コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 銀の星細工師【更新5/25】 ( No.146 )
- 日時: 2014/06/08 07:41
- 名前: 妖狐 (ID: aOQVtgWR)
生徒たちが楽しそうに談笑する中を、ただ一人の青年を探しながら駆け抜ける。一番端の席に目立つ、長身の生徒を見つけた。
「ちょっと待ってください!」
丁度食べ終わったのか席を立とうとする青年に声をかける。ラト・アズゥにだ。
危なかった。彼は今、立ち去るところだったので、このまま少しタイミングがずれて彼が去っていたらきっと今日中には見つけられなかっただろう。なんたってこの学園は広すぎる。
「……誰?」
不思議そうにこちらを見るラトにティアラは脱力しそうになった。けれど相手からしたら一瞬ぶつかったぐらいの相手だ。覚えていないのも無理ない。
「ティアラって言います。えっと、面識的にはさっきぶつかったんですけど……」
「上級生、なのですか?」
「え? ああ、はいっ」
彼のペースに振りまわされて、たじたじになりながらもうなづいた。ティアラが自分より年上だと知ってか、ラトが気を少しだけ引きしめた。
「敬語、いらないのです。ラトは下。あなたは上」
上下関係を気にする人なのだろうか。あまりにも後輩であるはずのジャスパーから罵られてきたせいか、自分を上扱いするのには慣れず、気恥ずかしいような、背中がむず痒いような気持ちになる。
(先輩……)
まだ実際に呼ばれたわけじゃないが甘い響きが脳内に響いた。自分の世界に浸っているティアラをラトは不思議そうに見つめた。
「なぜ、にやついてらっしゃる? すごく、嬉しそうだ」
ラトの言葉にティアラは顔を真っ赤にさせた。自分でも気づかないうちにひどく頬が緩んでいたようだ。羞恥でこのまま立ち去ってしまいたくなる。
(でも、私には目的があるんだし……!)
動きそうになる足にぐっと力を込めて、ティアラはラトの吸い込まれそうな瞳を見つめた。
今まで何度も口にしてきた言葉を脳裏に浮かべる。するとほんの少し怖くなった。
また断られやしないか。
そんな恐怖がいつのまにか住み着いている。ティアラは一度、とまどいで息を飲み込み目線をずらした。
「どうなさりました? 体調、悪い? なら、ラトがあなたを保健室へ連れて行って、差し上げる」
ラトの言葉に慌ててティアラは首を振ろうとした。けれど時すでに遅く、ラトはこちらに近づくとぐいっとティアラの身体を抱き上げて歩き出した。
(こ、これは、世に言うお姫様抱っこじゃないんですか!?)
羞恥と驚愕で目が回りそうになる。長身のラトはティアラを簡単に持ち上げ、苦しそうな顔一つせず歩いていた。
ティアラは頭上にあるラトの顔に向かって必死に誤解を解こうとする。
「ち、違うの! どこも悪いところはなくてっ」
「無理、だめなのです。大丈夫と、いいながら人は我慢、します」
「いやでも本当に大丈夫な……」
「黙ってラトに運ばれなさい」
命令口調にティアラは押し黙った。ティアラがこんなにも弁解しているというのに、なぜか彼には緊迫感があった。気づけば、先ほど魅惑的な色を放っていた瞳がくすんで揺らいでいる。
彼には何か抱えている者があるのかもしれない、とティアラは悟った。違うと言っても信じてくれないラトは、そのままティアラを保健室へ連行した。
*
二人はかなり目立った。昼休みの間、生徒中で噂になるほどに。
異国風の衣装に長身という、元から異質な空気を放っていたラトと、お姫様抱っこされた銀髪の少女。なんとも奇妙な組み合わせだ。
その組み合わせに野次馬は湧き、乙女たちはなぜか二人の恋物語という妄想にふけった。二人のちぐはぐな外見がより想像力豊かにさせたのかもしれない。
「いっぱい、見られた……」
テラスを出て校舎内を歩く途中でも、すれ違う人々は驚いたように、あるいは面白そうにこちらを見ていた。
「恥ずかしい……!」
手で顔を覆ってしまいたくなる。穴があれば入りたい気分だ。そこに落ちて身をひそめたかった。
けれどそれはできない。なぜなら未だにティアラのお姫様抱っこ継続中だからだ。ティアラたちが始めにいたテラスから保健室までかなりの距離があるためかラトはティアラを抱きかかえたまま足を動かしていた。
「重たいでしょ、疲れない?」
頭上を見上げて問う。幸い人気のない道に入ったのであまり目線を気にすることはないが、お姫様抱っこから解放されたい気持ちがある。けれどラトは無表情で首を振った。
「あなた、軽い。だから、平気なのです」
「そんなことないでしょ!?」
ついティアラは反論の声を上げてしまった。それは昔キースに「お前、重そう」と散々馬鹿にされた言葉が頭の中を巡ったからである。食べ物ならなんでも来いなティアラの食べっぷりは見ている側も爽快なほどで、一緒に食事をしているとき大量の食べ物にキースはいつも呆れた、ため息をついていた。
「嘘、じゃないのです」
ティアラの顔を見ながらラトはもう一度首を振った。その言葉にまた羞恥が湧き上がってきそうになる。
布をふんだんに使った衣装に、ターバンを頭に巻いた青年は確かにここでは異質だ。それに話し方だって少し片言である。けれどそれ以上にラトは惹かれそうなほど魅惑的な雰囲気を持っていた。
「あ……」
突然ラトが声を上げた。なんだろうと顔を上げるとラトは無表情のまま呟いた。
「保健室の場所、忘れた」
頭に巻かれたターバンの飾りである金属がカチャリと音をたてた。