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Re: 秘密 ( No.342 )
日時: 2014/05/11 12:35
名前: 雪 (ID: A/2FXMdY)

校舎中を駆け回った。

けれどマリーは何処にもいなかった。

でも靴箱にはまだ外履きが残っていた。

校舎の中にいるはずだ。

「っ——!」

窓の外。

深々と降り積もる雪の中で傘も持たず、鞄も地面に落ちている。

植木のてっぺんを見つめる様に。

空を見上げている。

けれどパッと見彼女が泣いている様に見えた。

何も考えず駆け出した。

上履きも脱がず、何も考えず、走った。

「万里花!!」

ハッとする様に驚きの色が表情ににじみ出た。

「…リン」

「少し、話をしてもいいか?」

絞り出すように…頑張って笑った。

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万里花は何も言わずについてきた。

屋上は雪が降っているし、保健室は担当の出張の関係で空いていなかった。

仕方なく教室に向かった。

教室には雪のせいかひと1人いなかった。

勝手に暖房を付ける。

「お見苦しいところを…見せてしまいましたね。」

机の上に腰をかける。

その隣の机に同じく腰をかける。

万里花はそっぽを向いていた。

でもやっと気付いた気持ちだ。

アリスに押してもらった背中。

想いの丈を伝える。

どんなに不格好でも。

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「俺、アリスに振られた。」

唐突に切り出された話題に驚いた。

「屋上でな、好きだって言ったんだけどすぐに嘘だって言っちゃった。」

彼にしては珍しくふざけた口調だった。

「でもこれできっと良かったんだ。」

バッと振り返る。

リンの顔は珍しく悲しそうにゆがんでいた。

思わず腕を伸ばし、リンを抱き寄せた。

少しだけ、震えている。

「大好きです、リン…」

そうだ。

いくら頑張って、気丈に振る舞ってもたった1人の16歳の男の子だ。

小さな存在だ。

リンは幼い頃に虐待とも呼べる扱いを受け、苦しんでいた。

何をしても構ってくれない。

食事すらもろくに与えられてこなかった。

私はリンと遊びながら色々なお菓子やご飯を食べさせた。

だがやがてリンの親は姿を眩ませ、今はこの町一番の病院の養子となっている。

彼は傷付くのを恐れている。

1人になるのを恐れている。

彼の親はそう言った感情を彼に植え付けている。

・・・大丈夫、私はずっとリンの傍にいるから・・・

最初はただの同情だった。

けれど気丈に振る舞っているリンがとてもか弱い存在であると知った。

それでも年相応の男の子の様な表情やしぐさ。

そう言ったものに段々惹かれていた。

きっと彼は誰よりも脆くて危うい。

それでもこの世界を強く生きようと頑張っていた。

それは私に必要なものだった。

誰にも必要とせず産み落とされた私。

母は私が女であることを憎んだ。

憎んだまま息を引き取った。

必要とされていない、そんなことを分かったうえでの日常はなんだかとても息苦しかった。

同じ境遇のリンと出会った。

彼はいくら辛い目に会っても生きようとあがいていた。

私に道を示してくれた。

彼の強さも脆さも危うさも。

全てに惹かれていた。

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「…好きって言われるのって…初めてだ。」

こんなにも嬉しいことだとは思わなかった。

万里花の手がとても温かい。

彼女は自分によく似ていた。

親に生まれてきたことを憎まれ、育った。

・・・大丈夫、私はずっとリンの傍にいます・・・

その言葉をかけられた時から。

この気持ちはきっと芽生えていた。

でもあまりにも近過ぎてその気持ちに気付くのにこんなにも時間がかかってしまった。

自分の存在はただ母を傷つけることしかできなかった。

母は自分を殴る度に涙を流した。

それはもう幼い記憶。

何時しか母は自分を殴ることはなくなった。

その代わり、自分に対して何もしなくなった。

冷蔵庫が空っぽになっても何も買ってこなかった。

自分がいるだけで辛そうだった。

傷つけることしかできないと思った。

自分も母の様に人を傷つけることしかできないと思った。

その母すらも自分は傷つけてきたと思った。

母はやがて姿を晦ました。

新しい再婚相手に出会い、幸せになったと風の噂で聞いた。

誰かを傷つけることしかできない自分でも万里花はずっとそばにいると言った。

その言葉が嬉しくてずっと甘えていた。

彼女の存在は周りから取れば憎しみの象徴だった。

彼女は周りから憎まれながらも笑い、自分を助けた。

強い女だと思った。

でも知っていた。

気丈に振る舞う彼女が1人で泣いていること。

やっぱり小さな女の子であること。

けれど自分にとっては誰よりも…大事な存在だということ。

そのことに…何年もたってようやく気付いた。

出会ってから10年はたっていた。

随分遠まわりをした。

「俺も…万里花が好きだ。」

きっともう覚えてないくらいずっと前から。

「やっと気付いたんだ。今日1日万里花がいないだけで頭がおかしくなりそうだった!
10年間ずっとそばにいたからずっと大事な気持ちに気付かなかった!!」

吐き出すように言葉を連ねる。

「でも…分かったんだ…やっと…」

ずっとそばで笑ってくれていた。

「今日1日で今まで少しずつ積み重ねてきた全てが無駄に見えた!…万里花がいなかったから…
やっと気付いたんだ!万里花が誰よりも大事だって!!
気付いたらまた失うのが怖くなった!!万里花が傍にいなかったらこの世界の全てが意味が無かった!!
やっと見つけたんだ…もう絶対に手放したくない…!
何に代えても絶対に手放したくない!!何もかも捨てても構わない!!」

吐きだしても吐き出してもまだまだ足りない。

ずっと抱えていた想い。

そっと万里花の手が頬に触れた。

気付けば涙を流していた。

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気付かなかった。

ずっと。

私はこんなにもリンに想われていた。

これは私が悪かった。

リンの涙をぬぐう様に頬を撫でる。

彼の涙を見たのは…何時振りだろう。

ずっと背を伸ばして大人になろうと頑張っていた。

でももう頑張らなくても良い。

「ごめんね、凛。」

私も凛という存在を失いたくなかった。

それがいなかったらこの世界の全て、意味が無い様に思えた。

「私も…凛が好きです。大好きです。」

噛み締めるように反芻する。

「私も凛がいなかったらこの世界の全てが意味を持たなくなる。
凛がいてこそ私の世界は輝いているんです。この気持ちに気付いてから私はずっと凛だけを見てきました。
大丈夫、私は何処にも行きません。ずっと凛の傍にいます。」

これから先ずっと隣にいたい。

「これからも凛の傍にいさせてください。」

顔を合わせてくすりっと笑った。

10年たって、やっと大きな一歩を踏み出せた。