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Re: 銀の星細工師【更新5/25】 ( No.139 )
日時: 2014/05/25 10:02
名前: 妖狐 (ID: aOQVtgWR)

「記憶、ほしい……」
 だれもいない美術室で高長身の青年が低く呟く。声は潤った男性の声と化しているのに、語尾は酷く子供じみていた。まるで何も知らず、ただ求める事のみをする無邪気な子供の様に。
「他者、共有する、想い。ほしい……」
 物欲しそうな顔で、バンダナを巻きつけニット帽をかぶった異民族風の青年は吐息を吐き出した。
 遠くをぼんやり見つめながらおもむろにイスから立ち上がり、長い脚を動かして、今日もまた求めるものを見つけるために美術室から出た。


                 *


「ティアラ、さん。これも美味しいのよ」
「わあ、おいしそう……!」
 瞳を輝かせてテルミスが差し出しきた苺タルトを受け取った。出そうになるつばを飲み込んで宝石のような苺タルトを見つめた。
 太陽が照らす下、校舎に付属されているテラスに座ってするお茶会は最高だ。テルミスが仲間になってから翌日、親交を深める意志を込めて三人でおやつ時にお茶会をすることにした。
 テルミスが作ってきたというスイーツのパレードを見渡しながら、テルミス一押しの苺タルトを喜々として受け取った。砂糖が艶をだし、まるで小さな宝石箱のように愛くるしい。
 ジャスパーは隣でジャスミンティーをすすりながら、恥ずかしそうに顔を赤らめるテルミスを盗み見た。
「先輩、なんでそんなに恥ずかしがっているのさ」
「先輩、大丈夫ですか? さっきからなんだか震えて……」
 ティアラも同意して、テルミスの顔を覗き込む。その途端燃えるように顔が赤くなって、テルミスは眼を泳がせた。
「そんなことないわよ、ええ。別になんでもなくて……っ、ああ、そんなに見つめないでっ!」
 隠れるように全力でテルミスは顔を手で覆った。過剰な反応についていけず、二人はテルミスを凝視する。小刻みに震える彼女は小さな声で顔を覆ったまま口を開いた。
「私、こうやって人と接することがあまりないから緊張してしまって……。お茶会だって初めてだから心臓が壊れそうなほど音を立てているのに、そんなに視線を向けられたらもう、死ぬわ!」
 世界の終りが来るように、危機迫った迫力を感じる。けれどその原因は極度の緊張症からくるものだった。人と接するのを苦手とするようになったのも緊張症のためだと言うし、これはかなりやっかいな症状なのかもしれない。ジャスパーが人員集めの作戦会議の時にテルミスをやっかいだと言った意味が今になってようやく分かった。
「じ、じゃあ、なるべく見ないようにしますね!」
「無理でしょ。ていうかそれじゃあ親交を深められないじゃないか。お姉さんが無理やり僕をこんな五月蠅い場所に引きずってきたんだから、ちゃんと深めてよね」
 ティアラの必死の努力をざっぱりと切り捨て、面倒くさそうにジャスパーはその場にうつぶせた。この協調性と礼儀を知らない彼に、なんどイライラさせられてきた事だろうか。
 もう習慣のごとく、ジャスパーに言い返そうとしたとき、どんっと誰かに押された。
「うわっ」
 あやうくフォークを手から落としそうになる。すんでのところで強く握りしめ堪えた。
「ごめんなさい。大丈夫、でしたか……?」
 抑揚のない声が太陽を遮って頭上から降り注ぎ、ええ、と返事をしながら驚きに息を止めた。
 ティアラにぶつかってきたのはとても背の高い細身の青年だった。ニット帽を深くかぶっているせいか目が片方しか見えず、若干怖い。
「なら、よかったです」
 どこか固くイントネーションがずれた言葉づかいに違和感を覚えるが、ほっとした様子の青年に好印象を抱いた。青年はホールのチーズケーキをお皿に乗せたまま、空いたテラス席の方へと去っていく。
(不思議な雰囲気をまとった人だったわ……)
 彼、独特の空気に飲み込まれて呆然とするティアラを見て、ジャスパーがにやりと笑った。
「——次はあいつにしよう、お姉さん」
「え?」
 悪だくみを思いついたような顔に不信感を抱くが、ジャスパーはまるで名案だとでもいう風に生き生きとした表情をする。
「あいつの名はラト・アズゥ。もちろん細工師志望生で温和な性格。怒ったところを見たことがないほどの草食動物と言える」
 まるで仲良しの友人を説明するように話す姿に、ジャスパーが情報通であることを再認識した。
 テルミスの事を先輩と呼んだり、ティアラの事でもお姉さんと年上はちゃんと区別をつけて呼ぶジャスパーが、「あいつ」と言っていることは同級生、つまりティアラより下の学年生なのだろうか。
「学年は僕と同じ中等部三年生。でも百八十七ある身長のせいで歳より上に見られることがある」
 やっぱりジャスパーと同学年だ。けれども説明通りティアラも自分より上級生の生徒だと思ってしまった。ジャスパーはどこまで情報を手に握っているのか分からないほど次から次へラトについて説明していく。
「腕はまあまあいいけど星なし。なぜなら作り上げた作品を自分の手で、自ら壊してしまうため採点が不可能となり、いつも星をもらえていないから」
「作品を、自分の手で壊す……!?」
 ティアラは驚愕に声を上げた。自分で作り上げた作品を壊すだなんて考えられない。細工師希望の生徒なら星硝子を愛しているはずではないのだろうか。理解できない行為に、ティアラは眉をひそめた。
「腕は確かでも、作品を壊すような人は仲間にしたくないわ……」
 先ほど感じた好印象は錯覚だったのだろうか。残念な心持になるティアラにジャスパーがでもさ、と声をかけた。
「ほとんど断られて、ただでさえ勧誘できる生徒が限られてるっていうんだから贅沢言ってらんないでしょ。あいつは群れに属していない身だから、お姉さんの悪事は耳に届いていないはずだし」
 自分のせいで仲間が集まりにくくなっているのは分かっていたので、ティアラは言い返す言葉もなく黙り込んだ。確かに試験までの期間を考えても悠長な事を言っている暇はない。けれども、だ。
「やっぱり星硝子細工を壊すような人は嫌よ」
 それだけは譲れなかった。幼い頃から大好きだった星硝子を傷つけることは許せない。そのとき、ふと意外な人物から声が上がった。
「好きで星硝子を壊しているわけではないかもしれないわ。もしかしたら、〝壊れてしまった〟とか」
 テルミスが思いつめた顔でティアラを見つめる。ジャスパーも珍しく同意するよう頷いた。
「まだ何も知らない相手を即座に判断してはいけないよ、お姉さん。それは一つの視点で見たものしか信じない愚かなものがすることだ。お姉さんも以前、見覚えがあるだろう? 愚かな者の曲がった思い込みを知っているはず」
 ジャスパーに諭されてティアラは冷水を頭から浴びせられたような衝撃を受けた。
 確かに理不尽な思い込みという名の槍で何度も身を貫かれた感覚を知っている。それはティアラが星なしに判定された後、広まった尾ひれの付きまくった中傷的な噂を聞いた者たちの視線だ。
「彼女は学園になにかインチキをして入ったのだ。だって、星なしの身である彼女が細工師一級に推薦者として認められたはずがない」
 そういわれた時の全身にほとばしった痛みを今でも覚えている。違う、そうじゃない。私はフレッドさんに腕を褒めてもらったんだ!  そう叫びたかった。けれどできなかった。なぜなら言いたいのに相手が本当の自分を見ようとせず、言葉を交わすことさえ拒否しているからだ。
 ——私もあの時と同じように、彼の事を何も知らずに非難していた……。
 気づいたとき、頬が羞恥で赤くなった。ジャスパーに言われるまで考えもしなかったことに、自分が情けなくて仕方ない。
「気づけばいい。あとは変えるだけだから」
 ティアラの心情をすべて分かっているようなジャスパーの言葉に、ティアラは深くうなづいた。


          *


 仲間に勧誘することが決まったのなら時間はないのだから急げ、とティアラは椅子から立ち上がってラトが去って行ったあとを追いかけた。きっとまだこの周辺にいるはずだ。
 落ち込んだり、走りだしたりと忙しいティアラを見送った後、ジャスパーは一気にジャスミンティーを飲み干した。
「意外だった」
 ジャスパーはポツリと言い放った。テルミスはその言葉を拾って首をかしげる。ジャスパーは飲み終わったカップを置くとテルミスの作った苺タルトを口に運んだ。
「お姉さんに反論するとは思わなかったよ、先輩」
「反論なんて私は……。自分の考えを言っただけよ。……——ただ」
「ただ?」
「私にも似たような経験があったの。この性格だから人を避けて誤解されることも多くて……。けれど彼女は私の名前を久しぶりに呼んで、なんども追いかけてくれたわ。彼女は他の人と違う何かを持っている。だからもっとたくさんの視野を持ってほしいと思ったの。私に温かさをくれた彼女は誰にとっても素敵な人であってほしい」
 清々しい顔でティアラの行ってしまった後を見つめるテルミスにジャスパーはくすりと微笑んだ。
「僕もそう思うよ。お姉さんはもっと跳ねて転んで蹴飛ばされて、いろんな世界を知っていけばいい。人間の醜さえも、全部。綺麗ごとだけじゃこの世界、やってけないしね」
「……あなた、かなりのサドスティックなのね」
「今更だよ」
 お茶会は途中でティアラが抜けたため中止となってしまったが、ティアラの知らぬ間に、少しだけ二人の親交が深まったことで意味あるお茶会となった。