コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 銀の星細工師【更新3/24】 ( No.100 )
- 日時: 2014/04/10 16:54
- 名前: 妖狐 (ID: aOQVtgWR)
空がだんだん夕焼けに染まっていく。景色を窓ガラス一枚越しに見つめていると、少年はどこから出したのか星硝子と細工すると気に使う道具一式を取り出してきた。
バラバラと机の上に並べて腕を広げる。
「よし、それじゃあ特別授業を始めようか。猿にも分かる簡単な特別授業を」
(なによその言いぐさは! わたしがまるで猿と同等の存在だとでも言いたいの!?)
いちいちムカッとくる言葉にやや腹の底から湧いてくるものを沈めながら聞き返した。
「特別授業?」
「うん。それじゃあ、例の試験で行われた星硝子を練るときに使った道具を取って行って。全部だよ」
主旨の分からない命令に不信感を抱きながらも、一つ一つ手元に道具を集めていく。
柔らかい水あめ状態の星硝子を広げるめんぼうにその台となるまな板。光沢を出すために使うT時の星細工独特の道具。この道具に星硝子をひっかけて伸ばしていく。伸ばせば伸ばすほど星硝子は光沢が増していくからだ。さらに練る段階でいくつかのパウダーも混ぜていく。基本的には滑らかさを出すために水銀の隅からとった石を小さく砕いたパウダーと、星硝子が固まった時に細工しやすくするマリリアンという可愛らしい花を乾燥させてすりつぶしたパウダーを使う。これを少量混ぜ込むことでぐっと星硝子の質が上がるのだ。
全てを目の前にかき集め、最後にティアラはある小瓶を掴んだ。
「ああ、やっぱり」
少年の声にティアラは手を止めた。
「なにがやっぱりなの?」
「その小瓶」
短い返答に、ティアラは自分の手に握られている小瓶を見つめた。中には透明の液体が入っている。これも星細工でしか使わない特殊なものだ。パウダー同様、一緒に混ぜると透明感を上げる効果がある。昔からこの液体は母が星硝子を練るときに使っていて、当然ティアラも使用するのが当たり前だった。
「これがどうしたっていうのよ」
「それね、この学園で使う生徒はほとんどいないんだ」
「ええ!?」
驚愕に声を上げた。まさかこの液体を使わないなんてティアラには考えられなかった。それほど自分の中ではごく自然に使うものとなっているからだ。
「ここではその液体の使い方を習わないんだよ。いちよ実習室に備わって置いてあるけれど誰も使わない」
「でもこれを使えばもっといい星細工ができるのに……」
「そうなんだけどここじゃ教わらないんだ。なぜかね」
それは細工師を目指す身として悲しいことに思えた。より上を目指せる方法があるのに知らないでいるのは職人にとっては悲しい状況だ。
「その液体を使ったからお姉さんは星なしになったんだよ」
言い切る少年には確信があるように見えた。けれどティアラはその答えに納得できなかった。
「おかしいわよ! この液体を入れたって問題は起きないわ。だって今まで私は何度も星硝子に入れてきたもの。けれど問題なんて何一つ起きなかったわ!」
反論するように立ち上がった。今まで成功してきたやり方が否定されても信じられない。しかし少年は飄々《ひょうひょう》とティアラを見つめて楽しそうにククッと笑った。
「試してみようか。眼で見ないものは信じない性質っぽいし」
なにを、と尋ねるよりも早く少年は小瓶をティアラから取ると星硝子にかける。とたんにじゅわっと音を立てて星硝子が微かに溶けた。
「っ……! ど、うして」
信じられない現象に溶けた部分をまじまじと見る。この液体は星硝子を溶かすようなものじゃないはずだ。
「しょうがないよ。だってこれ〝賞味期限切れ〝なんだから」
少年は小瓶を前に突き出して少し消えかけている賞味期限の印を見せる。そこにはもう三年も前の日付が刻まれていた。
「たぶん学校の方においてある小瓶の賞味期限も一年くらい前に切れてると思うよ。だって使わないから誰も気に留めないからね」
「それじゃあ、わたしが使った液体も賞味期限切れで……——そのせいで上手く練りあがらなかったの……?」
「ご名答」
学校の道具に大きな落とし穴があるとは思わなかった。確かに賞味期限が切れると、この液体は物を溶かす成分が増幅する。きっと自分が練った星硝子も試験官が審査したときには溶けていたのだろう。
静かに知らされた自分が星なしになった理由にティアラは唖然とした。自分の何が悪かったのか、ずっと悩んできた答えは実に簡単なことだったのだ。
「そんな……、」
「これは逆にお姉さんに学院で学ぶよりも、もっと経験値があったから起きた悲劇だね。経験がなきゃこの液体を使おうなんて思わないから」
経験値があったからこそ。その言葉が胸に刺さった。フレッドが自分を推薦してくれたのは手つきだけならもう一職人のようだったからだ。誰よりも早く星硝子に触れてきたティアラには当然の事だった。だから自分は腕を買われてやってきた。けれどそれが仇になるなんて考えもしなかった。
けれどそれ以上に悔しいものがある。
「わたしの注意力の低さと知識の足りなさが原因だ」
自分の欠点がようやく分かりティアラは唇をかみしめる。その姿に少年は目を丸くした。
「お姉さんそれ真面目? それともいい子ちゃんぶって言ってるの?」
「なにがいい子ちゃんぶってるっていうのよ!!」
意味は分からないが失礼な言葉に声を荒げた。
「だって普通は賞味期限切れの液体をそのまま放置した学校の方が責任あると思わない? なのに自分を責めるなんていい子ちゃんぶってるとしか思えなくて」
「そりゃちょっとは液体の管理しろとか思うけど、それを使ったのはわたしだから。自己責任よ」
一言に学院が悪いとは言えないのだ。
言い切るとさらに少年は眼をまん丸くして、珍獣でも見るように見つめた。
「な、なによ」
また生意気な口調で馬鹿にされるんじゃないかと思い、つい身構える。
「……クッ、ククッ」
しかし少年はいきなりお腹を抱えて堪えるように笑いだした。今まで何を考えているか分からない少年が少しだけ人間味を帯びて感じられる。
「お姉さん。僕はジャスパーっていうんだ。ジャスパー・マンスフィールド。覚えておいた方がいいよ」
とても上から目線で名乗るジャスパーにティアラは釈然としない想いを抱える。素直に受け止めることはできず、言い返してしまった。
「なんで今頃名乗るのよ。最初は言う必要ないとか言ってたくせに」
「うーん、気分? なんか言いたくなった」
あんたの気分で世界は回っていないんだ、と言ってやりたくなったがぐっとティアラは堪えた。
この口達者な少年には何を言っても倍になって帰ってきそうだ。恐ろしいことに。
「お姉さんって相当な変わり者だよね。僕に名乗らせるなんて奇跡ぐらい珍しい事だよ。普通の人間じゃできないことだ」
「変わり者とかあなたに言われたくないわよっ!」
旧校舎に響くような声でティアラは今まで堪えていた気持ちを吐き出すように叫んだ。
その姿にジャスパーは愉快そうに笑うのだった。