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Re: 銀の星細工師【参照1500突破】 ( No.165 )
日時: 2014/07/29 09:34
名前: 妖狐 (ID: 69bzu.rx)

「スター獲得試験。グループ参加」
 それは定期的に行われる試験の中でも年に一度だけ設けられた参加方法。そして貴重な試験。個人の能力だけでなく団体となることで、スター獲得確率が一気に跳ね上がるからだ。
 星を獲得するチャンスとも呼べる今回の試験に、学園の生徒たちは溢れ出るばかりやる気と活発さを見せていた。
 今日も学園は騒がしい。人ごみの中で、密かにたくらむ者がいるのも気づかないほどに——。

                 *

 試験まで七日をきった土曜の朝、休日にも関わらず学園には多くの生徒がつめ寄せていた。試験の星細工に関する重要な規定が発表されたからだ。
『一、この度のスター獲得試験では、五人一組のグループ参加である。それ以上、それ以下はグループとして認めない。
 二、制限時間は最大十時間とし、時間内にグループのメンバーである者だけで合同の星硝子を制作する。時間内に完成できなかったものは失格。またメンバー以外の者が手助けしても失格。
 三、制作する星硝子はお題を取り入れたものとする。

 お題、飛行

 以上の項目をふまえて、生徒諸君には制作に取り組んでほしい。学園長より。
 追記、楽しみにしてるぞ』
 最後の一行を見て、朝早くに集まったティアラは目を丸くした。掲示板へ厳かに貼り付けられ紙の隅に、落書きのような文字で追記が書かれている。脳内に小人のような学園長が浮かび上がった。こう言うのは失礼だが、まったく威厳がなくむしろフレンドリーな学園長だった。
 出会った当初から友達のように接してきた学園長を思い出して懐かしく感じていると、軽く肩を叩かれた。振り向くとジャスパーがフードを深くかぶった状態で立っている。早朝のせいか少し不機嫌な顔でジャスパーは短く言った。
「作戦会議だ」
 なんの作戦会議か、なんて聞かなくても分かる。試験に向けての作戦なのだ。
 仲間が五人集まった今、次なる目標は試験で多くの星を獲得すること。それには五人の団結力が必要不可欠。作戦会議はもっともそれぞれの意見を交わし合い、知ることのできる場なので団結もしやすい。それに何よりもティアラは仲間と集まれることが嬉しかった。
「わくわくするわ」
 スキップしそうな勢いで、歩き出すジャスパーの後を追った。

                 *

 ジャスパーに案内された場所は中庭の一角だった。丁度テーブルがいくつか並んで置いてあり、その中央にミラとラト、ブラッドがいる。案内されるまま椅子に座り、五人は輪のように円になって向かい合った。
「それじゃあ、さっそく私たちが作る星細工のデザインについて決めなきゃね」
 ティアラが開口一番に言うとブラッドが大きくうなづいた。
「だな。まずはそれを決めなきゃ細工の試作もできないしな。お題は飛行だったか? つまり飛ぶってことだよな」
 もうすでに学園中で噂になっていたため知っていたのか、ブラッドは考えるふうに言った。
「作る物の範囲が限られたお題だよな。飛ぶって言ったら鳥か?」
「飛行機とかロケットとかもありですよね」
 ブラッドの言葉にミラもうなづきながら口を開く。ジャスパーはフードを外して上を指さした。
「もっと広く言ったら空とかもそうだね。飛ぶっていったら上空の物も連想できるし」
 そのほかにもジャンプやダイビングなどという飛び降りる系のものも出てくる。様々なキーワードに耳を傾けながらティアラは瞳を輝かせていた。自分では考え付かなかったアイディアが次から次に湧き出る。これぞ三人寄れば文殊の知恵だ。いや、五人寄ればか。それぞれの違う考えが集まってより豊かな想像が膨らむ。
「なんだかすごい物ができそうな気がする。やっぱりわくわくするな」
 高鳴る鼓動を押さえて笑うとジャスパーも微かに笑った。
「お姉さんは本当に能天気だね。まあ、そういうの嫌いじゃないけど」
 以前よりもジャスパーの表情が柔らかくなったような気がした。そのとき突然、ガクンッと肩に圧力がかかる。
「うわっ」
 重さに負けそうになる体を慌てながらどうにか立て直す。驚いて横を見るとラトが瞼を閉じて寝息をたてながら寝ていた。
「え、何で寝てるの!?」
 ラトを凝視するとブラッドは面白そうに笑った。いや、笑ってる場合じゃなくて、と言いたくなる。なにせラトは一見痩せているためか軽そうに見えるが、ティアラにとってはかなりの重力だった。
(お、重い……っ)
「そいつさっきから寝てたぞ。そんで体が左右にぐらついてたからお前の方に倒れたんだろう」
 いきなりラトがこちらに向かって傾いてきた理由が分かった。どうにかラトを押し返そうとしたとき、ミラが額に汗を浮かべて立ち上がった。
「ティ、ティアラさんに襲い掛かるなんて不埒だわ!」
「いや、襲い掛かられたわけじゃ……」
「しかもティアラさんの肩に寄り掛かって寝るだなんて、羨ましい!」
 顔を真っ赤にさせながら叫ぶと、ミラは服のフリルをせわしなく揺らしてティアラのもとへ来る。急いでティアラからラトを離すと、その反動で起きたのか、ラトは眠気眼をこすりながら、かくんと首を下げた。
「ごめん……。朝、早い。だから眠かった」
 まだぼやけた様子のラトにティアラは気にしないで、と首を振った。確かに今の時刻だってティアラなら一度起きて、二度寝をし直す時間帯だ。加えて椅子に座りながらの作戦会議だったから、余計にラトの眠気を誘ったのだろう。
「まだお題について何かのデザインが決まったわけじゃないけど……」
 ティアラは思案した。このまま話し合いを続行してもいいが、それだとラトはまた眠くなってしまうだろう。それに案だってそろそろ尽きてきた。長らく硬い椅子に座っていたせいか少々、体が疲れている。ティアラは学園を振り返って唐突に立ちあがった。
「気分転換に皆で星硝子を作りにいかない? まだお互いの能力だって知らないし」
 提案に皆も話す口を止めて、興味をそそられたようにうなづいた。

                   *

 星硝子を制作するための工房へ足を運ぶと、工房内は作業用エプロンをつけた生徒で溢れかえっていた。早くも構図を決めたのか試作を作ったり、細工の練習をしている生徒もいる。賑やかな工房内を見つめてティアラは驚きに声を染めた。
「びっくりした。こんないっぱい人がいるなんて!」
「皆、より多くの星を獲得するために必死なんだよ。多分試験までの一週間はずっとこの調子だろうね」
 ジャスパーの説明にティアラは納得した。ティアラがより良い星細工を作りたいと望むように、他の生徒もそれを目指して努力しているのだ。
「おーい、こっちの作業台空いてるぞー!」
 良く通る大きなブラッドの声が耳に届いてティアラは手を振った。心が早く星硝子に触れたい、作りたいと騒ぐのが聞こえる。空いていた作業台に集まり、エプロンを装着するとティアラはさっそく星硝子を練り始めた。
 練りの工程は細工にも、とても重要な工程だ。練りで細工後の完成品の質がぐっと変わり、価値だって変化する。いくら細工する技術を持っていても練りが下手では話にならないと言える程だ。
 ティアラは自分の手を冷水に浸して冷やすと、少しずつ水を加えながら粉の星硝子をまとめていく。叩いたり伸ばしたり、まるでクッキーの生地を作るように捏ね上げていく。ティアラの手際が良い手つきにミラが関心したような声を上げた。
「すごい、みるみるうちに星硝子が上質な練りの状態へと変わっていくわ。まるでティアラさんの手に従うよう……」
 見入るような目つきはミラだけでなく、ブラッドやラトにもあった。ジャスパーは一度ティアラの練りを見たためか怪しく笑っている。
 繊細な光を発しながら、滑らかな表面を練られるたびに覗かしていく。さらに固い個体が柔らかさを持ち始め、流れるようにティアラの手の中で踊った。そのさわり心地にティアラは小さく微笑んだ。
 以前、練りの工程で失敗してしまったことがる。それは期限切れのパウダーを使ってしまったためだ。それからジャスパーにそのことを教えてもらい、ティアラはこの学園のパウダーはなるべく使わないことにしてきたのだ。だから今回は失敗する恐れもない。
 何分程かで星硝子をティアラは丹念に、かつ素早く練り上げた。
「よーし、出来上がり。まあ、こんなものかな。後は細工をして乾かして……ってあれ、皆、作らないの?」
 ティアラは不思議そうに自分を見る皆を見た。ミラ達は夢から覚めるみたいに瞼を瞬かせると、いつの間にか止まっていた息を吐き出す。
(この子が本当に星なしなの……?)
 ミラは眉をひそめた。ティアラのレベルは星二つを軽く超えるほどで、もしかしたら星四つまでいけるかもしれないものだった。
「お、俺もやるぞ」
 我に返ったような声でブラッドは宣言すると、彼らしい力強い手つきで星硝子を練りはじめた。それにラトも続く。大好きな星硝子に触れて嬉しそうな、けれどとても真剣な様子のティアラを見てミラは口を開いた。
「ねえ、ジャスパーさん。一つ聞いてもいい?」
 エプロンもつけずに細工を始めようとするジャスパーにミラは話しかけた。無表情のまま、彼はミラを見る。けれどミラはジャスパーを見るのではなく、ティアラを見つめたままだった。
「なぜ彼女は星なしなの? 私分かるの。彼女は星なしなんてレベルじゃないわ。思い返せば彼女は一級星細工師の推薦者だったじゃない。ということは実力だって相当のもののはずなのに……」
 ジャスパーは静かに冷水へ自分の手を浸した。ミラはさすがこの中で一番の年長者というべきか、いち早くティアラの能力に気づいたようだ。多分、ブラッドやラトだって何かを感じているのだろう。ひんやりした感触に目を閉じた。
「うん、先輩の言う通りだよ。お姉さんは確かに実力がある。……でも、運や頭の中身は残念ながらないんだ。前回の試験は不運だったとしか言いようがない」
「そうだったの」
 納得するようにミラはうなづいた。するとジャスパーは楽しそうにくっくっくと笑い声をあげた。
「だから僕は思うんだ。藁の詰まった馬鹿なお姉さんを僕ら、仲間でどうにかしてあげようって。そうすれば、さすがの不運体質なお姉さんも実力発揮できるでしょう」
「ええ、そうね。確かにティアラさんの支えになりたいわ。だって私がここにいるのも彼女のお陰なんだもの」
 ミラは微笑んで作業台へ歩いていく。ちゃっかりティアラの隣をキープして星硝子を練り始めた。ジャスパーは、楽しげに作業台を囲む四人を見て冷水から手を引き上げた。
 星硝子に触れた瞬間、鼓動が一気に高鳴る。ああ、これに触るのはいつぶりだろうか。
「お姉さんの言ってたとこ、少し分かったかも。僕も……——わくわくする」
 久しぶりに本気になってみるか、とジャスパーは首にかけていたヘッドホンを外した。不思議とティアラの周りにいれば音がうるさく感じなかったからだ。

 ミラがティアラのほかに星なしという不釣り合いな階級を持つ、もう一人の天才に気づくのは、あと数秒後のお話。