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Re: 銀の星細工師【更新7/30】 ( No.167 )
日時: 2014/08/04 17:05
名前: 妖狐 (ID: 69bzu.rx)

 ティアラがいきなり抱きつくとキースは驚いたようにそれを受け止めた。じっと身を固めたまま動かないティアラへ困ったように話しかける。
「……おい、どうした」
「ずるいわ」
 突拍子もない言葉に首をかしげる。キースの服を握りしめたまま離そうとせず、ティアラは更に身をうずめた。
「こんなときに現れるなんてずるい」
 こんなときに現れられたら、気持ちが溢れて止まらなくなってしまう。今まで会うことがなくてどこかに閉じ込めていた気持ちが。
「ずるいってお前が呼んだんだろう……」
「ずるいから私のパートナーになって」
「いや、それとこれは違うだろう! なにより俺は誰のパートナーにもなる気はない」
 キースの言葉にティアラは顔を上げた。見上げた視界の先には懐かしいキースの表情が見て取れる。少しだけ前より大人びて見える顔を標的に、びしっと人差し指をさした。
「いいえ、絶対私のパートナーにしてみせる!」
 そう宣言すると曇った気持ちが一気にはれていくのが分かった。そして二人同時に吹きだした。
「懐かしいな、このやり取り」
「うん。でもまだ諦めていないからね」
「はいはい」
 狩り人と細工師は二人で仕事をする。ティアラがパートナーにしたいと思うのはキースたった一人なのだ。そのとき、唐突にキースがぐっと身を寄せてきた。正確に言えばティアラが引き寄せられたのだ。抱きついたままだった姿勢に今頃意識が向く。
「そういえばお前、なんでいきなり抱きついてきたんだよ。俺が恋しくなったか?」
 からかうような甘い笑みにティアラは顔を真っ赤にさせた。
「な、なに言ってんのよ! 変態!」
 動揺をあらわにしながらキースを突き飛ばして離れるティアラを、彼は面白そうに見て笑った。遊ばれているのだと分かる。
 こんなたわいないやり取りでさえも懐かしくて、ティアラは理由もなく胸が震えた。
 キースはいつも、辛くて苦しい時に現れる。それはまるでヒーローのようだ。本人はまったくそんな性格ではないのに、そう見えてしまうことが少し悔しい。けれど同時に現れてくれることに心底安心していた。
 落ち着きを取り戻すと、今度はキースに聞きたかった言葉が膨らんできた。ティアラはキースから離れると噴水の淵に腰を下ろした。隣に座るよう促し、くつろいだ雰囲気を広げる。ティアラは聞きたかった言葉をゆっくりと問いかけた。
「……ずっと前から聞きたかった事があるんだけどね。その、キースはどうしてグラァース学園にいるの?」
 キースは今、狩り人を目指す生徒が集まる学科にいる。けれど彼の腕は誰もが認めるもので、生徒になって一から学ぶ必要は皆無だった。そんなキースがわざわざやってきたということは何か理由があるのだろう。
 長い沈黙が辺りを包む。キースを見たままティアラは静かに答えを待った。闇に溶けてしまいそうなキースがいつのまにかいなくなってしまわないように。
 キースは視線をふいにずらして、遠くの彼方を見上げた。小さな光がキースの瞳の奥に瞬く。決意、と名のつくもの。
「俺はここへ星硝子を狩りに来たんだ。ここでしか手に入らない星硝子を」
「ここでしか手に入らない星硝子……?」
 言葉が弾けて空に舞った。とても魅力的で驚きを混ぜた光の色。
 星硝子は山によって質が変わってくるが、そのほかは全て同じだ。種類があるわけではない。けれどキースはこの学園を限定して言った。なぜ、ここでしか手に入らないのだろうか。
 ティアラの疑問を読み取ったようにキースは言葉を紡ぐ。
「お前が学園に行った後くらいから、噂が広がってきたんだ。その噂を聞いて俺は耳を疑った。そんなはずはないだろって。でも狩り人の連中たちの情報網で深く調べてみると、無視できないくらいの確証が上がってきた。だから俺はここへ来たんだ」
 強い意志を宿したキースにティアラは息をのんだ。彼がこんな風に真剣な表情をしているのを初めて見たからだ。彼の狩り人の本能が疼いているのをティアラも見て取れる。
「ここの学園には何があるの……」
 いつの間にか手に汗の触感を感じて、手を強く握った。彼をここまで本気にさせる何かがあるのだ。キースが動くと言うこと、それは噂などというあやふやな物じゃなく本当にあるからだろう。
 ここには何か世間で知られていない大きなものがある。
「……この学園の研究者、つまり星硝子を専門とする奴らが『星硝子の品種改良』に成功したらしい」
「品種改良ですって!?」
 思わず声を上げた。強く頭をハンマーで殴られたような衝撃と驚きが体を襲う。あまりの突飛な話に声が出せずにいると、キースもうなづく。
「俺も驚いた。だって星硝子は品種改良できるようなもんじゃないだろう?」
 ティアラは首がちぎれんばかりにうなづいた。
 星硝子は聖なる神秘的なものだ。どこから生まれ、どうやって朽ちていくのかはまだ誰も知らない。
 その不思議さと美しさ故に人々へ幸せを運ぶと昔から言い伝えられている。
 たくさんの者が星硝子の正体を知りたがっているが、聖なるものとされている星硝子なので詳しく調べることは自然と禁忌になっていた。
 けれど、今、その禁忌をやぶり星硝子を調べ、さらには品種改良までしてしまった物がこの学園内にいる。ティアラは肩を震わせた。体が何かに取りつかれたように強張っている。怖い。
「この世に第二の星硝子が生まれたって言うの……?」
「……分からない。けれどきっとここに何かしらあることに違いないんだ。だから俺はそれを見つける。調べてこの目で見るまではこの学園で生徒として生活していくつもりだ」
 キースがここへ来た理由がやっと分かった。彼が品種改良されたという星硝子を確かめたいと言う気持ちが痛いほど分かる。ティアラもその存在を知った瞬間、どうにかしてその星硝子が存在するのか知りたくなった。
「キース、私も探すわ」
 夜の静かな空気に響くような声にキースは微かに目をそらした。気づけば口元が上がっている。
「ああ、お前ならそういうと思った」
 どこか嬉しそうにキースは息を吐き出した。けれど次の瞬間鋭い目つきがティアラに向けられる。
「まだどんなもので、どこにあるかさえ情報はつかめていない。俺は毎日夜に捜索しているが尻尾さえ見えないんだ。かなりの長期戦になると思う。それでも探す意思はあるか? お前、今度試験があるんだろう」
 なぜキースがそれを知っているのかとティアラは驚いた。それを見透かしたようにキースはティアラを見る。
「そんでつまずいているんだろう。お前がこんな時間帯にここへ来るぐらいだから、相当思いつめてるみたいだしな」
 当たりだ。試験で言われたジャスパーの言葉、それに加えてアリアとの関係についての悩みだってある。正直心は不安でいっぱいだった。気まずくなってティアラは目を伏せた。キースのこの問いかけは、ティアラの覚悟を試すためなのだ。好奇心だけでは動くなと暗に言っている。
「他の物に眼を向けている暇なんてないはずだが、お前はそれでも探すのか」
 一瞬、ティアラは迷ってしまった。確かに今のティアラはいっぱいいっぱいで他の物事は抱えられない。けれど——。
「探す。だって私は知りたいもの。星硝子の事ならなんでも知りたいし、分かりたい。まだ見習いだけど私は細工師なんだもの。忙しくなるだろうけど、どうにかしてみせる」
 迷いを捨てて言い切りるとキースはまた嬉しそうに笑った。ふいにティアラの銀髪をひと房、手に取ってかかげる。妙に色気を放った優しい手つきにティアラはキースを凝視した。
「覚悟はできてるようだな。じゃあ俺も一つ、お前に覚悟を決めたご褒美として手を貸してやるよ」
 キースの提案に眉を寄せる。何を考えているのか分からない瞳は怪しげに光った。
「夜の時間は開けておけ。明日からこの時間帯のここへ集合だ。いいか、遅れるんじゃないぞ」
 命令口調のいきなりな約束にティアラはさらに困惑の色を強めた。さらさらとキースの手から髪が流れ落ちていく。
「そんな急に……! いったい何をするっていうの」
「お前の星細工の腕を上げてるための練習、そして星硝子探しだよ」

                  *

 二人を包み込むように、深い夜が眠りから起きていく。その闇に潜むように、誰かが小さく微笑んだ。
「ああ、面白そうな奴らが動き出したようだ。星硝子の品種改良も終わって少し退屈していた頃だし……さて、どうやって遊ばしてくれるかな?」
 唯一、科学者のような白衣が闇にひるがえって存在を表す。けれど気配に敏感なキースさえもそれには気づけなかった。楽しそうな鼻歌が夜空へ溶けていく。

 ティアラはまだ、自分の悩みが最悪の入り口だと知らない。