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Re: 銀の星細工師【更新7/10】 ( No.156 )
日時: 2014/07/29 09:31
名前: 妖狐 (ID: 69bzu.rx)

 ティアラを含め、ジャスパー、ミラ、ラト。試験に臨むメンバーは合計四人となった。そして、残りあと一人。
 試験まで一週間。
 この先どう転ぶかは、きっと神様にも予想できない。

                *
 
 ティアラはラトが仲間になった次の日、急いでジャスパーとミラのもとへ報告に走った。
「めでたき四人目が決まりましたーっ!」
 喜々として報告するとミラは一緒に、はしゃいで喜んでくれた。ジャスパーは呆れたように、けれどかすかに小さくに笑っている。まるでティアラを「いい子だ」と保護者目線でほめるような笑みだった。
 ティアラにいきなり連れられてやってきたラトは少し驚きながらも、場を理解したようにお辞儀をした。
「僕、ラト・アズゥ、です。よろしく、いたします」
 丁寧な仕草にティアラはジャスパーも見習えと言いたくなる。ラトの身長の高さに驚き放心していたミラが慌てたように大きく頭を下げた。
「わ、わわ、私はミラ・テルミヒュっていい……ああ、噛んだ! ごめんなさい、テルミスです、ごめんなさいっ」
 すごい勢いで謝り倒すミラをティアラはなんとか止める。極度の緊張症が、こんなところでも炸裂しているようだ。
 無表情で、真っ赤になっているミラをラトは不思議そうに見ていた。その視線にまたもや、顔を真っ赤にさせてミラは汗を流した。
「ティ、ティアラさん。私何かまずいことしちゃったかしら」
 視線から逃れるようにティアラの背後に隠れる。小さくなるミラを困り顔でティアラは見つめた。
 未だにミラは仲間の中で最年長にもかかわらず敬語だ。ティアラと話すときでさえ少し緊張している。この症状が早く治るか、慣れてきてくれないかな、とティアラは小さく願った。
 とりあえず今はミラを安心させるようにティアラは首を振った。
「大丈夫ですよ」
「そうだよ、先輩。こいつの視線に深い意味はないんだ。ただボーっとしてるだけだからさ」
 ジャスパーも加わってくる。するとラトが突然「あっ」と声を上げた。
「あなた、同じクラス、の……おかしな人……」
「別におかしくないよ!」
 ジャスパーはとっさに言い返す。けれど口が悪く、時間さえあれば変な理科室に閉じこもるジャスパーなら、さぞかしクラスから浮いていたことだろう。
 納得せざる負えないジャスパーの外見の印象にうなづくと、さらにジャスパーは険悪な雰囲気を出した。
「ちょっとお姉さん、なに納得してるのさ」
 睨まれて本能が危険を察知した。これは、やばい。必死に脳内をかき回して適当な言い訳を探す。けれど口を開く前にさっとラトがティアラを庇うように間へ入った。
「暴力、いけないのです。ティアラ先輩、女性。しかも、年上」
 上下関係や性別の意識が高いラトはティアラをジャスパーから守ってくれているようだった。きっと年上であり女性の姉の存在が大きく関係しているのだろう。
 いきなり邪魔が入ってジャスパーはむっとしたように眉を寄せた。
「別に暴力なんてしてないだろう」
「目線の、暴力……」
「なんだよ、それ!」
 食いかかるようにジャスパーはラトに近づく。けれどそれをラトは無表情で見下ろした。
 ジャスパーの機嫌が悪いのは良くわかるが、ラトが静かすぎる対応のせいか、いまいち緊張感に欠けている。つい喧嘩になってしまうのではないかと思っていたティアラは胸をなでおろした。案外この二人はあっているのかもしれない。
 なんやかんや言い合う二人を少し離れたところでティアラとミラ温かく見ていた。そしてふとあることに気づく。
「身長差、すごい……」
 心の中で呟いたつもりが口から転がり出た言葉に、ミラもうなづいた。
「まるであの二人、親子みたいね」
 同い年の二人は本当に父親とその子供のような身長差だった。平均身長よりも若干、いやかなり小さいジャスパーと、異国の血が混じっているからか異常に背の高いラト。並んで立つとお互いの身長差がより極められていた。
 つい、ティアラは吹き出した。
 いばって上から目線で話しているジャスパーとラトの関係が、身長差とはちぐはぐだったからだ。
(ほら、楽しい……)
 何でもないことだけれど、気づけばそれが心にそっと寄り添っている。例えば一緒に食事をしてるときとか、寄り道してみたときとか、たわいない世間話をしてるときとか、廊下で騒いでるときとか。何でもない、が一番幸せなんだ。
「……! なに笑ってるのさお姉さん!」
「だって、背が……」
「確かにジャスパー、小さいですね。いくつ、あるのですか?」
 笑えをこらえるティアラに加えてラトも追い打ちをかけるように首をかしげる。ミラは敏感な心でジャスパーが噴火する音を聞いた。
「小さいっていうなー!」
 廊下に響き渡る声に、ラトは小さく笑った。

                *

「仲間集めは順調?」
「ええ、もちろん!」
 ヒューの問いかけに親指を立ててバッチリと答えた。
 ティアラの笑顔にヒューも柔らかい微笑を返した。その表情にティアラは小さく鳴る胸の高鳴りを覚える。
 彼と初めて会った時、王子様だと思った。国王主催の王国パーティーに一人で入れず困っているところを彼が助けてくれたのだ。ヒューは貴公子のように紳士的で、女の子ならだれでも一度は夢見るような相手。風が吹くたび整えられた柔らかい琥珀色の髪が小さく揺れる。
 ヒューは優しい。そんなことを再認識した。
 今だって心配しての言葉だろうし、今までたくさん助けてくれた。
「ティアラ、時間だ。次の授業が始まるから早く行こう」
 急くように、けれどちゃんとティアラの事を待ちながら教室の出口へとヒューは向かう。ティアラも時間帯を思い出し、急いで授業の用具を机から取り出した。移動教室のため講堂まで行かなければならないのだ。
 小走りでヒューの隣に並んで行動へ向かいながら、ふとティアラはジャスパーの言葉を思い出していた。
『お姉さん、最後の一人どうするの? ここまで何とか二人集められたけど、三人目は見つからないかもしれないよ。大体の星なしと星ひとつには声をかけちゃったからさ。残り一人、どうしようか』
 そう聞かれてティアラは返答に詰まった。ジャスパーが懸念する通り、もう誘える相手がいない。
 ティアラは星なしという身分なので、試験の規定により仲間にできるのは星なしと星ひとつの階級に限られてしまう。けれどその大多数に声をかけ断られてしまった今、最後の一人を見つけるのは思ったより大変なようだった。
(気持ちだけじゃどうにもならない問題もあるのかな……)
 やる気と勢いだけは人一倍持っているだろう。けれどそれだけじゃ叶わない事もある。
 元気だった先ほどの姿勢はどうしたのか、急に沈みだしたティアラにヒューは首をかしげて、ティアラの顔を覗き込んだ。淡いまつげに影が落ちている。
「不安要素、あり?」
 どうしたの、とは聞かずに明確にポイントをついてくるヒューにティアラは小さくうなづいた。するとヒューは唐突に歩く足を止めた。授業の時間が迫ってきていると言うのにいきなりどうしたのだろうか。
「ヒュー?」
「ティアラ、君の今の心の気持ちは何?」
 聞かれた問いかけの答えに詰まる。説明しようとしても自分では言葉にできない複雑な感情だった。
「不安なの? 自信がないの?」
 確かにそうなのかもしれない。試験が近づいてきて、早く残り一人を見つけなければいけないという焦りがどこかであった。そのことに言われて初めて気づく。
「もしかしたら叶わないかもしれない事が怖いの? そのときはどうしようって今から心配なの?」
「そ、それは……」
「諦めてるの?」
「——違う!」
 ティアラは反射的に叫んだ。思わず飛び出た言葉に自分自身も驚く。そして心配してくれたヒューに反抗的な態度を取ってしまい青ざめた。
「ご、ごめん、ヒュー、今のはその……」
「ならよかった」
 ヒューはやわらかく笑った。その表情はふんわりしていて、どこか安心感のあるもので、まるでティアラの否定を待っていたかのようだった。
「怖がらないで、ティアラ。君の歩いてきた道は、たくさんの人の道と繋がっているんだ。これからも新しい誰かと出会って繋がり、または一度繋がった誰かと再会する。君はただ、進めばいいんだよ」
 ゆっくりと静かな言葉は、吸い込まれるようにティアラの脳内へ入って行った。
「……ありがとう、ヒュー。なんか楽になった」
「それはよかった。さっきティアラに調子を聞いたときに、どこか君が普段とは違って見えたから」
 ティアラはヒューの言葉に驚いた。自分でも気づかなかった心の本音にヒューは気づいていたと言うのか。
「ヒューってエスパーでも使えるの!?」
「エスパー? 何言ってるのティアラ」
 ヒューは可笑しそうに笑う。けれどティアラは笑うことができず、ただヒューの観察眼に驚いていた。思えば彼は不安なときや悩んだとき、必ず助けてくれる。それは彼の鋭い他人の心を読む力が大いに関わってきているのだろう。
「すごいね、ヒュー! なんだかあなたには隠し事ができなさそう」
「すごくなんかないよ。それにティアラは結構見てて分かりやすいタイプだよ。特にお腹が減ってるときなんかは」
「ええ!?」
 自分はお腹が減っているとき、どんな表情をしていただろうか。考えて頬が羞恥に染まった。変な顔をしているとしか思えない。
「そ、そそそんなに分かりやすいの!? 確かに昔っから隠し事してもすぐばれちゃったりとかしてたけど……」
 上手く嘘をついたつもりなのに、なぜかいつもばれていた。幼い頃の不思議な疑問は、今になってようやく答えを発見する。
「そうだね。ティアラはきっと嘘の類には向かないと思うよ。それに僕、ティアラのことは結構見てるから」
「え?」
 言われた言葉に目を丸くしたとき、授業開始を告げるチャイムの音が鳴り響いた。ティアラとヒューは止めていた足を慌ただしく動かして講堂へ走ったのだった。
 

 それから一時間後、授業終了を告げるチャイムと同時に生徒たちは一斉におしゃべりや移動をし始めた。そんなにぎやかな中でティアラとヒューは改めて講師に謝罪を述べて、どうにか許してもらう。多少のペナルティは覚悟していたが、成績優秀で滅多に問題を起こさないヒューがいたお陰か、今回は謝罪だけで見逃してもらえた。
「ごめんティアラ。僕が途中で止まって話なんかしたから」
「いや、私だって同じく話し込んじゃったよ。時間の事とかまるっきり忘れてた」
 二人して可笑しそうに笑う。一緒に誰かに怒られるのは初めて、なんだか不思議で少し楽しくもあった。
 そのとき、突然野太い声が後ろからかかった。
「なあ、グレイス、ちょっといいか」
 振り返ると以前、仲間に勧誘した覚えのある兄貴肌なクラスメイトのブラッド・バジルが立っていた。
 大きな体躯を見上げて、慌てて椅子から立ち上がる。同じクラスだが彼とは挨拶程度しか交友がない。一体なんの用だろうか。
「……あの、さ。この前の事なんだけど」
 歯切れの悪い言葉でブラッドは切り出した。ちらちら目線を泳がる彼にティアラは疑問を抱く。しかし彼は何か覚悟を決めたように拳を握りしめると、最終的にティアラを見た。
「……俺も仲間に入れてくれないかっ」
 よく響くであろう低い声が鼓膜を揺らす。ティアラは眼を大きく開いて、ぱちりと数回瞬きした。
「……え?」
 いきなりの事に脳がついていけず間の抜けた声が出る。
 ブラッドも唐突すぎたと自覚したのか慌てたように口を開いた。
「いや、前にさ、仲間にならないかって誘ってくれただろう。あのとき俺は他の奴のグループに入るかもって断ったけどよ、……なんでかお前のあの時の真剣な瞳が忘れられないんだ。なんつうか一直線で、嘘も裏もにごりもない感じ? ああ、お前と星硝子細工作ってみてえなって思った」
 一生懸命言葉を紡ぎながら、ブラッドは頭をかく。
 ティアラはブラッドの言葉を何度も脳内で繰り返して、胸がいっぱいになった。
(最後の、一人……)
 これで試験に臨むための仲間が全員そろった。やっと、五人集まったのだ。
 押し寄せてくるような感情に言葉が詰まって口を開けずにいると、ブラッドが焦ったような表情をした。
「あ、もしかしてもう全員集まってる? 悪い、それなら今のこと忘れて……」
「忘れられないよ! だってこれでそろったんだから!」
 弾むようにティアラはブラッドの手を掴んだ。それをぶんぶんと激しく上下に振る。
「じゃあ、仲間か、俺……?」
「そうだよ。改めてよろしくね、ブラッド!」
 嬉しそうに手を握りしめあう二人を見てヒューも微笑んだ。ヒューが言った通り、一度繋がった道の相手とまた再会した。
「おめでとうティアラ。五人全員集まったね」
 四人もの仲間を見つけ集めたティアラに、ヒューは祝福の言葉を贈った。

                    *

 試験まで一週間。ようやくここでスタートラインに立つ。
 けれど、もう悩んだり諦めそうになったりなんてしないだろう。転んだって立ち上がれるだろう。

 だって厄介だけど、愛しい仲間たちがいるのだから。