コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 銀の星細工師【更新4/12】 ( No.112 )
- 日時: 2014/04/16 22:44
- 名前: 妖狐 (ID: aOQVtgWR)
『今年度第5回目の星獲得試験はグループ戦とする。グループは一組五人制であり、自分の星数より同等、あるいは一つ上か下の数の者と組むこと。それ以外の離れすぎた星数の生徒同士がグループを組むことは不可とする』
今朝、掲示板に貼られた一枚の紙は学園中を騒然とさせた。掲示板の前には人だかりができ、普段はあまり目立つことのない掲示板も今日は十分なほどに役目を果たしている。
生徒たちの空気は自然と活気あるものに変わっていく。
*
太陽の光が柔らかく降る昼ごろ、ティアラは中庭でサンドイッチを口に詰め込んでいた。隣にはヒューが座っていて、二人で仲良くベンチで昼食中だ。
香ばしいフランスパンと新鮮なレタスやトマトが絶妙に合い、上品な味の塩とやらかいゆで卵の薄切りがさらに美味しさを引き立てている。
「おいしいー!」
その美味しさに身もだえした。スターグラァース学園のご飯はなんでも美味しいのだ。学食も購買の品も。なんでもこの学園には上階級のお嬢様、御曹司も通っているため舌に合うようレシピはプロのシェフに頼んでいるそうだ。変な所でぶっ飛んでいる。
「口に入れすぎだよ、ティアラ。そんなにせっつくと喉につまっちゃうよ」
ハムスターのように両頬にぎっしりとサンドイッチを詰め込むティアラにヒューはお茶を差し出す。礼をいいながら冷たいお茶を受け取ってティアラは流し込んだ。
ふと、甘い匂いに吸い寄せられた。ヒューの昼食であるクリームコロネにだ。生クリームが少しコロネからはみ出していて、それを逃がさないようぱくりと大きな口で食べる。ヒューは貴公子だけあって上品に食べるイメージがあったが、そこは男子と言ったところか、食べるのが早くて豪快だ。見ているこちらがすっきりするほどに。
大の甘党であるヒューは昼食でもデザートのようなものばかり食べる。あまりにもカロリーが高いのでティアラには手が出せないが、ついいつも目線が吸い寄せられてしまうのだ。
「……ずるいよ、ヒューは」
「ん? なにがだい?」
綺麗にクリームコロネをたいらげながらヒューは首をかしげた。そしてさらにクリームコロネの入っていた袋からジャムとレーズンがぎっしり入ったクロワッサンを取り出した。クロワッサンは外がパリパリで中がふんわりしていて美味しそうだ。けれどバターがふんだんに使われているため、やはりこれも指をくわえてみていることしかできない。
「だってヒューは高カロリーな物食べても全然太らないでしょ。神様のひいきだ! 私はいつもこんなにカロリーへ気を遣っているのに」
「仕方がないよ、僕はあまり食べても身にならない体質だからさ。それに気を遣ってるって言っても、ティアラも毎日相当食べてるよね?」
ちらりとヒューはもう三つ目になるサンドイッチに視線を落とす。一つがなかなかの大きさなのに、それを三つ食べるとボリューム的にはかなりのものだ。気を遣っているとは言い難い。
「これは野菜が入ってるからいいんです—! ヒューのは砂糖がメインでしょ。カロリーの量が違うのよ」
なんだかんだ言いながら全体的に変わりはないだろうとヒューは確信した。
(それにしても、よくその体にサンドイッチが三つ入るなあ……)
ちらりとヒューはティアラを見た。ティアラは一見一般的な体型をしているが男のヒューからは十分細くて華奢《きゃしゃ》にみえる。その胃袋にサンドイッチ三つ分が入っているんだと思うと人類の不思議だ。
「なに、ヒュー?」
ヒューの視線に気づきティアラは顔を上げた。その手には、いつのまにか四つ目のサンドイッチであるピーナッツサンドが握られている。
「四つ目……」
もうこの子は女の子なんだろうかとヒューが絶望的なため息を吐く。きっとティアラの胃袋は宇宙にあるブラックホール並みなんだろう。そうゆうことにしよう。
「あ、ティアラ、口元にピーナッツバターくっついてる」
ふと気づき、ヒューはティアラへ手を伸ばした。
ヒューには八つも離れた小さな妹がいるので、昔そうやっていたように自分の指で口元のピーナッツバターをぬぐって口元へ自然に運ぶ。ぺろりと指についたピーナッツバターを舐めて、
硬直した。
「…………、あ、ごめん」
「ううん。ありがとう」
空っぽの言葉でヒューは謝り、ティアラも無表情で礼をいう。二人とも今起きた状況をいまいち理解できてなく、呆気にとられたような顔だった。
(僕は一体、なにをしたんだ? 確か口元についてたピーナッツバターを取って……)
ティアラは八つ離れた幼い妹とは違う。けれど習慣というのは恐ろしいもので体が自然と動いてしまった。ティアラは同学年の年頃の女の子なのに。
(どうしよう……ああ、今さらだけど恥ずかしくなってきた)
だんだん頭が回転してきて、口の中に甘いピーナッツバターの味をヒューが感じたとき、ボッと火が上がるような音がした。その後に風船が抜けるようなボシューと言った音も続く。
音につられて再びぎこちなく横を見ると、ティアラの顔が一気に赤くなって、その後に空気が熱を追い出すようにボシューと抜けていく。
「ぷっ」
ついついヒューは吹き出してしまった。あまりにもティアラの反応が予想外で面白かったからだ。
「な、なんで笑うのよ」
自分の異様な反応には無人格なようで動揺を隠そうと、口にさらにパンを詰め込みながらもごもごと反論する。その幼い姿にヒューはあったかいものを感じた。
(うーん、なんだか不思議な感じ……)
それは心地が良くて、柔らかい。
(例えるなら、雛鳥を見守る親鳥の気分……)
経験したことはないが想像だとそう思う。餌を頬張る雛鳥をヒューは優しい目で見つめた。
まだ名のつけがたい感情は、本人自信にもよく分からない。これがどう変化していくかは誰にも予測不能。
そろそろキースに笑われてふてくされてしまったティアラのご機嫌をうかがわないといけない。
ヒューはここ最近噂になっていて、ティアラの飛びつくであろう話を機嫌治しに提供することにした。
「ティアラ、リベンジしたくない?」
唐突に切り出したヒューの言葉にティアラは興味をそそられて「どういうこと」と聞き返す。
「星なしを奪回するチャンスが二週間後にやってくる。きっと今回は前回のようにはいかないよ」
ヒューの示した言葉が星獲得試験の事だとティアラは分かった。ヒューは前回ティアラが失態してしまった理由を話したから知っている。不運な失態。確かにあの失態がなければもっと上をねらえていただろう。。
「それに今回は珍しいグループ戦だ。大抵の星獲得試験は個人だが一年に一度だけグループ戦が行われる。入学して早々グループ戦にぶち当たるなんてティアラは運がいいね」
グループ戦ならばメンバーによっては自分の実力以上の星だって獲得できる可能性がある。学生には盛り上がる試験だ。
「早くメンバー探しを始めないと、皆グループが出来上がっちゃうよ」
一気にまくしたてたヒューのセリフにティアラの意欲は急激に上がっていった。
確かに急がないと学生たちはグループを組み始めてしまう。一人ぼっちで残ってしまったら試験は受けられないのだ。
「わたし、仲間を集めてくる!」
がばっとベンチから立ち上がったティアラにはもう先ほどまでの感情は全て消えている。今は壁にでも突っ込んでいきそうな勢いがあるのみだ。
「頑張れ」
明るく笑いながら応援する。
ヒューはもう星五つを獲得しているから試験を受ける必要がないのだ。だから今回も応援側へ回ってティアラを見守る。
サンドイッチを全て口に詰め込み走り出すティアラをヒューは楽しそうに見送った。