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Re: 銀の星細工師【感謝 参照1000突破】 ( No.126 )
日時: 2014/05/05 21:15
名前: 妖狐 (ID: aOQVtgWR)

■参照1000突破■

この作品に目をとめてくださり、読んでくださりありがとうございます。
まだまだティアラたちはノンストップで走っていきます。
これからもっと勢いを増していくと思いますので、楽しみにしてくださったら幸いです。

■参照1000突破記念■
今回はちゃんと用意いたしました。はい。なんたって記念すべき数ですからね(*^_^*)
銀の星細工師で初となる番外編です。
普段では描けない、保健室でのエピソードになっています♪
それではどうぞっ!


番外編【誠実の皮をかぶった肉食動物】
「一体全体なにがあったのヒュー……」
 ティアラは唖然とした様子で口を開けて問いかけた。ヒューは苦笑を浮かべる。
「いやあ、ちょっと濡れちゃってさ」
「ちょっとじゃないわよね!?」
 頭から思いっきり水をかぶったようにヒューは水浸しになっていた。制服の袖からは雫が垂れて、色が濃く変化してしまっている。ヒューが教室まで歩いてきたであろう道すじには水が散らばっていた。
「なんでこんなことに……」
 目を疑いながらも教室に常備されているタオルを差し出す。礼を言いながら受け取って、ヒューはふかふかの白いタオルに顔をうずめた。
「やられたよ、まったく。庭で図書館から借りた本を読んでたらさ、急に雨が降ってきて。慌てて屋内に入ろうとしたんだけど、庭の中央にいたから校舎とは距離がありすぎてたどり着いた時には、もう水浸しだったんだ」
「この学園、無駄に敷地面積は莫大だものね」
 うなづきながら憐れむような目でヒューを見つめた。きっと急に降ってきた雨とは通り雨の類だろう。地方の方では狐の嫁入りとも呼ばれているらしい。そんな稀な現象に出くわすとは不運なのか幸と呼べるのか。
 ヒューが髪をタオルで拭いている間、改めて教室内を見渡すとちらほらと同じように雨の被害者がいた。
「うーん、なんかシャツが肌に吸い付いて気持ち悪いな……」
 不愉快そうな顔で髪をかきあげて呟く。
 普段は清楚で貴公子のように完璧なヒューが、シャツの第一ボタンを上げて髪までアップにしているのは珍しく、つい見とれてしまった。琥珀色の髪から水が粒になって落ちていく。
(水も滴るいい男って言うけど、あれ、本当だったんだなあ)
 ヒューをじっと見つめていると、彼と目があった。なんだかいけないことをしているような気分になり、さっと目をそらした。
(ああ、わたし何やってるんだろう)
 自分でも意味不明な行動にため息がでそうになる。場の空気を切り替えるように先ほど、担任から報告があったことを話した。
「午後の授業、全部自習になるんだって。なんでも星硝子の生産過程に不具合が生じたらしくて、血相を変えて教員全員で調子を見に行くみたい」
「うちの学園は星硝子がまず第一だよね」
 ヒューは苦笑した。確かにとティアラもうなづく。
 スターグラァース学園は名前の通り星硝子を専門とする学園だ。なのでもちろんここに集まる生徒は星硝子を愛し、星硝子に関わる仕事に就きたいと思っている者が多い。それ故に教職員もその想いは強く、星硝子の溺愛っぷりは異常なほどだ。授業をほったらかしていくほどに。
「見張り役の教師もいないから、皆今は好きなことをしてるわ」
 言いつけどおりに勉強へ励もうとしている生徒は少ない。趣味に没頭したり友達との会話に勤しむクラスメイトを見て、ヒューもそれじゃあとタオルを握りしめた。
「僕はちょっと制服を乾かしに保健室に行ってくるよ。ほら、あそこ脱水機あったでしょ? このままじゃ風邪ひきそうだし……」
「うん、行ってらっしゃい」
 きっと先生の方も生徒が自由勝手に過ごすのを見過ごしたうえで出て行ったのであろう。でなければ目がくらむような量の課題を出していくはずだ。先生からのサービスタイム、教室の外に出ても問題はないはずだ。
 寒そうにするヒューにティアラは手を振って見送った。
 完全にヒューの気配が遠ざかって行ったあと、ふと、見覚えのあるものが視界の隅に移った。これは……。
(——ヒューの指輪だ!)
 慌てて手に取ってみると、いつもヒューが右手の中指にしているものとみて間違いない。雨で指が濡れいたせいか取れやすくなっていたのだろうか。
「届けた方がいいわよね」
 自分も母の形見はいつも肌身離さず身に着けている。もしなくしたと気づけば不安がこみあげてくるだろう。もしこの指輪がヒューにとって同じように大事な物だったら早く届けてあげたいと思う。
 ティアラはヒューが向かったであろう保健室へ急いだ。

              *

「失礼します」
 最低限の礼儀として、ノックの後に一声かけて保健室へ入る。ヒューはどこだろうと辺りを見渡し、ティアラは硬直した。名前を呼ぶ声が詰まる。
「ヒュッ……!」
「ああ、ティアラ、どうしたの?」
 何でもなさそうに問いかけるヒューが今は不埒な悪魔に見える。彼は上半身裸で濡れた体を拭いているところだった。細そうに思えて、しっかり筋肉のついたしなやかな上半身が目に飛び込んでくる。ヒューは自分の中で物語の中の王子様と化していたので、急に異性と感じて頬が火照った。
(なんでこんなに軽率だったのわたし! ヒューは脱水機を使うって言ってたじゃない。その間、上半身裸でもおかしくないのよ!)
 馬鹿、馬鹿と数秒前なんの想像もせず、ここへ入ってきた自分を責める。今、急に出て行っても不自然だろうし、ここへ来た目的である指輪もまだ渡せていない。
 なるべく眼をつぶりながら指輪をヒューに渡して早くここを出ようと、熱くなっていく手足の温度を感じて決心した。
「これ、ヒューの指輪……だよね?」
 一生懸命、誘惑するような滑らかな肢体から視線をずらして、ぎこちない動作で銀の指輪を渡す。ヒューは指輪を受け取って声を上げた。
「どうしてティアラが!? もしかして僕、落としていったのかな」
「うん。教室に落ちてた。きっとタオルで拭いてた拍子におちちゃったりしたんだよ。水で取れやすくなってるだろうしね」
「そっか、ありがとう」
 安堵した顔で指輪を中指にはめなおすヒューを見て、ティアラも胸をなでおろした。やっぱり急いでここへ届けに来てよかった。
 それでは用事も済んだし、この場に長居するのは心臓に悪いので退散しようと体を扉の方へ傾けた。
 目に焼き付いて離れないヒューの上半身裸の光景は、墓場まで持っていくので安心してほしい。速足で出口へと足を踏み出したとき、なにかに引っ掛かった。
「あ、そこ、コードがあるんだった!」
 今思い出したかのようにヒューは叫ぶがもう遅い。ティアラはダイナミックにその場で転びそうになる。予想外の展開にバランスを治すことも叶わず、訪れる衝撃に目をギュッと閉じた。
 けれどいくら待っても、その衝撃は来ない。それと変わるように強い引力のようなものに引き寄せられた。
「ギリギリセーフ、かな。足元はちゃんと見てね、ティアラ」
 落ち着いた声が頭上から降ってくる。
 ——ああ、これはやばい。
 そう感じたときには、すっぽりとヒューによって抱きすくめられていた。
「なんか、いい匂いがする……」
 ヒューがティアラの腰に手を回したままポツリとつぶやく。背後から伝わってくる体温に心臓が激しくなり始める。
「お昼にエクレアを食べたせいかな? ……あはは」
 自分がヒューを意識してるのを気づかれないよう隠すように笑うがどうにも不自然な笑い方になってしまう。
 さあ、早く保健室を出ようとヒューの腕を外そうとしてみるが、なぜかぎゅっとさらに抱きしめられてしまった。
「えーっと……ヒュー、さん?」
 どうしたものかと戸惑いに眼を泳がせる。そろそろ離してくれないと息が変に乱れて、呼吸困難に陥りそうだ。命の危機を感じるから、離してください!

Re: 銀の星細工師【感謝1000突破 特別番外編】 ( No.127 )
日時: 2014/05/05 21:19
名前: 妖狐 (ID: aOQVtgWR)

 まるで肉食獣につかまった小動物のような心境でいると、ヒューがこてんとティアラの肩に額をつけた。ティアラの髪に自分の顔をうずめるようにする。
「こっちは星硝子の匂いがする。ティアラは僕の好きな香りで溢れているね」
 甘く耳朶をはむような声。そのくすぐったさに小さく身震いした。
(ヒューの様子がなんだかおかしい!)
 ティアラさえも淑女のようにうやうやしく扱う、貴公子の鏡のような存在のヒューが、なぜか今は強引にと言っていいほど抱きついてくる。
 きっかけはティアラを助けるためでも、その後、今も継続している意味は何なのだろうか。
 これが違う誰かだったらティアラは容赦なく腹に肘をいれて、踵で思いっきり足を踏んづけてやった。けれどヒューとなると彼の性格をしっているため反撃しようにも出れない。
「さっき……なんであんな目で見つめてきてたの?」
 ふいにヒューが拘束する力を弱めて小さく聞いてきた。今なら逃げれるかもしれないが問いかけの意味が分からず、そちらに意識を取られる。
「さっきって、いつのこと?」
「……ひどい、もう忘れちゃったんだね。それじゃあ意識していたのは僕だけだったんだ。あんな風に見つめられたら僕だって欲が湧いてきちゃうじゃないか」
「……?」
 ティアラは首をかしげる。一体何のことを話しているのだろうか。背後ではヒューが少し仏頂面になりながら、腕の拘束を再び強めた。
「ティアラ、なんだか寒い」
「それはヒューが上に何も着てないからでしょ。ほら、今すぐ離れて、代わりの上着を……」
「やだ。ティアラがあったかすぎて離れられないんだ」
 それは私が悪いんでしょうか……? 声に出さずとも問いかけてみる。
 甘える猫のように額を肩になでつけてくるヒューを一瞬たりとも可愛いと思ってしまう。正気に戻れ、わたし、と首を振った。
「ねえ、なんで僕がティアラを手放さないのか分かってる?」
 そんなのこちら側が聞きたい。
「君がそうさせたんだよ。ほら、さっき、タオルをくれたとき熱心に僕を見つめてくれていたじゃないか」
 ヒューはティアラが見とれていたことに気づいていた。
 そう知った瞬間言葉にできない羞恥心が体中に流れた。頭の回転スピードが鈍るティアラを責めたてるように、さらに甘い言葉が襲う。
「なぜ、こんなにも柔らかいの? 女の子は皆、そうなのかな。それともティアラだけが特別?」
 発した言葉と同時に首筋へ温かい物が押し当てられた。かすめるようにふんわりと。
 その行動が、ティアラの気持ちに拍車をかけたのは言うまでもない。次の瞬間にはもう、ティアラはさっと体勢を低くするようにしゃがみこんで、勢いよく上へ飛ぶという殺人的頭突きを繰り出していた。
 鈍い音と苦しそうなうめき声が背後で沈む。倒れ込むヒューを見て、ティアラは無意識にしてしまった行為に顔面蒼白となった。

 
             *

「雨に撃たれて熱を引き起こしたのね。しばらくは安静に」
 星硝子の調子を見てすぐに戻ってきた保険医の先生にティアラはこくりとうなづいた。結局星硝子は何ともなかったようで、そこは一安心だ。だが——。
「なぜ彼の顎のあたりに衝撃を受けた腫れがあったのかしら。なにか知らないグレイスさん?」
 心底不思議そうにする保険医にさ、さあ? とぎこちない笑みで返す。
 高熱のため自覚がなく、記憶にも残らない行為だったようだがティアラの体には生々しいほどヒューの体温が刻まれた。いまだ火照る頬を手で押さえて冷たい空気に包まれている廊下に出る。
 ティアラはこの日の記憶を一生心の中に封印することを誓った。
 けれど決意しても、世の中の恋愛がらみにうといティアラが、熱から復活したヒューを三日間避けまくってしまったのは仕方のない事だった。
 
(誠実の皮をかぶった肉食動物、おわり)