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Re: 銀の星細工師【更新8/04】 ( No.170 )
日時: 2014/08/05 23:32
名前: 妖狐 (ID: 69bzu.rx)

 午後二十二時過ぎ、外出時間をとっくに過ぎた時間帯にティアラは部屋から抜け出した。廊下は真っ暗で並ぶ他の部屋から明かりが漏れているのが見える。まだ消灯時間ではないので、ティアラは注意を払いながらも漏れた明りを頼りに寮の玄関を出た。こっそり行動すること自体苦手なので寮から無事出られるかどうか不安だったが、寮内は女子のしゃべり声に満ちていて音を気にしなくてもよかった。
 靴を履いて適当なパーカーを羽織りなおすとティアラは駈けだす。生ぬるい初夏の風が頬をなでていった。
 指定された場所は昨日と同じ中庭で、時間帯は二十二時以降と大雑把なものだった。それにまだ、何をやるのかすら具体的に聞いていない。
(第二の星硝子探しならなんとなく何をするか分かるんだけど、細工の練習って一体……なに?)
 首をひねりながらも足は止めずに校舎へ入る。静かな校舎は自分の足音が普段より大きく聞こえ、小さな物音に敏感に反応した。見つかるかもしれないという不安と緊張のせいでか自分で決めた予定時刻より少し遅れてどうにか中庭へ到着する。すると闇の中で誰かが振り向いた。
「やっと来たか。ったく、どんだけ待たせるんだよ」
 口調だけで誰だか分かった。言い放たれた言葉にむっとしてティアラも言い返す。
「待たせるって集合時間決めてなかったじゃない。アバウトすぎるのよ」
「ねちねち決めた約束を守る主義じゃないんだ」
 でも、ここに来た。それはキースが約束を守ってくれたということだ。そのことでティアラは横暴なキースの言葉に言い返す口調を止めた。代わりに足を進めてキースに近寄る。すると夜の闇に慣れてきた眼が微かな光を拾ってティアラにキースの姿を見せた。
 今まで突然現れることが多く服装になんて目が向かなかったが、改めてみると制服姿のキースは驚くほど似合っていた。だらしなくない程度に着崩されたスタイルに瞬き三回分見とれる。第一ボタンは開けられ、ゆるく結ばれたネクタイ。ワイシャツの裾は腕まくりされていて、鍛えられた筋肉が見て取れた。そして自分でカスタムできるアクセサリーが所々にあしなわれている。いくつかのバッチと腰につけてあるチェーン。それらは出会った頃から身に着けている指輪やブレスレットと相性があっていて、一目でキースのセンスがいいと分かる。きっと狩り人科のクラスではそれなりに女子から目をつけられていることだろう。
 ティアラは無意識に自分の頭についているリボンを直していた。涼しげな色合いをした柔らかい生地が頭の上で揺れる。
(もうちょっと私の制服もカスタムし直そうかな……)
 入学した当初は派手にならず清潔さを目指してきたが、もうそろそろ自分なりのものを考えてみてもいいかもしれない。この学園では制服に強く個性が表れるため、自分の好きな物を共感できる友達も自然と増えやすいのだ。自分の理想のデザインを頭の中で思い描いていると、いきなり軽く額をこづかれた。
「おい、なにボーっとしてんだよ。いくぞ」
「え、どこに?」
「決まってんだろ。お前らの校舎にある工房だ」
 さっさとキースはティアラを置いて歩き出してしまう。こづかれた額に手を当てながらティアラは急いで走り出した。なんとなく心臓が騒がしい。

               *

 工房へつくと、周りの校舎と同じくそこも電気が消され厳重に鍵が掛けられていた。あちゃあ、というふうにティアラはため息をつく。
「無理だよキース。工房は外出時間を過ぎると閉まっちゃうんだよ」
 教えるようにいうとキースはティアラを睨んだ。
「それぐらい知ってる、この能無し」
 自分が鍵が掛かっていることを考えていなかったと思われたのが嫌なのか、キースは一気に不機嫌になった。扱いの難しい奴だ。
「鍵なんて開ければ、ないも同然だろう。本当、お前の頭は鳥頭なんだな」
「さっきから一言余計ですっ。それに開けるってどうやって……」
 その疑問はわずか五秒で解決した。キースがどこからか取り出した針金を鍵穴に差し込んで動かすと、カチッという音が立て続けに響いた。錠前が外れて扉が薄く開く。まるで見事な泥棒技だ。
「これも狩り人の技の一つ?」
 大して驚きも見せずティアラは落ちた錠前を拾った。今までキースがいきなり屋根から飛び降りてきたり、道具を使って普通は無理な事を難なくしてきたのを目にしていると、これくらいじゃ察しがついてくる。慣れって案外恐ろしい。
「別に習ったわけじゃないんだが、やってみればできるもんだったんだ。針金一本しかいらないから便利だしな」
「いや、この技あんまり使わない方がいいわ。どう見ても泥棒と一緒だから」
 危ない発言をしたキースに釘を刺しておく。それにやってみればできた、なんてキースしか言えない発言だ。自分では無理と断言できる自信があるだけに。
「とりあえず中に入るか」
 鍵穴をまたどこかにしまってキースは真っ暗な空間に躊躇なく入って行った。ティアラは飲み込まれそうな黒一色の世界に少しだけ足がすくんでしまう。けれど素早くキースが電気のスイッチを見つけてつけてくれたので安心して中に入る。
「ありがとう。……ん? でもちょっと、待って! 電気つけたら外にばれちゃう!」
 とっさに叫んでティアラは電気のスイッチを全部落とした。再び真っ暗になるが怖くはなく、危ないところだったという緊張感が広がる。キースは不服そうに眉をひそめた。
「電気消したら何もできないだろう。少しくらい、つけてても大丈夫だ」
「いやいや、駄目だって。一時間おきに校内の見回りが来るからすぐに見つかっちゃう」
 首を振るとキースがめんどくさそうに机へ腰を掛けた。実際には暗闇で何も見えないため気配が、そう動いた気がするだけだが。
「なんでお前そんなに警備に詳しいんだよ。前からいたなら分かるけど、ここに来てまだ一か月くらいだろ」
「それは友達が教えてくれて。前のルームメイトなんだけどね……」
 徐々に声が暗くなっていくのがか分かった。消灯時間や見回りのことを事細かに全部教えてくれたのはアリアだった。聞けばなんでも答えてくれた。思いがけずに胸が痛むのを感じていると、突然強い光が眼に飛び込んできた。思わず目を細めてそちらを見るとキースがランタンに炎を灯している。
「これならいいだろう。明かりも小さいから外に漏れづらいし、危なくなったらいつでも消せる」
 またもやどこから出したんだ、と思いつつもティアラはうなづいた。ゆらゆら穏やかに揺れる火は温かくて優しい。ボロボロになった心を少しずつ修復していくようだ。
「それじゃあ作業を始めるぞ」
「作業って星細工の? でも一体何を……」
「そんなの知ってるわけないだろ。お前がどうにかするんだよ」
 投げやりな言葉にティアラは耳を疑った。ここまで来て何をするか決まっていないだと。
「どうにかって何よ。そんな無責任な……」
「だからお前、練習したいんだろう。細工の練習して試験に臨みたいだろうから夜の時間も使えるようにしたんだ。お前一人じゃ危ないし、俺も試験まで付いていてやるから存分に練習すればいい」
 ティアラは危うく先ほど外した錠前を手から落としそうになった。何をするかは分からない。けれどキースは傍にいてくれる。見守ってくれる。——今は何をしてもいい。ティアラは気づけば口を開いていた。
「……実はわたし、見つけたいものがあるの。第二の星硝子もそうだけど、私の特技を見つけたい。私にしか作れないものを作れるようになりたい」
「ああ、だから思い切り模索しれみればいい。夜は長いしな」
 キースが言っていたご褒美として手を貸してやる、ということはこういうことだったのかと今頃わかる。確かに昼間では特技を身に着けることはできない。授業を行い、放課後はグループと練習に取り組む。仲間とはデザインを少しずつ決めながらそれぞれの担当についてそれらしいものをつくっていくが、ティアラは担当が練りと補修係だったのですることがほとんどなかった。かと言って独断行動はできない。だからこそこの時間と空間は今のティアラにとってありがたいものだった。
「ありがとう、キース。私、しばらくの間、星硝子でいろいろと試してみるね」
 言うや否や、ティアラは素早く装備してある細工の一式を取り出すとエプロンを身に着ける。さすが星硝子専門の学園なのでいつでも細工をする準備は整っていた。
 自分のしたいことを見つけて練習に取り組み始めたティアラをキースは黙認して作業台に腰を掛けなおした。ランタンの明かりが躍るように揺れる。その光の中でティアラは迷わず動いていた。
 ティアラは棚に歩いていくと練られている星硝子を取り出す。それは練習用に用意されてある星硝子で生徒が細工するときに使うものだ。野球ボールサイズに丸めて練られた星硝子を二つ手に取って作業台に戻る。
 ナイフを取り出しまず切り出しから始めた。そこから針のようないくつもの細さに分かれた棒を使い細工をしていく。一つ一つの過程をゆっくりと慎重に進めて行った。まだ自分がどの過程を得意としているか分からないので、いろいろなことを試していこうと思う。
『長期戦になるぞ』
 そんなキースの声が聞こえたような気がしてキースをティアラは見やった。するとずっと見ていてくれたのかキースの視線とティアラの視線が絡み合う。ありがとう、ともう一度いいたくなってティアラは柔らかく微笑んだ。キースは思わずと言った様子でたじろぐが、既にティアラの意識は星硝子へ吸い寄せられている。疲れを知らないようないつまでも熱い眼差し。
 第二の星硝子探しも、自分の特技を見つけることも、長期戦だ。だけどそれがなんだ。長期戦でもいつか答えが出る。そして幸いにも時間が今はある。
 深い夜に、誰も気づくことのない時間。

 秘密の特訓スタートだ。