コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

Re: 秘密 ( No.644 )
日時: 2016/12/30 22:34
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

〜・136章 残酷な我が儘・〜
「圭のこと、本当に大事だったんだ。」

アリスは何度も繰り返す。

幸せだった。

大事だった。

夢を見ているようだった。

満ち足りていた。

そんな言葉を、何度も何度も噛み締めるように。

「その気持ちに、嘘はないんだよ。」

それでも、と小さく続けた。

その先の言葉は、なんとなく想像がついた。

“圭のこと、ちゃんと見れていなかった”、と。

哀しそうに。

寂しそうに。

ぽつりと零した。

「圭みたいになりたいって、理想ばっかりで。
救ってくれるのが当たり前で、笑ってくれるのが当たり前で。
それがどれだけ大変なことなのか、ちっともわかってなかった。」

Re: 秘密 ( No.645 )
日時: 2016/12/30 22:40
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

アニエスのことは、色んなきっかけを生み出した。

「アニエスのこと知られたくなかったけど。
事実、私は心身共にまいっていた。救われたのは事実だよ。」

何度もいなくなったり、心配を掛けるのが嫌で。

いつか、手に負えないって捨てられたらどうしようって。

不安が胸を巣食った。

「でも、圭たちが優しくて。本当に、馬鹿みたいに優しくて。
それなのに、不安は拭えなくて。って、当たり前だけど。」

私のしてきたことを考えれば。

そんなの当たり前。

「見捨てられない様にって、精一杯努力した。
してもしても、したりなかった。餓えは増すばかりで、満たされなかった。」

見捨てられたら、それこそ死んでしまう。

嘘をつくことを躊躇わなくなり、作り笑いも板についた。

日に日に自分が暗い所に沈んでいく感触があった。

それでも、不安は消えなかった。

「でも。ある時を境に、私は絶対に見捨てられたりしないって気付いたんだ。」

信じられなくて。

疑ったり、仕方ないって諦めたり、色々なことをした。

でも、いつだって圭は来てくれた。

嫌われない努力も、諦めも、猜疑心も。

その瞬間にどうでもよくなってしまった。

「付き合ってからは、決定的かな。」

圭も私を好いていて、私も圭のことが好き。

それがまるで奇跡みたいなことで。

付き合い始めたばかりの頃。

気持ちが通じ合っていると分かるだけで。

毎日が、幸福だった。

そんな時に。

「圭の弱い所…お姉さんや家のことを…初めて知った。」

圭はずっと満たされた幸福な子供だと信じていたから。

そんな一面があることに驚いた。

「きっと、その頃から私のなにかは変わっていった。」

戸惑う圭や弱った圭。

気丈に振る舞おうとする圭、迷う圭、ぼろぼろになった圭。

色んな圭を見た。

憧れであった圭が、少しずつ変わっていった。

圭に散々助けてもらって、でも結局どこか信じられなくて。

いなくなろうとしたり、自ら傷付く道を選んで、進んだり。

ちっとも圭のことを考えず、軽率なことをした。

そんな自身がしてきたことに対する後悔と一緒に、ある気持ちが芽生えてきた。

圭と一緒にいられればいい。

それまで、ずっとそう考え続けていたのに。

「私のせいだ、って思っちゃったんだよね。」

圭は普通の男の子だった。

何の変哲もない、ちょっと家族関係で複雑な事情を持つ。

それだけの男の子だった。

でも、過去に私が授けた言葉によって変わってしまった。

圭は私を好きになり、圭の世界の中心は私になった。

それだけなら、良かった。

高校生になって、再会してからが問題だった。

夢は夢であれば良かったのに。

それは日常に変わってしまった。

「助けに来ることも、迎えに来ることも、全然楽じゃない。
凄く大変なことなのに、それが当たり前になった。」

ずっと話にしか聞いて来なかった圭と会って。

嬉しくて。

しかもそんな男の子が私を救ってくれて。

好きになって。

ずっと傍にいたいと願った。

絶対に失いたくないって。

「アニエスのことがあって、余計に圭は私の傍にいてくれるようになった。」

最初は誰よりも隠しておきたいことで。

絶対に知られたくなくて。

知られた時には、凄く後悔した。

それでも、時間が経つにつれ。

思ってはいけないことが、頭の中に渦巻いていた。

「アニエスのことがあれば、圭は絶対に私を捨てたりしないって。」

Re: 秘密 ( No.646 )
日時: 2017/01/15 22:45
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「それに気付いた時、愕然としたよ。
圭のこと苦しめたくなくて、力になりたかった。傍にいて、支えたかった。
そんな気持ちが、確かにあったはずなのに。」

いつからか、私自身が圭のことを苦しめ始めた。

アニエスを口実に。

なによりも忌まわしいはずだったのに。

「圭の世界の中心は、間違いなく私になっていた。
アニエスのことは、なによりも強い楔だった。私はそれを利用した。」

気付いたと同時に。

手を離さなければと思った。

このままじゃいけない。

弱く、脆さを持った圭が。

私の為に壊れていく様が見えた。

「おかしいよね。圭の傍にいたくて、酷いことも汚いこともした。
それに躊躇いなんて感じたことなかった。
アニエスのことも、自分の性格も気持ちも、好かれる為ならなんだってやった。」

圭の理想であり続けたことも。

その為に無茶して、こんなの私じゃないって叫びたくなっても。

アニエスに呼び戻されたりして、監禁されたって。

そんなこと、お構いなしだった。

傍にいられるなら、好かれるなら、安い代償だって。

笑い飛ばせた。

自分はそういう人間だった。

「圭の弱さを見て、やっと分かった。普通の人なんだって。
優しくて、強くて…それでもやっぱり弱いんだって。
今は大丈夫でも、いつか壊れるって。そう思っちゃったんだよ。」

それでも。

圭の弱さを見て、やっぱり普通の人なんだって分かった。

それが、壊れていく。

「そしてそれは、紛れもなく私のせいだ。」

Re: 秘密 ( No.647 )
日時: 2017/02/01 14:21
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「馬鹿みたいだ。」

長く続いた話が、佳境に差し掛かった。

溜め息をつくように、呆れたように。

小さくこぼす。

「私が必死にやってきたことは、自分の首を絞め続けるだけだった。」

周りを傷つけ。

自分も傷つき。

やっと手に入ったと思ったものは。

残酷な現実だった。

「私はもう充分だよ。」

精一杯頑張れた。

圭の世界の中心にいられた。

同じ場所で笑いあえた。

苦しくても。

確かに、私がやってのけたことなんだ。

「リンやマリーのお母さんたちを見て、手放そうって決心したんだ。
残酷な優しさを発揮して、例え圭が傷ついても構わないって。」

あー…

最後の最後まで、私はどこまでも自分勝手で救いようがない。

「我が儘に付き合わせて、ごめんね。」

Re: 秘密 ( No.648 )
日時: 2017/02/14 23:06
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

〜・137章 違う道を歩いて・〜
「それを言うなら…僕だって充分我が儘を言ったよ。」

アリスの傍にいたいって。

傍にいて、気付かぬうちに傷つけていたんだから。

アリスにとっては、自分と一緒にいることは辛いことだったのかもしれない。

どう見ても違う価値観。

世界そのものの見方が違う。

一緒にいると、アリスが自身のことを嫌いになってしまうんじゃないかって。

それくらいのことは、考えたことがある。

だからこそ。

「アリスが自分のこと、好きになっても良いんだって。
そう思えるくらい、アリスの分までアリスを好きでいようって思ったんだ。」

いつだってアリスのことを考えて。

それはとても贅沢なほど、至福な時間で。

アリスさえいればって、何度も思った。

「でもね、アリスのこと。
10年前にかけられた言葉だけで、好きになった訳じゃないんだよ。」

・・・人間らしさを誇って・・・

その言葉だけじゃない。

10年前の言葉だけじゃない。

「…そうだよね。
圭は昔の私だけじゃなくて、今の私もずっと見ててくれてたもんね。」

小さくアリスも言葉を返す。

へへっ、と照れたように笑った。

「でも、不安にさせたのは僕の過失だから。
無茶させたのも、諦めたのも、疑わせたのも、全部。」

ううん、ってアリスは隣で首を横に振る。

金色の髪が、小さく揺れた。

「きっと圭がどれだけ想ってくれていても、変わらない。
もし不安にもならず、無茶せず、諦めず、疑わずにいられたら。
今よりずっと弱くなってたと思うし、そんな万能な圭を好きにはならなかったと思う。」

ああ。

確かにそうかもしれない。

不思議だ。

まるで懺悔する様に、お互いの過ちを吐露しているのに。

気持ちはひどく、穏やかだ。

お互いの気持ちを曝け出して、傷つけたことにも気付けたのに。

気分は良い。

「そんな万能な圭だったら、きっと恐れ多かったよ。」

アリスも軽口を返した。

彼女の顔も、笑っていた。

穏やかに、幸せそうに。

「圭のこと好きになったのは、きっと不完全な所もあったからだよ。
色々あったけどさ。圭のこと好きで大事だったってところも、忘れないでね。」

気分は穏やかだ。

彼女を傷つけ、傷つけられた。

なのに。

「だから、もう良いよね。」

うん、と静かに返す。

その先の言葉は、なんとなく分かった。

「違う道を歩こう。」

Re: 秘密 ( No.649 )
日時: 2017/02/19 17:30
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

圭のことが、好きだった。

エリスから聞いていた話でも、一番多く出てきた名前で。

始まりの男の子、なんてふざけて言っていたっけ。

圭と出会ってから私は変わったと。

初めてエリスが、圭の話をした時。

それは私が膝を抱えながら、公園で時間が過ぎるのを待っていた時だった。

隣に腰掛ける人がいて、ふっと視線をやるとエリスが艶やかに笑っていた。

小学校高学年の頃だったかな。

普段は静かに笑いながら、用件だけを告げに来ていた。

最後の最後に、体には気を付けろよとだけ言っていたのを覚えている。

それがこの時は、用件を切り出すこともなくただ隣に座っていた。

家に帰るのが嫌で、外でただ歩いたり、疲れたら座ったり。

気ままに、それなりに気晴らしになった。

でも、外でいかに楽しく過ごしても。

いつかは家に帰らなくてはいけない。

それが辛くて、少しでも家にいる時間を減らそうと仮眠も外でとった。

幾つの時からだったろう。

気付いたら、そんな生活だった。

丁度その日は、前日の夜に家の人に酷い八つ当たりをされて。

ただ帰りたくないと、死にたいと、心の底から呪っていた。

だから、用件を告げないエリスを不審に思いながら。

死ぬことも許されないのかと、思ったことを覚えている。

エリスがいれば、私は死ねない。

「…去年のことなんだけどね。アリス、覚えてる?」

出だしはそんなものだったと思う。

私はその頃は幼い頃のことしか覚えていなくて。

アニエスでのことは覚えていたけど。

圭たちのことだけがすっぽり抜けている状態だった。

気付いたら、10だか11歳になっていた。

戸惑いはしたけど、知識の点で困らなかったし。

そういうものだと思っていた。

「…覚えてないよ。知ってるでしょ。」

気付いたらアニエスからここに来ていて、学校に行っている。

辛いことが多かったけど、それでも人と感覚が違ったのか。

仕方ないことだ、と冷めた目で見ていた。

食事を抜かれるのは慣れていたし、基本は家の外で過ごしていたから。

家の中で殴られたり、無理矢理酒を飲まされなければ良い方だった。

「あのね、いいこと教えてあげる。あんたには好きな人がいたんだよ。
しかも4、5歳の時からずっと。すっごい一途で初々しかった。」

「…なにそれ、意味分かんない。」

本をたくさん読んで、でも私には共感できないことが多かった。

感情というものを表現する術を身につけるタイミングを逸したのだ。

痛い、辛い、嫌だ、とは思っても。

人が持つような温かな気持ちは分からなかったし。

自分が持つことはないと思っていた。

私の心は穏やかで、いつも何かを諦めていて。

いつ死んでも構わないと言わんばかりに、どこか投げやりだった。

「ほんとなんだよね〜、これが。
私も目を疑っちゃったし。でも、すっごい幸せそうだった。」

そんな自分を、想像できない。

エリスの性質の悪い冗談だと思った。

「出逢ったのは、4年前かな。4年間ずーっと一緒にいたんだ。
会ったのはお屋敷で…相手の男の子が窓から飛び込んできた所から。」

「…窓から?」

「すっごいお転婆さんでしょ?
今のあんたみたいにお腹をすかせてて、食べ物を探していたの。」

その男の子と遊ぶようになった、という所まで話すと。

エリスは席を立って、からかう様な笑みを浮かべて帰っていった。

続きはまた今度ね、と後から電話で告げられた。

それからエリスは来る度に、少しだけ“ケイ”と言う男の子の話をした。

エリスが来るのは大抵私の携帯が壊れた時だった。

アニエスから支給された携帯で、家に帰る前と出た後。

電話する様に言われていた。

単なる生存確認で、涼風に来てからずっと続く習慣だった。

でも、家人は乱暴な人が多かったので壊されることもよくあった。

だからエリスは月に1度か2度。

多ければ週に2回。

携帯を新調しに来ていたのだ。

会うたびに話をせがむようになった。

輝くような物語に、耳を傾け。

家に帰ってからもずっと反芻していた。

エリスの話は抽象的で、彼らが今どこにいるのか。

一緒にいる時にどんな会話をしたのかも結構曖昧で。

伝わってきたのは、彼らは優しい人で。

私自身もその時幸せそうだったことだけ。

エリスの作り話かもしれないと思っていたけれど。

それでも、本当にいたらってずっと夢を見ていたんだ。

生まれて初めて見た夢だった。

その夢は私は励まし、圭たちに再会するまでずっと続いた。

Re: 秘密 ( No.650 )
日時: 2017/02/23 23:29
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「圭のこと、本当に好きだった。
でも、苦しくても…逃げた先に圭といられる喜びが合っても。
私はここにいたい。確かにそう願ったんだ。」

これはきっと、本当の言葉だ。

今のアリスが考えた、偽りのない言葉だ。

「僕もきっと、アリスに恋をしていた。
子供みたいに幼くて、不器用で、恋に酔っていた所もあったけど。」

「「それでも」」

言葉が、重なる。

顔を見合わせて、笑う。

「「きっと恋をしていたんだよ」」

胸の中は穏やかな気持ちで満たされている。

温かくて、静かで、後悔も迷いも存在しない素直な気持ちが。

口から空気を震わせ、紡がれている。

「「君に恋をして良かった」」

同じことを想いながら。

くすくすと微笑みながら。

「ありがとう」

彼女が告げる。

「ありがとう」

それに応える様に、僕も告げる。

幼くて、未熟な恋でも。

とても大事な思い出だ。

アリスに恋をしなければ、母とのことも、姉とのことも。

一生、背負いながら生きて行くしかなかった。

アリスの言葉で、それがとても軽いものに感じられた。

感謝も、愛しいと思ったことも。

触れたいと、願ったことも。

全て本当。

彼女のことを、全然知ることが出来なかった。

子供の様に駄々をこねて、相手のことを心から慮ることが出来なかった。

そんな子供みたいな恋だけど。

して良かったと思える、そんな恋だった。

後悔も未練もない。

彼女も、自分の言葉で背負うものが軽くなったと。

そうやって、自分に偽りの恋をした。

笑顔で駆け寄ってきてくれた彼女も。

圭、と呼ぶ彼女の声と笑顔に。

本当に恋をしていたんだ。

お互いの顔を見る度に、嬉しくて幸せな気持ちにさせてくれた。

だから。

今度は。

「今度こそ、一緒に生きていきたい。」

いきなり恋人とかは無理だと思う。

気持ちの整理も出来ない。

ニセモノの恋は自分たちを幸せにしてくれた。

温かな気持ちを授けてくれた。

もう、沢山貰った。

「好きになる所から、始めさせてください。」

今度こそ、本当の恋人になりたい。

相手のことも、自分のこともちゃんと分かって。

弱さも醜さも、強さも温かさも抱きしめて。

それでも、迷いなく好きだと答えられる様に。

「喜んで」

幸せで堪らないという様な、朗らかな笑顔で。

彼女は返してくれた。

Re: 秘密 ( No.651 )
日時: 2017/04/05 13:26
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「私はここで、アニエスを助けるよ。」

「僕は涼風に戻って、夢を見つける所から始めるよ。」

お互いの小指を絡ませ、微笑みあう。

少し距離を置こう。

お互いのことだけでなく、周りもちゃんと見えるように。

もう理想で誰かを傷つけないように。

「もし、恋人になれなくても良い友人くらいにはあり続けたい。」

好きになれてよかった。

こんなこと、聞いてくれるのは圭だけだったと思うから。

「そうだね。傍にはいたい。」

こうやって微笑み返してくれるのは、圭だけだと思うから。

「今度会った時は、お互いが見てきた色んな話をしよう。」

「きっと、楽しいだろうなぁ。」

くすくすと笑い合う。

今までは笑いあっていても、心地よさの中にチクチクとした痛みが潜んでいた。

痛みは圭と別れた後に、じわじわと増していって何時も私を苦しめていた。

「私の本心を知った時、どう思った?」

少し、興味がある。

圭のことだから馬鹿正直にショックを受けて、自己嫌悪に陥っていそうだ。

見ただけでも、数日で体重をかなり落としてるみたいだし。

「アリスがいないと、こんなに駄目なんだと思った。
アリスがいない未来を生きている自分を想像できなかった。」

ストレートな言葉に、素直に恥ずかしくなる。

そうだ。

最初から隠さずに話していたら。

誰も傷つかなかったのかもしれない。

でも、今は傷が愛おしい。

言葉の1つ1つがくすぐったくて、自分の中に温かく降り積もっていく感覚がある。

「…なら、これからも頑張れる。」

私の力だけで、圭の大事な人になれた。

結果が最悪なものだったとしても。

私の存在を、確かに刻みつけることが出来た。

「…ちょっと意外だった。
私が望んでやったことだけど、ここまでとは思わなかった。」

「自分でも驚いた。でも、なにもかもがアリスの思惑通りだと思わないでね。
素のアリスだって、少しは見てきたし。自分で意思で、好きだったんだから。」

照れくさそうに、子供みたいに。

頬を掻きながら笑っている圭を見ている。

ちょっとだけ私より高い背丈。

いつも軽く見上げて、すると直ぐに目が合う。

「圭はいつも驚かせてくれる。圭の偉大さを、今になって思い知ったよ。」

救ってくれないことばかりを嘆いていたけど。

人を助けるって言うのは凄く大変なことなんだ。

「偉大でも何でもないよ。ただ、馬鹿だっただけ。」

目が合うと決まって圭は笑ってくれて。

私も自然と笑みが零れる。

「なら、私も圭みたいな馬鹿になりたいよ。」

「貶してる?」

「褒めてはないけど…貶すってほどでもないよ。感心しただけ。」

「結局どっちなんだか…」

未来の約束をした。

それはきっとこれから先、自分たちを縛り、苦しめることもあるだろう。

でも。

この約束があれば。

圭と何時でも繋がっていられる。

頑張れる。

きっと。

幸せになる為の、力になる。

Re: 秘密 ( No.652 )
日時: 2017/06/15 22:43
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

〜・138章 気付けなかったもの・〜
「とりあえず、これを使わずに済んでよかったよ。」

アリスがポケットから取り出したのは、黒光りする拳銃だった。

それが出てきた瞬間、ギョッとした。

「腕に力がないから、小さい型のを貰ったんだけど…それでもやっぱり重い。」

「あの…アリスさん?何でそんなもの持ってるのかな?」

脂汗をかきながら、やんわりと尋ねる。

あからさまなぐらい、苦笑いを浮かべているだろう。

「試したくて。」

にっこり、と満面の笑みで返された。

「あっ、別に射撃の練習したい訳じゃないよ。
それは室内でちゃんとする所があるから。外じゃ危ないしね。」

聞きたいのはそういうことじゃないんだけど…

でも、こうやってアリスと軽口叩くのも久しぶりだ。

いつもは、お互いが大事すぎて。

優しい言葉ばかりを交わしていたから。

最近はお互い、厳しい事ばかりを話していたし。

「…自分を止められるか、試したかったんだ。」

アリスの顔にはまだ微笑みが残っている。

「圭に言われて、止まれるか。自分の為に圭を撃てるか、試したかった。」

「…結果はどうだった?」

アリスの話を聞いてから、自分の中にも変化が起きた。

いつもなら、拳銃を持っていたら驚いて取り上げていた。

叱って、きつく抱きしめて、止めろって叫んでた。

でも、今のアリスにはそれが必要だから。

そう言う道を、アリス自身の意思で選んだから。

「…分かんない。」

ん〜、と空を仰ぎながらアリスは続けた。

「圭に言われても自分が変わらなかったら、それどころか圭を撃てたら。
きっともう何をしても無駄なんだな、救いようがないなって思ってたから。」

一緒にいて、苦しいことがあった。

アリスの中には、自分を憎む気持ちもあるだろう。

それだけのことを、自分はしたんだ。

でも…

憎む気持ちと同じくらいに、愛しくも想っていてくれたんだ。

そんな相手、この先絶対に見つからない。

「でも…今は撃てなかった。なら、まだ救いようはあるのかもね。
結構ギリギリだったけど。」

「ギリギリって…人の命を…」

「大丈夫。狙っても足だよ。」

「そういう問題じゃないっ!」

お互いの顔に笑みが浮かびながら。

物騒な単語を交えながら。

声をあげて笑っている。

こんな日が、来るなんて思わなかった。

アリスはこの先誰かを傷つけることもあるだろう。

誰も傷つけないで済むなんて、そんな簡単な問題じゃない。

それくらい分かっている。

でも。

今のアリスならきっと。

人の気持ちを組んで、多くの人が幸せになる様な。

そんな道を、必死に探していくのだろう。

だから、もう心配することなんてなかった。

Re: 秘密 ( No.653 )
日時: 2017/07/07 22:00
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

3人が帰国する前日、私は激務の休みをもらった。

それは母やエリスのささやかな気づかいだった。

1日の休みをもらってしまうと、圭たちが帰った後しんどそうだから。

夜だけ休みをもらうことにした。

夕食の席に顔を出すと、3人は顔をほころばせて笑ってくれた。

私はアニエスに残ることを3人に伝えた。

「アリスが心から決めたことであるなら。止めません。
でも、辛くてたまらない時はいつでも連絡を。会いに来ても良いですから。」

「…ありがと、マリー。その時はまた、何時もみたいに笑って抱きしめて。」

「怪我とかは…気を付けろよ。危なそうな仕事だし。」

「非力だしね。精一杯気を付けるよ。ありがと、リン」

「やりたいこと、悔いのない様に。納得いくまでやってきな。」

にっこりと笑って返す。

「それは私の得意分野だよ。ありがと、圭。」

それからは和やかに食事を始めた。

お互いのこれからの指針を話し、談笑した。

リンは医者をやめ、マリーは家業を継ぎ、圭は夢を見つける所から。

大学の話、取ろうと思う資格の話。

マリーとリンに関しては結婚も視野に入れているらしい。

教会で挙げたいとか、真っ白なウエディングドレスが良いとか。

ブーケトスは私に投げてくれるとか。

色々なことをマリーが言う隣で、リンは真っ赤な顔をしていた。

2人は変わらないな。

見ていて微笑ましく、すぐにでも結婚式の招待状が届きそうだ。

食事を終え、別室に移った。

2人の延々と続く惚気を聞いて、私も昨晩圭と交わした会話を伝えた。

「長くにわたって、迷惑を掛けてすいませんでした。」

頭を下げると、即座にマリーが一声かけた。

「2人のことに口を出す気はありません。
アリス達がその道を選んだのなら、それが良いと思ったのでしょう?」

こう言った時、人目を憚らず真っ先に声を掛けてくれる。

そんなマリーが持つ、煌めく様な強さに憧れずにはいられなかった。

顔をあげさせ、にっこりと微笑んだマリーの顔は。

私が追い求める笑顔そのものだった。

優しく、力強く、温かで、不安を吹き飛ばすような笑顔。

ずっとずっと大好きだよ、マリー。

Re: 秘密 ( No.654 )
日時: 2018/02/13 15:56
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

「ほんっと、馬鹿だな。」

後ろから聞こえたリンの大きな声に、一瞬体がびくっと震えた。

リンは思い切りしかめっ面をしていて、怖かった。

鬼気迫るというのはこんな顔だと思った。

「悪いのはこっちもだよ。不安だって言うなら、ずっと傍にいてやる。」

言うと同時に、そっと抱きしめてきた。

思えば、リンに抱きしめられるのはバレンタイン以来だ。

背丈が圭より高いせいか、少し屈む様な形になっている。

おんぶされた時も思ったが、大きな背中だ。

「いてやるってのは違うな。いさせてください、だ。」

優しい、声だった。

「言わないのが悪いとは言わない。言えない気持ちも分かる。」

だけど、と続ける。

「それでも、アニエスのことがなくてもアリスのことが好きだよ。
大事だってことは、覚えとけ。これから先ずっと。」

2人は、私がこれから進んでいく道をちゃんと理解している。

救いなんて見えない、暗くて危ない道。

私は主に頭を使うことになるだろうけど。

それでも任務に駆り出されることもあると思う。

そのための、訓練だと思うから。

人員不足ってのもあるけど、なにより私だけが安全な場所にいたくないから。

武器を持つこともあるだろうし、殺す技術も覚えるだろう。

それらを分かって、後押ししてくれている。

「…もっと、反対すると思ってた。」

「アニエスのこと?それとも圭のこと?どっちにしろ、するわけないじゃん。」

抱きしめられているので、顔は見えないけれど。

声は明るく、自信で溢れていた。

「前からずっと考えてたことだけど、アニエスのことを解決するってどういうことか。
アリスのお父さんの暴君をやめさせること?それとも、アニエスからの追手がいなくなればいの?」

…リンも、マリーも。

ちゃんと私のことを考えていてくれたんだな。

ずっと、気付かなかった。

当たり前になり過ぎていたから?

私がなにも見ようとしていなかったから?

どちらにしろ、愚かだ。

「多分どれも違うと思ってた。暴君をやめても、追手が来なくても。
どっちにしても、救われないと思ってる。今でも。」

しっかりした言葉が、私の中に降り積もっていく。

リンの言葉が、私の中にしっかり届いている。

その実感がある。

「だって、例えアリスのお父さんがいなくなったって。
アリスのお父さんが積み上げてきた物までなくなる訳じゃないから。」

リンの強さに、ずっと憧れていた。

人の目を気にせず、まっすぐに抱きしめてくれる手を。

迷いながらも人の為に、自分の道を突き進む背中を。

ずっと追いつきたいと思っていた。

「アリスのことを今まで管理してたのも…
お父さんが積み上げてきた人望あってだと思うから。」

確かに。

父がいなければ、私はただの小娘だ。

物覚えが良くたって、何の意味もない。

それでも私がアリスとして、アニエスに呼び戻されるのは。

エリスもトールも、アレクシスも。

父のことを信じているからだ。

父は私よりずっと頭が良いのに。

それでも、こんな私なんかに委ねることがあるのは。

私が父の娘だからだ。

「お父さんがいなくなっても、きっとここの人達は。
お父さんの言葉をずっと信じつづける。だから、無理だと思ったんだ。」

気付かなかった。

何時も助けてくれるリンが、裏ではそう想っていてくれたこと。

彼らの中にだって私やリンと同じように、繋がりがある。

歪かもしれないけど、それはエリスたちにとっても大事なものなんだ。

「反対しないってきっぱり言えるほど、割り切れないけどね。」

ただの暴君に、あんなに人はついていかない。

父に受け入れられ、居場所をもらい、救われている心も確かにあるんだ。

「でも、引きとめるほどの技量もないよ。」

…私はずっと気付けなかった。

気付こうとしなかった。

何でも分かった気がしていたけど、本当はなにも分かってなかったんだな。

最近はそれをひどく痛感する。

「反対するなら、アリスより頑張ってからにする。」

Re: 秘密 ( No.655 )
日時: 2019/11/07 17:13
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

それから私がこれからアニエスでしていくことを話していった。

少し気は引けたけど、隠しても仕方ない。

これからは些細なことも、ちゃんと話せるようになりたい。

3人には知る権利があるはずだから。

「書類の山かな。それと軽く護身術。護身術はもともと少しやってたけど。」

アニエスのことを知るのは難しくて、今も書類の整理しか仕事がない。

それでも量は膨大で、それを淡々とこなす父が恐ろしい。

アニエスの歴史や今の状況が分からないと、なにも出来ない。

情報の整理ですら大変だ。

エリスやアレクシスの補助は受けているけど、難しくて頭が痛くなる。

「拳銃とか、一応扱いは覚えるつもりだけど…実弾は使わない。
麻酔銃とかゴム弾とか、催涙弾にするつもり。」

書類を読んだだけで知った気になるのはもうたくさんだ。

運動音痴で、バランス感覚壊滅的、体力だってない。

体だって丈夫じゃないし、筋肉痛で次の日動けなくなる。

歩きどおしだって辛いくらいだ。

トールやエリスみたいに前線に立つというのは、敵わないだろう。

「麻酔銃って対人用にはできてないんじゃなかったっけ?」

リンが口を挟む。

流石、元医者志望。

「撃ってから暫く効かないし、量を誤ると死に至らしめる。
実際には使えない、役に立たないって言われてるけど…実銃は致死性が高いから。」

それもそうか、と頷く。

人を傷つけたくないというのは、甘過ぎる私の理想だ。

「それに拳銃は扱いが難しくて。間違って同士討ちになるのも避けたいから。
未熟な私が実銃を持つのは危なすぎるよ。」

物騒な単語を出すと、少し顔をこわばらせながら笑っている。

いつも通りは、やっぱり少し難しい。

でも、慣れようとしてくれている。

心配はしてくれるけど、引きとめはしない。

「…止めないんだね。」

素直な感想を述べてみた。

「ここにいる間、アリスが頑張ってたの知ってますから。
驚くけど、否定はしません。人が死ぬのを望んでいる訳じゃないだろうし。」

…よく分かっている。

私が人が傷つくのが嫌いだということに。

だからこそ、彼らとの距離感に戸惑っていた。

傷つけずに傍にいる方法が分からなくて。

「アニエスとして、誰かを傷つけるかもしれないよ?」

「それは誰かを守るため、でしょう。
実銃を使わないのも、精一杯の優しさだと思ってます。」

それでも、普通に考えれば私のしていることは善ではない。

誰かを守るために、誰かを傷つけるのは。

許されることなのだろうか…?

誰に許しを乞う必要もないのに。

そんなことが頭によぎった。

「傷つけるって言うのは、銃などの物理攻撃には限らない。」

リン…?

「そういうことだろ、万里花。」

ええ、と嬉しそうに微笑んで再びマリーはこちらを見る。

「こうしている今でも、平和な世界でも傷つけ合いが起きてます。
目に見えないだけで、言葉や行動で人を傷つけています。
母が父のもとを去ったのも、優しさでしたが結果私や父を傷つけました。」

マリーとマリーの父を置いて家を出ていったマリーの母。

それによって3人とも何時も苦しんでいた。

でも、その発端は優しさだった。

そうマリーは言う。

「優しさのつもりでも、それは誰かを傷つける。
だから強くなりたいんです。少しでも優しさで傷つけられない様にも。」

その言葉を聞いていた、圭が気まずそうな表情を浮かべる。

圭の私に向けての行動も、全ては善意だった。

私を大事に想い、慈しんで、その結果だった。

「優しさで傷つけてしまった人を、傷つけないように。」

この世の全て良いことで周っているとは思わない。

性善説なんて信じていない。

…でも

それと同じくらいに。

本当の悪ってものは存在しないんじゃないかって思った。

「このままいけば、確実にアニエスの国のひとびとは傷付きます。
なら、それに抗ったっていいはずだと私は考えます。」

穏やかに笑いながら、マリーは諭す様に続けた。

「力って言うのは日常に溢れかえっています。
言葉だって力です。立場だって力です。
誰もが持っていて、傷つけたり守ったりする不思議なものです。
力は人を傷つけるけど、それがなければ何もできません。」

こうやってマリーに背を押されるなんて、一体だれが想像できただろう。

私の進んでいる道は間違っていないと、後押しされる日がくるなんて。

「月並みの言葉ですが。
暴力はよくないといって、誰も守れないことが一番の暴力ですよ。」

私を罪悪感から救うための嘘かも知れない。

「人を救う力があるのに、行使しない方がひどいと思いませんか?
ちゃんとした意志があるのなら、きっと大丈夫です。」

でも、そこに漂う優しさを。

今ならちゃんと受け止められる。

「アリスなら人の気持ちを汲んでくれると、信じてますしね。」

3人の誰もが私の道を応援してくれている。

信じた道を突き進めと。

言わんばかりに。

「アリスはさ、善悪なんてものに囚われ過ぎ。」

アリスはさ、と言う言葉。

文頭につけるのが、圭の癖。

最近気付いたことだった。

「1人の命の為に、大勢が死ぬのは悪いこと?
大勢の為に1人の生け贄がささげられるのが良いこと?
違うでしょ、数じゃない。」

人の生き死には、例えどれほど数に開きがあっても。

命ってのは天秤にのせるものじゃない。

いつだったか、圭から似た様なことを聞いた気がする。

「今まではアリスが一人で背負おうとしてるから、それが嫌だった。
イラついたし、引きとめもした。
でも、守りたいものを自分で守りたいんだって分かったから。
こうやって応援してるんだよ。」

スキースクールだったかな。

ああそうだ、思い出した。

あの屋根の上で、似た様なことを言ってくれていた。

「自分の守りたいものは自分で守る。他人任せにしない。
その為に、力を付けていくんだ。
これからアリスがやることは、力を付けて抗って守ることだから。」

圭は私の両肩に手を置き、頭を肩にのせた。

祈る様に。

慈しむように。

おまじないを掛けるように。

…守る様に。

「武器を持たず、生きて人を救える道を歩いていく。
それがアリスの進む道でしょ。なら、応援だってするよ。させてよ。」

いつだって包まれていた。

母の愛も、エリスの優しさも、そして3人のかけがえのない想いも。

どうして今まで気付かなかったのだろう。

私はずっと前から温かくて愛しい人達に出逢っていたんだ。

私もまた、彼らのことを優しく抱きしめ返せたら。

きっとそんなに幸福なことはない。

Re: 秘密 ( No.656 )
日時: 2020/07/02 17:37
名前: 雪 (ID: Id9gihKa)

ご無沙汰しています、作者の雪です。

この度は一身上の都合で長い間、更新をストップさせてしまい申し訳ありませんでした。

「秘密」は完結までのおおよそ展開は既に決めていて、この先も更新を続けられたらと思っています。

同時に本作初期の拙く未熟なストーリーに手を加えたいとも考えていました。

頑張って構築した世界観を持ったまま更新を続けるか、新しく本作を初めから仕切り直すか。

どちらも捨てがたい選択で踏み切ることが未だに出来ていません。

もし新しく仕切り直すのならば、こちらにコメント共にURLを張り付けて新しいコメディ・ライト小説のに投稿していきたいと思っています。

どんな形であれ「秘密」は最後まで書ききるつもりです。

長々とお待たせしながら煮え切らない物言いになってしまい申し訳ありません。

「秘密」を読んで、数年前になりますが投票してくださった皆々様には感謝の気持ちしかありません。

今までありがとうございました。

そしてこれからもよろしくお願いします。