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Re: 銀の星細工師【更新9/25】 ( No.176 )
日時: 2014/10/04 08:22
名前: 妖狐 (ID: AwgGnLCM)

 残り三日後の星獲得試験で、最高ランクの星五つの評価をもらわなければティアラは退学。
 そんな勝負に挑むことになったティアラは、ラトのアイディアを元に猛特訓を積み重ねていた。
「ティアラさん、こちらの鳥、どうでしょうか」
 生物や植物などの造形担当のミラがティアラの前に一羽の鳥をおずおずと差し出す。風に羽が揺れて、瞳が今にも動き出しそうなほどくりくりしていた。
「とても愛らしいです、先輩!」
 ミラは頬を染めてはにかむ。そこに、にゅっとジャスパーが身を乗り出してきた。
「ここ、もうちょっと細かく毛を彫ったらどうかな」
 そう言いながら素早い動作で毛を作り上げていく。さすが細部の彫り担当だ。細かい彫りを任せれば彼に敵う生徒なんてこの学園にいないだろう。なんたって目眩がするほどの緻密さだ。
 より生き物のようになった鳥にブラッドが拍手した。
「まるで本物だな。おっと、いけねえ。俺が触ったら壊しちまいそうだ」
 大口を開けて笑いながら、ナイフを器用に動かす。家が鍛冶屋のブラッドはあっという間に型を作って、切断していく。
 その横でトンカチのような音が響いた。
「うわ、なにやってんだよラト!」
 ブラッドの声にそちらを向くと、バラバラに砕けた星硝子がある。ラトは青白い顔で肩をすくめていた。
「ごめんなさい、ラト、力加減、苦手なのです」
 どうにも大きなものを作るラトは余計に力を加える習性がついてしまっているらしい。ふと、作った物をすぐ壊してしまう、というラトの噂が脳内によみがえった。
(こういうことなんだ)
 噂を聞いたときは勝手にひどい人だと決めつけてしまったことを思い出し申し訳なくなる。
「大丈夫、もう一度作ろう」
「はい」
 腕まくりをして、ティアラもラトの作業を手伝い始めた。
 いまだにティアラの担当する細工は決まっていない。それぞれに相性のあった役割があるが、あまり特徴のないティアラの技術はお手伝いをするような立ち位置になってきた。
 けれど、最近気づいたことがある。
(私に特徴はないけれど、苦手もないんだ)
 幼い頃から苦手をつぶして細工をしてきたお陰か、苦手意識するような作業工程はなかった。
 それならどんな役割にも応用が利く。
「私、カメレオンになります!」
 ティアラが堂々と宣言したとき、ジャスパーは破顔した。
「ついに頭のねじが吹っ飛んだの?」
 失礼なことを言うジャスパーを軽く睨みつける。
「そんなわけないでしょ。そうじゃなくて、今の所、私には役割がないから、人手がほしい時にその担当の細工を手伝うの。苦手はないから安心して」
 そういうことか、とジャスパーもなっとくした風にうなづいた。
 やっと、徐々に歯車が回り始める。噛み合い始めた歯車は勢いをつけていく。
 けれど嵐はすぐそこまで近づいてきていた。渦の中心にいる魔女と共に。

                   *

「昨日の真夜中、工房で何をしていたの」
 唐突に燃えるような赤い髪が目の前に広がる。昼休みに共にランチを取っていたヒューが席を外したとき、彼女は目の前にやってきたようだった。
「……アリア」
 厳しい目つきが向けられている。ベンチが軋むような感覚がした。
「なにをしていたのと聞いているの」
 尋問のような口調だ。アリアはな工房での事を知っているのだろうかとティアラは考えを巡らす。けれど発見されたからには、嘘が苦手な自分は正直に答えた方がいいだろう。
「練習をしていたの。星細工の」
「あと、たった三日なのに、あんなに必死に?」
 信じられないと、とアリアは眉を潜めた。ティアラはベンチから立ち上がる。
「あと三日だからだよ。少しでも頑張って技術を上げたいの」
「そんな短期間じゃ無理よ」
「無理かもしれないけどやってみなきゃ分からない」
「分かるのよ!」
 アリアはきっぱりと告げた。いつも涼しい顔をしているのに、努力の話になるといつも彼女は感情的になる。そこに何か特別な思いがあるのは明らかだった。
 また、悲しい目。
 激しい憎悪と怒りの感情が眼に影を作りながら、その奥に悲しみが隠れている。まさに眼は口ほどに物を言う、だ。
「努力とか、頑張るとか、理想論じゃどうにもならないことがあるのよ」
 アリアは胸元にある自分の星のバッチをぎゅっと強く握りしめた。苦しそうに息が吐き出されている。
「才能は必要なの。どれだけ望んで頑張ったって生まれ持った才能には勝てないのよ!」
 まるでアリア、自分自身を戒めるような言葉にティアラはアリアの手を握った。強く爪痕の残る手を開かせる。星のバッチが四つ、揺れた。
「アリアは、もしかして、自分が嫌いなの……?」
 冷水を浴びせられたようにアリアがびくりと震える。
「……そうよ。何度試験を行っても星四つしかもらえない出来そこないの私が嫌いよ!」
「アリアは出来そこないなんかじゃないでしょ。私は星四つでも羨まし……」
「分かったような口をきかないでよ! あなたのそういう所が本当に嫌いなの。理想的な言葉なんて全部、偽善でしかないのよ」
 辛辣な否定の言葉にティアラは返答することができなかった。
 逃げるようにアリアはその場を後にする。
「……アリアを傷つけているのは、私だ」
 そう発覚したときはもう手遅れだった。
 幼い頃、教会で勉強を教えてくれた神父は笑顔で諭した。「みんな仲良くしましょう」と。けれど仲良くしたくたって、そうできない場合もあるのだ。
 そんなときはどうしたらいいか、教わったりしてないティアラには分からなかった。