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Re: 銀の星細工師【参照1700感謝!】 ( No.171 )
日時: 2014/08/08 23:18
名前: 妖狐 (ID: 69bzu.rx)

「ふあっ……ー」
 だらしなく出たあくびを手で覆う。けれどまた再度出そうになって今度は飲み込んだ。先ほどからあくびは止まることを知らずにやってくる。
 登校時間前に仲間と細工の練習をしているが、意識を集中させても頑固な眠気が引くことはなかった。
「お姉さん、寝不足? それって結構肌に悪いんだよ」
 ジャスパーがティアラの肌の調子を確かめるように聞いてくる。隣で可愛らしい子リスを作っていたミラも心配するように顔を覗き込んできた。
「あら、隈がこんなに……。ティアラさん、何時まで起きてらっしゃるの?」
「そうだぞ。ちゃんと寝て、朝は朝飯を思いっきり食うんだ。早寝早起きは昔からの基本だぞ」 
 ブラッドも活発な笑顔で言った。ラトも無表情で視線を向けてくる。
「もし、眠くなったら、ラトの膝、貸して差し上げる。この国の人、寝るときは膝枕って聞いた」
「どこの情報だよ、一体」
 呆れたようにジャスパーはため息をついた。形は違うがそれぞれに心配されていることが分かり、ティアラは努めて明るい声を出した。
「大丈夫だよ。最近ちょっと読書にハマっちゃって読むことを止められないんだー」
「確かに本は面白いものね」
 納得するようにミラはうなづいた。彼女もかなりの読書家で何冊もおすすめ本を貸してもらっているのだ。けれど実際は本を読んで夜更かしをしているわけではなかった。
「ちょっと顔洗ってシャキッとしてくる」
 工房を出て近くにある水道へ小走りする。蛇口をひねると冷たい水が勢いよく出て、ティアラはそれを顔へ運んだ。意識が鮮明に研ぎ澄まされていくのを感じる。けれどそれでも眠気は完全に引いてくれなかった。戻ろうとするとつい、足元がふらついてしまう。
(ちょっとやばいかも……)
 そんな危機感を持ちながらも心配をかけないためにティアラは無理やり笑顔を作った。
 体調管理ができていない原因は睡眠時間が極端に少ないためだ。けれど増やすことはできない。寝る以上にやらなければならないことがたくさんある。キースとの秘密の練習だ。
 試験まで残り五日。どうあがいたって定まっている時間は一秒たりとも無駄にできない。だから後は自分が頑張るしかないのだ。
 覚悟はとっくのとうに決めただろう。

               *

 その日の放課後、事件は起こった。
 いつものように授業が終わると工房へ練習に集まる。今日はそろそろ構図を決めに入ろうかと思案していた。
「ジャスパー、お題の飛行についてもう一度考えてみない?」
 提案すると彼はうなづいて、それぞれ作業に移っていたメンバーを集める。作業台を囲むような形になりながら、ジャスパーが口を開いた。
「試験まで残り少ないからそろそろ、試験の時に作る作品の構図を決めなきゃならないんだけど、一度それぞれの思い描く飛行を作ってみない?」
「それぞれの思い描く飛行ってなんだ、自分で想像するものを形にするのか」
 ブレッドが首をかしげて話に入る。
「そう。多分、話し合いをするよりかは作ってみた方がいいと思うんだ。その方が個人の考えている飛行について理解しやすいし、方向性も絞れる。僕らは細工師だ。想像を形にすることが仕事だろ」
 ジャスパーの最後の一言に皆が一気に真剣な顔つきになった。物づくりを専門とする細工師は自分の想像や考えがお金になると言っても過言ではない。自分のデザインを気に入ってくれる人がいれば、それが売れるわけだからだ。細工師にとって想像は自分の武器とも言える。
「よし、始めようか」
 それを合図に五人は星硝子を手に取った。練ってある練習用の星硝子を前にティアラは動きを止めて少し考え込む。
 飛行を形にするならなんだろうか。やはり一番初めに思いつくのは鳥。大空を羽ばたく鳥類の数々だ。
(鳥の中でも、もっと飛行って言ったら、うーん……)
 もやもやした形は出来上がってきたが、はっきりとはしない。空を飛んでいる鳥と言ったら身近な鳥しか思いつかなかった。その中でティアラは悩んだ末、渡り鳥の一羽を選択した。よく見かけ、朗らかに空を飛んでいる鳥だ。
(よし、つばめを作ろう)
 つばめの胴体を適当な大きさにちぎった星硝子で作っていく。それに翼の形に切り取ったものを二枚、左右につけ、足や頭をたしていく。大体の形が出来上がったら次にティアラは細工道具を取り出した。
 キースと始めた夜の特訓はまだ昨日しか行っていないが、少なくとも細工について少しつかめたような気がする。流れるような線が自然に描けるようになってきたのだ。
(そういえば昨日、結局第二の星硝子は探しに行かなかったな)
 練習が済んだら探しに行こうと言っていたが、ティアラが熱中しすぎてしまったため練習時間が思ったより掛かったので昨日は行かなかったのだ。
(あれ、もしかして私お荷物になってる……?)
 ふと、手の動きを止める。ティアラの練習がなかったらその分キースは探索できただろう。今まで気づかなかった自分を悔やみながら、ティアラは手に力を込めた。探索時間を減らしてしまっているのだし、その分細工の腕をもっと良くしたい。
 意気込んで、一枚一枚羽を描くように細工しながら、細かい描写に気を付けていく。作品に一番命を吹き込む瞬間である瞳を最後にいれると、ティアラはつめていた息を吐き出した。
 気づけば作業開始から四十分。額から流れる汗をぬぐって周りを見渡してみれば他の四人も同じようにほとんど完成していた。
「皆は何を作ったの?」
 何気なく聞きながら視線をそれぞれの作品に向ける。そしてティアラは眼をみはった。全員が全部、鳥を催した作品だったのだ。種類や大きさはバラバラだが鳥であることに間違いはない。
「決まりのようだね」
 恐ろしいほど細くて小さな鳥を作っていたジャスパーが全員の作品を見て言うと、周りもうなづいた。個人の目指す方向性、それはメンバー全員が同じだったのだ。
「僕らの作品は鳥をメインにしていこう」
 決定にティアラが賛同しかけたとき、割り込むような、かん高い声が響いた。
「——あらあ、そんな、いかにも飛べなさそうな鳥をメインになさるんですの?」
 あきらかに悪意の混ざった言葉に驚いてティアラは振り返ると、作業台の少し先に長いロングヘアを持った女子生徒が腕を組みながら立っている。制服にフリルがたっぷり付いていて、立ち姿からどこか名家のお嬢様だろうと察しがついた。この学園に名家の名を持つ者はそうめずらしくない。
 ジャスパーたちの空気がいきなり、ぴりっと電気が通ったのを感じた。いきなり現れたこの子は誰なんだろうか。
 無言の怒りに気づいていないのか、または気づいても知らないふりをしているのか、その隣で同じようなポーズをとっているもう一人の女子生徒が口に手を当てて笑う。
「駄目よ、そんな本当のことを言っては。この人たちも頑張っているのよ、星なし、星ひとつレベルで」
 星なし、星ひとつ。その単語にティアラは眉を寄せた。今までもそんな言葉を多々耳にしてきたからだ。
(まただ……)
 これまでの練習の時、ささやかな笑い声が向けられることがあった。ティアラの星数の関係で星ひとつと星なしの位で集まった仲間たちを馬鹿にする声だ。今回も同じだった。一つ違う所はそれを直接言ってきたところ。
 小さな憎悪が膨らんでいくのが分かる。それをどうにか飲み込んで沈めたとき、ティアラの心の声を代理するような言葉が放たれた。
「お前ら一体なんだなんだよ。俺らの悪口言うなんていい度胸じゃねえか!」
 ブラッドが野太い声を上げて唸る。勢いよく机を叩いて威嚇する姿に思わずと言った様子で女子生徒は小さな悲鳴を上げた。ティアラも一瞬放心して、すぐさまブラッドをなだめる。
「ちょ、ちょっとブラッド、落ち着いて」
「なんでだよ。いきなり嫌味を言われて黙ってられる訳ないだろう」
 納得できない様子のブラッドを押さえる。言い返したい気持ちは分かるが、女子生徒に大柄なブラッドが声を荒げるのは、こちらが正当な意見を持っていても不利に思えた。
 ブラッドが不服そうな顔をしながら静かになったのを見て安心したのか、また女子生徒は品定めするように作業台に置いてあるティアラたちの作品を見る。
「そうね、さすが星なしと星ひとつの集まりと言ったところかしら」
 くすくすと笑いながら見せつけるように女子生徒は自分たちのバッチを示した。そこには星が三つ。なかなかの腕を持っていることが見て取れる。
「皆さんが試験に出ても、星なんてもらえるのかしら?」
 馬鹿にした問いかけに、抑え込んだ憎悪の心がまた膨らんできた。つい女子生徒へ向かって一歩踏み出したとき、、先に動いたのは意外な人物だった。
 それまで無言で成り行きを見守っていた一人が静かに前へ出て、ゆっくり女子生徒へ近づいていく。
「お姉さんたち、もったいないね」
 背中に鳥肌が立つような誘惑的で甘い声がジャスパーの口から放たれた。女子生徒はいきなり出てきた美少年に頬を染める。
「な、なにがよ」
 ジャスパーの色気に引き込まれそうになりながら、懸命に声をしぼりだしているようだった。ジュスパーはふっと笑ってロングヘアの女子生徒の顎に手を添えた。
「えっ」
 ついティアラは声を上げてしまった。女子生徒もさらに顔を赤くさせる。ジャスパーは反応を見るように滅多に見せない笑みを浮かべた。
「だって、こんなに綺麗なのに……心は酷く醜いんだもの」
 甘い雰囲気がひと吹きで恐ろしい物に替わる。女子生徒の顔がみるみるうちに強張っていった。
「今、周りから見てとても恥ずかしい存在だって気づいてる? ここは星硝子を作る人たちの場所なんだ。おしゃべりをするなら出て行ってほしいんだけど」
 冷めた表情で顎から手を放すジャスパーにティアラは顔が引きつった。
 嫌味を倍にして返す名人が、ここにいたではないか。女子生徒は甘い空気からの落差に頭が真っ白になっているようだった。日頃、嫌味ばかり言われているティアラには、放心したくもなる気持ちがよくわかる。
 もう、早くここから立ち去ったほうがいい、とティアラは二人に心の中で忠告した。
 けれどその小さな忠告も二人の耳には届かなかった。一瞬心を奪われてしまった恥と、馬鹿にされたことで、ようやく女子生徒の肩が震える。羞恥と怒りで瞳は染まっていた。
「なによ、偉そうに! あんたも星なしじゃない。私たちの細工技術に到底かなわない癖にいきがってんじゃないわよ、このちび!」
 あ、地雷を踏んだ。
 ティアラの頭の中にはカチッと地雷を踏んでしまったような音がした。喚くように罵詈雑言を並べる女子生徒の言葉の中に禁句が混じっていたのだ。
 俊二に危険を察知するとブラッドを盾にするよう下がる。爆発まであと数秒。
 ジャスパーの放つオーラが恐ろしすぎて直視できない。禍々しいオーラを感じたのか、ブラッド達もやってしまった、という顔をしていた。あの女子生徒はもう無事に帰還できないであろう。
「僕を侮辱したね……?」
 ティアラは爆発に備えて心の準備をする。
 小さな雨雲が激しい雷雨を呼び寄せてしまったようだった。