コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

Re: 秘密 ( No.627 )
日時: 2016/10/31 22:32
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「こよみ」

書類を読んでいると、軽いノックの音が3回響いた。

「…母上」

もっと砕けた呼び方で構わない、と艶やかに笑ってこちらに歩んできた。

見た目は、生き写しの様にそっくりだ。

けれど母には私とは別種の聡明さと、大人っぽい艶やかな雰囲気がある。

母の周りに流れる時間は酷く穏やかそうで、静かだった。

私は急いて、迷って、行き詰まってばかりいるのに。

そう言った所に母の方が長く生きているのだと、感じさせるモノが存在する。

「…なんて呼べばいいのか、分かりません」

「好きに呼べばいいよ。親子なんだし。」

あれだけずっと想っていたのに。

会ってみるととても呆気なくて、感動の涙も出なかった。

私の存在が母の人生を狂わせたことに、あれだけ苦しんで泣いたのに。

そういえば…

圭と初めて初めてキスをした時…母のことで泣いていた気がするな。

「最近…良く思うんですよ。」

アニエスで生まれてから、色々酷い目にも合った。

幸せなことだってあった。

「些細な思い違いや、偶然が重なって…人は不幸になる。
ただの純粋な悪意なんてなくて…通り雨みたいに突然、不条理な目に合うことがある。
そうやって、救いがない道を歩くこともある。」

「そうね。」

窓の外に目をやりながら、ひとり言のように呟く。

「苦しまないと出せない答えだってあると思うんだ。
私はもう幸せに出逢ってしまったけれど…幸せになる前に、やらないといけないこともあるんだよ」

「そうかもしれない。別に逃げても、責められはしないだろうけど。」

きっと母は、分かって後の言葉を付け加えたのだろう。

傍にいる時間は少なくても、なんとなく分かった。

「それもそうなんだけどさ…きっと、幸せを掴むために必要なことなんだと思うんだ。
2人のままでいたら、どの道駄目になってしまうと思うんだ。私も…相手も…」

「そうね。」

「互いの存在感に安心を覚えて、そこで止まってしまう。
でも、今の私達には傍に居ながら成長する術を持ち合わせていないと思うんだ。
傍にいるだけで、それだけで良いとそこで止まってしまう。それほどに脆くて、弱いんだ。」

それはきっと、圭と私の偏った生い立ちも関係あると思う。

傷付いた過去があるから、それ故におかしいくらいの依存をしている。

傍にいればいい、お互いを守れればそれでいい。

それでいい、ばっかりだ。

「もっと…互いに広い世界を見て…依存ではなく、恋愛をしたいの。
色んな人を見て、その上で私を選んでほしいの。
アニエスのことを片づけたら…そうやって真っ白になってから、選びたいの。
多分、そんな思いも…どこかにあったと思う。」

そうでないと、色んな色に塗りつぶされて。

自分と言う意思が分からなくなる。

私が好きになってほしい私は、アニエスと言う殻に閉じこもっている私じゃない。

同様に、私は依存し合う圭を好きじゃない。

このままだと今の場所に甘え、彼は自立しなくなる。

「つき離さなくても私はアニエスに残るから、自然と距離は出来るだろうけどね。
会いに来たら、意味が無くなっちゃうし。
その時に圭も涼風でただ私の帰りを待っている様だと駄目だから。」

私には、時間がない。

アニエスのことを片づけるのだって、数年なんてものじゃ済まないだろう。

たくさん、待たせると思う。

けど、今は私が圭の逃げ場になって未来を封じている。

甘えてしまって、辛いことが合っても逃げてしまう。

この先、一人で泣く夜もあるだろう。

でもそんな日が私達を強くしてくれる。

だから、逃げちゃダメだ。

「圭に、ちゃんとそのことを伝えないといけないのに。」

きっと会ったら、迷ってしまうから。

彼が今のままで傍にいてくれたら、それで良いんじゃないかって。

そう思ってしまうから。

けど、未来は何があるか分からない。

1人で歩ける様な力を、いい加減付けるべきなんだ。

それに、たがいに寄り掛かったままだと。

私も、彼も。

前に進めない。

だから、ここらへんでもう。

私達は別々の道を歩いた方が良いと思った。