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Re: 銀の星細工師【更新10/04】 ( No.177 )
日時: 2014/10/06 10:24
名前: 妖狐 (ID: AwgGnLCM)

日にちが立つにつれ、仲間の士気が上がっていくのにが分かった。いや、仲間だけでなく学園内も騒がしくなった。グループ同士で休み時間も放課後もたくさんの学生が技術向上に励んでいる。
「完成してきましたね、ティアラさん」
 練習最終日、試験が明日に迫った日にミラが疲れを残した瞳で優しく微笑んだ。
「ほとんど完成間際じゃねえか」
 ブラッドも隈をこすりながら満足げにうなづく。一人一人疲労の影が濃く見えたが、それでも生き生きとしていた。
「この完成度なら星五つとれるかもしれないね」
 珍しく褒め称えるジャスパーにラトも同意する。ティアラは湧き上がってくる興奮のまま動いた。けれどふと、余裕ができたときにそれは襲ってくる。アリアのことに対する悲しみと絶望感だ。油断すれば脳内を埋め尽くされる恐怖に、ティアラはせわしなく動くことで考えないようにしていた。
「ティアラ先輩、少し休んで」
 ラトがいきなりティアラを持ち上げた。初めて出会った時、具合が悪いと勘違いして保健室へ運ぶためにやったお姫様抱っこだ。
「大丈夫だよ、ラト!?」
 つくり途中の星細工が名残惜しくて腕から逃げようとするが離してはくれない。明日には試験なので休み暇などないのだ。けれどそのまま近くにあった背もたれ付きの椅子に強制的に座ることになった。
「大丈夫じゃないです。だってあなた、さっきから休んでない」
 片言の口調から心配の色が伝わってくる。姉の影響か、女性の事に置いては心配性なラトを安心させるため、ティアラも仕方なく休んだ。けれどすることがなくなると、やはり考えたくない想いが浮かんでくる。
「私が、アリアを傷つけた……」
 言葉が無意識に口から出る。きゅっと唇をかみしめた。そのとき、ふわっと何かが肩にかかった。同時に温かい物が頬にあたる。
「……苦しいの? ティアラ」
 綺麗な金髪が眼の隅に映り、一瞬でヒューだと分かった。薄い毛布が掛けられているようで、ココアが渡される。
「差し入れに来たんだ。最近冷え込んできたしね」
 遠くではヒューの差し入れであるココアを飲む仲間の笑い声が聞こえてきた。
「ありがとう。ヒュー……」
「うん」
 見惚れてしまうような王子様みたいに優しい顔でヒューは笑う。そして唐突にティアラに覆いかぶさるように抱きついた。
「え……っ!?」
「瞼を閉じて、ティアラ」
 耳元で囁かれる声に心臓が跳ねる。戸惑いつつ言われるがまま目を閉じると、ヒューは背中に手を回して額同士をくっつけた。
「ティアラ、君の不体調はみんなにお見通しなんだからね。明日が試験で気持ちが急くのも分かるけど、みんな心配してる。なんだか知らないけれど退学が関わる勝負も引き受けちゃったらしいじゃないか」
 お母さんのように叱りつけるヒューの声音は妙に安心できる。
「他にもいろいろ抱えているようだし。あんまり無理しすぎちゃだめだよ。たまには休むことも必要なんだから」
 温かい体温に久しぶりの眠気がやってきた。すぐ目の前にある顔が微笑する。
「うん、その調子。あ、それとね、君のココアだけ特別に甘さ二倍しといたから」
 疲れたときは甘いものが一番、と甘党であるヒューは楽しそうに言った。甘いココアを口に含みながらうつらうつらし始める。
「……僕の前じゃ無理はさせないよ」
 抱きしめられた腕の中が心地よくて、気づいたときには深い眠りに落ちていた。

                  *

 昼間にぐっすり眠ったお陰か、その日の真夜中の特訓では疲労がさっぱり消えていた。しゃきしゃきと動くティアラにキースは不思議そうな顔をする。
「お前、焦りが消えたな」
「焦り?」
 首をかしげると、行儀悪く机の上に座っていたキースはうなづいた。
「ああ。ちょっと前までは何かに追われていたようだったが、今日は今までの中で一番体調がよさそうだ」
 それはきっとヒューやラト、仲間たちのお陰だろう。
「今日で特訓もラストだ。はりきれ」
 キースの応援の言葉にティアラは元気よくうなづいた。

 その光景を扉の隅から見ていたものがいた。縦まきロールの髪が夜風に吹かれる。アリアは息を殺してティアラに見入っていた。
(なんであんなに頑張ろうとしているのよ……)
 不可解な疑問が頭によぎる。そのとき鋭い視線が突き刺さった。はっと息をのむと、黒い髪の青年が静かにこちらを見ている。今にも人を殺めてしまいそうな雰囲気の青年にアリアは首を振った。
(別に彼女を傷つけようとは思ってないわ)
 心の中で言うと、青年はなにか伝わったのかまたティアラに優しい視線を戻す。アリアは黒髪の青年に恐ろしい物を感じた。
(あの護衛みたいな人、他の人とは違う……。制服は狩り人専門の生徒のものだけれど)
 ティアラはどんな関わりをあの青年と持っているのだろうか。そしてどうしてあんなにも守られているのだろうか。考え込んだとき、突然肩を叩かれた。
(不覚! この私が背後の気配に気づかなかったなんて……!)
 間合いを取るように横へ逃げて振り返ると、そこには何度か見たことのある容姿端麗のフードをかぶった少年、ジャスパーがいた。
「赤髪のお姉さん、一体ここでなにをしているの?」
 アリアの動きに、クックックと面白そうな笑い声を立てながら首をかしげる。オッドアイの瞳が何もかもを見透かしたように不気味にぎらついていた。圧倒されそうになりながらもアリアは強気な態度をどうにか保つ。
「あなたこそ」
「僕かい? 僕は夜の散歩さ」
「私は工房に明かりがついていたから気になったのよ……」
「——昨日も来たのに?」 
 ぞっと背筋が凍るのを感じた。なぜ、そのことをジャスパーが知っているのだろうか。昨日は工房の外に自分以外の気配はなかった。
「クック、その驚いた顔いいねえ。聞こえたんだよ、お姉さんの声がこのあたりで」
 アリアは昨日、この場で一言も声を発しなかった。しかも息だって殺していた。それなのに聞こえたとは、一体ジャスパーの聴覚はどうなっているのだろうか。まるで波長を感じ取っているようだ。
「わ、わたくしは帰るわ」
 ここに居たら何か得体の知らないものに襲われてしまいそうだった。黒髪の少年といい、ジャスパーといい、ティアラの身の回りにいる者はなにか怪しい。別の世界に生きる者達のようだ。
「ねえ、赤髪のお姉さん」
 ジャスパーの軽い声にぴたりと歩調を止める。振り向きながら慎重に耳を傾けた。
「僕はお姉さん自身の瞳に映る感情を知っているよ。あの藁が頭に詰まったお姉さんと同じものだ。ねえ、あなたの本音はどこにあるの?」
 不思議そうに、けれどやはり楽しそうに訪ねるジャスパーにアリアは一歩退いた。冷や汗が流れる。
「あなたは阿呆なお姉さんと同じだ」
「馬鹿なこと言わないで」
 いい返すとアリアは逃げるようにその場を走った。
 同じなんてそんなはずない。自分はもう、とっくのとうに頑張ることを止めてしまったのだから。頑張ることなんて嫌いになってしまった。報われなどしないのだから。
 だから、あんな無我夢中に頑張るティアラとは違う。
「でも……本当にそうなの?」
 思わず口から問いかけが漏れた。工房とは離れた裏庭で静かに空を見上げた。空は星が見えることなく、うっすらと雲を張っている。
 時分と彼女は違う存在だと思うが、一度だけティアラを見たとき、それはまさに昔の私自身だと思った。努力することに夢中で、夢に瞳を輝かせている少女。
「……私は私自身が大嫌い。だからあの子も嫌い」
 
 空虚な夜に本音が漏れる。

(第六章 魔女の陰謀と本音 終わり)