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- Re: 銀の星細工師【更新8/08】 ( No.174 )
- 日時: 2014/09/25 16:45
- 名前: 妖狐 (ID: AwgGnLCM)
不穏な空気が渦巻く。その中心にいるのは、いきなり嫌味を言ってきた女子生徒と直視できないほど禍々しいオーラを放つジャスパー。
全員直ちに非難せよ!
心の中で叫んで後退する。ジャスパーは首を少し曲げて、ひきつった顔の女子生徒を見上げた。
「僕がなんだって? もう一度言ってごらん」
ちび、という禁句を発してしまった女子生徒は何も言えないで立ちすくむ。
「ああ、まったく、その分厚く口紅を塗った唇から僕を指す言葉がでるだけで嫌になる」
煩わしそうに髪をかき上げる仕草はこの場に似合わず妙に色っぽかった。
「な、なによ、あんたに関係ないじゃない」
女子生徒が声を振り絞って一歩前に出る。けれどそれをぴしゃりとジャスパーは、はらった。
「五月蠅い、お姉さんたちの声は五月蠅すぎるよ。どうしたら静かになってくれるの? 僕が口を閉じる手伝いをしてあげようか」
ジャスパーは一歩踏み外せば犯罪間近まで近づいた。怖すぎる。それでもなお、ひるみながら女子生徒が反論しようとしたとき、聞き覚えのある声がそれを制した。
「もう止めなさい。あまり騒ぐのはレディとして失格だわ」
縦巻きのロール髪がやんわりと揺れ、少しつり目の強気な瞳を持った少女が二人の女子生徒の間から現れる。ティアラは目の前の光景を疑った。
「それにそこの方は、星なしという肩書だけれど、実力は相当のものよ」
一気に細胞が弾けたような気がする。会いたくなかった気持ちと真逆の会いたかった気持ちが同時に騒ぎ立てた。
(なんで、ここにいるの……——アリア)
彼女の姿はしばらく見ていなかったが外見に変わった様子は見られなかった。けれど明らかに前とは違っていた。彼女を包む、ティアラを騙すための偽物の演技が綺麗になくなって、元々の気の強い雰囲気が出ている。優しそうな欠片など、もう残ってはいなかったが、なぜかただ一言に「美しい」と思えた。
(そう思うのはきっと、今目の前にいるのが、本当のアリアだから)
目が離せずアリアを呆けたように見つめていると、彼女と一瞬目線が交じり合った。けれどなにもなかったかのように無視されて、またティアラの心は悲鳴を上げる。彼女とはもう元の関係には戻れない、そう分かっているのに。
「あ、アリアさん。ごめんなさい、私たちったら少し感情が高ぶってしまって……」
「大丈夫よ。完璧な人などいないもの」
優しげに女子生徒へ微笑みを向けるアリアの表情が、一度裏切られたティアラにはすぐ偽物だと分かった。けれど女子生徒は心底安心したように笑う。それはまるで怒られるのに怯えていたようだった。
「結局、お前らは一体なんなんだよ」
警戒心を解かずブラッドが訪ねると、女子生徒をよりアリアは前に進み出た。赤い髪が鮮やかに舞う。
「いきなりごめんなさい。私が『ある事』を彼女たちに言ったから、困惑してしまったのよ。まさかこんなことになるとは思わなかったわ」
「ある事ってなんなのさ」
ジャスパーが口を開いた。もう機嫌は収まっているようで安心する。
アリアが一瞬、ちらりとティアラを見た。
「ある噂を話したのよ。最近少しずつ広まってきたものだけれどね」
腕を組みながら綺麗な発音でそのまま話した。
「星獲得試験に負け組が集まったグループが参加するって噂よ。私も最初そんなはずないって思ったの。だって負けた人たちがいくら集まったってどうにもならないのは分かりきっているじゃない」
ティアラは雷に撃たれたような衝撃を受けた。隣でブラッドが額に血筋を立てて厳めしい顔つきをしている。ミラは今にも泣き出しそうだった。
「でも本当だったのね。彼女たちとはありえないって話してたんだけど、見つけたからついつい言葉が口から零れちゃったみたい」
アリアの話しはどこからどう聞いても自分たちへ向けられた悪気のある故意的なものだった。
「どう、しちゃったの……」
ぽつりと言葉がティアラの口から零れ落ちた。
「アリア、なんでそんな事を言うの! アリアはそんなんじゃなかったじゃない……!」
あの頃の優しかったアリアを忘れられなくてつい、叫ぶ。けれど彼女はこちらを見ようともしなかった。
「それじゃ、皆様ご機嫌よ。試験で良い作品を作りあげられることを、祈っています」
軽く礼をしてアリアは女子生徒を控えて、身をひるがえした。
(待って……!)
ティアラは走ってアリアの腕を引き留めるように引く。
「アリア、私言いたかったことがあるの。あなたがいなくなって私は……」
寂しいの。
どれだけ変貌しても、自分が見てきたアリアが全てうそなんて思えない。だから。
言葉を紡ごうとしたとき、強い力で振り払われた。
「止めてちょうだい。もうお友達ごっこは終わったのよ」
冷たく凍りきった声。ああ、やっぱり全て偽りだったのだろうか。
「あなたは一級細工師のお墨付きでここにきたから利用できると思って近づいただけ。でも星なしレベルだったあなたになんて用はないの」
「そんな、レベルとか身分なんて関係ない……」
「あるのよ!」
感情の籠った言葉がティアラに投げつけられた。足元が音をたてて崩れていくような感覚に堕ちる。
「身分は大事なものなの。だってそれは一瞬で自分の力を見せつけられるものでしょ」
「そんなことない! 努力次第でそれ以上のものを作れる」
「なんでも努力すればできるわけじゃないのっ!」
静まった工房内に怒鳴り声が響いた。肩で息をしながらアリアは眼を見開くティアラを睨みつける。
「あなたなんて大嫌い」
ティアラはよろけて、ぺたんと地面に尻もちをついた。
「そんなにいうなら、試験で星五つとって見せて頂戴。そうすればあなたを信じてあげるわ。でも、できなかったら……——退学しなさい」
ティアラは涙が溢れそうになった。もうアリアと笑いあうことは無理なんだろうか。もし、それが可能になるのなら、選択肢は一つだけ。
「うん、分かった」
彼女に認めてもらうしかないのだ。
まさかティアラがうなづくとは思わなかったのかアリアはすこし驚いたように眉を上げた。けれどすぐに工房室を出て行ってしまう。
「待ってて」
ティアラは小さく呟いた。
今、あなたを助けに行くよ。とても悲しそうな目をしたあなたを。
ティアラは自分の学園生活を賭けた勝負に挑むことを決心した。