コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 銀の星細工師【更新5/06】 ( No.133 )
- 日時: 2014/05/11 17:01
- 名前: 妖狐 (ID: aOQVtgWR)
教室につくと、大きな声で呼びかける。
「テルミス先輩っ」
ティアラの声に反応して、窓辺に一人座って読書をするテルミスが驚いたように振り返った。
その次の瞬間脱兎のごとく教室の後ろのドアから逃げ出した。
「ええ、いきなり!?」
驚愕に目を見開きながらもティアラは急いで後を追った。けれどテルミスはすぐに三学年の生徒に埋もれて見えなくなってしまう。
一体どうしたらこの警戒心は消えてくれるんだろうか。そもそも自分がこんなにも警戒されるようになった理由は?
考えれば考えるほどこんがらがってくる現状を蹴りあげるように、テルミスの埋もれて行った道をたどった。
「テールミス先輩ー」
変な抑揚をつけながら、移動教室のため教科書を抱えて講義室に行くテルミスをティアラは背後から襲うように近づいていく。
「ふぇ、きゃあっ!」
間の抜けた声を上げて、7ティアラの存在に驚いたテルミスは数センチ飛び上がりながらも退く。不審者に出くわしたかのような叫び声にはほんの少し傷ついた。
怖がらせないようにそっとそっと、小動物に近づいていく心持で、ティアラは歩幅を縮める。
「先輩って読書が好きなんですか?」
まずは何気ない会話からだ。教室で読書をしていたことを元に話のきっかけを作る。そこから少しずつ打ち解けていく感じで……。
「って、ちょっと待ったあ!」
すでにその場から走り出すテルミスにティアラは叫んだ。一歩近づいては百歩逃げる勢いで遠ざかっていくテルミスにティアラは悲しさを覚えた。
あれは見間違いだったのだろうか。
ほんの人瞬きの間だけ見えた、すがるような視線。警戒心とは逆の想い。
普段なら楽しいはずの星硝子の授業も、半分うわの空だった。
(また、繰り返してる)
機能しない頭の隅で浮かんだ。仲間を探して何度も人に話しかける少し前の自分。テルミスを探して何度も話しかける今の自分。まったく同じだ。
(ジャスパーが仲間になって変わったような気がしてたけど、実は何も変わっていないのかな……)
結局ティアラを含めて五人、仲間が集まらなかったら試験には出れない。
不可能を可能に。
そう決心したのは少し前の事なのに、もうぐらついている。もしかして私は変われないのかもしれない。ずっとこのまま一人で空回りしてしまうのかもしれない。
「変わらないものなんてないんだぞ」
突然、藻がかかったように薄暗かった視界に声が飛び込んできた。顔を上げると理科の講師が空を指さして、教卓で語っている。
「空は一見、いつも同じように見えて実は同じじゃない。いまある雲の数、形、色。それは一秒ごとに変わっていって、空も変化していく。気づかないだけで本当は変わってるんだ。分かったか?」
ひどく、まっすぐにティアラの胸に言葉は突き刺さった。その言葉を最後に授業の終わりを示すチャイムが鳴る。
日直が号令の合図をかけて、理科の授業は終わった。
気づいたら、講師が教室を出ていくよりも早くティアラは駆けだしていた。
変わらないものなんてないのなら、テルミスの心をこっちに引き寄せて大きく変えることもできるはず。
大切なのは変わることを望むことだ。
*
「先輩、逃げないでください!」
お昼休みでお弁当を持って教室から出てきたテルミスに、単刀直入で待ち伏せして突っ込んだ。けれど、逃げるなと言われて立ち止まる者は少ない。
「ああ、お願いだから待って!」
見かけによらず足が速いテルミスの跡を追いかける。細いラインが浮かぶ体は今にも人ごみに紛れて、捕まえられなくなりそうだ。
(田舎育ち、なめるなー!)
以前、星硝子を狩りに行く際、存分に発揮した能力を発揮する。それはキースにも認められた体力の図太さだ。
ずっと追い続けていれば相手は疲れて速度が遅くなるはず。そこを狙う!
ハンターにでもなったような気持ちで一気に加速した。
追って追って、逃げられて逃げられて、一歩も譲らない鬼ごっこのような追跡の末、ついに追い詰めた。そこは人がまばらに通る庭の一角だ。
「先輩、わたし、お話があって、ですね」
息も絶え絶えになりながら、重い足を引きずるように歩み寄る。明日は筋肉痛決定だ。
絶対仲間にすると誓った。現在自分の持つ力を最大限に使ってでもやってやると決めた。だから——。
「仲間になってください。お願いします!」
地面にぶつけるような勢いで頭を下げるティアラに、逃げるすきを窺うようなテルミスの動きが一瞬止まった。そのとき、盗み見るように見つめたティアラの視界の先には一度だけ見つけた、あの感情が映った。
(警戒心とかじゃない、この瞳……っ!)
見間違いじゃなかったのだ。やはり彼女は、心の奥からティアラを拒絶してるわけじゃない。むしろその逆なのかもしれない。
「先輩、もしかしてっ……」
問うように無意識でティアラはテルミスの腕をつかんだ。
だがそれは、はたくように振り払われる。ばしっと子気味良い音が響いた。
「っ……!」
振り払った本人がひどく驚いたような、衝撃を受けた顔をした。
「……」
今、自分はどんな顔をしているんだろうか。
苦しそうな瞳で再び転びそうになりながらも逃げ出すテルミスを、もう追う気にはなれなかった。
うつむいた顔はきっと誰にも見せられない。その場に沈んだとき、見覚えのある本が視界の隅に飛び込んできた。
*
『私に近づいちゃダメなの!』
幼い頃の少女が必死に叫ぶ。
そうだ、私に近づいてはいけない。きっと誰もかれもを不幸にしてしまう。今までどれだけの人に迷惑をかけてきただろうか
私は不幸を招く、災いある性格の身。
「だから、こないでっ……」
重い鉛を吐き出すように、テルミスは幼子のように弱い声を絞り出す。いくつものシミがスカートにできて、複雑な模様を作っていった。
心が痛い。引き裂かれるようなこの気持ちは、欲しくなかった。
「なんで、こんな私のことを求めるの……? なんで名前を呼んで寄ってきてくれるの? 駄目なの、来ちゃ駄目、なのっ!」
青い空が見つめる屋上の陰でテルミスは悲鳴を上げるように叫ぶ。
けれど本当は少しだけ、ほんの少しだけ嬉しかった。まだ自分の名を呼んでくれる人がいるのだと知って嬉しくなった。
「誰かを想って苦しくなるのは久しぶりね……」
空っぽの笑みを浮かべて呟いた。ずっと距離を取り続けてきたせいか、今までどうやって対処してきたのか思い出せない。
それでも、思う気持ちはただ一つ。
「私に近づいてはいけない」
自分のためにも、あなたのためにも。