに話をせがむようになった。

輝くような物語に、耳を傾け。

家に帰ってからもずっと反芻していた。

エリスの話は抽象的で、彼らが今どこにいるのか。

一緒にいる時にどんな会話をしたのかも結構曖昧で。

伝わってきたのは、彼らは優しい人で。

私自身もその時幸せそうだったことだけ。

エリスの作り話かもしれないと思っていたけれど。

それでも、本当にいたらってずっと夢を見ていたんだ。

生まれて初めて見た夢だった。

その夢は私は励まし、圭たちに再会するまでずっと続いた。

Re: 秘密 ( No.650 )
日時: 2017/02/23 23:29
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「圭のこと、本当に好きだった。
でも、苦しくても…逃げた先に圭といられる喜びが合っても。
私はここにいたい。確かにそう願ったんだ。」

これはきっと、本当の言葉だ。

今のアリスが考えた、偽りのない言葉だ。

「僕もきっと、アリスに恋をしていた。
子供みたいに幼くて、不器用で、恋に酔っていた所もあったけど。」

「「それでも」」

言葉が、重なる。

顔を見合わせて、笑う。

「「きっと恋をしていたんだよ」」

胸の中は穏やかな気持ちで満たされている。

温かくて、静かで、後悔も迷いも存在しない素直な気持ちが。

口から空気を震わせ、紡がれている。

「「君に恋をして良かった」」

同じことを想いながら。

くすくすと微笑みながら。

「ありがとう」

彼女が告げる。

「ありがとう」

それに応える様に、僕も告げる。

幼くて、未熟な恋でも。

とても大事な思い出だ。

アリスに恋をしなければ、母とのことも、姉とのことも。

一生、背負いながら生きて行くしかなかった。

アリスの言葉で、それがとても軽いものに感じられた。

感謝も、愛しいと思ったことも。

触れたいと、願ったことも。

全て本当。

彼女のことを、全然知ることが出来なかった。

子供の様に駄々をこねて、相手のことを心から慮ることが出来なかった。

そんな子供みたいな恋だけど。

して良かったと思える、そんな恋だった。

後悔も未練もない。

彼女も、自分の言葉で背負うものが軽くなったと。

そうやって、自分に偽りの恋をした。

笑顔で駆け寄ってきてくれた彼女も。

圭、と呼ぶ彼女の声と笑顔に。

本当に恋をしていたんだ。

お互いの顔を見る度に、嬉しくて幸せな気持ちにさせてくれた。

だから。

今度は。

「今度こそ、一緒に生きていきたい。」

いきなり恋人とかは無理だと思う。

気持ちの整理も出来ない。

ニセモノの恋は自分たちを幸せにしてくれた。

温かな気持ちを授けてくれた。

もう、沢山貰った。

「好きになる所から、始めさせてください。」

今度こそ、本当の恋人になりたい。

相手のことも、自分のこともちゃんと分かって。

弱さも醜さも、強さも温かさも抱きしめて。

それでも、迷いなく好きだと答えられる様に。

「喜んで」

幸せで堪らないという様な、朗らかな笑顔で。

彼女は返してくれた。

Re: 秘密 ( No.651 )
日時: 2017/04/05 13:26
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「私はここで、アニエスを助けるよ。」

「僕は涼風に戻って、夢を見つける所から始めるよ。」

お互いの小指を絡ませ、微笑みあう。

少し距離を置こう。

お互いのことだけでなく、周りもちゃんと見えるように。

もう理想で誰かを傷つけないように。

「もし、恋人になれなくても良い友人くらいにはあり続けたい。」

好きになれてよかった。

こんなこと、聞いてくれるのは圭だけだったと思うから。

「そうだね。傍にはいたい。」

こうやって微笑み返してくれるのは、圭だけだと思うから。

「今度会った時は、お互いが見てきた色んな話をしよう。」

「きっと、楽しいだろうなぁ。」

くすくすと笑い合う。

今までは笑いあっていても、心地よさの中にチクチクとした痛みが潜んでいた。

痛みは圭と別れた後に、じわじわと増していって何時も私を苦しめていた。

「私の本心を知った時、どう思った?」

少し、興味がある。

圭のことだから馬鹿正直にショックを受けて、自己嫌悪に陥っていそうだ。

見ただけでも、数日で体重をかなり落としてるみたいだし。

「アリスがいないと、こんなに駄目なんだと思った。
アリスがいない未来を生きている自分を想像できなかった。」

ストレートな言葉に、素直に恥ずかしくなる。

そうだ。

最初から隠さずに話していたら。

誰も傷つかなかったのかもしれない。

でも、今は傷が愛おしい。

言葉の1つ1つがくすぐったくて、自分の中に温かく降り積もっていく感覚がある。

「…なら、これからも頑張れる。」

私の力だけで、圭の大事な人になれた。

結果が最悪なものだったとしても。

私の存在を、確かに刻みつけることが出来た。

「…ちょっと意外だった。
私が望んでやったことだけど、ここまでとは思わなかった。」

「自分でも驚いた。でも、なにもかもがアリスの思惑通りだと思わないでね。
素のアリスだって、少しは見てきたし。自分で意思で、好きだったんだから。」

照れくさそうに、子供みたいに。

頬を掻きながら笑っている圭を見ている。

ちょっとだけ私より高い背丈。

いつも軽く見上げて、すると直ぐに目が合う。

「圭はいつも驚かせてくれる。圭の偉大さを、今になって思い知ったよ。」

救ってくれないことばかりを嘆いていたけど。

人を助けるって言うのは凄く大変なことなんだ。

「偉大でも何でもないよ。ただ、馬鹿だっただけ。」

目が合うと決まって圭は笑ってくれて。

私も自然と笑みが零れる。

「なら、私も圭みたいな馬鹿になりたいよ。」

「貶してる?」

「褒めてはないけど…貶すってほどでもないよ。感心しただけ。」

「結局どっちなんだか…」

未来の約束をした。

それはきっとこれから先、自分たちを縛り、苦しめることもあるだろう。

でも。

この約束があれば。

圭と何時でも繋がっていられる。

頑張れる。

きっと。

幸せになる為の、力になる。

Re: 秘密 ( No.652 )
日時: 2017/06/15 22:43
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

〜・138章 気付けなかったもの・〜
「とりあえず、これを使わずに済んでよかったよ。」

アリスがポケットから取り出したのは、黒光りする拳銃だった。

それが出てきた瞬間、ギョッとした。

「腕に力がないから、小さい型のを貰ったんだけど…それでもやっぱり重い。」

「あの…アリスさん?何でそんなもの持ってるのかな?」

脂汗をかきながら、やんわりと尋ねる。

あからさまなぐらい、苦笑いを浮かべているだろう。

「試したくて。」

にっこり、と満面の笑みで返された。

「あっ、別に射撃の練習したい訳じゃないよ。
それは室内でちゃんとする所があるから。外じゃ危ないしね。」

聞きたいのはそういうことじゃないんだけど…

でも、こうやってアリスと軽口叩くのも久しぶりだ。

いつもは、お互いが大事すぎて。

優しい言葉ばかりを交わしていたから。

最近はお互い、厳しい事ばかりを話していたし。

「…自分を止められるか、試したかったんだ。」

アリスの顔にはまだ微笑みが残っている。

「圭に言われて、止まれるか。自分の為に圭を撃てるか、試したかった。」

「…結果はどうだった?」

アリスの話を聞いてから、自分の中にも変化が起きた。

いつもなら、拳銃を持っていたら驚いて取り上げていた。

叱って、きつく抱きしめて、止めろって叫んでた。

でも、今のアリスにはそれが必要だから。

そう言う道を、アリス自身の意思で選んだから。

「…分かんない。」

ん〜、と空を仰ぎながらアリスは続けた。

「圭に言われても自分が変わらなかったら、それどころか圭を撃てたら。
きっともう何をしても無駄なんだな、救いようがないなって思ってたから。」

一緒にいて、苦しいことがあった。

アリスの中には、自分を憎む気持ちもあるだろう。

それだけのことを、自分はしたんだ。

でも…

憎む気持ちと同じくらいに、愛しくも想っていてくれたんだ。

そんな相手、この先絶対に見つからない。

「でも…今は撃てなかった。なら、まだ救いようはあるのかもね。
結構ギリギリだったけど。」

「ギリギリって…人の命を…」

「大丈夫。狙っても足だよ。」

「そういう問題じゃないっ!」

お互いの顔に笑みが浮かびながら。

物騒な単語を交えながら。

声をあげて笑っている。

こんな日が、来るなんて思わなかった。

アリスはこの先誰かを傷つけることもあるだろう。

誰も傷つけないで済むなんて、そんな簡単な問題じゃない。

それくらい分かっている。

でも。

今のアリスならきっと。

人の気持ちを組んで、多くの人が幸せになる様な。

そんな道を、必死に探していくのだろう。

だから、もう心配することなんてなかった。

Re: 秘密 ( No.653 )
日時: 2017/07/07 22:00
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

3人が帰国する前日、私は激務の休みをもらった。

それは母やエリスのささやかな気づかいだった。

1日の休みをもらってしまうと、圭たちが帰った後しんどそうだから。

夜だけ休みをもらうことにした。

夕食の席に顔を出すと、3人は顔をほころばせて笑ってくれた。

私はアニエスに残ることを3人に伝えた。

「アリスが心から決めたことであるなら。止めません。
でも、辛くてたまらない時はいつでも連絡を。会いに来ても良いですから。」

「…ありがと、マリー。その時はまた、何時もみたいに笑って抱きしめて。」

「怪我とかは…気を付けろよ。危なそうな仕事だし。」

「非力だしね。精一杯気を付けるよ。ありがと、リン」

「やりたいこと、悔いのない様に。納得いくまでやってきな。」

にっこりと笑って返す。

「それは私の得意分野だよ。ありがと、圭。」

それからは和やかに食事を始めた。

お互いのこれからの指針を話し、談笑した。

リンは医者をやめ、マリーは家業を継ぎ、圭は夢を見つける所から。

大学の話、取ろうと思う資格の話。

マリーとリンに関しては結婚も視野に入れているらしい。

教会で挙げたいとか、真っ白なウエディングドレスが良いとか。

ブーケトスは私に投げてくれるとか。

色々なことをマリーが言う隣で、リンは真っ赤な顔をしていた。

2人は変わらないな。

見ていて微笑ましく、すぐにでも結婚式の招待状が届きそうだ。

食事を終え、別室に移った。

2人の延々と続く惚気を聞いて、私も昨晩圭と交わした会話を伝えた。

「長くにわたって、迷惑を掛けてすいませんでした。」

頭を下げると、即座にマリーが一声かけた。

「2人のことに口を出す気はありません。
アリス達がその道を選んだのなら、それが良いと思ったのでしょう?」

こう言った時、人目を憚らず真っ先に声を掛けてくれる。

そんなマリーが持つ、煌めく様な強さに憧れずにはいられなかった。

顔をあげさせ、にっこりと微笑んだマリーの顔は。

私が追い求める笑顔そのものだった。

優しく、力強く、温かで、不安を吹き飛ばすような笑顔。

ずっとずっと大好きだよ、マリー。

Re: 秘密 ( No.654 )
日時: 2018/02/13 15:56
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「ほんっと、馬鹿だな。」

後ろから聞こえたリンの大きな声に、一瞬体がびくっと震えた。

リンは思い切りしかめっ面をしていて、怖かった。

鬼気迫るというのはこんな顔だと思った。

「悪いのはこっちもだよ。不安だって言うなら、ずっと傍にいてやる。」

言うと同時に、そっと抱きしめてきた。

思えば、リンに抱きしめられるのはバレンタイン以来だ。

背丈が圭より高いせいか、少し屈む様な形になっている。

おんぶされた時も思ったが、大きな背中だ。

「いてやるってのは違うな。いさせてください、だ。」

優しい、声だった。

「言わないのが悪いとは言わない。言えない気持ちも分かる。」

だけど、と続ける。

「それでも、アニエスのことがなくてもアリスのことが好きだよ。
大事だってことは、覚えとけ。これから先ずっと。」

2人は、私がこれから進んでいく道をちゃんと理解している。

救いなんて見えない、暗くて危ない道。

私は主に頭を使うことになるだろうけど。

それでも任務に駆り出されることもあると思う。

そのための、訓練だと思うから。

人員不足ってのもあるけど、なにより私だけが安全な場所にいたくないから。

武器を持つこともあるだろうし、殺す技術も覚えるだろう。

それらを分かって、後押ししてくれている。

「…もっと、反対すると思ってた。」

「アニエスのこと?それとも圭のこと?どっちにしろ、するわけないじゃん。」

抱きしめられているので、顔は見えないけれど。

声は明るく、自信で溢れていた。

「前からずっと考えてたことだけど、アニエスのことを解決するってどういうことか。
アリスのお父さんの暴君をやめさせること?それとも、アニエスからの追手がいなくなればいの?」

…リンも、マリーも。

ちゃんと私のことを考えていてくれたんだな。

ずっと、気付かなかった。

当たり前になり過ぎていたから?

私がなにも見ようとしていなかったから?

どちらにしろ、愚かだ。

「多分どれも違うと思ってた。暴君をやめても、追手が来なくても。
どっちにしても、救われないと思ってる。今でも。」

しっかりした言葉が、私の中に降り積もっていく。

リンの言葉が、私の中にしっかり届いている。

その実感がある。

「だって、例えアリスのお父さんがいなくなったって。
アリスのお父さんが積み上げてきた物までなくなる訳じゃないから。」

リンの強さに、ずっと憧れていた。

人の目を気にせず、まっすぐに抱きしめてくれる手を。

迷いながらも人の為に、自分の道を突き進む背中を。

ずっと追いつきたいと思っていた。

「アリスのことを今まで管理してたのも…
お父さんが積み上げてきた人望あってだと思うから。」

確かに。

父がいなければ、私はただの小娘だ。

物覚えが良くたって、何の意味もない。

それでも私がアリスとして、アニエスに呼び戻されるのは。

エリスもトールも、アレクシスも。

父のことを信じているからだ。

父は私よりずっと頭が良いのに。

それでも、こんな私なんかに委ねることがあるのは。

私が父の娘だからだ。

「お父さんがいなくなっても、きっとここの人達は。
お父さんの言葉をずっと信じつづける。だから、無理だと思ったんだ。」

気付かなかった。

何時も助けてくれるリンが、裏ではそう想っていてくれたこと。

彼らの中にだって私やリンと同じように、繋がりがある。

歪かもしれないけど、それはエリスたちにとっても大事なものなんだ。

「反対しないってきっぱり言えるほど、割り切れないけどね。」

ただの暴君に、あんなに人はついていかない。

父に受け入れられ、居場所をもらい、救われている心も確かにあるんだ。

「でも、引きとめるほどの技量もないよ。」

…私はずっと気付けなかった。

気付こうとしなかった。

何でも分かった気がしていたけど、本当はなにも分かってなかったんだな。

最近はそれをひどく痛感する。

「反対するなら、アリスより頑張ってからにする。」

Re: 秘密 ( No.655 )
日時: 2019/11/07 17:13
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

それから私がこれからアニエスでしていくことを話していった。

少し気は引けたけど、隠しても仕方ない。

これからは些細なことも、ちゃんと話せるようになりたい。

3人には知る権利があるはずだから。

「書類の山かな。それと軽く護身術。護身術はもともと少しやってたけど。」

アニエスのことを知るのは難しくて、今も書類の整理しか仕事がない。

それでも量は膨大で、それを淡々とこなす父が恐ろしい。

アニエスの歴史や今の状況が分からないと、なにも出来ない。

情報の整理ですら大変だ。

エリスやアレクシスの補助は受けているけど、難しくて頭が痛くなる。

「拳銃とか、一応扱いは覚えるつもりだけど…実弾は使わない。
麻酔銃とかゴム弾とか、催涙弾にするつもり。」

書類を読んだだけで知った気になるのはもうたくさんだ。

運動音痴で、バランス感覚壊滅的、体力だってない。

体だって丈夫じゃないし、筋肉痛で次の日動けなくなる。

歩きどおしだって辛いくらいだ。

トールやエリスみたいに前線に立つというのは、敵わないだろう。

「麻酔銃って対人用にはできてないんじゃなかったっけ?」

リンが口を挟む。

流石、元医者志望。

「撃ってから暫く効かないし、量を誤ると死に至らしめる。
実際には使えない、役に立たないって言われてるけど…実銃は致死性が高いから。」

それもそうか、と頷く。

人を傷つけたくないというのは、甘過ぎる私の理想だ。

「それに拳銃は扱いが難しくて。間違って同士討ちになるのも避けたいから。
未熟な私が実銃を持つのは危なすぎるよ。」

物騒な単語を出すと、少し顔をこわばらせながら笑っている。

いつも通りは、やっぱり少し難しい。

でも、慣れようとしてくれている。

心配はしてくれるけど、引きとめはしない。

「…止めないんだね。」

素直な感想を述べてみた。

「ここにいる間、アリスが頑張ってたの知ってますから。
驚くけど、否定はしません。人が死ぬのを望んでいる訳じゃないだろうし。」

…よく分かっている。

私が人が傷つくのが嫌いだということに。

だからこそ、彼らとの距離感に戸惑っていた。

傷つけずに傍にいる方法が分からなくて。

「アニエスとして、誰かを傷つけるかもしれないよ?」

「それは誰かを守るため、でしょう。
実銃を使わないのも、精一杯の優しさだと思ってます。」

それでも、普通に考えれば私のしていることは善ではない。

誰かを守るために、誰かを傷つけるのは。

許されることなのだろうか…?

誰に許しを乞う必要もないのに。

そんなことが頭によぎった。

「傷つけるって言うのは、銃などの物理攻撃には限らない。」

リン…?

「そういうことだろ、万里花。」

ええ、と嬉しそうに微笑んで再びマリーはこちらを見る。

「こうしている今でも、平和な世界でも傷つけ合いが起きてます。
目に見えないだけで、言葉や行動で人を傷つけています。
母が父のもとを去ったのも、優しさでしたが結果私や父を傷つけました。」

マリーとマリーの父を置いて家を出ていったマリーの母。

それによって3人とも何時も苦しんでいた。

でも、その発端は優しさだった。

そうマリーは言う。

「優しさのつもりでも、それは誰かを傷つける。
だから強くなりたいんです。少しでも優しさで傷つけられない様にも。」

その言葉を聞いていた、圭が気まずそうな表情を浮かべる。

圭の私に向けての行動も、全ては善意だった。

私を大事に想い、慈しんで、その結果だった。

「優しさで傷つけてしまった人を、傷つけないように。」

この世の全て良いことで周っているとは思わない。

性善説なんて信じていない。

…でも

それと同じくらいに。

本当の悪ってものは存在しないんじゃないかって思った。

「このままいけば、確実にアニエスの国のひとびとは傷付きます。
なら、それに抗ったっていいはずだと私は考えます。」

穏やかに笑いながら、マリーは諭す様に続けた。

「力って言うのは日常に溢れかえっています。
言葉だって力です。立場だって力です。
誰もが持っていて、傷つけたり守ったりする不思議なものです。
力は人を傷つけるけど、それがなければ何もできません。」

こうやってマリーに背を押されるなんて、一体だれが想像できただろう。

私の進んでいる道は間違っていないと、後押しされる日がくるなんて。

「月並みの言葉ですが。
暴力はよくないといって、誰も守れないことが一番の暴力ですよ。」

私を罪悪感から救うための嘘かも知れない。

「人を救う力があるのに、行使しない方がひどいと思いませんか?
ちゃんとした意志があるのなら、きっと大丈夫です。」

でも、そこに漂う優しさを。

今ならちゃんと受け止められる。

「アリスなら人の気持ちを汲んでくれると、信じてますしね。」

3人の誰もが私の道を応援してくれている。

信じた道を突き進めと。

言わんばかりに。

「アリスはさ、善悪なんてものに囚われ過ぎ。」

アリスはさ、と言う言葉。

文頭につけるのが、圭の癖。

最近気付いたことだった。

「1人の命の為に、大勢が死ぬのは悪いこと?
大勢の為に1人の生け贄がささげられるのが良いこと?
違うでしょ、数じゃない。」

人の生き死には、例えどれほど数に開きがあっても。

命ってのは天秤にのせるものじゃない。

いつだったか、圭から似た様なことを聞いた気がする。

「今まではアリスが一人で背負おうとしてるから、それが嫌だった。
イラついたし、引きとめもした。
でも、守りたいものを自分で守りたいんだって分かったから。
こうやって応援してるんだよ。」

スキースクールだったかな。

ああそうだ、思い出した。

あの屋根の上で、似た様なことを言ってくれていた。

「自分の守りたいものは自分で守る。他人任せにしない。
その為に、力を付けていくんだ。
これからアリスがやることは、力を付けて抗って守ることだから。」

圭は私の両肩に手を置き、頭を肩にのせた。

祈る様に。

慈しむように。

おまじないを掛けるように。

…守る様に。

「武器を持たず、生きて人を救える道を歩いていく。
それがアリスの進む道でしょ。なら、応援だってするよ。させてよ。」

いつだって包まれていた。

母の愛も、エリスの優しさも、そして3人のかけがえのない想いも。

どうして今まで気付かなかったのだろう。

私はずっと前から温かくて愛しい人達に出逢っていたんだ。

私もまた、彼らのことを優しく抱きしめ返せたら。

きっとそんなに幸福なことはない。

Re: 秘密 ( No.656 )
日時: 2020/07/02 17:37
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

ご無沙汰しています、作者の雪です。

この度は一身上の都合で長い間、更新をストップさせてしまい申し訳ありませんでした。

「秘密」は完結までのおおよそ展開は既に決めていて、この先も更新を続けられたらと思っています。

同時に本作初期の拙く未熟なストーリーに手を加えたいとも考えていました。

頑張って構築した世界観を持ったまま更新を続けるか、新しく本作を初めから仕切り直すか。

どちらも捨てがたい選択で踏み切ることが未だに出来ていません。

もし新しく仕切り直すのならば、こちらにコメント共にURLを張り付けて新しいコメディ・ライト小説のに投稿していきたいと思っています。

どんな形であれ「秘密」は最後まで書ききるつもりです。

長々とお待たせしながら煮え切らない物言いになってしまい申し訳ありません。

「秘密」を読んで、数年前になりますが投票してくださった皆々様には感謝の気持ちしかありません。

今までありがとうございました。

そしてこれからもよろしくお願いします。