コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

Re: 秘密 ( No.624 )
日時: 2016/10/25 13:24
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

〜・131章 “しいたげられた国”・〜
その後、エリスや幽に当たってもよい答えは得られなかった。

アリスに口止めされていると、それだけを言って遠ざかっていった。

アリスの手際は見事だった。

知っているであろう関係者各位に口止めをし、それに纏わる資料も全て破棄されていた。

アリスの存在は秘密裏であった為、そもそも名前が記されていない。

それでもなにかあると思っていたが、確認できる範囲ではさっぱりだ。

かなり昔と言うこともあり、情報はなかなか集まらない。

アリスと出会う以前の話だから、10年以上前の話になるはずだ。

城にある図書室にアニエスの歴史にまつわる本が細々と置かれていた。

けれど10年近く前のことは、あまり残されていない。

小さくとも国として成り立つのだから、本になっていてもおかしくないのに。

アニエスの歴史関係の本棚は、がらんとしている。

王城なのだから、少しはあるはずなのに。

もしかすると、アリスが借りていったのかもしれない。

仕方なく、近くにあったアニエスの童話集を手に取った。

童話などなら、少しは歴史に則って記されていることもあるだろう。

けれど予想に外れて、書かれているのは夢見がちな物語ばかりだ。

当たり前だが聞いたこともない様な話ばかりだけれど、ありふれた様な話だ。

その中に1つ、気になる童話が合った。

その題名は“しいたげられた国”

Re: 秘密 ( No.625 )
日時: 2016/10/27 20:42
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

『むかしむかし、あるところに小さな国がありました。』

出だしは、いたって普通だ。

普通の童話や昔話と変わらない、典型的な書き出しだ。

『ゆうふくではなかったけれど、やさしいひとがくらしていました。』

子供向けなのかひらがなばかりで、少し懐かしい。

『まわりには大きな国がたくさんあって、やさしい小さな国のひとたちはたくさんのいやがらせをうけていました。』



子供向けの童話なのに、なんだかシビアだ。

『小さな国のひとたちは、いやがらせをうけながらも、強く笑いながらくらしていました。
けれど、いやがらせはだんだんひどくなっていきました。』

お金を巻き上げる役人らしき人と泣く国民、暴力をふるわれている絵。

見ていて痛々しくなる様な挿絵が描かれていた。

『あるとき、大きな国のひとたちが小さな国のひとをころしました。』

突然飛び込んできた、文字。

胸を弓で貫かれた人の絵、首を剣で切り落とされた人の絵。

『小さな国のひとたちは、あたまが良かったけれどたくさんの人がしにました。
むかしからなんどもまわりの国にしいたげられ、ころされてきました。
小さな国のひとたちはなんども知恵をつかって、おいかえしました。』

けれど、ある時小さな国は大きな国に吸収されてしまった。

頭が良く、優しい人の暮らしていた小さい国の国民達。

彼らは国を追い出され、大きな国に奴隷として連れていかれた。

彼らは語るのもおぞましい程、残虐な目に合った。

たくさんいたはずの国民は、みるみる数が減っていった。

残ったのはたったの5人。

その5人は、大きな国を出て小さな国に戻る決意をした。

それから生死をさまよいながら、逃げ出して小さな国に戻った。

そして外界を繋ぐ橋を全て落とした。

例え飢えて死のうとも、絶対に許さないと心の底から憎みながら。

『そして、小さな国のひとびとはぜったいに大きな国のひとびとをゆるさないときめました。
ぜったいに、ぜったいに、大きな国のひとびとのいいなりにならないことをきめました。』

ラストにはこう締めくくられている。

『いまも、小さな国のひとたちはたたかいつづけているのです。』

続きがあると思っていたのに、これで終わりらしい。

魔法の道具も出て来なければ、救いもない。

小さな国は、間違いなくアニエスのことを示唆している。

アニエスが小さいながら、今だ国と言う形を保っているのは。

迫害される過去があったからなのか…?

“たくさんの人がしにました”

過去に、アニエスの人が沢山死んだことがあるのだろうか。

それも…何度も。

子供向けに記されているはずの童話が、酷く残酷で。

それでも…これはきっと事実なのだ。

今では外の世界との繋がりもある。

それでも追い込まれても国として保ち、大国に屈していない。

トールやエリス、幽はいまだに裏稼業をしている。

それでも決して服従しないと決めている。

どんな汚い手を使おうとも。

周りの大国達の機密情報を握って、脅しながらも国と言う形を保とうとしてる。

それを、小さな子どもたちにも伝えようと本にされている。

本を閉じると、それを静かに棚に戻した。

Re: 秘密 ( No.626 )
日時: 2016/10/30 10:55
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

それからアリスを見掛ける度、忙しそうに走り回っていた。

城にいる時間はぐっと減り、食事の場にも顔を出さなくなった。

城にいても部屋に籠って書類を読みこんでいるか、トール達に頭を下げるか。

さもなくば、疲れきって眠っているかだ。

彼女はまだ父親の仕事を譲られた訳ではない。

それでもアリスの母の口添えもあってか、少しずつ手助けをしているらしい。

アリスは折角母に会えたというのに、二人の時間はさほどとっていないらしい。

アリスは増えた仕事に東奔西走していたし、アリスの母もテオドールにつきっきりだったからだ。

けれど双方とも、あまりそれを気にしている節はなかった。

テオドールの寿命が残り少しと言うのなら。

せめて夫婦水入らずの時間を少しでも増やしておきたいのかもしれない。

夫婦と呼んでいいものか、分からないけれど。

それでも互いに、思う所はあるのだろう。

自分も日々子供たちの為の玩具を作ったり、孤児院で子供の世話を見ている。

涼風に戻る日時も正式に決まった。

アリスはアニエスに留まる意思を固めた。

涼風に戻ったら、もう毎日の様に会うことが出来ないくなる。

アリスと話す時間も持てないまま、期限が刻一刻と近づいてくる。

アリスは決断してしまった。

だから、自分も行動に移さなければならない。

Re: 秘密 ( No.627 )
日時: 2016/10/31 22:32
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「こよみ」

書類を読んでいると、軽いノックの音が3回響いた。

「…母上」

もっと砕けた呼び方で構わない、と艶やかに笑ってこちらに歩んできた。

見た目は、生き写しの様にそっくりだ。

けれど母には私とは別種の聡明さと、大人っぽい艶やかな雰囲気がある。

母の周りに流れる時間は酷く穏やかそうで、静かだった。

私は急いて、迷って、行き詰まってばかりいるのに。

そう言った所に母の方が長く生きているのだと、感じさせるモノが存在する。

「…なんて呼べばいいのか、分かりません」

「好きに呼べばいいよ。親子なんだし。」

あれだけずっと想っていたのに。

会ってみるととても呆気なくて、感動の涙も出なかった。

私の存在が母の人生を狂わせたことに、あれだけ苦しんで泣いたのに。

そういえば…

圭と初めて初めてキスをした時…母のことで泣いていた気がするな。

「最近…良く思うんですよ。」

アニエスで生まれてから、色々酷い目にも合った。

幸せなことだってあった。

「些細な思い違いや、偶然が重なって…人は不幸になる。
ただの純粋な悪意なんてなくて…通り雨みたいに突然、不条理な目に合うことがある。
そうやって、救いがない道を歩くこともある。」

「そうね。」

窓の外に目をやりながら、ひとり言のように呟く。

「苦しまないと出せない答えだってあると思うんだ。
私はもう幸せに出逢ってしまったけれど…幸せになる前に、やらないといけないこともあるんだよ」

「そうかもしれない。別に逃げても、責められはしないだろうけど。」

きっと母は、分かって後の言葉を付け加えたのだろう。

傍にいる時間は少なくても、なんとなく分かった。

「それもそうなんだけどさ…きっと、幸せを掴むために必要なことなんだと思うんだ。
2人のままでいたら、どの道駄目になってしまうと思うんだ。私も…相手も…」

「そうね。」

「互いの存在感に安心を覚えて、そこで止まってしまう。
でも、今の私達には傍に居ながら成長する術を持ち合わせていないと思うんだ。
傍にいるだけで、それだけで良いとそこで止まってしまう。それほどに脆くて、弱いんだ。」

それはきっと、圭と私の偏った生い立ちも関係あると思う。

傷付いた過去があるから、それ故におかしいくらいの依存をしている。

傍にいればいい、お互いを守れればそれでいい。

それでいい、ばっかりだ。

「もっと…互いに広い世界を見て…依存ではなく、恋愛をしたいの。
色んな人を見て、その上で私を選んでほしいの。
アニエスのことを片づけたら…そうやって真っ白になってから、選びたいの。
多分、そんな思いも…どこかにあったと思う。」

そうでないと、色んな色に塗りつぶされて。

自分と言う意思が分からなくなる。

私が好きになってほしい私は、アニエスと言う殻に閉じこもっている私じゃない。

同様に、私は依存し合う圭を好きじゃない。

このままだと今の場所に甘え、彼は自立しなくなる。

「つき離さなくても私はアニエスに残るから、自然と距離は出来るだろうけどね。
会いに来たら、意味が無くなっちゃうし。
その時に圭も涼風でただ私の帰りを待っている様だと駄目だから。」

私には、時間がない。

アニエスのことを片づけるのだって、数年なんてものじゃ済まないだろう。

たくさん、待たせると思う。

けど、今は私が圭の逃げ場になって未来を封じている。

甘えてしまって、辛いことが合っても逃げてしまう。

この先、一人で泣く夜もあるだろう。

でもそんな日が私達を強くしてくれる。

だから、逃げちゃダメだ。

「圭に、ちゃんとそのことを伝えないといけないのに。」

きっと会ったら、迷ってしまうから。

彼が今のままで傍にいてくれたら、それで良いんじゃないかって。

そう思ってしまうから。

けど、未来は何があるか分からない。

1人で歩ける様な力を、いい加減付けるべきなんだ。

それに、たがいに寄り掛かったままだと。

私も、彼も。

前に進めない。

だから、ここらへんでもう。

私達は別々の道を歩いた方が良いと思った。

Re: 秘密 ( No.628 )
日時: 2016/11/02 18:08
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

〜・132章 忘れられない過去と、忘れてしまった思い出・〜
「若いって良いわね。」

「…私はそうは思いません。」

「何もせず蹲って時間が経つのを待っていても味気なく、つまらないわ。
愚かであろうと間違っていようと、自分が生きた証なら少しは愛おしく想えるものよ。
若い頃はなんでもできるし、迷うことも間違えることもとても大事なことよ。」

母の言ってることは、正論かもしれない。

けど。

「私は昔のことなど、思い出したくありません。」

圭と出会う前のことなど、思い出したくない。

絶対に。

あれほど無知で、愚かで、間違ってばかりの、最低なこと。

「私もそうだった。丁度今のあなたくらいの年よ。あなたを身籠ったのは。」

それは…知っている。

母の見た目は30代にしては若々しいが、纏う雰囲気はそれ以上だ。

母にとっての悪夢の始まりは、今の私と同じ頃。

「過去から逃げても、絶対に逃げられないわ。だってそれは今の私を作っている物だもの。」

違う。

違う、違う。

血だまりの中で、無機質に立っている。

そんなの、私じゃない!

「私の始まりは、圭と出会った時からですっ!その前の私は人ではありません!」

私の人生は圭と出会う高校まで…私は昔あった優しいケイのことを想ってきた。

覚えていない、エリスから聞いたことのある少年。

会った時、すぐに圭だって分かった。

圭を好きになってから…私の全ては始まった。

圭に会う前のこと、全部忘れたかった。

自分のしたことの重みが、圭といるほど辛いものへと変わっていく。

なのに…絶対に私は絶対に忘れられない。

完全記憶能力なんて、こんなときばかり私を苦しめる。

「…違わない。人でなくても、それはあなたよ。」

同じ顔をしていることが、余計に苛立ちを助長させていく。

鏡に映っているみたいで。

未来の自分に、諭されているみたい。

「私はテオドールのことも、あなたのことも。憎くて、疎ましくて。
忘れようと仕事に打ち込んだり、娘のことを気にしたり、迷ってばかりだった。」

母の、見つめている視線に映っているのは。

どのような過去なのだろう。

私が知らない様な苦しみも、辱めも、痛みも。

たくさんあっただろう。

「疎ましく思ったり、苦々しく思ったこともたくさんあった。
苦しんで、布団をかきむしって眠れない日も何日も…何年もあった。」

それでも、母は娘と父を想って。

ここまで歩いてきた。

「それでも私は戻ることはできなかった。触れることはできなかった。」

父が、母を遠ざけたからだ。

私が生まれて、用無しになったから。

…もしかすると父は、母の全てを見とおすような聡明さを恐れていたのかもしれない。

自分の本質を見透かされることを。

そうして理解されることを、恐れていたのかもしれない。

その恐れや怯えから、母を遠ざけたのかもしれない。

不思議と、そんな気がした。

「あれだけ憎かったものが、今では何より愛おしい。」

母の中でくすぶっていた憎しみは。

彼の本質を知り、愛しさに変わった。

変わった…とは少し違うかもしれない。

母の中には、まだ父を憎む気持ちもあるのだから。

憎しみと愛は似ている、とどこかで聞いたことがある。

そう考えると憎しみから生まれる愛だって、べつにおかしくはないのかもしれない。

憎んでいるから、愛することが出来て。

愛しているから、憎むことが出来るのかもしれない。

「彼のしたことは許せない。今でも、憎んでもいる。私の人生を台無しにしたんだから。」

それでも、と誇らしげに笑って見せた。

そっと頬に手を寄せ、優しく撫でた。

「こんな娘を得られたのなら、きっと私は幸せ者ね。」

Re: 秘密 ( No.629 )
日時: 2016/11/03 13:17
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「あなたはまだ、手の届く所にいる。
私は彼の死期が迫るまで、触れることはできなかった。けれど、あなたは違う。」

私は…そんなに綺麗で潤な娘ではない。

圭にずっと嘘をついて、騙して、捨てようとしている。

アニエスのことだって…今の今まで目を逸らして逃げてきた。

「せめて残された時間は、彼と過ごしたいの。」

母の手は、借りれない。

母は今は何よりも、父の温もりを必要としている。

この先逃したら…母は一生父の傍にいられなくなる。

そんな大事な時期、私は母の邪魔をしてはいけない。

「痛みばかりの彼の人生、最後の最後くらい…幸せになってほしい。
幸せが彼にとって痛みにしかならないとしても、この我が儘だけはつき通すよ」

母は…父を愛しているのだな。

私を見つめる瞳にも、父の面影を探している。

私を救おうとしてくれたのも。

父を愛した証を、守ろうとしたのだ。

歪んで、憎しみに満ち溢れていても…それでも狂おしいほどに、愛している。

私にはそんな気持ちは分からない。

私の圭への気持ちは、幼い子供みたいに未熟だ。

母の様に達観していなければ、きっと覚悟だってない。

圭のことは大事で、愛おしくて、傍にいたいと願っている。

…でも、それは傍にいられたら幸せだろうなと思っているだけで。

夢の様に現実味を帯びていない、ただ理想に過ぎない。

理想を現実に近付けるのも大事だと思うけど。

やっぱり、現実も見ないといけないと思うんだ。

私は命がけで生きなければならなかったけど。

圭はそうじゃない。

もっと広くて自由に、生きていて欲しいの。

Re: 秘密 ( No.630 )
日時: 2016/11/03 14:07
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「私は…圭に隠していることがあります。
私は圭が好きな…私でいることに、私は…耐えられません…っ!」

私は圭に会ってから、初めて人間になれた。

幼い頃、圭と会ったことは正直あまり覚えていない。

けれど、エリスからずっと話を聞いていて。

そんなに優しい人に出逢えたら、変われるんじゃないかって思っていた。

一度は、私を変えてくれたのだから。

その頃は、色々な家にたらい回しにされていて。

毎日が苦痛で堪らなかった。

母にも愛されていないと信じ切っていて。

強くあり続けるしかなかったから。

だから、たまにエリスと会う機会があれば。

何時も彼らの話を聞いていた。

そんなに安らぐことが出来る場所が、私にあったなんて信じられなくて。

でもそんなことがあったら、どんなに素敵だろうと思って。

まるで別世界の様で信じられなかったけれど。

痛みも責任も、立場も何もかもないような。

そんな場所が出来たら、どんな気持ちだろうとよく想像していた。

何度も基地に足を運びながら、彼らに会う日を楽しみにしていた。

基地の中にある楽譜を読んで、素敵な歌だと思いながら歌うのが日課だった。

それが、覚えてはいない彼らにつながっていられる気がして。

高校になっても、その日課を続けていた。

そこで、マリーに会った。

覚えてはいないけれど、エリスの話す特徴そっくりの3人。

直ぐに分かって、涙が零れた。

ガラにもなく人を抱きしめた。

Re: 秘密 ( No.631 )
日時: 2016/11/03 19:00
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

彼らは初め、私と距離をとっていたけれど。

昔私を変えてくれたように、また私を変えてくれるのではないかと。

そう言う思いが私を突き動かし、彼らは私の元に留まってくれた。

エリスの言っていたことは本当なんだって、身に沁みるほど実感した。

彼らはあまりにも私に優しくて。

私の中に変化をもたらしてくれた。

私は彼らのことを覚えていないことを、気付かれない様に尽力した。

もっともそんなことは無理な話なので、彼らは薄々気付いていたらしいけれど。

彼らはそれでも自分たちのせいで私の記憶が欠落したと、気にしていたけれど。

それからたくさんのことが合った。

アニエスにだって何度も連れ戻されたし、アニエスからも何人も来た。

想いを伝えて、伝えられたりもしたし。

彼らの家族に会って、たくさんの愛の形を見て。

彼の手を取ったり、離したり、迷ってばかりだった。

けれど…どんな時も身につけていたイヤリングを彼に返した時。

私は彼を切り捨てたのだ。

彼の根本にある私への想いは、幼い子供の頃の気持ち。

私は覚えてなんかいないんだよ。

私はずっと彼らを騙してきた。

好きとか言われても…もう、喜べない。

「馬鹿だなぁ…」

馬鹿なのは彼だろうか。

それとも…

Re: 秘密 ( No.632 )
日時: 2016/11/03 19:07
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

〜・133章 電話越しの叫び・〜

圭たちが涼風に戻るまで、あと数日。

携帯からはもう圭の連絡先を消去してしまった。

覚えているので、あまり意味はないけれど。

彼らが涼風に戻ってからは、連絡は取るつもりはない。

まだ雑用の雑用の雑用くらいしかさせてもらっていないけれど。

これからはもっと、仕事は増える一方だろう。

知ることをたくさん知って、やることをやらないといけない。

圭と言葉を伝えられるのは…あと少しだけなんだな。

母と別れた後、廊下でぶらぶらと歩いていた。

仕事に取り掛かろうと思ったけど、今日の分は終わってしまった。

それでもやることは多いけど、小休憩に余った茶菓子を取りに居間に行った。

クッキーを食べていても、甘くて嫌気がさしてきた。

胸になにかが突っかかっているみたい。

圭。

私は大好きだよ。

何時だって、頭に浮かんで胸が温かな気持ちで満たされる。

頭で分かってても、彼を求めてしまう。

けど、それだけでは駄目だと思ったから。

本当に好きだからこそ、離れて歩かないといけないと思ったんだ。

懐から、携帯電話を出す。

消去してしまったけれど、頭に残った番号を指で丁寧に押していく。

耳に当てると、不気味なくらい冷たかった。

「…圭」

Re: 秘密 ( No.633 )
日時: 2016/11/06 20:14
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

部屋で眠っていた。

滞在するのも残り数日と言う所で、アリスのことを調べるのに忙しかった。

焦って、空回りして疲れてしまったのだろう。

携帯が控え目な音をたてていて、目が覚めた。

眠ったことにすら、気付かなかった。

アリスはこれ以上のことをこなしていると思うと、少し情けなくなった。

表示されていたアリスの名前に目を見張った。

最近はアリスとは距離が出来ていて、もう話すこともないと思っていたから。

『…圭』

電話越しに聞くアリスの声が、酷く懐かしい様な気がした。

本当は数日しか経っていないというのに。

「…アリス?」

『直接会うと…迷いそうだから…』

迷う。

その単語はいつものアリスにはあまり似合わなくて。

『でも、今伝えないと…もう話せない気がして…』

アリスも、迷ったりしているんだ。

そう思うと、少しアリスを身近に感じた。

やっぱり普通の女の子なんだと、再確認できたみたいで。

『圭とさ、出会えてとても嬉しかったんだ。それは嘘じゃないの。
エリスからずっと話は聞いていて、会えるのを楽しみにしていたんだよ。』

アリスはこちらの返事を待たず、言葉を続ける。

言葉にすることで自分自身に確認しているような。

噛み締める様に、ゆっくりと話す。

『圭に会えて…初めて私は変わることができた。優しくなれた気がするんだ。
圭を好きになって、良かったって心から思っている。でも…』

息を止め、吐き出すように告げた。

『やっぱり、私は圭の傍にはいられないよ。』

Re: 秘密 ( No.634 )
日時: 2016/11/09 21:18
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「圭が大事だからこそ、私は圭に自分の汚い所や醜い所を隠していたい。
…いや、隠していたんだよ。気付かれたらどうしようってびくびくしながら。」

気付かれたら、傍にはいられない。

傍から離れていくのを、ずっと恐れていた。

距離をとることはあっても、それは心のどこかで彼らは私を見捨てないと信じていたから。

「私には圭しかいなかった。マリーやリンしか…3人しかいなかった。
3人が離れていくのは…本当に嫌だったんだよ。」

安らぎや癒しをくれた。

アニエスで生きていく息苦しさが、彼らの傍では何時も和らいだ。

「圭はさ…私にとって、創造主みたいなものなんだよ。
3人がいなかったら、私は今も…ううん、今なんて存在してなかった。
今の私は、間違いなく圭がいなければ存在していない。」

圭たちと出会う前は…本当に辛くて。

生きているのが、辛くてたまらなくて。

何処にいっても憎まれて。

蔑まれ、痛めつけられ、傷つけられた。

心を閉ざし、基地に逃げ、誰もいない所で。

覚えていない思い出を抱いて、歌った。

それでも耐えられない時何度も死のうとした。

生きる意味も理由もなかった。

そんな私にとって。

これから先1人になっても。

圭達と過ごした、何気ない日々は。

私に力をくれる。

「1人にならないためなら、例え圭が見ているのが昔の私でも構わないと思った。
それくらい、必死だったんだ。全身全霊と言っても良い。」

でも、次第にそれは苦しくなっていった。

段々それは私じゃない!と叫び出したくて堪らなくなった。

「圭が見ているのが…今の、醜い私じゃなくて良かった。」

圭の目には、神々しい女の子に映っていた。

慈愛に満ち、どこか危うげで投げやりながら、必死に誰かを守ろうとしていた。

そんな私はどこにもいないのに!

それでも…あの場所を失いたくなくて、必死で。

圭の傍にいられるだけで幸せだと、思いこもうとしていた。

「私は…アニエスで生きる上で、恋は命がけなんだよ。
命を掛けても相手を守ろう、愛そうって覚悟が必要なんだ。…エリスや、母みたいに」

母のように、一途に人を愛せるのが羨ましい。

相手のどんな過去や、どんなことをしっても…傍にいつづけて。

愛しつづけている。

「そうじゃないと、相手に危害が加わるから。生半可な覚悟では人は好きにならないの。
好きになっても、その想いを隠し続けて…伝えてからも、どちらだって命懸けだよ」

私が圭の傍を何度も離れようとしたのも、そういうことだ。

傷つけるのが、怖かったから。

「でも、圭にその覚悟を強制したくない。好きになったのは私なんだから。」

圭はまだ高校生だ。

私と違って、輝かしい未来がある。

可能性が無限大だ。

昔の私にばかり縛られて、今を見失ってほしくない。

そんなの、私も圭も救われない。

「こんなことに、命を懸けるなんて馬鹿げている。
圭の人生は長くて、まだまだ色んな事がある。私に付き合わせたくないんだ。
懸ける命は、私のだけで良い。圭と付き合って…気付いたんだ。
私は…、自分を偽って…苦しい想いをしてまで、圭の人生を狂わせたくない…っ!」

今の、ありのままの私を見せていないのに。

そんな私の為に人生を棒に振ってはいけない。

それほど無駄なことはない。

愚かで、無価値で、救われないことなど、ない。

「1人になるのが怖かったんだ。今まで付き合わせて、ごめんね。」

1人に戻るのが、怖くて。

でも、圭に隠しているのも辛くて。

八方ふさがりで。

それでアニエスに逃げた。

アニエスの為に生きたい、と思ったのも事実だったから。

丁度良かった。

『迷惑じゃ…なかったよ。アリスのこと、大好きだった。』

…圭達に去られるのが、どうしようもなく怖くて。

沢山嘘をついて、傍にひきとめてきた。

自分に嘘をつかせる圭のことを嫌いにもなったし、やはり愛しくもあった。

「圭と別れようって思ったのもさ、やっぱり甘えちゃうからだと思ったんだ。
何時だって欲しい言葉、優しい気持ちを分けてくれるから。」

私自身も気付かなかったような。

欲しい言葉も、気持ちも、温もりも。

全て分け与えてくれたから。

圭を想って、人を想うことの幸せさを身に沁みる様に感じた。

「本気で圭と一緒にいるなら、やっぱりアニエスから目を背けてはいけないと思ったんだ。
アニエスのことを本気で取り組むには、逃げようが向かい合おうが。
圭がいるのは、あまりにも不都合だった。」

初めは、記憶を消そうと思った。

アニエスの機密情報を宿した記憶を、私の中から消し去ったら。

私はもうアニエスにいる理由が無くなる。

そうでなくても、父が死んだらきっと逃げだせた。

けれど圭に別れを告げた後、家に投函されていた茶封筒。

その中には母からの手紙が入っていた。

手紙と言っても、まるで報告書の様な味気ない内容で。

父の辿ってきた足跡が、ただ淡々と綴られているだけだった。

それを読んでから、私は記憶を消して逃げ出す道を諦めた。

「父のことを知って、逃げてはいけないと思ったんだ。
アニエスにいる人は、みんないろんなものを切り捨てたり傷ついたりしながら。
それでも、本当に大事なものを失わない様にひたむきに頑張る優しい人ばかりだった。
私にはできることがある、私にしかできないことがある。」

それが、分かったから。

私が生きてきて、幸せを受け取り、悩み、苦しんだことが。

なにか意味を帯びてきた様な。

やっと使えるのだと、この為に使いたいと思えることに出逢えたから。

「1つ…聞きたいの。」

私にとって、とても大事なこと。

「圭にとって…圭が描く…私ってどんな女の子?」

Re: 秘密 ( No.635 )
日時: 2016/11/14 20:01
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

『圭にとって…圭が描く…私ってどんな女の子?』

アリスはずっと、1人になるのが怖くて。

その為に全力で傍に引き留めようとしたことを詫びていた。

3人の存在が、どれほど大事だったか。

アリスの言葉からひしひしと伝わってくる。

そんなアリスを責める気など起きず、むしろ感謝することばかりだった。

それほどに大事に想ってくれる相手など、早々出会えない。

アリスの様な子に、二度と出会えない。

声が少し涙で湿っているような気がした。

「どこまでも他人思いで…優しくて…ちょっと意地悪で…
人見知りなところもあって、努力家で、いつも笑顔にしてくれる。
なにかあれば引っ張ってくれて、強気で、いつも一生懸命で…きりがないよ。」

『…私はそんなに立派な人間じゃない』

「えっ?」

ドスの利いたあまりにも低い声に、一瞬怯んでしまった。

『自分勝手だし、弱いし、他人を僻んでばっかりだし…そんなに立派な人間じゃないっ!』

突然発せられた大声に、耳を疑った。

あまりにも、いつものアリスと違ったから。

『圭には…私はそんな風に見えているんだ…』

そんな風に…?

『違うんだよ…私はそんなに凄い人間じゃないんだよっ!
私はもっと弱くて、醜くて、自分のことばっかり考えてて、周りを笑顔になんかできない!
もう頑張れない…頑張りたくない…もう私は…っ、笑えないんだよっ!』

あまりにも、痛々しい声。

辛くて、痛くて、我慢できないほど隠して、それでようやく吐きだした様な。

そんな声。

「…そんなことないよ。」

『そうなんだよっ!もうこれ以上隠していくのが、私は苦しいんだよっ!!』

吐きだされるアリスの言葉に、飲みこまれそうになる。

濁流の様に、もう止まらない。

今までずっとせきとめていた思いが、溢れだしていた。

『私は酷いこと、たくさんしてきたっ!それでも圭たちに嫌われたくなくて…
圭達の前では、圭たちが望む、強くて優しくて温かい…そんな私でいなければならなかったっ!
3人に嫌われるのだけは…それだけは嫌だったからっ!!』

アリスが必死に隠していたこと。

アリスと出会う前のこと。

それだけだと思っていた。

けど…アリスが隠さなければいけないことは、他にも合った。

そんなこと、思いもしなかった。

『スキースクールで…薬を飲み続けないと死ぬって告げられて…
私はそう言う体になったんだって、絶望したよ。でも、笑って誤魔化した。
圭は優しい言葉を…たくさん掛けてくれたよね…よく、覚えてる』

スキースクールの夜、屋根の上でアリスはそんなことを確かに話していた。

アリスはそれで良いの?と声を掛けると。

ボロボロと涙をこぼしながら、普通の生活に戻りたいと泣いていた。

『けど、いつ死ぬか分からない体になるのなんて怖くてたまらなかったっ!
薬を飲む度、死んじゃったらどうしようって…それでも、圭の前では笑って見せたっ!
圭の言葉は…本当に、嬉しかったし助かったよ…少し、軽くなったよ、確かにね。
けど、救われた後は何時だって笑っていなければいけなかったっ!!
何時だって何回も乗り越えられるほど、私は強くないっ!!』

アリスを助けたこと。

それを悔いたことはない。

アリスを救えなかったことを悔いたことは何度もあったけど。

『初めはまだ…耐えられた。圭たちがいれば、本当に救われたような気分になってた…
でも、どんどんエスカレートしていって…次第に駄目になった…
当たり前の様に立ち上がれるものだと思われて…でも、今更言い出せなかったっ!』

言葉を掛けて、傍にいて、支えればアリスは笑ってくれた。

それだけで、やって良かったと心から思えた。

けど、どこかでアリスのことを軽んじてはいなかっただろうか。

アリスなら、直ぐに乗り越えられる。

そういう強い女の子だとどこかで軽んじていなかったと、本当に言えるか?

『皆本当の私なんて見えていない…それでも、特に圭の傍にいるのは辛かった。』

急に、静かな口調になった。

吐きだす思いを吐きだし、半ばもう諦めたような…

疲れ切った口調だった。

『他の2人より…大事に想ってて…でもその分、嫌われたくないって想いが強かった…
圭はいつだって私のことを気にして…大事に想っててくれたから…
まだ辛い、これ以上助けて、なんて口が裂けても言えなかったっ!!』

血を吐く様な、痛々しい…

アリスの叫び。

『圭はよくやってくれた…私を救ってくれた…これ以上私の為に力を裂いてもらいたくなかった。
嫌いになって…もらいたくなかったから。圭が好きな私は、そんな私じゃなかった。』

そう言われて…なにも答えられない。

自分の中のアリスは…アニエスに縛られている弱い救わなければいけない、普通の女の子。

でも、なによりそこから足掻こうとする強い女の子。

きっと、なによりもそこに惹かれたのではないか?

『圭は…本当に凄い人だから…私が憧れる、強さと弱さを持っている人だから…
人の痛みに、どこまでも寄り添える人で…弱い所すら、愛おしかった…
私と一緒にいるだけで…楽しそうに笑って…それだけで幸せって顔をしてくれて…嬉しかった…』

だからこそ、アリスは抗いつづけなければいけなかった。

無理をしてまで、絞り出す様に、頑張り続けなければいけなかった。

癒しをくれる、大事な場所が…いつの間にか、苦しみを与える場所になっていた。

『黙って…から回って…逆恨み、こんな醜い自分を…隠しておきたかった…
でも、私はもうこれ以上頑張れないんだよ…私にはもう、なにもないんだよ…
これ以上、私からなにを奪っていくの…?そんなこと、言わせないで…っ!』

アリスは何時も頑張っている女の子だと思っていた。

自身が苦しんでも、他人が苦しんでいたら。

迷わず飛び込む様な。

その様子がとても危うげで時折心配になるけれど。

人の為に頑張れる子だった。

でも、その『頑張り』はアリスにとっては心を削る様な…痛みを伴っていたんだ。

『もう、本当の私なんて分からないっ!ただ、苦しくて辛くて…痛いだけっ!!
救いも安らぎも、どこにもないっ!!何が癒しなのかすら…私にはもう…っ!』

ずっと気付かなかった。

自分がアリスを想っていたのは。

アリスにとっては苦行でしかなかった。

『…ごめん、もうこれ以上言っても…嫌になるだけだから…もう、切るね』

大きく息を吸うと、震えた声でそう吐きだした。

返事を聞く前に、アリスはブツリッと電話を切った。

最後の最後まで…何も言い返せなかった。

Re: 秘密 ( No.636 )
日時: 2016/11/23 21:12
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

〜・134章 今まで通りにはいられない・〜

電話を切った後も、ずっとアリスの声がリフレクションしていた。

アリスが放った言葉や、叫び。

それが時間が経つほど、胸の内で次第に膨らんでいった。

アリスは憎んでいたのだろうか。

気付かぬ間に理想ばかりを追い求め、押しつけ続けていた自分を。

それでも隠し続けなければいけなくて、黙って、痛みに耐え続けてきたのだろうか。

アリスは自分の本質を見てくれたのに。

母のことを調べ、母の最後に付き添ってくれた。

母と向き合うのが怖い自分に。

アリスは、弱くて迷って逃げてばかりいる自分を知っている。

だから、アリスには嘘はつけない。

アリスがいるだけで幸せそうな顔をしているって言うのは、本当だ。

どうしようもない安心感と、幸福感に満たされた。

でもそれと引き換えに…アリスは痛みや妬みが身体を蝕んでいった。

これから…アリスとどうやって接していけばいいのだろう。

傍にいても、傷つけるだけなのかもしれない。

そう思うと…やっぱり、今まで通りには笑えないのだろう。

知ったら、もう今まで通りに笑えない。

そのことも分かっていたから、アリスはずっと隠してきたのだろう。

だから、あんなに詫びていたのだろう。

1人になりたくない、そんな我が儘に付き合わせてしまったと。

別にそんなこと気にしないのに。

アリスが1人が恐ろしいというのなら、いくらでも傍にいるのに。

でも…それではきっと駄目なんだろうな。

傷つけあうことしかできないほど、自分たちは未熟だ。

好きになってもらわないと、息が出来ないから。

そんな想いが…いつだって、いつもアリスを追い詰めていた。

でも、これ以上アリスを縛り続けてはいけない。

そう少しでも思うのならば、もう…

コンコンッ

ノックの音が響き、返事を待たずにドアが開いた。

「なにしてるんですか?」

朝食を載せたであろう盆を持った、マリーだった。

活発さと、静かさを持ち合わせた女の子。

「…ちょっと…考え事」

「どうせアリスのことでしょう。ケイの頭は何時もそればかりですから。」

食事の席には、呼ばれて何度も行った。

けれど、食欲が湧かず結局残してしまった。

子供たちの為の玩具作りにも参加できなかった。

部屋に戻っても、眠気すら訪れなかった。

疲れ果てて、気付けば眠り、目が覚めて、数口だけの食事をし、また部屋に戻る。

そんな日が…もう何日続いただろう。

「そう…かもね」

でも、アリスのことは…なにも…見えていなかったな…

幸せだったのは、こちら側だけだったんだな。

アリスには、なにも与えられていないんだ。

「まあ、恋愛に迷いや衝突は避けられないですからね」

衝突、なんてものじゃない。

一方的に、吹っ飛んだようなものだ。

アリスが心をすり減らし、もう無理だというほど追いつめていた。

「でも、アニエスにいるのも残り少しですから。
アリスはここに残るそうですから、言いたいことはちゃんと話してくださいね。」

そう。

ようやく暇を得たアレクシスが同伴で、飛行機を飛ばしてもらえるのだ。

出席日数もあるし、自分たちが留まるべき場所に戻らなければならない。

アリスは自分の居場所を確認し、それは涼風ではないと決断したのだ。

早く…答えを出さなければいけない。

どこまでも幸せで…アニエスのことを片づけたら。

今度こそ幸せに生きていけるのだろうと信じて疑わなかった。

でも、アリスを苦しめていたのはアニエスではなく自分。

自分が強い女の子であるアリスに、憧れを抱いたから。

そんなアリスに惹かれたから。

アリスは頑張り続け、心をすり減らし、自分自身を嫌い、ぼろぼろになった。

1人にならない為に、アリスはどれだけの犠牲を払ったのだろう。

アニエスを除けば、アリスには3人いるあの場所しかなかったから。

その場所にしがみ続けるしかなかった。

アリスは、幼い頃はずっと牢で1人で育っていたという。

1人でいる辛さは、誰よりも知っていたのだろう。

「食欲はなくても、ご飯は食べてくださいね。思考力も、衰えますよ。」

パンッ、と目の前で掌を打ち合わせた。

その音に、一旦思考を途絶えさせられる。

「私にはきっと言えることはないから、せめて精一杯悩んでください。
応えてくれないことは…とても、辛いことですから。それは知ってますから。」

マリーは…長年、リンへ片想いをしていた。

それでも、想い続けとうとう実らせたのだから末恐ろしい。

リンがアリスを見つめている時も、傷付く覚悟で傍にいつづけた。

だからこそ、今があるのだと思う。

そういうマリーだからこそ、想っても想い返してもらえない辛さを知っているのだろう。

「後で、リンが食器を下げに来ますから。それまでに食べないと、口に突っ込みますよ。」

何時だってそうだな。

迷ってばかりいると、何時だって他の3人が励ましてくれる。

だから、ここはこんなにも居心地いいのだろうか。

でもそれは、とても美しいけれど、とても歪なようにも見える。

何時も他人がいて、困った時には支え合っている。

だから、なにかあると直ぐに弱ってしまうのだろうか。

1人で解決する力を、失ってしまうのだろうか。

Re: 秘密 ( No.637 )
日時: 2016/11/23 10:01
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

もそもそと、口に食事を詰め込んでいく。

舌は機能をやめ、ただ口に含み飲みこんでいく作業をのんびり続ける。

ただただ不快でしかない。

弱い自分が嫌になる。

こんなことで、こんな風になにも出来なくなってしまう。

アリスも、こんなことが合ったのだろうか。

味のしないご飯を飲みこみ、眠れないほど悩んだのだろうか。

それでもアリスは、笑顔を振りまき、それを周りに悟らせなかった。

そうして、今。

どうすればいいか分からなくなって、ぼろぼろの身体を引き摺っている。

立ち上がる力も失い、それでも気丈に振る舞おうとしている。

だから、ここで止まる訳にはいかない。

味がしなくても、不快でしかなくても、食べなければいけない。

アリスの言葉を知ったのだから。

アリスの想いを知ったのだから。

それは、ただの贖罪かもしれない。

それでも、ここでなにもせずうじうじしているのは。

単なる甘えだ。

引きこもって3日目で、ようやくその行動に移せた。

何度もむせ返り、せき込み、苦労しながら飲みこむ。

水で流しこみ、スプーンでよそったご飯を口にする度猛烈な吐き気が襲う。

感じやすいな…全く。

こんなに弱くて、脆いから、アリスは心配を掛けまいと無理をしたのかもしれない。

なにかあれば、直ぐに喉を通らなくなり、眠れなくなる。

「お疲れ様。完食おめでとう。」

いつの間にか、リンが部屋に入ってきていたらしい。

最後の1口を飲みこみ、やっと息がつけた。

リンはきっと途中から見ていたのだろう。

完食したはいいものの、気持ち悪くて暫く返事が出来なかった。

「俺、医者を継ぐのはやめようと思うんだ。」

唐突に発せられた、リンの言葉に耳を疑った。

「はっ!?」

リンの今の家は、医者だ。

跡継ぎがいない医者が、成績優秀なリンを見越して養子になったのだ。

だから引き取られてはずっと勉強ばかりして、医者になろうと励んでいた。

何年もずっとそうしていた。

「人が傷つくのを見るのは嫌だからさ。正直血も苦手だし、足の引っ張り合いも嫌いだ。」

「えっ…でも…」

そんなことになったら。

「衝突は免れないだろうけど、やりたいことが出来たんだ。」

衝突することも、見込んでいる。

今まで言葉にしなかったのは、きっと本人も迷っていたからだろう。

「万里花にも、ちゃんとプロポーズする。それで母さんとも一緒に暮らす。」

…母さん

愛しい人の影を求めて、傷つけることを恐れてリンを置いていった。

リンの母親。

けれど和解を済ませ、今は離れて暮らしているが連絡は取り合っているらしい。

「…万里花の家を継ぐのか?」

「それも考えたけど…経済とか金銭のやり取りは嫌いではないけど…
それを仕事にする気は、特にないかな。必要とあれば、やるけどさ。」

それよりやりたいことが出来たんだ、と満足そうに笑った。

リンは母との問題を終えてから、子供の様に笑うことが増えた。

今までの様な、落ち着いた大人の様な微笑みは影を潜めてしまった。

色々我慢することが多い環境だったから、屈託なく笑うことをやめていたのだろう。

万里花を得、友を得、母を得たリンは。

限りなく満たされ、気持ちを表現する術を遅ればせながら身につけたのだろう。

冷酷で、人との関わりもほとんどなく、クラスメートからも一線引かれていたリン。

でも今のリンはどこから見ても、ただの少年だった。

「上手く行くかは分からないけど。どうしてもやってみたいんだ。
言うのはまだ恥ずかしいから、言わないけどな。」

子供らしさを残しながら、もともと整っていた顔立ちはどこか大人っぽくなった。

変わったんだ。

苦しんで足掻いたリンの姿を知っている。

そこからリンは、抜け出して変わったんだ。

そんなリンを見ていると、どこか焦り始めた自分がいた。

Re: 秘密 ( No.638 )
日時: 2016/12/04 23:40
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「恋愛感情じゃないけどさ、俺はアリスのことも好きなんだぜ。」

万里花程じゃないけどさ、と顔をくしゃくしゃにしながら笑って見せた。

どことなく不敵な笑い方で、どこかアリスと似ている。

もともと口数の少なさや、そのくせ動作に感情が現れるところや。

優しさに不器用な所、少しずつ笑う様になっていたところ。

昔のアリスに似ているような気がしていた。

勿論アリスと違って勤勉だったり、几帳面だったりする所は似ても似つかないけれど。

纏う雰囲気はどこか少し似ていた。

リンと話していると、出逢ったばかりのアリスを想起せずにはいられなかった。

けれど、なにかを振り切ったリンは。

今のアリスに少しずつ近づいているような気がした。

やるべきこと、やりたいことを見つけ。

楽しそうで、どこか子供みたいに無邪気で、それでいて大人びて見えた。

自分の生きる意味を見出し、それに向かって没頭できることが嬉しくて仕方ないと言わんばかりに。

2人とも変わった。

嫌、変わったというなら万里花もだろう。

皆前に進んでいる。

駄々をこねているのは、自分だけだ。

アリスがいない生活が考えられなくて、ずっとこのままでいられると思って。

自分で歩きだすのを止めた。

アリスを傷つけたことを知り、それでもまだアリスにしがみつくことしかできない。

「だから、アリスが本気で決めたことなら。口出しする気はない。」

アリスが、本気で決めたこと。

そんなこと、分かっている。

アリスが生半可な覚悟ではないことも、ちゃんと分かっている。

アリスは自分の恩人で、大事な、尊い存在で。

だからこそ、いなくなるのが怖い。

アリスがいなくなった先、生きていく自分を想像できない。

「俺はアリスのことが好きだよ。人として、友達として。
俺には俺で頑張るべき場所がある。それはアニエスじゃない。」

それでも、自分のやりたいことがあるから。

それに向かって突き進むんだ。

自分には、突き進んでまで手に入れたいものはない。

アリスくらいしかいない。

辛い時、哀しい時、楽しい時、なんでもない時。

傍にいてほしいと願うのは、他の誰でもないアリスなんだ。

ずっと隣にいて、笑って、そんな日が続くことを夢見ていた。

でも、時間は流れていく。

決断すべき時は必ずやってくる。

今のままなんて幻想だ。

「それにさ、ちゃんとこれから先もずっと万里花と一緒に暮らしていくならさ。
傍にいたいなら、ずっとこのままなんて言ってられないよ。」

そこでリンは再び口端をめいいっぱい釣り上げて、笑って見せた。

「だって、もっともっと幸せにしたい。俺だって幸せになりたい。
だから今のままなんて、ふざけんなってんだよ。俺たちはもっと幸せになってやる!」

堂々と胸を張って、誇らしげに笑うリン。

高々と宣言した言葉に、微塵の嘘も躊躇も存在しない。

…羨ましい

自分も変わりたい。

例えアリスと一時的に離れることになろうと、幸せになる為に尽力できることを。

見つけたい。

アリスを都合のいい相手にするのではなく。

裏表を全て知って、それでも互いに支え合える相手に。

なりたい。

Re: 秘密 ( No.639 )
日時: 2016/12/11 11:55
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

酷いことを言った。

きっとじゃない。

絶対、圭のことたくさん傷つけた。

食事の席に出ていないと、エリスが毎日の様にこぼしていた。

部屋に引きこもり、部屋を出入りするマリーやリンの疲れた姿しか目に出来ないらしい。

それだけで大体現状がどうなっているか、分かる。

マリーやリンの手にする食事は、いつも殆んど口が付けられていない。

それでエリスはかなりご立腹だ。

足りない訳ではないが食事は節制したいと、勿体ないと愚痴ていた。

お金はエリスやアレクシスの稼ぎがあるから、困りはしない。

けれど大国と付き合うために、お金はかかる。

だから貧民層も存在するのだ。

電話してから数日、殆んど食事を口にしていない。

私は慣れていても、圭は違う。

きっとやつれている。

最低だ。

確かに圭に言ったことは少なからず真実だ。

圭が見ている私はあまりにも神々しくて、天使みたい子だった。

私はそんな理想と違うことが苦しかったし、作り笑いだって何度もした。

でも、圭の傍が唯一の安らぎであるのも事実なんだ。

その安らぎを失いたくなくて勝手に無茶して、から回ったのは私なんだ。

圭が私の本心に気付かなかったのは。

なにより私がそれを望んだからだ。

だから圭はなにも悪くない。

なのに。

圭は私に文句の1つも言わない。

どうして。

どうして圭はそんなに優しいのだろうか。

圭の優しさは憎らしいけど、私を救ってくれもした。

憎いけど、それが愛しくもある。

まるで母が父に向ける気持ちみたいだ。

でも私は母とは違う。

母は父の意志を尊重し、父の死に際まで彼の陰に徹していた。

父の傍にい、父を想い続け、父を見返すために生きてきた。

父の中に、少しでも存在し続けようとした。

それが母の意志で、母が決めたことだ。

私は圭を追いかけてアニエスから逃げ出しもしなければ。

圭が私を追いかけて闇に沈むのも嫌だ。

互いに、好きなように生きればいい。

圭が例え私を想っていなくても。

私が圭を想えていればいい。

圭の中に私がいなくても、私の中には圭がいる。

それで充分。

それが私の意志。

私は圭を追いかけない。

そうすればいつか、絶対に後悔する。

元気に生きていれば、それで良い。

私ばかりにしがみついて、生きていて欲しくない。

私も、これからどういう顔で圭の傍にいればいいか分からない。

圭が帰国するまでの数日。

私は圭の部屋には近づかなかった。

Re: 秘密 ( No.640 )
日時: 2016/12/18 13:17
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

〜・135章 幸せの代償・〜
「アリス」

圭とは会いたくない。

会ってもどんな顔をすればいいか分からない。

私が散々迷い、決めた答えを。

圭はあっさりと覆した。

そうだ。

確かに圭はそういう人だった。

いつも私の考えや予想を覆し、私を驚かせる。

なのに、圭らしいと思わせる。

人が必死に考えた答えを台無しにする。

けれど、私には考え付かない答えに辿り着ける。

「なあに?」

微笑み返しながら、ゆっくりと振り向く。

部屋には近づかないと決めたのに、圭は自分で会いに来た。

私の考えを覆す圭は、もしかすると私よりずっと強いのかもしれない。

「廊下じゃなんだし。場所、変えよっか。」

周りのことをよく見、気持ちを組み、それで考え、行動できる。

なかなか答えが出せなかったり、行動に出せなかったりもするけど。

どこまでも人間らしく、優しく、温かい。

流されることが合っても、苦しんで答えを出せる。

逃げ出しても、いつか答えを出せる。

そんな圭は、きっと私よりずっと強い。

Re: 秘密 ( No.641 )
日時: 2016/12/19 02:43
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

アリスに連れられ、屋上の淵に並んで腰かける。

後から座ったアリスは少し距離を置いた。

下から吹き上げる風や、連なる建物を見ると少し怖くなる。

アリスはそんなことを全く気にしない素振りで、あしをぷらんぷらんと揺らしていた。

街並みを静かに見降ろし、こちらの言葉を待っている様にも見えた。

「僕はアリスの一面しか見ることが出来なかった。」

今更気付いて、それが死ぬほど恥ずかしい。

アリスのことを助けたいって豪語して。

それなのに、アリスのこと何も分かっていなかった。

「アリスが笑顔で苦しみを隠していたことに。気付くことが出来なかった。」

ここに来て、アリスの知らない一面を知って。

涼風にいたアリスは、笑顔で必死に隠していたんだと気付かされた。

そうすることでしか、アリスは居場所を確保できなかった。

居場所を失うことだけは、アリスは絶対に嫌だったから。

今になってやっと、分かった。

色々なことを調べて、真正面から向き合って、泥を被りに行く。

母親や身内の問題はそれに筆頭する。

マリーやリン、そして自分も。

トラウマを解決し、前へと向かって歩いていけるようになった。

それはアリスの善意だけではなく。

元々同じ立場ではないのだから泥をかぶっても大丈夫、と自分を軽んじてもいた。

それだけだと思っていた。

でも、アリスにとっては居場所を失いたくないという願いもこめられていた。

「…愛しいという気持ちは、あったよ。」

だから苦しいの、と彼女は言った。

想像はいくらでもできたはずだ。

アリスを見て、接していれば、見えて来るものがあったはずだ。

アリスは正体を暴かれるのを恐れながら。

苦しみながら。

気付かれたくない、そんなことを想っていた。

電話での暴露は、延々と続く苦しみを一刻も早く終わらせようとしていた。

激情に駆られ、色んな事を口走り、最後は疲れた様に電話を切った。

「アリスが昔のこと、覚えてないの。気付いてたのに。」

「…そうだね。隠すな、泣きたい時は泣けって。言っていたっけ。」

よく覚えているね、と呟くと。

忘れられないんだよ、ともっと小さな声で返した。

アリスはどんな一字一句も忘れない。

色んな感情や気持ちを、ずっと忘れることも出来ずに抱えている。

それもそうだね、と静かに返した。

忘れられないというのは、一体どんな気持ちなのだろう。

「昔のことを話に出される度、怯えていた。
出さない様に、気を使ってはくれていたみたいだけど。
やっぱり人を繋ぐのは、過去なんだから出すなて言うのも無茶だよね。」

昔のことを忘れてしまったアリス。

向けられる優しさは、全部過去の自分に向けられている。

分からない。

知らない。

怖い。

それだけじゃ足りない気持ちが、いつもひしめいていたと思う。

そんなことに、ずっと気付かなかった。

分かっていたはずなのに。

Re: 秘密 ( No.642 )
日時: 2016/12/24 21:36
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「やっぱり、自然とアリスを昔のアリスと重ねていたと思う。
切り離しては考えられなかった。…昔のアリスも、特別な存在だから。」

大切な言葉を掛けてくれた大事な存在。

あの頃の唯一の生きがいだった。

アリスがいなかったら、確実に生きてはいなかった。

事情が合って、小学校高学年の頃散り散りに別れてしまったけれど。

それでもアリスのことを考えない日はなかった。

勝手に黙っていなくなって、謝り倒しても気が済まないと思っていた。

会いたくて、でも会えない。

そのことを申し訳なく想いつつも、やはりどこか安心していた。

あの頃の自分は、アリスはリンに惚れているものだとばかり思っていた。

真相はもう分からないけれど、だからって黙って消えることはなかった。

施設の都合でいきなり追い出されたにしても。

一度くらい会いに行けたはずだ。

それでも会いに行かなかったのは、多分怖かったからだ。

アリスがいなくなるまで、自分のしたことの本当の意味に気付かなかった。

Re: 秘密 ( No.643 )
日時: 2016/12/24 21:53
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「圭たちのことは、昔からエリスに聞いていた。
エリスはアイザックのことも、圭たちのこともお伽噺の様に話してくれた。」

初めは、意地悪ばかりをしていたけれど。

アイザックを失ったエリスに寄りそい、圭たちと出会った私の傍に。

次第に優しく、時に厳しく。

寄り添うようになっていった。

「あの頃は、色んな家をたらい回しにされて。
人の悪意に歯を食いしばって耐えていなければいけなかった。
色んなものに疲れて、そんな時は圭たちの話が支えだった。」

エリスの行動は、とても嬉しかった。

母の目をくらます、という理由でアニエスを出た。

圭に出逢って、別れて、それからは色んな家をまわっていた。

どの家も、問題がある家ばかりだった。

母曰く、人の悪意や生きていく厳しさを身につかせるためだと。

その為に父はわざわざ、そう言う家を選んだのだと。

話してくれた、母は少し呆れた様な寂しそうな笑顔を浮かべていた。

今なら、その意味が分かる。

「私にもそんなことがあったんだって、嬉しかった。」

エリスは私の支えだった。

会うたび、彼らの話をねだっていた。

お腹が空いていても、生傷が絶えなくても、生乾きのボロボロの服を着せられていても。

エリスに会うと、痛みを忘れて聞きいっていた。

支給されている携帯は壊されることもしばしばで。

だから、エリスは大抵帰り道にふっと現れることが多かった。

携帯隠しときなよ、って笑いながら携帯を渡してくれた。

それがあの頃の日常だった。

家に帰りたくないのもあって、エリスと会うとついつい長話になった。

「…懐かしいな」

エリスから話を聞くのが、本当に好きで。

彼らと私の最も強いつながりは歌であった、と聞いて。

基地に足を運んでは、放置された楽譜を読みこみ。

歌うことで繋がっていられた気がした。

「歌っていれば…本当に、会える気がしてた。」

あのころとは、もう違う。

辛い事ばかりで、だから圭たちに会った時は嬉しかった。

お伽噺の中に入り込んだみたいに、夢の様だった。

「でも、やっぱりお伽噺は見ている頃が一番幸せだったのかもしれない。」

圭に会ったことは幸せだった。

私の人生において、間違いなく転機だった。

幸せの始まりだった。

「…幸せになっても、やっぱり痛みってあるんだね。」

考えてみれば当たり前だった。

代償なしに得られる訳なんてないんだ。

私がしてきたことを、考えれば。

もしかすると幸せになること自体が、痛みなのかもしれない。

「アリスは幸せになることに、不慣れなんだよ。不器用なんだ。
でもね、慣れてからも…それでも傷付くこともあると思ってるよ。」

ふふっ、と小さく微笑み返す。

やっぱり圭は変わらない。

「でもやっぱりさ、傷付かずにはいられないよね。
人生において痛みや、悲しみは絶対になくてはならない。不可欠だもん。」

傷付いて、ぼろぼろになって。

だからこそ当たり前の日々が、こんなにも愛おしい。

そんなこと、ずっと前から分かっていた。

知っていた。

「圭たちと過ごした時間は、本当に夢を見ているみたいに幸せだったよ。
傷付くことや罪悪感に苛まれることもあったけど。本当に、満ち足りていた。」

生きているんだって、実感できた。

例え圭の視線の先にいるのが昔の私でも。

それでも良いって、確かに想っていたんだ。

Re: 秘密 ( No.644 )
日時: 2016/12/30 22:34
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

〜・136章 残酷な我が儘・〜
「圭のこと、本当に大事だったんだ。」

アリスは何度も繰り返す。

幸せだった。

大事だった。

夢を見ているようだった。

満ち足りていた。

そんな言葉を、何度も何度も噛み締めるように。

「その気持ちに、嘘はないんだよ。」

それでも、と小さく続けた。

その先の言葉は、なんとなく想像がついた。

“圭のこと、ちゃんと見れていなかった”、と。

哀しそうに。

寂しそうに。

ぽつりと零した。

「圭みたいになりたいって、理想ばっかりで。
救ってくれるのが当たり前で、笑ってくれるのが当たり前で。
それがどれだけ大変なことなのか、ちっともわかってなかった。」

Re: 秘密 ( No.645 )
日時: 2016/12/30 22:40
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

アニエスのことは、色んなきっかけを生み出した。

「アニエスのこと知られたくなかったけど。
事実、私は心身共にまいっていた。救われたのは事実だよ。」

何度もいなくなったり、心配を掛けるのが嫌で。

いつか、手に負えないって捨てられたらどうしようって。

不安が胸を巣食った。

「でも、圭たちが優しくて。本当に、馬鹿みたいに優しくて。
それなのに、不安は拭えなくて。って、当たり前だけど。」

私のしてきたことを考えれば。

そんなの当たり前。

「見捨てられない様にって、精一杯努力した。
してもしても、したりなかった。餓えは増すばかりで、満たされなかった。」

見捨てられたら、それこそ死んでしまう。

嘘をつくことを躊躇わなくなり、作り笑いも板についた。

日に日に自分が暗い所に沈んでいく感触があった。

それでも、不安は消えなかった。

「でも。ある時を境に、私は絶対に見捨てられたりしないって気付いたんだ。」

信じられなくて。

疑ったり、仕方ないって諦めたり、色々なことをした。

でも、いつだって圭は来てくれた。

嫌われない努力も、諦めも、猜疑心も。

その瞬間にどうでもよくなってしまった。

「付き合ってからは、決定的かな。」

圭も私を好いていて、私も圭のことが好き。

それがまるで奇跡みたいなことで。

付き合い始めたばかりの頃。

気持ちが通じ合っていると分かるだけで。

毎日が、幸福だった。

そんな時に。

「圭の弱い所…お姉さんや家のことを…初めて知った。」

圭はずっと満たされた幸福な子供だと信じていたから。

そんな一面があることに驚いた。

「きっと、その頃から私のなにかは変わっていった。」

戸惑う圭や弱った圭。

気丈に振る舞おうとする圭、迷う圭、ぼろぼろになった圭。

色んな圭を見た。

憧れであった圭が、少しずつ変わっていった。

圭に散々助けてもらって、でも結局どこか信じられなくて。

いなくなろうとしたり、自ら傷付く道を選んで、進んだり。

ちっとも圭のことを考えず、軽率なことをした。

そんな自身がしてきたことに対する後悔と一緒に、ある気持ちが芽生えてきた。

圭と一緒にいられればいい。

それまで、ずっとそう考え続けていたのに。

「私のせいだ、って思っちゃったんだよね。」

圭は普通の男の子だった。

何の変哲もない、ちょっと家族関係で複雑な事情を持つ。

それだけの男の子だった。

でも、過去に私が授けた言葉によって変わってしまった。

圭は私を好きになり、圭の世界の中心は私になった。

それだけなら、良かった。

高校生になって、再会してからが問題だった。

夢は夢であれば良かったのに。

それは日常に変わってしまった。

「助けに来ることも、迎えに来ることも、全然楽じゃない。
凄く大変なことなのに、それが当たり前になった。」

ずっと話にしか聞いて来なかった圭と会って。

嬉しくて。

しかもそんな男の子が私を救ってくれて。

好きになって。

ずっと傍にいたいと願った。

絶対に失いたくないって。

「アニエスのことがあって、余計に圭は私の傍にいてくれるようになった。」

最初は誰よりも隠しておきたいことで。

絶対に知られたくなくて。

知られた時には、凄く後悔した。

それでも、時間が経つにつれ。

思ってはいけないことが、頭の中に渦巻いていた。

「アニエスのことがあれば、圭は絶対に私を捨てたりしないって。」

Re: 秘密 ( No.646 )
日時: 2017/01/15 22:45
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「それに気付いた時、愕然としたよ。
圭のこと苦しめたくなくて、力になりたかった。傍にいて、支えたかった。
そんな気持ちが、確かにあったはずなのに。」

いつからか、私自身が圭のことを苦しめ始めた。

アニエスを口実に。

なによりも忌まわしいはずだったのに。

「圭の世界の中心は、間違いなく私になっていた。
アニエスのことは、なによりも強い楔だった。私はそれを利用した。」

気付いたと同時に。

手を離さなければと思った。

このままじゃいけない。

弱く、脆さを持った圭が。

私の為に壊れていく様が見えた。

「おかしいよね。圭の傍にいたくて、酷いことも汚いこともした。
それに躊躇いなんて感じたことなかった。
アニエスのことも、自分の性格も気持ちも、好かれる為ならなんだってやった。」

圭の理想であり続けたことも。

その為に無茶して、こんなの私じゃないって叫びたくなっても。

アニエスに呼び戻されたりして、監禁されたって。

そんなこと、お構いなしだった。

傍にいられるなら、好かれるなら、安い代償だって。

笑い飛ばせた。

自分はそういう人間だった。

「圭の弱さを見て、やっと分かった。普通の人なんだって。
優しくて、強くて…それでもやっぱり弱いんだって。
今は大丈夫でも、いつか壊れるって。そう思っちゃったんだよ。」

それでも。

圭の弱さを見て、やっぱり普通の人なんだって分かった。

それが、壊れていく。

「そしてそれは、紛れもなく私のせいだ。」

Re: 秘密 ( No.647 )
日時: 2017/02/01 14:21
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「馬鹿みたいだ。」

長く続いた話が、佳境に差し掛かった。

溜め息をつくように、呆れたように。

小さくこぼす。

「私が必死にやってきたことは、自分の首を絞め続けるだけだった。」

周りを傷つけ。

自分も傷つき。

やっと手に入ったと思ったものは。

残酷な現実だった。

「私はもう充分だよ。」

精一杯頑張れた。

圭の世界の中心にいられた。

同じ場所で笑いあえた。

苦しくても。

確かに、私がやってのけたことなんだ。

「リンやマリーのお母さんたちを見て、手放そうって決心したんだ。
残酷な優しさを発揮して、例え圭が傷ついても構わないって。」

あー…

最後の最後まで、私はどこまでも自分勝手で救いようがない。

「我が儘に付き合わせて、ごめんね。」

Re: 秘密 ( No.648 )
日時: 2017/02/14 23:06
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

〜・137章 違う道を歩いて・〜
「それを言うなら…僕だって充分我が儘を言ったよ。」

アリスの傍にいたいって。

傍にいて、気付かぬうちに傷つけていたんだから。

アリスにとっては、自分と一緒にいることは辛いことだったのかもしれない。

どう見ても違う価値観。

世界そのものの見方が違う。

一緒にいると、アリスが自身のことを嫌いになってしまうんじゃないかって。

それくらいのことは、考えたことがある。

だからこそ。

「アリスが自分のこと、好きになっても良いんだって。
そう思えるくらい、アリスの分までアリスを好きでいようって思ったんだ。」

いつだってアリスのことを考えて。

それはとても贅沢なほど、至福な時間で。

アリスさえいればって、何度も思った。

「でもね、アリスのこと。
10年前にかけられた言葉だけで、好きになった訳じゃないんだよ。」

・・・人間らしさを誇って・・・

その言葉だけじゃない。

10年前の言葉だけじゃない。

「…そうだよね。
圭は昔の私だけじゃなくて、今の私もずっと見ててくれてたもんね。」

小さくアリスも言葉を返す。

へへっ、と照れたように笑った。

「でも、不安にさせたのは僕の過失だから。
無茶させたのも、諦めたのも、疑わせたのも、全部。」

ううん、ってアリスは隣で首を横に振る。

金色の髪が、小さく揺れた。

「きっと圭がどれだけ想ってくれていても、変わらない。
もし不安にもならず、無茶せず、諦めず、疑わずにいられたら。
今よりずっと弱くなってたと思うし、そんな万能な圭を好きにはならなかったと思う。」

ああ。

確かにそうかもしれない。

不思議だ。

まるで懺悔する様に、お互いの過ちを吐露しているのに。

気持ちはひどく、穏やかだ。

お互いの気持ちを曝け出して、傷つけたことにも気付けたのに。

気分は良い。

「そんな万能な圭だったら、きっと恐れ多かったよ。」

アリスも軽口を返した。

彼女の顔も、笑っていた。

穏やかに、幸せそうに。

「圭のこと好きになったのは、きっと不完全な所もあったからだよ。
色々あったけどさ。圭のこと好きで大事だったってところも、忘れないでね。」

気分は穏やかだ。

彼女を傷つけ、傷つけられた。

なのに。

「だから、もう良いよね。」

うん、と静かに返す。

その先の言葉は、なんとなく分かった。

「違う道を歩こう。」

Re: 秘密 ( No.649 )
日時: 2017/02/19 17:30
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

圭のことが、好きだった。

エリスから聞いていた話でも、一番多く出てきた名前で。

始まりの男の子、なんてふざけて言っていたっけ。

圭と出会ってから私は変わったと。

初めてエリスが、圭の話をした時。

それは私が膝を抱えながら、公園で時間が過ぎるのを待っていた時だった。

隣に腰掛ける人がいて、ふっと視線をやるとエリスが艶やかに笑っていた。

小学校高学年の頃だったかな。

普段は静かに笑いながら、用件だけを告げに来ていた。

最後の最後に、体には気を付けろよとだけ言っていたのを覚えている。

それがこの時は、用件を切り出すこともなくただ隣に座っていた。

家に帰るのが嫌で、外でただ歩いたり、疲れたら座ったり。

気ままに、それなりに気晴らしになった。

でも、外でいかに楽しく過ごしても。

いつかは家に帰らなくてはいけない。

それが辛くて、少しでも家にいる時間を減らそうと仮眠も外でとった。

幾つの時からだったろう。

気付いたら、そんな生活だった。

丁度その日は、前日の夜に家の人に酷い八つ当たりをされて。

ただ帰りたくないと、死にたいと、心の底から呪っていた。

だから、用件を告げないエリスを不審に思いながら。

死ぬことも許されないのかと、思ったことを覚えている。

エリスがいれば、私は死ねない。

「…去年のことなんだけどね。アリス、覚えてる?」

出だしはそんなものだったと思う。

私はその頃は幼い頃のことしか覚えていなくて。

アニエスでのことは覚えていたけど。

圭たちのことだけがすっぽり抜けている状態だった。

気付いたら、10だか11歳になっていた。

戸惑いはしたけど、知識の点で困らなかったし。

そういうものだと思っていた。

「…覚えてないよ。知ってるでしょ。」

気付いたらアニエスからここに来ていて、学校に行っている。

辛いことが多かったけど、それでも人と感覚が違ったのか。

仕方ないことだ、と冷めた目で見ていた。

食事を抜かれるのは慣れていたし、基本は家の外で過ごしていたから。

家の中で殴られたり、無理矢理酒を飲まされなければ良い方だった。

「あのね、いいこと教えてあげる。あんたには好きな人がいたんだよ。
しかも4、5歳の時からずっと。すっごい一途で初々しかった。」

「…なにそれ、意味分かんない。」

本をたくさん読んで、でも私には共感できないことが多かった。

感情というものを表現する術を身につけるタイミングを逸したのだ。

痛い、辛い、嫌だ、とは思っても。

人が持つような温かな気持ちは分からなかったし。

自分が持つことはないと思っていた。

私の心は穏やかで、いつも何かを諦めていて。

いつ死んでも構わないと言わんばかりに、どこか投げやりだった。

「ほんとなんだよね〜、これが。
私も目を疑っちゃったし。でも、すっごい幸せそうだった。」

そんな自分を、想像できない。

エリスの性質の悪い冗談だと思った。

「出逢ったのは、4年前かな。4年間ずーっと一緒にいたんだ。
会ったのはお屋敷で…相手の男の子が窓から飛び込んできた所から。」

「…窓から?」

「すっごいお転婆さんでしょ?
今のあんたみたいにお腹をすかせてて、食べ物を探していたの。」

その男の子と遊ぶようになった、という所まで話すと。

エリスは席を立って、からかう様な笑みを浮かべて帰っていった。

続きはまた今度ね、と後から電話で告げられた。

それからエリスは来る度に、少しだけ“ケイ”と言う男の子の話をした。

エリスが来るのは大抵私の携帯が壊れた時だった。

アニエスから支給された携帯で、家に帰る前と出た後。

電話する様に言われていた。

単なる生存確認で、涼風に来てからずっと続く習慣だった。

でも、家人は乱暴な人が多かったので壊されることもよくあった。

だからエリスは月に1度か2度。

多ければ週に2回。

携帯を新調しに来ていたのだ。

会うたびに話をせがむようになった。

輝くような物語に、耳を傾け。

家に帰ってからもずっと反芻していた。

エリスの話は抽象的で、彼らが今どこにいるのか。

一緒にいる時にどんな会話をしたのかも結構曖昧で。

伝わってきたのは、彼らは優しい人で。

私自身もその時幸せそうだったことだけ。

エリスの作り話かもしれないと思っていたけれど。

それでも、本当にいたらってずっと夢を見ていたんだ。

生まれて初めて見た夢だった。

その夢は私は励まし、圭たちに再会するまでずっと続いた。

Re: 秘密 ( No.650 )
日時: 2017/02/23 23:29
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「圭のこと、本当に好きだった。
でも、苦しくても…逃げた先に圭といられる喜びが合っても。
私はここにいたい。確かにそう願ったんだ。」

これはきっと、本当の言葉だ。

今のアリスが考えた、偽りのない言葉だ。

「僕もきっと、アリスに恋をしていた。
子供みたいに幼くて、不器用で、恋に酔っていた所もあったけど。」

「「それでも」」

言葉が、重なる。

顔を見合わせて、笑う。

「「きっと恋をしていたんだよ」」

胸の中は穏やかな気持ちで満たされている。

温かくて、静かで、後悔も迷いも存在しない素直な気持ちが。

口から空気を震わせ、紡がれている。

「「君に恋をして良かった」」

同じことを想いながら。

くすくすと微笑みながら。

「ありがとう」

彼女が告げる。

「ありがとう」

それに応える様に、僕も告げる。

幼くて、未熟な恋でも。

とても大事な思い出だ。

アリスに恋をしなければ、母とのことも、姉とのことも。

一生、背負いながら生きて行くしかなかった。

アリスの言葉で、それがとても軽いものに感じられた。

感謝も、愛しいと思ったことも。

触れたいと、願ったことも。

全て本当。

彼女のことを、全然知ることが出来なかった。

子供の様に駄々をこねて、相手のことを心から慮ることが出来なかった。

そんな子供みたいな恋だけど。

して良かったと思える、そんな恋だった。

後悔も未練もない。

彼女も、自分の言葉で背負うものが軽くなったと。

そうやって、自分に偽りの恋をした。

笑顔で駆け寄ってきてくれた彼女も。

圭、と呼ぶ彼女の声と笑顔に。

本当に恋をしていたんだ。

お互いの顔を見る度に、嬉しくて幸せな気持ちにさせてくれた。

だから。

今度は。

「今度こそ、一緒に生きていきたい。」

いきなり恋人とかは無理だと思う。

気持ちの整理も出来ない。

ニセモノの恋は自分たちを幸せにしてくれた。

温かな気持ちを授けてくれた。

もう、沢山貰った。

「好きになる所から、始めさせてください。」

今度こそ、本当の恋人になりたい。

相手のことも、自分のこともちゃんと分かって。

弱さも醜さも、強さも温かさも抱きしめて。

それでも、迷いなく好きだと答えられる様に。

「喜んで」

幸せで堪らないという様な、朗らかな笑顔で。

彼女は返してくれた。

Re: 秘密 ( No.651 )
日時: 2017/04/05 13:26
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「私はここで、アニエスを助けるよ。」

「僕は涼風に戻って、夢を見つける所から始めるよ。」

お互いの小指を絡ませ、微笑みあう。

少し距離を置こう。

お互いのことだけでなく、周りもちゃんと見えるように。

もう理想で誰かを傷つけないように。

「もし、恋人になれなくても良い友人くらいにはあり続けたい。」

好きになれてよかった。

こんなこと、聞いてくれるのは圭だけだったと思うから。

「そうだね。傍にはいたい。」

こうやって微笑み返してくれるのは、圭だけだと思うから。

「今度会った時は、お互いが見てきた色んな話をしよう。」

「きっと、楽しいだろうなぁ。」

くすくすと笑い合う。

今までは笑いあっていても、心地よさの中にチクチクとした痛みが潜んでいた。

痛みは圭と別れた後に、じわじわと増していって何時も私を苦しめていた。

「私の本心を知った時、どう思った?」

少し、興味がある。

圭のことだから馬鹿正直にショックを受けて、自己嫌悪に陥っていそうだ。

見ただけでも、数日で体重をかなり落としてるみたいだし。

「アリスがいないと、こんなに駄目なんだと思った。
アリスがいない未来を生きている自分を想像できなかった。」

ストレートな言葉に、素直に恥ずかしくなる。

そうだ。

最初から隠さずに話していたら。

誰も傷つかなかったのかもしれない。

でも、今は傷が愛おしい。

言葉の1つ1つがくすぐったくて、自分の中に温かく降り積もっていく感覚がある。

「…なら、これからも頑張れる。」

私の力だけで、圭の大事な人になれた。

結果が最悪なものだったとしても。

私の存在を、確かに刻みつけることが出来た。

「…ちょっと意外だった。
私が望んでやったことだけど、ここまでとは思わなかった。」

「自分でも驚いた。でも、なにもかもがアリスの思惑通りだと思わないでね。
素のアリスだって、少しは見てきたし。自分で意思で、好きだったんだから。」

照れくさそうに、子供みたいに。

頬を掻きながら笑っている圭を見ている。

ちょっとだけ私より高い背丈。

いつも軽く見上げて、すると直ぐに目が合う。

「圭はいつも驚かせてくれる。圭の偉大さを、今になって思い知ったよ。」

救ってくれないことばかりを嘆いていたけど。

人を助けるって言うのは凄く大変なことなんだ。

「偉大でも何でもないよ。ただ、馬鹿だっただけ。」

目が合うと決まって圭は笑ってくれて。

私も自然と笑みが零れる。

「なら、私も圭みたいな馬鹿になりたいよ。」

「貶してる?」

「褒めてはないけど…貶すってほどでもないよ。感心しただけ。」

「結局どっちなんだか…」

未来の約束をした。

それはきっとこれから先、自分たちを縛り、苦しめることもあるだろう。

でも。

この約束があれば。

圭と何時でも繋がっていられる。

頑張れる。

きっと。

幸せになる為の、力になる。

Re: 秘密 ( No.652 )
日時: 2017/06/15 22:43
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

〜・138章 気付けなかったもの・〜
「とりあえず、これを使わずに済んでよかったよ。」

アリスがポケットから取り出したのは、黒光りする拳銃だった。

それが出てきた瞬間、ギョッとした。

「腕に力がないから、小さい型のを貰ったんだけど…それでもやっぱり重い。」

「あの…アリスさん?何でそんなもの持ってるのかな?」

脂汗をかきながら、やんわりと尋ねる。

あからさまなぐらい、苦笑いを浮かべているだろう。

「試したくて。」

にっこり、と満面の笑みで返された。

「あっ、別に射撃の練習したい訳じゃないよ。
それは室内でちゃんとする所があるから。外じゃ危ないしね。」

聞きたいのはそういうことじゃないんだけど…

でも、こうやってアリスと軽口叩くのも久しぶりだ。

いつもは、お互いが大事すぎて。

優しい言葉ばかりを交わしていたから。

最近はお互い、厳しい事ばかりを話していたし。

「…自分を止められるか、試したかったんだ。」

アリスの顔にはまだ微笑みが残っている。

「圭に言われて、止まれるか。自分の為に圭を撃てるか、試したかった。」

「…結果はどうだった?」

アリスの話を聞いてから、自分の中にも変化が起きた。

いつもなら、拳銃を持っていたら驚いて取り上げていた。

叱って、きつく抱きしめて、止めろって叫んでた。

でも、今のアリスにはそれが必要だから。

そう言う道を、アリス自身の意思で選んだから。

「…分かんない。」

ん〜、と空を仰ぎながらアリスは続けた。

「圭に言われても自分が変わらなかったら、それどころか圭を撃てたら。
きっともう何をしても無駄なんだな、救いようがないなって思ってたから。」

一緒にいて、苦しいことがあった。

アリスの中には、自分を憎む気持ちもあるだろう。

それだけのことを、自分はしたんだ。

でも…

憎む気持ちと同じくらいに、愛しくも想っていてくれたんだ。

そんな相手、この先絶対に見つからない。

「でも…今は撃てなかった。なら、まだ救いようはあるのかもね。
結構ギリギリだったけど。」

「ギリギリって…人の命を…」

「大丈夫。狙っても足だよ。」

「そういう問題じゃないっ!」

お互いの顔に笑みが浮かびながら。

物騒な単語を交えながら。

声をあげて笑っている。

こんな日が、来るなんて思わなかった。

アリスはこの先誰かを傷つけることもあるだろう。

誰も傷つけないで済むなんて、そんな簡単な問題じゃない。

それくらい分かっている。

でも。

今のアリスならきっと。

人の気持ちを組んで、多くの人が幸せになる様な。

そんな道を、必死に探していくのだろう。

だから、もう心配することなんてなかった。

Re: 秘密 ( No.653 )
日時: 2017/07/07 22:00
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

3人が帰国する前日、私は激務の休みをもらった。

それは母やエリスのささやかな気づかいだった。

1日の休みをもらってしまうと、圭たちが帰った後しんどそうだから。

夜だけ休みをもらうことにした。

夕食の席に顔を出すと、3人は顔をほころばせて笑ってくれた。

私はアニエスに残ることを3人に伝えた。

「アリスが心から決めたことであるなら。止めません。
でも、辛くてたまらない時はいつでも連絡を。会いに来ても良いですから。」

「…ありがと、マリー。その時はまた、何時もみたいに笑って抱きしめて。」

「怪我とかは…気を付けろよ。危なそうな仕事だし。」

「非力だしね。精一杯気を付けるよ。ありがと、リン」

「やりたいこと、悔いのない様に。納得いくまでやってきな。」

にっこりと笑って返す。

「それは私の得意分野だよ。ありがと、圭。」

それからは和やかに食事を始めた。

お互いのこれからの指針を話し、談笑した。

リンは医者をやめ、マリーは家業を継ぎ、圭は夢を見つける所から。

大学の話、取ろうと思う資格の話。

マリーとリンに関しては結婚も視野に入れているらしい。

教会で挙げたいとか、真っ白なウエディングドレスが良いとか。

ブーケトスは私に投げてくれるとか。

色々なことをマリーが言う隣で、リンは真っ赤な顔をしていた。

2人は変わらないな。

見ていて微笑ましく、すぐにでも結婚式の招待状が届きそうだ。

食事を終え、別室に移った。

2人の延々と続く惚気を聞いて、私も昨晩圭と交わした会話を伝えた。

「長くにわたって、迷惑を掛けてすいませんでした。」

頭を下げると、即座にマリーが一声かけた。

「2人のことに口を出す気はありません。
アリス達がその道を選んだのなら、それが良いと思ったのでしょう?」

こう言った時、人目を憚らず真っ先に声を掛けてくれる。

そんなマリーが持つ、煌めく様な強さに憧れずにはいられなかった。

顔をあげさせ、にっこりと微笑んだマリーの顔は。

私が追い求める笑顔そのものだった。

優しく、力強く、温かで、不安を吹き飛ばすような笑顔。

ずっとずっと大好きだよ、マリー。

Re: 秘密 ( No.654 )
日時: 2018/02/13 15:56
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「ほんっと、馬鹿だな。」

後ろから聞こえたリンの大きな声に、一瞬体がびくっと震えた。

リンは思い切りしかめっ面をしていて、怖かった。

鬼気迫るというのはこんな顔だと思った。

「悪いのはこっちもだよ。不安だって言うなら、ずっと傍にいてやる。」

言うと同時に、そっと抱きしめてきた。

思えば、リンに抱きしめられるのはバレンタイン以来だ。

背丈が圭より高いせいか、少し屈む様な形になっている。

おんぶされた時も思ったが、大きな背中だ。

「いてやるってのは違うな。いさせてください、だ。」

優しい、声だった。

「言わないのが悪いとは言わない。言えない気持ちも分かる。」

だけど、と続ける。

「それでも、アニエスのことがなくてもアリスのことが好きだよ。
大事だってことは、覚えとけ。これから先ずっと。」

2人は、私がこれから進んでいく道をちゃんと理解している。

救いなんて見えない、暗くて危ない道。

私は主に頭を使うことになるだろうけど。

それでも任務に駆り出されることもあると思う。

そのための、訓練だと思うから。

人員不足ってのもあるけど、なにより私だけが安全な場所にいたくないから。

武器を持つこともあるだろうし、殺す技術も覚えるだろう。

それらを分かって、後押ししてくれている。

「…もっと、反対すると思ってた。」

「アニエスのこと?それとも圭のこと?どっちにしろ、するわけないじゃん。」

抱きしめられているので、顔は見えないけれど。

声は明るく、自信で溢れていた。

「前からずっと考えてたことだけど、アニエスのことを解決するってどういうことか。
アリスのお父さんの暴君をやめさせること?それとも、アニエスからの追手がいなくなればいの?」

…リンも、マリーも。

ちゃんと私のことを考えていてくれたんだな。

ずっと、気付かなかった。

当たり前になり過ぎていたから?

私がなにも見ようとしていなかったから?

どちらにしろ、愚かだ。

「多分どれも違うと思ってた。暴君をやめても、追手が来なくても。
どっちにしても、救われないと思ってる。今でも。」

しっかりした言葉が、私の中に降り積もっていく。

リンの言葉が、私の中にしっかり届いている。

その実感がある。

「だって、例えアリスのお父さんがいなくなったって。
アリスのお父さんが積み上げてきた物までなくなる訳じゃないから。」

リンの強さに、ずっと憧れていた。

人の目を気にせず、まっすぐに抱きしめてくれる手を。

迷いながらも人の為に、自分の道を突き進む背中を。

ずっと追いつきたいと思っていた。

「アリスのことを今まで管理してたのも…
お父さんが積み上げてきた人望あってだと思うから。」

確かに。

父がいなければ、私はただの小娘だ。

物覚えが良くたって、何の意味もない。

それでも私がアリスとして、アニエスに呼び戻されるのは。

エリスもトールも、アレクシスも。

父のことを信じているからだ。

父は私よりずっと頭が良いのに。

それでも、こんな私なんかに委ねることがあるのは。

私が父の娘だからだ。

「お父さんがいなくなっても、きっとここの人達は。
お父さんの言葉をずっと信じつづける。だから、無理だと思ったんだ。」

気付かなかった。

何時も助けてくれるリンが、裏ではそう想っていてくれたこと。

彼らの中にだって私やリンと同じように、繋がりがある。

歪かもしれないけど、それはエリスたちにとっても大事なものなんだ。

「反対しないってきっぱり言えるほど、割り切れないけどね。」

ただの暴君に、あんなに人はついていかない。

父に受け入れられ、居場所をもらい、救われている心も確かにあるんだ。

「でも、引きとめるほどの技量もないよ。」

…私はずっと気付けなかった。

気付こうとしなかった。

何でも分かった気がしていたけど、本当はなにも分かってなかったんだな。

最近はそれをひどく痛感する。

「反対するなら、アリスより頑張ってからにする。」

Re: 秘密 ( No.655 )
日時: 2019/11/07 17:13
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

それから私がこれからアニエスでしていくことを話していった。

少し気は引けたけど、隠しても仕方ない。

これからは些細なことも、ちゃんと話せるようになりたい。

3人には知る権利があるはずだから。

「書類の山かな。それと軽く護身術。護身術はもともと少しやってたけど。」

アニエスのことを知るのは難しくて、今も書類の整理しか仕事がない。

それでも量は膨大で、それを淡々とこなす父が恐ろしい。

アニエスの歴史や今の状況が分からないと、なにも出来ない。

情報の整理ですら大変だ。

エリスやアレクシスの補助は受けているけど、難しくて頭が痛くなる。

「拳銃とか、一応扱いは覚えるつもりだけど…実弾は使わない。
麻酔銃とかゴム弾とか、催涙弾にするつもり。」

書類を読んだだけで知った気になるのはもうたくさんだ。

運動音痴で、バランス感覚壊滅的、体力だってない。

体だって丈夫じゃないし、筋肉痛で次の日動けなくなる。

歩きどおしだって辛いくらいだ。

トールやエリスみたいに前線に立つというのは、敵わないだろう。

「麻酔銃って対人用にはできてないんじゃなかったっけ?」

リンが口を挟む。

流石、元医者志望。

「撃ってから暫く効かないし、量を誤ると死に至らしめる。
実際には使えない、役に立たないって言われてるけど…実銃は致死性が高いから。」

それもそうか、と頷く。

人を傷つけたくないというのは、甘過ぎる私の理想だ。

「それに拳銃は扱いが難しくて。間違って同士討ちになるのも避けたいから。
未熟な私が実銃を持つのは危なすぎるよ。」

物騒な単語を出すと、少し顔をこわばらせながら笑っている。

いつも通りは、やっぱり少し難しい。

でも、慣れようとしてくれている。

心配はしてくれるけど、引きとめはしない。

「…止めないんだね。」

素直な感想を述べてみた。

「ここにいる間、アリスが頑張ってたの知ってますから。
驚くけど、否定はしません。人が死ぬのを望んでいる訳じゃないだろうし。」

…よく分かっている。

私が人が傷つくのが嫌いだということに。

だからこそ、彼らとの距離感に戸惑っていた。

傷つけずに傍にいる方法が分からなくて。

「アニエスとして、誰かを傷つけるかもしれないよ?」

「それは誰かを守るため、でしょう。
実銃を使わないのも、精一杯の優しさだと思ってます。」

それでも、普通に考えれば私のしていることは善ではない。

誰かを守るために、誰かを傷つけるのは。

許されることなのだろうか…?

誰に許しを乞う必要もないのに。

そんなことが頭によぎった。

「傷つけるって言うのは、銃などの物理攻撃には限らない。」

リン…?

「そういうことだろ、万里花。」

ええ、と嬉しそうに微笑んで再びマリーはこちらを見る。

「こうしている今でも、平和な世界でも傷つけ合いが起きてます。
目に見えないだけで、言葉や行動で人を傷つけています。
母が父のもとを去ったのも、優しさでしたが結果私や父を傷つけました。」

マリーとマリーの父を置いて家を出ていったマリーの母。

それによって3人とも何時も苦しんでいた。

でも、その発端は優しさだった。

そうマリーは言う。

「優しさのつもりでも、それは誰かを傷つける。
だから強くなりたいんです。少しでも優しさで傷つけられない様にも。」

その言葉を聞いていた、圭が気まずそうな表情を浮かべる。

圭の私に向けての行動も、全ては善意だった。

私を大事に想い、慈しんで、その結果だった。

「優しさで傷つけてしまった人を、傷つけないように。」

この世の全て良いことで周っているとは思わない。

性善説なんて信じていない。

…でも

それと同じくらいに。

本当の悪ってものは存在しないんじゃないかって思った。

「このままいけば、確実にアニエスの国のひとびとは傷付きます。
なら、それに抗ったっていいはずだと私は考えます。」

穏やかに笑いながら、マリーは諭す様に続けた。

「力って言うのは日常に溢れかえっています。
言葉だって力です。立場だって力です。
誰もが持っていて、傷つけたり守ったりする不思議なものです。
力は人を傷つけるけど、それがなければ何もできません。」

こうやってマリーに背を押されるなんて、一体だれが想像できただろう。

私の進んでいる道は間違っていないと、後押しされる日がくるなんて。

「月並みの言葉ですが。
暴力はよくないといって、誰も守れないことが一番の暴力ですよ。」

私を罪悪感から救うための嘘かも知れない。

「人を救う力があるのに、行使しない方がひどいと思いませんか?
ちゃんとした意志があるのなら、きっと大丈夫です。」

でも、そこに漂う優しさを。

今ならちゃんと受け止められる。

「アリスなら人の気持ちを汲んでくれると、信じてますしね。」

3人の誰もが私の道を応援してくれている。

信じた道を突き進めと。

言わんばかりに。

「アリスはさ、善悪なんてものに囚われ過ぎ。」

アリスはさ、と言う言葉。

文頭につけるのが、圭の癖。

最近気付いたことだった。

「1人の命の為に、大勢が死ぬのは悪いこと?
大勢の為に1人の生け贄がささげられるのが良いこと?
違うでしょ、数じゃない。」

人の生き死には、例えどれほど数に開きがあっても。

命ってのは天秤にのせるものじゃない。

いつだったか、圭から似た様なことを聞いた気がする。

「今まではアリスが一人で背負おうとしてるから、それが嫌だった。
イラついたし、引きとめもした。
でも、守りたいものを自分で守りたいんだって分かったから。
こうやって応援してるんだよ。」

スキースクールだったかな。

ああそうだ、思い出した。

あの屋根の上で、似た様なことを言ってくれていた。

「自分の守りたいものは自分で守る。他人任せにしない。
その為に、力を付けていくんだ。
これからアリスがやることは、力を付けて抗って守ることだから。」

圭は私の両肩に手を置き、頭を肩にのせた。

祈る様に。

慈しむように。

おまじないを掛けるように。

…守る様に。

「武器を持たず、生きて人を救える道を歩いていく。
それがアリスの進む道でしょ。なら、応援だってするよ。させてよ。」

いつだって包まれていた。

母の愛も、エリスの優しさも、そして3人のかけがえのない想いも。

どうして今まで気付かなかったのだろう。

私はずっと前から温かくて愛しい人達に出逢っていたんだ。

私もまた、彼らのことを優しく抱きしめ返せたら。

きっとそんなに幸福なことはない。

Re: 秘密 ( No.656 )
日時: 2020/07/02 17:37
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

ご無沙汰しています、作者の雪です。

この度は一身上の都合で長い間、更新をストップさせてしまい申し訳ありませんでした。

「秘密」は完結までのおおよそ展開は既に決めていて、この先も更新を続けられたらと思っています。

同時に本作初期の拙く未熟なストーリーに手を加えたいとも考えていました。

頑張って構築した世界観を持ったまま更新を続けるか、新しく本作を初めから仕切り直すか。

どちらも捨てがたい選択で踏み切ることが未だに出来ていません。

もし新しく仕切り直すのならば、こちらにコメント共にURLを張り付けて新しいコメディ・ライト小説のに投稿していきたいと思っています。

どんな形であれ「秘密」は最後まで書ききるつもりです。

長々とお待たせしながら煮え切らない物言いになってしまい申し訳ありません。

「秘密」を読んで、数年前になりますが投票してくださった皆々様には感謝の気持ちしかありません。

今までありがとうございました。

そしてこれからもよろしくお願いします。