コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 秘密 ( No.655 )
- 日時: 2019/11/07 17:13
- 名前: 雪 (ID: Id9gihKa)
それから私がこれからアニエスでしていくことを話していった。
少し気は引けたけど、隠しても仕方ない。
これからは些細なことも、ちゃんと話せるようになりたい。
3人には知る権利があるはずだから。
「書類の山かな。それと軽く護身術。護身術はもともと少しやってたけど。」
アニエスのことを知るのは難しくて、今も書類の整理しか仕事がない。
それでも量は膨大で、それを淡々とこなす父が恐ろしい。
アニエスの歴史や今の状況が分からないと、なにも出来ない。
情報の整理ですら大変だ。
エリスやアレクシスの補助は受けているけど、難しくて頭が痛くなる。
「拳銃とか、一応扱いは覚えるつもりだけど…実弾は使わない。
麻酔銃とかゴム弾とか、催涙弾にするつもり。」
書類を読んだだけで知った気になるのはもうたくさんだ。
運動音痴で、バランス感覚壊滅的、体力だってない。
体だって丈夫じゃないし、筋肉痛で次の日動けなくなる。
歩きどおしだって辛いくらいだ。
トールやエリスみたいに前線に立つというのは、敵わないだろう。
「麻酔銃って対人用にはできてないんじゃなかったっけ?」
リンが口を挟む。
流石、元医者志望。
「撃ってから暫く効かないし、量を誤ると死に至らしめる。
実際には使えない、役に立たないって言われてるけど…実銃は致死性が高いから。」
それもそうか、と頷く。
人を傷つけたくないというのは、甘過ぎる私の理想だ。
「それに拳銃は扱いが難しくて。間違って同士討ちになるのも避けたいから。
未熟な私が実銃を持つのは危なすぎるよ。」
物騒な単語を出すと、少し顔をこわばらせながら笑っている。
いつも通りは、やっぱり少し難しい。
でも、慣れようとしてくれている。
心配はしてくれるけど、引きとめはしない。
「…止めないんだね。」
素直な感想を述べてみた。
「ここにいる間、アリスが頑張ってたの知ってますから。
驚くけど、否定はしません。人が死ぬのを望んでいる訳じゃないだろうし。」
…よく分かっている。
私が人が傷つくのが嫌いだということに。
だからこそ、彼らとの距離感に戸惑っていた。
傷つけずに傍にいる方法が分からなくて。
「アニエスとして、誰かを傷つけるかもしれないよ?」
「それは誰かを守るため、でしょう。
実銃を使わないのも、精一杯の優しさだと思ってます。」
それでも、普通に考えれば私のしていることは善ではない。
誰かを守るために、誰かを傷つけるのは。
許されることなのだろうか…?
誰に許しを乞う必要もないのに。
そんなことが頭によぎった。
「傷つけるって言うのは、銃などの物理攻撃には限らない。」
リン…?
「そういうことだろ、万里花。」
ええ、と嬉しそうに微笑んで再びマリーはこちらを見る。
「こうしている今でも、平和な世界でも傷つけ合いが起きてます。
目に見えないだけで、言葉や行動で人を傷つけています。
母が父のもとを去ったのも、優しさでしたが結果私や父を傷つけました。」
マリーとマリーの父を置いて家を出ていったマリーの母。
それによって3人とも何時も苦しんでいた。
でも、その発端は優しさだった。
そうマリーは言う。
「優しさのつもりでも、それは誰かを傷つける。
だから強くなりたいんです。少しでも優しさで傷つけられない様にも。」
その言葉を聞いていた、圭が気まずそうな表情を浮かべる。
圭の私に向けての行動も、全ては善意だった。
私を大事に想い、慈しんで、その結果だった。
「優しさで傷つけてしまった人を、傷つけないように。」
この世の全て良いことで周っているとは思わない。
性善説なんて信じていない。
…でも
それと同じくらいに。
本当の悪ってものは存在しないんじゃないかって思った。
「このままいけば、確実にアニエスの国のひとびとは傷付きます。
なら、それに抗ったっていいはずだと私は考えます。」
穏やかに笑いながら、マリーは諭す様に続けた。
「力って言うのは日常に溢れかえっています。
言葉だって力です。立場だって力です。
誰もが持っていて、傷つけたり守ったりする不思議なものです。
力は人を傷つけるけど、それがなければ何もできません。」
こうやってマリーに背を押されるなんて、一体だれが想像できただろう。
私の進んでいる道は間違っていないと、後押しされる日がくるなんて。
「月並みの言葉ですが。
暴力はよくないといって、誰も守れないことが一番の暴力ですよ。」
私を罪悪感から救うための嘘かも知れない。
「人を救う力があるのに、行使しない方がひどいと思いませんか?
ちゃんとした意志があるのなら、きっと大丈夫です。」
でも、そこに漂う優しさを。
今ならちゃんと受け止められる。
「アリスなら人の気持ちを汲んでくれると、信じてますしね。」
3人の誰もが私の道を応援してくれている。
信じた道を突き進めと。
言わんばかりに。
「アリスはさ、善悪なんてものに囚われ過ぎ。」
アリスはさ、と言う言葉。
文頭につけるのが、圭の癖。
最近気付いたことだった。
「1人の命の為に、大勢が死ぬのは悪いこと?
大勢の為に1人の生け贄がささげられるのが良いこと?
違うでしょ、数じゃない。」
人の生き死には、例えどれほど数に開きがあっても。
命ってのは天秤にのせるものじゃない。
いつだったか、圭から似た様なことを聞いた気がする。
「今まではアリスが一人で背負おうとしてるから、それが嫌だった。
イラついたし、引きとめもした。
でも、守りたいものを自分で守りたいんだって分かったから。
こうやって応援してるんだよ。」
スキースクールだったかな。
ああそうだ、思い出した。
あの屋根の上で、似た様なことを言ってくれていた。
「自分の守りたいものは自分で守る。他人任せにしない。
その為に、力を付けていくんだ。
これからアリスがやることは、力を付けて抗って守ることだから。」
圭は私の両肩に手を置き、頭を肩にのせた。
祈る様に。
慈しむように。
おまじないを掛けるように。
…守る様に。
「武器を持たず、生きて人を救える道を歩いていく。
それがアリスの進む道でしょ。なら、応援だってするよ。させてよ。」
いつだって包まれていた。
母の愛も、エリスの優しさも、そして3人のかけがえのない想いも。
どうして今まで気付かなかったのだろう。
私はずっと前から温かくて愛しい人達に出逢っていたんだ。
私もまた、彼らのことを優しく抱きしめ返せたら。
きっとそんなに幸福なことはない。