コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 銀の星細工師【更新5/11】 ( No.134 )
- 日時: 2014/05/17 10:55
- 名前: 妖狐 (ID: aOQVtgWR)
24話
放課後は悪魔を引き連れてきそうなほど、よどんだ黒い雲で覆われていた。
「元気がないね、ティアラ。今日は寮でゆっくり休むといいよ」と何度も心配そうにヒューは近寄ってきて励ましてくれた。その優しさが今はいつもより深くしみる。
できることならこのまま寮に帰ってベットに伏せてしまいた。それができたらどれだけ楽だろうか。でも——。
(最後に決着をつけなくちゃいけないわ)
寮まで送るというヒューの誘いを断って、疲れ果てた体を引きずるようにティアラは今日一日中追いかけてきた人のもとへと向かった。
*
「最後にお話があります」
名前も呼ばずに教室から鞄を持って出てきたテルミスの手首をつかんだ。振り払われないように強くつかむ。今度こそは逃がせない、逃がさない。
「ちょ、やめてちょうだい……っ!」
戸惑いと恐怖をにじませながら、必死に手を振りほどこうとするテルミスを引きずるように庭へ連れ出した。無理やりでもこうしなければ彼女は話すらもろくに聞いてくれないだろう。
もう先輩だとか、嫌われてるかもしれないとかどうでもいい。
最後に彼女の意思を確かめたかった。
(そこで否定されたらもう、追わない)
強引にティアラは手首を引いて、頑として腕を離そうとはしなかった。
草の香りがただよう広場の奥、花で作られた石畳の細い道を進む。大分行ったところでテルミスの手首を話した。
「かなり強引なことをしてすみませんでした。でもこれを渡したくて」
持っていた鞄から一冊の本を取り出す。古い皮の表紙は色あせていて、一目見ただけで何年も愛用されてるのが見て取れる。
それをみてテルミスは眼を見開いた。
「そ、それっ!」
慌てて受け取って中身をパラパラと開いた。だんだん安堵した顔になっていくのを見ると、やっぱりテルミスの物だったらしい。
「無くしたの、気づかなかったわ……。でも、ありがとう」
大事そうに本を胸に抱えて、テルミスは少し微笑んだ。安心感が強く刻まれた笑みだ。その表情にやっぱり強引にでも連れ出して、この本を渡すことができてよかったと思えた。
でも、本当の目的はこの本を渡すことじゃない。
彼女の本当の意思を確かめたい。警戒心という盾の奥で、時々かすめるように現れる、求めるようなもの。確かめるために疑問を投げかけた。
「先輩は、一人でいるのがお好きなんですか?」
不躾だと分かっていながらも聞いてみると、テルミスはひどく傷ついたような顔をした。ぐっと何かをこらえるように唇をかみしめる。
「そう、よ……。私は孤独が好きなの。人はあまり好きじゃないわ。欲があって偽りがある。だから私に近づかないで。あなたの事……嫌いなのっ! お願い、そばに寄ってこないで、追いかけてこないで、名前を呼ばないで、じゃないと私は……——っ!」
言いかけてテルミスは雷に撃たれたかのように口をつぐんだ。よりよろと足元をおぼつかなく動かして石畳を踏む。その様子を見て、ティアラは断言した。
「嘘です。先輩は人間嫌いじゃない」
「な、なにを言っているの!? 私が嫌いだと言っているのが何よりの証拠じゃない!」
「じゃあなんで泣きそうなんですか!」
叫んだティアラに圧倒されるよう、テルミスは眼を見開いた。ティアラは言葉の途切れを感じて押すように、なおも言い続ける。
「テルミス先輩はいつも私から逃げるとき苦しそうでした。わたしも避けられて、本当は心底落ち込んだけど、それ以上に先輩の方が傷ついているようでした。そんな他人を思いやることのできる先輩が人間嫌いなはずない」
言葉を重ねていくごとにテルミスの固い殻が音を立てて壊れていく気配を感じる。ティアラはすっと息を吸い込んで、一歩前に出た。
「わたしは、そんな優しいテルミス先輩の事が好きになりました。だから嫌いと言われても、諦めたくありません。もう遅いです!」
肩で息をするような勢いでティアラは告白よりも熱い言葉を叫んだ。
目の前にはもう、以前までのテルミスはいない。いるのは幼い子供のように瞳を潤ませて、ただ一直線にティアラを見つめる少女だけだ。
警戒心という壁は粉々に崩れた。恐怖は空気に溶けた。あるのは今までかすめるように感じた求めるような視線のみ。
「先輩、私の仲間になってくださいませんか」
最後の一押しというような形でティアラは問いかけたとき、突然乱入者が現れた。
「——なんか面白いことになってるね……ククッ」
深くフードをかぶったジャスパーが木陰からはい出るように現れる。その怪しい雰囲気に、やっと和んだテルミスの気配は警戒心へと逆戻りしてしまった。
「ちょ、なんでこんな時に出てくるのよ! 邪魔だからちょっとあっちに行ってて」
「そんな邪険に扱っていいの、お姉さん? 僕は唯一無二の仲間でしょ。仲間は大切にしなきゃ」
なぜだろう。ジャスパーが口にすると仲間という単語がひどく歪んだものに聞こえる。
「あともうちょっとだったかもしれないのに……」
小さな声で呟く。もう少しでテルミスの本心が聞けたかもしれない。
いきなり乱入してきて良くなってきた雰囲気をぶち壊したジャスパーをティアラは恨みをぶつけるように睨んだ。
「そんな睨まないでよ、お姉さん。過ぎ去ってしまった失態は致し方ない。次どうするか考えよう。どうせ藁頭なんだから柔軟性を持ってさ」
「ジャスパー……っ、わたしが失敗したときは説教したのに自分は棚に上げるつもりなの!? というかなぜか私を馬鹿にする言葉も混ざってたんだけど!」
「え、混ざってた? まあ、人間は自分が第一の生き物だからね、ククッ」
「こんの傲慢高飛車がきんちょ野郎ー!」
汚い言葉だと知っていながらも言わずにはいられなかった。
ええい、と手を伸ばしてジャスパーの病気じゃないかってくらい白い頬を目一杯伸ばす。
くすっと横から笑い声が漏れた。
「へ……先輩?」
元々端正な顔立ちをしているせいか、初めて見た笑った顔は可愛らしくて幻覚じゃないかと思うほどだった。普段笑わない人が笑うと、それはとても鮮やかに映る。
(ジャスパーもそうだよね……。いつも変な笑い方してるけど、本当に心から笑う事は滅多にないものね)
この笑みは希少なものだと気づき、心のメモリアムに保存した。ティアラがテルミスを振り返って唖然としている間、ジャスパーは頬を掴む手から力が抜けている隙を狙って逃げると、ぐいんと前のめりにテルミスへ近づく。
「先輩、本当はこの馬鹿としか言いようのないお姉さんの事、嫌いじゃないでしょ?」
なにかたくらむようにニタリと笑う姿は、さながら悪魔のよう。けれど身長が低いため、小悪魔と言ったところだ。
「いったいどこから聞いてたのよ」
「うーん、お姉さんが本を鞄から取り出した辺りから?」
「最初っからじゃない!」
だったらなんで今まで出てこなかったんだと聞いたらきっと、「面白そうになるまで待ってたのさ」とか言うのだろう。これだけ自己中心的という文字が似合う男はなかなかいない。
「……本当は嫌いじゃないです」
か弱い声でテルミスはこくりとうなづた。ティアラはぐっとこみあげてくる温かい感動に震えた。けれどすぐにテルミスは再度首を横に振った。
「でも、私は仲間になれません」
「何でですか!?」
ジャスパーを押しのけて食いかかるように聞く。テルミスはそっと瞼を伏せた。
「私がいると迷惑をかけてしまうからです。私は昔から極度の緊張症でした。プレッシャーに弱くて本番にはいつも失敗しまう。だからきっと私が仲間に加わったりしたら試験でたくさん失敗して、あなた方の足を引っ張るだけなんです」
そんなことない、というより先にジャスパーが口を開いていた。
「迷惑をかけると言うのなら、ここにいる阿呆な顔をしたお姉さんがすでにかけまくっているので大丈夫です。今更やっかいな人が一人や二人、加わっても何てことありません」
歯に物を着せない言い草に、テルミスは少し驚いた顔をして、次に可笑しそうに笑った。
「そうなの」
「はい、もう時すでに遅しです」
「すごく馬鹿にされている気がするのは気のせいじゃないわよね?」
自分のけなされ加減についてぶつぶつとジャスパーに文句を言うティアラを見て、テルミスはまた楽しそうに笑った。
「…………なら、こんな私でも……いいのかしら?」
小さく問いかけられて言葉に、ティアラは満面の笑みをつくった。答えは最初っから決まっている。
「もちろん!」
大きな声でティアラはうなづいた。
グループの記念すべき三人目はミラ・テルミスに決まった。残りはあと二名。試験までおよそ一週間。苦労に苦労を重ねて一人から三人に膨れ上がったメンバーを見て、ティアラは絶対、残り二人も見つけ出し仲間にすることを決意した。