コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 銀の星細工師【更新7/28】 ( No.166 )
- 日時: 2014/07/30 14:12
- 名前: 妖狐 (ID: 69bzu.rx)
一ミリ単位で削られた細かな彫りを持つ星硝子の蝶にティアラは冷や汗を浮かべた。
「嫌になるくらいの緻密《ちみつ》さね……」
「褒め言葉として受け取っておくよ、お姉さん」
ジャスパーは当然と言う様に笑っている。彼が一時間ほどで作り上げてしまった蝶はとても美しく完成度が高かった。そして何よりも眼を引くのは細かすぎる細工技術。
ティアラは背中がぞくぞくするような感覚に襲われた。ジャスパーの作品を見ていると飲み込まれてしまいそうになるのだ。美しすぎるゆえ目が離せなくなり、悪魔が誘惑するように背後に立っている。怖くなるくらいだった。
「おいちびっ子。お前の細工技術はんぱないな」
ブラッドの感心したような言葉にジャスパーはむっと眉を寄せた。
「ちびっ子っていうな! 僕は小さくない。君が僕より大きいだけだ」
「でも、やっぱり、背、小さいのです……」
「うるさいよ、ラト・アズゥ! 何よりもお前の背の高さは論外だから」
お前身長いくつだ、とブラッドがからかうようにジャスパーの頭に手を置いて伸長を測るふりをする。一気に和んだその場にティアラは少しだけ息を吐いた。ジャスパーの作品から目が縫い付けられたように離せなくなっていたで、ブラッドがちゃちゃをいれてくれてよかった。気持ちを切り替えるように頭を振ると、ティアラは大きく手を合わせた。ぱんっという子気味よい音が響く。周りの視線がティアラへ集まった。それを待ってましたとばかりにティアラは提案した。
「ねえ、グループ内での役割分担をしない? そうすれば制作するとき個人の能力を今よりのばせて、なによりも私たちに足りない部分を補いあえると思うんだ」
「それはいい考えね」
ミラの言葉に他の三人もうなづく。ティアラはさっそくこの一時間で仕上げた全員の作品を作業台に並べた。並べてみると個人の特色がより強く見て取れる。
「まずはジャスパーから。やっぱり細工技術が誰よりも上手かな。文句なしって感じね。それにその他の練りの質や立体感だって衰えている部分はないのよね」
「僕に星細工で苦手はないからね」
あまりにも自己評価の高い言葉だったが、うなづくほかなかった。ジャスパーの作品を一度目にしてしまえば、彼の技術を愚弄することはできない。
「ジャスパーは細かい彫り担当かな」
「うん、いいよ。その担当についてあげる」
年下の癖にどこまでも上から目線な態度はどうにかならないのだろうか。いつか絶対に敬語を使いたくなるぐらい私を尊敬させてやる、とティアラは密かに誓った。
ふと横を見るとミラがなにか必死に手帳へ書き留めていた。興味につられて覗いてみた次の瞬間、ミラは飛び上がって恐ろしい速さで後ろへ退却する。
「な、なな、なんですか、ティアラさん。いきなり急接近するなんて、大胆すぎます……!」
「え、ご、ごめんなさい。そんなに驚くとは思わなくて。ミラ先輩、何を書いているんですか?」
ミラは手帳をそっとティアラの方へ向けて頬を赤くさせながら説明してくれた。
「役割分担しているでしょ。だから書いておこうと思って」
「わあ、ありがとうございます!」
「い、いえ、そんなお礼を言われるほどじゃ……!ほら、私ここでは年長者だけど頼れるところがまったくないし……」
「そんなことないですよ!」
彼女のまめな性格に有難さが湧く。些細なことに気づくミラは、ティアラの中でもう頼れるお姉さんだった。
「ほら、ミラ先輩の作品って優しくて暖かくて、見ていると和むんです」
ティアラは作業台を振り返った。彼女が作ったのは小さな雀だった。つぶらな瞳はまるで命をともしているように輝き、やわらかい羽毛が今にも風に揺れそうだ。
「先輩は作品に命を宿すのが上手なんだね」
ジャスパーの言葉はミラの星細工を表すのにぴったりな言葉だった。きっと生物なら、動物の他に植物なんかも上手く作れるのだろう。
「じゃあミラ先輩は造形担当ということで」
「ええ、精一杯頑張るわ」
ミラは嬉しそうに笑った。その笑顔に癒される。彼女の作品は彼女の性格をそのまま表しているようだった。
「よし、じゃんじゃん行こう! 次はブラッド」
「おうっ」
勢いのいい返事を得て、ブラッドの作品を観察する。一番目立っていたのは作品の綺麗な切り口だった。
「ナイフさばきがすごいわ」
細工する前の工程である星硝子を切る作業ではナイフをよく使う。そのまま練った星硝子から粘土のように形を作り上げていく場合もあるが、多くは星硝子をパーツごとに気って組み合わせていくのだ。その切る工程がフレッドは誰よりも頭一つ分、飛び出ていた。
「俺ん家、鍛冶屋なんだよ。だから刃物は昔から馴染み深くてさ。ナイフを扱う作業だったら任せてくれよ」
「うん、お願いするわ。フレッドは切断担当」
ティアラの言葉をミラが手帳にかきこんでいく。それを確認してティアラは最後にラトの作品を見やった。そして言葉を失った。
なんと表現したらいいのだろうか。
戸惑うのはそこに、壮大な森が広がっていたからだ。多くの木々に草花の生える大地。植物の一つ一つは大雑把に作られているが、それが集結すると迫力があった。そして何よりも驚くべきはこれを作り上げた時間が一時間だと言うこと。
「これを本当に一時間で作り上げたの!? すごい……ラトは作り上げるのが早いんだね。普通だったらこの大きさを作るのには半日掛かるよ。しかもこの量の星硝子を練り上げたってことは……ひょっとすると腕力かなりあるの?」
ラトは小さくうなづいた。その事実にティアラは意外な思いがした。身長はあるが痩せているラトに筋肉がついているとは思えなかったのだ。むしろがっちりとした体系のブラッドの方がうなづける。けれどラトの作品を見ていると、ひょっとすればブラッドより筋肉質なのかもしれないと思えた。
(そういえば、前にお姫様抱っこしてもらった時、それなりの腕力があったから、あんなに長時間疲れないで持ち上げれていたんだよね)
普通だったら同年代の人を持ち上げるのは疲れるだろう。子供と違ってどんなに痩せてる人でもそれなりに体重はあるのだ。それにティアラ自身も自分が軽いなんて思っていない。けれどラトは疲労した様子もなく軽々とティアラを持ち上げていた。
腕力と早い制作技術を生かす作業と言ったら……。
「ラトは背景担当かな。星細工は背景を作るのに時間がかかって作らないことも多いんだけど、ラトならすぐ作れると思う。背景があるだけで星細工の完成度はかなり変わるし」
「分かった。ラト、背景やります」
大体の役割分担が済んでティアラは満足げに笑った。四人の担当を組み合わせて制作していけば高スピードで、さらにそれぞれの特技を生かせる。
まずラトが背景を作りだし、ブラッドが様々な小物とメインの型切りをする。その型を組み合わせてミラが造形していき、ジャスパーはあらかた仕上がった形に細かな細工を施していく。
自分で完璧と太鼓判を押したくなる制作過程だ。ティアラが笑みを口元に浮かべていると、ジャスパーが首をひねった。
「待ってよ、お姉さん。お姉さんはなんの担当?」
「……あ」
自分のことなんてすっかり忘れていた。ジャスパーが軽くため息をつく。
「まったく、どうしようもない阿呆だよね、お姉さんは」
仕方がないな、という態度に腹が立つ。ジャスパーはティアラの作品をじっくり見て、無表情で評価した。
「なんか特徴がないね。お姉さんの作品。簡単に言っちゃえば陳腐?」
特技なし、と評価されてティアラは耳を疑った。けれど確かにティアラの作品に秀でる物は少なかった。練りは一級品だが、細工は平凡だ。よく言おうと努力すれば、安定感がある。
「彫りも切りも造形も、決して悪いわけじゃないよ。ちゃんと全部できている。でもお姉さんの作品にはお姉さんの色がないね」
的を獲た言葉にティアラは視線を下げた。
幼い頃から星硝子職人である母に教わってきたティアラには技術がしっかり染みついている。けれどそのせいか未だに自分の特技を見いだせていなかった。唯一得意な練りは練習すればするほど上手くなるから、特技とは言い難いし。
「まあ、お姉さんは練り担当かな。あとの細工部分は補修作業にまわるということで」
それが妥当だろうとティアラも思えた。
全員の担当が決まってだんだんグループとしての団結力もついてくる。それぞれが自分の特技を見出してモチベーションが上がり、さらに作品作りを再開し始めた。流れはティアラの望んだいい方に向かっている。
けれど、ティアラは作業台を見つめたまま動けなかった。
*
『お姉さんの作品にはお姉さんの色がないね』
ジャスパーの言った一言がずっと頭を回っている。時間帯は深夜だと言うのにちっとも眠くなかった。
ベットの中で寝返りを打ちながら、ティアラは何もない暗闇をずっと見続ける。
向かい側にあった、同室でルームメイトのアリアのベッドはそこになかった。
試験で星なしと決まったとき、アリアは掌を返したようにティアラから離れて行った。出会った時から優しくて友達のような存在だったアリアが急に冷めたような目つきでティアラを見るようになったのだ。その理由はティアラが使えなくなったからだった。アリアは推薦者であるティアラの傍にいることで技術向上と自分の引き立て役にすることを目論んだらしいが、ティアラが星なしになったので使えない人材と判断した様だった。
それからいつの間にかアリアは別室に引っ越していった。ティアラと同室になったのもアリアの権限だったそうなので、別室にするのも簡単だったのだろう。あれ以来、顔は滅多に合わせず、一言も言葉を交わしていない。
急にさびしくなり、ティアラはベットから立ち上がった。
深夜は外出禁止だが、ティアラはこっそり寮を抜け出した。目立たないようにするためライトは持てず、外は真っ暗で視界が悪かったが、ティアラは迷いなく学園へと足を進めた。元々、山暮らしだったお陰で夜目が効くからだ。
生ぬるい初夏の風を頬に受けながら部屋着のままの恰好で校舎に忍び込み、ティアラはいつかアリアに真実を告げられて泣いた場所へ足を向けた。
涼しい音を立てて湧き出る噴水のある中庭に出ると、走って芝生の上に倒れ込む。土の香りとやらかい草の触感に安堵が広がった。
「ふう、やっぱりここは安心する」
中庭はティアラにとって特別な場所だった。いつもヒューとお昼を楽しく食べる場所であり、仲間と作戦会議をする場所でもある。そしてなによりも——……キースに出会えた場所だ。
「……もう一回、会えないかな」
会ったら聞きたいことがたくさんある。なんでここにいるの、とか。今は何をしているの、とか。彼の闇に溶けてしまいそうな黒髪が見たい。人を馬鹿にするが、優しく笑ってくれる笑顔が。
「キース……」
名前を口にしただけで目頭が熱くなった。いつの間にこんなさびしがり屋になってしまったのだろう。ため息をついたとき、唐突に人影がティアラの上に振ってきた。ゆっくり上を見上げて、眼を見開く。心臓の血流が一気に加速した。
「呼んだか?」
もうかすれてきてしまった記憶の中の顔が、一気に色を取り戻す。鮮やかなほど輝いた。
「なんかこんなこと、前にもあったよな」
体は動かず、口からはかすれたような細い息だけが漏れる。耳が痛くなるほどの静かな沈黙なのに、体の中は激しく騒いで、血が逆流しそうな勢いと熱を持っている。
こんな奇跡、二回もあるのだろうか。
なぜあなたは望んだときに、逢いたいと強く思った時に必ず現れるの。どうして悲しくなった時、私の名前を呼びに来てくれるの。
どうして私は今、泣きそうなの。
「ティアラ?」
ああ、そんな甘い声で呼ばないで。
ティアラは堪らず生涯のパートナーにと決めた相手に抱きついた。