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Re: 秘密 ( No.499 )
日時: 2015/05/04 15:46
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「私には覚悟が足りなかった。父の道具になりきる覚悟も。圭の傍に居続ける覚悟も。
救いの手を伸ばすことが、どういうことか。幸せになるのが、どういうことか。」

許せない、と思った。

憎い、と思った。

それでも、私は人を殺す覚悟が出来なかった。

幸せになる覚悟も。

圭の想いに応える覚悟さえも。

「私は幸せになるのが、どうしようもなく怖い。」

圭たちを巻き込んで、嫌われるのが一番怖い。

誰かがいなくなるのが、一番怖い。

幸せとは、こんなにも難しいものなのか。

私はもう充分に、幸せだ。

これ以上、なにも望まない。

その先のことなど、諦めればいい。

私はいつだって、諦めてきたじゃないか。

圭たちと出会うまで。

何もかもを。

生きることさえ、おざなりにしてきたじゃないか。

「…強情だな」

拗ねたように呟いた。

「茶化すな」

何気に恥ずかしいことを言うから。

そう言う所は圭の悪い癖だ。

「皆何かを犠牲にした。」

「アリスだって犠牲にした。たくさんのものを。」

「幸せな世界に、私は生きられるだろうか?」

「アリスの手、絶対に離さないから。
アリスが光ある世界へ、連れて来てくれた。今度はこっちの番だ。」

がっつりと私の手を掴んだ圭の手は、温かかった。

離さない様に、と。

「アリスが好きだよ。」

私も覚悟を決めないと。

揺らぐかもしれない。

怖気づくかもしれない。

逃げ出すかも知れない。

でも、圭の手を掴んでいれば。

いまは、圭を信じてみたい。

「私は、…」

何を、言おうとしたのだろう。

私はまた口をつぐんだ。

自分の手が、酷く汚れた物の様に見えた。

血に染まっている。

洗っても洗っても、落ちない。

圭には知られたくない。

私のおぞましい昔話を。

善悪の存在しない幼子だった頃。

私がいかにひどいことをしたか。

救いなんてない。

私は絶対に、救われない。

私が今、最も恐れているのは。

圭の傍にいられなくなること。

…私は一体なにをしたのだろう。

私の心の大部分は、圭に依存している。

だからこそ、知られたくない。

徹底的なまでに隠してきた。

「私は強情で、圭の手を掴むのが今でも怖い。
巻き込むのも、嫌われるのも怖い。でも、圭が離れていくのも怖いんだ。」

まだ、触れるのが少し怖い。

手を取るのが、怖い。

私の過去を知れば、離れていくのかもしれない。

覚悟を決めることなんて、できないかもしれない。

圭の手を離さない様に、しっかりと繋ぐ。

「でも、繋げるうちにつないでおきたい。」

圭がまだ、私の手についた血に気付かないうちに。

私の世界は圭のいる世界とは違う。

それでも、圭の手を掴んでいられるうちは。

圭の世界を見ていられるから。

少しだけ。

本当に少しだけ。

眺めていたい。

眩しくて、広くて、明るくて、自由で、温かい。

だから。

必要ない。

圭が知る必要はない。

話す必要も、ない。