コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 銀の星硝子細工師 ( No.14 )
- 日時: 2013/11/10 14:17
- 名前: 妖狐 (ID: KnTYHrOf)
めずらしい銀色の髪を持った少女は速足で混雑した人ごみの中を駆け抜ける。
銀の髪が舞うたび人々は目を奪われ振り返るが、少女はそれに気づかず走り抜けて行った。
カラン、カラン。
ベルの音が鳴り響いて扉が開く。ティアラは昼間から満席状態の酒屋に勢い込んで突入した。
「いらっしゃいませ」
入るなり女性がにこやかに対応してくれる。黒髪が綺麗な美しい女性だ。
「えっと、ここで待ち合わせをしている人がいるんです。特徴は、ちょっと意地悪そうな茶色の髪の青年で……」
「ああ、キースのこと?」
女性は首をかしげる。それにぶんぶんと首を縦に振った。
「はい、そうです!! あれ……でもなんで知って……?」
「キースはここの常連だからね」
(そういえばだいたいこの店にいると言ってたなあ)
名刺を渡してくれた時に事を思い出す。女性は手招きをしてティアラをキースのもとへ案内してくれた。
「あなた、キースのガールフレンド?」
笑顔のままキースのいる席へ向かう女性がふいに訪ねる。そんなわけないと全力で否定しようとしたとき、突然ナイフが飛んできた。
「きゃっ」
その場を動けず目をギュッとつぶる。
——刺さる!
そう思ったが女性がすっと前に立ちふさがって飛んできたナイフを見事にキャッチした。
「こいつが俺のガールフレンドなわけないだろう。こんなぺったんこ、趣味じゃねえ」
生意気な声がテーブル席から聞こえる。目を開けるとキースがテーブルに足を掛けながら行儀悪く座っていた。
(確かに私はぺったんこだけど……)
豊富な胸をした女性と自分の平らなものを見比べる。昔から気にかかっていたところを衝かれると痛かった。
「ちょっと、店内で武器の使用は禁止って何回言ったら分かるのかしら。それにこんな可愛らしい娘に対して、その発言は聞き捨てならないわね」
女性はずんずんとキースのもとへいくと、そのままだんっとテーブルに手をつく。先ほどの優しげな雰囲気が消えて、殺気が揺らいでいた。
「ちっ、うるせえな——この年増が」
キースが舌打ちをした瞬間、寄りかかっていた壁に深々とナイフが刺さった。女性はナイフを壁に刺したままにこりと笑う。
「次言ったらブチ殺すわよ」
ドスの利いた声で笑顔のまま睨み合う。はらはらとティアラは二人を眺めていたが、キースはふいっと興味をなくしたように置いてあったコップをかたむけ飲み干した。
キースの態度に女性は深々とため息をつくとティアラに席を進めた。
「あたしはネア。ここの店の店長だから困ったことがあったら言ってね。なにか注文する?」
「いえ、大丈夫です……って、ネアさんは店長なんですか!?」
「一応、ね」
驚くティアラにネアは軽くウィンクをする。そのまま「その辺にいるから」とだけ言い残すと去って行った。
「3日ぶりだな。で、仕事の依頼か」
突然、キースが単刀直入で訪ねる。ティアラも思い出したかのようにうなづくと地図を鞄から取り出して広げた。
「ここから北東にあたるチェコ—タ山脈へ星硝子を狩りに行ってほしいの。報酬は3ドルでどう?」
金貨を3枚テーブルに置く。かなりの大金だが、命がけで星硝子を採るには対等な報酬だった。
「あそこか……確かになかなか質のいい星硝子も採れるし、標高も低い。いいぜ、別に」
余裕そうな顔でキースはうなづく。ティアラはほっと息をつくと手を差し出した。
「ありがとう。一緒に頑張りましょうね!」
「…………は?」
長い沈黙の後、間の抜けた声が漏れる。キースは何を言っているのか分からないと言いたげに顔をしかめた。
「だから私も一緒に星硝子を採りに行くから、頑張りましょうって……」
ティアラにとってキースの反応は予想外のものでこちらも困惑してしまう。出した手をどうしたものかと迷っているとキースが立ち上がった。
「狩り人と細工師が一緒に星硝子を採取するわけねえだろう。俺一人で取りに行く」
そのまま去ろうとするキースの腕をティアラはがしっと掴んだ。
「私の両親は狩り人と細工師だったけど、一緒に行っていたわ!」
「お前の親の事なんか知るかよ。そんなの稀だ」
「で、でも……わたし、あなたと仲良くなりたいの! パートナーになってほしいの!!」
「言ったはずだ、俺は誰のパートナーにもなる気はないと」
めんどくさそうにキースはティアラを見返す。
「能天気頭はその辺でにこにこしながら花でもつんでろ。これは星の狩り人じゃなきゃこなせないものだ。お前ができるようなもんじゃない」
強引に腕を振りほどくと、そのまま店をキースは出ていってしまう。急いで後を追って外に出るが、道にはもうキースの姿がなかった。
「ちっとも距離は縮まらないなあ……それどころか怒らせて、嫌われていってる気がする……」
しょんぼりとうつむくと、後ろから肩をたたく者がいた。振り返ると口に何かが詰め込まれる。
「あたし特製はちみつ入りのジンジャークッキー。お味はどう?」
ネアがクッキーの袋を持って立っていた。まだ焼きたてのようであたたかい。
「……おいふぃです!」
口の中にほのかなはちみつの香りが広がる。クッキーを一口で食べ終え、甘さで頬が緩んでくるとネアは訪ねてきた。
「ねえ、なぜそんなにキースにこだわるの? 星の狩り人なんていっぱいいるじゃない」
「え……」
「盗み聞きした訳じゃないんだけど、聞こえちゃって」
ティアラはその場で深く考え込んだ。
(なんで……私、キースがいいんだろう……?)
しかしいくら考えても答えは出てこない。
キースに会うのはこれが2回目だ。まだ彼自身の人柄をよく知っているわけではない。それに彼の狩り人としての腕も知らない。
そんなつい先日まで他人ともいえる彼をなぜ大切なパートナーに選んだのだろう。
考えれば考えるほど、悩む一方だった。
(キースをパートナーにしたいっていうのは直感で、他の人じゃ……あっ!)
ティアラは瞳を輝かせてネアを見つめた。
「キースがいいっていうのは、直感なんです! ……ほかの人じゃ、だめ。他の狩り人たちに会った時は感じられなかったものがキースには感じられたんです! だからわたしはキースにこだわるんだと思います!」
堂々と根拠のない直感をティアラは語る。それを少しの間だけ呆然と眺めていたネアは面白そうに吹き出した。
「あははははっ、直感か! びびっと来ちゃったのね!」
「はい、びびっと来ちゃいました!」
そうだ、これだ、とティアラも満足げにうなづく。それを見てさらにネアは笑い転げる。ふいにぽんっとティアラの頭に手を乗せた。
「あいつはさ、一匹狼みたいで人と慣れ親しむことを嫌うけど、根はいい奴なの」
確かにキースははじめ、盗賊に奪われそうになった鞄を取り戻してくれた。
「あんな奴だけどね、あなたなら心を開いてくれるんじゃないかって気がするのよ。ひとつ、よろしく頼んでいいかしら」
自分なら。そんな言葉を聞いてティアラは元気よくうなづいた。
「はい、もちろん、嫌がってもこちらから仲良くさせていただきます!」
「うん、ありがとう」
嬉しそうにネアは笑う。ネアがキースの母のように見えて、ネアが言った言葉の全てをキースに伝えたくなった。
「わたし一緒に星硝子を採りに行くこと、あきらめませんから!」
そう言い残すと急ぐように駆けだしていく。ネアはティアラの背中を見つめながら無邪気な少女に想いを託した。
「待ってたわ、キース!」
チェコ—タ山脈の森の入り口前で、ティアラは行く手をふさぐように仁王立ちしていた。
「まじかよ……」
何も言えずにいるキースにティアラは「さあ、行きましょう!」と手首をしっかりつかんだ。今度は振りほどかれないように力強く。
「……お前、どうしようもない阿呆だな。星硝子の採取が難しくて危険なのくらい知ってるだろう……貧弱なお前じゃいくら根性があっても無理だ」
しかし、そんなことに構わずティアラはキースを森の中へ引っ張っていく。
「無理って決めたらそこまで。だからわたしは無理だなんて思わない」
覚悟は決まっている。
ティアラはしっかりした口調で言うと、キースは片手で顔を覆い尽くして深くため息をついた。
「……わかった。ついてきたければついてこい……」
「——っ! それって本当!?」
ティアラは嬉しそうに振り返る。呆れたようにキースがうなづくと腕を放して手を差し出した。
「それじゃあもう一度。よろしくね、キース!」
「お前がどんな危険な目にあっても助けないが、それでもいいのか」
念を押すように訪ねるキースに考えるまでもなくティアラはうなづいた。
「きっとお前の脳みそはわらでできてるんだな」
差し出された手を握る代わりに軽くハイタッチするように叩く。それでも嬉しそうにティアラは笑った。